混沌に彷徨うて


1 :副島王姫 :2007/10/25(木) 14:36:55 ID:oJrGY3oG


 レーガイナ・ヴァルオ王国王都ヴァルオ。
 その王宮。中庭の、噴水前。
 警備の者以外いない庭園に、一組の男女が居た。
 一人は、十八前後の青年。黒髪に青い瞳。服装からして貴族か。
 一人は、彼よりも二つばかり年下だろうか。王族のと一目で分かる衣装に身を包んだ、長い茶色い髪の娘。
 幸せそうに笑い合う二人を陰から見つめ、彼はその場を去った。


 ―― 1 ―― THE PAIN IN THE DARK

 四月の終わり。
 北に位置し、春の訪れが遅いヴァルオでも、ようやく陽射しが暖かくなってきたいうところだろうか。彼女は、朝日が射す窓のカーテンを開き、微笑んだ。
 誰もが、目を見張ったことだろう。同性でさえ、焦がれたかもしれない。
 やや癖のある、艶やかな蜂蜜色の金髪。黒く、潤んだ双眸。そして――この世のものとは思えない、美貌。年のころは、二十歳過ぎか。母に似た容姿を持つ彼女は、髪をポニーテールにまとめ、部屋を出た。
 そのまま、隣の部屋に向かう。
「……ラセル、起きてる?」
 鈴の鳴るような、しかし意志の強さを感じさせる声。
 暫くして、扉が開いた。年は、彼女と同じぐらいだろう。細めの体つきに、黒い、さらさらとした長髪。服装は、魔道士のようだ。全体的に、暗い色調。そして、朝の室内だというのに、暗い色のゴーグルをつけていた。
 女の方は、魔道士の服装に似ていないこともなかったが、動き易く簡略化されている。かえってそれが、彼女のスタイルの良さを強調していた。短いマントから、細い腰と、そこに纏った凝った造りの長剣が覗いていた。
「早く食べて出発しましょ」
 言うと、階下の食堂へ向かう二人。
 ここは、レーガイナ・ヴァルオ王国王都ヴァルオの宿。王宮のある中心部からは離れているが、それなりに栄えている場所である。
「おねーさん、いい加減、名前教えて」
 食堂に降りるとすぐに、そんな声が聞こえた。見れば、昨夜の連中だ。
 彼女は、わざと不快そうに鼻を鳴らし、無視した。彼とテーブルにつくと、メニューを広げる。
「ねえ、いいでしょ? 名前ぐらい」
 三人。軽そうな男ばかりだ。
「朝っぱらから、やめれくれない?」
 睨むが、男たちはにやにやと笑みを浮べるだけ。
「うざったいわね……」
 言い、女が手を翳した。と、その手を掴まれる。
「止せ。ライア。
 ……今、騒ぎを起こすわけにはいかない」
「……ラセル……」
 彼に免じて、という風に彼女は手を下ろした。だが、三人はそれが分からなかったらしい。今度はラセルと呼ばれた男の方に絡み始める。
 また、ライアが動いた。テーブルから身を浮かせただけの姿勢だったのだが、鈍い音が連続して響き、
「――分かったでしょ? あたしたちに構わないで」
 手をはたき、椅子に座りなおしながら、床に転がった男たちに言い放つ。ポニーテールにした髪を軽く指で弾くと、気を取り直したように料理を選び始めた。
 石造りの床に這いつくばった男たちは、身を起こすなりそそくさと離れていく。
 と、それから暫く。二人が料理に手を付け始めたころ、宿の扉が乱暴に開いた。
 王宮の兵士だと一目で分かっただろう。だが、それが近衛兵だということは知っている者にしか分からない。近衛兵は辺りを見渡し、ライアとラセルの席を見つけると、
「トリス公爵! 今すぐ王宮に! ディミトゥース陛下がお呼びです!」
 跪き、言った。
 ラセルは大して反応を見せなかったが、ライアは苦々しげな表情でフォークを置いた。

「ちょっと、どういうことよ?」
 王宮。国王の私室に向かう道すがら見かけた従兄弟に、ライアは食って掛かっていた。
 年のころは、ライアより一つか二つ上か。短めの茶色い髪に黒い瞳。彫りの深い顔立ち。この国の第一王位継承者にして皇太子・レヴィスである。
 だが、皇太子が絡まれているというのに、誰も止めない。
「今後あたしたちには、一切干渉しないんじゃなかったの?」
 美しい顔を不快に染めて言う彼女。問いという形を取っているが、反論は許さないという剣幕だ。だが――
「ライア!」 
 別の声が、彼女を制した。
「……ラセル」
「レヴィス。何かあったんだな?」
 ラセルの真摯で冷静な問いに、レヴィスは頷いた。

「ロシスが行方不明!?」
 三人で国王の私室へ向かいながら、ライアが素っ頓狂な声を上げた。
「何よそれ? 何やってたの?」
「伯父上に聞いてくれ。私も詳しくは知らないんだ」
 従兄弟の言葉に、ライアはつかつかと歩調を速め、
「伯父様!」
 勢いよく、力任せに扉を開く。そして、動きを止めた。
「…………母様……いらしたの」
 あからさまに嫌そうに言い、ライアはそこで立ち止まる。
 後から来たラセルとレヴィスが彼女を追い越して部屋に入り、
「陛下。詳しい話を」
 ラセルが、机に肘をついた五十前後の茶色の髪に黒い瞳の男――レヴィスに似ている――に冷静に問う。だが。
「ロシスが、どうなったのです?」
 その声は、油断を許さなかった。
「……詳しいことは、分からない」
 口を開いたのは、彼の傍らに居た眩い金髪の女。見た目は若くライアによく似ている。姉と言っても通りそうだ。ただ、よく見れば、黒と思われる双眸の片方が紫を帯びていることに気がついただろう。王族と魔道士の衣装を足して二で割ったような服装をしている。
「報告では、馬車が消えたらしい。それだけだ」
「ちょっと、母様! 何よ、その無責任は?」
 ライアが声を上げる。それを、手で制するラセル。
「……できるだけ、詳しく聞かせて下さい」
 静謐な、声だった。ゴーグルのせいでその表情は分かりづらかったが。

 ロシス・ユークアセス。
 その名は、最近は知られていた。名もない貴族――ユークアセス家の養子だったが、早世した王弟ラーファンの長女・リーサイスと恋仲になり、最近国王ディミトゥースにその仲を認められた。王宮では、仲睦まじく過ごす二人の姿が度々見られたものだ。
 責任感が強く誠実な人柄で、今回も貴族の務めを果たすと自ら地方への使者を買って出た。その帰りに馬車ごと行方不明になったということなのだが。
 ラセルとライアの二人は他に供もつけず、ロシスが派遣され行方不明になったティーベーユ領へと向かっていた。
 馬が、嘶く。
「……ここらが限界かしら」
 ライアは呟き、馬から降りた。王宮から借りた早馬といっても無限に走れるわけではない。それにもう夕刻だった。地図から見てもこのまま進むと森で夜を明かすことになる。
「……でも、ラセルは心配よね?」
 気遣うライアの声に、ラセルは、
「いや、焦ってどうなるものでもない」
 首を振り、彼も馬から降りた。
 そのまま宿へ向かう。小さな町で入り口の一軒のみのようだ。
 木造の一般的なつくりで、一階が酒場兼食堂のようだった。宿の主人に今夜の宿泊と馬小屋の手配を頼み、取り敢えずテーブルにつく。
「……それにしても……」
 ライアは、溜息混じりに紙の束を出した。王宮で受け取ったロシス失踪の報告書の写しである。そこに書かれていたのは、ロシスの馬車がある日の昼下がりに関所を通過したことと、それ以降消息が掴めないということだけ。一応、捜索はしたらしいが……何も見つからないという体たらく。
「……野盗の類ではなさそうだな」
 ラセルが言う。
「別に、きな臭い背景も無かったというし」
 また溜息をつき、ライアは辺りを見回した。まだ夜と言うには早いせいもあるのだろうが、他に客は少ない。行商人らしき二人。そして若い男女。
 だが、ライアはその男女に目を留めた。一人は、二十代後半の金髪の男。もう一人はライアより少し年上か――ストレートな黒髪の女。
 ――ケイシ。一目で分かった。女の方である。
 白い装束に身を包んでいるのだが、――まあ、頭の大きな白いリボンは別として――それは、異民族ケイシのものだった。彼らと対立しているセルフォー帝国なら目立ったのだろうが……このヴァルオでは敵対関係がないためか、知られていない。
 ラセルも気づいたのかそちらを見ていた。
 だが、ケイシがいたところでどうということもない。そう判断し、ライアは首を戻した。しかし、ラセルは席を立つ。
「ラセル?」
 呼び止めるが、彼は歩み寄り、二人の前に立った。そして、ゴーグルを外す。
 彼の左目は青。そして、右目は――何も知らないものは、黒と思っただろう。だが、よく見れば紫を帯びていることが分かる。
 ――レイヴン。俗にそう呼ばれる、魔道士の一団だった。
「ラセル!」
 駆け寄り、こちらを向いた女と目が合う。驚愕した。
 女の片目は茶色、片目は紫を帯びた黒――濡鴉色(レイヴン)。
 注意して見やれば、男の方も、その片目どころか双眸が、紫を帯びた黒だった。しかも――
 ――似ている。似すぎている。その顔を見てそう判断せざるを得なかった。誰もが目を見張るであろう、整いすぎた、顔立ち。
 迷わず、腰の長剣を抜く。
「ちょっと、お客さん!」
 宿の主人が慌てて声を上げる。だがそれに構う余裕はなかった。
「あんたら……何者?」
 剣だけでなく、魔力構成も構える。しかし――
「落ち着いて下さい。あなたたちの敵じゃありません」
 黒髪の女がそう言い、にこりと笑って右手を出してくる。
「話し合いましょう」
 暫し迷う。その内に――
 ラセルが、彼女の手を取った。

「わたしは、リア=リム。リムでいいです。こっちはルオス」
 宿の彼女らの部屋。4人部屋を使っているらしい。テーブルと4つのベッドが並ぶ部屋で、彼女――リムはそう切り出した。屈託の無い笑顔で、
「見て分かると思いますが、ケイシです。
 ルオスは、ケイシではないのですが……父方の親戚です」
「俺はラセル。ラセル・ハルシーオ。
 こっちはライアだ。
 ……つい最近までヴァルオの王宮に居た」
「存じ上げてますよ」
 微笑を浮かべ、言うリム。
「トリス・ライア・アリル公爵……ですよね?
 噂通り、お綺麗ですね」
 そう言う彼女も美人というわけではないが、愛らしいと言えた。
「……名が知れてた、ってわけ?」
 ポニーテールを弾き、不服そうに呟くライア。
「ハイドュラ様ともども、有名ですよ」
「母様と一緒にしないで!」
 不快さを隠しもせず、怒鳴る。
 ややあって、嘆息し、
「……で、何者? 特にルオスさん?
 知ってるんでしょ? 母様を、個人的に」
 ――ふう。ルオスと呼ばれた男が溜息をつく。
「分かった。話そう。
 お前と顔を合わせるのは初めてだが……私は、お前の大伯父だ。つまりは、お前の母の伯父。カリティアの兄。
 ……似すぎていると、思ったのだろう?」
「……な……だって、大伯父って年じゃ……」
「よく考えろ。ハイドュラは……お前の母は、母と呼べる外観か?」
 言葉に詰まった。確かにハイドュラは、寧ろライアの姉といった方が相応しい。
「……常識に囚われるな。人間の常識に」
 言い、ルオスはテーブルの前の椅子に腰掛けた。

 ――レイヴン。そう呼ばれる種族が居た。
 その名の通りの濡鴉色の双眸を持つ、それが特徴の一族。その出自は不明。
 魔道士の中に稀に現れ、絶大な魔力を持つ。ただ、その数は少ない。
 レイヴンの魔力は遺伝し、その血を引くものに、よく片目のみがレイヴンの者がいる。そして、魔力を受け継ぎながら、普通の双眸の者もいる。ただ、彼らもレイヴンと呼ばれる。その血を引きながら魔力を受け継がない者は、レイヴンと呼ばれない。
 要するに、桁外れに魔力の強い者の総称、といったところだろうか。その強大な魔力故に一部の権力者にしかその存在を知られておらず、国などの組織によってその存在を管理されてきた。レーガイナ・ヴァルオ王国で存在を知られている、国内のレイヴンは5人。王妹ハイドュラ、その娘トリス・ライア・アリル公爵、国王直属の非公式宮廷魔道士ラセル・ハルシーオ、そして同じく王宮に仕えている魔道士2人である。
「――で? あなたたち、何?
 他国のレイヴンも、ある程度知ってるわよ?」
「我々は国家に管理されているレイヴンではない」
 テーブルを囲んだ四人。ここまで来れば誰でも予想できたその言葉に、ライアは、
「簡単に言ってくれるわね……」
 皮肉げに言う。
「ライア。もう少し友好的に振舞ってくれ」
 言われるまま、表情を緩めた。謝らないが。
「レイヴンが国家の管理を逃れるのは、容易でないと思うが?」
「リムは、ケイシの地で生まれた。あそこにはレーガイナの権力は及ばない。……私には、リアーソのバックアップがある」
 リアーソは、二十数年前にレーガイナ勢力から独立した国である。当時あった、レーガイナ・トゥーファ王国という国を滅ぼし、成り代わったのだ。……まあ、トゥーファは腐った国として有名だったためか、寧ろ世界はそれを後押しした。リアーソは独立の後、選挙王政を敷いている。それを提案したのは――
「……思い出した」
 ぽつり、とライアが洩らす。
「ルオスって、確か……」
「そう。リアーソの父です」
「独立戦争の英雄、ねぇ……」
 肘をつき、ライアは、
「噂じゃ、放蕩癖があるってことだったけど……ヴァルオにも放蕩で?」
「いや、迎えに来た。お前たちと――ロシスを」
 ルオスがきっぱりと言った言葉に、ライアは言葉を失った。

「ロシス・ユークアセス……正しくは、ロシス・ハルシーオ……だな?」
「ちょっと、ロシスはレイヴンじゃ……」
「分かっている。ただ、お前の実の弟、そうだろう?」
 ライアの言葉を妨げ、ラセルを見据えながら言う。黙って頷いた。
「なら、問題ない。……人間の基準では分からないかもしれないが、素質はある。……まあ、リズのような例もあるが」
「……人間の……?」
 言葉を拾うライア。訝しげな彼女を無視し、
「一緒に来てもらえないか?」
 二人に問う。
「……そんなこと言われて、ほいほい付いていくと思う?」
「それに、ロシスは今……」
 言いかけたラセルを、手で制する。
「知っている。行方不明だろう? ……私たちは後手に回った」
 だからここで待っていたと呟く。
「誰が、ロシスを?」
「魔霊属(まれいぞく)。広義の魔族だ。
 ……もっと言うなら、神の使い」
 溜息混じりに、言う。
「奴らは、神命のもとに動く。今回は――人間の殲滅」
 と、窓に目をやった。
「近いな。外に出よう。……町の外だ」
 言って、ルオスは部屋を出た。

「……何、……あれ……」
 ライアが、ぽつりと呟く。空を見上げて。
 ルオスに従い、町を外れ、近くの湖まで来ていた。
 昏くなり始めた空に、白い楕円形のものが浮かんでいる。装飾性のない、ただ白い楕円。
「……移動要塞です。個人用の」
 呟き返したのは、リム。ややあってそれは静止した。
「…………」
 沈黙。拍子抜けしたようにライアが口を開きかけた、その時、
 四人の前に、人影が現れた。何の前触れもなく、突然。
 身長は、低い。……まあ、子供というほどではないが。地味な色だが、普通では有得ない香色の髪。そこまでは受け入れられた。ただ――
 ハンター・グリーンの皮膜の張った二対の翼が背から生え、若苗色の肌。手首からは、歪な形の短い角。
 ――少なくとも、人間でないことは理解できた。
 彼は、四人を見ると、
「……お久しぶりです。フェイディック様」
 そう言って、跪いた。
「……ハゼル。元気そうだな」
「はい。やって来た用件は、ご存知ですね」
「私が何のために王宮を去ったかも、知っているだろう」
「……平行線、ですね」
 ハゼルと呼ばれた、彼が言うと、辺りが一変した。
 リムが前に飛び出し、力を放つ。ただ、攻撃の為ではなく――ハゼルと呼ばれた男とルオスを中心に、かなり広い範囲を球で覆った。
 その球が完成するなり、ルオスが動く。
 手から光弾を幾つも発し、ハゼルに放つ。総て躱され、リムが作った球の内側に当たって消える。
 ハゼルの手首――歪な角の延長上に、赫い刃が生まれる。即座に、斬りかかる。
 恐らく、接近戦に向いていないのだろう。ルオスは、大きく飛び退って宙に舞う。それを追って、ハゼルも空を蹴った。
 戦いの場は、空中に変わっていた。リムが張った結界も共に移動し、二人を中心とした空間を覆っている。ルオスは、自らの周りに結界を張り、それでハゼルの赫い刃を弾きつつ、光弾を繰り返し発していた。それらを総て躱し、ルオスに肉薄するハゼル。
 やがて、どちらからともなく地上に降りる。
「…………」
 暫く動かなかったが、ハゼルが動いた。右手を振ると、指輪の一つから同じ飾りが六つ外れ、ハゼルの周囲を囲む。途端、大地が、空気が震えた。
 リムが、結界を強化する。だが、それでも鳴動は止まない。
 ハゼルを追うように、ルオスの威圧感も増す。
「いい加減にしてください!」
 リムが叫ぶ。
「これ以上は抑えられません! この大陸を吹き飛ばすつもりですか?」
 その言葉に、ルオスの力が小さくなる。だが、ハゼルは相変わらずだ。六つのチップを周囲に浮かべ、佇んでいる。
「増幅チップを収めてくれ。この地を滅ぼすわけにはいかない」
 ルオスが、言う。
「オレの目的は、貴方達を連れ戻すこと。そして、人間の殲滅。
 仮令、この力に巻き込まれてこの大地が消えても、貴方達は生き残ります」
 刹那、結界が消えた。同時に、白い影。
 次の瞬間には、小振りのナイフを両手に構えたリムが、ハゼルと刃を構えていた。
 白いリボン、黒い髪と香色の髪が、その余波に靡く。
 そこへ、光弾が降り注ぐ。躱されたものは、全て別の光で撃ち落した。

 この空気。この威圧感。――只事ではない事は、すぐに分かった。
 そして――自らの及びもつかない力が行使されていることも。
 リムが、結界を張った。それは恐らく、力で世界を傷つけないため。ルオスが放った光弾一つにしても、途方も無い力を秘めていることは肌で感じる。あれがもし、地面に当たれば――
 状況は、不利だ。ルオスもリムも、世界を傷つけないよう戦っている。だがハゼルは、そんなことは構わないのだ。
 ライアはラセルと目を合わせ、頷き、
「テクロイアジュール!」
 呪文を放つ。
 今ライアが知っている中では、最も威力の強い呪文。これを使える者は世界に数名しかおらず、本来なら城一つ楽に吹き飛ばせる。だが、今回は違った。
 響いたのは、爆音だけ。力を全て、そちらに向けたのだ。
 けたたましい音の後に、沈黙。三人がこちらを見ていた。
「……一つ、聞かせてくれ」
 ラセルが歩み出て、上空のハゼルに向かって言う。翼を畳み、地上に降りてきた。
「ロシスのことだ。弟は、今どこに?」
「既に、こちらで保護いたしました。貴方が兄だということもお話ししております」
 言い、ハゼルはラセルに手を伸ばし、
「共にお越し下さい。殿下」
「……分からないことが多すぎる。判断する時間をくれ」
「分かりました。近いうちにお迎えに上がります」
 言うと、ハゼルの姿が消える。現れた時の様に、忽然と。
 それが、転移というものであると、ラセルもライアも知っていた。彼らと、ライアの母以外、使える者はいないと思っていたのだが。
「……井の中の蛙だったわね……」
 ぽつりとライアが呟き、
「詳しい話が聞きたいわ。教えてくれない?」
 上空の二人に向かって、言った。


2 :副島王姫 :2007/10/25(木) 21:14:16 ID:oJrGY3oG


 ―― 2 ―― 儚い願い、届かぬ祈り

 ――絶対の神。
 嘗てそれは、一つの存在だったという。
 だが、ある時、それは二つに分かれた。即ち――法と裁きの神、ヴィルデシア。戦と死の神、ヴィルデジア。
 対立し、反目し、争った二神。やがて、時は流れ、法と裁きの神が勝者となった。
 だが、皆知らない。
 ヴィルデシアとヴィルデジア。その二つが、双子の兄と妹であったことを。互いに討つ意思は無く、それでも討たざるを得なかったことを。
 法と裁きの神が主なる神となったのは、遥かな昔。そして、遥かな未来。
 主なる神に常に付き従う、その後継者。それこそが、戦と死の神そのものであると――それを知るのは、ヴィルデシアと、嘗てヴィルデジアと呼ばれた、その存在のみ。
 神は、絶対の存在。しかし、そこに迷いが無いわけではない。
 だが、それすら、知られていない。

「私は、フェイディック・ルオスレード。魔霊属(まれいぞく)の王、霊皇(れいおう)トゥアネベスの夫だ」
 今度こそ、自己紹介をするルオス。元の宿の部屋である。
「そもそも、魔族や魔霊属の存在から話さなくてはならんな。
 さっきも少し触れたが――魔族は、神の使徒。神命のみで動き、その為だけに存在する神の道具だ。十神王の一神――魔神王に由来する」

 主なる神の下には、幾つか神々が存在するが――主だったものは、仕神(ししん)と神王であろう。仕神は上下二神。神王は、同格十神。俗に十神王と呼ばれる。そのうち一神が、魔神王である。
 魔神王が、自らの意思を行使するべく生み出した、それが魔族。そして、そこに同じく十神王が一神、霊神王の力が加わったものが、魔霊属。だが、二つの種族は今や混在し、区別はなくなったと言ってもいい。強いて言うならば、魔族は魔皇が統率し、魔霊属は霊皇が統率するというところだろうか。しかし、魔皇族と霊皇族が共に行動することも多々あり、この区別も役に立たない。
 要するに、区別など必要とされないのだ。共に神命によって動き、目的も、存在意義も同じ。彼らの感覚は、同じだった。
 今や、魔族も魔霊属も、広義の魔族と言えた。
 ――全ては、神の為に。神の下に。

「魔族には、預言と神託が降りる。これは、人間よりも遥かに上位の存在だという証拠だろう。預言は、神の言葉。これは大して問題ではない。ただ、神の知識を与えられるということだけだ。しかし、問題は神託だ」
 リムは、口を出さない。ラセルとライアも、黙って聞いていた。魔力で生み出した明かりの下、話を続ける。
「神託は神の命(めい)。魔族は絶対遵守する。そして、最近になって魔族にある神託が降りた。その内容が――人間の殲滅だ」
「……でも、どうして? 人間が何か悪いことをした?」
 ライアの疑問はもっともだった。話からすれば、魔族は人間よりも高位の神属のようだが、だからといって人間がどうしたのか。主なる神を崇め、奉っているではないか。
「人間は――戦と死の神が生み出したものだ」
「……! ……うそ……」
「事実だ。創世神話の頃に、戦と死の神に生み出され、しかしその非力さ故に戦いに参加できず、そしてそのことすら忘れてしまった。それが人間というものの正体だ。
 何故滅びなければならないか――分かるな?」
「……ヴィ、……ヴィルデジア……まさか……」
 ショックを隠しきれず、呟くライア。
 邪神ヴィルデジア。嘗て主なる神に逆らい、刃を交え――そして邪神に堕ちた神。最も邪悪な存在。
「だから……滅びるしかないと?」
 ラセルが言う。それに、ルオスは微笑し、
「無論、私もそれに盲目的に従うほど素直ではない。私は、純粋な魔霊属で、人間ではないが……人間が好きだ。こういう感情を持つということは、私は魔霊属として、魔皇の夫として相応しくないのかもしれん。だが、守りたいと思う。
 だから、こうしてここにいる」
 言って、ラセルの肩を叩き、
「話を変えよう。
 もう察しがついていると思うが……人間たちにレイヴンと呼ばれているのは、人間ではない。それが――魔霊属。人間と姿が似通っていたために、人間が区別できなかった、紛れも無い神属。人との間に子を成し、人と交わってきた神の使いだ。
 ……ここまでは分かるか?」
「……分からないわよ……」
 首を左右に振りながら、ライアが呻く。
「つまり、何? あたしたちは人間じゃなくて、その同胞の魔霊属――魔族が、神の名の下に人間を滅ぼす?」
「分かってるじゃないか」
「そして、お前はそれを阻止しようと」
「そういうことだ」
「ひとつ、訊いていい?」
「何だ?」
「さっきの、ハゼルって奴は?」
 ライアの言葉に、嘆息し、
「私の妹――つまりは、お前の祖母のカリティアの直属の部下だった。魔族と魔霊属の混血だ。魔力も、魔族屈指の才能を持つ。まだ若く未熟ではあるが……厄介な相手だな」
「さっきの会話からすると、あいつは人間を消したがってたのよね? ……なら、さっきみたいに戦わなくても、大陸消せばいいんじゃない? できるんでしょ?」
「それはありません」
 答えたのは、リムだった。
「確かに、彼ならできます。しかし、彼はしません。
 多くの同胞が、巻き込まれて死にますから」
「同胞? 魔霊属のことか?」
「でも、あの時あいつは、あたしたちは生き残るって……」
「確かに、わたしたちは生き残るでしょう。でも、魔力の弱い魔霊属は死にます。
 魔力が強くても弱くても、彼らは差別しません。だから……全て助けようとするでしょう」
 ラセルの頭に、弟の姿が浮かぶ。
「つまり、人間にレイヴンと認識されていなくても、魔霊属の血を引く者は皆同胞だと?」
「ええ。それもあります。しかし、別の意味も。
 問題は――あなた方が、魔霊属でも屈指の実力を持っているということです。
 ライア。あなたは、霊皇の夫の妹が祖母です。魔族の王家などは、須らく最高の魔力を持ちます。それだけの力があると、認識していただけますか?」
 ライアが、緊張気味に頷くと、
「次は、ラセル。あなたです。
 あなたは――あなたとロシスは、霊皇の王孫です。つまりは――王子」
 と、ここで笑みを浮かべ、
「って言うか、実はわたしもなんですけど。わたしはリア=リム。霊皇が第三子、サルトリグの娘です。あなたは、第一子ヴェスクの息子。
 ……従兄弟なんですよ。わたしたち」
 照れたように、魔霊属の王女リムは言った。

「ちょっと待って」
 ライアが、疲れた声を出す。
「その話からすると、随分偉い人が魔族を裏切ってるみたいだけど……そんなのって有り得るの?」
「簡単なことだ」
 ルオスが、事も無げに言う。
「私が唆した」
 きっぱりはっきりと、悪びれた様子も無いルオスに、ライアはただ沈黙した。
「もともと、人間よりだったのは私だけだ。それを、自分の妹や子供に押し付けた。……まあ、イリオニアルは応じなかったが。
 リムは人間の世界で生まれた。ラセルの出自から推測できると思うが」
 暫しの沈黙の後、
「……さて、決断を迫りたい」
 調子を変えて、ルオスが言う。ラセルとライアを眼中におさめて。
「魔霊属でも強大な魔力を持つお前たちの力を借りたい。そうしなければ、人間は滅ぶ。お前たちは、保護されて連れ戻されるだけだが。
 ……手伝ってくれるか?」
「………………」
 ライアは、頭を抱えていたが、
「そうしないと、どうなるのよ?」
「さっきも言った。人間が滅ぶ」
「…………ここで断るような後味の悪い真似が、できると思う?
 っていうか、卑怯よ。あんた」
「……よく言われる」
 ライアの言葉に、ルオスは苦笑いを洩らした。

 移動要塞『陽炎』。その内部。
 周囲よりも厳重に隔離された扉を、彼は開いた。若苗色の肌、皮膜の張った二対の翼、香色の髪。最後の扉を開く前に、ノックする。
「どうぞ」
 若い声。それに応じて入った。
「失礼します。ロシス殿下」
 見た目はただの貴賓室だが、魔力封印が厳重に施された特殊な部屋である。仕方の無いことだ。この王子は、自らの潜在能力も、それを抑える手段も知らない。もしも暴走したなら、この脆い人間の世界は滅んでしまう。
「兄さんは?」
 期待に満ちた眼差しを受け、彼――ハゼルは、沈みがちに、
「申し訳ありません。お連れできませんでした」
「え?」
 愕然、というのか。ロシスと呼ばれた彼は、落胆を顕にする。
「どうして?」
「フェイディック様をはじめ、反対する方々がいらっしゃいましたし、何よりラセル殿下の御意思が……。まだ、状況を理解なさっておられない様子で……。
 後に落ち着いて、事情をお話してからになるかと」
「そんなぁ。
 ……これから、どうなるの?」
「まずは、ロシス殿下に単独でお戻りいただきます。間もなく迎えが参りますので」
「僕、兄さんと一緒がいい」
 駄々をこねるロシスに、ハゼルは困ったように、
「……霊皇陛下やイリオニアル殿下もお待ちです。必ず説得してお連れしますから」
「……うん。分かった」
 がっくりと項垂れたロシスを前に、ハゼルは胸中で付け足した。
(場合によっては、実力行使もするけどな)
 無論、弟の前ではおくびにも出さないが。

「……母様は説得しなくていいの?」
 大型船。帆に大きくリアーソの紋章を掲げたその甲板で、憂鬱そうにライアが呟く。
 確かにライアの母ハイドュラも、話を信じるなら強力な魔霊属だ。戦力に挙げられる。
「……お手紙は送ったんですけど……」
 リムが、潮風に髪とリボンを靡かせながら、呟き返す。
「確か、お二人が王宮から出られたのは、お手紙を送ったあとでしたから……目は通されたと思います」
「成る程」
 ライアは、一人納得した。何故、あの父と母がラセルを解放とライアの出奔を急に認めたのか。こうなることが分かっていたのだ。
「既に、非常事態だったってことか……」
「ところで、ラセルと仲がよろしいんですか?」
 何気ないように訊いて来るリム。ライアは驚きもせず、
「ええ。付き合ってるのよ」
 照れた様子も無く言う。
「王宮じゃ有名だったのよ」
「……そうですか。親戚とわかった今でも?」
「変わらないわよ」
 きっぱりと言うライア。
「そもそも、近親ってことじゃ……」
「え?」
「あ、いや、何でもない」
 話してもいいと思うのだが、今はまだ早いような気もする。ライアは言いかけた言葉を押しやった。
 出航の合図。船は、海原へ進み出した。
「……さて、ルオスの所へ行きましょう。魔力制御を覚えていただかないと」
 言って、リムは歩き出す。魔力の暴走の危険があり、急にその操り方を教えるのは危険だ。しかし、船の上ならそこだけに結界を張ればいい。暴走しても結界内の海水と船が消えるだけで済む。……それでも、船員たちには悪いが。
魔力があると言っても、行使できなければ意味が無い。リアーソへの船への道中、ライアたちは魔力制御を教わることになっていた。
 もはや、目を隠しもしないラセルと、船室の前で合流した。彼がそこで待っていたのだ。
 呪文を紡ぎ、魔力を構成する。それが、矮小な人の身でやっと魔術を使う手段だった。だが、ライアもラセルも場合によっては呪文なしでの発動ができ、呪文だけが魔術の手段でないと知っていた。そして、ルオスの話によれば、寧ろ呪文に頼るから、その力が制限されるのだという。人間はそうしないと発動できないが、魔族の手段ではないらしい。
 そもそも魔族というのは、もとは魔力の固まりだ。それが、意思を持ち行動しているのだと。魔族の最大最後の手段として、「昇霊華(しょうれいか)」と呼ばれる行動がある。自らを構成する魔力を総て解き放つのだ。無論、そんなことをすればその魔族は消滅するが、命と引き換えに起こす奇跡なのだという。魔族の魔力行使は、基本はこの昇霊華と変わらない。ただ、使う魔力を回復できる程度に抑える点のみが異なる。
 リムが結界を張り、魔力制御の訓練が始まった。

 レーガイナ。そう呼ばれる国があった。
 英雄王ルイネルズの下に造られた、空前前後のこの超大国は、ある時、正統な後継者を喪った。――王家が断絶したのである。
 その後、レーガイナの後継者を主張するものたちが現れた。当時、九あった王家の分家。王族を祖先に持つ十二の有力貴族。彼らは、レーガイナ正統の名を巡って争った。
 やがて、総てを支配することが不可能だと悟ったある勢力が、自らの勢力圏を国土に独立を宣言した。それは、他に大きな影響を及ぼし――結果、内乱は、濫立した新興国家の勢力争いに様相を変えた。
 総ての国が、一族の女を擁立し、ルイネルズU世を名乗らせた。ルイネルズU世を初代君主とする十四の国々の争い(この時点で七つの勢力が敗れていた)――それが、後世において二百三十年戦争の異名で呼ばれることとなる、「ルイネルズ戦争」の正体である。
 ルイネルズ戦争は、後に生き残った七つの国が協定を結ぶことでようやく終結を見た。時は流れ、五十六年前にレーガイナ・テークス帝国が、二十八年前にレーガイナ・トゥーファ王国が滅んだ以外は、ルイネルズ協定によって成立した国々は存続している。

「……なんだか、性に合わないわねぇ。人類の守護者なんて」
 ぽつりと、ライアが一人呟く。船の甲板。陸地が間近に迫っている。
 船にも陸にも、リアーソ王国の旗がはためいていた。
 ――母も、この国に来たことがあった。十四の頃だという。王女としての初の任務だったと聞いているが……。
 ――止めよう。あんな人のことを考えるのは。
 ライアは首を振る。ポニーテールを弾き、少し指を上に上げる。
 けたたましい水柱が数本上がり、天に消えた。衝撃で船が大きく揺れる。
「ま、上々ってとこね」
 彼女は、ハゼルやリムと同じく接近戦タイプだ。こういう風に自然を操作するにはあまり向かない。ラセルが同じ事をすれば、それこそそこらの海水が消滅するかもしれない。
 苦手範囲――しかも自分の属性ではない――での結果に満足し、彼女は船を下りる準備をすべく、船室に向かった。

「まったく……転移で来れば早いでしょうに」
 リアーソの王宮。とは言ってもヴァルオなどレーガイナ諸国とは様相が違い、この地特有の木材が主の平屋が並ぶ場所。その一箇所、王の執務室だった。
 現リアーソ王・ラナン。選挙によって選ばれた王で、冠は被っていない。赤茶の髪とトパーズの瞳の、今年で四十五になる元トゥーファ王族である。
 彼の言葉に、ルオスは苦笑し、
「言っただろう。ラセルとライアの訓練があった」
「……で、戦力としては?」
「使えないこともない」
 その物言いに、ライアが少し不満そうな顔をし、ポニーテールを弾く。それを見てか、
「初めまして。ライア様、ラセル様。
 ライア様はハイドュラ様に瓜二つですね」
 笑顔で言ってくる。その屈託の無い笑顔に、ライアは暫し戸惑ったが、
「……母様と一緒にしないで下さい」
 いつもと同じ台詞を繰り返す。
「……ハイドュラ様のこと……お嫌いなのですか?」
「当たり前です」
 きっぱり言い切ると、ラナンは黙った。

「――いい加減、許してやったらどうだ?」
 ただ、同じような石碑が並ぶ場所――墓地。そこで、声をかけられた。
「……ラセル」
 振り返りもせずに、言う。
「許すって? 誰を? 何を?」
「……ライア様」
 気配で察していたが、ラナンも一緒らしい。彼は、目の前の墓標に歩み出て、花を供える。
 ――ハイドュラ。そうあった。
 それが、彼女の母と同名の、彼の妻であったことは知っている。
 元レーガイナ・トゥーファ王国皇太子。そして、当時反乱軍であったリアーソに全権の委譲を宣言し、トゥーファの歴史を終わらせた人物。宮廷の花と呼ばれ、その美しさを失わぬままこの世を去った。
「別に、偶然というほどでもないんです。ご存知でしょうが、二番目の配偶者との間に生まれましたので」
 ラナンの言葉に、無言で頷く。
 レーガイナの伝承に、ある王女の話がある。彼女は、当時側室が認められていた中で第二妃の子として生まれ、王位継承位は低かったが、立派な人物だったという。そして、王室が腐敗した中ただ一人高潔を貫き、やがて革命を起こし王位に就き、国を建て直し民の信望を集めたという。彼女の名はハイドュラ。
 以降、側室制度がルイネルズ協定やそれ以前の法令で否定された後も、どういう形であれ王の二番目の配偶者の下に生まれた娘に、ハイドュラと名づけることが多いのだと言う。
「ハイドュラ様は……内気な方でした」
 ぽつりと呟くようなラナンの声に、ライアが怪訝な表情を浮べる。
「内気? あの母様が?」
「意外ですか?」
 にっこりと微笑み、ライアの方を振り返って続けるラナン。
「今は、堂々としていらっしゃいますからね。
 ……でも、当時は……自分の生まれを否定なさっていました。――カリティアの私生児。そう呼ばれて」
 ライアは、顔をしかめる。
 ハイドュラがカリティアの私生児なら、ライアはハイドュラの私生児だ。そう呼ばれなかったのは、母が守ったから。母が一人非難の矢面に立ち、娘を守ったから。
「カリティア様に置いて行かれ……本当に、行き場を失くしておられました」
「あたしには母がいるから……それでいいと?」
 怒りを孕んだ、ライアの声。
「冗談じゃないわ! 御祖母様も母様を置いてきぼりにしたかもしれない! でも、裏切りはしなかった! あたしは、十八になって初めて父様の名を聞かされたけど……とんでもない裏切りだったわよ! 冗談じゃない!」
「ライア様……」
 ラナンは、そんなライアにまた笑顔を向け、
「貴女の父上が誰なのか、私は存じませんしお聞きするつもりもありません」
 その言葉に、ライアが息を止める。知らなかったのか。
「ですが、これだけは言えます。
 貴女は、ハイドュラ様の誇りなのでしょう。
 系図では王女として生まれながら、王の娘でないことが明白で……常にご自分を責めておられたハイドュラ様が、同じ思いをむざむざ子供にさせるとは思えません。きっと……貴女が強いと、信じておられるのです。そして、強く育てられたのでしょう。ご自分よりも。
 ご自身に、誇りを持ってください。それが、ハイドュラ様の意思に応える事にもなる……そう思います」
「……冗談じゃないわよ……」
 ラナンが去って行った後、ラセルに肩を抱かれながら、ライアが呟いた。俯いて。
「誰が……誰がレスティライアなんて……」
 その名を知るのは、ヴァルオ国王ディミトゥース、王妹ハイドュラ、そしてライアとラセルだけだった。

 ――その日――王都に影が落ちた。レーガイナ・リオグランド王国王都リオード。その王宮を中心に、何かの影が。
 やけに暗いことを異常に思い、彼女は自室を出た。そこで、違和感に気づく。静か過ぎる。
「誰かいないか?」
 声を出すが、誰も答えない。彼女はそのまま歩き回った。
 パール・ホワイトの癖のある短い髪、アイスブルーの双眸、王族の衣装と魔道士の衣装を足して二で割ったような服装。この国の皇太子・メラシースである。
 伯母レスティライアに似ている――そう呼ばれることが、彼女の誇りだった。若くしてこの世を去った、先代皇太子レスティライア。ヴァルオの現王ディミトゥースと恋仲だったことが知られており、彼は未だに彼女を忘れず婚姻を結ばない。それほどに、王家の者として、女性として素晴らしかったのだと思う。
 伯母に代わって国を支える。それが、彼女の夢だった。
「誰か? いないのか?」
 ふと、嫌な予感を覚え――近くの扉を開き、言葉を失った。
 兵士が四名。――絶命している。
「…………」
 息を呑み、暫し考えてから、駆け出した。静まり返った王宮の中を。
 自分の呼吸音と足音しか聞こえない中、手当たり次第に扉を開き、死体ばかりを確認し――やがて、一箇所に迷い無く進む。
「父上!」
 この時間なら、謁見の間――そこに近づくにつれ、死体は増え、彼女は絶望に襲われた。だが、一縷の望みを抱いて、進む。
「父上!」
 死体の間を抜け、謁見の間に着いた。玉座を見上げ――絶句する。
「……ちち……うえ……?」
 そんな呟きが、洩れた。駆け寄るが、事切れていることは明白。
「そんな……そんな……」
 誰も、聞くものはいない。それは分かっていた。しかし――
「こんにちは、メラシース」
 後ろから突如聞こえた声に、振り返る。そこに居たのは、見た目十八ぐらいの青年。黒い髪に青い双眸。魔道士の服装に似ているが……。
「初めまして。僕は、ロシス・ハルシーオ。ロシスでいいよ」
 無邪気な笑顔だった。死屍累々とした背景が嘘のように。
「知らないと思うけど……君の従兄弟。よろしくね。
 ……メリスって呼んでいい?」
 そこまで聞いて、思い出した。暫く前にリアーソの父と呼ばれる人物の名で届いた書状。そこに書かれていたのは――
「……魔霊属……」
 ぽつりと、呟く。憎悪すら込めて。
「そうだよ。知ってた?」
 彼女の憎悪など知る由も無いと言わんばかりに、笑顔を絶やさないロシス。人懐っこく、
「一緒に帰ろう。メリス」
「馴れ馴れしい!」
 一喝するメラシース。手を大きく振り、
「貴様か? この惨事の元凶は!」
 ロシスを見据え、言い放つ。
「よくも、父を! 皆を!」
 一方、ロシスはきょとんとして、
「どうしたの?」
 真面目に聞く。その一言に、メラシースは言葉を失った。
「…………
 ――成る程」
 ややあって、立ち直り、
「どうやら、人間を虫ほどにも思っていないようだな。
 ……で、これはお前の仕業か?」
 今更だが、確認の問いを繰り返す。
「そうだけど……何? 何かまずいことしたかな? 僕」
「インディゲイディス・ヴェンド!」
 答えを合図に、呪文を放つ。テクロイアジュールと並んで称される術で、効果範囲は狭いが、発動までの時間が驚異的に短い。すぐに、術の範囲を示す結界が消え――
 ……!
 彼女は目を見張った。無傷。最高峰の術が。
「帰ろうよ。メリス」
 笑顔。彼の姿が掻き消え、気がついた時には目の前にいた。
 ――転移。そう呼ばれるものであるということを、彼女は知らない。
「行こう。みんな待ってるよ」
 言い、彼女に触れる。彼女の意識は、そこで途絶えた。
 リオード壊滅。その報が外に渡ったのは、それから数時間経ってのことだった。

 墓地。そこに二つの影。
 彼は、迷わず近づいた。歩いて。
「お久しぶりです」
 そう声を掛けると、二人はこちらを向き―― 一瞬、誰だか分からないようだった。
「お忘れですか? ハゼルです。ハゼル・オゥサー」
 その一言に、二人が身構える。瞬間、誰だか分からなかったのも無理はない。背の二対の翼は無く、肌も若苗色ではない。髪が香色で目が濡鴉――それだけが彼を物語っていたが目立つものではなかった。
「魔力が……ない」
 ライアの呟きに、ハゼルは苦笑し、
「隠すぐらいできますよ」
 さも当然のように、言う。
「つまりは、隠密行動。ルオスたちも感知できないと……そういうことか?」
「はい、殿下。まあ、今からフェイディック様のところに転移なさるという手もありますが……そうなったらオレは逃げます」
 言って、笑顔を向けてきた。
「お話がしたくて来ました。聞いていただけますか?」

「俺たちは、人間を滅ぼしていいとは思わない。だから、お前たちの説得には応じない」
「……宜しいのですか?」
 目を細め、問うハゼル。墓地に風が吹いた。
「人間が魔霊属――レイヴンにしてきたこと、殿下とてご存知でしょう。強大な力を持つ者を、人間は恐れる。そして――」
「分かっている。非道な振る舞いもあった。
 ……人間は弱い。弱さを否定するため、他を痛めつけて自分を保つこともある。だが……それが人というもの。悪いとは思わない」
「……憎みもなさいませんか?」
「……ああ」
「ライア様も?」
「ええ」
 ――ふう。ハゼルは、溜息をついた。暫く空を見上げ――
「分かりました。では、お供します」
「……は?」
 唐突な言葉に、ライアが間の抜けた声を出す。
 ハゼルは、頭を掻くと、
「実は、オレも人間を滅ぼすだけが道だとは思いません。暫く、あなたたちに付いて行って考えようと思います。
 ぶっちゃけ……ここに来る様な命令も受けてないんですよ。寧ろ、命令違反です」
 暫し呆れた二人だったが……やがてルオスに連絡した。
「そうだった……『水面の雲』での一件……忘れていた」
 ルオスが、沈痛な面持ちで考えた後、納得したようなしていないような表情で呟いた。
「確かに、こいつは寧ろ、私たちの考えに近い
 ……信用してもいいだろう」


3 :副島王姫 :2007/11/04(日) 08:29:47 ID:oJrGY3oG


 ―― 3 ―― 繋がる絆、離れる想い

「あんた、本っ当に大丈夫なの?」
 リアーソ王宮の与えられた部屋の近くで、彼に会うなりライアは言った。
「……フェイディック様も魔霊属を裏切られたでしょうに」
 苦笑混じりの言葉に、ライアは、
「あんたも裏切るって? ……理由は?」
 目を細めて、問う。
「別に、裏切ろうと思っている訳ではありません。ただ――見極めたいんです。
 ……オレは、カリティア様の直属の部下でした」
 出てきた祖母の名に、不快そうな顔をするライア。
「オレは、昔から魔族のやり方に賛成できないことが多かったんです。
 実を言うと、魔族の……セヴェナ家という、代々魔皇やその王族の配偶者を出してきた家系の生まれで――魔霊属で言うならルクターヴ家ですね。カリティア様やフェイディック様の家です。とにかくそういう生まれでしたから、そういう立場に立つための教育を受けました。
 ……でも、魔力はあっても、全てのために一部を切り捨てるとか、そういう考えには賛同できなくて……結果、オレはゼヴェナの名を返上しました。
 そして、カリティア様に拾われたんです。
 多分、カリティア様は、オレと考え方が近いのだと思います。ファイディック様が唆したからと言われていますが……人間のことで動かなかったとしても、いずれはこうなっていたでしょう。そして、カリティア様は――
 オレを巻き込まないため、置いていったんです。何も告げずに。
 きっと、話を聞いたら、オレは付いて行ってました。でも、はっきり言って負け戦です。魔霊属屈指の実力者が居るといっても、魔族には同等の――いえ、それ以上の力を持つ方々が沢山居ます。どのみち、人間は滅び、オレたちはただ連れ戻される。それが分かっていたから……」
「ちょっと待ちなさいよ」
 月を見上げながらハゼルが言った言葉を、ライアが遮る。
「負け戦? 人間が滅びる? あんた本気?」
「はい」
 微塵の迷いも戸惑いも無く、頷く。
「勝てるとお思いですか?」
「………………!」
 返す言葉も無く、沈黙する。
「……だから、辛い思いをさせないため、オレを置いていったのだと思います。
 でも、オレは知りたいんです。守ろうとすること。それが――」
「ライア! ハゼル!」
 突然、リムが転移してくる。
「来て下さい。急いで」
 切迫した彼女に、二人は従った。

「リオ=グランドが陥ちた」
 国王ラナンの執務室。ラナンとルオス、ライアとラセル、リムとハゼル。その六人が会した中、ルオスが口を開く。
「人間だけが死んでいたらしい。……全滅だ。家畜などは無事だ」
 と、ハゼルに目をやって、
「……まさかと思うが……避難が完了していたのか?」
「ええ。つい先日。
 ……ご存知かと思いましたが」
「先に言え!
 ……で、他に避難が完了しているのは?」
「レーガイナ・クゥアルト王国。……でもここは、リオグランドより前に終わっています。
 あとは、レーガイナ・ヴァルオ王国が間近です」
 さらりと答えるハゼル。ライアが苛立ちながら、
「ちょっと、何の話よ?」
 彼女にしてみれば、リオグランドが滅びたという以外分かっていない。
「魔霊属の、避難です」
 口を開いたのは、リム。
「魔力を行使して人間を殺すことは簡単です。しかし、それでは人間に混ざっている魔力の弱い同胞が巻き込まれます。
 だから……同胞を説得し、一人一人連れ戻したんです。それが終われば――分かりますね?」
「……ちょっと待って!」
 ライアの声は、悲鳴に似ていた。
「ヴァルオが避難間近って……じゃあ、ヴァルオは!」
「リオグランドと同じことになるかと。
 ハゼル、いつ終わるんですか?」
「……分かりません。もう終わっている可能性も……」
 ライアの姿が消えた。次いで、ラセルが後を追う。
「……追いかけましょう」
 ラナンを残し、他の面々も消えた。

「……ライア……どうした?」
 息を荒げ、珍しく安堵を見せている娘に問う。ヴァルオ王宮のハイドュラの自室である。
「ゴッティアとユリードは?」
 いきなりの問いに、ハイドュラは少々戸惑ったが、
「数日前に姿を消した」
 事実を言う。ヴァルオ王宮にいた残り二人のレイヴン。どこへ行ったかも分かっていない。
「……母様……」
 ライアは、母にしがみつき、言った。
「父様を連れて、逃げてください!
 ヴァルオは……ヴァルオは滅びます!」
「……ライア……」
 ハイドュラは、娘の肩に手を置いて、
「それはできない。この国が滅ぶなら尚更だ。……分かるな?」
 優しく、諭すように言う。
「私は王妹。王族としての責任がある。国が滅ぶなら、国と共に朽ちるまで」
「……でも……でも!」
 涙がこぼれる。
 あれほど嫌悪していた母。憎んでいた父。
 しかし――死んで欲しくない。それだけだった。
 と、後ろから肩を叩かれる。
「……ラセル……?」
 黙って首を横に振る彼。ライアは、その場に頽れた。
「状況を説明せねばならんな」
 言い、一歩踏み出したのはルオス。
「リオ=グランドの話は?」
「……聞いている。それより、私だけでは大きすぎる話だ。
 兄上の所へ」
 言い、ハイドュラは転移した。他の五人もそれに倣った。

 レーガイナ・ヴァルオ王国王都ヴァルオ。そこに――影が落ちた。
「……来ました」
 ハゼルが言うが、皆分かっていた。
 ヴァルオ国王ディミトゥースの私室。やがて――音が、消えた。
「ハイドュラ、ライア。……これを消せ」
 言ったのは、ディミトゥース。彼を魔霊属の攻撃から守るための結界が張られていた。
「……ライア」
 ハイドュラが言うが、ライアはただ首を横に振る。
「ライア! 私は国王だ! 私一人がのうのうと生き残るわけには行かない!」
「嫌です!」
 叫んだライアの頬を、ハイドュラが打つ。
「……分からないのか?」
 静かな、声。
「……………………
 ……遺言を」
「……そうだな……」
 ライアの言葉に、ディミトゥースは苦笑を浮かべ、
「レスティライアの晴れ姿が見たかった。……それだけだ」
 ライアが手を振り、結界が消えた。ほどなく、ディミトゥースが倒れる。
 悲痛な顔でハイドュラが彼に触れ……違和感に気づく。
「……生きている……」
 弾かれたように、リムとルオスがそちらを見た。
「まさか……何故殺さないんですか……」
「……まあ、前にメリスが怒ったから」
 声に振り向けば、一人増えていた。
 ラセルと同じ黒い髪に青の双眸。年のころは十八前後。魔道士の服装に似ていたが、ハゼルとルオスには、それが魔霊属の王族の服装だと分かった。
「……ロシス!」
「兄さん!」
 驚愕と共に叫んだラセルと対照的に、満面の笑顔を浮かべ、ラセルに抱きつくロシス。
「迎えに来たよ! 帰ろう!」
「……ロシス……」
「ハゼル、酷いよ!」
 兄にしがみついたまま、顔だけをハゼルに向けて言う。
「僕、待ってたんだよ? 説得して連れて帰ってくれるって……あ」
 と、合点がいったように顔を変え、
「そっか、説得の途中だったんだね。ごめん」
「……本当に……お前はロシスか?」
 ハイドュラが掠れた声で呟く。
 責任感が強く、誠実。それが、彼女らの知るロシス――ロシス・ユークアセスだった。このように、あからさまに他人に甘えるような人物ではない。
 と、何かを思いついたように、ハイドュラがどこかへ転移する。
「……ロシス……答えてくれ。リオグランドを滅ぼしたのは……」
「僕だけど?」
 戸惑いがちにラセルが発した問いに、あっけらかんと答えるロシス。
「最後にメリスを連れ戻したんだ。そしたら、なんだかすごく怒ってて……何でだろ?」
「……殺したのか?」
「……え?」
「人間を、殺したのか? リオグランドの人々を」
「うん。リオグランドだけじゃないよ。クゥアルトもとっくに滅ぼしたし……」
「……お前が……やったのか?」
「そう言ってるじゃない」
 笑顔を絶やさず答えるロシス。と、ハイドュラが戻ってきた。
 結界で保護した、ディミトゥースの姪・リーサイスを連れて。
「……ロシス!」
 名を呼ばれ、彼は初めて表情を変えた。
 不快――そのもの。
「ロシス! 逢いたかった!」
 言うリーサイス。彼女を即座に、力の奔流が襲った。
「どうして邪魔するの!?」
 攻撃を掻き消され、ロシスは兄に向かって言う。
「……何故、殺そうとする?」
「訊いてるのは僕だよ!
 それに、決まってるよ! 人間は滅ぼすんだ! それが主なる神の御意思だよ?
 ……分かるでしょ? 兄さん」
「人間を、ではない。リーサイスを、だ」
 ロシスの顔が、更に歪む。
「お前は、リーサイスを愛していた。リースと呼び、守ると言っていた。……違うか?」
「騙されてたんだッ!!」
 手を大きく振り、頭を抱えて叫ぶロシス。
「僕には、レイヴンの魔力が無かった! 父さんが死んで、守ってくれるものがなくなった兄さんは、僕の保護を条件にこの国に従った!
 僕が! 僕が居たから!
 兄さんがこの国でどういう扱いを受けたか、最近になって知った! 兄さんが僕の兄さんだってことも……! 全然知らなかったんだ!!
 僕は、何も知らず、のうのうと……! 僕は……!」
 と、急に叫ぶのを止めた。かと思うと、ただ冷静で――それでいて冷酷に、
「だから……消さなきゃ。あの日々の象徴を」
 言い、魔力を放つ。確かに、抵抗はあった。ラセルの魔力、ハイドュラの魔力。
 それらを突き破り、発動した。
 彼女の身体が、塵と消える。
 ――この能力……予想を遥かに上回る……。
 ルオスが内心舌打ちする中、一同はただ沈黙する。
「さ、帰ろう。兄さん」
 再び笑顔に戻り、何事も無かったかのように言うロシス。
「……俺が行かなかったら……どうするつもりだ?」
「……何? 何それ」
 ラセルの切迫した問いに、本当に不思議そうに言うロシス。暫く考え、
「ああ、そうか。
 ここにいる人間たちが、兄さんを惑わせてるんだね」
 言いながら、魔力を高め始める。
「待て! ロシス!」
「大丈夫。すぐに兄さんの目も覚めるから」
 ルオスに目配せをするが、彼は首を横に振る。この弟の能力は、祖父以上らしい。
「……分かった!」
 叫ぶと、ロシスの周囲から魔力が霧散する。
「……俺が行く。だから……人間を殺すな」
「……? う〜ん、いいよ。別に。
 じゃあ、帰ろう。兄さん」
 言い、ラセルの手を取る。
「姉さんたちも……」
「行くのは俺だけだ」
「……分かった。じゃあ、帰ろうね」
 言葉が終わると、ロシスが消える。ラセルと共に。
「……ラセル……」
 ライアがその場にへたり込み、ハイドュラがディミトゥースを介抱し始めた。


4 :副島王姫 :2007/11/04(日) 09:23:18 ID:oJrGY3oG


「……深刻だ」
 ディミトゥースの意識が戻るなり、ルオスが呟いた。
「ロシスの魔力……まさかあそこまでとは。次の霊皇はあいつだな」
 魔族では、王族で最も魔力の高い者が王となる。無論、それに見合う器も必要とされるが。王族以外で魔皇・霊皇以上の魔力の者は別の名を与えられる。
「……これから……どうなる?」
「間違いなく、人間が滅びる」
 ディミトゥースの問いに、迷い無くルオスは答えた。
「……仕方ない」
 ハイドュラに助け起こされながら、はっきりと言うディミトゥース。
「レーガイナの国々を団結させなければ。
 ――ルイネルズの名の下に」

「リアーソも、ルイネルズの名に従ってくれるか?」
「……それは構わないが……誰をルイネルズV世に?
 クゥアルト王もメラシース皇太子ももう……」
 主だった女の王族を挙げるルオス。
 レーガイナの祖・英雄王ルイネルズは女だった。ディミトゥースも賢王と呼ばれているが、まさか男に女の名を名乗らせる訳にもいくまい。
「まさか……セルフォーの王妹?」
 レーガイナ・セルフォー帝国。そこの皇帝に妹がいる。しかし、
「あの国は腐敗している。ここぞとばかりに全世界の支配権を主張するぞ?」
「他に候補は居る」
 言ったのは、ハイドュラ。溜息混じりに、
「私の父は、スリージオ・ソル・ヴォル・グルヴァフ・ヴァルオ。……兄上とは従兄妹にあたる」
 ヴァルオ王国のグルヴァフ王期の第四王位継承者であるスリージオ。そういう意味の古代レーガイナ語だ。つまりハイドュラは、グルヴァフ王でなく、その弟の娘だったのだ。
「しかし、それでは王妹の方が血が濃い。セルフォーは黙っていないぞ」
「……分かっている。考えがある」
「なら、それでいいだろう。
 こちらの考えも話しておこう」
 意を決したように、ルオスが言う。
「戦と死の神を降臨させる」

「お待ち下さい!」
 思わず叫んだのは、ハゼル。
「何を仰ってるか、分かってるんですか?
 邪神ですよ!?」
「もともと人間の生みの親だ。それに、それが原因で殲滅されようとしているんだろう?」
「ですが!」
 更に声を張り上げ、
「そんなことをすれば、魔族は本気で人間を消します! ディルア様とて出てきますよ!?」
 ルズィア=シグ・ディルア。ルズィアとは、王族やそれ以上の者たちに与えられる称号。中でもルズィア=シグは、王族ではなく、かつ魔皇・霊皇以上の魔力を持つ者に与えられ、居ないことの方が多い。だが、今は居た。ディルア・フォースレド。魔皇・霊皇の配下でありながら、それ以上の発言力を持つ者。
「どのみち滅びる!」
 怒鳴ってから、
「ならば、何をしても変わらない」
「………………
 ……邪神と言えど、高位の神ですよ?」
 ややあってハゼルが洩らした呟きに、
「滅んだ神です。おそらく、ある程度の代償を差し出せば、一欠けらだけが降りるかと」
 答えたのは、リムだった。
「わたしが依代になります」
 屈託の無い、笑顔で。

 ――つまりそれは、死ぬということ。
 そんな影も見せず、微笑むリム。
「……リア=リム王女……」
「リムでいいです」
 ハゼルに、笑顔を絶やさず言うリム。
「リム王女、貴女は……」
「だから」
 リムが、溜息混じりに言う。
「呼び捨てでいいです。それに、敬語もやめてください」
「……え……?」
 暫し、ハゼルは考えてから、
「……あんただって丁寧語だろ?」
「わたしは元からですから」
「……で、死ぬ気か? この一件が終われば、あんたは無事に保護されて生き延びる。分かってんだろ?」
「ええ。でも、わたしは人間です」
 迷いの無いリムの言葉。それに、別の声が割って入った。
「……何でよ……」
 ライア。先程へたり込んだままの姿勢で、下を向いたまま、呟くように言う。
「何であんたも父様も母様も……全てを棄てられるの?
 人間だから? それだけの為に?」
 沈黙が、落ちた。
 誰も、何も言わない。
 どれぐらいそんな時間が過ぎただろうか。ライアは立ち上がった。ディミトゥースとハイドュラの前に進み出ると、
「わたくし、レスティライア・セル・ヴィル・ヴァルオ・セスタス・レーガイナは、レーガイナ・ヴァルオ皇太子として、ここにルイネルズV世の襲名を宣言します」
 すぐに、転移を用いて残った国々――レーガイナ・ディスフィニ王国、レーガイナ・セルフォー帝国、リアーソ王国に伝令が渡り、翌日、ヴァルオ王宮で戴冠式が行われた。
 金髪をツインテールにし、漆黒の王族の礼装を身に纏い――若き王・ルイネルズV世は、魔族の存在を明らかにし、人間全ての団結を説いた。
 そして、ヴァルオとセルフォーの国境付近――ケイシの地で、戦と死の神降臨の儀式の準備が進んでいた。


5 :副島王姫 :2007/11/04(日) 13:17:12 ID:oJrGY3oG


 ―― 4 ―― 君が起こす奇跡

 ――駄目よ。フェイド。
 ――私は、行けない。
 ――だから、せめて、リオと呼んで。
 ――愛してるわ。でも、私は……リオなの。
 ――お願い、フェイド。リオと呼んで。

 木造の家々が立ち並ぶ、乾いた土地。それが、ケイシの地と呼ばれる場所だった。領土拡大を目論むセルフォーの長年の侵略に耐え、存在している。
「……それほど強そうには見えねぇな……」
 辺りを見回し、正直な感想を述べるハゼル。
「……リズが一人で戦ってます。最近は」
 リムが言った頃に、一人、こちらに駆け寄ってくる。短めの黒い髪で、リムに顔立ちがよく似ている。
「弟のリズです」
「リア=リズです。よろしくお願いします」
「ハゼル・オゥサー。よろしくな」
 立場上リズも王子なのだが、リムと同等に扱うことにしたハゼルは気さくに挨拶する。
「母のところにご案内します。こちらへ」
 案内されて行った先で、ルオスは、ケイシの族長リア=リザに、戦と死の神の儀式を行うと話した。予想していたらしく、彼女は驚きもしなかった。

「……眠れないんですか?」
 夜。一人木の枝の上にいたハゼルに、リムが声をかけた。
「活動時間が長いんだ。半年は連続して動けるぜ」
 言いながら、木から下りる。
「あんたも、それなりの訓練を積めばそうなる」
「……そうですか」
 言い、リムは空を見上げる。今日は新月だった。
「……最初にお会いしたときのこと、覚えてますか?」
「……そんな昔のことでもねぇだろ……」
 彼の赫い刃と、彼女のナイフがぶつかった。衝撃で、二人の髪とリムのリボンが靡いた。
「あなたがこちらへ来てくれて、うれしかったです」
 その笑顔は、少し寂しげだった。
「あなたに会えて、良かった」
「……え?」
 その真意を問うより早く。リムは、転移してしまっていた。
 そして翌朝――儀式は始まった。

 おそらく、前々から準備をしていたのだろう。見事な祭壇が設けられ、ケイシの民と、転移で呼ばれた各国の代表が居た。漆黒の礼装の、ルイネルズV世も居る。
 いつもの白ではなく――真紅の衣装とリボンを身につけたリムが、祭壇に立っている。祭壇の周りに、四つの宝珠。
 ルオスが呪言を紡ぎ、四つの宝珠が光を放ち――十五の光が、リムの周囲に浮かんだ。
 ――十五。それは、戦と死の神の数字。戦と死の神の神王が十五人であるように、その数字が基盤となっていた。しかし。
 次の瞬間、リムを包んだのは、蒼い光。
 有り得なかった。戦と死の神の色は、主なる神と同じく真紅。つまりこれは――違う。
 一同が違和感を感じる中、青い光は収束し――そこには、蒼いリボン、蒼い衣装、青い髪と瞳のリムが立っていた。――いや、もはやリムではない。
 ――沈黙。
 動かないリムだったものに、戸惑いがちにハゼルは尋ねた。
「貴女は……戦と死の神ではありませんね?」
「いかにも」
 リムの声。しかしそれは彼女のものではなかった。
「我は、スクーバル。主なる神を父に持ち、後継者と位置づけられし者。
 慈主神――そう呼ぶものもおるな」
「アクルエーセンの浄化の蒼炎……」
 やっとその言葉を洩らし、ハゼルは跪いた。ルオスも倣う。
 『アクルエーセンの浄化の蒼炎』――魔族の伝承にある名である。慈主神を示す。
「硬くなるな。ハゼルと呼ばれし魔王の眷族よ。
 ……スクーバルで良い」
 その一言で、緊張が走る。『魔王』。そう呼んだ。魔神王のことであるが、互角以上の者でないとそう呼ぶことは許されない。
 紛れも無く――最上位の神。
「……恐れながら、慈主神スクーバル。貴女におすがりしたいのです」
 ルイネルズV世が進み出て、言う。
「人間をお救い下さい」
 言い、彼女も跪いた。
 と、スクーバルの横の空間が歪む。末端が瑠璃色の、身長よりも長い淡い金髪(プラチナブロンド)とマラカイトの双眸の、繊細そうな青年が現れる。
「……スクーバル。力の強い呼び出しではなかったでしょうに」
「良いではないか。それに、止めるつもりならここへ来る前にそうしておるであろう? ムィアイーグ」
 ハゼルとルオスが表情を変える。ムィアイーグ。それは、戦と死の神の十五神王の一人の名。では、やはり彼女は戦と死の神なのか。
「そうではありませんよ」
 考えていることが分かったのだろう。穏やかに言うムィアイーグ。
「確かに、元は戦と死の神の十五神王でしたがね」
「……人間を、救って欲しい、か……」
 暫く考えるように呟き、
「汝は止めるのであろうな」
 傍らのムィアイーグに言う。
「当たり前です。何でしたら、他の神王を全て呼んででもお止め致します」
 その言葉に、スクーバルは溜息をつき、
「……分かった。
 ルイネルズの名を継ぐ者よ。残念だが、汝の願いは聞けぬ。これは、父上の御意思。後継者と言えど、慈主神と呼ばれようと、それは全て父上の名の下。
 我が名に於いて覆せるものではない」
 言うと、スクーバルとムィアイーグの姿が消えた。空の祭壇。光を失くした四つの宝珠。後には、荒涼とした風が吹いた。

 ――何も、残らなかった。
 リムが、消えた。それだけだった。
 ハゼルは、一人、昨夜の木の上にいた。
 ――あなたに会えて、良かった。
 その言葉を、噛み締める。
 リムは、いないのだ。もう。
 ストレートの長い黒髪。茶色と濡鴉の瞳。白いリボンと民族衣装。
 笑顔の多い娘だった。
「………………」
 無性に、やるせなかった。
「……それが恋と呼ばれるものだ」
 声と同時に、例え様も無い威圧感。
 どうにか振り向くと、蒼い娘が立っていた。リムではない。
 ふわふわとした蒼い髪、蒼い瞳。蒼と白を基調としたドレスを身に纏い、蒼の石が使われた耳飾りをつけている。
「…………ス、スクーバル様……ですか?」
 圧されながらも呟くと、彼女は頷く。
「汝の前で、あの娘の姿は酷だと思うてな」
 そして、彼女は伏目がちに、
「すまなかった」
 言う。
 ハゼルは唖然とした。謝った? 神が? 下位の一魔族に?
「そう言うな」
 苦笑を洩らし、
「神であろうと何であろうと、言うべき事は言う。それが礼と思わぬか?」
 ハゼルが答えずにいると、
「……悩み、苦しめ。そうしてこそ成長する。
 我もだが、な」
 言い残し、消えた。
 威圧感の消えた後、ハゼルは唖然としていたが――やがて、木から下りた。

 ――降りたのは、慈主神。
 その事実を噛み締める。
 朝日が昇る中、彼はただ佇んでいた。
「……戦と死の神が降りなかったことが、そんなに残念ですか?」
 突然の声に振り向けば、ハンター・グリーンの皮膜の張った二対の翼、若苗色の肌、香色の髪、濡鴉の双眸の少年。
「ああ、これでは人間は救われない」
 沈んだ顔で言うと、ハゼルは表情を厳しくし、
「人間を破滅させられなかった、でしょう? フェイディック様」
「……どういうことだ?」
「戦と死の神の儀式を行っても行わなくても、人間は滅びました。しかし、仮令一部でも戦と死の神を呼べば、人間という存在は堕ちるところまで堕ちます。
 ……それが目的だったのでしょう?」
 ハゼルは、両手の指輪の魔力増幅チップを展開させた。全て。
「貴方は、人間を憎んでいる」

「……よく分かったな」
 薄笑いを浮かべ、言うルオス。
「何故、人間を?」
「お前が言った。憎いんだ」
「ただ滅ぼすだけでは飽き足らず、可能な限り失墜させる。今回神命が降りたのは、都合のいい偶然だったのですね」
「ああ。そして……分かるな?
 ここまで感づかれた以上……」
「消しますか? オレを」
 ハゼルの威圧感が、爆発的に増す。
「棄てたとは言え、オレはセヴェナの血を引いているんですよ? ルオスレードの名を持つ貴方とは、同格です」
 ルオスのルクターヴ家では、男性で最高峰の魔力を持つものには『ルオスレード』姓、女性ならは『ルヴィオ』姓が与えられる。
「それに……実を言うと、オレにも貴方を討つ理由があります。
 カリティア様の――仇として」

「……カリティア? 唆したことを言っているのか?」
「あの四つの宝珠……カリティア様たちですね?」
 鋭利な目で、ルオスを見つめる。
「戦と死の神の祭壇にあった宝珠です。リム一人でスクーバル様が降りた訳はありません。
 貴方は……カリティア様たちを殺し、その力をあの宝珠に封じた!」
「……言い訳はすまい。
 しかし……どうするつもりだ? こんなところでお前が力を使えば、この人間の世界は滅びるぞ?」
 それには答えなかった。ただ、叫ぶ。
「陽炎!」
 突如、上空に白い楕円が出現する。ハゼルの個人用移動要塞『陽炎』である。
 次の瞬間、ハゼルは陽炎の中枢にいた。魔力を吸収するための方陣が敷かれている。
「主砲用意! 最終安全システム解除!」
 増幅チップで増えた魔力を全て、吸収させる。
「接近の後、零距離発射!
 ――陽炎! オレを喰らえ!」
 自らを構成する魔力が、全て消える。それを感じながら、ハゼルの意識は消えた。

 ――ハゼル。
 呼ばれ、彼は目を開けた。
 まず目に入ったのは、濡鴉の双眸。
 ――大丈夫ですか?
 ストレートな長い金髪。蒼いリボン。その顔は――
 ――……リム?
 ――さあ、起きてください。あなたはここで終わりではありませんよ。

「……う……」
 呻き、目を開ける。まず、蒼い瞳が視界に入った。
「……スクーバル様……」
 リムの姿をしたスクーバルが、彼を覗き込んでいた。
「オレ……昇霊華しなかったんですか……」
「『陽炎』のスペックが低かったようだな。汝の魔力を吸収しきれなかったのであろう」
 その言葉に、ふと気づき、
「じゃあ……フェイディック様は?」
「死んだ」
 あっさりと、言う。
「実力は互角でも、不意打ちであったしな
 最後の言葉は、『リオ』だった」
 辺りを見回すが、草一本傷ついていない。
「申し訳ありません。お礼を申し上げるのが遅れました」
「良い」
 何故、この世界が無事か。スクーバルが守ったのである。
 それを知らなかったルオスは、まさかハゼルが全力攻撃をしてくるとは思わなかったのであろう。
「汝は魔族の地に戻るが良い。明日、魔族の遠征隊が来る。
 ……人間たちの歴史も、終わろう」
「……はい」
 神の言葉に、ハゼルは従った。

 ルズィア=ワヌ専用移動要塞『焔』。ロシスの移動要塞である。
 それは、人間の世界を見下ろし、浮かんでいた。
 その中枢部で――
「……本当にやるのか?」
「当たり前だよ、兄さん」
 笑顔で言うロシス。
「大丈夫だよ。残ってるのは姉さんたちだけだし……生き残るから」
 無理矢理ついてきたのだ。自分の与り知らぬところで終わるより、見届けたかった。
「さてと……世界全部でいいね……」
 言いながら、魔力を紡ぐロシス。
 もはや、ラセルに止める力は無かった。

 レーガイナ・ヴァルオ王国王宮。謁見の間。
 玉座に座っていたルイネルズV世は、無言で立った。
 傍らの父と母に微笑むと、祈るように魔力を解放する。
 光が、溢れた。
 彼女の身体から発せられたそれは、ただただ高く立ち上り――世界を覆う。
 ――さよなら。ラセル、父様、母様……。
 ――昇霊華。そう呼ばれるものだった。

「……ライア!?」
 ロシスの放った魔力は、世界に届かなかった。
 世界全てを覆う、光によって。
「……まさか……ライアが……」
 愕然と、呟くラセル。
「……大丈夫だよ。もう一度やれば……」
「止せ!」
 弟の腕を掴むラセル。
「ライアが何の為に命を懸けたか……分からないのか?」
 そして、ロシスの両肩を掴むと、
「……母さんを覚えているか?」
 静かに、問う。
 母が死んだ時、ロシスは四歳だった。
「母さんは、人間だった」
 ――沈黙。やがて、
「関係ないよ! そんなの!」
 言い、ロシスがまた魔力を放つ。だが――
 それはまた阻まれた。

 世界を見下ろし、一人の娘が浮いていた。
 ふわふわとした栗色の髪、茶色の瞳。セピアと白を基調としたドレスを身に纏い、セピアの石が使われた耳飾りをつけている。
 彼女はただ、力を解放した。光が世界を包み、護る。
「……スクーヴァル……」
 後ろから声をかけられ、彼女は振り向いた。
「どうやってここへいらしたのですか?」
「ライア、そう呼ばれる人が祈ってたの」
 その言葉に、ムィアイーグは苦笑して、
「分かりました。この世界は、私の支配下に移しましょう。それでよろしいですね?」
 彼女が頷くと、ムィアイーグは彼女の手を取り、
「さあ、戻りましょう」
 言って、消えた。


 エピローグ

「しっかし、『アクルエーセンの浄化の蒼炎』にお声をかけていただけるとは……羨ましい奴だな……」
 魔族の軍の談話室。
「でもまあ、フェイディック様たちの問題も片付いたし……俺たちも解散か」
 彼らの所属していた仮設特務部隊は、七十年前に失踪したフェイディック=ルオスレードたちの消息を追うための機関だった。王孫が三名帰還したといえど、彼らが直接探していた者たちは皆死んだ。
 と、向かい側の席で喋っていたバイエヌが、視線を移す。ハゼルも追って振り返ると、魔霊属王族の付き人が立っていた。
「……ラセル殿下の御用でしょうか?」
 問うが、付き人は首を横に振る。そして、
「……ハゼル・オゥサー」
「はい」
「魔力も申し分ないし、未成年ということでは王女も同じ。願わくば、これが一層、魔族と魔霊属の壁を取り払うことを」
「……?」
 疑問に思ったが、次の瞬間それは消えた。娘が一人、転移してきた。
 濡鴉の双眸、ストレートな長い金髪。蒼いリボンに蒼い王族の衣装。
「……リ……ム……?」
 呟くと、彼女は頷く。
「スクーバル様は、わたしの人間としての部分を依代にしておられたんです」
 だから魔霊属の部分が残ったと、言う。だが、ハゼルは聞いていなかった。
「……リム!」
 名を呼び、彼女を抱き締めた。
 慈主神スクーバル――その気まぐれに感謝しながら。


 ―― Fin ――


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.