ピジョンブラッド・2日目


1 :akiyuki :2007/11/08(木) 20:27:53 ID:VJsFrmQG


 この作品は数年前に異龍闇氏が企画し、間宮蛍氏によりキャラクターデザインが行われて、akiyukiがノベライズしたものです。

 初めて目にされた方には『ピジョンブラッド・一日目』を先にお読みいただくことをお勧めします。
『ピジョンブラッド』http://novel.colun.net/forAtoHM/

 あらすじ
 『星』と呼ばれる隕石が落ちて壊滅した町ミシマ。
 そこには午後十時きっかりに現れて、夜明けになると消える化け物『敵』がすむようになった。
 人々は巨大な壁をつくりミシマを隔離したのだが、まだ生き延びていた人々も一緒に閉じ込められてしまい、その事実は秘密にされた。
 主人公である女子中学生、佐藤つぐみはミシマで行方不明になった姉の消息を知るために単身壁を乗り越え内部に侵入する。そこで出遭ういろんなピンチ。
 人を襲う化け物『敵』 敵と戦う『遊び人』 心荒み襲い掛かるミシマの住人 つぐみを捕獲しようとする『国家権力』
 そして最後に出会ったのは、赤い瞳をした謎の青年。
 彼こそは、ミシマに生き残る人々に『午前零時に現れ、どんな願いもかなえる遊び人』と噂された男、ピジョンブラッド(本人自称)だった。
 『敵』に襲われ血塗れになりながらも、つぐみはピジョンに「自分に関わった人間が傷つくのは見たくない」と願う。
 そしてその願いを叶えるため、ピジョンはつぐみを抱きかかえピンチを打破した。 

 結局姉探しの手がかりは何も見つからないまま一日が過ぎてしまった。


2 :akiyuki :2013/01/26(土) 23:06:57 ID:P7PitFPLL7

夜明け前


 終わらされた町『ミシマ』

 昔から製紙工業が発達し、今では住宅開発も進んでいたその町の北側に、公園があった。
 町の真ん中にそびえた小山のふもとを開拓し平定させた運動公園。
 公園建設の出資が宗教団体であったためか、なだらかな丘を中心としたその空間の真ん中には、『教会』があった。
 古ぼけて、ぼろぼろになった建物。
 それが教会であることを示すものは何もない。
 十字架は剥がれ落ちて、後から木の棒を十字に結びつけたものを屋根に突き刺してある。
 ステンドグラスも割れて、ダンボールで塞いでいるほどだ。

 『星』が落ちたときの衝撃。
 『敵』の騒ぎ。
 そして、パニックになった人々の暴動で、『教会』を含め、ミシマ第三地区は酷い有様になった。
 死人であふれ、治安は乱れ、安全を求める人々はその地区を去っていった。
 けれど、逃げない人間もいて、この地区は人々から奪うことで生活する者と、抵抗する者だけが、残っていった。
 
 たくましく、皆が生きていて、そしてここには教会と呼べる役割を果たす建物が、残っている。

 迷える人を助け、匿い、食事を施す。
 不毛の土地でボランティアを続ける人間の基地。

 『教会』
 それは基督系の宗教施設、という意味での捉え方を越え、一つの信仰となっていた。
 ミシマの人々にとっての、聖女のおわす場所。




 このあたりには、奪う者と抗う者、そして救う者が住んでいる。


 ……いや、厳密には、もう一種類。



 その夜、教会には灯りが灯っていた。
 外に光が漏れないように、厳重に囲った書斎で、娘が一人書き物をしている。
 彼女の本名を知る者はいない。
 四年前のある夜、彼女はこの建物の前に血を流して倒れているのを発見された。
 当時この教会を根城にボランティア活動をしていた男性が彼女を介抱し、名前を訊いたが、覚えていないという。
 彼女は記憶喪失になっていた。
 
 果たして彼女が何者なのか? 両親がどこかにいるのか? 
 様々な疑問がわいてきたが、今は生きることで精一杯のミシマで、男性は少女を養うことにした。
 そうして教会の子となった少女は人々の為に働いた。
 着るものがなかったので、たまたまサイズのあった修道服を着ていた彼女は、朽ち果てた教会の中でこう呼ばれた。



「シスター」
 書き物をしていた娘の部屋の入り口に、五歳くらいの少年が目をこすりながら立っていた。この教会の一室に、十人くらいの子供達が寝床を与えられている。この少年も、その中の一人で、感受性の強い子だった。
 娘は筆を置きにっこりと笑って応えた。
「ん? どしたい坊主。小便かい」
 全身を紺色の衣服で包み、頭からフードを被った娘は椅子から立ち上がり、少年の前でしゃがんだ。
「それともあれか? 夜中目が覚めて怖いって奴かい? オイラはまだ仕事あるから寝れないけど、まあ寝床までついてっからさ」
 少年は否定するように首を振る。
「ん? そういう理由じゃない?」
 少年は頷く。
「……。んー。なんじゃらほい」
「てっぽうの、音がするんだ」
 娘の目つきが、少しだけ鋭くなって、すぐに元に戻る。
「そっか、怖いね。じゃあ、オイラもそっちの部屋に行くよ。みんなも起きちゃったのかい?」
「ううん」
「そっか。大サービス。オイラが添い寝したげるよ」
「ううん、そうじゃないんだ」
 少年は否定する。
「怖くなんてないよ、ただ、シスターのことが心配になって」

 涙目の少年はそう言って口をつぐむ。
「心配して、見に来てくれたのかい。んー。男だねい」
 娘は、少年の頭をさする。


3 :akiyuki :2013/01/26(土) 23:07:32 ID:P7PitFPLL7

 その後、ぐずる少年と少しばかり話をして、寝床までついて行き、眠るのを確認して、他の子供達の様子もあらかた見回ってから自室に戻るまでに、一時間ほどがかかった。
 娘は部屋に戻ると、口も隠さずに大きなあくびをしながら再び椅子に座る。
「眠いなー」
 まだ作業は残っているために、眠れない。あと一時間はかかるだろう。
 これでは、朝日が昇ってしまう。
 少年をさっさと部屋に戻していればもうこの作業も終わっていたのかもしれないが、娘はそういう無駄なことをするのが大好きであったから、そこに後悔はしていない。
 そういうことをするために、彼女はここにいるのだから。
 だからこそ、娘はその名で呼ばれている。 



「シスター」
 再び背後から自分を呼ぶ声がした。
 自室に戻ってから数秒。まるで、娘が部屋に戻ってくるのを待っていたかのように発せられたその声。
 それは再び目を覚ましてしまった先ほどの少年か? それとも別の子供が起きてしまって彼女の部屋を訪れたのか?
 否。
 その変声期をとうに過ぎたがらがらの声は、彼女のかくまう子供達では誰も有していない。それは男の声。
 ならば、自分を『シスター』と呼ぶ男とは誰か?
 娘はその男の名を呼びながら振り返った。
「音もなく、女の子の部屋に忍び込むなんて、マナーがなってねーぞ。川蝉(かわせみ)」

 そこには、壁に背をあずけて、気取った風に立つ男がいた。

 
 目付きが悪い男だった。挑むような、嘲るような、若い男らしい挑戦的な態度。
 鋭いというよりも、尖った目線。
 だらしなく前の開けたシャツ。皺の取れない象牙色のジャンパー。ぼさぼさの長髪を後ろで束ね、その先にドレッドをかけている。首からかけた認識票のようなものだけが、くすんだ男の容貌で妙に光っていた。
 その、川蝉と呼ばれた男は部屋の中をぐるりと見渡してから鼻で笑い応える。
「これが女の子の部屋か?」
 部屋は確かにコンクリートがむき出しで、装飾と呼べるものもなく、あるのは机と棚だけ。意匠も部屋と言うより倉庫であった。それもそのはず元々ここは物置と言う奴で、ほかの部屋よりも少し標高が低く、地下〇.五階と言った位置にある。窓もなく、夜に灯りを点けても外に光が漏れないという条件だけで彼女の書斎となった場所だ。
 それでもミシマという状況下において、雨風がしのげ寝泊りができるならばここは立派な部屋である。
「女の子の部屋でなくたって、オイラの部屋には違いないんだぜい」
 先ほどの少年に対してのように、女性らしくない喋り方で娘はこの無礼な男に応対する。
「今日の日記を書くので忙しいオイラの部屋に何しに来たんだ? 悪いけどシスターだから懺悔は聞けないぜ。お前さんの凶悪な面見たら子供達が卒倒しちまうから早く用件言ってここから立ち去りな。そうでなくてもこんな二人きりでいるところ見たらまるでそういう関係なのかと勘繰られるだろ? そういう無駄な伏線貼りたくないんだから」
 男はどうにも呆れた、と言った風な顔をして娘を見やる。
「お前、よっぽど俺様が嫌いなんだな」
 娘は少しも畏れず、堂々と口を開く。
「オイラは眠いときは機嫌が悪いんだ」
「さっきガキの相手してる時は笑ってたくせに」
「子供に八つ当たりするほど無粋じゃねーよ……って、お前さんそんな時から部屋に隠れてたのかい」
 男は頭をかきながら、なぜか少しばつが悪そうな顔をする。
「隠れてたわけじゃねえ。たまたま俺様が部屋の前に来たときに、あのガキも来たから話が終わるまで身を潜めてた。そうしたらてめえ、一時間も無駄話しやがって。おかげで暇潰しに心の中で般若心経が八回唱えられたぜ」
「そのまま往生しちまえ」
 しかし娘は内心、男が子供達を気遣ったという事実に驚いていた。

 この男、その見た目に嘘をつかず、正直で口が悪く、真っ直ぐで気が使えない。喧嘩っ早く、腕っ節も強い。疲弊しきったこの町に似合わない、妙にぎらぎらとしたものを持ち合わせた、浮いた存在である。
 この男自身はそれほど悪い人間ではないのだが、そんな性格だから何かしらのトラブルに巻き込まれることも多く、町中の他の不良悪党といさかいばかり起こし、その結果『国家権力』に追われてもいたりして、逆にトラブルメーカーだと思われる節もある。
 かと言っていい人間なのかと言えば、そういうわけでもない。他人に対して優しさを振りまくなんてマネが絶対しないし、人助けなどもっての他。ただ、好きなようにやっていたら敵が多いだけなのだ。
 本人はただ毎日ぶらぶらしているだけなのに、勝手に向こうからトラブルが来るから遊んでやっているだけだ、と言うのだが大体の民衆の意見としては本人にも原因があるように思われる。
 乱ある処、川蝉あり。
 そんな言葉まで流布されるようになって、それでもこの男は自分の生き方を変えていない。
 そんな男でも、やはり自分という存在が教育上よろしくないことは知っているらしく、子供達の前には姿を現すことはない。用事があれば、こうして二人きりになれる時を狙ってくる。
 もっとも、男が人から疎まれるのは他にも理由があるわけだが


「ところで川蝉」
 訊いておきたいことを思い出す。この男は自分と違い定住の場所を持たない。ならば、今まで外にいたはずである。
「銃声が、したらしいね」
 男は小指で耳をほじくりながら答える。
「ついさっきまでな。お前はこの地下室もどきにいたから聞こえてなかったろうけどよ。まあ、こんな時間に銃使うとなれば『敵』相手だ。だったらちょうど町中をうろついていたって話の友のボケかその腰巾着の白髪頭か……後は律子くらいだな」
「律子? 誰じゃらほい?」
「ああ、お前らの言う匿名希望(とくなのぞみ)だよ」
 匿名希望。この男と同じ『遊び人』と呼ばれながらも屋台を引きながら人助けを行うという全うな女で人々からの信頼も厚いという。
「それにこっからは大分遠い位置だから、心配はしなくていい」
「おや、オイラの心配をしてくれんのかい?」
 そこでまた舌打ちをして、ふと思い出したように語りだした。
「そういや思い出したが、その律……匿名希望が、またガキを拾ったらしい」
「ふうん、そういやあの人の色んな子をかくまってるって話だねい。親近感湧くなあ」
「今度のガキは、ミシマの外から来たって話だとよ」
 娘の顔が驚きに変わる

「本当に?」
「さあな、らしいって話だろ」
「……スパイとかかな?」
「ありえなくもないな。外の政府の奴らが送り込んだってのが一番納得できる」
「でも、らしいってことはそうじゃないかもってことでしょ。なら外のやつらと一緒に入ってきたわけでもないだろうに、どうやって入ったわけだい」
「さあな、俺様も五年間、脱出できる場所を探していたが、やはりここは囲まれてる。出入り口も一つだけ。それとも俺様の知らない通路があるのかもな」
 ふうん、と反応して、その会話は止まる。男にも娘にも、今はこの町を出るという考えは存在しない。
「それで、匿名さんはどうしたの?」
「そこまでは知らねえ。ただ、そのガキの姿が突然消えて、あいつは探しているってよ。多分、逃げたんだな。それで周りじゃあそのガキが何かの工作員だろうって話になった。最近は『青服』みてえに、ガキ訓練して送り込んでくるなんて話もありやがるし、俺様もそう思う。胸糞わりいけどな」
 娘はまた驚いた。この男から、そんなまともな感情を見ることになるとは。
「その子、何が目的なのかね。もし本当に政府の人間なら、ミシマの調査が目的かな。こっちにも来るかな。川蝉、わかるかい?」
「そいつの顔もわからねえのにどうやって判別すんだよ」
「なんか特徴とかないわけ?」
「そんな詳しく聞いてるわけじゃねえからなあ……。そういや口癖が「あんちくしょう」だったかな」
「変な娘だなあ」
 てめえが言うかよ、と男は口元を綻ばせて言った。

「それで、世間話はこれくらいにしとこうか」
 この二人は、よく出会う。男は娘から匿ってもらったり食料をわけてもらい、娘は男から情報を聞いたりこの建物から離れられない自分の代わりに動いてもらったりする。ギブアンドテイクの関係ができあがっていた。毎晩のように、この情報交換を含めた世間話は行われているのだ。
 そして、今までは前振りにすぎず、この奇妙な男の語るべきことは別にある。
「それで、今日はどんな『託宣』があるってんだい」
娘は椅子にすんぞり返り男を見据えた。男は少し神妙な顔になり、娘に問いかけた。
「シスター、『赤目の男』の噂は聞いてるな?」
「今、この町でそれを知らないのはもぐりだよ」



 それは、不思議な話だった。
 この町に『敵』が現れるようになって五年。人々は夜に外を出歩くことはできなくなっていた。
 今や夜の町を出歩くのは、防壁の外からやってきた『国家権力』か、人と違う物が見得る『遊び人』だけである。
 なのに、人々が夜の町を歩くのを助ける者がいるという。
 午前零時、町のどこかに現れるその男。
 その男に出会えば、どんな願いもかなえてくれるという、噂。
 その男を識別するただ一つの特徴。
 赤い瞳。

「紅石色(ピジョンブラッド)の男だろ? みんな知ってるよ。この間も、六番地区の女の子が契約したって噂は聞いてるぜい」
「それは事実だ。調べたんだがな、この前六番地区を縄張りにした桑原のグループが潰された。聞き回ってみたら、どうも潰したのは女を連れた赤い目をした男だったって話だ」
「あの女子供相手にばっかり酷いことしてた奴らだろ? きっと復讐されたんだぜ。あんな奴ら滅んで正解だよ……。って言えたら楽なんだけどなあ。でもなんでまたピジョンブラッドの男はそんな町中かき回すことしてるんだ?」
「さあな。大方俺らと同じ暇潰しってところじゃねえか?」
「暇潰しねえ。遊びでやってんなら性質が悪すぎる……。いや、だから遊び人なのかなあ」

 『星』が降って以来、この町には何かしら人と離れた力を授かった者達がいる。
 そしてその力を得た者達は夜を歩く。
 夜を歩いて、己の好きなように立ち振る舞う。

「まーいーや。つまりあれじゃん。その赤目の男がつまりお前さんと同じ『遊び人』ってこったろ?」
「まあ……そうだな」
 何故か口ごもる男に違和感を覚えながらも、本題には関係ないと思い話題を戻す。
「それで、その兄ちゃんがオイラにどう関係するんだい?」
 川蝉は、そこで娘の顔を正面に見据える。
 尖った目線が娘を貫き、そして『託宣』が行われた。
「お前、そいつと会うぜ」
 きょとんとする娘に、男は続けた。
「お前は次に夜が明けてから日が沈むまでに必ず、その赤目の男はここを訪れる」
 娘は顔の前で手を振る。
「いやいや、おかしいって。だって、現れるのは午前零時なんだろ?」
 そこまでは知るか。そう言って、男はさらに続ける。


「それでも見得たんだよ。お前らが出会うのは『運命』だ」


 これが川蝉のもう一つの顔。
 彼は少し先の未来を言い当てる。
 それは外れることはない。
 幼少のみぎりからその片鱗はあったらしい。しかし、五年前『遊び人』になった時、その才覚は完成した。
 次の日の出来事を言い当てる不良占い師。
 彼の語った『不吉な未来は、必ず実現する』

 溜息をついて、娘は言葉の続きを待つ。
「それで? 託宣はそれで終わらないんだろう? 何が起きるって言うんだい? それを恨まれるの承知で言いに来てくれたんだろ?」
 覚悟はした。そういう意味である。
『遊び人』奇堂川蝉丸(きどう かわせみまる)は苦々しげに『運命』を口にした。

「逃げろ。明晩、ここで人が一人死ぬ」

 その言葉を聞いて、娘は少しの間、顔を下にして沈黙した。
 男も何も言わずに娘の反応を待った。
 ろうそくの灯だけが、揺れていた。
 そして、娘は顔を上げ、いつものような口調で
「記憶も目的もない。オイラは、この建物の中でしか生きていけないんだぜ? そんなことを宣告されたって、どこにも行けないよ。それに今は十五人の子供を抱える身なんでね、おいそれとは動けない。だから……。今のは聞かなかったことにする」
「死にてえのかよ」
「死にたくはねーよ。でも、ここを離れても、他に生きて術をオイラは知らない。今は行方不明になってしまった養父殿の帰りを待つためにも……オイラは……」
 川蝉丸は舌打ちをして、そしてそれ以上何も言えなかった。
 娘は占い師に質問する。
「ちなみに、死ぬのはオイラかい?」
「わからん」
「子供達かい?」
「わからん」
「わからんってあんた……」
「俺に見得た像はただ、俺の知らない女が、誰かの首を絞めているところだけだ」
「ふうん、お前さんの魔眼はあれだろ? 将来実際に見ることになる映像なんだよね」
「ああ」
「つまり、この部屋でそれは行われるんだね?」
「……ああ」
「そっか。……で、私の部屋で人殺しをするのは、一体どんな姿形なわけ?」
 男は目を瞑り、頭の中でその映像を思い出す。




「夜の海原を映したような暗い色をした髪の、セーラー服の女だった」



 
                             
                             そして、夜は明ける。


4 :akiyuki :2013/01/26(土) 23:08:08 ID:P7PitFPLL7

目覚め前

 夢を見ていた。

 どうやら夢の中では六歳くらいの女の子であるらしい。
 夜の海原を映したような髪をツインテールにした、なんとも間の抜けた顔をしていた。


 夢の中で、どうやら烏に襲われていた。
 翼をはためかせ、少女を爪と嘴で傷つける。
 比較的背の小さい少女にとって、その鳥類のそんな獰猛な姿を見るのは初めてのことで、そのちっぽけな鳥が、まるで自分より大きい怪物のように見えた。
 黒い翼が広がって、少女の視界を覆う。


 ぐぎゃあ ぐぎゃあ

 と威嚇するような声を出し、頭上で暴れる鳥。
 

 普通なら、頭を抱きかかえてしゃがみ、悲鳴を上げ助けを乞う。
 それが普通。

 けれど、少女は身を守るべき腕を振り回し、瞑るべき瞳でまっすぐにみつめ、逆に烏を威嚇していた。
 逃げるべきなのに、逃げられるはずなのに。

 勝てるわけがないのに、少女は戦おうとしていた。


 何故?


 
「くぉらー!!」
 誰かの声が聞こえた。
 声の主は叫び声をあげながらこちらに走ってきて、少女をついばもうとしていた烏を追い払う。
 青空に逃げてゆく黒い鳥をにらみながら、その女は肩で大きく息をしていた。

 涙でにじむ視界に、映る。
 長袖のセーラー服に濃緑色のスカーフ。袖や襟、スカートも同じ色で揃えてある。
 西条中学校の、制服。
 そしてそれを着るのは、今年入学したばかりの義姉。

「馬ッ鹿野郎!!」

 佐藤めぐみだった。

「何を野生生物に喧嘩売ってんの! ああ、もう血だらけじゃない」
 ポケットからハンカチを取り出して手の甲やら頬やら額やら、ついばまれ怪我したところを拭いてくれようとした。

 けれど、『私』はそれを拒んだ。
 差し出された手から、離れた。
「ちょっ、そんな抵抗されたら手当てできないって」
 少し困った顔をして、それでもめぐみは私に手を伸ばそうとする。

 そこで初めて身を守るように自分を抱きしめた。

「……つぐみ?」

 そこで姉は何かに気づいたようだ。

「あんた、服の下に何隠してる?」


 子猫の声がした。私の服の裾から、小さい、本当に小さいトラ猫が一匹。


「そのにゃんこ……。もしかしてこの前母さんに飼っちゃ駄目って言われた奴かい?」

 頷いた。

「まさか、烏を対マンしてたのも、そいつ護るため……」

 頷いた。

「それで、佐藤つぐみちゃんはどうして私からも逃げるのさ」

 少し考えて、でも本音を言った。


「だって、私が猫の世話してるってばれたら、お母さんに言いつけるでしょ?」
「言うわけねえだろこのカワイ子ちゃんめ!」

 即答して、姉が抱きついてきた。


 
 
 そして私は思い出した。
 これは夢ではない。
 昔、本当にあったこと。
 
 あのころ私は、姉のことを避けていた。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.