バンパイヤっ子とケーキ屋 2 


1 :仔空 :2007/07/07(土) 21:35:31 ID:ommLumLc

 バンパイヤっ子とケーキ屋のパート2です!

 舞台は葵のおじいちゃんの家。そして、葵に恋のライバル(!?)、「お兄ちゃん」が登場します。

 それでは、バンパイヤの美少女レイ=アイチュラとケーキ屋なのにケーキ嫌いの少年、杉村 葵のちょいアクション、ラブコメディーをどうぞ。

 なお、この作品は前回のものと少々繋がった形になっています。


2 :仔空 :2007/08/02(木) 19:19:19 ID:xmoJmHmH

若君の里へ行く前の準備


 それは、一通の電話からだった。

『よお!葵!元気か?どうだ、学校も元気にしてるか?』

 日本語が変だ。そう思う前に俺は受話器を耳から遠ざけていた。

 俺の名前は杉村 葵。天才パティシェとして、少し変わった学校で毎日を過ごしている、15歳だ。
 電話の主は続ける。

『そんでだ。学校はどうだ?元気か?答えろ。』
「学校は…元気ですが…。」
 よく分からないが、今のところ学校に異常は見られないので、そう答えた。
『そうか!しかーっし!明日から休みだ。うちに来い。』
 意味がよく飛ぶ。そして、わからない。
「ただいま、留守にしているので、後日おかけ直しください。」
 そうだ。これでいい。うちは迷惑販売はお断りなんだ。
『ダメだ、ダメだ!今じゃないと、いけないんだッ!』
 駄々っ子のような迷惑販売者は電話の向こうで棚をバシバシと叩いたようだ。すごい音がする。
「あの…じいちゃん、棚がかわいそうなので、やめてください。」
 俺は、電話の向こうの祖父に伝えた。迷惑販売者の正体は、父さんの父親で、俺にとって祖父に当たる人だったのだ。
「それに、学校が休みになっても俺はじいちゃんの家へは行かないから。」
『…。』
「行かなくても、いいだろ?」
『…いいのか?』
「ん?ナンだって?」
 小さくて聞こえなかった。
『鋼(こう)が来とるのに、家に来ないというのか!と言ったのじゃ!』
 ひっ、いきなりボリュームアップされても…!
 それに、聞き捨てならない言葉も聞こえたぞ。
「鋼が来てるだって!?じゃあ、なおさら行かないね!」
『なんじゃと!?じゃあ、鋼をそっちへ送りつけてやるわ!』
 こうして、しばらく俺とじいちゃんの壮絶な戦いは続いた。

 鋼って言うのは、俺の実の兄貴だ。杉村 鋼、21歳。
 何をしているのか、どこにいるのか知らなかったけれど、まさかじいちゃんの家へ行っているとはね。
 まあ、俺は全然興味がない。むしろ、嫌いだ。大嫌いだ。

『ああ、話は変わるんだが、お前、ガールフレンドが出来たらしいな。』
 がーるふれんどの部分の発音がとても上手だったのは、気のせいだろうか?
「レイのことなら、違うぞ。まだ、答えを出していないから…。」
 最後まで言い終わらないうちに、また電話がなった。
 すばやく、姉ちゃんが電話に出る。ワンギリをさせないその速さ、恐ろしい…。
 姉ちゃんは、声を地声に戻し、言った。
「葵〜?電話よ?」
 俺の持った受話器から、『忙しいな。』という、含み笑いの入ったじいちゃんの声が聞こえた。

「もしもし?」
 電話の向こうから聞こえたのは、同じクラスの‘甘党’の声だった。
『ああ、杉村?やばいよ、また理事長が変なこと言ってさぁ…。』
 いやな予感がした。そりゃ、もう。全身で受けるぐらいの。
『明日から長期休暇だって。世界一周できるぐらいの長さって伝えればわかるって、前のヤツが言ってたよ。』
 俺は思わず受話器を握り締めた。
『それでさ、杉村も次のヤツに連絡網で廻してよ。ああ、世界一周できるぐらいの長さだってことを忘れちゃいけないよ?じゃあ、また。休みが明けたらな。』
 そう言うと、電話は切れた。俺は忘れないうちに次のヤツへ連絡網を廻した――。

 それが終わり、一息ついたのだが、じいちゃんとの電話を思い出した。そして、受話器を見た、その瞬間。俺は恐ろしいものを視界に入れてしまった。
 
 レイが受話器に向かって、楽しそうに話しかけているのだね。

「え?そんなぁ。うちもお邪魔していいんですか?…いいえ!とっても嬉しいです!では、お世話になる際は、よろし――。」
 悪いな、レイ。俺はレイが最後の言葉を言い終わる前に、姉ちゃん直伝の電話の早受けを実行した。レイは急に手元に受話器がなくなったので、しばらくの間、気づかずしゃべり続けていた。
 だが、じいちゃんも同じだった。
『いいや、そんなに硬くならなくてもいいんじゃよ。ところで、恋文にはいつもなんと書いているんだい?』
「悪いが、いまどき恋文はネェ!」
 俺は受話器に向かって、怒鳴った。
『なんだ、葵か。変わるなら言ってくれよ。わしは、今レイちゃんと楽しくお話していたんだから。』
 それは、すみませんでしたね!…俺は、心の奥深くから誤った。
『まあ、とにかく、明日から休みなんだ!うちに来い?レイちゃんも一緒にな!』
 そして、そのあとは意味もなく、一人笑い。
「誰も、行かないから!」
『じゃあ、鋼をそっちに送りつける!』
「くッ……!」
 さあ、どうする?自らの命の危険をかけてでもじいちゃんのうちへ行くか?それとも、大嫌いな兄貴を永遠に家に止める覚悟をするか…?
「わかった、行くよ…。」
 俺は、そう答えた。


3 :仔空 :2007/11/03(土) 18:36:58 ID:m3knVkWi

若君の里へ 1

 どうも。どこにでもいそうな、普通のバンパイヤ、レイ=アイチュラです。って、バンパイヤはどこにでもおらへんやろ!
 ……なんや、一人突っ込みって、こんなに寂しいものやったんか……。まあ、そんなこんなで現在地の確認や、確認。
 一言で言えば、山。
 それも、ヤッホーやり放題。輪唱もやり放題やな。
 そして、アスファルトではなく、土と砂利とでできている地面とアーチのような木が並んでいる道。
 緑と大地でいっぱいです。
 それで、何でうちがこんな森の中に居るかというと、杉村 葵という名の少年のため。いや、葵のためじゃなくて、うちのためか。
 葵はうちのご飯で、最愛の人。……まだ、ちゃんとした葵の気持ちは聞いてへんけど、うちはのほほんと毎日を過ごしている。それでいいってうちは思うし、葵だっていろいろと考えてくれとるはずや。それぐらいうちは葵を信用して、信じているから。
「おーい、レイぃ?」
 少し先を行ったところから葵の声がする。
 少しの余韻の後、うちは言った。
「何ぃ?」
「大丈夫かぁ?」
 葵は優しい。自分のわがままでついてきたうちを心配してくれるから。
「大丈夫やぁ!」
 うちはその気持ちにうれしさを感じて、笑みを返す。
「そうか!じゃ、進むぞ!」
「うん!」
 うちは楽しかった。お天気はよかったし、ピクニックみたいやったから。

 でも、それは気づいていなかっただけ。
 それに気づいたのは、もっと先の――
 太陽が沈んだ時。


4 :仔空 :2007/11/12(月) 20:56:41 ID:nmz3m4Pm

若君の里へ 2


 俺は知らなかった。
 兄貴と居ることが、こんなに苦痛だったとは。

 レイと一緒にじいちゃんの家へ到着した後、じいちゃんと兄貴にレイを紹介してレイを部屋へ案内。俺にはもともと部屋がつくってあるから、そこを使う。
 俺は「職業」のため、じいちゃんの家へ行くと服装を侍が着るような着物にする。修行用もかねているので、とても身軽だ。
 着替え終わると、突然引き戸が開いた。
「葵ちゃあん!」
 声とともに、俺の着ている白い着物と対照的な黒い着物を着た男が入ってきた。
 こいつが、そう。俺の兄貴の杉村 鋼だ。
「何だよ。」
「なんだよって、冷たいなぁ。それよりさ、あの子。えっと、レイちゃんだっけ?めちゃくちゃ可愛いね!葵のお友達?」
 俺は兄貴の言葉を無表情で聞き流す。一度耳へはいった言葉の行列はトンネルを抜ける列車のごとく、反対側の耳から抜けていく。頭に入るのは一時的な時間だけ。それが終わると、はい、さよならだ。
「それでさ、あの子。思うんだけど、葵に気があるんじゃない?」
 俺は一瞬ビクリとした。しかし兄貴はそんなことを気にもしないでしゃべり続ける。
「でもさ、でもさ。俺――あの子のこと気に入っちゃったんだよね。」
 キニイッタ?
「可愛いし、明るいし。結構タイプなんだよね。」
 ケッコウタイプ?
「ここだけの話、実は好きになっちゃってたりして?」
 スキニナッチャッテタリシテ??
「いや、好きだわ。絶対。」
 ゼ、ゼッタイ……?

 俺は兄貴の顔を表情を読むように見る。……兄貴の顔は笑いながらも本気の空気を持っている。
「だから、さ。葵には負けないよ。正々堂々勝負しようぜ?」
 ……言葉が出なかった。
 呆然と立ちすくむ俺を無視して、兄貴は手を振りながら部屋を出て行った。
 そして、その出て行った先のドアを見ていると無性に腹が立ってきた。
 ……俺以外の男が、レイに気を持っている。
 そう思うと、腹が立つ。だけど、なに?何で俺は腹を立てている?相手は兄貴だ。兄貴への怒りなど今に始まったことじゃないだろ。
 うんうんと悩んでいると、突然2つのことに反応した。

 ひとつは俺が、兄貴を‘男’としてみていたということ。今まで何をとられても、俺は我慢した。何をやらせられても俺は我慢した。
 だけど、今は――今回は――我慢することじゃないと思う。我慢とか、そんなんじゃない。気持ちがすべてを決めることだから。兄貴には新たな怒りが沸いたということだろう。うん、そうだ。それでいい。……なんだか、自分を無理に納得させているような気がするけれど……気のせい、だよな……。
 それに、これ以上悩んでいるわけにはいかない。
 もうひとつの反応が時間厳守で行わなければならないことの元だからだ。

 鬼――それが北西に出た。


5 :仔空 :2007/11/18(日) 18:09:34 ID:m3knV4Q4

若君の里へ 3


 うぅ……もう、おなかペコペコやぁ……葵〜、どこに居るん〜?

 ……全っ然、気配せえへん。いつもならどんなに離れとってもわかるんに。山やから?ここは圏外区域なんですか?……いや、これは関係あらへんわ。それに、さっきまではビンビンに感じとった。もしかして、何か葵に異変が!?
 うちは部屋を出て、玄関へ向かう廊下へ向かった。
 すると、変な光景が目の前に広がっていました。

 おじいさんと鋼さんが、並んで足踏み中。

 それも、行進のような足踏みじゃなくて、イライラしたときにする爪先だけをトントン動かす足踏み……貧乏ゆすりって、言うやつ?それなんやろうか。
 鋼さんの方は一定の間隔で行われている足踏みも、おじいさんの方を見ていると、どんどん加速していくような……トトトトトって、あのままじゃ床が抜けてしまうわ。
「あ、あの……。」
 遠慮がちに言ってみたら、軽く無視されました。というか、聞こえてへんみたい。
 うちは、少し近づいた。2人の周りに居座っている空気が怖くても、おじいさんの方の床が抜けないか心配で、レイ=アイチュラ!勇気を振り絞って今!恐ろしい空気を物ともせずに突き進みます!
「あ!……のぉ………。」

 振り絞った勇気、さようなら。突き進もうとした瞬間にバナナを踏んで滑ったような感覚に襲われ、うちの勇気は木っ端微塵です。
 同時に金縛りを起こしました。
 だって、うちが一歩足を進めた瞬間――――。

 「遅い!!」

 急に叫ばれた。急に言われたこっちは困る。そのおかげでうちの勇気は粉々なんや。そりゃ森の動物さんもいっせいにバタバタ、バサバサ、ガタガタと物音立てましたわ。
 バンパイヤのうちも驚きました。ズシンと胃の奥に響く声やったし、耳の置くには余韻がまだある。

 おうちはこんなことになっています。……葵、お願いやから早く帰って来てくれへんか……?うち、さびしいです。おなかもすきました。

 そして、2人は再び足踏みをしています。


6 :仔空 :2007/12/22(土) 23:31:54 ID:nmz3m4P7

若君の里へ 4


 真っ暗闇の中で、俺の吐く息だけが白くなる。
 季節は秋も中ごろだ。むしろ冬に近い。夜になれば気温だってグッと下がる。そんな中を俺は高速で移動する。

 いた――ッ。

 俺は、ザッと地に足をつけた。呼吸を長くし、息を整える。俺の気配に気づいたのか、その鬼は体をこちらへ向けた。
 月明かりで、その鬼の全体像が俺の目に映る。

――――それは綺麗な少年だった。腰に刀を差している。牙も角もない。ますで人間のようだ。でも違う。こいつは鬼だ。……証拠に首に鬼石[きせき]をつけている。

「術師、か。」
 人間のような風貌からは冷たい声が聞こえた。何にも興味を示さないような無関心をあらわしているような瞳。その目が俺をまっすぐに見た。
 呼吸を整えた俺は、鬼に言う。
「どうせ、お前には俺もこの世界も同じ。なんにも変わらない、ただのつまらない物にしか見えないんだろ?」
 鬼は表情を変えない。落ち着いている。
「ああ、お前のような見ただけでわかるぐらいの弱い術師になど、興味どころか敵意さえ持てない。」
 ………言ってくれるじゃないか。
 俺は表には出さないように、心を静めた。
 昔、じいちゃんが言っていた言葉を思い出す。

〈 落ち着け、ゆっくり心を静めろ。まずは相手の力量を知ることが大切だ。反撃するのは、そう。それからだ。 〉

「どうした、お前の仕事は俺のような妖怪を消すころだろう?」
「そうだけど。」
「なぜ来ない。」
 鬼は一瞬だけ、表情を落ち着きのないものにした。しかし、また先ほどの冷たい表情に戻す。
「だって、俺に興味どころか敵意さえ持てないんだろ?だったら俺、戦わない。」
「なぜだ……!?何を、考えている?」
「無意味だから。お前みたいに詰んない目をした奴なんか、俺の敵じゃねぇから。」
「――――ッ。」
 俺は鬼が正常な気持ちを捨てることを確信した。もともとこいつらは、鬼。人間にはなれやしないんだ。
「ん?腹、立ってきた?」
「ああ、十分にな。………おもしろい。」
 おいおい、おもしろいのかよ。
「これで、やっと敵意が持てる。礼を言おう。――これで存分に暴れることができる、と。」
「それは、こっちのセリフ、だ。」

 俺の言葉が言い終わるかそうでないうちに、鬼は刀を抜いた。そして、常人じゃ見えないほどの速さで、俺に迫ってくる。まあ、鬼にしては中の上並の早さだ。

 ザッ。

 俺はそれをよけ、次の攻撃に備える。刀を持っていない俺は、相手から武器を奪い、動きを封じなければならない。
「どうした、よけるばかりか!」
 綺麗だったはずの少年の表情がどんどん悪に満ちる。鬼の形相とはこのことだ。
 それにしても、早い。ぜんぜん疲れる様子もなく、俺を追い詰めていく。体力はまだ有り余っているし、隙がでる心配はないはずだ。しかし、それも相手が隙を見せてくれるまで待つしかほかの方法がないと言える。
「よけるばかりだと?」
 いいや、作るんだ。方法を。相手に勝つためには、それしかない。

 俺は、一瞬の隙を衝き、鬼の鬼石に向かって拳をたたきつけた。
「――ッ!」
 鬼は目を見開いた。俺に倒されることに驚いたのだろうか。だとしたら、失礼な話だ。

 鬼石を砕かれた鬼は無数の光の粉になる。そして、それを俺は一枚の細長い紙切れで吸い込んだ。一応この紙には「御札」という名がついていて、ひょろひょろと長い文字がかかれている。特殊な紙。それを作るのも俺たち術師の仕事だ。

 地面に落ちた御札を指ではさみ、ひらひらと宙を舞わせた。すると、それは青白い炎を上げ、燃えて消えてしまった。鬼を吸い込んだ御札はこうやって始末しなきゃいけない。
 また使ってしまう恐れがあるからだ。そうすると、厄介なことになる。昔からずっと伝えられてきた。

「さて、家に帰るか。」
 一仕事終えた俺は、帰途に付こうと一歩、足を進めた。――――そのとき背中に走った悪寒は、気のせいだと思いたい。


7 :仔空 :2008/01/19(土) 12:50:29 ID:ommLumLF

若君の里へ 5 


「ただいまぁー。」
「お帰りぃー。」
 玄関で兄貴が笑顔で迎えてくれた。だが、その顔の裏で何かをたくらんでいるということを俺は知っている。
「なんだよ。」
「そっちこそ。喧嘩腰で、どうしたの?」
「何か、たくらんでるだろ。」
「え〜?」
 白々しい。変に驚いた声を出さなくても、目の奥が悪の色の染まっています。
「俺に言いたいことでも、あるんじゃないか?」
 俺はそう、兄貴に問う。
「聞きたい?」
 兄貴は、じらすように言った。
「そう言うってことは、あるんだ。」
「まあね。葵くん、聞きたいんでしょ?」
「ああ。あるなら、聞いてやる。」
「それが、人にものを頼むときの言葉〜?」
 細かいことを気にする兄貴だ。
「じゃあ、教えてください。」
「うん、うん。やっぱり、葵は素直でいい子だ。」
 俺の頭をなでると(やめてほしい)、兄貴は自分の顔を俺の耳に寄せ、こう言った。

「おじいさんが、道場でおまちしております。」

「ああ、そう。」
 その言葉を聞いたとき、俺は終わったと思った。
 何がって?それは聞かないでくれ。ただひとつ、俺に明日はないかもしれない、とだけ言っておこう。

 俺は回れ右をして、廊下を全速力で走り、兄貴のもとを去った。え?廊下は、走っちゃいけない?――――学校じゃないから、大丈夫さ!


「た、たらいま!」
 あまりに急ぎすぎて、舌をかんだ。痛い。
 俺は、道場に足を踏み入れた。
「遅かったな。」
 じいちゃんが、こちらに背を向けたまま話した。すごい重圧。
「す、少し………玄関で、立ち話を…………。」
 俺が言い訳を考えながら口を開くと、じいちゃんはこちらを向いて、吼えた。
「いいや、帰ってくるのも遅かったはずだ。わしは、345万回の足踏みをしたが、それでもお前は帰ってこなかった!」
 じいちゃんの足踏みはどんどん加速する。通常の速さなら345万回も足踏みをするわけはない。しかし、それだけの回数を足踏みしていたとなると床が抜けているかもしれない。
「床が抜けたんじゃ?」
「いいや、そんなに変わっていないはずだ。しかし、テカテカに輝いておる。後で見ておくといい。」
 テカテカに……ね。
「さて、どうして遅くなったか、聞かせてもらおうか。時間がこんなにかかるとは、お前らしくない。」
 じいちゃんの言うことはあたっている。通常、俺たちは鬼の始末を数分でやってのける。時間が長くかかるのは、こちらにとって不利だからだ。長時間の戦いで人間は体力を消耗するが、鬼はそうではない。むしろ、鬼石が月の光を吸収し力を増すのだ。
 しかし、今回は鬼を倒すのに1時間近くかかってしまった。それで、じいちゃんが足踏みを345万回もすることになってしまったのだ。
「実は、面白い鬼に会ったんだ―――。」
 俺はじいちゃんに鬼の話をすることにした。あの、まるで人のような鬼の話を。


8 :仔空 :2008/01/27(日) 16:23:20 ID:xmoJmHmm

若君の里へ 6 お食事


「ほう。そうか………少し、昔の知り合いに会ってみるか。」
 じいちゃんは、ぼそぼそとつぶやいた後、俺に向かって言った。
「レイちゃんがお前のことを心配しておったわ。遅かったからな、待ちくたびれて眠って居るかもしれん。」
 早く行け、とでも言うように、じいちゃんは手をパタパタさせた。それを見て、俺は苦笑を一つ残し、道場を後にした。

 そうっと自室のドアを開け、部屋に入った。案の定、レイは机にうつ伏せて眠っていた。
「ただいま、レイ。」
 俺が静かにそういうと、レイは少し微笑んだようだった。
 俺はそのままレイを眺めていた。静かに眠る1人の女の子を。
 こうやっていたら、クラスの女の子とどこも変わっているようには見えない。しいて言えば、周りより美人ということか。
 レイはバンパイヤだが、それと同時に女の子でもある、俺は改めてそれを実感した。頬杖をつきながら、レイの寝姿を眺め続ける。傍から見れば、ただの変人だ。
「……んぅすぅ……あおぃ……どこ、に……お…るん……?」
 途切れながら、寝言を言うレイ。静かな部屋の中で、レイの声だけが小さく響いた。
「ここにいるよ。」
 そう言って、俺はレイに微笑みかけた。
「ずっと、………探し、とった……んや、で……?」
「そうか、ごめんな。」
「う……ん。……ええ、わ………許して、……あげる。……お帰、りぃ………。」
「ありがと、ただいま。」
 1度は眉間にしわを寄せていたが、レイの顔は元通り、優しい寝顔に戻った。
 それにしても、………本当に眠っているのか?何気なく、会話とかしていなかった?
「まあ、いいや。」
 俺はレイの黒くて長い、綺麗な髪へ手を伸ばした。もう少しで髪に触れるところで、ガバリッとレイが上半身を起こす。
「ぅおいっ!?」
 驚いた俺は、そのまま腕を引っ込めた。そして、レイは俺の顔を見ると、わずかに唇を動かした。
「おなか減った。」
 それも、この上ない不機嫌な顔で。
「あ、ああ、そう。えっと……おはよう……。」
 もう、真夜中だけれど。
「ん?……あ。葵!お帰り♪」
 今まで、寝ぼけていたのか!?目の前の人間が俺だとわかったレイの表情は晴れた。
「ただいま。腹が減ったんだろ?何か作ろうか?」
 俺の言葉にレイは顔をほころばせた。
「ううん。ええねん。」
 それは、いいえ。いりませんってことか?
「うちには、葵がおるやろ?」
 レイは俺の腕にぴったりくっつき、上目遣いに言った。
「うち、ずっと待っとったし。」
「う、あ、ああ。」
 俺が、次の言い訳を考えていると、レイは声を曇らせた。
「………葵………。」
「ん?」
「葵は、うちのことが嫌いか……?」
 俺は思考を張り巡らせていたため、天井に向けていた視線をレイへと戻した。すると、彼女は俺を悲しそうに見つめていた。
「うちは、な………。」
 そういうと、レイは立ち上がり、部屋を出ようとドアへ近づいた。
「いつも、葵のこと考えてる。起きてるときも、寝てるときも。」
 レイの言葉が痛いほど、体にしみこんでいった。寝ているときに俺のことを寝言で言っていることをさっき聞いたばかりだから。
「うちは、葵のこと大好きや。せやけど、葵にとってソレは迷惑なんとちゃう?」
 レイの声に悲しみが帯びていることがわかった。
「うちは、たまにそう考えてしまうんや。そんなこと考えたないと思ても、葵に気持ちがとどいとるかて、心配になってしまうんよ。」
 その声に涙は含まれていない。ただ、悲しみと苦しみと迷いが入り混じっている。
「葵……うちは……。」
 レイは1度言葉を切り、その後思い切ったように言葉を口にした。
「やっぱり、少しでも葵の気持ちを聞きたいと思う。葵のことは、信じとるし今まで待つこともできた。せやけどな………もう、限界かもしれへん。葵のこと想うには……思いが強すぎるんかもしれへん。1人じゃ、抱え込むことができへん。葵にとってうちの気持ちが迷惑なら……うちは、ここに居るべきとちゃうやろ?お互いに苦しい思いをするだけや。」
 レイがドアノブに手をかけたのがわかった。
「最後にお願い。葵、本当の気持ちを教えてくれへんか?」

 俺の本当の気持ち?

 考える前に、気づいたら俺はレイを背後から抱きしめていた。

「――――ッ。」
 突然のことで驚いたのか、レイは言葉を発することもできなかったようだ。
「ごめん。レイ。」
 開口一番に俺はレイに謝罪した。
「………あおぃ……?」
「俺……レイがそんな、悩んでるなんて………。思っていなかった。」
「…………。」
「レイはいつも俺に笑顔を向けてくれて、俺を幸せにしてくれて。俺は、その笑顔に逃げていたのかもれない。俺にできることは、レイに血をあげることしかないのに。」
 なんて、わがままだったんだ。俺は。レイを何度も1人にさせて、平気な顔をして。自分で自分が嫌になる。
 学校へ行けなかった日も、じいちゃんの家へ行くときも、鬼が出たときも。いつもレイは待っていてくれていた。なのに、俺はどんな気持ちでレイがいたかも知らずに、考えもせずに、レイを1人にしていたんだ。レイの心をも1人に。

「………レイ……俺、レイが好きだ…………。」

 今まで言えなかった言葉がこうも簡単に言えるとは、正直言って、自分でも驚きだ。
「今まで、1人にしてごめん。悲しい思いさせてごめん。寂しい思いさせて、ごめん。」
「葵…………。」
「これからは、レイを1人になんかさせない。いつもレイのことを想っていたいから。」
 俺の言葉にレイが微笑んだのがわかった。レイはドアノブから手を離し、俺の腕を解こうとした。
 俺はそっと腕を放し、レイを正面に向けた。レイもそれを受け、正面から俺の顔を見てくれた。
 そして、当然のことのように俺たちはお互いの唇に自分のそれを重ね合わせた。



「いただきます。」
 そういうと、レイは俺の首筋に口をつけた。
 俺はレイを腿に乗せ、そっと、腰に手を廻す。

「俺、いままで言わなかったけれど、その、レイに血をあげるのが嫌だったわけじゃないんだ。」
「ぇ?」
「その、血をあげた後に、ケーキを食わなくちゃいけないって、なんか、思い込んでて………。」
 本当はあまり話したくないんだが、レイには言っておかなくてはいけないだろう。
「実は昔、修行とかの怪我や、店の手伝いとかでの怪我とかよくしたんだ。それで、いつも血を流してた。それはそれで痛いんだけれど、そんなに酷じゃなかった。苦しんだのは、その後なんだ。」

[葵?また怪我をしたのか。じゃあ、あれだな。ケーキ食べないとな。]

[葵ちゃん?また怪我しちゃったの?困ったわね。じゃあ、ケーキを食べましょうか。]

[葵ったら、また怪我したのね。まあ、ケーキ食べときなさい。]

[葵くん、とにかくケーキ食べとけばいいよ。]

 父さん、母さんに始まり、姉ちゃん、兄貴にまで広がったそれは、いつしか俺が怪我をした=ケーキを食べさせる。という公式となっていた。

「何や、それ。」
 レイは俺の首筋にキスをした後、目じりに涙を浮かばせながら笑った。
「笑い事じゃない。おかげで俺はケーキ嫌いになったんだ。」
「そうなん?」
「そうさ。」
 俺はため息をついた。
「だから、俺は血を体内からなくなると思うとケーキを食べなくちゃいけないって思ってしまう。俺はケーキが嫌いだから、体内から血を減らすことを拒む。」
「でも、そのケーキ嫌いのおかげでうちらは出会ったんとちゃう?」
 言われてみると、そうだ。
 あの日、俺は弁当に入れられたケーキをどうにかしようと屋上に向かい、レイと出会ったのだ。俺がケーキを食べられる人間だったら、レイと出会えなかったかもしれない。
「うちは、葵の家族に感謝するわ。」
「まあ、そうかもな。」
「もしかしたら、うちらは運命的に出会ったのかもしれへんで?」

 俺たちはその後も談笑し、いつの間にか眠ってしまっていた。
 レイの言った運命という言葉は、俺の心の奥にいつまでも残っていた。


9 :仔空 :2008/02/17(日) 21:48:13 ID:mmVcoGkn

若君の里へ 7 バレンタイン


「鋼、葵。仕事だ。」
 そういうと、じいちゃんはチラシを俺たちの目の前でヒラヒラさせた。チラシと交互に見えるじいちゃんの顔は少しだらしない表情だ。
「わあ、何の仕事ですぅ?」
 わかっているくせに。
 俺は、横目で兄貴を見た。
「なぁに、毎年恒例[バレンタイン!愛する男の子へ気持ちを届けよう!チョコレート大作戦!!]のチョコレート作りの指導じゃ。鋼は久しぶりと思うが、葵は去年もやっているから、要領はわかるな。」
 じいちゃんのニヤニヤと兄貴のニヤニヤが合体し、部屋中のニヤニヤが俺を見ているような気分になった。
「あぁ、懐かしいなぁ。俺もやっていいんですか?わぁ、楽しみだなぁ。」
 ニコニヤな顔の兄貴が俺を見る。
「ね♪葵くん♪」
 ニコニヤって、ニコニコとニヤニヤの笑顔ってことです。ですが、今。ニヤニヤがニコニコに勝ってニコニヤニヤになりました。
 ………ああ、どうでもいい………。

「へえ、チョコレート作り?おもしろそうやん。」
「は、ははは………。」
 現在、俺の部屋でレイが血を飲み終わったところです。
 俺は、レイにバレンタインのチョコレート作りについて教えていた。
「どうしたん?なんか……顔がひきつっとるで。」
「あ、ああ、うん。まあ、その………。」
 俺が言葉を濁していると、レイは急に楽しそうな顔をして、俺に言った。
「当ててみよか?」
「え?」
「あれやろ。えっと……チョコやろ。」
 なんで、わかったんだ?すごいな。
「チョコ作りの指導、失敗して女の子から逆恨みされるのが怖いねんろ?」
「あはは……リアルだな……。それに、ちょっと違う。」
 レイは、小さく舌打ちをして、
「…範囲、狭くせえへんほうがよかった……。」
と言った――ような気がする。
 俺は、レイのキャラの変化が心配だ。
「えっと俺、試食しなくちゃいけないんだ。」
「なんの?」
「チョコの。」
「なんで?」
「え?なんでって言われてもなぁ。毎年そうだし。」
「ふーん。」
 レイは少しの間、俺を流し見た後唐突に言った。
「おかしいと思わへん?」
「……何が?」
「チョコの試食の話や。その子は好きな男の子のためにチョコを作るわけやろ?じゃあなんで、その子にあげる前に葵にチョコをあげるんやろ。葵は男の子やで?試食なら自分ですればええと思わへん?」
 なんだか、レイの顔が膨れっ面と等しいような……。
「そうや、自分で試食ぐらいできるわ。なんなら、うちがしてあげてもええわ。」
 なんか……拗ねてる……?
「それに、葵のは――!」
「俺のは?」
 赤面したレイは言葉を詰らせ、顔を引きつらせた。
 あ、どうしよう。なんか、楽しい。
「なんでもない!」
 レイの口から出た言葉に、なんと答えようか考えていると、レイは立ち上がり、言った。
「うん。ええねんッ。そう。ええねん。ええねん。ええねん。」
 その後も「ええねん」を連語するレイは俺と目を合わせないように、少し赤いままの頬を俺に見せないように部屋を出た。
「何がだよ。」
 俺は、誰も居なくなった部屋の中で、レイの出て行ったドアに向かって突っ込んでみた。


10 :仔空 :2008/03/22(土) 19:32:29 ID:PmQHQ4Vn

若君の里へ 8 チョコ作りの準備


 翌日、白で統一されたホールの中で俺は言った。
「皆さん、今年もやってきました。バレンタインのチョコ作りです。」
 その言葉に黄色い悲鳴が周囲で沸きあがる。

 無表情?ええ。そうです。無表情です。今の俺は表情のない人間です。表情がないから、無表情なんで………はぁ、久しぶりに自分自身の言葉で悲しくなってきました。

「はーい、じゃあ、こっち半分の人は隣の部屋で作りますからー。俺についてきてね!」
 兄貴がそういうと、「はーい」なのか、「きゃー」なのか全然わからない声が部屋に響く。
「じゃあ、こっち半分の人はここで作るので、定位置についてください。」
 俺がそういうと、やっぱり返事なのか悲鳴なのか聞き分けのつかない声が部屋に響く。
 耳を塞がなかった自分を褒めようか、と心の中でつぶやいていると兄貴が俺の元へ来た。
「ほらほら、葵くん。そんな怖い顔してちゃだめ。笑顔が大事!はい、やってみて?」
 声と表情は笑っているのに、兄貴の手は俺の頬に向けられており、力いっぱい、つねっている。
 痛い。明日、絶対赤く腫れる。
「本当に困ったなぁ。お客さんには、スマイル♪だよぉ。スマイル0円プライスレスでしょ。」
 困っている表情(これは芝居だ)と楽しそうな表情(これは本物)が足してある。せめて、2で割ってほしい。
「そういえば、レイちゃんは?」
 直したくても直せないのか、その表情のまま兄貴は俺に問う。
「昨晩から見ていない。」
 俺もそのままの無表情で答えた。
 確かに、俺は「ええねん」を連語して部屋を出て行ったレイをその後、一度も見ていないのだ。
「へぇ。しょりゃ心配だね。」
 噛んだ。
 俺は笑いをこらえつつ、平静を保って兄貴を見た。兄貴は無表情だった。
「たぶん、自分の部屋に居ると思う。」
「そう。」
「今朝、声を聞いたから。」
「へぇ。」
 しばらくして、兄貴の調子が戻ってきた。
「……で?」
 俺は調子の戻った兄貴に聞いた。
「で?って?」
 兄貴は不思議そうに繰り返す。
「だから、何で兄貴がレイのことを俺に聞くのかなぁって。」
「そりゃ、心配だからさ。なんせ、俺にとってレイちゃんはとても大切な存在だからー。」
「ああ、そう。」
 顔が引きつりそうなのを少しだけ我慢し、俺はそれを受け流した。
「あ、あれれ?ライバル心とか?ないんですかぁ??」
「ないね。」
 だって俺たちは、もう――いいや、この先は兄貴には教えなーい。
「ちょ、何で!?なんでなのさ!?」
「なんででもなのさ。」
「ななななん!?」
 また噛んで、その先の言葉をいえないで居る兄貴を置いて俺は定位置についているお客さんたちを見渡した。
 さあ、チョコレート作りのはじまりだ!!


11 :仔空 :2008/03/30(日) 18:07:02 ID:mmVcoHon

若君の里へ 9 チョコと迷子


「じゃあ、ゆっくりチョコレートを溶かしてください。」
 部屋の中を甘い香りが包む。それだけで幸せな気持ちになれるから不思議や。
「えっと、葵くん〜ここ、どうすればいーの?」
 幸せな気持ち終了。なんでって、葵に女の子が近づたから。あ。今、葵が眉間にしわ寄せた。――――いや、違う。さっきから葵は眉間にしわをずっと寄せとる。正直いって、凶悪な犯人面です。
「ここ?ゆっくり混ぜて。そうしたら、トケテイクカラ。」
 語尾の口調がおかしくなった。まあ、確かに部屋の中は甘いにおいでいっぱいや。部屋が暖かいから尚の事。頭が少しぐらいくらくらしてもおかしくはないんとちゃう?
「葵くん?大丈夫?」
 こぅら!そこの君!葵に近づきすぎやぞ!
「だ、大丈夫デス。」
 何とか返事をした葵が、いきなりハッとした表情になった。それから何かを周りの女の子たちに伝える(うちには遠すぎで何を言っているのかさっぱりや)。そして、葵は部屋を――出て行くんかい!ちょっと、どこへ!?
 うちは、急いで葵の後を追――あの!女の子たち!ちょっとお邪魔ですけど!?

 そんなこんなで葵を見失いました。
 けれども!うちが葵を見失って、はい、さよなら、な人間やと思います!?ううん。そう!うちは、そう簡単に物事をあきらめる人間と違うね!………人間でもないけれどね!!
 うちは、ホールの窓から外へ飛び出した。
 飛び出してから、思い出したんやけど、――――ここ、2階なんよ。
 つまりは、真っ逆さまなわけで………。

 ガサッ。
 よかった!生きてる!!
 運よく草むらに落ちて本当によかったわ。
「さてと。どこへ行こうかな……?」
 しばらく歩いてから自問自答する。
 このまま森の中をうろうろしようか。そうしたら、葵と会えるかな……ん?よくよく考えてみれば、葵って外へ出ていったん?……ホールを出て行っただけじゃ……。
 嫌な予感がする。
 うちは戻ろうと来た道に足を向けた。けれど――。
 どこを見渡しても森の緑、木の緑。草の緑に茶色の土。それと、うっすらと浮かぶ涙の青………。
「これが、迷子って言うもんか……。」
 うち、どっから来たんや?ホールから飛び出してしまったから――しかも、その後しばらくうろうろしとったから――全然来た道がわからへんやないか!
 嗚呼、うちこれからどうなるのでしょう。


12 :仔空 :2008/03/30(日) 18:33:30 ID:mmVcoHon

若君の里へ 10 迷子の命

 
 まったく、よくも毎日毎日出てこられるね。――おかげでチョコレートからは脱出できたけれど。
 それにしても、困ったな……。

 俺は、先程鬼の気配を感じ、事情を兄貴に伝え、じいちゃんの家へひとまず向かった。着替えを済ませ、ちょっと様子を見にレイの部屋へ行ったのだが………。

 部屋の中は空っぽ。

「おい、じいちゃんっ、レイは?」
「部屋に居らんのか?」
「居ないから、聞いているんだ。」
「………わしは……知らんぞ?」
「………。」
 俺の頬をつめたい汗が流れた。
 もし、レイが鬼と会っていたら…………。
「葵、急げ!」
 じいちゃんも同じことを思ったのか、俺に言った。
 俺は頷くと家を飛び出した。



「はぁ………。」
 うちは、迷子になってから、何回目かのため息をついた。
 今何時なんやろ……残念なことにうちには、便利な腹時計というものが備わってない。もう冬やから、日が暮れるのも早い。寒くもなってきて、うちは本気で心細くなる。
「葵…………。」
 せっかく、心が通じあえたと思ったのに。
 めちゃくちゃ幸せやったのに。
 これからも、ずっと一緒と思えたのに。
 うちは、このまま命尽きてしまうのやろか…………。
 寒さと、空腹と、悲しさに埋もれて。ああ、なんちゅう最期なんやろ。せめて、両親に葵を紹介したかった。それと、きょうだいにも。
「う、うぅ………あお、いぃー。」
 うちはとうとう足を止め、涙を拭くために目元へ手をやった。
 いつも心配そうな顔をして、うちに血をくれた葵。
 お兄さんの鋼さんと喧嘩をしている葵。
 一生懸命ケーキを作っている葵。
 倒れそうになりながらも、家族のために夕飯の支度をする葵。
 たくさんの葵を見れて良かった。たくさん、葵と思い出を作れて良かった。たくさん、葵と笑って、たくさん、葵とファンのみんなと追いかけっこをして。
 うちは幸せ者や。
 ずっと前から決めてた。死ぬときは絶対、幸せそうな顔をして長い眠りに付くって。良かった。楽しい思い出ばかりが頭に浮かんできて。
 ああ、なんだか葵の声がする。遠くから、うちを呼ぶ声が。レイ、レイって。
「葵、ありがとう……。」
 ずっと続く、声。レイ、レイ、レイ、レイ、レイ…………。その声とも、お別れや。
 さよなら、葵。

「レイ!!」

 バッと草陰から出てきたのは、白い着物を着た、葵やった。
「レイ!」
 本物の葵。本物の葵の声。
「………あおい。」
 うちは、葵のほうへ体を向けた。うれしそうな葵の顔は、そのまま固まっていた。――――固まっていた?――――固まっている?――――現在進行形?――――うちの後ろに、何かおるん?
 うちは、顔だけ後ろに向けた。すると、そこには――――

――――そこには、大きな牙と角を持った、鬼が居た。


13 :仔空 :2008/04/02(水) 16:24:50 ID:o3teQis7

若君の里へ 11 鬼退治


 やっと見つけたレイの顔は死相を浮かべていた。今すぐにでも、レイを抱きしめて、心細かったであろう心を癒してあげたい。そう思ったのもつかの間。
 いいタイミングで鬼が現れた。
 それもレイの背後に。
 無意識の間に俺の額から玉のような汗が頬へ流れた。それをゆっくりとぬぐう。
「レイ………動くなよ?」
「え?あ………うん。」
 俺はゆっくりとレイの方へと足を進める。ゆっくりと呼吸をし、空気に乱れが無いように。
 グルルルル………。鬼が唸った。そして、顔をほころばせる。――――ほころばせる??
 
 スジャアアアア!!

「――――ッ!?」
「ひぃッ!!」
 鬼が光った――――ッ!?え?ひ、光る?なんで!?
「レイ!」
 俺の声にレイが俺の元へ走ってくる。
「後ろに隠れて。」
 レイは何度も首を縦に振った。そして、近くの木の陰に隠れる。

 俺はゆっくりと呼吸をした。鬼はいまだに光を放ち続け、その姿は見る間に…………変化して言った。

 綺麗な女の鬼となって。

「こんばんは、術師さん。」
「こんばんは――――

――――母さん。」


14 :仔空 :2008/04/05(土) 13:52:26 ID:m3knV4Le

若君の里へ 12 鬼退治ソノ弐


 母さん?ちゃうやろ?葵のお母さんはその人とちゃう。
 葵のお母さんは、とっても優しくていい人や。うち、お店で何べんも会うてる。あの笑顔は、今目の前にある笑顔とちゃう。あんな不気味で妖しい笑みじゃない。
 とても綺麗で、優しくて、温かい。
 それが葵のお母さんの笑顔や。
 それが葵のお母さんや。



 今までどこ行っていたんだろうと思っていたら…………まさか、鬼だったなんてな。
「葵?久しぶりね。」
 確か、人の形をした鬼は母さんが家を留守にしたときから出たんだっけ。
「しばらくの間だったけれど、みんなちゃんと元気にしているかしら?」
 そういえば、何で母さんは家を出たんだっけ?
「風邪、引いていないでしょうね?」
 父さんとも仲が良かったし、家事で疲れたなんていっていなかった。
「ちゃんと食べてる?葵ったら、少し背が伸びたんじゃないの?」
 隠していたのかな?本当は、毎日クッタクタ?
「顔も少しだけ、りりしくなったわね。」

 俺より背の低い母さんは、俺に近づくと、少しだけ背伸びをして、俺の頬に手を伸ばした。



 オニガ、アオイノナカニ、ハイロウトシテイル……………??

 頬に触れようと、手を伸ばして。

 アオイノ、ココロノナカニ、ハイロウトシテイル……………??

 そっと、唇に自分のそれを重ねようとして。

「させるかぁぁぁぁぁ!!」

 ビシィィッ!!

 そこらへんにあった石を手当たりしだいに鬼へ投げつけた。
 ああ、小さいころからキャッチボールしとる成果がここで出るなんて。お父さん、ありがとう。

「ギャッ。」
 鬼は、らしい声を出して葵から離れた。
「ふう。」
 うちが一息ついとると背後から声がした。

「レイちゃん、ナイスコントロール。」

 鋼さんだった。黒の着物を着て、腰に一本の刀を差している。それと肩にも。刀がひとつ。
「兄、貴………?」
 葵がこちらに顔を向けた。
 鋼さんは、それと同時に葵の元へ飛んだ。
「お前な。レイちゃんって人がいるのに、しかもそのレイちゃんの前でキスしようとするの、どうかと思うよ?何の嫌がらせ?え?俺に?って感じだよ。めちゃくちゃヘコむよ〜。胸に暗黒の矢が刺さりまくりだよ。しかも、左。急所だね。」
 え?鋼さんがですか?傷つくの、うちの方とちゃいます?って言う暇もなく、喋り捲る鋼さん。それにしても、よく廻る舌やな………。
「それにさ、よーく見てみ?これのどこが我らがお母様よ?どう見ても、鬼だろ?うちのママはもっと美人ですぅー。しかも、この鬼はそんなに綺麗じゃありません。レイちゃんのほうが美人ですぅー。とても、とても美人ですー。」
 べた褒め………うれしいですが、少し圧倒されます。
「それにさ?葵。何を勘違いしているのか知らないけれど、うちのお母さんはもうとっくの昔におうちに帰ってきている。まあ、入れ違いだったかもしれないよ?だけれどね、自分の母親が鬼ってどうよ?もうちょっと疑えよ。なぁ?ちなみにお母さんは毎日お父さんとラブラブです。始終ラブラブです。わが妹、琴ちゃんが眩暈を起こすほど、ラブラブです。」
 鋼さん、前にラブラブって言うのは、死語だと偉い人が言っていたような気がします。
「それで、葵!結論を言うとだね!」
 はじめから、結論をおっしゃればよかったのに。
「お前はこの鬼に術、もしくは幻を見せられている!!」
 ビシィ!――――と、鋼さんが葵に向かって指を突き刺した。
 
 …………すみません、後々のリアクションに困っているうちは、どうすればいいでしょう?そして、いつまでここに居ればよいのでしょう……………。
 1人、草陰で身を潜めているレイ=アイチュラでした。


15 :仔空 :2008/04/11(金) 22:24:17 ID:o3teQitn

若君の里へ 13 鬼退治ソノ参


 幻……………?

 そうだ。目の前に居るのは、母さんじゃない。むしろ、今までそう見えていたのが不思議なくらいだ。
「ふふふふふふふ………………。」
 鬼は、不気味なほどの声を出し、立ち上がった。
 その顔は恐ろしいまでに変化していた。牙を生やし、角も見える。顔全体、いや、見えている皮膚が赤黒く変色していっていた。
「葵?目が覚めた?あれが母さんって言ったら………本物の鬼を見ることになるよ。」
 兄貴の声で俺はつばを飲んだ。思ったより、大きな音がのどでして、少し驚いた。
 そうか。兄貴は俺から幻を綺麗に消すように、言葉で解いていてくれていたんだ。長々としていたのも、そのためだ。
「さあて、葵。ここからは、お前の出番だ。」
「え?」
 そういうと、兄貴は肩に担いでいた刀を俺へ投げよこした。
「何?これ?」
「刀だよー。」
 そんなの、見れば分かる。
「だから、これをどうしろと?」
「それがあったほうが、戦いに便利でしょう?」
 何その理由!?
「俺は、レイちゃんに他の鬼が寄り付かないか、見守っているから。」
「見守り!?」
 じゃあ、と手を振りながら、木の陰に向かっていった。

 マジですか。

「あら、刀なんて、立派なものをもらったもんだねぇ。」
 鬼は言葉を口から漏らす。
 俺は、静かに鞘から刀を抜く。
「一人前になって、悪いけれど、あんたにはここで、死んでもらうよ。」
 鬼は一度、ニヤリと笑みを見せた。
 俺がその姿を露にした刀は、月に照らされて、綺麗な光を放っていた。
「いいや。死ぬわけにはいかない。――――大切な人を、この腕に抱くまでは、な。」
 俺は、鬼の方へ刀の切先を向けた。


16 :仔空 :2008/04/20(日) 15:10:01 ID:m3knVkxc

若君の里へ 14 鬼退治ソノ四


 俺が一歩前に足を踏み出したのと同時に鬼は俺へ向かってきた。いつの間に出したのか、手には鋭い刃物を持っている。
 暗闇の中で、刃物がぶつかり合う音だけがしている。あるときは鈍く、あるときは悲鳴を上げるように。
「ふふふ…………はははっ!!」
「何が……おかしい……。」
 いきなり笑い出した鬼に向かって、俺は言葉を搾り出した。
「お前がどんなに力を加えようとも、わたしには指一本触れられまい。」
「…………。」
「そう思うと、おかしくなってな………実に愉快だ。」
 こっちは、実に不愉快だ。
 しかし、確かに鬼の言うとおりだ。俺は、この鬼に指一本触れることが出来ていない。その割には、俺の着物が少しずつ赤く染まっているような気がする。結局は避けるものの少しダメージは受けるということだ。
 俺って、こんなに弱かったのか………。
「ふふふ。まだ、反撃も出来ていないのだ。お前はわたしを倒すことは、出来ない。」
 そうだ。俺は弱い。
 この鬼を倒すことは出来ないのか…………。
「そして、お前はわたしによってその命を終わらせるのだ!!」
 そうなのか……?これで俺は終わり、なのか……?
「負けを認めるがいい。そして、愛する者の前でその悲しみを見ることも無くお前は消える。」
 愛する、者…………。
 俺はレイを見た。
 レイは俺をまっすぐに見ていた。俺を信じている藍色の瞳が俺を見ている。
 俺を信じて待っていてくれる人がいるということに、やっと気づいた。
 そして、そのことが俺にとってとても強い力になっていることに。
「俺は…………死なない…………。」
 俺は、もう一度刀の切っ先を鬼に向けた。片手では持つことができなかったために、両手で鬼の中心へ向くように支える。
「たとえ、それがどんなに確率の低いことでも…………。」
 俺は、レイを見て言った。
「俺を信じている人の思いを無駄にしないためにも。」
 俺がレイに微笑みかけると、レイも少し微笑みかけてくれた。
 たぶん、今の俺の顔は少なからずともいい表情とはいえないと思う。だけど、そんな俺の表情に――俺にレイは笑顔を返してくれた。その微笑みを俺は壊すわけにはいかないんだ。
「だから、俺は………お前を倒す――ッ。」
 俺は、もう一度鬼に向かって、刀と体をぶつけるように突き進んだ。
「ふっ、バカな――――ッ!?」
 鬼は目を見開いた。
「なぜだ!?スピードが、戻っている!?」
 俺は、迷わず、そのまま突き進んだ。
「な、や、やめろおおおおお!?」
 迷わなかった。
 俺は、そのまま鬼に向かって突き進み、鬼の持っている鬼石に刀を切り込ませた。
「あああああああ!!」
 鬼石を割られた鬼は、無数の光になり、俺の目の前から消えていった。俺は、その光を吸い込もうと胸から御札を取り出す――――が――――…………。
 ドサッ
「葵!?」
 レイの声が聞こえた。
 なんだろう……体が、動かない…………。
 意識が……朦朧としていて………。
 俺の目の前には、大きく綺麗な月。
 気分は最悪なのに、そんなことが頭に浮かぶ。
 ああ、こんなに月がきれいだったなんて――――――。
 それ以上、考えられない。たぶん、俺はそこで意識を途切れさせた――――。


17 :仔空 :2008/04/26(土) 21:26:02 ID:o3teQisD

若君の里へ 15 さよなら、涙


「葵!? 」
 うちは、すぐに葵の元へ駆け寄った。
 横では、鋼さんが葵の変わりに鬼の光を吸い取っていた。
「葵……ッ。あおいぃ………ッ。」
 うちは葵を抱きしめて、何度も願った。目を覚ましてって。
「レイちゃん………。」
 鋼さんが、うちの元へ来てくれた。
「落ち着いて。大丈夫だよ、葵は。」
 そうして、小さく微笑んだ。
「どうしてです!? どうして、そんなことが言えるんですか!? 」
 うちの声は涙で濡れていて、上ずっていた。
「わかるんだよ。俺には。」
 そして、だから大丈夫。と、その言葉を繰り返す。
「何が、何がわかるって言うんですか!? どうして、鋼さんにはわかるって………!! 」
 張り裂けそうな思いで、狂ったように叫ぶうちの言葉を制すように、鋼さんは、ゆっくり言った。
「兄弟だから、かな?」
 その言葉が、うちの中で響いた。
「兄、弟…………。」
「そう。」
 そして、また鋼さんは微笑んだ。
「よーく、見てごらん?」
 鋼さんの指のさきに向けられている葵を見た。少し苦しそうやけど、葵は――――微笑んでいた。
「眠っているんじゃない?」
 確かに、かすかに寝息も聞こえる。
「だから、大丈夫なんだよ。」
 今度は、その大丈夫という言葉を心から実感した。

「さて、お家に帰ろうか。」
 そういうと、鋼さんは葵をおぶって歩き出した。
「レイちゃんは刀持ってくれる?ちょっと重いけど。」
「はい。」
 うちは、葵の刀を持って、鋼さんの後を追いかけた。

 少し歩いたところで、唐突に鋼さんは話始めた。
「昔から葵はがんばり屋さんで………俺は、いつも置いてかれていたよ。」
「え……?」
 その言葉になかなか頷くことが出来なくて、うちはつい、聞き返してしまった。
「はは……信じられない?」
「は、はい………。」
 鋼さんはまた少し笑って、夜空を見上げた。
「コイツは天才……で、俺は凡人。」
 少し後ろを向いて、葵を確認するように見た。
「俺はそのことに勝手に腹を立てて、コイツに嫉妬していたんだと思う。」
 そういうと鋼さんは少し悲しそうに微笑んだ。
「俺の話、ちょっと聞いてくれるかな?」
 うちは声を出さずに、ただ頷いた。


18 :仔空 :2008/05/09(金) 21:36:30 ID:o3teQiti

若君の里へ 16 嫉妬orヤキモチ


 俺は当時13歳。琴は10歳で葵は8歳だった。
「鋼!! そこのボウルをとってくれ!!」
「うんッ!」
 俺はケーキ職人をしている父親の手伝いをしていて、毎日を楽しいと思っていた。それで、将来はケーキ職人になるって思っていた。毎日やる仕事は雑用みたいなもんだったけど、それでも俺にとっては十分すぎる仕事だった。どんなことだって、俺にとっては楽しい仕事には変わりない。どんな小さなことでも、俺は逃がさないように一生懸命毎日を過ごしていた。
 だけど、そんな俺の日常を狂わせたのは葵の存在だった。
「葵!生クリーム作ってくれ!!」
「うん。」
 俺は、まだ生クリームなんて、作ったこと、ない。
「葵!!イチゴ、飾ってくれるか?」
「うん。」
 俺は、まだイチゴなんて、切ったことも、ない。
「葵ッ!!ムース作ってくれ!!」
「うん。」
 ムース??そんなの、ケーキにいるのか?俺は……そんなことも……知らない……。
 葵は何でも出来た。俺に出来ないことも、俺の知らないことも。
 いつも、緊張した様子もあせった様子も見せず、ただ当たり前のように毎日を生きている。俺の必死さなんか……葵には必要ないんだ……。
 俺だけが、そこに取り残されたような気がした。
 その気持ちが思いが仕事にも影響されて、俺はみんなの足手まといになっていた。
 それにいち早く気づいたのは、母親だった。
「鋼くん?どうしたの?元気がないわね……?」
「え?そ、そんなこと……ない……。」
 親離れしたい時期だったし、俺は自分の思いを誰にも話さなかった。自分のなかで、溜め込んで、それで結局自分が落ちる羽目になって、それでまた自棄を起こして………それの繰り返しだった。
「おじいちゃんのところ、行きましょうか?」
 唐突に母親の口からでた言葉はそれだった。
「お、じいちゃん……?」
「そう。」
 母親はいつもニコニコしていた。

「おお。そうか。そうだな、鋼はおじいちゃんの家へ行っておいで。」
 なんで、って聞けなかった。自分が邪魔者にされたのだと思った。お荷物は、いらない。そう思われたのだと思った。
「たまには、遊んでくるといい。」
 父親もニコニコしていた。いつもとかわらない、幸せな日常の表情。
「あたしも、行きたいー。」
 琴がダダをこねたが、両親に止められた。

 「あんな、危険なところ、琴ちゃんは行っちゃダメ。」

 俺はいいのかよ。思わず突っ込みそうになった。
「おかわりー。」
 葵は能天気に、夕飯をおかわりしていた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ。」
「しっかり、自然を学んで来い。」
「あたしも行きたいー。」
 早朝のお見送りで家族が玄関に並んだ。――1人を除いて。
 心配してくれている母親。俺の将来に希望を持ってくれている父親。まだ、駄々をこねている妹。………弟はまだ寝ていた。
「いって来ます。」
 俺はそれだけ言って、家を出た。
 結局夏休みはおじいさんの家で過ごした。
 そういえば、夏休みの思い出にセミ取りなんて書いたことがないな…………。


19 :仔空 :2008/06/01(日) 19:56:15 ID:o3teQitL

若君の里へ 17 嫉妬orヤキモチA

 
 あまりにも静かすぎる山を俺は1人で歩き進んでいった。最終的な山奥には、一軒の家が建っており、その玄関に白髪の老人が立ちはだかっていた。
 老人は俺を見て、言った。
「お前が鋼か。」
 白髪の老人を前に俺は立ち尽くした。
 こんな山奥に住んでいるおじいさんってどんな人だろう、と思っていた。
 仙人だった。
「どうやら、そうらしいな。おい、お前。今までに鬼を見たことあるか。」
 それが、13歳の子供に聞くことだろうか。開口一番だぞ。
「な、無い……です。」
 思わず身内に敬語を使う。
「そうか。じゃあ、幽霊は?」
「無いです。」
「そうか。じゃあ妖怪は?」
「無いです。」
「じゃあ……………。」
 ネタが尽きたのか、仙人はあごに手を当て、悩み始めた。
 考えるな!!
 第一、なんだ。その超常現象的な、未確認生物……なのか……?つまりは、そのオカルトな存在を見たことあるか、という質問の数々は。
「まあ、いい。とりあえず、お前を今からテストする。」
 「テスト」は俺がこの世で一番嫌いな言語だった。ちなみに二番目は「天才児」。
「ああ、すまないな。テストは嫌いだったな。」
 どこから来た!?その情報!!
「じゃあ、試験ということで。」
「どっちも一緒だ!!」
 思わず口が滑ってしまったと後から手で口をふさいだ。
 仙人からどんな罰を受けるのかと思うと、当時の俺は恐怖によって震えに震えた。
 だが、仙人はニヤリと笑うと、こういった。
「お前には、素質があるな。」
 お笑いのだろうか……?と当時は思ったが、全然違うものだった。
「お前、この森へ来たとき、何か気配を感じなかったか。」
「な、何も……。」
 静かすぎるぐらいだった。
 俺がそれを伝えると、仙人――いや、祖父はこういった。
「やはり、な。お前には素質があるわ。」
 それから、その年の夏は地獄と化した。修行、修行の毎日。汗だくで帰宅すれば、夕飯の支度をさせられ、夜は翌日の薪を割ってからしか床につけない。
 13歳の子供にとって、これほど苦しいことは無いと思う。
「おじいさん、今日で夏休みは最後なので、今日、帰ります。いえ、今すぐ帰ります。」
「そうか。また来い。」
 もう来たくなかった。毎日の修行のおかげで俺に何が身についたのだろう。その年、俺は一度も鬼という存在に出くわさなかったので、修行の価値も意味も良くわからないまま俺は家路に着いた。
 着いてから発覚したのだが、それは俺の地獄をはるかに越える衝撃だったことは、今でも覚えている。

 夏休みの宿題、すべて白紙だった。


20 :仔空 :2008/06/15(日) 17:47:31 ID:nmz3m4Pk

若君の里へ 18 嫉妬orヤキモチB


「杉村君、来なさい。」
 放課後、職員室に呼ばれた。
「なんなんだ?この日記は。」
 バンッと机を叩いた音で俺は首をすくませた。
「え。に、日記の通り……ですが……。」
 俺はそう答えるしかなかった。
「言いたいことは分かった。だがな、先生はこんなことを書いてほしくて日記を宿題に出したわけじゃないんだぞ?」
「はい………。」
 ますます首を縮めることになった。
「大体、日記は毎日違うから面白いんじゃないか。だがな、お前の書き方を良く見てみろ。いいや、読んでみなさい。」
「はい。………修行した。修行した。修行した。修行した。修行した。修行した。修行した。修行をし――。」
「もういい。」
 10回ほど言うと、止められた。
 俺の日記には、「修行した」の言葉だけが延々と書かれていたのだ。

「ただいま。」

 「おかえりい!!」

 家族全員の声が俺の耳に届いた。今度は、1人も除かれていない。綺麗な四重奏。
 俺以外のみんなが白いエプロンを身につけている。
 俺だけが、みんなと違う学ランを着ている。
 同じ場所にいるのに、なんだか別の世界との境界線みたいだと思った。
 
 それから起こったことは、俺が中学を卒業すると同時にまた修行を始めこと。いつの間にか、葵も修行を始めていたこと。俺の知らないうちに、葵はケーキ嫌いになっていたこと。葵は、自分を天才児だと認めなくなっていたということぐらいかな。
 修行を始めたのも、ケーキ嫌いになったのも、俺が始まりだった。だけど、天才児については、俺は何も触れていなかった。俺自身、天才児ということについて触れたいとも思わなかったし、葵が天才児ということをどこかで認めたくない気持ちもあったからだ。
「あおいー。お前、本当に天才だなぁー。」
 俺がふざけてそういうと、葵は俺を睨み、こういう。
「どこが。」
 それだけだ。だが、誰もが知っている。葵は天才パティシェだということを。
 そして、家族全員が知っている。葵は選ばれた術師であるということも。
 俺が何年もかけて得た修行の成果を葵はほんの2週間で手に入れた。その上、葵は鬼を自ら呼び寄せるという体質も持っていた。
 俺たち術師は鬼さえ見えていればいいのだが、困ったことに俺は違う。俺は妖怪や魔物、そういうものも見えている。

「今、レイちゃんの後ろや周りにも、たくさん妖怪がいるんだよ。」

 俺がそういうと、レイちゃんは少し顔を青くした。
「なんてね。」
「そ、そない、驚かさんといてください。」
 レイちゃんは少し顔を引きつらせた。
 なんてね、なんて嘘。本当に俺たちの周りには今、たくさんの妖怪がいる。でも、このままだと、レイちゃんがおびえたままなので、嘘、ということにしておく。
「はは、だから俺にはわかるんだ。」
「なにが、です?」
「え?なにがって――――――
 ――――――――レイちゃんが、人間じゃないこと、とか?」
 レイちゃんの顔はさっきよりも青くなり、引きつっていた。
「な、なな、何を言ってはるんですかッ。う、うちが人間やなかったら、な、なんやって言うんです!?」
 明らかに、あせっている。
「さあ、それは分からない。レイちゃんは人間の形をした鬼かも知れないし、そうじゃないかもしれない。だけど、もし、レイちゃんが鬼だとしたら俺は、迷わずレイちゃんを――――――倒すよ。」
 俺は静かにそういったのと同時に。
 自然と、俺たちの足は止まっていた。


21 :仔空 :2008/06/22(日) 11:23:09 ID:xmoJmHmL

若君の里へ 19 レイという名の女の子


「――――――倒すよ。」
 鋼さんの口から聞こえた言葉に、うちは答えることが出来ず、ただ立ち止まっていた。
「な、なん、で…………。」
 声が震えているのは、自分でも分かった。
「なんでって、そりゃ、鬼を倒すのが俺たちの仕事だし。」
 その通り。
「レイちゃんは、葵のこと、好きなんだよね?」
「そ、そうですけど?」
 ちょっと挑発的に返してしまった自分に自分で後悔する。
「なんで、葵のこと好きなの?」
「なんでって…………。」
「それはレイちゃんが鬼で、葵に惹かれたからじゃない?」
「そ、そんな……こと………。」
 ない、ってはっきりうちは言えんかった。それはやっぱり、うちが鬼やから?うちは、葵のことを鬼として惹かれていったん?

 ちゃうわ。

「ないです。」
 うちは、今こそはっきり言った。
「うちは、葵のことを人間として、好きです。
 鋼さんの言うとおり、うちは人間やないです。
 でも、鬼でもないんです。うちは――――――
――――――――バンパイヤ、なんです。」
「……………。」
 鋼さんの顔は驚きでいっぱいなのでも、恐怖でおびえているのでも、怒りをあらわにしているのでもない。
 ただ、――――ただ、とても小さく――――微笑んでいたのだ。

「レイちゃんの口から聞けてよかったよ。」
 鋼さんが足を進めたのに、うちはついていった。
「本当は鬼じゃないってこと、知っていたんだ。ゴメン。」
 うちが黙っていた代わりに、鋼さんは話続ける。
「でも、人間じゃないってだけで、それ以上はわからなかった。だから、聞きたかったのは、本当なんだ。それと………葵のことを、本気で愛しているのかってことも聞きたかった。だから、俺はあんな聞き方をしたんだ。」
「………。」
「おかげで、レイちゃんが強いってことも分かったし。良かった。」
 気がついたら、もうおじいさんの家についていた。
「葵は、レイ=アイチュラっていう、‘女の子’に、愛されているんだね。」
 鋼さんはうちのほうを見て、ニコリと笑うと玄関の戸を開いた。
「ただいま、帰りましたー。」
 そして、履物の脱いだ鋼さんは葵を背負いなおし、重い、重い。といいながら、廊下を渡っていく。
「あのッ……ぉ。」
「ん?何?」
 まだ玄関に居るうちと鋼さんの距離はだいぶあったけれど、あたりが静かやったおかげで、うちの小さな声は鋼さんに届いていたようやった。
「葵は………葵は、鋼さんっていう、とても素敵なお兄さんに、とても愛されてるって思いますッ。」
 うちの言葉に、一瞬だけ鋼さんは目を見開き、驚いた顔を見せたけれど、またすぐにいつもの笑顔に表情を戻し、うちにこういった。
「そう?うらやましいでしょ。」
「はい、とても。……………うちも、鋼さんみたいな、お兄さんが……家族が………ほしかったです…………。」
 うちの言葉を背中で聞きながら、鋼さんは2階へ向かった。葵をおんぶしたまま、階段を上がるなんて、鋼さんはすごい。
 そんな2人の兄弟をうちは目で見送りながら、廊下を進んで行った。
 うちには、もうひとつやらなければいけないことがあるから。



「おじいさん――――――――。」
 うちは、居間でお茶を飲んでいたその人に声をかけた。
「ああ、レイちゃんか。」
 どうしたんだい?と目で聞きながら、うちに座るように手で示す。
「はい。実は、おじいさんに言っておきたいことがあるんです。」
 いつになく真剣な表情をしているであろう、うちの顔を微笑みながら眺めるように優しく見るおじいさん。その微笑み方を見て、やっぱり鋼さんも葵もこの人と血がつながっているんだ、って思った。
「なにかな?」
 静かに言うその声に少し落ち着きを保ちながら、うちは少しだけ息を吐き、言った。

「………うちは――――今日を限り、ここを出て行きます。…………お世話になりました。」

 部屋の中は、とても静かだった。そして………おじいさんは、優しく、うちを見ていてくれた。


22 :仔空 :2008/07/05(土) 00:05:43 ID:nmz3m4P3

若君の里へ 20 ありがとう。


 うちは、葵の寝ている部屋に向かって歩いていた。
「葵………?」
 入った部屋があまりにも静かだったので、うちはつい声をかけてしまった。
「ん………すぅ……。」
 小さな寝息がうちの耳に届いた。
 葵の寝顔見るの、何回目………?うちの見る度に葵は――笑顔で眠っている。
「また、笑っとるわ。」
 葵の寝顔に少し笑いながら、うちは葵の頬に指を当てた。プニプにや。赤ちゃんってこんなんかな。
「あはッ。」
 はたから見れば変な人かもしれへんけど、なんか楽しい。
「あ。」
 うっとおしくなったのか。葵は寝返り、うちに背を向けてしまった。

 その時に見た。

――――真っ白な雪を。空から降り続ける真っ白なそれを見た境にうちは葵に話しかける。
「…………葵、いままでありがとう。楽しかった。葵の家族はみんな優しくて、面白い人やったから。
 うち、ずっとここにいたい。けど、それは出来へん。せやから…………うちは、ここを離れるわ。………寂しいけど、これは、どうにも……出来へん、か、らっ………。」
 知らないうちに、泣いていた。涙が勝手にポロポロ流れてきて、うちの顔をぬらした。
「葵ぃ………さいなら……バイ、バイ…………。」
 最後にうちは、葵の頬にキスをした。
 それがなんだか恥ずかしく思えて、うちは葵に背を向けた。

「ん……レイ………ぃ……す、き………だよ…。」
「………ッ。」

 小さな子供のような声で言う葵の、そのわずかな言葉を聞いてしまって、大泣きしてしまう前にうちは部屋から出た。
 部屋を出てからドアに背を預け、うちはその場に座りこんでしまった。
「ふぁ、あ、あお、い…………ぃ。」
 もう流れないだろうと思っていた涙が次から次へと流れてくる。顔をうつ伏せて、涙を抑えようとした。でも、自分の服の袖が涙で湿っていくだけやった。

「レイ、ちゃん?」
 名前を呼ばれて、うちはとっさに顔を上げてしまった。
「どうしたの?ひどい顔してるよ?」
 鋼さんがいた。いつもとかわらぬその人の微笑みが少し困ったものになっていることに、うちは気がついた。
「…………。」
 うちが黙っていると、鋼さんはうちの隣に座り込み、話し出した。
「おじいさんから、聞いたよ?出て行くんだって?」
「………は、はぃ…………。」
「お家に帰るの?」
 うちは、無言で頷いた。
「ははっ。やっぱりこんな山奥は、女の子には厳しかったかな?」
 うちは首を横に振った。
「ん?じゃあ、何で泣いてるの?」
「……………帰らなあかんのです…………。」
 うちは、小さく言った。
「帰らなくちゃ、いけない………?」
 うちは頷いた後、早口に言った。
「うちは、もう少しで16歳になるんです。…………うちは、16歳になったら家に帰るという決まりを作って、ここへ来ていました。もう……帰る時間なんです。」
「……………。」
「今まで、ありがとうございました。短い間でしたが、楽しかったです。」
 立ち上がったうちを見上げて、鋼さんは言った。
「じゃあ………もう、行くんだね?」
「はい………。」
「葵には?お別れした?」
「………一応、しました………。」
 うちは、俯いて言った。
「それで、いいの?」
 立ち上がった鋼さんが言った言葉をうちは、聞き返す。
「え………?」
「レイちゃんは、それでいいの?葵にお別れしちゃっていいの?」
「な、何を言ってはるんですか……ッ!うちには、もう……どうしようも出来ないんです!!」
 とまったはずの涙が、また流れてきた。熱くて大粒の涙が。
「そんなに泣いているのに?レイちゃんが、そんなに悲しんでいるのに?」
「決まり、なんです………その決まりに、葵を巻き込むわけには………いかないんです!!巻き込みたくないんです!!」
「じゃあ、これでお別れなんだ?このたった何分かの時間でレイちゃんは、葵との時間を無かったことのように出来るんだ?」
「………そんな、こと…………ッ。」
 俯いたうちの頭の上から、鋼さんは優しくいった。
「出来ない、よね?さっき言ったじゃないか。レイちゃんは、葵を愛しているって。それは、レイちゃんだけの想いじゃないんだよ?葵だって、レイちゃんのこと大切に想っている。レイちゃんに負けないくらいの強い想いを持っているんだよ。」
 うちは、しゃくりあげて言葉を出すことが出来なかった。
「その想いは、こんな短い時間で消せない。いいや、どれだけの時間を使っても、レイちゃんと葵にある想いは無かったことになんて、出来やしないんだ。」
「で、でも…………。」
「俺はレイちゃんの家の場所を知らない。どれだけ遠くにあるのかも、どんな道を進んでいくのかも。…………でも、俺がレイちゃんの恋人なら、レイちゃんの迷惑で無い限り、俺はレイちゃんと一緒に居たいって思うよ。」
「…………鋼さんの言うとおりです。」
「……?」
「うちは、葵への想いを忘れることは出来ません。………でも、もう決めたことなんです。
 うちの住んでいたところはとても遠いところです。それに、葵をつれて行けるとは最初から、思っていませんでした。葵とは、ここでお別れなんやと………いや、いつか別れるときが来るって葵を好きになったときにもう、分かっていました。」
 うちは、笑った。涙は止まっていてくれて、少しは無理な笑顔とは思われなかったと思う。
「これで、本当にさよならなんです。この世界に……この国にこれて、本当に良かった。」
 うちは深呼吸を一度すると、一言だけ口にした。

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」
 鋼さんは言った。もう、戻ることは無いと思っていながらも、うちは「行ってきます」といった。それが…………それが「世界」を去るときの言葉やから。
 うちが笑うと、鋼さんも笑った。

 それを最後に、うちの目の前から鋼さんは消えた。


23 :仔空 :2008/07/11(金) 20:46:58 ID:o3teQitL

若君の里へ 21 お兄ちゃんが行う姫君の里へ行く準備。


 本当に行ってしまったんだと、俺は思った。
 目の前に居たはずの美少女は跡形も無く消えていて、信じられないと目をこすったが、現実は変わらなかった。
「本当に、帰っちゃったんだ………。」
 寂しい、なんて今まで一度も思ったことが無かったのに、なんだかその気持ちを今感じていると不思議と分かった。
 葵は、なんて言うだろう。

≪どうして!?どうして、お母さんは行っちゃったの!?≫
≪お母さんは、ここに居ちゃ危ないんだ。≫
≪どうして?どうして?≫
≪………わから、ない…………。≫

 本当はお前も危ないんだ、とそのとき俺は言わなかった。言えなかった。葵はもっと強くなれるから。葵が鬼を呼ぶ体質だってことは、誰にも言っちゃいけない。おじいさんも、父さんも俺にそう言った。
 母さんは葵と同じように鬼を呼ぶ体質だった。だから、父さんの実家であるおじいさんの家へ行ってもすぐにケーキ屋である家へ戻る。

 また、あの時のように、葵は駄々をこねるだろうか。
「レイは?レイはどこへ行ったんだよ!?」
 そう言って、俺に詰め寄る葵の姿が目に浮かぶ。
 いいや、違う。

「そんな、ダダをこねさせる時間はあげないよー。」
 俺は葵の部屋のドアを開け、その空間に足を踏み入れた。
 くぅ、くぅ……と葵の規則正しい寝息を聞きながら、言った。
「レイちゃんを泣かせたら、お兄ちゃんが許しませんからね。」
 俺はベッドの上の葵を見下ろした。

 とりあえず、何かあったときのために、チョコレートを葵の懐に入れておく。(これはレイちゃんが渡し損ねたバレンタインチョコだ。)………ついた先でもちゃんと生きていけますように。っと。
 これで、雪山についたとしても葵は死なないはずだ。
 そうだ、自信をもて、俺!!
 俺は葵の額に一枚の御札を張り付け、ゆっくりと深呼吸をする。まっすぐに葵を見て、俺は口を開いた。

「神が使いし我らのもとに。今、永遠なる灯を我らのもとへ。邪悪な心は数知れず。己のみぞしる気の変化。すべての力よ、解き放たれよ。」

 両手を合わせ、同じ言葉を何度もつぶやく。葵がこの世界を去るまで、葵がちゃんと出発できるまで。



……………レイちゃんが、ここを去ったときと同じように俺が目を開くと、そこに葵の姿はなかった……………。




「ふう。」
 俺は尻もちをつくような体制で腰をおろした。
 結構、力を使ってしまって立つことができない。
「やっぱり、なれないことはしないものだなー。」
 あとは天才に任せるか。
 ちゃんと、レイちゃんの涙をぬぐえるのは葵だけ。俺はそう思っている。いや、そうなんだ。これは確信。
 窓の向こうの空を見上げると、雪が降っていた。真っ暗な冷たい空気のなかで、それだけがはっきりと輪郭を持っているようだった。
 触れてしまうと、雪は解けてしまう。
 葵たちの気持ちが、この雪のようにならなければいいけれど………。

 大丈夫。

 葵たちなら大丈夫だ。だって、2人は運命で結ばれているんだから。
 それは、誰にも踏み入れられる場所じゃない。
 2人だけの、固い絆。
 2人だけの、強い想い。
 それが、ずっと続くと、俺は信じているから。

 だから、きっと大丈夫だ――――――――――――。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.