汚れても君が。


1 :葵助 :2007/07/12(木) 23:05:36 ID:ommLPnze

HN変えました、麗汰です。
今回から葵助(きすけ)として小説書かせてもらいます。

今回は「汚れても君が。」という恋愛小説を書かせてもらいます。
一応短編となっておりますので。



好きな人のためなら

なんでもできる。


そんな真っ直ぐな少年は

罪も知らずに罪を重ね

汚れもしらずに汚れを重ねる。


どこまでも一途で
どこまでも儚い恋。


2 :葵助 :2007/07/12(木) 23:23:53 ID:ommLPnze

プロローグ

鳴り止まない銃声。

僕達を追う足音。

「早くっ! こっちへ! お嬢様」

「はぁっ……はぁっ……」

僕達は手をつないで路地裏に隠れた。

遠ざかることのない銃声が、僕の恐怖をさらに高める。

でも、僕は決めたんだ。

お嬢様を守るって。

最初はそれが仕事で、義務として守ってきた。

しかし、今は自分の意思で守っている。

大好きだから。

大好きだから。

「大丈夫ですか? お嬢様」

「はぁっ…はぁっ…呼び捨てでいいって言ってるのに…。なんとか大丈夫よ」

瞬く星もなにもない灰色の空の下、僕達は息を潜めて隠れていた。

その時……。

「見つけたぞ! お嬢様にあてるなよっ! 小僧を撃ち殺せぇっ!」

僕達の目の前に現れた三つの影が、銃を撃った。

くそっ!

僕はお嬢様をかばうように、両手を広げ目をつぶった。

僕は決めたんだ、お嬢様を守るって。

だから死んでも、後悔なんてしない。

好きだから。

パンパンパンッ!

渇いた音が辺りに響く。

なのに、全然痛くない。

不思議に思い、そっと目を開けると――




お嬢様が血まみれで倒れていた。



きっと、僕をかばって。





「やっ……やべぇ。 お嬢様が……逃げるぞ!」

三人の警察が脱兎の如く逃げ出した。

僕はお嬢様を瞬きもせず見つめた。

信じられない。

嘘だ。

次、目を開けたらこの光景がなくなっていてほしい。

そう思って、ゆっくり目をつぶり開けてみた。


だが

この光景は

確かにそこにある。



「うわああああああああああああああ!!」

これは星ひとつない、寒い夜空の下での出来事だった。


3 :葵助 :2007/07/13(金) 15:34:09 ID:Wmknr7Qe

出会い。

活気溢れる人々の声。

華やかな街並み。

太陽の日差しがさんさんと降り注ぐのどかな景色。

人々はみな幸せそうに暮らしているこの街。


しかしこの街にはもう一つの顔がある。



この活気溢れる街をさらに奥に進むと、さきほどまでとはうって変わって、暗い陰気な雰囲気漂う地域がある。

この地域は別名、こう呼ばれている。

『裏町』

聞こえるのは陽気な声ではなく、罵声、怒声。

日常茶飯事に行われる殴り合い。

路上に寝る孤児。

毎日のように売買されるクスリ。

ここにいる奴らにロクな奴はいない。

みんな死んでいる。

生きる気力もなくし、人から盗むことしか脳がない野蛮な奴らたちが暮らすところだ。



灰色の雨が降りしきる中、この裏街に不思議な男が歩いていた。

黒のロングコートに、綺麗な金髪。

吸っているタバコは高級ブランド。

二十代後半というところか。

なぜ、こんな金持ちそうな男がこんな汚い街にいるのか? 人々はただ目を丸くするばかりだ。



金髪の男はタバコを口にくわえ、ある写真を見つめながら歩いていた。

「……んなところにいるのかよ……」

はぁ、とため息をつきまた写真を見つめる。

その時

「オイオイ、金持ちそうな兄ちゃん。こんな危ないとこ歩いてると、お金盗まれちゃうよ?」

パッと顔を上げると、目の前には貧しい身なりをした青年が三人ほど立っていた。

金髪の男は無視して去ろうとしたが、また前をふさがれてしまった。

「邪魔だ。どけ」

そうすごんでみるが、三人の青年はニヤニヤと笑うばかりだ。

「どうだ、兄ちゃん。いっちょ買い物しねぇか?」

「……なんだ?」

眉をひそめると、一番右にいた青年が右手に持っていた鎖をひっぱった。

その鎖は近くの路地裏までのびていて、その路地裏から一人の少年が引きづられてきた。

「オラ、さっさと歩け、クソ餓鬼」

「うぐっ……」

さらに鎖を強くひっぱり少年を引き寄せた。

その鎖は少年の首に巻きついていて、首の周りは傷だらけで血が滲んでいた。

「どうだ、兄ちゃん。こいつはきっと奴隷になるぜ? 500ギンで買わねぇか……って兄ちゃん?」

金髪の男は、その少年に目を奪われていた。



その少年は美しかった。

ボロボロの衣服、傷だらけの顔。

この街にいるからから当たり前だ。きっとロクな育ち方していないだろう。

しかし、整った顔からのぞかせる真っ黒の大きな瞳は、綺麗だった。

死んだ魚のような目をしているここの奴らに比べて、少年の瞳は真っ黒で、真っ直ぐで

純粋な、純粋な瞳だったんだ。


これが俺達の出会い。


「兄ちゃん?」

「あ、あぁ……買う。500ギンだったな?」

500ギンは決して安い金額ではない。

いつもの俺なら無視して通り過ぎるところだが、

俺は催眠術にかかったかのように、ポケットから500ギンをとりだしていた。

「ラッキー。じゃぁ、仲良くね。坊や」

青年たちは、少年を俺のほうに突き飛ばすと、意気揚々とどこかへ消えて行ってしまった。

突き飛ばされた少年は、ものの見事に俺の胸の中にすっぽりと収まった。

「ゲホッ…ゲホッ……」

「おい、大丈夫か?」

「苦しっ……鎖取って……」

俺はすかさず鎖を引きちぎった。

そして背中を優しくさすってやる。

「大丈夫か?」

優しく問いかけると、少年は小さくうなずいた。

「お前……なんで俺を買った……?」

少年はしばらく俺の胸に顔をうずめていたかと思うと、ゆっくり顔を上げ俺をにらみつけた。

「お前見てると哀れだったからだよ」

本当はよくわからない。

なんで俺はこんな餓鬼を金を出してまで買ったのだろうか?

本当にわからない。

本当に哀れだったから買ったのかもしれない。

いや、もしかして俺はこの少年の綺麗で純粋な瞳が欲しかったからかもしれない。

「余計なお世話だってーの……」

少年は俺から離れると、キッと俺を睨みつけた。

「そう怒るなって」

本当に不思議な少年だ。

まだ幼くまだ十五歳くらいではないだろうか。

顔は美しく、そのほかの少女より断然綺麗だ。

貧相な身なりをしていながらどこか高級感がある。

本当に不思議な少年だ。

「で、名前はなに?」

「教える筋合いはねぇ」

少年はふん、と笑った。

「相手に名前を聞くときは自分から名乗る、そうだろ? おっさん」

とことん強きな餓鬼だと、俺は苦笑いをした。

でもその瞳はキラキラと輝いていて、俺はまた見とれてしまいそうになった。

「俺はカインって言うんだ。お前は?」

「……教えるかよ」

少年は俺を睨みつけると、そっぽをむいてしまった。

全く、とんだ拾い物をしてしまったな。

「別に名なんぞどうでもいい。お前なんであのチンピラに捕まってた?」

優しく問うと、少年はギリリと歯軋りをした。

「金……盗もうとして、捕まった」

金を盗もうとした?

信じられなかった。

そんなことしそうにないと思ったからだ。

「………は?」

「金が欲しいんだよ……」

もう一度ポツリとつぶやいた。

少年の目は悲しそうに沈んでいた。

「なんで……金が欲しいんだ?」

「別になんでもいいだろ……。とにかく金が欲しいんだよ!」

少年の怒鳴り声は、醜い街に静かに響き渡っていた。

少年はふいに笑った。

「おい、おっさん。アンタ金持ちなんだろ? 金くれよ」

そう言って手を差し出す少年は、純粋で汚れのない少年で――。

こんな少年から『金』という言葉が発せられるのが信じられなかった。

「お前にやる金なんざねぇよ」

俺はギロリと睨みつけてやった。

しかし少年は、俺の睨みにひるむことなくさらに続けた。

「じゃあ……働くから金をくれ」

「どうやって? お前力仕事向いてねぇだろ?」

俺は少年の細い体をゆっくりと眺めた。

すると少年は、ニヤリと笑って――またとんでもないことを言い出した。

「身体……売る。抱いてくれ」

時が止まったような気がした。

聞こえるのは、少年の言葉と静かな雨の音だけ。

今、こいつなんて言った?

身体を売る――? 信じられない。この少年が、こんなことを言うなんて。

もしかしてこの綺麗な瞳は偽物か? そう思って、少年の瞳を覗いてみた。

やっぱり、真っ直ぐと生き生きしている目。

死んでいない。

なのになんでこんなこと――。

そんなに金に取り付かれているのか――?

「お前、自分がなに言ってるのかわかってるのか?」

「ああ」

少年はこくりとうなずいた。

その目は、真っ直ぐ、俺の心を貫いているかのような強い目だった。

「じゃぁ、ついてこい」

俺は少年の手を強引に引っ張って歩みを進めた。




これが俺達の出会い。


4 :葵助 :2007/07/13(金) 17:21:45 ID:Wmknr7Qe

金のため。

こんな薄汚れた街にラブホテルなど、腐るほどある。

俺は少年を一番近くにあったホテルに連れ込んだ。

部屋に入った途端、少年をベッドに押し倒し、すかさず馬乗りになる。

「がっつくなよ、おっさん」

「……怖いのか?」

「……別に」

その少年の瞳から恐怖はみじんも感じられなかった。

怖くないのか?

「俺男なんて抱いたことねぇぞ?」

「別に構わしねぇよ。金のためならなんでもできる」

その言葉を証明するかのように、俺を押しのけ、自ら衣服を脱いだ。

そして大の字の寝転ぶ。

俺は上等だ、と笑うと、すばやくコートとスーツをハンガーのかけ、少年の上にのしかかった。

ほっぺを優しく触り、次に血のにじみでた首に舌を這わす。

少年は目をつぶったまま口をゆがめて笑っていたが、ふいに小さな悲鳴をあげた。

「いっ……て。傷口にっ…しみるっ…あぁ!」

それでも俺はやめなかった。

首の傷を指でひっかいた。するとまた血がじわ、とにじみでてきた。

少年は痛みに顔をゆがめて、必死に堪えていた。

乱暴な口付けをして口内を犯した。息ができずもがいている少年の両手を、押さえつけ、舌をかき回した。

噛み付くようなキスに、少年の唇の端から血が滲んでいた。

「…っうぁ」

胸を這う舌が気持ち悪くて、少年は思わずベッドから逃げ出そうとしていた。

しかし、俺はそんなこと許すわけもなく、小さな乳首をぎゅっとつねってやった。

少年は顔をゆがめ、逃げ出そうともがく。

「いっ……やめろっ!」

「黙って抱かれろ。金のためならなんでもできるんだろ?」

ニヤリと笑うと、少年は泣きそうな顔をした。

抵抗する度に、腹を殴って黙らせた。

少年の白いおなかは無数の青じみが出来ていた。

うるさいからと、本来入れるべき場所ではないそこにバイブを突っ込んだ。

悲鳴を上げる少年を黙らせるように、また噛み付くようなキスをした。

「まじめにしゃぶれ」

ぴしゃりとおしりと叩くと、一際高い悲鳴が上がった。

「んっ……あっ……いたっ!」

少年の瞳からは涙が流れていた。

きっとつらいのだろう。俺は決して優しく抱いてはいないから。

俺は、わざと少年を乱暴に抱いた。

そうすれば、少年はやめると言ってくれると思ったから。

しかし、少年は弱音も吐かなかった。

俺はとうとうしびれを切らし、少年のバイブを抜き、口から俺のモノを取り出した。

「身体売るってことは、つらいことなんだよ。もうやめとけよ。馬鹿なことすんな」

「金がいるんだ……抱いてくれ」

少年の頬を優しく触り、微笑んだ。

「ちゃんとした職につけば金は手に入る。こんな汚いことはすんな」

「大金がっ……いるんだ」

「肩震わせて泣いている子、抱けるかよ。帰りな」

俺はドアを指差した。

しかし、少年は帰ろうとはしなかった。

「金がいるんだ……抱いてくれよ」

消え入りそうな声でつぶやいた少年は、さっきまでの強きな姿はどこにもなく

幼い小さな子犬のようだった。





「金、ここにおいとくぞ」

「……ああ」

かすれた声しか出ない。喉が焼けるように痛い。気持ち悪い、吐きそうだ。

金髪の男は、俺がぐったりと横たわっているベッドの横の、サイドテーブルに6000ギンほど置いた。

「シャワー浴びるか? 水飲むか?」

「……いや、いい」

行為の最中はあんなに酷かったのに、今となっては俺を気遣ってくれる。

ホントに不思議なおっさんだな。

「それよりアンタ……。なんであんなところにいたんだ? あそこはおっさんのような金持ちが来るところじゃねぇだろ」

「おっさんじゃない。まだ二十代だ」

と顔をしかめてから、仕事で来たんだ、と付け加えた。

「どんな仕事だ?」

「人捜しだ」

おっさんが俺が寝ているベッドに腰かける。

「誰を捜してるんだ?」

すると、さっきまで優しい顔つきだったおっさんが急に険しい顔つきになった。

「お嬢様をさらった、裏切り者の少年をな……」

ドクンッ――

心臓が高鳴った。

「三年前、この国の国王の一人娘のお嬢様が、少年にさらわれた」

その少年は城で働いていた少年で、お嬢様のお世話係だったそうだ。

少年とお嬢様はとても仲がよく、いつも一緒にいた。

「俺も昔は城で働いていて、国王とお嬢様の命をお守りするボディーガードをしていたんだ。だからお嬢様とその少年のことはよく知っている……」

上の空でつぶやくおっさんの言葉を、俺は黙って聞いていた。

「少年は城にいるみんなに好かれていて、王はもちろん、お嬢様の信頼も熱かった」

だが、それはみんなを騙すための偽の姿だったんだ、とおっさんは憎憎しげにつぶやいた。

「あの少年は、お嬢様をさらうために、善人面をしていたんだ。嫌がるお嬢様を無理やり……。あいつは……城の、国の裏切り……」

「ちげぇっ!」

俺は怒鳴って、はっとした。

おっさんがけげんな顔をする。

「なにが違うんだ?」

「あ、いや……なんでもない」

おっさんはけげんな顔をしながらも、それ以上聞かず話を進めた。

「結局、俺達は少年を取り逃がしてしまった。お嬢様も連れ戻すことができなかった……。情けねぇ……」

その顔からは、悔しさが滲み出ていた。

「数日後、三人の警察が城を訪れた」

その警察達は、少年に向けて放った弾を、あやまってお嬢様に命中させて殺してしまったと、言ってきたのだ。

「王は哀しみに暮れ、この警察たちに罰も与えようともしなかった。俺達はすぐさま警察が証言した路地裏に行ってみたが、お嬢様の死体はなかった……」

おっさんはふいに話を止め、俺に目を向けた。

「おい、どうした? 顔色が悪いぞ?」

「いや…なんでもねぇ。続けてくれ」

おっさんは俺の頭をなでると話を続けた。

「そしてこの事件は、謎のまま打ち切りとなった。少年も行方不明。お嬢様は死体も見つからない。いくら捜査をしても手がかりが全くなかった」

だが、数週間前に少年を目撃したとの情報が入った、その目撃場所がこの街だ、とおっさんは目を輝かせて言った。

「だから俺は王の命令でこの街に派遣された。少年を見つけだし、始末しろってな」

おっさんの言葉を聞いて、血の気が引いた。

「こいつなんだけどよ、お前見たことねぇか?」

ほらよ、と手渡された写真を見つめた。

そこには品のよさそうな顔をした、幼い少年が写っていた。

「……いや、ねぇな」

「そうか。まぁ、見たら俺に連絡………あ! そうだ!」

どうした? と聞くとおっさんはニコリと笑った。

「お前、金がいるんだよな? 俺と一緒にこいつを捜してくれねぇか? ここらへんの地形ならお前のほうが詳しいだろ? 捜すの手伝ってくれたら金はいくらでもやる。それだったら、身体なんて売る必要ないだろ?」

俺は無言だった。

おっさんは俺のためにこんな提案をしてくれている。

俺がもう、身体売るようなことをしないために。

そんなおっさんの優しさが、素直に嬉しかった。

けれども、すぐにはうんと言えなかった。

「どうした? 嫌か? 嫌なら別にいいんだが……」

嫌だった。

こんなのやりたくない。

けれども俺は決めたんだ。

どんな手段を使ってでも、金を手に入れるって……。

たとえ危険に侵されようとも。

「……やるぜ。金くれるんだろ?」

「ああ! もちろんだ! じゃあ明日の十時ここで待ち合わせしよう。じゃあまた明日な」

おっさんはそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。

「ああ……」

おっさんがいなくなった後、俺はかすれた声で返事をした。


5 :葵助 :2007/07/15(日) 17:48:59 ID:o3teWkL3

秘密。

「ただいま、お嬢様」

「おかえり、ルイ。もう、名前で読んでって何度も言ってるのに」

俺はそうですね、と適当に返事をし、お嬢様が寝ているベッドに向かった。

「俺がいなくて寂しかったですか?」

「ぜんぜーん」

お嬢様がふん、と鼻で笑う。

そしてポツリと、寂しかったよ、とつぶやいた。

俺はお嬢様のベッドに腰かけて、茶色い綺麗な髪を撫でた。

本当に、綺麗な髪だ。

「体調はどうです?」

「いい感じ」

そう言うやいなや、お嬢様は体を起こそうともがき始めた。

「ダメですよ! 無理して動いちゃ!」

慌ててお嬢様を押しとどめる。

それでもお嬢様は無理に体を起こそうとする。

「この体っ……いつになったら動いてくれるのよっ……。ごめんねっ……ごめんねっ」

お嬢様は泣きながらで何度も俺に謝った。

大丈夫ですよ、と俺は微笑んだ。

「俺が早く金を貯めて手術して、動かなくなった左半身を治してみせます」

そして、泣きじゃくるお嬢様の上に乗っかって、上から熱いキスを落とした。

お嬢様の唇は、俺の唇よりいつも冷たくて、でも触れていてとても気持ちいい。

お嬢様とキスする瞬間が、俺は一日の中で一番好きだった。

しばらく俺達はたがいの顔を見ては、何度もキスをし笑いあっていたが、ふいにお嬢様がはっと声を出した。

「ルイ……あなた首っ…どうしたの?」

動く右手で俺の首筋の傷を触る。

その目にはまた涙が溜まっていた。

「えっと……これは、転んじゃったんです。俺馬鹿ですから」

もちろん嘘だ。

ははっと笑う俺を見て、お嬢様はさらに悲しそうな顔をした。

「ルイ……。あなたなんの仕事してるのっ…? 私のために危険な仕事しないでっ……」

「お嬢様には関係のないことです。俺はどんな手段を使ってでも、金を集めてお嬢様の体を治すって心に誓いましたから」

「私の体なんてどうでもいいのっ! それより私はあなたのほうが心っ……」

無駄口を叩く口ですね、と俺はお嬢様の言葉をキスでさえぎった。

「俺は誓ったんです。あなたを愛する自分に……。あなたの体を治すって。そのためなら俺は、悪魔にでもなれますよ」

そう言って微笑む俺を、お嬢様はただただ涙して見つめるだけだった。



三年前

お嬢様を連れ去ったのは、この俺だ。

いや、正しくは一緒に抜け出したってところか。

小さい頃から俺は、国の王の一人娘のお嬢様のお世話係として働いていた。

出合った当初のお嬢様は、それはもう絵に描いたようなワガママ姫で

俺は毎日のように振り回されていた。

でも、その時からお嬢様の笑顔が好きだった。

馬鹿でかい庭で無邪気に遊ぶお嬢様は、太陽のように、宝石のように輝いていた。

俺はその時から、お嬢様に惚れていたのかも知れないな。

俺はお嬢様はもちろん、お嬢様の父である国王、城の誰からも信頼されていた。

幼いころだったので覚えていないが、今日会ったおっさん――カインも俺のことを信頼していたことだろう。

毎日を過ごすうち、俺とお嬢様は次第に惹かれあっていた。

しかし国のお嬢様と、ただのお世話係である一般人の俺では、到底交際なんて許されない。

俺達は悩みぬいた末に、ある星も出ていない寒い夜――城を抜け出したんだ。



「……イー? ルイー?」

「……はっ、はい!」

はっとして顔を上げると、お嬢様が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「まったく……。いきなり床に座り込んで黙りこくっちゃって」

それよりも、とお嬢様がお腹をさする仕草をした。

「はいはい、お腹が空いたんですね。ちょっと待っててください」

俺は女用の(しかもサイズが小さいのでピチピチだ!)エプロンを身にまとい、そそくさと台所へ向かった。



三年前、城から逃げ出した俺達は

追いかけてくる警察やら、城の関係者から逃げるようにして路地裏に駆け込んだ。

しかし、三人の警察に見つかってしまった。

見つかった時にはもう遅くて、警察は俺の心臓めがけて銃の弾を放っていた。

しかし、あろうことかお嬢様が俺をかばい、右肩に弾を受けていたのだ!

三人の警察は顔を真っ青にし、脱兎の如く逃げていった。

右肩から真っ赤な血を流し、ぜぇぜぇと喘ぐお嬢様を、俺はただただ呆然を見下ろすしかなかった。

どのくらいお嬢様を見つめていただろう?

このままではいけないとようやく思い、自分のシャツを引き裂いて、出血している右肩を縛り止血した。

本当なら病院に連れて行ってあげたいのだが、病院に行けば城の奴らに、俺らの居場所がばれてしまう。

それだけは避けたい俺は、お嬢様をおんぶしてひたすら歩いた。

行くあてもなく

歩き続けた。

怖くて、つらくて、みじめで

それでも、俺はたった一つの大切なものを背負って

歩き続けた。



「できましたよー」

今日はキノコのリゾットです

そう言うと、お嬢様の頬がとたんにふくらんだ。

怒ったお嬢様も可愛くて仕方がない。

俺にとってお嬢様は、最初で最後の初恋の相手だ。

だから、とっても大切なんだ。

あなたが。

「キノコ嫌いって言ってるじゃない!」

「バランスよく食べないとダメですよ」

俺はスプーンですくったリゾットを、お嬢様の口に押し込んだ。

「てかっ…あちい!」

「お嬢様があちいなんて男言葉使ってはダメでーす」

俺の言葉に文句を言おうとしたお嬢様の口に、またリゾットを押し込める。

そしてケラケラと笑ってやった。

お嬢様はすっかりご立腹なご様子。

「ルイ……あんた後で覚えときなさいよ!」

知りませーん、と笑う俺を見て、お嬢様もつられて笑い出した。

お嬢様の笑顔を見る度に心臓が高鳴る。

今は決していい生活じゃないけれど 俺はこの人だけは守ろうって誓ったんだ。

俺の大好きなあなたの笑顔を――

ホントに愛してます。お嬢様。

だから俺は、お嬢様の体を治すために――どんな手段を使ってでも金を集めてみせます。



死んだのか、意識を失ったのかわからないお嬢様をおんぶして、あてもなく歩いていると

いつのまにか森の奥深くに迷い込んでいた。

まるでヘンゼルとグレーテルのような気持ちになったのを、今でも覚えている。

星の光もない真っ暗な夜、俺は泣きながら歩いた。

森が風でざわめく音がすると、びっくりして足を何度も止めた。

それでも、一歩一歩奥へと進んでいくと

小さな小屋が見えた。

この小屋に人の姿はなかった。

小屋の横の看板に汚い字で『宿屋』と書かれてあった。

どうやらここは昔、宿屋だったようだ。

俺はこれ幸いと、この小屋にあがりこんだ。

小屋の中にあったベッドにお嬢様をそっと寝かす。

死人のように青白い顔をしていたので、てっきり死んだと思い

俺は泣いた。

守れなかった、お嬢様を守ることができなかったと、泣いた。

悲しくて、つらくて、胸がはちきれんばかりだった。

涙もすっかり枯れ、放心状態でお嬢様を見つめていると

かすかだが胸が動いた。

小さな寝息も聞こえる。

お嬢様は生きていたのだ。

カインが――おっさんはお嬢様は死んだ、と言っていたが、それは違う。

お嬢様は今でも生きている。光の当たらない場所で、俺と一緒に生きているんだ。

一週間もすればお嬢様はすっかり元気になった。

しかし

右肩に当たった弾のせいで、お嬢様は脊髄を損傷してしまい

左半身が動かなくなっていた。


俺達は

翼が生えて、城という籠を飛び出しても

決して幸せにはなれなかったんだ。


俺はその時誓ったんだ。

必ず、お嬢様を幸せにしてやるんだ、って。

お嬢様の体を治してやるんだ、って。

そのお金を貯めるためなら、俺はどんな汚いことでもする、って。

俺はその時から、プライドなんて捨てていた。

けれどもいくら必死で働いても、お金はなかなか貯まってくれず

気づけば三年の月日がたっていた――


「ふー。お腹いっぱい」

「美味しかったですか?」

にこにこと問いかけると、お嬢様はふん、と鼻を鳴らした。

「キノコ以外は、ね」

お嬢様は声を上げて笑い、俺においでと右手で手招きした。

俺は猫のようにお嬢様のベッドにもぐりこんだ。

お嬢様の胸に顔をうずめると、お嬢様はよしよし、と俺の頭をなでた。

寝る前のこの瞬間が俺は大好きで

お嬢様の温もりを一番感じられるこの時間が大好きで

なにより、お嬢様が大好きで――。

「……あれ?」

お嬢様の声に俺は顔を上げると、お嬢様は眉をひそめていた。

「どうしました?」

「ルイの体からカインの匂いがするの……」

ドキッ――

心臓が高鳴った。

お嬢様は俺の体を犬のようにクンクン嗅ぎ始めた。

「きっ……気のせいですよ」

「そうかしら?」

お嬢様は眉間にしわを寄せて、俺を睨みつけていた。

「ルイ、あなたなにか隠してない……?」

カインに会って身体売ってました、なんて死んでも言えるわけがない。

「い、いえ……なんでも」

もうしどろもどろだ。

「そう……。じゃぁ寝ましょうか。おやすみ」

お嬢様はまだ疑う視線で俺を見ていたが、眠気が襲ってきたのか、すとんと眠ってしまった。

お嬢様の寝顔を見つめて、思わずふぅ、と安堵のため息をついた。

真っ暗な天井を見上げて、俺は明日からのことに思いをはせた。

俺は明日からおっさんと一緒に、『裏切りものの少年』を捜すことになっている。

裏切り者の少年――つまり俺――おっさんは、俺を捜している――裏切り者の俺を捜して殺そうとしている――。

なぜおっさんは俺に会っても、あの裏切り者の少年だと気づかなかったのだろうか。

答えは簡単だ。

俺の顔は三年前の面影を全く残していないほど、顔つきが変わってしまったのだ。

厳しい仕事としているうちに、目つきは鋭くなり

日の当たらない、こんな汚い街で過ごしていたため、肌の色素は全くと言っていいほどなくなり

おまけに顔は傷だらけ。こんなんじゃ俺があのお嬢様を連れ去った少年だとわかるわけがない。

俺はおっさんと一緒にいていいのだろうか?

バレて殺されはしないだろうか?

実を言うと不安で、不安でしょうがない。

いっそのこと、俺があの裏切り者の少年だ、とあらいざらに白状してしまおうか。

俺はおっさんは嫌いじゃない。あいつはいい人だ。

一番そばにいる俺が、あの裏切り者の少年だと気づかずに、永遠とこの街の中を捜し続けるなんてあまりにもかわいそすぎる――

いや、ダメだ。

俺は自分の力でお嬢様の体を治すまでは、死ねない。

俺はどうすればいいんだ――?

どうすれば――?

俺はその日、すやすやと寝息を立てて眠るお嬢様を横に、一人もんもんと悩んでいた。


6 :葵助 :2007/07/19(木) 16:46:54 ID:xmoJm4kc

理由。

太陽昇り、薄暗い『裏町』にかすかに黄色い日が射している。。

朝っぱらから目の前で繰り広げられる殴り合いを眠たそうに見つめながら、金髪の男は、少年を待っていた。

期待と、ほんの少しの不安を胸に……。

あの少年は一体何者なんだろう?

しかもあの顔……どこかで見たことがある。

なぜかあいつのそばにいると、心が落ち着く。初対面の気がしないのだ。

なんでだろう? それがわからずイライラして、俺は本日五本目のタバコに火をつけた。

目の前で殴りあいをしていた男たちは、いつのまにか消えていた。

「遅ぇ……」

ブランド物の腕時計に目をやると、約束の十時はとっくに過ぎていた。

また変な奴に捕まったのではなかろうかと、きょろきょろと辺りを見渡してみたが、そこにはクスリを売っている陰気なおじさんしかいなかった。

あいつを捜しに行こうと、足を踏み出したその時、近くで甲高い男の子の悲鳴が聞こえた。

「まさか……な」

猛スピードで声がする方へ駆けていくと、そのまさかであいつは中年の男に捕まっていた。

まったく、あいつは何度捕まれば気が済むのだろう?

ため息をつき、そっと近寄る。

「可愛いでちゅねぇー。お嬢ちゃんー。おじちゃんと遊びまちゅかー?」

「やめっ……やめろ!」

あいつはオヤジに腕をひねりあげられ、膝を地面につき苦しそうに喘でいた。

その綺麗な目には、怒りと恐怖が滲んでいた。

オヤジの目はうつろで焦点が合っていない。多分、ヤク中だろう。

「おい」

静かに声をかけると、オヤジはうつろな瞳で俺を睨みつけてきた。

「なんだぁ? テメー」

「そいつは俺のモノなんだが?」

オヤジは一瞬俺を睨みつけ、知るか、と怒鳴りまたあいつの肌を触り始めた。

「もちもちの肌でちゅねー。もっと触らせっ……グフッ!」

オヤジのたるんだ腹に懇親の一撃を食らわせると、喘ぐオヤジの手からあいつの腕をかすめとり、全力疾走で駆け出した。

あいつは何も言わず、ただ俺の手をぎゅっと握りしめていた。



「ほらよ」

走りすぎ疲れて地面にへたりこんでいる少年に、缶ジュースを渡す。

少年はかすかにうなずいて、ジュースを受け取った。

ゴクゴクとジュースを飲む少年を見つめて、気づけば俺はさきほどから持っていた疑問を口にしていた。

「なぁ、俺にいつか会わなかったか? 俺お前と初対面な気しねぇんだよね」

最後まで言い終わらないうちに、少年の口からジュースがふきこぼれた。

なにやってんだ、こいつ。

俺はクスクスと笑った。

少年はもともと大きな目をさらに大きくして、俺に顔を向ける。

んなに驚かなくても……。

「……昨日……会ったじゃねぇか」

「いや、そうじゃなくて……。まぁ、いっか」

俺は少年の髪をくしゃくしゃと撫でつけ、それ飲んだら出発するぞ、と声をかけた。

少年はまた小さくうなずいた。



ジュースも飲み終わり、俺達ゆっくりと歩き始めた。

「昨日も見せたが、俺たちが捜すのはこいつだ」

おっさんが昨日の写真を俺に見せる。

そこには、幼い俺の姿が写っていた。

「ああ」

「こいつの名前はルイ。……そういや、お前の名前まだ聞いてなかったな」

教えてくれねぇか、とにこやかに笑いかけられて、俺の胸はかすかに痛んだ。

罪悪感。

おっさんには二度も助けられ、お金をもらい、お世話になった。

友情まではいかないけれど、俺はおっさんのこと嫌いじゃない。あの優しい目が好きだ。

できるなら、俺の名前はルイだと教えてあげたい。

俺はあの裏切り者のルイだと教えてあげたい。

たとえ、おっさんに殺されたとしても、別にかまわない。

けれど……俺にはお嬢様がいる。世界一愛しているお嬢様を見捨てるわけにはいかない。

「俺の名前は……レインだ」

俺は結局嘘をついた。

またズキリと胸が痛んだ。

「そうか。いい名前だな」

おっさんは名前を教えてもらったのがよっぽど嬉しいのか、やけに嬉しそうな表情で辺りを見渡していた。

「歩いても、歩いても同じ景色だなぁー。さて、どこを最初に捜すか? ルイがいそうな場所……検討つくか?」

ここにいるよ 俺はここだ

心の中で俺はつぶやいた。この言葉を口にしてはいけないことぐらい、わかっている。

「B地区とか? あそこは『裏町』の中で一番マシな地区だからな」

多分いねぇと思うけど、と冷たく付け足すと、おっさんは泣きそうな顔になった。

やばい!

「……いや、でもあれだぞっ! …いるかもしんねぇぞ? いや、いるだろ! 絶対いるっ! だから、泣くな。なっ?」

俺の言葉を聞いて、おっさんはうつむき肩を小刻みに震わせた。

やばい! 泣かせちまった!

慌てておっさんの顔をのぞきこみ―――俺は激しく悪態をついた。

「……あっはっはっはっは! 慌てすぎだろ!」

顔をトマトのように真っ赤にして笑い転げるおっさん。

くそっ! 覚えてろ!

「では、さっそく参りましょう。B地区とやらに」

おっさんはまだ笑いながら、俺の手をしっかりにぎった。

そして、意気揚々とB地区へと歩き出した。

俺はすっかり苦虫を潰したような顔でついていく。

でもホントは嬉しくて、しょうがなかった。

俺とおっさんの距離が、溝が、少しだけ縮まったような気がして。

ホント嬉しかった。


7 :葵助 :2007/07/22(日) 16:25:27 ID:Wmknr7Qe

B地区に来てから、二時間。

散々歩き回ったが、ルイの痕跡すら見つからなかった。

どこにいるんだ、ルイ

お前は今、どこで、なにをしているんだ?

ルイ――

俺は苛立ちからか、しきりに長い金髪の髪をかきあげていた。

「いねぇな」

「だぁ! もう疲れた! レイン! 休憩だ!」

レインの腕をつかみ、近くにある古びた喫茶店へと向かう。

「まだ二時間しか歩いてねぇだろ! って……おい!」

じたばたと暴れるレインを無理やりドアの向こうへ押し込み、自分も入っていった。


店内は薄暗く、客は一人もいない。

いるのは小難しそうな顔をした店員ばかりだ。

俺達は一番奥のテーブルに座った。

「俺金なんか持ってねぇぞ」

「おごるよ」

そう言うと、レインはふんと鼻を鳴らした。

レインの素直じゃないところも、俺は気に入っている。

素直じゃないけれど、子供らしさをあわせ持っていて。

そこに俺は惚れこんだのかも知れない。

「なに食いたい?」

レインは少し考え込むようなしぐさをして、サンドイッチとジュースを頼んだ。

「お前は食わないのか?」

「俺はコーヒーだけでいい」

食べ物が運ばれてくる間、俺達は終始無言だった。

レインは一点を見つめながらボーっとしている。

俺はこの沈黙に耐え切れず、レインに話しかけた。

「なぁ、なんでお前そんなに金を欲しがるんだ?」

「おっさんには関係ないことだ」

そっけなく言い放つレインに、俺はかっとなって怒鳴った。

「関係なくない!」

レインは怒鳴り声にも微動だにせず、じっと俺を見つめた。

「もしかしたら協力できるかもしれん」

だから教えてくれ、そう言うとレインはうつむいて黙り込んでしまった。

やっぱりダメか、そう思ったその時、レインが消え入りそうな声でポツリと話し始めた。

「助けたい……」

「……え?」

「大好きな人を…助けたいんだ」

唇をきっと結んで、今にも泣き出しそうなレイン。

「自分の体を、心を犠牲にしてでも……俺は助けたい……。俺にとってあいつは俺の全てだから」

俺は何も言わなかった。いや、なにも言えなかった。

「世界中の何物にも変えられない、俺の大事な人なんだ」

ふと、レインに出会ったときのことを思い出していた。

出会ったときから、強気な少年だった。

出会ったときから、金のことばかりの少年で。

ホテルで抱いたときも、こいつはきっとその大好きな人のために、自分を犠牲にしていたんだ。

きっとずっとずっと、その子のために、自分を犠牲にしてきたの違いない。

レインは、それほどまでにその子のことが好きで、しょうがないんだ。

純粋に、真っ直ぐ、その子のことを愛しているから、こんなことができるんだ。

泣きじゃくるレインを見つめながら俺は思った。

「これがっ……俺が金を欲しがる……理由だっ」

レインが金を欲しがる理由。

それは、醜い大人が金を欲しがる理由とは天と地の差、だと思った。

レインが金を欲しがる理由は、あまりにも切なく、あまりにも苦しい理由だった。


8 :葵助 :2007/07/22(日) 21:09:51 ID:o3teWkL4

星空の恐怖

「今日はもう帰っていいぞ」

「……え?」

きょとんとした俺に、おっさんは優しく笑った。

「だって、まだ昼だぞ? ルイを捜すんじゃなかったのかよ」

「明日また十時にいつもの場所で待ってる。今日はその大好きな子と過ごしてやりな」

涙拭けよ、と言って差し出されたハンカチを受け取って、俺は素直にうなずいた。

おっさんはいつもぶっきらぼうだけど、ホント優しい人だ。

そんなおっさんでも、俺がルイだとわかったとたん簡単に俺を殺せちまうのだろうか?

目の色変えて、俺を殺すのだろうか?

考えると急に怖くなった。

「じゃぁ、また明日な」

そう言って席を立とうとした途端、おっさんのケータイが鳴った。

「もしもし。ん? ……なんだって?」

はじかれたように椅子から立ち上がるおっさん。

ケータイを指の関節が白くなるほど握りしめ、唇噛みしめている。

「俺一人で充分だ! んなもんいらねぇよ!」

あまりの声の大きさに、店にいた店員たちはけげんそうな顔をこちらに向けている。

おっさんは決まり悪そうな顔をしてせきばらいをした。

そして心配そうにおっさんを見つめる俺に優しく笑かけ、帰れ、と手を振った。

おっさんのことが気になったが、俺は何も言えず店を出た。

外へ出ると、一気に蒸し暑さが押し寄せてきた。

俺はもう一度だけ店を振り返り、気をとり直すように頬をパンパンと二回叩いて、お嬢様の元へと走った。

けれどいくら忘れようとしても、おっさんの電話のことが気になってしかたなかった。


「ただいまぁ」

「ルイー! ルイー!」

お嬢様の興奮した声に、俺は急いで靴を脱ぎ捨てて寝室に向かった。

「どうしました?」

「ルイ今日は帰ってくるの早いのね!」

それよりね、とお嬢様は相変わらず興奮した様子で続ける。

「久しぶりに外に出たい! 夜、外出よ? 今日晴れてるからきっと星も綺麗なはずよ!」

「えー……おんぶですか?」

ニヤリと笑ったお嬢様に、俺の表情はますます渋くなった。

「よろしくねー! それよりお腹すいたぁ! お昼ごはんー!」

「ワガママな姫ですね。あんまりワガママ言うと……」

そくざに唇をふさいでやる。

お嬢様もそれに答えるように、舌を絡ませた。

少し肌寒い室内。

その中で唇だけが、熱さを帯びていた。


9 :葵助 :2007/07/25(水) 17:16:26 ID:o3teWkLm

夜、満点の星空の下を俺たちはゆっくり歩いていた。

「どうです? 久しぶりの外の空気は?」

「うわぁ、星綺麗……」

お嬢様は俺の話を無視するほど星に魅入っている。

「ん? なんか言った?」

「もういいですよ、それよりお嬢様体重増えたんじゃないですか? 重いですけど」

嫌味まじりにそう言ってやると、お嬢様のげんこつが降ってきた。

「いてっ……。もう家に帰りますよ! おんぶは疲れましたんで」

するとお嬢様は、俺の首をぎゅうぎゅうと絞め、嫌だ嫌だと暴れだした。

「うぐっ……苦しい! 苦しいですって! わかりました! わかりましたから!」

「やったぁ。ルイ大好き♪ それにしてもここ星以外の光なにもないねぇ」

当たり前でしょ、と俺はスネた声で言った。

「こんな森深くが明るかったら逆におかしいで……」

「うわぁ。やっぱ星綺麗っ……。あっ! ルイ見て! あれオリオン座じゃない?」

……って、俺の声また無視かよ!

まぁ、こんなやんちゃなお嬢様に俺は惚れたんだけどな。

「そうですね」

すっかり苦虫を潰したような顔の俺。

「もっと奥のほう行ってみない?」

「えー……」

ぷくりと頬を膨らませる俺を見て、お嬢様はクスクスと笑う。

「いいじゃない! ハイ、レッツゴー!」

仕方ない、とため息をつき、ハイテンションのお嬢様を連れて森奥深くに入って行った。

まさか、真っ暗で不気味なこの森の奥深くで、あの日の恐怖を思い出すことになるとは、このときの俺達は知るよしもなかった。


「ふわぁー! 久しぶりの散歩は楽しかったねぇ」

「散歩って、歩いてるのは俺じゃないですか」

さてそろそろ帰りましょう、と俺は家のほうへ歩みを進めた。

「ねぇ、帰り道わかるの?」

お嬢様じゃありませんからわかりますよ、と言いかけて口をつぐんだ。

気のせいかもしれないけれど、誰かにつけられている気がする。

「……どうしたの?」

「い、いえ。なんでも」

最初は気のせいかと思っていたが、気のせいじゃないらしい。

後ろでカサカサと葉っぱが擦れ合う音、荒い息遣いが聞こえてくる。

俺は急に怖くなって歩調を速めた。

「ど、どうしたの?」

「静かに!」

お嬢様を黙らせて小走りで走る。

すると後ろの奴らも、それに合わせるようについて来る。間違いない、俺たちはつけられている。

かすかに聞こえる足音からすると、相手は数人いるようだ。

一体、誰が?

まさか――

あの日の光景がフラッシュバックする。

三人の警察官―ー―渇いた音で鳴らされた拳銃――そして、血まみれのお嬢様――

気が付けば全力疾走で走っていた。

後ろの奴らも、ようやくしげみから抜け出し全力で追いかけてくる。

怖い。

怖い。

怖い。

恐怖のあまり喉が引きつり悲鳴も出ない。

後ろから迫る大きな足音にようやく気づいたお嬢様が、さっと振り向いた。

「あ……あいつらはっ……」

そして次の瞬間、拳銃の渇いた音が暗い森に鳴り響いた。


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