呪縛


1 :みつばち :2007/03/12(月) 00:14:42 ID:PmQHmAtm

うさぎ うさぎ


   なに  みて  はねる

 じゅうごやおつきさま


       みて



   は


       ね
      




            る


2 :みつばち :2007/03/12(月) 00:49:07 ID:PmQHmAtm



その日は、何事も変わらないいつもの朝から平凡に始まる。

「いってきまーす」

閑静な住宅街。
丘の上にたたずむその家々は、建売の家をいくつも作り人が住み始めたいわば開拓地。
お陰で同じような家々が軒を連ねていた。

その中の一つの家から、モスグリーンのブレザーにシャンパンゴールドのリボンを結んだ女子高生が上機嫌に出てくる。
目の上で切りそろえられた前髪、軽くなびくロングヘアは女の子らしさをさらに強調した。

これもいつもの平凡な光景。


彼女の名前は高辻あずみ。
この後、数奇な運命を辿るただの女子高生。

「おはようございます」
「あらあずみちゃん、おはよう」

こんなご近所さんとの軽い挨拶もいつもの平凡なこと。

「もしもーし、おはよう彩加」

鞄を片手に歩きながらケータイの着信に出ると、どうやら同じクラスの友達だった。
受話器から聞こえる彩加の声は甲高く外に漏れて慌てている。

「あずみまだ家出てない??私うっかり室内シューズ忘れちゃって電車乗っちゃって!!
 今から取りに帰ったんじゃ遅刻しちゃうの〜
 今日忘れるとやばいじゃん〜まだ家だったらあずみのもう一足貸して欲しいの!!」

早口でまくし立てる彩加にあずみはけろっとした顔で回れ右をした。

「ありゃ、今日はやばいね〜…大丈夫だよ、今家出たばっかりだから取りに帰るよ〜
 うん、大丈夫間に合うと思うし、じゃあね」

来た道を戻りながら電話を切る。
あずみの家から学校までは徒歩10分の距離だ。
そのため友達のたまり場になる事もしばしば、ちょうど良い忘れ物取り場の役目も果たすのだ。

電話が掛かってきたからすぐに引き返したためものの数分で家が見えてきた。
一瞬ケータイの時計に目を落とすあずみ。
大丈夫、余裕そうだ。と顔を上げて家に近付こうとすると…

なにやらスーツ姿の男があずみの家の玄関の前に立っていた。

(なんだろ、セールスかなぁ…?)

この時間ならば母が家にいるから対応してくれるだろうと思い、あずみはその男に声を掛けた。
「あの、なにか用ですか?私この家の娘ですけど」
とりあえず家の中に入らないと忘れ物を取りに行く事ができない。
玄関を開けて母を呼び、対応を任せようとノブに手を掛けた瞬間

「タカツジアズミ…?」

妙な発音だった。
まるでロボット…とまでは行かないが、言葉に上がり下がりがない一本調子な発音。
しかも男なのか女なのか分からない、くぐもったような声。
なぜセールスの男が自分の名前を知っているのか…

驚きと疑問の表情で男の顔をそっと見上げると
驚いた事に顔がない!
いや、性格には顔のパーツがないのだ。
のっぺらぼうとでも言ったら良いのか、口の辺りに変な切れ込みがありそこからシューシューと
域のような空気が漏れ、目・鼻は何も付いてはいない。
その代わりに顔面に大きく何か読めない漢字が書かれていた。

これで驚かないわけがない。
必然的に悲鳴が出るのが早いか、男に瞬間的にそれを封じられてしまった。

口を押さえられ、足は半分中に浮いている。
それを必死に抵抗しようともがくが、男の力は必要以上に強い。
声を出そうとしても喉が鳴る音しか出てこない。

「タカツジアズミ…タカツジアズミ…ヌシノメイニヨリ、シンデイタダキタイ」

また妙な発音の声。
しかしあずみにはしっかりと意味が分かった。

何がなんだか分からないが、この気味の悪い男に殺されてしまう。
この自宅の目の前で…
誰も気づいてはくれない…!!

スパンッ!!



空気を切るような音が耳を掠めた。
刹那、あずみを捕らえていたものが緩み、あずみはどさりと力が抜けたように玄関前に腰を落とした。
恐怖と驚愕と…いろんなものが入り混じる中あずみはずっと息が整わない。

「大丈夫ですか、あずみ様」


3 :みつばち :2007/03/12(月) 23:42:40 ID:PmQHmAtm

何が起こった?
訳の分からない化け物のような人間に羽交い絞めにされ、殺されかけた。
今でもハッキリと口の辺りを締め付けた腕の感触が残る。
あずみはカタカタと震える両肩を必死に押さえ何とか呼吸を整えようとする。

止まらない涙。
恐怖が頭を支配して、何も考えられなかった。

そこにだ、またも別の声がした。
しかし今度の声は妙な発音でもない、耳に馴染みのあるものだった。
確実に、年の近そうな男性の声。
だが今のあずみにその声の主を確かめられる気力も勇気もないのは一目瞭然。
逆に、どんな音にも震え上がってしまいそうな勢いだ。

「あずみさ…」
「いやぁぁぁあぁぁぁっ!!!!」

やっと口から出た音は、恐怖におののく悲鳴でしかなかった。無理もない。
声を掛けた男は、悲鳴により拒絶され、差し出しかけた手をまた元に戻すしかなかった。
そして深くため息をつくと、あずみを刺激しないように、ゆっくりと丁寧に話した。

「驚かせてしまって申し訳ありません。私はあなたを傷つけるつもりはありません…味方です。」

あずみを気遣っているのがとてもよく分かる、優しい喋り方だった。
その気持ちが分かったのか、ようやく震えを止め、涙目でそっと後ろを振り返り
声の主を確認した。

あずみの目に映ったのは、銀と透明な水面の色が混ざったような、
太陽の光が透き通るような髪の毛を首元まで垂らした、若い背の高い男性だった。
白のシャツがよく似合う…あずみは恐怖の残る気持ちの中で瞬時にそう思ったほどだ。

あずみと目が合うと男は、左手を自分の胸にあて、紳士のように深々とお辞儀をする。

その瞬間、あずみには時が止まったように思えた。
妙な気持ち。
あんな事があった後なのに、この人なら信用できそうな不思議な感覚。
そんなオーラを、彼は持っていたのだ。

あずみが一瞬見とれていると男が目を開き、再びあずみと視線を合わせるとフッと笑った。

「ようやく落ち着いたようですねあずみ様。私は矜持(きょうじ)と申します」
「あ…」

何か言おうとするが上手く言葉になってくれない。
何を言ったら良いのかも分からなく、あずみは矜持と名乗ったその男をただ見つめるしかできなかった。

「あずみ?どうしたのいきなり?何かあったのっ!?」

玄関の向こう側でバタバタと扉に駆け寄る母の声が漏れてきた。
あのあずみの悲鳴を聞きつけ心配した母が様子を見に来たのだ。

「あ、お母さんっ…」

ふいに聞きなれた声に安堵し、玄関の方に視線を戻す。
すると、矜持があずみの手を取り、そっとその甲に唇を触れた。

「忘れないでいてください、また近いうちにお会いいたします。」

不覚にも、いまさっき起こった恐怖の出来事が一気に吹っ飛ぶのではないかと思った。
あずみの顔がにわかに赤くなり、また、声が声にならない。
そんなあたふたした姿を可笑しく笑うように矜持が顔を緩めると、同時に玄関の扉が開き母が慌てた様子で飛び出してきた。

「あずみ、大丈夫!?」

玄関前でヘタリと座り込んだ状態のわが子に血相を変えて飛びつく。

「あ、あの…お母さんあのねっ…!!」

矜持の事をどう説明したら良いのか分からず、彼のいた背後を確認すると
そこに矜持の姿はなく、唇の触れた手の甲だけが妙に熱を放っていた。


4 :みつばち :2007/03/16(金) 21:13:19 ID:PmQHmAtm

疑惑



あずみの話を聞いてからの母親の行動は尋常ではなかった。

玄関のカギはしっかりと、いつもは閉めないチェーンまでも架け
窓と言う窓にカーテンをぴしゃりと閉めると、光の進入さえも許さないようだった。

あの後、血相を変えて飛び出してきた母親に
「妙な男に玄関で襲われた」と言う事を話すと、こういう結果になった。
よく考えなくても、母のやっている事は当たり前の行動だとあずみも思った。
我が子が襲われた、しかも自宅の目の前で・だ。
これで神経質にならない親はいない。

事件が起こってから約30分が経とうとしていた。
もうとっくに授業は始まっている時間だ。
ふと、彩加に靴を貸す約束をしていたのを思い出した…はっと時計に目をやると、とても間に合う時間ではない。
「彩加ごめーん…」
ポツリとつぶやいて、急いで彩加に謝罪のメールをプチプチと打ち始めた。

「それであずみ、玄関でスーツの男に口を押さえられて、それ以外は何もなかったの?」

リビングや二階、家の中を落ち着かないように行ったり来たりしていた母親が、ソファに座り込むあずみの隣にようやく腰を下ろした。

「う…うん、そう…」

あずみは目を逸らしてうなずいた。

あの、矜持と名乗った男の事はなんとなく話せずにいたのだ。
自分でもよく分からない。言っても信じてもらえないような気がした。
襲った化け物のような男の事も、声を上げたら逃げていったと言う事にしてある。

「さっき警察に連絡したらパトロール強化してくれるって言うから…しばらくは外に出るのはよしなさいね」
「うん、わかった…」

「何か暖かいもの入れるわ、飲む?」

ずっと目を逸らしたまま何かを考え込む様子の娘を母が気遣うが、あずみはあまり耳に入らない。
ソファの上で体育座りをして膝を抱え込んだまま、ずーっとどこかを見つめ呆とする。

まるで、リプレイ。
ついさっきの出来事が、いつまでも頭の中で再生されるのだ。

あの奇妙な声。
人間の力と思えない顔のない男。
助けてくれた、矜持という男。
そして、手をとってキスをする…

バッと、まだ顔が赤くなるのを今度はしっかりと自分で感じた。
何を不謹慎な…母にばれないように顔を膝の中にうずめると、背中を向けてすぐに立ち上がった。

「ごめん、ちょっと部屋に戻るね」
「そうね、そうしたほうが良いわ。またお昼に呼ぶから降りていらっしゃい」
「うんっ、分かったっ」

最後の方は言葉を吐き捨てるように、足早にリビングを去ろうとした。
すると、思いがけない母の言葉が背中から聞こえてきたのだ。

「ねぇあずみ、変な事聞くかもしれないけど良い?」
「…っ、なに?」

「あなたを襲ったって言う男、本当に人間だったの?」


一瞬、空気が凍ったかと思った。まさに。
予想外の母の一言に、リビングの扉に出しかけた手がピクリと止まった。
どういう意味だろう?
確かにあずみを襲ったのは、人間ではなかったかもしれない。
しかし、そんな事当の本人さえ未だに信じられない。
それなのに、後から駆けつけた母がこんな的を得た質問をしてくるなんて…。

あずみはぎこちなく母の方に顔を向けると、精一杯の苦笑いをした。

「意味わかんないよ、その質問…」

「そうね、ごめんなさい。ゆっくり休んで?」

一瞬の母の厳しいくらいの真剣な顔をあずみは見逃さなかった。
あんな母の表情、見たことなかった。
すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻ってくれはしたが、いつまでも張り詰めた空気は溶けないままでいた。


5 :みつばち :2007/03/16(金) 21:33:18 ID:PmQHmAtm

会話



事件が起こってから数時間。
太陽は真南を捉え、さらに日差しを増していた。

春を過ぎ、そろそろ初夏を迎えようとしているこの時期だがまだ少し肌寒い日が続く。

あずみの家から少し離れたとある駅の淵、ケータイを片手に誰かと話し込む矜持の姿があった。
駅の柱に持たれかかり、けだるそうに視線を落としてぽつりぽつりと対応していた。
あずみの前に姿を現した紳士的な態度とは、目を疑うほどに違っている。

「だから、接触はしましたよ。だけど邪魔が入りましたからね…えぇ、そうです。
今、彼らと顔を合わすわけには行きませんから。はい…」

矜持の話すケータイからはキンキンと響く声がかすかに漏れる。

『よいか?四神があの方の居場所を知ってしまった以上、そんな悠長な事は言ってはおれんぞ。
どんな手を使ってでもよい、四神の手にあの方が落ちてしまう前にこちらに渡してもらうのじゃ。
最悪・・・殺してしまっても構わぬっ!」

プツリ・と、電話の相手は一方的に話を終えてしまった。
ツー・ツーと、無機質な音の繰り返しをしばらく聞いてから矜持は忌々しげにため息をついて電話を切った。

さぁー…っと、冷たい初夏の風が吹く。
木々はざわめき、人々の視界を奪う。
次の瞬間、まこと風のように矜持の姿はどこにも見当たらなくなっていた。


6 :みつばち :2007/03/16(金) 21:54:39 ID:PmQHmAtm

助者



どれくらい眠ってしまっていたのだろう。
目が覚めると、あずみは自室のベッドの上で記憶を失っていた。

母が閉めたカーテンの隙間からはオレンジ色の西日が筋になって部屋に差し込んでいた。
母に呼ばれて昼食を食べたのは覚えている。
その後どうやら、いつの間にか眠ってしまい夕暮れ時を迎えたらしい。
妙な時間に眠った所為か頭がふらふらする。
おまけに妙な夢まで見た気分だ。

おぼつかない足取りで窓に向かい、外の明かりを取り入れようとカーテンをそっと引いた。


ギチギチギチギチギチ……


変な音がするのはカーテンの所為ではなかった。
ベランダに続く窓に、今度はバスケットボールほどの大きさの大きな蜘蛛が、びっしりと張り付いていたのだ。
その数、ざっと数十匹。
驚いたあずみはぞっとして思わず口から悲鳴を漏らす…のが遅かった。
蜘蛛たちは糸を巧みに操り、見事にあずみの部屋の窓のカギを開けるとものすごい速さで
あずみの四肢の動きを封じる・と共に口までもを塞いでしまった。

カサコソと部屋の中へ進入し、糸で捕らえたあずみの体を宙に浮かせるとその周りを覆いつくした。
今日は厄日だ、ありえない。
こんな出来事が一日に二度も合ってたまるものか。
もう、恐怖しか支配しない頭。
しかもまた、今朝聞こえてきたあの妙な発音の声が部屋中にこだました。

『タカツジアズミ・シンデイタダク・シンデイタダク』

無理やり目をこじ開けて蜘蛛を見下ろすと、やはり見覚えのある妙な感じが一体一体に書かれていた。
やはり、今朝あったあの男と同じ化け物らしい。
なんとか助けを呼ぼうと、せめて口に付いた糸だけでも振りほどきたいがそれさえも許してはくれない。
それどころか、四肢を支配する糸がさらに強さを増した。

(だれか…お母さんっ…お母さんっ…―――っ矜持さんっ!!)


スパンっ!!!!!


ふっと、風が耳元を掠めたかと思うと次々にあずみを捕らえていた糸が切れ、急にあずみは重力に引っ張られて床めがけて落ちた。

(おちるっ…!!)

ぎゅっと目を閉じて痛みに堪えようとすると、体がふわりと浮いて痛い着陸を免れた。

「大丈夫ですか、あずみ様」

目を開けると、そこにいるのは今日あったばかりの矜持。
見事な体勢で、落ちてくるあずみをしっかりと腕の中でキャッチしたのだ。

「危なかったですね」

にっこりと笑う矜持にまたしても顔が赤らむのを感じた。
キャッチしたあずみをすぐ脇のベッドにそっと座らせると余裕の構えで蜘蛛に向かった。

「すぐ片付けます。」


7 :みつばち :2007/03/28(水) 16:24:51 ID:PmQHmAtm

そう言うと矜持は何やらあずみには理解できない言葉を呟いたかと思うと
刹那部屋の中を銀色の風邪が走り、それに伴って蜘蛛達が舞い上がった。

「我 この言葉を成す彼の者に伝えん 白き獅子の嫉妬 浄翔っ!」

次の瞬間、いつも聞く「スパン」という音がしたかと思うと舞い上がった蜘蛛達の体が半分に割れ、
ヒラヒラと、紙吹雪の様に姿を変えて部屋の床に降り積もった。

まさに一瞬の出来事。
あずみは目を見開いて見ているだけだった。
紙吹雪が舞い散る向こう側に、翳むように見える矜持。
シャツの襟元の形を整え、ゆっくりとあずみの方に顔を向けるとまた、優しく微笑んだ。

もう、怖い・なんて気持ちはなかった。
ただただ、目の前にいる矜持に見とれるしかない。
やはり、こんな綺麗な男性を目の前にして、ときめかない女子などいないと、改めて思ったほどだ。

「お怪我はありませんでしたか?あずみ様」

「あ…はい、大丈夫…です」

まただ、今さっき恐怖を体験したところなのにすぐに顔が赤くなる。
あずみは、自分がどうかしてるのではないかと疑いたくなった。
赤くなった顔を見られないようにすぐに顔を下に向けるが、今度は胸の動悸も治まらない。

「あずみ様?本当にどこもお怪我は…」
「大丈夫っ!本当に、大丈夫だから…あの・・だから…」

一生懸命平静を装おうと必死になるがなかなか顔の赤さは戻ってくれない。
どうやら、いっぱいいっぱいになっているらしいあずみに気づくと、矜持はふっと笑った。
そしてすべるようにあずみの髪の毛を撫でて、あずみと目線が合うようにあずみの前に跪いた。

「何度も驚かせてしまいましたね、申し訳ありません。
 でも、あずみ様が私から逃げないで下さった事、本当に感謝いたします」

あずみの前で跪く矜持。
まるで、騎士と姫のような錯覚に陥る。
あずみもやっと、顔が赤いままだが矜持と眼を合わせることができた。
銀色の…瞳…。

なんとか少し落ち着いたあずみは少しだけ口を開いた。
それでも、重たくて重たくてしょうがない口。何を言ったら良いのか。

「あの、…どうして、私のこと…」

不安と、恐怖が入り混じる質問。
聞きたい事は沢山ある。
しかし、何をどう聞いたら良いのか良くわからない。
それを汲み取ってくれたのか、矜持がすっと立ち上がって少しだけ険しい顔をした。

「急に、いろいろな事がありましたからね。本当ならまずお会いしてお話を先にしたかったのですが…」

「回りくどい説明は結構よ。あずみは連れて行かせないから」

不意に別の声が部屋にこだまする。
声の主の方を向いてあずみは驚いた。
部屋のドアのところに立っているのは…あずみの母だったのだから。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.