銀鍵月雫譚 ばりあんと+ -故にSS編-


1 :寝狐 :2006/12/26(火) 00:05:46 ID:mcLmm4n3

リレー小説「銀鍵月雫譚 バリアント+ -故に我あり-」……長いので略して「銀鍵」(勝手に命名)のSSです。
とりあえず、リレー小説に参加しており、執筆待機期間中の方々で、暇な間に何かネタを思い浮かんだら勝手に書き込んでください。

もし、読者の方で「銀鍵」のSSを書きたいという方は感想室で申請してください。その際、メルアドにてパスワードをお教えします。(まぁ、いないと思うけど一応)


2 :寝狐 :2006/12/26(火) 00:11:57 ID:mcLmm4n3

大魔術師と月雫のクリスマス

「クリスマス?」
「そう。クリスマス!」
 情報世界エウクセイノスは円周情報都市エルブルズ。その中心にある巨大な時計塔オルドリンの最上階にある広大なホールに一人の女性と一人の少女がいた。
 女性の名はイシス=テレジア。そして少女の名は真珠。
 片や超次元的な高度魔術を駆使する大魔術師であり、エウクセイノスにいる最後の“生存者”。片や何処(いずこ)から来て、何のために此処にいるのか、全てが謎に包まれたホログラム体。
 この奇妙な組み合わせの二人だが、その出会いに関してはまた別の話。
 今回の発端は真珠が口にしたクリスマスという単語だった。
 エウクセイノスには無かったのか、イシスは首を傾げて聞き返した。
 何処の次元の彼方にある世界からやって来たかは不明の真珠であるが故に、彼女の知らない言葉があっても当然であった。
「……で、何なのそれ?」
「ググれ♪」
 笑顔で言う真珠。しかしなんで真珠はそのような言葉を知っているのだろうか、というツッコミはしないでおく。
 早速イシスは手元の端末機を使って『クリスマス』をググる……もとい検索してみる。


 ――クリスマスとは?
 12月25日をキリストの誕生日として祝うこと。
 クリスマスの起源は太陽崇拝にあるので、12月25日を祝う習慣は聖書の教えではない。
 キリストが死んだ後の時代になってから、宗教指導者たちはキリストの誕生日を“征服されざる太陽の誕生日”を祝うローマの異教の祭りの日と同じ日付にすることを考えた(新ブリタニカ百科事典より)。これにより、異教徒を(名目上の)キリスト教に改宗させる事が容易になった。同時に、当時の12月17日から12月24日の期間にはローマの農耕の神をたたえるサトゥルナリア祭が行なわれており、この祭りでは宴会をしたり贈り物をしたりする風習があった。
 上記のように、クリスマスがキリスト教の教えでなく異教に起源を持っている事は広く認められていたので、17世紀ごろのイングランドやアメリカの植民地ではクリスマスを祝う事が禁じられていた。しかし、現代では「普通の人が聖書やキリスト教に親しむ機会」として確かに有用であるため、クリスマスのために教会が門戸を開くようになっている。
 <『はてなダイアリー』より引用>


「ちなみに、その前日の24日はクリスマス・イブで、さらに前日の23日はクリスマスイブイブっていうのよ♪」
「……最後のは誤用って書いてあるわよ」
「……チッ」
 そっぽを向いて舌打ちする真珠。
「ついでに聞くけど、その衣装もクリスマスと関係あるのかしら?」
 イシスの言うとおり、今の真珠の姿は普段……といっても日常茶飯事に衣装をコロコロ変える彼女にといって普段着なんてないと思われるが、本日の衣装はいつもと随分と趣きが変わっていた。
 赤と白を基調とした帽子とワンピースにベルト、そして白いブーツを履いている。
「クリスマスってことで、今日はサンタクロースのコスチュームだよ♪ あっ、間違ってもザンダクロスじゃないからね? 私ロボットじゃないから」
 さらにわけのわからないことを言われて更に首を傾げるイシス。
 そんなわけで、真珠の勝手気侭なクリスマスイベントにより、オルドリンはあっというまにクリスマス一色に染められた。


          ◇


「ってなわけで、飾りも済んだことだし、最後にケーキの入刀♪」
 出処の不明な直径20cmの生クリームのイチゴケーキを乗せたテーブルを挟んで、イシスと真珠は椅子に座っていた。
 真珠の服装は先ほどからのサンタコスである。そしてイシスも同様のサンタコスを着せられていた。ただし、何故かイシスの方はかなり露出の多い衣装であったが……。
 ケーキにナイフを通し、うち半分は真珠の大皿に。残りの半分はさらに半分にして、それはイシスの皿に乗せられた。
 最後のケーキは別の皿に乗せていたが、真珠もイシスも取らずにテーブルの中心に置かれている。
「何故全体の半分がお前の物になるのかを小一時間ほど問い詰めたいけど、まぁ、今回はやめておくわ」
「うんうん、そうしておいてくれると嬉しいなの。……あ〜、おいしい〜♪ やっぱケーキは生クリームがいいわ〜♪」
 口の中のケーキを堪能している真珠は無視しておいて、イシスの視線は残されたケーキに向けられる。
「……とりあえず聞くけど、この残りの分は?」
「それ? とーぜん、あの子(・・・)の分よ。だって、一人だけ除け者にされるなんて可哀想だから。それにやっぱ家族揃って祝うのがクリスマスってやつだし。……まぁ、恋人同士だとか友達同士ってのも悪くはないけどね」
 その言葉に、どれだけイシスは内心喜んだだろうか。あまり感情を表に出さないはずのイシスの表情はこの時ばかりは僅かに柔らかになり―――

「……ありがとう」

 ついそんな言葉がそっと洩れた。
「ん? 今何か言った?」
「いいえ。何も言ってないわ」
 僅かに首を傾げた真珠ではあったが、新たにケーキを口に運ぶとそのことなぞすっかり忘れてひたすら甘味に浸っていた。


          ◇


「さて、一週間後には“お正月”をしましょうね♪」
「……まだ何かあるのね……」
 はぁ、と溜息をつくイシス。
(でもま、たまにはこういうのもいいかも知れないわね。……そうでしょ?)
 イシスの視線は巨大壁時計の真下にあるドアの無い小さな吹き抜けの部屋へと向けられる。
(来年こそは、一緒に祝いましょうね。……ヘルムティス(・・・・・・)
 彼女の意思に応えるかのように、そこにある、暗く中が見えない空間から淡い緑色の光が一瞬灯ったように見えたが、それに気付けたのは誰もいなかった……。


         【了】


3 :寝狐 :2007/01/01(月) 14:54:31 ID:mcLmm4n3

大魔術師と月雫のお正月

 情報世界エウクセイノスは円周情報都市エルブルズ。その中心にある巨大な時計塔オルドリンの最上階にある広大なホールにいる一人の女性。
 女性の名はイシス=テレジア。超次元的な高度魔術を駆使する大魔術師であり、エウクセイノスにいる最後の“生存者”。
 彼女は今日も相変わらず中央にある人間大のクリスタルの正面にあるコンソールで椅子に座りながらプログラム作成と実験を繰り返していた。
 毎日同じことを繰り返しているイシスはその日が何の日なのかなんてものはどうでもよかった。今や自分以外だれも生きていないエウクセイノスでは日付なんて関係ないのだから……。
 だが、そんなエウクセイノスに例外はいた。

「イシスぅ〜やっほおぉ〜なのっ♪」

 後ろから聞こえた声に、イシスはプログラムを組む手を止めた。
「……はぁー」
 深い溜息を吐きながら、やっぱり来たか、と呟き椅子を半回転させて後ろを振り返る。
 そこには一人の少女がいた。
 何処(いずこ)から来て、何のために此処にいるのか、全てが謎に包まれた緑色の輪郭を浮かび上がらせるホログラム体―――真珠である。
 普段……といっても日常茶飯事に衣装をコロコロ変える彼女にといって普段着なんてないのだが、本日の衣装はクリスマスの時と同様、随分と趣きが変わっていた。
「どうこれ?」
 真珠は全体を見せるようにくるりと一回転する。
 ぱぁっと一瞬で華やぐ明るい色、夢見るようなその染め具合。若やぎかおる桃色地には、一面の紋意匠。吹き抜ける風に舞う小桜は美しい彩りぼかしに包まれるかのように近くに奥にと、目に心に印象的にやわらかな印象を与え、今にもその花香が感じられそうな。豊かな彩りが、実に華やいでいた。
「綺麗だわ。見たことの無い服ね」
「これ振袖っていうのよ。主に卒業式や成人式などの祝い事に着る正装ね。ちなみにこれは正絹京染めお振袖『桃色桜夢』っていう大蔵ざらえなの♪」
 えへっ♪ っと笑顔を見せる真珠に対し、イシスは三秒ジャストの思考ののち一言。

「……まるで七五三みたいね」

「なんでクリスマスとか正月とか振袖すら知らなかったクセにそんなことは知ってるのっ?!」
 真珠の鋭いツッコミにイシスは何事もなかったかのようにスルーする。
「正月……つまり1月1日はグレゴリオ暦の初日が設定されており、各暦の年の始めの数日間のことで、文化的には去年が無事に終わったことと、新しい年を祝う行事ね」
「お? イシスったら既にググっているなんて偉いわー」
「お前がこの間“次は正月”といっていたから事前に調べていただけよ」
「ちなみに私の言う正月は初めて友達になった人がいた世界、L棟・第19930321番『選択の扉』………この“全扉次元門中枢(・・・・・・・)情報世界(・・・・)エウクセイノス”で言うなら、第8064世界とでも言ったほうがいいかしら? その世界にある“日本国”という弓状列島の国ではね、正月は別名『元旦』とも呼んでいて国民の祝日となっているんだけど、官公庁は12月29日から1月3日までを休日としてるの。かつては夏の盆と対応して、半年ごとに先祖を祀る行事であったんだけど、仏教の影響が強くなるにつれ、盆は仏教行事の盂蘭盆と習合して先祖供養の行事とし、対する正月は年神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」として位置付けられるようになったの。数え年では1月1日に歳を1つ加えていたことから、正月は無事に歳を重ねられたことを祝うものでもあったのよ。満年齢を使うようになってからはそのような意味合いはなくなって、単に年が変わったこと、つまり新年を祝う行事となっているというわけなの」
「へぇー」
「うー。なんか折角の説明が一言で集約されて腹が立つんだけど〜?」
「……気のせいでしょ?」
 さてととばかりにイシスは再びコンソールの方へ体を向けた。
「あっ、ちょっと、まだ正月最大のイベントが終わってないよ〜」
「……イベント?」
 そう聞き返してイシスは再度、真珠の方へ椅子を回す。
 すると真珠はいつのまにかイシスの目の前にまで来ていた。
「そう。大事なイベントなの。だから付いて来て!」
「あ、ちょっと……!」
 イシスの肯定も否定もを聞かずに真珠はイシスの手を取って引っ張り、駆け出した。




 ……………………
 ………………
 …………
 ……
 そうしてイシスが連れてこられたのは、時計塔オルドリンの最上階よりもさらに上の頂上より若干下にある小さな秘密部屋であった。
 三畳分程度の小部屋に、正面には内側からしか開かない外へと通じる分厚い扉。
 真珠が横幅二メートルほどの扉を体全体で押すように開ける。外からのひんやりとした空気が内側に流れ込み、外の風景がイシスの視界に映る。
 天井も横壁もない一畳分ほどの出っ張りのような床が伸びた先からはエルブルズの街が見下ろせた。
 エルブルズの中でも最も高い建築物であるオルドリンの頂上付近においても風はそよぐ程度で、イシスの黒いマントが揺れるぐらいだ。
「……こんなところまで来て何なの?」
「まあまあ、もう少しなの」
 そろそろかな? と真珠は呟いて右手を開いて前に突き出すようにする。
 イシスが若干首を傾げた次の瞬間。前方数十メートル先で空間が歪んだ。
 揺らぎ、何もなかったはずの空間が開かれていく。
 真珠のその様子をイシスは見逃さない。
(次元空間に干渉している……?)
 真珠の体を見ても魔術行使をしているような魔力反応がなく、何かしらの道具を使っている様子もない。少女の力は摩訶不思議であり、イシスにはどうやっているのかさっぱり分らなかった。
 やがて縦五メートル、横十メートルの大きな次元空間が開かれた。
 空間の向こうはエウクセイノスとは違う世界。
 そこには青い水が広がっていた。
 否、それは海。地平線まで何も障害物のない綺麗な光景。
 だがそれ以外何もない。真珠はこんなものを見せたかっただけだろうか? イシスはそう思い、真珠に顔を向けて問う。
「あの世界に何が……?」
「待って、そろそろ。……時間だわ」
 真珠の言葉にイシスは再び次元空間の向こうに目を向ける。
 その次元空間の向こう。大気中の塵による光の散乱により空が明るくなり始め……。

 そして、それは顕れた――。

 地平線の彼方より橙色の光が上がってきた。それは徐々に横に広がっていき、その全容を露わにした。
「これは……!」
「初日の出……一年に一度の最初の夜明けとしてめでたいとされている一番最初のイベントよ♪」
 その眩い太陽の光にイシスは目を奪われていた。
(……最後に太陽を見たのは、いつだったかしらね……)
 あらゆる思い出が一瞬にして心に流れるのをイシスは感じとった。
 ふぅ、と柔らかな溜息を吐きながらもイシスの口は優しく開かれる。
「……平行並びに“外なる(・・・)”次元にも繋げさせる超多次元空間干渉能力。これもお前の力なのか? 真珠」
「ええ。本物の体(オリジナル)が動かせないから、情報模擬電子物質(ホログラム)のこの体じゃあ大した力は出せないけど、まぁ、この程度ならチョチョイってね♪」
 イシスは真珠が大したことではないという力に若干悔しさを覚えた。魔術師である自分が到達できない領域に、この少女は生まれながらにして持っているのだから。
 この少女が一体何者なのかはイシスも知らない。唯一分っていることは、この少女は自分が想像だにできないほどの運命を乗り越えて他の次元世界よりもさらに“外なる世界(・・・・・)”からやってきたことだけだ。

 だが自分はその領域に近づかなくてはならない。

 失われたモノを取り戻すために。

 少女は自分に力を貸してくれない。あくまで少女は見守る者。だから少女が大切なモノを保護してもらっているうちに、なんとしてでも現在組んでいるプログラムを完成させなくてはならない。

(そのためにも……。あの子のためにも……。私は――――)

 イシスは真珠に体を向け――
「……明けましておめでとう、真珠」
「へ? ……あー、それ私が最初に言おうと思っていたのに〜。っていうか、なんでその言葉を知っているのよー?」
「さぁ、なんでかしらねー」
 ぷぅーと頬を膨らます真珠に対して、イシスは笑みを浮かべてながら再び初日の出に顔を向ける。

(――どうか、今年が良い年でありますように……。ね? ヘルムティス)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<おまけ>

「さてと、っというわけでイシス、お年玉ちょーだいっ♪」
「無いわよ、そんなの」
「がーん……」


         【了】


4 :菊之助 :2007/01/02(火) 03:01:30 ID:ncPiPLxi

蒼と黄金。

 世界の中には自分の考えもしなかったような人種がいるのだなぁと、初めて思った。


 夜の帳が次第に下りてきた、そんな薄暗い時間帯のことだった。
 少年は日が暮れきる前にと忙しく山道を歩く足を動かす。
 ここいらは特に人が通らない。隣街まで続く道は綺麗に整備されているものの、通行料もかかる上に距離があるのだ。暗い坂道を進むということさえ気にしなければ、整備された道を渡るよりも山の中を進む方が早いのだと少年は知っていた。第一、たかだか隣街にいくだけでちょいと美味しい昼ごはんが食べられるだけの金額を片道代として支払うことを、少年は以前から納得していない。よっていつも人気の無い、暗い、舗装されていない山道を、しかし彼は好んで進む。
 そもそも少年は大勢人が集まる場所は好きではなかった。 
 自分の目立つ外見。
 少し他人から浮き出た雰囲気。
 それは望まぬ好奇な視線を向けられる原因となり、結果『自分自身』という存在を押し隠して、当たり障りのない態度をとらなければならないからだ。
 幼い頃からずっと、彼はそうして自分を押し隠してきた。
 それが良いとは思っていたし、それが当たり前なのだと思っていた。そうしないと、実は弱い自分を傷つけることになるからだ。
 だから、出来る限り他人との接触を避ける。必要最低限の人物にだけ会い、必要最小限の人物とだけ会話する。無論そんな性格だと同年代の友人なんて出来るわけも無い。もっぱら彼の話し相手は、ずいぶんと自分よりも年上な人々ばかりである。
 そんな自分の状況に疑問を抱いたことも、無い。


 空の端に一つ光る星が現れた。
 それを発見して、少年は更に慌てて足を動かした。隣町には、届け物を頼まれたのだ。中身は知らない。ただ、渡した相手も自分にそれを頼んだ相手も彼の知り合いだったので特に中身について気にする必要も無い。街道の通行料と、少量の駄賃を貰えば、彼は口では文句を言うもののちゃんとそれらを届けにいった。
 ただし、予定の帰宅時間よりも遅くなると、彼に届け物を頼んだ人物が烈火のごとく怒るのだ。
 こんな遅くまでほっつき歩いて、いったい何をしていたのか。道草を食ったのではないか? いやいや、そんな道草が出来るほどの金は持っていないだろう。だとすれば、通行料をごまかして、また山道を進んだな?
 小言は勘弁してほしい。
 だからそれを免れるためにも、彼は急いで帰らなければならない。
 星が出るまで。
 月が完全に昇ってしまうまで。
 急げ急げ。
 歩くよりもほとんど走りに近い速度で、彼は山道を駆け下りる。誰もいない山道だ。足を踏み外せばただではすまないとは知りつつも、踏み外さない自身が少年にはあった。ためらいの無い足取りに、視界はどんどんと後ろに流れていく。
 だが、そこで彼は突然足をとめた。
 流れいく視界の中、これまで見たことの無い「何か」の存在に気がついたからだ。
 勢いつけて少し行き過ぎてしまったが、少年は慌ててその「何か」が見えた方向を振り返る。
 そして、あからさまに眉をひそめた。

 「何か」は、人だった。
 それもただの人ではない。
 死んだ、人、だった。
 少年は足音を立てないように近づく。そっと様子を見た。
 その体は怪我の無い部分を探すほどが難しいほどの無残な姿をしている。
 うつぶせに倒れた体の隙間から、ドロリとしたものがはみ出していた。一瞬何か分からなかったが、それが傷口からはみ出た「腸」だと理解したとき、少年は思わず自らの口元を抑える。
 獣にでもやられたのだろうか? しかしこの山の中では、人を襲うような大型の獣はいない。
 第一、倒れた体にあるのは明らかに人為的な、そして人の道具によってつけられた傷に見受けられた。背筋がぞっとする。人はなぜ人にこれほどの傷を与えられるのか。
 血にまみれ、更に内出血でどす黒く変色した体。
 だが、少年は思わず飛び跳ねて逃げ出したくなる事実に気がついた。
 

 目の前の体の持ち主の肩が、弱々しくではあるが動いている。
 呼吸、しているのだ。
 まさかこんな体で、こんな傷で、こんな様子で生きているとは思わなかった。
「……っ」
 小さく息を吐く音が聞こえた。その体の持ち主の頭が、ぐぐっと僅かに持ち上がる。血でほとんど赤くなっているその顔のなか、その体の持ち主の、いや『彼』の金色の目がこちらを見つめている。
 その目を見て、少年は息を飲んだ。
 何に息を飲んだのか。
 そのときは分からなかった。
 だが、後で思えばなんと無しに理解できる。
 その金色の目は、こちらを見下ろす少年に訴えていたのだ。



 死にたいのだ、と。 


 少年は考えた。
 考えて、それからおもむろに彼の得意とする方法で、目の前の『彼』の傷口をふさぐことにした。
 出血が収まったのを確認して、彼はすぐさま山を駆け下りる。倒れている『彼』の体は大きくて、少年では運べないと判断したからだ。
 助けを呼ぶ必要がある。
 少年が天邪鬼な性質でなければ、もしかしたら『彼』は助からなかったのかもしれない。
 そして、『彼』ももし自分を見つけたのが少年でなければ、助けられようとはしなかったのかもしれない。

 ただ、薄れ行く意識の中で『彼』は、今しがた見上げた蒼い瞳のことを考えていた。
 

 暗い世界の、闇の中。
 

 そんな世界で生きていた彼に、その瞳は、青空に見えたから。


5 :菊之助 :2007/01/10(水) 00:36:38 ID:ncPiPLxi

闇と空。

 ここはどこだ?
 暗い闇の中で、『彼』はただそう思った。
 前も見えない、後ろも見えない。夜の闇とてまさかこれほど深いものではないだろう。
 肌を刺すような冷たさが体を覆っているというのに、吐いた息の白さが見えないような世界だ。いや、既に「息」というものが存在していないのかもしれない。
(ああ、ついにここまで来てしまったのか)
 死人は闇の中を渡り、死の世界へと続く門へと進む。ただし、前世で悪行を連ねたもの(それは盗み、殺人、淫行等)はいつまで経ってもその門にたどり着くことが出来ず、永劫極寒の闇の中をさ迷い歩くのだ。
 だが、例外もある。それは戦場にて勇猛果敢な戦いぶりをみせた「戦士」の場合だ。
 戦士が戦場で死ぬと、その魂は戦乙女によって天界へと導かれる。それは平素、死人が行き着く死の世界とは全く異なる、神々の領域だ。そこに招かれた戦士たちは、神々が己達の敵とする魔なる者との戦いに備え、日夜訓練に明け暮れるときく。そして真の戦いの際に、彼らは神々と共に戦場へと駆り出されるのだ……。
 『彼』は幼い頃からその話を御伽噺のように聞いていた。
 男子ならば、死の世界よりも天界に連れて行かれることを望む。『彼』もそうだった。
 そして、数奇な運命を経て、事実彼は『現世』での戦場で、その名を知らぬ者はいないと呼ばれるほどの戦士として活躍した。
 多くの敵をなぎ払い、斬りつけ、死の世界へと誘う。
 この世には悪も正義もない。ただ目の前にいる「敵」と呼べるものをただ倒すのみ。そうして、ずっと生きてきた。


 生きてきたはずなのに、なぜだろうか。


 『彼』は、今、闇の中で「安息」のようなものを味わっていた。

 戦士として生きるものならば、天界へと導かれていない事実に驚愕し、落胆することだろうに。
 身を切るような寒さの中で、ひどく緩慢な思考の元、『彼』は微笑さえその精悍な顔に浮かべていた。
 昔。
 それはひどく昔。
 まだ人の肌を切りつけるということも、骨を折るということも、戦場のにおい、絶叫、悲しみも何も知らなかった遠い過去に、幼かった『彼』はふと思ったことがあった。
 自分は将来戦士として生きるだろうが、それでは、戦士になれない母上や姉上はどうなるのか?
 彼女たちだけではない。
 航海を続ける近所の翁や、羊飼いのシュテル達は、どうなるのだろうか。
 戦士として自分が天界に導かれたとして、戦士ではない彼らは決してその天界の門をくぐることはできないわけである。
 それは永遠の別離。
 死してもいくべき世界が同じならば出会える可能性があるというものの、世界が違えば当に二度と会うことが出来ない。
 幼い『彼』はそれを考えるたび、恐怖し、悲しみにくれ、絶望を感じた後、己の考えを振り払うかのように毛布をかぶって眠りについたものだった。
 
 だからだろうか。
 今の『彼』はひどく落ち着いた気分で居る。
 戦場は、もう、いい。
 多くの人々を殺したことに後悔しているのかと問われれば「していない」と答えるだろうが(そうでなかったら、『彼』は当の昔に死んでいた)、『彼』のこれまで行ったことにより、『彼』の人生で唯一と思える存在をなくしたことがどうしようもなく後悔していた。



 その存在は、否、存在「達」は、『彼』のような戦士では無かった。
 だから死しても天界に導かれることも無く、闇の中をさまよっていることだろう。それを考えると、『彼』はその「存在達」と同じ世界に来れたことを嬉しく思った。
 だって、ここにいれば「存在達」に再びあえるかもしれないからだ。
 
 己の手の中で冷たくなっていったその体。
 見開かれた目。
 何もかもを嘘にしてしまえたらどれだけ良かったかと、何度も何度も『彼』は神々に願った。
 でも、人生はそうもいかない。事実は事実。望んでも『嘘』にはならないのである。
 

 闇の中に一歩足を踏み出して、彼は鼻をくんくんと動かした。懐かしい匂いはしないだろうか、と。花のようなあの、優しい香りと、心が嬉しくなるような甘酸っぱい香り。
 だが、彼の鼻が何かの香りを探し出すその前に。
 

 彼の世界は突如現れた『光』へと包み込まれる。



















 気づけば、『彼』は目を開けていた。
 ぼやける視界に見えたのは、空の色をした蒼い瞳だった……。


6 :異龍闇 :2007/01/20(土) 12:57:06 ID:QmuDsJYm

(空葬終曲:レクイエム)

 灰色の空とビル群だった視界は深紅と橙色の極彩色に塗り潰されていた。
 炎の蹂躙。
 ワシントンDC、ニューヨーク、ロサンジェルス、シカゴ、ダラス、オタワ、ロンドン、エディンバラ、パリ、ベルリン、モスクワ、リヤド、ニューデリー、フォルモサ、ソウル、北京、上海、香港、そして、東京。
 その全て、灰燼と帰す手前。


 世界に類を見ない、行政経済軍事を徹底破壊する同時多発テロ。
 【天使】と名乗る彼らは犯行の前後に【審判の日】が来たと声明し、混乱と疑惑の渦に世界を叩き込んだ。


 特異としか言えない能力で世界各国の政府と軍部を嘲笑った彼らの代表『メタトロン』なる者は、

 「あと七日」

 の言葉を残し、テロの直後に天使の者ども共々で人々の中へとひっそりと紛れ込んだ。



 昨日までの隣人はテロ、否、得体の知れないモノへの恐怖のために暴徒となり、イカれた、そして同時にまともな人々は、彼らを狩るために魔女狩りを始め、それを取り締まるために政府は人民を虐殺し、もしくは無駄な宣伝を重ね、混乱の一途を辿っていた。
 人心は荒廃を極め、人の住まいだった場所は屠殺場と大差の無い場所へと変じていた。
 まるで籠の中に腐敗した林檎を投じるかのごとく、じわじわと、そして確実に得体の知れない天使たちの攻撃が人々の命と倫理を蝕んでいった。



 そんな中、人々は白い衣で飛び回る殺戮者、【天使】達の間に『灰色の亡者』を見始めたと言う。
 彼らを狩る【悪魔】とも【邪霊】とも知れない灰色の塊。

 両拳が天使を砕き破壊し、
 双掌が天使を吹き飛ばし、
 五指が天使を引き千切り、
 足先が天使を蹴り飛ばし、
 その者は蒼穹を飛翔する。

 その珠玉の技、天下無双にして兇器。
 大陸南部、安徽省より伝わる秘拳。
 錬磨された技は護身などと言う領域を遥かに超え、一撃が一殺の禁忌。

 心意六合拳の使い手、灰色の亡者。

 その名を聞いて、彼が一年前に日本を騒がせた【東京タワー崩壊事件】の主犯格とされ、その後消息を絶っていた【超躍者(リーパー)】と気付いたのは日本国内で僅か七人だけだった。



 …………………………………………
 ……………………
 …………

 テロリスト、メタトロンの宣言から最後の刻限、七日目の朝方。
 倒れたビルの脇。
 その今にも崩れそうなビルとビルの間の影、更なる奥に男が潜んでいた。
 荒い息。鍛えられた肉体に浮かぶ多量の汗、血、打撲。鼻血。半開きの口からの涎と喀血。血走った眼。右手には銀色の針。傍らに灰色の防護服と仮面。

 注射器をその腕に突きたてようとして、血管を注射器が捉えられない事に苛立てる。直後、震える両手がその行動を妨げている事に、そして彼が『もう戻れないところまで』来ている事に改めて気付いた。
 深呼吸を一度二度。
 高ぶり、破裂しそうなほど高まった気、もとい脳内物質が受容体を駆け巡り、出来の悪いカクテルを絶え間なくがぶ飲みさせられている気分だった。
 鼻血が漏れているのに鼻の奥底から高原のような爽やかな匂いを感じる。
 ついに自身の体を這いずる虫の多足を感じ始め、自らの皮膚をバリバリと掻き毟った。
 視界は白く濁っている。霧に包まれているよう感じるにも関わらず、世界は眩しいくらいに明るい。
 血管を剥き出しにするほど引っ掻いてそこに見えたのは蛆、百足、蚯蚓。
 いや、それは彼の幻視だった。しかし、それに瞬時に気付く事も困難なほど、彼は病状が進行していた。
 突然、鉄が甘く熔けるほどだった火災、その余熱を持っていたはずの周囲が彼の皮膚が鳥肌になるほど寒く感じられた。
 むろん幻覚。鋭敏だったはずの感性は反転し、逆にその繊細さが混乱を極めて彼に牙の如く噛み付き、引き千切り、自身の感覚の居所を失って徐々に弱っていた。
 今では燃える煤の臭いすら判別もつかない。
 全てが胡乱。思考もループとも歪曲しれぬ円環を巡り、辿る。
 そのため、いつもなら彼の全身が捉える事が出来るはずの、背後の不躾な存在すら感知できなかった。



「情けない」
 冷水を彼の全身に浴びせかけるような声が頭蓋に響く。
 ビクリと背を震わせ、真円に近いほど見開かれた瞳をギョロリと彼はその存在に向けた。
 そして視認が終わる頃にはその存在を組み敷き、震えながらも傍らに置いていた空の注射器を相手の首筋に押し付けていた。

 短い髪。小柄な体。胸。くびれた腰。

「よっ」
「な、なんだ……、君か」

 一年前のあの時に出会い、卒業以来は会う事の無かった彼女だった。
 確かあの後は、毒蟲の推薦で製薬会社の研究機関に、身元を隠すために組み込まれたのだった。
 彼の記憶が正しければ今彼自身が握っている注射器の中の薬も、彼女が改良、もしくは作り出したもののはずだった。

「で、この首に刺さってる、物騒なものを取り外してくれないかな?」
「はっ……、いやだね。もう、誰が敵で、何時味方で、何処が戦場なのかも分からないんだ。君を――」


 信用出来ない、と彼らしくもない台詞に彼女は目を閉じて笑う。

「重症じゃない」
「…………」
「EDSの重度合併症。他者に対する疑惑感、視認領域とも重なる幻覚症状、神経系統の乱れに因る四肢の震えと多足蟲の這いずる感覚、瞳孔の拡大から生じる明暗察知の欠如。そろそろ味覚器官もイカれてきて勝手に舌が甘みを感じるんじゃないかしら? それとも嗅覚から爽やかな高原の匂いでも感じてから最初に消失し始めたかしら?」
「…………」

 口腔を舐め回すと感じる、甘み。

「薬を打つ暇が無いなんて言い訳は無しよ。あなたは【天使化】したにも関わらず、人間に戻った。その反動は薬ではどうにもならない。【能力(ギフト)】を使わずに静かに暮らすしか、長生きする方法はないのよ」

 とろ火の残るビル間で汗を掻く彼女。その臭いを彼は捉える。


「でもあなたを止める事は私は出来ない」

 濁った視界が徐々にクリアになっていく。

「天使達を殺せるのは同じ能力を持ちながら、『あの意志』に逆らう事が出来る堕天使(あなた)だけ」

 高原の匂いが薄れ、鉄錆のような血の臭いと焦げ付いたビルと廃棄物の臭いがし始める。

「私は彼方を信じる。もう一度、天使になっても戻ってくることを……」
「っう!」

 彼が左腕に感じた痛みと共に、彼女の右手が薬を流し切った注射器をその腕から引き抜いた。

「どう? 現実に戻った感覚は? 彼方が今使っているのよりちょっと強めの薬よ」
「――多数の打撲、左前腕尺骨の打撃による罅、首も締められるのから逃げる時に筋を違えているね。右脇腹は膝蹴りをしこたま貰って肝臓が腫れている感じがする。あ、さっき右肩に九ミリ弾を喰らったはずだけど、クラクラしている時に面倒くさくて自分の指で穿り返したと思う」
「見せて」

 壁に鈍重な身体を横たえて、彼は彼女に身体を曝け出した。今年で十周年になる、瘡蓋の重なった火傷の痕。その上から付いた傷跡と現在進行形の傷。
 その身体を彼女の、見た目に比べて長い舌がなぞる。一年前のように。
 彼女の下が彼の艶かしい筋や肉をなぞる度に、彼の体が痛みと、それとは違う何かの感情で震えた。
 なめくじの通った跡の様に残る舌の道筋から彼女の柔肉が離れた。

「フィブリン包帯持っているでしょ?」
「あー、昨日骨折していた子が居たから自分の分も使っちゃった」
「そう」

 彼女は腰後ろに下げたポーチからその包帯を取り出して彼の身体を巻き始めた。

「フィブリン包帯っていっても、内部に含まれた繊維で普通の包帯より身体に馴染みやすいだけで別に直ったわけじゃないから、その辺りは勘違いしないでね?」
「うん」

 ミイラみたいに全身をほぼ隈なく巻くと彼のボディアーマーを胴体に被せた。

「鎧の圧迫率は変えないで。内臓を上に向かって締めていれば自然と代謝が挙がってくれるから」
「でも動き辛くなるから僕は嫌なんだよなぁ。胴体って僕の拳の動きの源だよ?」
「死んだらそんな台詞も吐けなくなるよ。達人なんでしょ? それくらい何とかしてよ。……勝手に変えた圧迫率戻すからね」
「へぇい」

 最後に彼女の細い指が携えた灰色の仮面に諸手を広げる。
 でも彼女は渡さない。
 一年前にも味わった沈黙。

「『趣味』止める気はないの?」
「ないね」

 即答。

「快楽でもなく、贖罪でもなく、義務でもなく、復讐でもなく、趣味でそこまでするんだ?」
「そう言う人はいっぱい居るよ。何事にもリスクはあるさ」
「本当に、復讐もないの?」
「……少しはある。メタトロンの、ふざけた面に拳を叩き込むくらいはね」
「差し違うなんてダメだよ?」
「さぁ? 地上最強の大天使様達の猛攻に、僕の功夫(実力)が確実に通じれば、差し違う事なんてないだろうね」

 仮面を受け取り、被せる瞬間。
 ――彼の唇と口の中に感じた柔らかく甘い感覚。呼吸の一時停止。
 装着。

「まだ薬が効いてないのかな? 僕の口の中がすげー甘かった」
「死なないで」
「……女の子ってさ、無理な注文ばかりする生命体だと僕は思うんだ」

 仮面越しに見える涙。装甲を隔てても感じる激情。
 引き止めるような視線から立ち上がり、彼はナックルガードを施したグローブ越しから拳を握る。
 体調は六割の回復状況。
 戦意は上々。

 後ろは振り返らない。
 薬を打ったお陰で、彼は目視せずとも取り囲む四百の敵意を感じ取られた。

「誰か言っていたな。『ヒーローは風のように現れて、嵐のように戦って、旭日と共に戻ってくる』……、なーんてね」

 ビルの谷間から飛び出す灰色の陰影。それに群がる白い光の束。


 ただの体術によって全天使千五百七十二人が壊滅する十一時間四十五分前、
 大天使達がメタトロンを含めて、この地上から完全に彼の手で消える十七時間十六分前、
 エウクセイノスの上空五十キロメートルに辿り着く十七時間十九分前の出来事だった。


7 :菊之助 :2007/02/09(金) 21:18:14 ID:nmz3mikH

夢と知りせば、現世の。

 老人はその日、ずいぶんと前に別れた妻を思って、リビングの椅子に腰掛けていた。 
 手の中にあるのは、古びた写真を綴じこんだアルバムだ。
 若かりし日の自分と、そして最愛の妻がそこにいる。勿論、変わらない姿で。
 変わっていくのは自分だけか……。
 その思いが、老人の顔の皺を苦々しくゆがめさせた。

 長い長い年月を過ごしてきた。
 その間に、何度も死にかけて、それでも愛を知り、娘が生まれ、当惑しつつ、そうして孫までも受けた。すばらしい人生だ。すばらしい人生であるが故に、そこには白紙に落とした墨のような、消えることのない一点の曇りが生まれる。
(……リューゼ)
 妻の名を心の中で呼んでから、老人は固く目を閉じた。そうすれば、あの日の、あの若かった日のすべてが思い出されるような気がしたからだ。

 だが、老人の思考は、夢のような世界に行き着くまでに我に返る。
 孫が『拾ってきた』青年が、確か二階に眠っていたはずだ。
 散々な様子で、それこそ息をしていることも不思議だというくらいの傷であったその青年は、かれこれ三日間眠り続けている。今も確か、孫はその青年の様子を見るために二階へあがったはずである。

 
 突如起こった怒声。
 それはまさしく孫のものであった。
 彼の長年の経験が、「これは一大事だ」と知らせている。
 だから老人は、アルバムを椅子に放り出すと、あわてて二階へと走っていった。


8 :寝狐 :2007/02/12(月) 19:17:05 ID:mcLmm4n7

大天使と機関砲

 世界地図から見て西側にあるサーストリア大陸の機械都市ガンダルから北東30km離れた岩と砂に囲まれた地で、一人の少女が遠くを眺めるように目を細め、右手を高く掲げた。しばらくそうしていると、手を下ろして、前方にある平べったい岩に置かれた掌サイズの分厚い金属製の箱に声をかけた。
「天気は快晴。風も良好。……よーし、それじゃあメタトロン。目標は1800メートル先のやつで。時間は32秒。弾数は気にしなくていいわよ」
『……了解(ヤー)
 応えた声は二メートル程左の台座に置かれた砲身長二.〇五メートルの六銃身二十ミリ機関砲との接続コードから信号を送る。
 信号を受け取った機関砲は電気による外部動力によりローターを回転させ、カムにより装填、閉鎖、そして発射した。

 ズドドドドドドドド……

 Close-In Weapon System Valcan。通称、CIWSバルカン砲。
 元々は普通の20mm機関砲だったM61A1を非合法改造して、各種電子機器と統合されユニット化させたのがこのCIWSバルカン砲である。
「おーけー。メタトロン、冷却が終わったら10秒の予備待機。その後目標1900メートル先の的で発射時間は3秒。連射10回で射程距離の計測」
『……了解(ヤー)
 パシュゥとCIWSのダクトから余剰熱の放出。赤くなっていた砲口が徐々に元の色に戻っていく。そしてそのまま冷却装置を作動させる。
 久魅那の声に応えたのは、分厚い金属製の箱にある紅い宝玉だ。メタトロンと呼ばれるそれは、超高速演算処理装置を備えた成長型人工知能である。女性型に設定されており、久魅那のサポートAIでもある。そんな彼女が入っている箱はコア・ユニットという本体であるメタトロンを護る鋼鉄の制御箱だ。
「クミナちゃ〜ん。どう? 調子は?」
 少女――天璽久魅那の背後から声がかかった。振り向くと、整備服を着込んだ若い女性がいた。久魅那がお世話になっている機械整備店の人だ。明るくサバサバした性格が久魅那と相性がよく、すぐに打ち解けたのはいいのだったが、かなりの巨乳であるため整備服を窮屈そうに押し上げている姿に、他の女性と比べても大きい方である久魅那でもすごいと思ったほどだ。
「上々ってとこかな? ……まぁ、ほんとは30mmタイプが良かったんだけどねー。20mmじゃ破壊力に不足だし」
「ウチには無いわよそんなもん。大体、あんな兵器、バイクに取り付けようとする方がすごいわよ」
「それがあたしだからね〜」
「全く……。それにあれの改良も結構大変だったんだからね。本来なら最大発射速度に達するまでに約0.3秒かかるところを約0.18秒まで縮めて、無駄弾少なくするために停止時間も約0.3秒になるようにしたんだから」
「あんたならできるからこそ、あたしはあんたの店を選んだのよ。いい目してるでしょ?」
「どこがよ? おかげでこっちは徹夜作業。改良するのに設計のし直しと試行錯誤で3週間もかかったんだから」
「そこは感謝してるわよ。それにお礼金も上乗せしておいたんだし」
「金もいいけど、どうせなら休日を貰いたいわねー」
「そりゃごもっとも」
 冷却が終え、10秒の予備待機を終えたメタトロンは、命令どおり電気による外部動力によりローターを回転させ、カムにより装填、閉鎖、発射、開放、俳莢という動作を繰り返す。

 ズドドドドドドドド……

「やっぱ連続射撃時間は30秒が限界ねー。それ以上だと砲身過熱がヤバくなるし……」
「冷却装置は搭載してるけど、冷却時間に10秒はかかるしねー。連続使用は無理だと思うよ」

 ズドドドドドドドド……

「冷却しながら撃つのは?」
「いや、それヤバイから。冷却が間に合わなくなるって。……っというより壊れるから、そんな扱いすると」
「壊れたらまた修理すればいいじゃない?」
「それは直すのは誰かしらね〜?」
 ふくよかな胸の前に持ち上げた手にある50番スパナをギュっと握るお姉さんに、久魅那も頬を引き攣って「にゃはははは……」苦笑いをする。

 ズドドドドドドドド……

「砲弾は炸薬・焼夷弾(M56A3)装弾筒付徹甲弾(APDS)、対魔族戦用砲弾として祝福儀礼された魔断銀弾の三種類。最後のはこっちじゃ用意できないけど他の二つはありったけのを弾倉に入れておくわ。ついでだから、リンクレス・コンベアも予備つけておくし」
「ん。ありがと」

 ズドドドドドドドド……カチン…………キュイン、ガチャン! ズドドドドドドドド……

 CIWSバルカン砲の横にあるドラム缶モドキの弾倉と繋がったリンクレス・コンベアから砲弾が送られ、砲弾が薬室に供給されると遊底が砲尾を閉鎖、撃発装置により雷管に点火、発射薬を燃焼させ、砲弾を発射。
 使用された薬莢は薬室から排出、別系統のリンクレス・コンベアに送り出され、弾倉に戻される。
「砲身の素材はー?」
「クロム・モリブデン・バナジウム鋼を使ってるわよ。まぁ、貴方のいう天界技術の自動修復機能とやらのおかげで砲身寿命は無いけれど、メンテナンスは必要だからねー」
「へいへい。わかっていますよー」

 ズドドドドドドドド……

「それと、弐式から参式にする際に不要になったパーツはこっちで引き取るわ。リサイクルに使えるしね。……やっぱバランスの問題よね。どんなに速度とかが良くてもバランスが悪きゃ意味無いし」
「そこで思いついたのが三輪よ! アレならバランス性能は上がるはずだし」
「まぁ、確かに。横転することはまず無いわね」
 これまでの弐式バイクは二輪であったのだが、参式へと再改造する今回は三輪にするという久魅那の提案が可決された。元々モンスターバイクであった弐式は機動力こそ凄まじかったものの、戦闘に特化していたわけではなかった。故に参式は完全戦闘仕様にしようということになったのだ。

 ズドドドドドドドド……

「それで、バイク本体の再改造はいいとして。肝心のキャタピラの方はどうなってんの?」
「そこはノープロブレムよ。装甲にはタングステンよりも硬度があり、運動エネルギー弾と化学エネルギー弾に対して溶解し難いから高い防御力を有する減損ウラン装甲(ヘビー・アーマー)型。動力はタイヤ部に内蔵しているパワードGホイールと連動しているからパージしても動作不良で勝手に走るっていうことはないから問題ないわ」

 ズドドドドドドドド……カチン……キュゥン

 そう話しているうちにいつの間にか砲撃の音は収まっていることに久魅那は気付く。視線をCIWSバルカン砲に向けると、先ほどのようにメタトロンはダクトから余剰熱を放出させていた。どうやら終わった様子である。
「どう? メタトロン。このバルカン砲は?」
 メタトロン本体があるコア・ユニットの傍まで近づいて久魅那は問う。
『有効射程距離の計測終了。地対空射撃、約1000m。地対地射撃、約1800m』
「……いや、計測はいいんだけど。えーと、あんたの感想を聞いているんだけど?」
『性能、安全対策、共に問題ありません』
「いや、聞いてるのはそこじゃなくて……はぁ〜」
「まあまあクミナちゃん。まだメタちゃんはまだまだ学習成長中だから……」
「わーってるわよ。まぁ、こいつの成長を見守るのも守護者としての役割みたいなもんだけどね……」
 ポンっとコア・ユニットに手を乗せる。
「頼むわよ。……相棒」


      【了】


9 :ハリセンボン :2007/03/04(日) 13:00:35 ID:m3knVcm4

魔術師、未だ白

 街頭の明かりは夜闇の中、肌も露な女達を怪しく艶やかに見せる。
 視線を上方に向ければそこには窓の閉まった部屋がいくつもある。安い木賃宿は客と娼婦の交渉が纏まれば爛れた情事の宿になる。

 街頭の端、オンボロで時々明かりがちらつく電灯の近くで一人の青年が本を読んでいる。
 顔立ちはまだ幼い。肩辺りまで伸びたその黒髪は紐で括られている。服装も体に合わないだぶ付いたものを無理やり着ているのだろう。端々が余っている。
 だが、それでも、ひどく耳目を引く少年だったことは疑いない。
 おそらく歳は十五いくつか程度のはずだが、恵まれた長身を壁に預けて腰掛けている。道端に座るのは正直感心しないが、この少年の場合ひどく似合っていた。肌は浅黒く、目は鋭い。さながらコンクリートのジャングルの中に迷い込んだ剣虎。
 そんな彼は面白くなさそうに手元の本を読み終えたのか、ぼん、と大きく音を立てて閉まった。もし、タイトルを注視するものがいれば目を見張るだろう。高等数学の本、それも極めて難解な大の大人でも理解する事が困難であろう専門書だった。
「くそ、幾ら金貰ってるからって、時間掛けさせすぎじゃねぇか」
 その少年は面白く無さそうに歯をむき出しにすると、近くに置いていた鞄に今まで読んでいた本と、書き上げた文章を放り込んだ。
 はてさて、奇怪な依頼だったと少年は思う。だが、この仕事で結構な額の金銭が手に入る。この古着屋で二束三文で買い叩いた服ともおさらばだ。
「ねー、エルー」
 少年は自分を呼ぶ子供の声に片眉を吊り上げた。その彼の名前の略称を呼ばれる事は、少年にとってあまり嬉しくない事だったからだ。見れば彼よりさらに年下、ストリートを住処とする、大人の庇護を必要とする年頃の小さな男の子がこちらに駆け寄ってきた。夜闇なのに、外出を禁じる親は居ない。いや、親というなら周りの女達すべて母のようなものか。
「おう、餓鬼共。前々から言ってるじゃねぇか、タコ。俺をんな女みてぇな略称で呼ぶな、つってんだろ」
 言葉それ自体はぶっきら棒で乱暴な響きだが、言葉には親しみが込められている。文脈が怒りでも実際は指して気にしていないことは明白だった。彼に付きまとう子供たちもそれを理解しているのだろう。おびえる様子は微塵もない。
「でもー、エルムゴートって呼びにくいよー」
「んなこた、名付けたママに言えよ」
 エルムゴートは忌々しそうに爪を噛んだ。このどこにでもあるくそったれな町で、ただ一言「母」と呼ばれる人物は一人しかいない。娼婦達を束ね、子供たちを束ねる占い師の老婆。ただ母という尊称を持って呼ばれる女性。
 ここにいる子供らも「母」が束ねるこの町だからこそ生きている。
 エルムゴート、そう呼ばれた少年も外面では憎まれ口を叩いているが内面では深い敬意を抱いている。頭が上がらない相手であることは確かだった。
 少年はその恵まれた体躯を起こすと、軽くあくびをした。その彼についていくようにちょこちょことついて来る。彼はエルムゴートが読んでいたその本に興味を惹かれたらしい、指差して尋ねる。
「ねー、エル。なんのお仕事してたの?」
「フェルマーの最終定理の証明」
「なぁにそれ?」
「どうでも良いこった」
 エルムゴートは軽くあくびをしながら隣の子供の頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。
 まったく奇妙な依頼をしてきたものである。高等数学の本に書かれた内容を理解し、そしてその定理を証明すれば5000ドルの報酬が約束されている。
 彼には金が必要だった。彼と同じ境遇の子供はこの町には腐るほどいる。生きるには金が必要だった。他人の命など札束数枚程度の価値しか持たないこの町では、言い換えれば数十枚の紙切れだけで拾える命があるのだ。奪われる命を力尽くで奪い返す金が必要だった。


 少年、エルムゴートは一人、待ち合わせの公園に行くと、そこに居た小柄な老人に、これまで渡してきた定理を証明する最後の紙を放り投げて渡した。
 受け取った老人はそれを受け取ると、懐から紙袋を取り出して放り返す。それを受け取るとエルムゴートは無言できびすを返した。
「少しは仕事を依頼した相手の事を聞かんのかね? お若いの」
「ミスタ・ガルアーノだろ? この町以外を仕切るマフィアのビッグボス。……話したいってんなら、さっきからこっちを伺っている手下どもをどけてくれねぇか? 銃口向けられて話し合える程、俺ぁ肝が太くねぇんだ」
 周囲に溶け込んでいたと思われた気配がいくつかざわめく。
 三下ね、図星を突かれた程度で動揺するとは。エルムゴートは内心嘲笑う。
「あいにくだが俺はあんたと話すほど暇じゃねぇよ。仕事は終わった、筋は通した。これ以上あんたと関わる接点は無いな」
 唇の端を吊り上げ、笑みを見せるとエルムゴートは足早に去っていく。
 ガルアーノは今度は呼び止めるつもりは無いのか、嘆息を漏らすのみだった。そんな彼に部下らしき男が一人近づいてくる。
「……宜しいのですか? ミスター。あなたに無礼を働く人間をほっておかれても……」
「構わんよ」
 かくしゃくとした老人はからからと笑った。陽気そうに声を張り上げ、先ほど手渡された紙袋を広げて見る。エルムゴートが仕事として引き受けたそれ。難解な公式と文章が羅列するそれを満足そうに見やると老人は呟く。
「気まぐれで行わせた彼の知能指数はいくつか知っておるかね? IQ200『以上』の文字通りの天才だそうじゃ」
「……あれが、ですか?」
 歩き去っていく後ろ姿に目を走らせ、信じがたいものを見るように部下の男が呟く。
「わしは、あれを巨大なダイヤの原石と思っておる。カットの仕方で如何様にも光り輝く大粒のな。……わしの老後の楽しみじゃな。あの未完の大器が、どのように化けるのか。今のまま、幼き子供を守る天使になるのか。……策謀と陰謀を友とする黒幕になるのか……」
 一拍、言葉をとめて老人は楽しそうに笑う。
「無軌道に破壊を行う、戦慄すべき魔王として大成するのか」


10 :菊之助 :2007/04/26(木) 20:22:21 ID:kmnkzJon

目覚めた彼は

 俺の生き場所はやはり戦場なのだろうか?




 少年は困惑していた。
 困惑したというよりも、何が起こったのかが分からなかったという方が正しい。
 眠っている『彼』の様子を見に来たまではよかったのだ。
 三日三晩眠っている『彼』。拾ってきた当の本人としては、『彼』がいつ目を覚ますか気になって、少年は暇さえあれば『彼』の眠る客間を訪れ、その様子を観察した。
 その『彼』が、突如として目を開いた。
 金色の目は思いのほか力強く、瞬間少年はその眼に射竦められた気がした。
 そして。
 喉を。
 掴まれていた。

「ぐぅうげっ!?」
 漸く尖ってきた喉仏が潰されたのではないかと思ったが、それでも悲鳴のような声を出せたのは我ながら立派だったと、少年は思った。思ったところで事態は好転しない。包帯で巻かれた体、まさに満身創痍の『彼』はとても動ける状態ではないはずだ。それなのに、今、まさに、『彼』は少年の首を絞め、殺そうとしている。


 そうだ、殺そうとしているんだ。

 殺意を向けられた事実にギョッとした少年は、とっさに術の構成を練り上げた。彼の得意とする雷。ただし非常時だということもあって、うまく制御が出来ない。
(! ……やべぇっ!)
 思った時には遅かった。つい手を離してしまいたくなる程度の静電気を生み出すはずが、狭い客間に響き渡ったのは明らかに静電気とは異なる雷鳴。
 『彼』の眼が一瞬大きく見開かれ、それはすぐさま声にならない叫びと苦悶の表情の中に沈んでいった。
 


 髪の焦げるいやな臭いが部屋の中を満たしたころ、『彼』は力なくベッドの中で意識を失い倒れている。少年は痛んで空気を吸い込むことさえ苦しい己の喉を押さえながら、茫然と『彼』を見下ろしていた。
「……なんてこった」
 震える声で呟いたが、むろん『彼』が反応することはない。その体に巻きついた包帯は所々焦げていて、雷撃のすさまじさを如実に教えていた。少年は自分の全身から音をたてて血が引いて行くのがわかった。心配していた相手に、昏倒していた相手に、それこそ文字通り死にそうだった相手に。
「とどめ、さしちゃった……」
 少年は青ざめる。とにかくすぐさま『彼』の首筋に手をおいて、脈を確かめた。待つことしばし。微弱で乱れてはいるが、鼓動はあった。ホッと息を吐いたのもつかの間で、その乱れ具合に焦げ具合(本当に顔の一部は黒く煤けていた)に少年は更にあわてる。自分の魔術で『彼』の外的損傷は直すことができるかもしれないが、それで命を助けることができるわけではない。魔術での治癒は、治癒する相手の生命力にかかっている。相手が健康な場合、ちょっとした傷を魔術で治すのはまったく問題ないのだが、生命力が弱っている時、病気を患っている時に外傷を治すにはその人物が持つ生命力を引いて治癒するため、結果相手の具合をさらに悪化させかねない。
 『彼』は大けがを負っていた。打撲、裂傷はもちろん、発見した時は腹が裂けて腸がはみ出していた。止血をするために外側の皮膚を術によって一時形成することは可能だったが、筋肉組織を再生させることはけがの状態から無理だったのだ。その彼を、昏睡からようやく目覚めた彼を再び昏倒させてしまった。しかも新たな傷を増えさせた。とどめをさしたという表現は、あながち間違いではない。
「リロイ!」
 大声とともに、少年の背後の扉が開け放たれる。驚愕の表情でそこに立っていたのは、少年の実の祖父だ。短く刈られた硬い白髪に、長い鬚に覆われた顔は、孫の無事を見て一瞬安堵した様子だったが、ベッドの上で焦げている『彼』を見つけて、その顔はすぐさま憤怒のそれに変わる。
「この馬鹿孫が!」
「あいっだぁ!?」
 突如として鉄拳で脳天を打ち砕かれ、少年は悲鳴とともに床に倒れ伏した。だが、彼の祖父はそんなことお構いなしに孫を罵倒する。
「どれだけ魔術の制御をしろといっていると思っているんだ、この馬鹿孫が! 何をされたか知らんが、重症の人間に対して雷撃を放つとは何事か!」
「こ、殺されそうになったんだぜ?!」
 骨が折れたのではないかと思うほど痛む頭に手をやりながら、少年は涙をにじませて祖父に抗議する。しかしもちろん、老人が孫の言い訳を聞き入れることはない。
「殺されそうになった?! お前がどうやったら殺されるっていうんだ!」
「ひ、ひでぇ!」
「それよりも生きているのだろうな、この青年は?」
「……脈はある」
「それじゃ答えにならんだろうが。お前、すぐに先生を呼んで来い。こういった怪我には我々だけでは対処が出来な……うん?」

 そこで老人の言葉が止まる。青年の様子を見て、厳しいまなざしになり黙り込んだ祖父を不思議に思い、いまだに頭を押さえたまま少年も同じように青年を覗き込んだ。そして絶句する。
 雷撃によって焼け焦げたはずの皮膚が、見る間に再生されていくではないか。焦げた部分だけではない。よく見てみると、あれほど腹の傷にばかり目が行っていたから気付かなかったが、顔にあれだけついていた細かな傷が完全に消えていた。驚異の回復力と言えばそうかもしれないが、この回復の仕方は明らかに人間のそれではない。

「じいちゃん……」
「医者を呼んでこいリロイ。出来る限り人に見つからないように、家につれてくるんだ」
「……どういう意味だ?」
 孫の言葉に祖父は苦々しい表情で答えた。
「口止めしないといかん。この青年、おそらく今もなお命を狙われているはずだ……」


11 :菊之助 :2007/05/06(日) 13:53:27 ID:kmnkzJon

その男

 ざくりと伸びた傷跡に、彼の背中を悪寒が駆け抜けた。手の中でいる彼女は、すでに物言わぬ骸と化し、それ故手の中にある重量がこれは現実であると彼に教えつつも、非現実的な要素が彼の頭を濃い霧の中を進むかのように鈍らせていた。
 彼女の青い瞳は、虚空を見つめていた。いや、実際には見つめていなかった。「見つめていた」と表記しないことには、彼の精神がもたなかったのだろう。
 ここにいるのは、単なる「愛する女の体」だ。
 彼女の本質である魂は、遠くへすでに旅立ってしまった。旅立ってしまったのだと認識し、それを認めようとするのに、彼は、もとい、彼の魂がそれを認めようとはしなかった。
 喉からせり上がるのが嗚咽ならばよかったのに。
 それならば、まだ、まだ彼は『哀しみ』という、およそ人間らしい感情に身を委ねて、長い時を後悔しつつも暮して行けたのかもしれない。
 だが、彼の喉からせりあがったのは違った。

 低く、大地を震えさすような声。

 それは嗚咽でもなければ、怒声でもない。
 それは。

 それは。


 『咆哮』だった。







 煤がこもる洞穴の中を、小男が一人あわてた様子で駆け抜ける。
 駆け抜けると表記したものの、その様子はあまりにも無様で、何度も平らな地面にひっかかっては顔面からこけ、立ち上がり、走るというよりも転び転んで前に進んでいるといった風だった。小男の手に持った電灯は薄暗い洞穴内部をチラチラと照らしては、さして広くもなく、しかし長い長い道を否応なしにどす暗く見せている。小男は、反対の手に持った大きなカバンに自らの体重がとられてしまわないよう気をつけながら(実際気をつけても絶えず転んでいるのだが)、彼の求める出口へと向かって走って行った。
 乱れる呼吸。
 止まぬ不安。
 だが、逃げ切れるだろう、大丈夫だ!
 そんないかにも頼りない言葉で自分を励まして、小男は走りに走った。わずかな明かりが、目的と思える扉の姿をようやく映し出す。安堵の声は男の口から出なかったが、それでも乱れた呼吸でひきつった顔に、さらにひきつった表情が浮かび上がるのを、洞穴の中を歩いていたトカゲがぎょっと見ていたことだろう。それが彼の安堵の笑顔だったとは誰にも理解できなかったところだろうが、とにかく男は嬉々としてその扉のノブにてをかけた。木造の扉は、その場で唯一の金属である蝶番に鈍い音をたてさせたものの、彼の望むとおりに開き、外への活路を見出した。
 かのように、思えたのだが。

「どこへ行くんだ、ギュンター?」
「ままっまあ、マルコ!?」
 開け放ったその場所に仁王立ちしている巨漢の老人の姿を目でとらえた瞬間、小男こと医師ギュンター・ミルドラスは腰をぬかし失禁した。曇り空の下でようやくはっきり認識できたギュンターの顔は、まだ五十そこそこの中年である。だが、仁王立ちしている老人、マルコ=ロイロードの気迫ある姿に比べ、年齢こそ彼より若いかもしれないがギュンターの方がはるかに年老いて見えた。もとい、年をとっても魅力あるマルコに比べると、薄くなった頭髪に突き出た腹、始終落ち着きなくきょろきょろと辺りをうかがうギュンターの姿が実年齢に関係なく見劣りするのは、仕方のないことかもしれない。
 そんなギュンターは、目の前の老人に対して既に奥歯がかみ合わない。黙り込み、ただ大きく見開いた眼がマルコを見上げて固まってしまっている。
「もう一度聞こうか、ギュンター?」
 その様子は端から承知していたのだろう、マルコは目の前の小男が失禁している事実もまるで気にせず彼に詰め寄った。そして、年齢の割にはいかにも健康で白く頑丈そうな歯を見せて、ほほ笑んだ。
「どこへ行くつもりだったんだ? もしや、警察か? それとも情報屋? 黙っていてはわからんだろう?」
 ほほ笑む姿が余計恐ろしい。ギュンターは医師という職業に欠かせないはずの冷静さを完全に欠いた様子で、がたがたと震えていた。ふるえつつ、最後の抵抗とばかりに口を開く。
「ち、違うんだマルコっ。お、おれは何もあの青年のことを告げ口しようなんて思っていない……」
「ほう、あの青年? 誰がいつ、青年のことを、なんて言ったかな?」
 ほほ笑みを絶やさず老人はやさしい声でそう聞いた。その笑顔と声に、ギュンターの震えが止まる。もとい、震えることさえも出来なくなった。血が凍ったというべきか、あまりの恐怖に逆に感覚がマヒしてしまったのかもしれない。わきに抱えた鞄を抱えなおして、医師は再び口を開いた。
「ま、マルコ、あなたの孫が連れてきた青年は危険だ。あの傷の治り具合、異常だ、早すぎる。あれは人間じゃない!」
「人間じゃなければなんだ? 腹黒い医師の顔をかぶった悪人か?」
 突如真顔になった老人は、言うなりギュンターの襟首をつかみ上げて自分の目線まで彼を掲げた。突如足もとから地面が消えたギュンターは、震えた悲鳴を口の端から漏らすしかない。彼の足先から尿のしずくが2,3滴地面にたれたが、老人はそんな医師の様子は完全に無視して低い低い声で囁いた。

「いいか、ギュンター・ミルドラス。闇医者として命を狙われ死にかけた貴様を、裏街から助けこの村に住まわせてやっているのは誰だと思う? そうでなければ今頃貴様は魚のえさだ」
「そ、それは……」
「今からでも遅くないな。ぶつ切りにして樽に詰め、明日の朝一番の汽車でアマルベ地区へ送り出そうか? あそこでは鮪の養殖に着手し始めたと聞くからな」
「か、勘弁してくれ、いや、勘弁してください、ロイロードさん……」
 涙と鼻水を垂れ流して懇願するギュンターの声は、いまや哀れなほどにか細く震えている。しかし老人は表情一つ変えず、さらに詰め寄って
「お前がこれからどこに行こうとしたかはしらないが、逃げようとしてもそうはいかないぞ? どうしても逃げるというのならば、あの青年の傷を治してからにしてもらおうか? うん?」
「で、ですがロイロードさん……あなたと、あ、あなたのお孫さんのことを思って申し上げますが、本当に、本当に本当にあの青年はまずいですよ……」
 顔を真っ青にしつつも反論しようとするギュンターに、マルコは片眉をあげた。身の危険を感じれば黒いものも白というこの男にしては、これほど自分の意見を口に出そうとするのは珍しい。だとすれば、何かしら例の青年に対する情報を握っていると考えるのが筋だろう。
「なんだ、何か知っているのか? 知っているならば、とっとと吐け」
 話しやすいように老人が襟首を離すと、引力に忠実にギュンターは地面に尻から落ちた。突然の痛みに短い悲鳴をあげた医師だったが、マルコの冷たい視線が降り注がれているのに気がついて腰をさすりながらも、一言ひとこと噛みしめるようにつぶやいた。

「せ、先日、昔馴染みの情報屋から定期的に仕入れている情報の片隅に、ある国の事件が載っていまして……」
「ほう、まだそんな奴らと付き合いがあったのか貴様。初耳だな」
「ひっ! い、いえ、本当にたまたまですっ……も、もう連絡を絶ちました、いえまだ絶ってませんが、これからすぐ絶ちます、なんなら私が、やつを毒殺してもいい……」
「物騒なことだな。まあいい。万一狼藉者が村に侵入してきたら、返り討ちにしてやる」
 その言葉が何も大げさなことではないことくらい十分に分かっていたギュンターは、緊張で喉を大きく鳴らしてから、話を続けた。
「そ、それで、そこに書いてあったんですよ。北方地区で大量殺人があったというのを……ロイロードさんもご存じでしょう? ヴェセックス領内にいた兵士は、国兵や蛮兵関係なく壊滅的被害にあったというやつですよ」
「ああ、そういえばあったな、そんな話」
 答えてマルコは、一週間ほど前に新聞に書かれていた記事を思い出す。
 北方ヴェセックスは、常に戦争の絶えない土地だった。周りを海で囲まれ、そして近くには軍を有する大小多くの国が点在した島が浮かんでいる。さらに北へ行けば厳しい寒さで人が暮らすのも困難な地域になるらしいが、ヴェセックスはちょうど大陸と大陸との間、ちょうど寒流と暖流の中間に座する島国であったため、ほかの島国と比べると気候は穏やかで作物もよく育つと聞く。それゆえ豊かなヴェセックスの土地を狙う国が後を絶たず、狙う国同士でも争いが収まることはなかった。またそんな戦争国家には必ず傭兵業がつきもので、北の海で鍛えられた蛮族がそんな国々に雇われては国力の下、小さな村の略奪を繰り返しているとも聞いていた。
 だが、そのヴェセックス国家が、ギュンターの言うとおり約一週間前に壊滅的打撃を受けたのだ。
 その惨状は筆舌に尽くしがたいもので、ヴェセックスの兵はもちろん、敵対していた国兵、彼らの雇われていた傭兵連までも、それこそ武器を有する者たちは見境なしに惨殺されたと聞く。死体の傷は深く、強烈な力でひねりちぎられたようなものもあったと、新聞記事は伝えていた。それが一晩にしてなされたことで、なおかつ彼らを殺害した者たちが何者だったのかも分かっていなかった(何故なら原因となる相手の姿を見たものは皆死んでしまったからだ)。ただ一見無差別殺人に思えたその惨劇だったが、不思議なことに一般人への被害は全く報告されていない。
 惨状の舞台となった場所は、確かに民間地域から離れた荒野の戦場ではあったが、兵士たちの世話をするため近隣の村々から農民たちが駆り出されており、当日も多くの一般人が兵士たちの世話に荒野で寝泊りしていた。生き残った彼らの話によると、夜半過ぎ突如として陣営が沸き立ち、四方八方から悲鳴と怒声が響き渡ったかと思うと、同時に血の匂いがあたりを満たしたらしい。暗がりで非戦闘員がどうこうできるわけもない。彼らは物陰に隠れ、身をかがめて震える互いの手を取りながら神に祈りをささげていたと聞く。どうか、この恐ろしいことが終わりますように、神よ、我々をお守りくださいと。
「ですが、中にいた一人の娘がね、あとで情報屋に聞かれてこっそり漏らしたらしいんですよ」
「漏らした? 何をだ?」
 マルコに問われて、ギュンターはほほをひきつらせた。
「その凄惨な場の中心となったやつ、つまり、元凶です」
「待て。やつ、ということはどういうことだ? まさか……」
 小男は自分でも信じられないといった様子で、だが確かに一度うなずいて言った。
「そう。ヴェネセックス兵士団を壊滅状況に陥れ、近隣諸国の兵士を惨殺し、類まれな力をもつ蛮族達を引きちぎって殺したのは、すべて一人の男の仕業なんですよ」
「ありえない。何百という数ではきかないだろう!?」
「無論、闇夜の襲撃は混乱した兵士たちの同士討ちによって更なる被害を招いたので、何も一人の男のみで彼ら全員を殺害したというわけではないでしょうが、確かにその娘はその男が突如としてあらわれ、屈強な兵士達を有無も言わせず殺害していく姿を見たと、情報屋はきいています……」
 言いつつ、ギュンターの体が思い出したかのように震えだした。その震えの理由を、マルコはすでに理解している。

「……男は、男はまだ生きていると踏まれているようなんです。何よりそいつの死体がみつかっていない。それに、何かもっと大きな理由があるのですよ、その襲撃した男には」
「素性は、もう知られているのか?」
 その問いにギュンターは小さくうなずいた。
「表では伏せられていますが、兵士達のなかですでに目星はついています。名前はクルーガー・バーズ。北方傭兵の一人でしたが、一年前突如として姿を消しています。か、かなりの腕利きだったそうで、弱冠十七歳、いや、今は十八歳か……? 年若くしてその功績は近隣の武将たちの中でも知られていると聞いています」
「十八……」
 孫と同じ年だと思いながら、マルコは苦い顔をした。
「黒髪、金眼のガタイのいいやつだそうで、そいつが加担した軍は必ず勝利するとまで言われているようです」
「ずいぶんな評価だな」
「そうなんです、でも名が知られているのは単にそいつの力がずば抜けて強いからというわけでもないのですよ。そいつのあだ名は『フェンリル』。むしろ戦場ではこちらの名の方が知られていたそうです……」
「フェンリル?」
 その名を聞いて、俄かにマルコが眉間にしわを寄せた。多くのパーツが一つの答えに行き着いた。老人の様子に、ギュンターはますます震えだした体を己で書き抱くようにして、つぶやいた。

「……そうです。フェンリルことクルーガー・バーズは、狼の獣人なんですよ……」


12 :菊之助 :2007/05/17(木) 00:53:17 ID:kmnkzJon

不可解

 まだ死んでないところをみると、どうやら自分はまだしなければならないことがあるらしい。
 なんて面倒な話だ。


 ひどく喉が渇いて、『彼』は反射的に右手を虚空へとのばしていた。が、実際は伸ばそうとしたところで、強烈な痛みに目が覚めただけだ。
 瞼を開くのがこれほど重労働だとは知らなかった。肌のすべてが膠で塗られたかのようにひきつり、痛む。だが、目を開けないことにはどうにもいけない。
 ようやく開いた彼の眼に、はじめに映ったのは、空でも天井でもない。
 
 見事な金髪に、空色の瞳。美しい少女の顔だ。
(……いや)
 猫のようなアーモンド形の瞳。通った鼻筋に薄い唇。類まれな美少女に見えるが、実際は類まれな「美少年」である。次第に『彼』の記憶はよみがえり始めた。
 そうだ、俺は倒れていたところをこいつに助けられた。
 あのままだったら死ねただろうに、助けたんだ、こいつは、俺を。
 だから、腹が立った。
 一度目を覚ました時、こいつの姿を見つけて反射的にその首を折ろうとした。それだけ動けるまでに回復したこと、死のうとしていた自分を助けたこと、その元凶である少年を許せなかった。
 しかし弱った体でもあと少しで相手の首の骨を折れると思った時に、突然体を四方から刺し突かれたような衝撃が『彼』を襲ったのである。そこから先は覚えていない。気を失ったのだろう。それでもまだ死ねなかった自分が、恥ずかしい。悔しく、情けなかった。

 少年の方は、こちらが目を覚ましたことに最初はギョッとしてひどく慌てた様子だった。それもそうだろう。感謝されるはずの相手に、突然喉をつかまれ殺されかけたのだ。そんな相手がまた目を覚ましたら、同じようにされかねないと思うのは生物だったら当り前のことである。予想通り、少年はあわてて『彼』から離れた。動けない『彼』の視界から、少年の姿が消える。だが、気配はすぐそばに感じた。ちょうど『彼』の手が届かないくらいの位置だ。
 まあ、どれだけ目と鼻の先にいたとして、すでに『彼』の中には少年を殺害する気持ちはなかったのだが。
 殺害したいのは、むしろ自分だ。傷を負いながらも生き延びてしまった自分自身だ。だが、自ら死のうとは思えなかった。それは自分を守り、死んでいった者達への冒瀆となる。彼らによって救われた命を、自ら落そうとはさすがに思えなかった。だからこそ。
(放っておけばよかったものを)
 再度思い直し、改めて少年の顔を眺めようと、彼は首を動かした。とたん、激痛が走る。首だけではなく、四肢を突き抜ける痛みに思わずうめいた。想像していたよりも傷はひどいらしい。それでも生き延びた自分に苦笑したいところだったが、口元をゆがめるだけで鋭い痛みが再び足先まで届いたので、実際に頬がひきつったようにしか見えなかったことだろう。だが、確かにその表情は視界の外にいた少年を呼び寄せるのに効果的だったらしい。少年はいまだ不審そうな顔つきをしているが、その眼の中には確実にこちらを心配しているような気配がうかがいしれた。心配だと? その表情を読み取った『彼』は再び苦笑しかけて、やめる。笑おうとしたところで今は痛みが増すだけだ。要するに、それだけの重傷なのだと認識して、『彼』はそれ以上無理に動くのはやめようと思った。
 そんな『彼』の意図を知るわけもなく、少年は困った顔で、そして恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……ええと、話せる?」
 まだ声変わりして間もないのではなかろうか。少年特有の高すぎず低すぎずの声に、問いかけられた『彼』は答えるわけでもなくただ少年を傍観していた。そんな『彼』の様子に、少年の方は更に困った顔をして、言葉を続けた。
「うーと、ヤフェ・アグリスタ? わからねぇ? それじゃ、ブラーマ・ボーノ? 西域語も分らんか……」
 聞きなれない単語を次から次へと口にして、少年を頭を抱え込む。どうやら、各国の言葉で『彼』に対して「言葉を話せるか?」と尋ねているらしいが、聞かれている当の本人はそんなこと関係なかった。第一、言葉は最初に話された共通語で理解できたものの、傷の深さと喉の渇きに口を開くことさえ出来ない『彼』が、返事をするのは不可能だ。が、少年はそんなことに気がつくわけもなく更に4つくらいほかの言語を用いて『彼』に話しかけてきた。
「あーうー、もうマジでわかんねーの? しらきってたら、また雷落とすからな!?」
 雷? 落とす?
(そういえば)
 と『彼』は思いだす。最後の記憶は確か焦げくさい匂いだった。それから光。光? 痛みというよりも、痺れを感じたのも事実だ。
 そうだ、何か、おかしなことがあったのだ。
 思い出す。思い出せ。思い出した。
「……テメェ」
「ぬおっ、しゃべった!?」
 ふつふつとわきあがってきた怒りは次第に増幅し、傷ついた体でありながらも『彼』の上半身を起こすだけの力へとなる。まるでゾンビのようにゆら〜りと起き上った『彼』に気が付き、少年はあからさまに慌てた様子で絶叫した。
「なんだよおまえ! 言葉わかってんじゃねーかよ!?」
「……黙れ。俺に何かしたのはテメェか?」
 地の底からわき上がるような声に、少年はゴクリと喉を鳴らす。自分よりはかなり大柄な青年ではあるが、それ以上に『彼』の迫力はこれまで少年があってきた者の中には存在しない人種だった。炯々と光る金色の目が、こちらを睨んでいる。全身包帯で巻かれていて、腹の傷もふさがっておらず、いくら驚異の回復力を見せつけたからといってもその体はまだまだ「満身創痍」という単語が似つかわしい。なのに、この迫力。やはり並々ならぬ人物なのだろう。少なくとも、一般市民ではなさそうだ。
 一度大きく息を吸い込んでから、少年ことリロイ・ロイロードは言葉を吐き出した。
「オレ、リロイっていう。あんたが倒れていたから助けたんだ。何かしたかと聞かれたら、確かに「した」と答えるが、でも決して悪いようには」
「誰が名前を言えといった?」
 静かだが確実に怒りを含んだ声で『彼』はリロイの言葉を遮った。その気迫、様子、何もかもが常人の発言をそこで食い止めることだろう。そう、通常ならば、だ。
 それまで『彼』の様子に驚き、ある意味おびえていたリロイは、通常とはかけ離れた性質をしている。もとい、状況が「通常」でなければ無いほど、己の本領を発揮しやすい特質があった。迷惑な話ではあるが、とにかくリロイの瞳はつり上がり、口はぐっと曲げられる。次の瞬間、『彼』は己の顔面めがけて拳が落ちてくるのが見えた。
「あ?」
 認識するよりも先に、リロイの拳が『彼』の額を殴りつける。眼の奥で星が散った。鼻の奥に広がるきな臭いにおいと、グランと揺れたのが自分の頭だと理解した時には、『彼』のからだは再びベッドに沈み込んでいた。

 


13 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/07/10(火) 11:58:50 ID:WmknzDW4

バリアントスチューデント 故意に技あり


【闘牌編】

 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。



「熱い勝負のせいか、……暑くなってきたな」
「クルー、そりゃおめえ、詰襟だからだろ」
 ジワリと全員が汗を掻く中、ようやく第一ボタンを緩めるクルーガーに、アロハシャツの前面フルオープンで意外にしまった腹筋丸出しのリロイが言い返す。
「そうですね。僕も暑くなってきたんでクーラーつけていいんじゃないですか?」
 パタパタと下敷きを服の中に入れて仰ぐ超躍者。
 そして、三人の視線が熱気の大元である男に向けられる。
「エルムゴート、お前熱苦しいし、席近いからクーラーつけて来いよ」
 しかし、リロイの横暴臭い言いがかりにも関わらず、終始、見下したような笑みのエルムゴート。
「いいぜぇ、手前ら負け犬のために勝ち組の俺が冷風を提供してやるよ」
 ニヤつきながら卓を離れるエルムゴートに納得のいかない顔の三人。
「……、遺憾だ」
「あやつ、まさか魔術を使っているんじゃ?」
「いや、今回は魔術も暴力も無しって誓約魔法(ギアス)を掛けてるから誰も超常的な事は出来ないよ」
「マジで、頭脳だけで乗り切ってるんですかね?」



 太陽が立ち昇りきった昼下がりの私立エルブルズ学園。その教室。
 お昼御飯もちょうど終わり、外で健全に少女がバイクで爆走したり、それを音速で少女が大空から対抗したりとする中、今日も今日とて怪しい男四人組が怪しい事をしていた。
 緑色の独特の机。正方形の一角が欠けたように並ぶ、四角い消しゴムよりやや小さめの何か。
 机の中央。
 燦々と輝く太陽に透かされるは学問を勧める場で明らかに相応しくないタイミングで使われている二十枚の諭吉さん。
 エルムゴートは席に戻ると同時に、自らの手元に並んでいたそれ。縦に並んでいた四角い、消しゴムよりやや小さめの何かを、その山の奥に横向きで置いた。


 彼らしているのは他でもない――、

「ところで俺は、――立直(リーチ)だ」

 賭け麻雀である。

 席に着き直し、五順目の捨牌と同時に宣言する高下駄に番カラ姿のエルムゴート。驚くほど学生帽が似合うようで似合わないが、これでもエルブルズ学園の学年主席である。葉巻は流石に校内で吸えないためか、パ●ポを口に咥えて不適な笑みを見せていた。先ほどから学年主席の頭脳を誤った方向で存分に生かしてこの南場(ナンバ)、もとい後半戦では一位の座にある。勝負好きのエルムゴート、そして明らかに知的キャラに見えないのにも関わらず頭脳戦の得意なエルムゴート、ここで負けるわけにはいかない。

 そんなエルムゴートに渋い顔を見せる半そでのシャツに指定のズボン姿、エルムゴートとは対照的にどう見ても普通の学生にしか見えない少年は自称スッピンモードの平 直門である。今回は無許可で街頭でしていた一人雑技団の超躍者ショーがイシス理事長にバレた為、残り半月の生活費を稼ぐためになけなしのバイト代を注ぎ込んでいる。もし、ここで二位以上にならなければ半月はパンの耳と砂糖50グラムで生活する事が決定している。

 そしてムンムンとこの男達の勝負熱気で暑い中でも汗も掻かずに詰襟のクルーガーと、校則違反ぶっちぎりのアロハシャツと丸眼鏡状のサングラスのためか? 天然金髪だと未だ学年主任のドクトル先生に信じてもらえないリロイの二人組み。

 悪ガキが手を出しそうな事をあらかたはしてそうなリロイはともかく、真面目なクルーガーが麻雀卓についてプレイしているのは、彼の彼女であるディースが、
「僕、妊娠しちゃった」
 と先日ぶっちゃけてくれちゃって、ぶっちゃけたその日がしかも臨月間近だと言う有り得ない事が起こっていた。
 何でそんな重要な事をもっと早く言わないのかとか、なんで普段の体型と変わらないくらいお腹がぺったんこなのかとか突っ込む間も無く、その場に居たマルコ学園長に
「大人の気概、ばっちり見せようZE!」
 とあっさり保護者から出産諸々のOKを貰ったクルーガーはそのための費用があと少し足りず、こうして悪魔、もとい天使もどきの灰色のヘンタイの囁きに唆されて卓についてしまったのである。


 しかし、この勝負。圧倒的にエルムゴートに全員負けている。

 以前にも提案者がリロイである紙相撲勝負の賭博をして、最終的に汚い手(磁石を仕込んだり、土俵を破壊して『仕切り直しだ』とかほざいたり、『俺のターン』とほざいて高速ジャブで対戦者の意識を失わせたり、『俺の特殊効果発動』と称して雷撃の魔術をぶっ放したり)をしてきた超躍者とリロイにブチ切れたエルムゴートが暴れ、遂には太陽落とし(サンフォール)で教室のほぼ半壊してくれちゃったのである。
 後でしこたま担任のちびっ子先生真珠と副担任の玖南(くな)・ぺガリム先生に怒られた(殺されかけた)ので、今回はちゃんとルールが決まっていている麻雀で勝敗を決めようとエルムゴートに持ちかけた。ちなみに、エルムゴートが麻雀のルールをまったく知らないのを知っていて超躍者は切り出したのである。まさに外道。

 しかし、そこは学年主席エルムゴート。神域の男もびっくりするほどの『ざわ……』加減で麻雀の勝負の本質を見切り、最初の前半戦である(トン)一局目から小さいながらも早い役、早く上がれる組み合わせで上がってきたのだ。



 麻雀は基本的にはポーカーと同じ要領である。ただ、それが五枚のカードでなく十三の麻雀牌で行われ、ツーペアなど、単純に絵柄が揃えば良いと言う勝負ではない。基本的には二つの同じ牌である頭と四組、数字が三連続して並んだ順子(シュンツ)か同じ三つの牌を集める刻子(コーツ)が必要となる。
 一から九までの数牌(シューパイ)萬子(マンズ)筒子(ピンズ)索子(ソウズ)の三種類、白発中の三種類の三元牌(サンゲンパイ)、東南西北の四種類の風牌(フォンパイ)がそれぞれ四つあるために百三十六の牌を扱う、高度なゲームである。五十二枚のトランプに比べれば明らかに多いのは確かだろう。そして、欲しい牌が他のプレイヤーと被る事は大いにありえる。
 そして特殊な組み合わせによる役で点数の打ち分け、上がる早さも変わってくるため、慣れれば楽しいが、それまでは覚えるのが困難なゲームである。

 手元に基本的に現れる十三か十四の牌と、ルールの関係で一番最初に山から捲られるドラ表示牌と呼ばれる一枚の牌以外は何処に自ら求める牌があるかは分からない。つまり百二十三か百二十二の牌の内、求める牌は山にあるのか、それとも他の三人の手元にあるのかすら分からないのである。

 しかし、それだけでエルムゴートには十分である。相手は一ターンに一度、自分が和了(あが)るため、自分が先に整った組み合わせにするためには必要でない牌を打牌する、捨てる必要がある。この辺りはババ抜きと同じ要領である。ただ牌の数は和了る時を除けば必ず十三牌となるので、捨て牌とその傾向、自分の持ち牌から計算して、相手の現在の手持ちの牌を予測する事なぞはエルムゴートには他愛もないのである。いくら百三十六の牌と言えど、上がり方、そして高い配当の組み合わせ、役は決まっている。そして、完全にルールも知らないはずのエルムゴートはその役の法則性を東一局目から見抜き、自ら身につけて、ルール本を見ることも、教えられる事も無く覚えてしまったのである。ここまで来ればそれは神域を越えて魔域の知能である。さすが魔人エルムゴート!

 ちなみに今の席順はこうである。

             北

             リ

         西 超 机 エ 東

             ク

             南

 東から始まったエルムゴートの順番は連荘(レンチャン)と呼ばれる、親と呼んでいる貰える得点が高く、他の三人である子が上がれば多く点数を持っていかれる状態を小さな役でありながら勝ち続ける事で三連続、三本場で続けられた。親は点数配分が高いので図らずしも、セオリー通りの打ち方となっていた。その後上手くリロイと超躍者が麻雀卓の下で合図を取り合う通しと言うイカサマを行い、順番を北、西へと流し続けて後半戦の二局目、つまり最終局面の二歩手前まで魔人の猛攻から扱ぎつけた。非対称性のゲームでは誰がどの牌を持っているか、その情報が多ければ武器になるのである。

 だが、
「どうしたんだ? 超躍者? リロイ? あんたらの背中がすすけてるぜ?」
 ここに来て、エルムゴートの立直(リーチ)。点数の数え方をワンランク上げる特殊な役である。更には立直をかけた後、一巡以内に和了った場合に更に役が上乗せされる一発と言うルールもある。
 常人が何かを得るには短過ぎる半荘(ハンチャン)のワンゲームは、彼にとっては経験値を上げるを有効で有意義な時間だった。十分に役とルールを覚えたエルムゴートにとって、これは必殺の武器になりうる!

 だが、
自摸(ツモ)一盃口(イーペーコー)、ドラ二、1600点」
 おいしい事にクルーガーが自ら欲しい牌を山から引き当てて、順番がリロイへと流れた。

 安堵の溜息をつくリロイと超躍者の二人。しかし、点数に余裕があるためか? 未だに持ち前の悪人っぽい笑いで●イポを吸い続けるエルムゴート。

 つまり、ここまでほぼエルムゴートの独占勝ち。
 一人それぞれの持ち点が三万点で始まった勝負。
 この南二局の段階でエルムゴートは七万四百点、大事なところでしくじって振り込んだリロイは七千八百点、超躍者の九千二百に、意外と安定して、先の勝ちも得たクルーガーの一万二千六百点。
 此処までくれば奇跡の役満勝ちを二度、四万八千点の役を二度を出す事による逆転でしか三人は追い着き、追い返す事が出来ない。

 しかし、エルムゴートは気付いていない。明らかに窮地に立たされ、勝負を仕掛けた側として(むし)られる対象となっているリロイと超躍者。この学園一極悪な二人がこのまま黙っているはずがない。いや、正確を規して言うならば、黙ったフリををいつまでもするはずがない!

 ちらりとリロイのサングラス越しに視線を送る超躍者。心得た、と悪役っぽい笑みを浮かべるリロイ。



                 イ カ サ マ 開 始 !!



 牌は一ゲーム、一局終わる毎に洗牌(シーパイ)と言う、牌を混ぜ直す作業を行う。
 混ぜ終わった後に牌で四つの山を作り、ゲームを開始する状況を作る。しかし、この際に、自分の目前の山である牌をあらかじめ自分の欲しいものに挿げ替えておくイカサマ、積み込みと言う方法がある。

 そして今回二人がするそのイカサマは一つ。二の二の天和(テンホー)
 基本的には牌を二人で積み込むものだが、その際、サイコロを振って順番を決める側と点数の高い親になる側に分けられる。点数の高い側に天和、役満と呼ばれる最も高い役を仕込んでおくのである。天和とは一番最初に親が既に和了っている状態になっている役の事である。親はゲーム開始の位置である。つまり、その回のゲームはその時点で終了。つまり! 勝負を一瞬にして決してしまう魔の組み合わせ!

 それを二人はイカサマで作ろうとしている。
 今回の親は北家のリロイ。予め二人は牌を積み込み、リロイがサイコロを二つ振る。東家、親であるリロイから反時計まわりに数えて、サイコロの目の位置に当たるプレイヤーを決める。むろん、振らせる相手は超躍者。そして、超躍者はリロイと自分が積み込んだ山から牌が取れるようにサイコロを振る。
 二人掛かりでのイカサマ。無論、二人に言いがかりをつけようとも賽の目の悪戯としか言いようがない。

 その水面下の行動に気付かないエルムゴートはニヤリと狂笑を浮かべる。
 二人は心の奥底でほくそ笑む。その笑みをぶち壊す、と。


 賽が転がる。出目は二。リロイから進んで、超躍者の位置。
 そして、今度はサイコロでもう一度、二を出せばイカサマは完了。リロイの元に役満となった牌が入り自動的にリロイが勝つ。後はこのままエルムゴートの点数を奪い取り、エルムゴートが気付いて足掻くまで毟り続けるのみ。

 賽が手から離れる。絶妙の手応え。超躍者の慣れた手つきが二つの賽に二と四分の一の回転を掛ける。手先の器用な超躍者の絶妙な技である。
 賽が落ち、山に当たる。ここまでも計算済み。賽が徐々に回転を止めようとした。


 その瞬間、

「へーちょ」

 やる気のないクルーガーのクシャミ。僅かに揺れた麻雀卓が更に半回転二つのサイコロに加え、十の出目を出した。



「…………」
「…………」
「……スマン」

 呆然とする二人に謝りながら、詰襟のボタンを締めなおすクルーガー。

「結構冷房が強いみたいだな」

 鼻を啜る飄々としたクルーガーに、リロイはともかく滅多に怒気を見せない超躍者の顔が黒く歪んでいた。
 セイントバールのようなモノがリロイのアロハの影から、北●の拳とかで使いそうな指の形が卓下の超躍者の手元から飛び出し掛けたが、今回は誓約魔法まで掛けた勝負のため、誓いを破って殴りかかれば自分に呪いが降りかかると思い出して手を引っ込める。
 あまりの怒りに体がガタガタと震える。

「二人とも冷房が寒いのか? 体が震えてるぞ?」
「あー、何だかよぉ、こーね」
「あぁ、そう。僕も何だか最っ高にHighな気分でね、体が震えるよ」
「良いから早く牌を配れよ、俺を待たすな」

 エルムゴートとクルーガーのダブルで空気の読めてない状況。怒りを通り越して冷静になった二人は再び卓の下でサインを送りあう。


[ こうなったら、僕が牌を握り込んでリロイに渡すしかない。君が上がれば、 ]
[ 見た所和了りまで三向聴(サンシャンテン)(和了まで後、三回牌を入れ替える事)と見た。握り込み三回で蹴りをつけよう ]
[ OK.この世の地獄を見せてやろう ]



 再び、エルムゴートがちょうど牌を捨てて、気付かない事をいい事に卓の下で一度目の牌の取替えをする。

[ ……もう一度 ]
[ ……心得た ]


 牌を渡す側の超躍者は持ち前のボディコントロールによって、パントマイムの要領でまったく他の二人には気付かれずに牌をリロイの手元に送る。
 二度目も成功し、最後の一牌が渡る直前、エルムゴートが牌を捨てたのと同時だった。


「あ、エルムゴート、それ(ロン)。三色同刻(ドーコー)(タン)ヤオ、ドラ三で跳ね満の一万二千点」
「おぅ、クルーガーからの直撃ってやつか。中々手厳しいじゃねーかって、どうしたんだ、こいつら?」



 席から崩れて、震える二人。

 あと一枚で和了る状況である聴牌(テンパイ)という状態。ふと、クルーガーがリロイの役牌を見てみれば、単騎待ち(和了れる牌が一種類だけ)の四暗刻(スーアンコー)だった。この場合、役満でも困難な和了りとなるのでダブル役満の扱いで、更に親はリロイだった換算なので総額四万八千点を得る予定だったのだ。

 それが、、全部崩れたのだ。


「……まあ、二人には悪いが、勝負だからな」

 そうと言うが早いか。二人の机の引き出しから点数計算用の点棒をひょいひょいと取り上げた。

 床から気だるそうに立ち上がるリロイは、恨めしい視線をクルーガーに送る。
「お前……悪魔だろ……」
「いや、狼だから」



 気を取り直して、南三局、ラス前と呼ばれる天王山の勝負。
 再び、サインを送り合う二人。

[ この勝負、負けられない! ]
[ 最早、直人の牌にドラ爆を仕込むしかねぇな ]

 ドラとは、麻雀において、和了したときに得点の加算につながる特定の牌のことをいう。和了したときに、自分の持っている牌の中にドラが含まれる場合、一枚につき一つ役が加算される。麻雀の牌は同じ牌が四つ含まれるので最大四つも役が上がるのである。更に、(カン)と言う行為をすれば、更にドラ牌の種類が増える。
 これに三つ以上の役がつく和了りを作り、エルムゴートからの直撃を狙えば、一万二千点以上は確実。そして、イニシアチブを取り続け、連荘を重ねれば……。

[ ――エルムゴートを       ]
[          潰せる――!! ]


 クルーガーに目下邪魔されているが、目前の敵は巨悪、エルムゴートのみ。ここで奴を今殺らずしていつ殺る?!

 二人の手元が勝利に向かって走る。点数は上位でありながら、牌を揃えるのも覚束無いエルムゴートに、しかもビギナーズラックでなく実力で負けるなど言語道断。
 殺意を持って動く手元はリロイへは槓への布石、親であり高得点を迎える超躍者はドラ爆弾を自分の手元にセット。


「((さぁ、来い。魔人、点棒の貯蔵は十分か?!))」

 二人の鼓動と呼吸が合う。
 それは隣の組の委員長、ロングスカートであるアウローラの超絶対領域に挑み、パンチラを狙う時と同じ視線。覇気とかよく訳の分からないものが滲み出るほどのやる気。これくらいのやる気をガラ=イサオミ先生の古典のテストでも見せれば、エルムゴートにも匹敵する点数が取れるだろう!
 しかし、そんな気魄で燃え上がるのはこの瞬間! 趣味に費やす時だけ!


 賽の目が回り、それぞれの牌が各々の手に降りる。クルーガーの空気の読めてない荒らしもなく、超躍者の手にはドラ牌の二種類が四牌で八つ。リロイの手元には槓への布石が整っている。いざとなればリロイが和了りをして、クルーガーが空気を読まずに和了っても、頭跳ねと呼ばれる、席順が早い方を優先するルールで固めた磐石の姿勢。
 まさか、第一自摸(ツモ)、最初に引いた牌で和了(あが)る神掛かった打ち方をクルーガーが出来るはずが……



 ふと、何か嫌な予感をした二人は視線を手牌からクルーガーへと向ける。


 十四の牌の両端を握った無表情なクルーガー。

「そんな!?」
「まさか!?」


 クルーガーの十四の手牌が綺麗に一枚の板のようになって倒された。目の前には門前清自摸和(メンゼンチンツモホー)にドラ二の役。平々凡々、役が三つだけのそこそこの役。
 しかし、この第一自摸で時だけ、和了りは鳳凰の如く羽ばたく!

自摸(ツモ)地和(チーホウ)、役満三万二千点だ」


 子が配牌時点で聴牌(テンパイ)かつ第一自摸で和了ると成立する特殊な役満。確率的にはおよそ三十三万分の一であり、奇跡に等しい役。

 静かに点数を宣言するクルーガー。親であった超躍者はクルーガーに一万二千点を毟り取られ、マイナス。つまり、ハコったと呼ばれる状態。同じくリロイも、七千八百点から八千点引かれてハコった。点数がない以上、ゲームの進行はもうない。


 ゲーム終了。


 喰い殺された。手前の魔人に眼を取られ、地に伏せていた魔獣の顎に噛み殺された。

 点数も僅かにエルムゴートを上回り、クルーガーの逆転勝利だった。







「チッ、僅差で負けたか。まぁ、俺達は点数余ってるから良いけどな。ところでぶっ倒れているこいつらはどうなるんだ?」
「ハコったから後で耳を揃えてマイナスの点数計算した分の借金を返してもらうよ。それじゃあ、俺はあいつの様子を見に帰るから早退する」
「おぅ、てめぇの彼女に腹冷やすなってと言っておいてくれ」
「心得た」

 早々とクルーガーは詰襟と手に持った十枚の諭吉さんを整えて財布にしまい、鞄を抱えて教室を抜けた。



「バカな、こんな事が……」

 いつもより亡者らしくフラフラと、亡者よりもゾンビっぽく卓の上から起き上がる超躍者。同じく椅子に踏ん反って呆然としたリロイがふと、卓上を見る。


「……チョット待て、おい、直門! これを見ろ!」
「んー、今凹んでいるのに、って、これは!?」



 僅かながら、それでも明らかに狼のような爪で傷の付いた牌。それはクルーガーの手元で地和を作ったものだった。



「あの野郎……!」
「イカサマしてやがったなぁ……!」



 人の事を散々棚に上げて言う二人。
 ガン牌と言う、牌にあらかじめ印や(ガン)をつけることにより、どの牌か判別するイカサマ。あの爪さえあればいつでも出来る彼のイカサマだった。


「あの野郎、ただじゃおか、うっ」
「そうだ、ぶん殴って、うっ」

 突然、腹に違和感を覚える二人。イメージ的には小船が嵐に巻き込まれている感じ。

 二本のパイ●を加えながら、呆れた顔で見下すエルムゴート。
「馬鹿かてめぇら? お前らは金払ってない、つまり、ゲームはまだ終了していない状態なんだぜ? それで暴力だの魔術だの持ち出せば、誓約魔法の呪いが掛かるのは当然だろう。魔術師、そしてヘンタイ、そこに這い蹲るがいい」

 のた打ち回る二人は憎悪の篭った瞳で、侮蔑したような笑みを浮かべるエルムゴートを下から睨む。

「貴様……うっ、おおおおおおおおお」
「落ち着け、素数を数えるんだ。素数は孤独な数、じゃおらああああああああああああ」

 ピーゴロと音を立て、教室で汗を掻きながら這い蹲る男二人。
 十枚の札を携え、「さて、郵便局に貯金してくるか」と妙に手硬い選択をするエルムゴート。

 ふと、何かを思い出したかのように、教室の入り口で止まるエルムゴート。

「そう言えばな。俺は麻雀は素人だが、『裏世界』で高レートの麻雀を荒らしまわったフェンリルと呼ばれる、凄腕の麻雀師、玄人(バイニン)が身近にいると聞いてな。事前に勝たせてくれるように依頼しておいたんだ。ちなみに、俺は二番で構わねぇと言う条件付きでな」



 二人の脳裏にこれまでの対局が掠める。

 決して右も左も分からない素人のエルムゴートに振り込まない打ち込み。
 イカサマを悉く潰す手腕。
 最終局面の土壇場での勝利。
 そして、妙に好調だったエルムゴートの手牌。


 まさか? まさか?!


「俺が要約してやるとな、『ハメられたのはてめぇらだ、マヌケ』ってことだ。良い牌まで送ってくれてたからなぁ、前半はいい気分だったぜぇ」


 獣のような叫びを挙げて苦しむ二人を見下し、エルムゴートが教室の扉を閉めて高笑いで去る。



「やべぇ、このままじゃ俺達は負け犬だ!」
「そうだ! 一発、一発でいい! あのスカした魔人と駄犬の面に鉄拳を送り込まないと」


 ダブルでサムズアップ。わんぱくでもいい、逞しく育てばいいと言う言葉を何故か思い出し、腹を押さえながら立ち上がる。
 まずは手近なエルムゴートから、成敗する!!

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」



 気合と共にドアを開け、飛び出そうとしたその瞬間。




                    ふょん。



 飛び出した二人のそれぞれの手は、それはもう柔らかい、天璽(あまつしるし) 久魅那(くみな)いいんちょの胸に阻まれていた。



 ――当時の状況を超躍者はこう語る。

「これ以降の残酷悲劇を話す前に、体験した事を言っておくッ! 僕はいいんちょのおっぱいの感触をちょっぴりだが楽しんだ。いや、その後体験した事は、体験と言うよりまったく理解を超えていたのだが……。とりあえず、その時を、あ、ありのままに起こった事を説明するぜ! 『エルムゴートを殴ろうと飛び出したら、いいんちょのおっぱいを触っていた。』な……、何を言ってるのか、わからないと思うが、僕も何をしているのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。とにかくAカップとかBカップだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

 ――回想終了。



「……まあ、いいんちょ、ここは落ち着くところだ」
「そうだ、落ち着くんだ。ここで怒っても醜態を曝すだけだ。そして、これには深い訳がある」
「そう、僕達は嵌められたんだ。素人相手の麻雀に『無理やり呼ばれて』イカサマを『されて』お金を巻き上げられたんだ」
「俺達も抵抗したんだけど、『無理やり掛けられた』誓約魔法で『抵抗も出来ない状態』だった」
「『それでも』僕達は立ち上がった!」
「そう! 彼らに一矢報いるために!」
「ところでいいんちょのおっぱいって柔らかいね」
「あ」

 場を和ませようと、超躍者が下らない事を言ったと同時だった。
 何だか、足元、久魅那よりの方から地鳴りが響いてきている。もとい校舎が揺れている。
 教室の中にも関わらず豪風が轟き、空中で稲光が迸っていた。
 いいんちょの髪がバサバサと巻き上がっているし、瞳が朱く輝いている。


 ふと、彼女の胸部を見てみれば、二人の手が押し付けられて、胸元に挟まれているガーディアンハートが『真っ赤』だった。

 いいんちょだと思わしきソレが「くすり」と嗤ったのと同時に、朱いガーディアン・ハートが一層輝きを増し、朱い光がいいんちょの体全体を覆う。


 目が光を認識できないほどまばゆい朱い光の中、それでも彼らは「どうせ死ぬんだから、揉みまくったれ」と容赦なく揉んでいた。


 数秒の輝きはやがて消え、ゆっくりと手を離すと、そこには朱い鎧を着た者が立っていた。
 契約の天使鎧と大いに異なるそれは、漆黒のように朱く、禍々しい血の如き色をした朱き鎧。
 背中に生える翼は天使のように華やかさではなく、蝙蝠のような機械翼。
 流れる長髪は燃える炎ような灼熱の髪。黒かったその瞳は朱く(りん)と輝いている。
 その姿を見た二人は、こう言った。


「鎧越しでもおっぱいの感触は分かるよ!」
「てか変身中『あん♪』って声聞こえたよな!」

 あまりの恐怖にヤケクソの二人。誓約魔法の呪いを除いてもチビりそうである!
 恐怖が限界を越えて、もう死んでも良いからネタになることをしようと、正しく必死である!



 そんな二人の喧騒の中、虫けらでも見るように、二人より身長が低いはずなのに見下す魔王モードのいいんちょ。

「そうだのぉ、下郎ども。感謝するぞ。我をあの闇黒から出してくれたのみならず、この我を感じさせてくれたのだからのぅ」


 蜂蜜よりも妙に甘い言葉遣いに二人の足の震えが止まらない。これは死すら生温いと言いたげな声色!

「たた、助け――」
「死にたくな――」


 二人の命乞いをうるさい蚊蜻蛉を払うように、彼女は右手を後ろに振りかぶった。その引き絞られた拳からは妖艶に揺らぐ(くろ)き波動が漂っている。

「……だから、これはそのお礼じゃ。 受 ・ け ・ 取 ・ れ !!」

 顔中に血管を浮かせながら、いいんちょに似た何かが殴るように一気に前へ拳を突きつけた。


「ちょ、待、悪魔め、うぼああああ――」
「おっぱい万歳、ばんざ、ぎゃぼお――」







  [リロイ&超躍者 VS 爛れる鋼鉄&玄人フェンリル 戦 : 三十七分五十八秒、クルーガーの完璧な卓上の支配により、爛れる鋼鉄&玄人フェンリルの圧勝。借金返済まで誓約魔法の効果が続く]


  [リロイ&超躍者 VS いいんちょ: 七秒、魔王いいんちょのプッツンによる一方的な虐殺。二人は全治三週間の怪我の上、後に担任の真珠先生によるお説教と罰としてトイレ掃除三週間となる]


14 :菊之助 :2007/08/14(火) 20:38:16 ID:kmnkzJPn

記憶

 剣についた血を払って落とし、彼は他の誰にも聞こえないように小さく嘆息した。目の前に転がるのは、自分と同じような傭兵だ。ただし年齢は倍近くあるだろう。
「フェンリル、早くこい」
 はるか背後から仲間に呼ばれ、彼は視線を声のした方向へと向けた。灰色の髪に、自分と同じような金色の目をした青年が立っている。彼の手には、切り落とされて時間が経っていないのか、まだ切断面から血が滴り落ちる腕が握られていた。成人男性の腕だろう。手首に巻かれた銀色の腕輪が、血に濡れて鈍く光っている。
「パルーニャの馬鹿王子の腕だ。王位継承の腕輪をよこさないからな、腕ごといただいた」
 得意げに笑った男に、彼はわずかながら眉をしかめる。王位継承の腕輪を自分たちが持ったからと言って、小さな島国の王位を継げるわけではない。その腕輪は他国の重役に渡す手筈となっている。傭兵である自分たちの仕事は、本国へ移動中の軍隊キャンプを夜襲し、パルーニャ第一王位継承者であるシャルドネ王子の腕輪を奪うことだった。
 腕輪を奪うためには、どれだけの犠牲を払ってもよし。
 自分の属するこの団の首領であり、そして仇でもある男が、出立前に全員に言ったことを思い出して、彼は視線を目の前にいる灰色の髪をした男から己の鶴来へと移動させる。無骨なつくりのそれは、他の者達が持つのより遙かに大きく肉厚の刃をしていた。そして急所を保護するためにもある分厚い革ベルトには、ナイフが二本。彼はいつも、この三本の刃物で戦場を渡り歩いていた。剣を背の鞘に納めて、彼は一度軽く息を吸い、はき出してから、自分を呼んだ男の方に歩きだす。
 彼らの背後に残されたのは、キャンプの見る影もない凄惨な殺戮あとだ。
 夜間の星に照らされて、地面に広がった血が鈍く輝いていた。
 その輝きは、王位継承の腕輪が見せた輝きと同じ、深くどろりとしたものだった。


 そこで彼の意識は、跳ぶ。
 記憶の波を飛び越して、次に見えた情景は、血みどろの荒野ではなく、お世辞にも座り心地が良いとは思えない荷馬車の中だった。



「僕の名前はフィルディース・グラシエラ・レタ・ヴェセックスだ! 僕をお姫様なんて呼ぶな!」
 美しい金糸の髪を振り乱し、揺れる馬車から転げ落ちそうになりながらも、自分の目の前でその『王子』が怒鳴っている。高い声に、言われても自分と同じ年齢だなんて信じられなかった。王子は肩で息をするほどに怒っている。青い瞳でこちらをぎっと睨みつけると、その後ろで困ったような顔をした厳つい中年男を振り返って叫んだ。
「バージル! なんだこの男は! 僕はいままでこんな侮辱を受けたのは初めてだ!」
「……王子、馬車の上で立ち上がりますと、転げ落ちますぞ」
「第一お前こそなんだ! フェンリルなんて呼ばれて! まさかそれが本名だというのではないだろうな!?」
 ご立腹の王子の、再び矢面に立たされて、彼は相手をばかにしたような笑みを口の端に浮かべて見せた。そして吐き捨てる。
「俺の名前は」


 そこで再び意識がとんだ。
 舞台は再び血みどろの戦場だ。
 だが、血の出どころである人物は、先ほど『王子』にバージルと呼ばれた、中年騎士である。強固な板金鎧が大きく裂けて、そこから腸がはみ出していた。一目で助からないと分かる傷だった。
 赤い塊を吐き出しつつ、バージルは己の傍らでじっとこちらの声を一言一句聞き取ろうとする「彼」に向かって、血塗れの手を伸ばした。ぬるりとした赤い液体に滑り落ちそうになる手を握って、「彼」は耳を澄ませる。さして仲が良かったわけでもない。いうなれば、雇用関係でしかない。それでも、その声を聞こうとしたのは、騎士の主を思う気持ちを、彼が一番理解していたからだろう。
「……頼む……ディース様を……頼む……」
 こんな瀬戸際まで主のことを思うのか。
 主といっても本来の主は、ディースの父であるヴェセックス王のはずなのに。
 だが、彼はうなずいた。
 まだ若い、若いが多くのものを背負ったその傭兵の確かな頷きに、バージルは少し微笑し、そして、こと切れた。

 誰かの泣き声が聞こえた気がしたが。


 今度見たのは、月光に照らされた美女だ。
 淡い色の髪が光に透けて、息をのむほど美しい。裸の豊かな胸をその細い両腕で覆い隠しながらも、その青い瞳は毅然としてこちらを見返していた。頬が光っている。泣いているのだ、彼女は。
「このまま生きていても、僕は死んだと同然だ。名前を消され、存在を消され、実の兄に輿入れさせられて、やがて兄の子供を産むこととなる」
 女が泣くのなんて、別に大したことはないと思っていた。戦場にいれば、女の泣き叫ぶ声なんていやとうほど聞いている。輪姦され、こと切れる女だって何度となく見てきた。
 決してそういう女達を平気で見てきたわけではない。だが、日常として起こることは、次第に何かの感覚をマヒさせる。だから女の涙なんて、なんてことはないと思っていた。
 なのに。今、声も出さず、表情も崩さずに、それでも涙を流す彼女に、胸がざわついた。
「君が私を犯そうと思うのならば好きにするがいいさ。どうせここは誰もいない。誰もこない。僕は死んでもいいんだ」
 毅然とした表情の中、だが、その青い瞳は揺らいでいた。
 どうしようもないと思うことは、生きていれば何度とあるのだろう。だが、それをどうにかしようと一瞬でも思ったのならば、やはり自分はどうにかしないといけないのだ。
 彼は、目の前の美女に向かって、語りかけるために、小さく唇を開いた。


 次に感じたのはぬくもりだ。
 背中に感じた体温と、明らかに早すぎる鼓動に彼は身動きが出来なくなった。
「……どうして、僕にそこまでしてくれるの?」
 背中に顔を押し付けているのだろう。こもった響きで彼女が訊く。いつも理路整然と自分の感情を言葉にできていたはずなのに、彼はそこで口ごもった。
 答えは、あるのだろう。
 あるし、それがどんな答えなのか、自分でもそれなりに理解しているつもりだった。
 だが、それを口にするのは憚れる。怖い、と、思った。
「……ねえ、僕は、君に何ができるかな」
 そこにいてくれるだけでいいんだ。
 そう言おうとしたけれど、言葉が出てこない。
 だから彼は振り返って、彼女を見た。青い瞳が不安げにこちらを見上げている。
 それで少し安心した。
 彼女も自分と同じように、怖い、と感じているのだ。



 途切れそうになる記憶の糸を大事に抱えて、彼は覚醒への道を進む。
 進みつつ、この記憶の最後に待ち受ける不幸に、死にたくなった。
 だが、その不幸の前に、幸福の記憶が彼を待っている。
 頬をバラ色に染めて、彼女は微笑んでいた。
「これからは尚更死ぬことができなくなったね! だって二人から三人になったもの」
 戸惑いは、やがて確かな喜びへと形を変える。
 君に会えてよかった。
 そして、これから生まれてくる君と俺の子供を、俺は喜びをもって迎えることができる。
 そうなれたのは、君のおかげだ。
 そうなんだ。
 だから、頼む。
 死んだなんて、言わないでくれ。
 お願いだから。
 悪い夢だといってくれ。
 頼むから。
 お願いだ。




「……ディース」



「椅子?」
 横合いから聞こえた素っ頓狂な声に、彼は最悪の結末を見るより先に意識を覚醒させることができた。
 ずきっと傷が痛んだのに顔をしかめつつ、声がした方向を睨む。
 リロイと名乗った少年が、雑誌を片手に椅子に腰かけこちらを見下ろしていた。
「寝言が椅子って、まじお前変だな?」
 変なのはお前の頭と耳の方だろうが。

 思ったが、彼は再び目を閉じる。
 傷は確実に回復に向かっているらしい。痛みの度合いが軽減されているからだ。
 だが、それは喜びには結びつかなかった。
 傷はふさがったとしても、体のいたる所が穴だらけのような気分だった。


15 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/08/15(水) 11:50:54 ID:xmoJmDL3

バリアントスチューデント 故意に技あり その二

 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。



【オープニング】

「あ、三年B組ー」
「「「真珠先ー生ー」」」
「はいはい……」
「……いいんちょ、僕が思うにやっぱり『さぁ、はじまりますわよ。いくでがんす。ふんがー』の方が――」
「知るか!」
「で、やっぱりエルムゴートが『ふんがー』の役だな」
「っていうか、『ふんがー』ってドイツ語で『空腹』って意味だぞ! おい! 俺は腹ペコキャラか! ただでさえ乗り気じゃねーってのに!」
「いいからまともに始めろよ!!」
「クルー、おまえ、『いくでがんす』な」
「勝手に決めるな!」



【オープニングソング&ダンス】(版権の関係で省略)



【リロイ・ロイロードの憂鬱】


「――彼女が欲しいなぁ」
 ボォと雨続きの外を見ながら、賭け無しの(ぬる)いババ抜きで四連続のトップを張っているリロイが突然そう呟いた。
「何をいきなり言い出すんだ、こいつは?」
 エルムゴートがそう言いながら放心状態のリロイから手札を引くと、その引いたジョーカー(ババ)を苦々しげに手元でシャッフルさせながら直門に手札を差し出した。
「さぁ? またいつもの病気じゃないですか?」
 直門はエルムゴートのピクリと動く太眉の反応を見ながら、地雷探知機のようにジョーカー以外のカードだけを引き当てる。
「ちっ」
「ふっ……。……あっ」
 しかし残念ながら、ババは引かない代わりに中々簡単に上がれないのも仕様だが。
「まったく、彼女彼女って、男っていっつもそればっかりよね」
「僕をリロイと一緒にしないでください」
「妻の居る身で彼女云々などと言わん」
「そうだ、この俺をどんな魔術師だと思っているんだ天使!」
 そんな男子陣からの反論を聞き流しながらキャラ●ルコーンをサクサクと頬張りつつ、直門から乙女の第六感で残り三枚へとカードを減らす久魅那(いいんちょ)。カードを引かれて「太るぞ」っと嫌みったらしい言葉を掛ける直門にも「天使は太りません」と膨れっ面で断言する。でも彼女が思う以外の他の場所はわりと今でも成長しているらしい。
「ところでリロイ。おまえ、毎朝下駄箱で手紙やらお昼には弁当を貰っている身で一体何を言っているんだ?」
 その膨れっ面の久魅那からカードを引き、同時に「どうして麻雀以外は……」とカードを睨んで呻き声を上げるクルーガー。どうやら、数字だけが一個ズレていたようだ。
「だからよぉ、クルー、俺は誰彼からと施されるように貰う愛より、お前みたいにただ一人、気に入った相手に注ぐ愛を欲しいわけよ」
 その言葉と同時にカードを引いてペアを作ってカードを捨て、残り一枚になったリロイに「言うな」と渋い顔のまま赤らめるクルーガー。その反応にそれぞれ自らの手札を見ながら「はいはい愛妻家愛妻家」とやる気のない返答をするその場の全員。

 放課後、雨も降っているので部活休みやらバイトが中止やらやで暇な面子がババ抜きに(きょう)じていた。

 エルムゴートがリロイの残り一枚のカードを引いて再び彼の早上がり。手持ちぶたさになったリロイはそうそうと降る雨をボォと見つめ、更に溜息を吐いた。
「――今回の病は重傷みたいね。猫科の精神構造だから雨で憂鬱にでもなっているのかしら?」
 そう言ってキャ●メルコーンの袋を逆さにして口一杯に頬張る久魅那に直門が何処かの不気味な泡みたいな非対称な笑みを浮かべた。
「いいんちょ、またこの間みたいに付き合ってあげたら?」
「まさか! 嫌よ! あんな見栄張るためだけに阿呆な事に巻き込まれて、トラウマ増やしそうになるのはもうごめんよ。……はぁ、可愛い顔してるんだから、もう少し頭の中身とかまともになれば簡単に彼女が出来るのにね」
「頭の中身はともかく、童顔でかつ女顔っていうのは結構本人も気にしているから言うなよ」
 結構毒の入った事を本人の至近距離で言っているのにも関わらず、いつもの「うるせぇ」の一言は無く、しとしとと降りしきる雨を眺めるリロイ。
「ハッ、本当に今回は入院が必要みてぇだな」

 最後にそう言ったエルムゴートからカードを直門が引き、爛れる鋼鉄が呪詛みたいな言葉を残り火みたいな炎と共に吐いてゲームは終了した。
 時間も時間なため、それぞれが雨の中でも鞄を携えてバラバラに帰り始めた(若干一名は正確には帰っていないのだが)。しかしクラスに一人、何処ぞの人間によって党派が作り出されるような人形みたいにアンニュイな気分に浸っているリロイは教室に残ったままだった。

 雨をホケーっと見続けて、下校ギリギリ。そろそろ全校生徒は、屋上に無断で住み着いている住所不定無職戸籍偽造、学生もどきのヘンタイ一名を除いて、帰らなくてはならない。
「帰るか」と言葉少なげに一人心地になると、鞄を肩に担いで廊下に出た。



 途端――、


「うぉっ!」
「きゃっ!」

 目の前を飛び散る書類の束。

「おっ、すま……」

 床に多くの書類を撒き散らし、生徒会役員の一人と分かる特注の赤いブレザーを着た少女が尻餅をついていた。
 スカートから伸びるしなやかで白磁のような手足。それは美しい猫科でも特に貴重とされる白子(アルビノ)の猛獣を連想させ、肩越しからハラリと零れた黒い瀑布のような髪とそれと同じ色彩の瞳を更に艶やかに輝かせていた。目鼻立ちのくっきりとした顔に薄く唇には朱がさしており、手足に応じた長身は細身の体と相余っていた。しかし、スポーツでもしているのか? 細身のわりに久魅那や見た目より意外というか実はかなりマッチョな直門、もとい超躍者に似た内面からの野性味溢れる力強さを感じた。

 訂正しよう。
 床に書類を撒き散らし、生徒会役員の一人と分かる赤いブレザーを着た『 美 少 女 』が尻餅をついていた。
 お尻をついて痛かったのか? 苦悶の表情と呻き声を微かに挙げ、そのままの姿勢で動かなかった。
 同じく尻餅をついたリロイ。ちょうどスカートの中が丸々見える角度だったが、いつもいいんちょや他の女の子であれば嬉々として覗くにも関わらず、何故かその時は逆に眼を逸らしてしまった。

「す、すみません! ちょっと遅くまで色々お仕事していてボォーっとしていたみたいです」
「……い、いや、こっちもさっきまでボォーっとしていたから、お相子だよ」
 言うが早いか? 尻の痛みも何のそので、普段の行動力×三倍の勢いで書類を拾い、先に立ち上がって手を差し伸べるリロイ。
「さぁ、手に掴まって」
「あ、はい。あっ……」

 引き上げる勢いが強過ぎたのか? リロイの胸元へと顔埋めるような形になってしまう美少女。
 見上げる瞳にチョコレートの沼に落ちたように心が溶けて甘くリロイは魅了される。

「しゅ……、スマン」
 軽く声が裏返りながらも、再び取り落としそうになった書類をまとめて美少女と距離を取るリロイ。
「あの、何だか、私のミスにも関わらずこんなに色々していただいて申し訳ないです」
 そう言いながらプリンとしたお尻を自ら痛みを和らげるために撫でるのを見て、リロイは心の中のリビドーとかエゴとか邪念、煩悩が噴出すのを必死で堪えた。
「そ、それではこ、この書類を……」
「どうもありがとうございます」

 ペコリと頭を下げると、そのまま上階の生徒会室へと立ち去ろうとする美少女。

「あの、すいません! 名前! 聞いてもいいですか!?」
 妙に必死なリロイの言葉。
 翻るスカートと夕焼けに透ける髪。
 いつの間にかあがった雨。夕焼けの朱さが窓越しからその美少女の黒髪へと鏡のように映っていた。

「私の名前は……」

――――――――――――――――――――――――――――


「って、そこで溜めないでよ」
「余計な演出はいいから早くしろ」
「そうよ、早くゲロしちまいな」
 翌日、昨日の遭遇の光景をニヤニヤとしながら語るリロイに、メイドによる手作り弁当の久魅那と愛妻弁当のクルーガー、コッペパンに砂糖をつけて頬張る直門が口々に文句を言う。

「これがよぉ、実は意外な繋がりでびっくりなんだわ、これが」
「へぇ〜校内の美少女なら殆ど網羅しているはずだけど、まだまだ学園は広いようだわ」と頷く久魅那。
「そんなスゲー美少女なんていたか?」
 と、コッペパンに付けた時に指先に付いた砂糖をぺろぺろと舐める直門。
 興味無く箸で摘んだオカズをモシャモシャと喰い続けるクルーガー。

「ああ、古典のガラ=イサオミ先生のご家族の方みたいでな。



                ユラ=イサオミ



 と言うそうだ」

 久魅那の動きが止まり、クルーガーは箸を取り落とし、コッペパンは床に落ちる途中で落とした本人によって咥えられた。

 リロイ以外に緊急招集が掛かり、ポイントα(教室の隅)へと両足を抱えて集まる三人。

「あのさ、もしかして、リロイくんってガラ先生からあの話を聞いてないのかな?」
「確かあいつ、あの時は学校を何かゲーム買うために休んで並んでいたな」
「つまりリロイは、『あの事』知らないわけだ」
「だね」
「そのようだ……、哀れな事に」
 一同に沈黙が降りる中、それでも『ぅんまぁい』とでも言いたげにやきそばパンを幸せそうにハミハミするリロイ。

「よし、ここは僕に任せてくれ」
 突如立ち上がる直門。
 驚く二人に対して自信満々にリロイの(もと)に歩み寄った。

「なぁ、リロイ。そのユラさんとデートしてみないか?」
 クルーガーと久魅那は飲みかけた茶を噴いて、(むせ)た。
「はぁ?! そ、そんな事イキナリいっても拒否されるのがオチだろ?!」
「いや、実は僕、ガラ先生の知り合いのジオ先生と仲が良くてな。むろん、ジオ先生ならば、『 多 大 な ご 理 解 』を戴いてリロイとユラさんの仲を『 推 進 し て く れ る 』はずさ」
「そ、そうかぁ?」
「いや、リロイ。疑問を挟むのはしょうがない。だが、今の君ならどんな女でもイチコロのオーラが漂っている」
「マジで?!」
「マジだ。今の君ならハリウッド女優でもたらし込む事が出来る。なんかいいんちょもさっき『今日のリロイくん、なんか違うかも……』って言ってた」
「うぉ! ホントか?!」
「ホントだ「嘘だよッ!!」。今のは空耳だ。いいか、今のお前はそこらの男がミジンコに見えるくらいのオーラが出ている。今のお前なら確実に

                       ユ ラ = イ サ オ ミ を 落 と せ る ! ! 」

 バーンと何処かの弁護士みたいに指先をリロイに突きつけて最後に決める。

「うぉおおおおおおおおおおおお!! マジかぁあああああああああ!! やる気が漲ってきたぁああああああああああ!!」
「それに至っては軍資金が必要だろう。少ないだろうが貸してやる」
「何ぃ!? ドケチの直門が一万も!? そんなに確率高いんですかぁぁぁ!」
「バッキャロゥ! 自分を信じろ! 確率もくそもねぇ! 一%でも成功すれば百%と一緒だ! 今のお前は輝いている。多少強引でも 『 最 後 ま で い っ て し ま え ! !』」
「な、直門せんせ。さ、最後と言いますと?」
「これを使うって事だ」
 直門の財布から投げて寄越された、四センチくらいの正方形の包みを見て、真っ赤になるリロイ。
「こ、これってもしかして?」
「一リットル水の入る水筒の代わりじゃないぞ。そうだ、男女の家族計画のために使うものだ……。リロイ、男を、いや(おとこ)をユラさんに見せて来いっ!」
「直門……、お前って奴は……。この借りはちゃんと三倍にして返すよ……」
「じゃ、ここに借用書書いといて」
「おぅ」

 いつの間にあった書類にちゃきちゃきとサインを終え、お互いに妙に綺麗な笑顔でサムズ・アップ。
 もうリロイは止まれない。

「いってこい!」
「任せておけ!」

 リロイは脱兎の如く授業を音速エスケープして廊下へと飛び出していった。
 それを見届けると一仕事終えたかのように直門は額を拭う。

「さてとコッペパンを食べポォッ?!」

 笑顔の直門の顎にクルーガーと久魅那のダブルアッパーが炸裂して天井にめり込んだ。

「「さてと、じゃない! このドアホぅ!」」

 天井に刺さった直門が自重で落ちてくると今度は物凄い勢いでクルーガーに胸倉を掴まれ、ブルンブルンと振るわされた。

「お前はなんて事してくれたんだ! あいつ……、トラウマになるぞ!」
「クルーガー君、別にこっちをチラチラ見ながら言わなくていいから、それにしても何を考えているのよ、このお馬鹿!」
「いや、熱に浮かされているリロイには論より証拠というか、一目瞭然というか」
「一目したらこの場合マズイでしょうが!」
「まぁ、ちょっと荒いくらいの治療でいいでしょ。ふっ、それに一万が一瞬で三倍になるなんて……、ボロい商売だ」
「「アホかぁぁぁぁっ!」」
 黒い笑顔の直門がクルーガーと久魅那の上下のダブルドロップキックで校舎の窓を突き破って墜落した(落下では無傷)。



 ユラ=イサオミ。可憐な美少女、――に見える男。
 つまり、アレが付いている。
 稲妻でユラさん、もといユラくんを気絶させて連れ込み、向かった先で何が起こるかは何も言うまい。



 そしてその晩、雷雲もないのに就寝中の直門に超巨大な落雷が落ちたのは言うまでもない。

[リロイ VS 平 直門: 五時間二十分 リロイはユラくんのアレを直視。放心後、直門の策略に気付き、三万の借金の腹いせに魔法を使うが精神的痛さがしばらく続いて再び凹む。直門、六日間は痺れとアフロがとれない。双方勝者無し]


16 :八針来夏 :2007/08/20(月) 11:53:33 ID:m3knVcnL

バリアントスチューデント 恋に罠あり 一



注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。



 ユラ=イサオミは漢女(おとめ)である。
 一応、誤植ではない。


 
 と、言う訳で、ユラ=イサオミの『ズキューン』を図らずも見てしまったリロイ。
 ほのかな恋心を抱いた相手がなんと言うことか、同性であった事を知ってしまった彼の苦しみはひとしおであった。
 今日も今日とて昼休みの時間、教室の片隅で灰になりながら口元から魂を飛ばしている様子を見て、ぼくらの久魅那いいんちょはうっとおしそうに視線をやった。周りにいるのはいつもの野郎共。このエルブルズ学園においてやたらめったら戦闘力の高いクルーガー、エルムゴート、そして今回の事件の元凶とも言うべき平直門の三人である。

「いつもは凄い馬鹿だ馬鹿だ、立ち直りも早い、と思っていたけど、今回はずいぶん長引くわねぇ」

 以前「太るぞ」といわれた事を気にしているのかどうかは不明であったが、彼女は今回りんごを齧りながら教室の端で一人灰色になった彼を見ている。

「どうせ自分ので見慣れてるはずなのに。何でここまで引くのかしら?」
「わかってねぇなぁ、天使」

 そんな彼女の言葉に続くのは口から時折火を吐くエルムゴート。近くのコンビニで買ったフランクフルトを口の中でさらに燃やして咀嚼している。
 
「うん、たとえて言うなら、プリンを食べようとしたら実は具の入っていない茶碗蒸しだったと言うか」 

 続いたのは平である。先日リロイに雷の爆撃を食らったらしく、現在ではアフロ平にクラスチェンジ済みだ。いつもは赤貧で、実際先日はコッペパンに砂糖というわびしい食事をしていた彼であるが、臨時収入ゆえか、今日は葡萄パンである。おおなんというリッチさ加減。
 そういうもんかしら、久魅那は呟く。もちろん話題の人物ユラ=イサオミではなく、きっちり外見と見合って美少女である彼女は、男性にとって痛いほどよく分かるらしいリロイの苦悩はいまいちピンと来なかった。


「……ところでさ、リロイに見られたユラって子は今どうなってるの?」


 久魅那はがぶりとりんごを一齧りしながら呟いた。その彼女の言葉に頷いたのは恋人どころか妻の手作り弁当と言う学生の身分にはあるまじき昼食をとっているクルーガー。
 
「ユラ=イサオミと親しい? らしいマルコ学園長のファンによると」
「……ちょっと待て、なんだその嫌なファンはよ。あとなんで疑問系」

 とても嫌な台詞を聞いたと言わんばかりのエルムゴート、眉を潜める。
 マルコ学園長といえば、この学園の中でも見事な筋肉で知られている爺だ。問題は裸エプロンとか変態そのものの格好を愛用していると言うことで学生からはドン引きされている事か。
 
「ああ、……学園の非公式の同好会の筋肉同好会の会長が、乗馬のバッカニアス先生に並んでマルコ理事と親しいらしくてな。その彼女によるとユラ=イサオミはショックで現在は生徒会にもクラスにも出ていないらしい。実際その彼女は見舞いに行ったらしいが……」
「らしいが?」

 聞き返す久魅那。まるで喉に引っかかるようにクルーガーは言葉を選ぶ。
 まるで禁じられた呪いの一言を呟く事を恐れるように、果たして言っていいものかどうかと、迷うように。

「そこで彼女、……ではなく彼はこう言ったそうだ」
「へぇ」

 首をかしげる平。眉を吊り上げるエルムゴート。もしゃもしゃとりんごをかみ締める久魅那。
 クルーガーの一言を待つ。








「『君には分からない。……朝目が覚めたら野郎にパンツをずらされていた男の気持ちなんて女の子の君には永遠に分からないんだ』と、マジ泣きしていたそうだ……」







 ………………………………………………………………………………………………………………………………。



 沈黙が教室を席巻した。
 エルムゴートが、神の残忍さを呪うように重々しく溜息を吐いた。クルーガーも、自分の発言を、舌に乗せてしまった暗黒の言葉を悔やむように歯をかみ締める。守銭奴で知られる平も、まるで弱きものに施すようにアフロに住み着いたひよこたちに食べかけの葡萄パンをちぎって与えていた。
 おとこのこである三人は、ユラ=イサオミの心情が痛いぐらいに分かってしまったのである。



 哀れすぎる。

 野郎三人は、瞳の奥からこみ上げてくる涙を、天を仰いで必死に堪えた。己の身に置き換えてみてその精神的ショックがどれほど苦しいのか、はっきりと理解する。
 そっと、久魅那いいんちょは三人にハンカチを手渡した。
 ああ、なんと言うことか。ここに来て目頭をそっとぬぐう彼らエルブルズ学園の三人の心はひとつになった。なった理由が極めて阿呆であったが、そこんとこはどうでもいい。

「……見舞いに行こう」
「オーケー」
「了解した」
「それは良いけど、今から? 午後の授業、始まるわよ」

 平の言葉に即答するリロイを除いた野郎二人。
 その言葉に疑問をはさむ久魅那。学園の風紀を守る立場である彼女からすれば当然の言葉だったが、振り向く男共の目は午後の授業などどうでもいい、今は優先するべきことがあると言わんばかりの眼光を放っていた。
 野郎三人の心はひとつ、いくら見てくれがかわいい女性でも、心は男。その深すぎる心の傷を思えば授業のひとつやふたつ、つぶしても構わない。

「クルーガー、まずはその筋肉同好会の子に会おう。ユラ君の家の住所を聞き出すんだ」
「ああ、……いや、待て」

 平の言葉に少し言いよどむクルーガー。
 いまさら何をためらうのか、いぶかしげな目線のみで心情を告げるエルムゴートと平。だが、クルーガーにしては歯切れの悪い様子で言う。

「……体はできれば隠したほうが良いが」
「なんで」

 真面目な、真剣な表情でクルーガーは呟く。

「彼女に、失血死の危険性が出るからだ」


17 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/09/10(月) 08:07:51 ID:QmuDsJYm

バリアントスチューデント 故意に技あり その三(前編)

バリアントスチューデント 故意に技あり その三


 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。



【人としてブレている直門のごく平凡な一日】

 朝日が昇る前にムックリと布団から起き上がる直門。眼を擦りつつ伸び放題気味のそこそこ長い髪の毛に付いた寝癖を手櫛で整えると、そのままドアを開けて外に出た。
 学校の屋上に勝手に建てたプレハブ。一部が落雷の影響で焦げているが気にはしない。
 ついに先月、家賃滞納でアパートを追い出された直門は、廃材を使って勝手に学校の屋上を(ねぐら)にしていたのだ。

「むにゃ、【小龍形】」

 寝ぼけた顔を撫でるような二度の受けからの肘打ち。開けているのか閉じているのか分からない眼と大気がビリビリと震える程の勁力がまったく噛み合わない。鳩尾に当てる打撃だが、どう考えても生身の相手の胸骨が破壊される。
 瞬く間に【小龍形】を三百回終えると、今度は外側へと弾くような受けから入り左右に体ごと(ひるがえ)しての横踵蹴り、【猴登腿(こうとうたい)】をする。
 その場で左右に翻る稽古を百回終えると、今度は同じ【猴登腿】を屋上の端から端まで左右に翻りながら前進し、端まで着いたら逆に後退しながら行う。
 あまりの速さに、彼自身がジグザグに動きながら稲妻を閃かせているようである。


 朝日が昇る直前に終了。

 汗で濡れそぼったシャツを脱ぎ、全裸になって屋上の水道を使い、廊下の水道からパクッてきた常設のマ●レモンで頭も体も洗う。

 勁力を使って犬のように全身を震わし、水滴を全て吹き飛ばして終了。タオルいらずなのである。


 茨木 鎧山先生の日本史の予習。別に『イイ国作ろう江戸幕府』でもいいじゃないか、と言う歴史学問を根本から否定する文句を言いつつも、仄かに照らし始めた太陽の明かりを頼りに小テストのための暗記をしておく。そう言えばザビエルって何処の国出身だっけと無駄に気になり、結局小テストの内容は覚えきれないとだろうと頭を抱えて諦める。
 実は意外とド阿呆四人衆の中で一番成績が悪いのがこいつである。
 順番的には、
 エルムゴート>>>>>越えられない壁>>>>>リロイ>>>頭脳労働者の壁>>>クルーガー>>>生真面目の壁>>>>>>>直門>>>馬鹿
 てな感じである。辛うじて馬鹿ではないらしい。
 気を取り直し、たぶんリロイは英語の宿題もやってないようなので、昼飯代と引き換えになるようにノートをリロイの字に似せて偽造しておく事を直門はふと思いついた。これが乗馬部で英語担当のバッカニアス先生に筆記体がバレたら大変である。しかし、いつぞやに食費があまりにも足りなくて食券を偽造した時には二週間ほどタダ飯を食った事があったのだ。その時は会計に不審を懐いたマルコ校長の特命による聞き込み捜査で、共犯であるエルムゴートの口から『これは偽造だな?』と聞かれて『そうだッ!』と正直に彼の口から秘密が漏れなければ永遠にバレなかった程の精度である。そしてリロイの筆記体は完全にトレース出来ているので問題はない。

 HRが始まる前に偽造を終えてクラスの窓枠まで飛び降り、ちょうど良くクルーガーが窓を開けたと同時に教室内に到着。そして予鈴。
 そして予想したとおり、何かを企んでいるような顔で寄って来るリロイ。今日も何処かのチンピラが着ているような龍の柄が入ったアロハシャツである。

「なぁなぁ、二時限目の英語の宿題だけどやってあるか?」
「あるけど、それがどうした?」

 白々しいにも程があるが、リロイにちらりと、筆記体まで似せたノートを見せる。

「二百」
「八百」
「……おいおい高々紙のノートにそれは高過ぎやしませんかい? 二百五十」
「食事というライフラインの確保はサバイバルの基本、七百七十五」
「おいおい、そろそろ知らない仲でもないだろう、色を付けてくれよ、三百」
「親しき仲にも礼儀あり、七百五十」
「お互い二週間トイレ掃除した仲じゃねーかよ? 友達甲斐を見せようぜ? 三百五十」
「……七百、これ以上の譲歩は出来ない。飢えて死ぬのは勘弁。昨日の朝から最後に食べたのは鳥達の襲撃を受けたマルコ校長の畑から失敬してきたネギだけなんだけど?」
「……OK,分かったよ。んじゃ、今度の英語の分もやってくれんなら、二日分、それぞれ三百五十で計七百」
「交渉成立」

 手元の七百円と共に交わされるノート。



 今の今まで深夜のバイトを終えて、担任の真珠先生とほぼ同時にエルムゴートが滑り込みで入ってくる。ちなみに直門とは違ってちゃんと学園からバイトの許可は取ってあるので問題はない。むろん、バイトの内容は知られてはいないが歩合制(人数)らしい事は確かである。
「きりーつ、れー」
 いいんちょの号令とやたら怖い視線と共に、今まで週刊誌のグラビアを眺めながら、幾日も前のいいんちょの感触を思い出そうと指を捏ね回していたリロイもその視線の強さに「はぅぁっ」と気付いて立ち上がる。
「皆さんおはようございます。今日は特に連絡はありません。……それからいつもの四人組、また事件を起こさないように」
 真珠ちゃんが教卓脇の横にある台に立ってのHR。むろん、彼女の呼ぶ四人はどの四人なのかは仰るまでもないのである。



 一時限目は古典の授業で『魔導書』が暴走したり、二時限目で直門とリロイの宿題が同じフィリピン綴りの英語だと言う事でバレてバッカニアス先生に二人とも竜殺し(ハリセン)を往復で喰らったり、数学でエルムゴートがアルバート・カーマイケル先生を無視して多元非線形解析の解説を始めて先生を逆に泣かしたり、日本史がいつの間にか世界の戦場史になったり、現代文でジオ=ジンツァー先生が授業中に猥語やセクハラ発言を(主にリロイに)連発して雷撃で黒コゲになったり、いいんちょの久魅ナッコォー(正拳突き)で首が四分の三回転して即座に復活したりといつもどおり恙無(つつがな)く授業は終了し、お昼の時間となった。


「さて、と」

 直門のあまり多くはない頭の中身が昼飯獲得のためにフル回転する。今日のお昼は……。


「らららこっぺぱん、らららこっぺぱん、いつもお昼は何故か、これ〜♪」


 百円を握り締め、空腹でフラフラになりながらパン売り場に向かう。
 実は昨日の朝のネギから、彼は水以外何も口にしていないし、しばらくはバイトもないのでこんな調子である。よって、これが今日の最初で最後の食事になる可能性がある。
 目標はこっぺぱん。味も色気もないパンだけに人気も値段も低い。売り切れなどは起こるはずのないものである。
 どうせこっぺぱんを買うのは自分だけだし、ゆっくり行けばいいだろう。


 そう最初は思っていた。


「売り切れだよ」
「うそーん」


 何者かは知らないが、こっぺぱんは全て買い占められていた。


「おや、吾が大敵。ここで何をしているのであるかな?」
 そこには『こっぺぱん』を大量に抱えた、エルブズ学園史上最年少の生徒会会長であるクェイド=ジェロニモ。その彼が不遜な笑顔を向けていた。どう考えても小っ恥かしい、代々の会長専用の赤いダブルのスーツがやたらと似合う。ちなみにこのスーツ、着ると誰でも三倍の運動性能と威厳(カリスマ)になるらしい。
「てめぇ、何の恨みがあって……」
「貴様の胸に手を当てて考えてみるが良い」
 本当に胸に手を当てて考えるみる直門。
 沈黙三秒。
「…………あー。あぁ! 手前の姉貴のパンツを覗いたことか!」
「あれは覗きではない! 罠で捕らえて国旗掲揚の如く逆さ吊りにして晒し者にするなどとは何処の神経がどうイカレれば発想で出てくるのだ!」
「いや、あれだけスカート長いと捲るのも大変でね、リロイとの賭けなんだ、スマンね」
「なるほど、そいつは仕方がない……、などと言うか馬鹿者! 貴様のような人間は会長権限でこっぺぱんを買い占められて飢え死にするがいい」
「うるせえ、職権乱用シスコン。あ、黒の紐パンご馳走様でした」
「喝ッ!」

 逆上したジェロニモが銃弾のように刃物を乱射してくるが、ヘロヘロ空腹時でも「うははは」と笑いながら後ろ向きのBダッシュでジグザグで逃げ切る。今朝方練習していた【猴登腿】の要領である。実際には稲妻のようにジグザグに動く技なのだが、空腹による微妙なヘロヘロさ加減の顔が情けない。
 そして余計な体力を使ったためか? 直門は教室に戻る頃には軽く白く燃え尽きていた。


「うーん、ダメだぁ〜、腹減って死にそうだぁ〜……、よぉ、クルーガー君」

 そこには青色の包みを開いて、ムッツリした顔だが尻尾があったらパタパタと振っていそうなクルーガーがいた。

「俺の弁当はやらん、消え失せろ」
「流石に御飯にハートマークが付いた愛妻弁当に興味はねぇッスよ。あれ? エルムゴートは?」
「いつも通り学食の特別コースでブルジョアな食事を食っているぞ。今日は確か満漢全席だったな」

 意外な事に辛い物が苦手な甘党のエルムゴート。それで中国料理とは些か無謀にも思える。
 先日の豪華な葡萄パンと満漢全席を比較しようと思い、途中で比較にもならないと思い直すと想像をパタパタと打ち消した。

「あれって確か二、三日掛けて百種類くらい食べる中国料理のフルコースだろ? ……あれ、土下座したら骨とかカスでもくれるかな」
「……お前にはプライドという物がないのか?」
「いや、僕は武士みたいに高楊枝を咥えて構えられるほどの気概ないですから……」
「そんな食いたいならリロイのでも盗ればいいだろう」
「盗ればなんて人聞きの悪い、『拝借』と呼んでください。でも勝手に食うと何処から聞きつけたか知らないけど親衛隊のお姉さん方に撃たれたり、射掛けられたり、轢き殺されそうになるからな。リロイも必死に全部食ってるし」
「……あいつもお前も大変だな」
 喋りながらもむっつりした顔で楽しそうに食べる男(誤用に非ず)。
「ところで。今、箸で摘んでるそれ。缶から出したペディ●リーチャムじゃないですよね?」
「失礼な。どう見てもロールキャベツだが、何か?」
「いやー、料理の上手さと愛情の深さって比例しないものだなぁ、って。正に愛まっしぐらって感じ?」
「下らない事をいっていると、……貴様を餌にするぞ!」

 光る牙と黄金の瞳に「怖ッ」と適当な反応を返すと、ホウホウの体で教室から屋上へと逃げ出した。


 ――腹が鳴る。
 机に突っ伏したままの直門。
 自宅(屋上)に帰っても摂取したのは蛇口からの水だけ。
 片や、隣には無理に弁当を食べてお腹がパンパンになったリロイ。
「世の中理不尽だ。誰か僕にも弁当作ってくれないかなー。……いねぇよ。……休み時間は残り十分、鴉か鳩を捕まえても捌いて食うのには時間が掛かりすぎるな。……てか、僕ベジタリアンじゃん、肉食えないし」

 この間まで、アフロで育てていたヒナが元飼い主の気持ちを知ってか知らずか? 遂に先々週の臨時収入を使い切ったため餌が無くなり、その頃にはもう鳥達は飛べたため、旺盛な食欲で校長の家庭菜園を侵食、ほぼ全滅させてしまい、彼の分の野菜(食事)が足りない。
 何というか人間として最低限の生活を欠いたピンチである。

 腹の減り具合が一定のところまで来ると逆に痛くなるのだが、今まさにそんな感じだった。
 次に来るのは、胃腸が何も感じなくなる空白の時間である。この時間に至れば逆に暫くは活動できる。減量時のボクサーが如く、神経を張り詰めさせて食事の確保に全力を傾倒できる、生物が持つ本能の時間。
 しかし、その間にも見つからなければ?

 それは彼が幾度となく体験している時間、虚脱の時。文字通りエネルギーの完全に切れた状態。指一本も動かせる事も出来ない時。大抵は点滴のお世話になるのだが、今回ばかりはそうもいかない。ぶっちゃけていえば、点滴は高いのだ。単種類のビタミン注射で三千円前後、総合ビタミンなら一万を超える。それなら五百円にもならないオ●ナミンCか●カビンビンを血管に注した方がマシである。手元にあるのは七百八十二円(本日のリロイからの報酬を含む)のみ。
 しからば、金の消費を抑えるためならば虚脱の時間がなるべく早く来ないように動かない(頭も体も)という選択しかない。

「なんとしてでも放課後までの体力消費を抑えなければ……」

 ふと、見る時間割。

 体育、ぶっ通しで二時限。


「人生オワタ」
 妙に涼々しい笑顔のまま、諸手を天井に掲げる直門。

 炎天下の中で、確か体育の授業はこの間の続きで、『闘球(ドッヂボール)』だったはず!

 しかも体育の時は『 ほ ぼ 特 例 で 能 力 使 い 放 題 』のリミットブレイク状態。

「ジーザス」と信徒でもないのに悪態を垂れる直門。
 そしてふと、エルムゴートに『炎の闘球児 ドッ●弾平』の単行本を先週貸した事を思い出し、確実に奴は『アレ』をやるだろうと予測が付いてフローリングに諸手と膝を付いた。

「最悪だ」

 アレが当たれば胃液がヌルンチョと出て、意識不明&行動不能になるのは必死! そしてその後の点滴のお陰で金欠になる事は更に確実!



 バックれるという選択肢もあるが、体育の時にやたら張り切るいいんちょや吹き矢がやたら得意で運動中に吐血をする体育教師から逃れるのは不可能に近い。それに放課後にいいんちょに装弾筒付徹甲弾(APDS)で体を穴だらけにはされたくないしー。

 そんな訳でとにかく最小の力を持ってして体育に臨む、とそう決めたのだった!(それはいつもの体育に臨む時の姿勢と同じじゃないかなんて批判は認めない)


18 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/09/10(月) 08:27:10 ID:QmuDsJYm

バリアントスチューデント 故意に技あり その三(後編)


 【読者サービス】いいんちょ達、女子のブルマへの着替えシーンを脳内でお楽しみください。



「いい! 倒す目標は灼熱の魔人エルムゴート、魔獣の闘牌人フェンリル(クルーガー)、様々な恐怖を乗り越えた魔術師リロイのこの三人。後は雑魚と見ていいわ!」

 緑色の六角形の結晶体、ガーディアンハートをキュピーンとふくよかな胸元で煌かせてフル装備の久魅那(いいんちょ)、もといエリヤ(いいんちょ)が語る。
 ただいつものフット、レッグ、ボディー、ショルダー、アーム、バック、ヘッドギアの鎧装はともかく、下の方はスカートは無く丸出し状態。代わりにいつもの白い水着みたいなのがきっちりブルマに履き代わっていた。流石いいんちょ、分かってらっしゃる。


「うぃー、僕、外野でいいですかー?」

 篭手の装着された手を上げて自己主張する超躍者(直門)
 こちらも怪しさ抜群のいつもの灰色スーツでのフル装備だが、上からどう着たのか? 名前付きのやたらとダサい学年色の赤ジャージを更に羽織っている。
 空腹のためかフラフラしているが、普段からして体をクネクネさせて怪しいので誰も彼の不審さに気付かない。


「却下! あんたうちのクラスで一番動けるし、サッカーでキーパーした時クルーガー君の魔弾級のシュート止めたじゃない」
「いや、確かに止めましたけど。あの後、このスーツも着てなかったんで教室でモノ凄い吐血したんですけど?」
「別に今回はボールは止める必要無いんだから避け続けなさい。逃げに徹するの! 『ボールを取ろう』なんて言うなまじっかな欲なんていらないからあんたは最後まで『生き残りなさい』。とりあえず大将のエルムゴートとリロイを討ち取れば、大将の二点と雑兵の一点分は消えるわ。いくらクルーガー君が凄くても彼は一人分の雑兵。大将の私と生き残る確率の高いあんたの合計三点でうちのチームが勝てるわ。死んでも自分の身を守りなさい! これ、委員長命令だからね!」
「拒否権は?」
「奴隷階級にはありません」
「絶望したっ! 格差社会に絶望した!」


 実際には腹が減りすぎてゲーム前から死線を往復しまくっているのだが、でもそんなの関係ねぇ。
 いいんちょの頭にあるのは『絶対勝利』の文字のみ。雑兵に構う事なんざない。

「死ぬな、僕」

 拳を握り、密かに風前の灯の命を鼓舞する直門であった。





「それではゲームをはじめますね、がふっ」
 なんだかんだでゲーム開始。中央のラインには明らかに体育教師には見えないレティシア=スノーローズ先生が吐血しながら優雅にボールを持つ。なんでこんなひ弱な人が体育教師になれたのか? そして、こんな吐血の似合う(?)美人な嫁を一介の古典教師が手に入れられたのかは後世までの謎である。

 ジャンプボール。
 センターラインを分けて立つのは、既に獣化したクルーガーと腕を組んで不適な笑みを浮かべたいいんちょである。
 上背が明らかに大きい上に獣化で更に大きくなったクルーガーに二回り、ややもすると三回りも小さいいいんちょ。

「今なら痛い目に合う前に降参出来るわよ」
戦場(内野)で泣き言は言わん」
「そう」


 ボールが宙に舞う。
 同時に地面を蹴って跳ぶ二人。
 明らかに自分の身長の三倍くらいのジャンプ力を発揮する。

 そして、僅かに先を取ってボールに触れたのはいいんちょ。
 流石天使。飛行能力だけは禁止されていたとしても、跳躍能力では後方で文字通り胡坐を掻いて座っている約一名を除いて追従を許さない。

「くらぇええええええええええっ!!」

 バレーのアタックの要領で掴んだボールを叩き付けるように目の前のクルーガーにダイレクトアタック。しかし、目前の空中で体を捻り切ってクルーガーは避ける。野生勘である。

 その斜め下に居たエルムゴートが易々と片手でボールを掴む。体が如何に規格外にデカイエルムゴートとていいんちょの乙女パワー(馬鹿力)を止められるものではない。しかし、そこに更に魔人を規格外に位置づける魔力。茨木鎧山との決戦を想定した常時展開式の防御術壁がボールのスピードを止め切る。


「焼却こそ俺の喜び、焼け死ぬ者こそ相応しい。さあ俺の灼熱の中で息絶えるがよい!!」

 何処かで聞いた事があるような台詞と同時に、エルムゴートが背中までボールを振り被った瞬間、『 炎 』に包まれるボール。

「まずっ!」
「?!」


(いなな)け灼熱の轟球!! 無蓋の彼方まで大敵を焼き尽くし!! 天蓋の那由他を滅却し!! 爆炎にて烙印を捺せ!! 炎の闘撃(ブレイズシュート)ッッ!!」



 いいんちょがサイドステップで避けた同時に、ドーンと、明らかにドッヂボールでしない効果音と共にその後ろに居たクラスメート三名が枠の外まで吹き飛んだ。

「なっ」

 濛々と土埃が立ち込める地面。土埃が晴れて地面に描かれ、否、穿たれているのは『炎』の文字。ボールはコートの中央、地面に抉り込んで煙を挙げている。



 ここで胡坐を掻いていた直門の脳内に現れる選択肢。

 『命を大事に』
 『ガンガンいこうぜ』
 『俺に任せろ』
 『呪文を節約しろ』
 『いいんちょ頑張れ』


「…………」

 『命を大事に』。これは当然である。幾らスーツ着ていてもあんなのを食らった日には寝込むのである。ただし、命を大事にしようにも治癒能力スキルは彼にはないのである。てか、今も命を大事にしてます。

 『ガンガンいこうぜ』。――論外。

 『俺に任せろ』。――むしろ誰か助けて。

 『呪文を節約しろ』。――そんなもの使えません。むしろ体力とHPを節約したいですって心境。

 『いいんちょ頑張れ』……。



「いいんちょ! 頑張れ!」

 外野の枠の線ギリギリまで下がって直門が観戦モードに入ると、思いっきりいいんちょからスライディング踵落としを食らった。


「あ ん た も 頑 張 り な さ い !」


 踵が直撃して煙を上げる頭を抑えながら、自らが勇者でなく、むしろ格闘家、もしくは遊び人のポジションだった事を思い出した。

「リアル人生には選択肢がない」

 そんな超躍者の戯言を無視して、むんずと地面からボールを引き抜くいいんちょ。


 不適に哂う標的(エルムゴート)確認。標的捕捉。


「でぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ボールを持ったいいんちょの全身がバレリーナのように、いや、むしろトルネードのように回転を始める。明らかにコーヒーカップとか苦手な人とか耐重力の訓練を受けた宇宙飛行士とか関係無く意識が飛びそうな程の回転力。



渦旋(スピン)……」


 いいんちょの回転する足元から土埃が舞い上がり、彼女を徐々に包んでいく。そして、どんな原理なのか知らないが竜巻の中央では稲光が迸っている。てか、それは本当にドッヂボールなのかと言う突っ込みは留めて頂きたい!
 遂に、土埃が彼女を完全に包み、見えなくなった瞬間――!

龍巻闘撃(トルネードシュート)ッッ!」


 土埃の舞う竜巻の中から突然超高速でボールが飛び出した!
 しかも、なんかボールが縦に伸びている。どれだけの回転力が掛かっているのかと、それに増してエルムゴートの炎に耐えるとかどんだけボールが頑丈なのかと言う突っ込みが入れたいだろうが我慢するように。


 明らかに物理法則を無視しかけているかのような不規則な軌道で迫る弾。先ほどのアタックは違い、回転、スピードともに段違いの闘撃!


 しかし、エルムゴートは、哂 っ た。

「地を払え、炎の大蛇!! 灰と屍と焼殺の残り香を添えて我が進む道を舗装すべし、奔れ、地を這う爆炎(グランドナパーム)!!」


 エルムゴートが両手を左右に掲げると同時に、エルムゴートの『両脇』から相手コートの内野へ迸る二つの爆炎の壁。
 慌てて中央、『エルムゴートの傍に寄るしかないクラスメート』。
 炎を逃れていたクラスメート。
 ボールは『エルムゴート』の進路上のクラスメートを一人、二人と弾き飛ばし、それでも止まらない。
 しかし、灼熱の魔人は掲げた両腕を更に左右に伸ばし、炎から逃れたクラスメートの男子二人の首根っこをひっ捕まえると、




                          盾にした。






「あふーん」とか声を上げると共に地面に滑り落ち、今度は地面で陸揚げされたマグロみたいに渦旋龍巻闘撃を食らった場所を押さえて『ビクンビクン』とのた打ち回る男子二名。


「これは酷い」
「な、なんて外道! あんたクラスメートを、四人も盾に使ったわね!」

 自分で殺人級の球を投げておきながら至極無茶苦茶極まりない事を言ういいんちょ。
 そんな言葉に、まるでその言葉が年末の交響曲が如く心地が良いと言うように哂うエルムゴート。

「馬鹿め。『雑兵は将を守るためにある』んだぜぇ。そして俺は……」


 再び、引き絞られた腕とボールに収束される業炎。

 炎の闘撃(ブレイズシュート)
 避け切れたいいんちょと超躍者を除き、全員ふっとぶ内野陣のクラスメート達。
 地面に再び描かれる『炎』の文字がまたしても煙を挙げ、残った炎熱が『豪ッ』と陽炎を作り上げていた。


「それを忠実に実行する  悪  役  のだけだ。何か間違いがあるかね? いいんちょ?」


 そうだった。変身少女、すちゃらか金髪、むっつり狼にヘンタイに挟まれていたが、こいつの本質は『悪』! 吐き気を催すほどではない! だが、善悪の境界で区切った時、明らかに黒い領域に立っている男! 天性の悪漢! 魔人エルムゴート!

 腕組みをして歯茎すら見えるような凶悪な哂いで相手を嘲るエルムゴート(赤白帽のみ装着)とその後ろで真似して哂うリロイ(半そで短パン&赤白帽)。むっつり狼顔で腕組みをしているクルーガー(リロイに同じ)。
「ちくしょう」と女の子が使っちゃいけない言葉で罵るいいんちょ(ブルマ)。


 その様子を淡々と超躍者は見ていた。

 そして、さりげなく、誰にも気付かれる事無く、未だ熱の残るボールを拾い挙げると、リロイとクルーガーを同時に当てた。

「何っ?!」
「うぉ!」
「むっ!」
「へっ?」

 予想外の反撃に驚愕のエルムゴート。当てられた事にようやく気付いたリロイ。そして、そのボールが外野まで転がっている事に気付いたクルーガー。

 そして何よりも、直門が体育にちゃんと参加している事に目が点の状態のいいんちょ。

「人を盾に使うなんて暴虐、僕には許せませんね」

 外野から投げられて戻ってきたボールを指先で地球儀のように回し、更に腕から背中、更に反対側の腕へと伝わらせて遊んでいる超躍者。


「まぁ、どうしても盾に使うなら、いいんちょの闘撃(シュート)が当たったんじゃ可哀相なので、僕が終わらせますよ」


 言うが早いか? 一瞬にして球が人と人の間を跳ね返って三人に同時に当たり、外野へと球は戻っていった。

「貴様ッ!」
「あなた方みたいに別に変な力は、……まぁ、ちょっとしか無いのですが。今回跳んでもしょうがないですから、インチキ使わせてもらいますよ?」


 投。
 ――当、当、当!

 エルムゴートの威嚇を無視して、またしても一投で三人が討ち取られる。


 投げる瞬間が分からない。
 無拍子投げ。
 人間としてのリズムを取るような無駄動作を省いた結果、『反応が出来ない』ようになった闘撃。
 速い訳ではなく、早く、そして上手い。
 速度ではなく、投げるまでのモーション、投げ方に工夫を投じた代物。投石器のような大きなモーションではなく、銃器にまで圧縮されたモノ。捻りも溜めもモーションもなく、ボールさえあればいつでも投げられる状態。
 しかも偶に投げるモーションを態と見せてフェイントまで掛ける凶悪さ。
 武術の達人クラス、体をヘンタイクラスに使い込んでいるアホだから出来る奥義である。
 投げたと思った体勢の時には既にボールは当たって外野に出ていると言う違和感。
 ボールが目の前まで瞬間移動しているのと変わらない。
 しかも視界に向かって真っ直ぐボールを投げてくるため、距離感が取れない。
 ヘンタイだからこそ出来る不気味な闘撃であり、いわゆるスーパー直門タイムである。

 しかも、先にエルムゴート以外の雑兵を狙うような口ぶりをしておきながら、隙さえあれば容赦なく別のクラスメートと見せかけてエルムゴートを狙う。しかし、そこはエルムゴートのバイト(殺し)で培った読みなのか? 投擲に慣れていないため、彼から垣間見える気配を僅かな糧にエルムゴートは防壁で逸らし、巨体を捌き、クラスメートを盾にして避けきる。


 遂に残ったのはエルムゴートに、反対のコートに居るいいんちょと超躍者。

 ボールは超躍者の手の中。

「(しかし……)」

 超躍者は考える。
 おそらく、自分ならエルムゴートにボールを当てる事は出来る。しかし、ボールを通した自分の闘撃では彼の防御術壁には阻まれる可能性が高い。
 逆に彼女の闘撃なら彼の防御術壁を透徹、破壊出来るだろう。だが不規則な軌道の渦旋龍巻闘撃は、人の密集した内野であれば多段ヒットを狙えるだろうが、逆にただ広い内野では大きく避けられる、もしくは単純に当たらない可能性がある。

 ならば、方法は一つ。



「いいんちょ、あなたが投げてください」
 渡されるボール。
 この一投の意味は非常に重い。
「でも、当たるかどうかなんて……」
「『僕が何とかします』。いいんちょは投げてください。ほら、早くしないと、カウント取られて彼にボールが渡りますよ?」


 いいんちょと超躍者は視線を交わし、首肯し合う。
 それに悪役の特権、呵呵大笑のまま睨め付ける悪漢。



渦旋(スピン)……」

 再び渦巻く竜巻。ボールへと全てを薙ぎ倒す力が回転として集約される。ガーディアンハートから無限の力が引き出され、回転が、闘撃に、規格外の暴力に生まれ変わる。

 その傍らに無構えのまま、樹木の如く立つ超躍者。
 対してエルムゴートは凶暴な笑みを、魔界の拷問家が浮かべたかのように禍々しさを伴って、諸手を広げて発散する。
 その彼を包むように展開するのは見えない魔術の防壁。一層が約古い戦車装甲と同じくらいの性能。それが三層に渡っている。戦車三台分の分厚い装甲!
 だが、そんな事など超躍者は意に介さない。
 彼が今集中するのは投げる瞬間。彼女の呼吸(タイミング)を感じ取り、瞬時に同調するのみ。
 シビア過ぎるタイミング。そんな中、彼がやろうとしている事はただ一つ。
 彼女のシュートを当てさせる事。

龍巻闘撃(トルネードシュート)ッッ!」

 投げた瞬間、彼の体は稲妻の如く反応した。


 土埃が彼女を完全に包んでいる中、超躍者は荒れ狂う竜巻の中へと手を差し入れ、彼女の腰から背中、肩を伝って腕、ボールを掴んだ手までをその手が撫で上げる。

 武の達人。それは自分の体だけでなく、相手の体まで感じ取る事が出来る。
 達人が体のコントロールを精密にする人間であるならば、それは『他人の体』でも同じである。
 いいんちょの力の伝導する道筋、勁道を整え、飛躍的にボールの安定性、それに伴う速度、回転、その質、狙いが変わる。
 寸分の狂いも無く、彼女の勁道を捉えてそれを更に導いた結果。



 コートの中を暴風が吹き荒れる。しかし、その回転の方向は拡散ではなく収束。
 ただのボールに今まで拡散されていたいいんちょの力の全てが内部に圧縮される。
 切り裂かれる空気でボールの周囲で衝撃波が発生し、校庭の土を巻き上げる! 否! ボールへと巻き込まれていく!
 一直線に敵の胸元へと向かうボール。横でなく、螺旋により敵の方へと形状を変えて伸びる球。
 触れる者、その全てを引き裂き、砕き、撃ち滅ぼす闘撃!
 たった一人の目の前の例外を除いて――!!



「ほほぅ……俺の防御術壁を貫く術を持っているとはな……。だが無駄なことだっ!! おぁあああああああああああああああッ!」



 咆哮と共に片手を突き出し、全周囲を覆っていた防御術壁を前方へと集中させる魔人。
 魔人の規格外魔力が、二日前の隣のクラスのいいんちょとの喧嘩(死合い)並の有り得ない消費を生み出す。
 その魔力を熱量に転換した場合、僅か二秒のボールとの拮抗の間に一日の原発の総発電量並。
 羽織っていたエルムゴート必須の白いコート。中には火炎魔術の影響による高熱を防ぐため適温の魔術を内蔵している。しかし、それが余りの魔力の収束によって全身が人体発火寸前の高熱となり、チリチリと端から焼け焦げていく。コートの裏に施された四十九の魔術紋自体が彼の魔力熱に耐え切れずに『キン』と音を立てて砕けて、外側へと弾けていく。

 一秒目に一層、二秒目に二層と術壁を破壊し、残り一層――!

(いなな)け灼熱の轟球!! 無蓋の彼方まで大敵を焼き尽くし!! 天蓋の那由他を滅却し!! 爆炎にて烙印を捺せ!! ――」

 その残りの一層を彼は『自ら解き』、術壁の無い反対の手で掴んだ。

「―― 炎の闘撃(ブレイズシュート)ッッ!!」

 そのボールを掴んだまま怒涛の流れに逆らわず、巨体がぐるりと回転し、いいんちょへと炎の闘撃を纏って投げ返された。

 自らの掴める絶妙なタイミングでの術壁解除、そして荒れ狂うボールを逆に受け取り、自らの攻撃へと転換し、将を討つ!!


 渦旋龍巻闘撃直後の硬直状態。動けないいいんちょへと迫り来る球。

 着弾。

 それを身を挺して、灰色の天使が胴体で庇った。

「ゴホッ」

 仮面の中が真っ赤な血潮に染まる。
 灰色のアーマーには直撃を示す『炎』の文字が刻印されていた。
 超躍者の胴体に直撃したボールは天高くへと舞う。



「直門!」
 いいんちょが駆け寄って彼を抱き起こす。肉の焼け焦げた臭いからして明らかに致命傷。

「うん……、熱くなり過ぎましたねぇ」とビクビクと震えながら淡々と答える。


「むぅ、身を挺して将を守るとは、兵士の鑑なり」と、明らかに普段の口調と違う、何かが乗り移ったようなクルーガー。
「いや、明らかにアレヤバイだろ。てかドッヂじゃねーのか」と珍しく突っ込み役のリロイ。



「雑兵如きが……、中々やるじゃねぇか」



 二人を高くから見下ろすエルムゴート。
 しかし、これで『将』と『将』の一対一。
 勝利も、敗北も無い状況。



「こんな体まで張って、無意味じゃない! 死んだらどうするのよ!」
「いえ……、そうでも……、ないですよ。女の子守るのは、……当然じゃないですか。尻も、……ちょっと揉ませてもらいましたし……、役得です」
「馬鹿! 尻なんかどうでもいい! あたし一人で……、どうやって戦えばいいのよ!」
「一人……、じゃないです。そして試合は、……もう終わりです」

 スッとエルムゴートを指す直門の指先。
 そしてパーンと銃でも撃つようなしぐさで上がる指先。


大当たり(ジャックポット)

「えぃ」


 何処か間の抜けた掛け声と共にポテン、とエルムゴートの『背中に当たる何か』。


 驚愕の面持ちで振り返るエルムゴート。
 ……居ない。いや、『視界に入って』いない。少し、下を向く。

 そこには内野での戦力が期待できず、元から外野に居た生徒、不恰好に投げた体勢のままのリュシフェラーゼ・ウィンダム(ブルマにフード)が笑顔で居た。

「やりましたー」とフードから僅かに零れる小麦色のふわふわした髪を波立たせて喜ぶ。


 胴体で弾き返した瞬間。天高くまで挙げた外野まで転がし、ボールを取らせた外野の一人がリュシフェラーゼだった。
 彼女にボールが飛んで行ったのも彼の策略がある。
 彼女が普段から被るフードには特殊繊維で編み込まれており、外部から存在が分かりにくいようにされているのだ。お陰でクラスでもわりと存在感が薄いのはどうでも良い話。
 加えて、エルムゴートの防御術壁は何もかも通さない訳でなく、『危険な攻撃を選択的に防御』する。一から十まで防御していたら、稀代の悪党エルムゴートといえど魔力が幾らあっても足りない。
 もし、ボールにエルムゴートに危害を加えるだけの力が無ければ、当然それは透過する。つまり、ボールが当たるだけの力があれば問題ない。


 そして、何より勘違いしてはいけないが、これは『ドッヂボール』である。ボールは当たればいいのだ。正にナイスブルマである。



 そして、人外大戦が行われている中でも外野の線スレスレにビビらずに立っている彼女に直門の目が届き、「彼女ならやれる」と確信したのだ。


 エルムゴートに感づかれないスニーキングスキル、防御術壁を透過する力の無さ、そして、何よりもエルムゴートにボールを当てられるだけの度胸。


 それがリュシフェラーゼだったのだ。



「僕達、……の勝ち、……だ」

 息も絶え絶えになりながらも、エルムゴートに宣言する。



「天使達よ……。よくぞこの俺を倒した。だが光あるかぎり 闇もまたある……。俺には見えるのだ。ふたたび何者かが闇から現れよう……。だがそのときは お前は年老いて生きてはいまい。わははは………っ。ぐふっ!」


 意味も無く吐血して倒れるエルムゴート。

「そう言えば、こいつに●ッヂ弾平と一緒にドラ●エV貸したなー」とどうでも良い事を思いながら、直門は目を閉じた。

「目を開けて!」と女の子の慟哭が聞こえる。だが、彼にそんな力は無い。もう彼は力尽きてしまったのだから……









 再び目を開けると、保健室だった。
 アーマーは傍らの机に置かれ、掛け布団を捲くって見れば包帯が胴体にグルグルに巻かれていた。


「お、目、覚めたみてぇだな」

 気だるそうに仕切りのカーテンを開けて来たのは保険医のササメさんである。

「僕は?」
「おめは下校時間ギリギリまで寝てたんだよ。ったく、仕事だからって面倒だね」

 ぷはっーと、毒ガス(タバコ)を正に満喫しているやさぐれ保険医。

「……あのぅ、僕、包帯以外全裸なんですけど?」
「あ? 他にも怪我とかあったから処置しといたんだよ。熱心だろ? おめ、一体何頑張っているのか知らんけど程ほどにな、保険医として忠告」
「いや、あの、むしろ僕が全裸って事の方が重要で」
「あ? あたしが女の子の体以外で興奮するはずないべ? おめもそだろ?」
 確かに直門にとっては間違いではないが、彼女にとっては大間違い過ぎる。
「まぁ、あたしは何でも無いけど、保健室に連れて来たいいんちょとリューゼたんはきゃーきゃー言いながら楽しそうに見ていたけどな」
「ぎゃぼー」

 軽く鬱になって彼は死にたくなってきた(もう何回か死んでるけど)。

「お、そだそだ、ほれ」

 と渡されたのは二つの弁当の包み。
 ピンクのかわいい包みと、銀色の少し大きめの弁当箱。

「おめが栄養失調だって言ったら、女の子達が家庭科室使ってよ。おめも果報者だな、腹立たしい」

 最後の一言が余計だが、そんな事に気にも止めず、大き目の弁当箱を開けた。
 食材はベジタリアンの直門を意識した彩であり、女性的な細やかさが感じられる。栄養配分もバッチリである。
 弁当の大きさからしていいんちょのだろうと直門は思った。
 一瞬にして箸を取ると無我夢中で食べた。
「ありがてぇ、ありがてぇ」と不作の農民が食べ物分けてもらったみたいに食べながら呟く。
 味は薄口だが、煮物にも味が染みており、料理人の細やかさが伺いしれる。

「ごっそーさんでした」
「んじゃ、もう飯食って動けんだろ? もう帰れ」
「はい」

 ササメさんに半ば追い出されるように、とりあえず短パンだけでも履いて屋上の自宅に向かう。




 空には満天の星。
 人里離れたこの学園は夜中になれば暗闇に等しい。

 屋上のプレハブ内部にポッと灯されるローソク。


 ミカンダンボール箱の上、もう一つのピンク弁当箱を置き、その前に直門は正座して仰々しく手を合わせる。

「先ほどのお弁当と良い、いいんちょの弁当があれなら、リューゼちゃんのお弁当には期待が持てますね」

 そして、弁当箱を開けると、魔界がそこにあった。

 無言で箱を閉じる。

「……おかしいなぁ、視力5.0なのに視界が歪んでいたぞ……。それに、何か、産業廃棄物の臭いがしてた」

 蓋を再び開ける。やっぱり魔界と繋がっていた。
 とりあえず、御飯、具、それらしきものがある事から弁当らしきものだとは分かるが、どんな化学プラントの広域事故が起これば作成されるのかと言う様な何かがギッシリ詰まっていた。存在するこの世の色と言う色を無理やり凝縮したような名状しがたい塊がピンクの弁当箱と相余ってやたらとシュールに感じる。まぁ、色は文字通り目を瞑るとして、次に知覚できるのは匂い、いややっぱり悪臭だ。産業廃棄物と言う言葉の意味すら忘れそうな臭い。体の防御反応だろうか? 現在進行形で涙が目尻にたまり始めた。あまりの悪臭に頭がクラクラする。

「……せっかく作ってもらった手前、食べなくちゃ駄目ですよね?」

 星空に浮かぶリロイがサムズアップ。そうか、君はこんな地獄も切り抜けてきたんだねと語りかける。

 もしかしたら、見てくれや臭いとは別に意外に歯応えはいけるかも知れないと思い、意を決して箸を取り、その物体を摘む。
 ……硬い。焦げとか水分の欠如とか関係無しに硬い。何故か、モース硬度なんて言葉を彼は思い出した。
 持ち上げてみる。……重い。やたらと重い。何の調味料を使えばこんなに重くなるのだろうか。しかも、硬いわりに何故かその物体は微妙にしなっている。
 これを作ったリュシフェラーゼちゃんには錬金術とか黒魔術の才能があるなーと考えながら、意を決して彼は口まで運んだ。

 が、ある地点でピタリと止まった。
 アレだ。生命が危機を感じるとエスパー並みの危険察知を感じ取るらしいが、今まさにその状況だった。
 口元から五センチの距離を近づける事が出来ない。
 唇に神経が集中したようにびりびりと電気が走って脳を撫で回している。
 ヤバイ、これは、食べたら、死ぬ。

 食った瞬間に絶対走馬灯とか見える類。

「……こう言うのには、勢いが必要ですよね?」

 誰に言うとも知らず、今更やたら重いと感じる弁当を両手で持つと、一気に全部を口の中に入れ、(おとこ)らしく飲み込んだ。













筋肉祭(マッスルパーティ)ですよー」と何処かで見た事がある少女が言いながら、エルブルズの誇る二大爺マッチョの周りを回って踊っている。
「あー、マッスルー、マッスルー」
「お、オ●レ兄さぁぁあああああああああああん」
「さぁ、筋肉旋風(センセーション)を巻き起こすのですよ!」
「世界を筋肉で埋めつくのです!」
「らいうぇべぃべ!」
「ふーん! 見よ、大胸筋の咆哮!」
「ふーん! 上腕二頭筋の猛り!」
「三角筋の喜び!」
「広背筋の漲り!」
「ふーん! 腹直筋の輝き!」
「ふーん! 大殿筋の隆起!」
「大腿四頭筋の恥じらい!」
「あー、マッスルー、マッスルー」
「お、オ●レ兄さぁぁあああああああああああん」
「さぁ、筋肉旋風(センセーション)を巻き起こすのですよ!」
「世界を筋肉で埋めつくのです!」
「らいうぇべぃべ!」










「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、ごはっ」


 どうやら暫く気を失って、直門は変な夢を見ていたようだった。
 胃がやたらと重いし、手足が冷えている。服は汗ですっかり濡れていた。
 まるで長い眠りから目覚めたようだった。

 ふと時計を見てみる。
 五時十三分。さっき、五時十五分だったからつまり『マイナス二分間』気絶した計算になる……。
 否、……勿論ならない。

「ほぼ一日気絶してるぅうううううううううううううううううううううううう!」



 こうして、直門の一日+気絶日は終わるのである。



  [いいんちょ&超躍者+リュシフェラーゼとその他大勢 VS 爛れる鋼鉄&フェンリル&リロイとその他大勢 戦 : 七十二分五十八秒 ドッヂボール勝負。総大将いいんちょの生き残りによるいいんちょチームの勝ち]


  [超躍者 VS いいんちょ&リュシフェラーゼ 戦 : 二十三時間五十八分三十二秒 『ピンクの核地雷』で超躍者、ほぼ丸一日幻覚を見る。次の日、銀色の弁当箱をいいんちょ、ピンクの弁当箱をリュシフェラーゼの手作りだと『 大 勘 違 い 』、二人とも泣かし、装弾筒付徹甲弾と女子からの非難を全身に食らい、再び保健室に入院。ちなみに直門を期待していたリロイ、英語の宿題をやってこなかったため、再びバッカニアス先生の竜殺し(ハリセン)を食らう]


19 :菊之助 :2007/09/11(火) 10:26:57 ID:kmnkzJPn

バリアントティーチャーズ 故に賞与あり

 注意:この作品にはどことなくグロテスクな内容や「暴力表現?(ああ、言葉も暴力だよね)」が含まれております。なんかこう、いろいろと痛かったり苦しかったりする人は使用をお控えください。ついでに今「使用ってなんだ?!」と突っ込みを入れた人も、お控えくださいますようお願いいたします(ぺこり)。


 最近出番がないのに、疲れている気がする。
 ちょうど昼食の忙しい時間を過ぎて、ある程度暇になった購買のカウンター内で、青年は年不相応なまでに疲れた溜息を一つついた。
 私立とはいっても、必ずしも裕福な家庭の生徒が来るわけではないらしいこのエルブルズ学園において、意外と庶民的とも思えるこの購買は生徒達に重宝されている。近頃ではその存在さえも珍しコッペパンなるものを常に棚に並べているのは、極一部の生徒がそれを望んでいるからだ。ただ今日に限っては、それを必要とする唯一の生徒が購入する前に、異様に派手な、それでもその職に就いた者に伝統されるときく赤いスーツを着込んだ生徒会長がすべて買い占めてしまった。ああ、あの少年は大丈夫だったろうか? 自分が売り切れを告げた瞬間の、空っぽな眼は、彼の使える若い主がおやつを取り上げられた時のそれとよく似ていた。ただし、主よりもコッペパン少年のほうが遙かに空虚で、それなのに背中には形容しようがない思い過去が見え隠れするのだが。
 そこで、カウンター内の青年はもうひとつ溜息をついた。
 この『異色』と世間からも評価されている学園で、唯一外部からの販売許可をもらえたこの購買、もとの親会社は『SHOW』という名の、小さいものはごく最少電子チップから、大きな物は対ミサイル兵器まで作り上げちゃうような総合商社である。そこはかとなく怪しさと胡散臭さが立ち込める会社であるが、全社通してのスローガンが「お客様のニーズにこたえるために、社員一同(おに)頑張ります★」というものなのが、逆に消費者の気を抜かせているのかもしれない。
 そして購買の青年。不幸にも割烹着に三角巾が似合ってしまう彼は、実はその商社の「営業企画室顧客満足度調査係」なる、重要なんだけどいまいち社内でも知られていない地味な部署の副室長なんてのをやっている。名前を石原名鳶十(いさなとびじゅう)というこの青年は、己の主のそのまた主(次期社長候補と言われている)の命令で、この学校に購買のお兄さんとして入り込み、市場調査を行っているわけなのだ! ついでに。彼の主である少年は、生徒としてこの学校に通っている。ただ彼の場合は深い意味や野心など何もなく、ただ単に彼自身も『いろもの』なので、逆にいえばこの学園以外は通うことができなかったという方が正しい。要するに石原名青年は、市場調査兼お目付け役兼地味に販売促進をしているというわけである。ああ、苦労が絶えないな。

 まあ少し暇になったのは事実。なのでこれからこの学園の食堂にでもいって、休憩がてら昼食を取ろうと、彼は考えた。午後の授業時間の間に休憩をとって、次の休み時間にまで戻ればいいだけの話である。さらに言えば今日は一番の問題クラスといわれているところが、二時間ぶっ通しで体育をするらしい。午後の短い休み時間にわざわざ購買で何か買っていくのは、あのクラスの、常にバイクと一緒に行動している髪の長いいいんちょくらいである。なかなか可愛いうえに、巨乳好きな石原名青年にとっては、この学園の中で数少ない目の保養だったりするわけだが、できるだけ楽したい彼としては目の保養よりも目先の安らかな休憩を選ぶ。
「よしよし、いいんちょさんが来ないということは、二時間ぶっ通しで休憩とれるよなー」
 うきうき呟きつつ、手製の「休憩中」カードをカウンターに立てかけて割烹着を脱ぐ青年。そのカードに書かれたゴシック体の文字と不釣り合いなまでに、文字の下に描かれた般若の顔が一見ひょうひょうとしている青年の、だが恐ろしいまでの内面の熱を他人にうかがわせた。つまり『俺の休憩時間、邪魔したやつは殺すからね』ということを、見る者にそっと(正確には露骨に)匂わせているのである。三角巾を手際よく畳み直して額に巻き直してから、石原名青年は財布とケータイを片手にカウンター脇から外に出ようとして、動きをとめた。
 
 彼のよすぎる視力は、廊下の先の角を曲がり、こちらによろよろと近寄ってくる一人の教師の姿を見つけたからである。出来れば無視したい。無視したいのだが、この学園教師陣の中で唯一まともというか、超人ではない一般人なその教師を見つけると、思わず石原名青年の眉間に同情のしわが寄った。彼は三度目の溜息を吐きながらカウンター内に戻り、よろよろとぼとぼと歩く教師の到着を待つ。
「……胃薬をひと箱。いつもの」
「……さしでがましいようで悪いんですけどね、カーマイケル先生。俺、あんたにはこの仕事というか、この学園向いてないように思うんスよ?」
 蒼い顔をしたその新任教師は、アルバート・カーマイケルという数学教師である。さらに言えば正式教員ではない。前任の数学教師がとある事情(・・・・・)で一時的に職を離れたので、その穴を埋めるために呼ばれた臨時職員なのだ。教える腕も確かだし、気弱であることを除けば性格にも問題がなく、それこそ違う場所で教鞭を振るっていればそれなりに「良い先生」として生徒からある程度の人気を集めたことだろう。
 しかし、この学校では別なのだ。
 年の割には少年のような顔つきの数学教師は、渡された胃薬をさっそく口に含みつつ、ハラハラと涙を流した。
「……おれも、そう思うんだけどね? でも、ほら、おれ、ほかにできることないし、ほかのところは職員募集終わっちゃったし……」
「うんうん、わかるわかる。ほら、水飲んで」
 いってペットボトルをそっと手渡す石原名青年。むろん、後でこのペットボトル代も請求するつもりであるから、この青年は決して善人というわけではない。だが、もちろん青年の「売上向上」という腹黒い心根に気がつかないで、数学教師はありがたくそれを受け取ると、中身を薬とともに嚥下した。ふぅっ……と息を吐いて、地面を見つめるカーマイケル教師。しかし見つめた先にあるのは、自分のスニーカーをはいた足だけだ。今朝の授業を思い出し、再び彼の眼に涙が盛り上がった。

「……だって無理じゃないか。あんな大学でも習わない理論を突然『なあ、先生よ。お前、わかるか?』とか明らかに高校生という年齢と迫力じゃない生徒に言われて、しかもそいつの口からチロチロ炎なんか出てるのを見ちゃったら、普通、みんな泣きだすじゃないか……」
「う、うん。そうだよな」
 そういえば、なんかいたな、あの問題クラスに。 というか、いすぎるようなあそこ、問題児が。
 その問題児クラスの中に、ちゃっかり自分の若すぎる主もいたりするのだが、石原名青年はその部分は思考から除外することにした。そして、その若すぎる主はというと、話題に上がっている『炎の魔人』の盾として、同じく規格外ないいんちょの渦旋龍巻闘撃を受け止め「あふーん」と体をビクビクさせていたりするのだが、むろんそんなこと校舎内にいる石原名青年は知る由もない。
「おれの気弱さが悪いと、自分でも思うけどさ。でも、でも! ねえ石原名君!?」
「はいっ?!」
 突如カウンターをたたいてこちらに身を乗り出してきた数学教師の気迫にビビって、石原名青年は思わず聞き返した。
 こちらを見るアルバート教諭の顔はまだ涙にぬれていたが、それでもその眼には何かこれまでにない強い光が浮かんでいる。
「石原名君! あんな教室でまともに、まともな数学が教えられると思うかい?!」
「お、思わないっ。思わないッス!」
「だろ!? 他の先生のように特技も珍技もないおれに、そんなすごい教え方ができるわけないじゃないか! でも教師は続けたい! 教師こそおれの生甲斐だから!!」
 突然のカーマイケルの変わりように、石原名青年はしばし茫然としたが、彼の手に握られたペットボトルのパッケージを見て合点がいく。
 

鬼灯丸印 奮闘液(ほおずきまるじるし ふんとうえき)


「……うわぁ」
 単なるスポーツ飲料だと思っていたが、どうやら何か違うらしい。これを製造した人の顔を思い出し、一瞬青くなりかけた石原名青年だったが、その間も奮闘液がききまくっているカーマイケル教諭の熱弁は続いた。

「だからおれは教師は辞めない! そしてここで逃げるわけにはいかない! だとすれば、直接学長に頼んで、おれの力を最大限に発揮できるよう何か策を練ってもらわないと!」
「あ、自分では考えないんだ」
「目指せヤンキー先生! 愛と勇気でおれがこの学校の数学を変えてやるんだぁあぁっ!!!」
 
 そこまで叫んだところで、突如カーマイケル教師はまわれ右して廊下の向こうへと走り出す。
 あまりの変貌ぶりに石原名青年は「……てか、ヤンキー先生って違くね?」とツッコミを遅れていれながら、しばし呆然としていた。
 が、お代をもらっていないことを思い出して、あわててカウンターを飛び越すとあとを追いかけ始める。


 教師たちの戦いが、地味にここにスタートしたわけである。


20 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/10/08(月) 13:52:41 ID:QmuDsJYm

バリアントスチューデント 故意に技あり その四


 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。


 [本編ではまるで役に立たないパロディの主要登場人物おさらい]

 天璽(あまつしるし) 久魅那(くみな): エルブズ学園・二年はぐれ組のいいんちょ。何かとセクハラの対象にされる。わりと報われない。
 エルムゴート=アンセム: 学年主席。どう見ても学生には見えない。金持ちらしいが何故かバイト(殺し屋)をしている。
 リロイ・ロイロード: バカその1。主犯格。魔法が使えるが使う方向性を間違っている。別名・学園の愛玩動物。無駄に美形。
 クルーガー・バーズ: 狼男で苦労人。もう直ぐ一児のパパ。凄腕の玄人(バイニン)(麻雀の凄い人)。
 平 直門(たいら なおと): バカその2。煽り人。オリンピックにそのまま出れるほどの身体能力だが、傾ける情熱を間違っている。別名・学園の寄生虫。ど貧乏。

 真珠:ちびっ子担任。口癖は「静まれー静まれー!」
 メタトロン:バイク。


【それ行けくる〜が〜】


 小鳥の囀りによる目覚め。
 僅かな微睡(まどろ)みが、体を預けていた相手からの呼吸の微動と共に徐々に、解けるように覚醒していく。
 冷やりと涼やかな身体の感触。
 妻である低血圧低体温なディースと居る時には彼女自身の強い希望で保温用の抱き枕代わりになり、毛皮でモコモコとしたマッスルウルフ状態でいるクルーガー。
 その彼がコロンと寝返りを『彼女の上で』うつ。
 そしてその細身の割に豊かな双丘に自らの顎を乗せた。
「ん?」
 何か、視点が違った。
 本来なら臨月間近のディースの身体を労って、上に乗っかるような格好になるはずもない。と言うか巨体が載っかれるはずがない。
 てか、確かに蠱惑的なボディだと夫のフィルター無しに思うその見慣れたおっぱいが、いいんちょよりもデっカく見えた。
 おかしいぞ、といいんちょより控えめだったはずのボディに違和感を覚えてクルーガーは目を擦っていると、それ以前にもっと重要な事に気付いた。

 幾ら妊婦だからって身体全体が大きくなるはずはないだろう、常識的に考えて。
 しかし、突如鳴り響いた目覚ましにビクリとクルーガーは身体を震わせて、その考えを打ち消す。相変わらず、幸せそうな顔で涎を垂らして寝ている嫁。

 まだ寝惚けているのだろうとクルーガーは頭を振り、ぽむぽむとぷにぷにの肉球をふにふにの双丘に当ててディース山(標高目測で八十七センチ)登りきり、そのまま滑り台の要領でずざーと頂上から肩口を経て枕元まで転がる。
 そして、寝起きの悪いディースの耳元にセットされた目覚ましに手を掛けようとして、いつもなら鷲掴みに出来るはずの目覚ましがあまりにも大きい事に今更気付いた。

 否、自らの小ささに愕然とした。てか胸に登れた時点で気付け。

「なんだこれぇえええええええええええええええ!!」
「う〜ん、朝っぱら僕の耳元でうるさいよ、クルーガー。胎教に良くないってば、ってあれ?」

 じーっと、真横で固まっていたクルーガーに、いつもなら寝起きの悪いはずの彼女の目がパチリと開き、『ひょいと』そのまま胴体を鷲掴みされ、『頭上に』掲げられた。

「……小っさ」
「馬鹿なぁああああああああああああ!!」



 朝起きたら、クルーガーが二十センチの子狼になっていた。



「うわははははははははははは、ちょ、おま、それないだろぉおおおおお!!」
「いやー、お似合いっすよ、ぶほ、クルーガー君っ!!」



 子狼の形態ままクルーガーは全身でじたばたと登校を拒否するも「かわいいからこのままね」と満面笑顔のディースの頭に載せられ、「妊婦の運動も大事っしよっ」と臨月のはずの妊婦と無理やり一緒に登校をさせられた。
 ただでさえ、十●歳で孕ませたってわけで色々心労が重なっているのに、あまり理解してくれないディースはクルーガーの大方の制止のための言い訳と無茶な嘘と有り余る恐怖の真実を無視して学園へと、お腹の大っきな制服姿(コスプレ用)で侵入、もとい登校したのであった。勿論、妊婦が頭に狼を載せている時点で凄く目立っている。

 その満面笑みのディースの上に小亀よろしく乗っかった狼顔で、既に全てを諦めてブスっとしたむっつりとしたクルーガーが教室に入ると同時に、一秒でクラス全体の沈黙を作り、二秒でクラス全員に状況を理解され、三秒目にクラス内満場一致の爆笑の渦に巻き込んだ。


 特にバカ、魔力の一号と技の二号に指を指されてバカ笑いされているのが腹が立つ。
 いいんちょは呆気にとられて「ダメだこりゃ」と(かぶり)を振っている。俺が欲しいのはその反応だ、と胸中に秘めるクルーガー。
 だが「ね、かわいいでしょ」と屈託無く笑う空気の読めてないディースに今度は涙がチョチョちびれて、教室から脱兎、もとい脱狼の如く逃げ出して屋上で遠吠えをしたくなりそうだった。

 そんな中に無言でいつも通りの渋い、コールタールよりこってりとした濃い強面(こわもて)で入ってくるエルムゴート。
 いつもならその雰囲気に気圧されて僅かに教室全体のトーンが落ちるはずのだが、親亀小亀状態のクルーガーとディースのその姿を視界に納めると同時にエルムゴートは自ら、姿を隠すように無言で教室のドアを閉めた。そして、明らかに磨りガラスの向こうで腹を抱えて身体をプルプルと震わしているのがモロバレなのが、クルーガーにとってやたら悲しかった。



「おいおい、どうしちまったんだ? 獣化人? なんか今日はやたら小っせぇじゃねぇか?」

 目尻の涙を擦りつつ、ドアを開けて発されたエルムゴートの言葉に再びクルーガーは死にたくなった。


「知らん。朝起きたらこうなっていた。しかも、人間形態にも戻れない上に、半人間形態にもなれないから日常生活が不便で仕方ない」
「そうそう、肉球ぷにぷにでナイフとフォークも使えなくて朝御飯も食べれないから、アーンって食べさせてあげたんだよね?」

 ディースの衝撃的新婚甘々発言に教室全体が「うっはー」とでも叫びを挙げたくなるような、含み笑いを更に継続させる空気に変じて、クルーガーは「もう、恥の上塗りは見たくも聞きたくもない」とでも言う様に耳をぱたーんと伏せて、肉球で目を器用に狼形態のまま覆った。



「えーっと、今日は教室が先生の知る通り微妙な空気と環境ですが、しっかりと授業に集中しましょう」

 割と状況に動じなかった担任の真珠先生によって一応は教室の空気が静められ、朝のHRはいつもの混乱時より割と普通に終わった。
 ただ出欠の時に、いつも通り無言でお手でもするようにディースの頭の上で手を挙げるクルーガーの代わりに、「ふわぁいっ!」と無駄に元気に返事をしてシュタッと手を挙げる妻に赤面したのはちょっと屈辱的だった。
 担任による印籠でも取り出すかのような「静まれー静まれー!」との号令が無ければ、クラスは一時限目の初めまで爆笑が止まらなかっただろう。
「ありがとう先生、今日の味方はたぶん彼方だけです」とクルーガーは涙を流しながら担任により一層の忠誠を誓った。



 ところで、授業参観を見られているような状態になる事を予想していたクルーガーは大方の予想を裏切り、むしろ授業参観を見ている親のようなハラハラ感を味わっていた。



 簡潔に言おう。ディースが殆ど代わりに授業を受けていた。



 流石に一国のお姫様(正確には元王子様)だけあって、基礎教養は自前の家庭教師によって大学レベルまでこなしていたのだが、いかせん、箱入り娘(正確には元息子)であったため世間ズレしまくっていた。そんな事があったためか、一般の学生生活(モラトリアム)には人並み以上に関心が高かった。しかし、妊婦である事も相余って自宅で待機し続ける事が多かったはずの彼女だったが、クルーガーが学生生活を送り難い状況を打破するべく支援をするように申し立てたのにも関わらず、いつの間にか主客転倒して彼女が学生生活をエンジョイする状態に入れ替わっていた。

「クルーガーあの問題分かる?」
「……いや、あまり公式を覚えてない」
「そっか、じゃあ私分かるから、はい!」
「なんでだ!」
「はいじゃ、そこの君」
「って、先生突っ込まないんですか?!」
「1/2πrです」
「正解です……教師生活ンカ月……、僕は、僕は……これを待っていたんだぁあああああああああああああああああああああああっ!!」
「はっ、中々やるじゃねーか、妊婦」

「学校って楽しいね、クルーガー」
「…………」

 何かの達成感を得たように笑い始める数学講師、その彼に不適な笑みを浮かべる魔人。彼にも色々あるみたいである。


 その後の家庭科、英語、終始そんな感じである。それでも流石に四時間目最後の体育は見学だった。てか、臨月の妊婦が運動すんな。


 ちなみに体育は野球だったが、内容と結果的には闘球(ドッヂボール)と同じである。ただ、度重なるいいんちょのリミットブレイクの暴投でついにキャッチャーのリロイやデッドボールを食らった自軍の犬山忠友(クラスメイト)が意識不明となってピッチャー共々退場となり、灼熱魔人の天蓋を焦がす『炎のホムーラン』(ホームランに非ず)やら、超躍者のストライクゾーンから一メートル離れても必中のホーミングバントと次のベースを既に踏んでいる忍者盗塁、そして子狼姿のままでの外野のクルーガーによるボールのダイビングキャッチ(口で)により、魔人チームの大勝利だった。


 熱波や竜巻が吹き荒れ、人間が走っている最中に在り得ない方向に突然曲がったりすると言う学生の体育、と言うか日常生活にあるまじき光景をニコニコ眺める妻に「何事にも動じない嫁で助かった」と彼は嘆息した。


 ちなみにベンチに座ってこっちを眺める嫁のブルマ姿にちょっとだけトキめいたのは、尻尾の振り具合さえバレなければ誰にも秘密である。



「じゃ、お昼御飯の時間だよ」
「俺は学食でいいんだってばちきしょおおおおおおおおおおおおおおお」

 教室から脱狼の如く逃げようとした瞬間に、唯一の弱点である尻尾を意外にすごい握力でディースに掴まれて力が抜けたクルーガーはお縄となっていた。


「ちゃんと、あーんって食べさせてあげるよ〜」

 それが恥ずかしいから嫌だったんだ、と尻尾を引き摺られて着席、もとい机に鎮座(おすわり)させられるクルーガー氏。


「じゃーん、今日も頑張って作りました♪」

 弁当の中身はちょっとだけ煮崩れした煮物に、ガタガタのサイズのポテトサラダ、少し焦げたハンバーグに、秘蔵のハートマークふりかけの御飯で、中央には今にも脱力しそうな食紅の文字で『LOVE×2 くる〜が〜』と書いてあった。

「おぉ! この前より進化している。流石、愛の力! ……それに比べてこっちは」と直門がディースの愛妻弁当を見てから横へと視点をズラして言った瞬間に、先ほどの体育ばりの豪速球で投げられたピンクの核地雷(Ver3.02)を食らって全身丸ごと教室の窓から消えた。


「ふふっ、いいじゃねーかよ。自分の愛する人からの弁当食えて幸せだろ?」と重箱にギッシリと詰まった昼御飯を必死にかっ食らうリロイ。ちなみにこの間クルーガーが見た時よりも弁当の容量と箱の個数が増えた気がする。合掌。

 ちらりと教室の後ろを見ると「ふはははははっ」と凶悪な笑いを浮かべながらエルムゴートが牛の胴体くらいあるようなマンガ肉を自分の口から出ている炎と教室後部に展開した自前の(かまど)で炙っていた。もはや何でもありである。さりげなく、余熱でじゃがバターをリュシフェラーゼが、真珠先生が焼き芋を作っているが特に魔人は気にしてはいないようである。てか、先生、魔人の暴挙をちゃんと止めてください。
 クルーガーの真珠先生への信頼が四下がった。



 そして放課後。


 自らの今の身体を治す、もとい原因に心当たりのある人物へとディースの頭に載せられてクルーガーは向かっていた。

 扉の前。頭上のプレートには『化学(人体)実験室』と書いてある。
 そして、このプレート通りの事をしでかす教師の事を思い浮かべる。クルーガーはぶっちゃけたところあまり会いたくないのだが、ここは仕方がない。

「入りたまえ、そろそろ来る頃だと思っていたよ、いや予定より二十四秒程早いかね」

 扉は閉まっているのにどう分かったのか知らないが、その実験室の主の言葉に促されて室内へ足を進める。

 目の前にいたのは、何と言うか……。

 どう見てもマッドサイエンティストです。本当ありがとうございました的な、化学教師で学年主任のドクトル・ジュニングスが怪しい機材と怪しいフラスコと普通の白衣を着て立っていた。


 そしてその彼の手元には試験管とその中にピンクの核地雷と同じ色彩を持つ、人体と精神に有毒そうな試薬があった。


「吾輩の試薬を信用できるか? いや、信用出来ないだろうね。だが、君は心当たりが吾輩にしか無いために来たのだろうが、それは正解だという事なのだよ、全面肯定なのだよ」
「やはり犯人はあなたですか」

 渋い顔を器用に子狼のまますると、それにはいやいやと否定する学年主任。

「リロイヤートに服装規定無視の反省文の代わりに、吾輩の開発した新薬メホホブルササンJを誰かに投与してくるように命じたのだが、その相手が君だったのが不幸の始まりなのだよ、いやむしろこれは必然と言っても過言ではないな」


 クルーガーの脳内デスノートに予定犠牲者が書き加えられた。


「で、そのメホホブルササンJの効果は何時解けるのでしょうか」

「んー、この抗薬を飲まない限りは戻る事は無いだろうね、いや、絶対無いね、保証する」


 そんな事保障するなと思いつつ、その怪しい試薬を見つめる。お昼休みに見た死体(いいんちょの弁当が微量、口に入った直門)を思い出し、体が震える。


「ちなみに利くかどうかは吾輩もさっぱり分からない、これも保障する」
「そんなモノを飲ませないでください!」
「そうは言っても、効果も分からない薬品の抗薬を作った時点で吾輩の対応を褒めてもらいたいものだね、クルーガー・バーズ」
「…………」
「飲むのかね? 飲まないのかね? ちなみに後五分ぐらいで劣化して効果が無くなると、作り直すのに二週間くらい掛かる」

 扉の前では「飲まないの?」と首を傾げる嫁。
 確かに今日一日くらいであれば大丈夫であろうが、自らを登校するのに毎度ディースを引率させるのは不本意であり、何より母体に良くない。


 クルーガーは渡された試験管の中身を器用に、そして一気に飲み干した。





「ちゃんと元に戻って良かったね?」と見上げる妻を見下ろすクルーガーの視線。
 戻る事が分かっていたのか? ちゃんと服まで用意していたディースのお陰でクルーガーは全裸で帰らずに済んでいた。
「だが、納得いかん」
 憮然とするクルーガーにディースはクスクスと笑う。

 それもそのはず、あの試薬は物理教師のテニ・オト・パミャチの変身能力を基にした『自分が望む姿になる薬』だったのだ。
 つまり、それの意味するところはあの子狼の姿はクルーガーが望んでなっていたと言うわけで……。
 やっぱり、いつも妻を見下ろす視線だったのをたまには見上げたかったのだろうか、と勝手に納得が行くように結論付けてみた。

「でも良いじゃない。いつもはお澄ましさんのクルーガー。今日はすごくかわいいかったよ?」
「そんな事を言うな、馬鹿」
 そんな妻の笑顔で今日一日を何かも許してしまう自分も甘いのだろうなと思いつつ、丸一日歩き疲れたディースをお姫様抱っこで文字通りお持ち帰りするクルーガーであった。







  [爛れる鋼鉄&フェンリル&超躍者とその他大勢 VS いいんちょ&リロイ+その他大勢 戦 : 四十六分二十六秒 野球勝負。エルムゴートの炎のさよならホムーラン(ホームランに非ず)で魔人チームのコールド勝ち]


 追記:
[リロイ・ロイロード ○月×日 午前八時十五分 クルーガーのパイルドライバーによって丸一日分保健室で死亡]


21 :寝狐 :2007/10/08(月) 22:07:58 ID:kmnkzJWi

バリアントスチューデント 故に拳あり

 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、新たな設定が出てもあくまでSS用パロディなので気にしないでください。ついでに、どんな暴力表現がでようとも誰も死にませんのでグロテスクが苦手な方でもご安心を。





 エルブルズ学園―――


 それは、とある扉の/とある門の/とある時空の/とある次元の/とある宇宙の/とある世界の何処かにある、無駄に広大な敷地を有し、さまざまな事情を抱えた生徒(要は問題児)ばかりを集めた特殊な高等学校。
 学力レベルは不明。馬鹿もいれば天才もいるアンバランス。しかし学費は他よりは安いことで有名。
 生徒だけでなく、教師も問題ある人ばかりで、他では類を見ない事件やら何やらがあるが既に日常茶飯事で誰も気にしない所。


 これは、そんな学園で起きた、とある物語―――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「またお前たち四人かー!」


 学園長室から怒声が響いた。
 声の主はマルコ・ロイロード。白髪巨漢の老人だが、その姿はスーツではなく裸エプロン。一見ただの変質者に見えるのだが、これでも一応エルブルズ学園の学園長を勤めている。
 そんなマルコのマホガニー製の大きな机を挟んだ正面には四人の男子生徒。
 直人、エルムゴート、リロイ、クルーガー。バリアントクラスが不名誉ながらも誇るいつもの四人組である。

「……もうしわけありません学園長、ついカッとなりまして。一生の不覚です」
「クルーガー君! 君の一生の不覚はもう聞き飽きたよ!」

 いつもの台詞にいつもの返事。既に日常茶飯事ではあるが、今回はただの騒ぎではなかった。

「学園内で起きたことならまだこれで終わりだが、今回は他校の生徒も関わっているのだ。向こうの校長とは知り合いだからなんとか穏便に事は済ませられるが、今後他校の生徒との揉み合いは極力避けてもらわんと」


「「「「……すみませんでした」」」」


 深々と頭を下げる四人。


「左右BAAAパーンチ ×4!!」

 マルコのコマンド入力。これによって彼の特殊効果【愛の鉄拳制裁】が発動。その効果は、たとえ生徒を殴ってもPTAから何も苦情が来ないのである!
 愛の鉄拳が四人へダイレクトアタック。ライフポイントが一気に500まで下がる。
 脳天を打ちつけられた四人は悶絶するが、そんなことはお構いなしのマルコ学園長。

「お前たちには一ヶ月のトイレ掃除を与える! 十分反省するように!」


「「「「サー、イエッサー……」」」」


 さて、彼らがここまで怒られている原因となった話は、今から一日前に遡る。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 刻は昼時過ぎ。場所はスチューデント駅前の繁華街。
 都会的なファッションビルや飲食店が並び、ウィンドウショッピングをするなら商店街よりも良いそこは、若者達にとっては恰好の遊び場である。
 そんな場所の一角にて、一悶着が発生。
 学ランを着た数人の男子生徒が一人の少女らしき人物を囲んで何やら騒ぎを起こしていたのだ。
 一見ただのナンパかと思えるが、しかしよく見ればその囲まれているのは少女ではなく―――少年、リロイであった。
 元来女顔であるリロイは制服さえ着ていれば普通に男子生徒に見えたが、その日は休日だったのでいつものアロハシャツと制服用ズボンではなく、Tシャツ+パーカー+ショートパンツというラフな格好であったがために女の子と見間違えられたもよう。
 リロイが男だとわかると男達は気まずくなり、うち一人がぼそりと洩らした台詞がこの騒ぎの火種となった。

「んだよ、女みてぇ。あいつ絶対オカマだぜ」

 と言われて、それを聞いたリロイが噛みついたのだ。
 いきなりの攻撃に怒った男達はすぐさま反撃するが数人程度で勝てるほどリロイは弱くなく、逆にやられた男達。
 比較的無事な男が近くにいた仲間を呼び、大勢に無勢な勢力差が生まれて、リロイは囲まれていた。

「ん? おい、魔術師。こんなところで何してるんだ?」

 そんな状況の最中、「空気嫁!」(誤字ではない)といいたいぐらいの口調で現れたのは灼熱の魔人エルムゴート。彼もまた休日なだけにロングTシャツにジャケットとジーンズというラフな格好でいた。

「んあ? エルムゴートじゃねーか。見りゃわかるだろ? 喧嘩だ喧嘩」
「ほう。面白そうだな。ここは一つ、俺も混ぜてくれねーか?」
「ああ、いいぜ!」

 嬉々として指をポキポキならす二人。大柄な体躯の男が混じったことで少々焦りぎみの男達だが、「今更一人増えてもー」というお約束の台詞が出ないだけまだマシか?
 そんな喧嘩枠の外より、その光景を眺めるは二つの影。

「ふむ。“校外での魔法・魔術など非人間的と思われる術や技の類(変身含む)は禁止”っと」

 パタンと閉じたのは学園生徒なら誰でも持っている生徒手帳。その中に記された校則なんたらを読み上げたのはクルーガー。

「要約すると、一般人が出来ないことはやってはいけません、ってことだね」

 要約してるのかいないのか微妙加減な言い方をしているのはその横に立つ直人である。
 片方は妻に頼まれていた買い物の帰り、そしてもう片方は数ある自販機の中から取り忘れたおつりが無いかを一箇所ずつ丹念に調べていた最中に出会い、暇だからということで二人ブラブラと歩いていたという組み合わせである。どちらが何をしていかはあえて言うまい。

「……にしても」

 直人の視線は喧嘩の中心、リロイとエルムゴートに向く。

「魔術じゃなくて拳で立ち向かう魔術師というのもある意味すごいですね。ゲームだと魔術師の腕力とかってかなり低いし」
「今の世の魔術師は腕力も無くては生きていけないってことだろう」
「そういえば、家庭担当の凰霞先生も魔術師なのに拳で戦いますね」
「凰霞先生は空手部も勤めているしな」

 凰霞翠琥―――家庭担当兼空手部顧問の教師。喧嘩得意のリロイとエルムゴートが瞬殺され、腕力では一番強いはずのいいんちょさえもぶっ飛ばされ、直人に関しても直接ダメージを狙っても全身に覆われた重力魔術によって阻まれるという(武術としてならば直人が格段上)、絶対に敵にまわしたくない教師ベスト5にランクインされている人物である。

 拳で戦う魔術師二人に呆れた眼差しで離れた場所から傍観するクルーガーと直人。
 クルーガーとしては出来る限り和平の道を目指したかった。だから、直人に「少し待っててくれ」と言い残して彼らの中に入って仲裁をしようと思った。
 しかし、喧騒の中にリロイの背後から、何処から持ってきたのか細長い鉄材で殴ろうとしていた輩がいた。さしものリロイでもどこぞのふもっふ軍曹さんですら鍛えられないという後頭部にそんな凶器で殴られればタダではすまない。
 その瞬間、クルーガーの脳裏には既に和平という言葉は消えていた。
 男が殴りかかった鉄材は寸前のところでクルーガーに受け止められ、何が起こったかもわからずに男は逆に殴り飛ばされる。
 背後の音に気付き、リロイは振り向く。

「お? 根暗じゃねーか。なんだ、お前も参加するのか?」
「ああ。ほんとは和平にしたかったが、気が変わった」

 やる気満々のクルーガー。再度の増援に周囲の男たちは焦るが、それでも喧嘩を続けるのはヤラレ役の(サガ)か?
 そうして喧嘩は第三ラウンドへ。その光景を見ながら遠くから「がんばってー」と応援する直人であったが、そんな野次馬を仲間と思った(実際間違ってはいないが)男がついには直人にまでつっかかる。だがそこは仮面男、応援しながらもさりげなくクロスカウンターで沈める。
 喧嘩が始まって僅か数分で辺りにはボロボロにされた男子生徒たちの屍(生きてはいるが)。……ところで一体何人いたんだろう? というツッコミは控えてもらいたい。


 こうして、他校の生徒を“ずっと俺達のターン!”ばりに勝った四人組の運命は、翌日の冒頭シーンへと繋がるのであった。

 罪には罰を、である。


22 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/11/14(水) 16:52:01 ID:QmuDsJYm

バリアントスチューデント 故意に技あり その五

 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。




【タイトル】新感覚熱殺系魔人少女メラ美ちゃん 前編
【サブタイトル】魔人の正常な日常 または私は如何にして我慢するのを止めて戦闘を愛するようになったか



「何ぃいいいいいいいいいいい、この俺のボディがちびっ子女の子になってるだとぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! ……って、夢か」

 天幕付きのキングサイズベッドから汗びっしょりで飛び上がるエルムゴート。
 起き掛けの叫びに反して、静寂な室内がそれまでの光景が明らかに夢だった事に改めて感じられて深く安堵した。
 叫びと共に無意識に放った魔術、炎の吐息(ブレスファイア)のお陰でサラリーマンの薄給ではとても買えないようなベッドの天幕が焼き飛んだが、金持ちのこの男にはどうでも良い話である。


 何処の頭の沸いた人間の想像か創作かは知らないが、女体化&幼女化してしまった自らが放射能でも出ているのではないかと言うような発光ピンクの制服もどきを着て何故か【歪んだ】愛と【偏った】正義と【局所的な一部だけが望む】平和に目覚めて【凶悪な火属性】魔法を通じて【恐ろしく安易な手段で】全てを解決していくと言う夢を彼は見ていた。
 そして何故か朝の子供向け番組で見慣れた緑色の恐竜スーツを着たヘンタイやら髪の毛が炎髪ばりに真っ赤になったいいんちょ(悪)、身体に紫電を纏った神いわゆるゴッドみたいな感じの怒りの金髪(美形度300%)と明らかに体高が五倍くらいなった狼男などその他大勢と言う、明らかに格闘ゲームで言ったら裏キャラ扱いになりそうな面々と何故か愛と(略)諸々を掛けて闘っていた気がする。あまりにも妙にリアルな夢だったために実は覚えてないだけで本当にあった事、もしくは魔術的な予知夢ではないかと感じ、自らの発する熱気に反して背筋が震えた。

「ちっ、俺らしくもねぇ」

 ふと、目覚まし代わりの大きなのっぽの柱時計を見れば、いつもの起床の二分前だった。



 エルムゴート=アンセム
 通称「爛れる鋼鉄」と呼ばれ、裏世界に名だたる殺し屋にして、何よりも己の死力のみを尽くす事で業界でとびきり有名な戦闘狂である。その名を呟くだけでその場にいる七割は尻尾を巻いて逃げ、二割九分九厘は自ら平身低頭して媚を売り、残りのイカれた一厘を狂喜と彼自身との生死を賭けた戦闘に駆り立ててしまう男。そして、現在は私立エルブルズ学園の学生である。ちなみに年は秘密だ。

 体表の前面側にしか傷の無いと言う、彼の前向きな人生(?)を物語る筋骨隆々の浅黒い身体を白いシルクのローブで包むと、枕元のブザーから朝のコーヒーを注文した。

 エルムゴートの目覚めと共に主人の覚醒に応じて、ブラインドが魔術によって自動的に開かれる。
 二百七十度フルオープンのガラス張りからスチューデント駅前の繁華街が一望できるマンションの最上階。その下三階までのフロア全てがエルムゴートの所有物だった。
 遮断物がまるで無いマンションだが、狙撃対策で火神の砲弾(キャノンボール・オブ・イグニス)による対狙撃者迎撃魔術が設置されているため、五キロメートル以上からの精密射撃が可能な人物以外は狙撃は不可能である。むろん、そんな人間、もしくは生き物なんて両手両足で数えられるかられないかくらいである。六度ほど眉間に穴が開きそうになった事があるが、何故か強情にもこのマンションに住んでいる。
 ところで、エルムゴートの財力を考えればマンション丸ごとを買う事は造作はないのだが、以前ある政府組織に襲撃をされた時、アジトの基礎を地下から丸ごと爆破され、あわやアジト諸共と生き埋めになりかけると言う苦々しい事態が起こった。そのため、大家を買収して、格安に釣られて入居した住人達をアジトの下に住まわせる、いわばアジトの防衛の人柱にしていたのだ。正に外道。流石に政府組織も住人ごと爆破と言う悪逆非道な手段にでれる訳もなく、更に爆破後に即効でエルムゴートの報復を受けて組織全体が『物理的に』縮小したため、手捏ね招いている状態なのである。ここに狡猾にして凶悪な魔人の本性が垣間見れるだろう。無論、あまりにマンションが格安のためそれに招かれている人間もおかしいと思わない方が異常なのだが。ちなみに、居住者達は最上階に住むエルムゴートの事を『資産家の老けた息子で学生をしている』と殆どが思っている。

 そんな住人の不遜な考えもいざ知らず、エルムゴートが起き掛けの一服であるハバナ産の高級葉巻を済ましている間に、メイド服の女の子がお盆にコーヒーを持って寝室に入ってきた。
 巨躯のエルムゴートに勝るとも劣らぬ、リロイとクルーガーの間くらいの身長のメイド。黒を基調としたコスチュームはパフ・スリーブに二の腕丈、更に白いエプロンで固めたスタイルは、教師にしていいんちょの正統派メイドの玖南(くな)・ぺガリムとは相反して、プリンプリンの身体のボリュームや背丈と相余ってやたらと卑猥である。高身長のため膝丈を大いに上回るマイクロミニのスカートの短さやハーフカップのコスチュームの横から覗く脇乳にリロイや直門辺りは猥らな劣情を抱くことは否めない。硬派で服装に関しては上品な、悪の魔術師足るエルムゴートでなければ似合わないであろう、異質な取り合わせであろう。そして、それを着込む当人はセル画ばりの青い短髪に銀色の瞳の少女。細工めいた白磁色の肌の完璧な身体の造りは陶器人形(ビスクドール)に等しく、そして、正しく彼女は『そう言う類の存在』だった。

『アイアイご主人。コーヒーはコロンビア産のエメラルドマウンテンだヨ』
「おぅ、そこに置いとけ、デカ人形」
『まだアタクシの事をそう言うカ、この戦闘狂! 頭良いならいい加減牡丹(ボタン)って名前くらい覚えロ! トンチキ!』
「朝っぱらうるせぇ人形だねぇ。ガタガタほざくとまた頭掻っ捌いてお前の語尾を『ロボ』に書き換えるぞ!」
『ぎょエー!! それは拒否。手前は人類史上最悪でス。そんな彼方には持って来たコーヒーをカフェオレにして更にクリープ入れたげまス』
「止めろバカ人形。コーヒーはブラック派の俺の魂を踏み(にじ)るつもりか? てめぇはいつも通り何処でも俺の住処(アジト)の掃除か奴隷農園の手入れでもしてやがれ」
『地獄に落ちロ、ご主人』

 ファッ●ュー、と人工声帯で呟きながら中指を立て、でもその後は律儀に礼だけは略式でして退室するメイドの牡丹ちゃん。

 察しの良い方はお分かりだろうが、彼女、牡丹はメイドロボである。

 彼女を手に入れた経緯だが、入学直後の、エルムゴートの人生三度目の地球外戦闘で辛うじて巨大ロボを倒した。そして彼女の人格は敵であるその巨大ロボから回収したAIのコピーなのである。データを自爆によって破壊されないようにと、機体から逃げた搭乗者の情報を知るためにと録っておいた機体AIからのバックアップが例の化学教師やら他の海千山千の教師達により面白がって授業中に勝手に魔改造を施され、学食を食べるついでにと様子を見に行く頃にはすっかりAIの外装が整われて女の子ロボになっていた、と言う経緯である。
 そして元のAIの方はリロイとクルーガーの協力によって『ご主君』なる人物によって無事回収され、宇宙に戻っていったらしい。ちなみに手元に残った方の『牡丹』は元のAIの方を『石楠花(シャクナゲ)ママン』と呼んでいる。
 で、残ったAI、もとい女の子は「拾ってきたのですから自分できちんと世話しないといけません」と真珠先生に何故か諭され、こうしてエルムゴートがメイドロボとして扱き使っているのである。元AIの何百年にも遡る経験のコピーを下敷きに、元の個体とはまったく別の自我を持ち始め、ついに『牡丹』と名乗るようになったのだ。そして、最初はいやいやの上にめちゃくちゃしていたメイド仕事も玖南の『調教』によって格好以外は一流に成るまで至っていた。たまに買い物帰りのコンビニでヤングマ●ジンを立ち読みしてる所がリロイに発見されたり、エルムゴートの奴隷農園の手入れに厭きてフレンチメイドの格好のままスカート(とその中身)を気にせず豪快に直門や少年達とサッカーに混じったり、時々歌いながら買い物帰りに葱を振り回していたりしている所をいいんちょに目撃されたりしているが、基本的には真面目に仕事はしているらしい。
 ちなみにメイド服を着せるのを決定したのはいいんちょであってエルムゴートではない。
 ところで奴隷農園とはエルムゴートに命乞いして忠誠を誓ってしまった人間やその他諸々が死ぬまで働かされる、スチューデント駅の下を含めて各国に点在している広がる彼の資金源諸々を支える広大な地下帝国の事である。


「さて、うるさいのは居なくなったし、夢のおかげで気は進まないが学校に行く準備はしますかね」
 とガウンを脱いだ、途端。

「ところでご主人今日の晩御飯は何、って何て格好してんんですカー?!」

「人の着替え中に入って来んなつってんだろ! バカ人形っっ!!」

 メイドが主人のビィィッグビィィストォォォを見ると言うこんなカオスな日常を朝っぱらから送っているのである。



「たんたらたりらー♪ って、エルムゴートじゃない、おっはー」
「あぁ? なんだ、いいんちょか、……おっはー」

 直門によってもたらされた間違った学生像であるバンカラ姿に高下駄をカランコロンと鳴らしながら、徒歩で悠々と登校していたエルムゴートが朝最初に出くわしたのは、日曜の変身特撮モノの鼻歌を歌いながらメタトロンに跨ってバイク通学するいいんちょだった。

『おはようございます、エルムゴート』
「よぉ」
「どうしたの? 今日は遅れ気味じゃない」
「あぁ、朝っぱらから俺の機嫌を害したアホメイドと一戦やらかしてな(全裸で)、ちとばかし遅れたのよ」
「バカねぇ、んー、遅れそうだけどなんなら乗ってく?」
 と後ろのシートを指すいいんちょ。ただ、どう見てもタンデムシートではないキャタピラ付きの三輪バイクの何処に乗れば良いのかは疑問が残るが、やっぱりシートにへばりつくのか?
「構わん。俺は歩いて行かせてもらうぜ」
「あっそ、HRには間に合うようにしなさいよ」


 悠々と歩いていく事を決め込む覇者の如きエルムゴート。

 ちなみに、やっぱり間に合わなくなって結局タクシーを拾ったらしい。



「起立ー、礼ー、着席」

 着席の『せ』と『き』の間で教室に悠々と、それでも滑り込んでHRに間に合うエルムゴート。


「あれ? リロイ君はどうしたのかな? かな?」
「明後日の祭りための人員確保で教会に狩り出されて公欠扱いだそうです。こちらが学園長経由で教会監督官の詩原司祭から渡された届出です」
 小首を傾げていた真珠ちゃんにクルーガーから届出の紙が渡される。

 チラリと見えた届出の紙にリロイの筆跡の血文字で

 『助け……殺され……』

 と読めたがたぶん幻覚だろうとエルムゴートは頭を振って席に着いた。



 一時間目、英語の授業中に直門が内職(別の勉強の方でなく割り箸を袋に詰める方)をしているのがバッカニアス教諭にまたバレて頭を竜殺しで叩かれる。

 二時間目、先日エルムゴートが要求したペレルマンのポアンカレ予想の証明の詳細解説に続いて、今度は『じゃあ、リーマン予想もいけるなぁ?』と徹夜で憔悴していたアルバート先生にエルムゴートが聴いて、先生は泣いて教室から出て行ったため今日も自習になりました。

 三時間目、家庭科でついにいいんちょが死人を出す。二秒後、意識不明のまま直門が自らの心臓マッサージで三途の川から生還。

 四時間目、物理の授業で世界の法則が当てにならない事が生徒達によって証明され、それは例外って事にされる。


 昼休み。
 食堂で生徒向けの情操教育のために国際情勢のテレビがやっていた。本当は生徒の大半は笑っていい●もか、お●いっきりテレビ辺りに変えたいのだがリモコンは教師の手の中であり、テレビ自体が魔術などの干渉を受けない透明なボックスに収められていた。
 トルコ料理の串焼きにした羊肉のシシュケバブを片手にトルココーヒーを啜りながら、学年主席専用の特等席で肉食獣の如くやたら凶暴に飯を食らうエルムゴート。

 ふと、テレビ画面を見てみれば、世界に点在するエルムゴート奴隷農園の一つが同じく裏から支配していたはずの現地政府に侵略されているところだった。
 堂々と「我々は魔人に屈しない!」と宣言するマイナー国家の大統領。続いて「この戦争が終わったら……、私は平穏な余生を過ごすつもりだ」とダメ押しの死亡フラグを立てる大統領。合掌。
「それが貴様らの選択か」
 そう、猛獣でも尻尾を巻くような極悪の笑みを浮かべながら言うと、明らかに衛星とかと交信出来るドデカイアンテナの携帯を懐から取り出してエルムゴートは通話を始める。
「……俺だ。どうやら奴らは俺とやり合う気らしい。あぁ、分かっている。あいつらなりの決断だな。今は別の仕事(授業)があるから貴様らはしばらく農園で立て篭もって耐えていろ。仕事が終わったら、そっちに行ってやるぜ。――は、ビビんな。この俺が直行便で行ってやる。せいぜいそれまで耐えていろ。ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 普通なら頭のおかしい奴の妄言だと思われるだろうが、エルムゴートの場合は洒落にすまないだけに、周りの生徒達の体感気温が嬉々として(たぎ)る魔人の闘気に反して摂氏二度ほど下がった。
 ところで彼の足元でずっとお零れをもらおうと直門は体育座りをしていたのだが、当然のごとく無視されていた。もとい、ベジタリアンの直門が食えるものが魔人の食卓にはないけど。


 五時間目、体育でプール。教会の雑務から離脱してきた魔法バカと二人揃って化学反応的にバカさ加減が上がった肉体バカが疲れと空腹のスパークでダブルで暴走。ついに合同で受けていた隣のクラスの女の子(いいんちょの妹)が泣き出す。二人は自らのクラスのいいんちょ(姉)によって成敗(アックスボンバー)をされ、プールに沈められる。後にリロイは教会にエイリアン確保の写真の如く連行された。あと、筋肉同好会の会長も授業をスキップして男子生徒の裸体を激写しまくって捕まっていた。

 六時間目、古典。クルーガーとエルムゴートを除いて泳ぎ疲れ、ガラ先生の催眠授業でほぼ全員爆睡。魔道書の暴走、今回は無し。


 放課後、部活にも入っていないエルムゴートが畳のある家庭科室で何をしているかと言うと、バッカニアス先生と茨城鎧山先生のダブル爺コンビからの将棋対決を叩きつけられ、茶道部顧問のサーティー=ファイマン=南郷さんから戴いた茶菓子と緑茶を片手にしばきながらそれに受けて立っていた。自分の奴隷農園はどうでも良いのかと事情を知る者が居たら思いつつあるだろうが、窮地になって豪快に暴れられるくらいにはちょうど良く現地に到来出来るように時間調節をしているとも言う。

「……王手だ、詰みだぜ。閣下?」
「むむっっ、ま、待った!」
「おい、てめぇら一体何回目の『待った』だよ……」
「バッちゃん、銀をそこに」
「おおっ! 首が繋がったぞ!」
「……羊羹うめぇな(手筋としては三手順分しか首は繋がってないんだがね)」

 盤面を睨む歴戦の将と剣客、対峙するは魔人。如何に兵士を手足の如く操り、刃で戦場を制した豪傑爺どもとは言え、不確定要素を掌握する戦場とはまた違い、理に支配された盤面では奇抜さよりも如何に冷静に相手の手順を何通り想像し、何手先まで読め、そして如何に正確に返せるかが鍵となり、つまるところ、爺どもは連敗中だった。

「バッちゃん、不味いよこれは」
「ガイちゃんもそう思うよねー」

「なんなら飛車角桂馬落ちに加えて金も無くしてもいいぜぇ、今からな」
「駄目だー! それはわし等、将棋同好会の沽券に関わる!」
「その通りだー!」
「同好会も何も爺二人だけだろうが、てかてめら乗馬と剣道の顧問はどうした」
「「将棋の方が重要じゃ」」
「ハモッて即答かよ。てか、同好会の癖に素人にハンデありでそれかよ」
「ええぇい、後生だ! 老い先短い人生は好きにさせてもらうわーい! いくんだ、バッちゃん! 魔人狩りじゃーい!」
「ふほほぉいっ! そーれ、わしらのおりじなる戦法、世界の危機の(セントラルオブ)その中心(ワールドクライシス)完成! これで攻められる事はないわーい!」
「……、ほれ、これでまた王手だぜ。いい加減飽きたから俺ぁ帰るぞ(二手早く、作っていたら自滅する事はなかったんだがな)」

 盤面から顔を逸らさないまま旧世代のOSのごとくフリーズした爺達を尻目に、再戦を迫られないうちにエルムゴートは離脱した。流石に戦闘狂と言えど、無限に湧き出てくる敵を相手にしようとは思わないし、流石に雑魚とやる気にはなれない。ところで意外な事に将棋では自他共に認める永世名人のリロイとは良い勝負を一度したのでもう一度やりたいとは思っている。

 校舎を出て、近道の裏門から帰ろうと体育館を横切ると、その真横に位置する開け放たれた武道場に珍しい人間が居た。

 試合開始線から少し離れて立つ、空手着の女の子と制服のままで更に板の間で靴下を脱がずにいる直門。その両者の間から三歩ほど離れて立つ、家庭科担当で女子空手部顧問の(凰霞 翠琥:おうか すいこ)先生がやたら渋い黒の空手着を着て審判をしている。開始線を分けて立つ二人は拳のサポーター以外は性別から構えまで同じものは何もない。

 きっちりと顔面を両手でカバーした女の子に対して腕を垂らして突っ立ったままの直門。しかし、よく見ればわずかに半身となって、蹴り、突きの入れられる場所がキチンと限定されている。ステップと共にリズムを取る女の子に対して、終始石像のように動く事の無い直門。睨みつける気魄の籠もった女の子に比べて、ぼんやりと本当に相手を見ているのかすら曖昧な直門。

 裂帛の気合と同時に女の子の飛び込んでの上段前手突き。これまでの他の練習試合でも幾度と無く対戦者を沈めてきた顔面への突き。
 それを事も無げに当たる寸前に片手で(はた)くと、同時に同じく叩いた手を畳んで拳に変え、女の子の突いてきた腕の上を滑るように遡って顎にちょんと触れさせていた。その女の子からの反撃の逆の手からの突きも、ツルツルに磨かれて滑る板の間にも関わらず見事な歩法で胴体丸ごと攻撃線上からかわしていた。

「上段突き一本!」
「……押忍」
「おぃーす」

 やる気のない返事の直門に反して悔しそうに女の子が開始線まで下がって一礼すると、そのまま走っていって大将席に座るいいんちょに泣きついた。
「な、なんなんですかぁ! 久魅那先輩! あの人! 変ですよ! 他の先輩と試合してる時から簡単にポンポン一本取ってますし! おかしいから思いっきり突いていったのに急にテレビのズームアップみたいに顔と手が近づいてきて! それにさっきから左手しか使ってないですよ! 確かに攻撃外すのは凄いですけど、あんなんで一本取って良いなんて審判の先生の判断がおかしいとしか――」

 その言葉をかき消すかのように、武道場の天井から下がっていた、布などの代わりに本当に砂が入った激重のサンドバックが轟音をたてて『縦』に打ち上げられる。直門の下段突き【馬形鑚拳(ばけいさんけん)】である。リカルド・ロペスの左アッパーでも食らったみたいにサンドバックが宙に踊っていた。二度目の連打で膝くらいまでの高さで下がっていたはずのサンドバック下部分が胸くらいまで浮いていた。しかも「えーい」とか、かなりやる気の無い声で。おかげで本当に砂が入っているのか疑わしいくらいだ。そのサンドバック自体が女子空手部でも動かせるのがいいんちょだけ(そもそも砂でカチカチのサンドバックが殴れるのもいいんちょだけ)と部内で知れ渡っているため、今までちゃんと手加減をされていたのだと改めて気づいてマジ泣きしかけている子もいる。

「ほとんどあいつ動かないであんなパンチだけど、喰らいたい?」
 指差す方向の、ほとんど突くまでの距離が関係の無いような打撃を見て、先ほど以上の涙目で首を振る女の子。さすがに自分の首がアジャパーになるところを想像して喜ぶドマゾの子は残念ながら女子空手部にはいない。


「おい、狼人間、なんで灰色バカがあんなところにいるんだ」

 引き戸に寄りかかって、女子空手部と直門との試合を見ていたクルーガーをエルムゴートが気づいた。

「……あぁ、直門が今日の家庭科の時に『被爆』して担当だった翠琥先生にいいんちょを公的に訴えるとかごねたのだが、生徒指導不足のお詫びで直門に三日分飯作ってあげると翠琥先生が仰ったらしくてな。代わりに三日分だと申し訳ないからしばらく女子の練習を手伝うんだと。まぁ、大方は女子と触れ合いたいとか、露骨で(よこしま)な理由だろう」
「現金な奴だな。あ? それでも別に貴様が見学している理由にはならんだろ?」
「この後、直門に臨時のバイトの助っ人を頼まれてな。あいつの練習が終わるまでは見学させて貰う事にした。あ、次はいいんちょだな」


 長い髪をポニーテールに纏めてシニョンで包み、純白の空手着に黒帯のいいんちょ。
 その粛々と立ついいんちょに視線を合わせないように真横を向きながら「人殺し」とぼそっと呟く直門。
「しょ、しょうがないでしょ。苦手のものを克服するには練習しなくちゃいけないんだから」としどろみどろのいいんちょ。
 その言い訳に直門はフッと何かを悟ったような眼差しで返す。
「一体僕は一月で何回弁当で三途の川を泳げばいいんですか。けしからんのはおっぱいだけにしてください」
「先生、練習試合中ですけど過失で対戦者殺してもいいですか?」
「あー、たぶんそれくらいじゃないとあんたが一方的にやられるわよ」

 文字通りシャドーボクシングでの動きからして殺る気満々のいいんちょに対して、ムニムニとフェイスマッサージをしている余裕の直門。顔の筋肉の力を完全に抜いているため、ハムスターのように頬がすげぇ伸びている。いいんちょのイライラレベル、上昇。
 だが、そのやる気の無さも束の間、開始線に立ったと同時に静かに『両者』が諸手を掲げて、一様に緊迫した空気に変えた。

「むぅ、超躍者の野郎、微妙に構えを変えやがったな」
「太気拳とか言うやつの構えじゃないか? 確か反射神経を極限まで研ぎ澄ます、練習でも素手で顔面を殴り合う凶悪な中国拳法だとか」
「物真似でも武術を使うって事は多少は奴も、やる気っつぅ事か」
「さすがにいいんちょだと怪我するかもしれんからな、レベルを合わせているのだろう」

 試合では直門は無構え、他の拳法、心意六合拳の順番で対戦相手のレベルに応じて変えていた。百人中に九十五人に無構えをする事を考えるといいんちょの格闘は相当優秀であると物語っているようなものである。無論、試合以外の実戦では心意六合拳を最初に使うえげつなさである。構えると言うのは攻撃箇所の限定であり、使い方を知る者であれば勝つための露骨な戦略でもあるのだ。無論、無構えでも有利な展開はあるのだがここでは割愛する。

 直門は今まで下ろしていた手を顔の高さまで掌を開いたまま掲げている。先ほどの女の子のように顎の近くで寄せてガードする訳でもなく、掌を相手に向けて、自らの顔の前で大きなバランスボールでも抱えているかのような柔らかい構えである。太気拳で『這い』と呼ばれる構えだろうか? その構え、顔面の防御は考慮していないかのようにスカスカにド真ん中が開けているのだが……。

「……ありゃ罠だな」
「ああ、相手の攻撃を明らかに顔面に誘い込んでいるな。あの顔面部分がモロに開いたようなガードも、実際は左右からの上段回し蹴り対策って事かな? ユラユラと顔も左右に微妙にズラして、上段突きの的を絞らせていないな。蹴りもあんなに空手の猫足立ちみたいに後退されては、上段はおろか体重の乗ってない足への下段も入らないだろうな。あれは見た目以上に攻めにくい」
「加えて、あえてガードを開けた振りをして、真ん中に敵の攻撃を限定させ、誘い込んでのカウンター狙いか。えげつねぇな、性格悪ぃぜ」
「あのー試合中ですけど、バリバリ悪口や種明かしが聞こえてるんですけど?」

 いいんちょを見たまま、性格が悪いと言う言葉に眉を顰めている直門。奇妙な構えの種明かしには気にしてない、もしくはバレても対処出来ると思っているのだろうか?
 そんな余裕のある直門に対してじっと動かないいいんちょ。

 今までの女の子達と一転して、逆に先ほどの直門かのようにステップでリズムを刻まず、アップライトと呼ばれる左手を前にして顎への延長線上を守る基本の構え。顎をガードしたその手の間から、照準のように直門の全身を覗き込むいいんちょ。まるでサバンナの僅かな茂みに隠れる百獣の王の狩りのように静かに直門を見据えている。


 たまにいいんちょがユラリと『攻撃』をくわえる素振りをするが、先にタイミングを読んでいる直門は自らの掲げた両掌を巧みに動かし、いいんちょが攻撃しようとする時に必ず空中で通過する攻撃線を先に遮ると言う高等テクニックを見せる。だが、傍から見れば両手の掌をヒラヒラと動かして催眠術でも掛けているかのようである。無論、対戦者であるいいんちょと審判の翠琥先生、駆け引きが必要になるレベルの殺し合いを経験したクルーガーとエルムゴートくらいしかその違いを分からない。

 当たり前ながら、超高速起動と連続技による電光石火の早業を持ついいんちょがこのまま時間切れまで持ち込む事は無い。

 何より、先ほどのセクハラ発言が許せるはずがない。


 ふとした瞬間、いいんちょの体が消えた。


 次に周りの目に映ったのは、いいんちょの踵が板の間を砕いている姿だった。
 その豪快な踵落としから渾身の腹への前蹴り、更に踏み込んでの前手、後ろ手、前手の三連続突き、そして前手突きの対角線上、反対の足からの下段回し蹴りの超高速連続攻撃。
 しかし、蹴りの軌道の中で唯一足を甲の側へと返さずに当てる踵落とし。その最初の真上から踵落としを直門は顔を後ろにズラして避け、続く前蹴りをお腹を引っ込めるようにしてかわし、踏み込んでの突きを腰に手を当てて下がりなら反対の片手だけで次々と軽く払い、最後の下段回し蹴りを突きを払ったのと同じ手で足首を掬い上げていいんちょを板の間に転ばした。直後にすかさず倍速再生みたいな気持ち悪い歩法でいいんちょの顔の脇まで移動すると、掌をいいんちょのこめかみ(テンプル)にそっと触れさせた。触れるだけで彼は一撃を決めた事となるこのルールでは直門はいいんちょのこめかみを掌で打ち抜いた事と同義になる。


 上がる審判の旗。
 ――試合が終わった。

「はい、反則負け。空手の『試合』じゃ掴んだら駄目だし、投げちゃ駄目だし、拳じゃなくてオープンハンドの掌で打ったら駄目よ」
「あ」

 「痛っーい」と涙目でお尻を摩るいいんちょに対して、糸目にして頬をポリポリと掻いて「んー」と困り果てている直門。

「……バカだねぇ」
「……バカだな」

 ルールを確認しているのにも関わらず、うっかり破っている力のバカ。
 勿論、試合に勝っても格闘の、技量の勝負には完璧に負けているいいんちょは不満そうである。
 ルール的には勝ちだが終始直門の有利な展開で、筋力やスピードとは関係なく技だけで翻弄していた。それは飛び道具が絡まない、超常能力を使わないなどの禁じ手があるが故に、実質として純粋な武術の腕の勝負となったためとも言える。流石に「僕のパンチを初めてでかわせるのは僕の人生で後先で三人くらいでしょ」と飄々と自信を持って言うだけの事はある。

「おー、若い子は良いわね。ねぇ、今度私と一回勝負してみましょうか?」
「おかず増やしてくれるんならいいですよー」
「別にいいわよ。ふふ、かわいい子ね」
「あぁ、先生が茶髪の貧乳で眼鏡属性だったら即告白してたんですけど」
「あら、茶髪や眼鏡はともかく胸はごめんなさいね、どうしようもないから」
「だー! 倒れたあたしを無視するなあああああああ!」
「えーっと、あんまり痛いならお尻擦ってあげましょうか?」
「……(直門君って、実はドMじゃないかしら?)」



「……それじゃあ、俺はプッツンしたいいんちょが火器を持ち出す前に退散するぜ」
「同感だ」
「……ところで爺の将棋を」
「昼休みの後半に毎度相手にしているが、それに加えて放課後も、と言うなら俺は断る。ここに居たのも彼らから逃げるためだしな」
「へっ、そうかい」
「では『またな』」


 裏門を通って、帰り道の襲撃も何も無く、ごく普通にエルムゴートは帰宅した。


23 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/11/14(水) 17:09:51 ID:QmuDsJYm

――帰宅から八時間後。


【タイトル】新感覚熱殺系魔人少女メラ美ちゃん 後編
【サブタイトル】魔人の正常な日常 または私は如何にして我慢するのを止めて戦闘を愛するようになったか

 学園で見慣れた長ラン高下駄に学帽の姿の年齢詐称生徒のエルムゴートでなく、裏社会を紅蓮の焔で染め上げる真っ白い紳士服、獅子の毛皮のコートを羽織った殺戮者、エルムゴートが中東の某国に立っていた。辺りは地平線から天蓋まで焼き尽くそうかと言う劫火に包まれている。自らの通称のように、飴細工が如く鋼鉄の戦車、戦闘機を爛れさせ、熔かし尽くしている。その国家では某巨大国家の軍需の産業の恩恵により軍隊が秘密裏に自動化されていたが、彼のつまらなそうな顔を見る限り、期待に応えるほどの規模と練度ではなかったようだ。むしろ、エルムゴートを挑発しただけの無謀の挑戦としか言いようが無い。国連からの『エルムゴート接近警報』で、先に隣国に避難した住人達のために首都はもぬけの殻に等しかった。大統領官邸までの道程に配置された、僅かな直属の兵を除けば、まったくの無人と言っても良い。軍隊の自動化によって兵士達はその練度と意味を失い、火の火球(ファイアーボール)を投げ付けただけで当たってもいないのに投降する兵士達にエルムゴートは辟易としていた。
 エルムゴートが銃を置いて背中を向けて逃げる兵士に火の火球を投げ付けて吹き飛ばすと、不機嫌そうに呻いた。
「糞弱ぇぞ畜生……」
『ご主人、あれだけ暴れてまだ暴れ足りないとか、病気?』
「この程度にゃ暴れる範疇には入りやしねぇ。ガタガタ下らない事ほざくと頭を握り潰すぞ、バカ人形」
『ウゴゴゴゴッ! 頭部の重要機関に危険レベルの圧力検知! アガガガガガガガ! エラー出ちゃうぅぅぅぅウ!!』

 傍らで対戦車用の連発式機銃である百キログラム近いM134ミニガンを軽々と背負った牡丹と、それを背負った彼女を更にアイアンクローで鷲掴みで爪先立ちにさせるエルムゴート。ちなみに牡丹はこの国までのエルムゴートの輸送のために、世界で一番早い戦略偵察ジェット機であるSR-71、通称ブラックバードを操縦してきたりしている。ブラックバードの公式最高時速三千五百二十九キロメートルだが、エルムゴートの魔術改造によってそれ以上の速度が出るらしい。ちなみに、護身用(と言うに値するかは分からないが)の七.六二ミリ弾頭を毎分四千発近くバラ撒くミニガンは先ほどから一発も発射されていない。むしろそっちに撃たれた方が幸せなんじゃないかなと思われてしまうような勢いで地上を焼き払うエルムゴートは『 護 衛 対 象 』のはずである。

 突如、興が殺げたのか? 牡丹をペィと地面に投げ捨てると、紳士服に付いた煤を払って普段校内では吸えない葉巻を懐のシガーケースから取り出して咥えた。

「チッ、気がはれねぇ。ここまで俺をコケにしておきながら国丸ごと(タマ)張ろぅってのに大した事がないたぁ拍子抜けだぁぜ」

 そうぶつくさ言う主人に、嫌味であるかのように鷲掴みにされてズレていたヘッドドレスを直していた牡丹がぴくりと何かに反応した。

『……ご主人、誰かこっちを狙ってる。目標三時方向、距離一キロ半、仰角二十七度』
「?!」


 次の瞬間にはエルムゴートが火を点けようとしていた葉巻の先端が、エルムゴートから三時方向、右真横から吹き飛んだ。対物狙撃銃だろうか? 肝心の弾の方は挨拶代わりだったようで防御術壁にも掠りはしなかったが、明らかに狙おうと思えばエルムゴートの頭を吹き飛ばせただろう。

「中々、剛毅のある奴がいるじゃねぇか」

 先ほどの不満たらたらの顔が変じ、哂うと言うのは獣の威嚇であると言う言葉を思い起こさせるような牙を剥いた笑みを浮かべ、エルムゴートは弾丸との摩擦で煙を挙げる葉巻から紫煙を貪る。


『――! 目標追加で一つ捕捉。八時方向! 距離五十メ、!? 一気に接近! 二十メートル! 速い!』

 ミニガンを構え、目標へと放とうとした牡丹。

「手ぇ出すなよバカ人形! 俺の勝負だからなぁ!!」

 その言葉にしぶしぶと従い、ミニガンを下ろして索敵に専念する牡丹。
 エルムゴートは両手をグリズリーのように掲げて、八時方向、左斜め後ろを魔術詠唱と共に振り返る。
「我が叫びは木々を震わせ、焦熱の風を持って吹き払いなぎ倒すものなり!! 吹き飛ばし彼方へと連れ去るもの、熱と風を帯びて攫う者、立つもの全て力ずくを持ってひれ伏させるべし!! 倒れよ、威に討たれよ! 爆風の咆哮(ダイナマイトハウル)!」
 敵の姿はエルムゴートの撒き散らした業熱の中で陽炎のように揺らめき、どんな人物かは判別はしにくい。だが、明らかに何かが居ると彼の戦闘本能が告げる。

 エルムゴートまで三十メートル近くに接近しつつあったそれは、あっさり熱波の圧縮された大気の玄翁(ハンマー)を斜めに踏み出して悠々と避ける。
 だが、その程度はエルムゴートの灰色の脳細胞は予期している。

「地を払え、炎の大蛇!! 灰と屍と焼殺の残り香を添えて我が進む道を舗装すべし、奔れ、地を這う爆炎(グランドナパーム)!!」

 すかさず相手へと一直線に進行する爆発の連鎖を放つ。

 しかし、それもまるで分かっていたかのように身体をクルリと翻しながら避けると、ようやくエルムゴートに世界で二人以下しか着ていないような灰色のヘンタイ的スーツを着た男が見えた。

 一瞬の邂逅。
 何故貴様がここに居るのかと言う疑問も、誰何の声も、掛ける言葉も必要ない。
 お互いが敵である事を瞬時に察すると、次ぐ間もなく行動を始めていた。

「我に数は意味を成さず、ただ雑兵無形を焼き払う!! 圧する灼熱は万の軍勢を押し返し、躯の山を築いて積む!! 圧殺せよ、蹂躙せよ、火炎球(ファイアボール)乱数射撃(ランダムシュート)!! 我が右腕に握手はいらじ!! 我が求むるは赤子の柔肌を炙りし戦慄すべき炎邪の右腕!! 我が右腕の愛撫を受けし者は、等しく火膨れ、爛れるべし!! 我が右腕を憑依に、顕現し、完成せよ、白熱掌(シャイニングフィンガー)!!」

 接近戦のために白熱掌を右手に掛けるエルムゴート。そしてそれよりもやや先に、下位魔術である火炎球の術式を同時に複数転写構成して投射する射撃魔術を生み出す。五十個近く一斉に生み出して発射する火炎球の大群は、元来は大軍との戦いのための戦術魔術である。とにかく質より量、豊富な魔力で生み出す弾数とその豪快な爆発の威力で面で敵陣を制圧する凶悪な魔術なのだ。

 だが至近距離で放たれた面で敵を掌握するそれを、僅かに空いた隙間を掻い潜るようにくるくると小さな鷹の一種である(はいたか)と呼ばれる鳥の動きを模した【鷂子入林(ようしにゅうりん)】と呼ばれる技法。それで超躍者(リーパー)はまるで林を自在に駆け巡るその鷂のように回りながら、密集した超高熱の火炎球群を危なげ無く避けていく。

 後、一歩でエルムゴートに手が届く間合い。

 無詠唱の炎の吐息(ブレスファイア)と呼ばれる、口から火を吐く魔術が超躍者が到達した目の前で吐かれる。直後、体全体で後ろを振り向きながら超躍者は上半身を折り曲げて降り掛かりかけた炎を回避。逆に脚は馬のように真下から踵で蹴り上げる【馬登腿】によって二十センチ近い身長差など関係なくエルムゴートの顎を弾き飛ばし、未だ燃え盛る炎の吐息を上方へと向けさせて完全回避した。しかし、咄嗟とは言え常人なら頚骨が砕けるそれを、エルムゴート自身の驚異的タフネスと非人間的なスピードにも対応して辛うじて発動した防御術壁によって蹴り上げたダメージはほぼ小数点以下にまで掻き消された。

 お返しにその無防備な超躍者の背中へと、鉄を熔かし下手すれば蒸発させる白熱掌。その業火を纏った掌はカウンター気味に繰り出されたにも関わらず、突進してきたのと同じように外から見ていると気持ちの悪いスピードでエルムゴートと同じ方向を向きながらも斜めに迫る掌を見る事もなく後退してかわし、そのまま後ろを向いたまま歩いて回避して都市の外壁と灰色が瞬時に溶け込んだ。スーツの光学迷彩作用だろうか? 炎にも塗れて目視が不可能になると同時にその気配すらも完全に消えた。

 エルムゴートを中心に同心円状に広がる溶岩の津波を召還する魔術、波打つ岩漿(ボルケイノ・ウェイブ)で追撃をする間もない程の鮮やかな突撃と撤退だった。

「いいねぇ! これだよ! これ! これを俺は待っていたのさ!」
 何処かの戦争が好きな大佐のようにゲラゲラと哂い狂うエルムゴート。

『別目標三時方向、距離、ゴ、五百!? 別目標三十秒弱で五百メートルを走破! こちらに接近中! 発砲が来ル!』

 その方向を向くと同時に放たれる五つの閃光。防御術壁をそのうちの二つが貫通し、エルムゴートの左胸と額を二十五ミリ強化装甲貫通弾が僅かに掠めて傷つける。狙撃銃と言えば一部の連射用に作られたものを除けばここまで連続で、しかも当てられるものとは思えない。狙撃主が相当優秀な狩人なのだと思うと、エルムゴートの口が笑みを形作った。防御術壁に全力を注げば弾丸を止めることも出来なくもないが、魔力の無駄になる。基本的には攻撃は最大の防御の姿勢であり、彼の本質はそう言った性格である。

「目標の位置を再捕捉しろ!」
『アイアイ! 一時方向、距離四百、仰角三十二度、ビル内に潜伏中。再装填中』

 それを聞くと同時に一時方向、右斜め前へとやたら手足を振り回す派手な動きによる動作魔術を用いながら予備詠唱を終え、狙撃主を沈黙させる魔術を生み出す。

「鎧を貫け門扉を破れ!! いかな装甲もいかな護りも焼き焦がして穿って打ち抜くのみ!! 貫通せよ、火神の砲弾(キャノンボール・オブ・イグニス)!!」

 金属噴射(メタルジェット)を内蔵した戦車の徹甲弾を参考に編み出された射撃魔術である。エルムゴートの顔の斜め前に砲弾くらいの溶岩の弾頭を形成すると、巨躯に見合った巨大な拳をその弾頭の後ろから打ち付けた。発射と同時に螺旋を描いた安定した弾道で狙撃主へと向かう砲弾。ビル外壁へと着弾と同時に「穿孔効果(モンロー・エフェクト)」と追加呪文を唱え、エルムゴートはビル内部へと砲弾を貫通、高圧力で液化した金属を噴射させた。内部に敵が居れば全身に液化した金属を浴び、加えて爆轟で木っ端となっているだろう。


『目標ビル内部より回避。距離二百、十時方向、仰角六十二度』


 左斜め上をエルムゴートが見据えれば、XM109をベースにドラスティックな改造を施された巨大な狙撃銃に銃身(バレル)部分が巨大な斧槍と一体化した教会特製の多局面妖魔制圧武器、メテオグランデを片手に目標となったビルから隣のビルへと飛び移るクルーガーの姿があった。

『目標退避行動を取りつつ、距離二百五十、七十、九十。索敵領域に障害(ノイズ)、同時に有効圏内からロスト。相手政府からの高度な組織的電波妨害(ジャミング)支援ダ』


「……なるほど、『またな』とはそう言う事か。そして、奴らのバイトってのはこの俺を狩るって事か。奇遇だねぇ……」


 ジクジクと燃える焔の如く、己に降りかかった狂気の如き境遇、いや千載一遇の機会に破顔して打ち震えるエルムゴート。


「さて、学校では『 大 人 し く し て い る 』から調子に乗らせてもらうぜ!」


「んな事ねぇよ」とダブルで突っ込みが遠くから入るが、そこは空気を読んでエルムゴートは敵の居所には気づかない。

「隠れているつもりだろうが、この俺には無意味だぜ? そのままこの場で焼け爛れ、屍となるがいいわ!」

 体内の魔力を精錬し、無色の根源の力を白熱した烈火へと変じる。烈火へと転じたそれはエルムゴートの緻密な統計的計算と共にその脳内に膨大に記憶された魔術式を瞬時に構築、現実を破壊する力へと転換する。

「神をも炙る炎の飛沫、飲み干し咀嚼し蹂躙すべし!! 焼けよ爛れよ紅蓮の波頭!! 怒涛にて焼き払え、波打つ岩漿(ボルケイノ・ウェイブ)!! 大波浪(ダキネ)!!」

 詠唱と同時に慌てて牡丹はエルムゴートへと寄る。エルムゴートを中心とした三メートル内に牡丹がスライディング顔面着地で到着直後、彼の両脚が踏み下ろす震脚のようなアクションと共に大地が鳴動と同時に収斂。通常の『波打つ岩漿』の四倍の高さと三倍の厚みの溶岩津波が辺りを薙ぎ払い、喰らい尽くす。最高の大波を意味する大波浪の名そのものの如く、エルムゴートの大火にも耐え、高々と聳え立っていた首都中心街のビル群は自然災害を遥かに超える暴虐によって見るも無残な姿へと瓦解し、次々と倒壊、焼却されていった。高熱によって粉塵すらも出ない魔人の暴力。

 その災害の中心へと『空中』から超躍者と彼に支えられたクルーガーが襲い掛かる。
 波打つ岩漿の詠唱と共に、超躍者はクルーガーを瞬時に抱えて空中へと超躍して逃れていた。
 空中で捻りを入れながら舞う超躍者と超躍者に振り回されながらもクルーガーはその背からエルムゴートに二十五ミリ弾をばら撒いていく。流石に当たる事は無いが、詠唱のために集中するのは困難である。

「撃て。相手は二人もいらん」
『アイアイ』

 容赦ないエルムゴートの指示と同時に機械のそれのように無表情で構えた牡丹のミニガンの砲筒が回転を始め、中空に瞬時に千発近くの七.六二ミリ弾頭が舞う。

 すかさず、クルーガーは超躍者を『蹴り飛ばした』。

 灰色の高性能ジャケットを着ているために貫通はしないとは言え、身体はひ弱な人間である超躍者が七.六二ミリ弾をしこたま喰らって内臓諸々が衝撃に耐えて生きられる道理はない。ならば、人ならぬ者足る獣人であるクルーガーに取れる行動は一つ。自らを生贄に弾幕の圏外へ、超躍者の攻撃圏内へ送り届ける事である。

 身体を突き抜ける亜音速の弾丸。メテオグランテによって頭と脊髄を守っていなければ、その身体は見るも無残な状態で嫁の元に運ばれただろう。熱した瓦礫の上に墜落するが、持ち前の生命力の高さで辛うじて生き延びるクルーガー。

 ふと見れば、クルーガーの頭部に銃口を突き付けているメイド。

『動くと命の保障はなイ』
「大丈夫だ。暫くは動けやしない」

 ぐったりとしたまま、徐々に筋肉を含めて神経細胞が回復し、痛みを感じ始めるのをクルーガーは待つ。
 向けた視線の先では、不思議な光景が見えた。


 完全な戦闘の構えである心意六合拳の【起勢】で仮面の奥から超躍者が覗く。赤く焼けた四つの溶岩塊が身体を中心に回り、エルムゴートは超躍者を牽制していた。
 四方を焼き尽くす魔人と多くの人外を撲殺してきた武術家の対峙。

「マグマラッ●ャー板前エン●ェルモートだったかな?」
岩漿物質(マグマアッシャー)防御形態(ディフェンスモード)だ。手前ぇの頭の中何処かおかしいだろ」

 耐火処理のされていない装甲を一撃で焼き切る煮え滾る溶岩塊を周りに浮かべながら、超躍者に一歩近づく。

 超躍者は冷静に後退。超躍者の攻防の圧倒的な早さは相手よりも先に攻撃する事である。つまり攻撃しようとした直前直中直後、その意識の空白に最速で攻撃を仕掛けるが故に早く見えるのだ。つまり、イキナリ自動的に攻撃してくる存在には対処しづらいのである。
 意外な事に守りに入っているエルムゴート。そしてその状態のエルムゴートこそ、超躍者にとって最悪の相手である。
 二十五ミリ弾を防ぐ防御術壁はいくら百キログラム以上のサンドバックを半メートル以上打ち上げる拳とて貫通出来るかは確かではない。最低でも瞬時に四発、防御術壁を砕く一撃を出さない限りは難しいだろう。

「(それをなんか提灯みたいにぶら下っているのを避けながらどうにかしろと? 無茶だろ)」
「手前ぇの心境を教えてやろうか? 無茶だ、だが何とかしないと、と手前ぇは続ける。諦めが悪いのは重々承知だぜ」
「いや、それでも、あんたは最悪の相手だ」

 力強い敵、速い敵、倒れない敵、痛みを感じない敵、意識を失っても攻撃してくる敵、様々な敵が居たが、何よりも攻撃が出来ない相手、それが超躍者にとって最悪に尽きる。
 何もせずに終わる。下手をすればエルムゴートは突っ立っているだけで自ら敵がくたばるところを眺められるのだ。無論、攻勢の塊であるエルムゴートにその戦法は似合わないような気がするだろうが、忘れてはならないのが、彼がクレバーな魔人だと言う事だ。
 原発級の魔力に攻撃的な火力からすっかり忘れ去られる事があるが、彼はそう言った力を引き出す以前から、敵対する上位の魔術師達を皆殺し、戦闘狂(ウォーマニアック)と呼ばれる経緯があるのは、彼が頭脳を通じた戦闘上手である事に他ならない。

 必ず勝ち残る。そう言う執念と言ったもので出来ているのかは分からないが、彼は敵を倒すのに敵を知り、既に自らを知り尽くしている。
 故に自らの得意な部分を必ず、躊躇無く相手の弱い部分へとぶつけてくるのだ。
 そして、それは超躍者の戦法と同じであり、それが火属性魔術で発現しているか、肉体言語で発揮しているかの違いだけだった。

 そう、だから、超躍者も相手に付き合う事はない。拳で語れぬならば、他の手段を使うのみ。


「はい、プレゼント」
「――?! 貴様っっ!! 我は乙女の守護者、柔肌を護り傷を癒し、肌を護るもの、炎邪の愛撫から美を護り、防ぎ、癒すもの! いかな醜き火傷であろうと元の美を取り返すものなり!」


 後ろ向きに超高速で離脱しながら、舌を噛みそうな高速詠唱をするエルムゴートに向かって投げ付けられたのは水風船。

 その向かってくる物体に反応して超高熱で接触する溶岩塊。
 同時に周囲五十メートルが吹き飛んだ。

 水蒸気爆発。水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化され、高温高圧の水蒸気の力となって引き起こされる爆発。三百度の物体に触れるだけで百五十倍に膨張する水が、八百度以上の高熱を発する溶岩塊に接触すればどうなるか、察しが良ければ気づくだろう。溶岩塊に触れた水風船の中の水は一瞬で体積を膨張させ、高温の水蒸気と衝撃となって周囲を吹き飛ばしたのだ。

 溶岩流で倒壊したビルの外壁に叩きつけられながらも、エルムゴートは原型を止めていた。恐らく彼の身に着けている衣服は相当強力な耐火の魔術がかけられていたのだろう。だが、肌の露出していた顔面は既に見るも無残に水蒸気によって自らの二つ名と同じように焼け爛れていた。まだ生きてはいるが、殆ど虫の息と言うべきである。爆発の瞬間に息を止め、鼻腔や肺などの呼吸器官内部に火傷を負わなかったのは流石火属性魔術の特性を知り尽くしたエキスパートだろう。
「……発現……せ……よ、致命的火傷再生(バーンフェイタル・リジェネイト)
 そして、倒れたエルムゴートに灯る白い燐光の発現。あまりにもひどく、再生し切れなかった部分は新たな皮膚として焼け爛れた皮膚の下から再生され、その上部分の皮をズルリとエルムゴートは掌で剥いだ。醜い火傷の傷を受けていたエルムゴートの浅黒い肌は元通りのものへと再生した。

「あの野っ郎ぅ」
 自らを出し抜いた怒りに拳を握って震えるエルムゴートに『ご、ご主人〜、助けテ〜』とくぐもった情けない声が聞こえた。
 地面にパンツ丸出しで頭だけ埋まっているメイド。
 犬神家ばりにあまりにもシュール過ぎる光景に一瞬でエルムゴートは脱力した。

 彼らの気配を探るが、どうも完全に逃げられたようだった。

 牡丹の足首を掴んでそのまま地面から引き摺りだす。

『うーん、爆発と同時に動く事が出来たクルーガー君のジャーマンスープレックスを喰らって逃げられタ〜』
「下らない言い訳は良いから索敵しろ、バカ人形」
『うるさい。そっちも敵に逃げられた癖に火蜥蜴(トカゲ)男は脱皮でもしてろ、ってあああああああ、ギブギブ!! タップタップ!! 蠍固め(スコーピオンデスロック)はらめェェェェェ!! ……あっ、ご主人。ご主人の六時方向から巡航ミサイルが二十発、てか、アタクシからはもう目視可能だヨ』
「早く言えこの大バカ人形がぁぁああああああああああ!!」


 その日、中東の某国の首都は地図から消えた。


 ネットを通じてコンタクトの取れた超躍者によって、各国のエルムゴート暗殺支持者の権力者達が密に連絡と取引を行い、ついに一つの国の首都を囮にしてエルムゴートの抹殺計画が立てられた。
 暴力と呼ぶには大き過ぎる力。それを砕くために多くの犠牲が払われた。



        し   か   し   、   奴   は    生    き    て   い    た   。


 もっとも最悪なパターン。
 何故あの爆発で彼が生きていたのか? それはこの物語が本編のギャグパートだからと言う理由に他ならない。


 次の日、エルムゴートはごく普通に登校し、『珍しく』女生徒に言い寄られていたクルーガーの写真を『偶然』撮ってその嫁に送り、何故か翠琥先生から貰った直門の弁当が、いつの間にか『綺麗に偽装された』いいんちょの手作り弁当に取り替えられていた。
 そして、エルムゴート暗殺計画に加担した権力者達の元に卑猥な格好をした青い髪のメイドが現れて全員お尻ペンペンをされ、しばらく便座にも座れずオムツ状態になる者、叩かれ過ぎて痔になったショックで政治から引退する者、新たな快感に目覚めてSM館に通う者達のスキャンダルが続出した。
 更に加えて言うと、彼の奴隷農園に『自称元大統領』が新たに入れられたらしい。




  [爛れる鋼鉄 VS 爺将棋同好会 戦 : 二十二分二十二秒、エルムゴートの完璧な盤上の支配により、圧勝。爺達、警備員の小菅ヶ谷丸に見つかるまでフリーズする]
  [爛れる鋼鉄 VS 爛れる鋼鉄抹殺委員会 戦 : 二十八時間一分六秒、魔人エルムゴート死なず。加担者全員返り討ちに遭う。帰宅後、クルーガーは嫁にビンタ、直門は再び保健室のお世話になる]


24 :異龍闇◆AsVGmnGH :2008/01/01(火) 10:27:23 ID:P3x7mFnF

バリアントスチューデント外伝 凄いよ真珠さん

 注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。


 [とってもやる気のない主要登場人物おさらい]

 真珠:幼女担任。


 天璽(あまつしるし) 久魅那(くみな): いいんちょ、あとおっぱい。
 エルムゴート=アンセム: 学年主席のおっさん。あと火が出る。
 リロイ・ロイロード: 金髪バカ。あと雷とか何か出る。
 クルーガー・バーズ: 狼男。既婚。
 平 直門(たいら なおと): ド変態でド貧乏。


 メタトロン:バイク。何か喋る。
 玖南(くな)・ぺガリム:副担任。メイドでおっぱい。
 リュシフェラーゼ・ウィンダム:フードで幼女。
 古紫椎音:直門と肉体関係(人体実験的な意味で)。


 ナコト=ネロ:隣のクラス、いいんちょと生き別れの妹。
 アウローラ:隣のクラスの委員長、クェイドの姉。
 クェイド=ジェロニモ:生徒会長、シスコン。






-Prologue-

 真珠です。ちっちゃいですけどバリアント学園でクラス担任してます。つまり常勤講師なので普通の非常勤より偉いのです(えっへん)。学科担当は形而上情報操作学と言う分野です。云わば魔法と呼ばれるものですが、選択科目なのでうちのクラスではリロイ君やエルムゴート君、後何人かしか選考していないマイナーな分野です。
 副担任の玖南先生(実験助手)と一緒に頑張っています。とっても頑張っています。
 でも私のクラスの生徒達、世界トップレベルの学年主席の生徒が居たり、表はおろか裏にまで名の轟く有名な武術家や正義の味方の子が居たり、団結力やら統率力があって運動会で優勝したり学園祭で盛り上げたりと、功績だけを聞けば優秀なクラスのはずなのにいつも問題を起こしているバカボンドクラスと職員会議で呼ばれています。
 いいんちょの久魅那さんも頑張っていますけど、男の子達がろくな事をしません。特に四人ぐらい。


 二学期もカオスな文化祭やらを含めて無事死人も出ずに終わり、冬休みも始まったのでその四人を監視のために問答無用の強制召喚&強制補修&飢え死にしないように生徒一人の餌付けをするために毎日クラスに呼び出していたのですが、

「「なんで冬休みなのに部活にも入っていないのに学校来なくちゃいけないんだようわーん休みと遊びとえんじょいをぷりぃずだよてぃーちゃー」」

 と金髪の不良君と貧乏っちゃまがクラスでの補習中に句読点も無いくらい騒ぎ出しました。
 流石に生徒達の冬休みを丸々潰すのは可哀相でしたので

「じゃ、先生と温泉に行きましょう」

 と教師らしく、優しく先生との交流を提案しました。

「幼女と温泉行っても楽しくないだろうが、黙れプチ先生」

 とリロイ君が真顔の脊髄反射で答えたので、空間魔術で【■■■■■■■■■■】(人間の発声器官では発音不可能)に今後の彼の教育と反省のために三十秒くらい送っておきました。

 そして、召喚で戻ってきたリロイ君は金髪から真っ白に変わり、何かに怯えるように周囲を見渡したまま、

「偉大か、つ壮、大華、麗な先生に、は申し訳、ないの、ですが、もっ、と楽、しいところが、いいで、す……あ、と邪神、アニサ、キスは止め、て……」

 と床に這い蹲りながら答えました。皆震えていました。

 流石に休み中の学校の往復にも堪えたのでしょうか? 他の強制以外の本当に補習の生徒(直門君を含む)からもリロイ君への賛同と私に対する批判の声が挙がりました。
 そこで途方に暮れていますと

「それじゃあ、年越しはあたしの別荘にでも来る?」

 と冬休みの部活の終え、クラスに偶々やってきた久魅那さんが声を掛けたのです。
 流石、いいんちょさん、凄いです。クラスの空気を一気にまとめ上げました(時折汗のしたたるスポーツ少女萌え万歳とかよく分からないエールが聞こえましたが先生はよく分かりません)。
 そしていいんちょの提案で、補習者及び+αで冬休みに南島の別荘に行く事が決定したのでした。

 ちなみに、いつの間にか他の先生やら他のクラスの生徒達が集まり、いいんちょさんは予想外の人の多さと考えうる心労に泣き始めました。


【冬だ海だ太陽だ編】

「冬だ海だ太陽だー」
 クルーザーからいち早く飛び降り、砂浜に着地する影。
 ひゃほーいと甲板に荷物を放っぽり出して砂浜を裸足で駆けるのはリロイである。ギラギラと照りつける日差しは日本の夏の蒸し暑さとは異なる種類の、灼熱の如き照り付ける暑さである。颯爽と上着を脱いでバミューダの水着姿になるが、早速、調子こいて素足で走った砂浜で火傷をするリロイ。更に足の熱さで砂地を転げまわって全身へと範囲とダメージ倍増。
「まったく、男の子なんだから荷物くらい運びなさいよね!」
「まぁ、学校ではございませんので羽を伸ばして戴ければよろしいかと思います」
 白のワンピースに麦藁帽子で令嬢風姿のいいんちょ。ふわりと潮風が彼女の美脚を撫で、海原へ向けて神秘のゾーンを一瞬開放する。その後ろに付き従う、紺色のワンピースに白いエプロンドレスとニーソックス、そして頭には白いレースのカチューシャのメイド。肩まで届くセミロングの銀髪はアップにしてバレッタで留めた彼女はいいんちょのクラスの副担任で、自宅では専属メイドの玖南・ペガリムである。その文句を言ういいんちょも頬を膨らませながら自分のハンドバック以外を玖南に自らの荷物を運ばせているが、こちらは仕事である。玖南の積載量は明らかに成人女性の持てる許容範囲を軽く超えている気がするが、「メイドですから」の一言で全て解決しそうである。古今東西、執事とメイドはポケットの無い●ラえもんみたいなもので「ハ●テぇー!」の一言で全てが解決しないと駄目なのである。



 ここは南半球に位置するいいんちょの別荘である。真上から見ると三日月のような形をしており、内側の月の欠けた部分に当たる場所の殆どが珊瑚を伴った砂浜であり、透明度の高いエメラルドグリーンの海水を静かに満たしている。火山性の珊瑚島なのか? 寒流のために通常よりも冷たいはずの海水が海底火山によって暖められ、この場所で奇跡的に島を形成するほどの珊瑚裾礁(きょしょう)を作り出していたのだろう。無論、南半球に属し、赤道よりでもあるこの場所は冬とは思えないほどの暖かさなのだが。そのため、深く湛えたマリンブルーの中に一滴を落とされた(みどり)の島はまさしくサファイアの中のエメラルドに例えてもおかしくはない。一体、この島の不動産価値は幾らするのかは庶民の読者の皆様に想像をお任せする。



 さてそんな中、次に何処かの刑事でも掛けていそうな、幅広のサングラスを掛けてクルーザーのタラップから降りてくるやたらと渋いエルムゴート。いつもの暑苦しい白のスーツは何処に行ったのか? 釣りをする気満々で肩には幾らするのか分からない高級竿を背負い、上半身裸に普段から履く人なら分かる黒の高級古着ジーンズを身にまとっていた。浅黒い肌をそれ以上焼いていいのかとどうでも良い突っ込みをしたくなる。その彼の片手は自らの荷物を持ち、反対の手では顔を真っ赤にして目をグルグルと回している牡丹をメイド服の襟首から猫みたいに摘んで運んでいた。
「勝手に倒れやがって、この役立たずが。後で扱き使うからな」
『きゅぅ、オーバーヒートとは想定外なのでス。オートバランサーとラジエーターのアップグレードを要求しまス』
「てめぇの給料で買え」
『貰った憶えねぇエエエエエエエエエエエエ!!』
 その叫びを挙げたままペイッと海に投げ捨てられる牡丹。海水の一部がオーバーヒートしてヤバイ体温(?)を発している牡丹によってこのクソ暑い中にも関わらず蒸気を挙げた。ちなみに彼女自身は耐水仕様である。

「見てみて、クルーガー! いるかよー。いるかー!」
「あぁ、そうだな」
「珊瑚綺麗、珊瑚! ほらヒトデとかうみうしもいるー!」
「あぁ、そうだな」
「きゃー、かぁいいよ、ねぇねぇ! この青ヒトデお持ち帰りしていいかな?」
「あぁ、たっぷり持って帰るといい」
「……もぅ、久しぶりの夫婦水入らずの旅行なんだから、クルーガー楽しんでよねー!」
「俺は、楽しいぞ。その……、ディースがいるだけで」
「クルーガー……」
「ディース……」
「なんだよ、この夫婦。独り身に対する嫌がらせか」
 改めて荷物を取りに来たリロイの突っ込みなど関係なく、明らかに南国じゃなくても熱々だろう空気を醸し出しているのは、出産が終わって暫く慌しい日々が続いた後、「育児も良いがたまには息抜きをしてきたらどうだね? なぁに、これでも馬鹿孫を育てた事があるんじゃ。育児の一つや二つ軽く任せなさい」と学園長のマルコに旅行を勧められたバーズ夫婦である。確かに水入らずで伸び伸びと過ごしたいところだが、ところ構わず裸エプロン姿のそのベビーシッターによって自らの子供の情操教育に多大なる悪影響を与えないか、嫁はともかく少しクルーガーは心配である。

「…………………………」
「…………………………」
「……………………あの、大丈夫ですか?」
 クラスメートでクラス内の様々な損害計算をする保険委員の古紫に支えられて出て来たのは、出発前に一言では言えないような様々な不幸(弁当とか)を被って絶対にならないはずの船酔いに掛かってしまい、顔が真っ青を通り越して緑色の直門である。その二人組の隣りから声を掛けたのはイ●ラム教徒のようにフードですっぽりと覆われたリュシフェラーゼだった。
「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょぶろぼぼぅるぁるろぅぼぁ」
「うわー! こっち向いて吐かないでくださーい! うわーん! 何かフードに付いたー!」
『うわー! ご主人! 船の反対側から何かこっちに漂ってきましタ! センサーの汚染濃度探知エラー! 赤潮ですカ?!』
「……お前、シャワー浴びてから部屋に来いよ」
「エルムゴート、なんていやらしい台詞をうぉぼぼぅるぁるろぅぼぁ」
「……魚が寄って来そうね」
 アホの子の直門の扱いになれているのか? 古紫は直門の背中を誘って冷静なコメントを述べる。

 そんなアホ+その他な面々を無視してタラップを降りてくる三人の影。
「まさか、アイツが誘いを受け入れてくれるなんて、ね……」
 複雑そうな表情なのは、隣のクラスに居るいいんちょの妹、ナコトである。令嬢風のいいんちょに対して、密航者のような革ジャンにジーンズの格好である。サブプライムだか何だかで急に没落して何もかも失った、養父のネロ家の復興のため、その第一歩であるコンビニのバイトしていたところ、先日在庫管理をしていた直門を通じて誘われたのである(ちなみに直門はバイトでよく会うが、使えるがトラブルが多い事で派遣業界で有名だったりする)。最初は行く気は無かったのだが、直門の熱心な勧誘により「久魅那が良いって言ったら行くわよ」と適当に言ったところ、意外にもあっさりOKを貰って逆に面を食らっているのである。この島で彼女がどう過ごすか、それはまだ特には決まっていない。

「姉上、お熱はありませんか?」
「うむ、気分上々、バーズ夫妻は産後で珊瑚礁をタンゴでルンバ」
 蝙蝠傘のような真っ黒な日傘を差して全身黒のゴスロリと、何処かの悪魔狩人か弓の英霊みたいな真っ赤な格好で砂浜を行くのはアウローラ(隣のいいんちょ)とクェイドである。
 何処から聞いてきたか知らないが、姉の「南国で何個食う」とバナナを弟に差し出された時点で着いて行く事が無断で決定したらしい。



 そして最後に出てきたの我らが真珠先生、とその下僕のアルバート先生である。
「でも流石に新年迎えるって聞いて振袖を初っ端から着てきたのは間違いだったの」
「いえ、どう考えても南国に着物はシュール過ぎます」
 頭にお飾りまでつけているが、余りの暑さか凄い汗を掻いている。まるで一人で我慢大会してるのではないかと言わざるをえない。正絹京染め振袖『桃色桜夢』と言う天下に轟く一品級の代物なのだが、場にそぐわない事この上ない。
「去年の強引な焼き直しなの」
「よく分かりません」
「翠琥ちゃんやイシスちんも来れれば良かったんだけど、何か締め切りとか入稿で、冬の一大イベントがどうとか。後、まとまった休みでしかレベルアップ出来ないから暫く二人でタッグ組んで廃人になるって」
「いや、原稿進めてください」


 そんな冬に南国でのバカンスを楽しもうとする面々に、島の奥、ジャングルから怪しげな視線を投げかける不審人物が数名。うち一名、あまりにも『 筋 肉 』を眺めすぎて、男性陣に悪寒を走らせる。


 太平洋に浮かぶ絶海の孤島。天璽(いいんちょ)家の所有する島の一つに集まったバリアントスチューデンツと謎の集団。果たして何が起こるかは向後ご期待(特に他の作者に)。


25 :異龍闇◆AsVGmnGH :2008/02/23(土) 11:31:07 ID:WmknzDYF

IB 昧葬



 椅子に首の無い女性が座っていた。
 否、女性に首はあったが首を反らして寝ているその姿は衰弱の具合と合い余って死人のようでもあり、首の無い死体のように感じさせていた。
 ぴくりと、微震と共に油の注されていない機械仕掛けのように正面へと晒される面。病弱のような白さと神経質そうな視線。化粧すらしていない顔だが、肌の艶と張りは疲労のためかやつれても十代のそれである。しかし、彼女の外見からの性格からは考えられない様相。セミロングロングの髪は何日も洗ってないのかボサボサになり、若さ故に皮脂をまとってギトギトとして前髪はくしゃくしゃに乱れていた。視線を更に強めるようなフレームレスの眼鏡は先ほどの、椅子に背を預けての睡眠で右側へとズレていて、幾度と無くレンズに付いた指のせいか指紋が付着していた。行動も、外見も、眼鏡も、何かもズレていた。なまじ、元が張りつめたタイプの美人であるためにだらしのない部分が余計に際立っていた。いや、だらしのなさ、と言うより、必死さの方が際立っているのかもしれない。
 彼女はまず、その眼鏡の位置を無言で直すと、椅子前で省電力状態で暗くなったディスプレイに僅かな光源を頼りに顔を映して前髪を整え、手首に付けたゴムで後ろ髪を縛ると、再び作業を開始した。

 目の前の四台のディスプレイが目まぐるしく何かのグラフと図形と数式とアルファベットの羅列を下から上へと流していく。そのスピードは彼女の叩く二台のキーボードと同期しており、彼女のキータッチの速度が弛めば遅くなり、早まれば矢次早やに画面の様子を変えていった。

「古紫くん、また、アルゴリズムを組み替えているのかい?」
 後ろの暗闇から影が迫り出すように、全身ラバースーツにガスマスクを付けた男が彼女の背後に立った。
 あまりにも異様。それにも関わらず、彼女はまるでその姿がありのままであるかのように視線だけを投げかけてディスプレイへとスグに戻した。
「さっき四十五分寝たら、もっと早い式と組み合わせを思いついたから」
「私が二日前に組んだのより五倍も早くなっているね」
「理論値は一昨日から五.四三七倍になったんだけど、実測値はたぶん四.二九倍くらい。観測機の受信率自体を上げるのが手だけど……」
「観測機の数と受信域、臨時政府からの混信(ジャミング)が関係する限り、これ以上広範囲に観測地帯を拡げたら彼は見つけ出せないよ」
「分かってる。だから、ソフト面での限界を探ってる」
「あんまりやり過ぎると情報処理分野の、特に電波工学者の仕事が三年間無くなるから止めて欲しい」
「安心して、ソースコードの公開はしない」
「馬鹿を言うな。流さない方が不利益だよ。出来たものは仕方ない、皆で利用するだけだ」
「ハッカーの思考はよく分からない」
「失礼だな。私は臆病な革命者(クラッカー)だよ」
「そして、今が好機でしょ?」
「ご明察。だが、抜本的な改革をするには暴力が必要だ。情報と、そして超躍者と言う、な」
 そう言われて、同時に彼女のキータッチの早さが目に見えて遅くなる。
「…………私は、彼をそんな目的で」
「そうだ。探している目的は違うが、結果は同じだ。だから私は君に被災中に国立天文台からパクってきた最新機器と私の東アジア一使えるマシンを貸しているんだ。面白いね。好きな男のために、専門外分野を四日でマスターして、実働して二日目には私の計算した試算値を上回った。私の専門では無いにしろ、何も手掛かりの無い状態からここまで出来るのは、……愛の力だろうね」
「あまり彼が好きそうじゃない言葉面ね」
「ああ、でも否定はしないだろうね。馬鹿正直だから」
「……そう」
「いきなり君に襲い掛かって身体を玩ぶくらいだしね。おっとそんな絶対零度の視線は止してくれ。疲れきった脳には偶に清涼飲料のジョークが必要なのさ」
「生々しい冗談は勘弁して欲しい」
 心なしか、顔を赤らめている彼女にガスマスクの下で微かに、子供に向けるような柔らかい笑みを浮かべているだろう男が続ける。
「失礼。鉄面皮の君のからかいたくなる彼の気持ちがここ最近分かってきたのでね。どちらにしろ、少し、身なりを整えて休んだ方が良い。彼が生きているにしろ、死んでいるにしろ、あまり小汚い格好で対面するのは私の知る経験上宜しくないね」
「……今は、気にしない。気にする時間じゃない」

 彼女、古紫 椎音は、八日前に東京の上空から消えたある男を探していた。
 天使軍団とこの世を地獄絵図にする激戦を繰り広げ、遂には地上から敵対勢力の彼ら全てを撲殺してしまった狂人で、彼女が今一番救いたいと思っている人物である。

 名は平 直門。千人あまりの天使を一人で殺戮した人間であり、同時に彼女が救いたいと思っている人間、またの名を超躍者と言う。


 天使軍団の、親玉とでも言うべき人物を抹殺後、その時の彼自身の『能力』によって廃墟となった新宿が遂には戦術核でも爆轟したかのように抉れ、能力を行使した彼自身も消滅していた。

 彼の能力は、椎音の推測では主に位置エネルギーから運動エネルギーの交換を重力を介さずに行い、またその逆にも転換して使う事が出来ると言うものである。
 言うなれば、彼自身は重力を操れると言っても過言ではない。

 人が一人たりとも近づけない鉄火場で瞬間的に地震計で観測された地表との断面からの大きな力は、一時的に彼によって『作成された』重力場かも知れないと彼女は推測した。

 そして、その力が観測された直後、彼は現場から消えた。


 何時の間にか帰っていて、簡単な連絡しか、それでも連絡は必ずしてくるはずの彼が何も音沙汰がない。

 ひょっとしたら、と彼女も思ってしまう。
 亡霊のように居るのか居ないのかも分らない彼。
 そのまま、消えてしまったのではないかと納得しないうちに思ってしまう。

「でも、約束したから」
「何を?」
「死なないでって、彼。無理な約束は必ず自分から断るし」
「じゃあ、生きているだろうね」
「うん。……それに、もし、彼が助けが必要なら、私が動かなくちゃ」
「……君も変わったね」
「彼が変えてくれたから」

 そう微笑んだ瞬間、ディスプレイに顔を戻した彼女の顔が豹変した。
「そうよ、変えないと!」と呟きながら嵐のようにキーボードにコードを打ち込んでいく。その様とコードの中身、それの意味する動きを見て「そう言う事か」とガスマスクの男、毒蟲(ヴェノム)は呻いた。

 彼の居る空間(場所)。それを彼女達はこの世界(三次元)だけだと勘違いしていたのだ。
 彼のスーツの発信する信号(ビーコン)でその方向と距離から位置は特定できるが、それは三次元空間での連続面だけである。もし、仮に、彼が何らかの衝撃で物理学的に膜の次元と呼ばれる十一次元に飛ばされたり、或いは素粒子単位以下に凝縮された二十七次元の世界へと迷い込んだらどうだろうと彼女は考え付いたのだ。単位次元辺りに掛かるエネルギー量を遥かに超えたエネルギーをその空間に現し、その衝撃で別の次元へと飛ばされたとしたら?

 常人では有り得ない。しかし、今まで有り得ない経験を繰り返してきた彼なら有り得るかもしれない。そう、相関性の薄い根拠に賭けてみたのだ。

 そう考えた彼女は彼が飛ばされた重力波の中心に現れるあらゆる電磁波を大まかな次元の単位で信号をルベーグ積分解析し、三次元上でも彼がおおよそ何処に居るかを観測出来るように式を組み直していた。
 例えるなら、今まで左右だけ見渡していた状態から、彼自身はその場所から動かずに上下の位置だけ変わったと彼女は考えたのだ。
 とは言っても地球規模で拡げていた観測が無限規模の次元になった訳でより一層都合が悪くなったのは否めない。しかし、それでも彼女はその可能性に掛けてみた。

 簡易なアルゴリズムとコードで組まれたそれを、そこを片っ端から二人で改造してから四時間ほど経った頃、未だにアルゴリズムに悪戦苦闘する彼女がふと、観測ウィンドウからのアラートを見た瞬間。
 先日から手の疲労からなる痺れとその疲労以外では止む事のなかったキータッチが止まった。

「嘘……」
「何一人だけ目を白黒させて……、このビーコンは?!」
「……ええ、彼の生命状態を表す奴でしょ。そして、同期して解析した信号パターンは……、いつも通り、空腹だけど元気そうね」
「なんてこったい…… あいつ、本当に他の次元に飛ばされたのか?!」
「……、何だか、安心したからシャワー浴びてくる」

 そう言ってトイレ以外で四日ぶりに椅子から立ち上がると、ふらふらと病み上がりの病人みたいに左右になりながら浴室へと向かった。

 その姿を見届けると、毒蟲は五日ぶりに冷蔵庫を開け、手元の机に置かれたロックグラスにかち割り氷を放り込み、フランスの高級ブランデーであるコニャックの新しいレミー・マルタンの封を開けてグラスへと注いだ。

「まったく、人騒がせな奴だ。何にしろ、事件に巻き込まれていないと……、いるだろうな、たぶん」

 ガスマスクのフィルター越しにコニャックを鯨飲する毒蟲の予想はその通りであり、同時にここからがサポート役としての正念場だろうと、酔いに任せながら彼のために別の準備を始めた。


 そして、浴室と脱衣所の境目で安堵を浮かべて寝ている椎音がシャワーに入る直前で、半脱ぎの状態で発見されるのは次の日だったりする。


26 :寝狐 :2008/03/07(金) 23:09:10 ID:scVcxnxH

バリアントスチューデント 故に借金総額1億5680万4000円の変態あり

注:この物語はフィクションです。作中の登場人物の人格描写、何処から出てきたか知らない新たな設定が爆誕しても怒らないでください。






 自動販売機の下に100円硬貨がころりと落ちたのを見て、金と赤という不思議な色合いのオッドアイをもつヒナが「あっ」と呟いた。

「……しまった、またやっちゃった」
「そういや、前にもコインを落としたな、お前」

 こともなげに言ったのは、連れである三十路の、ひげ面の、それこそオッサンとしか形容しようがない顔をしたストークだ。

「……仕方が無いなぁ」
「待て。お前、拾う気か?」

 ジャケットと脱いでシャツを二の腕でまくりあげたヒナをストークは静止させて問う。

「んだよ。拾うに決まってんじゃん。オレ、何かおかしなこと言ったか?」
「前回も言ったと思うが、……恥ずかしい」

 ヒナは“オレ”と一人称は言ってるが、実際の外見はティーンエイジャーだ。しかもローティーンといううら若い乙女である。
 そんな乙女が昼下がりの、しかも人の波が途切れることの無いスチューデント駅前の広場で、地面に跪いて自動販売機の下を探している光景はストークにとってかなり恥ずかしいものだ。

「よく分からないけど、自分が落としたもんを拾うのは悪いことじゃないんだぞ」
「それはそうなんだが……」

 そういっているうちに、ヒナは跪いて自販機の下に手を突っ込んで、落とした100円硬貨を探し始めてしまった。
 言っても聞かないのはわかっていたので、ストークはため息を吐きながら、周りを見た。
 昼下がりのスチューデント駅前は平日であるおかげか、主婦とか営業サラリーマンとかサボり学生とか極稀にニートらしき者しか歩いていない。皆、自分のことで精一杯でこちらには目を向けていないようだ。
 ストークは、視線を下げる。未だヒナは自販機の下に手を突っ込んだままで100円硬貨には手が届いていない様子。

(今時、自販機の下に手を突っ込んでいる若者は、ヒナ以外にいるわけが―――)

 顔をあげたストークはそこで思考が止まった。






「…………いた」







 20メートルほど先にある自販機の下に身体を押し付けて手を突っ込んでまさぐっている少年がそこにいた。
 なにやら死に物狂いでバタバタと足を動かしており、時折「うおぉ〜!」と叫びながら必死で腕を極限まで伸ばそうとしている。どうやらもう一押しで何かを拾えるようだ。
「……何呆けているの? ストーク」

 ふと声に気づき見下ろすと、ヒナが首を傾げながらストークを見上げていた。その手には汚れてしまった100円硬貨がある。無事に回収できたようだ。

「……いや、なんでも」
「ん?」

 呟き、苦笑するストーク。

「ほら、行くぞヒナ」
「うん!」

 立ち上がるヒナ。ゆっくりと先を歩くストークを追いかけ。横に並ぶ。
 ふと、ストークは一度だけ後ろに振り向く。あの少年は未だ自販機と地面の隙間と格闘中だった。

(……お前さんにも、失いたくないもん、あるのか?)

 それは口にはしない問いかけ。
 少年が何者で、これまでどのような人生を送ってきたのかストークは知らない。
 だけど、元・傭兵としての直感だろうか、一つだけわかることがある。
 理不尽な理由で何かを失うことを、あの少年なら己を犠牲にしてでも必ず止めるだろうと。


 やがて歩く二人の姿は、スチューデント駅の人混みへと消えていった……。




 …………
 ……
 …

 さて、その少年――もとい、変態仮面こと平直人はというと。

「……っ。いぃぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」

 叫びながら立ち上がり、右手を大きく天に突き出した勝利のポーズをとっている直人の手には汚れているがそれでも輝きは失っていない大きめのコインであった。
 学園が特別休日であったことから、朝もはよから本日の生活費を稼ぐために人通りの多いスチューデント駅周辺の自販機を巡り、取り忘れたお釣りとか地面に落として拾わずにされた硬貨を探し、昼下がりあたりになってようやく当たりを見つけ、先ほどまで全身を埃まみれになりながらも必死で拾った重要な資金。これで少し遅い昼食と夕食にありつけるというわけだ。
 ちなみに夜には、いいんちょの妹でもあるナコトも働いているコンビニのバイトもあるのだが、日給では無いうえに賞味期限切れの弁当が貰える可能性も可愛い女の子優先主義の店長の気分しだいである。(大抵はナコトがお持ち帰りしており、直人の勝率は一割だ)

「さて、いつものパン屋で廃棄処分のパンの耳でも買ってこよーっと……ん?」

 ふと、掴んでいるコインに目を向ける直人。
 大きさ的には500円硬貨かと思われていたのだが、よく見ると、何かが違った。
 表面には桐が、裏面には笹と橘がデザインされているはずなのだが、そのコインには何処かのお店の名前とマークが刻まれていた。

「……ってこれ、パチスロのコインじゃないかぁぁぁーー!!」

 500円硬貨でないとわかると地面に叩きつけるように捨てた。そしてコインは再び自販機の下へと転がっていく。

「……あー、どっかの水道水でも飲むとしよう」

 結局、昼食も夕食も食べられないまま、空腹でコンビニのバイトに向かう直人であった……。


27 :寝狐 :2008/05/26(月) 22:49:14 ID:m3knVisH

バリアントスチューデント 故に胸あり

 今日も平和なエルブルズ学園。
 そんなある日の朝、学園内にある教師専用寮に住む真珠先生は悩んでいた。

「……うーん」

 目の前の鏡を見ながら唸っている。
 彼女の視線は己の体であった。
 可愛らしいフリルが付いた服であるが、一応これでも真珠先生専用教員服である。本来ならスーツなどだが真珠先生の身長に合うものがなく、仕方がなく私服を認められていた。
 ……衣服自己生成情報魔術が使えるはずでは? といわれそうだが、あえてスルーしておこう。
 しかし彼女が見ているのはそこではない。

「……やっぱ、大きい方がいいよねー」

 胸であった。
 その平べったいまるでまな板とも云えようその胸が今、彼女を悩ませていた。
 以前までは自称Bカップと訴えていた真珠であったが、身体測定の日、身体偽装スキンをかけていたことを担当のササメ先生と医師免許を持ってるという理由で手伝わされていた翠琥先生、及びわざわざメジャーで計測した玖南先生が見抜き、結果AAAカップという一番小さい無乳と認定され、以後偽装スキンを解除していた。……というより、外見年齢6歳の少女がBカップという時点で怪しいと思わないほうがおかしい。
 こうして彼女はずっと己の胸を気にする毎日が続いていたのだ。

「どうやったら、大きくなるんだろう?」

 試しにプニュプニュとまな板な自分の胸を揉んでみるが、己の小ささに自己嫌悪となり陥りやめる。

「そうだ! 大きい人に秘訣を聞けばいいのよ!」

 閃いた真珠は善は急げとばかりに寮を飛び出していった。


 ……………
 ……
 …

 真珠が聞いた相手は、学園でも一位二位を争う巨乳の持ち主、凰霞翠琥と玖南・ペガリムであった。



 証言その一、翠琥先生の場合……


「ん? 胸が大きくなる秘訣?」

 空手部の朝練の最中であるからか、空手着姿の彼女であるが、その巨乳は帯で締めた道着でも抑えつけられないのか、道着の中に着ている黒いアンダースーツ上でもたゆんたゆんと揺れている。
 本来スポーツする際、専用の下着があるはずだが、彼女は付け心地が良くないということでノーブラなそうだ。
 真珠から見れば、なんで形が崩れずにプロポーションを保っているのかが不思議でならない。

「うーん、特に心当たりはないけど、まぁ規則正しい生活と毎朝一杯の牛乳は欠かさないわね!」
「そういう凰霞先生は、昨夜は何してましたか?」
「来月のイベントで出す新刊のネーム構成と日付が変わった後3時までネトゲーしてたわ」

 はっきり言おう。一般においてそれは規則正しい生活ではない。

「だって〜、今パルムでGBR開催してるし、レベル上限も150に引きあがったからイシス理事と組んでS2周回しながらドロップ率50%を目指してるんだからー」
「……P○Uですか」
「そうよ。パ○ヤもいいけど、私まだビギナーなのよね〜」
「この作者のネトゲーレベルが知れてるわね」

 ……まだ廃人ではありませんよ?

「んでさー、真珠先生。次の新刊はリリカルな○はでいこうと思うんだけど、二期の9歳バージョンがいいかなー? それとも3期の19歳バージョンがいいかなー?」
「4期の時間軸が15歳であることを祈りたいです。あとできれば4クールで」

 答えになってない返事。
 9歳か19歳か、いやいや15歳のも捨てたがいかも、などと呟く翠琥を放って置いて真珠は道場を後にした。
 とりあえずわかったことは、朝練の後は必ずビン牛乳を一本飲んでいるということ。



 証言その二、玖南先生の場合……


「え? 胸を大きくする秘訣ですか?」

 職員会議が始まる前を見計らって、廊下を歩いていた白いブラウスにミニタイトスカート姿の玖南に聞いた。

「そうですねー。やっぱりお嬢様への夜の御奉仕と毎朝一杯の牛乳ですかね〜?」

 そういう彼女は、胸がキツイという理由で胸元を大きく開いたブラウスから黒い下着と豊満な胸ならではの谷間が見えている。
 本人曰く、こういうちょっとえっちぃ格好なら居眠りする生徒もいないとのことだ。
 真珠からすれば、むしろ男子生徒は胸元が気になって授業に集中できないのでは? とツッコミを入れたかったが自重する。

「……ところで玖南先生、夜の御奉仕って?」
「ふふっ。ヒ・ミ・ツ、です♪」

 そういえば玖南先生の肌っていつもツヤツヤしてるよなー、と思う真珠先生であった。




 二人の意見を聞いた結果、真珠がわかったことは……。

「牛乳が胸を大きくする効果があるのね! よぉし! 明日から実行よぉぉぉーー!」

 その日、真珠先生の気合の声が木霊した。


 ……………
 ……
 …

 そして翌日、真珠は大量に買い漁った牛乳を飲みまくっていた。

「あの〜、真珠先生、なんで牛乳を飲んでいるんです?」

 挙手して質問をしたのは久魅那であった。
 授業中である今も何故か必死で飲んでいる真珠先生を見かね、クラス代表として疑問をぶつけたのだ。

「あー、もしかして昨日の質問ってこの事だったんですね」

 納得したかのように、口を開いたのは玖南。
 真珠先生が牛乳を飲んでいるせいで授業ができず、かわりに玖南先生が授業を進めていたのだ。

「真珠先生、牛乳を飲めば胸が大きくなるって勘違いしてません?」

 その言葉に真珠は「えっ?!」と目を見開いて玖南に振り向く。

「ち、違うのですかっ!?」

 ぷるぷると震えながら問う。それに答えたのは普段なら寝ているはずの直人。

「牛乳を飲んだだけで胸が大きくなるくらいなら、いつもコーラを飲んでいるいいんちょの胸が同年齢の女性の平均サイズよりも大幅に大きいのはおかしいかと。そもそも実年齢数千歳である真珠先生の肉体は既に成長期が終わっているので小さくなることはあってもこれ以上大きくなることは不可能ではないかと」

 なんでそこであたしの名が出るのよ! と叫ぶいいんちょは置いといて。真珠は衝撃的な言葉にポトッと手にしていた牛乳を落とし……。

「う、うわあぁぁぁぁぁん!!」

 ついに泣き出して教室から走って出て行ってしまった。

「あー、直人泣かしたー」
「いけねぇーな、灰色天使」
「変態仮面、謝ってこいってー」
「牛乳が床に零れてるな。……雑巾を用意せねば」

 クラスから色々言われる直人。終いには……。

「平君。真珠先生を泣かせて授業を潰した罰として、今日の教室掃除は平君一人でやってもらいますね」

 玖南先生からは罰則を言い渡せられる始末となった。

「ちょ、なんでなんだぁぁぁぁーーーーーーー!!」




 ……後日。

 教師寮、真珠先生の部屋。

「なるほど、食物で女性ホルモンを活性化させることによってバストアップできるマカがいいのね!」

 パソコンのネット検索で調べている真珠先生の姿が……。
 どうやら、まだ諦めていないようだ。


28 :寝狐 :2008/07/28(月) 01:41:31 ID:scVcxnYe

黄金月雫譚

 其れは何処か。
 其れは白き空間。
 其れは無限の世界。
 其処は宇宙を超え、次元をも超え、時空連続体をも超え、門をも超え、ついには扉をも超えた、“外なる”空間。











 ――今そこで、二つの存在が戦っていた。











 白き光と黒き光が流星の如く弧を描きながら飛び交う。
 時にはぶつかり、時には離れ、互いのスキを狙いながら一撃を叩き込まんとする。

「どうしたどうした? その程度なのか? パール・フェアルージュ! 己の運命を受け入れ、その存在を無きとするがいい!」

 黒き光側の存在が叫ぶ。
 容姿から見れば十代前半くらいだろうか。小柄で華奢な体躯。だがそれは凛然とした気品を醸しだし、すでに芸術の域に達しているほどの姿形。ただ立ち尽くしているだけでも、その姿を見れば誰もが溜め息を誘うような優雅さを備えていた。容貌は端麗にして可憐。腰まで届く長い髪は、黒がかかった紫色。
 しかし、そんな少女から醸し出されるは妖艶の雰囲気。纏う服は袖の無いブラウスと裾の短いスカート。指先から手首までを覆う手袋。胸の下から腰までを締め上げる革のコルセット。それは俗にいうお嬢様衣装である。もしこの場所が自然に囲まれた古めかしい城であれば、彼女は深窓の姫君とでも呼ばれていたであろう。
 ……否、彼女が纏う衣装は黒よりもなお深き無明。それはまさに闇の令嬢とでも呼べる姿であった。

「――そんなの断るわ!」

 白き光側の存在――パール・フェアルージュが拒絶する。
 二十代前半ぐらいの女性だ。両肩だけを留めた袖のないペプロスを纏い。背中まで伸びた茶がかかった黒髪が彼女が動くたびに左右に揺れる。
 その姿は女性的な優雅さと美しさを醸し出していた。

「異外扉の神! 貴方は私が倒す!」

 パールの言葉に、黒衣の少女――異外扉の神は嘲笑う。

「汝程度の力でこの妾を倒すだと? あはははっ! 妾に傷を負わせることができたのは、後にも先にも“金色の神霊守護騎士”のみ。かの旧友であり仇敵でもある“隠れたる神(デウス・ダアト)”ですら、この妾を三重連超次元虚数閉鎖檻にて永久封印するまでしかできなかった所業を、汝ができると?」
「できる。できるわ! ……なぜならば!」

 胸に手を当て、真っ直ぐ異外扉の神を直視する。


「―――私も、勇気ある光を受け継ぎし者だから!」


 左手を前に突き出すと、パールの周囲に白色の三十基もある環状魔術陣が形成され、中心部に槍のような発射体が生まれる。

「笑わせるな! 唯一存在の“月の子”如きがぁー!!」

 異外扉の神も左手を突き出して、周囲に紫色の球状の魔力弾がパールよりも多い、五十基が形成された。
 二人の攻撃は同時に発射された。ぶつかり合う魔力。だが、数では異外扉の神が多い。
 対滅しあう中から飛び出した二十基の魔力弾。パールは咄嗟に魔力シールドを展開。
 しかし異外扉の神が放つ魔力弾は、それ一基だけでも島一つ破壊するほどの魔力質量を秘めている。
 次々とシールドにぶつかる魔力弾が、パールのシールドを削る。

「きゃああああーー!」

 最後の一発でシールドが破壊されたパールは爆発によって後方に吹き飛ばされる。
 なんとか態勢を整え、異外扉の神が後方に移動して来たことに気付き振り向くが、正面を向いた瞬間に首を鷲掴みされた。

「……ぐっ!」
「弱い。弱いよのぉ。かの“鉱石の扉”においては“金色の神霊守護騎士”や“哀しき魂”の次に力を持つ者である汝がこの程度では……」

 グッと力を込められ、呼吸もままならなくなり苦しみ始めるパール。

「……ぁ」

 意識が薄らいでいく。
 だが、突如二人の間に割り込んだ雷光が異外扉の神とパールを引き離した。

「……え?」
「何っ!?」

 二人が雷光の発生方向へ顔を向けると、体長4メートル程の二つの頭部を持つ金色の双頭龍がいた。しかしその身体は生あるものではなく、まるで鎧を思わせる金属のような鱗で覆われていた。まさに機械の龍とも云えよう。

「す、スペリオル・ドラグーン!?」
「ちぃ。忌々しい鎧龍機が! ……“金色の神霊守護騎士”、またもや妾の邪魔をするかっ?!」

 スペリオル・ドラグーンと呼ばれた機械龍は、その双頭の口蓋から先ほどと同じ雷光を放つ。
 全てを焼き焦がす雷光は異外扉の神へと奔る。当たるわけにはいかない異外扉の神は舌打ちしながらも飛び退く。
 異外扉の神とパールの間に大きな距離が空いたのを確認し、スペリオル・ドラグーンは黄金の翼を羽ばたかせてパールの横へと移動した。

「スペリオル・ドラグーン、貴方の主は?」
『…………』
「……そう。貴方だけが遣わされたのね」

 パールの手がスペリオル・ドラグーンの頭部を撫でる。嬉しいのか双頭龍はパールが撫でやすいように頭部をゆっくりと下ろす。

「こうなれば鎧龍機もろとも滅びるがいい!」

 異外扉の神の手に漆黒の巨大な魔力球が生まれる。さきほどの魔力弾とは比較にならないほどの圧縮質量の魔力が込められているのをパールは感じた。
 撃ちだされる魔力球。パールとスペリオル・ドラグーンは左右に飛び回避。しかし既に予想していた異外扉の神はスペリオル・ドラグーンに向けて大量の紫色の球状の魔力弾を放った。
 大量の魔力弾がスペリオル・ドラグーンに襲い掛かり、激しい爆発連鎖を巻き起こす。

「スペリオル・ドラグーン! ……っ?!」

 余所見をしていたパールは、異外扉の神が己に向けて放った巨大な魔力球に気づくのが遅れた。とっさにシールドを展開するがまともに構築できていないシールドは紙に等しく、簡単にシールドを破壊した魔力球がパールを飲み込んだ。

「きゃあぁぁぁぁーー!」

 激しい爆発。爆煙の中から気を失ったパールが無防備のまま落下していく。
 その隙を逃さんと異外扉の神が追い討ちをかけようとした矢先、横から雷光が迫るのに気づき後退。行く手を阻むようにスペリオル・ドラグーンが割り込んだ。

『グゥオォォォォォォォーー!!』

 スペリオル・ドラグーンが咆吼すると、機械の全身から眩い黄金の光を広域放射した。
 その光は異外扉の神の動きを止めるに至り、まるで全身の力が抜けていく感覚を異外扉の神は覚えた。

「くぅ……。装着者(・・・)がいなくても、そのスペリオル・オーラは健在か……!」

 忌々しいと思いながら、どんどん落ちていくパールを視線で追うが。その姿はクレバスに落ちる雫のようにやがて小さく見えなくなってしまった。

「おのれおのれおのれぇぇぇーーーー! 【オッツ・キイム】! 妾等が怨敵にして、大いなる深淵の主を封じ、第九の歌を隠蔽したベテルギウス座に君臨する者共よぉぉぉぉぉぉーーー!」

 獲物を逃した異外扉の神は怒りの表情で吼え、その声は白き空間の彼方まで響き渡った……。





 そして舞台は変わり―――


 太陽も月もない、暗めの藍色となっている海が世界の空となっており、石造りや木造の建物が建ち並ぶ全長50kmの大都市。
 その多次元の海たる空から一滴の雫が零れ落ちた。


 雫は小さな少女の姿となり、都市の大地に降りる。



 少女の名は“真珠”。



 墜ちた世界は“エウクセイノス”。



 のちに、五人と一機の英雄を召喚することになるその都市の名は“エルブルズ”。






 ここから紡がれる英雄物語こそ―――






                                        『 銀 鍵 月 雫 譚 』






 ……………
 ………
 …



 ―――さて、ここから先は知っても知らなくてもどうでもいい、パール・フェアルージュ―――真珠がエウクセイノスに墜ちた直後の物語。




 墜ちたパール・フェアルージュの行く末を見ていた異外扉の神は感じた。ここに何かがやってくるのを。
 そして気づいた。先ほどまで己を邪魔していたスペリオル・ドラグーンがいつの間にかいなくなっていたのを。




「…………ッ!?」










 そして、それは来た。








 金色の双頭龍に導かれし白き宇宙の彼方―――。







 “外なる”空間よりもさらに“外なる”【セカイ(・・・)】の彼方より。








 光ある誓いを魂に秘めた守護なる想いを以って。








「……来たか。“守護の扉”を封鎖されてもなお来たか。恐怖を抱かせるほどまでに標無き未来を護ろうとする『守護者達』が!」





















                                       ――― 荒  唐  無  稽  ここに極まれり





















 
 恐怖を抱かせるほどまでに標無き未来を護ろうとする者達が集う。










 全ての扉、全ての門、全ての時空、全ての次元、全ての宇宙、全ての世界、全ての過去・現在・未来に存在する/存在した/これから誕生する、守護者の大軍勢。









 全ての守護者/守護王/守護機/守護神達が紡ぐその物語の名は―――













                           ―――――― 『 集 大 成(ギャザリング ・) 窮 極(アルティメット ・) 守 護(ジェニウス ・) 神 話(マイソロジー) 』!!!











 其処に、ボロボロの服を身にまとった騎士がいた。

 其処に、聖なる鎧を身にまとった騎士がいた。

 其処に、死に掛けの騎士がいた。

 其処に、霊体となった者がいた。

 其処に、魔に堕ちた者がいた。

 其処に、王になった者がいた。

 其処に、神になった者がいた。

 其処に、人間サイズのロボットがいた。

 其処に、二十メートルはある巨大ロボットがいた。

 其処に、巨大な機械龍の背に人型ロボットの上半身が合体したものがいた。

 其処に、全長一万キロメートルはある戦艦のような超弩級ロボットがいた。

 そして最後尾には、惑星よりも巨大なロボットがいた。


 皆、様相などは違う。人である者もいれば人でない者もいる。
 だが、ここに集いし、幾千幾万ものの者達には全て共通点が存在する。




 ――其処には、“扉”を、門を、時空を、次元を、宇宙を、世界を、過去を、現在を、未来を救う/救った、守護なる存在達がいた!




 そして、彼らの一番先頭にいるは、100メートルはある巨大な戦闘機。
 空母でもロボットでもない。白き装甲にカナード前翼と前進翼という組み合わせ、ありえないサイズを誇るそれは紛れもなく戦闘機であった。
 そんな巨大戦闘機の先端、丁度コクピットにあたる部分。風防(キャノピー)の真上に仁王立ちしている一人の少女がいた。
 揃えられた前髪に、背中に流れる癖のない艶やかな黒髪。どことなく気が強く、それでいて絶対の正義を約束させるような黒い瞳。


 そんな少女は、鎧を着ていた。
 だがその鎧はただの防具ではなかった。


 希望を乗せて銀河を駆ける黄金の脚。
 熱き想いを抱いて羽ばたく黄金の翼。
 何者であろうと退ける黄金の腕。
 全能を司る黄金のヘッドギア。
 金色の双頭龍の頭部を両肩に持つ、正しき怒りを胸部パーツに埋め込まれた緑色の(オリジン・)六角形結晶体(ガーディアン・ハート)に秘めた黄金の鎧を身に纏うその姿。
 神聖であり、見る者全てをひれ伏す威光。触れることすら禁忌を感じさせるその輝き。
 世界の運命を天秤に掛ける、神に最も近い存在たる守護なる天使。


 金色の守護天使たる少女は異外扉の神をまっすぐ見据える。

「ようやく見つけたわよ、邪なる異外扉の神! 今日こそあんたを滅ぼすっ!」

 異外扉の神も金色の守護天使を見据えた。

「ふん! 独立十二守護騎士団の副団長が自ら来たか! 騎士団長たる“金色の神霊守護騎士”がいないのは残念だが」
「お生憎様。団長は忙しい身でね。でも、あんた相手ならあたしでも十分だわ!」
「ふははっ! ならばその言葉を証明しろ! 妾を滅ぼしてみせよ!」

 両手を広げて挑発する異外扉の神。それに対し守護天使は応えた。

「行くわよ、メタトロン(・・・・・)!」

 守護天使の呼び声に巨大戦闘機が応える。

了解(ヤー)、マイマスター。ヌトセカームブル射出』

 巨大戦闘機の背部から4メートルはある巨大な板状端末が5基射出された。
 板状端末は高速で飛行し、異外扉の神の横を3基通過し、2基が斜め前方で停止。それぞれが所定の場所に着く。

『アンカー、所定の位置で固定。パス展開。ムナールビーム照射』

 板状端末ヌトセカームブルの各先端から緑色のビームが発射された。それは異外扉の神を狙ったものではなく、それぞれの射線上に位置するヌトセカームブルへと直線で繋がっていった。

「――ぬっ? これはっ!?」

 それは五本の直線。異外扉の神の視点ではたんなる線でしかない。しかし上空から見ればその形は五芒星となる。

旧神の印(エルダーサイン)!」

 ヌトセカームブルは空間縛鎖結界を形成するための端末であった。邪なる神々の動きを押さえ込むための限定空間を作るのだ。

「こんな紛いモノで妾を封じようなどと……っ?!」

 突如、眩い光が異外扉の神の視界に入った。よく見れば、それは守護天使が両手に持って掲げた大剣から発せられていた。
 発せられた圧倒的な光は白き空間を包む。
 苛烈だが暴力的ではなく、むしろ心が安らぐような、力強くとも優しき生命の輝き。

 瞳を灼く程の光。

 鮮烈を極める膨大な光。

 それは紋章であった。

 煌めくは十字星。

 全ての邪を滅し、全ての闇を否定する『善』なる神の証。

 そして光の中から――――金色の守護天使の祝詞が響いた。



「―――我が器。生命の樹において、ケテルの上部に立たん」



 ――― 一次拘束、『存在』……解除。

 ――― 二次拘束、『概念』……解除。



「―――我が魂。全ての存在の原因なき原因」



 ――― 三次拘束、『永遠』……解除。

 ――― 四次拘束、『無限』……解除。



「―――我が理想。知性で捉えられ、理解できるものではなく、あらゆる言語によっても言い表すこと不可能」



 ――― 五次拘束、『極無』……解除。



 だがこれでは終わらない。光がまだ足りないのだ。


 もっと。


 もっと。


 もっと。


 輝かせるために。




 故に、最高位の光をここに顕現させる!





「邪神よ! 光在るこの世界は、汝ら闇の存在を…………全否定するっ!!」





 ――― 最終零拘束、『神話』……全封印解除!






 神々しい威光を放つ黄金の剣。

 世界を断罪する裁審なる刃。

 全ての存在を全否定する十字星。

 それは『悪』を、そして『善』をも断つ無垢なる究極の存在。





 今、世界の流れの中心に彼女らが立っている。

 威風堂々と覇道の路にて、先頭に立つ金色の守護天使は叫ぶ。

 世界の理を排除し、世界の法則を無効化。

 理不尽にして不可侵なる正義の脅威。





 ――― 汝、闇を還す光なり。






 金色の守護天使は光の大剣を掲げ、大上段に構える。



「破滅せず! 消滅せず! 無に還れぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」



 光の大剣を真っ向から振り下ろし、その真名を叫んだ。







「―――標無い未来(アイン・)を導き(ソフ・)刹那にして(オウル・)無限なる光を紡ぐ(アンリミテッド・)永遠の神話剣(アエテルヌム)!!」







 全てを否定する閃光が、世界を灼く。


 それは切実なる生命の光。


 無限を超える祈りの光。


 絶望に屈しない勇気ある光。


 光が、白き空間を包み込む。





 ―――これは唄である。



 ―――のちに、真珠によって導かれ、全ての中心にして混沌たる泡沫の世界で戦う、



 ―――英雄達の御伽話。


29 :寝狐 :2009/06/04(木) 21:12:42 ID:m3knViuG

バリアントスチューデント 傭兵とメイドと銃

注:今回は完全シリアス展開です。いつもの四人組が登場しないうえに、スチューデントなのにギャグが無いという苦情は一切受け付けません。ご了承ください。




 ――今回届いた任務は、俺にとってやりにくいものだった……。



「んー、ストーク。何怪訝な顔してんだー?」
 PCの画面を見つける俺の横から顔を覗かせたのは、金色と赤という不思議な色合いのオッドアイをした少女、ヒナだ。その首には以前俺がバレンタインのお返しにとプレゼントした鳥かごと小鳥のトップがついたプチネックレスが身に付けられている。
「……それ、PMCからの依頼内容?」
 画面に映っていたテキストをさらっと読んだ……というより見たと言ったほうがいい、ヒナは送り主が誰かがすぐにわかったようだ。

 傭兵斡旋企業、通称PMC。それぞれの国が保有する軍隊とは別に、現役引退した軍人などを引き抜いて集めた民間運営組織だ。国の為に戦うのではなく、依頼主へのサービス提供を仕事としている。
 PMCには主に三種類に分けられる。
 一つは直接戦闘参加型。これは従来の傭兵に近いタイプだ。特定の政府組織や国と契約を結び、戦闘を専門とする実戦部隊を派遣し、実際の戦闘行為に参加する。……といっても、戦争区域の真っ只中に行く連中もいれば、警備・警護といった比較的直接戦闘の少ないのもある。
 俺がやっているのはこの部類だ。ただ、最前線に行って銃を撃ちまくるタイプではなく、単独での潜入捜査や要人警護の仕事を請け負っている。
 他の類としては、兵站・整備・物流請負型と戦略・戦術のアドバイザー及び地元兵員の訓練・教育業務型っというのがあるが、俺の担当ではない。

「見てのとおりだ。……というより、俺宛に送るメールの主は大抵決まっているだろ」
「そうだよなー。ストーク、友達少なそうだし」
 痛いところを突く。確かに俺は友人関係の繋がりは少ないが、現役傭兵時代でのコネで繋がっている連中はかなり多い。ただそういう連中は一緒に買い物に行ったり酒を飲みながら愚痴を言い合うような関係ではないが……。
「んで、今度の任務は長くなりそう?」
「あー、どうだろうな……」
 メールに書かれた簡単なテキストには毎度お馴染みの挨拶程度のことしか載っておらず任務の内容は書かれていない。万が一、部外者に見られてもいいようにテキストの数行下からは数字とアルファベットと記号が滅茶苦茶に羅列する暗号文で書かれている。もちろん軍人ではないヒナには解読はできない。
「2、3日もあれば十分だな。場所はこのあたりだし、ちゃんとここに帰ってこれる」
「そうかー! それはいいことだな!」
 聞いたヒナは俺が遠出をしないということに喜んでいるようだ。何故なら、偶に任務のために遠出をして数日家を空けることがあるからだ。
 今の家には俺とヒナしか住んでいない。以前までならルーもいたのだが、彼は今、何処かの財閥の保護を受けて“月にある月面基地”にいるらしい。
 詳しくは教えてもらえなかったが、なにやらワケのわからないプログラムの解析やらをやっているようで本人的には充実した生活を送っているとか。
「それじゃあオレは朝飯用意するから、ストークも早く来いよー」
 あぁ、と片手を上げて返事するとヒナはウキウキと部屋を出て行った。
 ドアが閉じられる音を聞いたのち、俺は画面に映る任務内容にため息をついた。
 ヒナが暗号文の解読ができなくてほんとに良かったと思う。今後暇つぶしに教えようかと思っていた気持ちも今回のことで辞めることにした。
「なんで俺のところに、暗殺依頼が来るんだよ……」


 ――添付された写真画像には、黒いロングヘアーに強気な目をした少女が写っていた。



 ……………
 ………
 ……
 …
 二日程度の簡単な調査のあと、涼しい微風を吹かす早朝の青空の下、俺は双眼鏡を覗き込みながらとあるビルの屋上にいた。
 未だ建設中だったにも関わらず、最近の不況の影響で倒産して途中破棄された無人ビル。壁もコンクリがむき出しでところどころに金属棒が飛び出している。俺がいるこの屋上も中途半端に作られているせいでずさんに置かれた鉄骨が所々見受けられた。
 その屋上から俺は豪華でかつ大きな屋敷が見える方角にいた。距離は2000mほど。ちょうど入り口が正面を向いている。
 俺の横に置かれているのはボルトアクション式のNTW−20/14.5。14.5×114mm Russianを使用したアンチ・マテリアルライフルだ。
 ここから狙撃を行う。目標はこの間送られてきた写真の少女。
 暗殺。簡単にいえばそうなる。PMC要員の中には、各国の特殊機関に所属し暗殺や人権抑圧などのイリーガルな活動に従事していた者も少なくない。だが、俺は何処の機関にも所属していないし、する気もない。簡単な潜入任務やら調査、多少のドンパチはあっても相手はどこぞのマフィア系ばかりであった。
 古着のジャケットの胸ポケットに入れていた写真を取り出し見る。暗号メールに添付されていた画像をプリントアウトしたものだ。写っている少女はどう見てもマフィア系には見えない。むしろどこぞのお嬢様系だろう。何故こんな少女が暗殺されなければならないのだろうか?
 もちろん任務依頼の暗号文にはその理由やらなんやらが書かれていた。本来なら断りたいものであったが、同業者仲間に相談したところ嫌な噂を聞かされた。

 曰く、この任務の依頼主は何処かの国家元首らが集まる謎の集団である。
 曰く、断れば身内や身近な知り合いが殺され、嫌々無理矢理にでもやらされる。

 何の迷信だ? と俺は疑った。しかし、この任務は実は既に何人ものの凄腕PMCが担当したことがあり、その全てが失敗に終わっているという。その原因はというと。

 曰く、少女は殺しても死なない。

 ……さすがに俺もそれは笑えなかった。否、ある意味納得してしまった。なぜならその少女は……。

「天使様じゃあ、死なないよな……」
 少女の名は、天璽久魅那。駄菓子から宇宙開発まであらゆる事業を営む巨大財閥であり、この国の内閣総理大臣である父にもつ天璽財閥の現当主にしてご令嬢。世界トップの資産家。そしてもう一つの姿は世界征服を企む悪の秘密結社AGAG(アガク)から人類を守る正義の味方、守護天使エリヤである。
 表の世界でも裏の世界でも有名な彼女を、俺は今から暗殺せねばならんのだ。こんなご大層な天使様を暗殺依頼するなんて、おそらく噂どおりのどこぞの国のお偉いさん集団であるのは間違いない。
 ホントはこんな依頼断りたかった。しかし噂どおりならヒナに危害を加えられるかもしれない。俺はヒナを天秤にかけたくないから依頼を承諾した。既にご大層な前金は頂いている。うまく仕事が片付いたら、俺は世界からお尋ね者になりかねないだろう。その時はヒナと一緒にルーがいる月にでも行きたいもんだ。
 そんな先の見えぬ未来を考えていたら、ずっと睨めっこしていた双眼鏡に狙うべき目標が姿を現した。
 玄関口である大きな扉から外出着のお嬢様と銀髪のメイドが出てきた。メイドの名は確か、玖南・ペガリムといったか? 天璽久魅那に仕える専属メイドで彼女が生まれる前から天璽財閥のメイドをしているという情報だが、どう見ても外見上では20代前半の歳にしか見えない美女だ。メイド服のうえからでもハッキリとわかる大きな胸がそこらの男達の視線を釘付けにするのは間違いない。ヒナやパメラと比べたら月とスッポン。水着対決でもさせたら異常なまでに落ち込む二人の姿が頭に浮かぶ。だが俺は別に巨乳属性なんぞではないということはあえて言っておこう。
 ……さて、情報が確かならばメイドの歳は最低でも30代後半が限度だろう。しかしそうは見えない。整形しただとかそういった類の話は聞かない。昔の写真とか媒体のある証拠があればわかるのだが、何故かあのメイドに関する情報は名前以外ほとんど無かった。噂では住民票すら無いとか、そもそも人間でないとか眉唾な噂は絶えない。天璽財閥の力があればそんなの消せるのだろうが……情報が間違っているのだろうか?
 だが俺は謎のメイドの正式年齢やら正体を知りたいわけではない。目標はあくまで天璽久魅那だ。
 天璽久魅那の容貌はメイドに劣らぬ美少女であった。艶のある長い黒髪、まっすぐ前を見つめる強い意志を持った瞳、ほっそりとした体躯の上に同年代の女性よりも出る所は出ていてグラビアアイドルとしてもいけるだろう。実際、いくつかの雑誌で彼女の特集が組まれて水着姿などを披露していたのを覚えている。……以前、ヒナがその雑誌を買ってきて俺に見せて「こういう女の方がストークは好みなのか?」って聞かれたことがあったがためであって、決して俺が雑誌を買ってきたわけではないという弁明はしておこう。
 屋敷から目標が出たのを確認したところで、俺は急いでうつ伏せになり、NTWを構える。
 アンチ・マテリアルライフルは本来は対物目標に使用されるものであるが、長大な射程距離は敵のアウトレンジより攻撃できるため、時として対人狙撃に使用される。しかし、その強力な衝撃力からあまりにも非人道的として国際法上から問題視され禁止されていた。
 だが俺はあえてこれを使わせてもらう。調べてみてわかったことだが、これまで同じ依頼を受けた連中の中で狙撃“だけ”は成功した奴もいたらしい。しかし目標の彼女は死んでいない。なぜか? その理由は俺にもわからない。しかし普通の狙撃銃では無理だと判断した。だからこそ、確実性を求めてこの非人道的なアンチ・マテリアルライフルをわざわざ用意したのだ。
 当たれば被弾した部分は確実に吹き飛ぶ。それほどこのライフルの衝撃は凄まじい。彼女とメイドには気の毒だが、俺は“これは仕事だ”と己に言い聞かせ、ボルトを引いて弾を装填した。
 一発目を外せば二度目はないだろう。目標の天使様はそこらのお嬢様風情とは違って戦い慣れしている。どの国の軍隊でも敵わない改造魔人や改造人間を扱う秘密結社AGAGと幾度も単身で戦っているのだ。情報では天使の姿にならなくても生身の腕で俺の周りにある鉄骨なんかを捻じ曲げるほどの腕力を持っているらしい。人間の体なんて紙みたいに引き千切られそうだ。想像しただけでぞっとする。
 目標は未だ玄関の所でメイドを話をしていた。彼女はこれからこの日本国から離れ、太平洋の彼方にある巨大大陸サモンジ藩国の首都カリスタへ向かう。何やら最大手の自動車会社の経営問題で当主自らが出向くらしい。
 そういう事情で早朝から空港へ向かうという情報を、俺は事前に入手してこの場所に昨夜から張ってたのだ。
 早朝故に周囲に人気は少ない。元々天璽家の屋敷は広大な土地の上にあるので、玄関から敷地の入り口までの距離も多少ある。だが驚く無かれ、この屋敷はあくまで別荘らしい。天璽久魅那と専属メイドだけが住んでいるようで他に住人はいないとのこと。その親や他のメイドやらが住む本宅はこことは別の地域にあるらしいが、詳細は不明だ。
 簡単な話は済ませたようで二人が移動を始めた。本来なら話をしていたときの立ち止まっている状態を撃つべきだっただろうが、ちょうど俺から見て横向きになっていたがために撃てなかった。体を横にされると当てる面積がかなり減るので確実に当てるならば、やはり正面か背後を狙うべきだろう。
 敷地の入り口である大きな門を潜りぬけた所で再び二人が止まった。ここでメイドの見送りが終わる。目標とメイドが僅かな距離を置いて数度会話を交わす。ちょうど目標は背中をこちらに向けている。
 撃つべきタイミングはここしかなかった。ここを逃せばチャンスは無い。
 NTWのスコープをずっと覗き込んでいた俺はトリガーに掛けてる指に僅かな力を込めた。照準線(レティクル)は彼女の後頭部に狙いを定めている。背中という面積の広い心臓部を狙った方が命中率はいいだろうが、確実に死ぬという保障はない。今の時代、骨格や内臓に皮膚やらは人工物という代理が利くが脳みそはそうはいかない。吹き飛べば確実に死は免れない。

 「……すまんな」


 それはこれからする行為への謝罪だったのか、無意識に紡ぎ出た言葉と共に、トリガーが引かれた。
 でき得る限りの消音措置はしていたが、さすがに50口径弾の発射音は空へ響いた。
 レティクルに写る少女の後頭部が弾ける。……一瞬、こちらへ振り向こうとしたと見えたのは気のせいか?
 少し離れていたメイドの目の前で少女の血や脳漿が飛び散る。突然のことにメイドの動きが止まっていた。それもそうだろう。今しがたまで喋っていた相手の頭が吹き飛んだのだから。
 頭部を失った少女の体が倒れる。鮮血が吹き、地面を赤く染めた。

 俺の仕事は終わった。これまで誰も成しえなかった任務をここで終わらせた。
 レティクルに写る少女の死体を確認したので急いで引き上げようとレティクルから目を離そうとした寸前、俺の視界にありえないことが起きていた。
 天璽久魅那の突然の死に、メイドは気絶でもしたか悲鳴を上げたか死を受け入れずに死体を起こそうとするかと思っていた。以前までの現役傭兵だった時代でも仲間の死を目の前にしてそうなってしまう連中はごまんと見てきたからだ。
 だが、今起きているその状況は、どの例にも当てはまらなかった。


 まるで、これからナイフを突き刺しに行くかの如く。


 ――メイドが、はっきりと、俺を見ていた(・・・・・・)


「――っ!?」
 ありえない。彼我の距離は約2000m。いくつものビルが立ち並ぶこの周囲から、狙撃場所を確認したどころか、レティクル越しではあるが、確実に俺をまっすぐ見るなんて!
 傭兵時代に鍛えられた生と死に関する第六感ともいうべきものが反応した。ここにいたらマズイ。すぐさま逃げないと。
 しかし、既に遅かった。撃ってから未だ5秒にも満たない僅かな時間の間に――
「……がっ!」
 レティクルから目を離し、うつ伏せから起き上がろうとした背中にドンッと凄まじい勢いをつけて何か重いものが圧し掛かった。コンクリの地面に顔をぶつけるのと同時に背中の心臓部と後頭部に何か冷たく硬いものが押し付けられた。


お嬢様(・・・)撃って(・・・)おきながら、タダで帰れると思って? ……このクソ野郎(ファッキン・シット)が」


 頭上から声が聞こえた。おそらく背中に乗っかっているものは足、突きつけられた二つは銃だろう。
 お嬢様という単語から、相手は今しがたまで約2000m先にいたはずのメイド。だが何故だ? 彼女は数秒前まで向こうにいたはずだ。どうやって僅かな時間にここまで来れた? ありえない。
 相手の姿は見えなくとも殺気がはっきりと伝わってくる。おそらく先ほどまでの美女の笑顔は今、鬼の形相になっているのだろう。クソ野郎という単語が出る時点でそれはわかった。……しかし、メイドの言葉に俺は若干の違和感を感じた。なんだろう?
 消えぬ違和感、暗殺後のメイドのありえない移動、信じたくない暴言もあるが、そんなことはとりあえずどうでもいい。
 俺が一番恐れているのは、己の死だ。
 突きつけれている銃の種類はわからないが、この零距離ならばデリンジャーであっても死ぬ。……いや、背中越しに僅かに伝わる銃口からして大きい。たとえすぐさま病院に駆け込まれても手の施しようがないぐらいの惨事になる。
 ギリッと俺は奥歯を噛み締める。こんな状態では何もできない。抵抗しようにもどれだけの圧力を加えられているのか、身体がビクとも動かないほど押さえつけているメイドの足が邪魔で動けず、僅かでも両手を動かそうものなら即効で撃たれそうな銃口の押し付けの痛さ。
 はっきり言おう。絶体絶命のピンチというやつだ。
 これが漫画やアニメなら何処からともなく正義の味方さんが助けに来てくれるだろうが、生憎、その正義の味方さんを俺は今しがた撃ち殺したのだ。そうなると俺は悪の手先という役割だろうか? 傭兵に正義も悪もないが、この状況ではそんな感じだろう。
「……貴方は一級魔人の私の足元にも及ばない貧弱一般人。その一般人が一級天使のお嬢様に対してクソな弾を撃ち込んだことで私の怒りが有頂天になりました。この怒りはしばらくおさまる事を知りません」
 何やらワケのわからないことを言っているが、怒っているということだろう。
 普通の奴ならここで命乞いとかするのだろうが、俺は何も口を開かなかった。恐怖のあまりとか諦めたとかではない。何故か納得してしまったのだ。こうなる状況を。
「死ね、クソ野郎」
 終わった。次の瞬間にも引き金は引かれ、俺は無様な死体となるだろう。
(……すまんな)
 それは誰に対してだったのか、無意識に俺は内心呟いていた。メイドに対してか? 死んだ天璽久魅那に対してか? それとも、もう会えないヒナに対してだろうか?
 そんな思考も大きな二つの銃声と共にすぐに消える。




 ……ハズだった。


「――待ちなさい! 玖南!」


 振り下ろされた筈の死神の鎌が、俺の首を狩る寸前で止められた気がした。
 何が起きた? 突然現れた第三者の声がメイドが引こうとしたトリガーを止めさせたようだ。おかげで殺されずに済んだわけだが、誰だ?
「……よろしいのですか? お嬢様(・・・)
 今、なんと言った? お嬢様……だと……?
「ええそうよ。だから玖南、今すぐ彼を放しなさい」
 背中にかけられた重みが消えた。同時に後頭部と心臓後ろに当てられていた銃口も離れる。
 メイドが後ろに下がる音を確認してからゆっくりと俺は立ち上がった。
 俺の前に立っているのは、未だやりきれない目を向けているメイドと――。
「アンタね? 人の頭を撃った暗殺者は……」
 先ほど俺が殺したはずの、天璽久魅那がそこにいた。
「天璽久魅那……何故お前が生きている!?」
 そうだ。確かに俺は彼女を撃ち殺した。ちゃんとこの目で見たはずだ。首が吹き飛ぶのを、首無しとなって血を吹かせながら倒れたのも。
 あれは偽者だったというのか? 世界一の資産家ぐらいなら影武者を用意していてもおかしくは無い。
「あー、あれ? 確かに痛かったわー。飛行機の時間のことを考えてたからすっかり気が緩んでたわね」
「確かに。久々の暗殺者だったもので、私もびっくりしましたわ。いきなりお嬢様の頭が吹き飛ぶんですもの」
 けらけらと笑う二人。まるでTV番組のどっきり企画に騙されたあとのような会話だ。
「頭を吹き飛ばされたのはこれで二度目だわ。前回は戦車砲(・・・)だったからこっちはまだマシな方かしら?」
「……あらお嬢様。それはいつの話ですか? 私知りませんが……」
「えーと、たしかあれは……。―――っ!」
 急に天璽久魅那が頭を押さえた。まるで頭痛でも起きたかのように。
「お嬢様!?」
「……あー、うん。大丈夫。ちょっと頭痛がしただけよ。……何でだろう? 確かに戦車砲で頭を吹っ飛ばされたのは覚えてるのに、いつのことだったか思い出せないわ」
「記憶に障害が? ……でも、私すら知らないことがあるなんて」
 二人して「うーん」と悩んでいるようだが俺には関係の無い話のようだ。
 そしてふと気づく。メイドが両手に持っている銃。右手にはモーゼルM712をカスタム化させたものと、左手にはマテバをカスタム化させたものがあった。
 自動拳銃と回転式拳銃というありえない組み合わせの二丁拳銃である。しかもよく見れば二丁とも口径がデカイ。パッと見ではあるものの、モーゼルの方は50口径、マテバの方は46口径ぐらいだろう。片方でも脅威なのにそれが二つ、俺の頭と心臓裏に狙いつけられていたのだ。はっきりいって洒落にならん。
 女で大口径ハンドガンを扱うなんて無理がある。男ですら素人が撃つと反動で肩が外れるというのに、このメイドは片手ずつ、しかも別々の銃を扱っているのだ。正気の沙汰ではない。しかも、ただの脅し用の飾りではなく、どうみても扱い慣れている様子がまた恐ろしい。
「……あ、お嬢様。お洋服が血だらけですわ」
「うわ。ほんとだ。さすがにこれじゃあ外を出歩けないわね。玖南、あとで別の服用意して」
「はい。かしこまりました」
 彼女の血だらけ服を見て俺は確信した。間違いない。俺が撃ち殺したのは目の前に立っている本物の天璽久魅那だ。だが何故生きている? 肉塊になったはずの頭部はどうした? 未だ謎だらけの状況に俺の思考が追いつかない。
「……とりあえず、玖南?」
「そうですね」
 何やらアイコンタクトでも交わしたのか、用件を言わずにも理解したメイドがスカートをたくし上げてレッグホルスターに二丁拳銃を納めると、つかつかとこちらに歩いて俺の横にあるNTWを手に取る。この時、スカートをたくし上げたのを見て思わず顔を背けたのはいうまでもない。だが黒いガーターベルトは魅力的であった。
「これはもう、必要ありませんよね?」
 俺が何かを言う前に、メイドはその手に持つNTWの銃身をあろうことか、180度に捻じ曲げた(・・・・・)。しかも、片手(・・)で。……念のために言っておくが、メイドが持っていたライフルは本物であり、どんなに筋肉質な男でも片手で捻じ曲げることなんて不可能だ。
 天璽久魅那が片手で鉄骨を捻じ曲げるとは聞いていたが、まさかメイドまで同じ芸当ができるなんて聞いてないぞ!
 噂にあった“人間ではない”というのは本当なのかもしれない。ホントに何者なんだ? このメイドは!?
 もはやただのガラクタとなったNTWを地面に落とすと、メイドは然もすっきりしたかのような満足げな顔になっていた。
「さーてと、それじゃあ帰ろうっか、玖南」
「あ、お嬢様お待ちください。念のため精密検査をしませんと」
「えー? 必要ないって。ちょっと頭が吹っ飛んだだけだし」
「普通の人からすれば頭が吹っ飛んで生きている人はいません。それに先ほどの会話からして記憶障害みたいなことが起きているようなので、一度はちゃんとしませんと」
「ぶー! ぶー! どうせ普通じゃありませんよーだー」
 天璽久魅那が抗議をすれど、メイドはそれを却下してポケットから取り出した携帯電話でどこかへ通話し始めた。
「……あ、パメラさんですか? 大至急、お嬢様の精密検査をしてほしいのですがー。……はい。頭部をアンチ・マテリアルライフルで一発ドカンと吹き飛ばされて。……あー、はい、そうですよねー。普通死んでますよねー。まぁ、かくいう私も頭だろうが心臓だろうが吹き飛ばされても普通に生きてますけどねー。……はいはい。嘘じゃないリアル話を言われても冗談にならないと。わかっております。……はい。もちろん予約外診察なので別料金もお支払いします。……はい。いつもの口座にですねー。わかっております。……?」
 何やら物騒な会話が聞こえたが無視して、俺は聞き覚えのある名前に反応して、右手をメイドの前に差し出した。別に握手を求めているのではなく、メイドに触ろうとしているのではなく、その携帯電話を貸してくれというアクションだ。
 メイドもそれを理解したのか、「少々お待ちください」とだけ相手に伝えて俺に携帯電話を渡してくれた。
「……パメラか?」
 もはやその一言だけで相手に全てが伝わったようだ。僅かな間のあと、受話器越しに盛大な声が聞こえた。
『ストーク! あなた馬鹿!? よりにもよってあなただなんで! 誰を撃ったのかわかってんの?! 殺す相手をちゃんと考えから依頼を受けなさいよ! あー、もう! 言いたいことは一杯あるけど、とりあえず死んで詫びてヒナの所へ帰りなさいっ! 天璽さんが心広い方だからまだ生きているようなものだけど、ほんとなら遺骨の欠片も残してくれないのよ! わかってるの! ストー……』
 思わず通話を切ってしまった。あれだけヒステリックに叫ぶパメラの声は初めて聞いた気がする。……あとパメラ。死んで詫びたら帰られないだろ?
 とりあえず感謝の言葉を言いながらメイドに携帯電話を返す。
「……お知り合いでしたんですか?」
「……ちょっとな」
 いろいろ検索されそうだが、ここは曖昧に答えておこう。どうせパメラがあとで俺のことを喋りそうだし。


 …………
 ……
 …
 その後、平和維持調律局ウルム・アト・タウィルにでも拘束されるかと思ったのだが、天璽久魅那は俺をこのまま何事もなかったかのように帰すと言い出した。
 さすがの俺でも驚きを隠せなかったのだが、本人曰く、「人間相手なら何があろうとあたしは平気だし」と笑顔で返答された。……つまり人間では彼女を殺すことは不可能だというのか? どうやらこの守護天使を殺すには神か悪魔でも無い限り無理というわけだ。
 こうして晴れて俺は解放されることになったのだが、その前にメイドから俺に依頼を寄こしたメールを見せてほしいと言われた。データは家のPCに入っているからすぐには無理だというと、メイドは家の住所さえ教えてくれればいいと言って住所を教える羽目になった。……まさかハッキングでもされるんじゃないか?
 もう用済みだということで俺は風が吹き込むビルの屋上から去ることにした。
「……ところで」
 数歩のあと、俺は最後の疑問を解くために、一度だけ振り返る。
「玖南・ペガリム、だっけか? お前、何者なんだ?」
 暗殺後のありえない移動。二丁拳銃の慣れた手つき。ライフルを片手で捻じ曲げる腕力。どれをとっても普通の人間には見えないその女に、俺は質問した。
 だがその女は笑顔で一言、こういった。

「――メイドです♪」





 ――閑話


 …………
 ……
 …
「……あ、毒蟲先生ですか? 玖南・ペガリムです。先日依頼した、例の暗殺依頼メールの件ですが……。はい。やはり、PMCからの正式な依頼どころか出所不明のものでしたか……。本社のデータベースにも無かったと? 衛星システムの方はこちらで調べましたがそれも……。もはや直接彼のPCにメールという形で入れたとしか……。メールの内容ですが、彼の話ではいろいろ噂もあったそうなので裏を取ってみたしたが、そのような事実はなかったそうです。彼が嘘を言っていないことはこちらで証明できますが……。情報操作どころかその噂の出所も不明で、彼がいつその情報を知ったのかも本人が覚えていないそうで、いつの間にか“記憶としてあった”ということなんです。記憶の刷り込み。もしくはこの世界の……。いえ、こちらの話です。……ありがとうございました。引き続き調査をお願いします。……はい。依頼料の振込みはいつもの口座ですね? ……はい。それでは〜」

 ピッ。

「……謎の暗殺依頼。それにお嬢様の検閲されている記憶情報。もしかしたらこの“偽りの世界”の歪みが……彼女(・・)が動き出したというの?」


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.