発明・ざ・わーるど! いふっ!?


1 :雨やかん :2008/05/17(土) 08:55:53 ID:ocsFkexc

みなさん、こんにちは。このGAIA小説広場にもう随分長いことお世話になっている雨やかんです。

さてはて先日のことですが、自分が多くの方々に応援していただいた『発明・ざ・わーるど!』が完結いたしまして…結果。『もう少し詳細を書いてほしい!』という読者様達からの要望を受け止めました。と、いうことですので…急遽、発明シリーズ最後の番外編を書くことにしました。

この『発明・ざ・わーるど! いふっ!?』は、つまり本編に入れようと思って入れられなかった場面集です。主に────

『本編で選ばれなかった彼女達への返答』
『もしも、レイが他のヒロインを選んでいた場合の結末』
『まさかまさかのハーレム?エンド』

の、3種類を基本的に書いていく予定です。他にも、余裕があれば『まさかの沙羅さん再来』とか『当初の予定のファンタジーー展開だったら?』みたいなことも書いてみようかなと思ってます。

この物語は読者の要望と作者の気まぐれで構成されています。本編と矛盾があるのは当然ですが…もしも『あれ、これって本編との繋がりおかしくね?』とか思ったとしても───『べ、別に本編との矛盾が気になってるわけじゃないんだからねっ!』とツンデレ思考でスルーしてください。クーデレも可です。ヤンデレ(これ、何の略なんでしょう?)以外なら大歓迎です。あ、石投げないで…ごめんなさい、調子に乗りました…

まあ、最近『──デレ』という言葉が多いことに妙な疑問を抱いている作者の作る物語に、もうしばしのお付き合いを───…

追伸。先ほど述べたように、この物語は作者のきまぐれと皆様の要望で作られます。もしもご要望があれば、感想室で感想と一緒にどうぞ…作れる可能性は半々といったところですが。


2 :雨やかん :2008/05/19(月) 08:10:06 ID:VJsFrctD

答え ──フォルト・ラインクルの場合──

「はぁ…」
「レイ君、どうしたの?」
「いや…その、ね。やっぱり、こんな形は嫌だったなって…」

ヴェロンティエの自室。俺のための部屋の、俺のためのベッド。そしてそこで眠っているのは俺と…フォルトさん。現時点で自分の胸元までかけられているシーツは、つい先ほどまでは床に打ち捨てられていたものを、風邪を引かないために拾い上げたものだ。
何故、風邪を引くかは…今の俺達の姿がシーツ以外に何も纏っていない状態だからである。

「…後悔、してる?」
「後悔っていうなら、あの時マリスとキララに無理にでも話をしなかった時こそ後悔すべきときだよ。」
「んじゃ、何で?」

俺の方を見上げるようにして、フォルトさんは心底不思議そうに俺に尋ねる。その顔が、先ほどまで自分の腕の中にいた女性と同じだとは思えなくて…いやいや。落ち着け、俺。今はそんなこと思い出してる場合じゃないから。

「…俺、本当に…選ぶとか、好きだとか、そんな真剣な理由も無しにフォルトさんを…ただ俺が立ち直るためだけに…」

自分の出生を知ったキララ。
自分の行動を悔やむマリス。
自分の責任を背負うリリア。
この3人を取り戻すため。そこに、俺とフォルトさんの想いが入るところは僅かにも無いのだ。俺なら出来ると。俺なら3人との絆を、きっと元通りに修復できると。そうするだけの自信を手に入れるためだけに、俺はフォルトさんを───…



「…利用しちゃったんだよな…って。」



「…まあ、あたしもレイ君とこうするのは、ちゃんとした気持ちを貰ってからって思ってたけど。」
「やっぱり情けないよな、俺…4人とも傷つけたくないとか、大事だとか言っておいて…結局、こんなときに俺は、フォルトさんを道具みたいに扱って。」
「…ねぇ、レイ君。」
「ん?」
「…さっきまでのレイ君、激しかったけど優しかったなー?」
「ぶっ!?」
「あたしが初めてじゃない、なんて知ってるはずなのに『大丈夫?』とか聞いてくれちゃって、もう思わず『平気だから、ね?』なんて自分から言っちゃうあたり、あたしもまるで初体験みたいでさー。」
「ちょ、あの、止めて!思い出させないで!?」
「ん?思い出すと、我慢できない?しょーがないなー…もう一回いく?」
「だあああああああ!そうじゃないだろ!?」
「そーゆーことなんだよ、レイ君。」
「え?」
「あたしとレイ君がしたのは、そういうこと。レイ君はあたしを利用したわけじゃない。あたしは、レイ君に道具みたいに扱われたなんて思ってない。」

ゆっくりと上体を起こしたフォルトさんは、俺の胸の上に頭をこてんと乗っけて俺の方を見る。その顔は、いつものフォルトさんと同じ、俺に元気を与えてくれる笑顔だ。

「本当にレイ君があたしを利用したんなら…多分、あたし気づかなかった。」
「気づくって…え?」
「ねぇ、レイ君。レイ君があたしを抱いていてくれたとき…ずっと、レイ君の頭の中にいたのは誰?」
「誰って…そりゃ、フォルトさんに決まって───」
「そんな表面的なことじゃなくて。レイ君は、どうしてあたしに申し訳ないって思ったの?レイ君は、一体何を取り戻したくてあたしを抱いたの?誰に隣にいてほしくて…あたしの
隣にいるの?」

そんなもの決まっている。俺が取り戻したいのはヴェロンティエでの絆だ。それ以外に何か───…ある、のか…?俺が気づこうとしてなかっただけで、俺は…俺の絆は、実は、たった一人と一緒に作ったものなのか…?俺が、作った絆は────…誰の、ために…?

「…レイ君。ここでレイ君に残念な報告です。」
「え?」
「なんだか、本気でレイ君が悩んでいるので、仕方ないからあたしから言ってあげることにするね。」

フォルトさんは再度上体を起こして、今度は馬乗りになって俺を見下ろしてくる。その視線は、先ほどの笑顔に少しだけ悲哀を詰めたようなものだった。



「あたしは…明日をもってレイ君争奪戦線から退くことにしました。」



「…フォルト、さん…?」
「レイ君。あたしね、自分に好意を向けてくれない人に、いつまでも未練は残さないんだよ。」
「ちょっ…いや、待てよ!話が全然見えない───」
「あたしは見えたよ?レイ君が大切に想ってる人の姿。その人の隣に立つレイ君の姿。そして…その人が、レイ君の笑顔をあたし以上に引き出してくれる姿。全部、見えた。」

そう言って笑う彼女は、どこまでも綺麗で…そして、その決意が絶対に揺るがないんだと一目で分かってしまうほどに強い意志を漲らせていて…俺は、自分がすべきことが彼女に取られたことを知ってしまった。

「…俺から、言うべきだったのにな…ありがとう、フォルトさん。」
「うん…ちゃんと、言って欲しかったけど…もう、迷う必要なんてないって分かっちゃったしね。」
「ははっ…俺…ふられたんだな…」
「うん。正確には、今日の日付がっ…変わる、瞬間にねっ…だから、さ…レイ君っ…!」

俺の胸にぽたぽたと冷たい何かが落ちてきた。それが何かなんて考える必要は無い。考えるまでも、無い。両肩をぎゅっと掴む手が震えているという事実が、全部教えてくれる。

「あと数時間だけ…レイ君のこと、好きでいていいよね…?」
「あと数時間だけ…フォルトさんに、愛されていいよな…?」

その言葉を合図に、お互いに強く抱きしめあう。それから日付が変わるまでの間。それが、俺が彼女の温もりを最も感じた、最後の時間だった。


3 :雨やかん :2008/05/21(水) 14:22:01 ID:VJsFrctD

答え ───マリス・インベルグの場合───

「ねえ、レイ。」
「ん?」
「今日、ヴェロンティエに戻らなきゃいけない…なんてこと、あるのかしら?」
「いや?本当に悲しいことに、現在あそこは誰も居ないから…キララとミリアさんがいない以上、店を開けることなんて出来ないしな。」
「そうよね…、あそこは2人の家だものね。」

ふっと笑うマリスを見て、俺はどこか冷静な頭で今の言葉について考えていた。

「…2人の家、か…」
「レイ?」
「…なあ、マリス。今のマリスにとって、自分の家はどこですか?って聞かれたら…どう答える?」
「私?そうね…ヴェロンティエって答えたいところだけど、やっぱり私が生まれたこの家かしら。ここには、両親も兄さんもいるもの。」

家。
そこは、家族がいる場所なんだろう。マリスの家族がいる家。キララの家族がいる家。そして、俺の家族がいる家───…
そう言えば、以前…血縁関係が無くても、家族って言ってくれたっけ。だとすると、あそこは俺の家でもあるのかな?

「───…ねえ、レイ。気づいているのかしら?」
「へ?」
「あなた今、私の部屋に入ってるのだけれど?」

そりゃそうだ。あのお兄さんの視線だけで殺されそうな食事から、もう1時間は経っている。これからのことを話し合うために、つい先ほどまではフォルトさんも一緒にいたし。今はお風呂に入っているが。

「それがどうかしたか?」
「夜に、男と女が部屋に2人きりという状況に、何か思う所は無いのかしら?」
「……あれ?」

マリスの部屋に、俺とマリスが、2人きりで、しかも夜で、マリスはいつの間にかベッドに座っていて、そういや暑いということも無いのに何故か上着を脱いでいて……え、俺ピンチ?

「さーてと、俺もお風呂を借りようかなー?」
「わざとらしすぎるわ。」
「…いや、さすがに無理です。軽い雰囲気でやんないと無理なんですってば…」
「レイ…さすがに軽い雰囲気で、こういう誘いをするつもりはないのだけど。」

…やばい。マリスの目がマジだ。いつものからかい混じりとか、大人びた表情とかじゃない。あれは、純粋に俺のことを欲しいと願う女の目だ。俺の男としての本能がそう訴えている。
俺は、今、マリスに、必要とされている、と。

「…私、今日は本当に嬉しかったわ…あなたの言葉が、本当に嬉しかった。私との出会いに後悔なんて無いって…そう言ってくれるあなたが、本当に愛おしかった。」
「その言葉に、嘘は無いよ。けれど───」
「最後まで言わせて、レイ。私は、レイのことが好きよ。今まで出会った誰よりも、あなたを愛している。それは、絶対の自信をもって言える私の唯一…」

座ったままのマリスが、立っている俺の手首をぐいと引っ張った。何の準備もしていなかった俺はあえなくマリスの隣に腰掛ける形になる。…いや、自分を誤魔化しても仕方ない。俺は間違いなく、今マリスの言葉に飲まれかけている。そしてそれが分かっていても、体は動いてくれない。

「だから、レイ…あなたが私への想いを言葉に表してくれたように、私もあなたへの想いを表したいの。言葉が大切なのは知ってる…けど、それだけじゃ不安になってしまうから…あなたに、私の想いが伝わりきれないんじゃないかって不安になるから…だから、レイ。」

マリスが俺の体に腕を回し、距離をすっと零にしてしまう。そして、俺はそれに対しても何も行動できずにいた。

「今夜一晩だけでいいの…私に、あなたへの想いを示させて。きちんとした形で、あなたに私の想いを伝えたいから。」

どこまでも純粋なマリスの言葉。それは、間違いなく最強の誘惑だと思う。下心とかからかいとか、そういったものは何一つない。ただただ一途に、俺への想いだけでもって俺を近くに置こうとするための行動。
だからこそ、俺は────



────そっと、マリスの体を俺から引き離した。



「…レイ…?」
「ごめん、マリス…それは、して欲しくない…」
「っ───…どうし、て…?」
「…示されて、伝えられれば…きっと、俺は本当に幸せな気持ちになれるって思う。本当に、一瞬前まで、俺は今、そうなろうって思った…」

もしも、いつものように…マリスが僅かでも冗談とか、下心とか、そういったものを見せていたら、俺は間違いなくマリスに手を伸ばしていただろう。ひょっとすると、その行為を後に引きずることなく元に戻ることだって出来たかもしれない。
けれど、さっきのマリスの言葉は、そんな欲望で答えていいものじゃない。マリスの純粋な想いに返せるものは、俺の純粋な想いだけだ。

純粋な想いは鏡だと聞いたことがある。
他人の心と向かい合うことによって、自分自身を映し出すことの出来る鏡。他人の心を通して、自分の心を知ることができる鏡なのだと。
そして、マリスの純粋な俺への愛という鏡に対して映った、俺の心は───



「…マリスッ…ごめん…俺、お前を好きになれなかった…お前のこと、大切で、親友で、仲間だって思ってるけど…マリスの隣には、立てないっ…!」



分かってしまったこと。それは、俺の一番隣に立って欲しい人に、マリスを選んでないってこと。俺が隣にいたいと思うのは、マリスではないということだ。

「…だから、ごめん…」
「レイ…そう…。」

そう声を落とし、マリスも俺から手を離し、そっと後ろを向く。表情は見えないけれど、言葉が震えている。体も、震えている。そして、今の俺にそんなマリスに手を伸ばす資格は…無い。

「初めてよ…失恋なんて。」
「俺も、こんなにも女の子の告白を断るのを嫌だって思ったのは…初めてだよ。」
「そう…じゃあ、一つ約束して…レイ。」
「約束?」
「…レイは言ったわよね?私としてきたことに、後悔なんて無いって…だったら、私を、失恋させたことも…後悔しないでっ…後、悔っ、させない、ぐ…らい…幸せにっ…なって、よっ…!」

か細い声だった。必死な声だった。それでも、俺のことを想ってくれている声だった。だから、俺に返せる行動は一つ。

「約束する。」
「…うんっ…」

俺は、ゆっくりと立ち上がってマリスの部屋を後にする。
扉を開ければ、いつからいたのかフォルトさんが苦笑交じりに立っていた。そのまま俺にオヤスミと告げて、入れ違いにマリスの部屋の中へと入っていくのを見送って、俺はそっと部屋の前を離れた。

階段を下りるとき聞こえてきた泣き声は、その後寝付くまでずっと俺の心に響いていた。


4 :雨やかん :2008/05/23(金) 08:11:34 ID:VJsFrctD

答え──リリア・キルヴァリーの場合──

初めて出会ったとき、彼女はベッドの中にいた。
次に出会ったとき、彼女と友達になった。

そして今、俺は────…

「リリア、いるか?」
「お待ちしておりました、レイ様。今夜も良い月ですね。」

相変わらずの笑顔で俺を待っていてくれたリリアに、俺もいつものように笑ってしまう。
これから自分がやろうとしていることを忘れて、そんなこと───リリアを泣かせるなんてこと───しないで、いつものように話して、お茶飲んで、そしてまた明日なんて言って帰れたらどれだけ楽なんだろう…

「レイ様は、いつもの葉でよろしいですよね?」
「…リリア。」

けれど───…

「はい?」
「…今日は、話があるんだ…」

それは俺の一番大切な人と───…

「話とは…ひょっとして先日のレイ様の慰労式典についてでしょうか?」
「いや、そうじゃない…そうじゃ、無いんだ…」

何より、この目の前にいる彼女の気持ちを弄ぶことになるから───…

「レイ、様…?お顔の色がすぐれないようですけれど…大丈夫ですか?」
「…リリア…」

だから、もう───…



「…終わりにしに来たんだ。」



「終わり、ですか…?レイ様、一体何を───」
「俺は、もう、2度と…こんな形で、この、リリアの部屋に入ることは…しない。」
「っ───!?」

驚愕と絶望がリリアの顔を駆けるのが夜の闇の中でもはっきりと分かった。それは、予想していたことだ。きっと、俺の行動は間違いなくリリアを傷つける。けれど、それでも俺は───

「そん、な…どうしてっ…ですか!?」
「…リリアと、会いたくないわけじゃない。リリアとの絆を、切りたいなんて絶対に思わない。こうやってリリアと話すことがしたくないなんて、今までも思わなかったし、これからも思うことは無いって思う。」
「では、何故っ!?」

理由は、簡単だ。簡単なんだ。だから、言え…言え…!言え…!!
言え!レイ・キルトハーツ!

「…答えが、出たんだ。」
「え───」
「リリア…あの時の答えを、今から言うよ。」

あの時。
自分がこんな綺麗な女の子から好意を向けられているなんて思いもしなかった時に、俺は愛されるに足る人間なんだと教えてくれた彼女の言葉への答え。

『私はレイ様を愛しています。』

今も耳に残っている、彼女の言葉への答えは────



「リリア。ごめん…俺、他に好きな人がいるんだ。好きな人が、出来たんだ…!」



終わった。
瞬間的にそう感じた。
たった今、俺は間違いなくリリアの告白を断って、彼女との今まで続いてきた関係を終わらせた。そして、俺の言葉と同時にリリアの顔から絶望の色があっさりと抜け落ちたのが分かる。ただ、悲しそうに俺の方をみて…笑ってくれる。

「…不思議ですね…」
「え?」
「レイ様から断られて、悲しいんです。悲しくって、頭の中がこんなにも揺れているのに…それなのに、私は今…どこかすっきりしてる気がします…」
「無理、しなくていいんだぞ…?」
「どうでしょう…自分でも、無理してるのか分からないんです…けど、レイ様がようやく答えを出してくれて───…ああ、分かりました。」
「…何が?」
「私、レイ様が答えを出してくれたことが嬉しいんですね…その答えが、私を選んでいただくものでなかったのが悲しいですけれど…」

どうして、彼女はこうなんだろう。
今まさに、目の前にいるのは自分の好意を受け取らなかった相手だというのに、どうして彼女はそんな俺の行動に本気で喜びを示せるんだろう…!

「っ…リリア…!」
「レイ様。今まで私の想いをお預かりいただき、本当にありがとうございます…」
「…ごめんっ…ごめん、リリアっ…!」
「私のために、泣いていただけるのですね…嬉しいです。」

ああ、そうだ。俺は今、リリアのために泣いてる。自分が幸せにできなかった彼女のために泣いているんだ。同情じゃない。ただ、俺がリリアを大切にする気持ちに嘘偽りなど何一つ無いのに、彼女を選ばなかったことが悔しくて涙が溢れる。

「レイ様。こちらをどうぞ…」

泣いていた俺に差し出されたのは、一杯のお茶。リリアがこの1年間、俺のために用意してくれていた、俺とリリアと2人きりの夜をつなぐ水。その水面に移っているのは、涙を流している俺と、笑っているリリア。

「…私がレイ様のことを想って淹れる…最後の、一杯です。」

カップを受け取って、ゆっくりと飲み干していく。
彼女が俺に美味しく飲んで欲しいと思って入れてくれたお茶を。
彼女が俺のためを思って入れてくれたお茶を。
彼女が俺のことを想って入れてくれたお茶を。
彼女の、俺への、想いそのものを…

全て、飲み込んでいく。

「…ありがとう。」

自然と俺の口から出た言葉は、この一杯に対して、彼女の想いに対して、リリアとの思い出に対して、リリアとの出会いに対して。

リリアと俺の絆が作ったもの全てに対して。

「レイ様の幸せを、大切な友人として祈っています。」

そうして笑った彼女の目元に浮かぶ光に手を伸ばそうとして、ぐっと押し留める。リリアはその光が頬に届く前に‘自分で’拭い去った。

「さようなら、リリア・キルヴァリー…」
「さようなら、レイ様…私の、愛しい騎士…」

一度も彼女に触れることなく、俺は部屋の窓から身を投げ出した。最後に見たリリアの両目にはしっかりとした光と、その光の中から溢れてくる涙が満ちていた。


その後2度と、俺が王城南側4階の少し大きめの窓をくぐることは無かった。


5 :雨やかん :2008/05/25(日) 08:13:06 ID:ommLPcuG

トップバッターが何故かこの女性

『人は神様になれますか?』
そんな問いかけの答えはとうの昔に出ている。‘不可能’だ。そもそも、世界中に宗教が多数あるこのご時勢だ。神様の定義すら怪しいもんだし、これが唯一絶対の神だとか言おうものなら、他の宗教からバッシング間違いなし。
人間が神に近づこうとしてなれたものなんて、預言者か、神の使いか、あるいは───

『神の伴侶』だろう。

「…いやいやいや…俺、ひょっとして馬鹿なのか…?馬鹿だよな、うん。馬鹿でしかない。」

あり得ないって。いや、さすがにこれは無い。だって、なぁ…?

「ちょっと、レイ。どうしたのよ?」
「あー…いや、何でもない…」
「思いっきり何かありますって顔してるけど?」
「…なあ、キララ。」
「ん?」
「恋人との年齢の差って、どのぐらいなら気にならないかなぁ…?」

ポカンとするキララの顔。いや、俺だって何を聞いてるんだろうって感じですよ?しかも、この質問にはかなり意味が無い。だって、キララの答えが何であろうとも、人間と人間との年齢差なんて‘彼女’の前では無駄すぎる。

「そりゃぁ、人それぞれだと思うけど…まあ、あたしなら相手があんまり年下は、ちょっと…ね。年上なら10歳ぐらいは問題ないと思うけど…10歳年下の男の子とかは、世間一般的に無理でしょ。」
「だよなぁ…?」

俺の年齢。もうすぐ17歳。
彼女の年齢…不明。

「精神年齢なら…いや、精神年齢も俺よりはるかに上か…」
「何よ?レイったら、年上が好みなの?」
「…」
「…あの…レイ?」
「…」
「…レイ。ちょっと聞きたいんだけれど。」
「はい。」
「あんた、ほんの2ヶ月ほど前。あたしを失恋させたわよね?」
「はい。」
「そんで、リリアも、マリスも、フォルトも、全員を失恋させたわよね?」
「はい。」
「それはいいのよ?レイの意思だから。けどさ…あんたの話を聞いてるかぎりで、年上で10歳以上年齢が離れすぎて、精神的にも大人の女性で、かつレイに近しい女性の知り合いで、おまけに恋人がいない相手って…何か、一人しか思い当たらないんだけど。」
「…怒るか?」
「冗談なら、全力であんたをぶん殴るわ。」
「本気なら?」
「…本、気なわけ…?」
「俺も驚いてるんだが…なんか、どうも…本気、らしい…」

呆然としているキララを見て、俺も胸がズキリとする。2箇月前のあの時と似たような痛みだ。あの時と同じ、信じたくない事実を無理やりに認めようとしている表情だ。そんな顔、見たくなんてなかったのに…けれど…

「…あんた、自分が言ってること分かってるの?」
「…一応。」
「こう言ったら何だけど…年齢の差とか問題外よ?」
「だよな。」
「あたしが言うのも何だけど、あたし以上に生物としてあり得ないのよ?」
「だよな。」
「…レイは、そういうの気にする人間じゃないのは分かってるけど…間違いなく、待っているのは別れよ?」
「だよな。」

そりゃ、そうだ。こっちは長くて百年がせいぜい。けれど、相手は俺なんかとは生きている年数から桁が違うし、これから生きていく年数なんて桁数の問題じゃないのだ。俺と一緒にいる時間など比較にならないほどの時間を経験してきているし、これからも歩んでいかなければならない。比喩などでなく、永遠に。

「それでも…想ってるの?」
「馬鹿だよな、俺…釣り合わない。釣り合えない。そもそも同じ舞台にすら立てないような相手なのに…馬鹿じゃなきゃ、こんなこと想わないでいれたのに…」

けれど、俺はどうやら馬鹿だったようで。想わずにはいられなくて。彼女の隣にいたくて。彼女の心の中にいる男性を押しのけて、そこに自分が座りたくて。だから───…

「ほら。以前、お前の力が開放しちゃったとき、あったろ?」
「…ええ。」
「あの時さ…『母親にはなれないのか?』って聞かれたんだよ。んで、答えられなかったんだけど…あの時は、俺は親になんてなってないから答えられなかったと思ってたんだ。けど、俺は多分…答えたくなかったんだろうな…」

母親ってことは、父親がいるってことだから。彼女と愛を交わした男性がいたということだから。それを、認めたくないなんていう嫉妬を俺はあんな状況で考えたのだろう。我ながら馬鹿らしいにもほどがある。

「それでも───…」

俺が願ってしまったことは───…




「孤独な、あの女神様を…ミリアさんを、支えたいんだ…」

次の瞬間
思い切りキララにフライパンで頬を引っぱたかれた。


6 :雨やかん :2008/05/27(火) 08:14:02 ID:VJsFrctD

人の想いと神の答え

「あー…痛たた…」

この俺の体質がなければ間違いなく昇天間違いなしの一撃の後。キララは半泣きの顔で店を出て行った。去り際のセリフは───

『マリスかフォルトの家に泊まるから、今日中にあんたの悩みごとを片付けておきなさい!』

───である。
悩み事を、片付ける。その方法は複雑のようでシンプルというか…非常にキララの心遣いに胸が痛む。俺、どうしてキララみたいな女性を振ってまでミリアさんを好きになっちゃったんだろ?
だって人妻だぞ?いや、未亡人だけど。あ、人じゃないから未亡神?おまけに、以前にミリアさん自身から『あの人以外の誰かを好きになることなんて無い』なんて聞かされてるし?キララ達に続いて、俺も失恋の足音がヒタヒタと後ろから聞こえてくる気がしますが!?

「けれど、なぁ…」

俺が立っているのはミリアさんの部屋の前。ちなみに中には誰もない。ミリアさん自身は現在異世界にお仕事に行っている。だからこそ、心を読まれない今のうちにこんなことを考えているわけだが。そして、予定ではもうそろそろミリアさんは帰ってくることになっている。
1分経過…5分経過……10分経過………15分経過…………
この間中、ずっと俺は部屋の前から動けないでいる。そして30分が経過したころだろうか。

「レイさん?」
「あ…お帰りなさい、ミリアさん。」
「あらあらあら。どうなさったんですか、こんなところで?」

部屋の中から、突如として声がかかった。すぐに部屋の扉が開かれ、出てきたミリアさんは心底不思議そうな顔をしている。

「あー…その、ミリアさん。ちょっとお話が…」
「話、ですか?」
「あー!心は読まないでください!お願いします!そのままで!いや、本当に!」
「は、はい…レイさん、あの、何を…?」
「そのままでいいから、聞いていてください。」

一度、深呼吸。きょとんとしているミリアさんを見て、この女性が神様であることを思わず忘れそうになる。
…いや、神様とかそういったことは、俺の気持ちには一切関係無いんだ。俺をキララ達に合わせてくれたこの女性に感謝していて、俺が悩んでいたときに道を指し示してくれたこの女性を大切に思っていて、苦しんでいたこの女性の支えになりたいって、本気で思っている。だから、これからの言葉は種族とか年齢とか、そんなものは一切関係ない、レイ・キルトハーツ自身の言葉だ。



「…ミリアさん…あなたが、好きです。あなたを、愛しています。」



「…え?レイ、さん…何を、おっしゃって…?」
「あなたが大切なんです。あなたを想っているんです。あなたの、支えになりたいんです。」
「あ…な、れ、レイさん、冗談は───」
「本気です。」
「───やめ…て…なん、で…どうして…!」

扉を思い切り閉められる前に、足を無理やり割り込ませて部屋の中に押し入る。驚いたような、恐ろしいものを見るような表情で、ミリアさんは俺から距離をとっていく。

「…止めてください、レイさん!そんなっ…そんな馬鹿なこと、想ってはいけません!」
「ええ、馬鹿ですよ。馬鹿なことを考えてますよ…リリアにマリス、フォルト。さらにはキララの告白まで断っておいて、選んだのがミリアさん!?俺だって『アホか!?』なんて思ってますよ!」
「なら、どうして!?」
「仕方ないじゃないですか!ミリアさんと一緒です!」
「私と…一緒っ…?」
「人間とか、神様とか、キララの母親だとか、未亡人だとか、そんなこと関係なく好きになっちゃったんですから!かつて、神様としてのみあったミリアさんが、クリューガーさんを好きになったように!この想いに、そんなもん入る余地が無かったんですから!」
「っ〜〜〜!」

ミリアさんがバッと俺に向かって手を掲げる。俺も、その行動が示していることが分かっているから、抵抗はしない。そもそも、この神様の前では俺の抵抗など無いと同義だ。

「俺の気持ちを、変えますか…?」
「…はい…変えます…あなたは、私を好きになってはいけません…私を、だって、レイさんは…」
「無駄ですよ。」
「え?」
「今、俺の記憶をいじろうが、変えようが、きっと俺はまたミリアさんに恋します。俺の気持ちを変えたかったら、それこそ他の世界に飛ばさないと無駄です。」
「れ、レイさんっ…!あなたは、どうしてそんなことっ…!?」
「好きだからです。」
「っ!?」
「だから、俺を諦めさせたいなら…俺の告白を断ってください。それで、いいんです。そうしてください。俺は、あなたの、恋人にはなれないと。そう言ってください。それだけでいいんです。」
「…レイ、さん…」
「最初から、受け入れてもらえるなんて考えてたわけじゃないんです…ただ、答えが欲しかった。それだけですから…」

ミリアさんに愛して欲しかったわけじゃない。ただ、俺が愛したという記憶を、無かったことにはしてほしくない。それだけだ。だから、俺をきちんとフってほしい。そのために、俺は今ここにいるのだから。

「…ミリアさん。断ってください…あなたが、俺とは付き合えないと、その一言だけでいいんです。」
「…っ…」
「…ミリアさん?」
「…で、すか…っ…」
「え?」
「言えるわけ、ないじゃないですか!」

今まで伏せていた顔を上げた。その瞳に涙をいっぱいにたたえて、俺をほとんど睨み付けながら怒鳴ってくる。そう。ミリアさんは、怒っていた。

「どうしてですか!どうして、私を好きになるんですか!?キララがいたじゃないですか!リリアちゃん達だっていたじゃないですか!なのに、どうして私なんですか!?どうして、私を想ってくれるんですか!どうして、私を愛してくれるんですか!どうして、私の心にそう踏み込んできてくれるんですか!あの人みたいに!あの人以上に!神様なんか気にしないなんて、どうしてそう言ってくれるんですか!」
「へ、いや、あの…み、ミリアさん?」
「私が今、何を考えていると思いますか!?誰を想っていると思いますか!?大切な娘の想い人の気持ちを奪っておいて!唯一愛していたはずのあの人を想い続けると言っておいて!」
「…ミリアさん…」
「私っ!今っ!喜んでしまっているんですよ!?レイさんが、私を愛してくれて!レイさんが、私を選んでくれて!レイさんが、一緒に生きてくれると知って!嬉しくてたまらないんですよ!?」

ミリアさんは、自分自身に、怒っていた。

「断れるわけないじゃないですか!ごめんなさい、なんて言えるわけないじゃないですか!私だって…私だって、レイさんのことを愛してしまったんですから!」

…は?

「え、ええええええええええええ!?」
「私だって驚いているんです!あなたを、キララのために連れて来たはずなのにっ…なのに、どうして私はっ…あの娘の、母親なのにっ…!」

すいません、ミリアさん。俺はかなり驚いてるというか、むしろこれ夢じゃねーかと現実を疑ってます。自分から告白しといてなんだけど。というか、こんだけミリアさん感情暴走させたら世界がいくつか吹っ飛んでんじゃないだろうか。

「あの、すいません…えっと、落ち着きましょう、お互いに…」
「…はい…」
「俺は、ですね…ミリアさんに好きになってもらえて嬉しいです。愛してもらえて、嬉しいです。そりゃ、キララとミリアさんが親子だって知ってるし…今後のことを考えると、キララにマジ泣きされそうだってのも分かってるけど…それでも、俺はミリアさんと一緒にいたいです。」
「…私は…あの子に会わせる顔がありませんよ…娘の好きな男性を取るなんて───」
「あ。今、取るって言ったってことは…肯定の返事と思っていいですか?」
「…レイさん。実は、今キララのことを考えられないぐらい浮かれていませんか?」
「そんなことないですよ。ミリアさんは…キララと親子の関係のために、俺への想いを殺しますか?それでも、俺はいいんですけど。ちゃんと断ってくれれば。」
「…条件を、付けてもいいですか?」
「呑みましょう。」
「…私と、キララの関係を…あなたが、守ってくれますか…?私達の関係を、傷つけてでも私を愛させてしまった責任を、あなたが取ってくれますか…?」
「取ります。必ず、キララの笑顔も取り戻して見せます。」

そこまで言って、ようやくミリアさんは俺に向けていた手を下げる。俺はそのまま抱き寄せて、自分より少しだけ低めの位置にある唇にそっと自分のものを押し付けた。


7 :雨やかん :2008/05/29(木) 08:48:31 ID:VJsFrctD

お祝い事は盛大に?

「あんたをお父さんとか呼びたくないんだけど。」
「…だよなぁ…」

キララの痛烈な一言に、会話を始めて数分で挫折した。

「れ、レイさん…」
「いえ、いいんです。予想していたことですし。」
「…と言うか、この今の席の形がおかしいと思うの、間違ってないわよね?」

俺とミリアさんが並んで座っていて、その対面にはキララが腕を組んで非常に冷たい視線を俺に投げかけてくれていらっしゃった。

「普通、あれよね?こういう場合ってあたしとお母さんの位置、逆よね?『娘さんを僕にください』ならともかく、『母親を俺にください』とか言う告白が存在するとか思わなかったわよ?」
「いや、分かってるけど…さぁ…」
「キララ。その、私は───」
「お母さんもお母さんよ…全くもう…よりにもよって、娘の初恋相手を取っていくなんて…家庭崩壊ものの大事件よ、これ?」
「そう、よね…こんなの、母親失格よね…」
「ミリアさん。お、落ち込まないでくださいってば。」
「惚気てんじゃないっ!大体、レイ!あんた、分かってるわけ!?80年もしたら、確実にあんたお母さんより先に死ぬのよ!?間違いなく、お母さんを泣かせるのよ!?」
「…ああ。」
「それでも!あんた、本当にうちのお母さんと結ばれたいわけ!?お母さんが、あんたまでいなくなった後の永遠を生きていけるだけの何かを残せるわけ!?」
「残す。」
「……」
「残すよ。残してみせる。ミリアさんが、俺との思い出さえあれば幸せでいられるってぐらいに沢山のものを残して、その上で笑って別れる。そのぐらいの覚悟は、出来てる。」

ミリアさんが瞳を潤ませて俺を見ている。俺の方は、キララの視線を真っ向から受け止めて俺の覚悟をしっかりと伝える。そしてキララはしばらく俺を睨み付けて…やがて、ため息をついた。

「…本気、なわけね…」
「ああ。」
「キララ…あなたにも、あの人にもひどい事をしていると分かってるわ。けれど…私がレイさんを想ってしまった、この心だけは真実なの…」
「…はぁ…もう、いいわよ。」
「え。」
「いいって言ったのよ!結婚でもなんでも好きにしたらいいでしょ!仲人だってやってあげるわよ!お母さんの花嫁衣裳のすそだって引っ張ってもいいし!涙流して祝福の言葉だって述べてあげようじゃないの!」
「キララ…っ!」
「その代わり新婚のレイを毎日いびってやるわ!」
「姑!?」
「あたしの告白断って、人の家族をかっさらっていくんだからそのぐらいの覚悟しなさい!後、絶対にお父さんとは呼んでやらないから。」
「りょ、了解です…。」
「…お母さん。ちゃんとお父さんには、挨拶に行ってよ?」
「キララ…ありがとうっ…ありがとう…!」

涙をぼろぼろと流すミリアさんに近づいたキララは、そっと涙を持っていたハンカチでぬぐってあげている。うーん、残念ながらこの関係には立ち入れそうに無い…

「あ、レイ。一つ言い忘れていたわ。」
「な、何だ?」
「あんたとお母さんにお客さんよ。」
「は?」
「え?」
「やほー♪レイさん、ミリアさん、元気ー?」

何か、かつて俺の日常に破壊と災厄を振りまいていった、別世界の半神様がおられました。

「リンネさん!?」
「り、リンネ!どうしてここにっ…!」
「いやいや。そろそろレイさんが答えを出したかなーって思ってね?そしたら、何とミリアさんを選んだとか言うからさぁ。いやー、さすがの私も創造神の心を奪った人間には敬意を払っちゃう。これは神様ネットワークで配信決定だね。」
「ネットワークあんの!?」
「み、皆さんに知らせるのですか!?」
「大々的にやってください、リンネさん。娘のあたしが許可しますから。」
「任かせてよ、キララさん。2人の結婚式は人と神様が入り混じる全時空一大々的なものにしてみせるから。」
「むしろ全時空一カオスだよ!恐ろしすぎるよ、その結婚式!」
「リンネ。あなたの友神達には戦いや破壊の神もいたのでは…?それに、あなたもどちらかというと戦う神…」
「結婚式に祝福を与えられたくない神様ナンバー1か!」
「大丈夫だよ、レイさん。祝福なんて与えるつもり無いから。」
「最悪だ!最悪だ、この神様っ!?」
「その代わり、別のものをプレゼント。」
「は?」
「‘永遠の命’とか、欲しくない?」
「…永、えん…?」

それは、つまり…ミリアさんと同じ時を過ごせるってこと…か!?

「レイさんなら、多分永遠の命を手に入れれば神と並ぶことだって出来ると思うし。いや、むしろ下級の神なら人間の今でも越えてそうだし?ミリアさんの伴侶だっていうなら、やっぱそのぐらい───」
「…あー、とりあえずは要りません。少なくとも、今は。」

にこにこ顔のリンネさんと、ぶすっとしていたキララと、隣で困っていたミリアさんの3人ともがキョトンとした表情で俺を見つめていた。

「永遠って、何だか色んなものが先送りしちゃいそうなんです。俺は、ミリアさんと色んなものを全力で残していきたいと思ってます。多くのことを…今だからこそ出来ることをやっていこうと思ってます。限られた時間だからこそ、必死に頑張って生きていけるから。だから、やれることやり尽くしたかなって思ったときは…頼んじゃうかもしれません。けど、まだ俺達は何もしてないから…今、俺は永遠の命なんて要りません。」
「…さっすが、創造神を射止めた男の子は言うことが違うね?」
「まあ、レイらしいといえばレイらしいわね。」
「レイ、さんっ…!」
「…‘ミリア’。俺と、必死に頑張って、生きてくれませんか?」

俺の言葉に対する彼女の返答は、初めて敬称を外された俺の名前と、暖かく柔らかい抱擁だった。


8 :雨やかん :2008/05/31(土) 07:50:17 ID:WmknQnu4

小学生男子の思考回路

「ただいまー…ん?」
「へくちっ…へくちゅっ…ひくしゅん…うーん…何か、違う…」
「何してるんだよ、フォルトさん?」
「ひゃあああああっ!?」

外から戻ってきた俺の前で、何故かわざとらしいクシャミを連発していてフォルトさん。何か声をかけた瞬間にものすごく驚かれたんだが…え、俺さっきただいまって言ったよね?

「レっ!レイ君っ!?い、今の聞いてたっ!?」
「何か馬鹿みたいに自分でクシャミを連発しているフォルトさんという、正直なところ俺のフォルトさんへの好意がみるみる下がっていきかねない光景は見た。」
「いやあああああああああああ!?」
「冗談だよ。で、実際のところ何をしてたんだ?」
「ううううっ…こ、こんなところ見られたくなかった…」
「だったら自分の部屋でやれば良かったんじゃ…」
「思い立ったが吉日!」
「俺に見られるという、最悪の展開を招いてるが?」
「…うん、死のう…」
「自殺理由がものすごく情けなくないか、それ!?」
「ふっふっふっふっふ…まさにあたしにお似合いの最期だね…くしゃみ一つ可愛くできないあたしなんて、最期の瞬間も可愛くは逝けないんだよ…」

何だか、めっちゃフォルトさんがブルーだった。
と言うか、何が原因でそこまで落ち込んでるんだろう…くしゃみ一つ可愛くできないって、可愛いクシャミってどんなだ?少女マンガに出てくるような、口を押さえて口からじゃなく鼻から細く出るようなあれか?あんなクシャミは実在するのか?

「くしゃみに可愛いもへったくれもない気が…」
「レイ君。今、あたしが練習していたようなくしゃみを、リリア達はやってのけるんだよ。ごく自然に。さすが王女様だよね。くしゃみ一つにも高貴さが漂ってたし…」
「高貴さ漂うくしゃみって何だ!?」
「ちなみに、あたしのくしゃみは『へっくしょい』だったよ…」

…ものすごくフォローしづらかった。と言うか、どこの親父さんだろうか、それ?後、自虐モードに入ってるからって、わざわざそれを俺に教えて傷口を自ら広げなくても。自分で言ったことに気づいて一層落ち込んでるし。

「えーっと、つまりリリア達のくしゃみが可愛かったから、自分も可愛いくしゃみを習得しようと練習してた…のか?」

こくんと頷いて、いつの間にやら膝を抱えて下向いて落ち込んでいるフォルトさん。何とも馬鹿らしいというか、面白いことを考えているなぁ、このお嬢さんは…
以前からそうだけど、フォルトさんはキララ、リリア、マリスに比べてちょっと劣等感を持っているようだ。まあ、スタイルが最大のコンプレックスだろうけど、それ以外でも色々と考えてる様子をよく見てるし。

けど、本人は絶対に気づいてないんだろうなぁ…?

「そんなことに必死に悩んでる姿は、本当に可愛いと思うけどなぁ…」

今も膝を抱えて落ち込んでいる、そんな可愛い彼女を見ると思わず後ろから抱きしめたくなる。頭を撫でると子供扱い、とか言って落ち込むんだろうなぁ…いかん、そんな姿を見てみたいとか一瞬マジで思ってしまった。いやいや落ち着け。好きな子にいたずらしたくなる小学生男子か、俺は?

…あれ?

…いやいやいや。ちょっと待とうか、俺?好きな子にいたずらしたくなる?誰が?俺が?誰に?フォルトさんに?…あれ?…あれー?ちょ、ちょっと待て、俺?いつからだ?いつから、俺ってフォルトさんにこんな気持ち持ってた!?
リリアやマリスやキララ以上に、傍にいて楽しくて、こうやってからかったりしながら過ごすことが俺の幸せだなんて、バカップル丸出しの思考だぞ、これ!いや、バカップルって、別に俺はフォルトさんと付き合ってねーし!フォルトさん、俺のこと好きでいてくれるけど、俺は─────…俺は…

「…嘘、だろ…?」
「へ?レイ君、どうしたの?」
「っ!い、や、ちょ、何でもない!荷物置いてくるっ!」
「レイ君?荷物とか持ってないよー?」

フォルトさんの突っ込みを背中に受けながら、俺は慌ててその場を離れていった。頭の中では、先ほどからフォルトさんとの思い出がぐるぐると回っている。

初めて出会ったとき
自分達の絆に割って入ってきた俺は苦手だと言ってきたとき
彼女の知り合いの店を助けて、ちょっと好きになってくれたとき
お祭りで、髪飾りを俺に褒められてはにかんだとき
帰ってきたとき、俺に泣きながら抱きついて好きだと告白してくれたとき
自分は俺と釣り合わないんじゃないかと、不安で泣いたとき
俺のことを理解したいと、そう言ってくれたとき
自分を、俺に下心満載で部屋に呼ばせてみせると宣言したとき
異世界に関わって、怖さから俺にすがり付いて助けを求めたとき
俺が自信を無くしたら、それを自分の全部を使って取り戻してくれたとき

それら全ての思い出が、かけがえの無いものになったのはいつからだ?フォルトさんと思い出を作ることが、楽しくて仕方なかったのはいつからだ?天才の俺を助けてくれた平凡な彼女に…傍に居て欲しいと思ったのは、いつからだ…?

「どうして…気づかなかった…?」

俺…いつから、フォルトさんを愛してたんだろう…?


9 :雨やかん :2008/06/03(火) 08:08:14 ID:VJsFrctD

彼女の隣は誰の場所?

相変わらず忙しい店内だが…本日は新人達の初仕事───いや、厳密には2回目だが───で人員が足りているため微妙に俺達にも余裕がある。

「…キララ、人がいるっていいな…」
「そうね。かつて、あんたとあたしだけでこなしてたのは奇跡だわ…」
「キララさーん!レイさーん!思い出にふけってないで、加勢してくださいっ!?」
「し、しっかりしろ!ギル!」
「へっ…俺が、死んだら…海の見える洞窟に、骨を埋めてくれ…」
「随分と難しい場所ですわね!?」

まあ、俺達に余裕があるというだけで新人達は前回よりのハード内容に死にかけているが。
それでも、店内は俺達4人だけのときよりも待ち時間とかが半分で済んでいるのは事実だし、俺やキララの作る料理も少しばかり減っている。
そうすろと、普段は立ち止まる暇もない俺達にもそれなりにお客さん達と会話したりする余裕が出来て、店内の雰囲気も随分と柔らかくなるのは、良いこと。

…の、はずなんだけど───…

「フォルトさーん!今度、一緒に買い物どうよー?」
「ん?なんで?」
「俺んとこの妹が、今度誕生日でさー。何を買えばいいか分かんなくって。」
「へー、お兄さんは大変だねー。」
「新人さんが入ったし、休暇とか取れねーの?」
「うーん、どうかなー?」

何と言うか…あの野郎。一緒に買い物だと?それはデートと言うんだよ。ってか、俺の目の前でフォルトさん誘うんじゃない。怒るよ?怒りますよ?料理に激辛ソースかけますよ!?
…いかん、落ち着け、俺。嫉妬で客に危害加えてどうする。分かってる。確かに、あの男性は妹さん思いの優しい男性だった。この前、2人で店に来てたし。仲良さそうだったのも覚えてる。フォルトさんを誘うのも納得できる。だって、キララ達より友達感覚で誘いやすいからな。一番、隣に並んで気疲れしない女性友人ナンバー1だろう。だから、あの男の言うことも間違っては───

「まー、あたしも妹とかいるから、その辺は分かるし。いいよ、手伝ってあげる。」
「助かるよー。あ、なんならついでに俺と遊んでいく?」
「おー?それは、あたしの親衛隊を敵に回す行為と分かって言ってるのかなー?」
「いや、だって親衛隊の目標って、どちらかというとレイを倒すことだし。」
「うっわー、レイ君が聞いたら怒りそう。」

間違って───

「個人的に、一度フォルトさんと遊んでみたかったしな。」

間違って───ない、けど…間違ってないけど…!

「うーん、そういった誘いなら断───…って、レイ君?」
「お?レ、い…?何か、怖いんだけど…?」

許容ができない…ああ、駄目だ。俺、最低の男だ、きっと。嫉妬深くて、恋人でもない、ただ想いを寄せているだけの女性が他の男の友人と一緒にいるのにも我慢できない、最低の男だ。

「悪いんだけど…」
「へ?」
「は?」

いや、嫉妬とは違うか…きっと不安なんだ。フォルトさんが、他の人と一緒にいるのが。他の人が彼女を好きになってしまうことが。彼女と隣が、どれほど居心地がいいのかを、俺は知ってしまったから。平凡なこの女性の隣にたてることが、どれほど非凡なことか知っているから。それを、奪われたくないんだ…!



「フォルトの隣は俺の場所だっ!」



店内が、シーンと静まり返った。こちらを見ている男が、呆然としている。隣にいるフォルトさんはしばらくポカンとした後、急激に顔を真っ赤にさせていく。店内中の視線が俺とフォルトさんに集まる。それでも、俺は言葉を撤回しない。これが俺の答えだと、ここにいる全員に宣言するために。

「あ、あのー…レイ、君…?」
「…何?」
「え、と…その、いいい今の、あたしの隣がレイ君の場所だっていうのは…」
「フォルトさんが───…フォルトが嫌なら、断ってくれていいんだけど。」
「い、嫌じゃない!嫌じゃないよ!?そりゃーもう、全然嫌じゃない!け、ど…いいの…?あたしの、隣で…」
「フォルトの隣でいい、なんて思ってない。絶対に、そんなこと思ってやらない。」
「へ?」
「…フォルトの隣‘で’いいんじゃない。フォルトの隣‘が’一番いい。」
「っ!!」
「だから…フォルトが良ければ、フォルトの隣って場所を俺が欲しい。そして、誰にもそこに立たせないでくれないか?」
「あ、う…う、うん…分かった…あたしの、ととと隣…レイ、君にっ…あげる…って、あたし、今こんなところで凄く恥ずかしいこと言った!?うわ!視線が!周囲の視線がすごいんだけど、レイ君!?」

顔を真っ赤にさせた彼女が、しばらく視線をきょろきょろさせているのがなんとも面白くて、俺は思わずフォルトを抱きしめる。彼女は腕の中で硬直した後、ゆっくりと、確かめるように俺の背中に腕を回してきた。途端に────

「フォルトちゃん、おめでとー!」
「レイ・キルトハーツ!それがお前の決断だな!?撤回は認めねー!」
「よっしゃ!賭けは俺の勝ちだああああ!」
「くっそー!外したー!」
「レイ兄ちゃん、おしあわせにー!」
「フォルトちゃん、彼にひどいことされたら、ちゃんと相談しなさね?」

店にいた全員から歓声が上がった。
ちらりと後ろを見れば、キララとマリス、そしてリリアが寂しそうに。けれどどこか嬉しそうにこちらに向かって手を振ってくれている。それに少しだけ心を痛めて。けれど、その痛みを超える喜びを、俺は今腕の中に捕まえていた。


10 :雨やかん :2008/06/05(木) 09:47:33 ID:VJsFrctD

FとRの恋の形

「ねぇ、レイ君?」
「何でしょうか…」
「苦難を踏み倒し、恋敵を蹴落とすという長く険しい道のりを越えて、ようやくあたしはレイ君の恋人という立場に立ったわけだけど…」
「はい。」
「あの、レイ君の店内での告白のおかげで、ご町内からお祝いの品があたしの実家にいくつも届いて、怒った妹2人との一騒動もどうにか決着をつけて、ひとまずお父さん達にも挨拶なんてしたわけだけど…」
「はい。」
「…言いたいこと、分かるよね?」
「へ、ヘタレですいません…。」

俺のフォルトへの告白から1週間。キララ達に改めて答えを告げてから6日。ラインクル家にご挨拶に行ってから4日。
実は、俺とフォルト。何一つとして恋人らしいことをやっていません。

「正直なところ、あたしはレイ君が本気であたしの体に不満があるのかと怒っています。」
「無いです。」
「告白から毎日毎晩、綺麗に体を洗ってレイ君からの呼び出しを待っていたあたしの乙女心を全力で破壊してくれたあたり、正直、彼氏としてどうかなーと思います。」
「返す言葉もありません。」
「あたしは以前言いました。『いつか、レイ君に下心満載で部屋に誘わせてみせる』と。」
「覚えてます。」
「さすがに、その日にことに及べるとまでは思ってなかったです。ですが、正直、一週間も、恋人に、放って置かれると、さすがのあたしも、我慢の限界です。」
「…欲求不満とか?」
「本気で怒るよ?」
「ごめんなさい。」

ヘタレですいません…。
いや、俺も頑張ってましたよ!?実はフォルトの部屋の前までは行きましたとも!一週間!毎晩!欠かさず!けど、ドアを開けようとしたら、完全に頭の中がゆだったんです!先日、関係こそ違えど一度はそういったことを経験していた相手だけに、想像がリアルすぎて部屋に入る前に限界になったんです!

「よく考えたら、俺って平凡な状況で女の子と色恋沙汰をまともにしてないんだよな…」
「前の彼女さんはどうだったの?」
「…向こうが、究極に押せ押せの人間だったから、流されていたのは否めない…」
「彼氏としてどうなの、それ…?」
「情けなさに、正直落ち込みました。」

ため息を一つついたフォルトが、そのまま俺が正座している床まで歩いてくる。ちなみに、ここは俺の部屋。本日も何も出来ずにぐったりしていたところを、フォルトが部屋に殴りこんで(ドアを開けた瞬間、グーで)来たのだ。
俺の目の前まで来ると、フォルトは同じように前に座って俺を見つめる。

「…ねえ、レイ君。」
「はい。」
「あたし、レイ君の恋人だって…本当に思っていい?実は、あのときの一夜が原因で…無理したりとか、してない?」
「そ、それはない!絶対に!」
「…それなら、いいんだけど…」

…恋人らしいことって、何だろう。いや、そもそも恋人であれば、何をしていもそれが恋人同士の行動になるわけだし───…あれ?でも、俺は何かしたか?フォルトに、恋人として言葉以外の何かをしたか?

…あー…そっか。俺、どこかで油断してたんだ。フォルトに告白したから、恋人になったから、そんなに焦らなくていいって。のんびりでいいって。それは間違ってないけど、それが何もしなくていいってのとは別なんだ。想いがあってこその関係。だけど、俺達は人間で。眼に見えないもの、移り変わるものを不安に思う。だからこそ、形あるものを胸に抱いていたい。それが、俺とフォルトに足りなかったこと…

「…そっか…考えてるだけじゃ、伝わらないよな…。」
「レイ君…?」
「いや、ごめん。ようやく足りないものが分かった気がするから。」
「足りないもの?何、それ?」
「形の無いものを守るために、形あるものが必要だってこと。」
「…こういうとき、あたしはレイ君との頭の距離を感じずにはいられないね…」
「簡単なことだよ。」

俺はそっとフォルトの手を引いて、立ち上がると、そのまま彼女を抱えてベッドへと運ぶ。それに気づいて顔を真っ赤にする彼女に、俺はにやりと笑ってやる。

「はい、想像しているところ悪いけど、これ以上は何もしません。」
「ここまで来て!?」
「いや、だってここでやったら無理やりな感覚があるし。心配しなくても、もう少ししたらちゃんと、下心満載で俺から誘うさ。」
「むぅ…絶対だからね?」
「絶対ですとも。とりあえず、翌朝に早起きしなくていい日に、な。」
「…明日、2人ともお仕事だもんね。」
「新人の教育が完成してからになりそうだなぁ…」
「よし!一日も早く使い物になってもらおう。レイ君とあたしの関係前進のために!」

おそらく、明日の新人達はフォルトのしごきに泣くことになるだろう。まあ、諦めてもらおう。俺も、調理担当のメンバーに一刻も早く一人前になってもらいたい。
それが出来たら、そのときは…うん、今から楽しみだ。

「うわ、レイ君が変な顔してる。」
「大したことじゃないさ。今からフォルトに何をしようかと考えてるだけ。」
「そこまで考えてるなら手、出そうよ!目の前じゃん!」
「いやいや。こういうのは耐えた方がいいんだって。」

一つのベッドの中で、ただ単にいつものように話し合うだけ。それが、一番俺とフォルトにとって恋人らしく、また自分達らしいと思った。


11 :雨やかん :2008/06/11(水) 08:37:32 ID:VJsFrctD

騎士の覚悟

「はっ、はっ、はっ……」
「大丈夫ですか?」
「え、ええ…何とか―――っ!伏せて!」

投げられた言葉に疑問を感じる暇などなく、俺はその言葉通りに体を低くする。瞬間、俺の前にいた彼女が持っていた盾を構え、その盾に細長く、先端の鋭い物体が当たる。
‘ギィィン!’とした音とともに弾かれたそれの正体など確認する暇は無い。俺が視線で知りたい情報を訴えれば、それだけで望む答えが返ってきた。

「右後ろ45度!」
「はぁっ!」

体を低くしたまま、振り向きざまに持っていた小型花火を言われた方角に投げつければ、そこにいた何者か――敵――から連続して炸裂音が鳴り響いた。敵の位置の確認を済ませた直後、そのまま前方に踏み出して蹴りをその腹におみまいしてやる。

「寝てろっ!」
「ごふぉっ…」

ひゅんと数メートルほど吹き飛んで地面に倒れ伏した男が立ち上がってこないことを確認し、パートナーとなっている彼女に視線を戻す。

「怪我は?」
「ちょっと衝撃で腕が痺れてるけど、それだけかな。あなたこそ大丈夫?」
「フィーアさんのおかげで。それにしても…厄介なことになりましたね。」
「本当にね…」

ことの起こりは数日前。
珍しくリリアではなく陛下にお城へ呼ばれてみれば、なんと騎士である俺への任務を言い渡された。リリア専属の特務騎士なんだから、俺が何かせんでも…と、思っていられたのも話を聞くまで。どうやら、このラズウェールの近くの森に野盗が住み着いたらしい。しかも、聞くところに寄ればかなりの規模。本格的に騎士団を派遣する前に、偵察任務をしなければならないのだが…いかんせん、偵察である以上、少数で行かねばならない。
そこで、俺ならば単独でも偵察、万が一発見されたときの脱出も容易だろうという理由で白羽の矢がたったらしい。
まあ、野盗がへたにラズウェールに来たりしたら、間違いなくキララ達がいるヴェロンティエも危険にさらされるだろうし。ミリアさんがキララ達を守ってくれても、他の町の人達まで守りきれるかは微妙だし。
そんな理由から、俺は一人でここまでやって来たわけだが…

「まさか、任務帰りのフィーアさんと遭遇するとは…」
「おまけに私のせいで見つかっちゃうし…本当に、ごめんなさい…」

そう。森の近くまで来た俺は、何気ない通行人のふりをして近くまで接近していたのだ。だというのに、そこに騎士装束を着たフィーアさんが話しかけてきちゃったもんだからアウト。フィーアさんに注意と向けていたらしい野盗達は、俺も騎士とつながりとあるものと疑ったらしく一斉に襲い掛かってきた。
その後、俺はフィーアさんを守りながら戦い続けたために、まんまと敵の思惑に引っかかって森の中へと招かれたというわけである。

「過ぎたことは言っても仕方ないです。とりあえず、ここを脱出する手段を考えないと。」
「あなたが私を抱えて走るのは?」
「先ほどの平地ならともかく、森の中では難しいです。飛び上がろうにも枝があるし、全力疾走しようにも根っこがいたるところに巡ってますから。」
「私がいなきゃ、多少の無茶は出来るけど…ということ?」
「…」

沈黙は肯定なのだろうが、俺には残念ながらそれを否定は出来なかった。確かに、俺一人なら枝の上を伝っていけるだろう。だが、フィーアさんと一緒ではそれも危うい。俺が全力で動くには、フィーアさんを両手で支えないといけない以上、手が使えないのに上を移動するのは軽業師でも無い俺には無理だ。

「…逆を言えば、私さえいなければ、脱出できるのね?」
「置いて行けとか言ったら、怒りますよ。」
「じゃあ、助けを呼んできて。私が足止めするから。」
「同じことです。2人で脱出しないと────」
「綺麗ごとを言うのは止めなさい、レイ君」
「っ!?」

突き放すような、それでいて決意溢れる口調に思わず言葉に詰まる。

「…レイ君。私はね、あなたと違って自分の意思でこの道を選んだわ。」
「俺だってそうですよ。」
「いいえ。あなたはリリア様と一緒にいるために、騎士という位に座っただけ。私のように、民のために、国のために、多くのために、あなたは騎士になったわけではないはずよ?」
「それは、そうかもしれませんが…」
「…私が騎士として守ろうとする民の中には…レイ君。きみも入っているの。」
「俺を…守る…?」
「もちろん、私はあなたなんかよりずっと弱いわ。軍相手に一人で渡り合えたりもしないし、英雄と呼ばれるには全然器が足りないのも分かっている。けれどね…あなたと私とで、決定的に違うものがあるの。」
「…それは?」



「命をかけてでも、犠牲にしてでも、守ろうとするものを守りきるという覚悟。」



「死ぬ覚悟じゃないですか!」
「そうよ。」
「な───」
「そんな覚悟、馬鹿みたいと思う?おかしいと思う?ねえ、レイ君。自分の命をかけて、自分とはほとんど縁の無い人達を守ろうとするのはおかしい?」
「…納得、できません…」
「じゃあ、間違ってる?」
「それは───…それ、は…」

間違っている…とは、言えなかった。それを間違いだというのなら、守られた人達に守られるべきじゃなかったと言うような気がしたから。彼女の決意を、その思いを間違いだとは、言えない。言いたくない。

「だから、レイ君…行きなさい。敵の戦力、強さは大体分かったはずよ。この森での戦闘の仕方も。私が騒ぎを大きくするから、その隙に全力で行って。きみの脚なら、数分でこの森を抜けられるはずでしょ?」

じゃあ、俺が出来ることって何だ?俺がしなきゃいけないことって何だ?この、目の前にいる…俺よりもずっと弱いのに、俺よりもずっと過酷な覚悟をしている女性。俺を、守ると言ってくれた女性。この人を、死なせないために…俺がしなきゃいけないこと…!

「アイン達には、今までありがとうって言っておいて…陛下達には、任務を果たせないで申し訳ありませんって。」
「…分かりました。」
「ありがとう、レイ君。最期に話せたのが…あなたで良かった。私の大好きなあなたで───」
「勘違いしないでください。」
「───…え?」
「フィーアさんの言うことを聞くつもりは無いです。ただ、綺麗ごとを言うのを止めます。俺も、覚悟を決めました。」
「レイ、君…?」

綺麗ごとだけじゃ駄目な世界なんだ。けれど、俺は綺麗ごとが通じる世界の素晴らしさを知っている。それを通させてくれた世界を知っている。その世界のために、俺は…綺麗ごとを捨てる。
覚悟を決めろ、レイ・キルトハーツ王宮特務騎士。


12 :雨やかん :2008/06/16(月) 08:19:20 ID:VJsFrctD

レイ・キルトハーツの覚悟

「貴様、何者だ?」
「王宮特務騎士だ。一度だけ言う。武器を捨て、投降しろ。そうでなければ、こちらも容赦しない。」

フィーアさんに‘ある準備’だけを頼んで、俺は今、敵のまん前にいた。幹部なのかもしれない。今まで遭遇したやつらより上等な服を着ている。

「…一人で、俺達と戦うってか?面白いことを言うやつだぜ。」
「一人でお前達を倒す自信はあるんだけどな…けど、時間はかかるし危険も大きくなる。だから、悪いが最初から最終手段を取らせてもらうぞ。」
「おいおい。何をするって────」

男が言葉を続けようとした瞬間、全員の頭上を何かが高速で飛び去った。それは高速で移動し、一瞬だけ俺達を太陽の光から遮って森の向こうへと消えていった。直後、‘ドズン…’という音と、それに伴って少しだけ地面が揺れる感触が伝わってくる。

「───…は、あぁ?」
「今のが見えたな?なら、答えを聞かせてもらおう。」
「馬鹿、な…あんな大きない、‘岩’を飛ばすだとっ!?」

非常に弾性のある木のしなりを利用した投石器。作るのに、それほど時間はかからなかった。今頃、フィーアさんが集めた手ごろな大きさの石を投石器のカタパルトに乗せて打ち出そうとしているころだろう。

これは、武器じゃない。兵器だ。人を傷つけ、命を奪う兵器だ。そこに加減なんてものはない。使ったが最後、外れでもしないかぎり確実に破壊を撒き散らすものだ。そんなものを作るような人間にはなるなと、親父にはいつも言われていた。
心の中で親父に謝って、男の方をじっと見つめる。

「返答は?」
「っ───…聞いたことが、あるぞ…かつて、首都ラズウェールを襲ったイモルキ王国に対し、たった一人で立ち向かい、撃退したやつがいると…まさか…!?」
「そうだとしたら、お前の返答は変わるのか?」
「お、お前がっ…星降りの魔術師…!?」

おお。何か、今までとは違う2つ名がついていた。好色男爵とか、世界の男を敵に回した男とか、そんなんばっかだったからなぁ…ちょっと新鮮。

「5分だけ時間をくれてやる。その間に、お前達の答えをまとめておけ。5分たって投降しない場合…話し合いの余地は無いとして、この森のいたるところでさっきの光景を見せることにする。」
「ひっ…」
「最後の光景が、天から落ちる影だったということにならないように、しっかりと話し合うことだ。」

俺はそのまま飛び上がって近くの木の上へと身を隠す。しばらくこっちを見ていた男は、やがて慌てたように森の中へと消えていった。続いて、大きな笛の音が聞こえてくる。おそらく、集合の合図だろう。あちらこちらから盗賊達がぞろぞろと動いて森のある方向へと進んで行く。そして、俺はというと───その後を木の上を伝いながら追っていった。



「あ。お帰り、レイ君。」
「準備は出来ていますか、フィーアさん?」
「うん…それにしても、これすごい武器だね…あんな大きな岩を飛ばすなんて───…レイ君、何をしてるの?」
「方向と距離、角度を合わせてるんです。」
「…まさか、レイ君…これ、人に向けて撃つの!?」
「直接、撃つつもりはありません。ちゃんと外しますが…ただ、絶対に当たらないという保障も無いです。なにせ、急ごしらえの兵器ですから。」
「そこまでする意味があるの!?あの1発で、きっと盗賊達は投降するはず───」
「場所を調べるついでに、様子を伺いました。話し合いは難航しているみたいです。」
「え…?」
「彼らの首領がどうやら好戦的な人間のようでした。このままでは、一気に反抗してくる可能性もあります。この投石器の性質上、多方向から攻められると非常に弱いしある一定距離まで近寄られると役に立ちません。本来は、移動なんてしない拠点破壊用の武器ですから。」
「だから、撃つの?話し合いの場に撃つことで反抗の意思をくじくために…誰かを、殺すかもしれないのよ?」

俺は、その言葉で一度だけ動かしていた手を止める。そして、すぐに作業を再開した。そのまま、自分の覚悟を続ける。

「俺は…力を持っちゃったんです。」
「それは、分かるけれど…」
「けど、俺は力を持つことの意味を、完全に分かってなかったんです…力を持つほど、そこには責任が生じる。責任が生じるから、それを背負う覚悟が必要になる。」
「…覚悟…?」
「フィーアさん…あなたが、教えてくれました。力を持つことと覚悟を持つことが同義だと。俺も、覚悟を持たなきゃいけなかったんだ。騎士として。リリアを…いや、俺のいる場所を守る覚悟が。そのために、時には誰かと戦うかもしれない覚悟が。」
「あなたに似合わない覚悟だわ。」
「それでも、背負うと決めました。」
「…似合わない覚悟だけれど…騎士としての私には、否定できない覚悟ね…レイ・キルトハーツ様。」

その言葉の裏にあったのは…俺を騎士として認めてくれたということ。
思えば、俺は四聖騎士よりも立場が上だというのに、誰も俺を立場が上として扱おうとはしなかった。それはきっと、俺が本当の意味で騎士ではなかったから。だけど、今。俺は騎士としての覚悟をした。だから───


「フィーア・ラインハルト。そこで、俺の覚悟を…見てくれますか?俺に覚悟の意味を教えてくれたフィーアに…見てほしい。」
「あなたが望むのならば私はあなたの傍で、その覚悟を見続け、支え続けます。」


作業を終えて、一瞬だけ躊躇う。けれど一瞬の後、俺は思い切り投石器を作動させる。
‘ヴォンッ……!’という風切り音と共に巨大な岩が天空を駆けていき、視界からあっというまに消えていくのを、俺はじっと見つめていた。

それから数分後。全員揃って現われた盗賊達は、目に何の生気もない表情で降伏することを告げたのだった。


13 :雨やかん :2008/06/18(水) 09:14:22 ID:VJsFrctD

引っ張ってくれる人

「あれ?3人とも、どうしてここに?」
「また活躍したみたいだな、レイ。」
「なーに。ちょっと細かい話とか聞いて、お前と話がしたくてな。」
「質問、多数有り。」

陛下への報告を終え、提出すべき書類もちゃんと書き終えてリュカーさんに出した俺とフィーアさんを待っていたのは、四聖騎士のアイン、ヴァイツ、イラドの3人。そのまま、俺達5人はゆっくりと廊下を歩き出した。

「覚悟を決めたそうじゃねえか。」
「まあ、な。まだまだ弱くて、小さなものだけど…それでも、ちゃんと。」
「それこそ、重要。」
「騎士としての覚悟をお前に求めることは、少し悔しいのだがな。」
「そうよね。本当なら、あなたにはリリア王女様と友人、恋人、伴侶。という段階を踏んでいって欲しかったのだけれど。」

…うっわー…あなたが、それを言うのか。あなたに、それを言われるのか、俺。

「レイ君。何、その複雑そうな表情?」
「いや、俺がリリアの告白を断ったって話は聞いてないのかなーと。」
「聞いてるわよ?ねえ?」
「ああ。姫様を慰めるのに、陛下が大騒ぎしたんだぜ?。」
「忘却不可能。」
「お前が王ならば、俺達も安心できたのだがな。あのようなことを体験することは無くなっただろうから…」

アイン達の表情がものすごくブルーだった。…陛下、一体何をしたんだろう…?

「結局、お前はどうして姫様の告白を断ったんだ?」
「他に相手がいるわけでもねーんだろ?」
「あー…断ったときは、な。リリアにしろ、キララ達にしろ、何か違うなーって思っちゃって。それで、今はなんとなく分かる気がするんだよ。」
「へぇ?」
「理由、質問。」
「んー、つまり…俺は案外、自分に色々と教えてくれる女性が好みだということだ。引っ張ってくれる強い女性に惹かれるらしい。」
「レイ君を物理的にも精神的にも引っ張れる女性なんているの…?」
「いますよ?フィーアさんとか。」
「ああ、そうなんだ────え?」

硬直した。
面白いぐらいにフィーアさんが硬直した。さらに視線を巡らせれば、アイン達3人も完全に固まっている。うーん、出来ればスルーしてほしかったんだが、やっぱり無理か。

「…あのー、レイ、特務騎士…?」
「撤回する予定はありませんよ、今のところ。」
「あー…えーっと…お、俺ら、邪魔みてーだから、ここで…」
「ちょ!この雰囲気で置いていかないでよ!」
「良かったな、フィーア。」
「気合と、根性。」

逃げるように、というか全力で逃亡した3人を、フィーアさんはしばらく恨めしそうに見ていた。その顔は、非常に真っ赤である。

「フィーアさん?」
「…レイ、特務騎士…あなた、実は馬鹿でしょう…?」
「他人行儀にして、無理やり冷静にならないでほしいんですが。」
「姫様よ?玉の輿よ?容姿端麗にして優しく、女の私から見ても美しいと断言できる理想の女性像の一つよ?」
「リリアって、まさにそんな感じですよね。」
「対する私。騎士です。正直、小さいころは男勝りだったり、人形遊びよりチャンバラが好きだったり、城内の結婚できなさそう女性第1位だったりする私です。」
「やった。競争相手がいなさそうで良かった。」
「…何故、そんな私を…?」
「俺に覚悟を教えてくれたときの、フィーアさんの顔がものすごく綺麗だったからです。俺の覚悟を語ってくれたときのフィーアさんの目に、非常に惹かれたからです。俺を生かそうとしたときのフィーアさんの姿が、全力で守りたいと思わせたからです。」

簡潔に理由を言ってみた。
…おお。フィーアさんの顔がものすごい勢いで真っ赤になっていく。今にも頭から湯気が出そうだ。

「それで、フィーアさんの返事が聞きたかったりするんですけど。」
「…レイ君、私があなたの親衛隊の会員だと知って、それを聞くの?」
「ええ。親衛隊とはいえ、憧れか恋なのかは分かりませんから。フィーアさんはどっちかなーと。今の答えから、期待しても良さそうだなとは思いますけど。」
「実はレイ君って卑怯者よね。」
「返事、もらえますよね?」

しばらくうつむいてブツブツと何やらつぶやいた後、フィーアさんはそっと俺の腕に手を伸ばして自分の腕を絡めてきた。

「…こ、これで答えということでお願い…」
「言葉にするより恥ずかしい気がしますが。」
「言葉より行動が楽なのよ…私としては。」
「…可愛いですよ、フィーアさん。」
「くぅっ…レイ君なんて、私との関係にばれた姫様に怒られればいいんだわ。」
「嫉妬によるフィーアさんの給料削減と、どっちが先でしょうねー?」
「あなた、本当に私を好きなの!?」
「もちろん、大好きです。」

そんなやり取りをしながら、俺はフィーアさんを腕に絡めてお城の廊下を歩いていく。これから、この場所で、俺は何をすることになるんだろうか。それは、分からないけれど…この隣にいる女性から教えてもらった覚悟だけは、忘れず胸に抱いていこうと、そう思った。


14 :雨やかん :2008/06/20(金) 08:56:18 ID:VJsFrctD

彼の心と彼女の体

ベッドの上。仰向けに寝ている俺の脚側、下半身に薄紫色の長い髪がサラリと触れる。そして、その髪の持ち主の声が、ほとんど動けない俺の体に染み込んでいく。

「レイったら、こんなに硬くなってるわよ…?」
「ちょ、駄目だ…これ以上、はっ…止めるんだっ…!」
「ふふふふ…何を言うの、レイ?あなたから言い出したことじゃない。」
「ち、違っ…!」
「嘘つきにはおしおきよ。」
「うああああああああ…」

マリスの腕が、俺の体の自由を奪っていく。精神的な快楽と苦痛を同時に味あわされ、俺はさらに抵抗する意思も力も奪われてしまうのがはっきりと分かる。

「もう、何度もしていることじゃないの…」
「あうぅ…くぅっ…!」
「ほらほら。気持ち良さそうな顔してるわよ…?止めていいの?本当に、止めてもいいのかしら…?」
「う、ぐ…」
「レ・イ?」
「つ、続けてくだ、さい…」

陥落した。俺は、この瞬間にマリスに与えられる快楽に、自分の意思を放棄してしまったのだ。なんてザマだろう。こんな、こんなことになってしまうなんてっ…!けど、もう駄目だ。俺はきっと、もうマリスから逃れることなんて出来ない。

「はい。腕を伸ばして?」
「うーい…」
「…レイ、腕の筋肉こりすぎよ?脚だけじゃなくってこっちも硬くなってしまってるわ。」
「だから整体してもらってるんじゃないか…」

…あー、今の会話を聞いて妙な想像した者ども。とりあえず頭を垂れて白装束着てこい。介錯は俺がしてやる。予想できてつまらないとか思った人間。マッサージでなく、否定すべき光景を浮かべた時点であなたも清い人間ではない。そして俺の言葉の意味が分からない方々。いつかは知ることだ。頑張れ、思春期。

いや、むしろ俺が頑張れ。

「だーかーら…どうして、そんな密着してんのさー…?」
「あら、決まってるじゃない。ゆ・う・わ・く♪」
「一音ずつ区切って言わないでください…」

あなたの場合は、本当にシャレになりません。主に、現在俺の腕にかすかに触れてる部分とか!声には出しませんよ!?心にも出しませんとも!その単語を浮かべた瞬間、何か終わりそうな気がするからね!

「それにしても、本当にレイったら頑張るわよね…新人達が入ったとはいえ、結局あの子達に色々教えて、あなたの仕事量はほとんど変化無しよ?」
「そうだけど、な…やっぱりヴェロンティエに来る人達には美味いもの食べて欲しいし。あいつらがモノになるまでの辛抱だよ…」
「そうね…キララが遺してくれた店を、守っていかないといけないものね。」
「ああ───…って、キララ死んでないから!足りなくなった材料の買出しだから!」
「フォルトの最後の言葉…『あたしの代わりに、ヴェロンティエの給仕をっ…』は今でも耳に残っているわ。」
「ああ、そうだね!確かにその言葉を最後に疲労でフォルトさんはぶっ倒れたさ!」
「『申し訳ありません、けど、もう私はっ…』そう言って、私達を裏切って去っていったリリア…今ごろ、どうしているのかしら…」
「お城に帰ってるよ!後、裏切ったとか言っちゃ駄目だって!」
「あのときのレイの言葉。『2人で、支えあって頑張っていこう』っていう言葉で私の未来は決まったのよね。」
「本日午後の調理をな!目的語をあえて省くな!ってか、何だよ、その3流脚本みたいな場面展開!」
「そして最後の瞬間。人々の狂ったような叫びに包まれた世界で、私とレイはその場から手を取り合って逃げ出すのよ。」
「並んだのに食べられなかった人達の残念の声を狂った叫びとか言うな!後、逃げてない!ちゃんと謝った!」
「2人の未来はいかに。近日出版『ミリアさんの世界を洗脳っ♪」」
「そんな軽々しく世界を洗脳すんなよ!後、本のタイトルが微妙に有り得そうで怖いわ!」

あの神様のことだ、世界の1つや2つ、きっと一瞬で洗脳できるに違いない。

「さて、レイが一通り元気になったところで。」
「むしろ精神的に疲れたよ…まあ、体は楽になってるけど。」
「当然よ。レイの体の疲れを癒すのは私の仕事なんだから。」
「…いつも、ありがとうな、マリス。」
「っ…どういたしまして。」

少し頬を染めてはにかむマリス。
そう。新人の教育やらで、下手すると今まで以上に働いている俺の毎晩のマッサージをマリスはしてくれているのだ。本人は俺に迫る格好のチャンスだとか言っているが、実際は本当に俺のことを心配してくれているための行動である。
心配かけすぎてるなぁ、俺…無理だけはしないようにしなきゃ。

「それじゃあ、レイ。おやすみなさい。」
「あ───」
「?どうかしたのかしら?」
「…いや、なんでもない。おやすみ。明日もよろしく。」
「ええ、また明日。」

そう言って、さらりと長い髪を手ではらって部屋を立ち去るマリス。そして、そんなマリスを見送って…へこんでみる。

「くそっ…きょ、今日こそはと思ったのに…」

マリスのマッサージは気持ちよすぎる。それこそ、何もかも忘れてどうでもよくなってしまうぐらいに。その結果、俺はもう1週間もマリスに伝えなきゃいけないことを伝えそびれている…ヘタレじゃないぞ?

「はぁ…告白って、どうすればいいんだっけ…?」

そんな俺のつぶやきに答えてくれる人は、誰もいなかった。


15 :雨やかん :2008/06/22(日) 08:01:30 ID:WmknQnu4

彼女の肩書は彼女


「あれ、マリス?」
「え?レイ、どうしてこんな夜遅くに?」
「ちょっと喉が渇いて…マリスも?」
「…女性に軽々しくそういったことを聞くのは、いけないと思うわ。」

何だか頬を染めて拗ねられた。何で───…あ。そっか。そっちにあるのは…いかん。確かにデリカシーが無かった。

「以後、注意する。」
「分かればいいのよ。私も少し飲もうかしら…」
「なら、水じゃなくてお茶にするか。」
「そう言えば、レイのお父さん達から送られてくるドクダミっていう葉だけど…これ、ヴェロンティエの庭で栽培とか出来ないの?」
「どうも土が合わないらしいんだよなぁ…現在、陛下の方で綺麗な土と水のある場所を探してもらってる。」
「国が動いているの?」
「ああ。陛下が言うには、大量生産すればこの国を支える産業になれるんじゃないかってことらしい。」
「…そう。」

あれ?何か、落ち込んだ?
えーっと、何で?と、とりあえずやかんに入ったお茶を自分のコップに入れて…うわ、少し目を離した隙にさらにへこんでる!?

「マリス…?」
「ああ、ご、ごめんなさい。ちょっと、改めてレイの凄さに圧倒されちゃって…今更って感じなのだけどね。」
「どういうことだ?」
「ほら、産業って、本来はその土地の歴史とかが自然に作り上げていくものでしょう?なのに、レイは産業を土地に根付かせるっていう、普通とは逆の行動をとっているから。そもそも、ただの料理人が国政に関わっているっていうのも凄いことだし、と言うか、レイがただの料理人だっていうのも考え物だし。」
「えーっと、それで、マリスが落ち込んだ理由は?」
「…落ち込んでなんて、いないわ…」
「嘘はいいから。」
「嘘じゃないわよ。本当に…オチャ、ありがとう。おやすみなさい、レイ。」
「あ、ま、待てよ。マリスったら。」

逃げるように、というか間違いなく俺の言葉から逃げ出したマリスを、俺は夜ということもあって静かに、それでも出来るだけ早足で追いかける。その甲斐あって、何とか階段を上がってすぐにマリスに追いつくことができた。とりあえず、その肩を掴んで引き止める。

「マリス…俺が何かしたわけじゃないとは思うけど、どうしてそんなに悲しそうな顔するんだよ…?」
「何でも、ないわっ…」
「マリス。」
「本当に、なん、で…もっ…」
「マリス…!」

くるりと体を回転させて、俺は少しうつむいたままのマリスの正面に回りこんでその表情を確かめる。案の定、マリスは驚いた顔で、しかし悲しそうな顔で俺を見ていた。

「俺は、マリスに頼りにされる自信があるんだけど。」
「…はぁ…もう、レイには適わないわね…」
「普段、負けっぱなしだからな。」
「普段のレイが本当のレイなら、こんなに落ち込まなくて済んだのだけれど。」

は?普段の俺って…マリスに負けっぱなしの俺ってことか?
そんな俺の疑問が顔に出たのか。マリスは少しだけ苦笑して俺に語りかける。

「国を救って、ヴェロンティエの看板料理人で、王家からの信頼も厚くて、町の人達からも慕われていて、この世界に無くてはならない存在のようなレイを見てると…時折、自分がとても小さく思えちゃうのよ。」
「…そんなこと、あるのかな…?」
「劣等感、とまではいかないけれど…レイを愛してるんだから、私もレイの肩書きに並べられるぐらいの何かが欲しかったわ。」

…やばい。どうしよう。まじめな話だってのは百も承知なんだが、そんなことを言って拗ねながら落ち込んでいるマリス…正直、可愛いんですが。

「あー…マリス。そんなに、肩書きとか…欲しい?」
「ええ。レイに負けないようなものがあればいいのに…」
「じゃあ、こんなのどうだ?」
「え?」

俺は、きょとんとした表情のマリスをそっと引き寄せて、しっかり抱きしめる。マリスの香りが俺の鼻をくすぐり、柔らかい感触が俺と触れ合っているのを確認してから、俺は想いを言葉へと変える。



「そんな俺の恋人である、っていう肩書き…とか。」



「…っっっっっっ!?」

腕の中でマリスがギシリと硬直したのが分かった。そのまま待つ。10秒、20秒、30秒…たっぷり1分ほど待ったころ、ようやくマリスが動き出した。

「…欲しいって、言ったら…くれる、のかし、ら…?」
「むしろ、俺としては押し付けたかったりするぐらいなんだが…どうでしょう…?」

ちくしょう!ここでマリスの意思を聞いちゃうあたりが、俺のヘタレ!答えなんてさっき聞いてるじゃん!
ああ、悪いか!不安なんだよ!愛されてると分かっていても、怖いものは怖いんだよ!自分の想いをさらけ出すって、本当に怖いんだよ!
だから、冗談混じりだとしても、こんなことを日常からやってるマリスが…本当に、俺は…!

「…じゃあ、貰うわよ?レイ。いいのね?」
「マリス…好きだよ。愛してる。」
「っっっ…も、もう…レイったら。」

あー…やばい。頬を染めちゃったりなんかしてるマリスが本気で可愛いんですが。
こ、ここはもう、たまにヘタレとか言われる自分を払拭するためにも!そして、いつも恥ずかしい思いをしながら俺と一緒にいてくれたマリスに答えるためにも!と言うか、もう限界、です…

「なあ、マリス。」
「何?」
「今、夜だよな?」
「?…ええ、そうだけど。」
「で、あっちに行くとマリスの部屋。その隣はキララの部屋。」
「レイ?」
「で、こっちに行くと…俺の部屋が一つだけ。」
「…あの、レ、レイ…?」
「…どっちに、行きたい?」
「〜〜〜〜〜!?」

顔を真っ赤に染め上げて、声無き叫びを上げるマリス。硬直したマリスが元に戻るまで数分かかった。その後、俺達はゆっくりとある方向に向かって動いていく。
え?どっちに動いたのかって?それを教えてやる義理はない。

…ま、強いて言うなら。‘俺達は’動いた、と言ったからな?


16 :雨やかん :2008/06/24(火) 08:34:30 ID:VJsFrctD

愛してるの響きだけじゃ足りません

「レイ。まずはおめでとうと言っておくわ。」
「ありがとう…」
「あたしもね、親友の恋が実ったのは素直に祝福できると思うんだよレイ君…」
「さすが、フォルトさん。友情に厚いね。」
「ですが、レイ様…さすがに、この状況は怒ってもよろしいですよね?ええ、失恋させられた女として。」
「…もう、本当にすいません…」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!と殺意の波動にでも目覚めていそうな3人の前で、俺は冷や汗をダラダラと流しながら、その原因である状況を省みる。その原因はというと───…

「ねえ、レイ。お父さん達への挨拶、いつがいいかしら?やっぱり、ちゃんとした服装じゃないと駄目よね。今度、一緒に買いにいきましょうか。兄さんもちゃんと呼んでおいて、説得しなきゃいけないわよね。後、お世話になった人達にも───…あら、レイ?どうしたの、そんな顔して?」
「…いや、何でも…」

多分、キララ達全員が思っているだろう。あんたは誰だ、と。いや、正直なところ俺も少しばかり思っています。予想外です。予想外すぎました。

「マリス…見せ付けてるわけ…?」
「あら、そんなことはないわよ?いつも通りじゃない。」
「何処が!?」
「もう、フォルトったら。そんな大声出しちゃ駄目よ。もうすぐお店も開くんだから。」
「マリスさん。ちなみに、その体勢のままお仕事を…?」
「まさか。そんなこと出来るはずないわ。残念なんだけれどね。」

そう言って、朝から組んだままずっと離さない腕に力を込めるマリス。その本当に残念そうな表情が…ああ、もう本当に可愛いなぁ!こんちくしょう!朝っぱらから、この表情を連発されて、俺の抵抗は全部かわされましたよ!ってか、恋人のこの表情に逆らえる男がいたら土下座して教えを請いたいわ!

「レイ。あたし達を断ってから、マリスに告白するまでに時間をおいて正解だったわね。」
「そうだね。直後にこれだったら、多分あたしはレイ君を刺してたよ…」
「私達の心の整理がついた後で、本当に良かったですね。」
「ああ、俺も偶然とはいえ自分のヘタレ具合がこれほど幸運だったと思ったことはないよ…」
「もう、レイったら。さっきから私の話を聞いてるの?」
「聞いてるって。」
「式場、どこがいいかしら?」
「嘘だ!そんな話じゃなかったはずだ!」
「やっぱり、目立つ前に挙げたいわよね。」
「もう限りなく目立ってるし!お店に来たお客さんたちも気づくこと間違いないぞ!」
「マリスの親衛隊に殺されないようにね、レイ。」
「言うなあああああああああああ!考えないようにしてんだからさぁっ!」
「何を言っているのよ、レイ。さすがに昨日の今日で目立つわけないじゃない。」
「「「「目立ってるよ(ますよ)!!!」」」」

その言葉に、マリスはきょとんとして自分のお腹あたりを眺める。何度かさすったりもして───…え、何、その思わせぶりな行動?

「ねえ、キララ。そんなに目立っているかしら?」
「…ちょっと、待ちなさい。マリス。今、何の話をしているわけ?」
「フォルトから見ても、まだそんなに膨らんでたりはしないわよね?」
「膨らむって…ねぇ、マリス…ひょ、ひょっとして目立つって、そっちの話だったりするのかなー?」
「レイ様…こ、心当たりは、あるんですか…?」

リリアの冷や汗交じりの声に、俺は首をわずかに縦に動かすことで肯定する。キララ達は怒るというよりは、本気で疲れているようだった。

「ま、マリス…ひょっとすると、ひょっとして…?」
「あら?言わなかったかしら?昨日は女の子の日よ?」
「聞いてねえええええええええええええ!」

恋人期間が1日で終わったあああああああああああああ!?俺、16歳なのに!?あ、もうすぐ17歳か…って、それでも若い!若すぎるよ!日本じゃ親の許可があっても男は結婚が許されない年齢だよ!ってか、本当に恋人期間が短いな、こんちくしょう!

「恋人すっ飛ばして、いきなり新婚なのか、俺…?」
「れ、レイ…まあ、その…頑張りなさいね?」
「まさか、失恋させてしまった相手に慰められるとは思わなかったよ…」
「ひょっとして、マリスさんの計算づくだったりするんでしょうか…」
「そんなわけないでしょ、リリア。ただ、愛は確率すら凌駕するのよ。」
「名言っぽく言ってどうするのさ!?」
「ああ、一応ちゃんとお医者さんに確認に行かないといけないわね。」
「レイ君。あたしの親友をここまで変えちゃった責任、どう取ってくれるのかなー?」
「…とりあえず、妻子ともども絶対に幸せにするということでお願いします。」
「さすが、レイ。愛してるわ。」
「…マリス?」
「愛してるわ。」
「あの、何でしょうか?」
「愛してるわ。」

じーっと俺と視線を合わせ続けるマリス。え、何?俺に何をしろと?ってか、何を言えと?
…いや、分かってるけど。分かってるけど!それを、今、ここで言えとっ!?キララ達がいるんですがねぇっ!?

「愛してるわ。」
「あぅ…」
「ねぇ…レイは?」

涙目、上目遣い、不安げな表情、押し当てられる柔らかい物体。これに勝てる年頃の男がいたら、そいつは絶対に危ない趣味の持ち主だと断言できる。

「…愛してるよ、マリス。」
「嬉しいわ。私もよ♪」

視界の端っこで、キララ達が砂を吐くような顔しながら苦笑しているのが見えた。
そして視界のど真ん中では、俺の恋人がとても嬉しそう微笑んでいた。


17 :雨やかん :2008/06/26(木) 08:17:21 ID:VJsFrctD

第3者から見た彼と彼女達

最後のお客さんが帰って、後片付けもちゃんと終わって。
今、厨房に残っているのはあたし達5人と、制服を持って荷物をようやくまとめ終わった新人が3人。ピンクの髪のイーノちゃんに、銀髪のフェリックス君。そして灰色に近い白髪のエレナちゃん。用事があると言って帰ったカイン君も含めて今日の担当はこの4人だった。

「あ、みなさん!それじゃあ、お先に上がらせてもらいますねー!」
「おう。気をつけて帰れよ、イーノ。」
「大丈夫ですよ、さっきから外でギルが待っててくれてるみたいなんで。」
「あれ?イーノちゃんとギル君って付き合ってんの?」
「まっさかー。僕とギルは単純に親が親友で幼馴染で家が隣で学校と部活がずっと昔から一緒なだけですよ。」
「…それは、‘だけ’と言っていいのかしら?」
「?それ‘だけ’ですけど?」

ああ、そう。なら、どうしてあたしの視界の向こうに、扉の前で地面に膝を付いて凹んでるギル君がいるのよ…ひょっとして、この子は鈍感なんじゃないだろうか。女版レイか。

「…察してやってください、キララさん。」
「ギル君に、頑張るように伝えてちょうだい。それなりに手助けとかしてあげるからと。」
「そんなもの、いらないと思います…かと。」
「ほっほう〜?エレナちゃんとしては、ギル君がイーノちゃんとくっつくと困るのかな〜?」
「っ…関係、ありません…かと。」
「うんうん、若いっていいねぇ〜♪」
「っっっ…!し、失礼します…かと…」
「わっ!ちょ、エレナちゃん待って!それじゃ、また僕は明日にっ!」
「ちなみに、典型的な形ですが。エレナとイーノは親友です。それでは、自分もこれで失礼します。」
「フェリックスさんも大変ですね。エレナさんが向いてくれなくて。」
「………失礼します、リリアさん………」

3人がせかせかと帰っていくのを見てから、あたし達は思わず顔を見合わせて苦笑する。

「いやー、他人の色恋沙汰っていうのは楽しいもんだね〜?」
「趣味が悪いわよ、フォルト…と、言いたいところだけど。確かに面白いわね、あの子達。」
「と言うか、よくリリアはフェリックスがエレナを好きだって分かったな?」
「…気づいていないレイ様が、おかしいのではないかと思います。」
「ってか、ひょっとしてレイ君…気づいてなかったの?」
「え?全員が周知の事実!?」

うわ、本当に気づいてなかったのか、この男。やはり、自分の恋愛に鈍感なレイは、他人の恋愛にも鈍感なんだろうか…ちなみに、今の新人達の関係は確か…

「ねえ、レイ。ひょっとしてギル君が今のレイのような状態になってるのも気づいてないわけ?」
「は?どういうことだ?今の俺の状況って…?」
「エレナだけじゃなくて、アディーナもよ?ギル君を好きなのって。」
「マジで!?あいつ、もてるんだなー…って、何?何、その目!?その『お前が言うのか』って目は止めて!分かってますよ、答えをまだ出せないヘタレですいません!」

まったく、レイは本当に…ん?これ、何かしら…?

「ねえ、この筆記用紙なんだけど誰の?」
「え?いや、知らないけど…新人達のじゃないか?」
「名前は書いてないのですか?」
「えっと…『ヴェロンティエ研究帳 1期生』…?」
「不思議な題名ね…中を少し読んでみたらどうかしら?題名から察するに、そんなに個人の秘密が書いてあるわけでもないでしょう。」
「そうだね。文面とか読めば、誰のかわかるだろうし。」

おもむろに開く1枚目。なんとなく、どきどきするのは何故だろうか?


『イーノ・リディアス

今日から、みんなで少しでもレイさん達に追いつけるように、調理や給仕で気づいたことを交換日誌みたいにお互いに書きあうことにします。

うーん、なんか硬い文面苦手だから、ここからは普段どおりに書くね。

レイさんについてだけど…やっぱり凄い。何が凄いかって、もう全部凄すぎて何が凄いんだか分からないぐらい凄い。僕も、学校でそれなりに上手だって言われてたけどレイさんは別格な気がするよ。
第一に、基本の熟練度が僕達と違うよね。多分、小さいころから料理してたんじゃないかな?これは、これからの練習量で克服するしかないかも。けれど、レイさんの仕事量見てると、一生追いつけない気がするよ…
後、見たこと無い技術とか器具とかも使ってるし。この前、シボリキ?とかいうので果物を一瞬で飲み物に変えてたのを見たよ。つぶせばいいのかなって思って、自分の家で色々な方法で試してみたけど、手はべたべたになるし汁はあんまり取れないしで散々!今度、レイさんにあのシボリキっていうのを貸してもらおうと思う。その時はみんなも一緒にやってみよう! あんまり一杯書くのもなんだから、今日はここまでっ!』


なるほど。あたし達の追いつくために、お互いに情報交換して経験を分け合ってるわけね。いい考えだわ。思いついたの、誰かしら?

「面白いな、このやり方。信頼関係は築けるし、自分達の技術向上にもつながる。まさに一挙両得ってわけだ。」
「レイ様、小さいころから料理をなさっていたのですか?」
「初めて包丁を持ったのが5歳。まともな料理を作れるようになったのが6歳。両親の我侭に押されて様々な分野に手を伸ばし始めたのが8歳だ。なまじ、2人とも金持ちなだけに材料は揃えてくるし、ちゃんと作り方まで調べてくるから逃げ場が無かった…」
「…レイ君の不幸は、そこから始まってたんだね…」
「言うな…言わないでくれ…」
「かれこれ10年の経験なのね。確かに、新人どころかキララですらも及ばないわね。」
「あたしは、料理を本格的に始めたのは10歳ぐらいだから、レイの半分にも満たないのね…しかも、レイって独学でしょう?」
「親が買い揃えた本で勉強したよ。自分達はしないのに、何であんな本はあったんだろうなぁ…?」
「置いておくと、レイ様が勉強してくれるからではないでしょうか?」
「…はめられてた!?」

レイが両親の策謀にいまさら気づいたところで、次にいってみようかしら。


『ミランダ・プレシアード

えーっと、気づいたこととか書けばいいんだよねー?

私、お勘定をやってるんだけどー、隣にいるのって姫様だからすごい緊張しちゃうんだー。偉いしー、優しいしー、色白いしー、髪綺麗だしー、美人だしー、胸あるしー、腰細いしー、同じ女性として、ひじょーに納得いかなかったりするんだよねー。何か、王族伝統の美容法とかでもあるのかなー?

気づいたことって言えばー、姫様ってお客さんが食べてるものを見て、そのお客さんがお勘定に来たときには既に計算終わってるみたいー。だから、私よりずっと早いんだよー。
けどー、空いてる時間は必ずレイさんの方をじーっと見てるのは、女の子っぽくて親しみ持ちやすいよー。レイさんがキララさんとかと話してると、物凄く怖い雰囲気が出るけど、そこがまた可愛いよねー。とりあえずー、姫様を見習って私はお客さんの料理を見ることから始めてみるねー こんな感じでいいのかなー?』


「なるほど。リリアは暇なときにはレイ君を見てると…」
「職務怠慢っていうのかしらね、こういうの?」
「ちょーっと、話を聞かせてもらおうかしら、リリア?」
「みなさん、怖いですよ!?レイ様、助けてください!」
「ほらほら。全員落ち着いて…リリア、軽く涙目になってんぞ…」

まったくもう。リリアに甘いんだから…

「確か、ミランダってあの茶髪の子よね?」
「おっとりしていますが、とても賢い子ですよ。用意してある紙は使わず暗算で計算しておられますから。」
「ちなみに、年上の彼氏がいるらしいわ。」
「どこからそんな情報を…まあ、可愛い子だから不思議ではないだろ…って、怖い顔すんな!俺はうかつに他の女の子をほめることすら出来ないのかよ!?」
「冗談だってば。それにしてもさ、今更だけどこれを読むのってあたし達のためにもなるよね。第3者からの視線であたし達が書いてあるから、気づくことがあるかもだし。」
「そうね…ちょっと、みんなには悪いけれど、このまま読ませてもらいましょうか。」

マリスの言葉に押されるように、あたしは次の紙へと手を伸ばしていく。



『アディーナ・ベルモンティア

気づいたことをここに書き込めばよろしいんですのね?ならば、私の鋭い観察眼で見抜いた情報を、公開しましょう。

まず第一に…ギル!あなた、キララさんに近づきすぎですわ!わざわざ、自分の調理が終わるたびにキララさんの技術を見に行くんじゃありません!かと言って、マリスさんも駄目です!あんな料理と給仕の両立が可能な上に、容姿まで反則な方の隣に行くんじゃありませんわ!破廉恥です!いちいち、食器や材料が無くなったらフォルトさんに聞くのもいただけませんわ!私だって覚えているのだから、私に聞きなさい!今はまだのようですが、用も無いのに姫様のところに行ったら、指の骨を折ります。半分ぐらいは。

ギルにはまだまだ言いたいことがあるので、今度2人でじっくり話すとしましょう。2人で、ですわ。いいですわね!絶対にですわよ!?

後、気づいたことは…先ほど書いたマリスさんですが、接客と調理を変えるたびに制服を上一枚だけ着替えているようです。おそらく、食堂のほうで服についた汚れを厨房に持ち込まないようにするためと思います。私も早速もう一枚、制服の上着を手に入れました。このとき分かったのですが。どうやら厨房にいるときのほうが食堂にいるときよりも布地が薄いようですわね。確かに、厨房で汗をかきすぎるのは衛生上いただけませんが…ただマリスさんの場合、薄い布地の服でレイさんの隣に陣取っている辺り、別の目的が感じられて仕方ありませんわ。でも、先輩のなさることですから、私も真似していきます。ですから、ギル!厨房にいるからといって、私を妙な目で見るんじゃありませんわよ!』


「…分かりやすい子よね…アディーナちゃん。」
「レイ。これを見て、どう思う?」
「ああ、確かにこれは気づかなかった俺がおかしいわ…ってか、書いてあることの半分がギルについてじゃねーかよ…」
「妙な目で見て欲しいんだろうねぇ…」
「それで、それに気づいたら『し、仕方ないですわね』とか言うんでしょうね…」
「『べ、別にあなたのためにこんな服来てるわけじゃないのですわ!』とか言っちゃうのよ。きっと。」
「…それはそうと、マリス。油ものとか扱ってるんだから、ちゃんと布地は厚いの使えよ。」
「あら。私の制服、高性能よ?薄くて軽くて通気性もいいし、油とかにも強いんだから。ちょっと値は張るけれどね。」
「自腹で改造してるから、あたしから文句は言えないけど…それは、効率を考えての改造と信じていいのね、マリス…?」
「もちろんよ、キララ。この制服で、レイに私の肌とかを感じてもらおうなんて考えたことも無いわ。」
「嘘くさいのよ!」
「あたしも改造してやるっ!」
「フォルトさん、お供します!」
「ふふふふふ、給仕と勘定では布地を薄くしたところでレイには近づけないけれどね。」
「「くぅっ!」」
「はいはい。次に行こうな…なんだか、見るのが怖くなってきたけど。」


18 :雨やかん :2008/06/29(日) 09:20:31 ID:ncPiWcLH

貴様に足りないもの!それはっ…!


『フラウ・フロラフルル

うーん、あたしこういうの書くの苦手なんだけどなぁ…読みにくかったらごめんね?

気づいたことっていうか分かったことなんだけど、お客さんの顔ぶれって時間と机の位置で大体決まってるんだよね。開店直後とか、必ず同じ人達が同じ席に座ってるし。フォルト先輩は、この時間と机と顔ぶれ、さらには注文する料理まで覚えちゃってるみたい。だから、いつものですかー?って聞いてたよ。お昼時も、基本的にその法則は崩れないみたい。先輩が言うには、曜日とかも組み合わさって複雑だけど、ある程度慣れると法則が見えてくるんだって。あたしの頭じゃ無理っぽいなー。

えーっと、みんな書いてるみたいだからフォルト先輩とレイ先輩の様子も書くね?基本的に、あんまりこの2人は仕事中は真面目だから会話してないんだよね。リリア先輩みたいに視線を送るとかもしてないし。けど、レイ先輩が作った料理は絶対にあたし達に受け取らせてくれないんだよ。フォルト先輩が言うには、あたしの楽しみを取ろうなんて10年早い、だってさ。一回だけ、あたしが取りに行ったんだけど、レイ先輩が不思議そうな顔でフォルトさんは?って聞いてきたのが驚きだったかな。ちゃーんと、この2人も恋愛してるんだよねー。』


「う、うわあああああぁ…な、何か恥ずかしいんだけど、レイ君!?」
「言うな…俺もだから…」
「それにしても、何故か技術交換のはずがレイと私達の日常話になってきてるわね…」
「見たいような、見たくないような…非常に複雑な気分ですね。」
「…順番でいくなら、次はあたしなわけ…?」
「そろそろ男の子が書いてるんじゃない?」
「ってか、あたしの仕事ぶりはみんな揃って無視かー!?」


『カイン・アベルバイン

やれやれ。お前ら、ちゃんと真面目に書け。半分ぐらいレイさんの話になっているぞ。

さて、ここに出てきていないキララさんだが…正直、目立ったことはしていない。別に大したことがないと言っているわけじゃないので勘違いはするな。ただ、俺達の誰よりも基本がしっかりしているのはレイさんと同様だ。ただ、キララさんの場合はレイさんと違って道具や下準備から丁寧だ。もちろん、下準備は俺達もやっているが、その丁寧さが違う。
鍋の位置は細かく調整しているし、包丁も使う頻度が高い順に並べてある。使った道具はすぐに綺麗にしてあるし、同じ料理を続けてやることになっても、必ず一回一回道具を綺麗にしている。こういった面倒だが丁寧な作業の繰り返しが、おそらく俺達との差なんだろう。

ただ、直して欲しい点は、全員が気づいていることと同じだ。レイさんがいないと、とたんに挙動不審になる。下手すると、料理を失敗することもあるらしい。本当にこの2人は恋人じゃないのか?むしろ蜜月の新婚だといっても違和感ないぞ。たまに隣から聞こえてくる『レイの馬鹿』という言葉も恐ろしくてたまらない。何だか、おぞましさを通り越して神々しさすら感じるときがあるのだが…何故だろうな。誰でもいい。その辺りを一度あの人に伝えてくれ。もしくは、あの2人をどうにかして結婚させろ。』


「おい、キララ!神の力覚醒しかけてんじゃねーのか、これ!?」
「そ、そんなことないと思うわよ?」
「お願いだから、食材を生き返らせたりするのは止めてね、キララ…?」
「しないわよ!そもそも、教えてもらってないんだから使えないってば!」
「ミリアさんか、友神様の誰かに本格的に封印でもしていただいたほうがいいのではないでしょうか…?」
「ってか、あたしとしてはレイ君とキララが新婚雰囲気なのが納得いかないんだけど。」
「っ…レイ、は…嫌じゃ、ないわよね…?」
「…まあ、別に。むしろちょっと嬉しいぐらいだし。」
「「「ちっ…」」」
「「怖っ!?」」
「次に行きましょうか。きっと、次はレイ様のことのはずですし。」
「舌打ちの直後にそれだけの笑顔を見せられるリリアに、俺は尊敬の念を抱かずにはいられないよ…」


『フェリックス・モールゲン

ようやく自分の番だが、レイさんについて書いておこうと思う。みんなも知っているとおり、たまに店内で軽い騒動が起きるときがあるな?主に親衛隊だが。実は、一度だけだが俺はあの人達に追われたことがある。理由としては単純で、偶然俺がキララさん達4人と直接触れ合う機会があった日だ。触れ合うと言っても、皿を受け取るときだったり、金を渡すときだったりと、その程度だがな。思い出したくも無いが…はっきり言おう。あれは地獄だ。必死に逃げても先回りされ、血走った目で追い続けられる。しかも、相手は黒一色だ。怖いなんてものじゃない。

その時、レイさんに助けてもらったのだが…あの人、十数人もの人間を息一つ乱さず撃退したんだ。王宮特務騎士という肩書きは伊達じゃないらしい。その後、それだけの乱闘をしたにも関わらず、レイさんはそのまま蹴倒した人達と遊びに出かけたんだ。あの人にとって、どうやら親衛隊との乱闘は一種の交流らしい。親衛隊の方も、口で言うほど憎んでいるわけじゃないようで、結構笑顔で去っていった。つまり、常連となるお客さんとは日ごろから交流をしておこうというのがあのことで分かった。ただ、去り際に彼らがささやいた一言『女神に触れるなら、相応の覚悟で望め』というのは非常に恐ろしい。みんなも気をつけてくれ。細かに回数まで調べられているらしいから。

しかし、疑問なのは…レイさんは、キララさん達の誰かを選ぶはずなのだが。どうもあのとき、可愛い女の子が評判だとか聞こえた。レイさんは、今の4人じゃまだ足りないのだろうか?』


‘がすっ!どすっ!どずん!げすっ!’

「のがっ!?」
「あんたって男はああああああああああっ!」
「これだけの美女がそろっているというのに他の女性に近づくなんて…本格的にお仕置きしたほうがいいのかしらねぇ、レイ?」
「人を待たせておいて、これはさすがに無いんじゃないかなー、レイ君?」
「足りないのですか?足りないのですか!?4人では自分の相手に不足だとでも言うのですか、レイ様っ!?」
「誤解だっ!早とちりすんなよ!ってか、首とみぞおち、わき腹へ3人そろって手刀とか、俺を殺す気かっ!?リリアも、つま先を踵で叩きつけて知らん顔するな!」
「役に立つのね、護身術。」
「どこが護身さっ!?言っとくけど、可愛い女の子ってのは動物だ!親衛隊の一人の家で生まれた雌のイコの子供だっ!」
「それならそうと早く言いなさいよ。」
「まったく、レイってばいろんなものが遅いんだから…」
「告白の返事とか、自分の気持ちの決定とか、遅いよね。」
「レイ様、早さが足りませんよ?」
「俺、悪くないのになんで責められてるのさっ!?ってか、未だに告白保留なのは本当にすいませんっ!」
「分かればいいんです。さて、次は誰でしょうかね…?」


19 :雨やかん :2008/07/01(火) 20:35:23 ID:VJsFrctD

彼から見たレイ・キルトハーツという存在

『エレナ・ベルモンティア

ヴェロンティエは、料理が多いからごみも結構出てる。それを捨てに行くのは、一番力があるレイさん。そのことについて。いつも、レイさんは捨てる前に中身を色々と確認してる。最初は、汚いかなって思ったけど、捨てられてる残飯の内容でギル達の料理を調べてる。ごみを捨てに行った後、必ずギル達に次はこうしたほうがいいとか報告してる。私、給仕だから残されてる料理とか見るけど、確かに残される料理はいつも似たようなのばかり。主に、ギルの野菜、イーノとカインのお魚。3人も、機会があれば残されている料理を見てみるといいかと。ただ、その後はちゃんと清潔に。レイさんみたいに3回は洗って。

アディーナ。ギルのことばかり書きすぎ。あなたが破廉恥かと。後、ギル。私もちゃんと覚えてるから。アディーナは料理で忙しいから、私に聞いていい。ただ、時々思う。ギルは、レイさんみたいになりたいってよく言うけど、無理かと。あの人は、特別すぎる。同じ人間とは、正直思えない。あんな人間超えた存在になると、正直怖い。レイさんが、英雄で、いい人だっていうのは分かるけど、みんなは、あの人が怖くない?』


場に重い沈黙が流れるのが肌で分かる。最後に書かれている部分に、最も辛そうな顔をしているのは、もちろん本人であるレイだ。

「まあ、分かっていたことじゃあるんだけどな…?」
「べ、別にあたしはレイが怖いなんて思ったことないわよ。」
「ありがと。けど、やっぱり俺って…こうして見ると異常なんだよなぁ…以前、アイン達にも言われたけどさ。」
「レイは天才なだけよ。言い方が悪くなるけど、エレナちゃんみたいな普通の子には、どうしてもあなたは特別になるわ。」
「凡人から見た天才は、同じ存在と思えない場合がよくありますから…」
「時々、エレナちゃんがレイ君の方も見てたのはこんな理由だったんだね。」
「天才と異世界人って組み合わせだからなぁ…キララ達を助けられたから、良かった面ばかり見えてたけど…はぁ…本気でこの続きが怖くなってきた。」


『アリシア・ララクラン

調理してるときに気づいたんですが〜、レイさんとマリスさんとキララさんは〜、それぞれの担当料理以外にはなるべく手を出さないようにしてるみたいですね〜。私達はどの料理も作っていますけど〜、それはきっと自分の得意料理を見つけるためなのかもしれませんね〜。ただ〜、追いつかないって思った瞬間に3人ともすぐに遅れている人に協力する視野の広さも持っているみたいですよ〜。

レイさんが怖くないかってことなんですが〜、私はあんまり〜。多分ですけど〜、調理場にいる私はレイさんと話す機会が多いからでしょうね〜。エレナちゃんもレイさんと色々と話してみると分かると思いますよ〜。

ただ〜、レイさんが普通の人間じゃないってことには同感ですね〜。だって〜、普通の男の方は女性の心をあんなに集めませんし〜、集めたとしてももっと早く答えを出すと思うんですよ〜。待たされてる女としては〜、きっとその内に愛想を尽かすんじゃないかな〜と思いますね〜。実はレイさんって優柔不断ですよね〜。もしくは不誠実〜。ギル君〜。やっぱりレイさんを目指すの止めたほうが良いんじゃないかな〜?』


読み終わるころには、レイが本気で凹んでいた。うわ、すごい。何だか落ち込んでるレイの背後に黒い何かが漂っているのが見えるわ。

「俺、その内に愛想を付かされるんだな…ふふ…ははははっ…」
「だ、大丈夫です!レイ様!私はレイ様を想い続けますから!」
「早さが足りない俺を、待ってなくていいんだよ、リリア…」
「ああ!さっきのは冗談ですから!」
「でも、確かにレイと恋人になるために一番必要なのは忍耐かもしれないわね。」
「レイ君が選ぶより、他のみんなが離れて一人残った瞬間が勝利、みたいな?」
「すいません…マジですいません…もう、本当にごめんなさい…」
「お2人とも!レイ様を更に落ち込ませてどうするんですかっ!」
「リリア、落ち着きなさいってば。レイもいつまでもうじうじしないの。」
「いや、もうキララに愛想付かされるころじゃね、俺って…?あ、そうなるとどうなるかな…ミリアさんに転生させられたりすんのか…?」

どうやら本格的に落ち込んでいるようだった。思考がものすごい勢いで負の方向へと走っているのが分かる。
にしても、あたしがレイに愛想を尽かす、か…そんなことあるんだろうか?確かに、レイはいつまでもあたし達への返事をしてくれない。もう半年も経つのにだ。けれど、あたしはレイのその行動が不誠実だと感じてない。むしろ、告白したときよりも想いが深まっているのは間違いないし。そりゃあ、色々と問題があって、レイがそれを解決してくれたのも理由の一つだろうけど…それでも、あたしは自信をもって言える。

「…時間程度で、あたしの想いがどうにかなるわけないのにね…。」

断られたわけじゃないのに、あたしのレイへの想いが薄れるなんて無い。むしろ、断られても諦め切れなさそうな自分がちょっと嫌なぐらいだし。うーん、あたしは選ばれなかったときに、レイを家族として付き合えるのだろうか───…ん?どうして全員でこっちを見ているわけ?ちょっと、レイったら顔が赤いわよ?

「…な、何よ?」
「あー…いや、何と言うか…」
「キララさん…だ、大胆ですね…?」
「そういうのはレイの専売特許だと思っていたのだけど。キララも感化されちゃったのかしら?」
「え?ちょっと、全員何を言ってるのよ?」
「れ、レイ君!あたしだって、レイ君への想いの前には時間なんて敵じゃないよ!?」
「もちろん私もですから!」
「まあ、その辺りは全員の意見の一致ね。私も含めて。」

…ちょっと待て。時間なんて敵じゃないって…ま、まさか!あたし、声に出してた!?何てベタなことやっちゃってるのよ!?何処から!?何処から何処まで声に出してたのよ!?

「わ、忘れなさい!レイっ!」
「…すまん、無理…」
「忘れなさいってばっ!ちょ、リリア達も妙な目で見ないでよ!違うから!声に出すつもりなんて無かったんだってば!」
「つまり、無意識の発言なのね。」
「レイ君を想うがゆえに、自然と溢れてきちゃったんだね。」
「くっ…キララさん、さすがです…!」
「そんな悔しさと尊敬の混ざった目で見るんじゃないっ!ああ、もう!次!次にいくわよっ!」


『ギル・アガスティーネ

えーっと、技術とかの交換ってことだけど…俺が教えてもらってることって、ほとんどお前らも知ってんだろ?レイさん達、全員に教えるように伝えてるし。かといって、俺って料理してっときはそれに集中すっから、お前らみたいに周り見てねーんだよ。ほら、俺ってあまり頭いい方じゃねーから2つのこと同時にやれるほど器用じゃねーんだ。

けどさー、そんな俺でも気づくことがあるぞ。エレナとアリシア、レイさんについて好き勝手言ってるけどさぁ、お前ら大事なこと見えてねーってば。ってか、他のみんなも、ひょっとすると全員が気づいてないかもしれねーから書いとくわ。

あの人は天才だし、常人離れした力持ってるけど…それでも、あの人はそれを自分のために使うことはほとんど無い。いつだって、その知識も、力も、全部他人のために(っていうかキララさん達のために?)使ってるんだぜ?多分だけどさ、あの人は自分の持ってるもんの大きさを知ってるし、それで何が出来るかも分かってんだよ。その上で、レイさんは誰かを笑わすために動いてる。俺はさ、笑わすためにしか力を使わないレイさんを怖いとか、人間じゃねーとか思えねーわ。むしろ、誰よりも人間だろ、あの人。

んで、レイさんが不誠実かどうかってことについては…問題外。レイさんは4人とも大切で、4人の想いの重さも分かってんだろ。だから、時間をかけてでも答えようとしてんじゃねーの?あの人は不誠実なわけじゃねーよ。誰よりも誠実だから、誰よりも真剣に答えようとしてるだけだろ、あれは。

ってなわけで!俺は誰に何と言われようとレイさんを目指す!で、いつか追い抜く!長くなって悪い!以上っ!』


ギル君の書いた文章を見ながら、あたし達は思わず笑ってしまう。だって、彼の書いていることは、まさにあたし達の理解していることそのものだったから。ここに書かれていることが、あたし達がレイに惹かれている理由そのものだったから。

「なーるほど。確かに、こういう視点が出来るんなら、モテるに決まってるね♪」
「ええ。どうやら、レイに似てるのは女の子が惹かれるって点だけじゃないということかしら。」
「レイ様のことを分かっておられるのは、私たちだけではないのですね…。」
「っていうか、ここまでべた褒めされると、ちょっと恥ずかしいんだが。」
「受け止めときなさいよ。間違いなく、ギル君はあんたがこの世界で作った絆の一つでしょうが。」
「…そう、だな。」

そう言って微笑んだレイの顔には、先ほどまでの落ち込みは無かった。それに満足そうな顔をして、あたし達は再度新人達の考えの結晶に目を落とす。

「それにしても…ギル。アディーナさんのあれには一切触れて無いんだな…」
「…気づいてないのかしら…あれを呼んで、なお。」
「エレナは分からないこともないけど、それでもアディーナには気づくわよ、普通は。」
「…やっぱ、レイ君2号?」
「レイ様のような人が増えるとなると…これから、楽しそうですね。」

9人の新人…彼らには彼らなりの物語があって。そこに今、あたし達が混ざったことになるのよね。うん、確かに楽しくなりそうな気がするわ。
彼らは、どんな物語を作っていくんだろうか…?


20 :雨やかん :2008/07/07(月) 15:34:34 ID:VJsFrctD

想い、世界を超えて…

「ただいまー。」
「あら、お帰りなさい。早かったのね?」
「ああ。今日は親衛隊に追いかけられることが無かったからな。あれだけで30分は長くなる気がする。」
「それは良かったわね。あ、レイ。その野菜、もらえるかしら?今日の料理に使うから。」
「今日の晩御飯はキロオか?」
「ええ、そうよ。期待して待っていてね。」
「マリスのキロオって美味いからな。じゃあ、俺は部屋に戻って着替えて───って、のぉぁっ!?」

いきなり鍋が飛んできた。しかも3つ。数から誰が投げたのかが想像がつくのだが…後、投げた理由も。

「よし、確認のために俺に向かって鍋を放り投げた理由を述べよ、キララ、リリア、フォルトさん?」
「新婚みたいな会話に腹が立ったのよ。」
「甘い空気を壊したくて仕方なかったんです。」
「胸の大きさが女の全てじゃないんだよ、レイ君?」
「悪びれも無く!?」
「ちょっと、3人とも、せっかくの将来の予行演習なのにひどいじゃない。」
「マリスは確信犯かっ!」

なんと言うか、すっかりこの4人との生活にも慣れてしまったなぁ…この嫉妬と独占欲が混ざった、それでいて4人とも仲良しさんの空間に馴染んでいる自分を誇っていいだろうか?いや、居心地のいい空間だからいいんだけど。

「さて、それじゃあ俺は───」
「あ、ちょっと待ってくれる、レイ君?」
「ん?何かあるの?」
「いや、実はそろそろデイジーが来るころなんだけど…」

…何故、フォルトさんの妹君であるデイジーちゃんがここに来るんだろうか?俺のそんな疑問が伝わったのか、フォルトさんは苦笑しながら頬をかきつつ理由を話してくれる。

「いやー。この間、家に戻ったときにね?今度デイジーが休みの日にレイ君と遊びたい!って言い出しちゃってさー。んで、明日がお店の休みの日ならいいんじゃない?って言ったんだけど…いつ休みになるか分からないから、今日の夜に遊びに来るって…」
「ちなみに、宿泊の許可は出しておいたわ。キララにも、ラインクル家にも。」
「あんな小さな女の子が夜に出歩くなよ!?」
「大丈夫ですよ、レイ様。アインを迎えにいかせましたから。」
「職権乱用っ!?どこのお姫様待遇だよ、それっ!?言われてたら俺が迎えに行ったよ!」
「…レイ、あんたが迎えに行くという時点で、すでに並のお姫様以上の待遇だということを自覚しなさい。」
「救国の英雄が迎えに来るって、物語の主役級だよね…」
「私は、2日に1度は送り迎えをしていただいていますが。」
「自慢!?」
「はい。」
「「「ちっ…」」」

拝啓、親父、母さん。最近、俺の周囲の女の子達が怖いです。いや、可愛いんですけど。綺麗なんですけど!けど、怖いです。親衛隊の連中の、罪な男という言葉が非常に身に染みる今日この頃です。
とか何とか言っている間に、店の裏口が開いて───

「姫様、連れてまいりました。」
「デイジー、お姫様もびっくりの待遇で来店したのですっ!」
「いや、お姫様目の前だから。」
「アインの送迎ごときでは、私何も感じませんよ?レイ様でなければ。」

リリア…それ、かなりアインに失礼だから。ほら、何か傷ついてるし。ちょっと涙目だし。小声で『騎士って、つぶしがきかない職業だな』とか言ってますが?アイン?転職でも考えているのか…?

「レイ…強いだけじゃ、何も守れねえんだなぁ…自分自身すらもよ…」
「落ち着け、アイン!傷は浅いぞ!」
「俺、城に帰ったら、新しい自分を探しに行こうと思ってんだ…」
「そんなこと言うな!それは死亡フラグと呼ばれる何かだ!」

キララが後ろで『ふらぐって何よ?』と怪訝そうにし、どこからか現れたミリアさんが『レイさんはフラグ回収率10割ですよね』とか言っているが、今はアインを立ち直らせなければ!…後、フラグ回収率って、何の?10割って100パーセントですよ?

「分かるか、レイ…最近じゃ、一番親しみやすい騎士として名を馳せてんだぜ、俺…?」
「いいことじゃないか!」
「俺が、街中歩いて、一般の家の玄関叩いてもよぉ…みんな、普通の対応なんだぜ…俺、四聖騎士なのにっ…!」

ものすごく嫌なパターンだ!アイン、お前って実は俺以上に不幸を走り抜けてるんじゃないのかっ!?

「レイさーん!そんなおじさんとじゃなく、デイジーと遊んでほしいのです!」
「お、おじさ…っ!?ガフッ…」
「アイイイイイイイイイイイインッ!?ちょ、デイジーちゃん!アインはまだ若いから!まだ20代だからっ!」
「でも、後姿がおとーさんに似てたのです。なんだか、‘あいしゅー’が漂う背中でした。」

20代にして哀愁漂う背中って…お前っ、どんだけ苦労してんだよ…!

「たまにうちのお兄ちゃんもそんな感じになるのです。」
「フォルトさーん!?エディ君がやばいことになってるぞ!?」
「うーん…たまに、レイ君とエディって似たような空気出してるもんなぁ…」
「どれだけ、あの子苦労してんだよ!」
「だーかーらー!デイジーと遊ぶのですーっ!」
「いや、ちょっと待ってろ、デイジーちゃん。俺、今のところアインを慰めるのに必死だから。」
「むー!お兄さんと遊びたいですー!」
「だからもう少し待っててくれって。いや、アインもそろそろ本気で泣くの止めろって…」
「レイお兄さーん!危ない趣味にはしっちゃやーです!」
「危ない趣味って何さっ!?」
「お姉ちゃんの部屋に置いてある本のような趣味です!」

どんな本だ…?いや、予想はついてるけど。ってか、どっちのお姉ちゃんさ。今、俺の目の前で顔を赤と青にくるくる変化させてる方のお姉ちゃんですか?何となくフォルトさんに向けられるキララ達の視線も重い…。

「…フォルト、あんた妹に何を読ませてんのよ?」
「フォルトさん、はしたないですよ?」
「ち、違っ!あたしじゃないよ!あたしのは全部こっちに───って、しまった!」
「フォルトったら。いい趣味してるのね?」
「レイ君!違うの!違うんだよぉっ!?」
「…いや、人の趣味ってそれぞれだから…」
「うわああああああああ!?」

フォルトさんが暴走し始めた。何かほとんど泣きそうな顔である。うーむ、ちょっといじめ過ぎたか?どうやって慰めればいいのやら…

「お姉ちゃんが暴走したことで、‘らいばる’が一人減ったのです。」
「黒っ!黒いよデイジーちゃん!?」

俺の周囲の女性はこんなのばっかりか───…あれ?今、何かものすごい重大な言葉を見落とさなかったか、俺?

えーっと、確か…らいばる…ライバル…【rival】!?

そんな馬鹿な!英語!?なんで、デイジーちゃんが英語を使えるんだっ!?しかも意味が通じてるってことは、その単語を理解して使ってるってことだぞ!?ミリアさんを見てみれば───…ちょ、なんでそんなに顔が真っ青なんですか…ひょっとして、まさか、これって…!?

「…あれ?らいばるって、何でしょう、お兄さん…お兄さん…?違う…?」
「デイジーちゃん!駄目だ!それ以上はっ…!」
「デイジー…デイジーは、デイジーの名前…あ、れ?違う…違う?何が…デイジー…レイ…?お兄さんっ…?じゃ、ないっ…?」
「ちょ、デイジー?ど、どうしちゃったの?」
「レイさん!彼女をこちらにっ!」
「デイジーちゃん!来てっ!」
「違う…デイジーは…私はっ…違うっ!」

ぱちん!
掴もうとしたその手を払われて、デイジーちゃんは…いやデイジーちゃんだった誰かは、そのまま俺から距離を取る。
でも、ミリアさんに任せれば、この状態を収められるはずだ!多少無理やりにでも引っ張っていくしかない!
だから俺は、払われた手を再度、今度はちゃんと捕まえるべく伸ばして────



「……零……?」



───その言葉に、固まってしまった。
待て。待ってくれ。どうして、俺の向こうの世界での名前を…いや、それじゃない。俺が固まった本当の理由はそこじゃない。俺の中の何かが、‘彼女’の中の何かを、おそらくは魂と呼ばれるそれを理解する。
まさか、そんな、こんな馬鹿な────!?

「…ぜ、ろ…?」
「…‘沙羅’っ…!」

声が違っても分かる。
姿形が違ったって分かる。
そこにいるのはデイジー・ラインクルではなく、かつて俺が愛したたった一人の女の子だと。


21 :雨やかん :2008/07/10(木) 09:44:15 ID:VJsFrctD

想い、刻まれて…

「…はじめまして…沙羅、です。」

衝撃の事態からしばらくして、俺達は全員揃って居間のテーブルを囲んでいた。いつもなら交代制で決まる俺の席の隣は、現在はデイジーちゃんの体の沙羅が座っている。
ちなみに、異世界の知識を持っていないアインはお引取り願った。何やら怪しんでいたようだけど、とりあえずは引き下がってくれて何よりである。と言っても、本格的に異世界というものの実感を持っているのは、俺とキララ、ミリアさんにフォルトさんだけだが。

「ミリアさん…その、結局これはどういうことなんですか…?」
「前例が、無いわけではありません。レイさんなら聞いたことがあると思いますが…前世の記憶があるという方の話を知っていますね?」
「確か、初めて見た風景を知っていたり、聞いたことの無い曲を弾くことができたり…ってやつですか?でもそれは───」
「はい。その多くは魂に刻まれた記憶が転生によって完全に消去しきれなかったことから起こっているものですが…」

そう。そういった事例に関しては思い出せたとしてもごく一部のはずだ。前世での詳しいことを覚えている人間なんていない。
なのに、ここにいる沙羅はどうだ?自分の名前、俺の存在、それどころか口調まで今までのデイジーちゃんと違って完全にあの時の沙羅のままだ。

「まるで、デイジーちゃんと沙羅が入れ替わったみたいじゃないですか…!」
「ね、ねえ。デイジーはどうなるの?あたしの妹はどうなるのっ?」
「…デイジー…って、誰?」
「っ!」
「ミリアさん。現在の沙羅…というか、沙羅とデイジーちゃんの魂はどうなってるのか分かりますか?」
「…沙羅さんが転生してデイジーさんになった。これは、いいですね?」
「ええ、それは分かります。生前、沙羅はもう少し明るく、思ったことを言える人になりたいって言ったことがありましたから。生きていたときに望むものへと転生するのなら。デイジーちゃんのようになったとしても、不思議じゃありません。」
「おそらくですが、沙羅さんはデイジーちゃんのような性格の人間でありたいと願ったと同時、もう一つの強い思いを持っていたのではないでしょうか。」
「もう一つの、強い思い…?」



「…レイとのこと、全部…忘れないって思ってた…」



唐突に沙羅が口を開いた。思わず向かった俺の視線と、沙羅の視線が交差する。

「覚えてる。レイと、最後に話した瞬間も…私が、死んでしまったことも…全部、覚えてる。レイと、過ごしたこと全部、覚えてる。」
「それを、忘れたくなかった…のか?」
「死んでも…レイとの思い出があれば、幸せだったから…レイとの記憶が、あのとき病気で寝たきりだった私の、全てだったから…」
「…物語のような言い草になりますが、サラさんのレイさんへの愛は、魂に深く刻まれていたのでしょう。それこそ、転生してもなお、消えないほどに…デイジーちゃんとして生きてきた命を、全て塗り替えるほどに、深く。」
「っ…沙羅…!」
「零のこと、本当に好きだったから…。」

そういって、沙羅はふっと微笑んだ。それは、デイジーちゃんの顔であるはずなのに俺にははっきりと、思い出の中の沙羅の笑顔と同じで───

「沙羅、なんだな…本当に…」
「うん。」
「ちょ、ちょっと待って!レイ君!」
「…あなた、は?」
「妹に知らない人の対応されたっ!?って、あ、今のあたしって知らない人なのか…じゃなくって!サラさんじゃないって!デイジーなんだってば!」
「?私は、沙羅。」
「だーかーら!転生したから、今のサラさんはデイジーだって!っていうか、あたしの妹を返せーっ!
「落ち着きなさいよ、フォルト。気持ちは分かるけど。」
「ミリア様。こちらにおられるのがサラさんだというのは分かりましたが…その、デイジーさんとしての魂はどうなったのでしょうか?」
「もちろん、存在しています。ただ、今はレイさんという刻まれた記憶に関わっている存在のために、その傷がむき出しになっている状態です。ですから、その傷を私の力でちゃんと塞いでしまえば────」



「…もう2度と、沙羅には会えなくなるって…こと、ですか…?」



俺の口から漏れた言葉に、全員がこちらを向く。沙羅も、キララ達も。たった一人をのぞく全員が驚きと恐れを抱いた表情の中で、ミリアさんだけが淡々とした様子で言葉をつないでくれた。

「その通りです。記憶の傷を完全に埋めてしまえば、今度こそ確実に沙羅さんとして魂に刻まれていた記憶はなくなってしまうでしょう。レイさんと関わることで、その傷が再びむき出しになることもありません。彼女の魂は、デイジー・ラインクルとして未来につながっていくことになります。」
「っ〜〜〜〜〜〜〜!」

ミリアさんの言っていることは正しい。
分かっている。分かっているんだ、そんなことは。俺が何か口を挟むことじゃない。俺個人の感傷で否定できることじゃないんだ、これは。だって、この体は、この魂は、沙羅のものである以前に、デイジーちゃんのものなんだから。
だけど───!

「…少しだけ、いい、ですか…?」
「え───、沙羅?」
「…お話する、時間が…欲しいです。」
「レイさんとですか?」
「それも、です…後、皆さんと。」

そう言って沙羅が目を向けたのはキララ達4人だった。

「…あたし達と?」
「(コクコク)」
「そうね…私も話がしたいわ。フォルトには悪いけど、レイがかつて愛した女性と話せるんだもの。」
「マリス!お前、何を───」
「ミリアさん。その、こうしてることで時間が経って…その、デイジーの記憶がどうかなっちゃったりは…」
「いいえ。その心配はありません。」
「…なら、あたしも…ちょっと、話してみたいかな…デイジーの体と、ってのは妙な感じだけど…。」
「わ、私も是非話させてください!」
「フォルトさん!リリアまでっ!」
「じゃ、あたしの部屋に行きましょうか。みんなの部屋より、少しだけ広いから。」
「キララ!?」
「…零は、来ないで。」

それだけ言って、5人はすたすたと階段を上っていってしまった。残された俺はといえば、その真意を測りかねてぽかんとしているだけ。

…沙羅…
あの時、結局俺には手をつないでいてやることしか出来なかった沙羅。そんな沙羅と思いもしない再会になって、けれど…ミリアさんは、沙羅の記憶を今度こそ消し去るって…

「…っくそ…!」

俺の呻きが、虚空に響いていた。


22 :雨やかん :2008/07/14(月) 15:01:02 ID:VJsFrctD

終わった想い、消える想い。そして終わる想い。


キララ達と共に階段を上っていった沙羅が、今度は一人で降りてくるまでにさほど時間はかからなかった。問題は、その後。

「話、終わったのか…?」
「…(コクコク)。」
「じゃ、俺の部屋に───」
「待って…零が今いる、この町のこと…見たい。」

そんな沙羅との会話をして、俺は‘誰にも何も告げずに’沙羅の手を引いて町へと出かけていった。



「よう、レイ!元気して、る……お、お前…何、その子?」
「いやいやいや!無い!それは無いよ、レイさん!」
「年下好み、か…?」
「そんな馬鹿な!姫様とフォルトちゃんだって一つ下だぞ!?」
「じゃ、じゃあ、年齢じゃなくって…体つき、とか?」
「…レイさん…ちょっと、それは…」
「犯罪じゃね?」
「誰か、衛兵呼んでこい!俺達の英雄がご乱心だっ!」
「無理だ!衛兵どころか騎士総がかりでもレイさんは抑えられない!」
「じゃあ、あの子がレイの毒牙にかかるのを指をくわえて見ているだけなのか、俺達はっ!?」
「くそっ…!俺は、俺はなんて無力なんだっ!」
「力が…力が欲しい…!大切なものを守る力がっ…!」

ああ、もう…
今までシリアスムードど真ん中だったのに、この町の人達にはそんなもん関係無いからって…俺の尊厳とかがドンドン減っていくのが分かるよ。ちくしょう。

「この子はフォルトさんの妹だって!ただ単に遊んでやってるだけだっ!」
「嘘だっっ!!!」
「うおっ!?ちょ、その鉈はどこから出したっ!?」
「お前はいつだってそうだ!」
「自覚無しに多方面に手を伸ばしやがってっ!」
「この、歩く女の子の採集器っ!」
「天然無自覚たらし野郎っ!」
「加えて今日から守備範囲拡大中の男と呼んでくれるわっ!」
「お前ら、全員そこに並べえええええええええええ!」

なんて、本当にいつも通りのやり取りをしている中、沙羅はどういうわけかにこにこと笑いながら俺の方を見ていた。

とまあ、そんなやり取りをしながら街中を歩いていく。
道行く人の大半が、俺を見て呆れたような視線を向けてくるのは…もういいよ、ちくしょう。後日、ゆっくりと時間をかけて誤解は解くしかない。せめてもの救いは、軽蔑じゃなくって『またか?』って感じの視線だってことだ…何の慰めにもなってないけど。

歩く。

歩く

沙羅と2人で歩く。

沙羅と手をつないで歩く。

そんな本当に懐かしい感覚に身を包んでいても、時間は決して止まることなく流れていく。人の数は減り、空は紅から黒へと変わる。太陽以外に輝くもののなかった天上は星がきらめく海へと姿を変えようとし、その海を月がゆっくりと太陽の輝きを受けながら昇りだす。

気がつけば、俺と沙羅は誰もいなくなってしまった広場で並んで座っていた。もちろん、この段階でも手は離さない。

「…なあ、沙羅。」
「…?」
「ミリアさんは神様だけど、別にこの世界の全てを把握してるってわけじゃない。ヴェロンティエの中にいない限り、あの人が俺達が何をしているのかを知るすべは無い。」
「…零?」



「このまま、ヴェロンティエに戻らず…逃げようか。」



沙羅は少しの間だけ、固まった。けど、少しの間だけ。その後すぐに、微笑んで俺にしなだれかかってきた。その体は8歳の女の子のものだから、かつてのように肩に頭を乗せたりは出来ないけれど…それでも、沙羅の温もりが俺の腕に伝わってくる。

「…嬉しい。零が、そう言ってくれて。」
「そっか?じゃ、何処に行く?」
「…本当に、嬉しい。」
「海の方にでも行くか?結局、沙羅とは行った事なかったしなぁ…」
「…本当に…嬉しい…‘レイ’。」

────…ああ、もう本当に。どうして沙羅はこう…ねぇ…?

「…嘘でも…嬉しかった。」
「嘘じゃないよ。沙羅が望むなら、本当に逃げるぞ?」
「それは、私のこと、好きだから?」
「…」
「私のことを、私の記憶に残っている瞬間と同じ気持ちで、想ってくれているから?」
「…」

何も答えられない俺の腕を掴みながら、沙羅はくすりと微笑む。

「相変わらず、優しい。」
「っ…優しくなんて、ないよ…」
「…(フルフル)。優しい…あのとき、レイを初めて見たときと同じ…レイと、一緒に料理作ったときと同じ…レイと恋人でいられた時間と同じ、優しさ…」
「優しくなんて、あるもんかっ…!」
「優しいから、言えない…言って、くれない…あなたの、今の気持ち…」

違う。優しいから言えないんじゃない。俺は、自分が傷つきたくないだけだ。俺の言葉で、沙羅が悲しそうな顔になるのに耐えられないから。罪悪感で一杯になってしまうから言えないだけだ。
‘もう、沙羅のことは終わってことだ’なんて、考えていることを…!

「…必死に、生きててくれて嬉しかった。」

止めてくれ。

「…頑張って、生きててくれて嬉しかった。」

もう、止めてくれ。

「…もう一度だけ、こうしてレイと話せて…嬉しかった…」

そんなことを…言わないでくれ…!…止めてくれっ…!!

「沙、羅ぁっ…!」
「レイ…レイ・キルトハーツ…いい、名前だと思う。」
「零って、呼んでくれよ…呼んでっ…くれ、ないのかよっ…!?」
「…その名前は…私が、貰っていってあげる…」
「っ〜〜〜〜〜!なんでっ…!なんで、お前はっ…笑ってられるんだよっ…!?」

俺は、もう顔すら上げられない。一瞬でも気を抜けば、こらえているものが一気にあふれ出してくるに違いない。沙羅の顔なんて見たら、もう自分でも何をしてしまうのか分からない。
それでも、沙羅が笑っていることだけは分かってしまう。

「…レイ…一度、死んだから…はっきりと言える。」
「くそぉっ…!こんなっ、のって…無ぇよっ…!」
「私の、14年間は…レイと出会ってからの時間のおかげで…本当に、幸せだった。」
「なんだよっ…そんなの、俺だって同じだっ…!お前がいなきゃ…沙羅がっ、いてっ…くれたか、らっ…!」
「…レイ…もうすぐ、さよならの時間。」
「っ!」
「さっき、ミリアさんに…後少ししたら、自動的に消してもらえるように頼んできた。」

ああ、知ってるさ。キララ達の部屋から出てきた音を聞いて、それから俺のところに来るまでに随分とタイムラグがあったんだ。分かりきってたよ、そんなこと。

「…もう、さっきからあんまり思い出せない。レイと初めて会った場所とか…」
「道路にっ、出てきた…犬を、俺が助けたの、見たんだ…ろっ…!」
「レイと、仲良くなった切っ掛けとかっ…」
「沙羅がっ…りょ、う理をっ…教えてくれっ、てっ…頼んでっき、たっ…!」
「レイに食べさせたのって、何…?」
「塩っ、だらけのっ…たま、ごっ…焼き、とかっ…!あった、だろっ…!」
「告白は…どっち、からだっけ…?」
「っ…ぉ、お、れ…がっ…!夕が、たのっ…!家庭科しっ…でっ…!」
「…レイ…」
「…沙、羅ぁっ…!」
「…私は…あなたにとって…何だったっけ…?」

そんなこと、忘れるなよ…分かりきってることじゃないかっ…!



「…世、界で…一番っ…大っ切だったっ!…女の子だっ…!」



ようやく顔を上げた俺の前には、幻なのか、それとも何処かの神様のお節介なのか、俺が良く知っている笑顔を浮かべている沙羅がいた。本当に、よく知っている笑顔で…

ゆっくりと

沙羅の唇が

動いた。



「…ばいばい…私が、世界で一番…好きだった男の子…」


23 :雨やかん :2008/07/16(水) 09:34:50 ID:VJsFrctD

『今』を受け止めてくれるもの

ヴェロンティエに戻るころには俺の背中でデイジーちゃんはぐっすりと眠っていて。
扉を開けて中に入れば、キララ達が軽く微笑んで俺を待っていてくれた。

「おかえり、レイ。」
「…ただいま。」
「リリアなら、アインさんが連れて帰ってくれたわ。」
「デイジーは、あたしの部屋に連れて行くね?」
「それじゃ、レイ。おやすみなさい。」
「おやすみ、レイ君。」

俺から妹を受け取ったフォルトさんはそのままさっさと2階へと上がり、後を追うようにマリスも階段をぱたぱたと進んでいく。そして、残ったのはキララと、俺の2人だけ。

「レイ。」
「…ん?」
「ここ、あたししかいないわ。お母さんには、ちょっと別の世界まで行ってもらったから。本当にあたししかいない。」
「…」
「で、あたしはちょっと眠いから…大抵のことがあっても、夢だと思うことにするわ。」
「…」
「だから…レイ。その堪えちゃってるもの…全部吐き出しちゃいなさいよ。」
「っ…!うっ〜〜〜〜〜〜!」
「一人じゃ、ぶつけることだって出来ないでしょ…あたしだって、それぐらいなら出来るんだし…ね?」

キララが傍まで歩み寄ってきて、俺の頭をそっと抱えるように自分に引き寄せる。
それが、限界だった。

「う、うっ…う、あああああああああああああああああああああああっ!うあああああああああああああっっっ!」
「…頑張ったわね、レイ…」
「好きだった!本当に、あいつがっ…あいつのことがっ…!なのに、俺は、言えなくてっ!最後なのにっ!最後だったのにっ…嘘、でもっ…好きだってっ!言って、やれっなくてっ…!」
「うん…うん…」
「言えなかったんだっ!言って、やれなかったんだっ!あいつにっ!あいつにぃっ!くそぉっ!ちくしょおおおおああああああああああっ!」

止まらない。何もかも止まらない。

今ここにあるキララの温もりが止めてくれない。

今ここにない沙羅の温もりが止めてくれない。

あふれ出す涙も、心も、何もかも。


「さ、らっ…沙羅ああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


そのまま、俺は涙が枯れるまで泣き続けた。
キララは、俺の涙が枯れるまで傍にいてくれた。



一夜明けて。

「お兄さん!デイジー、昨日は何をして遊んだのか覚えてないのです!ですから、今日こそちゃんと遊んでほしいのですっ!」

そこには、以前見たままの笑顔を浮かべているデイジーちゃんがいた。そこに、あのとき俺が見た沙羅の笑顔など欠片もなく、間違いなくそれはデイジーちゃん自身のものだった。
だから、俺は自然と笑顔で──自分でも驚くほどに──その元気いっぱいの頭に手をのせてやった。

「何を言う、デイジーちゃん。昨日は俺と一緒に手をつないで町を歩いて周囲に俺とデイジーちゃんの熱々っぷりを見せ付けてたじゃないか。」
「がーんっ!?そ、そんな大人の階段を上った重大な思い出が無いですっ!?」
「大丈夫!きみはまだシンデレラさっ!」
「しんでれらが何かよく分からないですけど、これは早速お姉ちゃんに報告なのですっ!」
「よーし、行ってこい!フォルトさんの羨望の視線を集めてくるのだっ!」
「了解したのでーすっ!」

元気欲返事をしてフォルトさんの部屋へ走っていくデイジーちゃんの、沙羅ではなく彼女自身の、後姿を見ながら俺はゆっくりと背中を向けた。ついでにあのとき言いそびれた言葉を、そっとこぼす。


「じゃあな…沙羅。」


もう二度と会うことの無い笑顔に別れを告げながら。


24 :雨やかん :2008/07/18(金) 11:52:00 ID:VJsFrctD

幕間──彼を望む彼女達の会話──

キララさんの部屋に入り、最初に言葉を発せられたのはキララさんでした。

「さてと…サラさん、でいいのよね?」
「…(コクコク)」
「単刀直入に聞くわ。どうして、あたし達となの?あなたの隣には…レイ、じゃなくてゼロがいたのに。」

そう。それは私も疑問に思っていたことではありました。サラさんの記憶しかない今の状況では、彼女はつい先ほどまでレイ様と恋人同士であったはず───…そう、この女性は姿形こそフォルトさんの妹君ですが、間違いなくレイ様が愛された女性。

この女性を、レイ様はかつて選ばれたのですね。

ならば、レイ様が選ばれた女性が何の意味も無い行動を行うとは思えません。まして、数刻後には再度消えてしまわなければならないという状況の中でレイ様でなく私達と、ですから。

「…誰が…零の?」
「誰が、って…ごめんなさい、もう少し分かりやすく言ってくれない?」
「今の零の恋人は…誰?」

それを聞きますか。あなたがそれをお聞きになるのですか?あなたのせいでとは申しませんが、あなたという高い高い壁のおかげで未だに選んでいただけない私達にあなたがそれを申されますか!?

「…ひょっとして、まだ…?」
「レイ…じゃなくて、ゼロは彼女いないわよ。」
「と言うか、素朴な疑問なのだけど…どうしてあなたは私達がレイの恋人じゃないかと疑ったのかしら?」
「レイ…?零、改名した…?」
「あ、そっか。サラさんは知らないだろうけど、こっちの世界に来たときから今の名前はレイ・キルトハーツっていうのになったんだよ。」
「そう…」
「それで戻るのだけど…私達がレイの恋人だと思った理由は何かしら?」

マリスさんの言葉を聞いて、サラさんは少しだけ微笑まれました。

「…昔の私と、同じ目。」
「え?」
「零のこと考えてた私と、同じ目を。だから、4人とも零が好きだって分かった。」
「…まあ、納得いく理由ではありますよね…」
「そうね。確かにそうだけど…」
「…少しだけ、嬉しくて…少しだけ悲しい。」
「?嬉しいと、悲しいって…何が?」
「零に恋人、いないことが。嬉しくて、悲しい。」

…どういう、意味でしょうか。
レイ様に恋人がおられずに嬉しいのは分かります。私だって逆の立場ならば嬉しいです。自分の大切な男性に特定の相手がおられないのですから。嬉しくないわけがありません。ですが…その、悲しいとは…?

「…ごめんなさい。私が、あなた達を選ばせる邪魔になってるから…」
「邪魔になってるって…どういうことなの?」
「零は…私のこと大切にしてくれた。本当に、愛してくれた…なのに、私が死んじゃったから…零、きっと私以外を好きになり辛くなってる。無意識の内に、誰かを好きになるのが───ううん、大切な誰かと別れるのを、嫌ってる。」
「…そういえば、レイ様は確かに人と人との絆に強い思いを持たれていますね。」
「単純にレイ君が優しいんだろうなーって思ってたけど…それと同時に、もう誰とも別れたくないって考えが、あったからかなのかな?」
「けど、以前の事件のときにはレイは自分から私達に別れを告げたわよ?」
「けど、それは死別じゃないわけですから…」
「そういったことを言い出したらキリがないわよ。それより、サラさん。あたし達に聞きたいことって、それだけなの?」
「…(フルフル)」
「んじゃ、他に何が?」
「…一つだけ、お願い…」
「え?」
「私達に、ですか…?」
「さっき、分かったことがある…零の私を見る目には…私が、映ってない。」
「映ってないって…レイは、ちゃんとあなたのことを見ていたわよ?」
「零は、私を見ていて…この体の持ち主を見ていた。零の中では、私はもう過去だから。私にとってはほんの少し前までの時間でも、零にとっては…もう、過去の時間。」

息が止まりそうになりました。
記憶を思い出したばかりのサラさんにとって、レイ様と恋人であったのはほんの数分前のこと。恋人のまま亡くなられたサラさんが、その時点での記憶を思い出した以上、この方はつい先ほどまでレイ様の恋人であったのに…!

レイ様の中ではすでに3年もの月日が経っていて、その月日の中でレイ様はサラさんの死を‘乗り越えてしまわれた’!私達と出会い、私達を愛せるというほどの時間が流れてしまった…!そして私達は知っているのです。レイ様が私達を見る目に、愛と呼べる感情が少なからず混ざっていることを。私達の4人の誰もがレイ様と恋人となれるだけの愛情を育んでしまっていることを。

「…あなた達が、零の…今の、‘レイ’の…大切な人達だから…だから、お願い…」
「サラ、さんっ…!」

少しだけ微笑まれて───デイジーさんの顔だというのに私はその微笑の向こうに確かにレイ様が愛した女性の面影を見ることができてしまって───サラさんは深く頭を下げられました。


「レイと一緒に、頑張って、必死に…生きてください…」


そのまま、部屋からすたすたと出て行かれるサラさんを、私達は全く身動きがとれずに見送っていました。

「…すごい人だったねぇ…」
「精神的には…14歳なのよね、あの人…?」
「レイ様がサラさんを選ばれた理由が、本当の意味でようやく分かりました。」
「そうね…あんな女の子がいたらレイの隣に相応しいって思っちゃうわよ…悔しいけど、ね。」
「強い人だよね…本当に…」
「けど、哀しい強さだわ。」
「…リリア、涙出てるわよ?」
「キララさんこそ、泣いてますよ…」

結局、そのままマリスさんとフォルトさんも涙をこらえ切れずに泣き出されました。
私達がどれほど涙を流そうと、それはきっとサラさんの悲しみには遠く届かないと知りながら…


25 :雨やかん :2008/07/21(月) 09:03:57 ID:VJsFrctD

皿洗いする料理人

「んっ…ふぁああああああ…」

朝、俺は起きてすぐに伸びをする。よし、今日もいい朝だぜ!
響く鳥の鳴き声。
輝く太陽。
窓の外からは通勤に勤しむ人達の声。

…ヴェロンティエの就業開始は、それより前の時間だってのになぁ…

「寝坊してんじゃねぇかあああああああああああああああああああっ!?」

こうして、俺ことギル・アガスティーネの1日が始まった。(2時間の遅刻で。)



走れ!走れ、俺!もうここまで来たらヴェロンティエまで後少しじゃねーか!
畜生!こういうときは、本気でレイさんのあの身体能力が羨ましいぜ!あの人、世界記録を余裕でぶっちぎる速度で走れるし!あれだけは、どんだけ体を鍛えても勝てねー気がする!
しかし!こんな俺でも、ヴぇロンティエへ走り続けて、少しでも速くたどり着ける努力は出来るんだあああああああああ!

「すいません、遅れましたっ!」
「今日の皿洗い当番、お前一人な?」
「ぐあああああああああっ!?」

ああ、分かってたよ!早くたどり着こうが、遅刻は遅刻だよ!ってか、皿洗いに参加っすか、俺!?あの地獄の皿洗い!?割ることなく素早く綺麗に1分ごとに5皿は積みあがっていくあの皿洗いをやるのか、俺一人でっ!?

「れ、レイさん!それだけは勘弁してくださいっ!」
「あら、ギル君。‘それだけ’じゃ物足りないの?じゃあ、調理の方にも参加してね?」
「マリス先ぱあああああああああいっ!」
「じゃ、ついでにこっちの給仕も手伝ってねー?」
「フォルト先輩まで酷っ!?」
「と、いうことは当然私の勘定も頑張ってくださいね、ギル君。」
「姫様までええええええぇぇぇ……」

決めた。今日、決めた。俺は、もう2度と遅刻はしねぇ。最近、レイさんが作って売り出したとかいう‘あらーむ’なるものを今度の給料を半分つぎこんで買ってでも!

「まったく、相変わらずだらしないですわね?」
「アディか…ああ、俺も今日ほど後悔したことはねーよ…」
「大体、あなたがいまだに遠い自宅から通っているのが問題なのですわ。で、ですから!そのっ!わ、私の住んでいる下宿寮は、近いですし、安いですしっ!あ、あなたが望むのなら私が毎朝起こしに────」
「明日からイーノと同じ当番の日にゃ、起こしてもらうか…」
「………」
「ん?アディ、どうした?めっちゃ震えて───って、待て!何で鍋を振りかぶってんだよ!俺、レイさんじゃねーんだから死ぬよ、それ!?」
「こっのっ…不埒ものおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「わけわかんねーこと言ってんじゃねえっ!?」

全速力で鍋から逃げる俺。ったく、普段は話しやすくていい奴なのに、どうして時々あいつは急に怒り出すんだ?あいつに嫌われるようなことした覚えはねーんだけどな?おまけに、時々妙に挙動不審になるし。顔真っ赤で熱でも出てんのかって思って熱測ってやったら殴られたこともあるし。乙女が握りこぶしってどうなんだよ…

「おーす、カイン。おはよう…」
「相変わらずだな、お前は。アディーナの気持ちも少しは考えてやれ。」
「無理言うなよ…あいつの気持ちほど分かりにくいもんは俺にはねーよ。」
「いや。むしろ、アディーナの気持ちほど分かりやすいものは無いだろう…」
「そんなもんか?」
「…まあ、今更お前に言ったところで詮無きことだがな。それより、早くも皿が積みあがり始めているぞ。」
「んだとっ!?だあああああ!ちょ、俺本当にこの皿一人でやんのかっ!」

くそ!こうやって文句言ってる暇すら惜しい!これもいつかはレイさんに追いつき追い越すためだっ!以前、イーノの日記にも書いてあったじゃねーか。レイさんは基本から桁違いだって。だったら、この皿洗いだってレイさんへと近づく着実な一歩に違いねぇっ!
よし、こう考えよう!一枚洗うごとにレイさんに1寸近づいていると!

「うっし!やぁってやるぜええええええええっ!」
「…相変わらず、お前は熱いな…」



数時間後。

「カイン!テコヤハの用意は出来たかっ!?」
「は、はい!今、終わったところです!」
‘カチャカチャカチャ…’
「アディーナ、セトークは焼きあがったの?」
「すいません!もうしばらくかかりますわっ!」
‘カチャカチャカチャ…’
「フラウっ、5、7番に行くの忘れてたでしょー?」
「ご、ごめんなさーい!」
‘カチャカチャカチャ…’
「ギル君。この皿も頼むわよ?今日のお勧め料理の皿だから、最優先で。」
‘カチャカチャカチャ…’
「あ、ギル。その皿とってくれ。」
‘カチャカチャカチャ…’
「いいわよ、レイ。あたしが取るから。」
「悪いな、ありがと…っと。」
「あ、ご、ごめん。」
「気にすんなよ。指先触れただけだろうに…」
「う、うるさいわね。」
‘カチャカチャカチャ…’
「あら、キララ。さり気なさを印象付けるなんてやるわね?」
「違うわよっ!」
‘カチャカチャカチャ…’
「はいはい、2人とも自分の担当に戻る戻る…あ、ギル。そこの皿の上から5枚目、ちょっと肉汁が残ってんぞ?」

…あれ、何だろう?はははっ、レイさん特製洗剤でも目に入ったか?ちょっと視界がにじんでるぜ。ってか、本当に今日は皿洗いだけで終わるんじゃねーか…?しかも、何度目になるか分からねーが、背後にレイさんとキララ先輩達の熱々会話を聞きながら…何か、新手の拷問か、これ?
俺なんて、10年以上も幼馴染だってのに、イーノとそんな親密な会話したことねーよ!本当にこの人達は知り合って1年なのかっ!?レイさん、すげえよ!

「ギル、午前中の注文は止めちゃったから少しゆっくりでも…って、何を泣いてんのよっ!?」
「あ…フラウか…ほら、見ろよフラウ…今日だけで、俺…きっとレイさん尋ねて60尺はその距離を詰めたぜ…ああ、ほら見ろ、翼よ…あれが王都の旗だ…」
「言ってることが支離滅裂だよ!ちょ、レイさーん!ギルが本当にやばいんですけどーっ!?」
「大丈夫大丈夫。俺とキララの経験上、人の言葉を喋れる間は戻ってこれる。」
「そうだぜ、フラウ…俺はまだ…まだ戦えるっ…だって、まだ後一回の変身を残してるからな…いくぜ…ガガガガガガ…ピー…」
「うわーんっ!?ギルがーっ!?レイさんっ!キララ先輩っ!ちょ、本当にやばいですってばー!」


26 :雨やかん :2008/07/23(水) 08:15:38 ID:VJsFrctD

二代目襲名中の料理人

「いやー、フラウが皿洗い手伝ってくれたおかげで助かったぜー!お前の友情に感動っ!」
「本当に戻ってこれるんだね…あたしは今、ギルの精神力に感動してるよ。」

午前中の部が終わって。俺は現在店の裏手でフラウとごみ処理中だ。とっとと捨てちまって、昼食だ。確か、今日の当番はアディだったな。

「アディの飯か。期待できそうだぜ。」
「そだね…アディの得意料理ってギルの好物ばっかだもんね…」
「あいつの修行のために、学校じゃ弁当まで食わされたしな。」
「それを信じてるギルが相手のアディに、あたしは親友として何を言ってやればいいのかなぁ…」
「なんのこっちゃ?」
「こっちの話だよ、ギル。」

フラウって、何だか妙に俺を見る目が時々遠い目になんだよなー…なんでだろ?やっぱ、同じ職場に勤めていくんだから、こういった…うこん?つーこん?あ、そうだ。禍根だ。禍根になりそうなのは早めに消しとかないとな。

「なあ、フラウ。お前時々、俺を妙な目で見るけどさぁ…」
「へっ?そ、そんなこと無いよ?」
「いや、丸分かりだって。まあ、俺に何か不満とかあんなら、言ってくれよ。レイさんほど器用じゃねーけど、何とか調整してみっから。」
「いやいやいや。あたしなんかのためにそんなことしなくても。」
「あのな…お前、俺の同僚で仲間だろうが。なんか、とか言うなよ。レイさんなんて、他人のためにだって何かするんだぞ?俺だって、お前のためにぐらい何かしてやれるって。」
「…ギルってさ…本っ当に無自覚に、あれだよね…」
「は?あれって何だよ?」
「レイさんと同じってことだよ…本当に、ね。」

そう言って、フラウはくすくすと笑う。
ってか、レイさんと同じって何だよ?いや、嬉しいけどさ。レイさんと同じ何かが俺にあるってことか?料理の才能か?いや、今の会話でそれはねーな。じゃあ、考え方?そりゃ、レイさんが目標だから似てくるもんじゃねーか?いや、でも無自覚とか言ってたし…

「わけ分かんねー…」
「ま、その内分かるよ。きっとね。」
「?分かるならいーけどよ…お?おい、フラウ。髪にごみが付いてんぞ?」
「へ?」

俺はフラウに近づいて、その髪に手を伸ばし───

「ちょっと、ギル!折角、この私があなたの好物を作ったというのに、何を時間かけ、て……」
「どうした、アディーナ?何か…あー…すまん、邪魔したな…」
「ちょ、違うから!アディ!違うからっ!」
「そう…そうでしたの…私、親友失格ですわね…フラウの気持ちに気づかず、ずっと…」
「や、ほ、本当に違うんだってばっ!いや、全く違うってこともないけど、そんなアディが落ち込むことは無いっていうか!って、うわー!もう、カインもどうにか言ってー!?」
「アディーナ、落ち着け。フラウもきっと、お前を裏切っていた罪悪感で言えなかったんだ。それを察してやれ…」
「確かにそうだけど、そうじゃないんだってばー!」

…あれ?何で、俺がフラウの髪についてるごみを取っただけでこんなことになってんの?うわ、アディがちょっと泣いた!?フラウも微妙に辛そう!?カインが何か真剣な顔つきになってる!?え、何!?何でこんなことになってんのっ!?

「全く、4人とも何をして───…本当に、何をしてるのよ…?」
「キララ先輩。いや、何か俺がフラウの髪についてるごみを取ったら、こんな感じに…いや、何ですかその納得したような顔は。何で、現場を見てた俺よりも分かりきった表情なんですか!?」
「とりあえず、3人ともいったん入りなさい。まあ、あたし達でも‘先輩’として出来る限りの助言とかしてやれるから…ね。」
「…はい。」
「あ、ありがとうございます…」
「ご迷惑、おかけします。」
「…あの、キララ先輩。3人って…俺は?」

キララ先輩は、笑顔で俺の肩に手を置いた。
…レイさんが時々言う『キララの笑顔には、光と闇が住んでるんだよ』の意味を、俺は今理解した。なるほど、確かにこれは光と闇の共存だ。ってか、滅っ茶怖ぁっ!?

「諸悪の根源は、買出しにでも行ってきなさい。」
「何故にいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


翌朝。


ふっ!今日は遅刻せず、開始30分前に到達してやってぜ!…結果として、扉が開いてねーけどさ…いや、レイさんなら起きてるだろうけど、やっぱキララ先輩とかと一緒に寝てるだろうし?2人…いや、3人か4人か5人か───改めて考えると、本当にすげーよな…───分からないけど、そういった時間を邪魔はできねーし。ふっ、俺は空気の読める男だ!昨日、何故か散々アディから始まり姫様にまで鈍感と言われたが、そんなことはないんだっ!
…結局、どーしてアディとフラウは泣いて握手してたんだろうなぁ…?

「…ん、ギル?」
「お。おはよう、エレナ。」
「どうして、ここに?」
「アディに聞いてんだろ?昨日は遅刻しちまったからな。今日は早起きしてやったぜっ!」
「…ギル。」
「おう!」
「…今日は、ギルは休みの日…かと。」

…あ。



「で、何で俺はまた皿洗いしてんだよおおおおおお………」
「ギル。頑張って…」
「うう、エレナの優しさが身に染みる…」
「ほらほらー!ギル!エレナといちゃついてないで、次の皿も洗ってってばぁっ!」
「ふっ、妬いたか?イーノ?」
「へ?セトークのこと?それならさっきエレナ、持ってったよね?」

…ほんとーに、この鈍感女はどうにかなんねーかなー…?
確か、イーノの脳内では俺はアディとエレナに二股かけてることになってんだよな…ああ、調理学校時代のあれが、まさかいまだに尾を引きずることになるとは…。

「…ギルは、そろそろ諦めて別の人にしたほうがいいかと。」
「うぅ…そうした方がいいのか、俺…?」
「イーノには及ばないけど、私とか…どうかと。」
「いや、そんな無理に自分を犠牲にせんでも…」
「…はぁ。」
「それに、エレナがイーノに及ばないってことはねーだろ。もうちょっと自信、持っていいと思うぜ?」
「…ありがとう。」

あれ?お礼を言った割には妙に駆け足で逃げていくのは何故…?アディも分かりにくいけど、エレナも結構分かり辛いよなぁ…

「う〜ん、ギル君は相変わらず女の子殺しだよね〜。」
「アリシア!いつの間に背後に…」
「ギル君〜このままだと〜、本当にレイさん二号になっちゃうよ〜?」
「なれるもんならなりてーよ…ってか、レイさんほど女の子惹きつけてねーぞ、俺は。」
「…ふっ。」
「何故に鼻で笑う!?」
「ギル君は〜、いつか後ろから刺されて倒れたところを踏まれてもだえた所を蹴っ飛ばされて転がった先でぼっこぼこにされると思うな〜。」
「爽やかな笑顔で何を言ってんの!?」
「ギル君の未来予想図だよ〜。」
「ねーよ!そんなレイさんですら味わえないような未来!」
「だが、以前にレイさんはある人間に背中から刺されたと聞いたぞ?深々と。」
「それで生きてるって、レイさん本当に人間かー!?」

やべぇ、何だか本格的にレイさんには一生追いつけないような気がしてきた。ど、どうにかして人間止めないと駄目か?どうすりゃいい?あれか。神様とかその辺に頼んで改造してもらうしかないのか?

「フェリックス!お前の知能で、神様と連絡を取る方法を考えてくれ!」
「ギル。お前の思考回路は本当に謎だな。そんないるかどうかも分からない存在と連絡なぞ軽々しくとれるわけがないだろう…」
「人間止めれば、きっとレイさんにも追いついてイーノにも振り向いてもらえるに違いない…!」
「そんなものを神に祈るな。自力で頑張ってイーノと結ばれてこい。」
「冷たいな、ちくしょう!けど、お前だけだよ…まともに俺とイーノの恋を応援してくれんのは…」
「そのほうが、俺の方も都合がいいのでな。」
「は?」
「こっちの話だ。それより、いいのか?皿が先ほどから崩れそうなぐらいに積みあがっているが。」
「ぬおおおおおっ!?」

く、崩れたらキララ先輩に殺される!?以前、不注意で皿を10枚割ったときのあの地獄がもう一度!?駄目だ!あ、あんなっ…あんな地獄はもう嫌だっ!
布巾!洗剤!動け、俺の輝く手!今こそ限界を超えるときだぁっ!見よ!昨日と今日とで身に着け、芸術にまで昇華させた俺の華麗なる皿洗いをおおおおおおおおっ!

…ってか、よく考えたら俺は料理人のはずなのに、どうして皿洗いを極めてんだ…?

「ふえーん…」
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃぁっ!」
「ふえーん…」
「どりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁっ!」
「ふえーん…」
「せりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
「びえーん!」
「うぜえええええええっ!?さっきから何を泣いてんだ、ミランダっ!?」
「あ、ようやく反応してくれたー。」
「しかも嘘泣きかよっ!ってか、お前の仕事場は勘定場だろうが!姫様いねーのに、何をしてんだっ!?」
「…ギル君。もうお昼休みだよー?」
「関係ねえっ!俺は今!この積み上がった!皿の山を!片付けねーと!キララ先輩、もしくはマリス先輩に殺される!」
「あー、あの時は、本当にひどかったもんねー…目が虚ろって、ああいうのを言うんだって思ったよー。」

ああ、そうだな。あの無限に続くかと思われた地獄を味わうぐらいなら俺は休みなんていらん。本来は休日なんだが、それを押し切って仕事してんのは俺だ!
…何故か皿洗いだけどな!

「レイさんの隣で調理してーのに、何でこーなってんだよっ!」
「いやー、レイさんの隣はキララ先輩達の位置だしー…ギル君が調理すると、自分達の場所が取られちゃうからじゃないかなー?」
「ありそうで笑えねー理由だよ、ちくしょう!」

ひょっとして、俺がレイさんの技術を盗もうとレイさんの隣の調理台に陣取りすぎたから、嫉妬された!?くそぉ、まさか俺の料理への情熱が仇となるとはっ!
とか考えてる間に、ようやく皿の個数もあと少し!早く終わらせて飯を───

「おい、ギル。まだ皿洗いは終わらないのか?」
「…みんな、もうお昼ご飯終わっちゃった…。」
「何ぃっ!?」
「ありゃりゃー、ギル君頑張ってー。」
「空腹で倒れないようにね〜?」
「お前ら、実は俺のこと嫌いだろぉっ!?」
「「「「いや、大好き。」」」」
「ありがとよっ!」

畜生、なんて息のぴったりな仲間達だ。ってか、イーノの姿が見えないのがすげー落ち込むよ。うぅぅ…せめて、様子を見に来てくれたっていいじゃねーかよ…イーノのやつ、どうせレイさん辺りに何か色々と聞いてんだろうなぁ。
…レイさんもイーノも、めっちゃ羨ましいよ…

「ギルー、皿洗い終わっちゃった?」
「って、来たしっ!?」
「む?ギルったらひどいなー。僕が来たら駄目なわけ?」
「い、いや。んなことは無いけどよ…」
「なら、よし!それじゃ、休日だってのに頑張ったギルに僕からご褒美だよっ!」

そう言ったイーノが突き出してきたのは…レイバーガー?いや、お店の売り物を勝手に持ってきたら駄目なんじゃね?商品食うなってキララ先輩に怒られるぞ?

「ふっふっふー!聞いて驚け!これは僕がレイさんの指導のもとに新しく作ったレイバーガー!イーノ型だよっ!」
「…お前が、作ったのか?」
「うん。」
「あ、ありがと…って、何だか俺の好物ばっか入ってねーか?」
「ん?そりゃ、そうだよ。だって、レイさんが言ってたからね。‘食べて欲しい相手’のことを考えて作れ、って!これ作るとき、ギルがまだお昼ご飯食べてないって思ったからね!ギルのために作っておいたよ!」

…こいつ、絶対に自分が今言ってることの意味とか分かってねーんだろうなぁ…
ま、いっか。こういう優しいところも、鈍感なところも全部含めて好きになっちまったわけだしな。

「…出遅れた。」
「ふえええぇ!?エレナちゃーん、その危ない気配は引っ込めてー!?」
「フェリックスく〜ん、エレナちゃんが全然かまってくれる様子ないよ〜?」
「問題ない。俺の数少ない取り得は忍耐だ。」
「損な性分だよね〜」


27 :雨やかん :2008/07/25(金) 16:18:32 ID:VJsFrctD

彼の知らない彼女の真実

僕、イーノ・リディアスがヴェロンティエで働き出してもう3ヶ月。月日が経つのは本当に早いもんだよね…けど、なかなか慣れないものってのは必ずあるもので。
今日みたいに、一週間に一度の僕たち新人全員がヴェロンティエで頑張る日も、その一つ。
どういうわけだけだか、ここにいるはずの人数が予定より一人少ない気がするのも、その原因なのかなぁ?。

「レイさん、僕の幼馴染であるギルがまた遅刻してるみたいなんですけど。」
「あ、別に遅刻じゃないよ。昨日とその前と連続で働いてるから、ギルには一日休んでもらってるだけだ。」

あー、そういうことか。やった!これでギルとの差を詰められる!
ギル本人は気づいてないみたいだけど、僕がどんなに努力してもなかなか追いつけないぐらいにギルの料理の腕は凄い。レイさんやキララ先輩も時々驚くような目でギルを見ていることがあるしね。

「ってか、俺が何か教えなくてもギルは一人で大成すると思うんだけどなぁ…」
「ギル君、めきめきとレイに追いついてきてるものね。私も大半の料理はもう彼に抜かれちゃったわよ。」
「マリス先輩以上って時点でー、ギル君の腕前がよく分かるよねー。」
「…でも、ギルがいないのは…つまんないかと。」
「まあ、あの騒がしくて一人お祭り男がいないと、周囲が静かで物足りないというのは同意しますわ。」

まったくもって、その通り。
キララ先輩達4人にとって、レイさんが無くてはならない存在であるように。僕達8人にとっては、ギルがまとめ役だし。いや、まとめ役とは違うかな…なんていうか、潤滑剤?ギルがいるといないとじゃ、なんていうかその場の雰囲気が違う。

「じゃ、今日は試験をするぞー。」
「「「「抜き打ちっ!?」」」」
「本日、午前中の間はあたしたちはほとんど手を出さないわ。注文もみんなだけでさばけるようなものしか受け付けてないから。どうしようもなくなったら手を出すけど、それは減点だと思いなさい。」
「ギルがいないのですが、いいのですか?」
「はっはっはー、カイン君。昨日のギル君は皿を洗って配達をして、おまけに買出しにまで参加するという張り切りぶりだったんだよ。…あそこまでやられると、先輩の立場が無いんだよね…」
「ちなみに、そのどれもが文句なしの成果でしたので。試験免除となりました。」
「なんていうか…さすが、ギルだよね。」
「負けてられないよね〜。」
「全くだ。あの全方位鈍感男二号に、いつまでも負けっぱなしというわけにはいかないからな。」
「凄いあだ名ついてんな、あいつ!?」
「ちなみに一号はレイよ。」
「俺の後継ぎなのかっ!?」
「三号がイーノ…」
「僕もっ!?僕はギルみたいに鈍感じゃないよ!」

そういったら、全員に『どの口でそれを言うか!』って突っ込まれた。
うーん…僕は本当に鈍感じゃないんだけどなぁ…だって、ギルが僕をどう想ってるかなんてとっくの昔に知ってるし?僕だって、自分がギルをどう想ってるかなんて、とっくの昔に答えは出てるしね。
でも、絶対に言ってやらない。だって、今ギルとそういう関係になっちゃったら、僕はきっと甘えちゃうもん。だから、僕がギルに自分の想いをぶつけるのは、僕がギルを料理の腕前で抜いたときって決めてるんだ!



「イーノ!セクユクは出来たっ!?」
「さっきそこに出したよ!?」
「フラウが忙しそうだったから、俺が7番に持っていったが。」
「あれ9番だよっ!?」
「ちょ、ミランダっ!?何で勘定のお前がここにいるんだ!?」
「ふえーん!お札がなかったんですー!」
「アディーナ。先ほど持っていったカメルテの中に卵の殻が入っていたぞ。」
「っ!わ、私としたことがっ!」
「これと〜、これと〜、後は〜…って、追いつかないよ〜!」
「…行列が、大変なことになっているかと。」
「いつもより回転が遅いのがよく分かる事実だな…」
「ならば、急いで運べ。」
「運ぶ料理が無いのだから仕方ないだろう。」
「注文にないのに同じ料理が2つもあるのは…なんで?」
「ふえーん、もう無理だよー!」

さ、さすがにやばいのかなぁ…?あ、何だか向こうの方でレイさんが準備始めてるし。
ううう、自分の無力さが悲しい…ってか、どうやって今のあたし達の半分程度の人数でレイさん達はこの食堂を回してたんだろう?本当にこの5人は規格外なのかなぁ?はぁ、残念だけど減点かぁ…お客さん待たせるわけにも────


「すまーん!また遅刻して待たせちまったかー!?」
「「「「「いや、今日ギル(君)は休みのはずだから。」」」」」
「また、やっちまったああああああああああっ!?」


────…本当に、この幼馴染はどうして絶妙なときにいつも来てくれるんだろうか。

「ち、違うんだっ!これは、そう!俺の思いやり!お前らだけじゃ大変だろうという、このギル様の思いやりなんだ!」
「ならば手伝え!今日は抜き打ち試験だ!」
「何で俺が休みの日にそんなことしてんの!?軽い職場いじめじゃね!?」
「いいから早く厨房に入りなさいなっ!」
「ギルー!セトークとオムレツときつねうどんとサワテコを一皿ずつ、よろしくっ!」
「任せろ───って、多いなっ!?ってか、アディ!その道具、さっき野菜に使ってただろ!代えとけよ!エレナ!その注文間違いのやつ寄越せ!別のに流用できる!」
「おい、ギル。その鍋は───」
「ハンバーグに使ってたんだろ!見りゃ分かる!セトークならこれで焼けんだろうが!ってか、カイン!注文どおりに作ってる場合か!作るの楽なのからやっとけよ!」
「待たせるわけにはいかないだろう。」
「だからって、シリセピ作ってたら次の客はそれの倍待つことになるわ!ゆでる時間に仕上げろ!」
「お前じゃないんだから無理だ!」
「じゃあ、俺がやるから寄越せ!で、お前は得意な魚料理をしろ!空いた時間でエレナを手伝え!そしたらフェリックスがミランダの勘定手伝いできる時間ぐらいあるって!」

…ギルってば、相変わらずすごいなぁ…
いるだけで、みんなの表情が一気に変わっちゃう。いや、表情だけじゃない。その手の動きとか全部がどんどん加速していくのが分かる。もちろん、僕も。
レイさんとキララさん達みたいに、それぞれが独立して超一流ってわけじゃないけど。僕達はギルを中心にして、数でそれを克服していける。

「イーノ!」
「な、何ッ!?」
「その料理が終わったら野菜を切ってくれ!お前が一番包丁上手いから!セトーク、海鮮サラダ、サラスパの順で!」
「分かったよっ!フラウ、オムスパ出来たよ!」
「エレナ、きつねうどん上がったぞ!フェリックス!サワテコだ!持って行くの間違えんなよ!?」
「さっき間違えたんだが。」
「だったら、注文取ったフラウかエレナに確認しろよ!そのぐらいなら待っててもらえんだろ!」
「分かった。それとギル、お子様定食追加だ。」
「っしゃあっ!って、それってレイさん個人の担当のはずだ!」
「さっき、レイさんの言葉により今日のお前の担当になった。」
「この忙しいときに!ってか、試験の最中に!?何か、俺に恨みでもあんのか、あの人っ!?スパゲッティとピラフの同時進行かよっ!」
「恨みじゃなくて期待されてるんだよ、きっと。」
「なら頑張ってみせるっ!って、勘定の列が長い!アディ!その料理はカインに任せて一旦ミランダのとこ行ってこい!」
「ミランダ!今、行きますわ!」
「アディちゃーん!ギルくんありがとー!」
「よっしゃ、軌道に乗り始めたところで一気に片付けてやるぜっ!」
「「「「了解っ!」」」」



うん、地獄だった気がする。
ようやく午前中の作業が終わって、フラウが表に準備中の札をかけてくれたところで僕達は全員ぐったりして机に上半身を投げ出していた。

「お疲れ様、9人とも。」
「ええ。最初はどうなることかとひやひやしたけど、上手くいってよかったわ。」
「まあ、予想外の登場人物はいたけどね。」

レイさん達の視線がギルに注がれる。その視線を受けているギルはというと、午前中の注文の4割をこなしながら僕達に指示をくれたこともあってかピクリとも動いてない。あれはギルが本当に疲れたときにしか見せない完全休眠状態だ。

「…あの、ギル君は生きておられるのでしょうか?」
「問題ないです。」
「全力を出したあとの、いつものことですので。1時間もしたら完全に復活しますわ。」
「主に体育祭や文化祭の後は常にこの状態だったかと。卒業のときは特にすごかった、です。」
「あ、そうなんだ…死んだように眠るという言葉を見事に体言してるね、ギル君…」
「まあ、僕達の倍は働いてたと思うんで。」
「えへへへへー、学生のころから、ギル君は私達の要なんですよー。」

そう。ギルは確かに僕達の要だ。
そもそも、ギルが気づいているかどうか分からないけど、僕達8人がヴェロンティエに興味を持ったのだってレイさんを目標にし始めたギルがいたから。だからこそ僕達は、僕達をいつも引っ張ってくれるギルが目指す場所に行ってみたいって思った。
まあ、その結果として僕もレイさんという非常に高い目標を見つけたわけだけど。

「まあ〜、本人に自覚は全く無いんですけどね〜。」
「そうそう。自分が優秀だって自覚がいまいち無いんだよね、ギルは。」
「その自覚があれば、こいつは今ごろ国外だ。」
「国外?なんで?」
「入学前、こいつは有名な調理学校の推薦を、自分はまだ未熟だから見合ったところで基礎から鍛えるといって蹴ったんです。」
「それ初耳ですわよ、私!?」
「ちなみに、蹴ったもう一つの理由は…」

こら、フェリックス。こっちを見ないでよ。
知ってるよ。あのとき、まだ12歳だった僕が、ギルが国外に行くのは嫌だって駄々をこねたからギルは推薦を蹴ったって。僕はそれを忘れたふりをして、ギルも僕のせいになんてしなくて。
だから、僕は決めたんだ。ギルが国外にいかなくて良かったなって思えるぐらいにいい女になるんだって。ギルみたいな男の子に釣り合うぐらいのいい女になるんだって。幼馴染だとかそういったの以外でギルと対等に立てるまで、僕はギルと幼馴染を続けるって、そう決めた。
これは、絶対に誰にも言えない僕の秘密。だから、僕はとぼけた顔をしてフェリックスに首をかしげる。

「ん?何で僕を見るの?」
「…それが良かったのかは、いまだに疑問ですが…」
「どうして僕からその結論に達するのかなっ!?後、アディとエレナの目が怖いよ!何だか、さっきまでの仕事よりも生命の危機を感じるよ!」
「今だけですわ…今のうちだけです…」
「負けない…負けない…」
「ちょ、レイさん助けてー!?」
「すまん、無理だ。」

ううううっ…でも、時々アディとエレナの視線にくじけそうになるよ…
早いところ、ギルを追い抜かなきゃ。じゃないと、あたしの精神が持たないかもしれない。


28 :雨やかん :2008/08/24(日) 10:59:54 ID:m3knVLk4

現在お仕事中

こんにちは、レイ・キルトハーツです。
最近はめっきり新人達、特にギルが頑張ってくれているおかげで俺もキララ達も次第にのんびりできる日が増えてきています。
で、料理人としての俺が暇になるということは――――

「以上で東部地方にて出没していた盗賊団についての報告を終了します。」
「ふむ…すぐにでも派遣した方が良さそうだな。これ以上の被害は防ぎてぇ…」
「現時点で活動可能な部隊は3から8隊。四聖騎士は残念ながらそれぞれ別の任務に従事しています。」
「ならば6隊に向かわせましょう。山岳地帯出身者が多い部隊ですから。」
「…よし、次は―――」

まあ、つまりこういうことに時間を費やすことになってしまうわけで。

「って、今更だけど、どうして俺はこんなに馴染んで…?」
「何を言ってるんですか、レイさん。」
「そうですよ。会議中にぼさっとしないでください。」
「場合によってはレイさんも任務に出ていただかないといけなんですから。」
「・・・俺、本職は料理人のはずじゃ?」
「特務騎士じゃないですか。」

現在、王城会議室にて国会中。周囲が大臣や騎士達で固められている中、わざわざ俺が座っている席にはきっちりと『特務騎士レイ・キルトハーツ』のネームプレートが付いていたり。
あの事件以来、俺は完全に王国の政治の一部に組み込まれたらしかった。リリアのために騎士になったはずなんだが、何だかおかしな展開になっているなぁ…

「まあ、そう言うなよ、レイ。お前の意見は実際のところ非常に助かるもんなんでな。」
「俺は何回か国家機密に触れているんですが…」
「存在そのものが国家機密のあなたが何を言っているのよ?」
「まあ、他の国々への根回しも住んでいるし、お前の正体についても周知の事実だけどな。」

そうなんだよな。
俺がファントムだってことは、とっくの昔に誰もが知っていることで。今更他の国がどうこう言っても、それに対抗できるだけの準備も出来ているらしく。今じゃ俺は何も変装せずとも城の正門から堂々と入ろうが何も咎められることはない。と言うか、今日は正門から入ってリリアに会いに来ただけなのに、突然部屋に引きずり込まれたわけだし。

「はぁ…、とりあえず次の議題に行きましょうか。」
「分かっていただけて幸いです。」
「さて、次の議題ですが‘第37回レイ・キルトハーツと姫様をどうやったら恋人に出来るか討論’に―――」
「って、待てええええええ!?何、そのツッコミどころ満載の議題!?ってか、議題じゃないよ、それ!」
「何をそんなに叫んでんだ?」
「レイ君。ここは政治の場だぞ。そのような言葉遣いは慎みたまえ。」
「今の議題のどこが政治ですか!?間違っても国の重役が顔を突き合わせて話し合う議題じゃないですよ!」
「なんで?」
「まあ、この議題はレイには関係ないしな。話を進めよう。」
「そんな心底不思議そうな顔されてもっ!しかも37回って何ですか!今までこの顔ぶれで36回もやったんですか!?そもそも関係大ありですよ!当事者じゃないですか、俺!」
「今までと同じく、白熱した討論を期待しています。」
「無視!?ってか、白熱してたんだ!?」
「前回の作戦『偶然を装って、城の洋服棚に2人っきりでどっきどき』は成功でした。レイ君が姫様の体を非常に意識していたのは素晴らしかったですね。」
「あれは、あんたらの策謀かあああああああ!」
「それでは前回の成功失敗をふまえて意見をどうぞ。」
「「「「はい。」」」」
「これまでに無いほどの挙手がっ!?」

もはや俺のことなどお構いなしと言わんばかりに話が進んでいく。しかも、今までの議題以上に熱がこもっている気がするから泣けてくる。ってか、マジでいいのかこれは?こんな形で一国を相手に回してんのは俺だけだろうよ。

「王妃様も何か言ってやってくださいっ!」
「やはり既成事実さえ作ってしまえばいいと思うのよ。レイ君、責任は取る男だから。」
「何を言ってるんですかっ!?」
「新しいリリアの次の代の継承者も生まれるし、レイ君も王族に入る。まさに一石二鳥よ。」
「ですが、それが難しいです。生半可なところに閉じこめたとしても、レイ君はすぐに逃げ出してしまいます。」
「当たり前でしょう!俺が毎回毎回どんな思いで理性の崩壊を耐えてると思ってんですか!」
「となると、やはり物質的な空間じゃなく精神的にレイ君が逃げられないようにするしかないわね。」
「何か怖いことをサラリと!?」
「ある程度理性を追い込んでおいた上で、姫様による色仕掛け…ということでしょうか。」
「おい、精神学の先生を呼んでこい。レイの鋼の理性を打ち崩す手段を見つけるぞ。」
「顔見知りの女性達による一斉攻撃というのはいかがでしょう?」
「いい案だ。レイは女性には手が出しづらいからな。顔見知りならなおのことな。」
「その攻撃とは…やはり精神攻撃ですか?」
「当たり前だ。具体的にいうなら、三大欲求の一つに訴える攻撃を。」

三大欲求の一つって、あれか。あれなのか?と言うか、本格的にまずい話になっていっている気がしますよ。
つーか、もう頼むからそっとしておいてくれ。正直、こんな形で結ばれても絶対に後々まで禍根を残すに決まってるんだからさぁ!俺にも!あの心優しい王女様にも!

「あのー…俺、もう出ていいですか?」
「そうだな。お前に作戦の全容を知られると逃亡される可能性がある。」
「レイ・キルトハーツ特務騎士。任務終了により退室を許可する。」
「何か退室しづらい!?…出ますけど…はぁ。」


29 :雨やかん :2008/12/16(火) 11:30:34 ID:VJsFrctD

王女と英雄の覚悟





復かあああああああああああああああああつっ!
あーい・あーむ・バアアアアアアアアアアック
GAIA小説広場よっ!私は帰ってきたぁっ!

えー、お目汚し失礼しました。お久しぶりの雨やかんです。今まで就職活動などで連載を止めていましたが、このたび諸事情により問題が解決したのでようやく再開することにしました。
おそらく、大半の読者は離れていってしまっているだろうほどの時間が空きました。それでも、また気合入れて頑張っていきますのでどうかよろしくお願いします。
では、以下本編です。





「と、いうことがあったよ。」
「本っ当に申し訳ありません、レイ様…」

俺の目の前で顔を真っ赤にして頭を下げているのは、他ならぬリリアだ。
と言うか、俺も会議室から出してもらったからって直後にここに来る辺りが…ああ、もう間違いなくあの人達の作戦にはまってる気がする。

「お父様達も悪気は無いはずなのですが…きっと…おそらくは。」
「あ、うん。悪気は無いだろうな。きっと。間違いなく。…ただ、真面目に本気でやっているから余計に厄介なだけであって…」
「何と言いますか、私時々この国を継げるのか本当に不安になります。」
「大丈夫。きっとリリアならあの2人以上に立派な女王になれるさ。」
「ふふふっ、ありがとうございます。」

そう。きっとリリアならこの国をより良い方向に導いていけると確信を持って言える。
彼女自身は俺がいてくれるから、とか俺がいてくれればきっと、など言ってはいるけれど。俺がここに来る前からこの国のみんなはリリアのことを慕っていたし、ヴェロンテェイエでリリアが働き出してからはなおのこと、国民がリリアを慕う度合いは強くなっていく。ちょっと俺が嫉妬するぐらいに。

「…だから、なのかもな。」
「え?」
「リリア。俺はさ…自分で言うのも何だけど、自分のことを天才だと思ってる。大抵のことはこなせる自信があるし、その自信を裏付けるだけの努力もしてきたよ。」
「分かっています。それを、私はずっと側で見てきたのですから。レイ様がこの国に来られてから、ずっと。…キララさんには負けてしまいますけど。」
「はは…けれど、さ。多分、努力だけじゃどうにもならないものって…あるんだよ。きっと。」
「…それは?」
「覚悟。」
「あ…」

その単語一つだけで、リリアは俺が言いたいことを察してくれたようだった。
リリアが持っていて、俺がリリアと共にあるためには決して持っていなければならないもの。それが王として人の上に立つ覚悟だ。自惚れでない程度に、俺は自分の能力に自信がある。それは陛下や王妃様、騎士団長であるリュカーさんにも認められていることだ。俺なら大丈夫だと。俺なら、立派にこの国を支えていけると。

だからこそ、リリアという存在が俺には眩しく思える。

俺のように超越した才能というものを持たずとも、王族という覚悟を持って王女の座に立っている彼女。この国の全ての人々に慕われ敬われる彼女の姿は、才能を持たなければ何も出来なかった俺にとって奇跡のような存在だから。こんな彼女の隣に立って俺が立っていいのかと本当に悩んでしまうから。王族の誇りと覚悟を持った彼女に、そんな覚悟を持っていない自分が不釣り合いじゃないかと疑ってしまうから。

「覚悟も無しに、簡単に座っていいもんじゃないだろ?国王って座にはさ。」
「レイ様…」
「だから、きっと俺は―――」

リリアに自分の想いを打ち明ける勇気を持てない。そうつなげてしまおうと思った瞬間。俺の口の動きを遮るようにリリアの言葉が流れ出した。


「覚悟なんていらないんですよ、レイ様。」


「え?」
「レイ様は、英雄です。その座にも本来ならば様々な覚悟や責任、重圧が伴うはずでしょう。ですが、レイ様…あなたは、あの戦争のような闘いの中で、何かの責任を負っていましたか?何かの使命を負っていましたか?何かの義務をお持ちになっていましたか?」
「…いや、あの時は別に。あれは、俺がリリアやキララ達を助けたいって思っただけだから。」
「でしょう?私だってそうなんですよ、レイ様。私はこの国が大好きです。レイ様と出会う前ならば、ただ王族の血が流れているというだけで私はこの国を治めていたかもしれません。ですが、レイ様と知り合って、キララさん達と出会って、この都市の様々な方々とお話しして、この国の色々な場所を見て、私はこの国が本当に大好きになりました。本当に、大切だと思えるようになったんです。」

そういって微笑むリリアに、俺は自分の胸がドキリと高鳴るのを自覚する。その笑顔は、今まで見てきたどのリリアの表情よりも輝いていて、本当に美しかった。

「だから、私は自分に出来ることをやろうと思っています。出来ることを知って、それが誰かのしてほしいことであれば、きっとそこに笑顔が生まれるはずですから。レイ様が、私に笑顔を下さったように。」
「…リリア。」
「王族としての責任では、本当の笑顔は作れない。誇りで、笑顔が作れるわけじゃない。私の、この国を大切だと思う気持ちが笑顔を作ると…そう、私に教えてくださったのはレイ様なんですよ?」
「俺が?」
「はい。英雄なんて肩書きを背負うことなく、それでも多くの方々の笑顔を作り、守ってきてくださったレイ様を見てきた私だからこそ言えます。覚悟なんてなくとも、レイ様は私にとっても、民達にとっても…自分たちを導いてくれる希望なのだと。」

…人を導ける希望…俺が…?

「ですから、レイ様に覚悟なんて不要ですよ。覚悟なんてなくとも、レイ様はもっと大切なものをお持ちですから。」

覚悟なんていらない、か…そういえば、先の事件のときにリリアに覚悟なんて捨ててしまえって言ったの俺だっけ。あのときとは、意味が違うだろうけど…でも、今まで胸の中につかえていた何かがすっと取れたのは分かった。
うん、今なら言える。

「そっか…なら、大丈夫だな。」
「はい。大丈夫ですよ。」
「リリア。」
「はい?」
「愛してる。俺の恋人になってくれ。」

‘カチャンッ!’

リリアの持っていたティーカップが落ちた。おお、割れなくて良かった。

「え、う、うぇ…?」
「いや。リリアがそう言ってくれるなら、俺の出せる答えはこれだけなんだが…返事、くれるか?」
「あ───…は、はいっ…はいっ…!わ、私をっ…レイ様の、恋人に…してくださいっ!」

涙混じりに、けれど俺が今まで見てきた中で最高の笑顔になったリリアに、俺は黙って口を寄せた。


30 :雨やかん :2008/12/18(木) 13:29:50 ID:VJsFrctD

コーヒーを片手にお聞きください


「特務騎士、レイ・キルトハーツです。失礼します。」
「リリア・キルヴァリー。入ります。」
「────…では、次の作戦は『レイと姫様、嫉妬と湿度の交響曲』で行こうと思います。」
「「「「異議なし。」」」」
「何なのですか、その意味不明すぎる作戦名は!?」
「駄洒落か!駄洒落なのかっ!?」

会議室に入った瞬間、2人でツッコミを入れざるを得なくなった。しかも、全員揃って異議なしって言われても!後、ひょっとして俺が退室してから今までずっと話し合ってたのか!?どんだけ白熱してんの、この議題!?

「む!レイか!ちょうどいい、お前に命令を出す!」
「レイ君。今すぐに階段まで行ってピアをくわえて待機してちょうだい。」
「まさか、ぶつかった相手と別の場所で劇的な再会しろとか言いませんよね!?」
「何故、作戦の全貌をっ!?」
「どこの3流恋愛漫画を読んだんですか!」

これを今まで話し合っていたのかと思うと泣けてくるよ…ああ、何かこの国を治めていける自信が沸いてきた。うん、この人達に出来るんならきっと俺にだって出来るさ。リリアだって隣にいてくれるわけだし…って、いかんいかん。惚気てどうする。

「えーっと、陛下。その作戦は必要ありません。」
「あと、今後2度とこの議題をせずとも結構ですので…」
「何でだよ?」
「こうでもしなきゃ、レイ君の鋼の理性は崩せないのよ、リリア?」
「いえ…その、先ほど…く、崩しました、ので…大丈夫…です。」

うん。まあ、確かに崩されたよ。思い切り。いや崩したというレベルじゃないね、あれは。砕いたと言っていい。木っ端微塵に。砕いた上に欠片まで念入りに押しつぶした感すらあるよ。
いや、だってあれは反則だって。あの涙目、上目遣い、それに加えてあの台詞は…い、いかん。思い出すな。思い出してる場合じゃない!隣のリリアも思い出して顔が赤いのに、俺まで赤くなったら即バレる!

「崩した…って、り、リリア?」
「っ…あ、あの…先、ほど…レイ様とっ、そのっ…結ばれましたのでっ…!」

…うわーお。うん、リリア。間違ってはいない。間違ってはいないけど、出来ればその後にちゃんと‘心が’って続けてほしい。でないと、今まさに俺の目の前にいる重役や騎士、そして陛下と王妃様が硬直するようなことを想像してしまうから。…いや、本当に耐えたよ?明るい内からそんなことしませんよ?…ギリギリだったけど。

「お、お父様?お母様?あの、私は───」


「「「「「なあああああああああああにいいいいいいいいいいいいいっ!?!?」」」」」


…窓、何枚か割れたんじゃないだろうか、今の声の大きさ。
ちなみに、俺はとっさに片耳だけふさいでガード。え?もう片方の腕?そんなもん、対応しきれなかったリリアを抱きしめて大音量から庇うに使ったに決まってる。うん、やっぱリリアは暖かくて柔らかくて素敵だなぁ。と、ちょっと現実逃避。

「ちょ、おまっ!む、結ばれっ…ええっ!?」
「姫様!?その、お、お体は大丈夫なのですかっ!ちょ、だ、誰か医務官呼べえええええ!」
「え、こ、子供部屋の増築に、あっ、うううう乳母の募集っ!?」
「れ、レイ・キルトハーツ特務騎士っ!報告しなさい!今すぐ!ここでっ!」
「こ、こんな遊び半分の会議とかしてる場合じゃない!ちょ、しょ、書類はっ!?何から書けばっ!?」
「え、あれ?え、こ、これって夢ですよね?なんだ、良かったー。さー、起きるぞー自分。」
「逃げるなっ!認めるほうが、戦いだっ!」
「僕、この会議が終わったら彼女に結婚を申し込もうと思ってるんです。」
「いやいやいや!お前、彼女いないからっ!」

見事なまでに混乱した会議室が、話を聞いてもらえる程度まで落ち着くのにそれから10分ほどかかった。いや、そんなに俺とリリアが結ばれるっていうのは在りえないことなんだろうか…むしろ、今まで俺が手を出さなかったことの方が在りえないと思うんだが。本当に、よく頑張ったよ俺。

「改めて、報告します。私、リリア・キルヴァリーは本日をもってこちら、レイ・キルトハーツ特務騎士と…け、結婚を前提に交際することになりました。このことはしばし内密にお願いいたします。私と、彼の身辺の親しい方々への報告が…済むまでは。」
「まー、つまりはキララ達とかに改めて報告したいんで待っててくださいってことなんですが。」
「お、おう…っていうか、何だか急にお前ら貫禄みたいなもんが出てるな。」
「レイ様が隣にいてくださいますから。」
「リリアの傍にいると決めましたから。」

全員が砂を吐くような顔をして、コーヒー(俺が城に持ち込んだ)をブラックのまま一気飲みした。え、今のって惚気?ひょっとして、何が惚気か分からなくなってきてる?ば、バカップル一歩手前なのか俺達っ!?

「それにしても。こうなると、本格的に忙しくなってくるわね…」
「手伝いますよ、陛下。」
「義父上とは呼んでくれねえのか?」
「正式に婚約したら呼ばせていただきます。」
「レイ君、リリア。私達の孫はいつ見せてくれるのかしら?」
「ま、孫ですかっ!?」
「…まあ、ちゃんと結婚式を挙げた後で。」
「レイ様!?」
「今すぐに、とはいかないのね。お義母さん寂しいわ。」
「いや、一国の王女が出来ちゃった婚ってまずいでしょう。」

想像して欲しい。ポンポコポーンなお腹になったリリアと教会で式を挙げる姿。リリアがどうこうなるとは思えないが、間違いなく俺がやばい。今後の王族生活をずっと不名誉な2つ名とともに過ごしかねない。

「…夜の戦場でも無敵な英雄…」
「今、早くも不名誉な2つ名を付けようとしたの誰だっ!?」
「戦場っ!?れ、レイ様っ!何処かに行かれてしまうのですかっ!?」
「意味違うからっ!ってか、恋人になったばっかりなのにどっか行くわけないだろ!勅命受けたって行きたくないわっ!」
「そ、そうですよね。良かった…ようやくレイ様と結ばれたのに離れたくなんてありませんので…」
「大丈夫だって。リリアが嫌がるまで離れてやらないから。」
「なら、ずっと一緒ということになりますね。」

そう言って微笑むリリアに、俺もそっと笑いを返してやる。
まあ、何だ。王族の覚悟とかはまだ完全に分かったわけじゃない。これから問題だって山のように出てくるだろう。けど、この笑顔が傍にいるなら…全部、解決してみせるさ。

「「「「(グビグビグビ…ゴクン)コーヒー、おかわり。ブラックで。」」」」

とりあえずは、ちょっといちゃつくのを自重しよう。うん。


31 :雨やかん :2008/12/20(土) 21:41:39 ID:mmVcn4kc

お父さんはどこですかっ!?

…着いた。

「ここに…僕の、お父さん達がいるんだよね…」

僕の名前はイケリル・ガルバード。11歳。先ほどようやくたどり着いたラズウェールから少し離れたベルグランドからやってきたんだ。一人で。単独で!ぷち旅行です!!大人への第一歩を僕は今、踏み出したんだよっ!

えーっと、何をしにこんなとこまでやって来たのかっていうと…思い出すのは一週間程前の父さんたちとの会話。


『イケリル。実はな、父さんたち…お前を一度捨てたことがあるんだ。』
『ぶほぉっ!?』
『母さん達、あの時は悪い人達に騙されていたのよ…それで、ついポイっと。』
『軽!?軽いよ、お母さんっ!?』
『当時からかなり有名で、優しい人達がいると評判の場所にお前を置き去りにしたんだ。』
『あ。ひょっとして、それが以前から話してくれてた恩人の人達?』
『ええ。彼らのおかげであなたをもう一度抱くことが出来たのよ。』
『母さん…』
『お前もこんなに成長したからな…イケリル。』
『父さん…』
『『と、ゆーわけで挨拶してきなさい。』』
『へ?』


…近所の住むおじさんの話だと、昔はあんな性格じゃなかったらしいんだけどなぁ。10年の歳月は人を変えるということなのかな?
けど、僕だって興味がある。短い間とはいえ、僕はそこで拾ってくれた二人をもう一組の父、母、と呼んでいたらしいから。どんな人だったんだろう?父さん達も詳しくは教えてくれなかった。ただ、英雄とまで呼ばれた人と、その奥さんなんだから、きっと物凄い人達に違いない。物語でよく見るような、強くて、優しくて、格好良くて、非の打ち所の無い人間なんじゃないかな?

「えーっと、確か『ヴェロンティエ』ってお店を探せばいいんだよ…ね?」

父さんが書いてくれた紹介状みたいなものを眺めて店の名前を確認する。けど、母さんが言うには聞けば町の人全員が知っているだろうって。僕は一体どんな場所にいたんだろう?豪邸?お屋敷?それともお城みたいな場所!?
とりあえず、誰かに聞いてみよう。えーっと、えーっと…あ。あそこに同年代ぐらいの子が────…わぁ。

言葉を失うって、きっとこういうことなんだ。まるで天使様が絵本から抜け出てきたみたいに綺麗な顔してる。学校にいるラリーちゃんやアリアちゃんも可愛いけど、この子は本当にすごく可愛い。う、うわ!何だかどきどきしてきたっ!

「…おちつけー、おちつけー、僕のしんぞー…」
「…」
「おちつけー…よ、よし、何とか収まってきたぞー…」
「…」
「あ、あの子は駄目だ。話せないよ…べ、別の人に…あれ?」
「…あの、大丈夫?」
「どわああああああああああっ!?」

な、ななななな、何でさっきの子が僕の目の前にっ!?うわ、どきどきがまた始まった!こ、このままじゃ僕、死んじゃうっ!?

「あ、あの、顔真っ赤だよっ!?」
「だだだだだ、だいじょぶだよっ!ぼぼぼぼぼく、いつもこんなかんじだからっ!?」
「それはそれで大丈夫じゃないよ!熱でもあるんじゃないの?」

あ…この子の手、冷たくて気持ちいい…って、うわぁ。今、おでこに手をあててもらってるんだけど…なんだろう。すごく近い。顔が。どきどきも止まらないし、ひんやりしてる手も僕と同じ手とは思えないくらい柔らかい。あ、なんかもーなにもかもどーだっていーやー…って、良くないよっ!?

「…あ、う、い、いいいいいや、だいじょぶだからっ!」
「うひゃあぁっ!?あ、う、うん。それならいいんだけど…あれ?あ、あの!どーして皆さんほほえましそうに見てるんですかー!?」
「え?う、うわっ!?」

何だかものすごく周りの人達から注目を浴びてるっ!?な、何でっ!?

「あ、あううううぅぅ…」
「え、そ、その、僕のせいで…ごめんね?」
「う、ううん。きみのせーじゃないよ。ここのみんな、いっつもこんな感じだから。」
「そう、なんだ。」
「そういえば、何か考えてたんじゃないの?」
「え…あ。そうだった。あの、ね?ヴェロンティエってお店知らないかな?」

…何故だろう。とっても驚いたような顔をしてる。あ、あれ?周りの人達もみんなびっくりしてるよっ!?ぼ、僕何かしちゃったかな!?

「そのね?あのね?ちょ、ちょっと事情があって僕、そこに行きたいんだけど…」
「…えーっと、何で?」
「そこに、その…僕のお父さん達がいるから…。」

あ。もう一組のって付け忘れ───ひぃっ!?
な、何だからさっきまで天使さんだった顔がものすごい感じになってるよ!?呆れてる!?呆れられてるっ!?何で?!僕、そこまでのこと言ったのかなぁっ!?

「…うん。分かった。案内するよ。」
「え?い、いいの?」
「うん…あ、自己紹介してなかったね。」
「あ、僕、イケリル。イケリル・ガルバードっていうんだ。」
「あたしの名前はティンク。ティンク・K・ラインクルだよ。」


32 :雨やかん :2008/12/22(月) 10:31:27 ID:VJsFrctD

天使がいっぱいの家

ヴェロンティエは、予想してたよりずっと小さな家だった。
というか、別に豪邸でもなんでもなくて、どこにでもあるような料理屋さん。ただ一つだけ違うことを挙げるなら…

「…混んでるね。」
「いつもこんな感じだよ?」
「ものすごく混んでるんだけど。」
「いつもだよ?」
「行列が隣の家まであるんだけど。」
「多分、注文は止めた後だから本当はまだ長いときあるよ?」
「…そう、なんだ。」

母さんの言っていたことが良くわかった。うん、これだけ人気のある料理店なら納得だね。けど、今から並んだらどれだけ後に入れるんだろ…

「さ。こっちこっち。」
「え?あの、ちょっと?」
「裏から入るよ。」
「裏から…だ、駄目だよ!泥棒さんと間違われるよ!」
「どうして?」
「どうしてって、なんでそんな不思議そうに───」
「あ、そっか。言ってなかったね。ここ、あたしの家なんだ。」
「…あたしの家?」
「うん。あたしの家。」
「…おじゃましまーす。」
「どうぞー。」

ティンクちゃんの後をついて、裏口から入る。何やら奥のほうでガヤガヤと聞こえてきたけど、ティンクちゃんに置いていかれない様について階段を上がって────

───上がったところで二人目の天使に遭遇した。

「…。その子誰?」
「えーっと、なんて説明したらいいのか分からないから後で説明する。」
「そう。はじめまして、ステラ・K・インベルグっていうの。」
「は、はじめまして。イケリル・ガルバードです。」
「お父さん達、まだお仕事中よ?」
「うん。それまではイケリル君と部屋で遊ぼうって思って。」
「はい、そうなんで───って、僕初めて聞いたんだけど。」
「いいからいいから。ほら、行くよー。」
「わわわわわあっ?」
「ティンク。私も混ぜてよ。」
「りょーかいっ!あ、ルナ兄ぃとルクスも混ぜて遊んじゃおうよ!」
「ルクスはともかく、ルナ兄さんはいないわよ。アインおじさんが連れて行ったから。」
「…今度、甲冑の靴に針仕込んでやる。」
「何を物騒なことを言ってるんだよ、ねーちゃん…」

天使が3人目。いや、今度は男の人だけど、それでもすごい!何がすごいのか良く分からないけど、とにかくすごい!具体的に言うと、僕は自分がここにいていいのか疑問に思うぐらいすごい!いや、駄目だ!こんなとこにいちゃ駄目だ!天使様達の住む場所に僕みたいな平凡な人間がいたら駄目だ!

「もう、嫌だぁ…貝になりたい。もしくは木になって人からでくのぼーと呼ばれて生きて生きたい…」
「随分と不思議な未来図だね、その人。」
「イケリル君だよー。」
「イケリル…?学校にいたっけ、そんなやつ?」
「ん?いや、そこで会ったから連れて来たの。」
「…ステラ姉ぇ。俺、怒っていいところだよね?この能天気な姉の頭を思う存分揺らしていいよね?」
「今に始まったことじゃないんだから。」
「さー、何して遊ぶ?やっぱり戦争ごっこ?」
「「物騒すぎるっ!?」」
「ティンク。お願いだからもう少し女の子らしい遊びを覚えてよ。」
「じゃあ、お父さん達ごっこ?」
「ままごとってこと?」
「ううん。お父さんみたいに何人もの女の人との間に子供を生んで、はーれむっての作る遊び。」

…あれ?今、何だかすごいこと言わなかったかな、ティンクちゃん。何人もの女の人?子供?はーれむ?え、あれ?そ、そういえばさっきからこの人達、兄弟姉妹みたいな会話してるのに…その、何だか名前に違和感が…?

「あ、あの…そのティンクちゃん。この人達って…」
「お姉ちゃんと、弟だよー。ちなみに、一番上にルナ兄ぃがいるの。次にステラ姉ぇで、あたしで、最後にそこのルクス。」
「…で、でも、ステラちゃんとティンクちゃん、苗字が違って…」
「あー、うん。俺がルクス・K・ランクフォードだから。4人とも全員違うんだ。」
「ちなみに、ルナ兄ぃの本名はルミナス・K・キルヴァリーっていうんだよー。」
「キルヴァリー…あ、あれ?キルヴァリーって、確か王族の苗字…」
「ルナ兄さんはリリアお母さんの子供から当然だよ?」
「…あ、れ?え?リリアって、王女様の…あ、あれ?」
「イケリルくーん、なんで混乱してるの?」
「いや、初めて聞く人なら混乱すると思うよ、姉ちゃん。」
「イケリル君、ひょっとしてこの町の人じゃないんじゃない?」
「え、そうなの?なら、知らないのも無理ないか。」
「その、えっと…どういうこと…?」
「あたし達ね?兄弟姉妹だけど、お母さんが4人いるの。」
「…え?」
「つまり、俺達は全員父親が一緒だけど、母親が違うんだよ。」
「んでー、多分だけどイケリル君が探してた父親ってのが…多分、うちのお父さんの‘レイ・キルトハーツ’じゃないかな?」

絶叫を上げてそのまま階段から転がり落ちた僕を、一体誰が無様だと笑えるんだろうか。少なくとも、同じ立場の人というのがもし他にいたなら、きっと同じ行動を取ってくれると僕は信じている。


33 :雨やかん :2008/12/24(水) 10:29:25 ID:VJsFrctD

お父さんとお母さん

「レエエエエエエエエエエエイイイイイイイイイイイッ!?」
「ま、待て!誤解だ!絶対に誤解だっ!」
「じゃあ!なんで!あんたを父親だっていう子が!5人もいるのかしらねぇっ!?」
「俺が聞きたいわ!ってか、ちょっとその子に話を聞こう!な!?」
「やかましいっ!この天然女ひっかけ男おおおおおおおッ!」
「ちょ、覚醒してまで攻撃すんなあああああああああああっ!」

すごいことになっています。
僕が今まで見てきたなかで間違いなく最も格好いい男の人が、僕が今まで見てきた中で5本の指に入るぐらいに綺麗な女性と喧嘩してるんです。け、ど…夫婦喧嘩っていうわりには、何だか物凄いです。目に追えない速度で跳ね回る男性と、いっそ神々しさすら感じさせる雰囲気を振りまきながら鍋やらまな板やらを投擲する女性。あ、包丁を投げた!凄い!天井を跳ね回って回避した!?一緒にいる女性二人───こちらも僕が今まで見てきた中で5本の指に入ること間違いない美しさだったりする───も何だか怒ったような呆れたような視線で男の人を見ています。この原因が僕の存在だっていうのは、まあよく分かります。うん。だって僕が、レイと名乗った男性に『あなたが僕のお父さんですか?』と聞いた瞬間からこの騒動が始まったんですから。どうにか、しないと…!

「あ、あの…」
「うん。ごめんね、きみ?ちょっと待っててくれるかな。今、あそこにいるうちの旦那様に制裁加えてる真っ最中だから。」
「それにしても、レイったら…まさか私達以外にも手を出していたなんてねぇ…!キララ、容赦なくやりなさい。しばらく布団から起き上がれないぐらいまで。」
「当たり前よ!ここにいないリリアの分まで徹底的にやってあげるわっ!何なら違う世界に飛ばしてあげましょうかぁっ!?」
「マジで落ち着けえええええええっ!」
「あの!お父さんっていうのは違うんです!い、いや、お父さんなんですけど!その、本当のお父さんじゃなくて!」
「認知すらしなかったのか、あんたはああああああああああっ!?」
「キララのレイ君への好感度がぐんぐん下がっていくねぇ。」
「離婚届け、お城の方でもらえたわよね。」
「見に覚えのないことで離婚宣言!?」

ど、どうしよう。どんどんひどいことになっていく…というか、10年も前のことだからやっぱり僕なんて覚えてないよねっ!?成長したもんね、僕も!母さん達は覚えてるはずだって言ってたけど、本当に僕の名前覚えてくれてるのかな?

「い、イケリルですっ!」
「ちょっと待ってて────…イケリル?」
「ぼ、僕!イケリル・ガルバードです!…その…覚えて、ませんか?10年前に、赤ちゃんのときにお世話になった、イケリル…です…。」

あ、喧嘩が止まった。
うわわわわわ…4人とも僕をじーっと見てるよっ!こ、これだけ格好いい人と綺麗な人に見られると緊張する…どうなのかな?お、覚えてくれてる?

「イケリル…」
「ガルバードって…」
「赤ちゃんのときってことは…」
「10年前だから…」
「「「「レキっ!?」」」」

…いや…レキって誰ですか?

「ちょ、お前本当にレキか!?い、いや、イケリルなのかっ!?」
「うわー!うわーっ!懐かしいっ!大きくなったねー!」
「なるほど。だからお父さん、なわけね。良かったわ、離婚届が必要にならなくて。」
「あ、レイ。大丈夫?」
「ん。何とか当たってないし。お前こそ、力を使って大丈夫か?」
「問題ないわ。」
「え、えーっと…あのー…?」

どうやら覚えててくれたみたいだ。でも、さっきまであれだけ喧嘩していたのにもう仲良くしている…お父さんとお母さんは喧嘩したらしばらく口をきかないのに。何だかよく分からないけど凄い二人なんだなぁ…

「ねー、ねー。お父さん、お母さん。イケリル君ってあたし達のお兄ちゃんなの?」
「そうなると、ルナ兄さんが次男になるのね。大丈夫かしら、継承権。」
「つーか、父さん…母さん達以外にも女の人がいたんだな…」
「お父さん、本当に昔からだらしなかったんだね。」
「若気の至りって言うのよ、確か。」
「いや、3人とも。違うから。っていうか、何でそんな状況を受け入れる姿勢なんだ?」
「「「お父さんだし。」」」
「…父と子の信頼関係、なのか…これは?」

あ。レイさんが落ち込んだ。
と言うか、本当に親子なんだ…つまり、この綺麗な3人の女の人達はみんなこのレイさんの奥さんで。本当ならお父さんとお母さんは一人ずつのはずなのにレイさんは3人も奥さんがいる、なんてありえないはずで。しかも、子供にも奥さんにも頭が上がってない。
こ…こんな人が、僕のお父さん…な、なんだか想像していたのと随分と違うような…いや、顔とかは予想を上回ってたんだけどそれ以外が予想をはるかに下回ってるよ!?

「あら、お客様ですか?」
「…父上が落ち込んでいるのは、何故だ?」

…4人目の天使が登場です。そしてこの瞬間、僕の今までの、いや今後の人生で最も美しい人が決定したと思う。
うん。間違いない。この人が、リリア・キルヴァリー王女だ。そして今までの話から考えると…レイさんの、4人目の奥さん…で、4人目の天使は、リリア王女様とレイさんの子供の…あ、なんかもう死にたい。格好良すぎる。というか、男の子のはずなのに美しいって言葉が似合いそうなのはどういうことさ…僕、もうここから消えたい。いなくなりたいよ。間違いなく、僕の学校に来たらクラス中の女の子が恋するよ。絶対!

「…いいんだ。いいんだ。どうせ僕なんて裏方なんだい。演劇でも主役どころか森の木とかがちょうどいいんだ…」
「よく分からないけど、そんなに卑屈になるものじゃないと思うぞ?」
「その上、優しい…ルミナス君。きみの存在は僕の全てを否定するよ…」
「?どうして僕の名前をきみが───」


「ひょっとして、レキ───いえ、イケリル君ですか?」


王女様から直々に声をかけられた。と、言うか…僕のこと…?

「…わ、分かるんです…か?」
「やはり、イケリル君でしたか。ええ、もちろん分かりますよ。だって、短い間でしたけど私はあなたの母親でしたから。」
「ぼ、僕が王女様の子供ぉっ!?」
「…ほぅ?お前が母上の子供だと…?」

ひょっとして、僕のお母さん役だった人って王女様だったのっ!?
怖い!何だかルミナス君が物凄く怖いよっ!?待って!話を聞いて!血は繋がってないから!だから、『きみ』から『お前』に格付けを下げないで!

「本当にリリアお母さんにべったりだな、ルナ兄ぃ。」
「まざこんって言うんだよね。」
「ティンク。何処で覚えたの、その言葉…?」
「ガイお祖父ちゃんから。」

ああ、もう何がなんだかぁっ!?お願いだからお兄さんを止めてー!?


34 :雨やかん :2008/12/26(金) 19:12:13 ID:mmVcn4kc

英雄と父親

何ていうか、色々な意味で衝撃的な一日だったよ。
とりあえず、捨てられた僕を育ててくれたもう一人のお父さんは、俗に言う女たらしでした。と…あ、何だか期待していただけに落ち込むかもしれない。王女様がもう一人のお母さんだったのは感動したのに…はぁ。

「イーケーリールーくーん?」
「はぁ…」
「むぅ…てりゃぁっ!」
「ふごぁっ!?」

く、首筋に手刀!?女の子の技じゃないよぉっ!

「女の子が呼んであげてるんだから無視しないでー。」
「ご、ごめんね?」
「遊んでくれたら許してあげる。」
「さっきまでかなりみんなで遊んでたよ…?」
「2人っきりで遊びたいんだよ!」
「え…ど、どうして?」
「んー…なんだかね、イケリル君ってお父さんと同じ感じがするから。」

…落ち込んでいいかな、僕?こんなに可愛い子に、あんな男の人と同列って思われてるの!?あの人と同じなの?え、女たらしに思われてるのかな、僕って。まだ出会って一日しか経ってないのに?

「僕、そんなにだらしない男に見えるの…?」
「へ?何で?」
「だって、レイさんと同じって…」
「お父さん、だらしなくなんてないよ?」
「だって、4人も奥さんがいるし…格好はいいけど、怒られてばっかりだったし…ティンクちゃん達だって色々と言ってたし。」

そう。あれから4人の天使さん達と遊んでいたんだけど…その間中もずっとレイさんは奥さん達や子供達に色々と言われ続けていた。と言うか、時々やってきたお客さん達とも何やら言われていたのは…何ていうか、もう父さん達から教えられた英雄という印象を完全に破壊するには十分だったわけで。

「本に出てくるような英雄とは…全然違うんだもん…」
「…泣いてるの?」
「泣いてないよ。」
「悔しいの?」
「…うん。」
「小説とかに出てくるような、強くて優しくて賢くて完璧なお父さんじゃなかったのが…そんなに嫌?」
「そう、教わってたのに…全然違う…それは、まだ良くても…あんな人をお父さん達が尊敬してるのかって思うと…胸の中がもやもやするんだ…」

いつの間にか、ティンクちゃんは僕の隣に座り込んでいた。僕は膝を抱えてじーっとしたままそれを放っておく。…何か、話したほうがいいのかなぁ?

「あのね。あたしも前にお父さんに聞いたことがあるの。」
「…何を?」
「どうして英雄って呼ばれてるのに、こんなところにいるの?って。リリアお母さんと結婚してるんだから、お父さんって次の王様でもあるんだ。なのに、わざわざ料理人を続けて、町の人達と馬鹿みたいなことして、お母さん達に怒られて。」
「…何て、言われたの?」
「『お父さんは、英雄として生きたいわけじゃないんだ。ただ、自分がやれることとやりたいことが重なってた。それが、偶然みんなのためになった。それだけなんだよ』だって。」
「…よく分からない。」
「あははは…実はあたしも。でもね、あんなお父さんだけど…あたしはいつも帰ってきたらお父さんがお帰りって言ってくれるのが楽しみなんだよ。休みの日には遊んでくれるし、困ったときは一生懸命相談に乗ってくれるし。」
「そんなの、僕のお父さんでもやってくれるよ。」
「うん。お父さんが、絵本に出てくるような英雄だったら…きっとそんなこと出来なかったのかなって思ったら…ちょっと嫌だった。」

それは、だって仕方ないじゃないか。英雄っていうのは悪い人達と戦って、みんなの憧れで、そんな誰でも出来るようなことなんてしなくていいよ。そんなこと、する必要なんてないと思う。

「僕は、レイさんが英雄みたいな人だって思ってた…」
「お母さん達は、みんなお父さんのことを英雄だって信じて疑ってないよ。自分達を大切にしてくれて、自分達を笑わせてくれて、もしもあたしやお母さん、この町の人達に何かあったら…きっと必死になって助けてくれるから。みんなの笑顔を、作ってくれるから。」
「笑顔を…?」
「イケリル君…今日一日、お父さんのこと見てたよね?もちろん、お母さん達だって怒ったりしてたけど…それでも、みんな笑ってたの、気づいてた?」
「…あ。」

そう言えば…怒られたって、結局最後はみんなが笑ってたような気がする。レイさんも、奥さん達も、ティンクちゃん達も、お客さん達だってみんな笑ってたかも。そういえば行列に並んでた人達も笑ってた…?

「お母さんが言うにはね?英雄っていうのは、みんなを笑顔にできる人のことなんだって。普通の人より、もーっとたくさんの人達を。だから、もしもお父さんが物語みたいに戦って、怪我してばっかりだったら…あたし、悲しいし、寂しいと思う。」
「…うん。僕も、お父さんがそんなことしてたら…怖い、かな。」
「お母さん達がみーんなお父さんのお嫁さんになったのはね?お父さんのことが大好きだからで、みんなで一緒にいる方がいーっぱい笑顔になるからだって言ってた。だから、お父さんはだらしなくなんてないんだよ。あたしが大好きなお父さんだから。」
「…うん。なんとなく、分かった…かな。ごめんね、ティンクちゃんとお父さんのこと悪く言って。」
「えへへへへ…分かってくれて嬉しいな。」

そっか。レイさんは、物語に出てくるような勇者じゃないんだ。もちろん、そんな勇者になれる人なんだけど、きっとそんなことをするよりは家族で笑うことが大切だって思ってる人なんだ。
そして、僕のお父さんとお母さんをまた笑顔にしてくれたのも…レイさんなんだよね。

「そっか。僕が今笑ってられるのも、レイさんのおかげなんだよね。」
「そうそう。だからイケリル君。今度はあたしをイケリル君が笑わせて?」
「え?」
「分かりやすく言うと…一緒に遊ぼう?」
「…うん!」

よし!後でもう一度、ちゃんとレイさんと話をしよう。そして、昔お父さん達と何があったのかをちゃんと聞いて、僕がレイさんの子供だったときの話も教えてもらおう。
だから、今は…ティンクちゃんと遊ぶことにしよう。折角のこんな可愛い女の子からのお誘いなんだし。
あ、何だか意識したらまたちょっとドキドキしてきた。ひょ、ひょっとして僕ってティンクちゃんのこと好きになっちゃったかなぁ?仕方ないよね?こんな可愛い子で、こんな優しい子だもん!好きになってもいいよねっ!?

「ね、ねえ!ティンクちゃん!」
「んー?」
「ティンクちゃんって、どんな男の人が格好いいと思うっ?!」
「お父さんみたいな人。」

…この恋は報われないっぽかった。


35 :雨やかん :2008/12/30(火) 23:25:06 ID:mmVcn4kc

お父さんって呼ぶこと

翌朝。

「お世話になりました。」
「うん。今度はお父さん達と一緒においで?」
「はい。」

お店があるから皆さんが、とまではいかなかったけど。それでもレイさんとリリア王女様、そしてティンクちゃん達4人に見送られて僕は帰ることになった。

「あの、レイさん。本当に…その、あのとき僕を助けてくれてありがとうございました。」
「気にしないで。俺もあの時にきみと関わったことで色々と転機があったしね。」
「はい。…あの、その…リリア王女様。僕なんかのためにお見送りまで───」
「何を言うんですか。子供の見送りは親の務めですよ?」
「…ありがとうございます。」
「えっと、その…一度だけ、お父さん、お母さんって呼んでみていいですか?」
「ちっ。」
「ルナ兄さん…もう少し大人になったら?」

僕のそんな言葉に、ルミナス君がものすごく渋そうな顔をしたけど、お2人はにっこり笑って頷いてくれた。だから僕はそれに甘える。子供なんだから、これぐらいいいよね?

「ありがとう…レイお父さん、リリアお母さん。」
「ん。元気でな?」
「帰り道には気をつけてくださいね。」
「はい!」

そして僕は2人に一礼して、そのままゆっくりと扉の向こうへと歩き出───せない?あ、あれ?何だか動けないのは何で!?ものすごく引っ張られてるのは何でー!?
振り向いてみる。
レイさんがびっくりしたような顔をしていた。リリア王女様がくすくすと苦笑していた。ルミナス君は何故か先ほどより睨んでいる。ステラちゃんは呆れたような顔をして、ルクス君が何故だか地面に倒れている…って、本当に何故?
そして、実は真っ先に目に入っていたはずのティンクちゃんは…僕の襟首を思い切り掴んでいた。うつむいてるのが何だか怖い。

「あの、ティンクちゃん?」
「…あのね。」
「う、うん。」
「あたしね?お父さんのお嫁さんが夢だったの。」
「昨日、夜遅くまで聞かされたよ、それ?」
「でもね、お母さん達がものすごーく反対するの。怒るし。」
「それも聞いたよ?直後に、フォルトさんが部屋にやってきて僕も一緒に怒られたし。」
「だからね、だきょーすることにしたんだ。」
「それがいいと思うよ。」

正直、昨日一晩かけて聞いた限りだとレイさんとリリア王女様達の間には入れそうに無いと思う。と言うか、レイさんみたいな人もまずいないんじゃないかな?だって、この国最強の騎士達を相手に一人で戦ったとか、三千を越える軍隊を一人で敗走させたとか、町中の男の人と競争したとか、死んだのに蘇ったっていうし。挙句に神の一族と戦ったって何?
もちろん、誇張が含まれてるっていうのは分かるけど…あれ?何だろう、今『事実なんだよ?』って声が聞こえた気がする。

「だからね、イケリル君。」
「あ、うん。何?」
「頑張ってね?」
「…え?」

え、何?頑張ってって何を?
あ、あれ!?何だかレイさんの視線が面白そうな感じになってるよ!?ルミナス君なんてすごく睨んでるよ!?ちょ、腰の剣に手をかけないで!?

「ティ、ティンクちゃん…?」
「待ってるからね?お父さんみたいになったら、迎えに来てくれると嬉しいな?」
「あ、う…うん。」

ひょ、ひょっとして…これは!僕、輝いてる!?今、まさに勝ち組になった!?え、ゆゆゆゆ夢じゃないよね?起きてるよね、僕!?

「あ、が!頑張って、ティンクちゃんに相応しい男になってみせるよ!」
「うん!待ってるね!」

そう言って、ようやく顔を上げてくれたティンクちゃんは…ちょっと泣いてたけど本当に笑顔だった。あ、天使の笑顔ってすごい…どきどきするだけじゃなくって、何だか胸があったかくなるんだ…よし!僕はこの熱を忘れないぞ!

───…たとえ、一瞬で冷えたとしても。

「イケリル…ちょっと、妹のことで話があるから来てもらおう…」
「剣、抜いたーっ!?」
「イケリルー、うちの娘を嫁にしたかったら俺はともかく、そこのお兄さんとお城にいるお祖父ちゃんを倒す必要があるからなー?」
「それ、王位継承者と国王陛下を倒せってことですよね!?一流の犯罪者じゃないですかっ!」
「今度ティンクを迎えに来たとき、『僕に関わると危険だ』とか言うのね?分かるわ。」
「素敵な物語が始まる気がするね。」
「どんな主人公ですか、それ!?」
「こんな頭が一年中ぽかぽかしてる姉のどこがいいんだ…?」
「え、っと…ぜ、全部?」
「あたしもイケリル君の全部が大好きだよー。」
「ああ、もう!ティンク姉ぇまでいちゃいちゃすんの止めてくれ!父さん達だけで満腹なんだっつーの!」
「ティンクちゃん、また来るね!」
「手紙、ちゃんと書いてね?」

これ以上は、レイさんが必死に止めてくれているルミナス君の剣が僕に振り下ろされかねないので、僕はそのまま走ってみんなから離れることにした。
よし!頑張ろう!帰ったら、勉強して、体も鍛えよう。料理の勉強もしなきゃ。色んなことを頑張って…そして、ティンクちゃんに会うときにはもっと立派な僕になれるように。
…そしたら、いつかレイさんのことをまたお父さんって呼べるのかな?


36 :雨やかん :2009/01/09(金) 23:28:55 ID:ncPiWcLm

レイとみんなの愉快な一日

GAIA小説広場の皆様、新年明けましておめでとうございます。雨やかんです。
2009年。今年も筆者は気合い入れて努力と根性で乗り切っていきたいと思います。

さてさて。折角の新年最初の話・・・何かしたいと思っていたところ。何と投稿し損ねた番外編を発見しました。これはちょうどいいと思い至り、書き上げたものがこれでございます。

ちなみに、作中に出てくるリンネさんは黒い翠鳥さんの小説の登場キャラで、少し以前に許可を得ております。誰だろう?思われたら翠鳥さんの小説、もしくは発明シリーズを探してみましょう。実は、結構よく登場している彼女でございます。


それは俺、レイ・キルトハーツの日常の一幕…で、あってほしくなかった日常。

「おはようございます、レイさん。」
「おはよう、レイ君。」
「…おはようございます、ミリアさん。今日は確か燃えるゴミの日でしたね。早速そこにまとめてある巨大なゴミを捨ててきますからキララ達にはそう言っておいてください。」

それだけ言って、俺は目の前にどでんと置いてある巨大なゴミ袋を引っつかんで裏口へと直行する。飲食店であるこの家は、ゴミ捨て場からはほどほどに遠く離れているので、手近にいる回収専門の業者さんにお願いしているのだ。そのためには裏口から───

「ちょ、ちょ…どこ持っていくの?」
「昨日は随分とゴミが出たんですね。さすがの俺でも重いですよ。まったく、もう少し省エネということをキララ達にも徹底させないといけませんかね。」
「ゴミじゃないってば!」

やれやれ、最近のゴミは独り言を言うほどにまで面倒なものだったのか。さっさと捨てに行こう。うん、業者さんの家までは走っていったほうがいいかもしれないな。

「捨てないでー!」
「よっ…ほっ…」
「おはよう、レ───って、朝から何をしてんのよ?」
「やあ、おはようキララ。今日はゴミ出しの日だろ?今から捨てに行くんだよ。」
「キララさんからも何か言ってぇ!」
「…お母さん?」
「キララ、レイさんのあの行動は俗に言う現実逃避よ。」

現実逃避?何をおっしゃいますか、ミリアさん。俺はそんなことはしていませんよ。俺は至極当然のこととしてゴミを捨てに行くだけです。はい。別に、このゴミの傍らにいたのが少し前に倉庫に封印した危険衣装を持ってきた人外だからとか、そんなことは関係ないですよ?

「レイ…いい加減、現実を見たらどうかと思うけど。」
「これがゴミ以外に見えるのか、キララ。」
「…そうね。とりあえず、レイにとって無害じゃないと思うのは…当たりかも。」
「ならばゴミだ。俺にとってはゴミだ。よって捨てる。絶対に捨てる!明らかにこの包みの中の感触が柔らかい被服系だから絶対に捨てる!」
「おっはよー!今日も一日がんば───…えっと、キララ…どんな状況?」
「おはようございます、ミリアさん。キララとレイもおはよう…で、朝からレイは一体どんな不幸に見舞われてるのかしら?」
「マリス。俺が不幸に巻き込まれるのが当然という言い方は止めろ。」
「なら、その荷物を降ろして、荷物と一緒に引きずっている女性の話を聞いてもいいんじゃないかしら?」

この…一生懸命に無視していたことを現実へと変えてしまいおって。ちょっと一睨み…ウィンクで返された。やはり器が違うのか…くそ…これで今日の俺の運命は決まった。

「…で、リ───」
「おはよう、レイ君。」
「…」
「おはよう、レイ君。」
「…おはようございます。で、リンネさん。またこんな萌え衣装の山を持ってきて、俺の不幸っぷりに拍車をかけて笑顔で微笑みたいんですか?ならば鏡を見るといいかもしれません。俺ならあなたの顔で小一時間は笑えそうな気がします。」
「どうしてそんな笑顔で毒舌なの!?」
「うわ!レイ君がめちゃめちゃ怖い!」
「レイ、一応お客さんなんだから落ち着きなさい。」

キララ達はそりゃいいかもしれんけどな…俺は忘れてないぞ。あの苦労を持ち込んだのが誰なのかを。

「ちょっとは話聞いてよ、レイ君。」
「何ですか。」
「これ、別にキララちゃん達のための萌え衣装じゃないよ?」
「…おはようございます、リンネさん。今日も綺麗ですね。少しお茶でも飲んでいきませんか?いい葉っぱが入ったんですよ。」
「態度が豹変した!」
「予想していた苦痛の未来から開放された嬉しさが全身に溢れているわね。」
「で、不幸になってた過去の時間を無かったことにしたわけね…」

え?不幸になってた時間?そんなもの俺は知らない。この中身が、俺にとっては死神が着てるような衣装じゃないんだから。うん、今日もいい日になりそうだ。

「これはね、レイ君が着たらどうかなっていう衣装。まあ、キララちゃん達が着てもいいかもしれないけど。」
「…は?」

そう言ってリンネさんは結び目を解い───…どうやら硬く結ばれていたらしく解けずに苦戦しているようだった。仕方ないのでキララ達が手伝っていたが…出来れば、ゲームに出る魔王の封印よろしく未来永劫解けないでいただきたい。だって、嫌な予感が俺の背中に先ほどからザクザクと突き刺さってるからだよ。

「こうして…こうかな?」

‘パサリ…ドサドサドサ…’
そういえば、魔王の封印が解けないゲームなんてありえないか…なんてことを考えてる俺の前で解かれた包みの中から現れたのは────

「…きぐるみ?」
「わ!可愛い!」
「何かの動物かしら…レイ、ひょっとしてこれってあなたの住む地方の動物?」
「え、あ、ああ…」

少し予想外だ。どうせ今度は俺が着るという点から、元ネタがバッタと見せかけて髑髏のヒーロー衣装とか、どこぞの漫画のコスプレだとか、かなり俺の精神的にきついものが入ってるかと思ってたんだが…きぐるみ。しかも可愛い動物達。
えっと、牛、虎、イノシシ、猿、ネズミ…十二支のきぐるみか。チラリと何か日曜朝8時ぐらいにしてそうなアニメの魔法少女衣装が見えたのは気のせいだと信じよう。うん。

「えっと、レイさんがこれを着て調理はともかく何かしら宣伝すると子供受けするんじゃないかって、私の書き───いえ、雇い主が。」
「ああ、そういうことか。」
「ふーん、いい考えかもしれないわね。レイの名前を子供に出すと強くて料理上手なお兄さんって返ってくるし。」
「優しい面で子供に印象付けて、ついでに親の関心も集めちゃうってこと?」
「いっそ、子供向けの料理だけで営業するのも────」
「ねえ、レイ。ちょっとどれか着てみてくれないかな?」
「ああ、こんな衣装ならいいぞ。」

そう言って、俺は手近にあった寅の衣装を持って自分の部屋へと着替えに行くことにした。
このとき、俺は気付くべきだったんだ…
いつの間にか、約一名の注意人物の姿が消えていたことに。


寅の着ぐるみに身を包んだ俺を迎えてくれたのは、他の衣装を手にとり眺めていた3人と、俺が着替えている間にお城からやって来たリリアだ。その傍らには四聖騎士が勢ぞろいしていたが…まあ、いいか。別にそこまで変な衣装じゃないしな。

「ほら、これでどうだ?」

俺が着ている寅のきぐるみは、デパートで風船配りをしているようなものに近い。唯一の差異は、口の部分が丸く開いていてそこから俺の顔が見えていることぐらいだろうか。

「…レイ、よね?」
「そうだけど?おいおい、どうして4人とも呆然と口を開けてるんだよ。」
「…キララさん。国家予算を少しばかり使いますので、このレイ様をお城で飼ってもいいでしょうか?」
「へ!?ちょ、リリア!?」
「駄目に決まってるでしょうが!」
「そうだぞ、リリ────」
「このレイはヴェロンティエで飼うのよ!」
「ぅおーい!?」
「レイ君、生野菜食べる?」
「寅は肉食だ!じゃなくて、何を言ってるかなフォルトさん!?」
「駄目よ、フォルト。ちゃんと細く切ってからじゃないと。」
「そこじゃないから!つっこむところそこじゃないから!」
「ぷっ…くっく…か、可愛っ…」
「れ、レイ、が…ふっ…くくくっ…」
「ふっ。」
「おい、こら!アイン、ヴァイツ、イラド!笑うな!別にそこまで変な格好してるわけじゃねえだろ!?後、鼻で笑ったイラドが一番むかつくな、この野郎!」
「こんなレイ君は見逃せないから…うん。レイ君、ちょっとレイ君の親衛隊に緊急招集をかけるから待っててね?」
「待って!マジで待って!?」

やべえ!何だか、俺の知らないところでキララ達のツボに入ったのか!?一刻も早く脱いだほうがいいかも!これがファスナー式で良かった!

「ああ、くそ…アイン、この後ろにある金具を引っ張っておろしてくれ。」
「着替えんのか?折角、似合ってんのによ。」
「と言うか、一人で脱げないようなものをどうやって着たのだ、貴様は…?」
「その口を閉じろ。特務騎士の命令で、お前にこの服のどれかを着せてもいいんだぞ?」
「ちっ…仕方ねえな。」

アインがファスナーを下ろしてくれたので、俺は一息ついてから着ぐるみから体を抜け出させる。下着姿とまではいかないが、薄着なためにあまりキララ達の前でこんな格好はさらしたくないが仕方ない。

「レイ様、もう脱いでしまわれるのですか…?」
「いや、本気で悲しそうな目をするなよ。」
「折角、レイ君にあげる餌を何にするかまで話がまとまってたのに…」
「ねえ…俺ってフォルトさんの恋人候補だよね?」
「レイ。今のレイは恋人にしたい男というよりは、飼ってみたい男だったのよ。」
「…マリスが言うと、全く別の意味に聞こえるのは俺の頭が腐ってるからか?」
「レイ、お手。」
「はい…って、キララ!何をさせるかな!?」

ってか、俺も何を反射的にキララの手に自分の手をのせてるんだよ!犬か俺は!しかも、着てたのは寅の着ぐるみだ!お手をする寅なんて聞いたことねえよ!

「だあああああああ!もう、この衣装も倉庫に封印決定だ!」
「「「「えー…」」」」
「4人揃って残念極まりない声を出すな!ってか、4人の声が揃った数少ない瞬間がこれかよ!ものすごくやるせねえな!」

ああ、もう。これ以上被害が拡大する前にさっさと倉庫に封印しちまおう…

「レイさん。」
「何ですか。これからこのきぐるみを封印するんですから、用なら後に───って、ミリアさん。今までどこに行ってたんですか?」
「準備は出来ました。お膳立てはバッチリですから、思う存分楽しみましょうね。」
「は?ミリアさん、一体何を言っているんですか?」
「キララ。あなたも頑張るのよ?」
「お母さん?」
「ほらほら。レイさんも衣装を着てください。昼には始めるんですから。」
「ミリアさん、ここにいる全員が話を読み込めてないんですけど…?」
「もう宣伝も終わりました。準備は親衛隊の方々が進めてくださってますよ。」
「だから、ミリアさん!一体何をするんですか?」
「『気になるあの人を捕まえろ♪レイさん争奪町内逆鬼ごっこ大会』ですよ。」

一瞬…いや、しばらくの間ものすごい空白の時間が生まれた。
レイさん争奪?町内?鬼ごっこ?逆?♪?
天才と自分でも気付いている頭脳ですら、それが示すことを理解するのにはしばらくの時間が必要だった。

「…あ〜…ミリアさん。」
「はい。」
「…何だか、非常に嫌な予感がするのですが…その大会内容を具体的に教えていただけますか?」
「簡単ですよ。鬼ごっこです。ただし普通とは逆で一人きりの‘鬼が逃げる’んです。そして何人かがそれを追いかけて、捕まえた方が優勝です。」
「…あの、まさかレイ様争奪というのは…」
「もちろん、レイさんが鬼です。」
「はあっ!?」
「先ほど、町中に広告を張り出してきました。許可もクロムウェル陛下にとりました。準備は万端です。」
「ちょ…お母さん、さすがにやりすぎじゃないの!?」
「と言うか、そんな遊び半分の企画にそれほどの人数は参加しないかと思いますけど…」
「優勝商品がありますから。」
「そんなのいつの間に用意してたんですか?」

フォルトさんの疑問もごもっとも。今日、このきぐるみが届いたってのにどうして商品が───いや、待てよ。この大会の名前は何だ?
気になるあの人を捕まえろ♪レイさん争奪町内逆鬼ごっこ大会…
レイさん争奪町内逆おにごっこ大会…
レイさん争奪町内…
レイさん争奪…
…俺、争奪?



「まさか────!」
「はい。優勝者は、レイさんと一日お出かけ一泊二日の温泉旅行です。」


37 :雨やかん :2009/01/11(日) 13:11:46 ID:m3knVLk3

その名は逃亡者レイ・キルトハーツ

「第一回!気になるあの人を捕まえろ♪レイ・キルトハーツ争奪町内逆鬼ごっこ大会(仮)いいいいっ!」

「おい、こ「うわああああああああああ………!!」」


俺の魂の絶叫は、歓声を上げる人々によって打ち消された…って、冷静に状況を把握してる場合でもねえよ。何だよ、これ。何だよこの状況!?

「それじゃあ試合方法の説明だ!」
「ちょっと待て、ヴォンド!ノーリ!ガンム!ニース!」
「やることはただの────」

無視する気か…無視する気だな、この男は?え?上等…!

「…今すぐに俺に喋らせないと、親衛隊の店内への侵入を一ヶ月間禁止する。」
「───…説明の前に賞品であり、鬼ごっこの鬼であるレイ・キルトハーツにお話を伺ってみよう。」
「誰が賞品だ!」
「その格好で言っても、何の説得力もないぞ、レイ?」
「ぐっ…」

そう。俺の今の格好は…もう悲惨。椅子に縛り付けられ、首にはリボンを巻かれ、体はプレゼント包装用の包みにくるまれている。ちなみに、これらをやったのはミリアさんとリンネさん。さすがの俺も神と半神には勝てなかった…くそぉ。

「とりあえず、俺の理解の範疇で説明を求める!」
「何が聞きたいのだ。悪いが、あまり時間は取れないぞ?」
「何で賞品の俺にほとんど説明が無いかな!?じゃなくて…そもそも!どうして、親衛隊がこんな馬鹿げた大会を取り仕切ってんだよ!」
「ミリア様がな…これを報酬にくださったのだ。」
「様!?いや、そこじゃなくって報酬って────っ、そ、それはっ!?」

キララの写真!?馬鹿な!どうして写真なんて持ってんだよ!?この世界にはカメラなんて俺の手元にしか───…って、あの人か!あの人、この馬鹿騒ぎのために自分の愛娘の写真を餌に使ったのか!?

「もちろん、他の女神達のシャシンとやらも手配済みだ!」
「俺は何でカメラなんて作っちまったんだ!」
「心配するな。これは一枚きりでな。我らのご神体として扱う。決して汚らわしいことには使わないと約束しよう。」
「お前らの手にある時点で十分不愉快なんだよ!渡せ!返せ!」
「はあっはっはぁっ!!今の賞品状態の貴様などおそるるにたらんわぁっ!」
「お前ら全員、あとで覚えてやがれ!?」
「ふっふっふ…親衛隊の本部すら知らぬお前に、取り戻すことなどできはせん…さて、それではもう説明はいいか?」
「ぐっ…ま、まだだ…結局、これはどういう騒ぎなんだ…」
「端的に言えば、祭りだ。」
「…は?」

そこで、親衛隊の隊長達は珍しく真面目な顔…いや、普段のキララ達について語ってるときも真面目顔だが…ともかく、真剣な顔で俺のほうを向き直った。

「お前も覚えているだろう。一年前、祭典という誰もが祝福すべき日に起こった辛く悲しき惨事を。」
「…ああ。イモルキ王国との戦争だな?」
「そうだ。実はあの事件が終わってから今日まで、本来なら行われるはずの小さいが、それなりに大勢の人が集まる祭りが出来なかったのだ。」
「理由は、賢い貴様なら察することができるだろう?」

なるほどな…『祭り』という特異な状況下で『戦争』という特異な状況が絡みついた。そのため、誰もが知らず知らずのうちに『祭りをすると争いを呼ぶ』という、一種の精神圧迫を受けていたわけか。精神病でいうトラウマに近いものがあるな…

「しかし、そのままであっていいはずがないだろう。」
「ゆえに、今回ミリア様からこの大会の話を受けたとき、我らは思いついたのだ。」
「…戦争という、辛い思い出をぶっ飛ばせるほどの楽しい思い出を祭りと結び付けて、町のみんなの頭の中についた傷を癒す…ってことか?」
「その通りだ。さすがはレイ。理解が早くて助かるぞ。」
「そして、ここまで分かればお前ももはや拒否はできまい!」

ぐっ…い、痛いところを突いてきたな…確かにそんな正当な理由があると、ちょっと厄介なんだけどさぁ…

「け、けど、どうして俺が賞品にならなきゃいけないんだ…!」
「ならば、我らの女神が賞品でもいいのか?」
「まあ、そのほうが盛り上がるかもしれんが…」
「そんな企画が立ち上がった日には、立案者と実行犯の全員まとめてこの世の地獄を見せてくれるわ!」
「だろう?」
「ヴェロンティエは町内で最も有名な料理店だ。」
「そして、お前はそこの看板料理人。未知の料理をたくさん知っている。」
「そして、羨ましく悔しいが、お前はこの町の多くの女性を惹きつける男だ。」
「普段は女神達が相手のために諦めている娘も多いしな。」
「賞品としてこれほど素晴らしい存在はあるまい。」
「だったら、無難なところでヴェロンティエの料理一月食べ放題とかにすればいいだろ!」
「確かにそれもありだろうが…それではいまいち‘面白み’に欠ける。」
「もう、今すぐお前ら蹴り倒してやるからそこに並びやがれれぇっ!」
「落ち着け、レイ。別にお前を貶すために言っているわけではない。」

む…確かに、先ほどからこいつらの表情は真剣そのもの。俺への恨みで動いている顔じゃない。こいつらなりに、この町のことを考えて動いているということか…?

「面白みというものは重要だろう。これが祭りであるからにはな。」
「確かに馬鹿げた企画だ。普通の祭りではありえん。賞品が人間などとはな。」
「だが…それぐらいしてもよかろう?この町内の人々の笑顔と、祭りへの期待を取り戻すためにはな。」
「俺達じゃ役不足だ。だから、非人道的なことを承知でお前に頼む…大人しく、賞品となってくれ…」
「すまん、レイ・キルトハーツ…」
「この通りだ。」

ぐあああああああ…反則だぞ、お前ら…普段は絶対に頭なんて下げないくせに、こんなときだけ真剣な表情で深々とっ…!

「くっ…分かったよ、やればいいんだろう…賞品として、鬼をやれば…」
「さすが、我らが認めた男!」
「それでこそレイ・キルトハーツだ!」
「では、改めて賞品の許可も得たところで勝負の方法について…」

あれ…何だか、さっきまでの真剣な雰囲気はどこに───…ん?ノーリのズボンから何か落ちたぞ…?

『レイさんが文句を言った場合の対処法について…必要なものは誠意と正当な理由と人情。作戦1────…』

妙に見覚えのある筆跡なのは気のせいか?
俺の脳裏に、頬に手を当てて高笑いをしてる世界の創造主がフラッシュバックしたのは気のせいか!?
うまくいきました、なんて微笑んでいる神様が離れないのは気のせいですかミリアさーん!?

…男だって、泣いてもいいよな…えーん…


ルールはいたってシンプル。小学校時代には誰もが一度はやったであろう単純明快な鬼ごっこ。
ただし、鬼は俺一人。
そして鬼が追うのではなく追われる役。
対して、追ってくるのはご町内の皆様、総勢100人。まあ、普段の親衛隊と比べればマシな方か…
俺はせめてものハンデとして着ぐるみを着たまま逃げること。多少は動きにくいし目立つが、それでも普通よりやや早い速度で走ることは可能だ。問題ない。しいて問題を挙げるなら、この着ぐるみ(羊)を着た瞬間に背後から黄色い悲鳴が多数と、それに対する黒い炎が4つ見えた気がすることだろうか。
俺に触れるだけでなく、捕まえて着ぐるみの頭の部分に張られているお札を取ることが勝利条件とのこと。
ちなみに、俺の勝ちは…町の中央にどでんと置いてある人間大の巨大蝋燭が燃え尽きるまで逃げ切ること。ちなみに、燃え尽きるのは日付が変わるとき…何だか、少し前にテレビで見た『○のチャレンジャー!これが出来たら100万円!』のようだ…

「レイ。これを…」
「他の着ぐるみ?どうして俺に…」
「この着ぐるみを自由に着替えていいそうだ。追っ手以外の人間に着せてかく乱戦法を取るのもいいだろう。もっとも、お前の頼みを聞いてくれるやつにだがな。」
「つまり、普通に逃げるもよし、頭脳を使って追っ手を疲れさせるもよし…か。」
「そうだ。それじゃ、いいか?」
「…よくないけど、いいだろう。」
「逃走可能な範囲は覚えているな?そこから出た場合、無条件でお前の負けだ。強制的にお前の身柄は『レイ・キルトハーツをヴェロンティエから解放し隊』に引き渡されることになるから覚えておけ。」
「ものすごく聞きたくなかった事実をありがとう。細心の注意を払うよ。」
「それでは…『第一回!気になるあの人を捕まえろ♪レイ・キルトハーツ争奪町内逆鬼ごっこ大会(仮)』!始めええええええええええええ!!」
「今更だけど(仮)って何だ!?」

そんなツッコミを入れると同時に、俺は動き出した追っ手の波(そうとしか表現できない)に────‘正面から突っ込んで行った’。

「えええ!?」
「こ、こっちにレイさんが来るよ!?」
「ひるむなぁっ!捕らえろおっ!!」
「敵は単騎!数は力よ!」
「遅れを取るなああああああ!」

うわあ…心底怖ぇ!何と言うか、ラ○ボーの気持ちが分かる気がするよ。まあ、彼と違っているのは…俺は戦う必要は無いということだ。

「ふもっ!」(おりゃぁっ!)

ちなみに、現在は顔を隠している。顔の部分が開閉自在って…この着ぐるみ、一体どんな目的で作ったんですかリンネさん…?しかし、喋りにくいなぁ…
俺はギリギリまで追っ手の波に接近して、直前で斜めへと方向転換。近くの家に立てかけてあった木材を利用し、走った勢いを殺さずに民家の屋根へと上がる。

「なにッ!?」
「しまった!その手があったか!」
「くそっ…計画1は失敗!すぐに計画6に移るぞ!」

ちなみに、俺が素直に追っ手に後ろを見せなかったのは…その方向に、結構な数の追っ手の部下が隠れているのに感づいたら。多分、俺の親衛隊だろうけど。

「ふもー…ふもっふ、ふももももぉ…」(くそー…本っ当に容赦ないな…)

そんな一人言をつぶやいて、俺はギアを上げてとんとんと屋根から屋根へと飛び移る。ひとまず、距離を置くことが大切だろうし。そんでもって、そこから次の手段を考えるとするか…
うーん、いかんな…段々と楽しくなってきたぞ。


38 :雨やかん :2009/01/15(木) 13:03:23 ID:VJsFrctD

乙女達の戦争(バレンタインではありません)

レイが屋根の向こうに消えていくのを見て、あたし達はひとまずため息をついた。4人揃って。

「今更ですが、どうして私達まで出場が決まっているのでしょうか?」
「どうせお母さんの策略でしょ。」
「ミリアさん、レイ君で遊ぶことを趣味にしてる気がするのはあたしだけ?」
「フォルト。それ誰も否定できないわよ。」
「まあ、いいわよ。それに───…あなた達にレイを渡すわけにはいかないしね。」

あなた達とは、リリア達のことじゃない。
あたしの後ろでこちらを見ながら敵意をぶつけてくる複数の女性達に対してだ。

「こうして、はっきりとした形で顔を合わせるのは初めてかしらね。」
「そうだよね。今まではレイ君がいたから、あんまり直接対決なんて無かったし。」
「これ以上相手が増えるのは歓迎したくないところなのですが?」
「そうはいかないよ、リリィさん。」

集団の先頭にいた女性は、不適に笑ってビシリとあたし達に指を突きつけた。まるで…いや、間違いなく宣戦布告のために。

「ボク達『レイ・キルトハーツをヴェロンティエから解放し隊』は、今日この好機を逃すわけにはいかないからね!」
「…とりあえず、名乗りなさい。」
「ボクはレイさん親衛隊隊長‘モッチ・オーイル’さ!」

何かしら…今、どこか遠くから‘やっぱり隊長ってそんな名前限定!?’という声が複数聞こえた気がするんだけど。

「レイさんと温泉旅行っ…」
「普段はあなた達という高い壁に阻まれて夢見ることすら満足に出来ないことが現実にっ!」
「仕事休んででも行きます!」
「私、もう団長に頼んで有給休暇とりました。」
「勝つもん!勝ってレイさんを色仕掛けで参らせて、ヴェロンティエから連れ出すもん!」
「この戦いはひとえに愛のために!」

何か、背後に炎をまとった獣が見えてる!?
って言うか、今の人たちの中に約一名、知り合いがいた気がするのは気のせいかしら?

「総勢20名ってところかしら。」
「そんなんでレイ君を捕まえられると思ってる?」
「少数精鋭と言って欲しいわね。」
「この顔ぶれならレイさんだってきっと捕まえられます!」
「…やれやれ、といったところね。」
「そうですね。」
「な、何がおかしいんだよぉ!」

あたしとリリアが顔を見合わせて呟けば、モッチさんとやらは怪訝な顔でこちらを伺う。全く、この人たちは大切なことを分かってない。

「さて、ここで問題です。あたし達はその気になれば自分達の親衛隊に頼んでレイを捕まえる協力を仰げたはずなのに、しなかったのは何故でしょう。」
「え…?」
「答えは簡単です。」

リリアがにっこりと笑って、けれど相手を威嚇するように一歩前に出る。もちろん、あたしも、マリスも、フォルトも、揃って一列に進み出て親衛隊に余裕の笑みを見せ付けてやる。

「私達は、4人どころかたった1人でもレイ様を捕まえられる自信があるからですよ。」
「だって、レイ君とずっと一緒に過ごしてきたんだもん。レイ君がどう行動するかなんて大体は読めてるもんね。」
「そんなことも出来ない人達が20人、ねぇ。もう少し多い方が良かったかもしれないわよ?」
「数なんかに頼ってる時点で、差は見えたわね。」
「くぅっ…!」

悔しそうに歯を食いしばるモッチさん。
が、今回ばかりはこの人にかける優しさなんて持ってない。何せ、この人は敵だ。あたし達の敵なのだ。だから、容赦も何もしない。
全力で相手して、ねじ伏せて、レイへの想いなんて断ち切ってあげるわ!

「…いつまでっ、その余裕が続きますかねぇ…?」
「続かないとでも思ってるのかしら?」
「負け女の癇癪はみっともないよ。」
「あまり無理はお勧めしませんよ?もう勝負は見えてるようなものですし、無理して若さを保つためのお化粧が崩れては哀れですから。」
「ああ、そういえばあたし達には若さという武器もあったわね?」
「ぼっ…ボクはまだ18歳だああああああ!」

‘…バチン!…’
あたし達の間で、激しく一瞬だけ火花が散った。それは、紛れも無くレイを巡る死闘の開戦の合図。

「親衛隊!ボクに続けえええええええ!」
「「「「ウワアアアアアア………!!」」」」

親衛隊の人たちが散り散りに走り去っていくのを見送ってから、あたし達はお互いに向き直る。

「あんなのに負けないわよ。」
「とりあえず、誰がレイ様と温泉に行くかは後で決めましょう。」
「そうね。まずはレイを捕まえることが先決だわ。」
「そうと決まれば、まずやることは…」

こくりとうなずき合って────
‘ブゥゥン!!’
あたし達は一斉に手近にあった石を拾い上げて近くの家と家の間に思い切り投げ入れた。
‘ガゴゴゴゴン!’

「のわぁっ!?」
「見つけたあぁぁっ!」
「フォルト、衣装の確認して!」
「えっと…何か茶色い体の赤い顔!」
「レイ様、絶対に後で追いつきますからね!」
「逃げ場が無い上で捕まえてやるから覚悟しときなさいよ!」

ぴょんぴょんと家の間から飛び跳ねて逃げていくレイを見て、あたし達は自信満々の笑みを浮かべていた。


39 :雨やかん :2009/01/17(土) 14:39:30 ID:m3knVJoD

作者はスク○イドをリスペクトしています

真剣に焦ったぁ…
と言うか、何故に俺があそこに隠れてると分かったんだ、あの4人は…ひょっとして、本気で俺の行動は読まれてたりするのか?開始直後、スタート地点に戻ってくると考える人はいないだろうと思ってたのに…意表を突いたつもりが、俺が意表を突かれてたら世話ないよ。折角、あの場所でしばらくは時間がつぶせると思ってたのに。

それにしても…女って怖い…あんな好戦的なキララ達は初めて見たぞ。

「恋する乙女は無敵なんですよ、レイさん。」
「それはそうかもしれませんが…本当、あそこまでとは思ってなかったんですよ。沙羅はヤキモチ焼くときは烈火のごとく激しかったですけど、沈火も早かったですから。」
「つまり、あんな静かな闘志は経験無いんだ?」
「後、あそこまで大々的に俺を巡っての争いっていうのも…嬉しいんですけどね。」
「…ミリアさん。何か、レイ君の反応がつまんないです。」
「最近、すっかり慣れてしまってますからねぇ。」
「というよりは、きっとそろそろ出てくるかなと読めるようになりました。」

俺の隣を併走するミリアさんとリンネさ───訂正。俺の隣を併走するミリアさんと滑空するリンネさん。もう、何でもありだなこの半神。

「ところでレイ君。他の着ぐるみはどこにいったの?」
「手当たりしだいに知人に無理やり着せてきました。手元に後3着残ってますけど、リンネさんも着てくれますか?その人外のパワーを発揮してくれれば、俺と紛らわしくて非常に助かるんですけど。」
「うーん、やっぱりもう少しハードルは上げとこうかなって思って。」
「ちっ…使えない…」
「今、ひどいこと言ったよね?」
「気のせいじゃないですか?」
「へぇ…」
「ん?リンネさん…?」
「…森羅万象虚無と成せ…『神技・終焉の劫火』ぁっ!」
「へ────えええええええ!?」

全力でジャンプした俺の下、一般民家の屋根の上を何だか危ない感じの炎がゴォッと…って、嘘ぉ!?

「し、白い炎って…プラズマ化してましたよね、今!?」
「今、ひどいこと言ったよね?」
「俺は一応人間ですから、白い炎は触れたら燃える前に消し飛ぶんですが!?」
「…森羅万しょ───」
「はい、言いました!本当にすいませんでしたぁっ!」
「誠意のある謝罪って大切なんだよ、レイ君。」
「殺す気でしたよね、今…って、あんなもの撃ったら町が───…あれ、なんとも無い?ひょっとして、見かけだけとかですか…?」
「嫌ですねレイさん。私がレイさん以外への効果を無効化しただけですよ。」
「…最強…」
「だって、ミリアさんってその気になればこの世に存在する命の強制転生とか出来るんだよ?下手したら歯向かった次の瞬間にはミジンコになってるとかもありえるんだから。」
「ちなみに、今のは放たれた炎を強制的に空気へと転生させました。」
「最恐!?」
「以前、クリューガーの墓を蹴飛ばした人をミドリムシに一ヶ月ほど転生させたことがあります。」
「あなたは命を何だと思ってるんですか!?」
「宝ですよ。あの人とキララに害なす命以外は。」
「…本当に、人間くさい神様ですね…」

いや、まあ何と言うか…分かってはいたけど、本当にこの神様は普通の人間が信じるような神様と違うよな…

「それでレイ君。協力はいる?」
「協力って…やっぱり着てくれるんですか?」
「ううん。私の友達を呼んであげようかと思って。」

ああ、そういうことか。リンネさんの友達ね…リンネさんの友達…半神の友達…創造主の友達の友達…

「…ミリアさん、今更ですがこの世界に神と呼ばれる存在が複数いることによる魂量の定義はどうなってるんですか?」
「リンネは半神なのでレーベンという概念から少し外れていますから。正直、ほとんど無いに等しいんですよ。」
「そうですか。でも、これ以上神様が増えるとやばいですよね。というわけでリンネさん。俺の平穏な日常を守るためにもこれ以上の人外は勘弁してください。」

ミリアさんという創造主だけじゃなく、リンネさんという破壊神(なんとなく)までいるのに、これ以上はたまったもんじゃない。次は何が来る。冥界の王でも来るのか?

「あ、私の友達って普通の人間だよ?ちょっと変わってるけど。」
「…いや、半神と友達の人間っていう定義は普通なのか…?」
「ただの人間なのに、創造主の娘と結婚しようかとしてる人が何を言ってるのかな。」
「ぐ…」
「レイさん。多少の理不尽には慣れたほうがいいと思いますよ。」
「いや、もう理不尽の塊であるあなたに言われると結構へこんできますね。」

そんなことを話しながら歩いていると、前方下方向に見知った顔を数人発見した。あれは…ギルに、アディーナだ。どうやら珍しくいい雰囲気のようです。ここは何も見なかったことしてあげるのいいんだろう。…普通なら。俺が大変なときにいちゃつきおって。俺の苦労の一片を味わうがいい。

「よし、ちょうどいいところに!」
「レイ君、今結構最低なこと考えたよね?」
「ギルー!アディーナー!」
「へ?レイさ──…な、何すか、その格好?」
「随分とかわいらしいですわね、レイさん。それで、その服は…?」
「折角、いちゃついてたとこ悪いんだけど、俺の現在の境遇は知ってるな?協力してくれ。」
「いっ、いちゃついてなんていませんわっ!ぐ、偶然に私の洋服が足りなくて、それで偶然ギルも新しいものを買おうかなと言っていたので、一緒に行ってあげることにしただけです!ええ!別にギルと行きたいだなんてこれっぽっちも思ってないんですのよっ!」
「うわ!すごい!私、こんなツンデレらしいツンデレ初めて見たよ!」

リンネさんが信じられないものを見るような目でアディーナを見ていた。と言うか、この半神様は俗世にえらく染まりすぎておられるようだった。

「それはもう何度も聞かされたから分かってるっての。…ん、そういやエレナも服を買おうかとか言ってなかったか?今から誘って───」
「えええええ、エレナはもう買ったそうです!ええ!私もギルより先に誘ってみましたわ!当然でしょう!私が好んでギルとだけで行こうだなんて考えるはずないじゃないですか!ええ、そうですとも!」
「そこまで怒らなくても…まあ、俺は別にお前とだけでもいいけどな。」
「え───…あ、ぅ…わ、私だって…ぎ、ギルと2人きりがいいに決まって…」
「あ?何か言ったか?」
「っ〜〜〜〜!何でもありませんわよっ!」

どうやら完全に2人の世界に入られたっぽかった。と言うか、お前ら俺達のこと完全無視か?いや、見てて面白いけどね?後、ギル。俺が言うのもなんだけど…お前は一度病院に行ったほうがいい。見ていてあまりにアディーナが不憫すぎるから。

「レイ君の周りには、相変わらず面白い人が集まってるねぇ。」
「類は友を呼ぶんですよ、リンネ。」
「俺も同類だと言いたいんですかっ!」
「「その通り。」」

そのままギルとアディーナにそれぞれ羊と山羊の着ぐるみを着せてやった。アディーナは最初の内こそ渋った顔だったものの、ギルが『何か、角も生えてて毛皮も似たような感じだし。お揃いっぽいな?』と言ったらツンデレ台詞と共に着てくれた。・・・ふっ、計画通り。

「レイ君、顔が黒いよ…黒すぎるよ…」
「新世界の神様と対等に戦えそうですね。」

で、そんな俺が今いる場所は…

「まさか、おもちゃ屋さんの前に立っているだけだなんて誰も思わないでしょう。」
「違和感がないね、レイ君。」
「今の俺はレイではありません。馬の着ぐるみです。ヒヒーン。」
「すごい!レイ君の気配が消えていく!」
「レイさん、最近どんどん変な方向にスキルが発達してますね。」

道行く人たちも、一瞬こちらを見るもののまさか堂々と俺が風船配りなぞしているとは思っていないらしい。少し戸惑った後に、さすがにこれは無いだろうと判断して去っていく。ふっふっふ。これぞ木を隠すなら森の中作せ―――…ん?

「あ。キララですね。」
「問題ありません。キララ達はこのぬいぐるみは見ていないはずですから。」
「でも、こっちに近づいてくるよ?」
「え?」
「レイ!あんた、あたし達のことなめすぎでしょ!?」
「ばれてるっ!?」
「観念して捕まりなさいっ!」
「ちいっ!」

ジャンプ一番。そのままお店の屋根の上へと逃げ―――って、あれはっ!

「いらっしゃい、レイ。」
「大人しく捕まってねー?」

屋根の上に回り込まれてるしっ!?こ、のっ…捕まってたまるかぁっ!
掴むはずだった壁を蹴る!そのまま近くにあった街路樹へ飛んで枝を掴み、振り子の要領で反対側の屋根へ―――

「えいっ!」
「リリアぁっ!?」

リリアが放り投げたのは、漁とかで使う投げ網。っていうか、たくましくなったね、リリア。それって結構重いはずだぞ?ヴェロンティエでの日々はどうやらか弱い王女様をサンマの群れに立ち向かえる漁師にしたようだ。
…さっきのリンネさんの台詞じゃないが、本当に変なスキルが育ってるなぁ、俺達。

「こ、のっ…どぉりゃあぁっ!」
「ああっ!」

掴んでいた街路樹から手を離すタイミングを微妙にずらす。その状態で右手だけを離してバランスをとりながら当初の予定とは違った方向にジャンプ修正!家と家との隙間に降り立つと同時、背後からリリアの悲鳴が聞こえてきたが無視してダッシュだ。
っていうか、本当にすごいなみんな…マジで俺の行動のほとんどが読まれてるんじゃないだろうか?くっ、伊達に愛されてないな、俺!?
うん。こうなったら徹底抗戦の姿勢でいくぞ。キララ達になら捕まってもどうということはないんだろうが────

「意地があんだよ、男の子にはあああああああああああっ!」


40 :雨やかん :2009/01/22(木) 15:59:21 ID:VJsFrctD

最後に笑った者

月が昇り、この祭り騒ぎのために設置された提灯がこうこうと辺りを照らしている。
深夜だというのに、町の人達はにぎやかにこの祭りの決着を楽しみにしていた。そこら中に出ている出店で飯を食べながら、楽しそうに話し合っている。
そして、俺は息も絶え絶えに最初の広場まで戻ってきていた。
いや、正直予想外だった。まさかここまでキララ達が俺の行動を予測しているとは思っても見なかったのだ。隠れてみればあっさりと場所を見つけられ、逃げていれば先回りされ、俺の親衛隊に見つかったと思えば、そこから逃げ出した俺をキララ達が罠を仕掛けて待ち伏せされていたり。
キララ、実は神様の力覚醒させて俺の思考読んでるんじゃないだろーか?

「キララは普通に人としての能力でレイさんを見つけていますよ?」
「いやー、是非ともキララさん達も一緒に私の世界に欲しい逸材だねっ!」
「連れて行こうとしたら、神様だろうと戦いますよ、俺。」
「分かってるよ。それで、レイ君。一目に付く可能性があるここまで戻ってきたのは?」
「蝋燭。そろそろ燃え尽きる時間かなと思いまして。」

見つからないようにこっそりと顔を覗かせてみれば、案の定。今まさに俺の目の前で台に置かれていた蝋燭は最後の炎を風に揺らしているところだった。勝利の瞬間はもうすぐである。

「あと少し…」
「あれ?」
「もうちょい…」
「ねえ、レイ君。」
「っていうか、風の影響で消えたりしないのか、あれ?」
「ねえってば。」
「ええぃ、うるさいですよ。リンネさん。俺の勝利が確定する瞬間まであと少しなんですから邪魔しないでください。」
「いや、でもさぁ…」
「あの蝋燭が燃え尽きたら相手してあげますから。それまでこの飴でも舐めててください。」
「わーい、ありがとー…って、子供扱いっ!?」
「よし…消えろ…消えろ…」

‘─────……ふっ…’
消えた。
ようやく、完全に炎はその姿を消した。町を照らしているのは、蝋燭の灯なんかじゃない。街灯に揺らめく焔と、俺の勝利の輝きだ。

「逃げ切ったあああああああああああ!」
「あー!レイさん、そんなところにいたっ!?」
「ちくしょー!結局逃げ切られたのかっ!」
「大損だ!くそぉっ!キララちゃんが捕まえるに財布の中全部賭けてたのにぃっ!?」
「ぼろ儲けだぜ、ひゃっはぁっ!」
「て前ぇ、飯おごれよこんちくしょう!」
「おおとも!今の俺は小金もちだぜっ!なにせ、貯金を引き下ろして賭けたからなぁっ!」
「なんつー危険なことしてんだ!?」
「けど、ある意味勇者よね…」

また人のトラブルで賭けをやってたのか、この連中は…まあ、いいや。何だかヴォンド達親衛隊のメンバーが『空気を読んで捕まれよ、この野郎。』といった表情をしているが知ったことか。

「レイ。お疲れ様。」
「よくもまぁ、こんな時間まで頑張ったものね?」

背後から声。すっかり聞き慣れているそのソプラノボイスに振り返ってみれば、どこか晴れやかな表情をした4人の姿があった。

「まあ、正直キララ達には何度追い詰められたか分からないけどな。ま、最後は俺の地力が物を言ったわけだ。」
「そうだよね。まあ、正直なところあたし達がどんなに頑張っても、レイ君の運動能力じゃ逃げ切られちゃうかなって思ってはいたんだよね。」
「今更、俺の力が反則だとか言うなよ?こっちは着ぐるみ着て走ってんだから。」
「それでも、レイ様の能力ならばさほど妨げにはならないだろうと分かっていましたわ。」

そう言って苦笑しながら近づいてくる4人に、俺もまた着ぐるみの顔の部分を開いて苦笑を返して────



「「「「けど、私(あたし)達の勝ち(です。)(よ。)」」」」



突如として両腕を2人ずつで抱え込んだ4人に呆気に取られた。

「…へ?」
「よし、やっと捕まえたわね。」
「一日かけてお芝居してるみたいで疲れたわ。」
「まあまあ。それより、結局誰がレイ君と温泉に行く?」
「作戦立案の私ですよね?」
「あら?要の行動したのは私よ?」
「誰が一番動いたと思ってんのよ。」
「じゃあ、後でくじ引きでもして決めようか。」
「い、いや!ちょっと待て!?もう蝋燭燃え尽きてるから!?もう大会は終わってるから今更捕まえても意味無いぞ!」

そんな俺の驚愕など予想の範囲内といわんばかりの笑顔を見せてくれる4人。な、何故だ?俺は何を見落としてるんだ?え、だって蝋燭が燃え尽きるまでの勝負のはずだろ、これ!?

「…ペロペロ…ねえ、レイ君。もうあの蝋燭が燃え尽きたからいいかな?」
「まだ飴舐めてたんですか、リンネさんっ!?」
「次は甘いイチゴ味を所望するね。それより、レイ君。ちょーっと疑問なんだけど…あの蝋燭。最初、‘台の上になんて乗ってたっけ?’」
「…は?」
「確か、私の記憶だと‘あんな何かを隠せそうな台’の上には置かれて────」

リンネさんの言葉が終わる前に猛ダッシュ。燃え尽きてかぴかぴに固まった蝋がへばりついている台。それを思い切り手で持ち上げて放り投げる!

「あ…あ、あああああああああああああああっ!?」

そこには‘台の中に隠れるくらいに短くなった’蝋燭が依然としてチロチロと炎を蛇の舌のように揺らめかせていた。

「さっきも言ったでしょ?レイの運動能力じゃ大抵のことは乗り切れるって。」
「ですから、まともに捕まえようとしても無理なのは分かりきっていました。」
「だったら、レイが逃げられない状況じゃなくて‘レイが逃げる意思の無い状況’を生み出さないと…ね?」
「適当に短くなったところで、こっそりみんなの目を盗んで蝋燭を隠して、偽の蝋燭を置いておいたんだよ。」
「その蝋燭が燃え尽きれば、レイは逃げる必要がないでしょ?」
「レイ様のことですから、燃え尽きた瞬間にここに戻ってくるのは読めていましたので。」
「後は、何食わぬ顔でレイに負けたように見せて近づけばいいのよ。」
「この大会、最初からレイ君を捕まえる機会なんてこの瞬間しか無かったんだよね。」

…負けた。完全に負けた。
これは動きを読まれたとか、そういった問題じゃない。俺はこの瞬間、こうなるように4人に完全に誘導されていたんだ。最初から。俺が捕まらないのを分かっていて、俺がこのときここに来て安心を得られるように。わざと俺をぎりぎりのところで逃がすという事をやって精神的に疲れを誘って。しかも偽の蝋燭が燃え尽きた直後という、完全に勝利に安心しきった瞬間を待って───!

「レイ君。もうこの4人からきっと一生逃げられないね…」
「…俺も、今真剣にそう心に刻みました…」
「あらあらあら。レイさんったら、本気で落ち込んでるんですか?」
「いや…こんな勝負事でこうも完全に手玉に取られたの初めてなんで…うわぁ…」
「それだけ、4人ともレイ君のことを想ってるんだよ。今までレイ君が出会った人の、誰よりも…さ。」
「…そう、ですね…」
「そんなレイ君には、一夫多妻が可能な世界への移住権をプレゼント────」
「いらんわっ!」

一方では、4人の美女達が誰が俺と温泉に行くかでにこにこと話し合っている。
別のところでは、2人の人を超えた存在が俺をにやにやと見つめている。
また遠くでは、俺の親衛隊が全員揃って地面に膝をついて敗北感に打ちひしがれている。
そしてあっちの方では、賭けの成立が覆ったことにより破産した男達の叫びがとどろいている。

そんな中で、俺がどの方向を見て幸せな苦笑を噛み殺していたかなんて…言うまでもないよな?


41 :雨やかん :2009/02/01(日) 22:21:44 ID:m3knVLnG

5人全員で歩く未来

爽やかな朝。
今日はヴェロンティエも定休日、かつ特に急いでやらなければならない用事もないという平穏な日。親衛隊も最近は大人しく、陛下達の結婚しろ、孫はまだかコールもようやく落ち着いてきた今日この頃。

「妊娠、したかもしれません。」
「…は?」

そんな朝をいきなりからぶち壊してくれた王女様は、真剣な顔で俺にそう告げた。

「…あの、ごめん。リリア…なんて言ったの?」
「で、ですから…妊娠、して…しまった可能性が。」

返す言葉なんて無い。
だって、一瞬の後には俺はしゃがみこみ、その頭上を鉄板と鍋と包丁が物凄い勢いで通り過ぎていったのだから。もちろん、投げたのは一緒に昼食をとっていた3人の恋人候補達だ。

「レイ…一応、恒例行事として聞いておくけど…身に覚えは?」
「無い!全く無いよ!?」
「そういえば、確か一月ほど前…お城から帰ってこなかった日があったわね?」
「落ち着けー!一ヶ月で分かるわけないだろ!そもそも、その日は普通に寝たわ!リリアとは別の部屋でなぁっ!」
「じゃあ、リリアがレイ以外の人と子供作るとでも!?」
「「「無いっ!」」」
「…事実ですが、皆様そこだけは信じて疑わないのですね…?」

当たり前だ。そんなことがあったら、間違いなくリリアは落ち込む。で、俺に涙声で別れを告げに来るに決まってる。この数ヶ月、そんな素振りは見せなかったのだから、まず間違いない。

「あの、レイ様…実はですね…?」
「お、おう。」
「…来ないんです。」
「…何が?」
「ですから、その…あれが…今月は、まだ…。」

あれ…あれって、あれ?その、月単位で女の子で妊娠関係だと…あ、れ?

「ごめん、疑って悪いけど、本当に?」
「はい…」
「この前、俺…リリアと、別の部屋で寝たよな?」
「その…じ、実は…お父様達に言われまして…、レイ様が寝られた後に…こっそりとレイ様のお部屋に…」

あれは陛下達が確かいつものごとく孫はまだか?と言いながら絡んできたのに付き合って、ちょっとお酒も飲んだ。確かに。だからこそ、余計なことをしないようにヴェロンティエにも帰らず、リリアのところにも行かずに客室にこもった、のに…

「なん、で…そんなことをっ…?」
「その直前に、酔われたお父様達に…少し、私も付き合っていまして…!」

リリアは酔うとどうなるかって…絡み酒、かつ笑い上戸。おまけに俺への好意がフルオープンな状態。で、そんなリリアが酔って理性のハードルが下がってる俺のところに来ちゃってたとしたら…? 
「…ごめん。ちょっと今から陛下のこと殴ってきていいかな?」
「私が、今朝のうちに思い切り壷をぶつけてきました。」
「えーっと、つまりかなり高確率で…レイ君とリリアの子供、出来ちゃった…かな?」

ものすごい嫌な沈黙が流れた。
確かに、これは俺が今の今まで結論を先送りにしてきたせいもあるのかもしれない。いや、間違いなく俺のせいだろう。けど、それでもこんな結末にしたくなんてなかったから、頑張ってきたのに…結局、俺は…

「…レイ。ちゃんと、責任は取りなさいよ…」
「分かってる…分かってる、けど…!」
「私達のことは、気にしたら駄目よ。レイも、リリアも…」
「ですが…!こんな、こんな形で…!私はっ!こんなことでレイ様と結ばれたかったわけではないのですっ!」
「リリア。気持ちは分かるけど…お腹には子供だっているんだよ?その子のことも考えなきゃ…レイ君も、さ。」

そう。そんなこと分かってる。分かってるから、俺にもリリアにも選択肢なんて無い。
別にリリアと結婚することが嫌なわけじゃない。きっと幸せな家庭だって築けるだろうし、この国を治めることになったとしても陛下や王妃様だって手伝ってくれるだろう。

けど、その幸せはキララ達の笑顔と引き換えで。

確かに選べなかった彼女達を泣かせることになるけど、それでも最後にはみんなで笑えるような選択をって5人で決めていたのに───!

「…嫌、だ…!」
「レイ!あんた、何てことを───」
「だって、そうだろう!?こんな…こんな決め方なんて、俺は嫌だ!リリアの責任を取ることに異論なんてない!リリアのことを愛してるって想う気持ちだって嘘なんて一つもない!」
「だったら、レイはリリアを愛するべきで───」
「マリスだって愛してる!」
「っ!?」
「フォルトさんだって愛してるんだよ!」
「あ、ぅ…!」
「そして、キララだって…愛したいんだよっ…!」
「レイ…あんた、何言ってるか、分かってるわけ…!?」

分かってる。分かってないわけが、無い。この国は一夫多妻制なんかじゃなくて、おまけにリリアは王族だ。対する俺は英雄とはいえ、いや英雄だからこそ問題になりかねない。
望む望まずに関わらず、俺は英雄という肩書きを背負っている。なら、自然と周囲の人達も俺にそんな態度を求めているはずなのだ。その俺が、こんな選択をしたとなったら周囲の反応はどうなることか。
けど、俺は…それでも…!

「…キララ…マリス、フォルトさん…リリア。頼みがある。」
「え?」
「レイ?」
「頼みって、何?」
「レイ様?」
「断ってくれてかまわない。むしろ、そうしてくれた方が俺だって諦めもつくし、多分人として賢い選択だ…それを承知で、頼む。」

無理だから。
もう、自分の醜いまでの本心に気づいてしまったから。
キララも、マリスも、フォルトさんも、リリアも、誰一人として手放したくなんてないから…!



「…俺と、普通より…何倍も大変な道を…ずっと、5人で一緒に歩いてほしい。」



頭を下げて、返事を待つ。
これで4人が俺を見限ったとしても何の後悔もない。いや、むしろそうしてくれた方が多分4人のためにはいいだろう。こんな俺の我侭みたいな願い…いや、欲望に付き合ってくれる必要なんて無い。だから────



「…ずるいわよ。そんなこと言われて…あたしが拒めるはず、ないじゃない…!」
「キララが、というか私達が…よね。」
「お父さん達に何て言おうかなぁ…ちゃんと、説得手伝ってよ?」
「今更ですよ、レイ様。あなたの意思が、私の意志です。レイ様の行く道が、私の行く道ですから。」



そう返してくれた4人に、絶句した。

「…何よ、その顔?」
「その…多分、今俺達が考えているよりずっと大変な未来だぞ?」
「そりゃ、そうだろうけど…信じてるわよ。」
「レイ様は、きっとどのような未来でも私達を笑わせてくれると…そのような世界を、作ってくれると。」
「だから、レイ。これだけは約束してほしいのよ。」
「何があっても、必死に、頑張って、絶対にあたし達と一緒に笑っていてね?」

…ああ。愛しい。
沙羅と別れて、ずっと忘れていた感情が俺の中に溢れてくるのが分かる。この目の前にいる彼女達に対して。こんな俺のような人間を、俺の選択を支えてくれる彼女達に対して。

「約束する…きっと、キララも、マリスも、フォルトさんも、リリアも…笑わせてみせるよ。」

思わず流れた涙を受け止めてくれたのは、俺が愛する彼女達の、美しく暖かな抱擁だった。


42 :雨やかん :2009/02/14(土) 12:27:58 ID:VJsFrctD

親子の絆+彼への信頼=無敵というお話

「…って、いくら何でも俺、はっちゃけすぎだろぉ…」

爽やかな朝。
今日もヴェロンティエは定休日、かつ特に急いでやらなければならない用事もないという平穏な日。親衛隊も最近は大人しく、陛下達の結婚しろ、孫はまだかコールもようやく落ち着いてきた今日この頃。

ベッドで起き上がった俺の両隣には、4人の美女が非常に整った体を横たえていた。

「あっはっはっはー…笑うしかないなぁ…」

もちろん、服なんて着ていない。胸元まで引き上げているシーツが、唯一彼女達がまとっているものだ。っていうか、キララとリリアに至っては俺の体にしっかりとしがみつくようにして寝ている。昨日、たくさん触れたはずのその感触がダイレクトに伝わってきて───って、落ち着け、俺。いやマジで。

「レイ…あ、れ?」
「っ…レイ、さまぁ…?」
「う、んっ…もう、朝なの?」
「ふぁ…ねむ…」

ごそごそとベッドから起き上がる恋人達…すでにこの表現がおかしいと言えなくも無いが。
全員がちゃんとシーツを引き上げているのが救いだ。朝っぱらから昨晩見たような光景は、ちょっと…

「っ…何か、ちょっと痛いわね…」
「少し、ふらふらしますぅ…」
「確かに、ちょっと違和感が残るかしら、ね?」
「分かる分かる。あたしも初めてのときはそんな感じだったよ。」

ものすごい会話が左右から飛んでくる。あ、やばい。思い出すなー、思い出すな俺ー。今日はそれどころじゃないんだから。色んな人と話して、色んなことと戦わなきゃいけない日だ。そして…色んなことに、決着をつけるための始まり。

「…っし!気合い、入れないとな…」
「頑張ってね、レイ。」
「もちろん、私達も協力しますから。」
「…けど、ちょっと動きにくいのだけど。」
「無理しちゃ駄目だよ、3人とも。」
「さすが、何度か経験してるだけフォルトは余裕ね。」
「昨日の夜もレイと一緒になって、随分と…」
「私も、二度目のはずなのですが…」

…あー、入れたはずの気合が抜けていきそうな会話は止めてくれー…




…何、この状況?

「いやー、ようやくってーか、お疲れ様だったなー!」
「これでようやくこの国も安泰ね。お義母様、私はついにやり遂げました。」
「ええ、私もこれでようやく亡くなったあの人に報告できます。」
「あんなことがあったから、一時はあなたは誰も好きになれないんじゃないかと心配だったのだけどね…本当に。」
「よう、レイ。こんなめでたい日に、なにをすっとぼけた顔してんだ?ほれ、笑えばいいじゃねーか。」

もう一度言おう。何、この状況?
ミリアさんは分かる。この家にお住まいですから。え、何で起きてきたら陛下と王妃様がいるの?異世界にいるはずの親父達までいるのはどうしてさ?向こうの方には何故かマリスとフォルトさんのご両親までいるよ?

「…ごめん、みんな。あたし、まだ夢を見てるみたいだわ…」
「そうですよね。きっと夢です。夢に違いないですよ。」
「も、もう一度眠りなおしましょう。ええ、夢から覚めるために。」
「そうだね…うん、すぐに眠ろう。そして起きよう。」
「…いや、みんな…現実を見ような…?」

気持ちは分かるけどね!?

「っていうか、何でこんなことになってんですかあああああっ!?」
「うるさいぞ、レイ。」
「折角のめでたい日に水を差してんじゃねぇよ、全く。」
「いやいやいや!?めでたいって、何が!?」
「昨晩のことに決まってんだろ。」

世界が停止した。
厳密にいうなら、俺と、キララ達5人が思考を完全に止めた。一瞬だけ。
で、すぐに再起動。昨晩?昨晩って言ったか、この国王様?昨晩何があったか、なんて考えるまでも無い。俺は、キララ達を────

「何故、それ、を…?」
「私が今朝、どのご家庭にも報告しました。」
「あなたって人はああああああああああっ!?」
「お母さんっ!?」

いや、人じゃないけど!神様だけどっ!?ってか、どうして俺はこの店がミリアさんの支配下だってことを忘れてたんだっ!昨日、雰囲気とかそういったものに流された俺を殴りたいっ!つまり、昨日の俺とキララ達がやったことは全部この神様に筒抜けってことじゃないかっ!

「最悪だ…最悪すぎる…!」
「あ。大丈夫ですよ?ちゃんとレイさんの部屋だけは感知範囲から外しておきましたから。さすがの私も皆さんの────」
「それ以上は黙って!言わないで!?」
「あ、あぅぅ…し、知られ…あぅ…」
「リリア、気をしっかり持って!?」
「いや、無理じゃないかなー、あたしも限界だし…?」

見なくても分かる。全員、顔が真っ赤だ。俺も含めて。
ただ、そんな羞恥で心が埋め尽くされた中でも、なお疑問に思うことがある。昨日のことを知っているということは、この人達は俺達の結論も知っているはずなのだ。なのに、どうしてこんなに…?

「あ、あのっ!ちょっと待ってください!?」
「ん?どうした、息子?」
「親父もそうだけど、昨日のこと知ってるってことは…その、俺が4人とも…えっと、好きだって…恋人にするって決めたこと…知ってる、わけだよな?」
「当たり前じゃない。」
「恋人じゃねーのに、お前はキララちゃん達を抱くのか?無いだろ?」
「そ、そりゃそうだけど…」

おかしい。どうしてこの人達はこんなに平然としている?だって、俺は───

「…言うなれば、自分のために4人を───」
‘ヒュヒュヒュヒュンッ!…カコココンッ!’
「───ぁ痛っ!?」

何故か親御さん達のほとんどから物を投げられた。特に親父と母さんのが痛い。さすが、俺と同じ世界の出身者。

「お前、馬鹿だろ?」
「あなたが欲望だとか下心だとかのためにそんなことするなら、4人があなたの隣にいるはず無いじゃないの。」
「お前は、どこまでもリリア達と、んでもって自分のためにその選択したんだろうが?だったら、俺達が反対してどうするってんだ。」
「そうよ、レイ君。それに、あなたが選んだ道ならリリア達ほどじゃなくても私達だって信じてあげるわよ。」
「もちろん、私達だけではありませんけどね…?」

それはどういう意味か───…と、聞こうとして、結局俺は聞くことが出来なかった。
だって、何やら通りのほうでドタバタドタバタと無数の足音が聞こえてきたから。その足音は間違いなくこっちに近付いてきていて。俺も、キララ達も何か嫌な汗が背中をつたっているのが良く分かる。やがて、思い切り扉が開かれて、飛び込んできたのはもはやすっかり顔なじみとなってしまったこの町のみんな。



「「「「「レイ(さん、君、お兄ちゃん)!!!一夫多妻制を実行することに決めたって本当!!??」」」」」



「ミリアさあああああああああああああんっ!?」
「嬉しいことはみんなで分かち合うものですよ?」
「違う!この場合はそれ、間違ってるからっ!」
「レイ様、先立つ不幸をお許しください…」
「リリアー!?手首に包丁当てちゃ駄目だよぉっ!?」
「大丈夫よ、リリア。あたしもすぐ後を追うわ。」
「キララまで旅立つつもりたっぷりね。」
「どうしてマリスはそんなに余裕たっぷりなのっ!?」
「2人がいなければ、レイの占有率が増えるわ。」
「「そうはさせない(ません)。」」
「…2人の価値観って、自分の命すらレイ君が基準なんだね…」

後ろのほうでキララ達がどたばたと騒いでいるが、俺は依然として呆然としている。そしてそんな俺の目の前ではどんどん増えるみんなが好き勝手に話を始めていて…

「やった!賭けに勝った!」
「でも配当金低そうだよね。確か、一夫多妻制を選択って低かった気がする。」
「まあ、こうなる結果なんてみんなどっかで予想してたしね?」
「畜生、この結論にあと1年はかかると踏んでたのに…!」
「今日って日にちまで当てたやついんのか!?」
「いるらしいよ?一人だけ。」
「それで、挙式はいつよ?」
「一ヵ月後?一週間後?いや、いっそ明日っ!?」
「いやいやいや。レイさんたちも準備とか何一つしてないだろうからね?」
「キララさん達の花嫁衣装はどうかうちでっ!」
「式場はうちですよねっ!?」
「いや、姫様がいるんだから城じゃね?」
「お城で5人の結婚式…想像しただけでいい感じー!」
「レイ兄ちゃん、おめでとー。」
「あたしもお兄ちゃんのお嫁さんになりたかったー…」
「お姉ちゃん達の子供には、僕がお兄ちゃんになるんだよ!」

…あっれー?何か、こう…その、反対意見とか無いの?いや、嬉しいけど。

「どうよ、レイ?」
「母さん…その、何で…みんな、こんなに?って…」
「お前がやったこと、だろ?」
「え?」
「リリア達だけじゃねーんだよ。お前が選んだ選択を、信じてくれてる奴らはな。」
「あ───」
「あなたが、4人をどれだけ想っているか…みんな知っているの。そして、あなたが4人のために何をしてきたかも、ね。」
「ですから、レイさん。」
「…ミリアさん。」
「あなたはもっと、自分の選択に自信を持っていいと思いますよ?きっと、あなたのこれからの行動はこの選択を誰もが笑える未来につなげてくれると…誰もが信じていますから。」

信じてくれる、か…。先日のパーティーのときもそうだったけど、何だかこそばゆいなぁ。けど、嬉しくて、暖かくて、心地いい…
こんなにも沢山の人が信じてくれるなら、俺がすべきことは…もう、一つだけだよな?

「…じゃ、頑張って、必死に、信頼に応えながら、生きていきますよ…。」
「ええ、あの子達と、ですよね?」

ミリアさんが促してくれた方には、依然として顔を真っ赤にしながら、それでもどこか期待している目で俺の方をじっと見ているキララ、リリア、マリス、フォルトの姿がある。

「…もちろんですよ。」

だから、俺は自然と笑ってそう返していた。


43 :雨やかん :2009/02/21(土) 09:22:21 ID:ncPiWcLe

未来のこんな一幕

目の前で、動物園にいる何かのごとくうろうろと動き回っているのは、一年ほど前に結婚式を挙げたあたしの旦那様だ。その顔には焦りが浮かんでいて、落ち着きの無さが動きだけじゃないのが良く分かる。

「う〜ん…う〜ん…」
「レイ。少しぐらい落ち着いたらどうかしら?」
「いや、そうは言ってもな?大丈夫かなーとか、色々不安で仕方なくって。」
「先が思いやられるねぇ。」
「こういうときは、母親の方がしっかりしてるって聞いてはいたけど…」
「「う〜ん…う〜ん…」」
「貴方も、少しぐらい落ち着いてください。ガイさんもです。」
「…お祖父ちゃん達にも、当てはまるらしいわね。」
「最初に赤ちゃんを抱き上げるのは誰になるのかしら?」
「「「俺だろっ!?」」」
「…ごめんなさい。キララさん。ミリアさんを呼んでもらえる?」
「この浮かれてる2人を拘束して───」

‘ふぅぎゃぁ…ふぎゃああああぁぁ…’

次の瞬間。
あたしの目の前からはじけるように動いたのはレイ。しかし動いた先は、今まで頑張っていたあたし以外の妻の方ではなく、同じように動こうとしていた自分の父親と義父親の方。
驚いて動きが止まった実の父親に容赦なく膝蹴りを叩き込み、身体能力のせいもあって呆然としている国王陛下の首筋に手刀を打ち込んで2人の意識を落とす。その後、さらに素早い動作で赤ん坊の泣き声が聞こえてくる部屋へと飛び入った。

「…容赦ないわね、レイ。」
「そこまでして、譲りたくなかったのね…」
「まあ、あたしも自分の子供は最初に抱き上げて、んで次にレイ君がいいかなー?」
「「そこは同感。」」

そんな会話をして、陛下とガイさんを苦笑している王妃様に任せてあたし達はレイの飛び込んだ部屋へと入った。

「ほら。しっかりしなさい。あなたも今日からお父さんなんだから。」
「あ、う…うん…」
「レイ様…いいえ、貴方。優しく、ですよ?」

部屋に入ったあたしの目の前では、レイがようやく‘出産’を終えたリリアから‘自分の息子’を受け取っているところだった。その傍らには出産の手伝い、というよりほとんど主治医のモモさんがにこにこ笑っている。

「…うわ…軽っ…」
「レイもそんな感じだったわよ。」
「私達の子供、ですよ…貴方。」
「ああ…ああ…!その…リリア、ありがとう。頑張ってくれて…」
「当然です。私は、あなたの妻で、この子の母親なんですから。」

そう言ったリリアは目の端に浮かぶ涙を拭いとりながら、女であるあたしから見ても赤くなりそうな笑顔でレイに微笑んだ。
…ああ、なるほど。あれが母親の笑顔なんだ。お母さんが、時々あたしを見て浮かべている表情だ。

「あたしも、あんな顔が出来るようになるのかしらね…?」
「キララ。気が早いよ?」
「そうそう。それに、キララよりも私のほうが先になっちゃったもの。」

…何ですと?今、何を言った、この親友?
見れば赤ん坊を抱いているレイも、ついさっきまで微笑んでいたリリアも、そして隣にいるフォルトもポカンとした顔をしている。ちなみにモモさんはものすごくいい笑顔だ。

「ちょ、マリスっ!?いつ!?いつ分かったの、それ!?」
「一週間ぐらい前ね。ミリアさんが『あら、マリスさん。大当たりですよ。』って。」
「お母さんからっ!」
「何で言わなかったんだよ、それをっ!?」
「リリアがもういつ生まれてもおかしくなかったもの。これ以上、レイに心労かけるのも嫌だったしね。」
「ここ数日、体調不良を理由に仕事を減らしてたのはそれかっ!」
「リリアのことで頭が一杯になっているレイを騙すのは簡単だったわ。」
「ちなみに、何ヶ月だ?」
「2ヶ月前の夜が怪しいわね。」
「…母さん、ごめん。またしばらくこっちにいてくれ…」
「本格的にお父さんとこっちに移住しようかしらね。」
「時にレイ。先を越されたことで落ち込んでる2人に優しい言葉をお願いするわ。」
「は?…って、暗い!暗いぞ、2人ともっ!?」

ま、マリスに先を越されるなんて…そもそも、あの勘違いが無ければぁっ!
勘違いとは、レイがあたし達を告白する原因となったリリアの妊娠騒動。実はあれ、間違いだったのだ。『え?別に、リリアちゃん妊娠してませんよ?』というお母さんの発言にレイもリリアも物凄く落ち込んでいた。まあ、結果としてレイとの関係が一度に進んだからそれは良いとしよう。
だが、続くあたし達の親達の言葉『でも、リリアちゃんが最初に子供を産まないと継承権とかややこしくなるぞ?』という余計な一言のせいで、リリアが最初に子供を産むということで意見が一致した…わけで…ようやく、レイとの、子供…を…

「第2婦人でも名乗ろうかしらね。」
「「くぅっ!」」
「レイと私の愛の結晶…いい響きね。」
「「うぅ〜〜〜〜っ!」」
「ああ。もうレイ、なんて呼べないわね。お父さん、って呼びましょうか。」
「「に、憎しみで人が呪えたらっ…!」」
「あら?2人はレイの子供を呪えるのかしら?」
「「どうせ呪えない(わ)よっ!」」

こうなったら今すぐに!

「レイ!」
「レイ君!」
「言っておくが、今日は頑張ったリリアに付いておくからな、俺?」
「「ひどいっ!?」」
「す、すいません、2人とも。」
「いや、リリアが悪いわけじゃないんだけど…」

次こそは!次こそはあたしがっ!…そういえば、子供が出来にくい人っていたわね。あたし、一応神様の娘だからその辺りはお母さんに聞いてみたほうがいいかも。お母さんだってあたしを産めたんだから、あたしだって産めるはずだけど───

「「おのれ、レエエエエエエエエエエエエイッ!」」
「きゃっ、な、何ですかっ?」
「爺バカ2人が目覚めたか。」
「…お父様達ですか…」
「ふっ…ふえぇっ…あぁぁ〜〜〜ん…!ふええぇぇぇ…!」
「うげ。うわ、ちょ、は、母親に任せます!」
「はい。ほら、お母さんですよー?大丈夫ですからねー?」
「ふぇぇ…うふぇ…あぅ。」

泣きやんだ我が子に安堵すると、レイは身を翻して声が響いてきた扉へと怒鳴り込んだ。

「俺の子が泣くから大声出してんじゃねえええええええええええ!」
「黙れ!俺様の孫だあああああああっ!」
「その孫の命名権だけは譲れねえええええええええ!」

そんな親馬鹿、爺馬鹿な大声が聞こえてきたと思うと、どうやら本格的に喧嘩になったらしく破砕音が立て続けに聞こえてくる。聞こえてくる叫び声や爆発音から察するに、どうやらお城の騎士達も巻き込んだ大騒動になっているらしい。

「まったく…お母さん達を置いていくなんて、駄目なお父さんですねー?ルミナス?」
「ルミナス?」
「はい。モモお義母様に相談して決めたこの子の名前です。レイ様の世界の言葉で『月光』という意味があるそうなんですよ。」
「なんでレイ君の世界の言葉?」
「レイ様と私の子供ですから。この世界で生きていくなら、名前ぐらいはレイ様の世界の証を持っていてほしかったんです。」

…ああ、もう本当に。あのリリアがこんな顔を出来るようになるなんて。あたしも早くレイとの子供が欲しいと、そう思わずにはいられない。
向こうの方では相変わらずどたばたと騒がしい音が響いている。その中心で大騒ぎしている旦那様の顔を思い浮かべて、あたしは決意を新たにする。
本当に頑張ってよね、レイ?


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