いまどき


1 :タカ :2007/12/09(日) 01:47:39 ID:PmQHLio4

 思いがけない告白だった。ミス・キャンバスクイーンの彼女からの一言。
「こんな私で良かったら付き合ってくれませんか?」
 人生十九年目にして初めての異性からの告白に舞い上がるほかなかった。これまでの冴
えなかった人生なんてどうでも良くなった。わずかこの一言で世界って見違えるほどに変わ
るものだ。友人は驚いたが祝福してくれた。彼女を紹介した僕の両親も同様だった。金も
無い、そして見違えるほどルックスがいいわけでもない。対して長所の無い僕を選んだ決
定的な理由は何だったのか。無論、彼女に聞けるわけがなかった。

 彼女は自身のことをアミと呼んだ。だから僕も彼女の事をアミと呼んだ。正確にはまだ
アミ本人から名前は教えてもらっていない。確かミス・キャンバスクイーンの時は真理子
という名前だった気がするけど、おそらくそちらの名前が違っているのだろう。本名が知
られたくなくて、仮名を使用したのかもしれないし。
「この後はどうする?今日はタカシ、バイト休みなんでしょう。だったらイタリアン行こうよ」
「イタリアンですか?」
「イタ飯嫌い?嫌だったら私一人でも行くけど」
「何言っているんだよ、もちろんイタリアンで結構です」
「オッケー。だったらさっそく予約しておくね」
 常に持ち歩いているメモ帳を手に、アミは携帯をかける。きっと店の電話番号でも書か
れているのだろう。彼女の用意周到さは頭が下がる。

「問題ない。予約バッチリだよ」
 右手でマルを作ってアミは言った。見事な赤のマニキュアが僕の目を楽しませた。最近
はこういうのが流行っているのか。ファッション雑誌を読みながら僕も勉強しているけど、
まだまだ追いついていかない。アミは僕の服装に文句は言ってないけど、きっと不満に
思っているはず。まだまだ勉強が必要なのだ。
「そのメモ帳分厚いね。それに最新の情報が網羅されているんですか?」
「網羅ってほどではないけど、このメモ帳は財布や携帯よりも大事かもしんない」
「財布や携帯よりも?」
「そんなにビックリしなくていいじゃない。人それぞれ大切なものは違うわけでしょう」
「まあそうだけど」
 アミと付き合うようになって二ヶ月になるけど、確かにメモ帳はいつも肩身離さずに持
っている。一体どんなことが書かれているのが気になる。だけど見るわけにはいかなかっ
た。一度見ようとしてメモ帳を開けた時、アミが大泣きしたからだ。怒られるとは思っても、
泣かれるとは考えもしなかった。

「晩御飯までの空き時間どうする?約二時間あるけど」
「アミに任せるよ」
「だったらちょっとネイルサロン行ってきていいかな。それまでタカシは好きなように過ご
していいからさ」
「着いて行ったらダメなの?」
 アミは大きく頷いた。だったら仕方ない。僕は一人取り残されてしまうことになった。

 大学に残っていた友人を呼び出すと、生協の食堂へ向かった。いつものようにアミの
ことを突っつかれた。
「でもどうしておまえみたいな冴えなかった男に、アミちゃんみたいな可愛い子が付き合
おうと思うんだ。世の中の資本原理からしてこれは間違っている、きっとおまえは恋愛詐
欺に合っているんだ。おい今までいくら騙されたか言ってみろ」
 極端な物言いをするこいつは岡本尚也という。だいだい友人は同じ事を言うが、中で
も尚也は一番過激だ。挨拶代わりにいつも詐欺という言葉を使う。
「騙されてなんかないよ。お金なんて払ったことない」
「おかしいな。きっとこれは何かの間違いだ」
 つい二ヶ月前まで尚也とナンパ生活を送っていた頃が懐かしい。僕ら冴えない男達が街
中で捕まえられる女性なんて皆無だった。絡んできたのはちょっと雰囲気の悪い男性達ば
かりで、僕らは走ってよく逃げていた。

「人生は何が起こるかわからないから、面白いのさ。尚也もチャンスを掴むんだな」
「クッソー。いい気になりやがって」
 親しい友人との時間はあっという間に過ぎる。たわいもない話をして、アミと約束した
時間が近づいてきた。
「これからどこへ行くんだ?」
「アミと食事だよ」
「その後は?」
「知らないよ。まだそこまで決まってないよ」
「ちぇっ、いいよな。本当残された者は残酷だ。神はどうして格差を付けたがるのか。あ
あ残酷だ」
 アミがミス・キャンバスに選ばれた時に喜んだのが彼だったから、こんな事を言われる
のはある意味仕方のないことかもしれない。
「格差は埋められるものさ。尚也、おまえも努力しろ」
「くやしい」
 ちょっと優越な気分に浸りながら、僕はアミの待つイタリアンレストランへ向かった。


2 :タカ :2007/12/16(日) 23:27:44 ID:PmQHLio4

 アミから送られてきたメールを頼りに、問題なく僕は辿り着いた。既にアミは到着して
いて、窓越しに手帳を覗いている姿が見えた。いつもデートの時に目にする光景。今日
に限ってはボールペンを手にメモしていた。
 僕がアミに声を掛けると、慌ててメモをバックにしまった。そんなに僕に見られてはい
けないものなのだろうか。
「忙しいんだね?」
「何が?」
「ほらいつもメモしているじゃない。予定が立て込んでいるのかと思って」
「ううん、そうじゃないのよ。ただメモしていないと不安になるから。私、忘れっぽい性
格でしょう」
 アミの真意はよくわからない。サラリーマンなら当たり前の事でも、大学生である僕ら
がそんなに目を通すことがあるだろうか。

「アミってやっぱり将来はキャビンアテンダントとか、女子アナを目指しているわけ?」
「どうして?」
 アミはパスタを口に運びながら尋ねた。
「だってミス・キャンバスってよく女子アナになっているじゃない。大きな視野で仕事が
したいのかなと思って」
「ねえねえ何か勘違いしているでしょう。ミス・キャンバスって私が応募したわけじゃな
いんだよ。無理やり友人に参加しないかって誘われて出ただけなんだから」
「そうだったんだ」
 初耳だった。てっきり僕は自ら応募したのかと思っていた。だから僕の中でアミは、
目立ちたがりで派手な人物だと性格設定されていた。
「女子アナとかキャビンアテンダントとか華のある職業は、元から才能がある人がやる
ものなのよ。私って地方育ちだからそんなの向かないよ」
「それじゃミス・キャンバスはまだ発展途上のビーナスってことなんだね」
「ビーナスって何よ。彼女をそんな言い方しないでよ。まるで私がタカシにとって遠い存
在みたいじゃない」
 アミは笑いながら言ったが、確かに僕にとってアミは遠い存在であることに変わりは
ない。最初はミス・キャンバスから告白されたという肩書きに惚れて、付き合い始めた
経緯がある。ただそれは最初の一ヶ月あまりだけで、その後僕はアミの人成りや、僕の
ことをどう思っているのかが気になりだした。
 しかし今持って彼女は明確な答えを出してくれていない。それは僕も同じであるかも
しれない。

「本当に僕でいいの?」
 野菜サラダを食べていたアミの手が止まった。
「何を言っているの?」
「アミは僕と付き合っていて楽しいかなってふと思うことがあるんだ」
「楽しいよ、十分に」
 笑みを浮かべながらアミは言った。それ以上、僕は何も言えない。踏み込めそうで踏
み込めない。届けそうで届かない。これが恋愛なんだろうか。とにかく僕はもどかしい日
々を送っていた。


3 :タカ :2007/12/25(火) 18:21:42 ID:PmQHLio4

恋愛相談のつもりが……

 ミス・キャンバスの友人は派手で大金持ちかと思っていたけど、そうではなかった。アミ
の友人は僕の思い描いた姿とは程遠い姿で現れた。
 彼女はアミの古くからの友人で、エツと言った。彼女は僕らの会話でもよく登場する人
物で、アミの話から随分サバサバとした印象を持っていた。こよなく格闘技を愛し、試合
会場に行くと、大勢の男性客に混じって大声で応援するとは聞いていた。それでも普段
はおしとやかで、お嬢様っぽい格好をしているのだろうと思っていたのだが、思惑は見事
に外れた。
「何じろじろ見てんのよ。今日はアミのことで相談したくて私を呼んだんでしょう」
「ああ、そうです」
 エツは眼に力強さがあって、思わずこちらが吸い込まれそうな迫力があった。
「あなた、本当にアミの彼氏だよね?」
「ええ、そのとおりです」
「何か頼りないよね。どうしてこんなひょろりとしたモヤシみたない奴を選んだんだろう。
一応アミはミス・キャンバスなのに」
 ムカつくことを言われたが、ここはぐっとこらえなければ男ではない。僕は感情を抑え、
近くの喫茶店に入った。

「実は私もあなたに会いたかったのよ。本当にアミにとってふさわしい男性かどうか」
 彼女はさっきから挑発的だ。僕とアミを別れさせたい魂胆が見え見えだ。大学で会った
時は随分穏やかな様子だったのに、この急変ぶりはかなりの衝撃だ。
「ふさわしくなかったらどうするつもりなんですか?」
 恐る恐る尋ねてみた、すると彼女はこう答えた。
「強くなってもらうか、別れてもらうしかない。二者択一。随分シンプルでしょう」
「それはあなたが決めることではないでしょう。アミ本人が決めることですから」
「アミは決めれないわ」
「何を言っているんですか?部外者のあなたに何がわかるんですか?」
 つい乱暴な言葉を使ってしまったが、彼女は落ち着いていた。注文したレモンティーを
飲むと、ふっと深呼吸した。キャンバスの庭で見たあの穏やかな表情に戻った気がした。

「きっとあなた悩んでいるんじゃない?アミのことがどんな人なのか具体的に掴めなくて。
だから私に会いに来たんでしょう」
「その通りです」
「やっぱり。今のアミは誰が見てもわかり辛いだろうな。それでも彼女はミス・キャンバス
クイーンなんだからね。あなたもその肩書きに惚れたんでしょう?」
 否定するつもりだったが、思わず首を縦に振ってしまった。
「正直な人ね。だったらあなたがふさわしい人物かどうかやっぱり私が見極めなきゃいけ
ない。それはお互いの為に必要なことだから」
「失礼ですけど、さっきから随分僕に挑発的でないですか?」
「それがいけない?」
「いけないって……」
 アミの保護者気取りになっているこの女性を理解できなかった。僕はただ相談に乗って
欲しいだけなのに。
「アミは今、判断力に欠けているの。だから私が助けてあげなきゃいけないのよ。そしてそ
の役目をあなたが果たせるかどうかを、私は見ているのよ」
「もう我慢できない。あなたの言っている事はアミに対しても、僕に対しても失礼なことば
かりです。あなたに相談に乗ってもらいたいと思ってここに来ましたけど、もう結構です。
自分で解決して見せます」
 限界だった。こんな非礼づくしの人物と話してはいられない。僕が喫茶店を後にしよう
とすると、ジャンバーの裾を彼女に引っ張られた。
「一言だけ言わせて。アミはあなたのことを本当に愛していない。だけどアミはあなたの
ことを必要としているの」
「何を言っているんですか?その口何とかした方がいいですよ」
 僕は小銭をパンと叩きつけると、喫茶店を後にした。怒りで肩は震え、僕は冷静さを完
全に失っていた。


4 :タカ :2008/01/06(日) 02:52:51 ID:PmQHLio4

占い

 「アミは本当に愛していない。だけど彼女は僕のことを必要としている」

 エツの言ったこの一言が僕の頭の中をぐるぐるかけ回っていた。エツは間違いなくアミ
の何かを知っているはずだ。それが何なのかを知ることが出来れば、本当の彼女に辿り
着けそうな気がしていた。

「タカシ、これあげる?」
 カバンの中から出てきたのは一冊の占いの本だった。巷で大流行している某有名占い
師のものだ。
「これ僕にくれるの?」
 アミは大きく頷いた。僕はそんな不幸な男に見えるだろうか。確かにこれまで幸運に恵
まれた人生とは言い難いけど、後悔しない人生は送っているはずだ。
「今渋い顔したね。タカシって占い嫌い?」
「どちかと言えば興味がない方かな」
「あっ、そう」
 アミが暗く沈んだ表情を見せたので、僕は慌ててフォローした。
「朝の情報番組にある占いとか気になるな。良いとうれしいものだよね」
「そうでしょう。良かった、占いに全く興味が無い人じゃなくて」
 アミに断定されて、僕は占いに興味ある人になってしまった。まあそんなことはどうでも
いいのだけど、アミが占いにはまっているのは意外だった。

「私はこの先生の本を信じているわけではないんだ。だけどこれは占いの登竜門だからね。
一度読んでみてよ。ちゃんとタカシの誕生日に当てはまるものを買ってきたから」
 僕はパラパラと本をめくってみた。聞き慣れない言葉がいっぱい並んでいたが、内容は
大変興味深いものだった。
「なかなか面白いでしょう。多くの男性は興味が無いとか、オレはそんなものは信じないと
か突っぱねるけど、そんなことはないのよ」
 本によれば今年は幸運な年らしい。特に金銭運や恋愛運は絶好調と書かれている。
「この本の通りになれば、今年は大金持ちになれるね。どれだけ稼げるんだろう」
「そうなるといいね」
 満足そうにアミは笑顔を浮かべたが、僕はその中に何か冷たいものを感じた。エツが言
っていた愛していないと意味が、内包されている気がする。

「タカシと出会ったのも占いのおかげなんだよ。あなたの理想のタイプはこうだって先生か
ら導いてもらって、その通りに出会えたんだから。信じて良かったって思っている」
 校門で待ち伏せされて告白された時は、本当に驚いた。あの時はただアミから告白され
たことに感激して、後先のことは全く考えていなかった。ただ与えられた春を謳歌したかっ
たのだ。僕だって彼女は欲しいに決まっている。この年頃ならなおさらだ。
 だけど最近のアミを見ていて、どうも違和感を感じずにはいられなくなった。何がそう掻き
立てるのか、はっきりとした根拠はない。彼女の醸し出す空気や表情が、僕をそう思わせる
のだ。幸せではあるが、まだ完全にはなりきっていない、そういう不安が常にあった。

「尊敬できる人なんだ?」
「先生が学校の先生ではないから、またそれとは違うかな。何て言ったらいいんだろう。難し
いけど、伝道師って感じかな。ほらずっと昔中国にいた孔子みたいな。タカシも先生と会った
らきっとわかると思うよ」
 憧れの眼差しでアミは語った。表情からして心酔している様子が伺える。
「いつからその先生とは知り合ったの?」
「高三の秋くらいかな。ちょうどその頃進路で悩んでいて、たまたま友人に誘われて先生の所
に行ったのね。そしたら私の悩みをズバッと当ててくれて、相談に乗ってもらったの。付き合い
はそれからかな」
 メモ帳に細かく書かれているのは、その先生からの言い伝えなのだろうか。毎日服装の色を
決めてバッチリしてくるのも、先生の影響か。考えれば考えるほど、その先生に会いたくなって
くる。
「いつか会ってみたいな、その先生と」
「いいよ。機会があれば会わせてあげる」
「約束だよ」
 導かれるってどんな気分なのだろう。僕はその先生と話がしたくなった。


5 :タカ :2008/01/09(水) 02:09:02 ID:PmQHLio4

衝撃事実

 無礼な振る舞いをしたエツとまた会いたくなった。別に彼女のことを許したわけではない。
あくまでアミについて話を聞きたかったからだ。恋人でもない、しかし女友達はいない。そん
な僕が話せるのは彼女しかいなかった。
 断られるかと思いきや、エツは気軽に応じてくれた。しかし態度は相変わらず大きかった。

「今度は何の相談?もしかしてアミが別れ話を持ちかけてきたとか?」
「違います。今日はアミが占いにはまっていることについて尋ねに来ました」
 頭は常にクールでというのが今日のテーマ。これくらいのことでは怒ってはならない。
「アミから占いの話を聞いたんだ?」
「そうです。口ぶりからして相当熱を帯びているみたいで。こんな本まで貰ってしまいました」
「ああその本私ももらったよ。だけど私、この占い師あんまり好きではないから、誰かにあげ
ちゃった」
 笑いながらエツは言った。きっと彼女は占いなんて信じないのだろう。
「アミが占いにハマっていること、キミも知っているようだね」
「もちろん。最近のアミは占いだけを頼りに、生きているみたいなものだからね。アミからあ
のセンセイを取ったら、何が残るのだろう。それくらい言ってもいいくらい、アミははまっている」
「そんなにすごいセンセイなの?」
「さあ私にはよくわからないけど。一度会ったことあるけど、私にはただのおばちゃんにしか
見えなかったけど」
「おばちゃんってことはないでしょう。きっとカリスマ占い師なんでしょう?」
「カリスマなのかな。ただ女性雑誌に少し紹介されただけなのにね。でも気は確かにあるか
な。人を圧倒する何かを持っているかもしれない。彼女の前だとさすがの私も、ちょっとフラ
ついたから。ほら例えば空手で気を倒すという大技があるじゃない。あれによく似ているか
な。パワフルなおばちゃんよ」
「気で倒されるか……」
「空手占い師って感じ?」
 ニヤッとエツは笑った。

ここで大きな不安感が僕を襲ってきた。それはアミがなぜ僕を選んだかということ。彼女
はその理由を優しそうな目をしていただとか、テニスをしている姿が良かったとか言ってく
れたが、どれも納得いくものではなかった。まわりの友人からは外見で一度も褒められたこ
とがないからだ。むしろ地味男だとか、もっと個性を出せとか言われる始末であった。
 そこで湧き上がってくる疑問が、ズバリエツに尋ねてみたい事だ。

「アミが僕を選んだのはその占い師の助言か何かなんでしょう」
「答えにくい質問ね。いくらド直球の私も、それには答えられない」
「もはや答えているようなものじゃないか」
 僕はその場に膝から崩れ落ちてしまった。容姿や人間性を評価されたわけはない。ただ
一人の老婆に僕が運命の人だと導かれただけなのだ。
「もっと早くに気付いていたなのかと思っていた。でも良かったじゃない。詐欺に遭わなく
てさ。本来なら結婚詐欺だよ。あなたとアミが付き合うなんて」
「納得いかない……」
「あなたもアミのことを心の底から愛していたわけでしょう。ただミス・キャンバスの肩書き
に満足していただけでしょう。外見だけに惚れていたんだから、あなたも同等よ」
 痛烈な批判も僕の耳には全く届かなかった。


6 :タカ :2008/01/17(木) 00:05:55 ID:PmQHLio4

 有頂天だった思いは完全にかき消された。あとはアミとの付き合い方をどうしていくか
だ。彼女に気付かれないように付き合うか、それとも男らしく別れるのか簡単に答えの
出る問題ではなさそうだ。エツはこの点について、一貫して付き合ってみればいいじゃな
いと言い続けた。
「別れるのは簡単なんだから。別れ話なんて他の人から何回も聞かされているでしょう。
だったらせっかくの機会なんだから、今の関係を続けてみたらいいじゃない。それにあな
はたまたまミス・キャンバスというアミから告白された。こんなラッキーなことはもう二度と
起きやしないんだから」
 独特の言い回しでエツは話した。これが彼女流の慰め方なんだろう。
「そりゃそうだねと言いたいけど、やっぱり何か引っ掛かるよ。いくら僕が冴えない男でも
納得いかないさ」
「冴えないことはないわよ。あなたがそう思い込み過ぎなんじゃない。相性の良さではな
くて、本当に好きになってもらえるような男性になればいいのよ。あなたにはその素質が
十分あると思うけどな」
 エツはどうしても僕と付き合ってもらいたいようだ。なぜか他の理由でもあるんだろうか。

「どうして僕をアミと付き合せたいの?君が僕の立場だったら、どんな想いがするか考えて
みればよくわかるだろう」
「それは……」
 好調だったエツの舌もさすがに止まった。彼女はそれはとしばらく考え込んだ後、こう話
した。
「アミはつい最近まであれほど占いにハマッていたわけじゃないんだ」
「そうなの?」
「この話、聞きたい?」
「聞きたい、聞きたい」
「ダメだよ。ここまで私が喋ったら、あなたがアミと付き合う意味がなくなるじゃない。あとは
彼女から聞いて」
 優しくエツは微笑んだ。今まで悪魔に見えた彼女が羽を持った天使のように見えた。こん
な顔も持ち合わせるのだ。天使の部分を見せていけば、もっと好かれるのに。
「アミは苦しんでいるってこと?」
「まあ、そういうこと。アミは決して顔や口に出さないけど、心の中は悲鳴を上げている。そ
れを敏感に感じ取ってあげて」
「キミはエツのこと何でも知っているんだね?」
「何でもじゃないわ。だって私は彼女に何もしてあげられていないでしょう。見ての通り、ア
ミは誰かに支配されちゃっているみたい。あの姿を見ていると辛くなる。もしかしたらキミな
ら何とかしてくれそうな気がしたから、こうしてあなたに思いのたけをぶつけたわけ。お願い、
アミを救ってあげて」
 エツは僕に右手を持つと、もう一度お願いねと言った。彼女の瞳の奥からまっすぐな思い
が届いてきた。

 相変わらずアミはメモ帳を手に、昼食を摂っていた。この習性はもはや変えられないらし
く、僕は何も言わなくなっていた。あのメモ帳には占い師から告げられた言葉が書かれてい
るのだろうか。一度目にしたかったが、あの時のアミの悲しげな目を思い出すとそういうわ
けにはいかなかった。
「午後から最悪だ。どうしよう」
 アミは頭を抱え込んだ。何が最悪なのか知らないが、これ先生のお告げなんだろうか。
「最悪も何もまだ何も起こってないじゃない。そんなに心配しなくてもいいんじゃないの」
 するとアミはこう反論した。
「それを言う事自体が最悪。きっとタカシにはいいことは起きないわ」
 お告げは絶対なのか。エツの言ったとおり、これは重症だ。
「昨日の晩から勉強がはかどらないなと思ったの。午後イチでテストなのに最悪だわ。あ
の科目必修だから、絶対に落とせないのに」
 アミはしどろもどろしていた。これだけ不安そうな顔をされたら。食事も喉が通らない。
「ほら自信を持って。アミならきっと大丈夫だよ」
「ダメだよ。やっぱりすごいな。センセイの予感は本当当たっているんだから」
 もはやアミは自身を失っていた。エツの言っていた事はたとえばこういうことなんだろう。
なるほど、これは大変だと僕は思った。


7 :タカ :2008/01/23(水) 01:05:14 ID:PmQHLio4

 教室から出てきたアミは顔が青白くなっていた。結果がどうだったかは歴然だ。僕はこれ
が彼女の実力なのか、センセイによる精神的なものか知りたくなった。それにはあのエツを
も恐れさせたセンセイに会わなくてはいけない。
「ねえこの間言っていた占い師のセンセイの話。あの人と会うことは出来ないのかな?」
「いいけど。突然どうしたの?」
 もちろん本当の理由なんて言えなかった。だから僕は適当に悩み事があると言ってごま
かした。
「それならいいわ。それにセンセイにあなたのことを紹介したかったから。けれど無礼なこ
とはしないでね、そんなことはないと思うけど」
 アミに強く釘を刺された僕はどんなことを相談しようか考えた。無難に将来のことでも
たずねてみようか、それともアミとの未来についてたずねるかあらゆる事を考えた。しか
しそれもすべて無駄なことだった。なぜならセンセイに一方的に尋ねられたからである。

 センセイの仕事?場所は都内の雑居ビルの地下にあった。大学からは地下鉄で三十
分の所にあって、アミが大学ついでに通える距離にあった。こんなオフィス街にあるのか
と思ったが、中へ案内されると雰囲気は一変した。
「ここからは気持ちを切り替えてね。タカシは遊びかもしれないけど、私は真剣なんだか
らね」
 アミの口調はきつかったが、表情は柔らかかった。まるでマッサージを受けているみた
いに思えた。僕はカーテンでしきられた異様な空間に、ただビビッていた。これからどん
なことが起きるのかを考えると、額から汗が吹き出てきた。
「緊張しているね。こういう所初めて?」
 声を掛けたのは若い女性だった。彼女は今にも踊りだしそうな摩訶不思議な服装を
身にまとっていた。これぞ占いの館といった感じだ。

「あっ、シエナさん。今日来られたんですね」
 親しげにアミが言った。そしてこの人は先生の見習いだと教えてくれた。シエナさんは
緊張している僕をほぐしてくれた。
「あなたがタカシくんだ。ふーん」
 僕の顔を見回すシエナさん。何だか照れくさかったが、これも一つの占い方法なのだ
ろうか。
「いい瞳しているね。アミちゃん、この人選んで正解だね」
「そうでしょう」
「外見はしっかりしてなさそうに見えるけど、いざとなったらやるタイプだね。こういう人
は頼りになるんだよ」
 言い方は気に入らなかったが、顔のことはもう多くの人に言われて慣れてしまってい
る。だからシエナさんの言う事には腹が立たない。それに彼女は人を癒す何かを持って
いた。
「さすがユーリア先生の一番弟子ね。ちゃんと見極めている」
 アミは感心していた。この時点で僕らはもうこの店の人達にぐっと心を掴まれてしまっ
ていた。
「ユーリアって誰?」
「言い忘れていた。センセイの名前だよ」
 日本人なのにユーリアとは可笑しかった。けれどもお入りなさいという年配の声がして、
待合室の緊張は一気に高まった。
「タカシはちょっとここで待っていて。センセイと話をしてくるから」
 アミはこう言うと、僕を差し置いて中へ入ってしまった。待合室に一人取り残された僕。
何をしていいのか全くわからない。テーブルに置かれた占い雑誌を手に取ったものの、
全く意味不明だ。時間を持て余していると、そんな僕を見ていたのかシエナさんがやって
来た。

「こういう所初めて?」
「ええ、そうですね」
「それじゃ緊張するよね。ところでタカシくん、キミは占い信じる?」
 占い師に占いを信じると聞かれて、どう答えればいいのだろう。嘘を言っても仕方ない
ので、正直に答えることにした。
「テレビなどで見ることはありますけど、あまり意識はしないですね」
「そうか。あんまり興味はないんだね」
 シエナさんは残念そうに言った。だが百戦錬磨の営業マンのように、彼女はここで引き
下がることはなかった。
「あなたのように興味がないっていう人は結構多いわ。それでもこのような場所に来ると、
占いにハマる人は多いのよ。もしかしたらあなたもその一人になるかもしれないし」
「そうですかね?」
「肩の力を抜いてリラックスして、センセイの話を聞いてね。そして正直に答えること。初
めだから疑い深く見てしまうでしょうけど」
 全くシエナさんの言っている通りだ。僕はセンセイを完全に疑っている。たかが一人の占
い師に体や心のリズムを奪われてしまうなんて、アミはどうかしている。きっと催眠術でも
彼女にかけているのだろう。
「でもどうしてアミはここへ来るようになったんですか?」
「アミちゃん?それはねまあ深い事情があるんだけど、今は言えないな。こればかりはキミ
が彼氏でも話せないんだ」
 アミに一体どんな事情があるのだろう。ここへ来るとアミとシエナさんが結託しているよ
うに思えてならない。考え過ぎかもしれないけど、僕は不安だった。

「お待たせ。タカシ一緒に入って。くれぐれも無礼の無いように」
 アミが部屋から出てきて、僕に入るように促した。心なしか彼女がさらにリラックスして
いるように思えた。
「失礼します」
 職員室ではないのに僕は挨拶をして、中へ入った。想像していた通り、中は真っ暗でセ
ンセイがいると思われる場所だけに赤い蛍光灯のようなものが照らされていた。おそらく
このカーテンの向こうにセンセイはいるのだろう。
「タカシを連れてきました。中に入ります、ユーリア先生」
「入って」
 黒いカーテンの幕が開けられると、そこに老眼鏡をかけたユーリア先生がいた。黒い頭
巾のようなものを被って、西洋の修道院の老シスターを思わせるような服装だ。まるで日
曜礼拝のミサに来たようだった。


8 :タカ :2008/01/31(木) 00:24:43 ID:PmQHLio4

 エツが言っていた通り、センセイに強く見つめられた僕はライオンに睨まれた動物のよ
うに、身動きが取れなくなった。これを威圧感というのだろうか。喉はカラカラになり、思
うように思考が出来ない。ただセンセイとアミの会話を聞くほかなかった。

「いい男性を選んだじゃない。私が言った通りになったでしょう」
「ええ。彼、とても優しくてよく気遣ってくれるんです」
「大事にしてあげてね、タカシくん」
 センセイに微笑みかけられると、ただ首を縦に振るしかなかった。
「何か占ってほしいことでもある?たとえば将来のこととか、二人のこれからの恋愛運だ
とか。何でもいいから言ってごらんなさい」
 固まっていた思考状態がようやく元になった気がする。それでもセンセイに睨みつけら
れているせいか、冷静に考えることができない。何か意地悪な質問でもしてやろうかと思
っていたのに、僕が尋ねたことは全く意図しないことだった。

「僕の前世は何だったんでしょう?」
 横からアミのぷっと笑える声が聞こえた。僕もなぜこんな事を聞いたのか、さっぱりわか
らなかった。けれどもセンセイは僕らの不純な思いを立ち消すかのように、目を閉じて占
い始めた。集中力は相当なものであり、全く話しかける余地はない。前世は何という小学
生のような質問に、センセイは真面目に取り組んだ。そして出た答えとは?

「江戸時代、旗本で飼われていた馬ね。栗色の毛をしていて、見た目はとても立派な馬。
だけど臆病なせいか、武士が乗りこなすには相当大変だったようね。こんなことかしら」
 臆病。当たっているかもしれない。僕はドキッとさせられた。好きな人が出来ても、告白
するどころか、声を掛けることも出来なかった。高校生の多くの知り合いが簡単に話し掛
けるのを見ると、羨ましかった。その他部活動や大学受験だって、もっと積極的に生きて
いれたらどれだけ素晴らしかったことだろう。臆病な性格で随分損をしてきている。

「思い当たるところがあるようね。タカシくんはそんな自分を変えたいと思っている。そう
じゃないかな?」
 僕は大きく頷いた。するとセンセイはある本を取り出すと、淡々と語り始めた。
「運命を変えるには、今付き合っているアミさんとの関係をもっと濃密なものにしなさい。
今のタカシくんは躊躇している部分がある。アミさんの何に不満があるの?もっと心を開
きなさい。そうすれば臆病な性格は改善されていくはずだわ。いい?余計なことは考えな
いのよ。アミさんと一緒にいるだけでいいんだから」
 アミもうんうんと頷き、満足している様子であった。確かに彼女といることで、僕はまわ
りから見られ方も変わってきたし、僕自身も自信をつけた気がする。センセイの言ってい
ることはまんざら悪いことではなさそうだ。

「いつまでも私といてくれるよね?」
 上目遣いで訴えかけられるような視線。多くの男性がきっと憧れているんじゃないだろ
うか。ミス・キャンバスクイーンの称号は伊達じゃない。僕はもちろんと即答していた。

 雑居ビルから都会の喧騒に戻った僕だったが、心が洗われるようで何ともいえない心
地良さにあふれていた。疑った僕が間違っていたんじゃないか。そんな気分にさせられる
と、あのセンセイのことも悪く思わなくなった。何よりセンセイは僕とアミの交際を歓迎し
てくれているのだから。
「顔に良かったって書いてある。センセイの偉大さ、よくわかったでしょう?」
「そうだね。あの人僕の事、ズバズバ言い当てたからね。大したものだよ。だけど旗本の
馬っていうのは納得いかないけどな。せめて将軍家の馬だったら良かったのに」
「虫とかに比べたらいいじゃない」
「まあそうだけど」
 すっかりセンセイのペースに乗せられ僕。そしてアミの手帳にはびっしりと今度の予定
表が書き込まれていた。


9 :タカ :2008/02/05(火) 17:57:41 ID:PmQHLio4

 珍しくエツの方から僕を誘ってきた。知りたいことはセンセイのことだったらしい。僕は
彼女にあの日起こった一部始終を話した。すると彼女は訝しげな表情を見せた。
「あなたが一緒になってユーリア先生に乗せられてどうすんのよ。もっと冷静になってア
ミとセンセイの関係について考えるのが仕事じゃなかったの」
 目くじらをたてて怒るエツが理解出来なかった。僕はこう反論した。
「センセイの話を聞いたけど、悪い人とは思わなかったよ。僕らのことを応援してくれて
いるし、よく理解している人だと思った。それのどこがいけないわけ?」
「キミら甘いよ。あのセンセイに頼っていて、将来いいことがあると思ってんの?」
 僕は大きく頷いた。アミは呆れた様子を見せた。
「占いは悪いとは思わないけど、アミまでいくとそれはもう中毒よ。たとえばタバコやコー
ヒーのような嗜好品は適度ある摂取なら心のケアや安定になっていいけど、度を過ぎると
健康被害に繋がるでしょう。アミはもうその段階なの」
「確かに頼り過ぎている部分はあると思うけど、センセイを否定するのはどうなのかな。キ
ミの話を聞いてセンセイはものすごい悪人だってイメージしたけど、実際はそうでもなかっ
たよ。直接会ってみてよくわかった」
 エツは深い溜息をついた。彼女が強情であることはよく知っているけど、ここまで理解し
てもらえないと話の余地はない。
「あなたなら何とかしてくれると思ったんだけどな。見込み違いだったか」
「センセイをどうも悪役にしたいみたいですね」
「何もそこまで言ってないじゃない。私はある程度センセイに感謝しているわ。だけどあの
人はやり過ぎなの。アミの一週間のスケジュールまで決めるなんてどうかしている。あれは
したほうがいい、これは止めたほうがいいなんてどうかしている。そこまで決める権利はな
いと思うの」
 激論になるのを見越して、僕らは防音にはピッタリなカラオケボックスにやって来ていた。
それでもエツの声は非常に大きくて、外まで漏れそうなくらいだった。

「確かにそうかもしれないけど。アミの行動を追いかけていると悲しくなってくる。止めてあ
げたいと思う自分がいるけど、なかなか出来ないんだ」
 エツも同様に頷いた。そして私もそれは出来ないのだと答えた。
「今の姿は私には信じられない光景なの。だってアミはすべて何でも自分で決めて行動す
る人だったから。私を含めて他の友人達は彼女の決められた通りに動いていたんだから。
素敵なブティックやお店を見つけてきて、私をよく感心させた。それなのに今は……」
「あることをきっかけにアミは変わったんだね?」
 アミは大きく頷いた。それから占い依存症は始まったらしい。

「アミにはこの春まで長く付き合っていた男性がいたの。同じ高校の同級生で名前はノブ
だったかな。直接会った事はなくて、偶然見かけた事が何度かあっただけなんだけど、彼
は背が高くてスラリとした印象だった。白い歯が眩しくて爽やかな少年だったような気が
する」
 一つ一つ記憶を紐解くように、エツは答えた。
「その彼と何かあったのは間違いないの。ノブと別れてからアミはあんな風になったから。
アミはそのことを詳しく話してくれてはいない。それはまわりの友人も同じ。彼女にとって
は思い出したくない忌まわしい過去なのかもしれない。そしてその事実を知っているのは
おそらくあのセンセイだけ」
「センセイに尋ねたら何かわかるってことだよね?」
「でも教えてくれないよ、きっと」
「どうして?」
「だって教えたら商売にならなくなるじゃない。占い師だって仕事なんだから」
 非常にシビアな考えだが、確かにそうである。お得意様を簡単に投げ捨てる人なんて
いないだろう。
「占い師のすべてが悪い人だとは思わないよ。誰だって不安だし何かに依存したくなる時
はある。こんな私だって誰かにすべて任せたいって思うことがあるもの」
 いつも強気なエツが漏らした弱気な部分。何だかとてもキュートに思えた。


10 :タカ :2008/02/13(水) 04:05:09 ID:PmQHLio4

 このまま偽装彼氏であり続けるわけにはいかない。こんな僕だって意地がある。何とか
センセイのまやかしではなく、アミから本物の男として認められたい。それにはどうすれば
良いのか。僕は一晩ベッドで考えた挙句、単独であのセンセイに会ってみることにした。

占いの館に来たのはついこの間のことであるのに、今日は別の緊張感がある。地下へ
続く階段を下りる時も胸はどくんどくんと高鳴っていた。一歩一歩が重く感じられ、このま
ま諦めて引き返そうかと思えてくる。ようやく重い扉を開くと、そこにはシエナさんが立って
いた。

「あら今日は一人なの?アミちゃんはどうした」
 僕が黙っていると、シエナさんはこう言った。
「ははん、果たしてアミさんと喧嘩でもしたんでしょう。どうすればいいのかわからなくな
って、ユーリア先生に相談に来たのね」
 的外れなシエナさんの解釈だったが、事情を説明するのも面倒くさかったので、僕はそ
うだと答えた。するとシエナさんは奥にあるセンセイの部屋に入っていった。しばらく時間
を費やしたが、彼女は出てくるなり手招きして入るように促した。
 全身から汗があふれ出してきた。果たしてあのユーリア先生独特の威圧感に耐えるこ
とが出来るだろうか。リングに上がる格闘選手のように、僕は頬を二、三度叩いた。

 失礼しますと挨拶すると、ユーリア先生は机に置かれた本を見ながら何か調べ事をし
ているようだった。この間と同じ黒い修道服を着ている彼女。なるべく目を合わさないよ
うにして、僕はソファに腰掛けた。
「彼女と何かあったの?」
 乾いた声が僕の耳に届く。センセイはまだ調べ物を続けていた。
「いえ、アミと何かあったわけではありません。本日はあなたにぜひ聞きたいことがあっ
て、伺わせていただきました」
 作業していた手を止めると、彼女はぎょろりと僕を睨みつけた。体全体に寒気が走っ
た。明らかに試合前の睨み合いでは敗北だ。
「それで聞きたいことは何?具体的に簡潔に話してね。こう見えても私忙しいんだから」
「はい。それでは話させていただきます。センセイはアミが以前付き合っていた男性をご
存知ですか?」
「ええ、知っているわよ」
 再び作業を始めたセンセイ。僕の事にはあんまり関心がないように思える。けれども気
にすることなく、僕は話を続けた。
「ぜひその男性について話を伺いたいんです。アミはその男性と別れて変わったのだと彼
女の友人から教えられました。アミと男性と何があったのを話していただきたんです」
 オーラに飲み込まれそうになるのを必死に耐えながら、僕は伝えたい事をすべて話した。

「残念だけどそれに答えることは出来ないわ。依頼者からの個人情報を伝えることはどう
いうことかあなたにも理解できるでしょう。私達は依頼者との信頼関係によって成り立っ
ているわけ。それを第三者のあなたに教えるわけにはいかないでしょう」
 エツが言っていた通り、きっぱりと断られた。
「それは承知していますが、アミと関わるものとしてぜひ知っておきたいんです」
「しつこいわね。だから教えられないって言っているじゃない。シエナ、シエナ」
 センセイは大声でシエナさんを呼びつけた。すると彼女はすぐに駆けつけた。
「このお客様が私の仕事を妨害しようとしているの。料金は頂かなくてもいいから、帰し
て差し上げて」
「妨害?そんなつもりでは……」
「はい、かしこまりました」
 シエナさんは僕の元へやって来ると、僕の右腕を掴んだ。女性とは思えない力強さがあ
り、僕は彼女の成すがままに強制的に退去させられた。
「あなたみたいな客がたまにいるから困るのよね。先生の言っていた通り、個人情報を教
えることはご法度なの。私は占い師であり、そしてあなたみたいな危険人物を追い返す役
目も担っているわけ」
 つまみ出されるようにして、僕は占いの館から追い出された。この数分に起きた出来事
が、随分長く感じられた。僕の体は未だブルブルと震えていた。

 翌朝、一件の素っ気無いメールが送られてきた。アミからのものだった。内容は次のよう
なものだった。
(おはよう。どうして私に許可を取ることなく、ユーリア先生と会ったのですか?私はもうあ
なたを信頼することが出来なくなりました。短い間だったけど、とても楽しかったよ。今日か
らは大学で会っても、私に声を掛けたり連絡することはやめてください)

 センセイによって結ばれた僕らは、同じくセンセイによって離された。ある意味これは必
然なことだったのかもしれない。僕はここで手を引くことも容易に出来たのが、それを容
認することは出来なかった。


11 :タカ :2008/02/21(木) 20:47:52 ID:PmQHLio4

 朝イチの講義が行われている教室の前で、アミが出て来るのを待っていた。今朝送られ
てきたメールに目をやりながら、一晩で変わってしまった自分の立場を考えていた。これは
失恋したのか、それとも引き離されてしまったのか、一体どっちなんだろう。そもそも僕らは
付き合っていたんだろうか。様々な思いが駆け巡っていると、やがてチャイムが鳴り講義を
終えた学生達がワイワイ言いながら出てきた。

 アミの傍にはエツが寄り添っていた。彼女は僕を見つけると、手招きしてこちらに来るよ
うに誘導してくれた。きっと僕がフラれたことをエツも知っているのだろう。
「メールだけって言うのは何だしちゃんと話したほうがいいよ、アミ」
「話すことはないんだってば。この人は私の言う事を無視して、勝手にセンセイの所へ言っ
たんだよ。それが立派な理由じゃない」
 この人呼ばわりに少なからず動揺した。僕はもうただの人なのだと。
「本当にそれが理由なの?」
「ええ、その通りよ」
「センセイから『別れろ』って言われたから、別れたんじゃないんだね?」
 アミの態度が少しだけ変わった。やはりそうであるみたいだ。
「確かに相談に言ったけど、最終的に決めたのは私よ」
「センセイの所に行った時点で、こうなることは覚悟していた。いつまでも偽装彼氏であ
り続けるのは嫌だったからね」
「偽装彼氏ってどういうことよ?私はそんなつもりじゃ……」
「偽装カップルじゃない」
 沈黙を破ってエツが中に入ってきた。
「えっ、どうして……もしかしてあなた達?」
「そんなことはどうでもいいわ。アミ、あなたどうかしている」
 アミはエツの急変ぶりに動揺していた。味方だったはずの親友が、ものすごい形相で
彼女を見つめていた。

「信じられない。あなた達手を取り合って、私とユーリア先生を陥れようとしているのね」
「そんなつもりじゃ……」
 アミとエツの仲までも切り裂かれるような展開に、僕はハラハラしていた。
「陥れようとしているのはユーリア先生の方よ。あなたは既にマインドコントロールされ
てしまっているのよ」
「私が支配されているとでも言うの?私は物事をちゃんと自分で判断しているわ。よって
たかってあなた達は私を陥れたいのね。だったらもういいわ。エツ、あなたとも今日まで
ね。長い間私と一緒にいてくれてありがとう」
 アミはぷいと体を傾けると、体を大きく動かしながら階段を下りていった。エツは興奮
しているのか、肩でぜいぜい息をしていた。まるで全速力で短距離走を終えたばかりの
ランナーのようだ。僕がアミを追いかけようとすると、エツが制止した。
「私達が出来るのはここまでよ。あとは他の人に委ねるしかない」

 いつもの喫茶店に入って今後の対策を決めるのかと思いきや、エツは突然泣き始め
た。
「あれが私達の限界だね。アミの気持ちがすべてあの占い師に持っていかれてしまった。
本当悔しい」
「持っていかれたんじゃないよ。アミは今弱っているだけだと思うよ」
「えっ?」
「彼女見ていて何となくそう思うんだ。弱っている体や心に、あのセンセイがつけこんで
いる感じに思える。本当はいい支えになってあげなくちゃいけないのにね」
 僕の言葉を素直にエツは受け入れた。いつもは反論してばかりなのに、今日はかなり
大人しい。
「そうだとしたら一体誰がアミの心を踏みつけたのかってことだよね。それがわかれば、
何か一歩前に進めるかもしれない」
「ノブさんね」
 高校の時に付き合っていたノブという存在。彼がアミに何らかの影響を持っているに
違いない。彼と会うことが出来れば、何か手がかりが掴めるかもしれない。

「ねえ、これ以上アミと関わり続けてもいいの?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「だってあなたはフリーになったわけだから。あんな厄介な女性と関わらなくたって、世
の中にはもっといい子がいるじゃない」
 僕は首を横に振って否定した。
「僕はまだ本来の彼女を知ったわけじゃない。スケジュール帳にびっしり書かれた計画
表に沿って行動している彼女を見ただけでしょう。これで降りるのはどうかと思うし」
 ふーんとエツは答えた。そして確かにその通りだと言った。
「それじゃ元彼のノブくんを二人で探し出しましょうか。彼ならアミを変えられる力を持
っているかもしれない」
 僕とエツの二人はアミが高校の時に通っていた街を中心に、聞き込み調査をするこ
とにした。早く彼女が元の表情に戻れることを願って。


12 :タカ :2008/02/26(火) 02:28:37 ID:PmQHLio4

 早くもアミは次の彼氏を見つけた。その相手に僕は驚かされた。何とこの間まで僕ら
の交際を羨んできた岡本尚也であった。これは占い師の策略なのか、それともアミの当て
付けかはわからなかった。
 ミス・キャンバスの彼女を得た尚也は意気揚々だった。
「人生って何が起こるかわからないものだな。おまえの言っていた通りだよ」
「そりゃ良かった。でも忠告しておくけど、あの子と付き合っていくのは並大抵なことじ
ゃないぞ」
「ああ、わかっているよ。何ていったってミス・キャンバスだからな。いろんな男が寄り
かかってくるだろうから、オレも出来るだけの努力はするよ」
 尚也は僕が言いたい事を勘違いしていた。
「ところで占い師の女性と会ったことある?」
 占い師と言ったところで、浮ついていた尚也の表情が強張ったように見えた。
「いや会ったことないけど。占い師って何だよ」
「知らなきゃ別にいいんだ」
 アミからユーリア先生のことを口止めされているのだろうか。それとも僕がああいう
行動を取ったことが原因で、絶対会わさないようにしているのかわからなかった。

「実はアミからおまえと会わないように言われているんだ。交際条件の一つとして、
固く約束されているんだ。悪いけどおまえと会うのは今日で最後だ」
 俯いて話す尚也だったが、僕は理解を示した。
「女が出来たんだから、ナンパ仲間とは卒業だよな。色々あったけど楽しかったよ。ア
ミのことよろしくな」
「悪いな。それじゃアミが待っているから、これで行くよ」
 学生食堂から出て行く彼はどこか弾んでいる様子だった。後ろ姿を見つめながら、
僕はふうっと溜息をついた。

 聞き込み調査でわかったことは、ノブとアミが非常に仲の良いカップルだったという
ことであった。地元の知り合いの人々は今でも二人が仲良く交際していると思い込ん
でいた。それはエツの調査でも同じことだった。
「二人は部活も一緒だし、通っていた塾も同じ。つまり授業以外ではほぼ同じ時間を共
有していたことになる。私だったら息が詰まりそうだけどな」
 自らの恋愛経験を照らし合わせるかのように、エツは言った。エツも僕から見れば十分
イケている。今、彼氏はいないんだろうか。
「僕はそういうのに憧れていたけど。高校って恋愛だったら恋愛だけに没頭できるじゃな
い。もちろん勉強は大切だけどさ」
「モテない男子はそう言うね。タカシもその部類だったのね」
「もちろん」
 エツはフフフと笑った。彼女と話しているだけで、僕は十分満足に思えてきた。別に彼
女でも友達でもないけど、何かイイ。アミにはないエレガントさが彼女にはある。

「高校まで仲良かったカップルが切り裂かれる一つの理由が、互いの進路よね。こればか
りは人生だから、どうしようもない。きっと卒業式のあとに何か二人の間で起こったんだ
ろうね。それを引きずってアミは生きているような感じがする」
 エツの口ぶりから彼女も同じ体験を持っている気がした。確かに僕の高校の時の部活
の知り合いで、互いが遠距離になって別れたと話を聞いたことがある。
「でもそれはどこでもあるような話だよね。それだけだったらアミはキミに、もう話してい
るんじゃないかな。きっと僕らには話せない、相当深い事情があった気がする」
「ノブさんを探し出すのが一番早い近道かもしれない。もっと聞き込みして、彼に話を聞
いてみよう」
 
ノブという男性について僕らは聞き込み調査を行ったが、彼の行方は手掛かりが掴め
なかった。まるで地元から忽然と消え去ったかのように、一度もここには戻って来ていな
いという。そして驚くべくことに、ノブのご両親もこの町から姿を消していたことだ。彼の
家は資産家で大きな土地を所有していたそうだが、これらをすべて売って他の街へ引っ
越したそうだ。彼らがこの街に居づらくなった事情でもあるのだろうか。すべては謎だら
けだった。
「私達が調べられるのはここまでかもしれないわね」
 アミは深く溜息をついた。ノブさんと会えることを期待していたのだろう。僕も同じだ
った。彼がこの街にいたら、アミの笑顔も取り戻せたかもしれないのに。
「あとはユーリア先生か、アミ本人から聞くしかないね」
「尚也くんはどうかしら?」
「ダメだと思うよ。あいつ、アミに惚れこんでるから。連絡取らないと宣言してから何度
か電話してみたけど、全く取り合ってくれない」
 僕らは先程よりもさらに溜息を深くついた。
「あっ、そうだ。あの人なら僕らの話を聞いてくれるかもしれない。かすかな望みだけど、
きっと理解してくれるんじゃないかな」
「誰よ、早く教えてよ」
 僕が思い浮かべたのはユーリア先生の弟子、シエナさんだった。


13 :タカ :2008/03/05(水) 20:33:36 ID:PmQHLio4

 断られるのを覚悟して、僕は店の前でシエナさんが出勤してくるのを待っていた。やが
て彼女は落ち着いた私服姿で現れた。仕事の姿とは随分違っていて、僕はシエナさんが
声を掛けるまでわからなかった。

「あなたもしつこいわね。今朝は何の用かしら?」
「用件はこの間と同じです。ユーリア先生がダメなら、シエナさんならと思って」
「私が話せると思う?仮にもユーリア先生の弟子よ」
 両手をさすりながらシエナさんは言った。彼女の様子から可能性はあると僕は見た。
「ユーリア先生の弟子なら、ユーリア先生がアミに対して行っている行為を疑問だと思った
ことはないんですか?」
「どういうこと?」
「明らかにユーリア先生はやり過ぎです。おかげでアミは先生にあらゆることを依存する
ようになってしまった。その例が僕が見たスケジュール帳です。びっしり一日の予定が書
かれていたんです」
 驚いた様子で僕の顔をシエナさんは見た。
「これって異常だと思いませんか。彼女を追い込んだ理由が何であるのか、知りたいと
考えるのは自然なことです」
 僕がシエナさんの目をじっと見つめて訴えたせいか、彼女は話に耳を傾けてくれるよう
になった。
「確かに週に一度、必ずアミちゃんはやって来る。わざわざ一週間の予定を決めに来てい
るとは思わなかった」
「シエナさん知らなかったんですか?」
「ええ、まあ」
 頭の中で何かを整理しているようで、シエナさんはしばらく黙っていた。僕もそれをドキ
ドキしながら見守った。
「悪いけどやっぱりアミさんのことを教えることは出来ないわ。今の私の立場を理解して」
 毅然とした凛々しい顔立ちで、シエナさんは言った。
「けれどもあなたの誠意に免じて、一つだけ教えてあげる。アミさんはすべてを失ったの」
 シエナさんは意味深な言葉を残して、店の中へ消えていった。

 すべてを失ったというシエナさんの言葉は、ある一つのキーワードを連想させた。それ
は僕もエツも同じ見解であった。言うまでもなく、それは恋人の死。

「ノブくん、死んじゃったんだ」
 カップを持つエツの手はブルブルと震えていた。次の瞬間、床に乾いた音が響いた。
店内にいた数十人の客達が、いっせいにこちらを向いた。慌てて店員が飛んできた。
「大丈夫ですか、お客様」
 動揺していてエツは答えられなかった。僕も同じ気持ちだったけど、先に事実を知って
いた分、いくばくかは冷静に対応することが出来た。
「申し訳ないです。カップ代は弁償しますんで」
「いえいえ結構ですよ。お客様、この店をよく利用していだたいているんで」
 僕はアミのことで何回もこの店を訪れるようになっていた。おかげでここの店員とは既
に顔馴染みだ。だから許してくれたのだろう。
「代わりの紅茶持ってきますね」
 店員さんはきっと僕らを恋人同士だと勘違いしている。エツがカップを落としたのは、
僕が何かひどいことでも言ったのだと理解したのだろう。店員さんの笑顔が引きつって
いたのはそのせいだ。

「アミの時間は止まったままなんだよ。何とか人を頼って歩を進めようとしたけど、頼った
相手が悪かったね」
 エツは一点を見つめたまま、何も答えない。彼女がこの調子だと、どうにもならない。
「これで涙を拭って。キミが泣いていたら、アミは立ち直れないじゃないか」
 僕はハンカチを渡した。アミはそれで涙を拭うと、店員さんが再度運んでくれた紅茶を、
一杯飲んだ。
「そうね。そうなんだけど思わずアミの哀しい感情が、私に乗り移ったみたいで泣いてし
まったの。アミは今苦しんでいるわ。早く何とかしてあげなきゃ」
 このまま放っていくわけにいかなかった。僕とエツはまずアミを、あの占い師との関係
を断つことを目標においた。

 校門でアミの恋人尚也を待った。アミが口を利いてくれない以上、彼に協力を求める
ほかない。
 今日は幸いにもアミと一緒ではなく、彼は一人で校門から出てきた。僕とエツを見つ
けるやいなや、彼は早歩きで逃げようとした。
「なあ頼むから逃げないでくれよ。尚也に話したいことがあるんだ」
「ダメだ。アミから絶対口を利くなって言われているんだから。もし見かけたら絶交だっ
て言われているんだ」
 尚也は足が速くないことは知っていた。僕は駅まで彼をしつこく追いかけると、駅のロ
ータリーの前で立ち止まった。
「一体何なんだよ。オレとアミの仲を引き裂きたいのか」
「そうじゃないよ。ぜひ協力してもらいたいことがあるんだ」
 後から追いかけてきたエツが息を切らしながら、尚也の前に立った。
「あなたは今、アミの幻と付き合っているだけ。あなたも見たでしょう、スケジュール帳を」
「・・・・・・」
「別に私はアミとの仲を引き裂こうとしているわけじゃない。早くアミに元の姿を取り戻し
てもらいたいだけなの」
 切実に訴えるエツの姿に、尚也はこう答えた。
「どうすればいいんだよ」
 渋そうな様子だったが、尚也は同意してくれた。


14 :タカ :2008/03/11(火) 22:25:23 ID:PmQHLio4

 ハンバーガーのファーストフード店で、尚也は今まで言えなかった事を洗いざらい話し
てくれた。およそ僕が抱いた感情と同じであった。
「アミはユーリア先生の言う事だけが、すべてだと思っている。普段の勉強や生活から、
男性の好みまで決められてしまっている。まるでユーリア先生のロボットみたいだよ」
「昔はロボットじゃなかったんだけど……」
 元恋人ノブの死が、アミの一部ではなくすべてを変えてしまったようだ。それほどの衝
撃を僕らに変えることなんてできるのだろうか。この事実を尚也にも伝えた。
「えっ、嘘」
 尚也は絶句した。しばらく事実を受け入れらない感じであった。

「アミが過去の話をしたがらない理由がよくわかったよ。彼女はこれからどうするだとか、
将来の夢は何なのだとか現在進行形か、未来の話しかしないんだ。やっぱり何かあるだ
ろうと思っていたけど、そんなことがあったとは」
「将来の夢や未来の事も今はユーリア先生任せだろう。つまりアミは今思考停止状態っ
てことだ」
「思考停止状態?」
「ああ」
 話はそこで途切れて、自然と僕らは思い思いにアミについて考えた。まわりで女子高
生が楽しそうに、手帳のプリクラを交換していた。

 翌日僕はエツと校門の前で、アミが登校してくるのを待った。アミに謝罪する為だった。
これは尚也が提案したものだった。強気なエツは反対したけど、僕が説得した。

「アミが謝るべきなのに、どうして私が……」
「現状理解してあげてよ。今まで散々迷惑かけてきたんでしょう」
「それどういうこと?私がアミに何かしたとでも言うの?」
「その反抗的な態度が良くないっていうの。だから男が近寄って来ないんだよ」
「おまえに言われたくない」
 僕の服を引っ張ろうとするエツ。そこへ横を向いたアミがやってきた。

「二人が謝りたいってしつこく言うから、ここへキミを連れてきた。親友なんだろう、許
してあげてくれないか」
 アミはしばらく目を合わそうとしなかった。怒っているというより、僕らを避けている
感じだった。
「今まで勝手なことを言って申し訳ありませんでした。これからユーリア先生の事は悪
く言いませんので、許してもらえませんか?」
 エツが抵抗したので、アミの頭を右手で強引に下げさせた。僕らの誠意が通じるか、
果たしてアミの判断は?

「いいわ、許してあげる」
 小さな細々とした声でエツは言った。そして最後まで僕らに目を合わすことなく、校
舎へ入っていった。
「何よあの態度。心配したこっちがどうかしていたわ」
「そう興奮しないで。昼食にアミが来てくれなくなるじゃないか」
 昨日の打ち合わせでアミが許してくれたのなら、尚也が昼食に彼女を連れて来てく
ることになっていた。ここが勝負なのにエツがこんな態度では、先が思いやられる。
「約束してよ。昼食は淑女にね。ほんの三十分でいいんだから」
 授業開始のチャイムが鳴ると、慌てて僕はエツと別れた。

 アミは僕らと昼食を食べる事を最後まで抵抗していた。それはもちろんユーリアの僕ら
と会ってはいけないという言付だった。それに反したらどうなるのか、アミは恐れていた
ようだ。それでも尚也は必死に説得してくれて、アミを食堂に連れて来ることに成功した。

「私をどうするつもり?」
「どうもしないよ。ただ一緒に食事をするだけ。それのどこかおかしい?」
 尚也は諭すように言った。しかしアミはバックからスケジュール帳を取り出し確認する
とこう言った。
「今日はイタリアンの日なの。食堂で食事している場合じゃないの」
「ここにもイタリアンはあるじゃん。例えばパスタとか」
「あるけどイタリアンと言えば……」
「ユーリア先生は店まで指定したわけじゃないでしょう。だったらここでいいじゃん。た
まにはここで食べたいよ」
 尚也はうまくアミのことを立てながら、僕とエツを同席させることに導いてくれた。僕
らは顔を見合わせるとにこりと笑った。


15 :タカ :2008/03/18(火) 23:49:03 ID:PmQHLio4

 アミはカルボナーラを注文すると、僕らと視線を合わせることなく黙々と食べ始めた。
五分ほどで済ませると、彼女は席を立ち上がった。

「ねえ、もう終わりなの?もう少しここで話そうよ」
「ちょっと一人で寄りたい所があるの。尚也はここで話していて」
 アミが立ち去ろうとすると、エツが呼び止めた。
「答えなくてもいいから私の話を聞いて。ねえ、アミ。真実から目を逸らさないで。もし
苦しかったら私達がついているから」
 真実という言葉をどうアミを受け取ったのだろう。彼女は一度エツを見つめると、食堂
から立ち去った。僕らが久々に一緒に過ごした時間は、わずか十分ほどだった。

 ピースサインでシエナさんは校門前に現れた。占い師の時の格好と違って、ジーンズに
Tシャツというラフな格好で現れた。僕は彼女の出現に驚かされた。

「どうしてこんな所に?アミを待っているんですか」
「ううん、あなたよ。タカシくんとデートしたくてここに来たの」
「今日はお仕事じゃないんですか?」
「ユーリア先生のとこは辞めたわ。あれから色々あったのよ。簡単に言えばセンセイにクビ
にされたってわけ」
 深い師弟関係だった二人の間に何があったのだろう。シエナさんは赤いオープンカーで
大学へやって来ていた。それに同乗する僕。まわりの男子学生は呆気に取られていた。
「この車すごいですね。誰かに買ってもらったんですか?」
「ユーリア先生にね。だからこの車もあなたを乗せて今回限り」
「廃車ですか?」
「まさか。知り合いの男友達にあげるつもりよ。もしかしてこの車、欲しい?」
「無理無理です。僕。まだ車の免許も持ってないんですから」
 シエナさんはそうかと笑うと、港の方へ向かって車を走らせた。

「どうして辞めちゃったんですか。ユーリア先生とシエナさんは仲良く見えたのに」
「そうでもないのよ。元々私はユーリア先生のやり方に不信抱いていたし。あのカリスマ
性はすごいなって思うけど、それ以外はね。ちょっと強引なとこがあるでしょう。一部の
お客さんはあれでいいんだろうけど、ねえ……」
 言葉を濁しながらシエナさんは言った。きっとアミのことを言おうとしているのだろう。
「わかります。本当に切羽詰まっている人には、ユーリア先生の占いは効きすぎますね。
それが今のアミなんでしょう」
「人の心を読み取るのが天才的な人だから。初めて占ったもらった人は衝撃すら感じて
しまう。私もその一人だった。それに憧れて私も内弟子になったけど、中に入ってみると
裏のユーリア先生に絶望してしまって。たとえ仕事といってもちょっとやり過ぎじゃないか
なって思うようになったの」
「僕も弱っていてユーリア先生に出会ったら、アミと同じ事になっていたかもしれませんね。
あまり意志の強い性格ではないので」
「あなただけじゃないわ。きっと誰でもその可能性はあると思う。それに付け入るのがユー
リア先生は上手なのよ」
 こんなに冷静にユーリア先生のことを分析しているとは思わなかった。僕は非常に強い
味方を得たような気がした。

「それでアミちゃん、最近はどう?」
 僕は首を横に振ると、シエナさんはやっぱりと答えた。
「あの魔術に引っ掛かると、なかなか抜け出すのは大変よ。十年以上通い続けている常
連さんもいるからね」
「どうしたらいいんでしょうかね?」
「うーん、それはやっぱりユーリア先生の上をいくしかないでしょうね。私達はアミちゃんの
ことをこれだけ大切に思っているということを伝えなきゃダメじゃない」
 思いを伝える。簡単そうでなかなか難しそうだ。
「アミのことを理解するには、やはり彼女のことを理解しなければダメだと思うんです。せ
っかくですから、アミとノブさんとの間に何があったのかを知りたいんです」
「そうね。きっと私もそれを伝えたくて、あなたを誘ったんだろうし」

 シエナさんは適当な場所に車を止めると、ゆっくり話し始めた。
「初めてやって来たアミちゃんはかなり憔悴しきっていた。頬はやせこけていて、髪はボ
サボサだった。色んな人が相談に来るけど、これはただ事ではないないとユーリア先生
と話していたの。恋の悩みだとか仕事の人間関係で多くの依頼者が来るけど、アミちゃ
んは特別だったわ」
 僕はその時のアミを思い浮かべてみた。ミス・キャンバスとはおよそかけ離れた姿だっ
たのだろう。

「ユーリア先生はカウンセリングの先生のように、ゆっくりとほぐすように聞いていった。
彼女は最初話すのをためらっていたけど、魔法にかけられたみたいに事実を語っていて
くれた。それがノブくんだったの」
 僕らが調べた通り、ノブという男性とアミは同じ学年の同じクラスだった。
「彼女が混乱していたのは、アミちゃんとノブくんの間に起こった事実を全く理解出来て
いなかったから。彼は何の前触れもなく、姿を消したの。大学の合格も決まっていたし、
将来の不安は何もなかったはずなのに。数日後発見された時は、帰らぬ人になっていた」
 シエナさんは衝撃の事実を、遠くに見えるタンカーを眺めながら言った。


16 :タカ :2008/03/26(水) 23:25:48 ID:PmQHLio4

「遺書は見つからなかったんですか?」
「ええ、何も。それがわかっていたら、アミちゃんはこんなに苦しんでいなかったと思う」
 アミの時計の針は止まったままなのだろう。どうすれば動き出すのか、彼女自身が答え
を探しているはずだ。
「きっと自分自身を責めているんでしょうね。早く異変に気付いていれば、助けられたん
じゃないかって。亡くなってしまったらどうすることもできないんだけど、仕方ないのよ。
残されたものは思い続けることしかできないから」
 さまよい続ける思いを託した相手がユーリア先生だった。そこで彼女はあらゆる事を
先生に委ねてしまったのだとシエナさんは話した。
「それでアミは先生の言われる通りに行動しているわけですか?そして僕は彼氏として
選ばれたわけですね?」
「うん、それはちょっと違うかな。先生はペンで似顔絵書いて示しただけ。選んだのはア
ミちゃんよ」
 それを聞いて少しだけ嬉しかった。
「ただ別れろと言ったのはユーリア先生だけど。あの男といると幸せになれないとか言っ
て無理やりね」
「まさかその後尚也と付き合うとは思いませんでしたけど」
「それはユーリア先生のアドバイスよ。タカシくんの友達と付き合いなさいってね。どうい
う意図があったのは知らないけど」
 ユーリア先生の言付を守ることによって、アミは亡くなった恋人のことを直接的に触れ
ないようにしているのだと僕は感じた。
「このままでは良くないよね。ユーリア先生はそれをわかっているはずなのに、アミちゃん
に求められる通りアドバイスに答えている。昔の先生はこんな風でなかったのに」
 シエナさんの声が空しく響いた。

「これからシエナさんはどうするんですか?」
「さあ、どうしようかしら。前みたいにOLに戻ることも難しいだろうし。私自身もこれか
ら迷うことになりそうね」
 シエナさんはそう言いながら笑い飛ばしていた。何か余裕すら感じてしまう、このオト
ナの雰囲気。人生経験がこんな表情を作り出すのだろう。
「アミちゃんのことばかり考えるのもいいけど、あなたも自分のことを大切にしてね。時
間はあっという間に過ぎていってしまうんだから」
 彼女のことなら何でも考えられる僕だけど、自分のことなると途端に億劫になってし
まう。その意味ではアミのことを言っている場合ではないのだけれど。

 エツはやっぱりねと頷きながら、運ばれてきたコーヒーを飲み干していた。もはや僕ら
がアミについて語らう恒例の場所となった喫茶店に今晩もやって来ていた。
「シエナさんもユーリア先生に愛想尽かしたってことね。きっとショック受けているんじゃ
ないかな、先生」
「どうして?」
「根拠はないけど、何となく。シエナさんのことを信頼していたと思うから、なおさら」
「なるほどね。だったら今ならチャンスあるかもしれない」
「まさか直接ユーリア先生のとこの行くつもり?」
 僕は頷いた。けれどもエツは強硬に反対した。
「あの人に持ち掛けるのではなく、こちらからアミに訴えかけよう。きっと率直に話した
ら、受け入れてくれるよ」
 この間の食堂の一件があるから、素直にアミが応じるように僕は思えなかった。
「シエナさんが言っていた通り。私達がユーリア先生の占いを上回ればいいのよ。向こ
うが術ならこちらは絆よ。術と絆、どちらが勝つのか勝負よ」
 高らかにエツは宣言した。果たしてうまくいくかどうか。

 この間のようにエツと僕は協力を求めるべく、尚也にアミと会えるように仲介しても
らうよう頼み込んだ。彼は渋そうな様子を見せた。
「言いにくいけど、今回は諦めてもらえないかな」
「ええ、どうして?」
 エツはおたけび声を上げた。
「いや君は別にいいんだ。遠慮してもらいたいのはタカシの方だ」
 横に目をやりながら尚也ははっきりと言った。
「アミがそう言ってんのか?」
「いや、違う。今回は僕の思いだ。はっきり言わせてもらって、迷惑だ」
 エツは頷くように僕を見つめていた。そしてこう言った。
「尚也君の言う通りよ。だってタカシとアミはもう何の関係もないんだから。そう言いた
いのよね、尚也君」
 態度に示さなかったが、尚也は否定もしなかった。アミの彼氏としてのプライドだろう
か。こんな攻撃的な尚也を見たのは初めてだった。
「わかったよ。オレが身を引けばいいんだろ」
 かつての尚也の姿はなかった。僕らの関係は大きく変わってしまっていた。


17 :タカ :2008/04/05(土) 22:54:25 ID:PmQHLio4

 僕だけが取り残されて、尚也とエツはアミを説得しに話し合ったようだ。僕は結果をエ
ツから聞かせてもらうほかなかった。けれども今はそのことよりも、尚也が取った行動が
僕の心を痛めつけていた。

 迷惑だ。迷惑だ。迷惑だ……

 何度もこだまする尚也の言葉。アミを守ってやりたいのはわかる。けれどもあんな言葉
はないんじゃないだろうか。今まで分かり合って来たつもりだったのに、何だか切り裂か
れた思いだ。

「今日は珍しい。キミが浮かない顔しているなんておかしい」
 アミの説得が終わったのだろうか。エツが戻ってきた。早く結果が知りたいはずなのに、
どうでもいい気分だった。
「尚也のこと考えていたのさ。親友だと思っていたのに」
「友達同士で同じ女の子と付き合おうとするから、ややこしいことになるのよ。でも尚也
君の気持ちはわからなくもない」
 エツは尚也の肩を持つ発言をした。これにはムカッとしてすぐ反撃した。
「キミはあいつの肩を持つのか。すっかり尚也とグルじゃない」
「そんな言い方ないじゃない。あんた散々私の文句言っておいて、自分のことになると
随分小さくなるのね。何だかみっともない」
「みっともないさ。だから早くアミのこと言ってくれないかな」
 エツとケンカしていても仕方ないので、僕は結論を尋ねた。

「まずアミにシエナさんが辞めたことを伝えた。アミ、とても驚いていたわ。独立するつ
もりかと尋ねてきたけど、そうじゃないって答えた。それでどうするつもりなのかってアミ
が聞いたから、シエナさんは新しい道を探すのだと答えた。ねえ、うまい聞き方でしょう。
つまりシエナさんはユーリア先生から独立した。だからアミもそろそろ先生の手から離れ
てはどうかって尋ねたの」
「なかなかいい作戦だね。それでアミは何て答えたの?」
「しばらく黙りこくっていたわ。どうやらアミ自身、これではいけないことを自覚している
みたいね。だけど説得するまではいかなかった。私はユーリア先生を信じているだって。
なかなか大変ね」
「そうか、ご苦労さま」
 エツは説得しきれなかったことを後悔している様子だった。どうすれば呪縛が解けるの
かを頭を抱え込んでいた。

「ユーリアさんの手から離れたら、また元の自分に戻ってしまうのではないのかと怯えて
いるんでしょうね、きっと。混沌としていて先が見えない真っ暗なトンネルの中へ」
「あの占い師といる方がよほど真っ暗なトンネルにいるような気がするけど」
「あなたは大切な人を失った経験が無いから、そんなことが言えるのよ」
 アミと直接話してみて、エツは何か感じ取ったようだ。しばらく相手にされていない僕
は蚊帳の外にいるような気がして、もどかしかった。

「僕はもうアミから手を引いた方がいいのかもしれないな」
「どうして?」
「だってアミからは無視されるし、尚也からは邪魔者扱いされるし。今自分のやっている
ことがワケわかんなくなってきたよ。それに僕は一度フラレた身だしね」
 今までアミのことを思って突っ走ってきたけど、そもそも彼女は快く思っていないのだ。
そんな僕に何が出来るというのだ。
「あなたらしくない。アミをユーリア先生から離したくないの?」
「アミがそうしたいって言うなら、そうすればいいじゃないか。僕らがこれだけ説得してみ
ても、彼女は先生がいいって言うんだろ。もう何もすることないじゃないか。エツもアミの
ことは忘れて、自分の幸せを考えたほうがいいかもしれないよ。いつまでも振り回されて
いても仕方ないじゃないか」
「あなたらしくない。一体どうしたのよ?
「バカバカしくなっただけ。僕は一抜けさせてもらう」
 エツは唖然とした様子で僕の瞳を見続けていた。確かにあれだけ熱心だった僕はどこ
へ行ったのだろう。燃え盛っていたユーリア先生への反抗の心は、完全に萎えてしまって
いた。


18 :タカ :2008/04/13(日) 23:22:29 ID:PmQHLio4

 あれから一ヶ月が経った。エツは定期的に僕の所に会いに来てくれたが、アミのことは
一切口に出さなくなった。僕もあえて聞こうとはしなかった。
 一方で僕は高校の時から趣味で通っていたギターを生かして、軽音楽部でバンドを始
めた。これがなかなか楽しかった。ようやく自分がやりたいことが見つかった気がした。

 今晩もバンド練習を終えて帰ろうとすると、校門前で誰かを待つアミを見つけた。校内
で彼女と会うことはあったものの、あれ以来話はしてない。おそらく尚也を待っているの
だろう。僕は素通りして帰ろうとした。

「あっ、ちょっと待って」
 アミが声を掛けてきた。尚也が来たのだと思い、僕は振り返らなかった。
「ねえ、待って。タカシに相談したいことがあるの。まだ怒っている?」
 切羽詰った声だった。振り返るとせっかく忘れかけていた記憶が甦ってきそう。それに
僕は過去の人だ。
「尚也に相談すればいいじゃない。僕はもう無関係の人だから」
「タカシに聞いてもらいたいの。だからここであなたが出て来るのを待っていた」
「尚也と何かあったの?」
 目を合わさずに、後ろ向きで答える。
「……」
 アミは無言で何も答えようとはしない。僕は内心ドキドキしながら、振り返った。アミ
の顔を見るのは久々だ。

 頬は青白く以前より痩せていた。僕が知っていた頃の輝きは色あせていて、僕は驚いた。
さらに憔悴しきっていて、相当悩んでいる様子が一目瞭然だった。
 僕は近くのファーストフード店に彼女を連れて行き、そこで話を聞くことにした。
「何から話せばいいんだろう。校門前でずっと考えていたけど、まず謝らなきゃならない
と思うの。今まで迷惑かけてごめんなさい」
 テーブルに両手を置いて、深々と頭を下げた。
「話したくてもずっと無視され続けてきたからね。いくら先生の命令だからとわかってい
ても、苦しかったよ」
 下を俯きながら黙って頷くアミ。こんなに小さな姿を見れば、これ以上は責められない。
そこで僕はアミにとって禁断のあの事を尋ねてみることにした。

「シエナさんと会ったよ。僕がなぜ会ったかわかるだろう」
 顔を上げるとアミはこちらを見つめた。泣いていたのだろう、目が腫れていた。
「悪いけどあのことは聞いた。なぜユーリア先生の占いに頼るようになったのか知りたか
ったから」
「シエナさん、話したんだ。信じられない」
 シエナさんに裏切られたといった表情を見せるアミ。まだユーリア先生の依存は続いて
いるようだ。
「シエナさんのことは悪く思わないで。僕があくまで聞いただけだから」
「それじゃノブのことは何でも知っているのね?」
 僕はそうだと答えた。アミは視線を逸らして、何を話そうか整理している様子だった。

「ノブは今での私にとってかけがえのない存在。だから出来るだけ限られた人にしか、私
達のことは知られたくなかったの」
 ずっと心の奥底に閉まっておくつもりだったとアミは話した。だけどどうしても耐え切れ
なくなって、口コミで評判だったユーリア先生に相談したのだという。
「何日経ってもノブのことが脳裏に焼きついて離れない。どうしてあんなことになってし
まったのか知りたくて、携帯のメールを調べたり、何を話したのか必死に思い返した。
だけどこれといった答えは探し当てられなかったの。私はすべてが真っ白になった」
 僕がノブのことを知っている事がわかると、アミは一気に話し始めた。今までユーリア
先生にこのことを言ってはいけないと伝えられていたのだろう。
「真っ白になってしまうと、何をしても自信を喪失してしまう。自分のやろうとしている
ことがすべて間違っているんじゃないかって疑心暗鬼になってしまうの。心理学を目指そ
うと思ったのも、人の深層心理を知りたかったから」
 信頼していた恋人を失って、アミを築き上げてきた土台が一気に崩れてしまったのだと
僕は感じた。長年愛着を持って住んできた家が、わずか数十秒の地震で倒壊してしまった
かのように。

「ユーリア先生の所へ行った頃はもうギリギリの状態だった。このまま放っておけば、ポン
と弾けてしまうんじゃないかって自分でも思った。私は何でもいいからすがりたかった。
それも私のことを全く知らない第三者に」
「第三者が今の先生ってことになるんだね?」
 アミは頷く。そしてこれからが本当に聞いてもらいたいことだと言った。

「私は今尚也くんと付き合っているけど、心から好きだなんて思っていない。先生に彼と
付き合いなさいって言われたから、付き合っているだけなの」
 衝撃の告白だ。尚也がこれを聞いたら、たまげるだろう。
「尚也は知っているの?」
「たぶん」
「たぶん?」
 もう一度僕は聞き返していた。いくら尚也とは険悪な関係になったとはいえ、親友であ
ると今でも思っている。だからアミの言い分はとても許せるものではなかった。


19 :タカ :2008/04/23(水) 01:27:22 ID:PmQHLio4

「先生の命令は絶対なの。だから逆らうことなんて出来ない」
「あの占い師が言う事だけが真実なのか?」
「怖いの。あの人の言う事が怖いの」
 肩を震わせながらアミは言った。

 僕は優しくアミを抱きしめた。前とは違って体はほっそりとしていて、冷たかった。彼女
は静かに泣いていた。
「私が悩んでいる時、迷っている時にノブもこんな風に優しく抱きしめてくれた。タカシの
胸、あったかいね」
「今日はよく僕のところに来てくれたね。大きな決心だったんじゃない?」
 アミは小さく頷いた。そしてこう続けた。
「ノブやユーリア先生にこの事黙っていてよね。私はタカシに誤解されたくなくて、今日
ここへ来たの」
 懇願するような目でアミは言った。僕はそんな彼女を見るのが辛かった。もうアミに自
らの力で乗り越えるだけの行動力を持ち合わせていないことを、僕は悟った。そうだ、
こうなったら僕が動くしかない。一端萎えた気持ちがもう一度高ぶっていくのを、僕は感
じていた。

 翌日からアミはまた僕を無視するようになった。傍から尚也と歩く二人を見つめている
だけだった。
「どうしたの?タカシが私を呼び出すなんて珍しいじゃない」
「たまにはいいじゃん。今日は伝えたいことがあってさ」
 昨晩の出来事をエツに話した。一人で考えるより、彼女と決めた方がうまくいく。

「アミはユーリア先生の呪縛を決死の思いで抜け出して、タカシに会いに来たわけね。
それだったら早くユーリア先生との関係を断ち切ればいいだけのことでしょう」
「それが出来ないから、アミは悩んでいるんでしょう」
「この間アミのことはもう面倒見ないって宣言したのに、もう撤回。男はこれだから嫌
だな」
  皮肉を散々言われた。だが僕は逆にこう宣言した。
「アミをユーリアの手から奪い返しに行く。相手は強大だけど、立ち向かっていくしか
ないだろう」
  オーバー気味に言うと、エツはフフフと笑い出した。
「何をいまさらって感じ。やっと決心したか。唯一の解決方法はそれしかないじゃない」
 エツのお墨付きをもらって、僕は決意を固くした。学生の僕が人生経験豊富なユーリア
先生にどこまで立ち向かえるかわからない。だけどやるしかないのだ、アミの平凡な日常
を取り戻すために。


20 :タカ :2008/04/29(火) 22:06:51 ID:PmQHLio4

 入学式以来着ていないスーツを着込み、僕はユーリア先生の待つ占いの館へ向かった。
アポは取っていない。果たして彼女は僕を相手にするのだろうか。様々な不安を胸に、あ
と数十メートルとなったビルへ向かって歩を進めた。
 ビルの前に立つと、急に体が重くなっていくのを感じた。まだ中にも入っていないのに、
先生の存在に圧倒されている。まるで見えない影と戦っているようだ。
 ゆっくりと階段を下り、ドアの前に立っても思いは変わらない。刑務所の重い鉄格子のよ
うに、この扉が開かねばいいのに。だけどそんなわけにはいかなかった。なぜならユーリア
先生本人が現れたからだ。

「あら、元アミちゃんの彼氏くんじゃない」
 不敵な笑みで先生は僕を迎えた。どこからでもかかってきなさいという感じだ。
「時間空いていますか?今日は僕を占っていただきたいんですが」
「高くつくわよ?」
「ええ、それは覚悟していますから。今日はバイトで貯めた全財産を下ろしてきました」
「いい心がけね。まあいいわ。本当はあなたみたいな何の才能もない人を、見ることなん
てないんだけど。今日は特別に見てあげるわ」
 威圧的な態度は相変わらずだった。僕も反抗しようとしたが、足がガタガタ震えて、それ
を隠すのに必死だった。
 
 シエナさんが店を辞めた後、ユーリア先生は新たな人を雇ったようで、僕はマツコさんと
呼ばれる二十代後半の女性に案内された。
「あなたがタカシさんですか。ユーリア先生からお話は聞いています」
 珍しいものを見るように、マツコさんは僕をジロジロ見つめた。シエナさんよりずっと感じ
の悪い人で、早くこの場から離れたいと思った。

「入りなさいよ」
 カーテンの向こう側からユーリア先生の声が聞こえた。僕は目を閉じて気を高めると、中
へ入った。先生は前回同様、修道院のシスターのような服装をしていた。不敵な笑みで、
今でも毒りんごを持ってきそうなお婆さんのように目が鋭い。
「さっそくお前さんの占いを始めるか。ちょっと待っておくれよ」
 先生はタロット占いを始めようとした。別に僕は占ってほしいわけではない。アミと関係
を断ち切ってほしいと言いに来たのだ。

「あの、アミと関わるのを止めていただけませんか?」
 勇気を振り絞って僕は言った。だが先生は集中しているのか、全く耳を貸さない。そこで
もう一度言ってみた。
「アミと関わるのを止めていただけませんか?彼女苦しんでいるんです」
「………」
 先程と同様、沈黙したまま動かない。彼女は聞いていないのか、それとも集中している
のかわからなかった。これ以上言っても仕方ないので、僕は黙って先生の占いが終わるの
を待つことにした。

「タカシくん、あなた健康に気をつけた方がいいよ。今年大病になると出ている」
「本当ですか?」
 アミのことはすっかり忘れて、僕は大病になるという先生の占いを気にしていた。これは
本当に無意識に引き込まれて、相手にペースを握られていた。先生の説明が終わった後
に、ようやく気付かされる始末だった。おそらくこのようにして、アミは先生にペースを握
られていったのだろう。
「最後に一つ付け加えておくと、他人の事には深く関わらない方が良い。今年と来年は自
分の体を気にしなさいよ」
 他人の事が誰のことを言っているのか、すぐさま理解した。僕は再度、アミに近づかない
ように言った。

「おまえさん、しつこいんだよ。私が誰だかわかって喋っているのか?私を怒らせると、承
知しないよ。黙っているからって調子に乗るんじゃないわよ」
 ついに本性を現した。これが本来のユーリア先生の姿だ。彼女の怒声を耳にしたのか、
マツコさんが飛んできた。
「先生どうされたんですか。何か無礼なことでも?」
「無礼も何も。この男は私の大事な客を侮辱しているんだ。少しはまともな男になったか
と思って迎え入れたが、何も変わっていない」
「僕のことはどうでもいいんです。アミを解放してやってくださいって言っているんです。彼
女、先生のことを怖いとも言っています。どれだけ苦しんでいるか悟ってやってください」
 僕は頭を下げた。しかし先生は聞き入れなかった。それどこか以前にも増して、迫力の
ある表情でこう言った。
「私はいろんな人と関わりがあるんだ。おまえさんなんかどうにもなるんだ。それだけの覚
悟があるのか?」
 もはや脅迫だった。全身が恐怖で震えていた。冷静に考えようとしても、脳がついてこ
ない。僕は身の危険を感じていた。
「冷静になってください、先生。こんな若造に取り乱すなんてどうかしています」
 マツコさんが間に入ってくれたおかげで、先生は少しだけ冷静になった。それでも肩は
怒りで震えていた。僕は動悸が治まらず、ゼイゼイ息をしていた。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.