いまどき


1 :タカ :2007/12/09(日) 01:47:39 ID:PmQHLio4

 思いがけない告白だった。ミス・キャンバスクイーンの彼女からの一言。
「こんな私で良かったら付き合ってくれませんか?」
 人生十九年目にして初めての異性からの告白に舞い上がるほかなかった。これまでの冴
えなかった人生なんてどうでも良くなった。わずかこの一言で世界って見違えるほどに変わ
るものだ。友人は驚いたが祝福してくれた。彼女を紹介した僕の両親も同様だった。金も
無い、そして見違えるほどルックスがいいわけでもない。対して長所の無い僕を選んだ決
定的な理由は何だったのか。無論、彼女に聞けるわけがなかった。

 彼女は自身のことをアミと呼んだ。だから僕も彼女の事をアミと呼んだ。正確にはまだ
アミ本人から名前は教えてもらっていない。確かミス・キャンバスクイーンの時は真理子
という名前だった気がするけど、おそらくそちらの名前が違っているのだろう。本名が知
られたくなくて、仮名を使用したのかもしれないし。
「この後はどうする?今日はタカシ、バイト休みなんでしょう。だったらイタリアン行こうよ」
「イタリアンですか?」
「イタ飯嫌い?嫌だったら私一人でも行くけど」
「何言っているんだよ、もちろんイタリアンで結構です」
「オッケー。だったらさっそく予約しておくね」
 常に持ち歩いているメモ帳を手に、アミは携帯をかける。きっと店の電話番号でも書か
れているのだろう。彼女の用意周到さは頭が下がる。

「問題ない。予約バッチリだよ」
 右手でマルを作ってアミは言った。見事な赤のマニキュアが僕の目を楽しませた。最近
はこういうのが流行っているのか。ファッション雑誌を読みながら僕も勉強しているけど、
まだまだ追いついていかない。アミは僕の服装に文句は言ってないけど、きっと不満に
思っているはず。まだまだ勉強が必要なのだ。
「そのメモ帳分厚いね。それに最新の情報が網羅されているんですか?」
「網羅ってほどではないけど、このメモ帳は財布や携帯よりも大事かもしんない」
「財布や携帯よりも?」
「そんなにビックリしなくていいじゃない。人それぞれ大切なものは違うわけでしょう」
「まあそうだけど」
 アミと付き合うようになって二ヶ月になるけど、確かにメモ帳はいつも肩身離さずに持
っている。一体どんなことが書かれているのが気になる。だけど見るわけにはいかなかっ
た。一度見ようとしてメモ帳を開けた時、アミが大泣きしたからだ。怒られるとは思っても、
泣かれるとは考えもしなかった。

「晩御飯までの空き時間どうする?約二時間あるけど」
「アミに任せるよ」
「だったらちょっとネイルサロン行ってきていいかな。それまでタカシは好きなように過ご
していいからさ」
「着いて行ったらダメなの?」
 アミは大きく頷いた。だったら仕方ない。僕は一人取り残されてしまうことになった。

 大学に残っていた友人を呼び出すと、生協の食堂へ向かった。いつものようにアミの
ことを突っつかれた。
「でもどうしておまえみたいな冴えなかった男に、アミちゃんみたいな可愛い子が付き合
おうと思うんだ。世の中の資本原理からしてこれは間違っている、きっとおまえは恋愛詐
欺に合っているんだ。おい今までいくら騙されたか言ってみろ」
 極端な物言いをするこいつは岡本尚也という。だいだい友人は同じ事を言うが、中で
も尚也は一番過激だ。挨拶代わりにいつも詐欺という言葉を使う。
「騙されてなんかないよ。お金なんて払ったことない」
「おかしいな。きっとこれは何かの間違いだ」
 つい二ヶ月前まで尚也とナンパ生活を送っていた頃が懐かしい。僕ら冴えない男達が街
中で捕まえられる女性なんて皆無だった。絡んできたのはちょっと雰囲気の悪い男性達ば
かりで、僕らは走ってよく逃げていた。

「人生は何が起こるかわからないから、面白いのさ。尚也もチャンスを掴むんだな」
「クッソー。いい気になりやがって」
 親しい友人との時間はあっという間に過ぎる。たわいもない話をして、アミと約束した
時間が近づいてきた。
「これからどこへ行くんだ?」
「アミと食事だよ」
「その後は?」
「知らないよ。まだそこまで決まってないよ」
「ちぇっ、いいよな。本当残された者は残酷だ。神はどうして格差を付けたがるのか。あ
あ残酷だ」
 アミがミス・キャンバスに選ばれた時に喜んだのが彼だったから、こんな事を言われる
のはある意味仕方のないことかもしれない。
「格差は埋められるものさ。尚也、おまえも努力しろ」
「くやしい」
 ちょっと優越な気分に浸りながら、僕はアミの待つイタリアンレストランへ向かった。


20 :タカ :2008/04/29(火) 22:06:51 ID:PmQHLio4

 入学式以来着ていないスーツを着込み、僕はユーリア先生の待つ占いの館へ向かった。
アポは取っていない。果たして彼女は僕を相手にするのだろうか。様々な不安を胸に、あ
と数十メートルとなったビルへ向かって歩を進めた。
 ビルの前に立つと、急に体が重くなっていくのを感じた。まだ中にも入っていないのに、
先生の存在に圧倒されている。まるで見えない影と戦っているようだ。
 ゆっくりと階段を下り、ドアの前に立っても思いは変わらない。刑務所の重い鉄格子のよ
うに、この扉が開かねばいいのに。だけどそんなわけにはいかなかった。なぜならユーリア
先生本人が現れたからだ。

「あら、元アミちゃんの彼氏くんじゃない」
 不敵な笑みで先生は僕を迎えた。どこからでもかかってきなさいという感じだ。
「時間空いていますか?今日は僕を占っていただきたいんですが」
「高くつくわよ?」
「ええ、それは覚悟していますから。今日はバイトで貯めた全財産を下ろしてきました」
「いい心がけね。まあいいわ。本当はあなたみたいな何の才能もない人を、見ることなん
てないんだけど。今日は特別に見てあげるわ」
 威圧的な態度は相変わらずだった。僕も反抗しようとしたが、足がガタガタ震えて、それ
を隠すのに必死だった。
 
 シエナさんが店を辞めた後、ユーリア先生は新たな人を雇ったようで、僕はマツコさんと
呼ばれる二十代後半の女性に案内された。
「あなたがタカシさんですか。ユーリア先生からお話は聞いています」
 珍しいものを見るように、マツコさんは僕をジロジロ見つめた。シエナさんよりずっと感じ
の悪い人で、早くこの場から離れたいと思った。

「入りなさいよ」
 カーテンの向こう側からユーリア先生の声が聞こえた。僕は目を閉じて気を高めると、中
へ入った。先生は前回同様、修道院のシスターのような服装をしていた。不敵な笑みで、
今でも毒りんごを持ってきそうなお婆さんのように目が鋭い。
「さっそくお前さんの占いを始めるか。ちょっと待っておくれよ」
 先生はタロット占いを始めようとした。別に僕は占ってほしいわけではない。アミと関係
を断ち切ってほしいと言いに来たのだ。

「あの、アミと関わるのを止めていただけませんか?」
 勇気を振り絞って僕は言った。だが先生は集中しているのか、全く耳を貸さない。そこで
もう一度言ってみた。
「アミと関わるのを止めていただけませんか?彼女苦しんでいるんです」
「………」
 先程と同様、沈黙したまま動かない。彼女は聞いていないのか、それとも集中している
のかわからなかった。これ以上言っても仕方ないので、僕は黙って先生の占いが終わるの
を待つことにした。

「タカシくん、あなた健康に気をつけた方がいいよ。今年大病になると出ている」
「本当ですか?」
 アミのことはすっかり忘れて、僕は大病になるという先生の占いを気にしていた。これは
本当に無意識に引き込まれて、相手にペースを握られていた。先生の説明が終わった後
に、ようやく気付かされる始末だった。おそらくこのようにして、アミは先生にペースを握
られていったのだろう。
「最後に一つ付け加えておくと、他人の事には深く関わらない方が良い。今年と来年は自
分の体を気にしなさいよ」
 他人の事が誰のことを言っているのか、すぐさま理解した。僕は再度、アミに近づかない
ように言った。

「おまえさん、しつこいんだよ。私が誰だかわかって喋っているのか?私を怒らせると、承
知しないよ。黙っているからって調子に乗るんじゃないわよ」
 ついに本性を現した。これが本来のユーリア先生の姿だ。彼女の怒声を耳にしたのか、
マツコさんが飛んできた。
「先生どうされたんですか。何か無礼なことでも?」
「無礼も何も。この男は私の大事な客を侮辱しているんだ。少しはまともな男になったか
と思って迎え入れたが、何も変わっていない」
「僕のことはどうでもいいんです。アミを解放してやってくださいって言っているんです。彼
女、先生のことを怖いとも言っています。どれだけ苦しんでいるか悟ってやってください」
 僕は頭を下げた。しかし先生は聞き入れなかった。それどこか以前にも増して、迫力の
ある表情でこう言った。
「私はいろんな人と関わりがあるんだ。おまえさんなんかどうにもなるんだ。それだけの覚
悟があるのか?」
 もはや脅迫だった。全身が恐怖で震えていた。冷静に考えようとしても、脳がついてこ
ない。僕は身の危険を感じていた。
「冷静になってください、先生。こんな若造に取り乱すなんてどうかしています」
 マツコさんが間に入ってくれたおかげで、先生は少しだけ冷静になった。それでも肩は
怒りで震えていた。僕は動悸が治まらず、ゼイゼイ息をしていた。


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