ねぇ、お父さん(改訂版)


1 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 00:22:10 ID:n3oJmkuJ

旧小説広場に掲載された「ねぇ、お父さん」の改訂版です。
http://jan.sakura.ne.jp/~colun/gaia/effort/01030088.txt

語り部氏が残したPC内より発掘したテキストから、
鍵括弧の記載と改行位置を改訂、後半部分は片桐嬌子さん協力による追記を行い、
こちらを完成版、として完結とします。

初出:2001年3月26日
テキスト最終保存:2001年6月14日


2 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 00:22:59 ID:n3oJmkuJ

ねぇ、お父さん


とっても寒い冬の朝。 

−ぱたぱたぱたぱた
 ベッドでウツラウツラしていたワタシ、お父さんに気が付いた。
まだお日様も出てきてない本当に早い朝、お父さんはお仕事に行く。
「お父さん!いってらっしゃい!」
ワタシは飛び起きて、お父さんを見送ろうと玄関に行く。
「じゃ、行って来くるよ」
「お父さん、いつもの、いつもの!」
そう、いつものご挨拶。
大きなお父さんは簡単にワタシを抱き上げちゃうから、
お父さんの剃りたての、
まだちょっとザワザワするホッペにワタシのとっておきのキス。
「いってらっしゃぁいっ!」
えへへ、お父さんとワタシだけの秘密の挨拶なの、これって。
だって、時々、お父さん朝早いんだもん。
お兄ちゃんとお母さんは、まだ眠ってる。 

−ばたん 

お父さんの足音が聞こえなくなって、ワタシはまたベッドに戻った。 

でも、ちょっと、ヘン。 

何か、胸騒ぎが、する。
眠れないよう。 


ド・・・・・・ン−−−−−。 


寝返り打ちながら、やっと、眠れたのに。
地面が左右に震えて、引っ張られてる。
でも、急に引っ張りが上下になって、 

−なに? 

ワタシはビックリして、恐くて 

−ばんっ 

逃げようと思ったのに、ベッドが跳ねてひっくり返って、ワタシはその下になった。
何か大きなモノがその上に落ちてきて、もう、動けない。
「お父さん! お兄ちゃん! お母さん!」
ワタシは叫んだ。
ワタシだけじゃない、お兄ちゃんも、お母さんも、叫んでる。 

声が……
向かいのおうちのお姉さんの声が、
隣のおうちのおじいさんの声が、 

−こわいようっ 

助けて! 何があったの? 

お父さん!


3 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 00:23:40 ID:n3oJmkuJ


ワタシは、暗闇の中で眼を覚ました。
なんだか、嫌な匂いが満ちている。
これ、何?
同じ臭いがワタシの口からも出てた。
あ、血なんだ、これ。
本当に、真っ暗だった。
何も見えなくて、ただ、大きなサイレンの音と叫び声。 

こわい 

凄く、恐い。 
……それに……痛い。 

ワタシは、立とうとして、ダメだった。
あ、挟まってる。
これ、何だろう。 

何とか首を捻って見上げると、それは…… 

おうちの柱だった。
あのキズ、ワタシが付けちゃって、お父さんに叱られたんだっけ?
ワタシ、柱の下敷きなんだ。 

え? でもそれって、お家が? 

やだ、なに?
でも、でも、でも……いたい……
いたいよぅ……


4 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 00:24:25 ID:n3oJmkuJ


「どうしてだ! なんでこんなことになっちまったんだ!」 

お父さんだ。
お父さんの声だ。
どれくらい、時間が経っていたんだろう。 

「お父さん!」 

ワタシは精一杯叫んだ。 

「お父さん! ワタシ、ここ!」 

「はっ! お前!」 

お父さんが気が付いてくれた。 

「くそっ……挟まってるのか!」 

ワタシの居場所、お父さんから遠い。
小さく、でも、確かにお父さんがそこにいる。 

「お父さん! 痛いよ! ここから出して!」 

お父さんの大きな手が伸びてきて、ワタシの顔を触ってくれた。 

「じっとしてるんだ。すぐに助けてやるからな」 

「ウン、お父さん、お父さぁん!」 

大きな木材が、ワタシの近くに刺さった。
お父さんはその木を肩に乗せると、一気に持ち上げる。 

−よいっっしょっ! 

大きな掛け声。
お父さんの声。
ワタシの上に、隙間が出来始めた。 

「お父さん!ワタシ、歩けないよぉ!」 

出たい。
お父さんの所に行きたい。
お父さんの所へ走りたい。 

でも、足が痛いの、お父さん、身体が動かないよ。
お父さんを見つけた、赤い服を着た人が走り寄ってきた。 

「手伝いましょう!」 

「お願いします」 

赤い服を着た人が、ワタシを外へ引きずって、 

「大丈夫!生きてますよ!」 

赤い服を着た人は、お父さんにワタシを渡すと、また向こうへと走っていった。
次の誰かを、助けに行くのだと、思った。 

−お父さん! ワタシね、ワタシねっ! 

声が出ない。
さっきまで、叫べたのに。
でも、お父さんはぎゅっと、そんな私を抱きしめてくれた。 

あれ? 朝って眩しいはずなのに、どうしてだろう、灰色だよ? 
お父さんの向こう、微かに見えてる風景が、いつもの街じゃなかった。 

お父さんと一緒に遊んで、走って、大好きな街。
なのに、何も無くて、ずっと満ちている臭い。
聞こえてる叫び。 

−お父さん。何か、燃えてるよ…… 

「・・・・こんなことが!」 

お父さん、泣いてる。
ワタシをぎゅっとしたまま、お父さんが…… 

あれ? どうしたんだろう……
お父さん、
ワタシ、
お父さんと、離れちゃうような気がするの。 

ねぇ、お父さん。
ワタシ、お父さんが好き。 

朝いつも挨拶してくれるお父さんが好き。
大好きなお菓子をくれるお父さんが好き。
遊んでくれるお父さんが好き。
あったかくて、大きくて、優しいお父さんが好き。
ワタシを抱き上げて、一杯お話してくれるお父さんが好き。
いい子にしてたら、ほめてくれるお父さんが好き。
叱るとき、すごく恐いけど、お父さんが好き。 

ねぇ、ワタシのこと好き?
ねぇ、お父さん。 

ねぇ、泣かないで。
ねぇ、お父さん。 

ねぇ、お父さん、 

ワタシね、お父さんがね、いちば、ん……ス、キ……


5 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 00:25:12 ID:n3oJmkuJ


「片桐さん、警察からですって」
「警察?」
仕事中、電話が入った。昔いた部署から回りまわったらしく、庶務の女の子は困った顔で取り次ぐ。
(おいおい、私には身に覚えが無いぞ)
と思いながら受話器を受け取り
「もしもし?」
緊張した声とは逆に相手は穏やかで
「恐れ入ります。曽根崎警察の……です。片桐さん、ですね」
うまく聞き取れないが、何かこちらに非があるわけではないらしい口調なのは判った。
「はい、そうですが……私に、何か?」
「実は……」
口ごもった相手は申し訳なさげに続ける
「昨日、あるホームレスが亡くなっているのが見つかりまして」
「は?」
「事件性はなく、ただの病死なんですが、その……あなたの名刺を持っていたので、身元確認をお願いできないかと思いまして……」
「……はぁ」
「よろしくお願いします。このまま不明者として荼毘に伏されるのも心苦しいところがあって……」
「わ、判りました、協力させていただきます」
電話は終始粛々とした空気のまま切れた。かかってきた元の部署にいたのは随分前で、その頃の名刺を交わした相手はしれている。その中にホームレスになるような人物なんて、居ただろうか……。それとも何か……? 

警察署の霊安室に通され、手を合わせるとその布を取った。
(ああ、君だったのか……)
彼だった。かなり痩せて、汚れていたが、彼だ。
「扇町公園でも、動物好きで知られていたんです。よく言われてるように『動物好きに悪いヤツはいない』というか、まぁ、地で行ってましたよ、彼は……」
年若い巡査はホームレスとなっていた彼を知る人間だった。私の知らない、彼を知っていたといえる。
「片桐さん、この方、判りますか?」
「……ええ、古い友人です」
病死。もっと早く知っていたら、助けられたのだろうか? 
「……ボランティアが見つけたんです。最近見かけないから、と探していたらしくて」
たった一人、誰にも見送られることなく、彼はこの街の底でひっそりと息を引き取った。どんな思いで最後の時間をすごしていたのだろう。
「彼に……家族、親類はありますか? 色々と書類を渡さないといけなくて……」
事情を知るわけのない若者が尋ねる。
「……おりませんよ」
ああ、いない、彼には誰も。
「……彼には身寄りもないし……家族は……震災で亡くなったんです」
「えっ……」
「自宅が全壊で……たまたま、早出の日で、彼だけが家に居なかったんですよ」
確かに私の知る最後の彼は、抜け殻だった。
−片桐さん、あの時ね、チビ子の、あの子の死にそうな声だけが聞こえてたんですよ。もうね、こんなことがあっていいのかと……
「娘みたいに可愛がっていた柴犬だけがなんとか生きていた、んだそうです。でも、その犬も彼の腕の中で……」
その手の中で消えた生命の火。彼の中で、その光は消えることなく焼きついたままだったのだろう。彼は、あの日、本当に何もかもを無くしてしまった。そして最後には自身の命さえも、こんな形で。 



「さようなら……」
見上げる空に、煙が上る。
彼は家族の眠る街で空へ還った。
たった一人の見届人となった私の手の中に残ったのは、私の名刺と、彼の息子の遺品。 

ふと見つめた、もう二度と動かない腕時計。 


指していたのは、 


1995年1月17日、午前5時46分。


6 :片桐 継◆otukWsrP :2007/04/28(土) 00:26:03 ID:n3oJmkuJ


お父さん! お帰りなさい!
ワタシね、いい子にしてたのよ! 

ねぇ、お父さん!

ほめて! ほめて! お父さん! 

-----------------------------------------------------終---


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