Girls beat


1 :日原武仁 :2010/06/05(土) 18:44:37 ID:WcuDtDuF

 このシリーズは元々、三つのお題から話を作る「三題話」用のものとして書いてきたものです。少しばかり数が溜まってきたので、少しずつ折を見て投稿していきたいと思います。
 楽しんで頂ければ幸いです。


2 :日原武仁 :2010/06/05(土) 18:49:12 ID:WcuDtDuFWH

Girls beat 〜スタッカートな日常〜

*使用お題:「目覚まし時計」「ポケットティッシュ」「泥試合」




 ぱちり、と目を覚ます。
 すかさず枕元に手を伸ばし、目覚し時計の頭を一閃! 丸っこくデフォルメされた緑の恐竜が叫ぶ前にその行動を封じてやる事に今朝も成功だ。ふふん。この理恵さんを起こそうなんて、百年経っても早すぎるのよ。
 私はモノトーン柄に統一したベッドから起き上がり、床に下りると大きく伸びをする。そしてカーテンを勢いよく開いた。
 小気味よい音の後に入ってくる日の光に目を細めつつ、身体全身にお日さまを浴びるようにもう一度伸びをする。
 快晴だった。
 ここ最近の週末は雨ばかりで、ちょっとだけ気分が沈みがちだったけど、今日は文句の付けようの無い、まさに雲ひとつない青空だ。
「……よし」
 私は小さく呟き、顔を洗いに洗面所へ向かった。

 ◆

 イチゴジャムを塗ったトーストに目玉焼き。フルーツサラダに牛乳という、日曜だというのに平素どおりの朝食を食べ終え、部屋に戻ってパジャマを脱いだ時にケータイが鳴った。
 着信の名前を見て、少し苦笑してから通話ボタンを押す。
『理恵ちゃんの浮気者ー!』
 挨拶も無く、いきなり聞こえてきたのは涙目で怒鳴るような声だった。
『わた、わたしと言うものがありながら……! どこの馬の骨とも知らない方とデートだなんて……!』
「うるさい。私は洋子とそんな仲になった覚えはない」
 肩と顎でケータイを挟むようにし、白のスキニーパンツを履きながら冷たく言い放つ。
「デートじゃない上に人の従兄を馬の骨扱いするな」
 そう言ったところでふと気付く。今日の予定を誰かに言った覚えはないのだけど……?
『ふふん。理恵ちゃんの事でわたしが知らない事はありません』
 訊くと、なぜか誇らしげに洋子はそう言ってきた。
「人のプライバシーに土足で踏み込んでくる奴と付き合えるほど私の人間性は高くないんだ。短い間だけだったけど楽しかったよ」
 無表情で告げ、終了ボタンに指を置く。
『わー! ごめんなさいごめんなさい。今度からこういう宇宙パワーは使いませんから許して下さい! 千回ごめんなさいしますから許して下さいぃー!』
 その場で土下座でもしてるんじゃないかと思わせるくらいな必死さで、ごめんなさいごめんなさいと謝る洋子。
 私は嘆息してから許してやることを告げた。


 私、島宮理恵のクラスメートである高梨洋子は宇宙人だ。
 ゆるいウェーブの入った背中まで届く茶色がかった髪に、美人とも可愛いとも言える絶妙なバランスの整った容姿。全体的な肉付きは薄いのに、メリハリのあるそこそこのスタイルという外見からはとても想像がつかないけれど。
 ある雨の日にいきなり正体を明かされ、その日の内に彼女の『家』である空飛ぶ円盤に招待されなければ到底信じられないことだった。
 で、その日以来。なぜか私と洋子は共通の秘密を持つことになり、同時に洋子は私の恋人を自称するようになったのだ。
 ちなみに、私にそんな百合趣味は全然無い。全く無い。あくまでノーマルだ。ちょっと男っぽい容姿だからって、そんな趣味があると思われちゃ堪らない。
「とにかく。今日は貴兄ちゃんに頼まれて付き合うんだから。また今度遊んであげるから、今日は我慢しなさい」
 それじゃ、と付け加えて電話を切った。
 少し冷たいかもしれないけど、こういう時の場合、洋子が本格的にぐずり出す前に一方的にでもいいから切った方が長引かなくていい。なんだかんだとあーだこーだと言い合いになり、水掛け論というか、最悪泥試合になりかねない。時間があれば付き合うのもやぶさかではないけど、さすがに今日みたいに予定がある時はごめんこうむりたいものだ。
 と、いけない。もうそろそろ出ないと待ち合わせに間に合わない。素早く黒のチューブトップを着、鞄を持つと急いで私は玄関に向かった。

 ◆

「今日は助かったよ。ありがとう」
 全国展開しているコーヒーショップのオープンテラス。その表通りに面した席で、貴兄ちゃんは私の頭を大きな手で撫でた。
「もう、やめてよ貴兄ちゃん」
 口ではそう言っているが、実は悪い気はしていない。昔から貴兄ちゃんに頭を撫でられるのは好きなのだ。
「はは、悪い悪い」
 貴兄ちゃんは笑い、手を引っ込めた。
「でも私なんかで良かったの? ……彼女さんへのプレゼントなんでしょう?」
 どこか寂しい気持ちを心の隅に感じながら、私はそう言ってカフェオレに口をつける。
「んー、まあ、なんというか……」
 貴兄ちゃんは言いにくそうに頬を人指し指で掻いた。
「あいつもまあ、なんというか男っぽいやつでな。だから理恵ちゃんに付き合ってもらった訳で……」
「酷いなぁ。貴兄ちゃんまで私をそういう目で見るの?」
 思い切りジト目で睨んでやる。対し、貴兄ちゃんは微妙な顔を返してきた。
「だってなぁ……」
 そう言って、貴兄ちゃんはちらりと背後に目をやった。
 その先に目をやれば、街灯の陰に隠れるように少女がいた。赤いパーカーに同色の帽子を目深に被り、腕にはポケットティッシュの入った籠を下げている。パッと見れば、どこにでもいそうなティッシュ配りの人だ。普段なら気にならないのだけど、これが貴兄ちゃんと行く先々に現れるとなると、やはり少しばかり気になってくる。しかも、ゆるいウェーブの入った茶色がかった髪が帽子からこぼれているとなると尚更だ。
「その……、何と言うかゴメン」
 気まずく謝る私の頭を、貴兄ちゃんは優しく撫でてくれた。
「気にするなよ。別に何があった訳じゃないし。好かれてる証拠だろう? まあ、多少度が過ぎているのかもしれないけどな」
 苦笑し、貴兄ちゃんは立ち上がる。
「今日は本当にありがとな。おかげで助かった」
「うん。私でよければいくらでも付き合うから」
 言って私も立ち上がった。
「じゃあな。『彼女』によろしく」
 貴兄ちゃんは下手くそなウィンクを残して去っていった。
「……誰が『彼女』だってのよ……」
 貴兄ちゃんの背中に小さく毒づき、ふう、と息をつく。
 後ろ頭を掻きながら、私は街灯へ――ティッシュ配りの少女のところへ歩いていった。
 遠目から見ても明らかなくらい、彼女の肩が引きつった。次いでわたわたと誰かに助けを求めるようにきょろきょろと右往左往し、挙動不審の末に逃げ出そうとした彼女の肩をがしりとつかむ。
「……何してんのよ?」
 呆れたように言うと、ティッシュ配りは私から顔を背け、
「わ、わたしはた、ただの、どこにでもいる通りすがりのバイトのティッシュ屋さんですよー」
 裏返った声――もしかしたら声色を変えているのかもしれない――で言ってくる自称・ティッシュ屋さん。
 私はこれ見よがしに大きく嘆息し、苦笑しながら言ってやる。
「ティッシュ屋さんのバイトが終るのはいつ?」
「は、はい?」
 私の意図が分からないらしく、窺うように上目遣いで見てくるティッシュ屋に続けて言う。
「ナンパしてるのよ、ナンパ。バイトが終ったら一緒に食事でもどう?」
 ここまで言ってようやく分かったのかティッシュ屋は――洋子は帽子を取って、ついでに手にした籠も投げ捨てて私に抱きついてきた。
「終りました。たった今でバイトは終了です! これから思う存分フリーです!」
「誰もそこまで聞いてないって……」
 苦笑しながらそう言って、洋子のきれいな髪を梳いてやる。
 甘いなとは思うけど、たまにはこういうことがあってもいいのだろう。夏の一日は長い。日が暮れるまでの時間くらいなら、洋子と付き合う休日というのも悪くないはずだ。 



〈無名迷宮〉【http://moonlit21.blog105.fc2.com/


3 :日原武仁 :2010/06/21(月) 15:13:44 ID:WcuDtDuFWH

Girls beat 〜クレッシェンドな夏休み〜


*使用お題:「カブトムシ」「雷」「写真」




「理恵ちゃん。セミさんですよー」
 洋子は右手に掴んだセミを嬉しそうに私の目の前に持ってくる。その誇らしげな様子は小さい子が自分の成果を親に自慢するみたいで、はたから見れば微笑ましいものがあるかもしれない。
「ああ、セミね」
 それに対し、木陰に座って読書する私の返答は至極素っ気無かった。うるさく騒ぐセミにチラリと一瞥をくれただけで、すぐさま目線を下に落とす。
「むー」
 洋子はそんな私のリアクションが不服なのか、不機嫌そうに頬を膨らませたような声を残し、がさがさと再び林の中に入っていった。
「ステレオー」
 帰ってきた洋子は両手にセミを持っていた。
「…………」
 軽く視線を上げるだけの反応を示して私は無言。今年の夏はあまりセミの声を聞かないけれど、だからって好き好んで聞きたいとは思わない。
「むむぅー」
 唸るような声を残し、洋子はまたもや林へと入っていく。
「五・一チャンネルー」
 私の前髪に一匹、そして後頭部に二匹のセミを付けると、洋子は両手のセミを私の耳の辺りに突き出してくる。
 ははぁ、なるほど。こうする事によって平面的なセミの声が立体的に、まるでその場にいるように聞こえてくる……
「……て、うっさいわっ!」
 叫ぶと立ち上がり、洋子の頭に握った拳を叩きつける。
「へぶっ!?」
 聞きようによっては可愛らしい声を残し、洋子はその場に倒れ伏した。


 私、島宮理恵のクラスメートである高梨洋子は宇宙人だ。ウェーブの入った背中まで届く茶色がかった髪に、美人とも可愛いとも言える絶妙なバランスの整った容姿。全体的な肉付きは薄いけれど、そこそこのスタイルという羨ましい外見からはとても想像つかないけど。
 そんな彼女と二人っきりで私は今、カブトムシを捕るために街外れの雑木林にいる。どうして高校二年にもなって、小学生男子のような夏休みの一日を過すはめになったのかといえば、それは朝方にまで話は戻る。
「カブトムシさんはすごいのですよー!」
 朝の九時にいきなりやってきた洋子は開口一番、手をぶんぶんと振り回して興奮も露わにそう言った。
「クワガタムシさんもコガネムシさんムカデさんも敵わないのですよ。まさに虫の王者にして甲虫キングです!」
 あー、なるほど。おそらくは虫同士を戦わせるという、最早何番煎じか分からないあのアニメを見たのだろう。それでモロハマりをした、というところか。
「なので、今から一緒に本物のカブトムシさんに会いに行きましょうー!」
「断る」
 テンション高く言ってくる洋子に、私は即答した。
「夏休みはあと二週間しかないのよ? 日を追う毎に貴重になっていく一日をそんなことに使いたくなんかないわよ」
 しかもこの夏休みはただでさえ宇宙に行ったり、洋子の身内のトラブルに巻き込まれたりと彼女に振り回されっぱなしだったのだ。いい加減、もう少し普通な夏休みを満喫したい思っても絶対に罰は当たらない。
「カブトムシさんと出会えた後は、わたしとラブラブで甘々な、少女小説も裸足で逃げ出す時間が待っているですよ?」
 なぜだか得意げで、しかもそこはかとなく恥らうような顔を見せる洋子だった。 
「いや、そんなのは交渉材料にならないから」
 まったくもって困ったことに、洋子は私の恋人を自称している。百合趣味の欠片も無い私としてはいい迷惑だ。しかも、周囲が妙に好意的な目で見守っている雰囲気なのはどういうことだ?
「もー、照れなくてもいいですよ? 理恵ちゃんはあれです。ツンデレです。素直じゃない理恵ちゃんだからわたしが強引にリードするのですよー」
「ちょ、人の話はそのまま受け止め――!」
 自己中に解釈し、捏造した私の心情をのたまうと洋子は私の手を取った。
 瞬間、私と洋子の身体が中に浮き、軽く酩酊したような――お酒を飲んだことはないけれど、話を聞いているときっとこんな感じなのだと思う――感覚が襲ってくる。
 私は思わず近くにあった文庫本を手に取った。何がしたかった訳でもないけれど、身体を固定するための何かがしたかった結果だ。
「じゃーんぷ!」
 嬉しそうな洋子の声で、私の視界が切り替わった。


 とまあ、そんな感じで。
 私は洋子の宇宙人的技術、または宇宙的パワーによって雑木林に――なぜか靴も履いて――瞬間移動させられたのだ。
 これを体験するのは今回で四度目だ。最初こそ戸惑ったものの、さすがにこれだけ数を重ねればいやでも慣れてしまう。……心の底から慣れたくないと思っていても、ね。
「……怒ってますですか……?」
 そんな弱々しい声に振り向けば、捨てられた子犬のような目で私を見る洋子が視界に入った。
「……はぁ」
 思わず嘆息してしまう。本来なら、ここでガツンと叱るなり怒るなりするのが筋なのだろうけど……今更そうしたところでどうなるものでもない。来てしまったのなら来てしまったで楽しんだ方が前向きで、精神衛生上もいいように思う。まあ、ただ単に、何だかんだと言っても、私が洋子に甘いだけなのかもしれないけど。
「別に怒っちゃいないわよ。こういう無茶は今に始まったことでもないからね。ただ……」
 正面から洋子の綺麗な鳶色の瞳を見つめ、小さい子をたしなめる様な声音を私は作る。
「もう少し私の都合というか、言う事を聞きなさい。先走りが多すぎなのよ、あんたは」
「気を付けるです……」
 俯く姿といい、目に見えてテンションを下げる洋子だった。
 まったく……。微妙に後悔するくらいなら、最初からこういうことをしなければいいのに。まあ、それが出来ないのが洋子の気質なのか、地球人のことがよく分かってない宇宙人だからかは分からないけど。
「ほら、しっかりしなさい」
 私は洋子の頭をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でてやる。羨ましいくらいに柔らかい髪が手の平に心地良い。
「カブトムシを捕まえるんでしょう? そんな元気の無い事じゃ、捕まるものも捕まらなくなっちゃうわよ?」
「分かりましたです!」
 洋子は両拳を握り締め、むん、と気合いの入った顔をみせた。
「理恵ちゃんの期待に――愛に応えるためにわたしはがんばるのですよー!」
「いや、愛はないから。微塵も」
 そんな私のツッコミは、空に向かって「エイエイオー!」と叫ぶ洋子に届いてないことは明白だった。

 ◆

「雲行きが怪しくなってきたわね」
 ここに来て三時間ばかり経った頃だろうか。にわかに空が鈍色に曇り始め、遠くでごろごろと雷が鳴り始めた。こんなところで雷雨に見舞われたらたまったもんじゃない。
「洋子、そろそろ帰るわよ」
 早々の撤退を決め込むために、私の膝を枕にして眠る洋子の肩を揺すった。
 今日の洋子は本当に小さな子供と変わりが無かった。
「カブトムシさんがいましたよー! ああっ! あそこにクワガタムシさんが!」
 などと、林の中で大はしゃぎしていたと思ったら、
「ふみゅー、眠いのですよ……」
 とか言い出して私の側で丸くなるように寝転ぶと、すぅすぅと静かな寝息をたて始めてしまうのだから。
 そのままにしておくのはさすがに忍びなかったので、起きないように気を付けながら洋子の頭を膝の上に乗せてやったというわけだ。
 何と言うか、自分でもマズい事をしているような自覚はある。洋子を膝枕している姿を知り合いに――特にゆかりなんかに――見られたり、ましてや写真にでも収められようものなら、きっと私の何かが終るのは間違いない。
 なのだけれど――まあ、ここは雑木林の中だし、今日の洋子は本当に子供みたいで、少しくらいはこういう構い方をしてもいいかな、とも思う。もしかしたら、母性本能というのはこういうものなのかもしれない。
「う……ぅん……」
 むずがりながら洋子は身体を起こして目を擦り……はっと何かに気付いたように私を見た。目を丸くして驚く様が、悔しいくらいに可愛らしい。
「……も、もしかして……。理恵ちゃんに膝枕されてたんですか……?」
「うん、まあ。そうかもしれないわね」
 恐る恐るに訊いてくる洋子に、私は頭を縦に振った。
「な、なんてことでしょう……!」
 洋子は真剣な顔で頭を抱えながら言葉を続ける。
「どうしてわたしは身体を起こしてしまっているんですか! そうと分かっていたならもっと理恵ちゃんの膝枕を堪能できたのにっ! ああ、なんて勿体無い……! なので理恵ちゃん!」
 洋子は私の肩をがしりと掴み、とんでもなく真剣に、見たこと事もないくらいに必死な形相を見せてくる。寝起きのせいか、ぼさついた髪が変に振り乱されたように見え、ちょっとイっちゃってる感で一杯で、目を逸らそうかと思うくらいにとんでもなく怖いんだけど。
「もう一度膝枕をして欲しいのです! 記憶に生々しく残るような柔らかくて甘美な膝枕を!」
「嫌よ。あれはただの気まぐれ。気の迷いだから忘れなさい」
 洋子から視線を外すように、澄ました顔でぷんと顔を背ける私。
「ううぅ……。この地球に大宇宙神様のご威光はないのですかぁ……」
 何やら怪しい宗教的な(宇宙的な?)意味不明なことを呟きながら洋子はうなだれ、肩を落としていた。
「ほら、帰るわよ。今にも雨が降ってきそうな暗さじゃない。こんなところで雨に濡れたら風邪をひいちゃうわよ」
 そう言っても、洋子は立ち上がるどころか顔を上げようとさえしない。うわ言のように「膝枕、膝枕、膝枕……」と繰り返すだけだ。
「あー、もう。分かったわよ」
 髪を乱暴に掻きながら、本日何度目かの嘆息を口から漏らす。ため息をつくと幸せがひとつ逃げていくと言うけれど、きっと私の幸せ残量はこの宇宙人と出会って以来、加速度的に激減してるに違いない。
「雨が降る前に家に帰れたら膝枕してあげるから、さっさと立ち直りなさい」
「分かりましたです!」
 うわ、早っ! 私が言い終わると同時に立ち上がったってことは……私から膝枕の確約を引き出すための交渉的な演技だったということか……!
「さあ、帰りましょう。さっさと早々に一刻も早く一目散に帰りますよー」
 心底嬉しそうに洋子が私の手を握ると、ふわりと足が地面を離れ、あの感覚がやってくる。
「ちょっと、タンマ。今の無し! だから――」
「じゃ−んぷ!」
 私の言葉に洋子が耳を貸すはずもなく、私の視界は強制的に切り替えられたのだった。


4 :日原武仁 :2010/07/24(土) 01:08:58 ID:WcuDtDuFWH

Girls beat 〜エスプレッシーヴォなアクセサリー〜


*使用お題:「傘」「ブランコ」「リズム」「シスター」「キーホルダー」「ヨーヨー」



 天気は快晴だった。
 四月から続く季節感の狂いそうな、異常気象とも言える天候不順も五月半ばになってようやく落ち着き、例年通りの初夏らしい暑さが見え隠れし始めてきたそんな日。
 私と洋子は街の中心部にあるショッピングモールへと遊びに来ていた。
「おっでっかけ♪ おっでっかけ♪ きょーうーはりーえちゃーんと、デートですっ♪」
 洋子は始終こんな感じでテンション高く、時折り調子っぱずれなリズムに乗って、作詞作曲洋子な即興曲を歌っていたりする。
「だからデートじゃないって何回言わせるのよ」
 そして私はこの歌を聞く度に、ため息混じりに訂正を加えるのだ。
「もう。何を言っているんですか、理恵ちゃんは。二人だけでお出かけして、一緒にお買い物して、並んで映画を見て、向き合ってお食事したんですよ? 一体これをデートと呼ばずして、何をデートと呼ぶんですか?」
「それを男女でやればデートでしょうよ。女同士で遊びに行くことを世の中ではデートとは言わないの」
 もはや何度目になるか分からない嘆息を私は漏らすのだった。

 ◆              

「理恵。良いモノあげよっか?」
 事の始まりはおとといの金曜日に遡る。一日の授業を終え、机の中の教科書やノートをカバンにしまっていた時だ。不意にゆかりに声をかけられた。
「良いモノぉ?」
 私は不信感を隠しもせず、目を細めるような警戒心バリバリな表情で彼女を見る。
 先端部分を緑のリボンで結んでまとめた腰まで届く長い髪。小柄なのにスタイルが良く、小顔で大きな瞳が印象的な眼鏡美少女。それがクラスメイトの吉川ゆかりという少女だ。
 ゆかりがもったいぶって話を持ち掛けてくるなんて、大体にしてロクな事がない。現に今も、どことなくニヤニヤした笑みを瞳に浮かべているのが何よりの証拠だ。
「そんな不審者を見るような顔をしなくてもいいじゃない。本当に良いモノだから」
 そう言ってゆかりは、後ろ手に隠すようにしていた右手を私へと突き出した。果たして、そこにあったのは二枚の長方形の紙だった。
「……映画の無料鑑賞券?」
 書かれた文字を、私は声に出して読んでみる。
「この週末に義兄さんと行く予定だったんだけど、ちょっと都合が悪くなっちゃってさ。期限が明後日の日曜までで、このまま無効にしちゃうのも勿体無いじゃない? だったら理恵と洋子に使ってもらった方がチケットも無駄にならないし、二人の仲も進展すると言う、まさに一石二鳥な素敵な方法よね?」
「すごい名案でしょ? みたいなすっごくいい笑顔で言わないの。まったく。私と洋子はそんな関係じゃないって何度言わせるのよ」
 洋子は私のクラスメイトの一人だ。ウェーブの入った背中まで届く茶色がかった髪に、美人とも可愛いとも言える絶妙なバランスの整った容姿。全体的な肉付きは薄いけれど、そこそこのスタイルという、女子の持つ理想のひとつを体現している少女だ。そして彼女は困ったことに、私の『彼女』を自称している。百合趣味の欠片も無い私としては迷惑以外の何物でもない。人より少し身長が高くて、ほんのちょっとだけ男っぽい容姿をしてるからって、私をそういう目で見るのは止めて欲しい。
 洋子を語る上で外せないことはまだある。いや、こちらのことこそ重要だろう。
 彼女――高梨洋子は宇宙人だ。洋子から『告白』された時、その正体を告げられた。秘密を共有してこそ真の恋人同士になれる、というのが洋子達の持論らしい。その考えは素晴らしいと思うけど、もう少しランクの低い秘密にして欲しかったと今では思う。それのせいで、私は少なからず宇宙人的なトラブルに巻き込まれているのだから。
 過去の思い出をフラッシュバックさせながら嘆息する私に、「またまたぁ」とゆかりはチケットを机の上に置いた。
「ツンデレな理恵の言い分はいつものこととして。とにかくそれ、理恵にあげる。使わないんだったら他の人にあげてもいいからさ」
 じゃあね、と自分の言いたいことだけを言い放ち、ゆかりは私から離れていった。
 私は残されたチケットを見る。それは街にあるシネコンが発行したもので、そこで上映されている映画ならどれども鑑賞は無料。ただし、期限は今度の日曜まで。
 週末にこれといった予定があるでもなし、丁度気になる映画もあることだから、劇場へ足を運ぶのも悪くない。一人で観に行ってもいいけれど、目の前にあるチケットは二枚。
 ……ふう、仕方ない。なんとなく……いや、かなりの部分、ゆかりに乗せられている気がして癪だけど、まあ、いいか。たまにはこっちからあの子を遊びに誘うのも、おそらくきっと悪くない。
 私は軽く頭を掻くと、チケットを持って席を立った。
 

「ああ、ああ……! 理恵ちゃんからお誘いが来るなんて……! ついについについにわたしの愛が届いたんですね!?」
 誘った時の洋子の第一声がこれだった。好きなものばかりを目の前に並べられた子供と言うか、迷子の子犬が飼い主を見つけた時のはしゃぎっぷりと言うか。ある意味こっちが引くぐらいに洋子は喜色満面だった。
 胸の前で手を合わせて感動する洋子に、彼女を囲むように座っていたクラスメイト達(何でも、『可愛い洋子を愛でて応援する会』というらしい。なんじゃそりゃ)が口々に「良かったね、洋子ちゃん!」「ほう? 日曜は赤飯だな、高梨」「……勝負下着は入念に」などと好き勝手に囃し立てる。……なんだってこのクラスメイト達は私と洋子をそういう関係に仕立てようとするんだろうな。私と洋子は普通に友達だと――少なくとも私は――は思っているのに。
「そういうことだから日曜は空けといて。詳しい時間とか後でメールするから」
「はいっ! 楽しみに待ってます」 
 私はそう言い残し、自分の席に戻ってカバンを取ると、そのまま部活へと向かったのだった。

 ◆              

「分かりました。ツンデレで照れ屋な理恵ちゃんの顔を立て、今日は『ただのお出かけ』という体で行動するのです。愛する人のために自分を抑える。むふー、わたしはデキる彼女さんなのです!」
 腰に腕を当て、どこか得意そうに胸を張る洋子だった。
「……ありがと」
 なんかもう、色々とツッコむのも面倒くさいので、諦めたように適当に私は頷いた。


 今日の外出の目的であるメインの映画も観終わり、簡単な昼食を済ませた後。帰るにはさすがに早い時間だったから、フラフラとメインストリートである翡翠通りを歩きながらウインドウショッピングなどをしていた時だ。
「あ、にーにぃ」
 不意に洋子は立ち止まり、通りのある場所へと顔を向けた。
 洋子に釣られてそちらに目を向けてみれば、そこにあったのはアクセサリーなんかを売ってるストリートショップだった。商品を並べた黒い布を敷いた長机の後ろ、簡易式のイスに座って文庫本を読んでいる二十歳くらいの青年がいる。短い黒髪に白欧風の血を引いているような彫りの深い顔の美男子だ。
 私は彼を知っている。と言っても、一度紹介されただけだけど。逆に言えば、一度紹介されただけで覚えてしまうくらい印象に残る美形だという事だ。名前は高梨和矢さん。洋子の二番目のお兄さんだ。
 ちなみに、洋子には四人のお兄さんがおり、上から「いちにぃ」「にーにぃ」「さんにぃ」「よんにぃ」と洋子は呼んでいる。
 それにしても、まさか和矢さんとこんなところで出くわすとは思ってもみなかった。
「へぇー。和矢さん、アクセサリーのお店とか開いてるんだ」
「にーにぃはとっても手先が器用なんですよ。なんてったってズロバロス勲章をもらったこともあるくらいなんですから」
 えへん、と洋子は自分のことを自慢するように胸を張った。ズロバロス勲章とやらがどういうものなのかはよく分からないけど、きっと宇宙人から見たら栄誉なことなのであろうことは洋子の態度からよく分かる。
「せっかくなので理恵ちゃんもそのスゴさを体験して下さい」
 洋子は言い、私の手を引っ張るようにして和矢さんの店へと歩き出した。
 ここまで洋子が言うのなら、きっと身内のひいき目を差し引いたとしても、きっと素晴らしいものなのだろう。繊細な細工を施したものなのか。はたまた斬新な意匠を凝らしたものなのか。否が応にも期待が高まるというものだ。
 こう見えても理恵さんは年頃のオンナノコなのですから、アクセサリーにはひとかどならぬ興味があるのです。
「にーにぃ。調子はどうですか?」
 店の前に立ち、洋子はニコニコと和矢さんに声をかける。
 和矢さんは読んでいた文庫本から顔を上げ、洋子の登場に特に驚くことも無く、無表情のままで小さく首を横に振った。
「……そうなんですか。むむむ、地球の人の目はものすごく肥えているんですねぇ……」
 しょんぼりとする洋子だった。
「こんにちは、和矢さん」
 挨拶し、ぺこりと小さく頭を下げる。と、和矢さんはなぜか眉を寄せるような少し厳しい顔で私を見た。
 え? 私……何か気に障るようなこと……した?
「オレはひとつ」
「――はい?」
 オレはひとつ? 年齢……な訳ないよね? 何か宇宙的な挨拶とかなんだろうか……?
 私の困惑を表情から読み取ったのだろう。和矢さんは自分の言わんとしていることが伝わっていないと思ったのか、考えをまとめるように視線を宙へとしばし泳がし、
「オレはひとつ。三つない」
 私の顔を真正面から見つめ、改めてそう言った。
 さあ、今度はこっちが考える番だ。オレはひとつ。三つない。当然だ。和矢さんはここに一人しかいないのだから。なら『三つ』の意味するところは――
 と考え、唐突に思いつく。『三つ』。すなわち『さん』。もしかして、呼んだ時に付けた敬称の『さん』を数字の『三』と勘違いしてる――とか?
 ――うん。多分そうだ。でないと『三つ』なんて出てこないもの。だとすると――ここでの正解はこういうこと……かな? うわ。それってかなり気恥ずかしいことなんですけど。うーん、仕方ないのかなぁ?
「あ、えーと……。こ、こんにちは――和矢」
 覚悟を決めて言い直す。
「こんにちは、リエ」
 どうやら正解を当てたらしく、和矢さんは蕩けてしまいそうな笑顔を返してくれた。
「あー、理恵ちゃんとにーにぃ! なにちょっといい雰囲気作ってるんですか!?」
 私と和矢さんの間に割り込むような洋子の声ではっと我に返る。いけないいけない。思わず和矢さんの笑顔に見惚れてた。それにしてもなんて魅力的な笑顔なんだろう。きっと一生忘れることの出来ない笑顔だ。
「それにしてもにーにぃ。なんで翻訳フィールド解いてるんですか。もしかして理恵ちゃんの気を引くためにわざとですか!?」
 がるるるっ、と私をかばうように立ちながら、洋子は和矢さんに食ってかかる。
「地球にいる。生で勉強。もったいない」
 たどたどしく和矢さんは言う。ああ、なるほど。洋子が流暢に日本語を話しているのは『翻訳フィールド』とやらのおかげなのか。それを和矢さんは展開(?)していないから、どこかカタコトな言葉遣いになっている……ということなのかな? さすが宇宙的技術。異星間交流のための技術はハンパないわね。
 そんなことを思いつつ、私は目の前にある和矢さん手製らしいシルバーアクセに目を落とし――絶句した。
 これは……何と言えばいいんだろう。グロテスクというほど酷くはないけど、キモカワイイというにはアクが強すぎる。「ぼくの考えた○○コンテスト」の二次選考落ちみたいなものや、残念なデザイナーが考案したご当地キャラみたいなとか、中途半端な邪神像みたいなものばかりが並んでいる。
 これは売れないのも頷ける。というか、何をモチーフにしたらこんなシルバーアクセが出来上がるんだろう。
「さすがにーにぃ。今回のもすごいです!」
 私が少しばかり引いた顔をする横で、洋子ははしゃいだように目を輝かせた。
「この『――――』さんなんて、角とか尻尾がものすっごくチャーミングです! キュート過ぎます! さすがにーにぃ。匠です!」
 え? 何て言ったの? 音としか聞き取れない言葉を洋子は言ったのだけれど……? 宇宙人でないと発音出来ない言葉ってこと? 無理矢理肉声で表現するなら……アジャッツ、かしら?
「んー、でも不思議ですねぇ。これだけアジャッツさんの可愛らしさをこれ以上ないってくらいに造形的に表現できてるのに、売れ行きが芳しくないというのは……」
 本気で不思議そうに首を捻る洋子だった。
 このシルバーアクセはきっと、宇宙人的に見たらものすごく素晴らしいものみたいだけど、地球人から見たらゲテモノ趣味の人以外は見向きもしない造形だと、これは早々に教えてあげるべきなのだろうか……
「あの――」
「心配ない」
 地球におけるアクセサリーの現実を教えようと、私が口を開いた時だ。和矢さんが口元に小さな、けれど自信に満ちた笑みを浮かべながら近くにあったスケッチブックを手に取った。
「秘密兵器」
 そう言って、私と洋子にページを開いて見せてくれる。
「「…………!」」
 二人の目が大きく見開かれる。洋子は純粋な驚きに。私はドン引きな意味合いで。
 そこに描かれていたのはやたらにリアルな怪獣だった。足の無いモグラみたいな毛むくじゃらでずんぐりむっくりした胴体。その左右から八本ずつの牙みたいなものが上向きに湾曲して生えてて、お尻にはやたらに長くて細い尻尾が三本。背中には目のような模様が入ったカブトムシの羽が二対ある。
 え、なに? この小さい子が考えた怪獣を思いっきり真面目に書いてみましたみたいなスケッチは。
「うわー! 宇宙的大マスコット獣『――――』さんじゃないですか!」
 え!? そうなの!? この……えーと、無理矢理発音するとガジャウグ、とかいうのがマスコット!? う、宇宙人の感覚って……!
「にーにぃの技術とガジャウグさんが手を組めば、いかに目の肥えた地球の人でもこの可愛さにメロメロ間違い無しです! ね、理恵ちゃんもそう思いますでしょ?」
 微塵の疑いも無いキラキラした瞳で洋子は同意を求めてくる。
 う、やめて。そんな目で地球人の私を見ないで下さい。
「……理恵ちゃん?」
 若干視線を逸らすような私を不思議に思ったのか、洋子は小首を傾げた。
 はぁ、仕方ない。ここは少しだけ心を鬼にして、地球と宇宙の感覚のズレについて教えておこう。このまま誤解したままじゃ、色々な意味で不幸で可哀想だ。
「あー、なんと言うか。とても言いにくいんですけど……きっとそれは全然ダメだと思います」
「「…………っ!」」
 私の言葉が余程ショックだったのだろう。二人は揃って目を見開いた。しかも、和矢さんはスケッチブックを取り落とすくらいの驚きぶりだ。
「地球の……と言うより日本のものになってしまいますけれど」
 私は落ちたスケッチブックを拾って白紙のページを開く。和矢さんから書き込みの許可をもらい、サインペンを借りる。
「宇宙的なセンスはこの際捨てちゃって下さい。奇をてらう必要はなくて、もっとこう、普通のがいいんです」
 言いながら、私は適当にペンを滑らせる。シスターが身に付けそうな十字架。ネコやイヌをかたどったキーホルダー。デザイン的な羽のストラップ。ハートやダイヤのネックレス。開いた傘を意匠的にアレンジしたペンダント。少し変わりどころでヨーヨーを模したリングに、ブランコをあしらったチョーカー。
 身の回りにありそうなものを次々とアクセサリーっぽく描いていく。
「ふあぁ、理恵ちゃん、絵がお上手ですぅ……」
 私の手元を覗き込みながら洋子が感嘆の声をあげた。私は別に絵が上手いわけじゃない。美術の成績なんて、十段階評価で六くらいだしね。ただ、こういう落書きみたいなものは結構好きで、簡単なイラストくらいならそこそこに見られるものが描ける、という程度でしかない。
「と、まあ、こんな感じで。見回すと近くにあったりするものをデザインするのが一番簡単かもしれませんね」
 適当に二十個くらい描いたところでサインペンの蓋を締め、スケッチブックと一緒に和矢さんへと差し出した。
「……和矢?」
 和矢さんは俯いていた。それどころか、小刻みに身体を震わせている。 
 ……もしかして、怒って……る?
 うわ、しまった! いかにセンスがズレてるとはいえ、本職の人にただの素人の女子高生がべらべらと好き勝手に言い過ぎた。やっば、早く謝らないと!
「……リエ」
 低い声で名前を呼ばれ、身体がビクッ! となる私。やばいやばいやばい! 相当怒ってるよ! 
 「ごめんなさい!」と言おうと口を開きかけ、頭を下げようとした瞬間――いきなり和矢さんに抱きしめられた。
「…………え?」
 頭が真っ白になる。え、なに? 何が一体どうなってるの?
「師匠」
 と、そんな言葉が耳に届いた矢先、
「むきーっ! にーにぃ! 一体何をしてるんですかーっ!」
 突然の和矢さんの行動に、洋子が怒髪天を突いた。
「は・な・れ・て・く・だ・さ・いっ!」
 一音一音区切るようにそう言って、洋子は私と和矢さんの間に手を差し入れ、無理矢理に引き剥がす。
「もう、何ですかにーにぃは!? やっぱり理恵ちゃん狙いだったんですか!?」
 横合いから抱きつきながら、洋子は和矢さんを威嚇するように、がるるぅっ! と睨む。
 一方、和矢さんはどうしてそんな顔をされるのか分からない、とでも言わんげな困惑を浮かべ、
「地球風最大感謝。リエ、師匠」
 そう言って、和矢さんは私に微笑んだ。
「なるほど。そういうことなら仕方ありません。けど、今後理恵ちゃんに過度に触るような行動は控えて下さい」
 珍しく洋子はピシャリと言い放つ。どうして洋子がそんなことを言うのかイマイチ分かってないようだったけれど、一応和矢さんは頭を縦に振った。
「よろしい」
 と洋子は頷き、
「では、にーにぃ。わたし達は楽しい楽しいデートに戻ります」
 ツンと澄ましてそう言って、私の手を引っ張るように歩き出した。
「ちょ、ちょっと……。それじゃあ和矢、さようなら。またアクセサリー見せて下さいね」
 私は慌てて手を振って、和矢さんに別れを告げたのだった。

 ◆              

「へぇー。『翡翠通りにシルバーアクセのスーパーマイスター現る!』だって」
 洋子と映画を見た日から二週間ほど経った日の放課後。日直の日誌を書く私の隣りで、地域密着型の情報誌の特集記事を読んでいたゆかりが呟くようにそう言った。
「うわ、すごいイケメン。こんなイケメンが売ってるってだけで話題になりそうなのに、商品がこんなに素敵なら特集が組まれるのも当たり前よねぇ」
 何かを含むような口調でゆかりはこれみよがしに言ってくる。きっとその顔には、ニャルラトホテプもかくやと言うくらいのニヤニヤした底意地の悪い笑みを浮かべていることだろう。
「で? ここ一週間ずっと理恵を送り迎えしてて、今も校門で待ってるあのイケメン。どう見てもここに載ってるスーパーマイスターKAZUYAだと思うんだけど?」
 チェシャ猫のように目を細めて覗き込んでくるゆかりに対し、パキッ、と日誌に走らせていたシャーペンの芯が折れる音で応える私だった。
 私のアドバイス通りに作った和矢さんのシルバーアクセは売れた。それはもう、売れに売れた。そりゃそうだ。ゆかりが言ったとおり、店主が美形で接客も悪くなく、商品が素晴らしければ売れない要素を探す方が難しい。
 そのことを恩義に感じた和矢さんは恩返しのつもりなのか(本人曰く「師匠送る。弟子の仕事」ということらしいのだけれど)、私のボディガード……とは言い過ぎだけど、登下校の送り迎えをバイクでしてくれていたりする。
 当然断ったわよ? だって、私はたいしたことはしてないし、第一気恥ずかしいじゃない。美形に送り迎えしてもらうのは悪い気はしないけど、でもやっぱり登下校は悪目立ちが過ぎるってものだしね。
 なのに、結局こうなってしまったのは和矢さんの表情が原因だ。だって和矢さん。断るとものすごく弱々しい顔するんだもん。まさに雨の中に捨てられている子犬みたいな顔。あれを振り切れるほど、非情になれない理恵さんなのです。
 やっぱり私は甘いんだろう。洋子にしても和矢さんにしても、どうしてもここ一番、ある一線で断りきれない。今はいいかもしれないけど、これが何か、良くないことを運んでくるかもしれない危惧が常にある。まあ、そんなことは考えすぎ以外の何物でもないのだろうけどね。
「もー! にーにぃはまたぁ!」
 和矢さんを見つけるや否や、洋子は席を立って駆け出していく。「負けないでね、洋子ちゃん!」「我々は常にお前の味方だ、高梨」「……武器が必要なら言うこと」そんなクラスメイト達の声援(?)を背に、洋子は教室を出て行った。
「ちょっと待ちなさい、洋子!……ごめん、ゆかり。後でこの日誌を職員室に届けておいて欲しいんだけど」
「ほいほいよー」
 顔の前で手を合わせ、ゆかりに日誌を任せると、私はカバンを持って慌てて洋子の後を追う。今日もまた、あの兄妹をなだめながら帰らないといけないようだ。
 はあ。もうちょっと落ち着いた日常がやってこないものなのかと、胸中でぼやきながら私は廊下を走るのだった。


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