ファントム・ペイン


1 :日原武仁 :2007/08/13(月) 11:48:24 ID:ocsFWGV4

 こんにちは、日原武仁です。
 旧小説広場からの引越し&投稿再開です。
 楽しんで頂ければ幸いです。


11 :日原武仁 :2008/10/01(水) 03:09:58 ID:ocsFWioH

夏に似合う花

 窓から入ってくる風は涼やかで上質な――ものだろう、きっと――レースのカーテンが波立つように揺れている。用意された部屋は質素な造りながら上品でしっかりしたものだということが素人目にもよく分かる。そんなちょっとした一流ホテルのような部屋のベッドで俺は横になっていた。
 足を挫いてしまった。
 ビーチバレーでアタックを打った時、少しバランスを崩して着地したのが悪かった。確かにその時、足を捻ったような感じはした。だがたいして痛みは感じなかったし――まあ、多少動きづらかったが――そのまま続行した。
 これが良くなかった。俺達“ファントム”は痛覚が常人より酷く鈍い。この当たり前の現実をつい失念していた。気付いていた時にはすでに遅く――痛みに耐えられなくなった時には足首が一回り大きく腫れ上がっていたのだった。
 幸い骨や筋に異常は無く、しっかり固定しておけば二、三日で治る程度のものらしい。右足首を包帯でがっちりと固められた俺はコートから強制退場を強いられたのだ。
 暇だった。
 予定では今頃みんなスイカ割りに興じているはずだ。その場にいても良かったのだが、怪我人がいたのでは興が削がれると思い、俺は部屋で休むことにした。次に大沢さん達と合流するのは夕食時だから――三時間後くらいか。一眠りしようとも思ったが困ったことに全然眠くない。なのでひたすらに天井を眺めながらぼんやりしていた時、不意にノックの音が耳を打った。
「どうぞ。開いてますよ」
 ベッドから半身を起こして返事をする。
「お、お邪魔します……」
 遠慮がちにそう言って入ってきたのは大沢さんだった。
「どうしたの、大沢さん? スイカ割りは?」
「ちょっと休憩。あと二十分くらいしたら三回戦が始まるよ」
 水着の上に薄手のピンクのパーカーを羽織った大沢さんはどこかはにかむようにしながら言葉を続ける。
「足の具合はどう?」
「んー? まあ、悪くは無いよ。痛みも引いてるし。神杉先輩に感謝かな?」
 捻挫の手当てをしてくれたのは神杉先輩だった。その手並みは鮮やかと言う他は無く、一体どこで身に付けたのか尋ねたところ、
「…………少し前にな」
 とだけ答えてくれた。何か人には言えないエピソードがあるのか、それとも単に口下手なだけか判然としなかったが何となくそれ以上聞いちゃいけないような気がした。
「ほんと良かったね。神杉先輩がいなかったら歩けなくなっていたんだし」
 真剣な顔で言う大沢さんに俺は軽く笑い声を上げ、
「あははは。大袈裟だなぁ、大沢さんは。それにしても神杉先輩といい部長といい。うちの先輩方は変なスキルを持っているもんだ。見習いたいよ」
 考えてみれば木月副部長も――正確には『木月家』だけど――大沢さんには劣るものの、多方面に影響力を持っている。もしかしたら双子の先輩も何か特殊なスキルを持っているのかもしれない。なんせ自称『プロ』らしいからな。
 ……俺だけ何も無い。勉強が出来る訳でも、運動が得意な訳でも、何か技能が秀でていることも無い。全てが良く言って中の上。人に誇れる確固たる何かも無い。流菜にも異能と呼んで差し支えない技能があるのに俺には何も無い。
 劣等感を感じてしまうな。考えても詮の無いことだし、部長達との関係がこれが原因で壊れるとも思えないし、先輩達がこのことを意識しているとも思えない。全ては俺の被害妄想だ。そんなことは分かっている。十も百も千も承知さ。だけど……万にひとつも無いと言い切れるのか?
 下らなく取るに足らない悩みが顔に出ていたのだろう。いつの間にか近付いていた大沢さんが心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。
「足が痛むの? 急に辛そうな顔になったから……」
 俺は小さく頭を横に振る。それから笑顔を作ろうとして――失敗した。
 気が弱くなっていたのかもしれない。変に気持ちが緩んでいたのかもしれない。様々なことに対する不安が爆発したのかもしれない。意味も無く誰かに甘えたかったのかもしれない。
 全部が理由であり、どれもが見当違いだ。
 気付くと、俺は口を滑らせていた。
「大沢さんや先輩達と違って俺には何も無いなぁ、とか思ったら――俺はここにいてもいいのかなぁとか思ってさ」
 苦笑気味に言ったつもりだった。だが、実際はどんな顔をしていたのかは分からない。ただ目に映る全てが歪み、頬を何かが流れるかすかな感覚があるだけだった。
 と。
 不意に俺は柔らかく、温かいものに包まれた。
 大沢さんに抱きしめられていると理解するまでに数瞬の時間が必要だった。
「……お、大沢……さん……?」
 いきなりなことに身体は硬直し、心は情けないくらいに動揺してぎこちなく名前を呼ぶのが精一杯な俺だった。
「そんなことないよ」
 耳元で大沢さんが囁く。
「自分に何も無いなんて哀しいことを言わないでよ。私は修司君の良い所をいっぱい知ってるよ? それじゃ駄目かな?」
 大沢さんは一度言葉を切り、小さい子供を優しく叱るような口調で言葉を紡ぐ。
「ううん。きっと部長も木月副部長も優希先輩も優美先輩も神杉先輩も。それに流菜ちゃんだって修司君の良い所をいっぱい知ってるよ。それでも修司君は自分はいらないと思うの?」
 目の前に大沢さんの顔がある。真剣で、そして今にも泣き出しそうな大沢さんの顔が。
 情けない話だ。俺は悲劇の主人公でも気取りたかったのか? しっかりしろよ俺。そして思い出せよ川上修司。恥ずかしいと思わないのか? 天文部のみんなはそんなに薄っぺらい人間なのか? 違うだろ? 
 そうだ。全く関係無い。くだらないこと考えてるなよ。らしくないぜ? なぁ、俺よ。
 どうやら意味も無くナーバスになっていたようだ。少し怪我をして、少しみんなから離れただけでこれだ。やれやれ。本当にらしくない。
 俺は心の中でもやもやした何か吐き出すように嘆息した。ふぅ、もう大丈夫だ。
 と、急に顔が熱くなっていく。正常な精神状態に戻ったことで身体の機能が今の状態を正確に認識したのだ。
 俺のどぎまぎした表情で気付いたのだろう。瞬間湯沸し機もかくやというスピードで頬を真っ赤にすると、大沢さん素早く俺から身体を離した。……むぅ。それはそれでちょっと悲しかったりする微妙な男心である。
「あ、あの……! ご、ごめんなさい! わた、私ったら何て……!」
 顔中を真っ赤に染めて俯く大沢さん。やっぱり意識しての行為じゃなかったのか。その場の雰囲気とか流れは非常に重要なんだなぁ、とか考えながらとりあえず俺は笑顔を作った。
「いや。こっちこそごめん。なんかものすごく大沢さんに心配かけたみたいで。うん。もう大丈夫。ありがとう、大沢さん」
「あ、いや、その……私は何もしてないし……」
 口の中でもごもごと言う大沢さん。照れる大沢さんはものすごく可愛い。このまま家に飾っておきたいくらいだ。
「よいしょ、と」
 意識して明るめの声を出し、俺はベッドから立ち上がった。
「やっぱ部屋に一人でいるのはよくないね。スイカ割りに参加するのはちょっと無理だろうけど、見てる分には問題無いからさ。行こう、大沢さん」
 大沢さんに右手を差し出す。大沢さんは少し躊躇った後、優しく俺の手を握った。
「うん。きっとみんな待ってるよ」
 俺達は並んで部屋を出た。まだまだ夏は終らない。



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