16歳社長!


1 :いちま :2007/02/11(日) 21:54:41 ID:m3knV3xF

pnoing 
 
 東京都某所。高層マンション・大型ビル・ショッピングモールのにぎわうここを、田舎と呼ぶ物はいないだろう。常に人が行き来するその道には、朝のこの時間帯は会社や学校へ行こうとする人でごったかえしている。
 天気は晴れ。暖かい日差しだけを浴びていると、寝てしまいそうだがこの東京でそんな甘いことは言っていられない。
 人々は皆忙しそうだ。
 それがここの日常。それが朝の情景。


 
  某雑誌記者達の会話
 『ねぇ、知ってた?この東京のどこかにね、16歳で社長になった高校生がいるの。ん?ちがうわよ。現在進行形!現16歳・現高校生!すごいよね。
会ったこと?ないに決まってるじゃない!都市伝説だって。そんなんいたらすごいじゃん!いるわけないよ・・・』
 『都市伝説だろ?そんなもんつかえねぇよ。
 はぁ?今回の記事内容?あれだ、最近騒いでるあいつ、なんだっけ・・・ほら、あの泥棒を・・・ん?怪盗?いっしょだろ、物盗んでんだから・・・』 
  『だいたいリアルじゃないんだよ・・・。高校生で社長だなんてさ』


 その会社は・・・


 暗い部屋だった。とても静かで、まるで時間が止まっているかのようだった。
 しかしかすかに誰かの寝息が聞こえる。規則正しく上下する布団も目をこらせば見えることだろう。が、その必要はなかった。
 そうゆう仕組みなのだろう、窓から太陽の光が少しずつ差し込んできている。どこかの本に載っていた、“人間お目覚めに最適な方法”らしい。
 そして、ベッドで寝ている人物が徐々に見えて・・・はこなかった。ベッドの人物はすっかりとその身を布団にくるんで眠っている。ぱっと見、それは大きいクッション・かすかに動いているところを見ると、どでかい蓑虫。
 部屋が完璧に明るくなった。しかしベッドの人物は全く起きようとしない。
 そして10分が経過した。 
『あ〜ぁ・・・ボクが設置した太陽光目覚ましも、また無駄に終わっちゃいましたね・・・』
突然部屋の角にあるスピーカーから少年の声が聞こえてきた。
『しゃっちょ〜〜、朝ですよ〜〜学校遅刻しちゃわないんですか?』
わずかにふざけたような言い方だが、その声には少々緊迫した雰囲気がある。
 しかしベッドの人物はそんな声を聞いているのかいないのか・・・ベッドの人物は動こうともしないところを見るとやはり聞いていないらしい。
『うわ〜ん・・・もうだめ!お手上げ!誰か〜〜〜』
泣き声をあげながらその声は助けを求めた。
 その瞬間部屋のドアが勢いよく開いた・と言うより吹っ飛んだ。
 そこにたっていたのは一人の青年だった。かなりの長身で、線は細くとてもドアを吹き飛ばしたようには見えない。歳は二十過ぎぐらい。
 足音もなく、しかし勢いよくベッドに近づいていく。
 そして、ぐわしと布団をつかむと中にいた人物を布団の下からさらけ出させた。
「おーきーてーくーだーさーいー、社長〜〜〜ッ」
布団にそれでもへばりついている人物に向かって、青年は怒鳴り声をあげた。
 そしてようやく眠っていた人物は重たそうにその目を開けた。そして青年を確認すると目をすぐに閉じた。
「社長!」
「えぇい、うるさい!うるさいわ、マジで」
 青年の最後の一言が効いたのか、眠っていた人物は何の前触れもなく起きあがった。その顔には眠たさと怒りがにじみ出ていた。
「朝ですよ、社長。時間厳守が今月の目標じゃないんですか?」
「むぅ!」
「それに、久人君も来ましたよ」
「えぇ!久人来たの?もう、それを早く言ってよね!」
 そういうと眠っていた人物は窓を勢いよく開けた。さらに明るくなった部屋の中心に、社長と呼ばれていた人物・少女がたった。そして大きくのびをした。
『あ、起きたんですね?』
少年の声が再び聞こえてきた。そして、スピーカーの隣に設置されているカメラが部屋を見渡し、そして再び、今度は不満そうな声がスピーカーから漏れてきた。
『ひどい・・・せっかくこの前ドアを取り替えたばっかなのに・・・』
青年に向かっていったその言葉は、結局無視された。
「ほら、啓司君もカレーも出てってよね。着替えるんだから!」
少女はそういうと青年・啓司を追い出し、天井の角を見つめる。そして一言言う。
「カメラアイ・off」
そして着替え始めた。


2 :一息 :2007/02/11(日) 21:56:10 ID:m3knV3xF

16歳の社長

「おはよ〜〜〜」
少女は明るい声でその部屋にいる人に言った。
「おはようございます・美琴様」
 少女の挨拶に一番最初に返したのは、一番手前にいたメイド服を着た女性だった。歳は啓司と同じくらいだろう。猫っ毛で、人なつっこい顔立ちをしている。
「おはよ、すずらん」
 少女・美琴はメイド服・すずらんに笑いかけた。
「社長、久人君が下で待っていますよ」
 次に声をかけてきたのはバーテンダーの服を着ている女性だった。すずらんをかわいいとすれば、このバーテンダー服の女性はかなりの美人だ。すらりと伸びた手足。美しく整った顔に、黒髪がかかっている。髪は後ろに一つにまとめて縛ってある。
「水乃さん、今日って晴れてるよね?」
 美琴が聞くと、水乃は微笑みながらもちろんという。
『さっきさぁ、ボク社長の部屋に太陽光線振りまいてきましたよね?忘れました?ボケちゃったんですか??次のテスト大丈夫なんですかぁ?』
 少年の声は、この部屋にもある天井のスピーカーから聞こえてくる。
「いいわよねぇ〜・・・カレーは人工頭脳だから忘れるってことないんでしょ?あ〜ぁ、もうちょっとバカに作ればよかった」
 美琴はパンをかじりながらカメラを見る。
「早く行かなくていいんですか?久人君がまちくたびれますよ」 
 美琴の後ろから入ってきた啓司はそう言って美琴にバックを渡す。明るいところで見ると、啓司も水乃と同じタイプのバーテンダーの服を着ている。
 美琴は啓司からバックを受け取ると、“いってきま〜す”と言って出て行った。


3 :一息 :2007/05/16(水) 23:09:32 ID:PmQHQHoA

社長の日常。

ここは会社だ。
 見た目は東京のどこにでもありそうな大型ビルで、社長も社員もいる、ふつうの会社。普通ではないところをあげるなら、社長の年齢が16歳であり、現役高校生であり、見た目はどこにでもいそうな少女と言うこと。名は藤原美琴。しかしIQ220の天才少女で、人工頭脳“カレー”の生みの親だ。
 しかし、会社の社員はわずか5名。啓司・水乃・すずらん・そして外で美琴を待っている“久人”と、現在違う高校に通っている3年生の“桃也”だ。
 啓司と水乃が着ているバーテンダー服・すずらんが着ているメイド服は、この会社の仕事着であり、全て社長である美琴が決めたことだ。
 会社でやっていることは主にコンピューター業。新システムの開発をし、それを色々な会社、または企業などに売り込んでいる年収何百億の大会社。
 接客や応対、売り込みは主に水乃・啓司が行き、大切な応対には美琴はパソコンを通じて会話をしているので、16歳の少女・美琴が社長ということは取引をしている会社の中でもほんの一握りも知っているかいないかだ。ようするに、ほとんど知られていない。
 とにかくほとんど表に出てこないこの会社は、今や東京の都市伝説となっている。

 「啓司君は?」
 美琴が辺りを見回しながら聞く。
 この部屋にはほとんど何もなく、あるとすれば部屋の窓際にどーんとおいてある大きめの机だ。その机の上には最新型にパソコンと山積みの書類らしき紙とファイルが散らばっている。美琴がその机に座っているところから、その机が社長机と言うことがわかる。
「啓司なら今朝方から取引の打ち合わせに行きましたよ」
 水乃がコーヒーを運びながら冷静に答えた。そして山積みの書類の無いわずかなスペースにコーヒーカップをおく。
  美琴はコーヒーを少量すすると、しばらく何かを考え、そしていきなりコーヒーを一気に飲み干した。
  水乃がコーヒーカップを受け取りながら“どうしたのですか?”と聞くと、美琴は嬉しそうにパソコンの電源を入れる。
「あのね、水乃さん、啓司いないんだよね?今日はほんっっっとうにいないんだね?」  美琴の妙に真剣な聞き方から、水乃は多少たじろきながらも、コーヒーカップを落とさないようにバランスを保ちながら頷く。
 その答えに満足したのか、美琴は嬉しそうにパソコンの画面を見る。そして十六歳ではあり得ないスピードでパソコンのキーを打つ・いや、はじく。水乃はそれが当然かのように、驚くこともなく、ただ画面を眺める。
  やがて画面上に出てきたモノは『どきどき☆彼との愛情100%センチメンタル・恋愛ゲーム』という文字だった。
「な………なんですか?社長が考案したゲームですか?」
 水乃が頭の上に?を大量に浮かべていると、美琴は楽しそうにキーをはじきながらそのゲームについて語り始めた。
「これはね、主人公に自分の誕生日とか特徴とか男の好みとかうちこんでね、そんでもって相手役のデーターとかも入れとくとね、な〜んと、その相手とリアルな恋愛が楽しめちゃうってやつ」
「はぁ………」
「この前宣伝に行ってきたゲーム会社の人がね、私にサンプルってことで渡してくれたの」
 とりあえず美琴が造ったのではないということを理解する。
「いいんですか?勤務中にゲームなんかやって………」
「啓司君がいなからやるんじゃん、今やらずいつやるの!」
 根本的に何か間違っているような気がする水乃だが、美琴に何を言ってもたぶん無駄だと言うことを理解しているので、あえて何も言わなかった。
 美琴はそんな水乃の気遣いに気づくよしもなくスタートボタンを押す。
 その瞬間だった。
 いきなりパソコンの画面が真っ黒になり、ふつふつと赤い文字が浮かび上がってきた。そこには英語で『Don`t pray game (ゲームをするな)』と書いてある。
「な………何、これ」
しばらく放心状態の美琴を見て、水乃は“社長!”と呼びかける。
  その声に美琴ははっと息をのみ、天井をにらみつける。その目線の先にはカレーのカメラアイとスピーカーが。
「カレーー〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
『はいはいっと・・・ボクじゃありませんよぉ・確かにいじったのはボクですけどね』
「そうゆうのをやったって言うのよっ、この無能!」
『む、無能?その無能を造ったのが社長ですよ!そしてボクは啓司に言われてやったんですから!』
「啓司君に?」
 カレーに言われて美琴はあることを思い出す。
 それはつい先日、勤務中にこのゲームをやりまくっているところを啓司に見られてしまい、どっちが上司か分からないほどに怒られたということだ。
 まさかこんな仕掛けをしていくとは………
 そうなると悪いのは100%自分であるが故に怒る矛先もなく、美琴はいらだたしげにいすに座り、書類の山を自分の目の前に置く。
 美琴のやる気がでたことを確認した水乃は一礼して部屋から出ようとした。
 しかしドアに手をかけた瞬間、反対がはからも勢いよくドアが開き、メイド服を着こなしたすずらんがあわただしく入ってきた。
「どしたの?すずらん」
 美琴が書類に目を向けたまますずらんに尋ねる。
 すずらんは息を切らしながらも、真っ直ぐ美琴を見て、
「美琴様、井野ヶ原賢一様が今、一回受付に来ています。面会を希望しておられますが………」
 すずらんの言葉を、いや、すずらんの言った名前を聞いた瞬間、美琴はいすから勢いよく立ち上がった。
「賢一が………?来ているのか?」
「はい………」
 すずらんはとまどいながら答えた。なぜなら、美琴の顔が先ほどまでのただの十六歳から一変し、厳しい表情に変わったからだ。語尾もわずかに厳しくなったような着さえする。                                      「お帰りになって貰いましょうか?」
 すずらんはそう言うと、ドアを開けようとした。
「すずらん、別にいいよ。私が行くわ」
 美琴はそう言うと立ち上がった。


4 :一息 :2007/05/25(金) 23:12:44 ID:PmQHQHoA

家族。

 水乃やすずらんがバーテンダー・メイド服に比べ、美琴は高校の制服だ。白いブラウスに赤いリボン、そしてスカートというおもいっきりそのままだ。
 しかし、いまの美琴の身にまとう空気を感じ取ると、高校の制服を着ていてもその姿は一企業を納める会社の社長だということを思わずに入られなかった。
 美琴はある一室のドアを開けた。そこは客間らしく、多少豪華な作りとなっていて、中央にあるソファーにはブランド物のスーツを着た男が座っていた。
 対する美琴は高校の制服姿だが、かまうことなく男の正面にあるソファーに腰をおろす。しばらくはお互いはなす事もなく沈黙していた。まるでお互い相手の出方をうかがっているかのようだった。その沈黙を破ったのは男の方だった。
「元気そうだな」
「おかげさまで………何かよう?」
 男の友好的な挨拶をよそに美琴は冷たく用件だけを聞いた。
 男はハハッと軽く笑い、顔を伏せる。そして再び顔をあげたとき、それは先ほどの友好的な挨拶をしてきた人物とは違う顔をしていた。
 その顔はまるで厳しく、その目は映す物全てを見下すようなものだった。ある意味、美琴がこの男、井野ヶ原賢一の名前を聞いたときの、あの厳しい顔・目に似ていた。
 井野ヶ原は足を組むと、真っ直ぐ美琴を見た。そして言った。
「美琴、俺の会社と肩を組む気はないか?」
 たった一言だが、その言葉には迫力と目には見えない威圧感があり、とても重かった。美琴は一瞬顔をしかめた。しかし、次の瞬間大きく息をはき立ち上がった。そして部屋から出て行こうとする。
 井野ヶ原はそれでも慌てずソファーに腰をかけたまま美琴を見つめる。そして
「悪い話ではないぞ。お互いに足りないものを補える。こちらは技術、そちらは労働力、そしてもっとしっかりとした設備を整えてやろう」 
  美琴の足が止まった。
  確かにそうだった。美琴の会社は明らかに労働力不足。少ない社員でいっぱいいっぱいというのが今の現状だ。労働力が少ない理由の一つに、社長が16歳ということがある。
「俺とくめば、少なくとも今の稼ぎの二倍は儲かる。どうだ?」
 美琴は振り向いた。
 井野ヶ原は美琴の顔を見て、わずかに顔をしかめた。
 美琴は笑っていたのだ。
「稼ぎが多くなるからってなに?私はそんなことに興味はない。今のメンバーで十分大いに満足はしてる。だけどね………もしそれでも誰かの助けが必要になったとしても、あんたのところには、絶対に行かない。」
 美琴が言い切ると井野ヶ原は苦笑した。そして美琴の顔を再び見る。
「本当にお前は美和に似ているな」
 その言葉を聞くと、美琴は近くにあった花瓶を井野
ヶ原に勢いよく投げつける。井野ヶ原はそれを軽くよけた。陶器の割れる音とが部屋に響く。
「よくも、よくも母さんの名前がいえたものねっ!二度とそのツラここに見せなで!」 美琴の目にはいまや憎しみしか映っていなかった。
 そんな美琴を見、井野ヶ原はソファーから立ち上がりドアに向かって歩き出した。
 美琴は井野ヶ原を睨みつけながらその背中を送る。
 不意に井野ヶ原が振り向いた。突然だったので美琴は驚くと、井野ヶ原は楽しそうに最後に言った。
「あんたじゃなくて、“お父さん”だろ?」 
 美琴は誰も座っていないソファーを、おもいっきり蹴飛ばした。


5 :一息 :2007/05/31(木) 21:55:05 ID:PmQHQHoA

16歳の高校生。

 『キーンコーンカーンコーン』
 どこの学校でも流れてくる機械音じみたチャイムが鳴り響く。実際、録音した音が流れているのだからそこに文句を言っても幾分仕方がない。
 高天久人は授業の挨拶が終わると同時に机に掛けてあった鞄を手に持ち、教室から出て行った。部活へ向かう者がほとんどだが、久人はどこの部活にも属していない。いわば帰宅部。
「久人〜〜〜」
 後方から聞こえてくる声に振り向くと、そこには藤原美琴が息を切らしながらたっていた。
 藤原美琴。彼女は久人と同じくここ、湖南高校一年生で、久人の幼なじみ。
 ここまでならまぁ、普通だろう。
 しかし、久人には両親がいない。久人が小さい頃に二人とも他界してしまい、身よりのない久人を引き取ったのが藤原美琴の両親だった。
 一応家族になったのだが、お互いそんなことは特に考えず、普通に友達として過ごしてきた。中学生になり、これ以上迷惑をかけるわけにも行かないから………、ということで、今はアパートに一人暮らしをしている。いまでも美琴が時々久人のマンションに訪ねて(ほとんどが荒らしに)くることがある。
 しかし、美琴との関係はこれだけではない。
 そう………美琴と久人は“上司と部下”という関係がある。
 藤原美琴とは、都市伝説に登場する16歳の社長であり、久人はその美琴が納める会社の数少ない社員の一人ある。
 と、いってもほとんどの仕事は会社に常にいる啓司達がやっているので、久人と美琴は普通に高校から帰ったあとに仕事に就く。仕事と言っても書類の整理をしたり、頼まれた仕事をこなすぐらいだ。
 別に自分がいなくても充分機能していくのだが、それでも久人は会社を辞めない。辞められない。たとえ辞めるといっても、美琴がそれを許さないだろう。辞めるつもりもないが。
「美琴、そっちが早く終わってたら先に帰ればいいって言ってたのに」
 久人が遠慮ぎみに言うと、美琴は別にいいじゃんと言い、せかせかと廊下を歩き出した。         
 (啓司さんが聞いたら怒るだろうなぁ)
 久人はそう思いながら美琴の後を追いかけた。
 美琴の仕事サボり癖は、啓司の注意によって悪化している。普通逆のような気がするが、止められれば止められるほどサボりたくなるようだった。と、いっても怒られるのは嫌いらしい。
 久人としてはいつも美琴のクラスよりもホームルームが終わるのが遅いため、自分を待っていると遅れるということが気になっている。
 何度も先に帰って欲しいといっているが、反応は先ほどと一緒だったり『私と帰るの嫌?』と不安がったり『うるさ〜い』と怒ったりだ。
「そういえば美琴、昨日賢一さん来たんだって?」
 昨日とは、久人はある用事で会社の方にはいなかった日だ。
 用事が終わって家に帰ったあと、すずらん電話でその日にあったことを聞いてみたところ、どうやら昨日の午後に一人の男性が会社に来たらしく、しかも社長・美琴と面会をしたらしい。
 すずらんはその男性が誰とは言わなかったが、美琴が面会を許す男性と言えば、滅多にないことだが、そんな美琴が会うことを許した男性と言えば、美琴は言わないが、と言うより認めていないが、彼女の父親である井野ヶ原賢一。
 井野ヶ原と藤原。血のつながっている家族だが、名字が違う。
 その理由は美琴の名字、“藤原”とは、彼女の母親の名字だからだ。
  美琴の母、“藤原美和”。彼女も久人の両親同様すでに他界している。久人は詳しいことは知らないのだが、美琴はこれ以来井野ヶ原とは決別しており、滅多にあっていない。と言うより全く会っていない。
 そして井野ヶ原賢一とは世界にその名を轟かせている大企業の社長だ。年間数千億という稼ぎで、世界のトップを飾る人物だ。
 久人の予想では、今回美琴の所に来た理由とは決して親子のほのぼのとしたひとときを過ごすためではないだろう。
 そして結果はその通りだった。
 美琴は久人に昨日の出来事を、だいたいグチだったがそれにより昨日の会話の内容がだいたい分かった。
「ふぅん………じゃあ、美琴は賢一さんと組む気はないの?」
「ないけど………もしかして久人、今の仕事きつい?」
 いきなり美琴が心配そうな顔をして久人の顔をのぞき込む。
「そ、そんなことないよっ! 」
 久人は焦って訂正した。
 すると美琴は安心したかのように、大きく息を吐いた。そして会社への帰り道中ずっとクラスの話(久人と美琴のクラスは別)・授業の話・テレビの話に芸能関係についてなどを美琴は楽しそうに語る。                                                         
 久人は相づちを打ちながら聞いてた。
 はたから見れば仲のいい幼なじみカップル。元気でお調子者の彼女に、物わかりのいい彼氏。
 久人自身も、目の前にいるこの少女が年間数十億の会社の社長には見えなかった。久人じゃなくても、彼女にクラスメートの親しい友達でも、先生でも、とにかく会社の外にいる美琴を見たものはたぶん、いや絶対気づかないだろう。
 しかし会社に入ればだれもそんなことを言わない。少ない社員、企業先の取引会社、美琴は認めている。そして彼女の父、井野ヶ原でさえ、彼女を社長と認めている。
 それが藤原美琴。16歳の社長。東京の陰に確かに存在する、都市伝説の人物である。
彼女は久人の顔を見た。
 久人も彼女の顔を見た。
 そして会社のドアを開ける。
 始まる。ある意味でのもう一つの日常が………


6 :一息 :2007/06/16(土) 00:13:25 ID:ncPiWczD

壊し屋

  再び某雑誌記者達の会話

『出来たのか?………なんじゃこりゃ!またか、また都市伝説か。ん?“壊し屋”?あれか、また意味不明な………』
『こんなの受けるわけねぇだ!壊し屋なんて聞こえが悪いし響きも悪いし………』
『響きは悪くない?語呂合わせじゃないんだよ。分かる?分かるか?じゃあさっさといけ、こっちは暇じゃねぇんだ!』
 ドゴン!(ドアが勢いよく閉まる音)
 カンカンカンカン……… (階段を駆け下りる音)
『いつから東京にこんな都市伝説なんかできやがったんだ?』



 東京の中心街。同じような建物が建ち並ぶ其処に、たいして目立たない看板が一つ、道に向かって掲げられていた。
 其処には素っ気ない文字で、『万屋』と、一言あった。あまりにも素っ気ない看板のため、道行く人は誰も気づいてなさそうだった。誰もが其処を、速めの足取りで通り過ぎる。
 そして、その建物の2階の窓が、ガラリと開いた。
 そこから見えるのは、見るからに地味そうな、黒髪に三つ編みの少女だ。少女は顔に余る大きな眼鏡をしている。窓から外を覗くと、外の様子を見てため息をつき、眼鏡を直す。そして窓を閉めた。
「お仕事………きませんね」
 少女は室内にいるもう一人の人物に話しかけた。
 その人物は、部屋の窓を背に置いてあるデスクに座り、難しそうな顔で新聞を読んでいた。そして少女の言葉にわずかに顔を上げ、
「いつものことだ」
 そう言って再び新聞に目を落とす。少女は大きくため息をつき、たいして広くない室内を見渡して
「高一さんデートですかね?」
 そうぼやく。
「いつもそうだ」
「そうですね………。でも、もしかして、ここの電話壊れているのではないのでしょうか?だから電話が鳴らないのでは?」
「………そうかもなぁ」
 やっと話し相手がしっかりと反応してくれたのが嬉しかったのか、話しかけていた少女は嬉しそうに『そうですよねぇ』といって手を合わせた。
「なに?直すのか?」
「はい!泉谷さんも電話が壊れてたら困りますよね?」
「そりゃ困るけど………」
 泉谷と呼ばれた男性はそういうと、初めて新聞から顔を離した。そこから現れた顔は、決して普通ではなかった。まず目立つのが、鼻の上に横一直線に伸びる鋭い傷跡。そして目つきの悪さ。スーツを着ているが、かえってそれが怪しい仕事を連想させてしまう。
 少女はそんな泉谷の顔に何も臆することなく話しかけている。
 泉谷は引き出しからドライバーを取り出し直そうとしている人物に投げ渡す。
「直せるか?でも壊れてなかったらいじるなよ。……おい、アヤ、聞いているのか?」  アヤと呼ばれた少女はすでに電話を抱え込み、慣れた手つきでドライバーを操っていた。しばらくたつと、アヤは電話を元の場所に戻し、残念そうに『以上ありません』と言った。
 しかしその瞬間電話が大きく鳴り響いた。
 泉谷が受話器を取ると、なにやら厳しい顔つきで話し始めた。受話器を置いた瞬間、アヤが興味しんしんに聞いてきた。 
 泉谷はただ一言いった。
「仕事だ」


7 :一夜 :2007/10/21(日) 17:17:26 ID:o3teQ4uc

デート 「彼女」の都合により。

  夜でもにぎやかな繁華街。
  ここに一組のカップルがいた。
 おとなしそうな彼女を彼氏はまるで守るかのように寄り添いながら歩くその姿はまるでお姫様を命がけで守る・・・王子様とまではいかないが、とにかくそんな雰囲気だった。しかし男の方はサングラスをしていると言うこともあり、少々近寄りがたい空気をまとっている。
 人混みに流され流れながら彼と彼女が入っていったのは、ぬいぐるみショップだった。さすがに店の中に男の姿は見えず、彼氏が入ってきた瞬間女性客が注目をしたが、すぐにまた自分たちの買い物に集中しだした。
「やっぱ・・・外で待ってる?」
 彼女が聞くと、彼氏の方はにっこり笑って首を横に振った。
「無理することないんですよ、ここのお客さん全員女の方ばかりですし・・・彼氏の方は外で待っている方の方が多いらしいですよ」
 “はずかしい”という気持ちでいったのではないことが、彼氏には分かった。
 しかし彼氏は彼女に肩を抱き寄せる。
 人前でもかまわず。
「すずらんといっしょなら、マジでどんなとこでも大丈夫」
 こんなのろけ言葉に彼女・すずらんは少しほおを赤く染め、小声で“ありがとうございます”といった。
 二人はそのままテディベアのコーナーまで行き、すずらんは早速手に取り品定めを始めた。彼氏も時々口を挟みながら、楽しい時間が流れていく。
 三十分ほどたってようやくすずらんは一つのテディベアを抱きしめる。
 そして彼氏にテディベアを見せ、うれしそうに“これにします”と言った。
「よし、じゃあ俺が金払ってくるから、外で待ってろよ。絶対待ってろよ。怪しい男について行くなよ。変な親父に絡まれるなよ」
「はい」
 すずらんが素直に返事をしたので、彼氏は嬉しそうにテディベアを持って奥へ入っていた。すずらんはその姿を見送る。
 すずらんが彼と出会ったのは三ヶ月前のことだ。
 若い男達から声をかけられ・・・ようするにナンパされていたのだが、すずらんの性格上断りきれずにいたところ、そんなすずらんをかわいいと思った現彼氏が始めにナンパしてきた男を殴り倒し、半ば強引にすずらんとお茶を飲んだり映画を見たり・・・しているうちに、何となくすずらんは次に会う約束もしてしまい、気づけば付き合っていた・・・ということだ。
 しかし、いまではすずらんもこの彼氏のことが結構好きなので何の問題もないまま今がある、ということだ。
 以外と優しい彼は、自分が何の仕事をしているかもどこで働いているかも聞いてこない。別に聞かれて困ることではないが、聞かれないことに越したことはない。
『♪ピーピーピーピーピー・♪ピーピーピーピーピー』
 突然自分の携帯が鳴ったのですずらんは慌てて携帯をとる。
「はい、すずらんです!」
『すずらん?私だけど、すぐ戻ってきてくれない?大変なの』
 電話の相手は水乃だった。
「す、すぐですか?私・・・今、そのぉ〜・・・」
 デート中と言うことを言おうとしたが、すずらんはその言葉を飲み込んだ。
 やはり、仕事が優先である。それ以前に、自分は絶対に仕事を断れない。
「分かりました。15分ほどでそちらにいきます」
 そしてすずらんか電話を切った。
 すると、店の中からテディベアを抱えた彼氏が出てきた。心なしか、そちらの顔も暗く見える。
 すずらんは早速謝ろうとすると、いきなり彼氏の方が両手を合わせ頭を下げた。
 すずらんが慌てて彼氏を見ると、彼は泣きそうな顔をしていた。
「ごめん、すずらん!俺、今から大事な用事が出来たんだ。だからすぐ行かないとだめになった。ほんっとごめん」
 いきなりの言葉に驚くすずらん。
 しかし、すずらんにしてみればラッキーなことだった。
「いいんです。それに私もちょうど会社の方からすぐにこいって連絡があって・・・」
 すずらんがそういうと、彼氏は顔を上げた。
「でも、ごめんね。この埋め合わせはいつかするから。絶対!」
 彼氏はそういうと急いで走っていってしまった。
 すずらんも会社に向かって走ろうとした、が・・・
 
ドン 

ぶつかった。
 すずらんは何とか体制を立て直し、相手の顔を見る。
(あ〜ぁ・・・)
 相手は間違いなくけんか慣れをしているって感じの顔をしている。
 人を見かけで判断してはいけないと思いつつ、どんどん自分を取り囲む男達を見てそんな甘いことを言っていられなくなった。
「あの・・・すみませんでした・・・」
 すずらんは少々引っ込みぎみに謝るが、男達は当然引くことはない。
「ちょい、あんた。ぶつかっといて謝るだけじゃマジ勘弁だよ」
 すずらんのぶつかった男が、ぶつかった肩を押さえながらすずらんの行く手をふさぐ。それにならうかのように、周りにた男達もすずらんを囲む。 
 からんでからんで、相手が満足するまでゆっくり相手をしてあげてもよかったけど・・・すずらんは目を細めた。
 水乃にすぐに来いと呼ばれていたのを無視するわけにはいかない。
「すみません・・・」
 すずらんは小声で言った。
  それは、ぶつかったことに対してのあやまりではなかった。
 それは、これからやることの断りだった。
「あぁ?なんか言った?」
 それがこの男の今日発せられる最後の言葉だった。
 
 その日、病院に十数名の男達が意識不明で運ばれてきた。
 原因不明の意識不明委だった。
 目撃者の話では、いきなり一斉に倒れたという。
 しかし男達は次の日の朝、何事もなかったかのように起きあがり、退院していったそうだ。
 警察の方で事情を聞いても男達は“何が起こったのか分からなかった”と、言うだけだった。


8 :一夜 :2007/10/28(日) 10:04:55 ID:mmVco4xF

デート!『彼氏』の都合により。

 (あぁ、なんて俺は幸せなんだろう)
 ある店の中で彼は心からそう思った。
  店の中は狭い割に客がごったがえしているが、彼はスムーズにレジまで進んでいく。
 まるでもとからそうゆうふうにいけるルートを知っているかのようだった。
 彼は持っている商品をレジに置いた。これは彼女のために買うのだが、自分用にもう一つ同じものを買ったっていいかも知れないと、少し思った。
 今、彼はデート中である。
 いつも仕事で忙しい休日を、今日のために休んできたのだ。どっちにしても最近仕事がこないので、いてもいなくてもいっしょだろう。
 そう考えた彼は、この日は同僚の誰にも言わずにここにいるのだ。
 彼女ははっきり言ってかわいい。
 これは決してのろけではない。町を歩けば誰もが振り向くし、彼女がしゃべればその声に耳を傾けずにはいられない。
 趣味もかわいくぬいぐるみ集めだ。
 デートは必ず一番最初に行くところがこのぬいぐるみショップだ。
 男が入るところではないかもしれない。
 しかし、彼女と普段仕事であえないぶん、こんなところでたまっらてはいられない。
 レジでお金を払い終わった瞬間だった。
『♪ピーピーパー・♪ピーピーパー』
「・・・」
 携帯が鳴り出した。
 彼はとることをためらった。
 しかし・・・
「はぁ〜い・こちらは現在使われてないかも知れません・その辺ご了承して下さいなっと」
『こう・・いちさん?』
 電話の向こうから聞こえてきたのは自分の同僚の少女だった。
「アヤちゃん!なに?俺ってデート中だからアヤちゃんのこと勘違いされたらマジ困っちゃうんだよ。だから切るね・ばいばーい」
『切らないでくださいっ、お仕事が来たんです』
 高一と呼ばれた彼は顔をしかめる。
「・・・ウソだぁ」
『ほんとです。泉谷さんが、黒子さんからファイル貰ってきて・・・』
「俺いなくても出来るだろ?」
『でも泉谷さんがよべって言ってたので・・・すみません・・・』
ブツッ 
 高一は携帯を切った。
 そしてしばらく携帯を見つめ、そしてぬいぐるみに目を移し、大きなため息をはく。
「お客様、どうなさいましたか?」
 うなだれる高一を見て、心配した店の店員が声をかけてきた。そして高一の顔を覗き込む。しかし、その顔を見て・・・
「ひっ・・・」
 思わず悲鳴を上げた。
 そんな店員に気づいたのか、高一は顔を上げ笑顔で店員を見る。
「あ、何でもないっすから、ありがとございます」
 そして店から出て行った。
 
 店員はその後ろ姿を見ることができなかった。 
(なんなの、アレは・・・)
 店員があのとき感じたものは、恐怖。
 あの客と目があった瞬間、自分が殺されると思った。それは気のせいなんかではない。本気で思った。
 その後、店員は仕事に戻った。


9 :一夜 :2007/10/30(火) 23:09:28 ID:mmVco4xF

暗い部屋。

「暗い部屋ですね……」
 男が言った。
「フフッ、別に明るくしてもいいんですよ。ただの雰囲気作りってのも入ってますし」
 男の正面に座っている女性は楽しそうにそう言った。
「いや……いい」
 男はそう言うと、バックから紙の束を取りだし、それを二人を挟むように置いてあるテーブルの上にバサッと置いた。
 女性はその紙を手に取り、パラパラとめくっていく。そして顔を上げた。
「……これが噂の“彼女”、ですか?」
「ああ、そうだ。“壊して”くれ」
 男の言葉に、女性はしばらく沈黙する。しかし、ゆっくりと口を開き、
「いいわよ。でも……」
 女性はしばらく間をおく。そして男の顔を見て、聞いた。
「どうして?」
 しかし男は表情を変えず、一言言った。
「余計な詮索は、しないのじゃなかったのかな?」
 女性はその言葉に、“ええ”と頷くと、紙の束をそろえてテーブルに置く。
「分かったわ。できる限りのベストは尽くさせましょう。この……あなたがわざわざ集めてくれた資料を見たところ、っというか、こうゆうのはこっちでやっちゃうから良かったのにぃ……じゃなくて、大変そうねぇ〜。なんといか、ターゲットの取り巻きさんたち」
「だからここまで来たんだ。頼んだぞ」
 男はそう言うと、部屋から出て行った。
 女性はその後ろ姿を見送り、暗い部屋に一人残された。しばらくじっと座っているが、やがて立ち上がり、カーテンをバッと開けた。
 日の光が部屋に差し込む。そして、光は部屋を照らし、テーブルの上に置いてあった資料も明るく照らす。
 資料の一番上には、ターゲットである人物の資料が載っていた。

『藤原美琴 16歳 湖南高校一年所属』

 女性はその資料を見つめて、小さく溜息をついた。
「……皮肉なものね」
 そうつぶやくと、後ろのドアからノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「泉谷です」
 ドアが開くと、そこから一人の男が入ってきた。
 男……泉谷は長身で、スーツを着こなしていた。しかし、その傷だらけの顔を見ると、決して泉谷がただの社会人には見えない。
 泉谷は女性に勧められて椅子に座ると、女性も泉谷の正面に座り、先ほどの光景が思い出される。
「それで、仕事だけど……」
 女性はそう切り出すと、先ほど男にもらった資料を泉谷渡した。
 泉谷はその資料を受け取り、ゆっくりと見ていく。
「この、資料は……?」
「あのね、今回の依頼人さんが調べておいてくれちゃったの。だから今回は颯爽と仕事の方に取り組んじゃってね」
「あの……黒子さん」
 泉谷は女性・黒子に顔を向ける。黒子は“何?”と泉谷の方を見た。
「今回のターゲットは……この子どもですか?」
 泉谷の言葉に、黒子は頷く。
「子ども相手になんか嫌だと思うけどね、泉谷君。仕事だからごめんね」
「イヤ……俺は別にいいんです。ただ、アヤに……」
「あら、アヤちゃんそう言えば元気にやってる?相変わらず真っ黒な服着て、真ん中分けの三つ編みヘアーな格好?可愛いのにもったいないわ〜」
 黒子が楽しそうにそう言うのを、泉谷は無表情で見ている。
 そんな泉谷の反応がつまらないのか、黒子は溜息をつくと泉谷からわざと視線を外してぼそりとつぶやいた。
「アヤちゃんきっと、泉谷君が手をださないからいつまで経っても可愛くなれないのよ」
 
 ビリッ

 泉谷の手の中の資料が少し破れた。
「黒子さん……、じゃあ、俺は、戻ります。では」
 何となく肩が震えているような気がした。黒子はそんな姿を見て、クスリと笑う。泉谷の頬がぴくりと引きつる。しかし泉谷はくるりと背を向けると、部屋から出て行った。
 再び黒子一人になった部屋。
 黒子は黒いガウンを羽織りなおし、椅子に座り直す。
「ホント……なんでみんな幸せにはなれないんでしょうね……。でも……」
 目を閉じる。
 まぶたの裏に写るのは、幼い女の子。
 怯えた顔をして、足の陰に隠れている。細い手足。真っ黒の髪。怯える瞳。
 目を開き、現実を見る。
「あの子には、あの子たちには……幸せになって欲しいなぁ……」
 黒子の声は暗い室内に小さく響いた。


10 :一夜 :2007/11/09(金) 21:15:58 ID:m3knVnuA

遠距離恋愛。

 湖南高校のある教室。
「きり〜〜〜つ」
(あ〜〜〜!!!何なの、このやる気のないあいさつ!)
「きょ〜〜〜〜〜つけ〜〜〜〜〜〜」
(くぅ…………誰よ、こんな意味のないあいさつを考えたのはぁぁぁぁぁ!!!)
「れ〜〜〜〜い………ありがとー『ございましたぁぁぁぁ!!!!!!!!!』」
 日直の号令一つ一つに、心の中で最大級の文句を言いながらも、美琴は何とか今日一日の学校生活に終わりを告げた。
 そして、机の中に詰め込んである教科書を勢いよくバックに詰め込み、友達が話しかける暇もなく教室から飛び出した。
 ちなみに、美琴による最後の猛烈なあいさつは、彼女の教室では日常茶飯事のことだった。そんなことをするのは美琴だけだが、慣れてしまえばこちらのものだ。
 そして美琴が向かうのは校舎の一番端にある教室であり、目指すは自分の大好きな幼なじみ、高天久人。
 小学校・中学校共に久人とは同じクラスだった美琴。しかし、高校生になり早くも別々のクラスにさせられてしまったのだ。
 このときばかりは、本気で神様を呪い、校長に自分の身分を明かしてでも同じクラスにしてもうおう、いや・させよう!とまで思って、実際実行しかけたのだが、久人に止められてとりあえず我慢した。
 始めは久人が何故止めるのかがまっっっっっっったく分からず、その後も美琴は久人とは極力話さないようにした。美琴なりの機嫌の悪さをアピールしたのだ。そんなところを、すずらんに『遠距離恋愛がしたいのですよ』と言う事実(?)を聞かされて、
「あら、久人もそんな焦らすようなマネをして!」
と、納得した。
 しかし、しかしだ。
 なんて不便な生活なのだろう。
 美琴の教室と、久人の教室は廊下の端と端という、大変遠い距離同士であった。
 しかも、久人のクラスは何故か担任のせいで終わる時間が大変遅く、まだ一度も久人の方から迎えに来てくれたことがなかったのだ。
 だから、今日も美琴は久人の教室の前で彼を待ち続ける。

「みこ〜〜〜〜!!!」
 美琴は声の方を見た。
 ちなみに、『みこ』とは、美琴と仲の良い友達が使う美琴の愛称だ。
 目の前から手を振りながら歩いてくるのは、美琴と同じクラスの鹿野川梨保だった。彼女は満面の笑顔で美琴に近づいている。
「悪いけど、私は用があるんだからね」
 何かを言おうとして口を開きかけた梨保を制して、美琴はきっぱりと言った。
「や、なにそれなにそれ!言ってないし!でも言うからね!合コンさんのメンバーがちと足りないわけだ。みこ、言ったこと無いよね?だから……今日をみこの合コンデビュー日にしちゃおう!」
「マジで嫌」
 美琴がはっきりと言うと、梨保は大げさに驚いた振りをして、身体をのけぞった。そして床に崩れ落ち、美琴の足にすがりつく。
「げっ」
 梨保は美琴の顔を見上げる。心なしか、涙まで浮かべて。
「お願いっ!!今日の相手は深見沢高校の先輩方様なの!超かっこいいの!数足りないなんて言ったら帰っちゃうよ!」
「そんなことで帰る奴等なんかと合コンしなくたっていいじゃん」
 その言葉を聞いた瞬間、梨保の目からぽろりと涙がこぼれた。
「せ……殺生よ!生き殺しよ!さらし首だわ!!!みこは久人君LOVEでいいわよ、どうせッ……今日も二人で帰るんだから。私は何?友達からも見放され、合コンも断られて行く宛も男もなく悲しい人生を歩むって役?何役よ!シンデレラだったら足が無駄にでかいお姉様?かぐや姫だったら会ってすらもらえなかった門前払いの男役?なんてひどいのかしら、およよよよ………」
 こんな長い言葉を吐きながらも、梨保は美琴にしがみついていた。
 確信はある。百%演技だ。
 くそ、大根役者め。
「私は〜〜〜、大切なお仕事があるの。さぼるとマジ殺されるわけ(啓司君に)」
「………知ってるのよ。みこはアルバイトなんかしてないって。いつも久人君と一緒に仲良く楽しそうに帰ってるって」
 確かに、確かにアルバイトはしていない。やっているのは本格的ビジネス。
 しかし、そんなことが言えるはずがない。
 三言のそんな曖昧な表情を見て、梨保の目が光った。
「しかもよ!その後二人はどこかに消えてしまう……。怪しい。いったいどこに行ってるの?いくら探しても二人はどっこにもいないし……ん?」
(コイツ……!!こんなストーカーまがいなことまでしてたの?!)
 まさかそんな風に見られていたとは。美琴にとってはかなり嬉しかった。しかし……
「二人でどこ行ってるのかなぁ?みこは……教えてくれないよね?じゃあ、久人君は、どうかなぁ〜?」
 最悪のシナリオが、美琴の頭の中で繰り広げられる。
(優しい久人のことだ。きっと……梨保なんかに問いつめられちゃったら……)
 その瞬間、久人のいる教室が騒ぎ出した。どうやら帰る準備を始めたようだ。
 詰め寄る梨保。
 たじろく美琴。
 追い詰められる。
 追い詰められた。
 笑顔の梨保。
 引きつる美琴。
「で、どうする?」
(あぁ………これからはもっと取引の勉強をしよう)


 久人はいつも通り教室を出た。
 友人たちとはてきとうに話を切り、そしていつも聞こえてくるあの声を待つ。
 しかし………
(あれ?美琴……いない?)
 いつもだったら人がいることにも構わず、『久人〜〜〜!』と叫ぶ友人がいない。
「まぁ、今日はいつもよりも遅かったし、待っておくのが飽きたんだよね」
 誰にも言うことでもない独り言を言い、久人は帰った。


11 :一夜 :2007/12/05(水) 14:04:08 ID:m3knVnuA

カレーがカレーなわけ。

「どうしたんですか?」
 デートから戻ってきたすずらんは、唯一事務室にいた久人に聞いた。
「それが………」
『社長が行方不明なんですよ』
 天井のスピーカーから、人工頭脳・カレーの声が聞こえる。
『水乃と啓司は、すずらんに電話をかけたらすぐに探しに行きましたよ』
「僕は留守番を任せられたんです」
 久人はそう言うと、パソコンの電源を切った。
「久人君は、今日は美琴様と一緒に帰らなかったの?」
 すずらんの問いに、久人は暗い顔で頷く。
「いつもは……教室の前で待っていてくれてたんですけど、今日はどこにもい無くって……。だから先に帰ったんだと思って……」
 声がだんだんと小さくなっていく。
 少なくとも、今のこの状況まで運んでしまったことに責任を感じているようだった。
「もしかして……美琴様と喧嘩したの?」
「いいえ。僕が覚えている限りでは……」
『ホント、何考えてるんでしょうね、社長は』
 カレーはそう言うと、“ま、いつものことだけど……”と付け加えた。
「とにかく、私も探しに行ってくるね。お留守番お願いします」
 すずらんはそう言って、事務室から出て行った。
 後に残った久人とカレーは、共に大きな溜息をついた。
「……カレーでも、溜息はするんだ」
『失礼ですね。僕は、世界で一番賢い人工頭脳ですよ。人と同じ事ぐらいして見せますよ』
 カレーの声に、久人はハハッっと力無く笑うと、再び顔をうつむけた。
 そんな久人を見て、カレーは声をかける。
『そんな気にすることありませんよ〜。行方不明なんて、今までに何回か会ったでしょう?どうせすぐに帰ってきますよ』
「それでも……」
 久人の口が開いた。
「それでも、そんなときでも僕が美琴の側にいておかなくちゃいけないんだ………」
『え?』
 あまりにも小さな声で、カレーの音声聞き取りのマイクでは拾えなかったらしく、カレーは聞き直した。
「ん?何でもないよ」
 久人は顔を上げて、カメラに微笑みかける。
「そう言えば。カレー!」
『なんですか?』
「どうしてカレーなの?美琴は僕にすら教えてくれなかったんだけど……」
『唐突すぎますよ。何がですか?』
「名前」
 久人の言葉に、カレーはしばらく黙った。
 もしかして、聞いてはいけないことを自分は聞いてしまったのかもしれない……。そんな不安にかき立てられるほど、カレーは黙ってしまった。
 そして数分。
『好きだから、です』
「え?」
 しばらくの沈黙からの言葉に、思わず聞き返してしまった。しかし、カレーはもう一度繰り返す。
『好きだからですよ。社長はカレーが』
 それは、何とも間の抜けた答えだったが……
「あぁ、そっか」
 彼女らしいな。
 そう思うと、何故か納得してしまった。それが藤原美琴だから。
 自分が小さい頃から知っている、彼女だから。
『納得ですか?』
「うん。ありがとう」
『どういたしまして。さて、どうしましょうか?』
「そだね……。とりあえず、僕たちは静かに留守番をしておこうか」
 久人の言葉に、カレーは嬉しそうに答えた。
『賛成ですね。静かにが重要ですよ!今日はパソコンで遊びまくる社長もいないし、ドアを吹っ飛ばす啓司もいないし、啓司を吹っ飛ばす水乃もいないし、たまにパソコンいじって、間違えてウイルスのいるサイトを開いちゃって会社中のパソコンにウイルスをばらまいてしまうすずらんもいない………。桃也はもとからあんまり来ないし、久し振りに静かにいきましょう!』
 こうして、再び静かな時間が事務室で始まった。


12 :一夜 :2007/12/22(土) 21:59:08 ID:ncPiWczA

壊し屋本部より。

 アヤは、窓から外の景色を見ていた。
 ここは2階だから、下を見れば通行人がよく見える。
 自転車に乗った女の人、急ぎ気味で早歩きをしている男の人、楽しそうに手をつないで帰るお母さんと子供、そして今がちょうど学校から帰りの高校生。
 アヤはその高校生に目をとめた。
 女子高生が3人、ぺちゃくちゃと話しながら歩いている。
 彼女たちの手には携帯が握られている。どうやらメールをしながら歩いているようだ。
「…………危ないよ」
 アヤがそうつぶやいた時、女子高生の内の一人が低い段差に気づかず、前につんのめる。それを他の二人が見て笑った。
 転びそうになった一人は顔を赤くして二人のからかいを制し、携帯をバックに入れてまた三人で歩き出した。
 アヤはただ見ているだけだった。
 しかし三人が見えなくなると、窓から目を離した。
 その時、部屋に泉谷が入ってきた。手には封筒を持っている。
「お帰りなさい、泉谷さん」
 泉谷はチラリとアヤの方を見ると、“あぁ”と言い、封筒をアヤに渡した。
 心なしか、どこか機嫌が悪そうである。
(また………黒子さんと喧嘩したのかなぁ)
 アヤはそう思い、あえて何も聞かないことにした。

「今回の仕事だ。中を見ておけ」
 そう言われ、アヤは中から何枚かの紙をとりだして見る。そしてしばらく経って顔を上げ、泉谷を見た。
「今回のターゲットの写真があっただろ。すぐに取りかかる」
「はい………あ、泉谷さん。私この写真の人知ってますよ。たしか都市伝説の社長さんです!知りませんか?東京のどこかにまだ高校生なのに会社の社長って人がいるって」
 アヤはそう言うと泉谷に封筒を戻した。そして着替え始める。
「そうなのか?まぁ、このターゲットは実際いるんだ。都市伝説なんかじゃなく」
 そして封筒から一枚の紙を出すと、アヤに見せる。
「これをよく見ろ」
 アヤは紙を見た。
 その紙に書いてあるのは、今回のターゲットの社長と、その会社の社員名簿だ。
 しかし、その紙には名前以外ほとんど記されていなかった。
 名前以外だと、簡単な仕事分担と性別ぐらいしか書いてない。一番詳しく書いてあるモノは、社長のこと………もっとも今までの業績やらだが、次に多かったのは、本当にここに名前があって不自然な少年のところだった。

『高天久人・16歳 男 湖南高校1年所属  藤原美琴と幼友達 
                    現在東京都●●区アパートに一人暮らし』

 以上のようなことが書かれていた。
 しかし、このデーターを見るだけだとこの少年は普通だ。普通すぎた。こんな世界で生きるのにふさわしくない、子供。
「………妙ですね。っていうか、変ですね。私と同じ16歳ですけど………普通の高校に通ってますし………」
 アヤのつぶやきに、泉谷は顔を上げてアヤを見た。
「お前………16歳?」
「あっ、はい………そうなんですよ。もう結婚もできる歳なんです」
 アヤは少し顔を赤くしながら言った。
 泉谷はそんなアヤを見ながら、この答え方は高一譲りだろうと思い、溜息をした。
「ところで泉谷さん、私は準備できましたよ」
 アヤは、肩と肘当てのついた黒い長袖パーカーに、ぴっちりとした短いパンツ姿。そそて腰にはたくさんのポケットがついた古びたウエストポーチを付けている。
 長い髪は三つ編みで二つに編んであり、前髪は綺麗に二つに分けてヘアピンで留めてある。
 こんな格好で町中を歩くのは可笑しいが、アヤにとってはこの姿でいる方が普通であり、そんな世界が日常なのだ。

 もっとも………

 泉谷は思った。
 アヤをこの世界の住人にしてしまったのは自分なのだから………

「ところで、泉谷さん。高一さんは来るでしょうか?」
 アヤが高一の携帯に電話してからずいぶん経つ。しかし、高一はいまだに現れない。アヤも心配そうにドアの方を見る。
 しかし、そんなアヤの心配もさておき、泉谷は自分もさっさと準備を始めた。
「大丈夫だ。アイツは来るよ。絶対」
「!………そうですね。高一さん………なんだかんだ言ってやっぱり………」
 アヤがそこまで言った瞬間、ドアが勢いよく開いた。驚いてドアの方を見ると、其処にはいかにも機嫌が悪そうな顔をした高一が立っていた。
「よし、高一は時間がないからその格好でいくぞ。資料は車の中で見ておけ。行くぞ」
 高一の機嫌の悪そうな顔をおもいっきり無視して、泉谷は指示を出すと出て行ってしまった。
 そんな泉谷の背中に、高一は嘆きの言葉を吐いた。
「泉谷さん、もしかして俺がデートに行く日を狙って黒子さんから仕事もらいに行ったんじゃないッスか?!偶然が過ぎるよ!!!」
 そんな高一にを泉谷は無視。
「うわぁ!俺だってお二方に気をつかって外出したのにっ………何?アレですか?二人のお楽しみタイムが終わったので仕事でも始めましょうかって?ひどっ!!」
 高一の言葉に、アヤは耳まで赤くしながら否定し、泉谷はと言うとすでに見えない。
 まだ焦っているアヤに高一はそっと耳元で聞く。

『で、実際はどうなの?やっちゃった?やられちゃった?泉谷さんに襲われたりとか』
『そんなことありません!!本当に黒子さんから電話がかかってきたんですから!』
 それを聞くと、高一は残念そうに・しかし楽しそうに“な〜んだ”と言って、泉谷の行った方へと歩き出した。
「じゃ、仕事行こっか♪」
「っぅ〜〜〜〜〜!!!!」
 アヤの顔は赤いままだった


13 :一夜 :2008/01/14(月) 22:25:52 ID:o3teQGkJ

5人目の社員

「正直、私行きたくないんだけど」
 美琴がそう言った瞬間、二つの拳が美琴を襲う。
 美琴はそれを避けて大きく溜息をつくと、その拳のもとである二人の人物を見る。
 一人は、この合コンへと美琴を連れ込んだ梨保。
 もう一人は、この合コンを計画した同じクラスの女子、香奈恵。
 今や二人の顔には、女子高生とは思えない怒りの表情が浮かんでいる。思わず後ずさる美琴に、二人は食ってかかった。
「みこ!!!あんたこれからって時に何言ってるのよ!!勝負をやる前から捨てて!」
「今回の相手方呼ぶのに、私がどんだけ苦労したと思ってるの!!それを全て水の泡にするようなこと言わないで!」
「はぁ………」
「はぁ………じゃない!みこは久人君がいるから良いけど、こっちはいないの!だから作るの!男!!!」
「彼氏持ちには分かんないわよ、この苦しみ!この苦労!この………気持ち!」
 美琴につばがかかるほどの勢いで語りまくる二人に、美琴はただ頷くことしかできなかった。
 現在三人が向かっているのは、今回の合コン会場であるカラオケだ。
 美琴は二人に引きずられるかのようにそのカラオケまで連れて行かれた。
(あぁ、久人ごめんね)
 美琴は心の中で何度も久人に謝っていた。
 この合コンのことは、誰にも言ってない。と、言うより言う暇さえなかった。
 ようするに、会社の方には全くの連絡無しと言うことだ。
 しかし、美琴にとってそれは全く問題ではない。美琴にとって今一番気がかりなのは、久人に何も言わずに先に学校から出てしまったこと。しかも違う男と遊びに行くということ。
(あぁ、久人………私はあなたのことが嫌いになったんじゃないから!)
 そして、心の中で何度も謝りまくっているのだが、二人はそんなことを知るよしもなく、今日の相手についてべらべら話していた。
「香奈恵、ホントに今日の人たちって深見沢高校の人?」
「そだよ!しかも三年生の先輩方なわけさ!」
 深見沢高校とは近くにある私立高校で、結構大きい高校だ。湖南高校と同じく共学で、スポーツ系の部活動が盛んなことで有名だ。
「どやって知り合ったの?」
 ちょっとした興味で美琴は聞いた。
「ふふん、よくぞ聞いてくれました」
 香奈恵はそう言うと、バックから携帯をとりだした。
「じつは、この前携帯落としちゃったんだ。そして拾ってくれたのが、今回の相手の内の一人ってワケ!」
「なにそれ、なんか嘘くさい」
 そして再び美琴に拳が降ってくる。
「嘘くさくない!マジなんだから」
 香奈恵は美琴にそう言い、携帯をバックに戻す。そして指を指した。
「ほら、あそこで待ち合わせ」
「あ、誰かいるじゃん」
 梨保が香奈恵の指さす方向を見てそう言った。
 確かにソコには何人かの人が立っている。
 すると、香奈恵は嬉しそうに梨保と美琴の腕を掴んで走り出した。
「ちょちょ……」
「あの人達だよ、今回の相手!」
 そして、強引に美琴は今回の相手という人たちの前に引っ張り出された。
 そして対面となった。の、だが………

「上原さん、この前はありがとうございました!」
 香奈恵は手前側に立っていた男に話しかけた。
「あ、香奈恵ちゃん………だっけ?今日はよろしく。一応、部活の仲間とクラスのヤツ連れてきたから」
 上原と呼ばれた男はそう言うと、香奈恵と親しそうに話し出した。
「じゃ、続きは中で………」

「桃也君!!!!」

 その声に、その場にいた全員がそっちの方を見た。
 その言葉を言ったのは美琴だったのだが、美琴の前に立っている男の方も驚いた顔をして美琴を見ていた。
「社長さん………」
 男はそうつぶやくと、はっと口を閉じた。
 そして笑いながら美琴の手を握る。
「や、久し振りだねぇ!最近どう?みんなご無沙汰だけど元気かな?」
「久し振りって………なんで桃也君こんなとこにいるの?!」
 美琴はそう言いながら桃也と呼んだ男の手を振りほどく。
「仕事もしないで!」
「だって俺さ、社員じゃないじゃん」
「社員だって!!登録しちゃったもん!」
「そりゃ勝手な。俺は協力してはあげると言ったけど、社員になるなんて言ってないよ」
「でも………………あ、」
 美琴は、自分たちに注がれている視線に気づき、言葉を止める。
「みこ………知り合い?」
 梨保が遠慮ぎみに聞いてきた。
 美琴はとっさに良いいい訳が思いつかず、顔を引きつらせながら頷いた。
 すると、桃也の方が笑顔で答える。
「西崎桃也です。社長さんとは、以前していたバイトで知り合ったんだよ」
 ナイスフォロー!美琴は桃也に感謝した。
 しかし
「しゃ………社長?」
「くっ!」
「ニックネームだよ。ね、社長さん」
 そして全員の方を笑顔で見る。
 その瞬間、全員が何とも言えない気配を感じた。逆らえない、そんな感じの強い気配だった。
 しかし、そんなことを思う前に、その気配は消えた。
 いったい何だったんだろう?そう思うだけだった。
 美琴意外の全員が何かを言う前に、桃也はカラオケのドアを開ける。そして中へ招き入れて、再び笑顔で言った。
「さ、始めよっか♪」
 そして、始まった。


14 :一夜 :2008/01/21(月) 14:04:13 ID:o3teQGkJ

戦闘開始!まずは警報。

 静かな部屋に聞こえるのは、二人の少年の声だった。
『プロパイダ』
 一つはカレー。この声は、美琴が設定したモノで、実際のカレーの声ではない。
「だ………ダウンロード」
 もう一つは久人。年の割には、幼い声をしている。まだ少年の声と言ってもおかしくはないだろう。
『ダメインネームサーバー』
「え………それって、あ?それとも、ば?」
『では、ば・でお願いします」
「………無理だよぉ〜」

 事務室では、久人とカレーがパソコン用語しか使ってはいけないと言う、かなりハイレベルなしりとりを繰り広げていた。
 そんなとき、事務室の扉が開いて、コートを着た水乃と啓司が入ってきた。
 久人は二人を見ると、立ち上がって駆け寄る。
「どうでしたか?美琴は………」
 久人が聞くと、啓司は黙ったまま首と横に振る。水野も同様に、首を横に振った。
 そして全員が大きな溜息を吐く。もちろんカレーも。
「そう言えば、すずらんは?」
 水乃は久人から渡されたコーヒーを飲みながら聞く。
「まだ帰ってきません。美琴を探しに行ったんですけど………」
 久人がそう答えると、啓司は舌を打ち、“見つかれば良いんだが”と言った。そして残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「もっかい行ってくる」
 そう言って、啓司は事務室から出て行った。
 事務室には現在、久人と水乃の二人となった。
「じゃあ、私も着替えたら行くか」
 水乃はそう言うと、コートを脱いで、たたんだ。
「どうしたんですか?着替えるって………?」
「あぁ、実はね」
 水野曰く、一応このあたりを根城にしている不良集団を捕まえて話を聞こうとしたところ、変に抵抗されて、しかも仲間まで呼ばれてしまい、仕舞いには武器まで持ちだしてきたので………黙らせてきたらしい。
 もちろん一人で。
 その際、果物ナイフかなんかでコートを数カ所着られてしまった・と言うわけだ。
「人前じゃなかったら、あんな攻撃………つける前に戦闘不能にしてやったわ」
 いかにも不服そうな顔をして、水乃は言った。
 久人はそんな水乃を苦笑いで見る。
 水乃は予備のコートに手を掛けた。
 その瞬間

 ずーん

 何かが壊れる音がした。
「な、何?!地震?」
「カレー、何なの?」
 カレーはしばらく無言だったが、今まで切ってあった久人の前のパソコンの電源がいきなりつき、その画面にある映像が映った。
 そこは会社の入り口だった。
 普段はほとんど人が出入りしない、こぢんまりとした場所だったソコは、いまやかなり悲惨な状況になっていた。
 観葉植物の鉢植えは全て破壊されてあり、窓ガラスなどは無惨に割られていた。床にも亀裂が入り、まるでここをハリケーンが通過していったかのようだった。
「何これ………」
 二人は呆然とその画面を見ていたが、その時何か黒い影が、画面を横切った。
 その影を見て、水乃は息を呑む。
「啓司!」
 そう、その影は啓司だった。
 啓司はすぐに体勢を立て直して、再び画面から消えたが、啓司が落ちた位置だと思われる場所に、血の跡があった。
 水乃の表情が一瞬固まり、そしてすぐに事務室から飛び出していった。
『緊急事態発生・緊急事態発生・何者かが建物内に進入。同時にネットワーク無いに進入!』
 カレーの声が、警報と共にスピーカーから聞こえる。
「っ………!!ネットワーク内まで?!」
 久人は驚きの声を挙げるが、すぐに自分の引き出しに手を掛けると、中に置いてあった小型のノ−トパソコンを引っ張り出す。
 そしてソレの電源を入れると、自分の目の前にあったパソコンにコードを繋げてパソコンを起動させる。
『な、何する気ですか!?』
「今から、カレーの全システムをこのパソコンへ移動させる!カレーはソレの補助をして」
『む、無理ですよ・そんな小さい機械なんかに!』
 カレーは抗議の声を立てたが、久人は決して手を休めなかった。
「大丈夫。僕が………何とかする。時間を稼ぐよ」
 そして、にっと笑った。


15 :一夜 :2008/02/06(水) 08:27:31 ID:PmQHQiWG

戦闘開始!久人VSアヤ

 防犯ブザーは相変わらず鳴り続けているが、実はこの防犯ブザーはこけおどしだ。
 鳴ったからと言って、警備員が出てくるわけでも警察が来ることもない。単に、この会社内に危険を知らせるだけためのものなのだ。
 耳に五月蠅い警報のため、大抵の侵入者や不審者なんかはこの音を聞くだけで驚いて逃げていく………はずだった。

「よし………!あと少しだ………」
 久人は小さなパソコンと向き合っている。
 パソコンの画面は、カレーのシステム転移を示す画面に変わっている。そして久人はその画面に食い入り、パソコンの小さなキーを打っていた。
 普段のおっとりとした態度をとっている少年とは思えないような速さだった。しかし、それは正確に、そして確実だった。
『久人!大変です!』
「なに?!」
 突然カレーの声が、手元のパソコンから聞こえる。
『狭い!ここ狭いですよ!通勤ラッシュの満員電車とは比べものになりません!!』
「あぁ、もう!我慢!あと少しなんだからっと………っ?!」
 その時、ヒュンと空気を切る音が久人の耳元をかすめた。
 久人はパソコンを抱えて一歩横にそれる。が、何かが頬を切ったような痛みが走った。
 反射的に後ろを振り返る。
 ソコにいたのは、一人の少女だった。少女はじっと久人を見つめている。
(いつの間に?)
 久人は少し身じろきをしながら、少女を観察する。
 少女は、ぱっと見とても幼く見えた。肌は白いが、黒い服を着ているためその白さが余計に際だつ。長い黒髪は綺麗に二つに編んであり、前髪は邪魔にならないようにピンで両脇に留められている。眼鏡をしているのだが、サイズが大きいらしく少しずれている。
「き………君は?」
 久人が聞くと、少女は無言のまま久人に向かってスッと右手の人差し指を向ける。
 その瞬間だった。
 先ほど聞こえた、ヒュンという空気を切る音が狭い部屋に響く。
「えっ?!」
 久人は思わず身体を縮めた。そのせいか、それとも少女がわざと外そうと狙ったのか、久人の方のシャツが鋭く切られた。
 驚いて少女の手元を見る。
 すると、先ほどまで何も持たれていなかったはずの手に、黒いひもが………ケーブルが握られていた。
 普通のケーブルと比べるとずいぶん細いが、その黒いひもはケーブルに違いなかった。
(け………ケーブルって…………切れるもんなんだ?)
 まさかとは思ったが、確かに目の前の少女の手にはそのケーブル以外は握られていない。そして、攻撃を仕掛けてきたのもこの少女に違いない。
 しかし、ケーブルで………
 そう思いながら、シャツの切り口を見る。ソコはまるで鋭い刃物で切られたかのように鋭い切る口だった。
 改めて少女の持つケーブルを危険視した。その時、少女が口を開いた。
「私………あなたを傷つけるつもりはないんです」
 その声は、見た目と同様にやはり幼い感じがする。
 久人はその声を確認すると、少女の方を見ながら体勢を立て直す。
「あの、何が目的ですか?」
 出来るだけ相手の気に触れないよう、慎重に話しかける。
「目的は、あなたを静止することです」
「っ?!」
「お願いです………。どうか、そのパソコンを私に渡して下さい。そして、妨害電波を飛ばしたりすることは止めて下さい。とても………大変です」
 少女の頼み方は物腰とても丁寧だが、その内容はあまりにもいきなりすぎた。
 さすがの久人も目を大きく開き、そしてこのとき初めて………

 久人のパソコンを打つ手が止まった。
 
 そして、確信する。この子が敵だ・と。
 久人は少女に聞く。
「何、する気なんですか?」
 その言葉に、少女は俯く。
「残念ですが、そのお願いを聞くことは出来ません。これが僕の仕事だから………」
「そうですか」
 少女はそうつぶやくと、久人を見つめる。
「残念です」
 そう言った瞬間、少女がその場から消えた。


16 :一夜 :2008/02/21(木) 08:59:48 ID:ommLuDYn

戦闘開始!戦う理由。

 久人はギリギリのところでかわしながらも、決してキーを打つ手を休めなかった。
 少女も攻撃の手を休めることなく、久人に向かって次々と仕掛けていった。周りにある調度品を破壊しながらも、確実に久人の隠れる場所を無くしていく。
「っ………!!!」
 久人も徐々に隠れるところが無くなってきているのを感じながらも、常に意識は少女に向いていた。
 が、突然目で追っていたはずの少女が視界から消えた。
「えっ!?」
 目を疑う。
 その時、背後から風を切る音がした。
 とっさに避けたが鋭い攻撃が左肩のシャツと一緒に久人の皮膚を切り裂く。そして次々と同じような攻撃が続いた。
「っぅ……!」
 久人は肩を押さえて少女から離れると少女に向き直る。
 形勢は不利だ。
 久人はそう分かっていた。しかし、今カレーの移動システムを止めるわけにはいかない。もしソレをしてしまえばあちらの思うつぼだ。
 終わってからでしか、本気で戦うことが出来ない。しかし、それまでアノ攻撃をかわせるか………。
 久人は少女を見た。
 少女の顔は至って冷静だった。見たところスキらしいスキはなさそうだ。
 久人は目を細める。
 あぁ、久し振りだなこんな状況。懐かしさが、久人の心の奥の何かを揺さぶる。
「っ………!」
 久人は、はっと我に返って頭を振る。
 駄目だ。
 まだ使ってはいけない。
 これを使うのは………最後。最後の手段。美琴に何かあった時にしか使わない。そう決めたから。

 そう、あの時………。

 一瞬、久人の気配が変わった。
 アヤはソレに気づくと、さっと攻撃を止める。
 昔からのクセで、何か気配があると反応してしまうのだ。そして、今の気配は間違いなく危険なものだった。
(まさか………)
 アヤは久人を見る。
 だってこの少年は普通のはず。資料にだってそう書いてあったし、それに今実際こうやって対面してみても………いや、違う。
 アヤは思った。
 普通なはずがない。
 さっきからアヤの攻撃は全てかわされている。
 当たったにしても、それは狙ったほども効果を示さない。すべてかわされているのだ。
(偶然?違う………偶然がこんなに続くわけがない。じゃあ………)
 少女は久人を見た。
 そして驚愕する。
(こんな中でも、まだキーを打ってる………?!しかも早くなってる………)
 アヤは攻撃を再会するが、その時久人の視線が自分に向いていないことに気づいた。そう、久人はアヤの攻撃を見ていない。それでもギリギリのところで避けているのだ。
 そう、久人は攻撃の際聞こえてくる風を切る音だけで避けている。
 目で追えないと言うことを悟り、耳を使うことに決めたのだった。
「くっ………!」
 ソレが分かった瞬間、アヤはどうにか少年を止めようとコードを戻した、が

 ピーーーーーーーーーーーーーーーー

「!?」
 アヤは動きを止める。
 いきなり、部屋中のパソコンから電子的な音が響いた。それはしばらく鳴り響き、そして止まった。
 静寂の中、久人は持っていた小型パソコンを閉じる。
「な、なに?」
 少女が聞くと、久人はそのパソコンを机の上に置いて破れたシャツを脱ぐ。
「仕事完了です。この会社の全データーを僕のこのパソコンに映しました。そして、全てのネットワークからも遮断しておきました」
「っ!?そんな早く!」
 アヤは久人の言葉に驚くが、久人はそんなアヤを見て肩を落とす。
「事前に調べたかは知りませんが、あまり僕のことを甘く見ないで下さい。僕だって美琴に迷惑ばかり掛けるわけにはいきませんからね」
 久人の言葉にアヤは足を引く。
 確かに甘く見ていた。これは自分の失態。
 アヤは唇をかむ。
「あなたがやろうとしていたことは、僕のこのパソコンを奪わない限り達成されません。もっとも………」
 久人は言葉を切る。
「そんなこと、死んでもさせませんが」
 その言葉には、今までにない迫力があった。久人はパタンとパソコンをたたむと、静かに言葉を紡ぎ出す。
「さて、僕には許せないことが一つあります。それは、美琴うぃ傷つけることです。美琴は僕にとってとても大切な人です。その美琴を傷つける人は………美琴の邪魔をする人は、何があっても排除します」
 その言葉を話す久人の表情は、とても優しかったが久人の持つ雰囲気はどんどんと変わっていく。
 アヤもソレを感じていた。
 全身が危険と言っている。逃げろと。相手は自分よりも強いかもしれない。
 もし、次攻撃を仕掛けたら今度はやられてしまうかもしれない。
 しかし、しかし………

「だめ、だめです。駄目なんです!」
「!」
 アヤの声は今にも消えそうなほど小さなものだった。
 アヤはぐっとケーブルを握りながらも、久人を見つめる。
「あなたに譲れない、戦う理由がある事はわかります。でも、私にもあります。私にも、私にもこの戦いを譲れない理由があります。その人のためなら私、死んでも構いません………たとえ、今あなたになんと言われtも………引く気は無いです!」
 そしてアヤはケーブルを構え、それを久人に向ける。
「私にこの道を、未来をくれた人。私はその人のために戦います。そして、今回の戦いでたとえ私が死んでも、あの人のためなら私は幸せです。もし、あなたが邪魔をするなら結構です。私はあなたを壊して先へ進みます」
 そして少女は口をつぐんだ。
 久人はソレが意味することを理解した。次で決める気だろう。
 久人はそんなアヤを見て、笑った。
 しかし、ソレはおかしさからではない。

 あぁ、戦う理由は同じなんだ。

 ならば、生半可には戦えない。出そう、本気を。
 空気が変わる。
 アヤもソレを感じた。
 始まる、戦いが。


17 :一夜 :2008/03/03(月) 09:09:45 ID:ncPiWczA

戦闘開始!昔の話。

 僕が彼女と初めてあった時、僕はきっととてもひどい顔をしていたに違いない。だから彼女は僕に向かって笑顔を見せてくれたんだ。
 僕は何も感じることが出来なかったに違いない。でも、あの時感じたのは嘘じゃないって思うんだ。
 あの日………彼女は僕の顔を見て言った。

『初めまして、………だぁれ?』
『この子は、これからこの家で引き取ることになった。しばらくの間は家族だ』

 僕はこの言葉の意味が分からなかった。でも、彼女はその言葉にやけに嬉しそうな反応を示すと、僕の手を取った。

『わぁ!じゃあ、一緒に遊ぼ!ね、なんて名前?』

 彼女は笑顔で僕に聞いた。でも、僕は答えることが出来なかった。その時の僕に、名前はなかった。少なくとも、僕は知らなかった。覚えていなかった。
 すると困っていた僕の後ろに立っていた男が、僕の肩に手を乗せて彼女に言った。

『ひさと………ひさとだよ。お前の名前に似ているだろ?』
『ひさと?ひさとかぁ〜………。うん、覚えた!』

 そして彼女は僕の目を見ていった。その時、彼女の目はとても綺麗だった。思わず見とれてしまったんだ。
 あぁ、これからもずっとこんな綺麗な目を見ていたいな。変かもしれないけど、このとき初めて彼女を守りたいと思った。彼女を、ずっと綺麗なままでいさせたいと。

『ひさと、私の名前はみこと。みことだよ!いのがはらみこと。よろしくね』
『みこと………?』
『あら、あなた………この子があなたの言ってた子?みことと同じぐらいの子ね』

 扉から、彼女に似た女の人が入ってきた。女の人は僕を見ると笑顔で近寄り、そして頭を撫でた。彼女はそれを見て“わたしも〜”と言い、女の人に抱きつく。すると女の人は僕と彼女をまとめて抱きしめた。
 僕が、何がなんだか分からない・と言う顔で彼女を見ると、彼女は満面の笑顔で言った。

『お母さん!』

 そして男を指さす。

『お父さん!』

 最後に僕を見た。
 そして言った。

『ひさと、みこと!』

 大切な人なんだ。
 何よりも、誰よりも………。きっと………かけがえのない。


 アヤと久人が一定の距離を保ちながら睨み合う。空気はまるでその空間だけ切り取ったかのように止まっている。
 お互いが相手の出方を伺っているようだった。
 そして一歩、踏み出した瞬間………

【アヤ、撤退だ】

 アヤの耳につけていた小型スピーカーから泉谷の声が聞こえた。
 アヤはその声にピタリと動きを止める。
【ターゲットの社長がここにはいないと言うことが分かった。これ以上の長居は無用。帰るぞ】
「はい」
 アヤはそう言うと、いきなり久人に背中を向けた。
 久人は一瞬驚くが、すぐに目の前の少女に闘志がないことを悟ると、戦闘態勢をといた。
 アヤはドアからゆっくりと出て行くと、丁寧に閉めていった。
 部屋に一人取り残された久人は大きく溜息をつき、その場に座り込む。そして小型パソコンに手を伸ばし、それを開いて起動させる。
「カレー………終わったよ」
『………何が終わったよですか!こんな小さなデーターペースにはいるためにボクがどれだけ持っていたシステム捨てたと思ってるんです?!億は超えますよ!!億ぅ!!』
 パソコンの小さなスピーカー部分からカレーの声が聞こえる。
 久人はそれを聞いて力無く笑った。
「にしても………美琴がいなくてホント良かったよ。もしあのまま戦ってたら………僕、駄目になるところだった」
『あ〜あ………社長が直してくれるかなぁ?本当に必要最低限のデーターファイルしか持って来れなかったんですよ』
 カレーは相変わらずぶつぶつ言っているが、久人はそれに何の返事も帰さず、ただ真っ直ぐ前を向いていた。そして、目をゆっくりと閉じる。
 
 おさまれ
 おさまれ
 おさまれ

 久人はこび師を堅く握る。手のひらには血がにじんできた。
 それでも久人は力を弱めることなく、さらに力を込める。
 そして………
 久人はゆっくりと目を開いた。
 目に映るのは、閉じる前と全く同じ、荒らされた部屋。久人はそれを見て大きく溜息をついた。
「さて、片づけなくちゃ」
 そう言うと近くにあった書類を拾い集める。
 
 最近平和すぎたんだ。それが普通だと感じ始めたから。
 だからよけいに戻りそうになってしまったのかもしれない。
 あの頃に。
 彼女と出会って、あそこに連れて行かれてしまった後のあの頃に………。


18 :一夜 :2008/03/14(金) 15:43:35 ID:ncPiWczA

INカラオケボックス その1

 とあるカラオケボックスの一角。

「どーしてこんなところでサボっちゃってるのかなぁ?」
 美琴は小声で隣に座っている桃也に聞く。
 桃也はというと、まるで初めてあった赤の他人のように美琴に接していた。
 この部屋に入って一時間。騒がしい曲に入り、各自が好きなことをしだしたところを見計らって美琴は話しかけたのだ。
「ん?だって俺は正式な社員じゃないじゃん。て言うか社員でもないし〜」
「もう登録しちゃいましたー。だから一応社員なんですけどね」
「それは犯罪だよん?」
 桃也はにこっと笑っていった。

 柿下桃也−−−−−−−普段は美琴や久人と同じく高校生として生活をしている。
 通っている高校は湖南高校の近くにある公立の高校だ。現在高校3年生で、世間一般に言う受験生の部類に入る。
 このように友達と笑いながら遊んでいるところを見ると想像もつかないが、彼は一部の世界では有名な情報屋だ。
 金さえ払えば相応の情報を提供してくれる確かな信頼を持っているため、色んな方面から仕事依頼が来る。しかしその情報元は不明で、いったいどれだけの情報網を持っているかは謎である。
 美琴が桃也と知りあったのは仕事から……ではない。
 実はプライベートでお互いが付き合っている友達同士仲が良く、その筋で初対面を果たした。
 その後仕事でも顔合わせをしてしまい……今に至るというわけだ。

「啓司君いっつも怒ってるよ〜怖いよ〜」
「それは今の社長さんにも言えるんじゃないかな?そう言えばいつもの彼はいないね?」
「むむむ……!!これは社交辞令なようなもんで……決してサボってるわけじゃ……ないようなあるような……デッドラインのようなアウトラインのような……」
「駄目じゃん」
「とにかく!」
 美琴は立ち上がった。
 その時気づいた。
「ぁ……」
 みんなの視線を一身に集めていた。
「みこ……?」
 梨保がマイクを片手に心配そうに名前を呼んだ。
「と……とにかく……」
 嫌な汗が背中を流れる。
 チラリと桃也を見ると、にっこりと笑いながら美琴を見ていた。赤の他人・初対面を貫き通している。
「とにかく……………歌おう!!!」
 苦し紛れだった。
 しかし、一度あがっていたテンションマックスの人たち。
 かけ声と共に再スタートされた。
 ストンと力が抜けたように座る美琴。
「お疲れぇ〜」
 桃也はクックッと笑いながら小声で言った。

 つ……疲れる

 心中でそんなことを想いながら、美琴は桃也を軽く睨みつけた。桃也はそれを軽く受け流す。
「あとで……覚えてらっしゃいよ……」
「うん」
 美琴の悪態に素直に頷く桃也。
「む……?」
 妙な素直さに少し眉をひそめた美琴。
「みこ!順番だよ〜」
「あ、ごめんごめん」
 美琴がマイクを取りに席を立った。その後ろ姿を見ながら、桃也はボソリと言う。

「たくさん迷惑かけたからね……会社に」

 その言葉は、16歳の社長には聞こえなかった。


19 :一夜 :2008/05/03(土) 00:12:55 ID:m3knV3xe

戦闘開始!啓司VS高一

「社長!働いて下さい、この前の書類にチャック入れてくれたのですか?」
「社長!仕事机でうたた寝しないで下さい!寝てない?顔によだれの痕があります!」
「社長!何ですかその派手な服は!今から大事な取引先と………逃げないで下さい!」
「社長!すぐに帰ってきて下さい!遊び?そんなの仕事が終わってからにして下さい」

 啓司はイライラしながら大股で歩いている。
 原因は当然、社長である美琴だ。
 美琴は昔から仕事はやる時はしっかりやるのだが、それを取りかかるまでが遅い。そしてすぐにサボる。
 もともとただの社員だった啓司だが、今では社長のお目付役みたいな存在になってしまったのだった。本人あまりにも自然な流れだったので反抗するまもなくその役割に落ち着いた。
 もっとも、美琴にしてみれば啓司はうるさいヤツ。面倒くさいヤツ、と言う存在だった。
 啓司はそれを充分分かっているのだが、それで引き下がるような性格ではなかった。
 と言うわけで、啓司と美琴による朝の起床騒動や、社長専用のパソコン仕掛けなどはいまや会社の名物となってしまった。もっとも、それを楽しんでいるのは社員だし、当然知っているのも社員だけ。

「まったく………!」
 遊びたい盛りの女子高生というのは分かる。
 仕事ばかりでうんざりしているのも分かる。
 分かる。分かるが、あなたは社長なんです!藤原美琴様!!
 啓司はイライラを押さえつけながらも会社の正面玄関へ向かう。その時、

「ねぇ、社長いる〜?」
「!」

 啓司は声のした方向を向く。
 ソコにいたのは一人の長身の青年だった。青年の姿はまるで、ついさっきまで町中でデートをしていましたというような格好だった。
 ちょっとしゃれたコートに、おしゃれサングラス。髪は茶髪で、この場には全くそぐわない。
 しかし、啓司が驚いたのはそんなことではなかった。
 イライラしていて、いつもより周りが見えていなかった。それでも、人が近づいてくることぐらいは分かるし、こんな近くにいればなおさらだ。だが、この青年からはまったくと言っていいほど気配が感じられなかった。
「何もんだ?テメェ………」
 そう言いながら、啓司は徐々に戦闘態勢に入っていく。
 相手の青年はそれを知ってか知らずか、そんな啓司を見てにんまり笑うと、幾分機嫌の悪そうに言う。
「いけないねぇ〜………俺っち正面玄関で暴れて社員全員の気を引くのが目的なんだよね………あんた一人と戦ってたらさぁ〜その作戦できないじゃん。ただでさえ………」
 青年は言葉を止める。
 そしていきなり、啓司に向かって低い姿勢で走り込んできた。
「デートの途中でイライラしてるのによぉ!!!」

 ガギンッ!!!

 堅い金属音が響く。
「ッぅ………!」
「わぁお!」
 青年の両手には小刀が二本握られていた。
 そして、啓司はその小刀を足で、いや靴で受け止めていた。
 青年は感嘆の声を挙げて後ろに下がる。
「すっげ〜〜〜!!!かったい靴だな。そこで売ってんだよ、そんなヤツ」
 啓司も一歩後ろに下がり、青年を見据える。
「特注品だよ。…………くそ、社長め…………いつも靴を履いてろって言うのは、こういう事態を考えても事だったのか?」
 最後の方はほぼ独り言だった。
 青年は相変わらず口元で笑いながら軽い調子で啓司を見ている。そんな青年を見て、啓司は舌を打つ。
(この靴で………あの刀おるつもりで蹴り上げたが………)
 青年の持つ小刀には刃こぼれ一つにれなかった。
 長くなりそうだ。
 啓司は再び青年に対して構える。
 そんな啓司を見て、青年は口笛を吹く。そしてちらりと啓司の足元を見る。
(ったく………どうゆう足してるんだって、ありゃ)
 青年の表情は崩れなかったが、内心少し焦ってた。
(やだねぇ〜………靴だけで受け止められるわけ無いじゃん。足の筋肉どうかしちゃうって)
 小刀を持つ手に自然と力がこもった。
 お互いが出方を伺う。そして、踏み込んだ。


20 :一夜 :2008/06/23(月) 21:36:47 ID:ommLziV4

戦闘開始!そして戦い。

 先手を切ったのは啓司だった。啓司は勢いよく青年に突っ込み、足を青年の腹に食い込ませるように蹴り込む。
 しかし青年は軽いフットワークで後ろへ飛び、啓司の蹴りは空を突いた。
 啓司の攻撃は止まらず、その勢いのまま低い姿勢に切り替え、そして青年の足をはらう。

「うひょっ!」

 青年は一瞬バランスを崩したかのように見えたが、そのままバック転をし、啓司を確認し、もとの体勢に直す。
「くっそぉ〜、さっさと帰りたいのにっと!」
 青年はいきなり近くにあった花瓶に手を伸ばし、それを啓司に向かって投げた。
「っ………!!!」 
 啓司は体を反らし花瓶を避けるが。しかしその花瓶が啓司の頭上に来たとき、いきなり花瓶が割れて、中に入っていた水が啓司に降り注いだ。
「なっ・・・!」
 一瞬視界が悪くなり、服の袖で顔を拭く。が、青年はその隙を見逃さず、啓司が顔を上げるとすぐそこには、先ほどまでのにやけ顔とはうって変わった真剣顔の青年がいた。
 反射的に両腕をクロスしてガードをするが、青年の方も啓司の顔に向かって思いっきり回し蹴りをしてきた。
 自分の蹴りよりかは威力のない蹴りだったが、決して弱々しくはない衝撃が全身に伝わり、啓司はそのまま後ろへ吹っ飛ぶ。すぐ体勢を立て直すが青年も早く、その手に小刀を構え、啓司の体を切りつけようとする。
「くそっ!」
 啓司は自分の足下に手を伸ばした。

(まさか、これを取るまでの相手とは………)
 啓司は素早く足下から黒いベルトをはずす。手になじんだ重さを感じ、啓司はそれを後ろに投げ捨てる。
 青年もそれに気づき、そのベルトを見た。
「なに、アレ」
「たいしたことねぇよ」
 しかし、投げたベルトが床に落ちた瞬間、明らかにそれだけの重さではない音がした。「ここからはハンデ無しってことだ。手加減しねぇから………死ぬなよ?」
 啓司の言葉に、青年はフフンと笑う。そして自分も一枚服を脱ぎ捨てる。
「た〜いした自信だね♪じゃ、こっちも遊びは止めようかな」
 そして、サングラスを指で直す。しっかりは分からないが、その目はギラギラと光っている。まるで獲物を見つけた肉食獣のよう。
 そう思った啓司だが、ふと可笑しくなった。

 肉食獣?
 それは………俺も一緒だな。
 久し振りの感覚だった。
 あそこを離れて、決して平凡ではないがそれなりに平和な毎日を過ごしてきたんだ。それでも良いかと思っていたが………。

 啓司はわき上がってくる興奮を感じていた。
 そう、楽しんでいる。
 自分は………この状況を楽しんでいるんだ。まるで、待っていたかのように。

(あぁ………)
 心の中で溜息をつく。

 やはり、俺たちは何処に行っても一緒だな。変われないんだよ………。

 水乃………。


21 :一夜 :2008/08/13(水) 11:02:09 ID:ommLuDYm

INカラオケボックス その2

「しゃ、じゃあ俺帰る」

 と、急に席を立ったのは桃也だった。
 ちなみにあれから1時間ほどたったのだが、とくに雰囲気がまずいとかそんなことはなく、本当に急に立ち上がった。
「おいおい、ちょっと」
 当然のように他の男が止めようとするが、桃也はそれをスルリと交わして立ち上がり、手に荷物を持つと
「お先〜」
 と言って出て行った。
「あ〜……バイトじゃねえか?」
 桃也が出て行ったあと、男側の一人、高遠が言った。
「アイツ、いまバイトが忙しい時期だって言ってたし。て言うか、今日はけっこう無理してきたっぽいし」
「え〜〜〜〜〜」
 当然のようにブーイング。
 そりゃそうだ。
 こっちは(女側)わりと本気出来ている子もいたりする。
「本当にごめんな〜。そのかわり、今日はおごるから」 

 そんな会話がくり広げられている最中、美琴は桃也の出て行ったドアの方をじっと見ていた。

(バイト……?)

 何となく、嫌な予感がした。
 それは確信のあるものではないが、本当に嫌な予感だった。

(まさか……)

 想像する。
 まさか−−−−−−−久人……?
「あ、私……」
 帰ろう。
 そう言おうとした瞬間、鋭い視線が美琴に突き刺さる。
 言わなくとも分かる、彼女たちからの無言の訴えだ。
 主な内容は『ここで帰るなんてふざけたこと云々・まさか自分だけ久人君と楽しもうとでも云々・あんた逃げるなんて云々』みたいな。
 半笑いの美琴。
 しかし半分立ちかけたため、仕方なく溜息をつくと

「トイレ、行ってくる」

 そして外に出た。
「あ〜もう!面倒くさい」
 美琴はそう言うと建物の外まで出て、大きく背伸びをする。
「もっと純粋にカラオケってもんを楽しみたいのにぃ〜……桃也君のせいで〜〜〜〜!!」

「ほう。カラオケ」

 急に後ろから声がした。
「ッ!」
 美琴は振り返る。
 まさか、まさかの啓司君?油断してしまったのか……。
 と思った。
 が、其処に立っていたのは啓司ではない、別の男。しかも、美琴がよく知る男。そして今日も会った男。ならびに平日は頻繁に会う男。
「せ……センセ」
「お〜藤原。先生の顔はがっちり覚えていたみたいだな〜?ん?校則は忘れてるのにな?すっげー」
 その男は、美琴の担任の教師だった。
 スーツに眼鏡着用の、割と若い男教師。英語担当。
「なぜにて先生このような時間にこの場所に」
「なぜにてってそりゃお前。先生だって早く帰れる日はあるさ〜。くわえて。アンド。この近くに家があったら通るだろ。分かったか?アンダスタンしたか?」
「い……いえっさー」
 美琴は半笑いで敬礼する。
 何で黙認されている行動を、改めてコイツに見つからなければ……。今日は本当についてない。きっと星座ランキングは12位だ。
「よっしゃ。じゃ、仲間も見に行こうか」
「げげ」
「いるだろ?まさか、一人で悲しくワンボックス占領してたのか?ん?失恋でもしたのか藤原−−−−−?」
「してないっつ−の!!」
 思わず大声でそう言うと先生はにんまりわらって、美琴の腕を掴む。
「よっしゃ。じゃあ行こうか」
「ぐぎゃあ〜〜〜離せ西部〜〜」
「先生」
 そのままずるずると建物の中に連行されていく。
 
 しかしその時、1つの影が先生と美琴の間に割り込んだ。


22 :一夜 :2008/08/18(月) 08:42:20 ID:ommLuDYm

戦闘開始!水乃VS泉谷

『逃げよう、一緒に』
 彼は手を差し伸べた。私は部屋に広がる光景を見て、彼と行く決心を決めた。
 だから私はここにいる。

 さっきの映像。
 水乃は息を切らせながら走っている。アノ映像は会社の正面玄関。そして……一瞬横切ったアノ影は、啓司に違いない。
「啓司……」
 画面で見た血の跡が頭から離れない。いったい何が起こっているのだ。啓司に何が起こったのだ。

(まさか……)
 いやな予感が頭をよぎる。
 それは、決して良い思い出ではなかった昔の事。まだ自分が何者かすら分からなかった時のこと。
 そして彼女と出会う前の記憶。
 冷たい部屋の中。
 手を差し伸べてくれた人。
 何も知らない私を引っ張り、そして暖かい笑顔を見せてくれた。
 彼女の隣には、もう一人いた。
 私と同じくらいの年齢の少年。そして、彼もまた女性に手を握られていた。
 不思議と、不安はなかった。さっきまでは決して危険がないと分かっていても、アノ場所にいるだけで不安で、押しつぶされそうだったのに……。
 女性にある部屋に入れられ、そして向き合った。少年も隣にいる。
 女性は私ともう一人の少年を見て、涙でぐしゃぐしゃの顔なのに……精一杯の笑顔を私たちに向け、そして抱きしめた。そして、小さな声で言った。
『一緒に……逃げよう』

「やだ……やだ、啓司……!」
 いやな考えを頭から追い払う。そして、とにかく啓司の所へ行くことに考えを集中させようとした、その時……水乃の目の前に大きな影が現れた。
「っ!」
 その場に止まり、水乃はその影を見る。
 それは大柄な男だった。男はスーツに身を包み、綺麗な姿勢でその場に立っていた。一見すると普通の社会人だが、その顔に刻まれているいくつもの傷跡を見ると、彼が決して一般人では無いことが分かった。
 水乃は意識的に警戒態勢に入り、男を見る。
 男は相変わらずその場に立ったまま動かず、水乃を見ていた。
 水乃は気を落ち着かせてから冷静に聞く。
「何を……しているの?」
 すると男は水乃の方を向く。
「くそ……高一のやつ、全員引きつけておけといっておいたはずだが……」
 男はそういいながら水乃の方へ歩み寄る。
 この言葉で水乃は目の前にいる男が敵ということを理解する。そして着ていた上着を脱ぎ捨て、構える。
 男はそんな水乃を見て歩み寄ることを止めた。
 しかしその距離2メートル。男はすでに水乃を見下ろす位置に立っている。
 一見すれば勝ち目のない相手だ。しかし水乃は構えを解くことはしなかった。真っ直ぐ男を見据える。
 男の方は全く身構えるつもりがないのか、相変わらずそのままの体勢だ。
 水乃は一瞬男を睨み、そして低い姿勢で男に向かって走る。
「フッ」
 かすかな呼吸音を残し、水乃は男の背後に回った。そして的確に肺に蹴りをねじ込もうとする。早く啓司の元へ行かなければならない。
(とりあえず気絶させといてあとから追い出せば……)
 水乃が一瞬そう思った瞬間、男はすでにそこにはいなかった。水乃の蹴りが宙に浮く。
「ど……」
 『どこへ?』と水乃が言葉を発する前に鋭い痛みが背中を襲う。
 その衝撃で水乃は軽く5メートル前に吹っ飛んだ。しかし体の向きを変えて何とか頭を守った。
 痛みに呻きながらも水乃が男を見ると、男は相変わらずじっと水乃を眺めるだけだった。
 起きあがろうとすると肋骨のきしむ音がする。触った感じおれてはいないがたぶん突然の激しいの衝撃に身体が対応できなかったのだろう。
「痛っ……」
 指先を僅かに動かし、まだ動けることを確認する。
 水乃は身体が他に何ともないかを確認すると、自分の腰に手を回し、長さ50センチほどの棒を取り出した。それを素早くのばし、長さ150センチほどにする。そしてそれを構える。
 その光景を見て男はやっと身構えた。
「言っとくけど、急いでるから手加減はしない。うまく気絶だけして」
 水乃はそう言って、そして棒をぐるりと回す。


23 :一夜 :2008/09/05(金) 10:30:00 ID:o3teQGkG

戦闘開始!戦い方。

「棒術か……」
 水乃の振りかざす棒を見て男はそう言うと、着ていたスーツの前ボタンをはずし、そして再び水乃と向き合った。
 水乃は壁を蹴り、先ほどよりも数倍速いスピードで男のふところに潜り込む。
 細い棒を使うことにより空気による抵抗はほとんどなく、更に突きを出し的確に男のみぞおちを狙う。しかし、男は体をほんの少し反らしその攻撃を避けた。
 それでも攻撃を止めず、その勢いに乗って、男に付いていくように行くように次々と棒で鋭く突いて攻撃をしていく。
 空気を切る音だけが狭い廊下に響く。

(っ……!当たらない!)

 的確に男を狙っているはずだった。しかし、男は紙一重のところで水乃の攻撃を避ける。
 男の方から攻撃をしてくる気配は見せないが、逆にいつ攻撃を仕掛けてくるのかと、そちらの方にも気がいってしまうのだ。
 その時、水乃の耳にある音が聞こえてきた。

「フ、フ、フ、フ」
 
 それは男の息を吐く音だった。
 男は、水乃の攻撃に呼吸を合わせていたのだ。
 水乃はそれに気づくとハッと息をのみ、そして男から離れる。
「アンタ……私の攻撃に合わせて……」
 そう言うと、男は水乃の方を見て、気だるそうに答えた。
「そうだな。どんな攻撃でも相手に合わせれば避けられる。それが単調なモノであればあるほど。もっとも……あわせようがないものもあるがな」
 最後の方は男の独り言のようだったが、男はそう言うとガッと床を蹴り水乃の目の前に走り込む。
「くっ……!」
 水乃が慌てて棒で男を突き倒そうとする。
 しかし、
「相手に合わせれば先の攻撃もだいたい読める」
 そう言って水乃の棒を左手で掴んだ。
「な……!」
 水乃が男を振り払おうとするが、棒は全く動こうとはしない。そんな水乃お見下ろすような形になると、男は口を開いた。
「元々社員には用がない。社長・藤原美琴はどこだ?」
 男は聞いた。
「し……社長を……どうするつもりなの?」
 突然の言葉に、水乃は顔色を変えた。
 水乃が逆に聞き返すと男は一瞬口をつぐんだが、一言言った。
「関係ない」
 男がそう言った瞬間水乃の表情が固まる。そして静かに体を震わせる。
 男は先ほどまで楽に掴んでいた棒に力が入っていくのを感じた。そして水乃を見る。
 水乃は男を睨みつけていた。それは、先ほどまでの表情とは打って変わった、かなり感情的な表情だった。
「まさか……今社長がいないのも……アンタのせいなのね!」
「!」
 その瞬間激しい力が男を投げ飛ばした。


24 :一夜 :2008/09/09(火) 14:08:16 ID:o3teQGkG

戦闘開始!だから。

『行こう』
 一人の少女が、暖かい笑顔で私にそう言ってくれました。
 その言葉がなければ、今の私はなかったでしょう。
 手を差し伸べてくれた人達。
 私はその人達のおかげでここにいるんです。
 だから私は……
 その人達のために生きていきたいと思います。
 何があっても。
 きっと…… 

 男は驚愕した。少なくともこれだけは分かる。『投げとばされた』。棒をつかんでいた手をいきなり捕まれて、考える暇もなくそのまま投げ飛ばされたのだ。
 しかも、その驚愕は自分よりも小さい相手に投げ飛ばされることよりも、いきなりふくれあがった目の前の人物の殺気にだ。
 水乃は男を投げ飛ばしてすぐに棒を掴み直し、男の頭をねらって振り落とす。
 あまりにも単純な・しかし威力のある攻撃に男は一瞬顔をしかめる。が、空中で体勢を立て直し、ガッという音と共に片手で棒を受け止めた。そして今度は男が棒ごと水乃を振り払い気絶させようとした。しかし、
「……!」
 不意に目の端に入った水乃。その水乃はうっすら笑っていた。
「ただの棒……振り回すわけないでしょ!」
 水乃がそう叫んだ瞬間、男の身体に激しい電撃が走った。
「ぐっ……!」
 男が棒から手を離そうとしたが、そうしようとした瞬間水乃が男にしがみついてきた。
 そして無理矢理身体を棒に押しつける。
(捨て身か?)
 男は何とか離れようとするが、水乃は決して放そうとはしない。その目は真っ直ぐ男を捕らえていた。
 男の身体から力が抜けていくのが感じられると、水乃はゆっくりと手を放した。
 男はそのまま床に倒れ込む。
 水乃も床に膝をついた。
「これ、手元の方を強く握ると電気が流れるようになってるの。電気まで使う気はなかったけど、やっぱ使っちゃった、か……っ……」
 水乃はその場にうずくまった。意識が遠のいていく。
「痛っ……」
 先ほどまでは意識外に飛ばしていた痛みが、男が倒れたのを見届けて気を少し落ち着かせた途端に戻ってきた。
 骨は折れていないようだが、内蔵のほうにかなりのダメージを感じた。
「あっ……くっ……」
 壁に手をつき、なんとか前へ進もうとする。                   
 自然とまぶたが落ちてくる。
 意識が保てない。   
(駄目………啓司がまだ………っ………しゃ………ちょう………)
 水乃はそのままなんとか3メートルほど進んだ。しかし、やがて足から力が抜け、そのまま上半身が前へと倒れる。

 水乃が動かなくなってからしばらく経った時、男はゆっくりと立ち上がり痛そうな顔をしながら歩き出しした。そして水乃を見る。
「くそっ……一瞬意識が飛んだ。油断したな」
 そしてしばらく身体をほぐすように首を回したり歩き回ったりしたあと、携帯をとりだした。
「さっき社長がいないようなことを言っていたな。いないならこんな所にいても仕方がない。今回はひとまず退散するか……」
 男はそう言うと大きく息を吐き再び水乃を見る。
「しかし……強いな」
 戦って分かったこと。
 まさか、一人の女にここまで苦戦するとは。挙げ句の果てには一瞬本気で意識が飛び、その後は気絶のフリ。
「他の奴ら……アヤは大丈夫か?」
 男の脳裏に一人の少女がかすめる。
 しかし、ぐっと唇をかんで、ゆっくりと歩き出した。


25 :一夜 :2008/10/20(月) 11:58:12 ID:o3teQ4uc

戦闘終了!男の意地。そして撤退。

「ッたく、さっさと倒れろっての!!!」
「テメェこそさっさと死ね!」
 暴言を吐きながら戦っているのはアノ二人だった。
 二人は周りの調度品を巻き込み、凄まじい現場を作り出していた。もっとも、周りの調度品も然りだが、二人も充分ボロボロだった。
「男らしく倒れろ!」
 高一は小刀を振り上げると、それを啓司に投げる。
「くたばれ!」
 啓司はその小刀を足で蹴り飛ばすと、そのまま高一の懐に入り込む。
「もらった」
「うおっとぃ!」
 高一はぐいっと何かを引っ張る動作を見せた。
 すると、高一の動作に合わせて投げたはずの小刀が真っ直ぐに戻ってきた。ソレは啓司の背中めがけて飛んでくる。
「っ!」
 近くに転がっていた瓦礫(壊した床の破片)を素早く拾うと、ソレで小刀を跳ね返す。
 高一はその瞬間を見逃さず、もう片方の小刀を啓司の首に突き立てようとした。
 啓司もソレに気づいて、跳ね返した小刀を手に取り高一の首を狙う。
 静寂。
 お互いの首に小刀が添えられている。
 そんな光景に、高一はフフンと笑うと、自分の首に添えられている小刀をみる。
「マジで俺っちに、俺っちの武器で勝とうってか?ちょい甘くね?」
 高一の言葉に、啓司は何も返さなかった。
「あっそ、あくまでも勝てるって?じゃあ……終わりだ!」
 お互いの手に力がこもった瞬間――――――
 
 小刀が、黒い紐にはじかれた。
「っ?!」
 二本の小刀はそのまま床に転がっていく。
 啓司はその紐の方向を見る。すると、其処にいたのは一人の少女。
「だ……」
「アヤちゃん、なんで止めんだよ〜〜〜〜〜!!」
 高一は抗議の声を挙げた。
 しかし、その言葉で啓司は少女が自分の敵ということを認識した。そして再び構えを作る。
 啓司は内心焦っていた。
 このナイフ男一人でもこのざまだ。少女とはいえ、二人と戦って勝てるかどうか分からない。
 だが、少女の口から放たれた言葉は啓司が想像していなかった言葉だった。

「帰りましょう。撤退です」
「っ?!」
「え〜〜〜〜〜!!」
 少女の言葉に高一が激しくブーイングをする。そして床に落ちてあった小刀を拾い上げると、ソレを構えて啓司に向ける。
「今、めっちゃいい所なんだぜ。ここで止めるかな〜?」
「連絡がありました。ここにいても無駄です」
 少女は冷静に言葉を返す。
 高一は一瞬名残惜しそうに啓司を見たが、はぁと溜息をつくと、小刀をしまい、啓司に背を向けた。
「っ?」
 突然殺意が無くなったことに驚きながらも、啓司は去っていく二人に声をかけることが出来なかった。
 声をかけたところで何が出来る。
 戦うのか?
 相手がここから去っていく以上、戦う理由なんて――――――――――
 
 ………戦いたい。

 その瞬間、そう思ってしまった。
「くっ………」
 啓司は堅く拳を握る。
 駄目だ。それだけは駄目だ。約束したじゃないか。
 
 啓司は苦しそうに顔を歪ませる。
「水………乃………」
 その言葉は、一人しかいないロビーに吸い込まれていった。


26 :一夜 :2009/01/09(金) 01:41:19 ID:ommLziV4

INカラオケボックス そのファイナル。

 その人物は、美琴の手を掴んでいる西部の手を掴む。

「あ?」
「あ、」

 二人が同時にその人物のほうを見た。
 そこに居たのは一人の女性。
「す、すずらん!!」
 すずらんだった。
 すずらんはメイド服は着ていないものの、その表情は仕事のときと同じものだった。そして、その目にはわずかながらに敵意がこもっている。
「あなた」
 すずらんは口を開く。
「いったい美琴様に何のようですか。こんなところまで連れ回すなんて……」
「は?」
 当然の疑問符が西部の口から出る。
 対するすずらんは相変わらずの強気な姿勢マックス。
「ちょっ……すずらん!!」
「下がっていてください美琴様」
 すずらんはそういうと、一瞬顔をしかめる。そして、

「え……?」

 驚いた顔をする。
「なんだ、こいつ」
「あ、えと!すずらん!!この人は私の学校の先生なの!!」
 これ以上ほっとくとやばい展開がくることは間違いない。美琴は早急に声を張り上げた。もっと、

「せ、先生?」
「担任の西部です」

 顔を見合わせる二人。
 すずらんは急いで手を離し、そしてあわあわと辺りを見回し、そして

「し、失礼いたしました!!」

 深々と頭を下げる。
 が、

「どうゆう関係だ、藤原ぁー?」

 もう遅い。
「お、お姉さん……」
 苦し紛れの嘘。
「藤原、家族欄にんな事書いてなかったぞ」
 無駄に良い記憶力が邪魔をした。
「第一、なんだ『様』って。なにが美琴様だ」
 一般論が邪魔をした。
「うあ、そ、それはね。この人は……」

 まさか、自分の立ち上げている会社の部下です!!とは言えない。
 しかし時間を置けば置くほど怪しまれる。早く何かを言わなければ!そう、言うんだ!何かを……なにを?

「わたくし、美琴様のお住まいでお手伝いをやっている者なんです。今日は非番だったので町を歩いていたら、美琴様の声が聞こえたのでつい……」

 ナーイスショット!!!
 美琴は心の中でガッツポーズをする。
「ああ、そういえば藤原、親御さんとは離れて生活しているからか」
 なんとなく西部は納得したようだった。
 よし。これで万事解決。

「じゃ、先生さようならーっと」
「待て馬鹿」

 当然逃がしてくれなかった。
 その後、美琴がなかなか戻ってかないからわざわざ探しに出てきた梨穂・香奈恵もつかまり、白昼堂々お叱りを受けた。
 生徒指導しついきだけは免れたものの、結局合コンは失敗に終わったということは言わずとも分かるのだった。

 そして帰り道。
「皆さん、とても心配してますよ」
「分かってるって。私だってねえ。久人がいないのにあんなとこ行きたくなかったの!!これは友達付き合い。社会性を育てる、たーいせつな学生のお仕事」
 内心、啓司のお叱りを恐れながらも、今のうちだけ強がっておこうと美琴は大きな声で答える。
「久人君も心配してました。きっと誰よりも美琴様のことを」
「……ごめんなさい」
 言われなくとも分かる。
 急に力が抜けたかのように美琴は沈んでいった。
「ふふふ。その調子で帰ったほうが、啓司さんもそんなに怒りませんよ」
「そ、そうかな?!」
 そう言われたと同時に、わざとらしく落ち込む美琴の様子を見て、すずらんはクスクスと笑う。そのとき手を口に添えたが、ふと思い出した。

「あの人……」
「ん?どしたのすずらん」
 急に思いつめた顔をしてすずらんが立ち止まった。
「あ、いえ……何でもありません」
 すぐにいつもの笑顔になって歩き出す。
 気のせいだ。
 そう思うことにした。

 あの時。
 すずらんは手に力を込めた。手に一定の力を込めることで、相手の手の力を抜こうとしたのだ。
 しかし、それを行った瞬間。
『え……?』
 まるで、鉄のパイプを握ったかのような感触だった。
 でもきっと気のせい。
 きっと……

 こうして、長い放課後が終わろうとしていた。


27 :一夜 :2009/02/25(水) 09:41:26 ID:ommLuDYm

事後処理・反省会込みで。

 社長室にて、社長ははっきりこう言った。
「感謝しよう。その不法侵入者達に。なぜなら君たちが戦っている分私は長く遊べたから」
 
 バゴン!
 
 啓司の壁を蹴る音に、社長は『嘘です。ごめんなさい』と言う。

「美琴、笑い事じゃないんだよ」

 久人はこの会社内で唯一社長を“美琴”とフルネームで呼ぶ人物だ。久人の真剣な声を聞き、美琴はやっと真面目な顔をした。
「とにかく、アイツ等の狙いは社長でした。それは確かです」
「どうしてそう言いきれるの?」
「私が戦った男がはっきりとそう言ったからですよ」
 水乃がそういいながら、悔しそうに顔を俯ける。
 あの男の事を思い出したからだ。気絶させるつもりが、逆にこっちが参ってしまった、という屈辱的事実を。
 俯いているのは水乃だけではなかった。
 すずらんも後ろの方でうつむいていた。
 カラオケから帰って会社に足を踏み込んだ瞬間目に入ったのが派手に壊れている受付場。そして調度品、窓硝子などなど……。
「もう、アレ見た時逃げよっかなって本気で思った。だって啓司君がここまでやるなんて」
 美琴はぼそりとつぶやいた。
 その言葉に鋭く反応し、啓司は美琴を睨みつけたが、すぐに溜息をつく。
「しかし、ある意味では社長が遊びに行っていて本当に良かった」
 啓司がそう言うと、美琴は顔を輝かせて“そう?”と言った。当然その後啓司に睨まれた。久人にも小声で「調子に乗っちゃ駄目」と言われ、美琴はきまりが悪そうに身を縮める。しかし、すぐに元気よく顔を上げ、立ち上がると全員に向かって言った。

「まぁ、いいって。みんな無事だったんだし、自分も無事だったんだし」

『よくありません!』

 そう叫んだのは部屋にいる人物ではなくカレーだった。
『ボクなんてデーターをほとんどやられちゃったんですよ!て言うか、消しちゃったんですよ!久人の持っているパソコンにはいるために!』
「よしよし、よ〜くがんばったね〜。ママがほめてあげますよ〜」
『ふざけないで下さい!社長がこっちに移してくれてから、もう身体が軽くってイライラ』
「前から体が重い〜肩がこる〜、て言ってたじゃん。今更ねぇ」
 美琴はそう言いながら自分の机の上に設置されているパソコンを起動させた。
 久人は何か言いたそうにその光景を見ていたが、やがて目を閉じた。
 その瞬間だった。
「なにこれっ!!!!!」
 美琴はいきなりパソコンの画面をつかんだ。
 あまりにも突然だったので、久人以外のメンバーも驚いて美琴のパソコンの画面をのぞき見る。
 其処に写っているのは、何もないただの画面だった。そして、真ん中に『データー初期化』と出ていた。

「ごめんね美琴……あまりにもデーターが多すぎて……この会社全体の電気器具巻き込んじゃってたから……美琴のパソコン、再起不能になっちゃったんだ」

 久人は申し訳なさそうに言う。
 しかし、あまりにもショックだったのか、美琴はパソコンの画面を持ったまま動かない。
「でもね、美琴のパソコンにはさ、ゲームとかしか入ってなかったよね?仕事関係はここに入れないで、しっかりとバックアップに取ってあるって言ってたよね?だから……その……ご……ごめん……」
 この言葉は、美琴のパソコンにとって追い打ちの言葉だった。
 確かにこのパソコンには仕事関係のデーターは全く入っていない。『仕事関係』は、だ。こんな琴を予想していたわけではないが、仕事関係だけは別の電気系統からなるプログラムの方にに全てバックアップしてある。  
 
『仕事関係』だけ、だ。

「う……う……殺生よ……い、生き殺しだわ」
 美琴はあのとき梨保が言ってたこと場と同じようなことをいい、そして泣き崩れる。
 もちろん芝居だ。
 本気で焦り始めた久人。
 あきれてため息をつく啓司。
 とりあえずと、コーヒーを沸かしに行こうとする水乃。
 今日は私が、と、水乃のかわりにコーヒーを沸かしにいったすずらん。
「とにかく、社長!」
 啓司は美琴の肩をたたく。
「あいつらが何者か調べましょう。このままではまた、いつ襲ってくるか分かりません!!奴等は必ず、また襲ってきます」
 しかし美琴は相変わらずのうつぶせ泣き真似放心状態のまま顔を上げようとしない。啓司はその姿にこめかみをピクリと動かす。
「社長!学校いけなくさせますよ!」
「いいよ……授業つまんないし、私って天才だし……」
「美琴、元気出してよ……僕もゲーム直すの手伝うから……その、ね?」
「久人は信じてたのに」
 この一言に久人はかなりショックを受け、そのまま固まってしまった。
「久人だって、あなたを守るために戦ったんですよ!」
 啓司がそう言った瞬間美琴はいきなりがばっと顔を上げて久人を見る。
 久人はそれに気づいたらしく、顔をそらした。
「久人……戦ったの?」
 美琴の問いに久人は少し間をあけ、ゆっくりうなずく。
 すると美琴はいきなり久人に走り寄る。
「ケガ、した?」
 この問いにも少し間をあけ、久人はうなずく。
 そしてその後苦笑いをしながら『少しだけ』と言ったがすでに目の前には美琴の姿がなかった。  
 美琴はいすに座ると机の引き出しから一枚のマイクロSDを取り出すと、パソコンに挿入し、いつものように華麗な指裁きでパソコンのキーを打ち込む。
 その場にいた啓司と久人、すずらんはしばらくあっけにとられながらその光景を見ていたが、やがて啓司がはっとした顔で美琴に駆け寄る。
「やる気、出たみたいですね」
「久人をキズつけてただで済むと思ったら大間違いってもんなんだからね。嫁入り前の久人に傷つけやがって」
「僕、嫁入りしない……」
 久人はそうつぶやいたが、美琴にとってそれはたいした問題ではなかった。
「カレー、あんたのカメラアイから見た画像と、防犯カメラに写っている画像を全てここへ転送しなさい。必要なのは、侵入者の映っているところのみ」
『はいさー』
 カレーが返事をしてから五秒後、短く切られたいくつかの映像が画面に映し出される。
 美琴はそれを一枚ずつ丁寧に画像処理していった。
 膨大な量だったが、素早くそれを選別していく姿は、さすが社長としか言いようのないものだった。
 最後の一枚が終わったところで美琴は大きく深呼吸をして、できあがった画像を印刷した。


28 :一夜 :2009/03/31(火) 11:12:25 ID:o3teQGkJ

事後処理・美琴と啓司。

 久人は出来た写真を一枚見る。

「だめ……ですね」
「ああ、だめだ。そうだとは思ったがな」
 写真はおおかた、その人物の部分がぼやけていた。そこだけだ。
「どうして?まさか、幽霊とかそんなモノじじゃないよね?」
 久人が美琴に聞くと、美琴は大きくうなずく。
「どうせ、何か特殊な電波とか超音波が出るモノでも持ってたんじゃない?そんなこと想定して無いから画像はここまでが限界かな。もっと機能挙げて、なんとか鮮明に写るようにやってはみるけど期待しないでね」
                                                            
 そう言うと美琴はパソコンを切った。
「……大丈夫なんですか?」
 啓司が聞くと、美琴は間をいれずに
「やっぱり完璧、とまではいかないけど……私も出来るだけ頑張ってみるし」
「すぐやらなくて大丈夫?」
 久人が心配そうに聞くと、美琴は頷いた。
「うん。出来るだけ急ぐつもり。でも、何か情報とかないわけかな?」
 啓司は美琴を見つめる。
「桃也は、どうなんですか?」
 情報という言葉で一番最初に思いつく人物だった。
「あ、そう言えば今日いましたよね、あそこ」
 すずらんは、カラオケハウスにいた桃也のことを思い出した。
「う〜ん……出来れば情報提供して欲しいんだけど。アレは最終手段と言うことで。話、聞いてると相手からきっとまた接近してくると思うから。その機会を逃さないこと」
「て、美琴……じゃあ相手が来るまでは放っておくってこと?!」
 久人が身を乗り出す。
 美琴は少し悩んで、頷いた。
「だって確実でしょ?私狙いなんだし」
「そんなの危険です。やはりこちらから攻めるべきでしょう!」
 啓司も食いかかってきた。
「啓司君、やけに熱心ね」
 あくまでも美琴は冷静に返した。そして、冷めた目で啓司を見ている。それに気づいた啓司は、少し身を引いた。そして、治療してもらった怪我を見る。これを見ると身体がうずくのだ。体の中が熱くなる。
「……!俺は……!」
「いいの、大丈夫。放っておくわ」
「……」
 美琴の言葉に全員が黙り込む。
 命令でもない。強制しているわけではない。美琴は普段、命令も強制もしない。ただ、全員が分かっていたのだ。
 美琴は……社長は、自ら社員を危険な目に遭わせるということは、絶対にしないということを。そして、それは何よりも一番に自分たちのことを心配しているからこその発言だと言うことを。
 
 痛いほど。
 
 そんな雰囲気の中、美琴はぱっと笑顔になった。
「さ、仕事に入りましょっか!片づけもあるしね。ったく、暴れるだけ暴れて帰るなって感じ」
 美琴の言葉に全員が顔を上げ、それぞれ部屋から出て行った。

 部屋から出て数歩。
 啓司は振り返った。
 ソコに立っていたのは美琴だった。
「なんですか社長。こっそり付けるなんて……無理なことしないで下さい」
「付けるつもりなんてありません〜。って言うか、無理って何よ。私は〜ただ、啓司君にこれだけは言っときたかっただけなの」
 美琴は啓司の前に立つ。そして、そっと啓司の手を取った。
「啓司君は、もう自由なんだよ。もっと好きに生きて」
 それは予想もしていない言葉だった。
 啓司は思わず息を呑む。が、美琴の手を振りほどくようなことはしなかった。
「なに、言ってるんですか。俺は……」
「でも、これだけは分かって。啓司君が傷つくと、私……悲しい。それに苦しい。でも、啓司君が戦ってるとこ見るのが……一番辛いよ」
「っ……!!」
 唇を噛み締める。
「それだけ。いい?啓司君って一人じゃないんだからね。もっと自分大切にしなさいってこと!私はいいにしろ……」
 そこで美琴は言葉を切る。
 そしていきなり啓司の元から走り出した。くるりと向き直り、大声で叫ぶ。
「水乃さん泣かしたら承知しないから〜〜〜〜〜!!!!!」
「なっ……!!」
 そして美琴はいってしまった。
 啓司は後ろ姿を見ながら、ふぅと息を吐く。

 馬鹿だ。
 いったい何考えてたんだろう。
 あんなに小さい子供にまで心配されて。
 啓司は拳を握る。
 戦いたいから戦うのではない。
 守りたいから戦うんだ。
 側にいたいから戦うんだ。
 見失ってはいけない。戦う理由を。ここにいる理由を。
 
 今の自分であるために。


29 :一夜 :2009/05/05(火) 10:20:56 ID:mmVco4xF

事後処理・美琴と久人

(あ〜、言っちゃった)
 美琴は走りながらそう思った。
 襲撃以来、社員が全員どこかおかしかった。それは啓司だけではなく、水乃もすずらんも。
 ほんっと、迷惑な話。後かたづけもろくにしないで出て行くんだから。
 どうして面倒なことっていっぺんにやってくるのか……。
「はぁ〜……なんか、忙しくなりそう」
「そだね」
「っ!」
 美琴は驚いて声の方向を見た。
「あ……久人」
 ソコにいたのは久人だった。久人はいつの間にか美琴の後ろに立っていた。
「もう……気配消して近寄らないでよ。そんなの嫌って言ってるじゃん」
 わざとらしくほっぺを膨らましながら言うと、久人はしゅんと肩を落とす。
「あ、ごめん……」
 そして俯きながら謝った。
 そんな久人を見て、美琴は表情をゆるめる。
「いいよ。で、どしたの?」
 美琴が聞くと、久人はハッと顔を上げ、そして美琴の顔を見ると真剣な表情になった。
「美琴……なんで、戦わないの?狙われているのに」
 そう……久人はずっと気にしていた。
 その言葉に、美琴はあははと笑うと、ストンとその場に腰をおろす。久人も隣に座った。
 しばらく二人はじっと、何も話さず座っていた。
「美琴……無理、しないで」
 小さな声で久人が言った。
 美琴は久人の方を向く。久人は顔を伏せていた。
「僕は……美琴のためなら大丈夫だから。いくら傷ついても、辛くても、苦しくても……僕は大丈夫。だから……」
「ばか」
 美琴はありったけの気持ちを込めていった。久人が美琴を見ると、美琴は泣きそうな顔をしていた。
「ごめん」
 久人はすぐに謝った。
「やだ」
辛い。
美琴は膝を抱え込む。
 そんなこと、想わないでいて欲しかったのに。私のためなんて……。
「久人……私、幸せだよ」
 美琴は静かに言葉を口にする。
「……」
「久人がいるだけで、みんながいるだけで幸せ。だから、そんなこと思っちゃ駄目。思っちゃ……駄目なんだって」
「ごめん……」
 美琴の声に、久人はぐっと手のひらを握る。
「お願い。戦いたいって思わないで。戦わなくちゃって思わないで。私は、久人。みんなのこと………大好きだから」
 そして、美琴は立ち上がった。久人は美琴を見上げる。
 見つめ合う。
 それは、遠い昔のよう。一瞬一瞬が大切に思えた、もう帰ってこないあの日々のよう。
 美琴は久人に手を差し伸べた。
「行こ、久人」
 美琴は満面の笑顔だった。
 あの日のまま。
 変わらないものもある。
 それが分かっているから。だから安心できる。ここにいることが出来る。このままでいられる。
「ありがとう」
 久人は美琴の手を取った。

 でもね、美琴。
 だからこそ、何だよ。分かって欲しい。
 僕は……この幸せを守りたい。美琴との幸せを守りたい。
 だから戦うよ。
 でも大丈夫。
 美琴――――――絶対、離れないから。
 絶対、変わらないから。


30 :一夜 :2009/05/05(火) 10:22:58 ID:mmVco4xF

ある喫茶店で。

 まさかコーヒー豆が切れていたとは。
 自分が行くと言ってしまった以上責任をとらなければいけない。買いに行き、そして沸かして、注いで持っていく。こんな簡単なことも出来ないようではあの会社ではやっていけない。
 これはあくまでもすずらんの考えであり、実際コーヒーがしっかり沸かせなくても料理が出来ようと出来なくとも宗治が出来ようと出来なくともあの会社では充分やってはいける。
 しかしすずらんは今、“コーヒー豆を買いに行く”という使命感に燃えていた。
 個人の価値観の違いとはいえ、かなり大げさに思える。
  一度水乃と買い物をしたとき、どこで買うのかを教えてもらっていたおかげで、すずらんは迷うことなくその店にたどり着いた。
 東京のど真ん中にあるくせにその店はあまり繁盛をしていないようだった。中に入ってもいるのは高校生のカップルだけだった。
 する遠くの方からすずらんが入ってきたことに気づいたらしく、店員と思われる人物が出ていた。
 一度来たことのあるすずらんはその店員が誰なのか知っていた。
「アレン君、こっちこっち」
 すずらんが“アレン”と呼んだ店員はすずらんの顔を見ると奥へ行ってしまった。
 やがて、手にコーヒー豆の瓶を持って帰ってきた。
 そして黙ったまますずらんに瓶を渡す。
「ありがとうございます、アレン君。お客さん少ないんですね」
「いつもよりは……多い方。さっきまではもうちょいいたし。それに今日はアスカがいないから順調」
「そうだったんですか……、良かったですね」
 アスカとはこの店の店長だ。少々変わり者で、それは前回の訪問でおおいに分かった。
 一番の変わっているところは、完璧な甘党というところだ。別に甘党が変わり者とは言わないが、アスカの甘党は人域を越していた。
 以前の訪問、水乃が少し用があるといって店で待っている時、アスカがコーヒーを運んできてくれた。すずらんは快くそれを受け取ったのだが、受け取った瞬間コーヒーとは思えない重量感がした。
 そしてそれは、コーヒーを見た瞬間確信へと変わった。
 コーヒーには、山盛りの砂糖がもっさりとのっていた。
 思わず固まるすずらん。コーヒーには砂糖を入れるのだが、ここまで入れたことはない。
 スプーンでかき混ぜる。しかしスプーンはコーヒーに刺さったのだ。サクリという音と共に。かき混ぜられなかった。砂糖は、コーヒーの飽和水溶液量をとうに超していた。それでも尚入れようとした砂糖が、コーヒーの上に山となって残っていたのだ。
 結局コーヒーは飲まなかった。いや、飲めなかった。
 水乃に聞いた話では、アスカは異常なほど甘党で、アレは毎日アスカが飲んでいる普通のコーヒーらしい。普段は店には出さないよう店員のアレンが見張っているのだ。
 それでもアレンの目をかいくぐり、時々客に出して逃げられる。商売が繁盛していない理由の大半は店長にあり、だそうだ。
「今日は……アスカさんは?」
「まだ寝てる。昨日帰るの遅かったし」
「はぅ〜、そうですか。一人では大変ですね」
「アスカがいた方が大変」
 アスカはそう言うと、店の奥の方へ引っ込んでいった。
 店内には客しかいない状況だ。食い逃げ、飲み逃げされたらどうするつもりなのだろう……初めてここに来たときにすずらんはそう思ったが、すぐにその疑問は消えた。
 その日、偶然にもすずらんと水乃の目の前で一人の客がアレンが店の奥に入った隙をついて金を払わず逃げた。
 すずらんは追いかけようとしたがその瞬間すずらんの目の前を何かがとてつもないスピードで通り抜けた。そしてそのままその何かは逃げた客を押さえつけ、固い地面にたたき込んだ。それを見ていた通行人も、すずらんも、逃げた客でさえも何が起こったのかを瞬時に理解することは出来なかった。ただ分かったのは、

「ぎゃああああああああああああああ」

 その直後逃げた客から発せられた悲鳴と、逃げた客を押さえ込んでいるアレンだけだった。
 逃げた客は気絶し、そのまま警察行きになった。見ていただけの見物人はあまりの光景に逃げ出した。
 あまり繁盛しない理由はここにもあると、すずらんは思っている。
 アレン曰く、気絶させただけだから怖がることないらしい。
 見物人曰く、アレは警告に違いないらしい。
 やはりこれも個人の価値観、イヤ、一般論だ。
 誰がどう見ても、アレは……と、すずらんは思った。

 とにかく、こんな怖い店員がいる喫茶店では誰も食い逃げはしないということだ。
 しかし、その瞬間事が起きた。
 たった一組のお客様、高校生のカップルの彼女のほうがいきなりコーヒーを吐き出した。
「っ?!」
 すずらんは驚いてそちらを見る。一緒に座っていた彼氏も驚いた表情をしている。
 チラリと見た、彼女が落としたコーヒーカップ。中からは砂糖がどろり。
(あ……いつも間に)
「お、おい?!」
 彼氏は心配そうに彼女を支える。が、彼女の方は半分死にかけていた。
 直後、後ろの方から凄い音がした。
「お店の手伝いしただけじゃない!」
 女性の声だ。
「邪魔するなって言った」
 アレンの声。そして再び凄い音がする。どうやら店長、アスカが起きてきて、そしていつの間にやらコーヒーを客に出したらしいのだ。
彼女は足ものふらふらで立ち上がると、急に店から走り去ってしまった。彼氏をおいて。
 彼氏の方は驚いた顔で彼女を追いかけようとした。ようするに、金を払わず出て行こうとした。
(あ〜〜〜〜、アレン君に……)
 すずらんはどうしようかと思ったが、彼氏の方はくるりとUターンして、アレン君を呼ぶ。
 アレンは所々傷をしながらも店の奥からやってきて、お代をもらった。
 あの調子だと、彼女はだいぶコーヒーの甘さにショックを受けたのだろう。すずらんは相変わらず床に落ちているコーヒーの砂糖を見ながら、少し想像した。
 そして、奥の騒ぎが終わる。
 エプロンを付けた女性が笑顔で出てきた。女性の名前はアスカ、この店の店長。
 腰まで伸びる美しい黒髪に、整った顔立ち。長いまつげに形の良い唇。初めて見た人は男女問わず見とれてしまうほどの美貌の持ち主だった。
 アスカはすずらんを見ると笑顔ですずらんの前のカウンターまで行く。
「ありゃ、すずらん今日は一人?初めてのおつかいっぽいね」
「お久しぶりです」
 すずらんは軽く頭を下げる。
 しかし、アレンの姿は何処にもない。そんなすずらんの気持ちに気づいたのか、アスカはクククとわらう。
「アレンね。ちょいうるさいからお仕置きよ」
「は……ぁ」
 笑顔なだけにその発言はかなり怖かった。それはと言うと、見たことはないのだがアスカはアレンよりも遙かに強いという話しを水乃が以前してくれたからでもあるし、その笑顔というのもどこか純粋で、そして歪んでいる。
「うん、よし……良く寝たわ。運動も出来たし、すずらん……コーヒー飲んでく?私も飲みたいし」
 輝くような笑顔でアスカはコーヒーカップにコーヒーを注ぎだした。片手は砂糖の袋に伸びている。
 その瞬間先ほどのコーヒーカップが激しく脳裏に浮かぶ。
「い、いいです!遠慮しておきます!!!」
 激しく首を横に振って立ち上がり、そしてすずらんは逃げるように店から出て行った。


31 :一夜 :2009/05/05(火) 10:24:05 ID:mmVco4xF

彼氏と彼女。

 突入後、泉谷は用があるから、と言って別行動になった。
 二人はとりあえず休憩がてら適当な喫茶店に入ることにした。出来るだけ人のいないところがいい・とアヤが言ったので、それを条件に探してみると、ちょうど客が誰もいない喫茶店を見つけた。
「高一さん、ここでいいですよね?」
 アヤが扉に手をかけた。
  その瞬間
「すずらん!」
「へ?」
 アヤが聞き返そうと振り向いたが、そこには高一の姿がなく、かわりに全速力で走る高一の後ろ姿が見えた。その後ろ姿もやがて角を曲がり見えなくなる。
「すずらんって……お花の?」
 アヤは仕方なく、一人で喫茶店に入った。

「すずらん!」
 すずらんは振り返る。
 誰かに呼ばれたような気がしたからだ。
 そしてそれは間違いではなかった。
「高一さん?」
 高一がすずらんを追いかけるように走ってきた。すずらんは足を止める。
「すずらん、仕事終わった?」
 高一が息をいらせながら聞く。
 すずらんが残念そうに首を横に振ると、高一は更に息を大きく吐いてうなだれた。そして、すずらんが持っている荷物を見る。
「お仕事大変だね……」
「高一さんこそ、大変でしょう?私なんて楽な方ですよ。それに……私、結局ダメだったんです。皆さんに迷惑をかけて、役にも立たなくて……、それに仕事がこれから忙しくなりそうなので、しばらく高一さんとは会えなくなると思います」
 すずらんは悲しそうにうつむく。
 そう、啓司や水乃、久人まで戦っていたのに、自分はなんの役にも立たなかった。役立たずだ。ずっとそう感じていた。
 そんなすずらんの気持ちを察してか違うのか、いきなり高一がすずらんの頭に手を置く。
「大丈夫だって、すずらん。すずらんは精一杯やってるよ。オレってすずらんの仕事してるとこ見れないけど、でもすずらんが一生懸命やってるって確信できる。すずらんは仕事の電話はいるとイキイキしてるし。今回は駄目だったかもしれないけど、すずらんにはきっと、すずらんにしか出来ない仕事があるから。みんなそれを知ってると思う。だからたった一回一つの失敗でくよくよするなって!」
 高一が優しく言った。
 すずらんはその言葉を聞き、目を閉じる。そして、小さな声で“よしっ”と言うと、するりと高一の手から離れた。 
  そして高一の方を見る。
「ありがとうございます、高一さん!元気でました」
「そう?でもホントのこと言っただけ」
 高一はすずらんの笑顔を嬉しそうに見た。
「でも……、すごく嬉しかったです。こんな事言われたの、初めてで……、高一さんは、本当に優しい方ですね」
 一瞬、高一の笑顔が固まる。
 すずらんはそれを見逃さなかった。
「どうしたんですか?」
「いや……なんでもないよ。オレはすずらんが笑ってるのスキだしね……荷物もとうか?会社まで」
「あっ!いいですよ、そこまでしてもらわなくても。そんなに遠いところにあるわけではないので」
 すずらんはそう言うと、高一に別れを言い歩いていった。
 高一は今度はぼーっと後ろ姿を見送りながら考えた。

“高一さんは、本当に優しい方ですね”

「オレは……すずらんが思っているような優しい男じゃないよ……」
 その声がすずらんに聞こえるわけもなく、ただの独り言ととして終わった。
 高一は喫茶店へ戻っていった。


32 :一夜 :2009/06/13(土) 11:48:03 ID:m3knVnuk

パーティーへ行きましょう。

「聞いて〜〜〜〜〜〜!」
 やけに明るい声でこの会社の若社長、藤原美琴が社員室のドアを勢いよく開ける。
 中で仕事をしていた社員、啓司と久人、コーヒーを運んできたすずらんがキョトンとした顔で美琴を見る。
「ど……どうしたんですか、社長……」
 啓司は一応コンピューターから目を離して美琴を見る。
 美琴は待ってましたと言わんばかりに啓司の鼻先に一枚の封筒を押しつける。啓司はその封筒を手に取るとすでに開封された封筒の口から一枚の薄い紙を取り出しゆっくりと読む。
「『拝啓 藤原美琴様
     来たる5月15日、湊観辰朗氏の誕生パーティーを開きます。
  どうぞご出席をお願いいたします。
              湊観ソフトメディア  』」
「……で?」
「で?ってねぇ〜。行ってくるからね!パーティー!」
「ほ……う」
 啓司はそう言うとゆっくりと招待状に目を落とす。そんな様子を美琴は心配そうに眺める。
 そして、一息つくとサッと啓司の手から招待状を取る。
「……っ、いいよ、いいって。分かってるよ。し〜ご〜と〜ってね。はいはいはいはいどうせ無理だと思った。だから嫌だったのよ、私。啓司君っていつもこの時間ここにいないじゃん。だからこんなに嬉しそうにハイテンションぶっ放してここまで来たのに……、何でいんの!」
 いきなり諦めたり怒ったりの美琴を見て久人はおどおどしている。すずらんはいつもの笑顔で見守っている。啓司はというと、しばらく美琴の方を見て、それからパソコンの画面に目を戻す。
 =(イコール)駄目、ということを感じ取ったらしく、美琴はギッと啓司を睨む。
 背後からひしひしと感じる殺気を受けながらも、啓司は手慣れた手つきで仕事を進めていく。そしてある画面までいくと手を止めて、美琴の方を向く。
「な、なにぃ!」
 思わずけんか腰になる美琴。
「ソレ、日付は5月15でしたよね?」
 啓司に聞かれると美琴は一瞬考えてからゆっくりと頷く。
 啓司はソレを確認すると再び画面を見て、そしてカチッと印刷のボタンを押して、出てきた紙を美琴に渡す。
「……これって?」
「社長の、っていうか会社の5月のスケジュール表です。」
「ふ〜ん……って、あ……!」
「その日は……どっちみち湊観社長との予定が入っていました。用意がいいですね、相手の方も。そうと分かっていて事前に予定を取っていたのでしょう」
「じゃあ?」
「差し支えの無いようなら行ってきたらどうですか?結構大事な取引先ですし。直接合うと言うことは無理にしても、行ってはいけないなどとは言いません」
「っ……!ホントに?行く、行ってくる!久人と!」
 予想外の展開に喜びながら、美琴は『ねっ!』と笑顔で久人を見る。
 久人はいきなりのご氏名に一瞬戸惑い、とっさに頷く。
「誰が一人……いや、二人で行っていいと言いましたか?」
 啓司の言葉にはしゃいでいた美琴が固まる。そしてゆっくりと啓司の方を振り向く。
「当然、俺と……ここにはいませんからすずらん」
「はいっ!?」
 こちらもいきなり名前を出されたすずらんがとっさに返事をする。
「二人でパーティーへ行き、社長の護衛をします。いいですよね?」
「い・や・よ」
「でしたら、残念でしたね。そんな危険なところに社長と久人君を行かせるわけにはいきません。諦めて下さい」

 ぐゎ――――――――ん
 
 と、いう効果音を響かせながら美琴は大げさにリアクションを付ける。
 そんな美琴に駆け寄る久人。
 泣き付く美琴。
 久人は優しく微笑み、美琴に言う。
「僕は、啓司さんやすずらんさんと一緒の方がいいと思うよ?」
「うぅ………」
「それに、美琴はあんまり人前には出ない方がいいでしょ?だから、今回はすずらんさん社長代理をしてもらった方がきっといいと思うよ。正体は明かさない方がいいしね」
「私が所長代理したっていいじゃない!っていうか本物だけど!」
 声を張り上げる社長をそれでも優しい目で見つめる少年。
 どちらが社長なのか一瞬分からなくなる光景だが、実際二人とも見た目明らかに高校生なのでこの場合はどちらが偉い立場というか、この会社の責任者なのか分からなくなる。
「そんなの代役の意味ないよ」
「くはぁ!代役なんていらないって!二人で若社長夫妻って事で!どう?」
 美琴は結構本気に言った。
 しかし久人はそんな美琴に、とどめの一言を言った。

「じゃあ、僕は行かない」

 ぐがぁぁぁぁ――――――――ん

 こうして美琴は折れた。


33 :一夜 :2009/07/09(木) 15:34:44 ID:PmQHQHoA

溜息と幸せの関係・空気少年と銃。

「あ、怪しい。怪しすぎる」
 美琴は啓司を見てぼそりと言った。
 啓司の格好は、黒いスーツに黒いサングラス。そして髪を後ろに流していて、一見映画の中の怪しい黒服っぽい。
 しかし、啓司はそんなスーツのネクタイを締め直すと、美琴を見て言った。
「警戒です。これだけ目立つ格好で行けば、相手もすぐには襲ってこないでしょう。大人数のいる会場なんかでは、姿を下手に隠すよりも効果的です」
「そうなの?でも近寄らないでね」
 美琴はそう言うと、久人の手に腕を回した。
「あの……美琴……恥ずかしいよ」
「なんでよ?啓司君だってこんな堂々としてるんだから、私たちも堂々としなくちゃね!」
「……意味が違うよ」
 久人の言葉はあくまでも無視された。

 ここは東京でもかなりの金持ちしか泊まることの出来ない高級ホテル。
 そしてさらに詳しく言うとここはその高級ホテル2階の大ホール。
 中には日本のあらゆる面で功績を挙げている会社の社長やら有名な映画監督、あるいは芸能人達が飲んだり食ったり話したりと楽しんでいる。
 その中に都市伝説の若き社長がご出席しているとは夢にも思っていない。
 彼女、藤原美琴は隣に久人を携えてバイキングコーナーのデザートに感激をしていた。
 もちろん美琴からは見えない位置には本日の護衛係、啓司とすずらんがいたりする。
「お〜い〜しぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
 美琴は隠しているとはいえ、実は社長ですということを忘れてデザートを食べ続ける。
 パーティー用のドレスに身を包み、普段は二つに分けて縛っている長い髪を今日はアップにしているところからいつもよりはずいぶんと大人びては見えるが、やはり、夢中でデザートをほおばり続けるこの少女を誰も眼中に入れていない。
 むしろ謎の都市伝説の美人というよりかわいい社長代理に目がいってしまう。 
 と、いうわけで実はいろんな人たちに囲まれていてとても護衛が出来ないすずらんをよそに、啓司は気を張りつめていた。
 そして――――……

「いる……な」
 高一は普段着慣れていないスーツをうっとおしそうに整える。
「仕事じゃねぇと絶対に着ねぇよこんな服……」
 独り言だ。
 いつもなら優しく相づちを打ってくれるかわいい彼女は当然いるはずもなく、数少ない仕事仲間のアヤも今回は用があるため高一一人でやることになっている。
(くそぅ!たしか今日は泉谷さんも用があるからって言ってたよな……。どうせ二人でデートする気だな!俺だってすずらんとデーとしたいのにぃぃ!)
 勝手な思いこみをはりめぐらす高太だが、いちおう今回の仕事はこなしていた。
 高一の視線の先には先日“壊し”そこねたターゲット、藤原美琴がいる。
  今回高一が言いつけられた仕事は彼女の監視だ。
 とりあえず先日の奇襲は明らかに彼女の行動パターンを読めていなかったことがかなり痛かった。
 と、言うわけでとりあえずの反省点を生かして、当分は彼女の監視というストーカーまがい(高一曰く)なことを続けることになった。
 しかし、何かの本でも読んだことはあるものだが、監視ほど(尾行ほど)暇なモノはない。
 自然とため息がこぼれる。
(ヤバイ……。幸せが逃げてくかな……)
 暇すぎてこんなことを思っちゃいました。
 本当に暇らしいです。

 いまだにデザートコーナーの前を陣取っている美琴の肩を久人がそっとたたく。
「なに?久人って食べないの?」
 ショートケーキを口に運びながら美琴が振り向く。
  そして、思いの外真剣な久人の表情を見て再び、なに?と聞く。
「視線を感じる。襲うつもりはないかもしれないけど、一応追い払っておく?」
 久人はそういうと美琴の手を握る。
 美琴は一瞬考えて、首を横に振った。そして再びケーキを口に運ぶ。
 久人はそんな美琴を見て、それ以上何も言うことなくいつもの笑顔に戻ってゆっくりと美琴と同じようにデザートに手を伸ばした。
「なに?久人も食べる?はい、あ〜ん♪」
 久人は丁重に断った。

 人混み人混み人混みが、すずらんを囲んでいた。
 すずらんはこうなって初めて啓司が自分を選んだ理由が分かった。
「はい、社長は人前に出ることがお嫌いなんでして……。あ、決して人嫌いではないんですよ、はい。本当は今日もとても行きたがっていたのですけど、なにぶんお忙しい方ななので……」
 自慢かどうかは定かではないがすずらんは笑顔で野次馬並みに押し寄せてくる大人達に対応していく。
 啓司は遠目からそんな人だかりを眺める。
 正直、このためにすずらんを連れてきたとは言えなかったが、どうせすずらんも分かっただろうと思いながら啓司はあくまでも関わろうとはしなかった。
 背が低いすずらんはすでに人だかりに隠れてしまい、何も知らない人が見てもいったい何なのかは見当がつかないだろう。
 あ〜ホントすずらん連れてきて助かった。
 今は先ほどから感じ続けているこの危険な視線の先を探ることに集中しなければならない啓司は非情ながらもそう思った。
 しかし、そうはいかなかった。
「啓司さ〜ん!今作っているプログラムの説明って私できないんですけど〜」
 人混みの中すずらんの声は確かに聞こえてしまった。
 啓司の耳に、人だかりに。
 一斉に人だかりがすずらんを連れたまま啓司を巻き込む。
「なっ……!ちょ、やめ……〜〜〜〜〜!」

 あの人混み何だろう・と、遠くから眺めていた高一だったが、啓司が巻き込まれたところを見て関わることを止めようと同時にチャンスだと思った。
 今、このチャンスを逃したらいったいいつこんな時がくるだろうか。
 そうだ、こんな面倒くさい仕事なんてさっさと終わらして、今日のあいた時間は愛しのすずらんに電話しよう。
 高一はいつもは専用のケースにしまっている小刀のうちの一本を取り出すとそっとターゲットの少女、藤原美琴に標準を合わせる。
 出来れば大事にしたくない。
 出来るだけ近づいてから一瞬で急所を刺し、それからさりげなく抱き止めて気づかれないように運んだ方がいいかな。
 そんなことを思い、高一は一歩じりっと進んだ。
 その瞬間
 彼の声が聞こえた。

「動かないで下さい」

 とても幼く、
 とても優しく、
 そして、とても強く。
 振り返るとそこには一人の少年が立っていた。
 少年の名は高天久人。
 その手には、黒い、手のひらサイズの小さな銃が握られていた。
「っと……」
「動かないで下さい。僕だって殺すつもりはありません。でも、あなたの出方次第ではそうとも言い切れませんけどね……」
 久人はそう言うと苦笑する。
「今回は、どうかお互い怪我することなく終わらせてもらえませんか?彼女……、あ、美琴の事なんですけど、美琴はあなたのことを見逃すと決めたのです。勝手ですけど、だから今日は終わりにしてもらいたくて」
 久人は淡々と話す。
 高一はただそんな久人の話を聞いていて思った。

“怖い”

 なぜ、なぜ誰も気づかない。
 久人はこう話している間ずっと銃を高一に向けていた。
 しかし、ソレがあまりにも自然すぎて、まるで、まるで誰も久人のことに気づいてないかのようだった。
 いや、これはもうすでに気のせいではない。
 実際に誰も銃を構えている少年の存在に気づいていない。
 まるで道ばたに転がっている石ころのように。
 抵抗してはいけない。
 それが今、高一の出した答えだった。
「分かったよ……。今回は手を引きま〜す」
 出来るだけ軽い調子で答えた。
 これで開放されるとばかり思っていたがそうはいかなかった。
「では、そのままでいいので教えて下さい」
(ドキッ)
「この仕事の依頼……藤原美琴を壊せと依頼したのは誰ですか?」
 その問いに高一は、はぁ〜っとため息をつく。
(くると思った……)
「それだけ言えば、僕は銃をおろして、あなたはこのままこの会場から出ることが出来ます。いいでしょう?」
 久人はそう言うと目を細める。
 高一は考えた。
 普通は言わない。
 っていうか言えない。
  だってそうゆう仕事だもん。
 しかし、よりにもよって実は今日はいろいろあって(他の人は遊んでいるのに自分は仕事・自分より年下の子どもに脅されている・そう言えば時間的にすずらんは現在まだ仕事中のため電話をしてもつながらない)イライラしていた高一だった。
 だから、
「いいよ」
 承諾してしまった。
「!……誰ですか?」
 久人は聞く。
 そして高一はその名を口にした。

「井野ヶ原賢一」


34 :一夜 :2009/10/31(土) 16:42:23 ID:mmVcoALD

そのときまでの気持ち。

 久人がパーティー会場へ再び足を運び入れると、一角がすごいことになっていた。
 誰もが遠巻きに眺めるその視線の真ん中にいたのは、

「きゃははははhhhhhhh!!!!!」
「み……美琴」

 そこには真っ赤な顔をして、バイキング形式になっている大皿から、直接フォークを伸ばしてケーキを食べている、都市伝説の社長、藤原美琴。
 誰もが……ボーイでさえ声をかけかねている、その輪の中心を見て、久人は一瞬固まったが、すぐにふっと表情をくずした。
 そして、流れるような動作で人たちの間を潜り抜けると、美琴の元までたどり着き、そっと手をとる。
「美琴。帰ろう」
 声をかけると、美琴はとろんとした瞳を久人に向ける。一見、焦点の定まらないような目。しかし、その瞳の奥に久人をしっかりと認識したその瞬間、

「ひっさとぉ〜〜〜〜!!」

 思いっきり抱きついた。

 これにはさすがの久人も本気で固まる。
 そしてその瞬間、美琴がこうなった原因がわかった。

「お酒臭い……美琴、ブランデー入りのケーキを大量に食べたんだね」

 もともと、社交場でもあるこの会場。当然出される料理は大人向けのものがほとんどである。味付け大人目。未成年は注意!そんなフレーズが頭の中に点滅。
「ハァ……もう」
 久人は抱きついてきた美琴の腕を自分の肩に回し、歩き出した。
 とりあえず風に当てよう。
 色々と話したいことはあるけれど、それは後回しにしておこう。そう思い、久人は美琴をテラスに運び出した。

 テラスには数人の塊が所々にあった。
 久人はなるべく人のいない場所まで美琴を引きずり、いすに座らせる。こうやって風に当てておけば、帰るころには少しはマシになっているだろう。
 一息つくと、久人も美琴の隣に座った。
 その途端、

 ぱたん

 ひざに何かが倒れてきた。
「っ―――――!!」
 考えることもなかった。
 目の前を通過したものは、隣に座っているはずの美琴の頭。その行方は当然、自分の膝。一瞬避けよう!!と思ったが、その考えは一瞬でしかなかった。
 結果、思考よりも遅くに声が漏れそうになる。
 視線を膝元に落とすと、幸せそうな顔が、嬉しそうな顔がそこにある。
「美琴……」
 起こそうと手を伸ばすと、それが彼女の言葉でさえぎられた。

「久人ぉ」

 小さな唇から声が漏れる。

「なに?」

「……どこにもいかないでね?」

 なんで、今それを言うのかが分からなかった。
 ついさっきまで幸せそうだった顔が、急に不安げにゆがむ。自分を起こそうとした手に不安でも感じたのだろうか?それとも……

 久人は美琴を見つめると、起こそうと伸ばしたはずの手で、そっと美琴の額に触れる。もともと体温の低い手が、ほてった美琴には気持ちかったらしく、すうっと目を閉じる。
 しばらくそうしていると、小さな寝息が聞こえてきた。
 いよいよ起こせなくなってしまった。
 状況はそうだったが、久人の中にはすでに起こそうという気持ちは無かった。
 もう少しだけ。
 もう少しだけこのまま一緒に……

 久人は空を眺める。

 あの時と同じ空が、今日も続いてる。

「美琴」

 名前を呼ぶ。
 あの日と同じ名前を。
 あの日と違う気持ちを乗せて。

 ねぇ美琴。
 君はいつか、きっと僕を自分から遠ざける日が来るだろう。
 それはそう遠くない日に。

 でもね、美琴。
 それでも僕は……

 ようやく人の輪から抜け出したすずらんは、暗いテラスにいる二人を見つけた。
(邪魔しちゃ悪いわね)
 すずらんはにこっと笑うと、気は重いが再び会場の中へと戻っていった。
「あら?」
 すずらんは足を止める。
 しかし、
「……気のせい?かしら?」
 一瞬、感じた気配。
 ここにいるはずが無い人の気配。
 すずらんは気のせいということにし、歩き出した。けれど、幸せな気持ちになる。

 会いたいなぁ。

 気持ちが、交差していく。


35 :一夜 :2009/11/27(金) 15:42:13 ID:WmknzcninH

るすばん。

 アヤという少女は、自分の本当の誕生日を知らない。年齢も知らない。生まれた場所も、家族がいるかも知らない。
 ただ、存在しているだけだった。
 自分でもそれしか分からないくらいだった。

 そんなアヤに転機が訪れたのは、もう何年か前の話。

 そのときも、そして泉谷にあったあの時も、アヤは誰かを見上げていた。狭い空間で、自分の膝を抱きながらじっとしていた。音もなく、光もなく、希望もなく。
 そして感情すらもなかったあのころ。

 あの時、あの人にあっていなかったら……自分はどうなっていたのだろうか?

 封印してしまった記憶が、今でも時々アヤの脳裏を掠める。
 アヤは思わずぶるっと震えて、自分の肩を抱いた。
「っぅ……!!」
 窓から外を眺め、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。外に見えるのは、いつもどおりの日常。人通りの多い道。ベビーカーを押しながら歩いている若い母親。下校時間に合わせて学校から数人で帰ってくる子供たち。
 どこにでも、きっとあるはずの日常。
 これを、日常と思えるまでにどれだけの時間を有しただろうか。

 だれもいない部屋を見回す。
 今日は、高一と泉谷はそれぞれ別々の仕事に取り組んでいる。そしてアヤも自分の仕事に取り組むはずだった。しかし、高一がここから出てすぐに、泉谷がアヤに休んでおけと言ってきた。
 何かを言う前に、泉谷は出て行った。
 実際に、アヤが今日やるはずだった資料の整理は、すごい量だと言われていたが、1時間程度で綺麗さっぱり終わっていた。

 泉谷さん……

 アヤは、泉谷が意図して自分に楽な仕事を回してきたということに気づいていた。どうせ、終わってもやることはたくさんある。そう思っていたが、何故か次の仕事に取り掛かる気分になれなかった。
 そして頭をめぐる、数々の思い。
 あの、16歳の社長の事件以来、自分はおかしいとアヤは感じてきた。
 その理由は、薄々とだが分かってきていた。

 非日常―――――――――――――

 この国に来て以来、その言葉は少なくとも遠い存在となりつつあった。
 壊し屋という仕事が正常なものとは決して思っていないが、それでも仕事の内容にしてみれば、探偵業とじつは差して変わるところがなかった。
 平和な国。
 平和な時間。
 ずっと続いていた。
 それが、この仕事で垣間見た、リアルな非日常の世界。人工頭脳、幼い社長、そして戦闘。それは、日常とはあまりにもかけ離れている。

 そのせいだ。

 アヤはぎゅっと自分の手を握った。
 あの、非日常な世界にいた自分を、とても近くに感じるのも。
 それが日常だと信じていた自分を、いまさら思い出すのも。

 早く……終わらせたい。
 帰りたい。日常に。
 そっと手を開き、その手のひらを見る。夕焼けに染まるその手は、明かりをつけていない室内のせいで真っ赤に染まる。
 背中につめたい感触が走った。しかし、それは決して初めてのものではない、おぞましくも懐かしい感覚。
 目をそらし、窓から離れると、ソファーに倒れこんだ。うつぶせのまま、決して動かず。目を閉じたまま。

「泉谷さん」

 そっと名前を呼ぶ。
 どこにいますか?
 お願い。
 早く帰ってきて下さい。
 早く私の名前を呼んで下さい。
 じゃないと私……

 私じゃなくなる。


36 :一夜 :2010/02/26(金) 11:45:17 ID:PmQHQHW4Q4

そして彼氏は。

「やっほアヤちゃん」

 そこにいたのは高一だった。
 高一は普段見慣れないようなしっかりとしたスーツに身を包んでいる。しかしすでにネクタイは緩めてあるし、ボタンも襟元ははずしてあったりとルーズな服装になっている。

「お仕事……終わったんですか?」
「うん。ていうか、まだ泉谷さん帰ってきてないんだ〜。このまま行くとまさかの朝帰り?!ってか」
「……え?」

 高一の言葉に、アヤはこのとき初めて自分がかなり長い時間を眠っていたことに気がついた。
 窓の外はすでに暗く、この部屋も高一が電気をつけずには行ってきたために暗い。
「私……ごめんなさい」
「なに誤ってんの?アヤちゃん今日は休養日みたいなもんだったんでしょ。ゆっくり休んで何が悪い。ていうか俺だった大喜びだし」
「高一さんまで……やっぱりそうゆうことだったんですか」
 アヤは立ち上がるとカーテンを閉めて部屋の電気をつける。
 時計を確認すると、けっこう遅い時間。
「ご飯、食べますか?冷蔵庫にあるものでよかったら作りますよ」
「あ〜……うん。じゃあお願い。っていうか、どっか食べに行くってのも俺はOKなんだけど。こう、気持ちを落ち着かせるのは満腹感?みたいな」
「なにかあったんですか?」
 冷蔵庫の中を確認しながらアヤは高一に聞く。
「あったもなにも、今日は散々ってことだよ。まったく……いとしのハニーとは連絡つかないし、着慣れない服で肩こるし、極め付けには年下に脅されるし。まったく……日本ってこんな国だっけ。むしろアイツ誰よ!!って感じ」
 スーツを脱ぎながら高一は今日のことをアヤに話す。
 すると

「その子って高天久人ですよ」

 あっという間に解決。

「はい?」
 
 思わず聞き返す。

「私と同じくらいの男の子でしょ?私、前の戦闘でその子と一戦しましたから。特長とか聞いていると多分……高天久人くんだと思いますけど」
「うん?って、なんで名前まで知ってるの?」
「知っているも何も……あれ?高一さん資料を見てないんですか?名前と見た目の特徴ぐらいなら載っているはずですけど」
「し……資料?」
 高一の頭上に?マークが浮かぶ。
「はい。あ、そういえばあの日は高一さんギリギリに来たから資料見る暇が無かったんですよね。車の中では作戦会議しかしてなかったし……」
「そ〜いえば、そ〜んなものがあったようななかったような〜……泉谷さんに車の中で見ろって言われたような言われなかったような〜」
「資料、いつもの場所にあります。名前ぐらいしか分かりませんが……参考にどうぞ?」
「ありがたく」

 高一は資料を手に取り、ぺらりとめくっていく。
 その内容は確かにアヤの言ったとおりほとんど情報として役に立っていない。
 資料というにはかなり薄く、そのほとんどはターゲットである藤原美琴について記してあるだけだった。

 まあ、無いよかマシってやつか。

 高一はソファーに座って適当に読んでいくと、アヤの言っていたターゲット身辺の人の情報ページにたどり着く。
「うわ、ホントに名前しか書いてない。役にたたね〜……あ、これか〜高天久人っと。なるほど16歳。マジで年下だし悔しいな〜」
 従業員のページ。そこにたどり着く。
 
 そして、手が止まった。

 一瞬の空気の変化に気づいたアヤは振り返る。
「どうかしましたか?」
 切りかけだった野菜を残し。高一のほうへ行く。
「何か気になることでも?」
 その問いに答えない高一。見ているのは従業員のページ。
「高一さん……?」
「アヤちゃん」
「は、はい」
 顔を上げた高一の表情は、いつもと変わらないものだった。
「俺、ちょっと急用みたい」
「えっ……?」
 いつもだったらよくある気まぐれとして流せるこの行動と台詞。しかし、その前の気配からアヤは不安な表情になる。
「どうしたんですか?」
 聞かずにはいられない。
 不穏な気配。
 たった一瞬だった。間違いだと信じたいが、非日常だといえる今現在、その気配はアヤの不安を駆り立てるのに十分なものだった。
「高一さんっ……」
 すると高一はアヤの肩に手を置き、にっこりと笑う。
「悪い。ご飯は食べられないや」
「そんな」
「でも、たぶん泉谷さん帰ってきたら食べてくれるから作ったら?う〜ん、いいね。俺って気遣い上手じゃない?こう、二人っきりで夕食」
 いつものようにふざけた言い方。
「泉谷さん、あ〜んして!はい、あ〜んとか言ったり」
「い、言いません!!!」
 思わず真っ赤になって否定する。
「いや、どうだかな。俺のいない隙に隠れてやってたり。まてよ、逆もありじゃない?アヤ、今日はよく眠れたか?俺が膝枕をしてやろうBy泉谷」
「そんなこと泉谷さんは言いません!!!」
「必死になって否定して〜、あ〜やしぃ〜」
 高一は笑いながらアヤをからかう。

 いつも通り。

 アヤは自分の感じた気配を、気のせいだったのかもしれないと感じた。
 そうに違いない。

 高一が出て行ったドアを見つめながら、アヤはそう思った。


37 :一夜 :2010/06/26(土) 10:55:33 ID:m3knVnunmH

そして彼女は。


「すずらん、どうしたの?」

 すずらんは持っていた紙の束を床に落とし、そのまま固まっていた。
 場所は会議室。
 長い円形の机に社員が全員座り、皆、同じ紙の束を持っている。
 それは、先ほど社長である藤原美琴から配られたもので、内容はとあるルートから手に入れた、先日の襲撃犯の情報であった。
 各自読み進めているその時の出来事だった。

 普段だったらすぐに拾い集めるのだが、その様子も無い。

「すずらん……?」
 水乃は自分の資料をテーブルに置き、すずらんに近寄る。そして肩に手を置くと、すずらんは一瞬びくりと肩を震わせ、そして水乃を見る。
 その様子に、さすがの水乃もただ事ではないと感じ取った。

「だ、だいじょう――――」
「ぼおっとしてました。ちょっと、気分が悪いかもしれないです……」

 水乃の声をさえぎるように、すずらんは言った。
 そしていつものようなやわらかい笑顔をみんなに向けると立ち上がり、資料を拾い集めた。
 その動作には、先ほどのようなおかしな様子は泣く、いつも通りの無駄が無い滑らかな動き。
 すぐに拾い集めたすずらんは、椅子に座らずそのまま美琴の方に向くと、

「すみませんが、ちょっと出てきます。外の空気を吸って……気分転換してきます。なんだか、気分、本当に悪くなったみたいで……良いですか?美琴様」
「え?あ、う、うん……て、すずらん、本当に大丈夫なの?!」

 そのまま出て行こうとするすずらんに、美琴は椅子から立ち上がって声をかける。
 すずらんはにっこりと笑うと、はいと頷き、失礼しますといって部屋から出て行った。
 会議室には、すずらんの閉めたドアの音が響く。

 部屋から出たすずらんは、廊下を一人で歩きながら携帯電話を取り出した。
 開くと、待ち受け画面には勝手に、そしていつの間にか設定されていた二人の人物が写っている写真がある。
 一人は自分。
 恥ずかしそうな顔をしている。顔を真っ赤にして、そして視線は隣の人物を見ている。

 もう一人は―――――――――――

 使い慣れない動作で、すずらんはボタンを押す。
 最後のひとつ。
 一瞬、その動作が止まった。
 しかしそれも一瞬。

 かち

 ぱたんと携帯電話を閉じると、すずらんはそのまま歩き出す。
 そして、ある場所へと向かっていく。

 取りに行くために。
 守るために。


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