銀河営業伝説


1 :有賀統一郎◆xHAzcuAm :2007/08/09(木) 04:18:26 ID:P3x7kkWJ

 安直も糞もないタイトルですね。
 銀英伝ファンの方、申し訳ありません。


2 :有賀統一郎◆xHAzcuAm :2007/08/09(木) 04:19:28 ID:P3x7kkWJ

五分の価値は

《お〜、我等が栄えあるアルムスター。アルムスター重工〜♪》
 地獄の亡者共が天に向かって謳う賛美歌のような陰気さを伴うアルムスター重工社歌が鼓膜を揺るがし、今日も朝から機嫌が悪い。
 浮遊エレベータが目的階に停まり、ドアを鼻の先に控えたヒューは、背後から押し出されるようにして人の波に揉まれながら転がり出た。
 一面象牙色の廊下を意気揚々と左右に散っていく社員達の背中を寝ぼけ眼でぼんやり眺め、次いでその視線を眼前のスモーク張りのガラスドアに向けた。
 銀河標準文字のアルファベットでこう記されてある。
 第十六営業課。
 出し抜けに頭上のスピーカーが爽やかな女の声で喋る。
『おはようございますぅ。ヒュー・オールストン社員。今日もぉ一日元気に頑張りましょうね』
「はい……」
 生気の失せた声で返事をする。
『ドアが開きまぁす』
 スピーカーは媚びたような口調でそう言い、音もなくガラスドアが左右に開く。
 廊下に満ちていた静寂が消え去り、室内の喧噪が流れ出してきた。
 その騒がしさの一言一句が全身の皮膚を這いずり回り、ただでさえ底を尽きかけている気力を吸い取っていく気がした。
 目を擦りながら入室すると、背後で『ドアが閉まりまぁす』との声がして、そして多分ドアが閉まった。
 重い足取りで自分のブースに向かっていると、行く手を阻むようにして、横の一際大きめのブースから長身の女が歩み出てきた。
 ヒューは足を止め、女を見た。
 紺のスーツを完璧に着こなし、いかにもキャリアウーマンですといった風の容姿。肩胛骨の辺りにまで伸ばしたストレートの黒髪には枝毛が一本も無いと思えるほどに整えられている。そして眉の上で横一直線に切りそろえられた黒髪の下には、やや怒りを帯びた仏頂面。視力矯正技術が発達した現在では絶滅危惧種となっている眼鏡が――しかも厳めしい黒縁付き――尚更その表情の印象を強くさせる。
「五分前」
 彼女は静かにただ一言、そう呟いた。
「……すいませんです」
 うなだれながら、腕時計を見る。
 十時五十八分。
 彼女――第十六営業課を統率するエステル・カミュ課長の命によって、課内では五分前行動が定められている。五分前行動、と言うが、実際には五分前には仕事が開始できる状況にあれ、ということであり、始業時刻が十時だから、遅くとも九時五十五分にはブースの中に入っていろ、ということになる。
 しかし、あくまで彼女個人が下した規則であって、先ほどのエレベータの盛況ぶりが示すように、この第十六営業課に限られた規則なのだ。
 朝の貴重な五分を彼女の個人的方針によって費やされるのは喜ばしいことではないが、守らなければ評価が下がり、昇進昇給賞与に影響が及ぶことになるからしかたがない、とヒューも考えているのだが、しかし今朝のようにしばしば始業時刻ちょうどを基準に身体が動いてしまう。
 鬼課長に気付かれないように嘆息し、うなだれたまま視線だけを彼女の顔に向ける。
 眼鏡の奥の瞳は、まだ怒りの光を帯び、ヒューに向けられていた。
「あの……」
 身を竦めながら、おそるおそる口を開いてみた。
 いつまでそうしているつもりなんですか? という言葉が喉の奥に止まったまま出てこない。
「今日で七回目。後三回で罰則。心得ておきなさい」
 平静な口調ながら叩き付けるように課長はそう言い、軍人のような身のこなしできびすを返すと、自分のブースに帰っていった。
 一人残されたヒューは、胸に溜まった空気を一気に吐き出し、自分にあてがわれた二メートル四方の仕事場に向かう。
 遅刻――いや、遅刻ではないが、後三回……後三回もある、と考えるべきなのか、もう三回しかない、と考えるべきなのか、悩みながら歩を進めた。
 課長は朝の五分の価値を理解していない。
 いつもならば三十路前の行き遅れ、などと毒づくところだが、今朝はその気力さえなかった。
 崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした時、始業のチャイムが鳴った。


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