ForTis


1 :岩田知 :2007/07/30(月) 11:18:00 ID:ocsFWnu7

 ごくん、と全く全然これっぽっちも味気の無い音を立てて僕の肩はあっさり抜けた。
「あ、ああァァァッッッ!!!」
 自分でも信じられない声が口から吐き出される。
 悲鳴なの絶叫なのか、雄叫びということはまず有り得まい。
 突如顔面に何かが飛び込んできた。
 ごぎゅん
 膝が顔面に捻じ込まれる際に発生した効果音であったらしい、鼻骨が圧し折れる音と同速度、秒速にして約1400mの衝撃が脳幹を貫通する。立ち位置としては左か
 顔面にめり込んだ膝を手探りで掴みそのまま抱えて振り回す、ふと抱えた腿が軽くなったと同時に臍の辺りに何かが突き刺さった。
 前蹴りだろう。
 それもローファーの爪先を使った豪華品だ。
 下腹部の内臓がパニックにより弛緩してしまったのか股間の辺りが暖かくなり 唾液腺から涎が大量に湧き出してくる。既に痛みすらない。
 眉間に膝が入ったおかげで前が見えない。
 抱えていた膝をひっくり返してアキレス腱を捻る。
 手応えはあったが直ぐ抜けられた。どうやら指に力が入ってないおかげであっさり外されたらしい。
 そういえば右肩、外れてるんだった。そりゃ力が入らなくて当たり前か。
 苦し紛れに踏み蹴りを打ち込む。足首を前から踏み割るケンカ用のやつだ。
 ざり
 ブーツの踵に何かが掠める。なんだ相手の脛か
 くそ、目の前がちかちかする。
 ある程度視界が回復して前を見据えるとやつは3mくらい後ずさっていた。
 冷静だな。
 腹ン中で悪態を吐く。悪態以外の何かも一緒に吐き出しそうだ。
 落ち着いて深呼吸、ひとつ、ふたつ、みっつ。
 鼻の中は鉄の臭いで充満している。前歯もぐらぐらして気持ち悪い。
 左手で自分の右の二の腕を掴んでみる。そのまま見様見真似で入れてみた。
 ごぐん
 右は何度か外したことがあるから案外あっさりはまったが当然ながら痛いものは痛い。大体自分ではめるのは初めてだ。
 ちゃんとはまっただろうか。
 指は動く。力は入らない。肘を曲げてみる、やはり力は入らない。多分1週間は使い物にならないな。

 痛いな。
イラつく。
 意識が鮮明になる。記憶ももどる。何をやられたか思い出した。
 多分あれは
 差し受けか。肘裏とか、腋とか脇腹とかを殴って突きを止めるあれか。恐らくあれの  変形だ。
 僕の右を左の差し受けで捌いた後、脇の下に拳をつっこんでそのまま肘裏で締め上げたんだろう。
 そのまま懐に入って僕の方を捻りあげたのか。
 なるほど。そしたら得心がゆく。
 それから僕の体を落として脇固めに移れば前のめりにできるはずだ。そこから膝だろう。
 くそ、うまいな。
 僕よりも数段は巧いじゃないか。
 眼がまだちかちかする。相手の姿は見えているはずなのにちかちかが邪魔して表情が 分からない。
 笑っているのか、
くそ、
嘲笑っていやがるか。

 殺してやる。
 眼ン玉に指ィ突っ込んで脳味噌掻き回してやる。
 地面に後頭眼一杯叩きつけて頭ン中撒き散らしてやる。
 腹ァ踏み潰して糞ひり出させて、そっから腹ン中蹴り潰してやる。
 
先ずすっ転がして思う存分ブン殴ってやる。
僕がやるべきことはそれからだ。
自分でも何を言いたいのか分からないような鳴き声を上げて、僕は前傾姿勢のまま踏み込んで行った。


2 :岩田知 :2007/08/21(火) 23:53:36 ID:ocsFWnu7

 目を覚ますと、そこは病院の個室だった。
 あの晩、殴り合いになってそのまま負け、気を失っていたことを思い出す。
 倒れた俺を見て相手が通報してくれたのか、それとも倒れてる僕を見つけてくれた善意の人が救急車を呼んでくれたのか知らないがどうやら入院させられたっぽい。
 個室なのは何でか気にならんこともないがとりあえず無視。
 どうせ親の金で治療費払われるんで僕が今更気にすることでもねぇのである。
 後が怖くて怖くて仕方が無いのも無視。無視ったら無視。

 嘆息。

 さっきから見上げてたシミひとつ無い、清潔な天井を見て一句。
「殴り合い 負けて眺めし 桜かな」
 いやはや、三階の窓から見る満開の桜は絶品ですよ奥様。ハハハ、人がゴミのようだー。
 我ながら中々ハイな気分であります。この腹とか顔とか腕とか脚とか首とかの痛みさえなけりゃな。チキショウ。
「あー、ヤニ吸いてぇー」
 愚痴る。人間ヒマだとこういう頭の悪い欲が沸いて出ちゃうのだ。
 2年前から絶っていたニコチンとタールの臭いが恋しくなる。喫煙はあなたの健康を損ないます。吸いすぎに注意しましょう。
 もうちょっとタバコの警告文は具体的に書いたほうがよろしいのではなかろうか?
 アメリカとかかなりリアリティあって吸いたくなくなりますぜ?
 でもちゃんとタバコが売れてるあたり割と警告文読まない人って多いのかしら。
 僕とか。
 そーだよな、タバコって臭いけど癖になるんだよなー、止められないんだよなー。
 こういう妄想をしてたら本当に喫煙したくなるので思考停止。素晴らしき思ひ出に浸ることにする。

 それにしても昨日のケンカは傑作だった。
 いやはや。僕も一応それなりに喧嘩できる方だと自認してたし勝てなくても精精腕一本くらいは持っていけるかなとか自惚れてたけど。
 なんとびっくりしたことに当たったのはたった三手。掠ったのとかを考慮しても二ケタに届かないんじゃなかろーか。
 大してこっちは腕は外されるわ鼻は潰されるわ首痛めるわ足は折れるわ失禁はするわ口ン中ズタズタだわの超大出血セール。フィジカルな意味で。恥の切り売りそのものだよチキショウ。
 幸いどれも全治二ヶ月を超えるような大怪我はしていないので一月弱入院したら退院できそうな気もしないわけではないがやっぱり二月もまともに練習できないとなるとやっぱ腕は鈍るわけで。
 鈍刀が錆びると益々斬れなくなっちゃうわけで。
 その、なんだ。侘し過ぎる。
 これ以上弱くなっちゃうのかよ、僕は。
 あー、軽く欝になってきた。
 本当に一服やりたい気分だ。持ってないけど、タバコ。
 今吸ったら確実に眩暈がするな、吐き気も催すな。うん、止めておこう。そう自己暗示して病院のベッドに身体を預ける。
 足が吊り上げられたままなのが気持ち悪い。
 まだ頭がガンガンするのでガマンして目を瞑り、意識を空に溶かす。時間は午前十時半。昼飯までまだまだあると思うので大人しく二度寝に勤しむとする。
 なんつったって頭痛の特効薬は睡眠だし。
 次に目を覚ましたときこの痛みが和らいでいることを祈って眠りにつくとしよう。


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