16歳社長!


1 :いちま :2007/02/11(日) 21:54:41 ID:m3knV3xF

pnoing 
 
 東京都某所。高層マンション・大型ビル・ショッピングモールのにぎわうここを、田舎と呼ぶ物はいないだろう。常に人が行き来するその道には、朝のこの時間帯は会社や学校へ行こうとする人でごったかえしている。
 天気は晴れ。暖かい日差しだけを浴びていると、寝てしまいそうだがこの東京でそんな甘いことは言っていられない。
 人々は皆忙しそうだ。
 それがここの日常。それが朝の情景。


 
  某雑誌記者達の会話
 『ねぇ、知ってた?この東京のどこかにね、16歳で社長になった高校生がいるの。ん?ちがうわよ。現在進行形!現16歳・現高校生!すごいよね。
会ったこと?ないに決まってるじゃない!都市伝説だって。そんなんいたらすごいじゃん!いるわけないよ・・・』
 『都市伝説だろ?そんなもんつかえねぇよ。
 はぁ?今回の記事内容?あれだ、最近騒いでるあいつ、なんだっけ・・・ほら、あの泥棒を・・・ん?怪盗?いっしょだろ、物盗んでんだから・・・』 
  『だいたいリアルじゃないんだよ・・・。高校生で社長だなんてさ』


 その会社は・・・


 暗い部屋だった。とても静かで、まるで時間が止まっているかのようだった。
 しかしかすかに誰かの寝息が聞こえる。規則正しく上下する布団も目をこらせば見えることだろう。が、その必要はなかった。
 そうゆう仕組みなのだろう、窓から太陽の光が少しずつ差し込んできている。どこかの本に載っていた、“人間お目覚めに最適な方法”らしい。
 そして、ベッドで寝ている人物が徐々に見えて・・・はこなかった。ベッドの人物はすっかりとその身を布団にくるんで眠っている。ぱっと見、それは大きいクッション・かすかに動いているところを見ると、どでかい蓑虫。
 部屋が完璧に明るくなった。しかしベッドの人物は全く起きようとしない。
 そして10分が経過した。 
『あ〜ぁ・・・ボクが設置した太陽光目覚ましも、また無駄に終わっちゃいましたね・・・』
突然部屋の角にあるスピーカーから少年の声が聞こえてきた。
『しゃっちょ〜〜、朝ですよ〜〜学校遅刻しちゃわないんですか?』
わずかにふざけたような言い方だが、その声には少々緊迫した雰囲気がある。
 しかしベッドの人物はそんな声を聞いているのかいないのか・・・ベッドの人物は動こうともしないところを見るとやはり聞いていないらしい。
『うわ〜ん・・・もうだめ!お手上げ!誰か〜〜〜』
泣き声をあげながらその声は助けを求めた。
 その瞬間部屋のドアが勢いよく開いた・と言うより吹っ飛んだ。
 そこにたっていたのは一人の青年だった。かなりの長身で、線は細くとてもドアを吹き飛ばしたようには見えない。歳は二十過ぎぐらい。
 足音もなく、しかし勢いよくベッドに近づいていく。
 そして、ぐわしと布団をつかむと中にいた人物を布団の下からさらけ出させた。
「おーきーてーくーだーさーいー、社長〜〜〜ッ」
布団にそれでもへばりついている人物に向かって、青年は怒鳴り声をあげた。
 そしてようやく眠っていた人物は重たそうにその目を開けた。そして青年を確認すると目をすぐに閉じた。
「社長!」
「えぇい、うるさい!うるさいわ、マジで」
 青年の最後の一言が効いたのか、眠っていた人物は何の前触れもなく起きあがった。その顔には眠たさと怒りがにじみ出ていた。
「朝ですよ、社長。時間厳守が今月の目標じゃないんですか?」
「むぅ!」
「それに、久人君も来ましたよ」
「えぇ!久人来たの?もう、それを早く言ってよね!」
 そういうと眠っていた人物は窓を勢いよく開けた。さらに明るくなった部屋の中心に、社長と呼ばれていた人物・少女がたった。そして大きくのびをした。
『あ、起きたんですね?』
少年の声が再び聞こえてきた。そして、スピーカーの隣に設置されているカメラが部屋を見渡し、そして再び、今度は不満そうな声がスピーカーから漏れてきた。
『ひどい・・・せっかくこの前ドアを取り替えたばっかなのに・・・』
青年に向かっていったその言葉は、結局無視された。
「ほら、啓司君もカレーも出てってよね。着替えるんだから!」
少女はそういうと青年・啓司を追い出し、天井の角を見つめる。そして一言言う。
「カメラアイ・off」
そして着替え始めた。


28 :一夜 :2009/03/31(火) 11:12:25 ID:o3teQGkJ

事後処理・美琴と啓司。

 久人は出来た写真を一枚見る。

「だめ……ですね」
「ああ、だめだ。そうだとは思ったがな」
 写真はおおかた、その人物の部分がぼやけていた。そこだけだ。
「どうして?まさか、幽霊とかそんなモノじじゃないよね?」
 久人が美琴に聞くと、美琴は大きくうなずく。
「どうせ、何か特殊な電波とか超音波が出るモノでも持ってたんじゃない?そんなこと想定して無いから画像はここまでが限界かな。もっと機能挙げて、なんとか鮮明に写るようにやってはみるけど期待しないでね」
                                                            
 そう言うと美琴はパソコンを切った。
「……大丈夫なんですか?」
 啓司が聞くと、美琴は間をいれずに
「やっぱり完璧、とまではいかないけど……私も出来るだけ頑張ってみるし」
「すぐやらなくて大丈夫?」
 久人が心配そうに聞くと、美琴は頷いた。
「うん。出来るだけ急ぐつもり。でも、何か情報とかないわけかな?」
 啓司は美琴を見つめる。
「桃也は、どうなんですか?」
 情報という言葉で一番最初に思いつく人物だった。
「あ、そう言えば今日いましたよね、あそこ」
 すずらんは、カラオケハウスにいた桃也のことを思い出した。
「う〜ん……出来れば情報提供して欲しいんだけど。アレは最終手段と言うことで。話、聞いてると相手からきっとまた接近してくると思うから。その機会を逃さないこと」
「て、美琴……じゃあ相手が来るまでは放っておくってこと?!」
 久人が身を乗り出す。
 美琴は少し悩んで、頷いた。
「だって確実でしょ?私狙いなんだし」
「そんなの危険です。やはりこちらから攻めるべきでしょう!」
 啓司も食いかかってきた。
「啓司君、やけに熱心ね」
 あくまでも美琴は冷静に返した。そして、冷めた目で啓司を見ている。それに気づいた啓司は、少し身を引いた。そして、治療してもらった怪我を見る。これを見ると身体がうずくのだ。体の中が熱くなる。
「……!俺は……!」
「いいの、大丈夫。放っておくわ」
「……」
 美琴の言葉に全員が黙り込む。
 命令でもない。強制しているわけではない。美琴は普段、命令も強制もしない。ただ、全員が分かっていたのだ。
 美琴は……社長は、自ら社員を危険な目に遭わせるということは、絶対にしないということを。そして、それは何よりも一番に自分たちのことを心配しているからこその発言だと言うことを。
 
 痛いほど。
 
 そんな雰囲気の中、美琴はぱっと笑顔になった。
「さ、仕事に入りましょっか!片づけもあるしね。ったく、暴れるだけ暴れて帰るなって感じ」
 美琴の言葉に全員が顔を上げ、それぞれ部屋から出て行った。

 部屋から出て数歩。
 啓司は振り返った。
 ソコに立っていたのは美琴だった。
「なんですか社長。こっそり付けるなんて……無理なことしないで下さい」
「付けるつもりなんてありません〜。って言うか、無理って何よ。私は〜ただ、啓司君にこれだけは言っときたかっただけなの」
 美琴は啓司の前に立つ。そして、そっと啓司の手を取った。
「啓司君は、もう自由なんだよ。もっと好きに生きて」
 それは予想もしていない言葉だった。
 啓司は思わず息を呑む。が、美琴の手を振りほどくようなことはしなかった。
「なに、言ってるんですか。俺は……」
「でも、これだけは分かって。啓司君が傷つくと、私……悲しい。それに苦しい。でも、啓司君が戦ってるとこ見るのが……一番辛いよ」
「っ……!!」
 唇を噛み締める。
「それだけ。いい?啓司君って一人じゃないんだからね。もっと自分大切にしなさいってこと!私はいいにしろ……」
 そこで美琴は言葉を切る。
 そしていきなり啓司の元から走り出した。くるりと向き直り、大声で叫ぶ。
「水乃さん泣かしたら承知しないから〜〜〜〜〜!!!!!」
「なっ……!!」
 そして美琴はいってしまった。
 啓司は後ろ姿を見ながら、ふぅと息を吐く。

 馬鹿だ。
 いったい何考えてたんだろう。
 あんなに小さい子供にまで心配されて。
 啓司は拳を握る。
 戦いたいから戦うのではない。
 守りたいから戦うんだ。
 側にいたいから戦うんだ。
 見失ってはいけない。戦う理由を。ここにいる理由を。
 
 今の自分であるために。


29 :一夜 :2009/05/05(火) 10:20:56 ID:mmVco4xF

事後処理・美琴と久人

(あ〜、言っちゃった)
 美琴は走りながらそう思った。
 襲撃以来、社員が全員どこかおかしかった。それは啓司だけではなく、水乃もすずらんも。
 ほんっと、迷惑な話。後かたづけもろくにしないで出て行くんだから。
 どうして面倒なことっていっぺんにやってくるのか……。
「はぁ〜……なんか、忙しくなりそう」
「そだね」
「っ!」
 美琴は驚いて声の方向を見た。
「あ……久人」
 ソコにいたのは久人だった。久人はいつの間にか美琴の後ろに立っていた。
「もう……気配消して近寄らないでよ。そんなの嫌って言ってるじゃん」
 わざとらしくほっぺを膨らましながら言うと、久人はしゅんと肩を落とす。
「あ、ごめん……」
 そして俯きながら謝った。
 そんな久人を見て、美琴は表情をゆるめる。
「いいよ。で、どしたの?」
 美琴が聞くと、久人はハッと顔を上げ、そして美琴の顔を見ると真剣な表情になった。
「美琴……なんで、戦わないの?狙われているのに」
 そう……久人はずっと気にしていた。
 その言葉に、美琴はあははと笑うと、ストンとその場に腰をおろす。久人も隣に座った。
 しばらく二人はじっと、何も話さず座っていた。
「美琴……無理、しないで」
 小さな声で久人が言った。
 美琴は久人の方を向く。久人は顔を伏せていた。
「僕は……美琴のためなら大丈夫だから。いくら傷ついても、辛くても、苦しくても……僕は大丈夫。だから……」
「ばか」
 美琴はありったけの気持ちを込めていった。久人が美琴を見ると、美琴は泣きそうな顔をしていた。
「ごめん」
 久人はすぐに謝った。
「やだ」
辛い。
美琴は膝を抱え込む。
 そんなこと、想わないでいて欲しかったのに。私のためなんて……。
「久人……私、幸せだよ」
 美琴は静かに言葉を口にする。
「……」
「久人がいるだけで、みんながいるだけで幸せ。だから、そんなこと思っちゃ駄目。思っちゃ……駄目なんだって」
「ごめん……」
 美琴の声に、久人はぐっと手のひらを握る。
「お願い。戦いたいって思わないで。戦わなくちゃって思わないで。私は、久人。みんなのこと………大好きだから」
 そして、美琴は立ち上がった。久人は美琴を見上げる。
 見つめ合う。
 それは、遠い昔のよう。一瞬一瞬が大切に思えた、もう帰ってこないあの日々のよう。
 美琴は久人に手を差し伸べた。
「行こ、久人」
 美琴は満面の笑顔だった。
 あの日のまま。
 変わらないものもある。
 それが分かっているから。だから安心できる。ここにいることが出来る。このままでいられる。
「ありがとう」
 久人は美琴の手を取った。

 でもね、美琴。
 だからこそ、何だよ。分かって欲しい。
 僕は……この幸せを守りたい。美琴との幸せを守りたい。
 だから戦うよ。
 でも大丈夫。
 美琴――――――絶対、離れないから。
 絶対、変わらないから。


30 :一夜 :2009/05/05(火) 10:22:58 ID:mmVco4xF

ある喫茶店で。

 まさかコーヒー豆が切れていたとは。
 自分が行くと言ってしまった以上責任をとらなければいけない。買いに行き、そして沸かして、注いで持っていく。こんな簡単なことも出来ないようではあの会社ではやっていけない。
 これはあくまでもすずらんの考えであり、実際コーヒーがしっかり沸かせなくても料理が出来ようと出来なくとも宗治が出来ようと出来なくともあの会社では充分やってはいける。
 しかしすずらんは今、“コーヒー豆を買いに行く”という使命感に燃えていた。
 個人の価値観の違いとはいえ、かなり大げさに思える。
  一度水乃と買い物をしたとき、どこで買うのかを教えてもらっていたおかげで、すずらんは迷うことなくその店にたどり着いた。
 東京のど真ん中にあるくせにその店はあまり繁盛をしていないようだった。中に入ってもいるのは高校生のカップルだけだった。
 する遠くの方からすずらんが入ってきたことに気づいたらしく、店員と思われる人物が出ていた。
 一度来たことのあるすずらんはその店員が誰なのか知っていた。
「アレン君、こっちこっち」
 すずらんが“アレン”と呼んだ店員はすずらんの顔を見ると奥へ行ってしまった。
 やがて、手にコーヒー豆の瓶を持って帰ってきた。
 そして黙ったまますずらんに瓶を渡す。
「ありがとうございます、アレン君。お客さん少ないんですね」
「いつもよりは……多い方。さっきまではもうちょいいたし。それに今日はアスカがいないから順調」
「そうだったんですか……、良かったですね」
 アスカとはこの店の店長だ。少々変わり者で、それは前回の訪問でおおいに分かった。
 一番の変わっているところは、完璧な甘党というところだ。別に甘党が変わり者とは言わないが、アスカの甘党は人域を越していた。
 以前の訪問、水乃が少し用があるといって店で待っている時、アスカがコーヒーを運んできてくれた。すずらんは快くそれを受け取ったのだが、受け取った瞬間コーヒーとは思えない重量感がした。
 そしてそれは、コーヒーを見た瞬間確信へと変わった。
 コーヒーには、山盛りの砂糖がもっさりとのっていた。
 思わず固まるすずらん。コーヒーには砂糖を入れるのだが、ここまで入れたことはない。
 スプーンでかき混ぜる。しかしスプーンはコーヒーに刺さったのだ。サクリという音と共に。かき混ぜられなかった。砂糖は、コーヒーの飽和水溶液量をとうに超していた。それでも尚入れようとした砂糖が、コーヒーの上に山となって残っていたのだ。
 結局コーヒーは飲まなかった。いや、飲めなかった。
 水乃に聞いた話では、アスカは異常なほど甘党で、アレは毎日アスカが飲んでいる普通のコーヒーらしい。普段は店には出さないよう店員のアレンが見張っているのだ。
 それでもアレンの目をかいくぐり、時々客に出して逃げられる。商売が繁盛していない理由の大半は店長にあり、だそうだ。
「今日は……アスカさんは?」
「まだ寝てる。昨日帰るの遅かったし」
「はぅ〜、そうですか。一人では大変ですね」
「アスカがいた方が大変」
 アスカはそう言うと、店の奥の方へ引っ込んでいった。
 店内には客しかいない状況だ。食い逃げ、飲み逃げされたらどうするつもりなのだろう……初めてここに来たときにすずらんはそう思ったが、すぐにその疑問は消えた。
 その日、偶然にもすずらんと水乃の目の前で一人の客がアレンが店の奥に入った隙をついて金を払わず逃げた。
 すずらんは追いかけようとしたがその瞬間すずらんの目の前を何かがとてつもないスピードで通り抜けた。そしてそのままその何かは逃げた客を押さえつけ、固い地面にたたき込んだ。それを見ていた通行人も、すずらんも、逃げた客でさえも何が起こったのかを瞬時に理解することは出来なかった。ただ分かったのは、

「ぎゃああああああああああああああ」

 その直後逃げた客から発せられた悲鳴と、逃げた客を押さえ込んでいるアレンだけだった。
 逃げた客は気絶し、そのまま警察行きになった。見ていただけの見物人はあまりの光景に逃げ出した。
 あまり繁盛しない理由はここにもあると、すずらんは思っている。
 アレン曰く、気絶させただけだから怖がることないらしい。
 見物人曰く、アレは警告に違いないらしい。
 やはりこれも個人の価値観、イヤ、一般論だ。
 誰がどう見ても、アレは……と、すずらんは思った。

 とにかく、こんな怖い店員がいる喫茶店では誰も食い逃げはしないということだ。
 しかし、その瞬間事が起きた。
 たった一組のお客様、高校生のカップルの彼女のほうがいきなりコーヒーを吐き出した。
「っ?!」
 すずらんは驚いてそちらを見る。一緒に座っていた彼氏も驚いた表情をしている。
 チラリと見た、彼女が落としたコーヒーカップ。中からは砂糖がどろり。
(あ……いつも間に)
「お、おい?!」
 彼氏は心配そうに彼女を支える。が、彼女の方は半分死にかけていた。
 直後、後ろの方から凄い音がした。
「お店の手伝いしただけじゃない!」
 女性の声だ。
「邪魔するなって言った」
 アレンの声。そして再び凄い音がする。どうやら店長、アスカが起きてきて、そしていつの間にやらコーヒーを客に出したらしいのだ。
彼女は足ものふらふらで立ち上がると、急に店から走り去ってしまった。彼氏をおいて。
 彼氏の方は驚いた顔で彼女を追いかけようとした。ようするに、金を払わず出て行こうとした。
(あ〜〜〜〜、アレン君に……)
 すずらんはどうしようかと思ったが、彼氏の方はくるりとUターンして、アレン君を呼ぶ。
 アレンは所々傷をしながらも店の奥からやってきて、お代をもらった。
 あの調子だと、彼女はだいぶコーヒーの甘さにショックを受けたのだろう。すずらんは相変わらず床に落ちているコーヒーの砂糖を見ながら、少し想像した。
 そして、奥の騒ぎが終わる。
 エプロンを付けた女性が笑顔で出てきた。女性の名前はアスカ、この店の店長。
 腰まで伸びる美しい黒髪に、整った顔立ち。長いまつげに形の良い唇。初めて見た人は男女問わず見とれてしまうほどの美貌の持ち主だった。
 アスカはすずらんを見ると笑顔ですずらんの前のカウンターまで行く。
「ありゃ、すずらん今日は一人?初めてのおつかいっぽいね」
「お久しぶりです」
 すずらんは軽く頭を下げる。
 しかし、アレンの姿は何処にもない。そんなすずらんの気持ちに気づいたのか、アスカはクククとわらう。
「アレンね。ちょいうるさいからお仕置きよ」
「は……ぁ」
 笑顔なだけにその発言はかなり怖かった。それはと言うと、見たことはないのだがアスカはアレンよりも遙かに強いという話しを水乃が以前してくれたからでもあるし、その笑顔というのもどこか純粋で、そして歪んでいる。
「うん、よし……良く寝たわ。運動も出来たし、すずらん……コーヒー飲んでく?私も飲みたいし」
 輝くような笑顔でアスカはコーヒーカップにコーヒーを注ぎだした。片手は砂糖の袋に伸びている。
 その瞬間先ほどのコーヒーカップが激しく脳裏に浮かぶ。
「い、いいです!遠慮しておきます!!!」
 激しく首を横に振って立ち上がり、そしてすずらんは逃げるように店から出て行った。


31 :一夜 :2009/05/05(火) 10:24:05 ID:mmVco4xF

彼氏と彼女。

 突入後、泉谷は用があるから、と言って別行動になった。
 二人はとりあえず休憩がてら適当な喫茶店に入ることにした。出来るだけ人のいないところがいい・とアヤが言ったので、それを条件に探してみると、ちょうど客が誰もいない喫茶店を見つけた。
「高一さん、ここでいいですよね?」
 アヤが扉に手をかけた。
  その瞬間
「すずらん!」
「へ?」
 アヤが聞き返そうと振り向いたが、そこには高一の姿がなく、かわりに全速力で走る高一の後ろ姿が見えた。その後ろ姿もやがて角を曲がり見えなくなる。
「すずらんって……お花の?」
 アヤは仕方なく、一人で喫茶店に入った。

「すずらん!」
 すずらんは振り返る。
 誰かに呼ばれたような気がしたからだ。
 そしてそれは間違いではなかった。
「高一さん?」
 高一がすずらんを追いかけるように走ってきた。すずらんは足を止める。
「すずらん、仕事終わった?」
 高一が息をいらせながら聞く。
 すずらんが残念そうに首を横に振ると、高一は更に息を大きく吐いてうなだれた。そして、すずらんが持っている荷物を見る。
「お仕事大変だね……」
「高一さんこそ、大変でしょう?私なんて楽な方ですよ。それに……私、結局ダメだったんです。皆さんに迷惑をかけて、役にも立たなくて……、それに仕事がこれから忙しくなりそうなので、しばらく高一さんとは会えなくなると思います」
 すずらんは悲しそうにうつむく。
 そう、啓司や水乃、久人まで戦っていたのに、自分はなんの役にも立たなかった。役立たずだ。ずっとそう感じていた。
 そんなすずらんの気持ちを察してか違うのか、いきなり高一がすずらんの頭に手を置く。
「大丈夫だって、すずらん。すずらんは精一杯やってるよ。オレってすずらんの仕事してるとこ見れないけど、でもすずらんが一生懸命やってるって確信できる。すずらんは仕事の電話はいるとイキイキしてるし。今回は駄目だったかもしれないけど、すずらんにはきっと、すずらんにしか出来ない仕事があるから。みんなそれを知ってると思う。だからたった一回一つの失敗でくよくよするなって!」
 高一が優しく言った。
 すずらんはその言葉を聞き、目を閉じる。そして、小さな声で“よしっ”と言うと、するりと高一の手から離れた。 
  そして高一の方を見る。
「ありがとうございます、高一さん!元気でました」
「そう?でもホントのこと言っただけ」
 高一はすずらんの笑顔を嬉しそうに見た。
「でも……、すごく嬉しかったです。こんな事言われたの、初めてで……、高一さんは、本当に優しい方ですね」
 一瞬、高一の笑顔が固まる。
 すずらんはそれを見逃さなかった。
「どうしたんですか?」
「いや……なんでもないよ。オレはすずらんが笑ってるのスキだしね……荷物もとうか?会社まで」
「あっ!いいですよ、そこまでしてもらわなくても。そんなに遠いところにあるわけではないので」
 すずらんはそう言うと、高一に別れを言い歩いていった。
 高一は今度はぼーっと後ろ姿を見送りながら考えた。

“高一さんは、本当に優しい方ですね”

「オレは……すずらんが思っているような優しい男じゃないよ……」
 その声がすずらんに聞こえるわけもなく、ただの独り言ととして終わった。
 高一は喫茶店へ戻っていった。


32 :一夜 :2009/06/13(土) 11:48:03 ID:m3knVnuk

パーティーへ行きましょう。

「聞いて〜〜〜〜〜〜!」
 やけに明るい声でこの会社の若社長、藤原美琴が社員室のドアを勢いよく開ける。
 中で仕事をしていた社員、啓司と久人、コーヒーを運んできたすずらんがキョトンとした顔で美琴を見る。
「ど……どうしたんですか、社長……」
 啓司は一応コンピューターから目を離して美琴を見る。
 美琴は待ってましたと言わんばかりに啓司の鼻先に一枚の封筒を押しつける。啓司はその封筒を手に取るとすでに開封された封筒の口から一枚の薄い紙を取り出しゆっくりと読む。
「『拝啓 藤原美琴様
     来たる5月15日、湊観辰朗氏の誕生パーティーを開きます。
  どうぞご出席をお願いいたします。
              湊観ソフトメディア  』」
「……で?」
「で?ってねぇ〜。行ってくるからね!パーティー!」
「ほ……う」
 啓司はそう言うとゆっくりと招待状に目を落とす。そんな様子を美琴は心配そうに眺める。
 そして、一息つくとサッと啓司の手から招待状を取る。
「……っ、いいよ、いいって。分かってるよ。し〜ご〜と〜ってね。はいはいはいはいどうせ無理だと思った。だから嫌だったのよ、私。啓司君っていつもこの時間ここにいないじゃん。だからこんなに嬉しそうにハイテンションぶっ放してここまで来たのに……、何でいんの!」
 いきなり諦めたり怒ったりの美琴を見て久人はおどおどしている。すずらんはいつもの笑顔で見守っている。啓司はというと、しばらく美琴の方を見て、それからパソコンの画面に目を戻す。
 =(イコール)駄目、ということを感じ取ったらしく、美琴はギッと啓司を睨む。
 背後からひしひしと感じる殺気を受けながらも、啓司は手慣れた手つきで仕事を進めていく。そしてある画面までいくと手を止めて、美琴の方を向く。
「な、なにぃ!」
 思わずけんか腰になる美琴。
「ソレ、日付は5月15でしたよね?」
 啓司に聞かれると美琴は一瞬考えてからゆっくりと頷く。
 啓司はソレを確認すると再び画面を見て、そしてカチッと印刷のボタンを押して、出てきた紙を美琴に渡す。
「……これって?」
「社長の、っていうか会社の5月のスケジュール表です。」
「ふ〜ん……って、あ……!」
「その日は……どっちみち湊観社長との予定が入っていました。用意がいいですね、相手の方も。そうと分かっていて事前に予定を取っていたのでしょう」
「じゃあ?」
「差し支えの無いようなら行ってきたらどうですか?結構大事な取引先ですし。直接合うと言うことは無理にしても、行ってはいけないなどとは言いません」
「っ……!ホントに?行く、行ってくる!久人と!」
 予想外の展開に喜びながら、美琴は『ねっ!』と笑顔で久人を見る。
 久人はいきなりのご氏名に一瞬戸惑い、とっさに頷く。
「誰が一人……いや、二人で行っていいと言いましたか?」
 啓司の言葉にはしゃいでいた美琴が固まる。そしてゆっくりと啓司の方を振り向く。
「当然、俺と……ここにはいませんからすずらん」
「はいっ!?」
 こちらもいきなり名前を出されたすずらんがとっさに返事をする。
「二人でパーティーへ行き、社長の護衛をします。いいですよね?」
「い・や・よ」
「でしたら、残念でしたね。そんな危険なところに社長と久人君を行かせるわけにはいきません。諦めて下さい」

 ぐゎ――――――――ん
 
 と、いう効果音を響かせながら美琴は大げさにリアクションを付ける。
 そんな美琴に駆け寄る久人。
 泣き付く美琴。
 久人は優しく微笑み、美琴に言う。
「僕は、啓司さんやすずらんさんと一緒の方がいいと思うよ?」
「うぅ………」
「それに、美琴はあんまり人前には出ない方がいいでしょ?だから、今回はすずらんさん社長代理をしてもらった方がきっといいと思うよ。正体は明かさない方がいいしね」
「私が所長代理したっていいじゃない!っていうか本物だけど!」
 声を張り上げる社長をそれでも優しい目で見つめる少年。
 どちらが社長なのか一瞬分からなくなる光景だが、実際二人とも見た目明らかに高校生なのでこの場合はどちらが偉い立場というか、この会社の責任者なのか分からなくなる。
「そんなの代役の意味ないよ」
「くはぁ!代役なんていらないって!二人で若社長夫妻って事で!どう?」
 美琴は結構本気に言った。
 しかし久人はそんな美琴に、とどめの一言を言った。

「じゃあ、僕は行かない」

 ぐがぁぁぁぁ――――――――ん

 こうして美琴は折れた。


33 :一夜 :2009/07/09(木) 15:34:44 ID:PmQHQHoA

溜息と幸せの関係・空気少年と銃。

「あ、怪しい。怪しすぎる」
 美琴は啓司を見てぼそりと言った。
 啓司の格好は、黒いスーツに黒いサングラス。そして髪を後ろに流していて、一見映画の中の怪しい黒服っぽい。
 しかし、啓司はそんなスーツのネクタイを締め直すと、美琴を見て言った。
「警戒です。これだけ目立つ格好で行けば、相手もすぐには襲ってこないでしょう。大人数のいる会場なんかでは、姿を下手に隠すよりも効果的です」
「そうなの?でも近寄らないでね」
 美琴はそう言うと、久人の手に腕を回した。
「あの……美琴……恥ずかしいよ」
「なんでよ?啓司君だってこんな堂々としてるんだから、私たちも堂々としなくちゃね!」
「……意味が違うよ」
 久人の言葉はあくまでも無視された。

 ここは東京でもかなりの金持ちしか泊まることの出来ない高級ホテル。
 そしてさらに詳しく言うとここはその高級ホテル2階の大ホール。
 中には日本のあらゆる面で功績を挙げている会社の社長やら有名な映画監督、あるいは芸能人達が飲んだり食ったり話したりと楽しんでいる。
 その中に都市伝説の若き社長がご出席しているとは夢にも思っていない。
 彼女、藤原美琴は隣に久人を携えてバイキングコーナーのデザートに感激をしていた。
 もちろん美琴からは見えない位置には本日の護衛係、啓司とすずらんがいたりする。
「お〜い〜しぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
 美琴は隠しているとはいえ、実は社長ですということを忘れてデザートを食べ続ける。
 パーティー用のドレスに身を包み、普段は二つに分けて縛っている長い髪を今日はアップにしているところからいつもよりはずいぶんと大人びては見えるが、やはり、夢中でデザートをほおばり続けるこの少女を誰も眼中に入れていない。
 むしろ謎の都市伝説の美人というよりかわいい社長代理に目がいってしまう。 
 と、いうわけで実はいろんな人たちに囲まれていてとても護衛が出来ないすずらんをよそに、啓司は気を張りつめていた。
 そして――――……

「いる……な」
 高一は普段着慣れていないスーツをうっとおしそうに整える。
「仕事じゃねぇと絶対に着ねぇよこんな服……」
 独り言だ。
 いつもなら優しく相づちを打ってくれるかわいい彼女は当然いるはずもなく、数少ない仕事仲間のアヤも今回は用があるため高一一人でやることになっている。
(くそぅ!たしか今日は泉谷さんも用があるからって言ってたよな……。どうせ二人でデートする気だな!俺だってすずらんとデーとしたいのにぃぃ!)
 勝手な思いこみをはりめぐらす高太だが、いちおう今回の仕事はこなしていた。
 高一の視線の先には先日“壊し”そこねたターゲット、藤原美琴がいる。
  今回高一が言いつけられた仕事は彼女の監視だ。
 とりあえず先日の奇襲は明らかに彼女の行動パターンを読めていなかったことがかなり痛かった。
 と、言うわけでとりあえずの反省点を生かして、当分は彼女の監視というストーカーまがい(高一曰く)なことを続けることになった。
 しかし、何かの本でも読んだことはあるものだが、監視ほど(尾行ほど)暇なモノはない。
 自然とため息がこぼれる。
(ヤバイ……。幸せが逃げてくかな……)
 暇すぎてこんなことを思っちゃいました。
 本当に暇らしいです。

 いまだにデザートコーナーの前を陣取っている美琴の肩を久人がそっとたたく。
「なに?久人って食べないの?」
 ショートケーキを口に運びながら美琴が振り向く。
  そして、思いの外真剣な久人の表情を見て再び、なに?と聞く。
「視線を感じる。襲うつもりはないかもしれないけど、一応追い払っておく?」
 久人はそういうと美琴の手を握る。
 美琴は一瞬考えて、首を横に振った。そして再びケーキを口に運ぶ。
 久人はそんな美琴を見て、それ以上何も言うことなくいつもの笑顔に戻ってゆっくりと美琴と同じようにデザートに手を伸ばした。
「なに?久人も食べる?はい、あ〜ん♪」
 久人は丁重に断った。

 人混み人混み人混みが、すずらんを囲んでいた。
 すずらんはこうなって初めて啓司が自分を選んだ理由が分かった。
「はい、社長は人前に出ることがお嫌いなんでして……。あ、決して人嫌いではないんですよ、はい。本当は今日もとても行きたがっていたのですけど、なにぶんお忙しい方ななので……」
 自慢かどうかは定かではないがすずらんは笑顔で野次馬並みに押し寄せてくる大人達に対応していく。
 啓司は遠目からそんな人だかりを眺める。
 正直、このためにすずらんを連れてきたとは言えなかったが、どうせすずらんも分かっただろうと思いながら啓司はあくまでも関わろうとはしなかった。
 背が低いすずらんはすでに人だかりに隠れてしまい、何も知らない人が見てもいったい何なのかは見当がつかないだろう。
 あ〜ホントすずらん連れてきて助かった。
 今は先ほどから感じ続けているこの危険な視線の先を探ることに集中しなければならない啓司は非情ながらもそう思った。
 しかし、そうはいかなかった。
「啓司さ〜ん!今作っているプログラムの説明って私できないんですけど〜」
 人混みの中すずらんの声は確かに聞こえてしまった。
 啓司の耳に、人だかりに。
 一斉に人だかりがすずらんを連れたまま啓司を巻き込む。
「なっ……!ちょ、やめ……〜〜〜〜〜!」

 あの人混み何だろう・と、遠くから眺めていた高一だったが、啓司が巻き込まれたところを見て関わることを止めようと同時にチャンスだと思った。
 今、このチャンスを逃したらいったいいつこんな時がくるだろうか。
 そうだ、こんな面倒くさい仕事なんてさっさと終わらして、今日のあいた時間は愛しのすずらんに電話しよう。
 高一はいつもは専用のケースにしまっている小刀のうちの一本を取り出すとそっとターゲットの少女、藤原美琴に標準を合わせる。
 出来れば大事にしたくない。
 出来るだけ近づいてから一瞬で急所を刺し、それからさりげなく抱き止めて気づかれないように運んだ方がいいかな。
 そんなことを思い、高一は一歩じりっと進んだ。
 その瞬間
 彼の声が聞こえた。

「動かないで下さい」

 とても幼く、
 とても優しく、
 そして、とても強く。
 振り返るとそこには一人の少年が立っていた。
 少年の名は高天久人。
 その手には、黒い、手のひらサイズの小さな銃が握られていた。
「っと……」
「動かないで下さい。僕だって殺すつもりはありません。でも、あなたの出方次第ではそうとも言い切れませんけどね……」
 久人はそう言うと苦笑する。
「今回は、どうかお互い怪我することなく終わらせてもらえませんか?彼女……、あ、美琴の事なんですけど、美琴はあなたのことを見逃すと決めたのです。勝手ですけど、だから今日は終わりにしてもらいたくて」
 久人は淡々と話す。
 高一はただそんな久人の話を聞いていて思った。

“怖い”

 なぜ、なぜ誰も気づかない。
 久人はこう話している間ずっと銃を高一に向けていた。
 しかし、ソレがあまりにも自然すぎて、まるで、まるで誰も久人のことに気づいてないかのようだった。
 いや、これはもうすでに気のせいではない。
 実際に誰も銃を構えている少年の存在に気づいていない。
 まるで道ばたに転がっている石ころのように。
 抵抗してはいけない。
 それが今、高一の出した答えだった。
「分かったよ……。今回は手を引きま〜す」
 出来るだけ軽い調子で答えた。
 これで開放されるとばかり思っていたがそうはいかなかった。
「では、そのままでいいので教えて下さい」
(ドキッ)
「この仕事の依頼……藤原美琴を壊せと依頼したのは誰ですか?」
 その問いに高一は、はぁ〜っとため息をつく。
(くると思った……)
「それだけ言えば、僕は銃をおろして、あなたはこのままこの会場から出ることが出来ます。いいでしょう?」
 久人はそう言うと目を細める。
 高一は考えた。
 普通は言わない。
 っていうか言えない。
  だってそうゆう仕事だもん。
 しかし、よりにもよって実は今日はいろいろあって(他の人は遊んでいるのに自分は仕事・自分より年下の子どもに脅されている・そう言えば時間的にすずらんは現在まだ仕事中のため電話をしてもつながらない)イライラしていた高一だった。
 だから、
「いいよ」
 承諾してしまった。
「!……誰ですか?」
 久人は聞く。
 そして高一はその名を口にした。

「井野ヶ原賢一」


34 :一夜 :2009/10/31(土) 16:42:23 ID:mmVcoALD

そのときまでの気持ち。

 久人がパーティー会場へ再び足を運び入れると、一角がすごいことになっていた。
 誰もが遠巻きに眺めるその視線の真ん中にいたのは、

「きゃははははhhhhhhh!!!!!」
「み……美琴」

 そこには真っ赤な顔をして、バイキング形式になっている大皿から、直接フォークを伸ばしてケーキを食べている、都市伝説の社長、藤原美琴。
 誰もが……ボーイでさえ声をかけかねている、その輪の中心を見て、久人は一瞬固まったが、すぐにふっと表情をくずした。
 そして、流れるような動作で人たちの間を潜り抜けると、美琴の元までたどり着き、そっと手をとる。
「美琴。帰ろう」
 声をかけると、美琴はとろんとした瞳を久人に向ける。一見、焦点の定まらないような目。しかし、その瞳の奥に久人をしっかりと認識したその瞬間、

「ひっさとぉ〜〜〜〜!!」

 思いっきり抱きついた。

 これにはさすがの久人も本気で固まる。
 そしてその瞬間、美琴がこうなった原因がわかった。

「お酒臭い……美琴、ブランデー入りのケーキを大量に食べたんだね」

 もともと、社交場でもあるこの会場。当然出される料理は大人向けのものがほとんどである。味付け大人目。未成年は注意!そんなフレーズが頭の中に点滅。
「ハァ……もう」
 久人は抱きついてきた美琴の腕を自分の肩に回し、歩き出した。
 とりあえず風に当てよう。
 色々と話したいことはあるけれど、それは後回しにしておこう。そう思い、久人は美琴をテラスに運び出した。

 テラスには数人の塊が所々にあった。
 久人はなるべく人のいない場所まで美琴を引きずり、いすに座らせる。こうやって風に当てておけば、帰るころには少しはマシになっているだろう。
 一息つくと、久人も美琴の隣に座った。
 その途端、

 ぱたん

 ひざに何かが倒れてきた。
「っ―――――!!」
 考えることもなかった。
 目の前を通過したものは、隣に座っているはずの美琴の頭。その行方は当然、自分の膝。一瞬避けよう!!と思ったが、その考えは一瞬でしかなかった。
 結果、思考よりも遅くに声が漏れそうになる。
 視線を膝元に落とすと、幸せそうな顔が、嬉しそうな顔がそこにある。
「美琴……」
 起こそうと手を伸ばすと、それが彼女の言葉でさえぎられた。

「久人ぉ」

 小さな唇から声が漏れる。

「なに?」

「……どこにもいかないでね?」

 なんで、今それを言うのかが分からなかった。
 ついさっきまで幸せそうだった顔が、急に不安げにゆがむ。自分を起こそうとした手に不安でも感じたのだろうか?それとも……

 久人は美琴を見つめると、起こそうと伸ばしたはずの手で、そっと美琴の額に触れる。もともと体温の低い手が、ほてった美琴には気持ちかったらしく、すうっと目を閉じる。
 しばらくそうしていると、小さな寝息が聞こえてきた。
 いよいよ起こせなくなってしまった。
 状況はそうだったが、久人の中にはすでに起こそうという気持ちは無かった。
 もう少しだけ。
 もう少しだけこのまま一緒に……

 久人は空を眺める。

 あの時と同じ空が、今日も続いてる。

「美琴」

 名前を呼ぶ。
 あの日と同じ名前を。
 あの日と違う気持ちを乗せて。

 ねぇ美琴。
 君はいつか、きっと僕を自分から遠ざける日が来るだろう。
 それはそう遠くない日に。

 でもね、美琴。
 それでも僕は……

 ようやく人の輪から抜け出したすずらんは、暗いテラスにいる二人を見つけた。
(邪魔しちゃ悪いわね)
 すずらんはにこっと笑うと、気は重いが再び会場の中へと戻っていった。
「あら?」
 すずらんは足を止める。
 しかし、
「……気のせい?かしら?」
 一瞬、感じた気配。
 ここにいるはずが無い人の気配。
 すずらんは気のせいということにし、歩き出した。けれど、幸せな気持ちになる。

 会いたいなぁ。

 気持ちが、交差していく。


35 :一夜 :2009/11/27(金) 15:42:13 ID:WmknzcninH

るすばん。

 アヤという少女は、自分の本当の誕生日を知らない。年齢も知らない。生まれた場所も、家族がいるかも知らない。
 ただ、存在しているだけだった。
 自分でもそれしか分からないくらいだった。

 そんなアヤに転機が訪れたのは、もう何年か前の話。

 そのときも、そして泉谷にあったあの時も、アヤは誰かを見上げていた。狭い空間で、自分の膝を抱きながらじっとしていた。音もなく、光もなく、希望もなく。
 そして感情すらもなかったあのころ。

 あの時、あの人にあっていなかったら……自分はどうなっていたのだろうか?

 封印してしまった記憶が、今でも時々アヤの脳裏を掠める。
 アヤは思わずぶるっと震えて、自分の肩を抱いた。
「っぅ……!!」
 窓から外を眺め、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。外に見えるのは、いつもどおりの日常。人通りの多い道。ベビーカーを押しながら歩いている若い母親。下校時間に合わせて学校から数人で帰ってくる子供たち。
 どこにでも、きっとあるはずの日常。
 これを、日常と思えるまでにどれだけの時間を有しただろうか。

 だれもいない部屋を見回す。
 今日は、高一と泉谷はそれぞれ別々の仕事に取り組んでいる。そしてアヤも自分の仕事に取り組むはずだった。しかし、高一がここから出てすぐに、泉谷がアヤに休んでおけと言ってきた。
 何かを言う前に、泉谷は出て行った。
 実際に、アヤが今日やるはずだった資料の整理は、すごい量だと言われていたが、1時間程度で綺麗さっぱり終わっていた。

 泉谷さん……

 アヤは、泉谷が意図して自分に楽な仕事を回してきたということに気づいていた。どうせ、終わってもやることはたくさんある。そう思っていたが、何故か次の仕事に取り掛かる気分になれなかった。
 そして頭をめぐる、数々の思い。
 あの、16歳の社長の事件以来、自分はおかしいとアヤは感じてきた。
 その理由は、薄々とだが分かってきていた。

 非日常―――――――――――――

 この国に来て以来、その言葉は少なくとも遠い存在となりつつあった。
 壊し屋という仕事が正常なものとは決して思っていないが、それでも仕事の内容にしてみれば、探偵業とじつは差して変わるところがなかった。
 平和な国。
 平和な時間。
 ずっと続いていた。
 それが、この仕事で垣間見た、リアルな非日常の世界。人工頭脳、幼い社長、そして戦闘。それは、日常とはあまりにもかけ離れている。

 そのせいだ。

 アヤはぎゅっと自分の手を握った。
 あの、非日常な世界にいた自分を、とても近くに感じるのも。
 それが日常だと信じていた自分を、いまさら思い出すのも。

 早く……終わらせたい。
 帰りたい。日常に。
 そっと手を開き、その手のひらを見る。夕焼けに染まるその手は、明かりをつけていない室内のせいで真っ赤に染まる。
 背中につめたい感触が走った。しかし、それは決して初めてのものではない、おぞましくも懐かしい感覚。
 目をそらし、窓から離れると、ソファーに倒れこんだ。うつぶせのまま、決して動かず。目を閉じたまま。

「泉谷さん」

 そっと名前を呼ぶ。
 どこにいますか?
 お願い。
 早く帰ってきて下さい。
 早く私の名前を呼んで下さい。
 じゃないと私……

 私じゃなくなる。


36 :一夜 :2010/02/26(金) 11:45:17 ID:PmQHQHW4Q4

そして彼氏は。

「やっほアヤちゃん」

 そこにいたのは高一だった。
 高一は普段見慣れないようなしっかりとしたスーツに身を包んでいる。しかしすでにネクタイは緩めてあるし、ボタンも襟元ははずしてあったりとルーズな服装になっている。

「お仕事……終わったんですか?」
「うん。ていうか、まだ泉谷さん帰ってきてないんだ〜。このまま行くとまさかの朝帰り?!ってか」
「……え?」

 高一の言葉に、アヤはこのとき初めて自分がかなり長い時間を眠っていたことに気がついた。
 窓の外はすでに暗く、この部屋も高一が電気をつけずには行ってきたために暗い。
「私……ごめんなさい」
「なに誤ってんの?アヤちゃん今日は休養日みたいなもんだったんでしょ。ゆっくり休んで何が悪い。ていうか俺だった大喜びだし」
「高一さんまで……やっぱりそうゆうことだったんですか」
 アヤは立ち上がるとカーテンを閉めて部屋の電気をつける。
 時計を確認すると、けっこう遅い時間。
「ご飯、食べますか?冷蔵庫にあるものでよかったら作りますよ」
「あ〜……うん。じゃあお願い。っていうか、どっか食べに行くってのも俺はOKなんだけど。こう、気持ちを落ち着かせるのは満腹感?みたいな」
「なにかあったんですか?」
 冷蔵庫の中を確認しながらアヤは高一に聞く。
「あったもなにも、今日は散々ってことだよ。まったく……いとしのハニーとは連絡つかないし、着慣れない服で肩こるし、極め付けには年下に脅されるし。まったく……日本ってこんな国だっけ。むしろアイツ誰よ!!って感じ」
 スーツを脱ぎながら高一は今日のことをアヤに話す。
 すると

「その子って高天久人ですよ」

 あっという間に解決。

「はい?」
 
 思わず聞き返す。

「私と同じくらいの男の子でしょ?私、前の戦闘でその子と一戦しましたから。特長とか聞いていると多分……高天久人くんだと思いますけど」
「うん?って、なんで名前まで知ってるの?」
「知っているも何も……あれ?高一さん資料を見てないんですか?名前と見た目の特徴ぐらいなら載っているはずですけど」
「し……資料?」
 高一の頭上に?マークが浮かぶ。
「はい。あ、そういえばあの日は高一さんギリギリに来たから資料見る暇が無かったんですよね。車の中では作戦会議しかしてなかったし……」
「そ〜いえば、そ〜んなものがあったようななかったような〜……泉谷さんに車の中で見ろって言われたような言われなかったような〜」
「資料、いつもの場所にあります。名前ぐらいしか分かりませんが……参考にどうぞ?」
「ありがたく」

 高一は資料を手に取り、ぺらりとめくっていく。
 その内容は確かにアヤの言ったとおりほとんど情報として役に立っていない。
 資料というにはかなり薄く、そのほとんどはターゲットである藤原美琴について記してあるだけだった。

 まあ、無いよかマシってやつか。

 高一はソファーに座って適当に読んでいくと、アヤの言っていたターゲット身辺の人の情報ページにたどり着く。
「うわ、ホントに名前しか書いてない。役にたたね〜……あ、これか〜高天久人っと。なるほど16歳。マジで年下だし悔しいな〜」
 従業員のページ。そこにたどり着く。
 
 そして、手が止まった。

 一瞬の空気の変化に気づいたアヤは振り返る。
「どうかしましたか?」
 切りかけだった野菜を残し。高一のほうへ行く。
「何か気になることでも?」
 その問いに答えない高一。見ているのは従業員のページ。
「高一さん……?」
「アヤちゃん」
「は、はい」
 顔を上げた高一の表情は、いつもと変わらないものだった。
「俺、ちょっと急用みたい」
「えっ……?」
 いつもだったらよくある気まぐれとして流せるこの行動と台詞。しかし、その前の気配からアヤは不安な表情になる。
「どうしたんですか?」
 聞かずにはいられない。
 不穏な気配。
 たった一瞬だった。間違いだと信じたいが、非日常だといえる今現在、その気配はアヤの不安を駆り立てるのに十分なものだった。
「高一さんっ……」
 すると高一はアヤの肩に手を置き、にっこりと笑う。
「悪い。ご飯は食べられないや」
「そんな」
「でも、たぶん泉谷さん帰ってきたら食べてくれるから作ったら?う〜ん、いいね。俺って気遣い上手じゃない?こう、二人っきりで夕食」
 いつものようにふざけた言い方。
「泉谷さん、あ〜んして!はい、あ〜んとか言ったり」
「い、言いません!!!」
 思わず真っ赤になって否定する。
「いや、どうだかな。俺のいない隙に隠れてやってたり。まてよ、逆もありじゃない?アヤ、今日はよく眠れたか?俺が膝枕をしてやろうBy泉谷」
「そんなこと泉谷さんは言いません!!!」
「必死になって否定して〜、あ〜やしぃ〜」
 高一は笑いながらアヤをからかう。

 いつも通り。

 アヤは自分の感じた気配を、気のせいだったのかもしれないと感じた。
 そうに違いない。

 高一が出て行ったドアを見つめながら、アヤはそう思った。


37 :一夜 :2010/06/26(土) 10:55:33 ID:m3knVnunmH

そして彼女は。


「すずらん、どうしたの?」

 すずらんは持っていた紙の束を床に落とし、そのまま固まっていた。
 場所は会議室。
 長い円形の机に社員が全員座り、皆、同じ紙の束を持っている。
 それは、先ほど社長である藤原美琴から配られたもので、内容はとあるルートから手に入れた、先日の襲撃犯の情報であった。
 各自読み進めているその時の出来事だった。

 普段だったらすぐに拾い集めるのだが、その様子も無い。

「すずらん……?」
 水乃は自分の資料をテーブルに置き、すずらんに近寄る。そして肩に手を置くと、すずらんは一瞬びくりと肩を震わせ、そして水乃を見る。
 その様子に、さすがの水乃もただ事ではないと感じ取った。

「だ、だいじょう――――」
「ぼおっとしてました。ちょっと、気分が悪いかもしれないです……」

 水乃の声をさえぎるように、すずらんは言った。
 そしていつものようなやわらかい笑顔をみんなに向けると立ち上がり、資料を拾い集めた。
 その動作には、先ほどのようなおかしな様子は泣く、いつも通りの無駄が無い滑らかな動き。
 すぐに拾い集めたすずらんは、椅子に座らずそのまま美琴の方に向くと、

「すみませんが、ちょっと出てきます。外の空気を吸って……気分転換してきます。なんだか、気分、本当に悪くなったみたいで……良いですか?美琴様」
「え?あ、う、うん……て、すずらん、本当に大丈夫なの?!」

 そのまま出て行こうとするすずらんに、美琴は椅子から立ち上がって声をかける。
 すずらんはにっこりと笑うと、はいと頷き、失礼しますといって部屋から出て行った。
 会議室には、すずらんの閉めたドアの音が響く。

 部屋から出たすずらんは、廊下を一人で歩きながら携帯電話を取り出した。
 開くと、待ち受け画面には勝手に、そしていつの間にか設定されていた二人の人物が写っている写真がある。
 一人は自分。
 恥ずかしそうな顔をしている。顔を真っ赤にして、そして視線は隣の人物を見ている。

 もう一人は―――――――――――

 使い慣れない動作で、すずらんはボタンを押す。
 最後のひとつ。
 一瞬、その動作が止まった。
 しかしそれも一瞬。

 かち

 ぱたんと携帯電話を閉じると、すずらんはそのまま歩き出す。
 そして、ある場所へと向かっていく。

 取りに行くために。
 守るために。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.