守護月夜〜月の導く異世界エリキアル〜


1 :ユナ :2007/01/15(月) 13:57:12 ID:WmknPerL


そなたは自らの生きる『世界』を知っているか

異なる『世界』を信じるか

覚悟のある者

奥へ進むが良い


月がそなたを導くだろう……


2 :ユナ :2007/01/15(月) 21:08:38 ID:nmz3miVL

1. 導き

暖かな太陽の日差しのもと、やわらかな風がふわりと吹き抜けてゆく。
草花は気持ち良さそうに身を揺らし、小川では魚たちが優雅に泳いでいる。
穏やかな空気に包まれたこの国の名は、ケルアーク王国。
もう何年も戦とは無縁な平和が続いている、豊かな国だ。
それは国王が争い事を心から好まない事と、先人たちの遺していった遺跡とその遺志を大切にする風習が
主として招いた結果といえる。
ケルアーク王国には多くの遺跡があり、たくさんの学者が発掘やその調査を進めていた。
つい最近では、城からさほど遠くない場所で新たに遺跡が発見されたばかりだ。

「―――以上の事から、いつ落盤が起きてもおかしくない危険な状態であると判断し、遺跡内部の詳しい調査を行わず、
 一旦戻って参りました、陛下」
兜を脇に抱え一礼をした、騎士と思われる身形の男の前方で、豪華な装飾が施された椅子に腰を掛けている厳格そうな
男性が、微かに頷いた。頭には金色に輝く王冠がのっており、彼がこの国の王であることが一目で分かる。
「ふぅむ…ご苦労だった。それで、地盤の劣化にについて詳しく聴きたいのだが、それを発見した者は…?」
「それは、我が隊のユセ=ラレイドが逸早く気付いたのですが……」
男は語尾を濁した。
しかし反対に、国王は微笑んだ。
「あぁ、彼か。見付けたら来る様に伝えてくれ。では、下がって良い」
「は、ただちに!」
深く礼をし、急ぎ足で玉座の間を去っていく騎士の男。

それを見送る国王も家臣たちも、素早く城を出て行った者がいる事には誰一人気付かなかった―――


3 :ユナ :2007/01/16(火) 18:13:22 ID:nmz3miVL


城の側を流れる小川のほとりに寝転がり、青年――ユセ=ラレイドは、のんびりと気ままに流れてゆく雲を眺めていた。
片手には先程まで読んでいた、歴史に関する本を持っている。読み始めたばかりの物だが、もう半分近くは読み終わっていた。
「ふぅ……」
うとうととしてきたユセは、すぐ手の届く所に剣があることを確認し、目を閉じた。
(静かだ…)
ぽかぽかと暖かい陽気。
気持ちの良いそよ風。
川の流れる音。
鳥の鳴き声。

そして――――――――

「………」
ユセは目を閉じたまま静かに、ゆっくりと剣の柄に手を伸ばした。
風や川の音を遮り、人の足音が聞こえたからだ。忍ばせてはいる様だが、段々と自分の方へ近付いて来ているのが分かる。
(隊長…じゃないな)
国王に遺跡の調査報告をしている隊長が、ここに居る筈がない。自分を捜しに来たのだとしても、まだ少し早いだろう。
この国は確かに平和だが、だからといって気を緩め過ぎる訳にはいかない。
ユセは足音が側で止まった瞬間素早く起き上がり、同時に剣を抜いた。
「―――きゃあっ!」
「!――――っ姫!?」
慌てて踏みとどまり、剣を鞘に納める。
隊長以上に、ここに居る筈のない人物が、ユセの前に立っていた。


4 :ユナ :2007/01/16(火) 19:00:43 ID:nmz3miVL


「…何故こんな所に居るんです、姫」
剣を腰のベルトに戻すと、少し厳しい表情で訊ねた。
「えっと…お散歩!」
ユセの灰色の瞳に見据えられ一瞬怯んだが、姫は笑顔で言い切ってみせた。
「…随分と範囲の広いお散歩で」
何故か少し誇らし気なその笑顔を見て、思わず溜め息をつく。
そして読み掛けの本を拾い上げると、向き直って短く告げた。
「城に戻りますよ」
「え、ヤダ」
姫も短く即答し、ユセが次に何か言う前に言葉を続けた。
「せっかく出て来たのに、街に行かないなんて」
「あのな……」
微かに頬を膨らませた姫は、透き通る様な美しい浅葱(あさぎ)色の瞳でまっすぐにユセを見つめる。
その瞳は、街に連れて行って欲しいと訴えていた。
ユセは困った様に頭を掻く。
「…アンジェリカ姫、陛下が心配なさいます。戻りましょう」
「……ゆぅ君、お願い…」
「懐かし過ぎる呼び方しないで下さい。…ほら、行きますよ」
姫――アンジェリカの手をとり、有無を言わさず城へ歩き始める。
アンジェリカは一瞬何か言おうとしたが、大人しく付いて歩いた。グローブ越しではあるが、ユセの温かい手が心地良い。


5 :ユナ :2007/01/17(水) 09:35:34 ID:WmknPerL


ふと顔を上げた時、城の正門ではなく、裏門の方へ向かっている事に気付いた。
「ユセ…?」
城の裏側に着くと、ユセは木製の扉の前で止まった。
「抜け出してきたのに、堂々と正門から入る訳にもいかないでしょう。ここから自室へ戻って下さい」
(かんぬき)を外し、扉を開けてアンジェリカが中に入ったことを確認した後、言葉を続ける。
「俺はもう行きます。隊長の報告も終わってる筈なので」
「あ…待って、ユセ!」
「ん?」
軽く一礼をして去ろうとしたユセを、慌てて呼び止める。少し驚いた様な表情で、彼は振り返った。ちょっと声が大きかったの
かもしれない。そんな事を思いながら、アンジェリカは黙って待ってくれているユセを見た。
「えっと…新しく発見された遺跡の話を聞かせて欲しいの。お父様に報告しているのが少し聞こえて……」
(あぁ…なるほど)
ユセは心の中で呟いた。
どうやらアンジェリカは、陛下や家臣たちの注意が遺跡の報告へ向いている隙に城を抜け出して来たらしい。
しかし、幾つか疑問が残った。
歴史――特に遺跡や古代文字などが大好きなアンジェリカが、何故報告を聴かずに城を抜け出して来たのか。
街へ行きたかったのなら、何故わざわざユセの所へ来たのか…。
(まぁいいか)
考えても仕方ないと判断し短く息をつくと、今は少し不安そうに自分を見つめているアンジェリカに視線を移した。
「行けたら行きます。自室に居て下さい」
そう言って、ユセは微笑んだ。
途端に不安そうだったアンジェリカの表情が笑顔へ変わる。
向日葵の様に、太陽の様に明るい笑顔へ。
「待ってるね!」


6 :ユナ :2007/01/18(木) 13:51:17 ID:WmknPerL


嬉しそうに駆けて行ったアンジェリカの背が見えなくなると、ユセは苦笑した。
「行けたら、って言ったんだけどな。…まぁ行くつもりだけど」
呟いた後、扉を閉め溜め息をつく。

三歳年下の幼馴染であり、騎士として護るべきこの国の姫であるアンジェリカ。
彼女ももう十七歳だ。兄君のルイ殿下と同じ様に、政略結婚の話が出て来るだろう。

(少し…遠い存在になるんだな…)
そう考えると、複雑だった。
護るべき姫。
それと同時に、妹の様に大切な幼馴染。
護る為に騎士になった……その根本的な理由に、最近になってユセは気付き始めていた。
複雑な気持ちが脳裏に付いてまわり、再び溜め息をつく。
「……もっと強くならないと」
誰にともなく、小さく呟き、ユセは正門へ歩を進めた。


7 :ユナ :2007/01/23(火) 13:32:18 ID:nmz3miVL



「あ、隊長」
正門を通り抜けた所で、前方に隊長の姿を見付けたユセは思わず立ち止まる。
しかし、明らかに苛立っている様子の隊長もユセに気付いた。
「一体何処に行っていた、ユセ!」
「ちょっと休憩してただけです。それより調査報告の方はどうでしたか?」
何のためらいも無く平然と答え、ついでに聞き返す。
「その事でお前を捜していたのだ馬鹿者っ!陛下が呼んでいるぞ!」
「陛下が俺を?」
「地盤の劣化について詳しく聴きたいそうだ」
その言葉を聞いて、ユセは眉をひそめた。表情が変わったことに気付いた隊長が、訝しげに「どうした」と尋ねる。
「いえ…伝えてくれて有り難うございました、隊長」
まだ納得の出来ていない隊長を残し、ユセは玉座の間へ向かった。
(呼び出しか…長くなるかもしれないな)
すれ違う侍女に軽く会釈をしながらも、広い廊下を急ぎ足で進んで行く。あまり遅くなれば、アンジェリカの所へは行けないだろう。
そうなれば彼女はきっと傷付く。

大きな扉の前へ着くと、間も無く中へ通された。
「…お呼びですか、陛下」
「あぁ、よく来たなユセ。頭を上げなさい」
「…は」
国王に促され、(ひざまず)いて頭を下げていたユセはゆっくりと立ち上がった。
穏やかな表情の国王と王妃の視線が、自分に向けられている。我が子を見るかの様に、優しい目だ。
「地盤の劣化について詳しく聴きたいのだと伺いましたが…」
「その通りだ。お前が発見したのだろう?(いち)早く気付いたと、聞いているぞ」
「…はい、洞窟の入り口付近で地面に多数の(ひび)割れを発見致しました。あまり酷い(ひび)割れではなかったので、隊長には申して
 おりませんが…」
国王は深く頷き、続きを促した。
「洞窟内部へ入り、風化してわずかにしか残っていない壁画の調査を進めていく内、入り口付近で見たものよりも酷い(ひび)割れを
 地面や壁などに幾つか発見致しました。加えて一部軽い地盤沈下を起こしている箇所もあったので、危険と判断したのです」
説明を終え、ユセは息をついた。

この説明で満足しただろうか?
――いや、聞きたいのはもっと別の事だろう……


8 :ユナ :2007/01/31(水) 22:58:09 ID:nmz3miVL


「よく冷静に判断した。やはりお前の居る隊を調査に向かわせて正解だったな、ユセ」
「もったいないお言葉です」
嬉しそうな笑顔を見せる国王に、ユセは深く頭を下げる。
そして顔を上げた時、国王の隣の椅子に腰を掛けている王妃と目が合った。
慈愛に満ちた彼女の優しい瞳が、一瞬光った様に見えた。
「何か言いたそうに見えるわね、ユセ。…違うかしら?」
この方は侮れない。
下手な嘘は通用しないし失礼にあたる。
「……では恐れながら申させて頂きます。私をここへ呼び出したのは、本当に地盤の劣化について聞く為だけ(・・)ですか?」
「む…」
「何故そう思うのか、聞きたいわ」
王妃は微笑みを絶やさず、まっすぐにユセを見据えた。
それでもユセは顔色を変えない。国王が僅かに反応したことで、確信が持てたからだ。
「陛下は聡明でいらっしゃいます。地盤の劣化と聞けば、(ひび)割れがあったであろう事は容易に想像出来た筈。…その証拠に、
 陛下は『発見(・・)したのだろう?』と仰っているでしょう」
「むぅ…」
「……」
沈黙の中、ユセは一度も二人から目を逸らさず言葉を待った。
他に聞きたいことがあるのだとして、その内容には検討がつかない。
考えを巡らせていると、国王が口を開いた。
「全くお前には敵わないな…さすがルアンの息子だ」
「あなたがもう少しポーカーフェイスにしていらしたら良かったでしょうに…。正直な方ね」
満足気な国王と、その彼に困った子ね、とでもいう風に微笑む王妃。
しかしユセは何も言わず、ただ目を逸らした。
父の名が出た時点で、自分は試されたのだと分かった。
聞きたい事も、恐らくは無いだろう。
姫をあまり長く待たせる訳にもいかないという思いもあり、ユセは早く立ち去りたかった。
「ところでユセ」
我に返り国王を見ると、先程までとは違いどこか心配そうな表情に変わっていた。
薄い藍色の瞳が、ユセを見据えている。
「結婚は考えていないのか?」
「…………は?」


9 :ユナ :2007/02/07(水) 09:28:20 ID:WmknPerL

2. 秘密



俺の聞き間違いか?

陛下は今、何て言った?

けっこん……?


「聞けば貴族のご令嬢に結婚を申し込まれているそうではないか」
「それを何度も断っているそうね」
「好みではないということか?」
「それとも、他に気になる方がいるのかしら?」
王妃の瞳がキラリと光るが、ユセは呆然としていた。

(……何だこの状況…)

「ちょ…ちょっと待って下さい陛下、王妃様」
やっとのことで話を進めていく二人を止めに入る。
そして、恐る恐る今一番聞きたい事を口にした。
「何故そのような事を知っておられるのですか…?」
「何故って…国王だから?」
「もちろん、あなたのお母様(・・・)に聞いたのよ」


――――――噛み合ってませんよ陛下…


10 :ユナ :2007/02/11(日) 21:11:34 ID:nmz3miVL



『お前は私にとって息子同然だ。心配なんだよ』

『身近に親しい方がいるのね、きっと。あなたが本当に好きな方と結婚してくれると嬉しいわ』


ユセは窓の外を見つめ、ボーッとしていた。
太陽は美しく輝きながら、西へ沈もうとしている。
夕暮れは、一日の中で最も儚く感じる景色だ。

(結婚か…急に言われてもな)
玉座の間での会話を思い出し、溜め息をつく。
「…セ。…ユセ!ねぇ聞いてる?」
「ん?」
唐突に現実に引き戻されたユセは、声の主を捜した。
すぐに目の前に居るアンジェリカと視線が交錯する。彼女は頬を膨らませ、少し怒っているようだった。
今はわずかに吊り上っている眉は整っており、彼女の目を一層美しくしている。
「もうっ!ユセが来るの遅くて時間があまり無いんだから、ボーッとしちゃ駄目!」
そう言ったものの、心の中ではもう少し見ていたかったという気持ちの方が大きかった。
考え事をしている時の真剣な表情や本を読んでいる時の横顔、ぼんやり空を眺めている時、
そして何より――――

「申し訳ありません、姫」
微笑んだ時の優しい眼差しが、好きだ。
ユセが傍に居てくれるだけで、安心出来る。心が穏やかになっていくのを感じる。

ユセが好き…

私が…こんな身分でさえなければ……


11 :ユナ :2007/05/18(金) 22:25:29 ID:ncPiWAxL



「姫?どうかしましたか?」
「えっ!?あ、な、何でもないの!」
ユセに見つめられ、アンジェリカは慌てて首を横に振った。ユセはそんな様子を見て、からかう様に笑う。
「言ったそばから姫がボーッとしてどうするんです」
「わ、私は良いのっ!それよりユセ、あの…」
「ん?」

――――出来れば気持ちを伝えたい……でも…

「私…っ、け、敬語…ヤダ、な」
俯いて言うアンジェリカの言葉に、少し目を丸くする。
「そう言われましても…」
「ふ、二人きりの時だけ!…お願い」

――――せめて二人の時だけ…騎士と姫じゃなく、幼馴染みで居させて……

いつもと様子が違う事に気付いたユセは、騎士としてこの返答に困ったが、やがて静かに頷いた。
彼女の願いは、出来る限り叶えてやりたい。
「…じゃあ、二人きりの時だけな」
ホッとして顔を上げると、彼はにーっこり笑った。

あ、何か企んでる顔だ。

「その代わり、もう勝手に城を抜け出したりしないこと」
「え〜…」
「心配して言ってるんだからな俺は」
腕組みをし、むくれるアンジェリカに言い聞かせる。しかし彼女はまだ納得がいかない様だ。
「…私が‘姫’だからでしょ」
言ってすぐに後悔した。傷付けたかもしれない…いつも心配してくれるのはユセが優しいからなのに…。
目を合わせるのが怖くて再び俯いていると、軽い溜め息が聞こえた。
「何言ってんだか。今は幼馴染みとして話してんだろ?」
ゆっくりと顔を上げたアンジェリカに微笑みかける。
不安を消し去ってくれる、優しい眼差しだ。
「…うん、ありがとうユセ。元気出てきた!」
「どういたしまして」

二人が微笑み合ったその時――――――――――――――


12 :ユナ :2007/05/19(土) 18:16:25 ID:ncPiWAxL



「良いわねぇ、微笑ましくて」
嬉しそうに満面の笑みで入って来たのは、あろうことか王妃だった。
「お母様!?」
「王妃様!?」
ユセとアンジェリカは同時に叫んだ。それから慌てて少し離れた。
「あの…いつから、いらしたんですか?」
「そうね、『姫?どうかしましたか?』辺りからだったかしら」
ガクッと肩を落とすユセ。
ほとんど聞かれていたとは思いもしなかった…。
「あ、お母様、用があって来たのでは…」
「ええ、そうだけど」
アンジェリカが話題を変えると、王妃は真剣な表情になってユセを見た。肩を落としていたユセはそれに気付き、姿勢を正す。
「ユセ、この状況…分かっているわね?」
状況とは、任務でも緊急事態でもないのに騎士の身である者が姫の部屋に居ることを言っている。幼馴染みだからと言って許される事ではない。
それは重々承知の上だ。
「…はい。どんな処罰もお受けします」
そう言って頷くと、アンジェリカが止めに入った。
「だ、駄目!!処罰なんてしないでお母様!私がユセに頼んだの、遺跡の事を聞きたいって…」
「アンジェリカ、彼はもう立派な騎士です。貴女の頼みと言えど、この先皆の良い手本となるべき人間にこの様な行動は許されません」
反論の言葉が出て来ない。有無を言わせない、王妃としての威厳がそこにはあった。
「…納得しましたね」
アンジェリカに言い、王妃はユセに向き直った。
「処罰として、私から一つ任務を与えます。文句は言わせません」
「は。何なりと」
心配そうに見守る中、王妃は言葉を続けた。
「明日一日、例の洞窟遺跡を調査して来なさい。壁画の他にも何か遺されているかもしれませんから」
「え…それだけ、ですか?」
もっと厳しく罰せられると思っていたユセは、すっかり拍子抜けしてしまった。しかしそれを予想していたのか、王妃はニヤリと笑った。
「アンジェリカを同行させます」
「えっ!?」
当然、驚いたのはユセだけではなかった。平然と――楽しそうに?――しているのは、王妃だけだ。
「そ、それは危険です!!お受け出来ません!」
「あら、文句は言わせませんと言った筈ですよ。それに、貴方は『どんな処罰も受ける』と、言いましたね?」
「それは、確かに言いましたが…」
言い淀みアンジェリカの方を見ると、彼女は微笑み返してきた。遺跡に行ける事が余程嬉しいのだろう。さっきとは打って変わって、その表情は喜びを隠し切れていない。
「……分かりました。処罰ですから…」
納得はいかないが、ユセが折れるしかなかった。


13 :ユナ :2007/05/20(日) 13:54:41 ID:ncPiWAxL




翌朝二人は正門で待ち合わせ、ユセの愛馬――ローアに乗って洞窟遺跡へと向かった。ローアは(たてがみ)と尻尾が黒、その他は栗色の美しい馬だ。
頭も良く、ユセによく懐いている。
「着きましたよ、姫」
ローアを止め先に降りたユセは、アンジェリカの手を取って降りるのを手伝った。些細なことでも、アンジェリカにとっては嬉しい。
「…ご機嫌ですね。あ、足下に気を付けて下さい」
洞窟に足を踏み入れながら、鼻歌でも歌い出しそうな彼女に苦笑する。しかし、ふとある事に気付いた。
「どうしたの?」
「いえ、敬語は嫌だって言うかと…」
思った事を口にすると、アンジェリカは頷いた。
「本当は、普通に話したいよ?けど…その所為(せい)でユセがまた処罰を受けたら、その方が嫌だから…」
我慢しないとね、と笑う彼女は、本当に楽しそうだ。


14 :ユナ :2007/06/23(土) 00:19:44 ID:ncPiWAxL



一方、城では王妃とアンジェリカの兄であるルイが話していた。
「よく遺跡に行くことをお許しになられましたね。アンジェリカ、随分と上機嫌でしたよ」
言いながらルイは、くすくすと思い出し笑いをした。
「ユセと二人で行かせたんですもの、喜びを隠し切れないのも無理はないわ」
「え、二人だけ…なんですか?てっきり他の騎士も一緒かと」
意外な言葉を聞いて驚くルイを尻目に、王妃は不適な笑みを浮かべた。それを見て、何となく意図が分かったルイは思わず溜め息をつく。
「…図りましたね」
「だって、城から離れた場所で二人きりにすれば少しは進展するかもしれないでしょう?陛下と私の親心よ」
(ユセが知ったら何と言うか……)


15 :ユナ :2007/08/12(日) 21:53:06 ID:m3knremk


当然何も知らないユセとアンジェリカは、壁画をある程度調べ終わり、奥へと進んでいた。
「ねぇ、ユセ。先日はどうして奥へ進まなかったの?今はこうして進んでいるのに」
ランタンを持って前を歩いているユセは、振り向いて少し遅れているアンジェリカが追い付くのを待ってから答えた。
「前は人が多かったからですよ。緩んだ地盤が、どこまで重みに耐えられるか分かりませんでしたから」
「二人なら大丈夫?」
「そうですね…まだ大丈夫みたいです」
そこまで言うと、ユセはまた先に歩き始めた。その背中を見ながら、アンジェリカは首を傾げる。
奥に進みだしてからというもの、ユセの様子がおかしい。どんどん先に進んで行っては、時折今の様に待ってくれて、追い付けばまた先に進んで行ってしまう。
その繰り返しだ。
アンジェリカはふと今の会話を思い返し、ある事に気付いた。
(あ…)
ユセは先に進んで、地盤が重みに耐えられるかを確認しているのではないだろうか。だから前や隣を歩かせないように、歩く速度も少し速くしている。
真意は分からないが、それでもアンジェリカは嬉しくなった。
「どうかしましたか?」
少し離れた場所で待っていたユセは、笑顔で駆け寄って来たアンジェリカを見て首を傾げながら尋ねたが、彼女は何でもないよ、と言ってにっこり笑った。
詳しくは分らないが、何か良い事があったことは確かだ。
彼女は顔に出るタイプの為、分かり易い。


16 :ユナ :2007/08/26(日) 22:23:53 ID:m3knremk


「あれ、少し広くなったみたいね」
辺りを見回して、アンジェリカが言った。今まで進んで来た道よりも幅が広くなり、その代わり頭上は低くなっている。
「随分進みましたからね…。ちょっとそこを見て下さい」
ユセに言われ、ランタンに照らされた所へ近付くと、そこには膝の高さ程の石が立っていた。壁画などと同様に風化してしまっているが、よく見ると何か刻まれて
いることが分かる。
アンジェリカはハッとしてユセを振り返った。
「これって…石碑!?」
「えぇ、ただの石にしては形が整っているし、文字と紋章の様なものもあるので…恐らくはそうでしょう」
ユセはランタンを置き石碑の前に膝をつくと、じっと何事か考え始めた。
真剣な表情だ。
集中力を妨げないよう、アンジェリカは静かに待つことにする。二人が口を閉じると、その場はたちまち静かな空間へ戻った。
外の音は聞こえない。

人に発見されるまで、遺跡はずっとこの静寂に包まれて眠っていたのだろうか。

(真剣な眼…こんな風に、遺跡を調べてたんだ…)
「姫」
「は、はいぃぃ!!?」
「……姫?」
思わず見惚れていたところへ急に振り向かれ、動揺と恥ずかしさで変な反応をしてしまった。……と、いうことなど知る由もないユセは、ただ呆気に取られて
アンジェリカを見つめた。
「えっと…疲れましたか?」
「な、何でもないの!大丈夫、大丈夫です!!」
(すっげぇ動揺してる…)
やっぱり分かりやすいなと思いながらも、とりあえず本題に入る事にした。
「大体は解読できたので、読みますよ」
その言葉で、ようやく我に返ったアンジェリカは、石碑とユセを交互に見た。
「え…もう解読したの!?」
「短い文章だったので」
本人はごく普通の事だと言わんばかりの表情をしているが、たった数分間で解読出来るほど古代語は簡単なものではない。多くの考古学者が解読に苦労している
複雑な文字だ。
「やっぱり頭良いなぁ…」
「そんな事ありません。とにかく、読みますよ」
キッパリ否定することないのに、と思いながらアンジェリカは頷いた。それを見て取り、ユセは解読した文を読み始めた。


そなたは自らの生きる『世界』を知っているか
異なる『世界』を信じるか
覚悟のある者
奥へ進むがいい

月がそなたを導くだろう…


17 :ユナ :2007/08/31(金) 18:20:53 ID:m3knremk


「世界…?」
「何を意味しているのかは、残念ながら分かりませんが…」
ユセは紙と羽ペン、インクを取り出し、解読した文章を書き写しながら言葉を続けた。
「まだ奥へ続いている可能性がある事は分かりました」
「この先に、まだ何か……」
ドキドキする。
この先にまだ何かが待っているのだと思うと、好奇心が抑えられない。

(これより奥か…危険性と引き返す時間を考えると、ここまでにしておくべきだな)
「姫、今日は」
「早く進もう、ユセ!」
引き返そうと伝えるより先に、アンジェリカは歩きだしてしまっていた。その表情からは、好奇心に駆られていることが容易に分かる。
このままでは、どんどん先に行ってしまうだろう。


―――――まずい…!


入口から随分進んだこと、そして(ひび)割れの度合いや風化の程度から考えても、この先は劣化が酷くなっている筈。
もしも辛うじて耐えている地面に不用意に足を踏み入れれば、危険だ。
「姫……っ!!」

引き止めようと駆け出したユセの目の前で、恐れていた事態が起きた。

アンジェリカの足下に向けて、どんどん深い亀裂が入っていく……そして、彼女の手を掴んだのと同時に地面は音を立てて崩れ、二人は奈落の底へ呑まれていった……―――――――


18 :ユナ :2007/09/24(月) 20:36:59 ID:m3knremk



真っ暗やみの中。
何も見えない。
感じない。

死んだかな。ぼんやり、そう思った。

何も、聞こえない。
いや、遠くで何か聞こえる。話している…?





――――――――――――――なんだ、もう降参かチビ介?



誰だ……



――――――――――――――稽古はまだまだ、これからなんだがな



あぁ…そうか、あの時の……



――――――――――――――まさか、諦めたりしないだろ?



「…………」
ユセはゆっくりと目を開けた。
視界がボヤけ、よく見えない。しかし何度か瞬きをすると、段々はっきりしてきた。仄暗い中に、ゴツゴツした岩の天井が見える。
頭が働かず、しばしそれを見つめていたが、ふと自分が何かをしっかり抱き締めていることに気付いた。
「アンジェリカ……?」
彼女は静かに目を閉じている。
ユセは突然、地面が崩れ落下したことを思い出した。慌ててグローブを外し、彼女の口元に手を近付けた。
…息はある。
目立った外傷も無く、ただ気を失っているだけのようだ。
「良かった…」
ホッと安堵し、起き上がろうとした、その時…
「――――痛っ…!?」
途端に右肩を鋭い痛みが襲った。その痛みで、一気に目が覚める。どうやら落下した際に強打したらしい。
体中がズキズキと痛む。
(死ななかっただけ、マシか)
アンジェリカをそっと寝かせ、痛みを堪えながら何とか立ち上がる。状況を把握する為に辺りを見回すと、天井から差し込んでいる一筋の光を見付けた。
彼らが居る場所が仄暗いのは、この光のおかげだ。
「ん…?石碑…か?」
光の筋の向こうに石碑の様な物が見え、ユセはゆっくり近付いた。しかし、途中でピタリと足を止める。
泉が行く手を阻んでいた。


19 :ユナ :2008/01/04(金) 20:58:03 ID:m3knrePA


水面を見つめるが、暗くて深さは測れない。
(調べたいんだけどなぁ…)
ユセは残念だなと軽く溜め息をついた。アンジェリカにも他の考古学者達にも負けないくらい、彼も遺跡が好きなのだ。
「う……うぅん…」
「姫っ―――!」
微かに呻く声が聞こえ、駆け寄ろうとユセは振り向いた。


――――――――え…?


戸惑いながらも、もう一度石碑の方を見る。細い光の向こうにある石碑は、やはりぼんやりとしていて、そこに有るということが僅かに感じられる程度だ。
(けど、確かに…)
一瞬、石碑が見えた。いや、石碑に描かれている紋章が頭をよぎった、と言った方が正しいかもしれない。全く見覚えのない筈なのに、驚くほど鮮明で、ずっと前から
知っていた様にさえ感じる…


三日月を仰ぐ、翼を広げて向かい合った二羽の鷲――――…


20 :ユナ :2008/07/22(火) 16:04:17 ID:WmknPmLH


* * *


窓の外に広がる穏やかな景色を眺めながら、アンジェリカは何度目かのため息をついた。
彼女が今居るのは私室―――ではなく、場内で気に入っている場所の一つである資料室だ。いつもなら沢山の書物が並び、古書
独特の匂いに包まれているこの空間で、まだ見ぬ遺跡へと思いを馳せるのだが、今日は違う。
アンジェリカは昨夜、ユセと共に遺跡から帰る道中、慣れないことをしたせいか疲れて眠ってしまったことを、悔やんでいた。
目を覚ましたのは、朝。

そして、その時にはもう――――――……

「元気がないな。ユセが居なくて淋しいってところか?」
「―っ!もう…驚かさないで、ルイ兄様!」
アンジェリカは振り向き、いつの間にか入ってきていた兄に膨れ面をしてみせる。昔から神出鬼没なんだから、と文句を言えば、彼は
少し笑い、悪かったよと謝った。本当にそう思っているのかは謎である(――もっとも、この場に居ない幼馴染(ユセ)が相手だった場合はまた
違うのであろうが……)。
しかしアンジェリカも本気で怒っている訳ではなく、つられたように小さく微笑んだ。
「ユセはすぐ戻ってくるさ。調べたいことがあって帰っているだけだからな」
そんな妹に満足そうに微笑んだ後、ルイは彼女の向かい側に腰掛けた。そして何事もなかったかのように話を続けた。アンジェリカも慣れて
いるのか、少し間を置いた後静かに答える。
「知ってるの、調べものの為に帰っていることは…。朝から侍女たちが話してるもの」
ユセは侍女たちに人気がある。その為、ユセの話題を耳にすることは多い。彼の人柄や容姿などを考えると不思議なことではないのだが、
想いを寄せる者としては多少なりと複雑に感じてしまう。
当人が自分へ向けられる好意の視線に全く気付いていないともなれば、不安は募るというもの……。
起きて一番にしようと思った彼の無事の確認や謝罪、お礼が出来なかったことも手伝い、アンジェリカは再び長いため息をついた。
(んー…なかなか重症だなぁ…)
ルイもまた、やれやれ…と人知れず小さなため息を漏らすのだった…。


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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