第4回!GAIAクリスマス企画


1 :ありか :2007/12/24(月) 00:00:56 ID:ncPiWczA

 はい、初めての人は『初めまして』
 1年ぶりの人は『お久しぶりです』
 
 と、言うわけでここは題名どおりの場所でございます。
 小説ラウンジの方で募集していた、GAIAクリスマス企画の作品を、ここに展示したいと思います。

 子供役で参加した皆様!おまちどおさまでした!
 サンタ役の皆様!ありがとうございました!
 何となくここを覗いた皆様!どうぞご自由に観覧して下さい!
 「なにこれ?」と、思った皆様!まずは小説ラウンジへ行ってみて下さい。ちょっとした説明はそこにあります。

 では、12月24日。
 心を込めて、皆さんに『Merry Christmas!』
 サンタさん、どんどん書き込んでいって下さい!


2 :夕咲 紅 :2007/12/24(月) 06:57:38 ID:P3x7YnVk

いちろー

「いっちー。いちさん。いちたろー」
 グラウンドでは、寒さに負けず半袖ユニフォームに身を包み、これでもかって言うくらい大きな声で叫ぶ野球部や、それが音楽だとは到底思えない様な不協和音を奏でる吹奏楽部の練習演奏をBGMに、俺の目の前の席に座る少女はぶつぶつと何かを呟いている。
「いちすけ。いちのん。いちぷー」
 今、この教室には俺と目の前の少女しかいない。電気がついてないせいか、教室の中は明るいとは言えない。ただ、窓から夕焼けの陽射しが入り込んできているおかげで、暗いと言う程でもない。
 少なくとも、目の前にある顔がハッキリと見えるくらいには明るい。
 藤堂 恵梨香――この少女の名前だ。少しだけ脱色して茶色の混じったショートの髪が、こいつの活発性を良く表している。一度考え込むと自分の世界に入るクセがあるが、頭は悪くない。むしろ成績は俺より良い。
 ……結構悔しいんだよな。
「いちえもん。いちじく。いちのすけ」
「おい」
「やっぱり、いっちーが無難かなぁ?」
「おいってば」
「ねぇ、どう思う?」
 俺の呼びかけなど無視して、自分の思考を繰り返した後にそう聞いてきた。
 ったく、少しは人の話を聞いて欲しいもんだ。
「ちょっと、聞いてる?」
「……それは俺のセリフだ」
「え? 何が?」
「……何でもない」
 こいつに何を言っても無駄だ。いや、そんなことは分かってたさ。それでもさ、一応俺にも主張したいことがあるわけで……
「それで、どれが良いと思う? わたしとしてはいちじくとか面白くて好きなんだけど」
「今後一度でもそう呼んでみろ。二度とお前の言葉には返事しないからな」
「えー! それはちょっとヒドイんじゃないかな?」
「人のことをいちじく呼ばわりするお前の方がヒドイわ!」
「それはいちじくが可哀相だよ!」
 俺がいちじくと同列視されるのを嫌がるのが可哀相ってことは、俺の方がいちじくよりも下ってことか?
「それはマジでヘコムぞ……」
「よしよし」
 なんて言いながら、うな垂れている俺の頭を撫でてくる恵梨香。
 子供扱いされるのはちょっとアレだが、意外と気持ち良いから止めろとは言わない。
「ところでな恵梨香」
「なぁに?」
 俺の呼びかけに、頭を撫でていた手が止まる。
「いちたろーって、ほとんど変わらない上にそういうソフトがあるから」
「ダメ?」
「ダメ。それといちえもんといちのすけもな」
「えー、何で?」
 物凄い不服そうな顔をしやがる。
「当然だろ。元の名前より長いとか意味ないから」
「そっかなあ……」
「そうなのっ」
 まったく。こいつは何を考えてるんだか……
「じゃあさじゃあさっ、いちのんは? 可愛くて良いと思うんだよね!」
「俺のこの顔に可愛さを求めるなよ?」
 自分で言うのも何だが、俺の顔は結構強面だ。造りは悪くないと自覚しているが、常にぶすぅっとした表情をしていると周りから言われる。普通にしてるだけなのに「怒ってる?」と聞かれたことが何度あったか……
 いや、まあそれは良い。
「もうっ、ワガママなんだからぁ」
 そんな風に言いながら、少しだけ上げられた俺の額にデコピンをかます恵梨香。
「イタ――くはないな」
「じゃあもう一回」
「それは嫌だ」
 再びデコピンの構えを取った恵梨香を牽制する様に、俺はきちんと身体を上げ恵梨香と向かい合う。
「納得出来ないなら、自分でも考えてみたら?」
「それも微妙だろ」
「……ホントワガママなんだから」
 そんなことはない。と思う……
「それじゃあねー……いっちゃん。いー。いーたん」
 ボキャブラリーがあるんだかないんだか分からないな。
「いーこ」
「俺は女か」
 誤った方向にいきそうだったのをすかさず止める。恵梨香はまたもや不服そうに頬を膨らませたが、それ以上変な方向に行ったら今度は俺が不服になる。
「やっぱりワガママ……」
「もういいっての」
 そう言って、俺は恵梨香の頭に軽くチョップをかました。
 ――割と良い音がして、ちょっと気持ちよかった。
「……痛い」
「それは悪かったな」
 と、あまり感情のこもってない声で言う。だって、そこまで痛くないだろう。
「誠意が感じられなーい」
 そりゃあ、ないもんは感じられないだろうよ。
「いっくんのバカ」
「誰がいっくんだ?」
「じゃあいっこ」
 ペチッ。
 今度は額を叩く。やっぱり良い音がした。
「うぅ……」
「子とか美とか、そういう終わり方は止めろ。頼むから」
「えー」
「いや、マジで頼む」
「人にものを頼む態度じゃありませーん」
 ぐっ……まあ確かに。
「チョップしたり額を叩く人の頼みなんか聞きたくありませんー」
 うっ……
「ごめん」
「ふーんっ、だ」
 本気で頭を下げた。でも恵梨香は取り合えってくれない。意外と執念深い奴だ。
「悪かったって」
「許さないもんっ」
「どうしたら許してくれる?」
「……キスして」
「え?」
 何言ってんだ、恵梨香の奴。
「キスしてくれたら許してあげる」
「ここ教室だぞ……」
 しかも、もう直ぐ部活に勤しんでた連中が戻ってくる頃合だ。
「キスしてきれなきゃ許しませんっ」
 いや、したくないわけじゃないけどさ……
「人来たらどうするんだよ?」
「キスくらい皆してるでしょ?」
 そうかもしれないけどさ。他人に見せるもんでもない。
 ……しょうがないな。
「恵梨香」
 優しくその名を呼ぶ。恵梨香がこっちに顔を向けたと同時に、恵梨香の顔を両手でそっと包む様に押さえる。
 一瞬、目が合った。だけど、直ぐに恵梨香は目を閉じて――
 俺は、恵梨香の唇に自分の唇を押し付けた。
「……それだけ?」
 直ぐに離したその軽いキスに対し、恵梨香はまたも不服そうな――それでいて物足りなさそうな表情を浮かべた。
 可愛い奴だ。
 本気でそう思う。
「これ以上したら、俺が我慢できなくなるからな」
「それって……」
「続きは帰ってからってことで」
「そうだね。いちろーのあだ名を考えるのは、その後にしようか」
 どうやら、恵梨香も期待してるらしい。
「そんなのはいつでもいいよ」
「ダメだよ。いちろーのあだ名は優先順位2番目だからねっ」
 やけに嬉しそうな笑顔で、ビシッと人差し指をこっちに向けてくる。
「はいはい。分かりましたよ」
 その笑顔があまりに眩しくて、照れ笑いを誤魔化す為にそっぽを向く。
「それじゃあ、はやく帰ろっ」
「そうだな」
 腕に抱きついてくる恵梨香を横目に、机の上に置いていた鞄を手に取る。
 恵梨香はいつの間にか自分の鞄を持っていた。抜け目ないな。
「いちろー、好きだよっ」
 そう言って俺の頬にキスをする恵梨香。
 ああもうっ! 今すぐ抱きしめたいくらいだっ。


 佐伯 一郎。18歳の高校3年生。
 一郎なんて名前のせいか、生まれてから一度もあだ名で呼ばれたことがない。
 そんな話を彼女にしたら、「じゃあわたしが考えてあげるっ」なんて言い出した。
 そんな放課後の一幕。
 結局俺のあだ名は決まらなかったけど……
 恵梨香が呼んでくれるなら、余程変なのじゃなきゃ何だって良い。一郎って名前も、正直好きじゃなかった。だけど恵梨香が呼んでくれるから、いつからか好きになってた。

「いっくん」
「だから……ん……」
 家に向かって歩く途中、それでも体裁を守って文句を言おうとした瞬間、恵梨香がキスをしてきた。
 どうやら、いっくん≠ェ気に入ったらしい。
 恵梨香がそう呼んでくれるなら、きっと俺も好きになれる。
 少しだけ背伸びして俺の唇を塞ぐ恵梨香の姿が、いつも以上に愛しくて――
 俺はそっと恵梨香の身体を支え、彼女のキスに応えた。

 雪は降ってない。
 だけど、それでも十分に寒い。
 そんな中、恵梨香(愛しい人)の温もりだけは、いつも以上に暖かなものに感じられた……


 『夕咲サンタから雨一さんへ』


3 :akiyuki :2007/12/25(火) 00:21:31 ID:VJsFrmQG

邪視・前編



 邪視

 邪視(じゃし)は、世界の広範囲に分布する民間伝承、迷信の一つ。 悪意を持って相手を睨みつける事によって、対象となった被害者に呪いを掛ける事が出来る。(イビルアイ:evil eye)、邪眼(じゃがん)魔眼(まがん)とも言われる。
 様々な人種の間で邪視に対する信仰は形成されている。また、邪視、邪眼はしばしば魔女とされる女性が持つ特徴とされ、その視線は様々な呪いを犠牲者にもたらす。
 一方で邪視は不吉なパワーを秘めていると信じられている。邪視によって人が病気になり衰弱していき、ついには死に至る事さえあるという。

                                Wikipediaより



1、
 中学1年生の時である。私はひき逃げの現場を見たことがある。
 横断歩道のないところを渡ろうとしていたおじいさんを、普通に走っていた車がぶつかった。
 唖然としている私の前で車は急発進して立ち去った。
 おじいさんはビデオの一時停止でもかかったかのように表情が固まったまま、アスファルトの上に寝そべっていた。誰かがかけよる。
 私は、足が地面に張り付いたように動けなかった。
 動揺したのもある。けれど、一番の原因は、そこで、ありえないものを見てしまったことなのだと思う。


 車がおじいさんにぶつかって急停止して、何秒くらい時間があったのだろう。
 その短い時間の間に、突然、車が何かに包まれた。その何かを説明する手段を、私はいまだに知らない。ただ、今までの人生でも、それに該当するものが未だに見つからないでいる。おそらく、そんなものはないのだろう。
 あれは、この世のものではなかった。その何かは車の中に入り込み、運転していた人の中に入り込む。入り込んだ後、運転手は突然車を発進させた。
 この世のものでない色をしたそれにとりつかれた人は、一瞬迷った後に逃げることを選んだ。

 私は、怖くて動けなかった。

 人だかりができて、おじいさんを介抱する人々。
 私は動けずにいた。また、見えてしまったのだ。
 おじいさんの体を、また包むものがある。眼をこらしたけれど、何かわからなかった。
 けれど、一つだけわかったこと。あれは、視てはいけないものだ。
 だって、みんな、この場にいる大人も子供も、それが見えていないのだから。


 怖くて、おぞましくて、急に私は、世界に一人ぼっちになってしまったような気がした。





2、
 清水友礼(しみずとものり)という男のことは、俺にもよくわからない。
 健康体のはずなのに妙に青白い肌をした、眼鏡の男。でもどうやら視力は悪くないらしい。なんで伊達眼鏡なんてしているんだと聞いた事もあるが、笑ってごまかされた。
趣味は読書。成績も全国順位で数えられるくらいによく、物静かで、人当たりのよいが、どこか近寄りがたい雰囲気のせいかいつも一人でいるという、文化系完璧超人だが、噂では中学時代に教室で暴れて頭から血を吹いただの、同級生の女子に手を出して田舎に帰らせただのという話もある。
 同じクラス何故か俺のことを気に入ったらしく休み時間になると向こうの方から寄ってくる。そのくせ放課後になると一人でさっさと帰り、何をしているのかは知らない。
 友礼という名前を最初に知った時、読み方のわからない俺は「ユーレイ?」と口にしてしまった。こいつは笑って「いいですね。じゃあ僕のあだ名はそれでいきましょう」などと言った。
 本当に、変な奴だ。

 そして、何より。俺を怖がらない。
 
 本当に、変な奴だ。






祥瑞(しょうずい)! おきな」
 部屋に入ってきた姉貴に布団を引っぺがされて、俺は文句を言いながら体を起こした。
 時計を見た。そんな時間じゃないだろう。恨みがましく姉貴に口答えする。
「いや、まだ早いって」
「ったく、あんたは朝っぱらからそんな眼つきを悪くして。今日は補習ある日でしょが」
 うっかり忘れていた。
 冬休みに入る前から俺のクラスでは冬季補習が始まる。センター試験まで後1ケ月。それに向けての対策らしいが、随分と遅い取り組みである。俺でさえ、もう1ケ月前からはじめている。……まあ、友礼に誘われてだけれども。しかし
「なんで姉貴が俺の学校の用事を知ってんだよ」
「ユーレイ君が昨日教えてくれたのよ。どーせあんた忘れてるだろうからって。まったく、同じ受験生なのにどうしてこうも違うのかね」
 そんな気を利かせなくてもいいのに。しかし時計を見て慌てれば時間ぎりぎり間に合うことがわかると、そうも言ってられなくなった。
「やっべ」
「祥瑞、朝飯」
 時間がない。
「ったく、そんな年頃から朝食抜くなんて」
「姉貴が健全すぎんだよ」
 そんな健全な姉貴に見送られて、俺は家を出た。


 しばらく走ってみたが、寝起きの体にはきつく途中ですぐに諦めた。
 前方を歩いている男を確認すると、遅刻しないことがわかったからだった。
「友礼」
 声をかけると、そいつは振り返り、俺を見つける。
「おはようございます。祥瑞さん」
 白いながらも活力はある肌をした細身の男が、笑顔でこちらを向いた。
「よう」
「早いですね。遅刻すると思っていたのに」
「誰かさんが手を回してくれたおかげでな。それにしても補習か、面倒だな」
「面倒ですね」
 しかし、少しも面倒そうな顔をしていない。
「まあ、お前くらい頭がよかったら早起きってだけなんだろうな」
 ぼやいてみたが、友礼は少し笑っただけだった。
「ああ、朝ごはん抜きましたね」
「なんでわかる」
「眼が、そんな感じです」
 どいつもこいつも。




 学校に着くと、玄関に人だかりができていた。
「なんだ?」
 皆補習の為に早起きしている三年生だろうか。何をみんなで見ているのだろう?
 俺はその人だかりに向けて一歩足を進めて、そして




 隣の友礼の肩を掴んだ。
「友礼。行くな」
 不思議そうな顔でこちらを向く。しかし、俺の顔を見ると、理解したのだろう。
「あまり、いいものがあるわけではないようですね」
「ああ、いいもんじゃない。お前も関わらないようにしよう」
 すると、人ごみの中の一人が、振り向いた。そして、俺達を、というか、友礼を見た。
「あ、ユーレイ」
 こいつは人気があるからなあ、などと思いながら、俺は友礼の顔を見た。いつも通りのにこやかな顔だった。
「おはようございます。これは、何があったのですか?」
 するとそいつは表情を余計に暗くし、吐き捨てるように言った。
「猫が、死んでるんだよ」
 友礼はあまり表情を変えず(笑みだけは消して)そうですか、と言った。
「あまり、いいものじゃありませんね。では遅刻しますし行きましょう」
 おいおい、と思わずツッコミそうになった。
 結構淡白な奴だなと思いながらも、しかしわかる。こいつは俺に気を遣ってくれている。つまり、あの人ごみの中には、猫の死体があると。確かに、そんなものを見に行こうなどと言うのはおかしい。しかし言い方と言うものがあるだろうに。
 俺が何かを言うより前に、友礼は歩き出す。俺も、大して反論できるような材料があるわけでなく、ついて歩く。
 しかし問題があった。
 人ごみのできているのは、玄関靴箱の前。
 俺が自分の靴を靴箱に入れて教室に向かって歩くには、どうしても人ごみの間を通らなければならない。
 どっちにしろ、それを見ないと補習を受けることはできないのだ。

 歩き出してからそれに思い至り、どうしようと思っていると、人ごみの横を通る。
 見たくないのに、俺は気になって、見てしまう。







 猫が、いた。





 口に出したくないような死に方をした猫である。
 
 俺は朝食を食ってなくてよかったと思った。
 友礼はぴくりとも表情を変えず、行きましょうと言って俺を急かした。
 そうだ、そんなじろじろと見るものじゃない。
 友礼も、少し強引なくらいに俺を連れて行こうとした。俺がこういうことに敏感だから、気を遣ってくれて、歩いて
 そして俺は猫の死体の前に舞い戻っていた。


 遠巻きに眺めていた奴らが、俺を見て顔を青ざめた。
 昔から、眼つきがひどく悪い。そんな奴が目の前に現れて、そして、自分達のしていることがばつが悪かったのか。誰も俺とも眼を合わせようとしなかった。
 別にそれでよかった。
「祥瑞さん」
 静かな声が、後ろからした。友礼は俺の気持ちをわかってくれたらしい。
 
 眼の前にあった猫だったものは、それは無残な死に方をしていた。誰かがわざと傷つけて、学校に持ってこなければ、こんなところにはないというような死に方だった。
 確かな形として悪意が残ったそれが、俺には耐えられない。

 誰かがうわあと言った。
 俺が、猫を拾い上げたからだろう。
「死体は雑菌だらけだから、直接触るのはよくないですよ」
 友礼はまた見当違いなアドバイスをしてくれた。
 俺は、猫を持って歩き出した。
 人ごみが俺の行く方向に向かって割れる。後ろからは、友礼が二人分の鞄をもって歩いてきてくれた。
「目立つことを、しますよね。そんなの先生か誰かに任せたほうがいいのに」
 そう言いながらも、少しも批判的でない声色であった。
「自己満足だよ」
「自己満足ですか」
「ああ」
「それでも、正しいことではないですか?」
 そんなわけがない。
 俺達は歩いた。とりあえず、埋めることのできそうな場所に運ぶ。
「やれやれ、これで補習は遅刻ですね」
 しかしまた、批判的な声色ではなかった。
 二人で歩いて、そして誰も見えなくなり誰にも聞こえないだろう場所まで来ると、友礼は言った。
「『(よこし)まなもの』の仕業ですか?」
 よくわからなかった。ただ、悪意を持って誰かがこんなことをしたのはわかる。そして、こんなものが多くの人の眼につくのはよくないと思ったからだ。
「……正しいことだと思いますよ」
 都合よく、校庭の隅の木の下は、掘りやすそうな土だった。
「ああ、こんなところに勝手に死体を埋葬しようとしてますよ。僕達」
「うるさいな。だったら止めろよ」
「止めません」
 何が楽しいのか、ニコニコと友礼はしていた。



「あの……」
 誰かに呼ばれて、俺と友礼は同時にその方向を見た。
 そこには、女の子が一人立っていた。いや、制服についた名札から、俺達と同級生なのだということはわかった。なんだ?
 女の子は眼を泳がせて、何かを言おうとしては口ごもり、何回も何回も声を出そうとしては、失敗していた。何を緊張しているのだろう。
「なんだよ」
「ひっ」
 ひっ……って。俺がそんなに怖いのか。
 思わず友礼を見ると、俺の考えていることがわかるのか、ただ苦笑するだけだった。
 女の子の方を見やると、同じように何かを伝えたくて必死になっている様子であった。
 しかし相変わらず怯えたままである。
「友礼……」
 助けを求めると、友礼は女の子の右手を見るように言った。
 女の子は、右手にスコップを持っていた。
 それはおそらく、地面を掘るための道具なのだろう。そう言えば、俺達はそんな道具の用意なんて考えてなかったな。などと考えて、俺は、女の子に声をかけた。
「あんた、手伝ってくれるのか」
「は、はい」
「そうかよ」
 すると、肩をすくめる女の子。
 俺は友礼に訊いた。
「俺って、そんな怖い眼つきか?」
 友礼はにこりと笑った。
「ええ、とても邪まな眼をしていますよ」
 



3、
 昔から、表情に乏しい子だと言われていたが、泣くことだけは人一倍こなしてきた。
 その日も、私はおばあちゃんの家に遊びに来て、そして泣きついた。
 おばあちゃんは私の言葉を一通り聞いてから、頭をなででこう言った。
「そうかい。お前にはあれが見えるのかい」
 私はさっき見た、誰にも見えていない、怖ろしいもののことを尋ねた。
「あれはこの世のものではないんだよ」
 おばあちゃんは私にそう教えてくれた。
「あれはオバケなの?」
 おばあちゃんは皺の刻まれた手で私の頭をなでてくれながら、笑った。
「オバケの時もあるし、違う時もあるんだよ。あれはね、そう。『邪なもの』のさ」
「『邪ま』?」
 知らない言葉だった。それよりも、おばあちゃんが妙にニコニコしているのが気になった。
「あれはね、お前のお父さんやお母さん、それにお友達にも見えていないんだよ」
 見えていない? あれが?
 あんな気持ちの悪いものが、見えていないと?
「私にも見えないのだけれど、琴神の血筋には、そういう人間がたまに生まれるらしいんだよ。あいつらは闇の中にしか棲めない。怖いとか、苦しいっていう気持ちが大好きで、人の心の闇に憑りつこうとするのさ」
「それってオバケだよ」
「オバケの時もあるし、そうでない時もあるらしい。ただ、見る眼を持つ者にはわかるんだ。それは、この世のものでない色をして、この世のものでない形をして、そして人の心に入り込もうとする。入り込まれた人間は体を悪くしたり、不幸になる」
「不幸?」
「悪いことをするのさ。いけないとわかっているのに、悪いことをしてしまう。それはとても不幸なことだからね」
 私はとても怖くなった。けれど、おばあちゃんはニコニコと笑っている。
「おばあちゃん。何で笑っているの?」
「そういう奴らはね、楽しいとか、笑顔に弱いのさ。お前なんか怖くないぞってことを見せ付ける。そうすれば、奴らは手を出せない。だから、冬子(とうこ)。お前は、悲しいとか、辛いなんて思っちゃ駄目だよ。奴らは姿を見ることができるお前にちょっかいを出すかもしれない。奴らを近づけないように、心に闇を作っちゃだめだよ。一人で夜に出歩いたりもしちゃいけない」
 おばあちゃんはニコニコしている。けれど、私にはわかる。おばあちゃんが、悲しいという気持ちを持っていることを。
「怖いときはおばあちゃんのところにおいで。おばあちゃんが、守ってあげるからね」
 私は泣きながら、うんとうなづいた。
 けれど、多分おばあちゃんに頼ることはないと思う。




 おばあちゃんの部屋の片隅で、私にしか見えていない、うずくまった何かがぶるりと震えた。

「もし、そういうものが見えても、笑ってやりなさい。怖いと思っていることを気付かれないように」
 私は、笑えなかったけれど、できるだけ表情を崩さないようにした。
 おばあちゃんに、心配をかけないように。

 そして私は表情を捨てた。

 おぞましい姿をしたそいつらを見ても、泣かないですむように。












4、
 夜である。
 少女が一人。
 紙袋を一つ両手で持って、河川敷へと降りていく。
 顔を隠し、誰かわからない。
 しかし、その背丈から、まだ年端もいかないことはわかる。
 少女は誰もいないのを確認して橋の下まで歩いてくる。そこにも誰もいないことを確かめる。
 紙袋を地面に下ろすと、橋の下においてあるダンボール箱の方に寄った。
 箱を開ける。その中には、何匹かの子猫がいた。
 少女は何かに息が少し荒くなる。
 中から一匹取り出す。
 子猫はにゃーと、可愛げに鳴いて、少女は、少しも心が痛まなくなってる自分に気がついた。
 子猫の首を掴んで、紙袋の方に歩く。紙袋の中からは、随分と刃の大きな包丁が見えていた。
 少女はこれで、この子猫の母親の命を奪ったばかりである。
 きっと、これから同じことをこの子猫にもする気なのだろう。
 次はどこに晒そうか。
 少女は、空を見上げて

 そして口元が見えて



 その唇が、歪もうとして





 それ以上はいけない。
 俺は、声をかけた。
「やめておけよ。どこまで邪まなものに負ける気だ」
 怯えた眼をして、口元だけ笑った、いびつな表情で、少女がこちらを向いた。
 何かがおかしかった。それは人間のする顔ではない。
 この世のものではないような……。

 しかし、俺と友礼と見詰め合っているうちに、女の子の顔が、どんどんと人間のものに、初めて会った時と同じ、怯えて、悲しそうなあの顔になる。
 それは驚いたのだろう。誰もいないと思っていたところで、そして、行為に及ぼうとしたところで声などかけられてしまえば。
「あ、なた達」
 猫を埋めるのを手伝ってくれた女の子は、今日はスコップの代わりに、ナイフを持っていた。
「よくもまあ、そんなものを」
「こ、これは……い、あ」
「別に何も言わなくていいですよ。僕達、大体のことはわかってますから」
「大体のことって?」
 その少女(とは言っても友礼が調べた限り、俺達より先輩らしい)は、おびえた表情を取り繕うこともできないままに、友礼に言葉を続けさせた。
「あなたが、猫を殺して晒したんでしょう?」
「な、なんで……」
 なんでわかった  か?
 友礼は、俺に小声で質問した。
「どうですか、まだ、憑りついてますか?」
 俺は、答えなかった。
 いやな気分だった。
「いつから……見てたの……ですか」
 何故、俺に敬語。
「最初からお前がやったってわかってたからだよ」
「なんで」
「教える必要はないし、多分、言っても理解してもらえない」
 むしろ、俺こそ訊きたい。
「あんた、なんでこんなことしたんだ?」
 すると、女の子は口元を強く結び、うつむいた。
「多分言っても理解してもらえないと思う」
 そう切り返すかこいつ。
 ぽん、と肩を叩かれた。友礼である。
「問答はやめておきましょう。この子も、何で自分がこんなことしてしまったのか、多分よくわかってないんですよ」
 ああ、それはわかっている。けれど、けれどこれはないだろう。
「あんた、今朝、学校の前に猫の死体置いたんだな」
「……」
「俺達はあんたを警察につきだそうだの、犯人だって騒ぎ立てるつもりもねえよ」
 女の子が、眼を見開いた。
「ただ、言わせてくれよ。これ以上、そういうことするな。それは、正しいことじゃない」
「だったら……」
 女の子が、何かを言った。
「何だよ」
「だったら、どうしてみんな放っておいたの? あなたが来るまで、みんな何もしようとしなかった。死んで、むごたらしくなってるあの子を見て、見てるだけだったのよ」
「死体をどうこうするなんて経験、誰もないんだから」
「じゃあ、あなたはあったの? なかったでしょう。私だってなかった。でも、耐えられなくなってちゃんと埋めなおしてあげようって思った。そう思ってくれたのだってあなただけだった。隣の人だって、あなたが動かなかったら何もする気はなかった」
 よく見てるものだ。
「正しくないことしてる人のほうが多いんだもの」
「だったら殺していいわけではないだろう」
「私が、誰かに迷惑かけた? みんな、今朝のことで話題が持ちきりで、もう何も起こらないのかってワクワクしてたわよ。ね、それって正しいことじゃないわよね。みんな、正しくないことの方がいいんじゃない」

 この女の子は、一体俺の言葉の何に反応してこんなことを言っているのだろう。
 ただ、おれ自身、この子の言葉に、何故かキレた。
「自分のやったことを、他人を理由にするな!」
「ひっ」

「お前が、殺したんだろ」


 俺の中で、何か形にならないものが膨らんでいった。
 なんなのだろう、この気分は。何なのだろう。この女の子はどうしてこんなことをしてしまったのだろう。
 
「話が逸れましたね」
 こんな状況になっても友礼はいつも通りの声色で、場を取り持とうとしていた。
「え、と。お嬢さん。残念なことに僕はあなたのお名前を存じ上げません。あと、あなたがどんなことに悩んでいて、何を耐えられなくてそんな暴言を吐いているのかも知らないのです。そして知らない以上、あなたの行いを責めるのは、筋違いなのです」
 こいつ、何を言っている。俺達は止めに来たんだろうに。
「僕の相棒は、あなたの凶行を止めるつもりらしいですが、僕は自分の言いたいことが言えたらそれでいいですから」
 こいつ、一体何を言う気なんだ。
 友礼は、少し笑って、息を吸って
「正直、あなたには、罪がないんですよ。猫殺しても、器物損壊事件ですからね。申告がないと事件にならないんです。そして、僕もこれをことさら誰かに言うつもりはありません」
 おいおい
「ただ、あなたがまだ同じようなことで自分を保とうとしていたら、いつか。人間に同じ事をするようになる」
「そ、そんなこと」
 そこから先は、俺の仕事か。
「あるんだよ。あんたは、つい魔が差してやったことなのかもしれないけどな」
 俺には見える。
「あんた、猫殺して少しでもすっきりしたのかよ」
 うつむく。
「あんた、今不幸なんだろうな。でも、他人を不幸にしたくらいで、あんたの不幸は消えないぜ」





「祥瑞さん帰りましょう。あなたも、もし自分が悪いことしたと思うのならば、せいぜいどこにも存在しない罪を、贖ってください」
 友礼は、とても残酷なことを口にして、その場を去った。

 なんだか、釈然としない気分で、俺と友礼は歩いている。
「でも、あれでいいのかよ」
「いいでしょう? あの人は罰を受けました」
「何をだよ」
「罪を許してもらう相手が、この世にはもういない。それで十分罰になります。否、罰になってくれるのなら、あの人はまだ救いがありますよ」
「じゃあ、結局あいつが悪いと思わなかったら」
「でも、あの女の子からもう悪意は見えなかったのでしょう」
「なんで見えないお前にわかるんだよ」
「祥瑞さんに怒鳴られてから、あの子が普通の眼になったからです。何かを妬んだり恨んだりする眼じゃなくなりましたから」
 よく、見てることだ。
「いい言葉ですよね。『他人を理由にしてはいけない』」
 一度だけ振り返る。もう、そこには邪まな気配は見当たらなかった。


 確かに、俺はあの先輩の質問には答えていない。
 何故、犯人は自分だとわかったのか。

 簡単である。
 朝、声をかけてきてくれたあの女の子の右手、スコップを持った右手。そこには、べったりと、張り付いていた。何かを不幸にした証が、しっかりと。
「祥瑞さん、あなたはあなたのやるべきことを終えました。後はあの人の問題です。もう、忘れてください」
 友礼が、そう言ってくれた。でも、俺は忘れることができないだろう。おぞましくて、吐き気のする、邪まなもの。

 俺が人の不幸をこの世ならざるものとして捉えることができることを、友礼しか知らない。
 そして友礼は、そんな俺を怖がらない。










5、
 中学生になってから、私はクラスで孤立した。
 それはそうだ。無愛想でいつも下を向いている。話しかけても顔も見ないし返事もろくにしない。そんな人間を友達付き合いしてくれるような人間なんてそういない。いや、それ以外にも理由はある。
 私は有名人なのだ。
 邪まなものが見える私は、邪まなものが人にとりつき、犯罪を犯させる姿をいくらでもみてきた。
 だから、人にそういうものが取り付かないように、祓おうとした。
 つまり不幸や犯罪の傍に、いつも私の姿があった。
 琴神冬子(ことがみとうこ)に見られた人間は不幸になる。
 そんな噂話が流れているということを知ってから、私はできるだけ人の姿を見ないことにしていた。
 悲しいとは思わなかった。私を気味悪がってくれるのは、逆に助かるところもある。
 だから、突然声をかけられた時は驚いた。
「琴神さん」
「どうしたんですか、そんな驚いた顔をして」
「いいえ、なんでも」
「そうですか。ところで今度の文化祭でですね、模擬店班と看板班に分かれるのですけれど、どっちがいいか訊いてこいと言われまして」
「文化祭は休みますから気にしないでください」
「何故に?」
「私のこと知ってるでしょう。私に見られたらどうなるか」
 睨みつけてやった。
「そりゃそうだ、そんな邪まな眼で世の中見つめられたら怖いもの」

 とぼけているのか?

「まあ、笑えなんて言わないけれども、もっとすました顔してた方が見栄えがいいですよ」
 
 何をわかったようなことを。
 そんなことができるなら、私は
 けれど、初めて人の顔に邪まなものを見なくてすんだ。







6、
「祥瑞!」
 今日もまた姉貴に蹴飛ばされて目が覚める。
「だから、まだそんなあわてるような時間じゃないよ」
「何言ってんの。もうユーレイ君来てるわよ」
 ユーレイと言うのは、友礼のことである。まあ、名前を音読みしたらそうだけれども、あの青白い肌とマッチして、ちょっと冗談でなくなってしまいそうで怖い。
 しかし、何故この時間にあいつは俺の家を尋ねている?
 玄関に行くと、いつものように学ランのホックまで締めた青白い肌の友礼が、立っていた。
「おはようございます」
「ああ、でも今日は何でこんな早いんだよ」
「いえ、昨日は夜更ししましたから、きっと寝坊されると思ったので」
 ああ、そうかい。






「そういや、そろそろクリスマスだな」
 二人で歩いて登校するようになって二年くらい経つのだろうか
「何かするか?」
「いえ、何も。それより祥瑞さんこそ、何もしない気ですか?」
「しない。つうーか今年は受験生だからな。学校だろ」
「祥瑞さん、伊織さんと付き合ってからもう大分経つでしょう。そういうイベントくらいこなしてあげてください」
「何故にそんなところまでお前に心配してもらわにゃならん。大丈夫だよ、俺らは」
「まあ、確かにそういう流れに逆らう二人ではありますが、しかし正月から夏祭までいつも僕と一緒で、伊織さんに僕が問い詰められてしまいます」
 笑えない。
「そういうお前こそ、いないのかよ。相手」
「いませんよ」
 随分と即答だった。こういう場合、何か隠しているんだろうなとも思うが、大して訊く気になれなかった。

 学校にたどりつくと、ちょうど、あの女の子がいた。
 俺達を、というか俺を見るや、肩を震わし、けれど、何か勇気を出したのかこちらに近づいてきた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「私、あの子猫達を飼うことにしました」
 それだけです、とその子は脚をもつれさせながら走っていった。
「あのお嬢さんは、見た感じ、普通そうで、善良な様相なのに、邪まなものに心を奪われるような、闇を抱えていたんですね。何かを壊してしまいたくなるような、辛い気持ち。僕にだって、あるかもしれないんですよね」
 知るつもりはないけれどな。
「お前、結構あの先輩の肩持つよな」
「え?」
「こんなこと言うのって、あんまりいいことじゃないかも知れないけれど、俺はやっぱりどこか許せない気持ちが残っている」
「命を奪ったのに、結局裁きは受けないということがですか?」
「ああ、そりゃ、俺だって牛とか豚とか殺してたのを食ってるんだから、偉そうなこと言うのは違うんだろう。けど、なんか昨日の猫が殺されたのは……違うんだよな」
「違う?」
「説明できる言葉がないんだけれども、その。昨日の先輩は、不幸に包まれていた。この世でないものに、憑りつかれちまって。でも、それって、それだけのせいにしていいのか? 邪まなものは、邪まな心に入り込もうとするのなら、だったら悪いのは……」
「祥瑞さんがこの世のものであるならば、その気持ちは正しいことですよ」
 これも、即答だった。
 まるで、この会話を打ち切りたいかのような。

「なあ、もしかして、お前。俺以外にもこういう眼の奴のこと知っているのか?」
「さあ、補習始まりますよ」
 また、即答だった。










7、
「ふうん、この世でないものが見えるわけですか」
「信じてくれるの?」
 青白い頬をした彼は、それからも何度か私に声をかけるようになった。無視すればいいのに、私は彼の言葉に一々、反応していた。
 なんだか癪に障って、教室の外、人気のない階段に腰を下ろした。
 けれど、偶然通りかかった彼は、私を見つけると、寄ってきた。
「みんなっから聞きましたよ。琴神さんは邪視を持ってるんですってね」
「じゃし?」
「人を見ただけで呪う力。邪眼とかとも言いますか」
「そんなのじゃない」
 そして、私は、自分の見えるものについて説明した。馬鹿だ。そんなことを力説したら、余計に変な目で見られるのに。なぜ、彼にそんなことを言ってしまったのだろう。
 しかし彼は最後まで聞いて、そして納得したのだ。
「まあ、僕には見えないのだから信じようがないですけれども」
「そう」
「でも、理由がわかってよかったです」
「理由って何?」
「琴神さんがいつもこの世を見るのさえ嫌というような眼をしている理由です」
「信じようがないってさっき言ったじゃない」
「ええ、僕にはそれの真偽は確かめられないです。けれどここで問題なのは別にこの世でないものがあるかどうかじゃないですから」
 何?
「問題は、琴神さんにとっては、それは見えていて、見てて吐き気を催すくらい気持ち悪いものだってことでしょう」
 そう、なのだろうか。しかし、そういわれると、そんな気がしてくる。
「解決法はないものですか」
「おばあちゃんが教えてくれた」
 それは心の闇にとりつくから、決して、そんな部分を表にしてはいけない。楽しい気持ちを持っていなさいって。でも、無理だった。おばあちゃんは、あれが見えてないからそんなこと言えた。見えてたら、気持ち悪くて、怖くて、泣きそうになる。だから、私は表情なんていらない。睨みつけることが、私の武器なんだから。

「解決はできないけれど、そうか。対処法しかないのか」
 何故、納得している?
「今も、見えているんですね」
 彼は、平然と言った。
 私は、平然を装って答えた。
「そうだよ」

「なんでわかったの」
「いや、突然いつもみたいな眼つきして、急に僕に説明始めましたから。きっと自分に怖くないって言い聞かせているんだろうなあと思いまして」


「どうして、私に話かけたの?」
 顔をあげた。彼は、無表情でいた。同情も、憐憫も、嫌悪もなかった。
 それは、自分を守る為に笑顔を見せたおばあちゃんと、同じことをしているように思えた。
「琴神さん、あなたが僕のことどう思ってるのか知りませんが、別に僕あなたのこと大して好きでも嫌いでもないんですよ。だから、そんな心配は多分、無駄です」

「あなたは、変な人よね」
「その台詞は鏡を見て言ってください」
「いやよ、鏡の中には、あれが写りやすいもの」
「いや、そういう返し方をされても……」
「ねえ、一つ訊いていい? あなた、どうして敬語なの? 同学年でしょ」
「そういうキャラクター付けしているので。おかげでクラスの皆からも敬遠され気味です」

 私は、不幸じゃないのかもしれない。











8、

 12月23日。明日の夜に向け、今やこの町中がにぎわっていた。
 いいことだ。
 こういう聖の雰囲気がただよう時、邪まなものも活発に動かなくなる。
 いいことだ。
 しかし、友礼はいつにもまして青白い顔を青くしている。
「寒いのかよ」
「はい、骨身に染みます」
 改めてみるが、えらく細い体だ。こいつ、普段何を食っているのだろう。
「そう言えば、伊織が言っていたんだが、明日クリスマス・イブだろ? 集まって遊ぼうってよ」
「そういう日くらい二人きりでいればいいのに」
「やっぱそういうものなのか? 昨日話した時は、どっちともなく友礼も一緒にって感じになったんだよ」
「ありがたいことですが」
「姉貴に話したら、姉貴もノリノリだった。お前、まさかとは思うけれど予定なんてないよな」
「ないです」
「そっか、じゃあ放課後家に」
「明日はごめんなさい」
「予定……ないんだろ」
「本当にごめんなさい。今年は、一人で過ごしたいんです」
「……もしかして、勉強か」
「いえ、いやまあそれもあるんですけれど」
「そういや、大きいとこ狙ってるもんな」
「ごめんなさい」
「なんで謝る」


 俺も、もう少し危機感を持つべきなのだろうか。
 空を見上げた。
「今年は、雪降りそうだな」

「ねえ、祥瑞さん」
 友礼が、そっぽを向いたまま、名を呼んだ。珍しい。
「どうした?」
「祥瑞さんは、見えているんですよね。この世でないものが」
「うーん、また今更だな。一応、俺が思い込みの激しい人とかでなければ、多分見えてるんだろうな」
「そういうものが、人を不幸にしたりするんですかね」
「それだけが理由ではないだろう。でも、やっちゃいけないことをさせてしまう時ってのは、あるよな。この前の女の子みたいに。結局あの子も、友礼の言う通りだったのかもしれないな」
「……祥瑞さん」
 声色がおかしかった。
「なんだよ。別に、気にしたりしないぞ」
「見えることって、不幸だと思いますか?」




 お前、それはまた今更な質問だな。





9、

 眼鏡をかけるようになった。
 彼は本の読みすぎだと文句を言った。
 それを言うならば暗いところでという言葉をつけるべきなのだろうけれども。
 私は学校に行けなくなっていた。
 人の不幸と向き合いすぎてしまった。
 邪まなものに入り込まれて犯罪を犯す人を説得したりしていたら、私自身が犯罪者なのではないかと疑われ、そしてクラスの中での居場所を失った。
 ちょっと頑張りすぎたのだろうか。
 ただ、毎日彼は来てくれた。
「昨日、火事がありましたね」
「やっぱり。14人死亡でしょう」
「ニュースで見ましたか」
「ううん、見えたから」
 見えた?
「忘れたの? 私には不幸が見えるのよ」
 
 空を見てたらね、何かが空に溜まっていって、そして、大きくなってすごい勢いで地面に向かって落ちていったの。
 そうしたら、どんどん何かが渦を巻いて落ちていったところに集まっていったわ。そして、何分かおきに塊が見えたの。きっと、あれは、人が死んだ瞬間に、膨らんだ不幸だったのね。
「それ以上は言わなくていいですよ」
 私ね、怖かったけれど眼をはなせられなかった
「もういいですから」
 数えたよ。全部で14。だから、わかったの
「言わなくていいと、僕は言ったんです」
「じゃあ、私に一人で抱えてろって言うんだ」
「……申し訳ありません」
 私は最低だ。
「そういえば、最近のクラスの様子はどうなの?」
「うちは私立の高校を狙う人が多いのか、ぴりぴりしてますよ。ほら、高橋君っていらっしゃるでしょう。あの人東京の……なんだったかな、カタカナの名前の高校を目指しているらしてく、毎日神経をはりつめていましたよ。あんまりはりつめすぎて、クラスの皆とうまくやっていけてない気もしますが」
「あなたはどうするの?」
「町内の高校に進学します」
「じゃあ、また会えるね」
「君はどうするんです?」
「このままだと、高校には行けないけれど、準備はしてるよ。お父さんの紹介で、事務の仕事につけそうだから」
「お嬢め」
「あの、今度クラスでやるクリスマス会の話ですが」
「いつも誘ってくれるのは嬉しいけれど、私はやっぱり行けない」
「その、最後ですし」
「私のこと、みんな嫌いよ?」
「そんなことありません」
「みんながみんな自分と同じだと思わないで。世の中の人はね、みんな、好きと嫌いはっきりさせてるのよ。あなたみたいにどっちでもないなんて中ぶらりでいられる人はいないの」
 しゅん、とする彼を見てなんだか変な気分だった。なんで不登校児がお説教しているのだろう。
「わかったわ」
「え?」
「明日、学校に行くから」
 この人は、嬉しそうな顔をするのね。



 窓の外を見る。





 この世のものでない色で覆われた空がある。
 何か、よくないことが起こるのではないだろうか。
 どうか、彼にだけは何も起きないことを。
 私は祈った。
 誰に?









10、
 


 真っ白い、世界だった。
 上も下もなくなって、距離感もなくなった。
 足元も真っ白で自分が地面の上にいるのか、いや、それよりも立っているのかどうかさえわからなくなってしまった。
 ただ、上から下に落ちてくるものがある。
 雨のように。雪のように。
 赤くて、小さいものが、ふわふわと落ちてくる。
 なんなのだろう。
 この世界は。
 
 そういえば、さっきまで俺は友礼と一緒にいたはずだ。
 俺の横で、俺に昔の話をしてくれていた。
 俺と同じ、この世でないものを見つめる眼を持った女の子の話。
 俺のように、人を間違った方向に進ませようとする魔物に立ち向かっていたのだと言う。
 俺のように、世の中の何もかもを妬み、恨んでいるかのような眼をしていた。
 だから、友礼は、その子を笑わせたくて、友達になった。
 けれど、心の闇と向かい合い続ける彼女は、やりすぎて、俺のように隠すということをしなかったせいで、気味悪がるられた
 学校に行くのが怖くなって……。
 あの子は、どうなったのだろう。
 何故、友礼はその子のことを話さなかったのだろう。


 その子は、幸せじゃなかったのだろうか。




 それにしても、ここはどこなのだろう。
 なんで俺はこんなに怖いのだろう。
 慣れているじゃないか。
 この世でない色に染まった、この世でないもの。
 そんなものはいくらでも見てきた。
 けれど、これは何だ?
 この真っ白な空間は。



 俺は今、どこにいる?







 そして、さっきから俺の後ろにいるのは、一体誰だ。






 
 俺は、振り向いた。








「祥瑞さん!」
 そこは、元いた通学路。
 息を切らせて、友礼は俺の両肩を掴んでいた。
「祥瑞さん! しっかりしてください」
 俺はそんなに心配させるような顔をしていたのだろうか。
「なあ、友礼。俺はどれくらいいなくなっていた」
「……十分くらい」
 そうか。


「なあ、友礼。もしかして、お前の友達ってのは、もうこの世にはいないのか?」


 友礼は、固まり、そして答えを言えなかった。


4 :akiyuki :2007/12/25(火) 00:23:43 ID:VJsFrmQG

邪視・後編




11、
「こっち見るなよ。不幸がうつるだろ」
 ほら、私の言った通りでしょう。
 あなたの言う通り学校に来てみたわよ。で、邪魔にならないようにしてたけれど、眼が合った途端こんなことを言われたわよ。
「なんで今更」
 ええその通りよ。確か、高橋だったかしら? そんなに私のことが嫌いなら無視してくれればいいのに。なんでそんなに私に一々口を挟むのかしら。

 わかってるわ。私のせいよね。
 自分でも気付いているのよ。
 私はこの世でないものを覗きすぎた。だから、私自身がそういうものに染まりつつあるんでしょう。
 きっと私を見ただけで、みんな邪まな気持ちになってしまうのね。
 今になっておばあちゃんが言ったことがわかったわ。笑わなければいけないのよね。怖いって気持ちを持ち続けていたら、私が怖いものになってしまう。
 今の私は確かに見たものを不幸にしてしまう邪視の持ち主なのだわ。

 帰ろう。

「ったく、だったら来るなよ」
 ええ、その通りよ。高橋君。受験頑張ってね。 
「ったく、清水みたいに適当にできないんだよ」
 私は、足を止めて、高橋の前に立つ。
「もう一度、言ってみなさい」
 驚いたのだろう。私だって驚いている。
「あの人が……清水君が何よ」
 きっと、とても怖い顔をしていたのだと、思う。もう、私はこんな顔しかできないのだろうか。高橋は、口を割った。
「あいつだって、俺と同じ学校目指してたんだよ。なのに、お前がいるから地元の高校にするんじゃないか」
「もう一度、言ってみなさい!」

 何故、私が怒っているのだろう。
 私は、怒る資格なんてないのに。

 突き飛ばされたのは覚えている。
 そして、私は視界の端で、ぶるりと震えるそれを見た。

 その瞬間、私は確かに、悪意を以って、その男を睨んだ。



 きっと私は、それは邪まな眼をしていることだろう。


 物陰にあった、邪まなものが、高橋の体に入り込んだ。

 奇声を上げながら、私に掴みかかる高橋。 

 騒ぎを聞きつけて、あわてて教室に入ってきた彼は、青白い肌をさらに青ざめて。私と高橋の間に割り込んだ。高橋が掴んだ何か硬いものが、彼の頭に叩き付けられた。

 倒れる彼。
 受け止めた私。

「琴神さん、ほら雪が降りましたよ」
 こんな時にまで場違いなことを
「でも、なんで赤いんだろう」
 頭から流れた血が、瞳の中に入ったのだろう。
 彼の瞳は赤く、

 そして私の頭の中は、この世ではない色に染まった。
 邪まな眼で睨みつけて、狼狽した高橋に向かい

 

















 邪まなものは、邪まな人間の中に取り付く。
 けれど、高橋は、私の悪意に操られた不幸によって凶行に走った。
 私は、それができることを知った。
 そうかこの眼は、そういう使い方なのか。
 私に見られた彼は、私のせいで不幸になってしまった。






12、
「赤い雪の降る世界だったよ」
「……」
「お前が俺と友達になったのは、俺にあれを見つけて欲しかったからなんだな」
「……それだけじゃないです……。いえ、今何を言っても言い訳になりますね」
「構わない。全部、教えてもらえるか」














13、
「高橋君は受験ノイローゼにかかっていたところを好き勝手に生きてる不登校児の挑発にのって凶行に走ったということになりました。それでいいですよね」
「雰囲気的にももうクリスマス会は延期ですね」
 延期じゃなくて、中止でしょう。
「ねえ、どうして志望校を地元にしたの?」
「男には色々と語らぬ理由というものがあるのですよ」
 きっと、それなりに自分を納得させる理由も用意してあるのだろう。
 けれど、疑わずには居られない。一番、信じている人を、私は疑わずにはいられない。
「私の眼って、本当にこの世でないものを見てるのかな」
「さあ、見えてると言ってるのは君だけですから。はもちろん、ただ君が気配や心の機微に敏感で、それが形として見えているだけという線もあります」
 そんなことじゃないよ
「清水くん、私ね。高橋を殺そうとしたんだよ」
「……何を突然突拍子もないことを」
「あの時、私は確かに彼を憎んで、邪まな心で視た。そして、それに反応して周りの邪まなものが集まってきて、取り殺そうとした」

「だって、こう考えられない? 私が視たことで、邪まなものが生まれる」

「仮説は奇抜であればいいってもんじゃないんですよ」
「私に見られた人は皆不幸になる」
「僕が、なってますか?」
「なってるの?」

 彼は、答えてくれなかった。
 何も、言ってくれなかった。
 ねえ、その包帯を巻かれた大脳の中で、どんな言い訳を考えてるの?
 何か、言って。


 彼は、私をしっかりと見て、応えた。

「そりゃ僕だって君のこと憎く思うことはありますよ」



 よく考えればわかることだ。
 彼なら私をいつまでも純粋に思ってくれる
 なんて、甘えたことを考えていたのだろう。

 私は邪まな人間だった。

 私があんなに嫌っていた、邪まな人間は、私だったのだ。





 私は眼を瞑った。





「な、なんですか?!」
 彼の叫び声で、私は眼を開けた。
 そこは白い、世界だった。
 上も下もない。
 足元まで真っ白で不安になった。
 ただ、何かが落ちてきた。
 赤い、赤い雪。

 いつも私が見ているものよりも、少しだけ落ちついている。
 しかし、どうやらこれは今、彼にも見えているらしい。




 そこで私はやっと事態の恐ろしさに気付く。
 
 この世でない場所に、いる。

 彼が、いる。

 私が彼を見たせいで。

 

 ここは、私の心の闇の中だ。

 



「でも、あなたまで巻き添えになるのは、おかしいわよね」
「琴神さん!」
 彼は、最後まで私を名前で呼ばなかったな、なんて思った。
 そして、私も、彼を名前で呼んだことがなかった。
「友礼さん」


「雪が、赤いね」





15、
「ここから先は想像に過ぎませんが、つまりこの世でないものを覗くというのは、この世でない場所に入り込む最初のステップなのではないでしょうか。そして、琴神さんは僕をこの世でないどこかに連れてきてしまった。きっと、祥瑞さんもそれくらいのことができる段階まで来てしまったんでしょう」
「しかし、俺はどうして平気なんだ?」
「それは、きっと祥瑞さんには僕や伊織さん、それにお姉さんのように心を支えてくれる人がいたからです。心底自分を理解しようとしてくれる人がいたから、おぞましいものを見ても、あなたは平気なんです」
「そういうもの、なのかな」
「ええ、大丈夫。きっと祥瑞さんはうまく渡れるはずです」
「お前、俺を守る為に友達になってくれたんだな」
「……まだ、大丈夫だと思っていました。僕は、琴神さんがこの世からいなくなりたいと考えていたことさえ気付けなかったんです。だから、琴神さんのおかげです。祥瑞さん、あなたを守ったのは、琴神さんです。それだけはおぼえていてください」
「……ああ」


 しかし、腑に落ちないことが一つある。


「それでお前、どうする気なんだ?」
「正直に教えてください。あなたが向こう側で見た琴神さんは、戻って来れそうですか?」
 俺は、きっと、正直に答えるべきなのだろう。
「無理だな。もう、人間じゃない」
 それに、
「『来ちゃ駄目だ』と言われたよ」
 友礼の眼が見開いた。
「喋ったんですか? この世でないものは、喋るんですか?!」
 俺も始めてのことだった。
「じゃあ、じゃあ、もしかしたら、琴神さんの意識は、あるのですか?」
 さあな、専門家じゃないのだから。
「会えば、わかるんですね」

 ああ、そうだろう。しかしな。


「友礼、俺がお前とあれを会わせると思うか?」
「……え?」
「この世のものでないものに触れて、まともでいられた奴なんていないんだぞ。いくらお前の元彼女でも、そんな危険なことはできない。俺は、絶対に見つけないぞ」
「……」
「俺はあれと会って、背筋が凍った。吐き気が未だに止まらない。今までの邪まなものなんかとはレベルが違う。今までのはせいぜい人の心を蝕むくらいだ。だけど、奴は物理的に俺を消したんだぞ。十分間も、俺を自分の中に取り込んだんだ」
「……」
「なんで今頃になって現れたのかはわからない。けれど、絶対に」
「……ないんです」
 え?
「彼女じゃないんです。ただの友達です」
「は? じゃあなおさら」
「僕は、あの子を連れ戻したい。なんて思っていません」
 なんだって?
「あの子は、この世にいることが辛くなって、消えてしまったんです。そして、僕はどんなに頑張ってもあの人に希望を渡すことができませんでした。でも一番の心残りはそこじゃないんです。僕はまだ、あの人に伝えていない言葉がある。それを伝えたいんです」
 自分の為か。
「そうです。他人を理由にしてはいけないんですよね。僕は、ただ……」
 そして、俺と友礼は視線を合わせた。

 俺はきっと、酷く妬ましい、邪まな視線をしていることだろう。






 

 12/24

「祥瑞、起きろ! ……って起きてるね」
「姉貴、おはよう」
 俺はもうすでに登校準備が終わっている。
「今日はちゃんと朝飯食うわ」
「まあ、いいことだけれど。なんか調子狂うなあ」
 どっちにしろ文句言われるのかよ。


 朝食をとりながら、姉貴に今日の予定を話す。
 夜は遅くなるということ。けれど、みんなで押しかけるということ。
「ユーレイ君も伊織ちゃんも来るのかい?」
「ああ、その予定。なんかうまいもん頼むわ」
「いいよ。それにしても伊織ちゃんも変なのに捕まったね。イブに二人っきりにならないなんてさ。あんたユーレイ君の方ばっかり。実はその気があるのかい?」
「ああ、そうかもしれない」
 いや、そんなドン引きしないでくれ。



 その日、友礼は学校を休んだ。
 打ち合わせどおりである。
 夕方、どこかで落ち合えばいい。伊織には、連絡した。
 いつまででも、待つと言われた。正直、俺にはもったいない女かもしれない。


 昼休み、校庭の大きな木の下で、あの女の子を見かけた。
「よ」
「こんにちは」
 憑物が落ちたみたいに、はればれとした顔だった。
「元気そうだな。何してんだ?」
「え、と。お墓の掃除に。さすがに墓石なんておけないけれど、綺麗にしておきたいなと思って」
「そうか。正しいな」
「今日は、あの綺麗な人は?」
 知らなかった。あいつはそういう形容詞で呼ばれるのか。
「あいつは休みだ。どうした」
「いえ……」
「それにしても、今日は俺を怖がらないんだな」
「はい。なんででしょう。今日は暖かいです」
「ふうん。じゃあ、俺は行くけれど、一つだけ言っておこうと思ってな」
「……はい」
「許すよ」
「……え?」
「お前、自分を許す気ないだろう? 別にそれでいいと思う。代わりに、俺はお前のこと許してやる」
「……なんで」
 なんでなどと言われても。鼻の頭をかきながら、答えを探す。
「その、あれだ。俺は最近、責任のないことで自分を責め続けている奴を見つけてな。そいつを、どうにかしてやりたかった。けれど、どうにもできない。だから、せめてどうにかできる奴だけは、どうにかしてやりたかった……って、お前なんで泣いてるんだよ」
 なんだかなあ。



 日が沈む。
 今日はみな聖夜に心躍らせている。
 俺はと言えば、特に何も感慨は起きない。

 友礼と、こうして二人一緒にいることで、いつも満ち足りている。

 こいつは今日も学ランのホックまできちんと締めている。
 しかし外出着これしかないのか。

「なあ、友礼。聞いてみたかったんだけれど。お前のめがねってもしかして奴の形見か?」
「まあ、そんな感じかもしれませんね」
「……なんでそいつは伊達眼鏡なんかかけてたんだ?」
「そればっかりは会って本人に聞いてみないと」
「あとさ、お前の話聞いてて思ったんだが、その女が不登校になったのって、おばあちゃんが亡くなってからだろ? お前の責任じゃねえよ。うぬぼれんな」
「……ありがとうございます」

 そして友礼はいつものような微笑を浮かべた。
「あと祥瑞さん、さっきから奴とかそいつとか……あの子には琴神冬子っていう名前がちゃんと」
「なんで名前で呼んでやらなかったんだよ」
「……」
 それでも、友礼の微笑は崩れなかった。





 俺と友礼は河川敷に来ていた。つい、先日。猫殺しの犯人を見つけた、あの川原。大して運命じみたものは、感じない。
「多分、ここだ。この町で一番邪気が強いのは。ここら辺をそういう邪まな気持ちでうろついてりゃ、多分出くわせる」
「ありがとうございます」
「先に言っておくぞ」
「……はい?」

「俺は、お前を不幸にさせたつもりなんて一度もない」

「……はい」
「ならいい」
「祥瑞さん。祥瑞さんは、そんな風に笑えるのですね」
 俺、今笑ったのか?



 時計を見ると、そろそろ日付が変わりそうな時間である。
 伊織はきっと今も待ってくれているのだろう。
 姉貴は、きっとプッツンしているのだろう。
 そして、友礼がこないことにもっと、悲しむのだろうな。


「あと、これは恨みがましいかもしれないが」
「はい?」
「姉貴は、どうやらお前に惚れてたみたいだぞ」
「う……。それは、ちょっと一番ぐさりときました」
「冗談だ」
 
 

 俺達は、何がおかしいのかよくわからないまま、ただ笑った。













12/25、

 どこまでも、真っ白な世界だった。
 上は突き抜けて白く天井があるのかどうかわからない。
 下も延々と白く、果たして地面の上なのかわからない。

 ただ、上から下に赤い雪が降り続ける。
 そういう場所で。


 中学三年生の格好のままで、琴神冬子がそこにいた。
「琴神さん。どうしても言いたいことがあって、追いかけてきてしまいました」
 あれから三年。高校三年生になった清水友礼は、ずっとずっと暖めてきた言葉を、やっと、口にした。
「僕はあなたのことを憎く思う時がありましたよ。どうして寂しいときに寂しいと言ってくれないのか。どうして怖い時に僕に助けを求めてくれないのか。どうしてやればできるのに勉強を頑張ろうとしてくれないのか」
 冬子が、きょとんとした。
「人間相手に、全部好きだの全部嫌いだので構成されるわけないでしょう。僕は、あなたのいい所も悪いところも含めて、ずっと一緒にいたんです。一方的に迷惑かけてたなんて思われたら、僕が迷惑です。いいですか。僕は、僕はあなたに不幸にされた覚えは一つもない!」
 大きく息を吐きながら、友礼は続けた。
「……いや、そんな回りくどいことを言いに来たわけでもないんですけれども……」
 何なのだろう。
 もっと、簡単でわかりやすいことを言いたかったはずなのに。
 その為に、ここまで来たのに。
 うまく言葉にならない。
 どうにも不安になって、そこで初めて冬子の眼を見た。
 実に久しぶりの顔は、少しも邪まじゃなくて。
「なんだよ、そんな顔できるんじゃねーか。ずっと、ずっと、そんな顔にしたかったのに。勝手に、笑顔になりやがって」
 ちょっと、自分勝手かな、と友礼は思った。






 
 この世ではないどこかで、赤い雪が降っていた。


5 :月見人 :2007/12/25(火) 01:00:38 ID:nmz3rmz7

夢見る聖夜

「あ、猫だ。おーい。こっちおいでー」

 手招きしてみる。振り向いてじっとこっちを見たけれど、すぐにすたすた、通り過ぎて、すぐに見えなくなってしまう。

 綺麗な黒猫だった。手入れされた毛並みは、多分飼い猫だから。新品らしい真っ赤な首輪は、なんだか気品を感じる。

 だからこそ、こんな静かな公園は似合わない。今座っているベンチと、ブランコにシーソーが間に合わせみたいに置いてあって、それも今は全部真っ白け。

「寒くないのかな。猫って寒いの苦手だと思ってたけど。ねえ」

 話を振ると、隣に座っていた男の人は、さあ、とだけ言って缶コーヒーに口を付けた。

 私の手にも、同じ缶コーヒーがある。温かいから開けずに手に持って、たまに頬に当てたりしている。
 
「あの猫が白猫だったら、私達気付かなかったね」 

 かもね、と返事をされる。次いで、ぼんやりとした表情のまま、顔を上に向けた。

 私も習って空を見上げる。

「……真っ白。空も下も、本当に、白い。……ホワイトクリスマスって感じがするよ」 

 憂鬱な曇り空も、今日だけは美しいと思える。……実感する。今日は特別な日なのだと。

「……あれ、また猫だ」

 目の前を、白と黒の斑猫が横切ろうとする。また声を掛けてみようと思ったら、同じ模様の小猫が三匹――親子かな――、てこてこと付い歩いていて、それを見ていたら、なんだかタイミングを逃してしまった。

 黒い斑点が消えて、また、視界は真っ白。

「……ね。今の親子、さっきの黒猫と同じ方に行ったよ」

 そうだっけ、と、どうやらこのツレは興味がないらしい。

「この先ってさ、大きなお屋敷があるんだ。映画の中に出て来るみたいな、立派な洋館なの」

 中を見たことはないけれど、なんとなく、舞踏会を連想する。赤い絨毯、豪華なシャンデリア、軽快なクラシック音楽、華やかなドレス。

 ……猫。

「……猫の舞踏会。ねえ、あのお屋敷で猫がパーティーをしているの。長靴を履いた猫とか、男爵とか。みんなで踊ってるの。それって素敵でしょ」

 首を傾げられる。外見通りメルヘンとかには疎そうだ。

「あ。……また猫。ホントにパーティーがありそうだね」

 今度は二匹、どっちも三毛猫。身体の小さい方がもう片方に寄り添って歩いているその様子は、親子とか兄弟とかではなく、まるで――

「まるでカップルみたい」

 反応無し。猫は見えなくなる。

「カップルみたいだね」

 何喰わぬ顔してもう一度。気持ち語調は強かったかも知れない。

「カップルみたい」

 三度目にしてやっと、隣人は気怠そうにベンチから腰を上げて、無言で私の方へ手を差し出す。

「うん。ちゃーんとエスコート、してよね」

 今日は特別な日。特別な日に特別なことをしないなんてきっと、罰が当たるんだから。


6 :月見人 :2007/12/25(火) 01:21:34 ID:nmz3rmz7

クリスマスの奇席

「そーゆーわけで、一番! 歌います! ジングルべー! ジングルべー! 鈴ガァ――」
「ちょ、松井さん、近所迷惑だから歌わないで! 後生だから!」
「そのカラオケセット自前か? だよな、児山ン家そんなのなかったし。凄いな松井、新しいジャイアニズムの体現だな」
「おーいそこで呑気に鑑賞してる友人Hー。良かったらそこのコンセント抜いてくんないかなー」

 例年より気温が高く、降雪の気配などまるで皆無な、もしかして春もしくは秋とかなんじゃないかと思えるような夜の今日は十二月二十四日、なんとクリスマスだったりする。
 一人と一匹暮らしにしてはバカッ広い我が家で、ナニユエに二年来の学友・藤田某と松井さんを招いて何をしているかと言えば、当然の如くクリスマスパーティをやっているのである。と言っても大したご馳走も用意出来ないので、あるのはコタツに乗っかったみかんと市販お菓子のフルコース。肝心のクリスマスケーキはまだ到着していないという、端から見たら一体全体何の集まりなんだかよく分からないパーティである。
 そしてそれに同感だったか松井さん、何処からともなく取り出したカラオケセットを大音量にセットしてクリスマスっぽい歌を披露しかけてくれた。ありがた迷惑ってこのことだ、うん。

「ぶー、なんだよー。折角このあたしが盛り上げてやろーって思ったのによぅ」
 カラオケセットを撤去され、コタツのテーブルに顎を付けてぶーぶー言う松井さん。その心意気はマッコトに嬉しいのですけども、だからって唐突に本格的特大カラオケセット出現させるとかどうだろう。剛田君だってリサイタルの時は一度解散してからいつもの空き地に集合させるというのに。いやもちろん、アレを真似してくださいとは言わないけども。
「ごめんね、実はここのお隣さん、騒音とかそういうのに口うるさくって。前にも猫島さんに庭荒らされたーとか言って朝もはよから文句言いに来たし」
「いやお前、それは来るぞ普通。良識ある社会人は普通来るぞ。まさかとは思うけど、珍妙な応対しなかっただろうな」
「ち、珍妙って、君の目に映る普段の僕って一体どうなっちゃってるのかな」
 さして興味なさそうなくせに、友人Hこと藤田某がじと目で静かに圧を掛けてきた。何かな、その目はもしかして眠いのかな。人様の家に招待されといて失礼なヤツ……っと、まあ日頃の徹夜の所為なんだろうけども。
「僕はね藤田クン、どっかのテレビ番組で習った、清く正しく美しいご近所物語を築くというカンペキな対応をしたまでだよ」
「へえ」
 白けきった顔で「どんな?」などと藤田某が聞いてくるもんだから答えてやろう、と思った矢先、すっくと松井さんが上体を起こして、
「ウチの猫島さんはそんなことしませんよってカエレ!」
「それ訴えられるぞ松井」
「望むところだ!」
「敗訴確定」
 うん、最高の冷め具合だね友人H。
「うぇーん児山ー、藤っちがイジメるよぅ。ちょっくら猫島さんで癒されてきていーい?」
「うん、出来るものなら幾らでも」
 言い回しに気付かなかったのか、松井さんはよっしゃーとばかりに二階へ駆け上がっていく。さて、救急箱はどこだったか。
「……やっぱ駄目だ児山、俺アイツ苦手だよ」
 欠伸しつつ、何やら藤田がぶっちゃけてきた。ってあれ、僕っていつの間にそういう位置取りなワケなの?
「松井さんのこと? 僕はそんなでもないんだけど、やっぱ堪えるのかな、受験生クンは」
「えらい他人事だなクラスメイトくん」
「他人事だけど?」
 しばし沈黙。五秒だか五分だか五時間だか。なんだか知らないけど妙に静かだった。
「あーあーはいはい、お前はそういうヤツだったよそう言えば。そうやって知らずに敵作りまくってればいいんだ」
「ちょーい。聞き逃せないねその台詞。でも特別に聞き逃してあげちゃう」
「どっちだよ」
「聞き逃す」
「なんだそれ」
「――いやホラ、だって今日は」
 だって今日は、最後のクリスマスだし。
「……ああ、そうだった。いや、俺が悪かった。是非聞き逃してくれ」
 言ってから、バツが悪そうに顔をしかめて、伸びをする。やっぱり基本はいい人だよね、藤田某。
「オーケー。まあもう少し待っててよ。ケーキ、もうすぐ来るだろうし」
「おーう。でも俺肉も喰いてぇ。七面鳥は?」
「その辺のニワトリでも狩って食べてくださーい」
 毎年、ケーキは予め予約して当日店まで取りに行っていたものだけど、折角だからとネットで宅配を依頼してみた。なんでも、サンタクロースがわざわざケーキを届けてに来てくれるとか。とてもクリスマスっぽくてヨロシイ。実際、俺にはクリスマスなんてカンケーねぇ! とか言ってる人に限って結構拘ってるものだし、こういうサービスって意外に人気出るんじゃないだろうか。
「しかし、宅配ケーキねぇ。出来立てをお届け、ってヤツ? 時代変わったなー。宅配っつったらピザとかソバだろ」
「どんな時代ですかねそれは。治まるめぇ?」
「違う。アホか。大体、それを言うなら明るく治まるにしろ。景気の悪そうなこと言わないでくれよせめて」
「御意」
 冷めてるというか、どうも神経質っぽい友人Hであった。ホントにその辺、僕や松井さんは他人事なんだけども。
「……あのさー藤田ー。そんな気負うことないんじゃないかな。模試の判定Bだってこの前言ってたでしょ」
「それ先月のな。今月はCだった。そもそも、本番のセンターは冬休み挟んで来月、今が追い込み時なんだ。気ぃ抜いてたら簡単に落としちまう」
 自分で言ってて余計に心配になったのか、藤田は小さく溜め息を吐きながらこめかみを押さえる。この人こんなに心配性だったっけ。落差が大きいからなのか、確かに僕や松井さんみたく進学先がもう決まってる人間からすれば、彼の沈みようは異常だ。
「んー、いやまあ分かるどさ。折角のクリスマスな訳だし。パーティーなんだし。もうちょい、気晴らしになったゾー的な顔してくれると嬉しいな、って思うんだよね」
「ああ。だから悪かったって」
 ふてくされ。ああ、ちょっと――どころかかなり良くない雰囲気。こういう場を一気にぶち壊す、もとい和ませる達人である松井さんはまだ帰還しないのか……と、
「あれ、どうかしたのかな? 猫島さん」
 凛と、季節にかかわらず涼しげなオーラを漂わす猫島さんが部屋に入ってきた。艶やかな黒はクリスマスの赤とよく似合う――と思って作った猫用サンタ衣装は二階でズタボロになっている、というのは余談である。
「はは、逃げてきたな」
「もう脅威以外の何物でもないね、松井さんの執念。猫島さんの方が腰を上げるなんてさ。ん、でもあの人猫好きだったっけ?」
「いや、あの猫は喋れるのかも知れない、興味津々だなー、とか言ってたぜいつだか。アレだろ、お前がたまにその猫と話してるフリしてるから」
「ふ、フリじゃないよ。ホントに猫島さんの声が聞こえる……気がするんだけど」
「耳鼻科か精神科か……っと、お?」
 藤田が何か、驚いたような声を上げる。何事かと思って覗いてみ、る、と……
「……………………」
 なんと。驚くべきことに。猫島さんが。僕を差し置いて。コタツに入った藤田某の。僕を差し置いて。脚の上に。僕を差し置いて。乗っかって。僕を差し置いて。身体をぐるんと丸めてる。僕を差し置いて!
「……何、児山お前、泣いてるのか?」
「な、な、泣いてないよ。うん泣いてない。えーと、これは、その、目から汗が出てるっていうか、青春の塩味?」
「……うん、まあ、そういうこともあるよな。しょっぱいモンだからな、青春って」
 取り敢えず忘れよう。ソレが一番だ。心の傷なんて、トキノナガレが癒してくれるさ。
「児山ー……。猫島さんに猫パンチされたよぅ」
「あ、松井さんおかえり。良かったね。血、出なくって」
 無事帰還した松井さんを含め、全員でコタツを囲む。と、そこでタイミングを見計らったかのように玄関チャイムが鳴る。多分、例の宅配サービスだ。
「やっと来たみたいだね。じゃ行って来まーす」
「え、なになに、何が来たの?」
「サンタクロースだよ」
「サンタ! マジっすか!?」
 目を煌めかせて、松井さんが元気よく立ち上がる。うん、こういう人にもウケ良さそうだね。普通は小学生くらいの反応だと思うけども。
「ね、ね、児山ちん、あたし行っていい? ケーキ貰いに行っていい?」
「ち……え、や、別にいいけども」
 ハイお金、と用意していた代金入り袋を渡す。そしてこれまたよっしゃーという勢いで玄関に向かう松井さん。凄い、あの人ホントに同年齢かしら。
「……なんだな。アレはもしかしたら、慣れたら楽しい、って類のヤツなのかもな」
 あ、友人H苦笑気味。これはもしかして楽しんでるってことなのだろうか? それなら万歳モノだなぁ。松井サマサマだなぁ。
「あはは、かもねー。ってでも、二年も同じ学校にいて慣れないって相当なものじゃない?」
「だな。最低でもその倍は付き合わないと無理――」
「…………」
「…………」
 空気が凍った。ついでに顔も苦笑のまま凍ってる。参ったな、この話題はしちゃいけなかった。
「ごめんね、今僕地雷ばらまいた」
「いや、まあ、踏んだのは俺だし。悪い」
 何となく謝り合っていると、松井さんが帰ってき――たんだけど、あれ、なんかしょんぼりしてる。凄い、落差からして藤田某に負けてない。何、玄関まで地雷の効果アリだった? そこまで高威力だった?
「どしたの松井さん。もしかして新聞の勧誘とかだった?」
 と言ったけど却下。松井さんちゃんとケーキの白箱持ってるし。
「んー、いやさー。ちゃんとサンタさんでしたよ? 真っ赤な服に真っ赤な帽子で、ちゃんと真っ白い髭も付いてましたよ? でもさー、サンタって普通おじいちゃんでしょ? あれってどう見てもバイトのニーちゃんだったんだな。しかもトナカイにソリどころか五十cc二輪でご登場ですよ。何アレ、サービスという名の嫌がらせ? うっかり純粋なお子様とかが応対しようものならショック死で他界しますよ」
 友人H吹き出す。でもってげらげら腹を抱えて笑い出した。そして猫島さんは慌てて僕の膝に――来ることなく二階へ逃走。……何だろうね、この光景。僕むなしいよ。
「あー、はいはい、ケーキ来たことだし仕切直しだよ二人とも。ほら藤田某、君いつまで笑ってんの」
「は――――く、ははっ、あーいや、悪い悪い」
「松井さんも。ホラ、音頭やりたがってたでしょ。座って座って」
「……ういっす。そうだ、あのニーちゃんを呪うのは後回しだ」
「うん、それはお家に帰ってからにしようね」
 散らかったゴミをどけて、中央にケーキを取り出す。おお、という歓声が洩れる。大きくはないけど、メリークリスマスの文字とサンタクロースの菓子が乗った、ささやかなデコレーションケーキ。多分、色々なモノを含んだケーキ。
「ジュースの準備はいいでしょーかねぃ、お二方? んでは」
 コホン、と一間。
「これにて、あたし達三人が揃うだろう最後のクリスマスとなりました。あたしはここに残るけど、来年の今頃、児山は東京、藤っちは合格すれば北海道でヨロシクやってることでしょう。寂しいです。チョー寂しいです。でも頑張りますだってオンナノコだもの!」
「松井さーん。早めにお願いしまーす」
「でもでも、あたしらの友情は不滅です! 三国志の三バカみたく堅いのです! それを今ここで、聖なる夜と、このケーキに、誓いましょう!
 ハイ、せーのっ――」

――もう一度こんな風に、集まれますように。

『かんぱーい!』


7 :+ :2007/12/25(火) 22:52:30 ID:onQHxJz3

とある機械の記録

 宙に一つの流れ星が流れる。

「ねえ、お星様ってどうやって光るの?」
「それはね、お星様自体が燃えてるから光ってるんだよ」
「へぇー」

 何処と無くシュールな会話をする、兄弟。
 10才にも満たない癖に、リアルなことを5才にも満たない弟に教えるな。兄よ。

「じゃあ、お星様になった人はどうなるの?」
「塵になる前に、破裂して宇宙の塵になるね」
「そーなんだー」

 だから、そんな話をするな。

「でもさー、生きて帰って来た人もいるよ?なんで?」
「それはね、そこで死んだら今後の展開に困るからだよ。あと、作者の都合」
「ふーん」

 いいのか、こんな話をして。

『おい』
「ん?なに?」
「なーにー?」

 声をかけると、振り向いた兄弟。
 ぽけーっとしている兄弟に、今現在を教えてやった。

『後20秒で大気圏に突入します』
「・・・・」
「・・・・」

 教えると、石像のように固まる兄弟。
 口を開いた弟が、

「ねえ、耐熱すら付けられていない宇宙船で、大気圏に突入したらどうなるかな?」
「それはね、燃えて跡形もなくなっちゃうんだよ」
「へー」

 いつものように会話をする兄弟。
 さらに、現実を。

『現在の速度で突入すると空中分解をします。脱出の準備を』
「ねえねえ、この宇宙船には脱出ポットなんてあった?」
「実は1艇もない」
「そーなんだー」
『後5秒で大気圏に突入します』

 結局、最後まで。

「ねえ、辞世の句を思いついたんだけど」
「なんだい?それは」

 弟が口を開いたところで、宇宙船が燃えた。
 そしてそのまま、燃えながら重力に従い落ちて行く船。
 丁度、落下地点近くでは、クリスマスというものをやっているそうだ。
 助かる事が無いので、地表へ向けてメッセージを送った。

『メリークリスマス』

 その日、日本の上空で真っ赤に輝く流れ星が流れたとさ。


8 :ありか :2007/12/27(木) 15:39:57 ID:mmVco4xF

和服+父ちゃん 前編

おれの父ちゃんは大変な変わり者だ。

 断言できる。まだ、10歳のおれが断言してしまうのだ。だから間違いない。
 おれの名前は、三谷光太朗。父ちゃんの名前は、三谷元。別に、名前から批判しようなんて思ってない。ただ、確認しただけだから。
 まずます、一番元に言っておかなくちゃいけないのが、父ちゃんの普段着。父ちゃんは、普段……。普段ってのは、平日だったり休日だったり、そのへんを全部入れて普段って事にする。まあ、とにかく普段。父ちゃんは和服を着て生活をしているのだ。
 和服って言うのは、みんなが夏にお祭りだ凡祭りだとか言って着る服。アレは浴衣なんだけど、父ちゃんが着ているのは、ちょっとそれよりは良い作りをしている着物。
 とにかく、ソレを朝から晩まで、春から冬まで、寝ても覚めても着ているのだ。それ以外を着ているところを、おれは見たことがないのだ。
 別に、ウチがお寺とか神社とかじゃないけど、父ちゃんは和服なのだった。
 や、おれは別に和服が嫌いとかじゃない。別に、和服だって時と場合を考えれば、着たって可笑しくないじゃん。でも、毎日着てると……やっぱ……。
 うん。でも、これだけじゃないから困ったんだ。
 父ちゃんは、実は金髪なのだ。和服に金髪。
 最初に確認したとおり、父ちゃんは日本人だ。ソレは間違いない。おれだって日本人だもん。その証拠に、父ちゃんは昔は黒かったんだ(髪の毛)とおれに言ったことだってある。だから、そのへんは確かの情報。
 でも、だとしたら……どうして和服なんか着ているんだよ。アンバランスすぎだって。
 しかもしかも、そんな父ちゃんの仕事は作家さんなのだ。話を考える人。だから、いっつも家の中で、金髪和服のまんま机に向かって字を書いている。
 そんな父ちゃんの後ろ姿を見ていると……小さい頃から見ていると、常識っていうものを勘違いしてしまいそう。なんて心配してくれたらありがとう。
 でも、おれはまっとうな人間。10歳にもなれば、周りの大人と父ちゃんの違いくらいは分かるようになる。
 よって、おれの中では父ちゃんは“変わり者”となっているのだから。
 そして、これから始まる話しも。
 おれ、三谷光太朗と、父ちゃん元。クリスマスも近い、12月の話。


 光太朗は、コタツから上半身を出してテレビを見ていた。テレビではちょうど、この時期に合わせて発売を開始した、新作のゲーム機の宣伝が始まった。
「………」
 光太朗はそのコマーシャルをじっと見ている。そんな光太朗の反対側で、はんてんを肩からかけた状態で原稿用紙に向かっているのは、光太朗の父、元だ。
 元は時々「う〜」とかうなりながら、書いたところを消したり、書き足したりしている。
 テレビが付いていることにすら気づいていない感じだった。
 コマーシャルが終わると、光太朗はチャンネルを手に持って番組を変えていく。そして、再びさっきのゲーム機のコマーシャルが始まると、そこで止める。その繰り返し。
 やっと、元が顔を上げた。
「光太朗、うるせー」
「おれ、なんも話してないけど」
 光太朗は元の顔を見ずに答える。元のこめかみが少しだけ動いた。そして、コタツから手をのばして光太朗からチャンネルを奪う。
「おう!?」
「没収。外にでも行け、風の子」
 元はそう言うとチャンネルを自分の胸元に入れる。そして、再び原稿用紙。
「う゛――――」
 光太朗は不満たらたらな声を出し、仕方が無くコタツから出る。そんな光太朗の様子に、元は満足して頷きながら、右手に持っていたシャーペンをくるくる回して、左手をヒラヒラと振った。
「いってらっしゃーい。暗くなるまでには帰れよー」
 しかし、光太朗が向かったのは外へと続くドアではなく、元の方だった。
「ん?」
「あれ、欲しい」
 始まったのは、素直なおねだりだった。無言の要求を跳ね返された今、残った手段はこれだけだった。
「あれ、欲しい!みんな持ってるんだぜー。おれ、いつも借りてばっかだもん」
「借りて何が悪い。人生そうゆうものだろー?」
 元は面倒くさそうに光太朗に答える。光太朗は元の横にぺたりと座る。
「いいじゃん、買ったってー!みんな、本当に持ってるんだって」
「みんなってどれくらいだよ」
 その言葉に、光太朗は少しだけ考えて
「いち君だろーたかしだろー良太だろー大島だろーりくやだろー祐貴だろー……ほら、こんなにみんな持ってるんだぜ!」
 指を折りながら、そしてソレを見せながら光太朗は言った。
「みんなって……6人かよ。光太朗君。世界には、きみと同じ年齢の子供がたっっっっっくさんいることを、よく!知っておいて下さい」
 そして、元は再び原稿用紙に行ってしまった。
 光太朗はそんな元を見て、ほっぺを膨らます。
「なんでだよ!いいじゃんそれぐらい!クリスマスだろ?」
 光太朗は大声で言う。
 その言葉に、元は手を止めた。そして、静かに光太朗の方を見る。
「光太朗」
 元はゆっくりと光太朗の肩に手を置き、そして正面から見る。
「っ……?」
 光太朗は思わず黙り込んだ。
 元は、だんだんと顔を光太朗に近づけ、そしてあと10pぐらいで止めて、そして口を開いて

「ウチは、仏教」

 その言葉と同時に、光太朗のおでこに鋭いデコピンが入った。
「うがっ!!!」
 光太朗はおでこを押さえながら、急いで元から離れる。そして、元を睨む。
「痛って――――――――――――!!!!!」
 後からじんじんと痛くなってくるのだ。
「父ちゃんのばっか!!!」
 光太朗は外に出るドアの近くに置いておいたジャンパーを羽織り、そんな捨てぜりふを残して外へ飛び出した。
 バタンッと、わざと大きな音を立てながら閉められたドアを見ながら、元は静かに溜息をついた。そして、そのまま後ろにごろんと寝ころび、天井を見る。少し長めの金髪をかき上げ、むき出しになっている電灯を見ながら、目を閉じる。
「もう……そんな時期か」
 小さな声でそう言った。


「ちぇっ」
 光太朗は小さく舌打ちをしながら、アパートの階段を下りていく。
「あ、コータロー!」
 その時、下の方から声が聞こえた。
 光太朗が下の方を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
 名前を、西村美鈴と言う。職業はどこかの出版社の編集者だが、今は元の専属としての仕事を任せられている。
 と、言うわけで光太朗とも割と顔なじみだ。
「美鈴―」
「美鈴お姉様でしょがー」
 ハスキー気味な声で、美鈴は笑う。トントントンと、軽い足並みで階段を上ってきて、光太朗の段まで来ると、手に持っていたレジ袋を見せる。
「にーくーまーん。コータローも喰わない?」
 そう言うと、美鈴はにっこりと笑う。
「今から、父ちゃんの所に行くの?」
「うん、一応ね。ちょっと次回作の話し合いとかも」
 光太朗は、じっと美鈴の顔を見た。そして、ふいっと目を反らし、そして小さな声で言う。
「いらね」
 そして、そのまま階段を駆け足で下りていった。
「あ、いらないのー?暗くなる前には帰っておいでよー」
 後ろから、そんな声を耳にしながら、光太朗はぎゅっと目を閉じた。
(なんでそんな事気にするんだよ)
 そんな事を、心の中でふと思った。
 その瞬間、光太朗は足を止めた。気づけば、既にアパートの外にいた。光太朗はアパートを見上げ、そして自分の部屋のあるところをじっと見る。
 いまごろ、美鈴が部屋に入ってきているのだろう。
 光太朗は想像する。
 そして、元はコタツから急いで抜け出し、とりあえず美鈴を部屋に招き入れる。美鈴は当然のようにコタツに入り、そして元はお茶を出す。初めのうちは仕事の話もするけれど、そのうち関係ない話になる。
 そこまで考えて、光太朗は頭を振った。
 何、考えているんだろう。そんなこといつものことじゃん。
 しかし、それでも……何かが光太朗の心の奥で引っかかっていた。それは、いつもよりも綺麗に化粧をしている美鈴を見たからかもしれないし、ただ単に、元に追い出されてイライラしているだけかもしれない。
「……あ〜あ、どうしたんだろ、おれ」

「ヤキモチじゃね?」
「やきもちぃ〜?」
 光太朗は、隣で必死にコントローラーのボタンを連打している深沢祐貴を見る。祐貴は少し頷くと、小さく息を吐いて光太朗を見る。
「そ、ヤキモチ」
 祐貴はそう言って、光太朗にコントロ−ラーを渡す。光太朗はソレを受け取り、なんだか不満そうな顔で画面を見る。
「なんでヤキモチなんだよ。っていうか、誰が誰にヤキモチやくんだって」
「そーれーはー……あ〜!!光太朗、そこは左右下下!光太朗が、美鈴お姉様に」
「……げ」
「何が『げ』だよ」
 途中にゲームの操作法を交えながらも、祐貴はそう断言した。
「なんでおれが美鈴にヤキモチやくんだよ」
 光太朗は必死にコントロールをしながら聞く。
「だって、光太朗ってずっと父ちゃんと住んでたんだろ?だから父ちゃんが美鈴お姉様に取られるんじゃないかって思って警戒してるんだって。そんで、今日のお化粧見て、しかも二人きり。聞いたところ、光太朗の父ちゃんが光太朗を追い出したんだろ?もしかしたら……」
「二人きりに……なりたかったとか?」
「じゃね?」
 思わず、光太朗は指を止めてしまった。
「おい!!!」
 祐貴は光太朗の手からコントローラーをひったくり、急いで修正する。
「どっちにしても、光太朗って母ちゃんいないんだろ?光太朗の父ちゃんって見た目かなり若いし、カッコ良いじゃん。美鈴お姉様だって美人だし、ぴったりじゃね?」
「……じゃない」
 小さな声で、光太朗は返した。ソレを聞いて、祐貴はふぅと肩をすくめ、、しすてゲームに集中しだした。
 光太朗も何も言わずに、ゲームの画面を見ていた。しかし、内容までは全く理解できなかったし、そして楽しむことも出来なかった。


 三島灯。それが、光太朗の母親の名前だ。
 実際は、光太朗が5歳までの母親の名前。現在は、光太朗の前から姿を消し、時々手紙を書いてよこすぐらいで、全く姿を現さない。
 光太朗が5歳のある日を境に、灯は家を出て行ってしまったのだ。
 光太朗が覚えているのは、灯と手をつないで歩いたこと。そして、灯の笑顔。
 常に笑顔だった彼女は、ある日を境に笑わなくなり、そして家から姿を消した。突然のことで、光太朗も何がなんだか分からなかったが、今でも一年に一回、この時期ぐらいのペースで手紙が届く。
 そこに書かれていることは、灯の現在の生活と、光太朗をいたわる言葉。最後に、愛しているという文字。
 この手紙が届くと、元は必ず光太朗に持ってきてくれた。そんなこんなで光太朗はソレを捨てずにずっと大事にしている。
 灯は、現在は実家で暮らしているらしい。その理由は、灯が小さい頃から病弱な体だった事もあり、最近ソレが急に酷くなった事から、病養のために、とのことだ。
 会いに行きたい。
 でも、会いに行けない。
 病気だからって言うことも分かるし、だから会いたくても無理だって事も分かる。
 でも……
 でも……


「うぃっす、コータロー」
「あ、まだいたか」
 帰った光太朗を待っていたのは、やはり当然のようにコタツに入っている美鈴だった。
 どうやら元は、近くのコンビニに行ったらしい。
美鈴は暖かそうにコタツに潜り込んでいる。その顔は、幸せそのものだった。
 そん美鈴の顔を見ても、光太朗は嬉しくも楽しくもなかった。
 父ちゃんには、今はいないけど母ちゃんがいるんだ。
 そんな事を想いながら、光太朗はコタツに入っている美鈴を睨む。
「ね、コータロー」
「?!な、なに?」
 急に声をかけられ、光太朗は驚く。そして美鈴の顔を見て、何もなかったかのように聞く。
「ぶっちゃけさー……あたしのコト、嫌い?」
「――――――――――――………!!!」
 唇をかむ。動揺するな。光太朗は、必死で感情を押し殺そうとした。
「き………って、なんでそんなコトいきなり……」
「や、べつに。どうなのかなって」
「………どうって……!!別に、嫌いじゃない……よ」
 一瞬、感情が爆発しそうだった。
 しかし、光太朗はソレをぎゅっと押し殺す。その時、まるで心臓を握られたかのようにきゅっと痛かった。
 途端に、吐き気が襲った。
「っ―――――――――――!!」
 光太朗は両手で口を押さえる。そして、美鈴に見つからないようにコタツに潜り込む。
 何とか押し込め、そして息をゆっくりと吸ったり吐いた入りする。落ち着いたところで、光太朗はコタツからもそもそと起きあがり、そして美鈴を見る。
 それに気づいた美鈴も、光太朗の方を見て。
 そして笑った。
 恥ずかしそうに。
 一瞬、光太朗の頭に灯の笑顔が広がった。
 その途端に胸に広がる感情。
 後悔なのか、罪悪感なのか、一体何なのかが分からない。
 光太朗はコタツから出て、自分の部屋に行く。そしてドアをしっかりと閉め、布団に潜り込む。
 目をぎゅっと閉じると、浮かんでくるのは灯の笑顔。
 
母ちゃん、母ちゃん……会いたい。
 会いたいよ。
 声が聞きたいよ。
 抱きしめて欲しいよ。
 母ちゃん……

 光太朗は、今まで届いた手紙を入れいている小さな箱を抱えたまま、その日は眠ってしまった。


 日曜日。その日は、朝から雪が降っていた。
「お〜、珍しいよ」
「さみぃ……」
「父ちゃん、雪降ってるよ」
 光太朗はドアを大きく開け放ち、外の景色を見せる。当然のように雪はびゅんびゅん入ってきた。
「こら、閉めなさい」
「雪ぃー」
「珍しくも何ともねぇだろ。閉めろ」
 元は寒そうに身を縮めながら、そそくさとコタツに入っていく。
「光太朗、お茶くれー」
「あーい」
 ドアを閉め、光太朗は台所へ行く。あらかじめ電気ポットでわかしておいたお湯を、お茶っ葉をいれた急須に注ぎ、それを二つのコップに注ぎ入れる。
「はい、お茶」
「うむ」
 元はお茶を受け取り、ずずずと音を立てて飲む。光太朗は息を吹きかけながら、お茶を冷ましていた。
「あ、光太朗」
「ん?」
 名前を呼ばれ、光太朗は顔を上げる。
「今日、父ちゃんちょい出かけてくるから、家帰ってもいねぇからよろしく」
「え……」
 光太朗は、思わず元の顔をまじまじと見る。
 元は相変わらずの姿で、とても外へ行くようには見えなかった。しかしよく見ると今日の和服は、いつも家の中で着ているものとは少し違った。元にとってのよそ行きの服だ。
「……どこ?」
 お茶を飲みながら、元は聞く。
「うん。取材でちょっと遠くまで。明日の夜に帰ってくるけど、ご飯とかは電子レンジにすぐ食えるもん置いておくし、別に心配しなくていいから」
「……美鈴」
「あ、うん。西原も一緒に行くから、寂しいからって電話してもいねぇよ?分かった?」
「―――――――――――いっしょに行くの?」
「うん。ほら、そろそろ準備しなくちゃ」
 そう言うと、元はコップを持って立ち上がり、台所へ消えていった。
 光太朗は一人、コタツに入ったままじっと考えていた。
 やがて、光太朗は立ち上がり、棚の上に置いてある電話の受話器を持って部屋に入る。そして壁に貼ってある、クラスの連絡網から祐貴の名前を見つけると、その番号を押して、受話器を耳に当てた。
――――――――プルルルル・プルルルル・プルッ
『もしもし、萩矢です』
 やがて、電話には聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ、おれだよ、光太朗」
『光太朗?なに、今日も遊ぶ?』
 祐貴は楽しそうな声で話してきた。
「や、ごめん。今日はちょっと……」
『……なんかあったのかよ?』
 光太朗の暗い声に、祐貴は心配そうに聞いてくる。
「実は……今日、父ちゃん出かけるんだ」
『うん』
「美鈴といっしょに」
『――――――――わ、マジで?それってデート?』
「かもしれない。どうしよう」
『どうしようって……お前、どうしたいんだよ』
 祐貴の問いかけ。
 しかし、光太朗はすぐに答えることが出来なかった。
 
 おれって、どうしたいんだろう?
 父ちゃんには幸せになって貰いたい。
 父ちゃんにはいつも笑顔でいて欲しい。
 
 でも

 でも……

 それは、あくまでも母ちゃんの隣であって欲しかった。
 おれの部屋に飾ってある写真のように、いつも母ちゃんの隣にいて欲しかった。

 今は、母ちゃんがいない。
 どうしてこんな事になってしまったのか分からないけれど、それでも。
 あの頃に戻りたかった。
 母ちゃんに抱っこされて、そしてその母ちゃんを後ろで抱っこする父ちゃん。
 ずっとそうでありたかった。

 そうでありたかったんだ。

「おれ……母ちゃんに、戻ってきて欲しいよ……父ちゃんと、もう一回いっしょに住んで欲しい」
『……だよな。おれも、その方が良いと思う。美鈴お姉様は綺麗だけど、やっぱ光太朗の母ちゃんは世界に一人しかいないって』
「―――――――――うん!」
『よっしゃ!じゃあ、さっそく光太朗は母ちゃんに会いに行けよ』
「え?!」
『住所とか、分かるだろ?近くまでは電車で行ってさ、駅から先はタクシー使えばいいじゃん?』
「あ……会いに、かぁ〜……」
『そうそう。そんで、母ちゃんに会ったら言うんだぜ?『帰ってきて!』ってな。大丈夫だって、子供が会いに来たんだぜ?ソレだけで泣いちゃうよ』
 祐貴は楽しそうにいうが、光太朗は不安だらけだった。
 5年前から、手紙だけのやりとりで一度もあったことのない母親。会いに行ったとしても、自分の顔が分かるだろうか?覚えているのだろうか?
 光太朗は、チラリと写真を見る。
 ずっと大事にしてきた写真。家族で写っている、大切な瞬間。
 光太朗、元、そして灯。みんなが笑顔の写真。
 光太朗は、ぎゅっと手を握った。
「うん。おれ、行くよ」


 車の中だった。
 運転席には美鈴。そして、助手席には元。二人は静かに、ただ前だけを見ていた。流れる音楽は静かで、ソレが余計に静かな車の中の雰囲気を崩せないでいる。
 外は雪、そして車は渋滞。
「……着くの、時間かかりそうだね」
 美鈴が口を開いた。
「―――――――――そだな」
 元はぼんやりと前を見ながら答える。
 本当は、こんな混んでいる道を通らなくてもいける道があったのだ。しかし、美鈴はあえてこの道を選ぶ。
 元も、その事には決して口を出さなかった。
「………ハジメ。ナビ、目的地に合わしておいて」
「……俺、知ってるけど」
「合わせといて」
「……おう」
 カーナビを操作する音と、静かな雪の音。
 元が横を見ると、そこを楽しそうにプレゼントを持っている夫婦が歩いていった。子供のためだろうか?3つも抱えているところを見ると、今日はお金を使ったんだろう。
「―――――――――っ!」
 元は窓の外から目を反らした。
 そして、自分の大切な男の子とを考える。
「……光太朗」
「あ、動いた」
 車は、ゆっくりと動き出した。しかしすぐに止まる。
「あ〜あ、電車とかのほうが速いな、これは」
 美鈴はチラリとカーナビの目的地を見る。

『○○県××村 8番目の9』


 ガタン・ガタン・ガタン
 光太朗は、窓際の席に座っている。外の景色は後ろに流れていき、そしてすぐに違う景色が飛び込んでいく。
 電車の中はすいていて、乗客はほとんどいない。
 ふと、手の中にある小さなキップを見つめる。

『○○県駅行き 乗車券』


9 :ありか :2007/12/27(木) 15:43:20 ID:mmVco4xF

和服+父ちゃん 後編


『○○県駅行き 乗車券』

 電話の後、光太朗はすぐに灯の実家の住所を調べた。住所はすぐに分かった。今まで出してきた手紙や、貰った手紙。そこには、ずっと1つの住所が書き続けられてきたのだ。
 今まで集めてきたお金や、光太朗が知っている元のお金隠し場所からお金を取ってきて、そしてこの電車に乗り込んだ。
 祐貴からの助言で、不安そうにしていると怪しいから、自信を持って行け!っというわけで、光太朗は出来るだけしっかりとした足取りで電車までは乗ることが出来た。
 しかし、電車に乗ってからは一気に気がぬけたのか、急に足が震えてきた。体全体がだるくなってくる。
「……さむい」
 光太朗はマフラーを首にしっかりと巻き、そして再び窓の外を見る。
 どんどんと流れていく景色。
「母ちゃん……」
 光太朗は、鞄の中に入っている写真立てを取りだし、そしてソレを大事そうに抱きしめた。
(母ちゃん……)
 やがて、電車は駅に着いた。

「××村まで、お願いします」
 光太朗はタクシー運転手に言うと、運転手はバックミラー越しに光太朗を見る。
「ぼうず、親は?」
「……今から、会いに行くんです」
 咄嗟のことに、自信を持ってという言葉を忘れてしまった。しかし、逆にその言い方が効いたのか、運転手は『そうか……』と言うと、車を発進させた。
 雪道と言うこともあり、車のスピードは遅かった。しかし、それでも光太朗は灯にだんだんと近づいているという事実を感じていた。
 心臓の音が、自然と大きくなる。
 最後の記憶がよみがえってくる。
(……最後の……記憶?)
 光太朗は、ふと思った。
 確か、最後に灯を見たのはこんな雪の降る季節だった。
(……あれ?)
 灯と手をつないで、歩いていたんだ。
 いつもはここまでしか出てこない記憶。小さい頃だったから、きっと何処までが最後にあった記憶なのかが分からなかったのだと思っていた。
 気づいたらいなくなったのだと思っていた。
 でも、今日はしっかりと思った。
(………最後?)
 思った。
(じゃあ、おれ……いつ母ちゃんと別れたんだ?)
 今までの手紙を思い出す。
 そこにも、決して最後にあった時のことなんて書かれていない。
(最後の、記憶?)
「着いたよ」
「あ!」
 運転手の声に、光太朗はハッとして顔を上げる。急いで財布を引っ張り出し、お金を運転手に渡す。そして、雪の降る外へと出た。
 そこは、大きな木造の平屋だった。大きな門には、立派な筆遣いで『宮宅』と書かれている。灯の旧姓だ。
 光太朗は、ごくりとつばを飲む。
 手を伸ばし、そして門を叩こうとした―――――――――その時

「だれ?」

 光太朗はビックリして振り返ると、そこには上品そうな和服の女性が立っていた。
「あ……えっと……」
「………もしかして、あなた」
 女性の目がだんだん大きくなる。
「光太朗くん?」
「―――――――――はい!そうです……」
 光太朗は頷く。
「母ちゃんに、会いに来ました」
 そして、女性の顔を見る。
 女性は光太朗の顔を見て、そして周りを見る。
「はじ……お父さんは?」
「父ちゃんは、いないです。おれ、一人で来ました」
「…………そう。分かったわ、じゃあ、ここは寒いから中に入りましょう?」
 そう言うと、女性は光太朗の手を握って中へと導いてくれた。
 光太朗は、女性を見上げた。
 なんだか知っている角度だ。
「あ……」
「ん?」
 女性が光太朗を見る。
「おばあ……ちゃん?」
 それは、灯と手をつないだ時に見上げた時と、よく似ていたのだった。しかし、おばあちゃんと呼ぶには若すぎるようにも見え、光太朗は少し遠慮気味だった。だが、女性はクスリと笑うと、『そうですよ』と言って頷いた。
「覚えていて、くれたんですね。もう5年も前以来だったから……光太朗くん小さかったし、忘れてるかと思った」
 女性は嬉しそうに言った。
「えと、母ちゃんと似てるなって思って……」
「………そう。光太朗くんは……灯のこと、しっかり覚えておいてくれたのね」
 そう言うと、女性は前を向いて歩き出した。
 中に入り、光太朗は部屋に通される。
 あまりにも綺麗で、整とんされた部屋に、光太朗は落ち着かないようにそわそわとしていた。
 やがて女性がお茶とお菓子をもってきてくれた。それを光太朗に渡し、女性は光太朗の前に座る。
「それで……今日はどうして、わざわざ来たのかしら?」
「あ……えっと」
 光太朗は悩んだ。
 灯にあって、戻ってきて欲しいと言いたいだけだった。しかし、ここで灯の親にそんなことを言っても、戻らせてくれるか分からない。
 とかいって、戻ってきて欲しい理由に、元の浮気疑惑を出すなんて絶対駄目だ。
 ぎゅっと、拳を膝の上で握る。
「おれ……」
 俯いてしまう。

 どうすれば良いんだろう?
 というよりも、なんで母ちゃんは出てきてくれないのだろうか?
 おれは、おれはただ……

 涙が、ぽつりと拳の上におちる。
「おれはただ……母ちゃんに会いたいだけなのに……」
「―――――――――――――――光太朗くん」
「お願い……母ちゃんに、会わせて……」
 光太朗は、口から次々と言葉が出てきた。しかし、それを止められるほど光太朗は大人ではない。ただ、ずっと「会いたい」とつぶやいた。
「会いたい、ずっと、ずっと会いたかった。母ちゃんに……ずっと!」
「もういいわ」
 その時、光太朗を女性が抱きしめた。
「―――――――っ!」
「ごめんね、辛い思いばかりさせて。あなたはまだ10歳だったから。だから……」
「……?」
「分かった。灯に……お母さんに、会わせてあげる」
 光太朗は女性を見た。
 しかし、女性の顔はとても悲しそうなものだった。


「ごめんください……三谷です。様子……見に来ました。ごめんくださーい」
「……変ですね?」
 美鈴がそう言いながら、元を見る。
「………誰もいないってことは無いからな……。なか、入るか」
 そう言うと、元はその家の門を開き、ドアを開けた。
 そして、目を落とす。
 上品な履き物ばかりが並ぶ、大きめの玄関。そこに、明らかにふさわしくない物があった。
 子供用の靴が、一足分並べられていた。
「――――――――――――っ!!!!」
 元の体の中の熱が、一気に冷めた。頭のなかが真っ白になった。
「こ、この靴!!」
 美鈴も気づいたのか、顔を強ばらせた。美鈴が顔を上げた時には、すでに元は靴を脱ぎ捨て、長い廊下を走っていた。
 目指す部屋は決まっていた。

 なんで、こんな日に。
 よりにもよって今日。
 しかも……このタイミングで。

「っ……!!!」

 バンッ!!!!

 元の足が止まった。
 目指していた部屋のふすまが、勢いよく開いたのだ。
 そして、そこから一人の子供が飛び出してきた。
「――――――――――――――光太朗」
 元は光太朗の名前を呼ぶ。
 その子は、自分の大切な子供。どんなときでも支え合った、大切な存在。
 
その、光太朗の顔は、悲しみで歪んでいた。
 
 光太朗も、元の顔を見た。
 その目が驚きで開く。
 何か言おうとしたのか、唇が震えていた。
「こ……」
 元が手を差しのばした。しかし、その手が光太朗に届く前に、光太朗は手を思いっきり叩いた。
「っ――――――――――!!!」
 元は光太朗の顔を見る。
 もう一度、と思ったが、その顔を見た瞬間手が止まった。
 光太朗はそのまま走り出し、元の横をくぐり抜けていった。
「ちょ、ちょっとコータロー!」
 玄関で立っていた美鈴は驚き、そのまま突っ込んでくる光太朗の肩を捕まえ、そしてそのまま後ろに倒す。
「なんでこんなところに……!!」
「――――――――それは……こっちの言うことだ!!!なんで、二人がここに来てるんだよ!!」
 光太朗は、押し倒されたまま美鈴に叫ぶ。
「コータロー……」
 美鈴の顔も強ばった。
「なんで……なんで、なんで教えてくれなかったんだよ……!!!母ちゃん……母ちゃんが……」


 そこは、光の差し込む暖かい部屋だった。
 部屋の真ん中に、布団が引いてある。そして、そこに一人の女性が座っていた。
 彼女は手におはじきを持ち、それで楽しそうに遊んでいる。
 黒い髪。和服。
「か……母ちゃん」
 光太朗は、一歩前に足を踏み出した。その時、その音に気づいたのか、女性……灯は顔を上げて、光太朗を見る。
 目と目が合う。
 光太朗は、嬉しさのあまり、抱きつきたかった。
 しかし――――――――――――――

「あなた、だぁれ?」

 灯は、満面の笑顔でそう言った。
「―――――――――――――な、んで」
 光太朗はよろめく。その光太朗を、あかりの母であり、光太朗の祖母は支える。そして、光太朗をその場に残したまま部屋の中に入り、そして灯の隣に座る。
「光太朗くんよ。灯に会いに来たの」
「……こうたろーくん?」
 灯は首を傾げ、そして光太朗を見る。まるで、初めてあったかのような仕草。子供のような仕草。
 再び、灯と光太朗の目があった。
 灯は、泣きそうな光太朗の表情に気づいているのか、いないのか。そんな光太朗を見て、満面の笑顔で言った。

「はじめまして」

 その瞬間、光太朗の世界が壊れた。
 今まで信じてきた世界が、あっという間に壊れてしまった。
「う……うそだ……うそだうそだうそだ……」
「ウソじゃないわ。灯は、全然覚えていないの。お医者さんの話だと、灯は今……6歳ぐらいの女の子。ずっと、ずっとそこから動けない」
 そう言う女性の声が、光太朗の胸に突き刺さる。
「なんで……おれ、ずっと……母ちゃんは病気で……だから、だから……なんで」
「そう、病気よ。でも、決して治ることのない病気。あなたには辛すぎるでしょ?だから……だからきっと、ハジメさんもあなたをここに連れてくることがなかったのよ。特にこの時期」
「え?」
「だって……あなたも、忘れているでしょ?どうして灯がこうなったのか」
「どういう……こと?」
「どういう事もなにも……」
 女性は、ぎゅっと灯を抱きしめる。
「灯がこうなったのは……あなたのせいだから」
「―――――――――――――――」
 光太朗は息を呑んだ。
 呼吸も出来なくなった。

 こうなったのは、あなたのせい?
 自分のせい?
 忘れている?
 この時期?
 だから会わせなかった?

「あ……そんな……」
「覚えていないだけだけど……そうだけど……あなたを守るために灯は………」
「う、うそだぁ!!」
 光太朗は、思いっきりふすまを開けた。

 逃げたかった。
 この現実から。
 この真実から。


「なんで、なんで教えてくれなかったんだよ……!!母ちゃんが、おれのせいで……」
「そ、それは!」
 美鈴は思わず手の力を抜く。
 その瞬間、光太朗は美鈴から抜け出し、そのまま雪の降る外へと飛び出した。
「こ……コータロー!!!」
 手を伸ばす。しかし、その手は届かず、光太朗は走っていってしまった。


 奥の部屋から、女性が飛び出てきた。
 女性は、口を押さえて涙を流している。
「わ……私、なんて事を……!!!」
 その場で女性はしゃがみ込んだ。
「分かってたのに……あの子のせいじゃないって……でも、でも……灯が……」
「光太朗は……灯のこと、知ってしまったのですか」
 元は冷静に聞いた。
 女性は頷く。
「ハジメ!速くコータロー追いかけなくちゃ!!」
「ちょっと……待って」
 元は部屋の中に入っていく。そこには、灯が座っていた。
 元は灯の目の前に座り、そしてそっと両手を握った。
「灯……ただいま」
 静かにそういと、そのまま目を閉じる。
「ごめん。俺達の大事な子供が、いま辛い思いをしている。俺は、あの時の君との約束どおりにずっと……黙ってきた。でも、もう終わりだ。全部、全部話してくる。だから……」
 その時、今まで力無く握られているだけだった手に、微かに反応があった。
 元は灯を見る。
 灯は、いつものように無邪気な笑顔を浮かべていた。
「――――――――――よし、行こう」


 雪はすでに足首ぐらいまで積もっていた。しかし、光太朗は靴に染み込むのにもかかわらず走り続けていた。
 途中で何度も転びそうになるが、今はとにかく遠くへ行きたかった。
 出来れば、この世界から逃げたかった。
 なにがしたいのかも分からなかった。
 自分が、どうすればいいのかも分からなかった。
 光太朗はなにも覚えていない。
 どうして灯がああなったのか、全く覚えていない。
 どうして元が今まで黙っていたのか、全く分からない。
「うっうっ……」
 涙だけが溢れてくる。心の中はぐちゃぐちゃで、感情すら湧いてこない。
 町の灯が見えてきた。
 明日はクリスマスイヴだ。イリュミネーションの光が、町を明るくともしていた。
「あ……」
 その瞬間、光太朗の頭にどこかの風景が写った。
「………」
 そこも、雪の降る町だった。イリュミネーションが輝いていて、とても綺麗だなと思ったんだ。
 光太朗はそれを夢中で見ていた。

――――――――――誰と?

 光太朗は、自分の手を見つめる。
 この手を、誰かが握っていた。でも、でも、でも………
「あぁ………」
 光太朗は、足を止めた。
 そして、ぎゅっと手を握る。
 息が白い。とても寒い。
 光太朗は空を見上げた。雪は絶え間なく降り、そして視界を白くする。
「なんで……」
 光太朗は角を曲がった。
 そのとき、一台の車が光太朗の方向に走ってきた。急に角を曲がったため、光太朗に気づかなかったのだ。
「あ……」
 光太朗はその車を見つめた。
 どこかで、見たことのある光景だった。
「………母……ちゃん」
 無意識に後ろを向く。
 そうだ。
 あの時も、光太朗は後ろを向いた。自分を呼ぶ声が聞こえたから。
 名前を呼んだ人は、灯は……必死な顔で光太朗に手を伸ばし、そして抱き抱えた。
 光太朗は、ただ嬉しくて。
 名前を呼ばれたことも、抱きしめてくれたことも、なにもかも。

 でも――――――――――――――

 光太朗は見てしまった。
 そこには、あの時と同じように……誰かが走り込んできた。
 必死な顔。伸ばした手。

「光太朗―――――――――――――!!!!」

 名前を呼ぶ。

 激しい衝撃。
 光太朗は突き飛ばされたのだ。すぐに地面に落ち、その痛さでうずくまる。
 しかし、すぐに体を起こして、さっきまで自分のいたところを見た。
 そこで、一人の人物が倒れていた。
 その周りの白い雪が、徐々に赤く染まっていく。
「と……父……ちゃん」
 それは、元だった。
 あの時と同じように。
 5年前、灯が光太朗の身代わりとなって轢かれたように、今度はそこに元が倒れていた。
「父ちゃん……父ちゃん……やだ、やだよ……そんな……」
 光太朗はふらふらと元に歩み寄る。
 周りにいた通行人も、ざわざわと騒ぎ出してきた。救急車を呼ぶ声も聞こえる。しかし、誰も光太朗に気づいていなかった。
「父ちゃん!!!」
「駄目ぇ!!!」
 美鈴が光太朗を抱きしめる。
「駄目、動かしたら駄目よ!!救急車、すぐ来るから……!」
「は、離してよ!!父ちゃんが、父ちゃんが……!」
 光太朗は美鈴の腕のなかで暴れた。美鈴はそれを必死で押さえる。
「お願い……落ち着いて……コータロー……」
 美鈴の手が震えていた。
「お願い……灯も、元も……あなたを守りたかっただけなんだから……あなたまで……どこかに行かないで……」
 光太朗は美鈴の顔を見た。
「大丈夫、絶対に……元は強いから。元気だから」
「でも……でも、おれのせいで、母ちゃんも父ちゃんも……!!」
 光太朗の目から、再び涙が溢れてきた。
「おれ、の、せいで……母ちゃんだってあーなって……なのに、父ちゃんまで……」
 その瞬間、光太朗を誰かが抱きしめた。

「………だれが、誰のせいで?」

 光太朗は顔を上げる。
 それは、元だった。頭を切ったのか、血が顔にたれている。和服だって血で染まっている。しかし、その顔は笑っていた。
「父ちゃん……」
「誰が悪いかって?そりゃ、お前だよ」
「っ………」
 光太朗は身をすくめる。心に、言葉が刺さった。元が無事で良かった。しかし、その言葉が余計にいたい。
 しかし、元はそんな光太朗を見てさらに表情を軟らかくすると、そっと光太朗の頭を撫でた。
「馬鹿……。道路は気をつけろって、ずっと言ってきただろ?父ちゃんの言うこと、聞けないのか?」
「え……」
「俺がいたから良かったけど……。言っておくがな、光太朗」
 元は光太朗の顔を見つめた。
「お前がいない方が、俺達にとっては一番辛いんだ。だから……別に、もう……いいんだ。結果がどうなろうと、お前が無事だったんだから」
「父ちゃ……」
「んで、ごめん。灯のことをお前に内緒にしていたこと」
「ぁ……」
「あれは、確かに事故で頭を傷つけたが、本当に病気だったんだ。お前に気にして欲しくなかった。だから黙っていた。でも、それを望んだのは灯だ」
「え?」
 光太朗は顔を上げる。
「話したいことがある。ここじゃあだめだから、おれの頭もちょっと怪我しちゃったし、家に戻ろう」
 そう言うと、元は光太朗の手を握ったまま立ち上がった。


 もうすぐ、12月24日になる。
 光太朗は思い出した。その日が、光太朗と灯が事故にあった日だったのだ。
 二人はその日、プレゼントを選びに行っていたのだ。そしてその帰りに、事故が起こった。
 信号が青になり、光太朗はすぐに横断歩道を走っていった。しかし、右折車が光太朗に気づかず、突っ込んできてしまったのだ。
 それにいち早く気づいた灯は、光太朗を抱き抱えて、そのまま事故にあった。
 光太朗も灯もすぐに病院に運ばれた。幸い、光太朗はかすり傷で済んだが、灯はそうもいかなかった。手術が終わり、しばらく経っても目を覚まさなかったのだ。それは光太朗もいっしょだった。
 灯が目を覚ましたのは、それから5日後。
 灯は、元が見守るなか目を覚ました。しかし、目を覚ました後の最初の一言が、
「あなた、だれ?」
 だったのだ。
 すぐに精密検査がおこなわれたが、記憶に障害が生じたらしく、直る見込みは分からない。検査の結果、精神が6歳ぐらいになってしまっていた。
 そして、それから4日後に光太朗が目を覚ます。
 光太朗も、あの事故のことを忘れていた。
 元は決心したのだ。
 光太朗に、本当のことを言うと。しかし、それを決心した日のことだった。
 灯の記憶が、元に戻った。

「……元?」
「灯……お、思い出したのか?!俺のこと、分かる?」
 元はベッドに寝ている灯を抱きしめる。そして、灯の顔を見つめ、そして涙を流した。
「大丈夫、だよ。覚えてる……。元、光太朗……私の大切な家族……」
 灯は微笑みながら言った。
「良かった……光太朗、事故のことを忘れてて……。お前、記憶喪失になってたんだぞ?俺のことも光太朗のこともすっかり忘れてて……」
「うん、そうみたいだね」
「そうみたいって……。でも、よかった。今、光太朗連れてくるよ!」
 元はそう言うと、灯から離れる。
「あ、ちょっと待って!光太朗は……大丈夫だった?」
「あったりまえだよ!アイツ、お前に守られてピンピンしてるぜ?さすが、母親は強いよ」
 元の答えに、灯は「よかった」とつぶやく。
「よし、じゃあ連れてくる」
「待って」
「…………なんだよ」
「お願い。光太朗は、連れてこないで」
「…………なんで」
 元は灯を見つめる。
「分かるの、自分の体のことだから。私……たぶん、もうここにいられない」
「へ?」
「記憶、戻ったのは……たぶん、これを言うため。だから、今日が終わったらすぐに私は消えちゃうんだ」
 そう言う灯の顔は寂しそうに笑っていた。
 元には、それが冗談にしか聞こえなかった。でも、だからこそ分かる。灯がこんな冗談を言うはずがないと。
 ウソではない、と。
「……なんで、だ?」
「分からないな。なんでだろう?」
 灯も悲しそうに答える。その表情は苦しそうだった。
 元は再び灯のベッドに近寄る。そして、灯の手を握った。
「それで……言わなきゃいけないことって?」
「………ありがとう。元は……ううん、違う。私が言いたいのは……」
 灯はぎゅっと唇をかんだ。
「あぁ、駄目。涙が出てきそう。お願い、このこと、光太朗には黙ってて。事故のこと、ずっと内緒にしていて。私がこうなってるなんて、絶対言わないで」
 元は灯の手を優しく握る。でも、強く。
 こうしておけば、まるで灯がどこにも行かないというように。
「それで……残された時間、私は手紙を書くから。毎年、12月に……光太朗に渡して。そうすれば、私がまだ元気だって、きっと信じてくれる」
「うん、分かった」
「お願い……絶対よ?約束だからね。あの子、とっても優しい子だから……私の存在が、あの子の未来を潰しちゃうなんて……あなた達の足かせになるなんて、絶対イヤ」
「ならないさ。俺は、絶対そう思わない」
「うん、うん、分かってる。でも、ね。だからこそ。あなた達の優しさに……ずっと甘えていられない。あの子はまだまだ小さいから。心に傷を作りたくない」
 灯はそう言いながら、元の手を握り返す。その手に、涙がこぼれる。
「できれば……あなたとも、きっと別れた方が良いのかもね?」
「それは、絶対イヤだ」
「言うと思った。だからお願いはしない。でも、今のうちに謝っておくね?ごめんね……私のせいで、あなたの未来を潰しちゃって」
 元は、灯を抱きしめた。
 強く、強く。
「潰してない。灯がいるだけで、俺の未来は輝いていた。謝るんじゃない、むしろ……俺がお礼を言いたい!ありがとうって。それに、お前は消えるわけじゃないんだろ?記憶が無くても……灯が俺のことを覚えて無くても、俺が灯を覚えている。ずっと、ずっと……」
 その言葉に、灯は涙を流しながら笑った。
「私が元を忘れても……元が私を覚えてる、か……。良い言葉だね。あなた、きっと良い小説家になるよ。保証する。私には出来すぎた夫だったってね、いつか思うよ」
「……灯だって、俺には出来すぎた妻だった」
「うんうん。そして、光太朗は私たちには出来すぎた子供だった。あの子、きっと大きくなったらモテるわ」
「え、なんで」
「だって、あなた昔めちゃくちゃモテてたもん」
「そう言う灯だって……人気だったんだぞ?俺、結構苦労したんだから」
 いつの間にか、二人は笑っていた。
 見つめ合う。
 そのキョリ10p。
「いつも……あなた達のことを想ってる。ずっと、ずっと」
「待ってるよ、灯のこと。それまでは俺に任せとけ」
 そして二人はキスをした。
 涙が、再び溢れ出す。
 やがて唇が離れ、そして抱きしめ合う。
「悲しい。本当に、悲しい。あのこと会いたい。抱きしめたい。あなたとも別れたくない」
 灯はぎゅうっと元を抱きしめる。
「……大丈夫。ずっと待ってる。本当に。灯……」
「……はじ、めぇ……」

『愛してる』


「なに、その格好」
 美鈴は笑った。元が来ているのは真っ赤な着物。
「んー?サンタ」
 元は着物を見せるように、一週くるりと回る。
「今まで、クリスマスにプレゼントをあげてなかったのってさぁ……」
 美鈴はコタツに入りながら言った。
 あれから、3人は家に帰った。光太朗に本当のことを話したり、色々やってたら夜になったのだ。そして、今日はクリスマスイヴだったりした。
「あの日のこと、思い出すのが怖かったから?」
「まぁ……そうだな。でも、一応プレゼントは渡していたぞ」
「へ?コータロー、貰ってないって言ってたじゃん」
 美鈴は意外そうに言う。
「馬鹿、手紙だよ。あれは……れっきとした、最高のクリスマスプレゼントだ。ちょっと速かったりした日もあったけど……今日は、俺の手から渡そうと想う」
「んで、その格好と。ハジメが和服なのも、なにか理由ってあるの?だって……ハジメが和服なのも、あの日以来じゃん」
「……まぁ、それは、一応……」
 元は手紙箱から取り出す。
 そこには、あの日の内に灯が書いた手紙が入っている。正確な枚数は数えていない。ただ、封筒には『○歳の光太朗へ』とだけ書かれていた。そして、灯の家の住所。
「よし、そろそろ光太朗も寝た頃だし……置きに行くぞ!」
「おー」
「父ちゃん変な格好」
「ふぎゃーーーーー!!」
 振り返ると、光太朗が立っていた。
「こ、光太朗……起きてたのか!」
「あんなに騒いでて、起きてないわけ無いだろー。て言うか、父ちゃんそれってサンタのつもり?」
「……そだけど」
「んで、それは……」
「……プレゼントだ。ほら、今年分の手紙」
 元は光太朗に渡す。
 光太朗は受け取ると、その場で手紙を開けた。
「おい、あっちで読めよ……」
「………」
 光太朗は反応することなく、無言で読んでいった。
「ねぇ、なんて書いてあった?」
 美鈴が聞く。
 すると、光太朗の肩が少しだけ震え、そして顔を上げる。泣きそうな顔をしていた。
「母ちゃん……、病気が治ったら、またいっしょに暮らそうって……」
 光太朗はそのまま泣き出した。静かに、静かに……。
 美鈴は寂しそうな顔で、光太朗の頭を撫でる。
 しかし、元は少し考えていた。
 やがて、その顔が明るくなる。
「そうだ……一緒に住もう」
「え?」
 光太朗と美鈴が顔を同時に上げる。
「一緒に、住もう。灯もこのうちで暮らそう!よし、決まりだ!!」
 そう言うと、元は電話をかけた。
 光太朗と美鈴はそんな元を見つめる。
「コータロー、プレゼント、なんか買ってあげよっか?」
 何となく美鈴は聞いてみた。
 しかし、光太朗は首を横に振り、そして元の背中を見つめたまま言った。

「いいよ。もうすぐ、もっとすごいプレゼントが決まりそうだから!」

                                   おわり
 『飛風さんへ、ありかサンタより』


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.