一言で言えば、恋愛ものです。
主人公の名は、杉村 葵(すぎむら あおい)。一方、ヒロインはバンパイヤです。この物語を楽しんで見ていただけると、作者はとても嬉しく思います。では、はじまり、はじまり〜。
あなたは、吸血鬼―バンパイヤがこの世に存在することを信じるでしょうか。
信じない人が大半であることを承知しています。
だからこそ、この物語を読んでいただきたいと思います。
新たな発見や、考え方の違いがあるかもしれません。
この物語のバンパイヤは、とっても甘党で、その上、関西弁(らしきもの)をしゃべります。
あらかじめ、ご了承ください。
俺は部屋にある、時計を見る。寝ぼけ眼で見るとそいつは、きっかり7時30分をさしているではないか!!
「・・・・・・っ。・・・・寝過ごしたーー!!」
最悪の新学期。
「やばい、やばい、やばい・・・・・・・・!」
俺は、もう手をいつもの2倍の速度で動かす。
「弁当・・・・・・ええい!売店で買え!」
そう言って、すでに財布が入っている通学用かばんを持ち、一気に階段を駆け下りる。
急いで、顔を洗い、歯磨きを済ませる。
「行ってきます!!」
そういって玄関を出た。が、そこであろうことか、母に捕まる。
「あら、葵。お弁当、用意しておいたわよ。」
えっ?弁当?
「ほら、もって行って。早く行きなさい。遅れるでしょう。」
「・・・・・ああ、ありがと。じゃあ、行ってきます。」
俺はひとまず、お礼をいい、弁当を受け取る。
始業式には間に合った。だが、この始業式を長いと感じないわけがない。ここで、少し自己紹介をさせてもらおう。
俺の名前は、杉村 葵(すぎむら あおい)。15歳。2学期の始業式で文字どおり、学校生活が始まった。
「では、これにて始業式を終わります。」
教頭の声にあわせて全校生徒が誰もいないステージに頭を下げる。
ああ、終わった・・・・・・。
「今日から2学期が始まりました。クラスは変わっていませんが、今日からまた、がんばりましょう。」
担任―吉野先生は、丁寧に、そして あらかじめ用意しておいたかのように淡々とした口調で話す。
「では、2学期で使うスキルなどを配っておきますね。」
はあ・・・・スキルですか・・・・・。
この学校は世間でいう、特殊学校。全国、世界から集められた学生が、このひとつの学校でともに勉強している。あるものは天才発明家。あるものは天才武道家。たくさんの天才児が集まっているのだ。
えっ?俺?俺はそんなたいしたものじゃない。俺はただの‘ケーキ職人’だ。周りは‘天才’をつけろ、とやかましいが。
うわさではあるが、この学校には、吸血鬼―バンパイヤの生徒がいるという。まあ、うわさでしかないが。
たくさんのスキルの説明をよくも、まあ飽きずに続けられるものだ。俺は吉村先生をある意味、尊敬する。
やっと最後のスキルの説明が終わった。と同時にチャイムの音。
先生、きっとリハーサルをしていたに違いない。
「では、お昼にしましょう。」
その言葉で、教室はざわざわと動き始める。
たった20人でずいぶん広い教室だ。その教室は、今たった12人ほどしかいない。みんな、売店で昼食を済ませるのだ。きっと食堂はこんでいるんだろうな。俺は心から母さんに感謝する。
今、このときまでは。
俺は弁当のふたを取る。中身を見たとたん、俺の笑顔をは固まっていたことだろう。
「な、なんだ!?これはーー!!?」
俺の弁当箱をつかんだ手が怒りによって震える。
「いったい、どこの世界に息子の弁当に‘ケーキ’を入れるやつがいるーー!!」
俺の言葉に周りがいっせいに視線を向ける。でも、今は知ったこっちゃない。それより、この弁当をどうにかしなくては。
さて、どうしたものやら・・・・・・。
大体、母さんに弁当をもらったことで疑うべきだった。だが、俺は油断していたのだ。あれは確か3歳、4歳だったころだと思う。
「お母さん、これは困ります。」
「あら、そうなんですか?」
「お弁当には、主食とおかずを入れていただかないと。」
「そうですねえ。えっと・・・・・主食は今日はショートケーキ。おかずは、まあ、あまりものなんですが、イチゴとバナナ。ちゃんと、なっていますよ?」
「・・・・・・・お母さん・・・・・・。」
当時、俺が物事を考えられる歳だったら、言ってやることは山ほどある!
「あの、今後は普通のお弁当を、よろしくお願いします。」
「はあ・・・・わかりました。」
その日から、俺の弁当は、ごく普通の‘お弁当’になったのである。
それから、小学校に上がって、昼は給食だったから、忘れていた。まさか、まだ弁当にケーキを入れることをあきらめていなかったとは。
だが、まだ手はある。
「なあ、野口(のぐち)。おまえ、甘いもの大好きだったよな?」
俺はクラスで弁当を食べようとしていた、野口に聞く。
「ああ、好きだよ。」
小柄な彼は、顔も女の子のようにかわいらしい。そして、だいの甘党だ。以前聞いてみたところ、約 高さ30cmはあるパフェをたいらげたことがあるそうだ。
「俺のと、変えないか?」
「・・・・・・・・ケーキ?」
俺は頷く。
「いいけど・・・・・・杉村、多分いやだろ?」
そう言って彼は自分の弁当を俺に見せる。
「今日、フルーツサンドだから・・・・・・。」
そう言って、申し訳なさそうな顔をする。
きっと、生クリームがたっぷりなんだろう。
「・・・・・・そうだな・・・食べないか?俺のも。」
「うーん・・・・・ちょっと無理かも。」
甘党の彼にしては、珍しい。
「今朝、ケーキだったから・・・・・。」
さすが甘党って おまえは、朝からケーキを食べるのか!!
ごめん、といった彼は自分の弁当を食べ始める。
まあ、しょうがない。ほかをあたるか。
「なあ、太田(ふとだ)。」
今度はクラス一大食いの男子。
「俺、今日ケーキなんだ。良かったら、食べないか?」
いつもは目をきらきらさせるはずのコイツがなぜか、困った顔をする。
「俺、ダイエット中だから。」
なに!?ダイエットだと!?やめろ、やめろ。おまえには、あわん。
「ほんと、我慢してるから。じゃあな。」
そう言うと、弁当を食べ終えたのか、早々と教室を出る。
頼みの綱はすべて切れた・・・・・・・。
「はあ・・・・・・。」
俺は長いため息をつく。
なんて、運の悪い日なんだ。もとはといえば、俺が寝坊したのが悪いのだが。
「この弁当・・・・・・どうしたものか。」
念の入れたことに、母さんは手紙つきで釘を打った。
〜残さず、お弁当が空になるのを待っています〜
短い言葉だが、それ以上に困る。
第一、俺が‘ケーキ嫌い’というのを知っているはずなのに。
「はあ・・・・・なんで、嫌いなものをわざわざ入れてくれるかな・・・・。」
そうぼやいていると、頭上から声がした。
「なんや、ケーキ嫌いなん?」
・・・・・・なんだ?
俺は今、誰もいない屋上にいたはずだ。‘誰もいない’
「そんなら、うちにちょうだいよ。」
関西弁が中を舞う。
「だれだ?」
俺は硬直したまま、関西弁に聞く。声だけだと、女の子だと思う。
「うち?その前に、自分が名乗ったらどうなん?」
それもそうだ。
「・・・・・・杉村 葵。」
「杉村 葵か・・・・・・。うちは、レイ=アイチュラ。」
アイチュラ?聞いたことない名だ。
時代劇なら、姿をあらわせ〜いって言うんだろうなって違う(自分突っ込みとは、物悲しい)。
「どこにいる?」
「あんたの、上。」
上って言ったら、俺は屋上の入り口に座っているんだから、ドアがついている四角いコンクリートか。あれ、高さが2mはあって、あがるの大変だったろうに。
「降りて、姿をみせ〜い。」
とうとう、時代劇風に言ってしまった。
「なんや、水戸黄門?」
なんだ、知っているじゃないか。
「まあ、ええやろ。」
そういうと、俺の背後から俺の目の前に着地した。・・・・瞬間移動?いや、飛び降りたんだ。
目の前に背を向けて、現れたのは黒髪をアップにし、団子頭にかんざしをさしている女の子だった。制服がこの学校のだ。ここの生徒じゃなきゃ、屋上にはいないだろうけど。
彼女――レイ=アイチュラは俺のほうを見る。
「はじめまして。」
「はじめまして。」
一目見て、美形だと思った。絵に描いたような美少女。彼女の目は藍色をしていた。色白の肌から見ると、東洋人には見えない。
「どこの国の子?」
俺は聞いてみる。
「うち?うちは、日本生まれの日本育ちやけど。」
「日本人?」
一応聞いてみる。
「うち、日本人とは言うてへんよ。」
「・・・・・・・・・・?」
「あれ?言わせんかった?」
「・・・・・・・・・。」
「うち、バンパイヤって。」
俺もう、何も信じない人間になるかもしれない。
「バンパイヤだと?」
彼女は頷く。
「本当だったのか・・・・?」
「なにが?」
「この学校にバンパイヤの生徒がいるってこと。」
「そうなるね。あんたは、うちのこと見とるんやから。」
「・・・・・・・。」
「それ、信じとらん目やな。ええよ、じゃあちょっとシャツ脱いで。」
「はあ?」
「ほら、うち、お腹ぺこぺこやねん。それに、あんたからはめっちゃ、いいにおいがするし。なんか、あま〜いの。」
やめてくれ。俺は、あの家みたいなにおいがするのか?ケーキのにおい?うわあ、いやだ。いやだ。
「そういえば、あんた杉村だっけ?」
俺と向かい合うように座る美少女。
「ああ、そうだよ。」
「もしかして、おうちはケーキ屋さん?‘リラシュン’って名前の。」
「・・・・そうだよ。」
「あそこのケーキ、うちめっちゃ好き!」
「そう、それはありがと。」
俺は一応お礼を言う。
「でも、あんたケーキ嫌いみたいね。」
「・・・・・・そうだよ。」
「なんで?」
「・・・・・・それは・・・・小さいころから食べさせられてたから。無理やりじゃないけど。知らないうちにケーキという食べ物、甘い食べ物はあまり好きじゃなくなっていたし。」
「ふーん、大変なんや。でも・・・・・・。」
「でも?」
「あんた、天才ケーキ職人、なんやろ?」
「・・・・・・そうだね。」
「誰が味見とかするん?」
「適当。家だったら、姉ちゃんがいるし。学校だったら、甘党もクラスの女の子もケーキは好きだから。」
「ふーん。うちも、好きやよ?」
「じゃあ、今度もって行くよ。クラス、どこ?」
「・・・・・・・・。」
黙ってしまった彼女に再度、聞く。
「どこ?」
「特殊学級。うち、バンパイヤやから。」
「特殊学級なんて、あったんだ。」
知らなかった。
「うちの、ほかにもおるよ。」
「バンパイヤ?」
そう聞くと、彼女はゆっくり頷いた。
「何人?」
彼女は指を2本伸ばす。
「うちも入れて、全部で3人や。」
「俺、全然知らなかった。」
「そのうち、1人は男。女好きで、もてるから、血には困らんって。」
彼女はぺらぺら、しゃべりだした。
「もう1人は、アレルギーでトマトジュースを飲んでる。」
「アレルギー?血の?」
そう、と彼女は頷く。
バンパイヤで血のアレルギーとは、苦労するだろうに。
「それで、君は?」
「うち?」
「美人だから、困らないのか。血に。」
「うちは決めてんの。」
「決めてる?」
「そ。うちは、好きになった人の血だけ、もらうように決めてんの。というより、決まってんの。」
「決まってる?」
「まあ、そうやね。それより、うちのことバンパイヤって信じた?」
「・・・・・・まあ、ね。それより好きになった人がいなかったら、どうするの?」
「その間は、トマトジュースで我慢。」
「昼も、夜も?トマトジュースだけ?」
「ううん、ゴハンも食べるよ。トマトジュースだけやと、栄養‘出張’になってまう。」
おしい。きっと栄養‘失調’といいたかったことだろう。でも、確かにトマトジュースだけだと、たんぱく質とか、取れないだろうな。詳しくは知らないが。
「それより、もらっていい?」
「え?ああ、ケーキ?いいよ。」
「ほんと?やったー!」
彼女はうれしかったらしく、ぴょんぴょん飛び跳ねた。そういえば・・・・・。
「あのさ、羽とかないの?」
「羽?そんなんいらんって。」
「いらない?」
「うち、そんなに空も飛ばへんし。」
「へえ、そうなんだ。」
「あんた、特撮番組の見すぎとちゃう?」
「・・・・・・・・。」
「それより――。」
彼女は改まった口調になる。
「ケーキももらいたいねんけど、その・・・・・もらっていい?」
ほかになにが欲しいというんだ?
「あんな、血。」
「チ?・・・・・・血!?」
彼女は頷いたって、ちょっと待て!
「さっき、好きになった人、意外にはもらわないって言っただろ?!」
「うん、いうた。」
彼女はゆっくりと俺のほうに、にじり寄る。それって・・・・・。
「うち、葵のこと好きになった。」
「で、結果的に俺はなにをすればいい?」
ケーキをむしゃむしゃ食べる彼女に、俺は聞く。
「あー、血はうちが貰いにいくから、心配せんで。」
いや、そうじゃないだろ・・・・・・・。
「昼はともかく、朝や夜は?」
「う〜ん。朝はトマトジュースで我慢するかな。んで、夜は・・・・・・・。」
「ちょっと、待った。さっき、ゴハンも食べるっていったよな?じゃあ、夜は普通の晩飯でいいじゃないか。」
「ああ、そうか。でも・・・・・・・。」
いかん、なんとしてでも夜会うのを避けなくては。下手したら、家にやってくるかも知れん。
「夜、どうしても逢いたくなったら、行ってもええ?」
上目使いで聞いてくる。
「どこに?」
俺はゆっくり聞いた。
「葵のおうち。」
ウインクまでつけないでください。
「家?それは、ちょっと・・・・・・。」
俺は控えめに言う。相手はバンパイヤだ。なにをされるかわからないし、どんな力を持っているかもわからない。
「大丈夫。彼女としていけば、ええやろ?」
なにが大丈夫なんですか。
「まあ、考えてみてだな。弁当、空になった?」
「うん、めっちゃおいしかった。」
あなたの笑顔が見れて、俺もうれしいですよ。
俺たちはひとまず、別れた。
「では、今日はこれで終わります。宿題は明日から。」
先生は淡々とした口調でそういった。
学級委員長の号令を合図に俺たちはいつもと変わらぬ、あいさつをして教室を出た。
下駄箱が、ずらっと並んだ生徒用玄関。俺はざわついている玄関をなんら気にせず、靴を履き替える。
ん?玄関から離れた校門の辺りが妙に白熱している・・・・・・?なぜ?そして、俺はいやな予感を感じる・・・・・・。
ここは、かかわらないほうがよさそうだ。
俺は無意識にしのび足になる。横目で見たところ、男子が円を何十にもした形で何かを眺めている(?)ようだ。
知らない、知らない・・・・・・・俺は自分に言い聞かせる。
「あ、葵!」
その円の中心にいた人物が俺の名を呼ぶ。そして、この声は・・・・・・。
「まっとったんやで?葵、おっそい!」
「・・・・・・。」
俺はひとまず周りの視線を何とかしたい。
「ねえ、葵!一緒に帰ろ♪」
ますます、視線は悪気を増す。
「えっと、ですね・・・・・。」
「おまえ、どこのクラスだ?」
「ん?杉村 葵・・・・・・ケーキ職人?」
「聞いたことある名前だ。」
「この子とどういう関係だ?」
「えっと、それは・・・・・・。」
あきらかに怖い雰囲気を持っているお兄さん方。
「あんな、うちと葵は付きあっとるねん。」
レイさん、ちょっと人目を気にしましょう。
「付き合ってるぅ?」
「・・・・・・。」
あっ!否定すればよかった!!
「このヤロウーー!」
「・・・・・・。」
俺は、もう言葉も出ない。
「葵、さ、帰ろ!」
レイさん、本当に人目を気にしてください。
「さあ!」
いつの間にか彼女は人ごみから解放されていて、俺の手をつないでいる。だから・・・・・。
俺たちの手を見ながら、というより、睨みながら額の血管を浮かせる、怖いお兄さんたち。
「レイさん?今の状況、わかっておいでですか?」
「状況?」
わかってないな、この人。
「えっと、ひとまず学校から離れましょう。」
「ん?やから、帰るんやろ?」
最後の言葉が終わらないうちに、俺は彼女の手を引き、学校から離れようとした。正確には、怖いお兄さんたちから。
「ちょっと〜葵、そんなに急がんでも・・・・・・。」
「いや、急いだほうが・・・・・・。」
俺は後ろを振り向く。
やっぱり、追いかけてくる怖いお兄さんたち。
「ほら、あの人たちから、何とか逃げたほうがいいと・・・・・。」
「逃げんでも、こんといてって言えば、ええやないの。」
そんな簡単にいきますか?
「まあ、見とって。」
彼女はいきなり、止まる。
俺も止まる。
どどーーーーっとすごい勢いでやってきたお兄さん、もとい、先輩方。
「あんな、先輩?」
レイさんの言葉に一時停止する先輩方。
「うちら、2人で帰りたいねん。これ以上付いてこんといて?」
その言い方はどうかと・・・・・・。
でも、先輩方は、
「ああ、すみません。」
「あ、ごめんね。」
といって帰っていく ってなんで?
「ほら、話せばわかってくれる人らなんよ。」
そうなのか。人間やってみければ、わからないことは山ほどあるものだ。
「それで、なんで囲まれていたんだ?今までは、そんな大騒ぎはなかったと思うが。」
「ああ、それはな。特殊学級用の下駄箱があるんよ。でも、今日は葵と帰りたかったんや。」
そう言って、俺の腕に自分の腕を絡ませる。
「それで?」
「校門のところで待ってたらすぐわかるやろ、思て校門のところでまっとったんよ。でも、なんか知らんうちに人があつまっとったんや。でも、今葵と一緒に帰れとるし、これでええと思わん?」
そう言ってにっこり笑う。その笑顔、本当に惹かれます。かわいすぎて。俺は平常心を保つことに一生懸命になってしまう。
「あ、そうえば、どこに住んでるんだ?レイさん。」
「レイさん?」
「なにか?」
「レイ、やろ・・・・?」
「えっ?なんて?もう一回。」
「うちのことは、レイって呼んでくれんと、いやや!」
「えっ・・・・ああ、はあ・・・・・。」
俺は、あいまいな返事をする。
「レイって呼んで。」
「・・・・・レイ?」
「そ。うれしい!」
本当に彼女はぴょんぴょん飛び跳ねる。
まあ、確かに、俺は葵と呼ばれてるのに、俺だけ「さん」とかつけてたら、それこそ失礼だよな。
「それで、どこに住んでるの?」
「すぐ近くやよ。葵の家のすぐ近く。」
そうなのか。全然知らなかった。というより、今日あったばかりですが。
そうこうしている間に俺の家の前まで来てしまった。
「じゃあ、うちはこれで。」
「えっ?俺、送らなくていいの?」
「うん、ええねん。また今度な。」
「あ、じゃあ、また明日。」
俺はそのとき、はっきりと「明日」といった。言ったはずなのに。
「葵!今日の配達、終わったの?」
「え?あ、一軒残ってる!」
「えぇ〜!?しょうがない、わたし行ってくるから!あと、よろしくね。」
「よし!任せろ!」
夕方のこと。俺のうちはケーキ屋だが、店は父さんと母さん、俺の3つ上の姉ちゃんと俺、あと お手伝いでパティシェの佐藤さんとパティシエールの田中さんの6人で切り盛りしている。今日、母さんは、何の用があるのか出かけていなかったし、佐藤さんは風邪により休みだった。4人でやるには、ちょっと大変すぎる。それなりに、この店も繁盛しているのだ。
「ああ・・・・・終わった・・・・・。」
午後7:30
店を閉めて、片付けをしているところ。
今考えてみると、俺は朝も昼も何も食べてない。よく、ここまで働けたものだ。いや、自画自賛ではないので。
「では、・・・・わたしは、これで。」
そう言って、田中さんも半分危ない足取りで店を出る。
「ご苦労様でした。」
父さんはかすれた声で言った。
「ねえ、母さんは?」
姉ちゃんの声。
「まだ帰らん。何の集まりなのかしらんが、夕飯は作れないだろう。」
父さんの言葉で自然に2人の視線は俺のほうへ向く。
まあ、わかりきっていたことというか、予想済みというというか。
「冷蔵庫の中にあるもんで済ませるけど?」
2人の目は、お願いモードに突入した。こりゃしょうがない。
家の中で料理を作れるのは、母さんと俺だけなのだ。
何とか、料理を作り、食事を済ませた。それから、順番に風呂に入る。うちでは、一番風呂は姉か母と決まっている。レディーファーストなのだ。
今日は母さんがいないから、姉ちゃん、俺、父さんの順に入る。
さて、宿題は なし。今日はゆっくり寝たほうがいいな。
俺は部屋へ入ろうとする。だが、なんとなくいやな予感・・・・・。
俺はそっとドアノブに手をかける。
そうだ、何も恐れることはない。顔も洗った、歯も磨いた。あとは寝るだけなんだ!そうだ、早く寝てしまおう!
でも、それは無理だった。ドアを開けて部屋を見たとたんの瞬間的なことだった。
目の前には、黒く長いカーディガンにジーパンをはいた、お団子頭にかんざしをさした・・・・・・。
「あの、なんでここに?」
「あ、葵!」
目の前に現れたのは、見覚えのある美少女、レイ=アイチュラだったのだ。人のベッドに堂々と座って!
「て、言うより、どうやってここへ?」
「窓から♪」
「そうなの♪っていくわけないでしょう。」
俺は、レイの甘い顔を無表情で打ち砕く。
「鍵、かかっていたでしょう?」
「あんなん、鍵って言われへんよ。」
恐ろしい・・・・恐ろしすぎるぞ、レイ=アイチュラ。
「で、何の目的でわざわざ、窓から?鍵を開けてまで。」
「まわりくどいなぁ。ただ、ご飯を、ね。」
そう言って、ニコニコ。
ご飯・・・・・?それって・・・・・。
「はいっ、葵♪」
指差さないでください。
「夜は、普通のご飯といったでしょう?」
「うん。でもな、不運なことに冷蔵庫の中は空っぽやったんよ。」
どっちが不運だ?冷蔵庫が空っぽのレイとそんなレイにご飯にされる俺。
「大丈夫やて。ほら、すぐ終わるから。」
「なにが?」
「お食事に決まってるやないの♪」
俺はもう、何も言わないことにした。
「ほぉら、葵。何も怖くないんだよ。大丈夫だから・・・・・・うちに、任せて。」
そう言って、レイは俺に手招きをする。
怖くないって、大丈夫だからって、その言葉、信じて大丈夫?
「一応のため、聞くけど。これって、出血多量とかで、死なないよな?」
「もっちろん♪大丈夫。そんな心配、無用、無用。ほら、上だけでいいよ、パジャマ脱いで。」
「・・・・・・。」
なんか、いやだな。と思ったがもう、しょうがない。俺は上に来ていたパジャマ代わりのTシャツを脱ぐ。
「・・・・・・じゃあ、いただきます・・・・。」
彼女は、ちゃんと手を合わせた。
レイが俺の肩に手を置いた。その手はとても冷たく感じた。
そして、首筋に軽い衝撃。
「痛い?」
レイが聞く。
「大丈夫。」
俺はそう答えた。
「・・・・なら、よかった。」
彼女は安心した感じでいった。
「なぁ、葵。この傷、なぁに?」
「傷?」
「うん、背中とか、腕とか。たくさんある。細かいの。」
あぁ、古傷だ。
「大丈夫、たいしたことないよ。命にかかわるってほどでもないし。ただの古傷だ。」
「古傷・・・・・。」
しばらく俺はレイに付き合った。
・・・・・・あれ?なんだろう?急に視界がぼんやりとしてきた。
眠いとかじゃない。これは・・・・・・眩暈?
なんでか、レイに聞こうとするが口が開かない。金縛りにでもあったかのように。でも、指は少しだけ動く。
そして、考え付いた。俺、今日は夕食でしか栄養を取っていない。これは、一種の栄養失調、なのか?夕飯だけ食べて、働いて、血も採られて。本当に大丈夫か?俺。
「ああ、おいしかった。ごちそうさまでした。」
ぼんやりと、レイがそういったのが聞こえた。でも、それまでだ。俺の視界は、狭くなり、やがて真っ暗になった。
「・・・・・ふぁあ?」
目を覚ますと、そこはいつもと変わらぬ布団の中。
「ぅ・・・・・ん・・・・・・すぅ・・・・・。」
なんだ?この声?
俺は布団から上半身を起したってちょっと待て。
「なんで、ここに?」
前にも、こんな言葉を同じ人物に言ったな・・・・・・。
俺の目の前には、眠っている美少女、レイ=アイチュラだいる。なぜ〜?
でも、なんだか、いつもと違う雰囲気だ。・・・・・ああ、そうか。かんざしをさしていないし、髪をおろしているんだ。
「レイ、おい、起きろ。」
俺はそう言って彼女をゆするが、眠ったまま。
「レイ、レイ・・・・・・。」
再度続けるが、眠ったまま。
しょうがない。このまま寝かせておこう。
俺はベッドから出て行こうとする。
そのとき、グワッと伸びてきた手につかまる。
「レイさん〜、やめてください。」
俺はそういうが、寝ているものに対して言ったのは、無意味だとわかった。
レイは俺の腰に手を廻す。俺は再び、布団の中へ。気分は蛇にのまれる感じだ。うわ〜、いやだ、いやだ。それに、まってください。俺、弁当を作らないといけないんですけど。
昨日、母さんは結局帰りが遅かった。ということは、俺が朝食を作らなくてはいけない。あんまり遅いと、姉ちゃんが・・・・・。
そこに、トントンと廊下を歩く音がする。これは・・・・・・。
「葵?いつまで寝てんの。早く起きて。ご飯も作ってよ。」
姉ちゃんだった。今できるのは、ただひとつ!神頼みだ。姉ちゃん、部屋には入らないでくださいね。
「ちょっと、葵?聞いてるの?てか、起きてる?意識ある?」
起きてます、意識あります。心配ご無用!でも、身動きが取れないんです・・・・・・。
「まったく、昨日は寝坊したんですって?いつまでたっても子供なんだから。」
あきれ声で言った後、姉ちゃんがドアノブに手をかけたのがわかった。ああ、部屋に入ってくる・・・・・。
「ああ、まだ寝てる。早く起きなさい!」
そう言って、布団をめくる。
「・・・・・・・なに、やってんの?あんた。」
うわっ。目、冷たっ!
「えっと・・・・・・起きなくて。レイが。」
「ふ〜ん。この子、レイって言うんだ。かわいい名前ね。」
冷ややかな目は冷たさを増す・・・・・。
「・・・・・よかったら、この腰に廻してある手、離すの手伝ってくれませんか?」
「いいのよ、わたし、朝食作っとくから。ついでにお弁当も♪」
「ケーキは、なしで。」
「わかってるって。」
そう言って姉ちゃんは部屋を出て行った。・・・・違うだろ!!
「あの・・・・・・手伝って・・・・・。」
そういったあと、俺はレイを見る。まだ、子猫のように眠っている。
「レイ、起きて。」
「ふぇ・・・・ぁう〜ん。」
っ!今、「うん」って言った!言ったな!さあ、起きろ!!
「ふぁあ・・・・・葵?」
「おはよう。その前に、この手、はなして。」
俺はレイの手を指差す。
「えっ?あ、うん。」
「あと、着替えなきゃいけないし、レイも学校の準備があるだろ?」
「うん、ここにある。」
えっと、今なんて?
「ここに、ある・・・・だと・・・・?」
「うん、ちゃんと準備してきたんだ♪えらい?」
えらくない、えらくない。
今思った。こいつ、上着を着ていない。キャミソール一枚だ。
「上着は?」
「ここに、かけてある。」
いすを指差す。ちゃんとかけてあった。
「じゃあ、ひとまず、俺が出るから。先に着替えて。」
「うん、わかった。」
意外と素直だった。
俺はひとまず、階下へ行き、洗顔と歯磨きを済ませる。心配なので、一応キッチンへも顔を見せることにした。
「どう?作れた・・・・・・?」
「あぁ。葵〜助けて〜。」
泣き声と助けを呼ぶ姉と真っ黒の魚。それが視界いっぱいに広がる。
「・・・・・・交代しましょうか?」
見なくても、姉ちゃんが深く頷いたのがわかった。
「さっすが葵〜!」
姉ちゃんが声をあげる。
残ったのは、最初の朝食(真っ黒)。・・・・・帰ってから片づけをしよう。または、姉ちゃんに任せる。
弁当もできたし、満足満足。
「ところで、あんた。なんで、上、着てないの?」
「えっ?」
あ、気づかなかった。昨日のまま。俺は上のパジャマをきていない。
「いや、深い意味はないので。」
そう言って、キッチンを出た。詳しくは、姉ちゃんから逃げるようなかんじで。
「あ、葵〜。」
部屋に戻ると、制服を着たレイがいた。
女子の制服は、半そでのシャツにネクタイ。それと同じ柄のスカート。9月と言えど、まだ蒸し暑い日が続く。9月いっぱいは夏服だろう。
「洗面所、下だから。あと、歯ブラシもそこにおいてある。」
無表情だったような気がするが、気にしない、気にしない。
「はぁ〜い。」
レイは素直な返事をし、部屋を出た。
夏服に着替え(ちなみに、男子は半そでのシャツにネクタイ。そして、学生服の長ズボン)階下に下りると、そこで待ち構えていたかのように、姉ちゃんに声をかけられた。
「ちょっと、葵〜。」
「・・・・・・何か?」
顔を見ると、そこには、意地悪そうな表情。
「あの、かわいい子、だ〜れ?」
クイズ番組の司会者みたいな発音。
「レイ=アイチュラ。」
俺も負けずに、クイズ番組の回答者よろしく、即答。そして、姉ちゃんの横を素通りする。
「ちょっと、待って。」
肩に手がかかった。こりゃ、もう逃げられない。
「ご飯、冷めますよ〜?」
「あのね、レイ=アイチュラってことが聞きたいんじゃないの。わかる?」
わからん。
「あんたと、どういう関係?」
「・・・・・関係って?何も、別に。」
「ちょっと、間があったわね。うそつきは、泥棒の始まりよ?あの子、どこから来たのかな〜?玄関からは来てないよね?」
なにが言いたいんだろう?答えたんだから、もういいでしょ?どっからきたかなんて、別にいいじゃないか。
「窓から。」
俺は、ちゃんと答えた。
「冗談は、だめ。」
「冗談じゃないって。本当だよ。窓からきたんだ。」
「ピーターパンじゃあるまいし。いつ?」
「いつって?別に、こだわるところじゃないでしょう〜?」
なんか、変だったか?怪しまれた気がする。
「なにか、隠し事でも?」
「い〜え〜。」
姉ちゃん、司会者から探偵に変化してきた。進化?
「なによ、実の姉にもいえないこと・・・・・・そうね。なにかあったのかしら?」
「なにが?別に〜。誰も、夜とか言ってないしね!?」
「夜?わたし、そんなこと一言も言ってないわ。」
自白した・・・・?いや、待て。落ち着け。別に、困るようなことじゃないぞ。こっちは人助けならぬ、バンパイヤ助けをしたのだから。いいことをしたんだ。うん。
なんだか、自分で自分を納得させるなどという変なことをしたためか、姉ちゃんの顔が見る見る鬼――じゃない、怪しげなものに変わる。
「いいわ。あんたの口から聞かなくても、直接本人に聞けばいいんだから。」
「っ!?」
まて、それはやばくないか?レイのことだから、なにを言い出すかわからない。だったら、今ここで自白する?だって、何もしてないし。さっきもいったが、こっちはいいことをしたんだから。ただ、同じベッドに寝ただけで、やまし〜いことは何一つしてないよ!
とか、考えているうちに、姉ちゃんは洗面所に向かって――待って!待ってください!時間よ〜止まれ!
神様、俺は何か悪いことをしたんでしょうか。
姉ちゃんとレイは幸か不幸か、ちょうど鉢合わせになったのでした。
こうなったら、レイに誤解を招くような言葉を言わせなければよろしい!よし、望むところだ!ははは!・・・・はぁ。
「はじめまして、おはよう。」
そのあいさつ、妙じゃないか?まあ、いいか。気にするべきところはそこじゃない。
「あっ!はじめまして。おはようございます!」
まるで、部活の先輩にするようなあいさつだな。
「昨日は、ありがとうございました!!」
続けていった言葉に、姉ちゃんが反応した。
「昨日・・・・・?」
「はい、昨日は泊めていただき、ありがとうございましたっ!」
・・・・・・これって、言って大丈夫なこと?どうやら、俺の脳はショートしかけているようす。
「泊めた・・・・・・?」
「はい、‘葵の部屋’に泊めていただきました。昨日は本当に助かりました。」
あれ?見る見るうちに、姉の顔が二ヤついていく・・・・・・?なぜだ?
「ふ〜ん、そうなの。葵の部屋に。」
「はい、えっと、お姉さんですか?」
「ええ、そうよ。葵の姉の杉村 琴(すぎむら こと)です。よろしくね。」
「はい、申し送れました。うち、レイ=アイチュラ、いいます。よろしくお願いします、琴さん。」
会話が終わると、姉ちゃんニコニコしながら、俺のもとへ来る。
「父さんと母さんには、何も言わないから。何も、していないんでしょうね?」
「はい。何もしていません。」
棒読み。というより、するもしないも、されたのはこっちですからね。意識をなくしたんですけど。
「さあ、ご飯食べよう!レイちゃんも一緒にどうぞ。」
「ほんまですか?ありがとう、ございます!」
「い〜え〜。気にせずたくさん食べてね。」
それは、こっちの台詞だ。作ったの、俺だぞ。
「さあ、こっちがキッチンですから。」
「おいしい!ケーキもおいしかったけど、ご飯もおいしい!」
「それは、どうも。」
「それより、バンパイヤって本当?」
「はい、昨日は葵にご馳走になりました。」
「おいしいの?この子。」
姉ちゃんはそういいながら、横目で見る。
「はい!それはもう!甘くって、上品であっさりしてて!」
こりゃ絶賛だな。
「おいしくない人と、おいしい人がいるの?」
「はい、人それぞれで。」
「へえ〜。」
「おはよう。お〜い、朝ごはんは?」
そのとき、階段から父さんの声。
「おはよう、ここにできてるよ。」
「ほう、さすがだな、葵。うぉい!」
なんなんだ。そんな変な声を出して。
「だ、だれだ・・・・・・この美人さんは・・・・・・?」
どうやら、レイのあまりの美しさに腰が抜けかけたそうだ。
「はじめまして、レイ=アイチュラです。」
「おお、あ、はい。えっとはじめまして。琴と葵の父の、杉村 静隆(すぎむら せいりゅう)といいます。」
父さん、ぺこぺことお辞儀をする。
「レイちゃんは、バンパイヤなんだって。」
「ば、バンパイヤ!?」
「え、あ・・・・はい。」
さすがに父さんも驚いたか?怖がらないといいが。
「あ、握手してください!」
あんたは、小学生か!まさか、怖がるどころか、握手を求めるなんて。
気を良くしたのか、レイも握手する。はぁ・・・・・・。
さすが、杉村家。誰も怖がっていない。姉ちゃんにしては感動したのか、涙ながらに、こちらも握手を迫っていた。
「ああ、葵。これからしばらく母さん不在だから。」
朝食の味噌汁をすすりながら、父さんは、こう切り出した。
「母さん、いないの?」
「ああ、だから葵。家事を頼む。」
「わかった。」
そういうしかなかった。だって、この家で家事ができるのは、俺と母さんだけだから。
しばらく忙しくなりそうだな。
「葵のうちの人、楽しい人ばかりやね。」
それは、喜んでいいのだろうか?
「まあ、特殊な家柄かもな。家族全体が変わっているというか。」
俺がそう言うと、レイはクスッと笑ってこういった。
「いいやないの、楽しければ。」
「まあ、そうかもな。それも、そうだ。」
登校中。そんな話をしながら、俺たちは学校へ向かう。
「おい!杉村 葵!」
「・・・・・・。」
声の主は昨日の怖いお兄さん改め先輩の1人。
「さっさと、その手を離せ!」
手?これは、レイがはじめにつないできたんです!
でも、俺が完璧に睨まれることに。・・・・・予想できる自分がいやだな。
「聞こえなかったのか?早く、その手を離せ!レイちゃんに指一本触れるな!」
場合によっては、俺が悪人と思われそうな言葉。俺、すぐやられるサブキャラだけは、お断りだぞ。
「ねえ、ねえ、葵〜。なにしとるん?早くいかな、遅れてまう。」
誰のおかげだよ。レイさんなんですが。いや、レイに罪をかぶせるのはかわいそうだ。勝手に、ファンクラブだか、何だかを作ってるやつら・・・・・・の夢を壊すわけにも、いかないよな。
「ねえ、葵?聞いてる?」
「聞いてるよ。」
「で?」
で?それはレイさん、何か俺に言って欲しいんですかね。
「どうするん?賢い葵くんは、何か考えがあるんと違う?」
・・・・・・ない。はっきり言って、これといった考えも浮かばない。
「なんもない?」
何もない、といった後、レイがすぐ言った言葉だ。
「なんも、ない。」
「どうするん?」
「どうする?」
彼女なりに考えたのだろうか。しばらくして、レイが口を開いた。
「・・・・・教室まで、ひとっ走り?」
きっとするのは、俺だけだと思う。でも、レイには言わないでおこう。いや、なんとなく。
「そうだよな・・・・・だって、あの先輩は確か、天才工芸家だとか。・・・・・・じゃあ、無理か。」
「なにが?」
え?なにがって?俺は何か言ったのだろうか?
「どうしたん?葵?」
大丈夫?とでも言いたそうだ。はい、大丈夫。いたって正常です。
「じゃあ、レイ。また後で。」
そう言うと、俺はレイから手を離した。そのことで、レイは少し残念そうな顔をし、先輩の目は少し優しくなった。
「レイ、先に教室行っててどうぞ。俺は後から、行くから。」
「あ、うん・・・・・。」
レイは後ろを振り向き、振り向き、校舎の中へ入っていった。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
俺は先輩に聞く。
「なんだ?」
「あの、目的を聞きたいんですけど。」
「目的?・・・・・・負け惜しみだ!」
それだけ言うと、工芸家先輩は走り去った。
「えっと・・・・・負け惜しみ?」
なんじゃそりゃ。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・。」
うちは息を切らせて教室へ入る――フリをする。全然息なんて切れていない。そして、教室は[特殊学級]。特殊学級やからは知らんけど、門番のように黒いスーツを着た男の人が2人。教室の前に立ちはかだる。名前は確か・・・・・・渡部(わたべ)さんと畑山(はたけやま)さんやったかな。うちは、その人らに、
「おはようございます!」
と元気にあいさつをして、ガラガラと教室の戸を開ける。この教室には、うちと同じような‘ちょっと変わった’生徒がいる。生徒数8人の少ないクラスだ。そのうち3人はバンパイヤ、2人は双子の魔法使い、残りの3人はサンタクロースとどっかの国の王子と狼男。変わった面々の勢ぞろい。ちなみに、レイ=アイチュラは敬語、標準語もしゃべれます。
教室に一歩足を踏み入れたとたん、息の切れたお芝居はおしまい。
「おっ?レイ。今朝は早いなぁ。」
教室に入ってすぐに声をかけたのは、茶髪の長い髪をテキトウに肩のところでひとつに結んだ青い目のうちと同じバンパイヤ――ルイ=コルリオ。
「おはよう、ルイ。あんな。うちかて、毎日遅刻はせえへんの。」
「でも、今日一日で遅刻魔のブラックリストから、はずされることはないな。」
なにかクールに言ってくるその人は、一見普通の18歳ぐらいの青年に見えなくもない。でも、満月の夜になると、叫びまくる狼男。肩までの黒髪に黒い瞳。日本人そっくりの顔立ちだ。
「快さん、そんな恐ろしいこと、言わんといてください!」
うちは、狼男の里中 快(さとなか かい)さんにも、言う。でも、どんなに言っても、現実は変わらないのだ。
「まあ、まあ・・・・・。レイちゃん落ち着いて。ほら、マリアちゃんが、がんぱってるから〜。応援してあげてよ〜。」
そんなのんきな声で話しかけてきた人は、このクラスの年長。サンタクロースのカトアさんだ。カトアさんも黒髪を肩まで伸ばしてるけど、目の色が緑色だ。歳は20歳。
そして、話に出たマリアとは、うちと同じバンパイヤのマリア=リカルトア。歳は14歳で長い黒髪に綺麗な緑色の瞳をしている。彼女が血アレルギーのバンパイヤ少女だ。
「マリア♪なに、がんばって・・・・・・。」
うちは最後まで言うことができなかった。それほど、マリアの周りが緊迫した空気に覆われいたのだ。
そして、マリアと向かい合っているのが、流瑛(りゅうえい)。顔は西洋人のそれのように色白で、白に近い銀髪と紫色の綺麗な瞳。マリアと同じ14歳で、銀縁のメガネをかけている。彼は普通の人間だ。ただ‘王子’という点を除いて。どこの国の王子かは聞いてないけど、異世界だとか。
そんな2人は緊迫した空気の中、真剣に向かい合っている。
うちは、自然と後ずさりしてしまった。
「じゃあ、いただきます。」
「どうぞ。がんばって・・・・・。」
そう言うと、流瑛はネクタイをほどき、シャツを脱ぐ。
同時に2人は息を呑んだ。かなり緊張しているようだ。
「なあ、できると思うか?」
うちのそばに、3人がやってきた。
「・・・・・応援はしたいけど、こりゃちょっと無理かも知れへんな。」
「う〜ん、俺も応援したいんだけどね〜。」
「できるとは、思えないんだよな。」
「どうしたら、できるんだろうな?」
そして、うちらは同時にため息をついた。
「じゃあ、いただきますね。」
「落ち着いて。」
2人はそれぞれ声を掛け合い、マリアは流瑛の肩に手をかける。そして、マリアが流瑛の首筋に口を近づけたとき――。
「おっはよ〜!みなさん!」
元気な声が教室に響く。
「はぁ、はぁ、おは、よう・・・・ござい、ます・・・・・。」
その後についてくる、息の切れた声。
「やあ、おはよう。双子達。」
快さんが2人に言った。
微笑む2人。彼女たちが双子の魔法使い、瑠和・セリョーラと里和・セリョーラ。瑠和が元気っ子の姉で里和がおとなしいマリアと似た性格の妹だ。2人とも金髪に銀色の瞳、12歳。瑠和が短髪で里和が長髪というところが、外見で2人を見分ける方法だろう。
さて、話を戻してマリアと流瑛。2人はほぼ同時に双子を見て目を見開く。首を同時に同じ場所に向けたため、バランスがそれなくなったらしく、マリアが流瑛のうえにかぶさる形になった。
「ひゃあっ!す、すみませんっ!」
マリアは驚き、飛び起きた。ところが、事件はまだ終わらない。血が飲めないマリアは普段から血圧が低く、ついフラッと眩暈がしたようで。ふらふらと床に崩れ落ちそうになったところを流瑛が支えようとスライディング。見事に2人は机に突っ込んだ。
「おい!2人とも大丈夫か!?」
快さんが叫ぶ。
「ふぁあっ!流瑛さん!!」
「いたた・・・・・。大丈夫、です。」
流瑛がずれ落ちだメガネをかけなおす。
「・・・・はぁ。びっくりさせんといてや。」
「すみませんっ。」
お辞儀するマリア。美人だけにかわいいってうちは、変態やないか!
「怪我がなかったんなら、大丈夫だな〜。あ〜良かった、良かった。」
カトアさんの言葉でみんな席に着くことになった。
「さあて、お昼、お昼♪」
昼のチャイムと同時に一番元気になるのは、カトアさんと瑠和だ。
「じゃあ、俺は失礼します。」
そう言って教室を出るのはルイ。今日も女の子が待っている〜って言いたそう。
王子の流瑛と双子の妹里和、サンタのカトアさんは自分達のお弁当を広げる。
教室をカケッコでもするように走っていったのは、狼男の快さんと双子の姉瑠和。売店へ行く気だろう。もちろん、他の生徒とは別の場所。
そして、一番暗い顔をしているのは、マリアだ。ため息をついている。マリアもお弁当を持ってきているんだろうな。でも、血が飲めないのが悲しそうだ。
「マリア、無理せん方がええで。」
うちは、それだけ言うと教室を出た。
「あ・お・い〜♪」
うちは葵がいる教室に入る。
葵がこっちを見て、目を見開いた。なんで、ここに?とでも言いたそうな顔。
「ご飯だよぉ〜。」
「・・・・・・わかった。」
ちょっとだけ、間があったな。・・・・・まあ、ええか。
「すぐ、終わるから。ちょっと待って。」
そう言うと、ものすごい速さでお弁当を空にした。
「じゃあ、行こ♪」
「はい・・・・・。」
表情が暗く思うのは、うちの気のせい?
「おい、杉村!どこ行くんだ?」
誰か知らんけど、葵のクラスメイトが葵に言った。
「あ、ちょっと・・・・・・ご飯に。」
「ご飯って、おまえ、今食べて・・・・・。」
クラスメイトは葵の形相を見て、語尾を濁す。
「・・・・・いや、なんでもない。」
それだけ言うと、またもくもくと自分のお弁当を食べる。
「・・・・・・さあ、行こう。」
まあ、誰だってご飯になるのは嫌だろうね。
「で?今日はどこへ?」
「そうやなぁ。屋上かな。あそこ、景色がええし。」
「そう、じゃあ早く行こう。」
そして、レイの昼食を終わらせるんだ。
俺は自然と足取りが重くなる。だって、今からバンパイヤのご飯になるわけです。誰だって、気が重くなるというものじゃないだろうか?
「ああ、気持ちいい!」
屋上に着いたら、レイがクルクル回って、深呼吸をした。
「じゃあ、いただくわ。」
「どうぞ。」
「なあ、どうせなら、高いとこ行かへん?」
「高いとこ?」
「そ。あそこなんてどう?」
彼女が指差したのは、初めて俺達が会ったとき、レイがいたところだった。
「どうやって、上るんだ。」
「う〜ん・・・・・・。」
レイは考えこんだ。
「じゃあ、俺が先に行って、それからレイをあげればいいか。」
「そんなに、簡単にいくん?」
「まあ、大丈夫。やってみればいいだろ。」
そう言って、俺は先に上った。そして、レイに向かって手を伸ばす。
「・・・・・・。」
あれ?どうしたんだ?
レイはまだ、考え込んでいた。
「葵も上ったし、うちもできるやろ。」
ケロッとした調子で言った。
「本気?」
「まあ、大丈夫。やってみればええやろ。」
よくよく考えれば、この前レイは上っていたじゃないか。できないはずがない。
「じゃあ、ちょっと離れとって。」
危ないかも、といいながらレイは少し後ろに下がる。
そして、助走をつけ、地面を蹴ったと思ったら、軽くこっちに着地?なんだそれ。いや、なに?この人!?・・・・じゃない、バンパイヤ!?
「そんな、力があったのか?」
「えっと、まあな。すごいやろ?」
「・・・・ああ、すごい。」
俺はレイを敵にすると、恐ろしいことになると思った。
「じゃあ、いただきます。」
「はい・・・・・・。」
レイが手を合わせると、どうも気が重い。なんてったって、今から血を採られるんですから。でも、レイのような美少女と居れるのはうれしいかな。いや、違うだろ。
俺は仕方なくネクタイをほどき、シャツを脱いだ。
そして、座禅を組むように胡坐の上に手を載せた。さあ、どっからでもかかって来い!・・・・・意気込みの仕方を間違えたか。
レイは、背後から俺の肩に手をかける。やっぱりその手はひんやりと冷たかった。そして、首筋にチクッと軽く衝撃が走る。しばらくして、レイは食事を終えたことがわかった。一瞬だけレイの前髪が俺の方にかからなくなったから。でも、またかかったと思うと、レイは俺の首筋に軽くキスをした。
「レ、レイ・・・・・?」
あまりにいきなりで何事かと俺は思った。
「ああ、これ?これはな傷を残さんようにするためのもんや。キスしたら、傷が残ることはないんよ。」
「へえー。」
いや、なにを感心しているんだか。
「ごちそうさまでした。」
レイはまた手をあわせた。
そのあと、俺はシャツを着てネクタイを結びなおし、教室へ戻った。レイが送らなくてもいいといったので、送らなかったが、一度特殊学級へ行ってみよう。
「葵〜♪」
「ナンデスカ?」
「お買い物へ行きましょう♪」
「俺も?」
「そう!行こう、行こう!」
というより、買い物ってなんだ?
「何を買いに行くんですか?」
「晩御飯。いつも葵からもらってたら、葵にわるいし。」
ほう、レイさん。人のことを考える人間じゃない、バンパイヤだったんですね。涙ながらの感動だ。
「で?どこへ?」
「商店街や。」
商店街とは、また古き良き日本の伝統ショッピングだ。
「じゃあ、早く行って買い物とやらを終わらせましょう。」
「うん!」
「で、レイさんに質問です。なぜ手をつなぐんでしょーか?」
「だって、カップルとは、そういうものやろ?」
そういうものなのか?てか、カップルって・・・・・・。
「それにしても・・・・・。」
俺はまわりをキョロキョロ見る。
商店街といえど、たくさんの人たちが行き来する場。たくさんの視線が来るんですが。たとえば。
「ほら、あの子。可愛いわ〜。」
「ええ〜。美人さんだわ〜。」
「あら。あの男の子。ケーキ屋さんの子じゃない?」
「ああ。そうよ、そうよ。」
などなど。
商店街の奥様方をなめてはいけない。といっても、人のうわさも75日。うわさじゃないけど、こういう話はいつか人の記憶から消えるものだ。たぶん。
俺たちはレイの買い物を終わらせて、さっさと家路につく。
レイの家へ。不思議だね〜。
「ただいまぁ。」
レイは玄関でそう言った。
レイはマンション暮らしだった。
まあ、重い荷物をレイに持たせるにはいかないし、俺がここにいるのは、必然的だな。
「あれ?葵。入らへんの?」
「え?」
思うと、俺はなんとも間抜けに両手に袋を持って棒たちになっていたのだ。
「大丈夫、誰もおらへんて。」
なにが、大丈夫なのか分からない。
「にゃあ〜。」
なんだ?レイさん、仮装パーティー?
「お。玄(くろ)〜。ただいまぁ〜。」
そう言うと、レイは黒猫を両手で抱きかかえた。
「ネコ、飼ってんのか?」
「うん。可愛いやろ〜。」
そう言って、俺に玄と言うネコを見せびらかす。「よ〜し、よ〜し。」と言いながら。
「ここ、マンションだろ?」
「そうやよ。」
「ペット禁止とかじゃないのか?」
俺の言葉にレイは黙る。そして、こういった。
「・・・・・・大丈夫。大丈夫。大家さんには、リョウショウ、エテルカラ・・・・・・。」
本当に大丈夫?レイさん?
「あ、それと。葵、ありがとう。ここまで運んでくれて。」
そして、少し考えるとこういった。
「えっと・・・・・。あっ、おおきに!」
どうやら、「おおきに」を考えてみたいだ。
そして、俺は「おおきに」を満開の花のような笑顔で言ったレイを素直に可愛いと思った。
「じゃあ、俺帰るから。荷物はここにおいておけばいい?」
「え?もう、帰るん?」
少し残念そうな顔のレイを見て、俺は言った。
「そう。もうそろそろ帰らないと。店の仕事もあるんだ。急がないと、姉ちゃんが鬼になる。」
そう言うと、俺は頭の後ろから指を2本立てて見せた。
「あはっ、鬼や。」
レイは笑った。でも、俺は残念ながらレイと一緒に笑うことは出来なかった。なぜって、妙にリアリティがあるから。
「ああ、そうだ。鬼だよ。じゃあまた。お邪魔しました。」
俺は苦笑いをしながらレイの家を出た。
「ただいま。」
「あっ!葵ぃ!遅いぞ!」
いきなり姉ちゃんのお叱りが飛んだ。俺は思わず首をすくめる。
はあ、もう姉ちゃんは鬼へと化してしまったか・・・・・と思っても、それを口に出すことはない。出したならば、今度は姉ちゃん口から火を噴くことだろう。
「言い訳、聞こうかしら?」
ニヤリと笑って姉ちゃんは言った。
「・・・・・レイの買い物に付き合っていました。」
俺は上目遣いに姉ちゃんを見ながら言った。
「ふーん。・・・・・で?」
で?とは?妙だな。他にどんな言い訳が必要ですか。
「だから!そのあとは?レイちゃんと甘〜〜〜い時間をすごしたため遅くなったんじゃないの?」
「あのですね・・・・・・。」
「なあんだ。違うの。じゃあ、早く着替えてよ。今日も忙しいんだから!」
尋問は終わった・・・・・。
まあ、いいや。仕事終わらせ、夕飯作って、風呂は入って寝よ。
「あ、葵。言い忘れてた。封筒きてたよ。」
「封筒?誰から?」
「おじいちゃん。」
一言一言区切るように姉ちゃんはゆっくり言った。わざと。
そして、俺の背後には真っ黒の縦線が並んでいたことだろう(はい、漫画の見すぎということを本人は自覚しています。)
「ぐ・・・・・疲れた・・・・・。」
「あ、葵・・・・・夕飯を・・・・早く。」
父さんと姉ちゃんに返す言葉を見つけることが出来なかった俺は、素直に従ってキッチンへ向かう。
さっさと簡単な夕食を作り、テーブルに突っ伏している2人の元へ置く。
一瞬にして、2人の顔が輝く。
「わあぁ。白いご飯!」
「生クリームじゃなく、米というところがいいな。」
「味噌汁〜〜〜。」
「チョコクリームじゃなくて、味噌ということがいいな。」
2人は感嘆の声を出す。
「じゃあ、いただきます。」
父さんの声に続けて俺と姉ちゃんも手を合わせた。
「やっぱり!おいしいー!」
「うん、この塩加減が・・・・・。」
父さん、頼むから涙を流さないでくれ。
「そうだ、葵。封筒開けた?」
姉ちゃんの言葉に俺は答える。
「黒封筒だから、中身は同じだよ。明日から行って来るから。」
「がんばってね〜。」
あまり、応援しているように聞こえないぞ。
「体に気をつけろ〜。」
同じく父さんも言う。言葉の意味だけ受け取ろう。
そして、2人とも黙々と夕飯を食べる。
「そうだ、葵。レイちゃんに電話をかけなきゃ。」
姉ちゃんが、いきなり顔を上げていった。
「なんで?」
「だって、一緒に学校いけないんだよ?心配するわ、レイちゃん。」
「ふ〜ん、そうか。じゃあ、かけるよ。電話。」
「そうそう、長電話にならないようにね〜。」
そう言って、また食べ始めた。
電話ねぇ。ん?まて、俺レイ家の電話番号知らない・・・・・。
「あぁ、今日もいい天気ですねぇ!」
うちは気持ちよく伸びをした後、カーテンを開ける。
「おはよう!玄。」
うちは、そばで寝とる黒猫の玄に声をかけた。もちろん、ネコやから、
「にゃぁ〜。」
としか言わへんけど。でも、またこれが癒されるんよ。
さあて、朝食は悲しくもトマトジュースやった。けど!昼には葵♪でも、お昼ごはんよりは、葵と一緒にすごせる事の方が嬉しいな。
「う〜ん。葵と一緒に学校行く?でも、またこの前みたいになったら、葵に迷惑やし。うん。今日は1人で行こ!」
独り言にしては長く、大きかったかも知れへんけど、気にせずうちはマンションの部屋を出た。
1人なら、‘普通の道’を行く必要はない。うちは人様の家の屋根から屋根を‘飛んで’移動する。こんなことができるのはうちがバンパイヤだからやと思う。尋常じゃないね、この脚力は。
そうすると、あっという間。学校に到着。裏門ですが。うちのような特殊学級の生徒は裏門から学校へ入る。なんか、よう分からんけど混乱を招かないためだとか。
そのまま教室へ向かい、門番さんにお辞儀をして、教室入る。
「おっはよ〜!」
時計を見たら、まだ暇があった。
「うーん、ちょっと早かったかな。」
教室には双子と快さんがいて、向かい合ったマリアと流瑛。また、あの2人はがんばって、おられるんか。
「マリア。大丈夫ですか?」
「はい、決心はついています。がんばりますので、わたし。」
「ぼくも応援しますよ。・・・・・・じゃあ、がんばってください。」
「はい・・・・・。」
そう言って、マリアは流瑛の肩に手をかける。一瞬流瑛の体がビクッとなったのは、マリアが流瑛の血を飲もうと、首筋に噛み付いたから。
しばらくして、マリアが飛び上がった。
「あぁぁぁっ!だめです!やっぱり!わたしがどれだけがんばっても、無理なのです!」
半泣きだ。
「でも、マリアはがんばりましたよ。」
流瑛の優しい言葉にマリアは少しだけ微笑んだ。
「・・・・ちょっと、いただけたような気がします・・・・・・ご馳走様でした。」
微笑む流瑛。そんな流瑛の首筋にマリアはキスをした。
そのとき、チャイムが鳴った。と同時に、バタバタとやかましい音。
ガラガラッと戸が開いた後に、なだれ込むように入ってきたのは、カトアさんとルイさだった。
「ふぎゃっ!・・・・・・はあ、はあ、は・・・・・あ・・・・。」
「ひょげぁっ!・・・・・はあ、はあ、は・・・・・あ・・・・。」
最初に声を出したのはカトアさん。その後にもっと変な声を出したのはルイ。
「はははっ!ルイ!俺の勝ちだぁ〜!」
「うっ・・・・カトア、争いごとは嫌いだって言ったじゃないか・・・・・。」
「いいや!俺だって、やるときはやる人間だよぉ〜。」
「詐欺だ・・・・・。」
そんなことを言いながら、席に着く2人。
「えっと・・・・・何していたの?2人とも。」
代表して、快さんが聞いた。
「競争。」
2人は声を合わせて言った。
「え?なぜに?」
うちはできるだけ不思議そうな顔をして聞いた。
「ちょっとした、気まぐれだよぉ〜。」
「気分転換に。」
2人は真顔で答えた。
「遅刻騒動だったよ。」
「反省、してくださいね?」
双子も負けずに無表情で言った。
「は〜い。」
・・・・・お2人さんが反省をしていると信じよう。
そして、さっきとは違うチャイムの音。
『♪〜レイ=アイチュラ、レイ=アイチュラ・・・・・・。』
「レイ?呼び出し?」
「そんなこと・・・・あるわけないやろ・・・・?」
ルイの言葉に語尾が小さくなるのは・・・・なぜ?
『杉村 葵より連絡があります。[今日から3日間、休みます。]以上。続けます・・・・・。』
「なんだ?杉村って。レイ、知り合いか?」
あれ?みんな知らへんの?有名なパティシェなのに。
「ねえ、杉村っていうと、ケーキ屋さんじゃない?」
そういったのは、瑠和。
「そうやよ、葵は天才ケーキ職人なんやから。」
「葵――!?」
あれ?なんですか、皆さんの表情。
「葵って言ったな!?」
「どういう関係〜?」
「もしかして、付き合ってる?」
「じゃあ、レイは。」
「血をもらっているんですか?」
「すごいです!レイさん!」
「どこで、知り合ったんですか?」
うわっ!すごいよ、皆さん。好奇心の塊ではないか!
「う、何から言っていいやら・・・・・。」
「よし!順番に聞くことにしよう!」
なんか、一番快さんが盛り上がっている気が。気のせい?
「じゃあ、一番気になることを聞こうよぉ〜。」
「というと?」
カトアさんの言葉にうちは首をかしげた。
「そうだな・・・・。うん、ズバリ聞くけど、どういう関係?」
まさか、ルイに聞かれるとは思わんかった。
「関係ね・・・・。うちは、葵に好きやっていったけど、葵の気持ちは聞いてへんし。・・・・血はもらっとるけど。」
みんなはいっせいに、う〜ん。と頷きあう。
「あ、それと!どこで知り合ったの?」
双子の瑠和に聞かれた。
「えーと、屋上。」
「屋上!」
ここまでそろうと感動してしまうな・・・・・・。
「で、屋上やったらなんかあるん?」
「いや、ない。」
ないんかい!
「でも、レイ。やっと好きな人を見つけたんだ。」
しみじみとルイが言った。あんた、父親気分を味わいすぎです。
「そういえば、レイさん悩んでいましたよね。」
マリアも言った。
「あれ?じゃあ、レイは・・・・・。」
「お国に帰ってしまうんですか?」
「あれ?そうなるの?」
そういえば、家族には愛した人を連れて来いって言われてたけど・・・・・。
「う〜ん、まだ分からんな。少なくとも、葵の気持ちを聞かへんと。」
うんうん、と また、みんなは頷いた。
「でもさ、すごいな。おまえら。」
ルイが口を開いた。
「すごいって?何が?」
「だって、放送で個人的に休むとか、人前で好きなんだ、とか言えるか?普通。」
それの、どこがすごいんや?
「恥ずかしいとか、ないんですか?」
流瑛も続けて聞いた。
恥ずかしい?別に。
「ふ〜ん。」
「やっぱり、愛の力。」
「なんでしょうか?」
「あ、今度杉村さんに会わせてください。あいさつしたいですし。」
あいさつって。マリアさん、あなたも母親気分を味わいすぎです。
「レイを嫁に行かせるわけにはいかん!なんてな。」
冗談に聞こえないぞ、快さん。
「まあ、最低でも3日後だね〜。」
「そうですね、3日休みですから。」
カトアさんと流瑛の言葉がなんか引っかかった。
「何のことや?」
うちが聞くと、双子が答えてくれた。
「レイさんのご飯のことですよ。」
「杉村さんは3日休みだよ?レイはどうすの?」
あ。考えてなかった。どうしよっ!?
「ふぁああ〜。」
つい、大きなあくびが口から出てしまった。ごめんなさい。
俺は時計を見る。うん、今朝も寝坊は防げた。
「さて、久しぶりの学校ですか。」
なんせ、3日ぶり。
さっさと着替えて、弁当持って。朝食済ませて、こまごまとしたものを済ませてさっさと家を出発。このとき、姉ちゃんに見つかると、ヤッカイだ。
「いってきまぁす。」
小声で言った。誰にも見つからなかった。今日の俺、ついてる!
さて、このまま学校へ行っていいのだろうか?今の俺には、レイと言うバンパイヤが降りまして。そのバンパイヤのご飯が、俺。
・・・・・いいよな、うん。いいさ。学校へ行って、元気におはようといえば、今朝ご飯にならなくても、大丈夫だろう?
「そうさ、大丈夫。大丈夫。」
心配だったが、この大きな独り言のおかげで、何とか納得できた。自信を持て、杉村 葵!
俺は、学校への道を歩き始めた。
教室に入っても、あまり生徒がいなかった。ああそうか。一限目は実技だったか。
実技の場合、それぞれの分野があって、分かれて授業を受ける。俺の場合、料理人と同じ教室で授業を受ける。
天才料理人はたくさんいるが、連載パティシェとして、この学校に入学しているのは
こんにちは。いきなりですが、↑の記事です。誤って手がすべり、書き込んでしまいました。申し訳ございません。その上、誤字脱字が見られます。極めつけは、天才パティシェが連載パティシェになっているところです。笑い飛ばして、水に流してやってください。すみません。本文で葵は「ついてる!」とありますが、作者はついていませんでした。ものすごい、恥ずかしいです。では、続きを更新します。
天才料理人はたくさんいても、天才パティシェとして、この学校に入学しているのは、俺だけだ。珍しいのではない。パティシェがなかなか入学できないのである。
「おはよう、杉村。」
そう言って、声をかけてきたのは、甘党の野口。
「ああ、おはよう。みんなもう、行ったのか?」
「ん?ああ、実技な。みんな大忙しで出て行ったよ。何があるんだろうな?」
そう言って、首をかしげる。
まあいいか。俺もさっさと行くことにしよう。
「じゃあ、俺も行くよ。野口は教室か?」
「ああ、俺。絵、描いてるだけでいいから。」
そう言うと、野口は笑った。
制服姿で、あまり絵描きには見えなかった。
俺は、調理室へ行くあいだ、家庭室じゃなくて、調理室と言うのは、なんでなんだろう。とくだらないことを考えていた。
エプロン姿の俺は、調理室の戸を開けた。
「うわ。」
どうしたんですか、この白熱とした雰囲気は。思わず顔が引きつってしまったではないか。
たくさんの料理人たちが、まだ授業時間ではないというのに、料理を作っている。ふと、教室の隅に目をやると、そこにはぐったりとした実技の先生がいた。なんかもう、いすに体を預けて、目がうつろだ。
「先生?どうしたんですか?」
「・・・・杉村か・・・・・久しぶり、だな・・・・・・。」
声も出せないような疲労の元って、なんだろう?
「どうしたんですか?なんで、みんなこんなに熱くなっているんですか。」
俺が聞くと、先生は1人の女子生徒を指差した。彼女に聞けということなんだろう。
俺は、黙って先生の元を離れた。お大事に。
今思ったが、調理室にいるのは、男子ばかりで、その女子生徒だけが料理を作っていなかった。
「おい、どうしたんだ?みんな。」
「え、あ。杉村くん。」
クラスの田花だった。彼女は大きな眼鏡をかけ、その奥の目はひどくおびえていた。
「何が原因でこんなことになった?」
「えっと、1人の生徒が、原因だって、わたしは聞いたよ?」
「生徒?」
「うん、よく分からないんだけど、超可愛い女の子の生徒が休んでいる大好きな男の子を待っているんだって。その子は、変わったご飯しか食べなくて、その彼しか彼女を納得させることはできないんだって。」
田花がいうと、なんだか昔話を聞いている気分になる。
「それで、チョウカワイイ女子生徒ってどんなやつ?」
「え?あ、あのね・・・・・。」
ちょっと驚いたように彼女は眼鏡をかけなおした。
「確か、黒髪のお団子頭に、藍色の目をしているの。それで、関西弁をしゃべるんだって。」
関西弁にお団子頭。それって、レイ=アイチュラ?
「その女子生徒って、レイ=アイチュラじゃない?」
「そ、そこまでは・・・・・ちょっと・・・・・。」
田花は言葉を濁し、これ以上は分からないようだった。
「いろいろ教えてくれてありがとう。」
俺はそれだけ言うと、一生懸命料理を作っている男子生徒の所へ行った。なんだか、田花が何か言いたそうだったが、聞かなかったということは、たいしたことでもなかったんだろう。
「おい、なに作ってるんだ?」
汗水たらして、料理を作っている男子の1人に声をかける。
「あん?誰だ、おまえ。」
「杉村です。」
「ふん、なんだ。なんかようか?」
目つき悪いなぁ、この人。
「聞きたいことがあるんだ。ここにいる男達が料理を作っている相手ってレイ=アイチュラ?」
「ああ、そうだ。われらがアイドル、レイちゃんだ。」
われらがアイドル・・・・・・あなたが言うと、ちょっとキツイ、と思ったのは秘密だ。
「聞きたいのはそれだけか?」
睨みを利かせて聞いてくる。ああ、そうだ。もうひとつあった。
「あのさ、そのレイちゃんはかなり腹をすかせているのか?」
「ああ、何しろ3日間、何も食ってないらしい。」
3日。こりゃ、出血多量で生死にかかわるかもしれん。
「それで、俺がレイちゃんのためにご飯を作ってあげているんだ!」
すると、話を聞いていたのか、隣で煮物らしきものを作っていた男子Bが話しに入ってきた。
「こんなことを考えているやつは、山ほどいて、レイちゃんの所へ行くのにすげえ列ができてるって話しだ。」
列、ねえ・・・・・・。
「2日前から料理を運んでいるんだが、一口も食べない、料理を見もしないって話だ。」
不機嫌かもしれないな・・・・・。
「何か、リクエストは?」
「ああ。それなら、ケーキが食べたいらしい。でも、俺たちの中で誰もケーキなんて作れないし、料理にしたんだ。」
なら話は簡単だ。
「なあ、ケーキの材料ってあまってる?」
「あきらめたやつが多いからな。たくさんあまってると思うぜ。」
「そうか、ありがとう。」
お礼をいい、俺はその材料をもらいに行く。そして、唯一あいているせまっくるしい場所でケーキを作り始めた。
簡単なショートケーキだったし、さほど時間はかからなかった。
皿にのせて、調理室を出る。他の男子達は自分が料理を作るのに精一杯だったので、誰も俺に気づいていないようだった。
たくさんの生徒に聞き回って、レイ行列への道筋を教えてもらった。そのほとんどが女子だったのは、男子が料理を作るのに一生懸命になっているからだろう。
そして、辿り着いた。そこは、中庭のベンチが見える廊下。
「うげ。」
想像よりもはるかにすさまじい行列だった。なんだ、皆さん。新発売のゲームでも買う気か?という感じ。そして、なかなか前に進めない。こりゃ、名前を呼ぶしかなさそうだ。
「レイィィー!?レイ=アイチュラさんー?」
俺は、看護婦さんのようにレイの名を呼んだ。
だが、俺の声に反応したのは、レイではなかった。
ザッとこちらを向いたのは、料理を持った、鋭い目つきの男達。(怖いです。)俺は呆然として、自分の行為を脳内で確認。
「おい!おまえ!」
「われらがアイドル、レイちゃんの名を!」
「呼び捨てにするとは何事だ!」
ああ、そうか。貴方達はレイのファンクラブだったのか。え?こんなに多かった!?
俺がショックを受けているところに俺を呼んだ人物がいた。
「あおい〜!」
紛れも無い、レイ=アイチュラだ。
彼女は俺の前に来ると、にっこり笑った。
「お帰り!」
極上スマイルでの「お帰り」。周りの男子の料理がフルフルと震えている。
「あ、ああ。ただいま。」
俺はできるだけ周りの男子の視線をスルーし、レイに言った。
俺が言った直後。レイは笑顔を消して、腹を抱えてうずくまった。
「ん!?どうした、レイ!?」
俺はうずくまったレイの顔を覗き込むようにしゃがんだ。この時ケーキはそばに置いた。
「どうしたんだよ、何か悪いモンでも食ったのか・・・・・?」
そう言葉にしてみて、自分の言葉に違和感を持った。
そうだ。レイは何も食べていないじゃないか。
「葵〜。うち、お腹減った〜。」
そう言って、上目遣いに聞いてきた。
「・・・・・。」
「お腹、減った。」
そういわれても、俺に何が出来る?
「あ、ケーキがある。食べる?」
俺がそばにあったケーキを持ち、レイに見せる。とたんに、不機嫌顔になるレイ。あれ?ケーキが食べたいんじゃないの?
レイはしばらく俺を睨んだ後、いきなり立ち上がり、俺を押し倒し、馬乗りになった。
「レ、レイさん〜?」
こら、レイ。周りがファンクラブだけじゃなくて、他の生徒でもいっぱいになってきたじゃないか!この際、こそこそとした言葉は無視!
「うち、お腹が減ってんねん。」
何回も聞きました。
「なら、分かってるよな?・・・・・・いただきます。」
へ?あ、待って!それって!
「ここで?ダメだろ!ここ、廊下ですよ!?」
「でも、うち、お腹、減った。」
・・・・・どうする?言い訳何か考えてレイを納得させる?そんなこと、出来るかなぁ。
そんなこと考えていたら、レイはおもむろに俺のネクタイを解き始めた。マ、マジ?本気なの?え?だって、ここ廊下だよ?たくさん人、いるよ!?
「待て!レイ。ちょっとの間!」
「3日間も待ってたんやで?もう、我慢できへん・・・・・・。」
そう言って、俺の首筋に口を近づける。やばい。レイさん、もう俺しか見えていないようで・・・・・・?
「本当に待って!ちょっとだけ、俺に時間を!」
そう言うと、俺はこのままレイを左に抱き上げて、右手でネクタイとケーキを持ってこの場から何とか退散した。
逃げろ、逃げろッ!なにから、逃げるのかは定かではないが、まず、あの場所から立ち去るというのが何よりの理由だ。
このままでは、レイがバンパイヤだと知られてしまう。別にいいのかも知れないが、特別な玄関や特殊学級を作っているところを見て、あまり知られたくはないのではないだろうか?レイ以外のバンパイヤや、学校側は。
「ううう〜葵〜いつまで逃げとるん〜?」
「そうだな、不明。」
そう言って、俺は人気のないところを探す。さすがにレイをいつまでも腹ペコの状態にさせているのは可愛そうだ。
「あ、あのっ。レイさん・・・・・・何を?」
不意に後ろのほうから声がかかった。俺は振り向くことが出来なくて、声だけで女の子だと思った。それにしても、「レイさん」だなんて。
「あ、マリア〜。いいところに〜。葵を、教室へつれてってあげて〜?」
後ろ向きだったレイが言った。
「なんだか、カトアさんみたいな口調ですが、大丈夫ですか?」
マリアさんの言葉にレイの返事はなかった。そこで、彼女は俺の前に立ち、こういった。
「はじめまして。マリア=リカルトアです。貴方が、杉村 葵さんですね。」
「ええ、まあ。はい。」
「では、教室へ案内します。こちらです。あの、お荷物お持ちいたしましょうか?」
そう言って、マリアさんはケーキの皿を持ってくれた。
「ああ、ありがとう。」
「いいえ。ご遠慮なさらずに。どうぞ、レイさんにおんぶでも抱っこでもしてあげてください。」
今の言葉に変な意味はないと思う。うん。
俺はレイをおんぶした。そのとき、レイは一言
「お腹減った〜。」
とだけ言った。
特殊学級の教室は俺たちの教室と変わらないようだった。ただ、警備の人がいる以外。
「こんにちは、門番さん。こちらはレイさんをおぶった、杉村 葵さんです。怪しい方ではないので。通してくださいますか?」
2人いる警備の人、門番さん(?)は悩んだ末、俺を通してくれた。
教室には、高等部ぐらいの青年2人と俺たちぐらいの少年2人、初等部ぐらいの双子がいた。それで、マリアさんとレイで8人か。
「このクラスは、8人?」
「はい。サンタと魔法使いと狼男と王子。そして、わたしとレイさんも含めた3人のバンパイヤがいます。」
狼男にサンタに魔法使い。極めつけは王子、だな・・・・・。
俺たちに気づいた男の人が近くに寄ってきた。
「ん?お客さんか?」
「はい。この方が‘あの’杉村 葵さんです。」
‘あの’ってなんですか、あのって。
「へえ、君が‘あの’杉村くんか。お会いできて嬉しいよ。俺は里中 快。一応狼男。よろしく。」
そう言うと、さっさと自分の席へ戻っていった。
それと入れ替わりに、双子の少女がやってきた。
「はじめましてっ!」
「あなたが‘あの’杉村 葵さんなんですね。」
「わたしは、瑠和・セリョーラ。」
「わたしは、里和・セリョーラといいます。」
「わたしたちは、魔法使いなの。」
「どうぞ、よろしくお願いします。」
双子の魔法使いは交互にしゃべった後、席へ戻った。
「あの・・・・・・レイさん、お腹が減っておられるんですよね?」
「うん。」
マリアさんの言葉にすかさずレイが答えた。今まで静かだったのは、気絶でもしていたのだろうか?
「では、後ろの方。あいていますから。」
そう言うと、彼女も自分の席へ戻っていく。
「で?」
俺は少しの間、沈黙したが、言われたとおり教室の黒板と対になる場所へと向かった。
「葵〜ご飯〜〜。」
「はい。」
レイの声がボリュームダウンになったので、俺は急いでシャツを脱いだ。
一瞬、レイに力が戻った気がした。そして、彼女は俺の首筋に口をつけた。
「ご馳走様でした」
流れる時間はとても早く、レイはすぐに昼食を済ませた。そして、俺の首筋に軽くキスをする。
俺たちを見ていた1人の少年が言った。
「それにしても、杉村?お前、なれてんな〜。」
長髪で俺たちと同じぐらいの年格好。座ってシャツを着ていた俺は顔を少年に向けた。
「えっと?まだ、名前を知らないのですが・・・・・・。」
「ああ、申し送れたな。俺の名前はルイ=コルリオ。バンパイヤだ。」
ああ、女好きで血には困らないという。
「はじめまして。俺は杉村 葵。」
「ああ、よろしく。それで、おまえ。なれてるようだけど、血吸われるの、何回目?」
そんなこと聞かれてもなぁ。数えるぐらいしかないと思うが。
それを伝えると、彼はおもむろにこういった。
「おまえさ、ケーキ職人なんだろ?なんで、この学校に入学できたんだ?」
話がそれた気がするが、質問もごもっともだ。ただのケーキ職人がこんな特殊学校に入学できるなんて普通ない。世界中に天才ケーキ職人はごろごろといるのだから。
「先祖が、宇宙人なんだ。」
俺はこう答えた。
「ふぜけんなよ?」
彼は冗談が通じないタイプだろうか?まあいい。
「冗談だよ。俺は、ただ武道もしてるってだけだ。それだけ。」
「武道?」
特殊学級の全員が俺を見た。
「いや、別にたいしたことでもない気が・・・・・。だって、この学校には天才武道家だっているんだし。」
「・・・・・・・。」
もっともだと思ったのか、全員が口をつぐんだ。
「じゃあ、この前休んでいたのって・・・・・。」
誰かが言った。
「ちょっとした修行?まあ、仕事みたいな感じで。別にたいしたことでもないし。学校側にはちゃんと承諾を得ているよ。」
「葵ってすごかったんや。」
レイが目を見開いた。
「いや、別に、なぁ。」
そんなに言われなくても、と思った俺の言葉にまた別の少年が口を挟んだ。
「いえ、結構すごいですよ。だって、両立しているんだし。」
メガネをかけた少年だった。
「あ、ぼくは流瑛といいます。」
「流瑛さんは王子様です。」
詳しく説明してくれるマリアさん。
彼が、王子。天才肌って顔をしている。特に、王子ということを鼻にかけているようじゃなかった。
「う〜ん、それにしても、このケーキ。おいし〜い〜。」
突然の言葉に特殊学級の生徒さんはハッとした。
「ああぁぁぁぁぁ!」
声の方を全員で見る。そこには、もう1人の青年がおいしそうに俺が持ってきていたショートケーキを食べていた。
「ずるいっ!」
「ひどいぞ!カトア!」
「俺にも、わけろ〜!」
「独り占めですか!?」
「全く、ずるいですね!」
「カトアさんってそんな人だったんですか。」
「知りませんでしたよ。」
非難豪語。1人呆然としていた俺は、置いてかれた気分だ。と、カトア?じゃあ、彼がサンタクロースか。ずいぶん若いんだな。
「う〜ん、おいしいよ〜。みんなの分は、ちゃんと残してあるから〜。でも、本当においしい〜!杉村くんは、やっぱり天才なんだよ〜。」
ほめられて、気分の悪いやつなんて、いるわけがない。
「ええ、一応ケーキ屋をしているんで。」
といって、顔がにやけないように気を配る。
「今度、買いに行こうか。里和。」
「そうだね、こんなにおいしいんだもん。」
双子の魔法使いが話しているのも、耳に入れた。
「これなら、いくらでも食べられます!」
「そうですね、あっさりしているし、生地もふわふわで!」
マリアさんと流瑛王子の会話も聞こえた。
「う〜ん。こんなにおいしいものがあったなんて〜。」
「そうだな、杉村くんはいいうでしているよ!」
「なんせ、天才やからね!」
なぜか、快さんとカトアさんの会話で照れるレイ。いや、あなたがほめられているのではないでしょ。
皿が空っぽになったころ、俺は教室を出た。
「じゃあ、俺はこれで。また、作ったら来ます。」
「いつでも、おいで〜!」
そんな、特殊学級の生徒さんの声をあとにし。
それからもいろいろあったのだが、思い出すだけで疲れるので省略。で、今は自宅と。
「ただいま。」
「お帰り、葵。今日は早いんだ〜。」
嬉しそうな、残念そうな顔をする姉ちゃん。表情はどちらかに統一してください。
「出来るだけ、早く帰ってこようと思って。そんで、レイと競争してきた。」
「なに、まるで小学生ね。」
悪いかよ、そういいながら俺は制服から着替えるために部屋へ入った。
自室に入るとすばやく着替える。あっという間にシンデレラもびっくり!パティシェに!
・・・・・・自分で言って、むなしくなってきた。最近本気で大人の思考というものを考えてみたりもして・・・・・・はぁ。
「・・・・・さて、今日も働くか!」
気分を入れ替えるためと仕事のための準備運動をし、店へ向かった。
「やあ、葵ちゃん。待っていたよ・・・・・。」
そう言って、俺を迎えてくれたのは風邪でダウンしていた佐藤さん。治ったはずなのに、まだ顔色が悪く見える。まあ、これからの仕事のことを考えると顔色が青白くなることもわからなくもないが・・・・・不気味に笑うのはやめて欲しい。
「ふ、ふふ・・・・・今日は、めいいっぱい働いてもらうよ・・・・・・奥さん、おやすみだしね。店長さんも、会社へ行っちゃったよ。あと、田中ちゃんも。」
田中さんも?母さんは実家、父さんは新発売のナンチャラとかいうお菓子のために会社へ行ったのも知っている。でも、田中さんは知らないな・・・・・。
「今日は、どうしても、はずせない用事がさ、あるらしいんだ。」
仕事用のカレンダーに目を移すと、そこには「佐藤・風邪により休み」の次の日に「田中・休み」の文字。すっかり忘れていた。
「まあ、がんばろうね・・・・・葵ちゃん・・・・・。」
そういい残すと、佐藤さんは肩を落としながら去っていった。・・・・・ま、まあ気分を入れ替えればね、それなりに大丈夫だとは、思う。
店が活気に満ち溢れ出すのは午後3時半ごろ。今日は学校が、わりと早く終わったので、ゆっくり準備することが出来た。店は午前10時から営業だが、そのときとこの3時半からの活気ではあまりにも差がありすぎる。
カランコロンというドアに備え付けてあるベルの音がした。
「いらっしゃいませ〜。」
早くも、お客さんが来たようだ。受付は姉ちゃんの仕事になっている。
そして、このお客さんから活気の渦が生まれるんですな。
「さあ、はじめよう。葵ちゃん。」
いつになく、まじめな顔の佐藤さん。
それに答えるように俺は頷いた。
「ありがとうございました〜。」
1回のお客さんに対してレジの音は1回、ドアのベルの音最初と最後で2回。あいさつもそれぞれ1回ずつ。
カランコロン・・・・・・カランコロン・・・・・カランコロン・・・・
うへッ!?続けて一気に3回!?
「いらっしゃいませ〜。」
姉ちゃんは一気にあいさつした。
しばらくして、レジの音3回。
そして、
「ありがとうございました〜。」
とカランコロンが時差ありで3回。
「葵、佐藤さん。」
笑顔から一瞬にして真顔になった姉ちゃんの表情に身構える俺と佐藤さん。
姉ちゃんは、よく回る舌で早口に言った。
「ショート、チョコ、1ホールずつ!それと、シュークリームとモンブランがなくなったから!」
それだけ言うと、自分の仕事が終わったとでも言うように、店へ戻った。
「・・・・・・。」
あ然としてしまったが、そんな時間もない。俺と佐藤さんはいっせいに動き始めた。
それにしても、何で4組のお客さんで一気にケーキが減るんだ!?
「葵ちゃん!ショートとチョコ!作れるよね?ぼく、モンブラン作って、シュー焼くから!」
気のせいか、佐藤さんが生き生きしているような・・・・・。
「はい!」
俺は返事をすると、ケーキ作りに取り掛かった。
まず生地を焼き、その間にクリームをそれぞれ作る。クリームを作っても時間があったから、ついでにフルーツも切ってしまう。
同時に佐藤さんはシュークリームの生地とモンブランの土台を焼く。
その間にもカランコロンとレジのチンッと言う音はBGMのごとく鳴り止まない。
「ありがとうございました〜。」
何回目の「ありがとうございました」だろう。そして、姉ちゃんは悪い知らせを持ってくるんだ・・・・・。
「葵、佐藤さん!こっちのショートとタルト、よろしく!」
よろしく!の中には作っておいて!という意味が含まれている。日本語って難しいね。
そうこうして、本日は閉店。佐藤さんはふらつきながら帰途へついた。
晩御飯は俺と姉ちゃんの2人。俺が作った料理を2人で黙々と食べる。一息ついたと思ったら、姉ちゃんの口が違う意味で動いた。
「そうだ。最近どう?レイちゃんと。仲良ししてる?」
「ん?まあ、そうだな。」
「じゃあ、手もつないじゃったよね?あ〜、青春、青春!」
俺は姉ちゃんに何かしら危ない要素を察知する。
「あのね、俺とレイは別に付き合ってるわけじゃないから。」
それだった。その俺の何気ない一言で、姉ちゃんの顔は一瞬で凍りついた。
「ほら、考えてみてよ。俺はレイのうちの電話番号を知らない。」
「・・・・・・。」
「デートもしてない。」
「・・・・・・。」
「レイへのプレゼントだって、初めて会ったときの弁当だけ。」
「・・・・待ちなさい。」
決定打をくだしたと思ったら、姉ちゃんは低い声で言った。
「じゃあ、聞くけど。なんであんたはレイちゃんに血をあげているのかしら?」
「それはレイが欲しいって言ったから。」
「レイちゃんは何で、欲しいなんて言ったの?」
「それは・・・・・。」
俺の中で過去のレイが笑顔で言う。
[うち、葵のこと好きになった。]
俺はそれに何も答えていない。ただ、レイに血をあげているだけだ。
――誰だってそうだろう。愛した相手の気持ちを知りたいと思うはずだ。
俺がレイに伝えるべきことは、やっぱり自分で見つけるしかないな。