戦姫円舞曲


1 :日原武仁 :2008/03/21(金) 02:24:31 ID:kmnkzJxn

 お久しぶりです。日原武仁です。ライトノベルっぽい話です。楽しんで頂けたら幸いです。
 


2 :日原武仁 :2008/03/21(金) 02:26:39 ID:kmnkzJxn

始まりの戦い

 若葉台学院はとある企業家が一財を投下して作った学園都市である。幼稚園から大学院を含めた十三の学校施設を抱え、生徒や職員、関係者を含めると十万人がここで生活する。
 林立する学び舎のひとつ、八葉学園が今回の舞台だ。設立当時は女子校であったが二年前に共学化し、男女比三:七の高校である。
 四棟ある校舎の内、中央校舎と呼ばれる一番高い建物の屋上から高月鈴音(たかつきすずね)は学園を見下ろしていた。いや、正確に言うと学園内に展開する三個の黒い半透明の天球を眺めていた。
「おーおー。みんな朝から元気だねぇ……」
 腕を組み、何度も頷きながら妙に年寄りじみたことを言ってはいるが、彼女はここの二年生だ。
 背丈は一七〇くらいだろうか。スタイルは良く、短い金髪で整った顔は野生味があり、どこか猫科の動物を思わせる容貌だ。
「で、あんたはあたいとあそこの連中みたいに『元気なこと』をしたいと?」
 振り返り、声を投げる。
「そうですわ。<タクティカルハンマー>の鈴音さん」
 答えた声も少女だった。
 名前は竜宮寺綾瀬(りゅうぐうじあやせ)。鈴音と同じ二年生だ。背は全国平均くらいだが、そのプロポーションは平均を上回っているだろう。腰まである黒く長い髪に釣り目気味の日本人形のように整った顔。名のある家の出自なのか、その身にはどこか人を近付きにくくさせる雰囲気が感じられた。
 綾瀬は手にした白い扇を開き、鈴音に向ける。
「ご自分の“武装具(アライメントツール)”を白昼堂々、しかもそんな目立つ形で持ち歩くなんてご自分の力に自信があるとしか思えませんわ」
 綾瀬の言うとおり、鈴音はその肩に人の半身ほどもありそうな大振りの蒼いハンマーを担いでいた。普通ならば考えられない光景なのだが、その姿には不思議と違和感が無い。例えるなら、身体に比して少しばかり大きめの目立つアクセサリーをつけているというくらいの印象しかないのだった。
「て、言われてもなぁ……」
 語気の強い綾瀬とは対照的に、のんびりした口調で頭を掻きながら鈴音は肩に担ったハンマーの位置を変え、
「こいつの仕舞い方分かんないし……つーかさ」
「なんですの?」
「あんたのそれも“武装具”だろう?」
 鈴音が目を向けるのは綾瀬の扇だ。綾瀬は扇を左手に当て、音を立てて閉じると不敵に笑う。
「よく分かりましたわね」
「まあ、それぐらいは。あんたも出しっぱなしの癖に人のことをとやかくよく言うもんだ。ふん、まあいいや。あたいは売られた喧嘩は買うことにしてるんだ。こういうことが今後起きないためにさ」
「よろしいですわ。では……」
 綾瀬は言葉を切る。そして口を開いた時、図らずも鈴音と声が重なった。
「「バトルフィールド展開!」」
 二人の宣言に対し、学園内に二百ある結界機の内、屋上に設置されたふたつが即座に反応。そして瞬時に半径五十メートルの半透明の黒い天球が二人を包んだ。
 これはいわゆる『結界』だ。天球内は外界と位相を異にした無彩色の世界に置換され、どんなに破壊されても現実世界には影響を及ぼさない。その代わり、外側から中を見ることは可能だが、介入はほとんど不可能になる。
「タクティカルハンマー・セットアップ! イクイップメント!!」
 手にしたハンマー――武装具『ミーティア』を胸の前に掲げて鈴音は叫ぶ。ハンマーは呼応する様に青白く強い光を放ち、鈴音の姿を覆い隠す。目を焼かんばかりの光量が空間を支配したのはほんの数秒だ。カメラのフラッシュが消えるように蒼光が霧散した後、そこにいたのはメカニカルな装いの鈴音だった。
 ブラウスのような白いアンダーウェアの上に豊かな胸を覆う胸部。引き締まった腰を守る前後左右に長い腰部。大きく張り出した肩部に二の腕まで包む腕部。足元を守るブーツのような脚部。全てが鋭角的にデザインされ、蒼く輝くそのシルエットは近代的な戦闘機を想起させた。
「纏い給え……」
 鈴音が叫ぶのと時を同じく、綾瀬は開いた扇――武装具『絶影』を眼前に構え、顔を隠すようにして静かに呟いた。 
 そして扇から桜が舞う。それは空間全体を覆い隠すとすぐさま光となって飛び散った。
 桜吹雪から現れたのは二の腕と腿が露出した、異形の巫女装束の綾瀬だ。筒のような袖と、脛だけを覆う円筒形の袴をそれぞれ二本の布で上着と結んである奇妙な格好だった。
 《装甲(マテリアル)》と言う能力がある。武装具と呼ばれる鍵を介し、意志の力で自分の周りの粒子を固定、望む形に具現することを可能にする力だ。
 この能力を持つ者――《装甲者(マテリアリスト)》と呼ばれる人々が現れ始めたのはここ三十年のことであり、化石燃料が枯渇した二〇一〇年頃を境に、特に女性に多く出現し始めたため、人の進化の一形態ではないかと言われているがまだはっきりと分かっていない。だがその前に、彼女達の戦闘力や破壊力は戦車や戦闘機といった近代兵器のそれを大きく上回るためにあらゆる面で社会に適応させ、かつ犯罪に向かわせないような教育を施すことが急務となった。そのための研究・教育施設は主要都市に点在し、その機関のひとつが八葉学園である。
 そして八葉学園では学業に差し障りのない範囲内において《装甲者》同士の戦闘行為を推奨しているため、早朝や休み時間、夕方ではこういうことがよく起こっている。
「タクティカルハンマー『バスター』!」
 先手必勝とばかりに鈴音は叫ぶ。構えたハンマーの頭頂部が割れ、ビームが放たれる。
「甘いですわね」
 綾瀬は呟くと扇を振る。その先から飛んだ桜色の光が相殺し、爆発を生んだ。
「……殺った! タクティカルハンマー『ストライク』!」
 爆炎を目くらましに、鈴音は綾瀬の眼前に迫るとハンマーを大きく振るう。ブースターで加速されたハンマーは異形の巫女を粉砕した。
「なにっ!?」
 文字通りの粉砕だった。だが、砕かれた綾瀬は桜の花びらとなって吹き飛んだ。
「幻像か……!」
 気付き、慌てて振り向く。が、
「遅いですわね。『華撃円舞・剣の舞』!」
 背後から綾瀬の声が聞こえ、視界の端に複数の閉じた扇が浮かんでいるのが映りこむ。
「タクティカルハンマー『イージス』!」
 声に応え、屋上のコンクリートに半ばめり込んだハンマーが八枚の円盤に分解した。素早く鈴音の周囲に展開すると綾瀬の攻撃を防ぎきった。
「……やりますわね」
「まあ、ね」
 小手調べと言わんばかりの初撃の応酬が終わると、二人はそれぞれ距離を取って不敵に笑いあう。
「タクティカルハンマー『デュエル』」
 鈴音は呟き、ふたつに別れたハンマーを両肩に装着した。その瞬間だ。彼女の背後に炎で出来た翼が出現した。
「まさか『覚醒』するつもりですの!? それは校則で禁止されてますのよ!」
 爆発的に増えたエントロピーにうろたえる綾瀬に鈴音は軽く肩をすくめて見せる。
「あんたを倒すにはこれしかなさそうなんでね。停学くらいは覚悟するさ」
 腰に拳を構え、まさに前へ踏み出そうとした刹那。
「は〜い。そ〜こ〜ま〜で〜」
 妙に間延びした声が響いたかと思うと、鈴音と綾瀬の真ん中に音高く飛来した何かが突き刺さった。
「……ピンクのブーメラン?」
 眉間にしわを寄せ、鈴音はそれの名を呟く。
「…………! も、もしかして……!」
 そのブーメランに覚えでもあるのか、綾瀬は大声をあげた。
「ショッキングピンクのブーメラン……武装具『らっきー☆すたー』!“七姫(セブンプリンセス)”序列第三位『影姫』・美水麻衣(よしみずまい)様!?」
「せ〜い〜か〜い〜」
 声はすぐ近くから聞こえた。一体いつの間に現れたのか。彼女達の中央――ブーメランの地点に麻衣はいた。
 あり得ないことだった。この結界半球は内部と外部を完全に遮断してしまい、あらゆる干渉を受け付けない。なのに、この麻衣と呼ばれた少女は平然と侵入してきた。これは位相的な隔たりを無視、あるいは無効化出来るほどに能力が強いことを表し、鈴音や綾瀬では太刀打ちできないことを意味していた。
「こ〜の〜、勝負はぁ、私に免じてぇ、しゅ〜りょ〜。い〜い〜かしら〜?」
 笑顔を鈴音に向ける。鈴音は呆気に取られたような顔を見せると大きく息を付き、
「……タクティカルハンマー・アウト」
 呟き、装甲を解除した。
「あ〜な〜た〜も〜ね〜」
 綾瀬にも笑顔を見せる。が、すでに彼女は装甲を解除した後だった。
 麻衣は二人を呼び寄せると用件を伝える。
「お二人にはぁ、こ〜れ〜か〜らぁ、生徒会長にぃ、会って〜も〜ら〜い〜ま〜す〜」


3 :日原武仁 :2008/05/29(木) 22:02:25 ID:kmnkzJxn

生徒会室にて

「それじゃ、そういうことで」
 用件を聞いた鈴音の行動は早かった。シュタッ、と右手をあげると鈴音は素早く踵を返す。
「ダ〜メ〜で〜す〜よぉ〜」
 間延びした口調とは裏腹に、麻衣の動きは電光石火。素早く腕を伸ばすと鈴音の肩を捕まえる。
「鈴音さんは〜ぜ〜〜〜ったい、連〜れ〜て〜来〜い〜て、言〜わ〜れ〜て〜ま〜すぅ〜」
 鈴音は何とか逃れようと足を踏ん張り、身体を揺らす。が、まるで万力にでも押さえつけられているようにぴくりとも動けない。
「さ〜あ〜、行〜き〜ま〜す〜よぉ〜」
「や、ちょ……あ、あたいは行きたくねー!」
 何やら叫ぶ鈴音に構わず、麻衣は彼女の肩に手を乗せたままゆっくり歩き出す。鈴音は必死に抵抗するがまったく歯が立たず、半ば引きずられる様にして連れられていかれてしまう。
「ふう。やれやれですわ……」
 嘆息し、綾瀬は二人の後に続いた。



 生徒会室は教室をふたつ繋げたくらいの広さがあり、中央には会議用に設けられた長細いコの字型に置かれた机がある。開いた所には黒板を背にがっしりした教卓が置かれ、その周りに五人の女生徒が集まっていた。
 教卓に向かい合うように立つのは鈴音、綾瀬、麻衣の三人。教卓の向こう側に座り、三人を眺めているのが八葉学園三年、生徒会会長の紫賀井雪乃(しがい ゆきの)だ。その隣りには同じく三年であり、副会長である一之瀬藤美(いちのせ ふじみ)が手にA4のファイルを持ち、控えるように立っていた。
 教卓の前に立つ姿は三者三様だ。麻衣はにこにこ。綾瀬は無表情に。そして不機嫌さを隠そうともせずに鈴音はそっぽを向いていた。
「鈴音ちゃん。人と話す時は顔を見るものよ?」
「……………………」
 にこやかに話し掛けてくる雪乃に鈴音は無言。そんな彼女に対し、雪乃は小さく息をつく。
「……鈴音ちゃんは本当にツンデレなんだから。私は鈴音ちゃんルート一筋でフラグもたくさんいっぱい立ってるはずなのに……。一体いつになったらデレになってくれるのかしら……」
「ハン。そんな日が来てたまるかい!」
 鈴音は心底嫌そうに言う。そんな二人を見て、綾瀬は不思議そうな顔をした。
「あの……。紫賀井会長と鈴音さんはお知り合いなんですの?」
 訊かれた雪乃は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、
「そう! わたしと鈴音ちゃんは運命の赤い糸で結ばれた仲なのよ!」
「気色悪いこと言うな。家が隣りなだけの腐れ縁だよ」
 雪乃の行き過ぎた関係説明に鈴音が訂正を入れ、再び雪乃が補足する。
「世間で言うところの幼馴染みね。ね? これはもう結ばれるしかない設定に決まってると思わない? まあ、わたし的には血の繋がりの無い姉妹っていうシチュエーションが良かったんだけど……」   
「血は最初から繋がってねー。つーか、あたいらは女同士だっつの。……いい加減そういうこと言うの止めろよ。誤解されるだろうが……」
「あら? わたしは全然平気よ。むしろそう見られたいくらいだけど?」
「ああ、もう……」
 何を言っていいのか分からず、鈴音はへなへなとその場にうずくまってしまう。弱り、困り果てる幼馴染みを見て雪乃は声を立てずに小さく笑った。
「いやー。からかったからかった。楽しい楽しい」
「人で遊ぶなよ!」
 即座に抗議する鈴音。しかし雪乃は答えず……代わりとでも言うように、にこやかだった表情を引き締めた。
 ぴん、と空気が張りつめる。和やかだった雰囲気は払拭され、厳粛でどこか冷え込むようなものに入れ替わった。
 八葉学園の生徒会はただの生徒会ではない。《装甲者》と言う軍隊にも匹敵する攻撃力を持つ生徒の代表であり――彼らを統べる者でもある。誇張も何も無く、生徒の誰よりもあらゆる面でずば抜けていなければ生徒会役員は務まらないし――何よりやっていけない。そのトップの会長ともなればいかほどの実力かというのは推して知るべし、である。
 目の前にいるのは誰でもない。《装甲者》であり、武装具の戦斧『死線の蒼(デッド・ブルー)』を操る八葉学園生徒会会長としての紫賀井雪乃だった。
「さて。今日二人に来てもらった理由……分かってるわよね?」
「…………」
「…………」
 肌を突き刺してくるような、そんな錯覚を抱かせる強力なプレッシャーを放つ雪乃に鈴音も綾瀬も無言を返す。鈴音は強い逆風に耐えるように。綾瀬は倒れそうになるのを必死に堪えながら。
 雪乃は目を細めると、鈴音に顔を向けた。
「高月鈴音さん。あなたは校則で禁止されている『覚醒』状態への移行未遂」
 淡々と述べる。それはまさに断罪する裁判官の口調そのものだ。 
 生徒会長は次いで綾瀬に面を合わせる。
「竜宮寺綾瀬さん。八葉学園では装甲者同士の戦闘行為――“舞闘”は奨励されているわ。だけど例外がひとつだけ。それは武装具を常に解放状態にしている装甲者同士が舞闘を行うには事前に許可が必要だということ。前日までに生徒会に申請をしないといけない規則なんだけど……その書類は届いていない。この規則があること知らなかった?」
「……ええ。生憎と」
 しれっと綾瀬は答えた――つもりだった。彼女の表情は酷く強張り、一欠けらの余裕もない。普段のような言葉遣いが出来たのは彼女の強靭な意志力とあらん限りのプライドを総動員した結果でしかない。
 綾瀬から視線を外すと雪乃は小さく息をつく。
「……まあ、いいでしょう。高月さんは未遂だし、竜宮寺さんは明らかに規則違反だけど……知らなかったのなら仕方ないわね。今回は大目に見ましょう。だけど……二人にはそれなりの罰を与えます」
 雪乃が言い終わると、それを合図にして隣りに立つ藤美が手にしたファイルを二人の前に突き出し、口を開いた。
「ここに書いてある指示に従うこと。以上」


4 :日原武仁 :2008/10/01(水) 03:16:00 ID:ocsFWioH

罰から始まるストーリー

 八葉学園は中央校舎を中心に東校舎、南校舎、西校舎と三方位に学舎を構え、北側にグラウンドや体育館、プール、部室棟がある。部室棟は二階建てで四棟あり、それぞれ壱号館、弐号館、参号館、四号館と呼ばれている。
 その参号館の一階角部屋、開け放たれた扉から時折り埃が舞っていた。
「いやー、先輩方が来てくれてなかったらどーしよー! て思ってましたよー」
 壁に備え付けられた棚を雑巾で拭きながら体操服に赤いショートパンツ姿の秋菜夏来(あきな なつき)は額の汗を拭った。
「私と部長だけじゃここの片付けはちょーっち! 難しかったですからねー! あ、高月先輩。それはこっちにお願いしますねー」
「あー、……よいしょ、と……」
 年寄りくさいことを言いながら、体操服に青のショートパンツの鈴音は指定の場所にダンボールを置くと腰を叩いて軽く伸びをした。
「なんだね……。大仰に言われた割にはただのバツ掃除だったなんてね……」
 藤美から渡されたファイルにたいしたことは書いていなかった。とある部室の掃除を手伝うように、と、ただそれだけであり、出向いた先にいたのがこの後輩だった。
 長めの銀髪と可愛らしい造作の顔に小柄で活発、人懐っこいというある意味小動物のような夏来は男女共に人気がある一年生である。そんな太陽の下を走っているのが似合いそうな彼女の所属する部活はなぜか魔術研究会だった。
「いいじゃありませんか。これぐらいで済んだのですから」
 持参したタオルで汗を拭きながら、鈴音と同じ格好の綾瀬はどこかうれしそうに言う。そんな彼女に鈴音は眉をひそめ、
「……そういやあんたはお嬢様なんだろ? こういう仕事は嫌いじゃないのかい?」
「わたくしを見くびらないで下さいましね。自分の事は全て自分でやって参りましたわ。それに……掃除は嫌いじゃありませんもの」
 どこか頬を赤らめ、不機嫌そうにそっぽを向く綾瀬。どうやら周りが抱く自分のイメージが分かっているらしい。
「ふ〜ん……。ああ、そうそう。なあ、秋菜」
 興味なさそうに頷きながら、思い出したように鈴音は後輩に振り向いた。
「はい。なんですか?」
「さっき部長は遅れてくる、て言ってたよな? 片付けを始めてから2時間くらい経つけど……まだ来ねーの?」
 訊いてくる鈴音に夏来は即答した。
「もうおみえになってますよ」
「どこに?」
「高月先輩の後ろにです」
「え!?」
 慌てて振り向く鈴音。
 果たして――そこにいた。
「……………………ぶい」
 童話の魔女が頭に乗せてそうなつば広の大きな黒い帽子をかぶり、小さなVサインを伴った体操服の女生徒が静かに立っていた。
 鈴音は戦慄した。今の今まで――彼女は背後の人物に気付かなかったのだ。
「もー! 部長遅いですよー!」
 呆然とする鈴音をよそに、夏来は頬をふくらませながら大股で部長に歩み寄る。
「……ごめんなさい」
 素直に彼女は頭を下げた。
「今回はたまたま先輩方が手伝って下さったから良かったものの――」
「……特製お弁当一週間」
「過ぎたことは仕方ないです。さあ、残りもすぐに片付けてしまいましょう!」
 部長の謝罪の言葉(?)でころっと態度を変えた夏来に鈴音は震える声で尋ねた。
「お、おい……。そいつは一体何者だ……?」
「何者、て……大げさですよ。部長は――」
「“七姫”序列第五位『鈴姫』・有坂琴子(ありさか ことこ)様ですわよ」
 笑いながら言う夏来の言葉を奪い、緊張した面持ちで綾瀬が続けた。
「……なるほど……。道理だ」
 “七姫”とは八葉学園に所属する《装甲者》の公的な最高位の名称だ。上から『咲姫(さくひめ)』『春姫(はるひめ)』『影姫(かげひめ)』『憐姫(れんひめ)』『鈴姫(すずひめ)』『雪姫(ゆきひめ)』『葉姫(ようひめ)』となる。名称は一代限りであり、現在がたまたま七人いるためこう呼ばれている。
 最高に名を連ねる存在ならばと納得し、頷く鈴音とは対照的に夏来は目を瞬いた。
「え!? そうなんですか?」
「……うん。実は」
 あっさりと琴子は首を縦に振った。
「……言ってなかった?」
「聞いてないですよー!?」
「……ごめんなさい」
 叫ぶ夏来に琴子は頭を下げた。
「あー。漫才はいいから。つーか、秋菜も気付けよ。その帽子、武装具だぞ」
「そーなんですか? 私はてっきり部長の特殊なご趣味だとばっかり……。て私、装甲者じゃないですから分からないですよー?」
「……まあ、その感覚は分からないでもないが……」
「ほほほほ。さすがハンマーを持ち歩く方が言いますと重みが違いますわね」
「うるせーよ」
 揶揄する綾瀬に鈴音は噛み付くがふと思い直し、
「つーか、お前。七姫に詳しいけど……関係者なのかよ?」
「いいえ。まさかまさか。そんな恐れ多い。わたくしはただのファンですわ」
「ファン?」
 頷くと綾瀬はどこからともなく一枚の金色のカードを取り出した。
「……『非公認七姫ファンクラブ“プリンセスワルツ”会員ナンバー05』?」
 突き出されたカードの表面を声に出して鈴音は読む。
「そうですわ。気高く強くお美しい七姫の方々。あの方々とお近付きになるためにはどうすればいいのかを日夜研究しておりますの! あ、ちなみに。今入会しますと七姫の方々のオフショット満載のDVDが付いてきますのよ?」
 目を不必要なほどキラキラさせる綾瀬。
「あー、興味ないから」
 呆れたように鈴音。
「毎日見てますので……」
 おずおずと夏来。
「……それはお得。すぐに入り――」
「「「あんたが言うな!」」」
 そして、琴子は全員に突っ込まれた。




「う〜ん。やっぱり部長が淹れたお茶は格別ですねー!」
 自分のカップに注がれたお茶を一気に飲み干すと夏来は大きく息を吐いた。
 部室棟の屋上、その一角に置かれた簡易型のテーブルセット――琴子命名の通称“すかいてんぷる”に琴子、夏来、綾瀬、鈴音は陣取っていた。部室の掃除も終り、休憩とねぎらいを兼ねたちょっとしたお茶会をしているのだ。
「しかもいい汗をかいた労働後とあってはもう、部長のお茶が引き立ちまっくってますよー!」
 二杯目を琴子に注いでもらいながら夏来は二人の先輩の顔を見る。
「あれ? お二方ともお飲みにならないんですか?」
 不思議そうに訊いてくる夏来に、鈴音と綾瀬はどこか引きつった表情を一度だけ向け、すぐに目の前に置かれた白磁のカップに視線を落とす。
 緩やかに湯気が立つカップから心地好い疲労に浸されている身体を癒してくれそうな、なんともいえない清々しい香りが漂ってきている。本来ならば真っ先に口を付けるであろうものなのだが……しかし二人は未だに手を出してはいなかった。
 問題はカップの中身――そこに満たされた目に突き刺さるようなライムグリーンの液体だ。まるで蛍光ペンを溶かし込んだような鮮やかさが二人を迎えていた。
「……………………」
 両名共に無言。そして時折り視線を交し合うと「あんたから飲みなよ」「いえいえ。貴女からどうぞ」と言うようなやり取りを繰り返していたりする。
「……お口に合いませんか?」
 琴子のか細い声が聞こえた。ちらりと視線を向ければ、捨てられた子犬のような目で二人を見つめていた。
 それに反応したのは綾瀬だ。決心を秘めた顔でおもむろにカップを掴むと、一気に口元まで持っていき――一口だけ口に含む。
 瞬間、綾瀬の笑顔が花開いた。
「あら。おいしい」
「マジか!?」
 自然に口を付いて出た綾瀬の声に、鈴音は驚愕と共に思わず本音が口から滑り出る。
「酷いですよ、高月先輩。部長のお茶は天下一品なんですよー?」  
 頬を膨らませながら非難してくる夏来の言葉を聞き流し、鈴音はカップを取ると恐る恐る口へと運び――
「あ、本当だ。美味い」
 言いながら一息に飲み干した。
「……良かった」
 ほっと安堵の息をつく琴子は空になった二人のカップにいそいそ新しいお茶を注いでいく。
「一口目には勇気がいりますけれど、飲んじゃえば平気のへーです」
 琴子特製の苺ショートを頬張りながら夏来はにこにこと笑う。
「秋菜の言う通りだな。しっかしここまで見事に発色させるなんて一体どうやってるんだ……?」
 カップを覗きながらなんとはなしに鈴音は疑問を口にする。と――
「……秘密があるんです」
「うわっ!」
 いきなり彼女の目の前に琴子の顔が現れた。鼻先の距離にして約十センチ。
 顔を引きつらせ、小さく声をあげた鈴音に構わず、琴子は心なし頬を上気させて言葉を紡ぐ。
「……まずは材料の厳選から始めます」
 そう切り出し、琴子はとうとうと語り出す。……はずだったのだが、
「はいはい。そこまでですよ、部長。何か用事があったからお二方をお呼びしたのでしょう?」
 手を打ち鳴らしながら強引に夏来が遮った。琴子は見るからにしゅんとし、どこか恨めしそうな目で後輩を見る。
「部長のお料理談議は長いんです。これが朝方ならまだしも、もう夕方ですよ? 夜が明けちゃいます」
 ぴしゃりと夏来は言い放つ。
「…………夏来ちゃんのいじわる……」
「何か言いましたか?」
 拗ねて俯き、ぽつりと呟く琴子に夏来はことさら冷たい声を出す。
「……なんでもないです」
 どこか泣きそうなものを含みながら琴子は言い、数秒の時間をおいて気持ちを持ち直すと傍らの鞄からファイルを取り出して机に置いた。
 どっちが上級生なのか分からないような、そんな二人のやり取りに唖然としていた鈴音は気を取り直し、緑のB5ファイルに視線を落とす。
「なんですか、これ?」
 綾瀬は無造作に手を伸ばし、ファイルを手に取ると中を開く。そこにあったのは生徒の顔写真付きの名簿だ。
「……こいつは」
 覗きこんだ鈴音の顔に怪訝なものが浮かぶ。
 それは俗に言うブラックリストだった。装甲能力を悪用しては様々な問題を起こし、態度の改善が見られない生徒の名前と能力、主な活動場所などが記されていた。
「なるほど。わたくし達に彼らの駆除をしろということですわね?」
 意図を悟って綾瀬は言い、鈴音と共に琴子に顔を向ける。
「……端的に言えばそうです」
「とは言っても結構な人数だぁなぁ」
 頷く琴子に、鈴音はファイルをパラパラとめくりながらどこかうんざりと言う。
「……全てを倒す必要はありません。生徒会、または七姫の要請があった時。そして各自の判断に任せますが……この場合は現行犯でお願いします」
「こっちからいちゃもんふっかっけて勝手にケンカすんな、てことな。オーケーだ。で? ぶっ倒した時の報酬は?」
「……これを」
 黒い封筒を琴子は出す。受け取った鈴音は何気なくそれを開けて中を覗き……思い切り握りつぶした。
「……これをどこで手に入れた……?」
 鈴音は獣のように低く唸る。俯く全身は小刻みに震え、沸き上がる激しい感情を無理矢理押さえつけているかのようだ。
「……雪乃さんからです。鈴音さんに報酬としてこの黒い封筒を渡せば断ることは無い、とおっしゃってました」
 予想出来た答えなのだろう。鈴音は机を思い切り叩き、何かを飲み込むようにお茶を一息にあおった。
「……わかった。仕事は引き受ける」
 苦虫を噛み潰し、その上から渋柿でも食べたような表情で鈴音は言うと席を立ち、
「ちょいと用が出来たんでな。何かあったら連絡くれ」
 早口で言うと鈴音は駆け出した。「あのクソ雪姉ぇ……!」とかなんとか叫びながら走り去っていく後姿が屋上の扉の向こうに消えるまで見送ると、綾瀬は小さくため息をつく。
「ふぅ……女の子はエレガントにいきませんと……」
 そして一口お茶を飲み、
「有坂様。委細承知致しましたわ。この竜宮寺綾瀬。全力でこの任務お受けいたします」
「……では報酬についてですが――」
 鞄を覗き込む琴子に、綾瀬は手と首を振って全身で拒否を示す。
「いえいえいえいえ。そのようなもの必要ありませんわ。天から授かった能力を人のために使わず、私利私欲にだけ使うような輩を成敗するのは同じ能力者の務めでありましょう。その機会を公に認めて頂いただけで十分ですわ」
「……ですが……」
「有坂様のお心遣い感謝致します。では、こう致しましょう。ほんのたまにで結構です。有坂様のお茶会に誘って下さいまし」
 そう言って綾瀬は微笑んだ。琴子も笑顔を返し、
「……喜んで」
「ありがとうございます。それとひとつ、お願いがあるのですが……」
「……なんでしょう?」
 怪訝な顔をする琴子に綾瀬はどこか照れたような表情を浮かべ、
「……お茶をもう一杯頂けないでしょうか?」
 思わず琴子は目を瞬かせた。どんなお願いなのかと無意識に身構えていた彼女に取って、それはあまりに意外なものだった。だから琴子は優しく笑み、綾瀬のカップにゆっくりと茶を注いだ。
「あー、部長! 竜宮寺先輩だけずるいです! 私にも下さいよー!」
 頬を膨らませ、夏来が言ってくる。後輩のカップに新しいものを注ぎながら琴子は期待に胸を膨らませる。騒がしくも楽しいお茶会がこれから始まるのだ、と。



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