ファントム・ブレイカーズ


1 :四季条 ユウ :2011/09/24(土) 01:02:27 ID:rcoJmAze

前書き

 ホラーコメディーなので、非常に残酷な描写もあります。苦手な方は注意して下さい。

この小説は今から20年以上前にとある少年誌で連載していた漫画の設定を踏襲しています。二次創作ではないので、ストーリーやキャラ名はまったく違います。何でこんなことをわざわざ書くのかと言うと、その漫画が今でも本当に好きだからです。当時は何度も雑誌でその漫画だけを読み返したものです。
 こんな事を書くと、パクリ小説か?と思われるでしょうが、そこは微妙なところです。その漫画は様々なキャラがいて、設定がしっかりしていたのですが、主人公以外のキャラが出る前に10話ほどで打ち切りになってしまったという経緯があるからです。よって主人公以外のキャラは、きっとこうだろうなと想像する事しか出来ません。それが非常にもどかしいところで、あのキャラが出てきたらどんな話になったのかと想像したりして、悶々としたものが未だに残っています。詰まるところ、そういったものを払拭する為に、この小説を書こうと思い立ったわけです。完全なる自己満足小説です。
 もし別の少年誌で掲載していたのなら、史上最初の萌え漫画の地位を築く事が出来たかもしれない作品です。本当に残念な事です。

 もしこの作品の元ネタが分かる方がいたら、是非とも教えて頂きたい。そんな貴方はもはや心の友と言えます。恐らく本当に好きな人なら、登場人物のキャラ名を見ただけで分かると思います。


2 :四季条 ユウ :2011/09/24(土) 01:06:59 ID:rcoJmAzeQA

あらすじと登場人物紹介

 16歳の少女、天野神那々(あまのがみなな)は、超絶的な霊力を持ちながら、霊術の才能がまったくなかった。妖命社という悪霊妖怪退治を専門に行う会社の社長、双葉杷月(ふたばはづき)は、那々をその霊力の高さから一流の霊能力者と思い込み、高い時給を条件にスカウトする。それが大間違いであった事に早々に気付かされた杷月は、自分からスカウトした手前、首にするわけにもいかず、悩んだ末に、とりあえず那々を先輩社員に付けて、悪霊退治を体験してもらう事にした。那々は、タロット使いのマリエット・シースや、同じ学校に通う対霊武具のエキスパート、五樹霞(いつきかすみ)に引っ張られ、否応なしの対霊戦に巻き込まれていく。

天野神 那々(あまのがみなな)
 巫女見習いの少女で、霊力だけは異常に高く、霊能力者からすると、彼女はどこにいても分かるので非常に目立つ。見た目は長い黒髪の日本人形を思わせる清楚感のある少女で、性格は明るく和やかである。その反面、天然ボケが激しく、生まれた頃から見えていた魑魅魍魎を、この世の住人だと思い込んでいた事は、妖命社の社員一同を絶句させた。

双葉 杷月(ふたばはづき)
 妖命社の社長で、経営面を一手に担っている。眼鏡をかけ、長い黒髪の知的美人で、22才の若さで会社を経営する。仕事の段取りからクレーム対応まで彼女一人で引き受けているので、ほとんど外に出ることはないが、一流の霊能力者である。召喚や降霊術を得意とし、子供の頃に瀕死の子狐を助けたことから、強力な稲荷の加護を受けていて、多種多様の飯綱を使ったり、九尾の狐を召喚して戦わせる事まで出来る。余程危険な仕事でない限り、彼女が除霊に出向く事はない。

五樹 霞(いつきかすみ)
 那々と同じ高校に通っていて、二年生の先輩である。那々の存在に最初に気付いたのは彼女で、それを杷月に言ったことが事の起こり。
 赤みのある髪をツインテールにした強気で快活な少女で、あらゆる対心霊武具を使いこなす。しかもその心霊武具はほとんどがお手製で、自分で普通の武器を改造して対霊用にしている。武器を持つと性格が凶暴になり、さらに暴走すると所構わず重火器をぶっ放すという困った少女で、それが杷月の悩みの一つにもなっている。だが、霊能力者としての実力は高い。

 

マリエット・シース
 フランス人の少女で、年は那々と同じ16歳。小柄でショートの金髪に緑の瞳をした非常に可愛らしい容姿で、那々はお人形さんみたいと言っている。
 タロットカードに眠る力を発言させる能力があり、使用するタロットの種類により力は異なる。魑魅魍魎の退治はもちろん、罠を仕掛けたり、結界を張ったり、仲間の支援を行ったりと、オールマイティーな霊能力少女である。性格は大人しく無口だが、たまに口を開いては鋭い突込みを入れたりする。

クーちゃん
 いつもマリエットの頭の上に止まっている霊能力インコ。悪霊妖怪の類の位置を正確に把握でき、それを喋って教えてくれる。現場では高性能の対霊レーダーとして活躍するが、危険が迫ると主人を置いてさっさと逃げてしまう。レーダーにしかならないから戦いでは役に立たないが、忠誠心はあまり高くないようだ。
 無口なマリエットの代わりによく喋り、杷月の腹黒さをばらして激怒させたり、霞にいらん突込みを入れて怒鳴られたり、鳩時計の真似をして那々を焦らせたりと、ある意味存在感がある

四鬼蓉子(しきようこ)
 生まれた時からその身に鬼神を宿す四鬼家の娘。ファントム・アサシンの異名を持ち、死霊を自由に操ってターゲットを暗殺する。18歳の少女で、黒髪のショートボブに可愛らしい顔立ちをして、少年のような口調で話す。絶対の自信に加え、女子高生とは思えない冷徹さを持ち合わせている。死霊を操る他に、ソウルクラッシュアーツと呼ばれる格闘技や、鬼の力を得る鬼神降臨など恐ろしい技の数々で、邪魔する者は霊であろうが妖怪であろうが人間であろうが容赦はしない。


3 :四季条 ユウ :2011/09/24(土) 01:14:53 ID:rcoJmAzeQA

第一話 那々来(きた)る!

 天野神那々(あまのがみなな)は巫女見習いをしている以外は、何の変哲もない少女だった。容姿は端麗で、長い黒髪にカチューシャを付けて、整った顔立ちの中に大き目の黒い瞳が輝き、日本人形さながらといった雰囲気をもっていた。正確は明るく和やかで、男子生徒からは人気がある。ただ、彼女にはそれらを払拭してしまうほどの大きな欠点があった。

その日、学校帰りにスカウトされた那々は、そのまま双葉杷月(ふたばはづき)の会社の事務所まで連れていかれた。
杷月は眼鏡をかけた知的美人で、長い黒髪を背中に流し、眼鏡の奥にある深みのある緑の瞳はグリーンガーネットのように美しく輝いていた。全体的にはOL風のスーツ姿で、白のTシャツの上に深みのある緑の上着、タイトなスカートも上着と同じ色で揃えていた。見た目通りの知性を持ち、二十二歳の若さで会社を経営している。
会社の事務所はマンションの一室を使っていて、入り口の扉には大きく『妖命社(ようめいしゃ)』と書いてあった。
「さっきも説明したけど、うちは悪霊妖怪の類を専門に退治する会社よ。他の子たちも来てると思うから、紹介するわね」
「はい!」
 元気よく返事をする那々だが、何で自分がここに連れて来られたのか、よく分かっていなかった。時給一五〇〇円のバイトという話に釣られて来ただけと言って良い。
 事務所の中に入ると、まず那々の目についたのが、パソコンの液晶画面に向かっていたブロンドショートカットの小柄な少女だった。その頭の上には鮮やかな緑のインコが乗っていて、可愛らしく囀(さえず)っていた。これが那々の心をがっちり捉えた。
「可愛い!? これはまずいですよ! 反則的な可愛さです! 頭の上のインコがにくいですね!」
 金髪少女が騒がしい那々の方を見た。顔立ちだけではなく服装も可愛らしく、若草色の短めなシルクのスカートに、同じ色の半そでのワンピースを着ていて、どことなく気品が漂う。彼女のペリドットグリーンの大きな瞳できょとんと見る様が、那々を更にときめかせた。
「お人形さんみたいな女の子だ、超可愛いっ!!」
「ちょっとあなた、大丈夫?」
 杷月は那々があっちの方の人かと心配になって言う。
「すみません、あんまり可愛いんで、びっくりしちゃいました」
 那々は少女に近づいて手を差し出す。
「天野神那々と言います。今日からこの会社で働く事になりました。よろしくお願いしますね」
 少女は那々と握手はしたものの、ずっと黙っていた。
「……」
「あの〜」
『マリエット・シースだ。よろしくな!』
 と言ったのは少女の頭の上に止まるインコだった。那々はいきなりインコが喋ったので目を丸くした。
「この鳥さんはマリエット・シースって言うんですか、立派な名前ですね」
「違う違う、マリエットは飼い主の方よ。こら、マリエット、無口にも程があるわよ、ちゃんと自己紹介しなさい」
「…はい」
 マリエットは頭のインコを手で包み込んで那々に見せると言った。
「クーちゃんです」
「あべこべになってるわよ! 分かり辛いでしょ!」
 杷月がいらついても、マリエットは気にする様子もなく言った。
「わたしがマリエット・シースです。よろしくお願いします」
「天野神さんと同じ年だから、仲良くしてあげてね」
 ようやく一人目の自己紹介が終わった。この事務所にはもう一人少女がいた。
「おお、早々にスカウトしてきたね」
 事務所の奥の椅子に座っている朱色の髪をツインテールした活発そうな少女が言う。彼女は那々とまったく同じセーラー服を着ているが、スカーフの色とスカートの長さが違っていた。那々はスカートが長めでスカーフは黒だが、ツインテール少女のスカートはミニで、スカーフの色はオレンジだ。彼女の前の机には、大小の銃と思しきものが置いてあり、手にもそれらしいものを持って磨いていた。
「わたしは五樹霞(いつきかすみ)、よろしくね。あなたと同じ学校に通っているわ、一学年上よ」
「先輩さんなんですね! 那々です、よろしくお願いします!」
 那々は頭を下げた後、霞が持っているものをまじまじと見つめて言った。
「エアガンですか? サバイバルゲームが趣味なんですか?」
「いや、これはエアガンじゃなくて、対霊用の銃だよ」
「たいれい?」
 さらに那々は考える。やがて彼女は難問を解いたように表情を輝かせた。
「わかった! 仁侠映画のファンなんですね! 銃を磨くと同時に、男気も磨くという!」
「何でこの美少女が男気なんか磨くのよ!? それに、たった今対霊用の銃だって言ったじゃないの!」
「あれ、違うんですか?」
「違うに決まってるでしょーっ!」
「まあ、おふざけはそれくらいにして…」
 杷月が苦笑いして言う。何だか雲行きが怪しくなってきた。
「ともあれ、これだれの霊力を持っている子には初めて出会ったわ」
「学校のどこにいても、あんたの居場所が正確に分かるくらいだもんね。相当なもんだよ、これは」
「へ〜」
 杷月と霞の話に、那々は微妙な反応をする。二人共何だか嫌な予感がしてくる。
「へ〜って、あんたの事だよ」
「そうだったんですか? わたしって、霊力っていうのがそんなに凄いんですか?」
 これを聞いた杷月と霞の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。二人共おもわず暫し黙ってしまった。
「…それだけ神がかった霊力を持ってて今まで気付いてないって、有り得ないでしょ!!?」
「天野神さん、あんまりふざけてはいけないわ」
 那々はまったく分かってないという顔をしていた。それで二人は確信した。
「ちょっと、まじだよこの子!」
「…ま、まあ、除霊出来れば何の問題もないわ。天野神さんはどんな術が得意なの?」
「えっと、お祈りが出来ます!」
「祈祷ね。これだけの霊力を持っていれば、型通りの祈祷だけでもかなり効果があるはずよ。まずは一仕事やってもらいましょう」
 杷月がパソコンに向かってなにやらやっている間、那々はマリエットと一緒に紅茶を飲んでいた。
「この紅茶美味しいです!」
「初摘みアールグレイ」
「マリーちゃんは紅茶が好きなの?」
『好きだ!』
 インコのクーちゃんが那々に向かって言った。その後も那々はクーちゃんにクッキーを食べさせたりして、楽しい時を過ごす。
「占いしてあげる」
「占い?」
「出たな、マリーの一発必中タロット占い。これは結構怖いんだよ」
 霞が言うと、那々は首を傾げた。
「まあ、マリーが自分から占いするって事は、あんたの事が気に入ったんだよ」
「はい、もちろんですよ!」
マリエットはタロットカードを出すと、シャッフルして一番上のカードをめくって那々に見せる。
「…なんか、怖いですよ、そのカード」
「うあ、デビルかよ…」
「今日一日、貴方はろくなことがないでしょう」
『ご愁傷様!』
「うっ」
 マリエットとクーちゃんの連続コンボに那々は怯むが、すぐに開き直った。
「わたし、悪い占いは信じない事にしてるんです!」
「ところがどっこい、マリーの占いは必中だから逃れられないんだな〜」
「変な冗談は止めて下さい」
「冗談じゃないよ! わたしだって何度も経験してるんだからね!」
「うう、そんな、お近づきの占いがデビルって……」
「マリーを恨んじゃだめだよ。あんたの運が悪いだけなんだから」
「はうぅ…」
 そんな会話をしているうちに、杷月が書類をまとめて言った。
「さ、天野神さん。この住所のところまでいって除霊してきて。結構強力な怨霊だけど、一人で大丈夫かしら?」
「はい、任せて下さい!」
「なら、除霊が終わったら、この書類に雇い主のサインをもらうのよ」
「はい、了解です!」
 那々は入り口のところで一旦振り向くと、額に手を当てて敬礼してから出て行った。
「…あの子、大丈夫なのか?」
「幾らなんでも、あれだけの霊力をもっているんだから、除霊の一つくらいは出来るでしょう」
「そうかな?」
 会話には滅多に口を挟まないマリエットが言うので、杷月はとても心配になってきた。

 那々は一旦家に帰って紅い行燈袴と白衣に着替えてから目的地に向かった。那々が目的の家に着くとすぐに、雇い主が泣きついてきた。白いTシャツを着た若い男性で、その怯えようは普通ではない。
「もう次々と変なことばかり起るんです。お願いですから、早く何とかして下さい!」
 那々が案内されて居間に入ると、物が散乱していた。箪笥が傾いていたり、テレビが床に落ちていたりと、かなり大きなものまで動かされた形跡があった。
「あれ? この辺りだけ大地震が起ったのかな?」
「そうじゃありません! 勝手に物が動くんです!」
「物が勝手に!? もしかして、超能力ですか!?」
「ち、違いますよ、貴方は何を言ってるんですか!!?」
「先祖代々超能力を有する家系なのかと思いました」
――なんだこの子は、大丈夫なのか…?
 雇い主の心配を他所に、那々は少し開いているドアの向こうをじっと見つめだした。
「あの、何か見えるんですか?」
「ここには頭が二つある変質者が住んでいるんですね」
「住んでませんよそんな人!!? 早く除霊というのをやって下さい!!」
「わかりました!」
 那々は大幣(おおぬさ)を振り回して祈り始めた。何だかよく分からないことを呟いているが、雇い主に目には適当な事を言っているようにしか見えない。
「はーーーっ!!」
「おおお!?」
 あらゆるものを払拭するかと思うような那々の気合が居間の隅々まで響く。
「はい、終わりました」
「それで、幽霊はどうなりました?」
「金運の上るお祈りをしておきました」
「はい?」
「では、これにサインをお願いします!」
 有無を言わさず那々が書類を出すので、雇い主は勢いに押されて名前を書いてしまった。
「ありがとうございました!」
 那々は頭を深く下げてから家を出て行った。雇い主はあっけに取られて何も言えなかった。

 那々が巫女の姿のまま事務所に戻ると、杷月が電話応対をしていて、霞とマリエットは近くでそれを聞いていた。何だか妙な空気が流れているが、那々は気にもせずに事務所に入ってきた。
「本当に申し訳ありません。すぐに代わりの者を向かわせますので」
 杷月がそう言って電話を切ると、那々は溌剌として言った。
「ただいま帰りました」
「那々っ!!!」
 いきなり呼び捨てで怒鳴る杷月に、那々は体をびくつかせる。
「今クレームが来たわよ! ポルターガイストがまた始まったって!」
「ポルターガイスト!? わたし、変質者が沢山出てくる映画は嫌いです!」
「違う!! 除霊出来てないって言ってるの!」
「で、でもちゃんとお祈りしましたよ。書類だってほら、サインしてもらいました。お仕事は完璧に完了しています」
「除霊できてなかったら完璧な失敗よ! その上契約書にサインまで書かせたら、うちが詐欺罪で訴えられるじゃない!」
「那々さんは、除霊の意味が分かっていないんじゃないですか?」
 マリエットが言うと、杷月の顔が青ざめる。
「まさか…」
「那々、除霊って何?」
 霞が聞くと、那々は自信満々に答えた。
「お祈りする事ですよね!」
「じゃあ、そのお祈りって何なの?」
「それは、金運を上げたり合格祈願をしたり、わたし神社でよくやってるんです!」
「おいおい、本当に分かってないよ……」
 杷月は眩暈(めまい)がして近くの椅子に座り込む。
「そんな馬鹿な…それだけの霊力を持っていたら、悪霊の類に必ず狙われるはずよ。最低でも身を守るだけの対霊術が身につくものだけど…」
「杷月さんの言うとおりだ。この子はいったい何なんだ?」
「那々さん、幽霊って見えますか?」
 マリエットが聞くと、那々は首を振った。
「幽霊は一度も見た事ありませんよ」
「嘘だ! それだけ霊力が高ければ、絶対に見えてるはずだよ!」
「わたしもそう思います」
 マリエットは霞に同意した後に床を指差した。
「那々さん、あそこで横になっているおじさんは見えますか?」
 マリエットの指差した方に、小太りでシャツ一枚パンツ一丁の青白い顔をした親父が、口から血を流して倒れていた。親父はだらしのない笑みを浮かべつつマリエットの事を見つめていた。
「その変質者は、さっきからそこにいましたよ。一緒に住んでるんじゃないんですか?」
「あるかっ!! この乙女空間に、何であんな気味の悪い親父が住んでるのよ! 少しはおかしいと思いなさいよ!」
「さっきから那々さんは、幽霊を変質者と言っていますね」
「そう言えばそうね。何で変質者なの?」
 杷月が聞くと、那々は生き生きとして言った。
「小さい頃に、変質者に襲われました。全身血みどろで、お腹が裂けて内臓なんかも出ちゃったりしてて、それが地面を張ってわたしの足を掴んできたんです! それはもう恐ろしくって、どうしようかと思いました。でも、お母さんが追い払ってくれて、あれは変質者だから目を合わせちゃいけませんって言ったんです。だからそのおじさんも変質者です」
『な、なにーーーっ!!?』
 杷月と霞が同時に驚愕した。
「今の今までお母さんの言ったことを信じきっていたと言うの……」
「そんな馬鹿な!? 普通はどっかで幽霊だって気付くでしょ!!」
「教育の力はすごいですね」
『間違ってるだろ!』
 一人冷なマリエットに、インコのクーちゃんが突っ込んでいた。
那々の母親が変質者と言ったのは、まだ幼い娘を怖がらせないようにとの配慮に違いないが、那々は今までそれを信じていたのだ。
「…その後も何度も悪霊に襲われたでしょう」
 那々は杷月に大きく頷く。
「その後も首がなかったり、血だらけだったり、ものすごい怖い顔していたり、色んな変質者が襲い掛かってきましたけど、その度にお母さんが守ってくれて、変質者を殴ったり踏んだり蹴ったり、それはもう、わたしがもう止めてと叫ぶくらい酷い目に合わせていました」
「悪霊の方が可愛そうだな…」
 苦笑いしながら霞が漏らす。那々は更に言った。
「でも、中学生くらいになると、変質者は襲ってこなくなりました。あ、でも、たまに夜の公園を歩いていると、襲ってくる人がいました。必死に逃げましたよ!」
「それは本物の変質者だ!!」
 霞が声を上げても、那々には何だかよく分からない。彼女にとっては幽霊も変質者も同じものなのだ。
「信じられない、神懸った天然ボケだよ……」
「……そんな人たちが見えて、那々は怖くなかったの?」
「最初は怖かったですけど、すぐに慣れました」
 と那々は事も無げに杷月に答える。
「それに、元々この世界に住んでいる人たちを怖がるのもおかしいですよね!」
 その言葉に妖命社社員一同は絶句した。つまり那々は、物心ついた頃から幽霊が見えていたので、幽霊が見える世界が当たり前になっていたのだ。幽霊も人間と同様に、この世の住人と思い込んでいたのである。それは幽霊を変質者と呼んでいた事に如実に現れている。首がなかったり、血だらけだったりする人間なんているか、という突っ込みを忘却するほどに、杷月たちの衝撃は大きかった。クーちゃんのあどけない囀りだけが、しばらく社内に響いていた。

那々来る!・・・終わり


4 :四季条 ユウ :2011/10/01(土) 00:57:09 ID:rcoJmAzeQA

第二話 タロットマスター

 杷月と霞は、那々の神級天然ボケにしばらく茫然としていたが、いきなり喧嘩を始めた。
「どうなってるのよ、霞!」
「どうなってるって言われてもさ…」
「学校に凄い子がいるって大騒ぎしたのは、あなたでしょう!」
「確かにそうは言ったけどさ、何も調べないでスカウトした杷月さんが悪いんじゃないか!」
「あなたがスカウトしろって言ったんじゃないの!」
「わたし知らない! わたしは悪くないもん!」
「…どっちもどっち」
 マリエットの一言で、二人共うっと黙った。
「…とりあえず、そこの悪霊を除霊しなさい、マリエット」
「はい」
 マリエットが、さっきから床に寝転がって少女達を舐めるように見ている親父の幽霊に近づき、タロットカードを一枚出して、それを親父の目の前にかざした。カードの絵柄から白い光が漏れて親父を照らす。
「ギャアァーーーーッ」
 光に照らされた途端に、親父は陸に上った魚のようにのたうちまわり、さらにクーちゃんが飛んできて、顔や頭を突いて追加攻撃を行う。
「ここに入ってくるとは、阿呆な浮遊霊だ」
「最後に美少女達が見られて大満足しているに違いないわ」
 杷月は消え行く者を見ながら言った。やがて親父の霊は完全に消滅する。
「ああ!? 変質者が消えた!?」
「だから、幽霊だって言ってるでしょ!」
 霞がすかさず突っ込むと、那々はまだ分かっていないような顔をしている。杷月は頭が痛かった。
「この子、どうしましょう……」
「自分からスカウトしておいて、今すぐ首って訳にはいかないわよね」
「流石にそれは酷すぎるわね…」
「杷月さんなら平気でやると思ったけどね」
「あなたを今すぐ首にしてあげましょうか?」
 杷月が眼鏡を光らせて言うと、霞は、「すいませんでした」と頭を下げた。
「ものは考えようよ。これだけ高い霊力を持っているのだから、何か一つでも霊術を覚えさせれば、こっちのものよ」
「とりあえず、幽霊と変質者の違いを教えた方がいいと思います」
 マリエットが言うと、杷月は肩を落とした。
「まずはそこからか…」
 その時、事務所の鳩時計が鳴き始める。杷月がはっとして見ると、もう夜の七時になっていた。
「あ、まずい!? 依頼の事忘れてた!?」
「除霊失敗した上に忘れるとか、こりゃ無償ものだね」
「流石にお金は取るわ、割引はするけど」
 杷月は手早く新しい契約書を作って、マリエットに渡した。
「マリエット、頼むわね」
「はい」
「那々には先輩について除霊の勉強をしてもらうわ。マリエットと一緒に行きなさい」
「はい、分かりました!」
「本当に分かってるのかしら…」
 マリエットが先に外に出て、那々が遅れていると、
『早くしろ那々、このうすのろ!』
 マリエットの頭の上でクーちゃんが言った。
「ご、ごめんなさい、今行きます!」
 那々は小鳥に命令され、躓いて転びそうになりながら出て行った。
 
 那々たちが現場につく頃には、辺りはかなり暗くなっていた。
「あれ、誰か家の前にいますよ」
 那々たちが駆け寄ると、依頼主の男性が家の入り口の前で蹲って震えていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、あなたは!?」
 声をかけられ、依頼主はびくつきながら顔を上げる。するといきなり目の前に小鳥を頭の上に乗せた可愛らしい少女が現れるので、声を失った。さらに先ほど適当な除霊をした那々までいるので、依頼主は恐怖で声を震わせながら言った。
「ど、ど、どうなってるんですか! 前よりも余計に酷くなっていますよ!」
 依頼主をじっと見つめていたマリエットは言った。
「正常みたいですね、よかったです」
「ちゃんと家があるのに、こんな所で夜を明かそうなんて、異常じゃないんですか?」
「悪霊に取り付かれていないっていう意味ですよ」
 依頼主にはマリエットの言っている意味がよく分からないし、さらに那々がおかしな事を言うので、恐怖よりも苛々が勝って立ち上がった。
「君たち一体何しに来たんだ!」
「除霊です」
「き、君がやるのか?」
『当たり前だ!』
 クーちゃんが言うと、依頼主は唖然としてしまった。頭の上にインコを乗せた少女はそれはもう可愛らしかったが、大ボケの那々よりも頼りなさそうに見えた。
「遅れてしまって申し訳ありませんでした。すぐに済みますので」
 マリエットが頭を下げて言うと、クーちゃんがずり落ちそうになって飛び上がる。
「大丈夫なんですか? 家の中は本当にとんでもない事になっていますよ……」
「問題ありません」
 マリエットはクーちゃんと那々を連れて、真っ暗な家の玄関から入っていった。
 家の中に入ると、明らかに温度が下がっていた。妙に湿っぽく冷えた空気が少女達を包み込む。マリエットはすぐ近くにあるスイッチを入れるが、明かりは付かなかった。
「この家は電気代も払えないほど貧乏だったんですね」
「那々さん、違いますよ。悪霊が悪さをしているんです」
『上にいるぞ!』
「そう、上だね」
「クーちゃんは何で上とか言ってるの?」
 マリエットは頭上のクーちゃんを指差して言った。
「クーちゃんは、霊の居場所が正確に分かる霊能力インコなのです」
「霊レーダーインコ!?」
「それはちょっと言い辛いですけど、合ってます」
 その時、二階の方からガラスの割れる音や、何か大きなものが落ちるような音が聞こえてきた。
「かなり禍々しい気を感じます。那々さん、さっきこの家で不審なものを見かけませんでしたか?」
「頭が二つある変質者がいました!」
「それは幽霊です」
「う〜ん、幽霊と変質者の違いって、全然わかりませんよぅ」
 那々は頭を抱えて本気で悩んでいた。
「…それは追々説明するとして、今は除霊が最優先です」
 マリエットは腰につけているカードホルダーからタロットカードを一枚取り出すと、それを上に放った。
「アルカナフォース、サンのカードよ、聖なる輝きで闇を打ち払え」
 マリエットの言葉と共に、中空のカードがオレンジ色の輝き発し、辺りを真昼のように照らし出した。やがて落ちてきたカードはマリエットの掌の上で浮遊し、直立した状態でゆっくり縦回転した。
「すごい! マリーちゃんは手品が出来るんだね!」
「手品じゃなくて霊術だよ」
 マリーが手を上げると、白熱灯のように温かみのある輝きが二階の階段の上まで照らし出す。
「悪霊は二階にいます。行きましょう」
二人と一羽は二階へと歩を進めた。那々たちが二階に来た途端に、さっきから激しく鳴っていた物音が止んだ。二階には三つの部屋があり、一向は迷わず一番奥の部屋に向かう。
「変質者はここにいます!」
「那々さんが気配を感じられるものは、変質者じゃなくて幽霊だよ」
 マリエットは那々が何度ボケても丁寧に教えた。
「じゃあ、開けるね」
 マリエットがドアを開けると、はっきりと中で何かが動いた気配がした。サンの輝きが部屋を照らした時には、もうそれは消え去っていた。この部屋はコレクション置き場らしく、様々な調度品や彫り物などが床に落とされて、いくつかある瀬戸物も全部粉々に割れ、更に天上の蛍光灯も残らず割れてガラス片が床に散乱していた。
「うわぁ、散らかっていますね」
「かなり強力な悪霊がいるみたいですね」
「幽霊はどうやってこんなに散らかすんですか?」
 那々が素っ頓狂な質問をしても、マリエットは静かに答える。
「それは、念力のような力を使うこともあれば、物理的に行う霊もいますよ」
「物理的って言うと、幽霊がちゃぶ台返しとかしちゃうんですね! 想像するとシュールです!」
「確かにそうかも…」
 クーちゃんがマリエットの頭から離れて、棚の上に置いてある大き目の石の周りを飛んでしきりに囀り始めた。
「あれが元凶みたいですね。悪霊はここを中心として活動をしています。ここに罠を張っておけば、捕えることが出来ます」
 マリエットはカードを一枚出して床に置いた。
「更にもう一枚、これはデビルのカードです。このカードから発する暗い気配が悪霊を引き付けます」
「餌まであるんですね」
『餌じゃないよ…』
 それからマリエットは六芒星の書いてあるカードを、二枚のタロットの周りに円形に配置した。
「これで準備完了です。サンの輝きがあると幽霊は近づけないので、罠にかかるまで廊下に出て待ちます」
「了解です! 果報は寝て待てですね!」
「寝たら駄目ですよ」
 マリエットは廊下に出ると、その場にぺたんと座り込んで小さな水筒を出した。
「悪霊が捕まるまでお茶でも飲みましょう。一つしかないので順番に回し飲みです」
「なんか幽霊退治って、ピクニックみたいで楽しいですね!」
「それはだいぶ間違ってます」
『アホー』
 クーちゃんがカラスの真似をした。それから二人でお茶を飲んでいると、下から人が上ってくる気配がした。恐る恐る依頼主の男性が姿を現す。お茶を交互に飲んでいる那々とマリエットを見て、彼は唖然とした。
「…しばらく出てこないので様子を見にきたら、貴方達は何をやっているんだ!」
「お茶を飲んでます」
「それは見ればわかりますよ!」
「果報は寝て待てですよ!」
「意味が分からない!?」
 依頼主はマリエットと那々に立て続けに突っ込んで、肩で息をした。依頼主がさらに文句を並べようとしたとき、隣の部屋から大きな物音が聞こえてきた。何か大型の生き物が暴れているようだった。
「捕まりました」
 マリエットは言って、目の前の部屋のドアを開けると、部屋は中央に現れている光の十字架によって煌々と照らされていた。更にその十字架には、幾重にも棘が巻きついていた。依頼主は状況が理解できずにいた。
「あれは何だ?」
 マリエットは黙って六芒星の描かれているカードを人差し指と中指の間に挟むと言った。
「悪霊よ、その姿を現せ」
 マリエットの手にあるカードの六芒星が輝く。すると、先ほど床に配置されたカードの六芒星も同じ様に輝いた。そして、円形に配置されたカードとカードの間が次々と光の線で結ばれ、あっという間に床に六芒星の円陣を描いた。
円陣の中心に立つ光の十字架に、逆さに吊るされた姿が現れる。その者の下半身は擦り切れたズボンを着て、上半身は裸、腕は四本有り、余分な二本は胸や背中など異様な場所から突き出ていた。そして、首が分かれていて頭が二つ有り、片方はほぼ白骨化していて右目だけがぎょろつき、もう一方の頭は半分溶け落ちて下を突き出し、右目が飛び出して垂れ下がっていた。全身もところどころ腐り落ちていて、肋骨や内臓が露出している。光の十字架に逆さに吊るされて棘で縛られたその醜悪な怨霊は、それぞれの口から背筋の寒くなるような異様な声を上げながら、二つの頭を振り乱していた。
「ひいいいぃぃっ!!?」
 怨霊を見た依頼主は、心臓が飛び出すくらいの悲鳴をあげ、走るくらいの早さで後退り、部屋の廊下に飛び出して壁に背中を打ち付けると、腰が砕けて座り込んだ。
「な、なな、なぁ、なんだ、それはっ!!?」
「複合霊です。同じ様な怨念を持った幽霊同士が合体してしまったのですね。二体分だから霊障が強かったんです」
「二対合体なんて、幽霊もやりますね!」
 那々の発言を流して、マリエットは事も無げに言った。
「言うのを忘れていましたけど、見ない方がいいですよ」
「見てから言わないでくれーっ!!!」
「そんなに怖がることありませんよ。だって、目に見えなかっただけで、ずっとこの変質者、じゃなくて幽霊と一緒に生活していたんですから!」
「い、いやあーーーーーっ!!!」
 依頼主は那々の一言でショックのあまり気絶してしまった。
「……那々さんが変なフォロー入れるからですよ」
「あれ〜?」
「とにかく除霊です。この悪霊には、ジャッジメントのカードを使います」
 マリエットは女の子の裁定者が描かれたカードをホルダーから取り出した。
「ジャッジメントは罪の重い者ほど重い罰を科します。つまり、強い怨念を持った霊ほどダメージを受けます」
 クーちゃんが頭から離れると、マリエットは跳躍して、着地と同時にジャッジメントのカードを結界の上に重ねた。
「ジャッジメントの聖なる輝きが、悪霊を滅ぼします」
 六芒星の円陣の中に筒状に白い光が満ちる。すると悪霊が二つの頭をのたうって異様な苦悶の悲鳴をあげた。獣が低く吠えるような声と、妙に甲高い男の声が入り混じり、強烈な断末魔に打たれて周りの家具が小刻みに揺れ、那々は耳を塞いだ。
徐々に悪霊の姿が消えていくと、同時に叫び声もなくなって、辺りはしんと静まり返った。
「除霊、完了です」
「マリーちゃん、かっこいい!」
 その時、棚の上に積んであったダンボールの一つが落下した。それは見事に那々の頭に命中する。
「あうっ!?」
 那々が倒れると、ダンボールが次々と落下して、埃が舞い上がった。那々は頭にたんこぶを作り、何だかよく分からないガラクタが入った段ボール箱に埋もれていた。その情けない姿を見てマリエットは静かに言った。
「占い、当たりましたね」
「うう、霊験あらたかですね……」
 先ほどのマリエットの占いが、見事に的中したのだった。

 依頼主が目を覚ました時、目の前で那々とマリエットが覗き込んでいた。
「気が付きましたね」
「ああ!? あの化け物は!?」
「ご安心下さい。既に除霊済みですよ」
「もういないのかい?」
「はい」
「しかし、なんだってあんな化け物が……」
「悪霊が現れた原因はこれです」
 マリエットは棚の上にあった河原の石を見せた。
「それは、川にいったときに拾ってきた石だよ。変わった形をしていたので、気になったんだ」
「これは積善供養の石積みが流れてきたものだと思われます。霊は意外とこういった物にも宿るので、むやみに変なものを拾ってきてはいけません」
 マリエットが石を裏返すと、依頼主はぎょっとした。そこには二つの人間らしき顔のようなものが浮かんでいた。石を拾ってきた時には、そんなものがあった記憶はなかった。
「もう霊は宿っていませんけど、一応こちらで預かりますね」
「あ、ああ、お願いします」
「それで、今回の件についてですが、除霊を一度失敗していますので、三割引とさせて頂きます。それと、除霊が遅れたせいで物理的な損害と、依頼者様に精神的な苦痛を与えてしまったので、更に三割引いたします。あわせて六割引になりますので、二十万円の請求書を送らせて頂きます」
「は、はい、分かりました」
「あと、無いとは思いますけど、万が一また霊障が起った場合はご連絡下さい。すぐに対処いたします」
「それはどうも…」
 マリエットは一気に用件を言うと、一礼して那々と一緒に家を出た。外はすっかり暗くなり、街灯の白い光が団地の路地を照らしていた。
「わたしもマリーちゃんみたいに、あんな技が使えたらいいのにな〜」
「わたしのは洋式ですから、那々さんには向かないと思います。那々さんに適した霊術を探していくといいですよ」
「マリーちゃん、那々でいいよ。わたしたち友達なんだから、さん付けなんて変だよ」
「……本当に、わたしとお友達になってくれるんですか?」
「もう会ったときからお友達だよ。わたし、マリーちゃんの事が、とっても好きになったから」
 那々が言うと、今までずっと無表情だったマリエットが、無垢な天使を思わせるような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、那々」
 この瞬間に、那々はマリエットにとって、たった一人心を通わせることの出来る親友となった。


5 :四季条 ユウ :2011/10/16(日) 09:16:58 ID:rcoJmAzeQA

第三話 宇宙(そら)へ 1

 那々が除霊体験をした次の日、夕方になると妖命社に学校を終えた少女たちが集まってきていた。
「六割とは思い切った値引きをしたわね……」
「依頼主さんを気絶させてしまいましたので」
 マリエットが言うと、杷月は苦々しい顔をしていた。それに向かって霞が口を開く。
「ごねられるよりはいいでしょ。器物破損もこっちの責任にされたっておかしくなかったんだし、お金もらえただけましだよ」
「そうね、この場合は冴えた判断だったわ」
「何かあったんですか〜?」
 那々が聞くと、杷月の冷たい視線が注がれる。
「五十万もらえるはずだった報酬が二十万になってしまったのよ」
「三十万円も少ないじゃないですか!?」
「誰かさんが除霊失敗しちゃうから」
「誰ですか!? 本当にしょうもない人ですね!」
「あなたでしょう!!」
「ええぇっ!? わたし!?」
「何でそんなに驚くの! まさか、除霊を失敗したという自覚すらなかったと言うの!?」
 那々は助けを求めるようにマリエットを見つめる。すると、頭の上のクーちゃんが喋った。
『那々のせいで三十万消えた! あ〜もったいない、三十万もったいない!』
「や、やめてーっ! 金銭換算されるとすごく重いから!」
「那々を虐めちゃだめだよ、クーちゃん」
 クーちゃんは頭を抱えている那々を見下ろして、何食わぬ顔で囀っていた。
「まあ、今回は那々を一人で行かせたわたしの責任だから、気にする必要はないわ」
「なーんだ、悪いのは杷月さんなんですね、心配して損しちゃいました」
「それは幾らなんでも開き直りすぎよ! 少しは気にしなさい!」
「うう、さっきと言ってること違う……」
「バイト代を払う以上、甘くはないわ。さあ、仕事を始めるわよ!」
 この日は霊退治の仕事は無かった。杷月は奥の部屋に引きこもり、マリエットはPCで報告書作り、霞は机の上に色々出して磨いていた。那々はやる事がないので、皆にお茶を淹れてお盆にのせると、見事に転んだ。それを見た霞は呆れ顔になる。
「あんた、なんというお約束を…」
「ふにゃ〜、ごめんなさい〜」
「お茶はわたしが淹れますから、床の方をお願いします」
 マリエットがお茶の用意をしている間、霞と那々は床を掃除する。霞が割れた湯飲みを拾いながら言った。
「まったく、余計な仕事増やすなよ」
「すみませんです…」
 雑巾がけしていた那々は、ふと霞の机の上を見る。何だかよく分からない部品が沢山並んでいた。
「霞さん、何を作ろうとしてるんですか?」
「ああ、それね。見て分からない?」
 霞は机の上にある銀色の筒状の部品を手にとって見せた。かなり大きく重厚なそれから、那々は何だか不吉なものを感じた。
「何か危なそうなものだという事だけは分かります……」
「別に危なくなんてないよ。ただのバズーカー砲だから」
「へ〜、バズーカー砲!!?」
「大丈夫だって、対妖霊用だから、たいした威力はないんだ」
「びっくりしました。人に撃っても害はないんですね」
「いや、車一台くらいなら軽く吹っ飛ぶよ」
「危なすぎです!!」
「いくらわたしでも、こんなもの人に向かって撃ちゃしないわよ」
「そういう問題ではないような気もします……」
「お茶が入りました」
 マリエットがお茶を持ってくると霞が言った。
「那々、杷月さんにお茶をもっていってあげなさいよ。今頃営業活動してると思うから、面白いものが見られるよ」
「部屋にこもりながら営業活動するんですか?」
「行ってみれば分かるよ」
 那々がお茶を持って杷月の入った部屋に向かうと、霞が意地悪そうな笑みを浮かべる。
「那々の奴、驚いてまたお茶こぼすね」
「五樹さんは意地悪ですね」
 那々はノックもせずに社長室のドアを開けた。
「杷月さん、お茶を持って…ああ!? でっかい犬がいる!!」
 那々はお茶とお盆を放り出し、嬉々として社長室に駆け込んだ。宙に投げ出された熱いお茶の入った湯飲みが、弧を描いて霞に向かって落ちてくる。
「やばい!」
 霞はオートマチックを素早く構えて、三連弾を発射する。それらは見事に空中の湯飲みに命中して、お茶と陶器が飛び散った。
「ふ、自分でも怖くなるくらいの腕前ね」
「天井に穴が開きました」
「げっ!? 杷月さんには内緒ね!」
「……」
 霞とマリエットが話している一方で、那々は杷月の側に座っている大型犬くらいの生き物を見て大騒ぎしていた。
「杷月さん、犬なんて飼ってたんですね! 大きいですね!」
「あなた、お茶を持ってきたって言ってなかった?」
「あ、そうでした! …あれ? どっかいっちゃったみたいです!」
「どこにやったの!?」
 那々は杷月の突っ込みを聞かずに、白い犬らしきものに近づいた。
「毛がフサフサしてて、三角の大きい耳がラブリーですね」
 那々が犬らしき生き物の頭に手を伸ばす。
「不用意に触らない方がいいわよ!」
「ほえ?」
 もう触っていた。犬っぽいものは頭をなでる那々の匂いをかいでいる。それが自分にしか慣れない事を知っていた杷月は、意外そうな顔をしていた。
「ああ!? この犬、長い尻尾が三本もある!?」
「これが犬じゃないって事は、さすがに分かったかしら」
「すごい! 品種改良の技術も、ついにここまで来たんですね!」
「どんな品種改良よ!? そもそも、尻尾が三本もある不気味な犬なんて、誰も買わないわよ!」
「珍獣マニアとかが買うのかと思いました」
「そんなコアな人だけの為に、品種改良なんてしない!」
「じゃあこの子は…」
「狐よ、見て分からないの? わたしが使役している妖狐なのよ。名前は白羅(はくら)、もう百年は生きているわ」
「なるほど、品種改良された、ようこって言う種類の狐なんですね!」
「違う!! いい加減に品種改良から離れなさい!」
 そこにお茶を持って入ってきたマリエットが言った。
「妖狐と言うのは、長生きして妖怪化した狐の事なんですよ」
「何だかよく分からないけど、すごい狐って事ですね」
 丁寧なマリエットの説明にもかかわらず、よく分からないと言った那々に、杷月は呆れるしかなかった。
「もうそれでいいわ…」
「白羅、お手っ!」
「するかっ! 妖狐は誇り高い妖怪なのよ!」
 白羅はあっさりと、那々の手の上に前足を重ねた。
「なにぃーーーっ!!?」
 驚愕のあまり立ち上がる杷月、部屋を覗いていた霞も、開いた口が塞がらなかった。那々はそれくらいの事をやってのけたのだ。
 杷月は白羅の前に来てしゃがむと、その顔に刺さるような視線で見つめた。
「何やってるの? あなたには妖狐としての埃はないの?」
 白羅は、ぷいっと横を向いた。正に都合の悪い事から目を逸らした姿だった。
「すげぇ、わたしもやる!」
 部屋を覗いていた霞が入ってきて、白羅の前に手を出す。
「お手!」
「……」
「早くお手しろよ、この狐!」
 白羅はおもむろに前足を上げると、それを霞の頭の上に置いてから踏み倒した。霞は狐に足蹴にされるという非常に情けない姿を晒す破目になった。
「普通はそうなるわよねぇ」
 杷月が言うと、霞が狐の足を押しのけて立ち上がる。
「こんちくしょう、納得いかない!」
「うわぁ、尻尾がもふもふで気持ちいいです」
 那々は白羅の長い尻尾をマフラーの代わりにして遊び始める。霞は少しばかり羨ましそうな顔をしていた。それを見ていたマリエットは言った。
「五樹さんも、もふもふしたいんですね」
「な、何言っちゃってんの!? そんなわけないでしょ! あんなの、羨ましくもなんともないんだから!」
『分かりやすい奴め〜』
「黙れインコ!」
 杷月が再びパソコンの画面に向かう。液晶には地図が出ていて、その中で無数の紅い点が動いていた。
「杷月さんは何を見ているんですか?」
「これは那由多町(なゆたちょう)の地図で、動いてる紅い点は放った飯綱(いずな)がいる場所よ。このパソコンには付喪神(つくもがみ)が憑いていて、霊獣の居場所を地図上で示してくれるの」
「いずな?」
「それは見せた方が早いわね。今一匹戻ってくるわ」
 杷月が言ってすぐに、少し開いている窓から白い小型の動物が入ってきた。体は細長く、耳は狐のように三角で、長めの尻尾にはふさふさした毛がある。分かりやすく言うならば、おこじょと狐を足して二で割ったような動物である。
「可愛い! 何ですかこの殺人的に愛らしい生き物は!」
 那々はその生き物を胸に抱いて、頭をなでていた。
「それが飯綱。管狐(くだきつね)とも呼ばれる霊獣よ」
「タグキツネ?」
「それじゃネット用語みたいでしょう!? クダよ、ク・ダ・狐!」
「管状のものを住処とするから、別名で管狐と呼ばれるの」
 那々はマリエットの言う事に頷く。そこは理解したようだった。
「管状のものと言うと、トイレットペーパーの芯とか!」
「そんなものに住まわせたら飯綱が可愛そうでしょ!!」
 那々に抱かれている飯綱が呆れたかのように溜息をついていた。
「そう言えば、杷月さんはここで営業活動をしていると伺いました」
「今やっているのは下調べね。わたしは飯綱の見ているものを、霊視する事が出来るの。分かりやすく言うと、色んな場所に設置したカメラを次々と見ていくようなものね。飯綱がカメラの代わりになっていると言う訳」
「すごい! 飯綱って便利なんですね!」
「驚くところが微妙にずれてるよ。飯綱が便利なんじゃなくて、杷月さんがすごいんだ。普通の飯綱使いじゃこんな事は出来ないんだから」
 と霞が言った。
「こうやって悪霊がついている人や場所を探してから営業をかけるのよ。霊商法って八割方詐欺だから、信用を得るのが難しいのよねぇ。仕事を待っているだけでは、とてもやっていけないの」
 それから杷月は淡々と仕事をこなした。
「…飯綱A子供に餌付けされ中、飯綱B野良犬と交戦中、飯綱Cお昼寝中……あなたたちちゃんと働きなさい!!」
 独り言をずっと言っている杷月を、那々と霞は見守っていた。
「何か、すごく危ない人に見えます」
「眼鏡女だから余計にやばいよなぁ」
「貴方たち、お黙り!」
 十数匹の飯綱が那由多町を駆け巡る。飯綱は霊的な獣なので、普通の人間には見えない。彼らは何人か霊の取り付いた人間を見つけたが、取り立ててすぐに除霊が必要な程ではなかった。やがて一匹の飯綱が那由多医大病院へと入っていった。すると、杷月に強烈な妖気が伝わった。
「この病院、何かある。飯綱を総動員して徹底的に調査ね」
 すぐに十数匹の飯綱が病院に集まり、あらゆる場所に入り込んでいく。すると、驚くべきことが明らかになっていった。
「どうなってるの、悪霊だらけじゃない……」
「そんなに沢山いるの?」
 そう言う霞に、杷月は頷いてから言った。
「何かに引き寄せられているんだわ。何匹かの飯綱が元凶を見つけたけど、妖気が強すぎて中には入れない。地下の閉鎖された手術室ね」
「聞いただけでも何だかやばそうだね…」
「これはまずい。弱っている人が沢山いるから、早く除霊しないと取り返しの付かない事になるわ」
 杷月は立ち上がると言った。
「マリエットは引き続き内業をお願いね」
「はい」
「霞と那々は、わたしと一緒に来て、わたしが院長と話している間に、病院の中を調査してちょうだい」
「わかったよ」
「はい、了解です!」
 那々が力強く挙手の敬礼をすると、杷月は思わず微笑した。
「良いお返事ね、那々」
 三人は車に乗って那由多医大病院に向かった。


 病院に着くとすぐに杷月は院長と会い、那々たちは病院の調査をはじめた。
「まずは、地下の手術室とやらを見つけないとね」
 霞が那々に声をかけようとすると、その姿は忽然と消えていた。
「あれ? おい、那々、どこだ!」
 霞が辺りを見ると、すぐに那々を見つけた。窓際でパジャマ姿の髪を後ろで二つにまとめている五歳くらいの女の子と楽しそうに話をしていた。
「何やってんのよ!」
「あ、霞さん、お友達が出来ました。豊野夏梨奈(とよのかりな)ちゃんですよ」
「こんにちは、梨奈です」
 梨奈がぺこりと頭を下げると、霞は愛想笑いを浮かべた。
「病院に来て十分しか経ってないのに、もう友達を作るとは…」
「今、梨奈ちゃんと将来の夢を話していたんです」
「夢ねぇ」
「わたしはお星様になったお母さんと一緒に、お花屋さんをやるのが夢なの」
「それって……」
 霞は心にちくりと痛みを覚えた。小さな子供が言っている事なので、支離滅裂なのかもしれないが、明るく笑う梨奈の中に、達観したようなものがあるように思えた。
「わたしは今日の夜は、お金持ちになる夢を見ます!」
「阿呆! それは夢違いだ!」
「だって、未来の夢のお話ですよ」
「こういう時は、生涯をかけて叶えたい夢を言うんだよ! それをぶち壊すようなボケをかますなーっ!」
「あはは、お姉ちゃんおもしろーい」
 梨奈は楽しそうに笑っていた。それを見た霞は怒る気が失せた。
「ほら、いくよ那々」
「わたしこれからお仕事ですから、梨奈ちゃん、また後でお話しましょうね」
「うん、ばいばーい」
 二人は並んで病院の廊下を歩き始める。辺りは大きな窓から入る日に照らされて温かく、沢山並んだ長いすには患者がひしめくように座り、看護婦は忙しなく歩き回る。病院特有の雰囲気と匂の中で、那々は言った。
「あの子、もうすぐ死にます」
「あんた、そんな事が分かるの?」
「はい、何となくだけど、分かるんです」
「だから天国のお母さんと一緒にお花屋さんか。あの子は自分が死ぬってことを知ってるんだね」
「多分、周りの人は教えていないです。でも、感じてるんだと思います。子供って、すごく鋭い感性をもっていますから」
「そうか、悲しいね」
「全然悲しくなんてありませんよ」
「はぁ? 何でよ?」
 那々はそう言う霞の姿を、不思議そうに見ていた。
「だって、あの子は自分が死ぬと分かっていても、希望を持っているじゃないですか」
「近いうちに死ぬんじゃ、希望もなにもないよ」
 那々は困ったような顔をした。感覚的に分かっている事を伝える言葉が浮かばないのだ。
「それよりも仕事だよ。地下を探すんだ」
「はぁーい」
 緊張感の欠片もない那々の返事に、霞は先が思いやられた。
 二人は病院内を探索し、人気のない奥まったところで、立ち入り禁止になっている扉を見つけた。この辺りは電灯がないので薄暗く、大きな鋼鉄の扉には錠前がかかっていて、ここが監獄でもあるかのような息苦しさを感じさせる。
「何だか嫌な感じがします…」
「わたしもだよ。間違いなくこの先だね」
「とっても立派な錠前が掛かっていますよ」
「わたしにまかせて」
 霞は那々が見た事もない金具を出すと、それを鍵穴に差し込んでいじくり回す。
「こんな鍵なんて、この五樹にかかれば……」
 そして鍵の外れる音が、薄暗い中に響いた。
「すごい! 怪盗五樹現る!」
「誰が怪盗だよ!? わけわからんこと言ってないで行くわよ!」
 その扉を開けた瞬間に、ぬめるような湿気と怖気が走るような冷気が噴き出した。そのあまりにも異様な空気に当てられて、霞は顔を歪める。
「これはまじでやばいね……」
 一寸先は闇だった。霞が小さな懐中電灯を出して中に入ると、たちどころに世界が変わった。地獄にでも足を踏み入れたかと思うような、異様な空気が二人の少女に重くのしかかってくる。少し歩くと、すぐに地下に下りる階段が現れた。
「ずっと下の方に、変質者が沢山いるみたいです」
「だから、幽霊だって、いい加減に区別付けなさいよ」
「あ、そうでした」
「…ここにはあんたのボケでも払えない闇があるよ」
 二人が階段を下りる足音が、闇の中に響く。音の反響が高く、暗くて辺りがよく見えないが、なり広い通路である事が分かる。
 やがて地下まで下りると、また目の前に鉄の扉が現れた。最初の扉と同じ様に錠前が付いている。
「二重の扉ね。この先に封印しておきたいものがあるって事か」
 霞は那々に懐中電灯を持たせて、真新しい錠前を外しにかかった。
「いい、少しでもやばいと思ったら、すぐに逃げるんだからね」
「はい、わかりました!」
「あんた返事はいいんだけど、何か心配なのよね」
 そして鍵が外れ、霞は扉を押した。それが開くと、更に息の詰まるような妖気が二人を包み込んだ。
「銃の一丁くらい持ってくるんだった」
 一歩足を踏み入れた瞬間に、そこかしこに悪霊の気配がしていた。
「あ、兵隊さんがいる!」
 那々が小走りで先へ行く。
「こらこら! 勝手に奥に行くな!」
 霞は慌てて那々の後を追いかけた。すると那々が立ち止まった先に、何人かが立ってこちらを見ていた。全員が軍服を着て帽子を被っているので、軍人だという事がすぐに分かった。全員が無念を孕む苦しげな呻き声をあげていた。その姿は白骨化しているものもあれば、包帯を巻いて血まみれの姿のものもあり、手や足が無くなっている者もあった。普通の人間が見たのなら、悲鳴をあげて逃げ出すか気を失うところだろう。
「日本軍の兵隊か。この病院は戦時中にも使われていたんだ。多分この地下室で、沢山の人が死んだんだね」
 彼らのおぞましい姿をきょとんと見ていた那々は、何を思ったのか手を上げた。
「敬礼!」
「するな!」
 那々が額に手を当てると、兵隊の亡霊たちは背筋を伸ばして同じく挙手の敬礼を返した。
「何て乗りのいい亡霊たち…」
「亡霊さんたちは、この先には行かない方がいいって言っていますよ」
「あんた、幽霊の心がわかるの?」
「はい、なんか危ない人がいるそうです」
「人じゃなくて幽霊だろ。まあ、この先に例の手術室があるのは間違いないから、危険を冒して先に進む必要はないね」
「みなさん、ありがとうございました」
 那々が兵隊の亡霊たちに頭を下げると、彼らは消えていった。それを見た霞は、目を見張る。彼らはただ消えたのではなかった。
「昇天した!?」
「天に昇っていきましたね〜」
 霞はあっけらかんとして言う那々を見つめる。
 ――接触しただけで霊を昇天させるなんて…。それに、さっきから悪霊の気配を感じるのに襲ってこないのも、この子がいるからか。この子に何があると言うの?
 何はともあれ、霞と那々は地下室を突き止めたのだった。一方、杷月はと言うと、病院の院長に怒鳴られていた。
「何が悪霊だ! そんな下らんことを言いに来たのか! この詐欺師めが!」
 少し太り気味の頭が禿げ上がった白衣の院長は、激怒して杷月を罵倒していた。
「いきなり信じろというのは無理ですわね。名刺を置いていきます。霊現象でお困りの事があれば、妖命社が対処いたしますわ」
「出て行け!!」
「分かりました。最後にお聞きしたいのですが、ここ最近の話で、院内で事件がありませんでしたか? 殺人とか事故とか」
 その時、院長の表情が一瞬だけ曇る。
「そんなもんありゃせんわ!」
「分かりました。突然お邪魔して、申し訳ありませんでした。失礼させて頂きますわ」
 霞と那々は、病院の入り口の辺りで杷月を待っていた。霞は杷月の姿を認めると言った。
「どうだった?」
「例の如く門前払いよ。名刺は置いてきたから、後で電話がかかってくるわ」
「それまでは手出し出来ないのか」
「那々はちゃんとお仕事出来たのかしら?」
「はい! お友達が出来ました!」
「何で仕事中に友達が出来るのよ…」
「この子ったら、誰とでも友達になっちゃうんだよ」
「それは良いことだと思うけど、仕事はしっかりやってね」
「はい、大丈夫ですよ」
「本当かしら…」
 杷月たちが会社に戻ると、マリエットは山積みの書類を作って待っていた。
「二葉さん、報告書全部完成しましたから」
「偉いわマリエット、武器をいじくるしか脳がない誰かさんとは大違いねぇ」
「へ〜、誰それ? 誰なの? ねぇ、誰?」
 杷月はしつこく詰め寄る霞に拳骨をくれてから言った。
「さ、もう遅いから貴方たちは帰りなさい。わたしは那由多医大のリサーチを続けるわ」
「門前払いされたのに調べるんですか?」
「この仕事は営業先から99%の確率で再連絡があるの。だから事前に情報収集するのは定石と言えるわ」
「それって、ほとんど確実に連絡してくるって事ですね」
「それはそうよ。悪霊妖怪の類なんて、普通の人間では対処できないもの」
「へいへい、頑張って下さい。わたしは頭が割れるほど痛いから帰る」
 霞は殴られた頭のこぶを触って不機嫌に言う。
「はいはい、さっさと帰りなさい、お馬鹿さん」
「ふんだ!」
 霞は怒ってさっさと出て行くと、マリエットも無言で頭を下げて帰り、那々と杷月が後に残った。
「あなたは帰らないの?」
「杷月さんのお仕事を見学させてもらっても良いですか?」
「それは構わないけど、面白いものではないわよ」
 那々と杷月は奥の社長室に入り、杷月は二台あるパソコンの一台の前に座った。
「付喪神のパソコンは使わないんですか?」
「ああ、そっちのは型が古いのよ。調査以外の事はこっちの新しい方を使うわ」
「何で古いんですか?」
「物が古ければ古いほど、付喪神を宿らせ易いのよ」
「ふ〜ん、付喪神さんは新しいものよりも古いものが好きなんですか。骨董品が好きなおじいさんみたいなものですね!」
「…突っ込むとややこしくなりそうだから、そういう事にしておくわ」
 それから杷月は無言でキーボードを叩き始める。それが凄まじい早さで、液晶画面も目まぐるしく変わり、那々は目が回りそうになった。
「う〜っ、杷月さんはいつもこんな事を?」
「経営に営業、情報収集、そして除霊に出向く社員のサポート、それがわたしの仕事よ」
「ずっと部屋にこもっているから、同人誌でも読んでるのかと思いました」
「何で同人誌!? わたしはそんな駄目な経営者じゃないわよ!」
「眼鏡かけてるから、その道の人かと思って…」
「何の道よ!?」
 杷月は突っ込みをいれつつも、しっかり手は動かしていた。
「まったく貴方は、調子が狂うわね」
「あのぅ、よく分からないことがあるんですけど…」
「何かしら?」
「情報収集って何するんですか?」
「貴方はそんな事も分からないの!?」
「はい、実は…」
「いい、心霊現象には必ず原因があるの。それを調べるのが情報収集するって事よ。何で悪霊がそこにいるのか、その因果関係が分かれば、除霊をする糸口が見えてくるし、除霊に出向く社員の安全にも繋がるわ。わたしの仕事の中では、情報収集が最も大切と言えるわね」
「なるほど〜」
――この子、本当に分かってるのかしら?
 杷月がしばらくキーボードを叩いていると、那々はいつの間にか絨毯の上で横になって寝ていた。
「問題はあるけど、一生懸命やってるのは分かるわね」
 杷月は那々に毛布を一枚かけてから、朝方まで仕事を続けた。


6 :四季条 ユウ :2011/10/16(日) 09:22:54 ID:rcoJmAzeQA

宇宙(そら)へ 2

 那由多医大病院、第二手術室。ここで早朝に救急で運ばれてきた患者の手術が行われようとしていた。執刀医の他に意志が任と看護師一人が立ち会っていた。患者の腹部を切り開き、手術も中盤というところで、執刀医が看護師に向かって手を出す。
「コ、コッヘ…いや、メ、メスだ、メス…」
「先生、もうメスは必要ありませんよ」
「…メス、メス、メスが必要なんだーーーっ!!!」
 執刀医が突然発狂し、メスを取り上げて手を振り上げる。あまりの出来事に、他の四人は呆然とした。執刀医は完全に狂った奇声に近い笑い声をあげて、メスをむき出しになっている患者の内臓に突き刺した。
「もっと見せろ!! 中身を見せろーっ!!」
「な、何を、先生!!?」
「やめろ!!!」
 他の四人が慌てて執刀医を止める。既に何度かメスが振り下ろされていた。
「メスだよ、メスがいいのだよ! 血も出るし、肉を切り刻む感触がたまらない! 胃腸、肝臓、腎臓、心臓! もっともっと切り刻みたーーーいっ!!」
 凄まじい力で執刀医がもがく。四人がかりで押さえつけるのがやっとの状態だった。
「なんだこれは!? どうなっているんだ!?」
 医師の一人が余りに常軌を逸した事態に叫び、狂った執刀医の顔を見た看護師は恐怖で体を震わせていた。それはもはや人間の顔ではなかった。

 患者は一命を取り留めたものの、那由多医大病院で起こった衝撃的な事件は、ニュースにまでなって瞬く間に世間に広まった。それだけではなく、事件が起こった日を境にして、病院内での幽霊の目撃情報が多くなり、それまで元気だった患者が急に重篤な状態になるという事態も相次いだ。那由多医大は呪われているという噂が流れ、患者はどんどん離れていった。
 那々は那由多医大の調査を行った日からずっとお見舞いに通っていた。この日の放課後もコンビニで数種類のチョコレートを買って病院に足を運ぶ。
 事件があってからというもの、人が減り続けている病院は、今となってはかなり閑散としていた。長椅子に座って待っている人の数もまばらで、空き部屋もいくつもある。残っている患者と言えば、物好きか経済的貧困者か重篤な患者くらいなものであった。
 那々がこの病院でいくところと言えば決まっている。
「こんにちは〜」
「あ、お姉ちゃん!」
 那々が豊野夏梨奈の表札がある部屋に入ると、幼い少女が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「今日はチョコレートを一杯買ってきましたよ〜」
「わぁーい!」
 会社に行く前に梨奈の見舞いをするのが那々の日課となっていた。この日も手土産を渡すと、他愛のない話で盛り上がる。病室にはいつも中年の女性がいて、彼女は梨奈が住んでいた孤児院の職員だった。梨奈は孤児(みなしご)なのだ。
 いつものように一時間ほど話をして那々が病室から出ると、孤児院の女性が後を追ってきて言った。
「那々さん、いつもありがとうございます」
「いいんです、気にしないで下さい」
「どうして貴方は梨奈の事を気にかけてくれるのですか?」
「えっと、それは、お母さんのいない梨奈ちゃんが、少しでも寂しさを紛らわしてくれたら良いなと思って」
「そうでしたか……」
 女性は少し黙った後、意を決するようにして言った。
「実は、あの子の母親は生きているんです」
「へ? 本当ですか?」
「はい、あの子は母を亡くしたわけではありません。父も母も分からない捨て子だったのです。あの子には母親は死んだと言い聞かせてきましたが、最近になって母親の消息が分かって、せめて最後に会ってほしいとお願いしたのですが……」
「したのですが?」
「自分にはそんな子供などいないと……あの子が不憫で仕方がありません……」
「何を泣いているんですか? そんな人どうでもいいじゃないですか」
「あ、貴方は何という事を!? お優しい方だと思ってお話したのに!」
「例え血の繋がりがあったとしても、子を子とも思えない人は親などではありません! そんな人とは会わない方がいいです! 梨奈ちゃんは死ねば天国のお母さんに会えると思って、それを希望にして生きています。死ぬことなんて、恐れてはいません。莉奈ちゃんの境遇を悲しむのは勝手ですけれど、大切なのは梨奈ちゃんの心なんです!」
 那々の胸を貫くような強い声に、女性は言葉を失ってしまった。

 その日、妖命社に一本の電話があった。
「はい、妖命社でございます」
 杷月が電話に出ると、少しの沈黙の後、男の声が言った。
『わたしだ、那由多医大の』
「お待ちしていましたわ、院長先生。私どもにお任せいただければ、全て解決して差し上げます。それなりの料金は頂く事になりますけれどね」
『いくら必要なんだ?』
「この一週間で悪霊の数も力も増しています。大規模な除霊になりますので、150万頂きましょう。それと、病院側の協力も必要です」
『…よかろう。但し、この事態が本当に解決できたら報酬を払う』
「もちろん、それで結構です」
『なるべく早く頼む』
 杷月は電話を置くと言った。
「みんな、仕事よ!」
「あうーっ!」
 杷月が力を込めて言ったすぐ後に、玄関の方で大きな音と悲鳴が聞こえてくる。杷月が行ってみると、那々が転んでいた。
「ふにゃ〜、鼻打った、痛い…」
「あなたは、こんな時間に来て何をしているの」
「すみません、ちょっと寄り道していたらこんな時間になっちゃいまして」
「まあいいわ、これから仕事だから、ついていきなさい」
「はい! 那々、頑張ります!」
「あなたは何も出来ないんだから、あんまり無理はしなくていいからね…」
 霞は奥の部屋で武器の物色を始めていた。
「久しぶりに大暴れできそうな予感」
「あと、重火器の持込は一切禁止よ、いいわね霞!」
「えーーーっ!」
「当たり前でしょ! 貴方はそれで何度も失敗しているんだから!」
「ちぇっ、仕方ない、じゃあこれにするか」
 霞は二振りの刀を持ち出した。
「わたしはどうしても気になる事があるから、ここに残ってそれを調べるわ。除霊は数が多いと思うから、霞が適任ね。マリエットはサポートに回って」
 霞とマリエットがそれぞれ返事をすると、杷月は言った。
「では、出動!」

 那々たちが病院に近づくと、霞の携帯のベルが鳴る。
「もしもし、杷月さん、もう少しで着くよ」
『事前に飯綱を潜入させて調べておいたわ。強い妖気は地下から一階にかけて残ってる。元凶は一階より上には行っていないようね。病院の方には連絡して、全員二階に避難するように指示しておいたわ』
「さすが杷月さん、やる事が素早い。で、わたしたちはどうする?」
『マリエットは二階に待機して、もし悪霊が来たら患者を守るように、霞は地下の手術室にいって悪霊を引き寄せている元凶を断ちなさい』
「了解!」
 三人が病院に着く頃には、夜の帳が下りていた。病院は一階の一部屋を残して全ての電気が消えていた。
「急がないとまずそうだ!」
 少女達が病院に足を踏み入れた瞬間、異様に冷たい空気が包み込む。空間が明らかに変質していた。霞は中に入ると即座に言った。
「マリエットは上」
「はい」
「あのぅ、わたしは?」
「那々はわたしと一緒に除霊体験第二弾さ」
「はいっ!」
「クーちゃんを連れて行って下さい」
 マリエットの頭から那々の頭の上にクーちゃんは飛び移った。それからマリエットは暗い中で二階に繋がる階段を上っていった。
「わたし達は地下だ」
「ちょっと待って下さい。向こうに電気が付いてる部屋がありますよ」
 那々はその部屋に向かって走った。そして、明かりに近づくにつれて那々は確信した。そこは梨奈の部屋だった。那々が部屋の扉を開けると、一人の医師と三人の看護婦が集まっていた。
「なにしてるのさ、ここは危険だよ! 早く二階に非難して!」
 霞がまくしたてると、医者は首を横に振った。
「この子は先ほど容態が急変して、意識不明の重体なんだ。動かすことは出来ないよ。さっき突然病院内の電源がおちてしまって、今は何とか予備の電源で機材を動かしている。もし予備電源まで落ちたら、この子は確実に死にます」
「梨奈ちゃん…」
 那々は酸素マスクを付けている梨奈の姿を見て胸が張り裂けるような思いがした。
「なるべく早く片を付けるしかないわね。行くよ、那々!」
「はい!」
 二人は闇の中を地下室に向かって走った。
『上から来るぞ!』
 クーちゃんが騒ぎ出すと、霞は二振りの刀の鞘を捨て、銀の刀身が露となって光る。
「見せてあげるよ、わたしの霊術!」
 霞の刀に淡い光が宿った。同時に上から二体の悪霊が襲ってくる。霞は跳躍して、それらをまとめて斬り上げて真っ二つにした。悪霊共はたちどころに消滅する。
「ふわあ、消えた」
「わたしはあらゆる武器に霊力を宿す事が出来るんだ。その武器で攻撃された悪霊は浄化されるのさ」
「すごいですねぇ。ところで、その背中のものがすごく気になってるんですけど」
 霞はいつの間にか、黒い布で覆われた長物を背中に付けていた。
「ああ、これ、御守みたいなものだから、気にしないで」
「御守なんですか!? ずいぶん大きいんですね。形も変わってるし、御守も日々進化しているという事ですね」
「…言っとくけど、あんたが想像してるような神社の御守とは違うからね」
「そうでしたか〜、何かおかしいとは思いました」
「そんなの見りゃ分かるでしょ!」
 その御守は、霞が杷月の目を盗んで持ってきたものだった。
『来るぞ、前!』
 クーちゃんが言うと、多くの悪霊が姿を現す。顔と体の崩れた人の形をしたものが、一様に生者を呪う呻きをあげてぞろぞろと近づいてきた。ホラー映画差ながらの光景に、さすがの那々も腰が引けた。一方、霞は高揚して弦月のような笑みを浮かべ、身を屈めると矢を打ち出すような勢いで突進する。
「悪霊退散!」
 無数の銀光が闇夜を走る。十体近い悪霊が胴や胸から寸断されて、那々の前に転がった。霊体故に血が吹き出る事はないが、切断部から露になった内臓を、那々は直視して震えた。
「こ、こ、怖いですぅ……」
「あんた、慣れてるんじゃなかったの?」
「こんなリアルスプラッターハウスな状況には慣れていません」
「なによそれ?」
 霞が言った瞬間に、那々はこれ以上ない驚きで目を丸くして、とても信じられないという顔をする。
「えええぇーーーっ!!? 知らないんですか!!?」
「し、知らないわよ。悪かったわね」
 霞は最近の映画のタイトルか何かかと思い、考えてみたが、スプラッターハウスなんて聞いた事もなかった。
「今から20年以上前に流行った有名なホラーゲームですよ」
「んなもん分かるかボケっ!!」
「知らないなんて驚きです」
「わたしより年下のあんたがそれを知っている事の方が驚きだよ!」
「名作ですよ」
「もういいから! 先に進むよ!」
 霞は次々と襲ってくる悪霊をぶった斬って先へ進む。そして地下への入り口まで来たところで、携帯が鳴った。
「杷月さん、どうしたの?」
『元凶の正体が分かったわ。あなたは地下が戦前からあると思っていたみたいだけど、那由多医大が建築されたのは戦後の事よ。地下の施設も十年前までは使われていたわ』
「なんだって? じゃあ前に見た日本兵の幽霊は?」
『それはたまたま引き寄せられてそこにいただけよ。恐らく地下に潜んでいるのは、元々はこの病院の医者だった者よ。地下の施設はね、十年前に起こった陰惨な事件の後に封印されたの』
「陰惨な事件って?」
『狂った医者がいて、手術をすると称し、地下の施設で五人もの患者を殺害したわ。殺害方法は加害者の臓器を一つずつ切り取っていくという残酷なものよ。その上、切り取った内臓まで解剖していたという話よ。その男の死刑が一ヶ月ほど前に施行されてる』
「そいつが幽霊になって、ここに戻ってきたって訳か」
『そういうことね。そのマッドドクターの悪霊を見つけて潰しなさい』
「分かった!」
 霞は携帯を閉じると言った。
「一気にいくよ!」
 霞と那々は地下へと続く階段を一気に駆け下りる。廃棄された地下施設には更に多くの悪霊が待ち受けていた。霞は跳躍し、その中へ飛び込んでいく。
「どけーっ!!」
 霞の一刀が眼前の悪霊を両断する。次の瞬間には霞の周囲に閃光の円が描かれ、周りにいた悪霊が一気に消滅した。
 奥へと進むと、封印された手術室の扉が現れる。霞はそれを蹴破って中に駆け込んだ。そこには埃の溜まった寝台や手術の器具があるだけでがらんとしていた。
「どういう事だ、霊の気配もない……」
『上だ!』
 クーちゃんが言うと、那々が全力で走り出し、来た道を戻った。一気に階段を駆け上がり、まっすぐ続く廊下を走って明かりのある一部屋へと向かう。
「梨奈ちゃん!!」
 病室に何かが入っていくのが那々には見えた。その直後、中で梨奈の看護をしていた医者が、激しく震えだす。
「うひひ、くけ、くひひ……」
「先生?」
 三人の看護婦が医師を怪訝な目で見つめる。
「かわいいね〜っ、子供の中身は見た事がないなぁ〜」
 近くの棚に果物ナイフを認めると、気味の悪い笑みをうかべて唾液をたらしながらそれを手に取った。
「見たい! 見たい! この子の中身が見たーーーいっ!!」
 医師は発狂しながら果物ナイフの鞘を取って、梨奈に向かって突き下ろす。看護婦達が驚いてそれを止めた。
「先生! 何をなさるんですか!」
「邪魔するなーーーっ!!!」
 凄まじい力で看護婦三人が弾き飛ばされ、壁やベッドに激突した。二人は気を失い、一人は朦朧とする意識の中で医師の凶行を見た。彼は今にも幼い少女の胸にナイフを振り下ろそうとしていた。
「だ、誰か止めて……」
 その時、扉が開いて那々が部屋に飛び込んできた。
「駄目ぇーーーっ!!」
 那々が梨奈の上に覆いかぶさる。医師の形相が鬼のように歪んだ。
「ええい! ならお前の中身から見てやるわーっ!!」
 那々の背中に向かって、人のものを遥かに超える力でナイフが振り下ろされる。だが、それが那々の背中に突き刺さる直前に、何かの力に弾き返された。同時に那々から発せられた白い光が病室を満たし、医師はいきなり衝撃を受けて吹っ飛んで壁に激突すると意識が飛んだ。
後から来た霞は、病室の入り口から溢れる光に目を細めた。
「この光はなんだ!? 何が起こっているんだよ!?」
 突然、病室の壁をすり抜けて、一糸纏わぬ巨躯の男が出て来る。
「ぐうおおおおぉーーーっ!!!」
 男が獣のように叫んだ。霞はそれに向かって両刀を構えた。
「出たな、こいつが元凶か!」
 その時、病室の光が消えて、那々が入り口から出て来た。その腕には梨奈を抱いていた。
「あれ、その子死にそうだったんじゃ」
「なんかわたし、人を元気にする力があるみたいです」
「まじかよ」
 梨奈が恐ろしい形相で睨む男を指差して言った。
「あのおじさん、裸だ〜」
「本当だ! あれはまさしく、変質者!!」
「気持ちは分かるけど、悪霊だから!」
 男の霊に、まだ生き残っていた悪霊たちが集まってくる。男は更に巨大化し、取り込んだ悪霊たちの顔が体中から浮き出ると、それぞれの口から異様な声が漏れた。
巨大な拳が、那々に向かって振り下ろされる。物理的な破壊力はないが、魂を砕かれる一撃だ。那々の前に素早く霞が割り込んできて、拳を交差させた二刀で止めた。
「こいつはその子を狙ってる。離れて!」
 那々が梨奈を抱いたまま少し離れると、霞は悪霊の拳を押し返し、右から横一文字の一閃で、敵の両足を切断、半瞬後には真上に跳躍すると同時に両手の刀を切り上げて両腕を断ち、さらに下降しながら首と胴を断った。百顔の巨人は一瞬にしてバラバラにされ、七つに分かれた体躯がリノリウムの床に崩れ落ちる。
「やったか!」
 霞が言ったそばから、異変が起こった。悪霊の胸部に腕や胴部などが次々と引き寄せられて繋がっていく。那々はそれを食い入るように見つつ言った。
「これは、戦隊物のロボットを彷彿とさせる鮮やかな合体!!」
「どこがよ!? こんなきもい合体、子供が見たらトラウマになるわ!!」
「もうなってますね」
「はわわ…」
 那々に抱かれている梨奈が、世にもおぞましい合体を見て震えていた。
「アホなこと言ってないで、もっと離れなさいよ! 危ないんだから!」
「あ、後ろ! 来てます!」
 霞が振り向くと、那々はそそくさと逃げた。悪霊は獣のように床を張って、四肢を素早く動かして霞の目前まで来ていた。
「早い!?」
 悪霊が邪魔なものをどけるように野太い右腕を払い、霞はそれをまともに喰らって吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
「先輩!?」
 那々は叫ぶが、他人の心配をしている場合ではなかった。悪霊が地を這う猿に近い異様な動きで迫ってきた。那々に成す術はなく、梨奈を守る為に抱き込んで悪霊に背中を見せる。
――殺されちゃう!
 那々が無言の叫びをあげたその時、銃声が闇夜に重く響く。
「ぐあああぁぁっ!!!」
 悪霊が頭を抱えて絶叫する。その頭部には無数の穴が開いていた。
「調子にのってんじゃねぇ、この変態医者が!」
 霞は背中にあった長物を手に持っていて、それを包んでいる黒い布に開いた穴から煙が昇っていた。霞がその黒布を取り払うと、ポンプ式のショットガンが姿を現す。それから彼女は丸いものを真上に放ち、落ちてきたそれを再び手に取ると、安全ピンを噛んで引き抜いた。
「喰らえ! 五樹特製、退魔フラッシュボム!」
 霞が投げた手榴弾が悪霊に接触した瞬間に眩い光を放った。悪霊の巨体に浮かんでいる顔の数だけ悲鳴があがり、光が失せた後には、悪霊の体に浮かんでいた顔が数えるほどに減り、躯体が一回り小さくなっていた。
「退魔フラッシュボムは力の弱い霊を消滅させる。お前みたいな複合霊には効果覿面さ」
 霞がショットガンを上下に振って弾を充填すると、銃身が淡く輝いた。普通は霊に銃弾など通用しないが、霞の霊力を弾丸に込めれば霊体を打ち抜く事も可能だ。
「覚悟しな!」
 ショットガンが火を吹いて、今度は悪霊の胸に無数の穴を開ける。霞はじりじりと前に出ながら銃身を振っては撃ちを繰り返し、悪霊は一撃ごとに後ずさった。
「きゃはははは! 殺人鬼の腐れ医者が! 蜂の巣になれ!!」
「あわわ、先輩が壊れたぁ!?」
霞は喜色を浮かべてショットガンを撃ちまくり、悪霊はあっという間に全身蜂の巣にされ、今にも消滅しそうな状態で弱々しく呻いた。霞は銃を投げ捨てて霊の頭上へと跳躍する。そして左手に持っていた刀を右に持ち替えて下降した。
「滅せよ悪霊!!」
 マッドドクターの悪霊は、脳天から一刀両断にされる。その瞬間に、獣と言うにもおぞましい断末魔の悲鳴をあげて消滅していった。
「先輩すごいです!」
「ふっ、五樹にかかればこんなもんさ」
「よ〜し、悪霊を倒したところで、屋上へ行きましょう」
「何で!?」
「夜も更けてきて、星が綺麗な時分ですよ!」
 那々は梨奈の手を引いて、階段がある方へ急いだ。
「ちょっと那々、意味わかんないわよ!?」
 霞は那々の後を追う事になった。
 那々は梨奈と一緒に屋上に出た。春の夜風がよく通る肌寒い夜だった。見上げれば、宝石を散りばめたような輝きが夜空を覆っていた。
 後から来た霞が、那々の意味不明の行動に少し苛ついていた。
「一体なんだって言うのよ!」
 その時になって、霞は闇夜に佇む梨奈の姿を見てはっとさせられた。梨奈の体が透けているように思えたのだ。
「那々、その子は幽霊…」
「しーっ、言っちゃ駄目です!」
 那々は人差し指を唇に当てて、霞を黙らせた後に言った。
「梨奈ちゃん、楽しい宇宙旅行の時間ですよ」
「宇宙旅行?」
「そうです。これからお空に飛んで宇宙を旅できるんですよ」
「本当に?」
「はい! その証拠にほら」
 那々が梨奈を抱き上げて手を離すと、梨奈は下には落ちないでそのまま空中に止まっていた。
「うわぁ、すごく軽い〜」
「さあ、旅立ちの時です」
「お姉ちゃんも一緒に行こうよ」
「ごめんね、わたしは行けないんです」
「一人じゃ寂しいよ……」
「楽しい旅の終わりには、優しいお母さんに会えますよ」
「本当に? 絶対?」
「絶対です! だから寂しくなんてありませんよ」
「わたしお母さんに会いに行く!」
 幼い少女は星に向かって飛んだ。疑いなど一つもない、ただ希望だけを胸に宇宙(そら)へと飛んでいった。
那々と霞は、次第に小さくなってゆく梨奈の姿を見上げていた。那々は言った。
「お母さんが言っていました。人間は喜びの中で死んでいける唯一の生き物だって。喜びの中で亡くなった人は、喜びの中で生まれいずるのです。梨奈ちゃんは優しいお母さんの元に生まれて、今度は幸せになれるはずです。もしかしたら、その家はお花屋さんだったりするかもしれませんね!」
「……」
霞は死ぬことに喜びがあるなど考えた事もなかった。そうであるならば、梨奈が死ぬと
分かっていた那々が悲しくないと言った事も分かるような気がした。

 空も白む夜明け近くに、梨奈の病室で気を失っていた医師が目を覚ます。看護婦たちは梨奈のベッドを囲んでいるのが見えた。
「頭が痛い…何があったのかまったく思い出せない……」
 医師は起き上がり、ベッドの患者を確認すると言った。
「病状が回復したのか!? 君達は何をぼっと突っ立っているんだい?」
「先生、この患者は既に亡くなっています」
 微笑を浮かべ、生前とまったく変わらない姿の少女がそこにいた。医師が生きていると思うほどに、梨奈の姿は安らかだった。医師が思わず疑って脈を確認すると、心臓はとまっているのに、その手はまだ温かい。
 看護婦の一人が泣きながら言った。
「まるで楽しい夢を見ているようですね。ただ眠っているとしか思えない」
 那々がこの部屋に飛び込んできた時に、梨奈は既に亡くなっていた。だから那々は、霊体だけを連れて出たのだ。宇宙(そら)へと送るために。

 あれから病院での怪異はなくなった。かなりの儲けになる仕事を終えて、この日の杷月は上機嫌だった。
 杷月が外の用事から帰ってきて会社のポストを確認すると、那由多医大から封筒が届いていた。
「何かしら?」
 杷月が会社に帰って自室で封筒の中身を確認すると、茫然自失となった。何とそれには一五〇万の相殺処理の詳細が書かれ、無数の銃創がある壁や床、破壊された窓ガラスや病院の設備などの写真が十数枚同封されていた。つまり一五〇万は病院の修理費の露と消えたのだ。怒りの炎が杷月を包み込む。
「霞!!」
 杷月はドアを壊すくらいの勢いで開けて、社員がいる隣の部屋に入っていく。
「な、なによ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょう! あれほど言ったのに、現場に銃を持っていったわね!」
「え、あ、えっと、そんなの持っていってないよ」
「じゃあこの写真はなんなのかしらねぇ? どう見ても散弾銃の銃創なんだけど」
「いや、わたしは知らないよ。ねぇ那々、わたし銃なんて使ってないよね?」
「はい! 先輩は壊れてバンバン撃ちまくってました!」
「少しはフォローしろ!」
 杷月の怒りのボルテージが急上昇すると、マリエットがタロットを切ってから一番上のカードを霞に見せる。
「こんなの出ました」
 死神の絵が霞の目に飛び込んだ。
「いやぁーーーっ!?」
「覚悟は出来ているんでしょうねぇ」
「逃げるが勝ち!」
 霞が逃げようとすると、既に白羅が入り口を塞いでいた。さらに社長室から数十匹の飯綱が出てきて霞を包囲する。霞は恐怖のあまり声も出なかった。
「お馬鹿さんには、たっぷりお仕置きしなきゃねぇ」
 那々とマリエットは二人して逃げるように会社から退散していた。その日、妖命社から聞こえてくる悲鳴に、周辺の住民は恐怖したと言う。

宇宙(そら)へ・・・終わり


7 :四季条 ユウ :2011/10/23(日) 18:11:35 ID:rcoJmAzeQA

第四話 トイレの花子さん 前編 @

 最近、那由多町ではトイレの花子さんの噂が流れていた。それは従来の花子さんとはまったく違っていて、その性質が子供たちの間で語られていた。

1、花子さんが現れる時は、必ず美しい歌が聞こえる。
2、歌に誘われてトイレに入ると、勝手に扉が閉まって出られなくなる。
3、トイレに閉じ込められた人は必ず死ぬ。
4、花子さんは悪い事をする人の前に現れる。

 那由多町にある住宅街のとある家が閉鎖されていた。事件が起こっていたからだ。
「どうしたらこんな事になるんだ……」
 現場に駆けつけた刑事の荻野は、ドアの開け放たれたトイレに足を踏み入れると、あまりに悲惨な状況に顔を顰めた。死体は死後一週間ほど経っていると思われるので、臭いも酷かった。この悪臭により、近隣から苦情があって事件が発覚したのだ。
 荻野は白髪交じりの髪を短く借り上げた五十過ぎの渋い男だ。彼は薄いベージュのコートを脱いで現場の検証を始めた。他にも紺のスーツ姿の若い刑事がいたが、あまりに酷い状況に立ち竦んでしまっていた。
「伊藤、何をぼさっとしてるんだ! 刑事の癖に現場の検証もできんのか!」
「す、すみません荻野さん。しかし、これは一体……」
 被害者は洋式の便器の中に頭を突っ込んで死んでいた。便器の中の水は血で真っ赤に染まり、辺りの壁にも血が飛び散っている。
「狭い吸水口に頭を突っ込んでやがる。途轍もない力で引き込まれたとしか思えん」
「そんな馬鹿な!!? 幾らなんでもそれはないでしょう! 被害者はどこかで殺害されて、誰かがこういう状態に仕立て上げたのでは……」
「例えそうだったとしても、人間の力で狭い吸水口に頭部を破壊するような力で押し込む事なんてできるかな。それに、殺してから、わざわざこんな事をする理由もわからん。さらに言えば、被害者は確実にここで殺されている。そこにライターと吸いかけのタバコが落ちているだろう」
「あ、本当だ。何でこんなものが?」
「タバコを吸いながらトイレに入ってきたのだろう。何かに驚いてタバコとライターを落とした、そんなところだろうな」
「……何だか気味が悪くなってきましたよ」
「あの人を呼んでみるか、何か分かるかもしれん」
 荻野は携帯で電話を掛けた。
「もしもし、二葉さんかい。前に世話になった荻野だよ。ちょっと見てもらいたい現場があってね、不可解な点が多すぎるんだ。我々の手に負える事件ではないかもしれん」
 荻野は場所を説明してから電話を切った。
「荻野さん、我々の手に負えないとはどういう事ですか?」
「中にはそういう事件もあるって事だよ」
 荻野が外で待っていると、双葉杷月が白いマーチに乗ってやってきた。荻野はそれまでに新人の伊藤を遠ざける為に署に戻らせた。二葉杷月が関わる事件は、並みの人間には理解できないものが多いからだった。
「やあ、二葉さん」
「こんにちは、荻野警部」
「人は遠ざけておいたよ」
「まずは現場を見せて頂きます」
杷月が現場のトイレを見ると、壮絶な姿の遺体を見ても何の感情も示さずに、ただ淡々と現場の状況を見つめていた。この時、二匹の飯綱がトイレの周りを見たり、便器の縁に登って中を覗いたりしていたが、普通の人間にはその姿は見えなかった。
――かなり時間が経っているのに、強力な妖気が残っているわ。妖気の形跡からすると、化け物は吸水口から出てきているわね。
 杷月にはここで何が起こったのか、だいたいは分かった。
「どうだい二葉さん。やっぱりあれかい?」
「ええ、これは人間の仕業ではありませんわ」
「人間の仕業ではないか。あんたに最初に会ったときは、散々疑ったものだが、いまでは当たり前のように聞こえるようになったな」
「霊能力者なんて、最初は誰だって胡散臭いと思うものです」
「で、何か分かりそうかい?」
「ちゃんと調査してみないと、今の状況ではなんとも言えませんね」
「まあ、こっちはこっちで動く。二葉さんの方も、すぐに調査を始めてくれや」
「手に入れた情報は全てそちらに流します。それから破壊されている頭部に関して、特に入念な調査をお願いします。手がかりが掴めるかもしれませんわ。検死の結果が分かったらこちらに下さい」
「わかった。だが、ここまで損傷の激しい遺体では、時間がかかるよ」
「それは仕方がありませんわ」

 杷月が妖命社に帰ると、社員全員が集まってそれぞれ仕事をしていた。那々だけは暇らしく、数匹の飯綱と戯れて遊んでいた。杷月が戻ってくると、那々は待ち兼ねたように急いで立ち上がる。
「杷月さん、今日はお勉強するんですよね」
「そうだったわね。那々に悪霊と妖怪の講義をするから、あなたたちも手伝って」
 マリエットと霞は返事をしてから、ホワイトボードと椅子を用意した。那々がその椅子に座り、杷月は教鞭を持ってボードの前に立った。あとの二人は近くで椅子に座って様子を見た。
「まずは霊についての定義を教えるわ」
「わたし分かりますよ! 頭を下げたり、あとはこう言うのとか!」
 那々は右手を額につけて挙手の敬礼をする。
「違う!! 確かにそれも礼だけど、これから話すのは幽霊の事よ! だいたい、悪霊と妖怪の講義って言ったでしょう!」
「ふにゃ、そうでした、ごめんなさいです…」
「貴方は余計な口を挟まないで、黙って聞いていなさい」
「はいっ!」
「霊には大きく分けて幽霊と命霊(みょうれい)の二種類があるわ。現世にいる霊の殆どが幽霊の方よ」
「みょうれいって言うと、わたしくらいの年頃ですよね」
「それも妙齢だけど、それとは違う!! 命に霊と書いてみょうれいと読むのよ!」
「なるほど〜」
「まったく貴方は…まず、命霊の方から理解しないと、幽霊が何なのかも分からないわ。わたしたちは肉体に命が宿った存在なのよ。肉体が活動を停止する、つまり死ぬって事だけど、そうなると命は肉体から切り離されて、宇宙へと帰り、また肉体を得て生まれ変わるの。このサイクルを輪廻と言って、命あるものは全てが輪廻によって死と再生を繰り返すわ。ここまではいいかしら?」
「はい!」
「で、稀に何らかの理由で宇宙に帰れなくなる命があるの。そういった命が霊となって現れる事があるわ。それが命霊よ。命霊は生前とまったく同じエネルギーを持っていて、肉体がない分、途轍もない霊力を発言するわ。命霊が悪霊になんてなったら、それこそ手が付けられない化け物になってしまう。その上、命そのものが霊になっているから、単に除霊してしまうと命を消してしまう事になる。その罪は殺人なんか比べ物にならないほど重いわ。もしそんな事をすれば、命を消した人は計り知れない罪業を背負う事になってしまう。だから、邪悪な命霊を相手する場合は、邪気を払って宇宙へ返してあげなければいけないの。霊能力者にとってこれほどやっかいな相手はいないわ。命霊については以上よ。那々、理解してる?」
「大丈夫ですよぉ」
「じゃあ次は幽霊について、幽霊は生き物が死ぬときに生まれるものよ。死ぬと魂が残る事があって、それが形を成したのが幽霊ね。魂っていうのは、命の欠片のことよ。命が大きな苦しみや悲しみ等の負の感情が強いと、その断片が魂となって残る。それが一般的に言う悪霊になるわ。それとは逆に、満足のうちに亡くなった生き物の命からも、良い魂が生まれるわ。それから生まれた幽霊が守護霊よ。幽霊は除霊すれば大元の命に返るわ。悪霊が悪さをすると、大元の命にも悪い影響を与えるから、早く除霊してあげた方がいいの。守護霊の場合は、除霊しなくても大元の命に返る事が出来るわ。だから守護霊は入れ替わる事があるのよ」
「ふむふむ、なるほどぉ」
「思ったよりも飲み込みが良いわね。じゃあ次は妖怪についてね。これは幽霊には属さない妖(あやかし)という言い方がいいかしらね。ただ、幽霊に限りなく近いものもあるから、単純には分けられないけれど、那々の場合は、鬼とか河童とか、一般的に言う妖怪の事だと理解しておけばいいわよ。大体こんなところだけれど、分かったかしら?」
「はい! 杷月さん、質問です!」
「どうぞ」
「結局、幽霊っていうのは何なのでしょう?」
 那々が言うと、痛々しい沈黙が社内を包み込む。杷月は火山の噴火のように、次第に怒気を強めて言った。
「……那々、あなたは今まで、何を聞いていたの!!?」
「あう、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
 忙しなく頭を下げる那々を見ていた霞は呆れていた。
「予想していたとは言え、何て物覚えの悪い……」
「そんな事ありませんよ。那々はちゃんと分かっています」
 マリエットが言うと、そこに視線が集まる。特に助け舟を出してもらった那々の目は、嬉しさで輝きまくっていた。
「那々は知識としては理解していなくても、底の部分は分かっていると思うんです」
「どういう事なの?」
 杷月が聞くと、マリエットは微笑を浮かべて答えた。
「小さな子供はものを感覚で理解するんです。実は子供は、大人が思っているよりも遥かに多くのことを分かっています。ただ、それを表現する言葉を持たないだけなんです。那々もそれと同じだと思います」
 それを聞いた霞は腕を組んで言った。
「なるほどね。しかし、それはフォローになってるのか微妙なところだね…」
「那々は小さな子供と同レベルと言っているのに等しいわ」
 杷月が言うと、すかさずクーちゃんが喋った。
『細かい事は、気にするな〜』
「…マリーってさ、自分で言いたくない事をクーに言わせてるよね」
「クーちゃんが勝手に言っているだけです」
「本当かよ、思考回路連結してるとしか思えないんだけど」
 霞の疑問はさて置き、那々への講義は終了した。杷月は溜息をつく以外になかった。
「今まで講義に費やした時間は何だったのかしら…」
 落胆する杷月に、那々が意気揚々と声をかける。
「杷月さん、そんなに落ち込まないで元気出して下さい!」
「那々のせいでこうなってるの!!」
 那々はまた杷月に頭を下げることになった。
「まあ、怒ってもしょうがないわね。それよりも仕事に取り掛かってもらうわ。みんなで那由多小に聞き込みに行ってもらいたいの。トイレの花子さんについて、少しでも気になる事があったら教えてちょうだい」
「トイレの花子さん? そんな都市伝説を調査してどうするのさ?」
 霞が言うと、杷月は那由多町の花子さんの噂が書いてある紙を突きつけた。
「その花子さんとは違うわ。最近この辺りで噂になっている、こっちの花子さんを調べてほしいの」
「なになに、トイレに閉じ込められたら必ず殺されるか。わたしこれ、ずっと前に聞いた事あるかも……」
「何ですって? それは何時頃の話?」
「多分、小学生の低学年だったと思うよ」
「霞が小学校の低学年というと、十年くらい前ということになるわ。でも、この噂は最近でてきたものなのよ」
「要は都市伝説が形を変えて広まってるってだけでしょ。そんなのをわざわざ調べるなんて、どんな依頼なのよ」
「トイレにまつわる霊だから花子さんとは言っているけれど、実際はまったく違うものよ。恐ろしく強力な悪霊の可能性が高いわ」
「なにそれ? どういうこと?」
「既に犠牲者が出ているのよ。さっき現場を見てきたんだけれど、被害者は吸水口から出て来た何者かに引きずり込まれてるわ」
「引きずり込まれてるって、トイレの中に?」
「そうよ、狭い吸水口に頭だけね」
「げっ、それってかなりやばい状態なんじゃ……」
「あわわわ、怖いですぅ……」
「……」
 少女達は三者三様に現場の状況を想像してしまい、嫌な顔をしていた。
「そういう事だから、しっかり聞き込みしてきてね」
 妖命社の少女三人は、新たなトイレの花子さんの正体を掴むべく、那由多小学校へと足を運んだ。学校の授業はもう終わっている時間だが、まだ明るいので沢山の生徒が校庭で遊んでいた。
「いるいる、じゃあ三人で手分けして聞き込み開始よ」
「了解です!」
「はい」
『おい、ガキ共、集まれ!』
 クーちゃんが言うと、子供たちは口々に可愛いといいながら、マリエットの周りに集まってきた。
「クーちゃんパワーはすごいですね!」
「那々、こっちはこっちで聞き込みするよ」
 三人が分かれて小学生への聞き込みを開始する。新たに出現した花子さんの噂はかなり浸透していて、多くの小学生が知っていたが、マリエットと霞はすぐに違和感を覚えた。
「綺麗な歌が聞こえてね、それでおトイレに入ると、閉じ込められちゃうの。その後すぐに出られるんだけどね」
 霞は低学年の女の子から話を聞いていた。
「それだけなの?」
「そうだよ〜」
 誰に聞いても噂の内容はそう変わるものではなかった。
「閉じ込められたら死ぬってところと、悪人の前だけに現れるってところが抜けてるね」
 霞はマリエットと合流し、仕入れた情報を確認しあった。やはりどれもトイレに閉じ込められるところで終わっていた。
「あれ? 那々はどこいった?」
「あそこにいますよ」
 霞がマリエットの指差した方を見ると、那々は小学生の男子達に混じってドッジボールで白熱していた。
「こらーっ!! 那々ーっ!! 遊んでんじゃねぇーっ!!」
 那々は霞に怒鳴られると、慌てて走ってきた。
「ごめんなさい先輩、つい夢中になっちゃって」
「あんたは、仕事中に遊ぶなよ! 花子さんの事はちゃんと聞いたんでしょうね!」
「花子さんですかぁ、それくらい分かってますよ。三階のトイレのドアを三回叩くっていうやつですよね〜」
「そっちの花子さんじゃない!! あんたは、ここに来た趣旨すら理解していないじゃないか!!」
「ご、ごめんなさい。三丁目の花子さんでしたか?」
「誰だよそれ!? こっちの花子さんだよ!!」
 霞は噂の書いてある紙を、那々の顔に突きつけた。
「へぇ〜、こんな噂があるんですか〜」
「今頃へぇとか言うな!」
「小学生とすぐにお友達になれるなんて、那々はすごいですね」
「マリー、関心するところじゃないから!」
 那々の大ボケに憤る霞とは逆に、マリエットは静かに言った。
「みんなに噂の事を聞いてみたんだけれど、トイレに閉じ込められるところで終わっているんです」
「それはそーですよ。だって、小学生はみんな良い子じゃないですか。花子さんは悪人しか襲わないって、書いてありますよ」
 那々に言われて、霞とマリエットは、はっとさせられた。二人は噂を噂としか捕えていなかった事に気付いた。
「そうか、これは噂なんかじゃなくて、学校で本当に起こってるのかもしれない。杷月さんは実際に現場を見て、悪霊がいるのは分かってるわけだし、悪霊が本当に悪人だけを狙っているのなら、今広まっている噂は辻褄が合うね」
「でも、閉じ込められると殺されるところと、花子さんが悪人の前にしか姿を現さないという二つの噂は、どこから出て来たのでしょう?」
「わたしが小学生の頃に流行ってたのは、こっちの噂だよ」
 その時に、霞の携帯が鳴った。杷月からの電話だった。
「もしもし、五樹です」
『さっき霞が言ってた事が気になったから調べていたのだけれど、やはり十年くらい前にも那由多町の花子さんの噂があったみたいね。学校の先生に当たってみてくれないかしら』
「あ、そうか! 学校の先生なら、古株もいるから知ってる人がいるかもね!」
『そういう事よ、お願いね』
 霞はこの小学校に通っていたので勝手知ったるもので、他の二人を連れて足早に職員室に向かった。
「おお、ここだここだ、懐かしいな」
 霞は職員室の扉をノックしてから堂々と中に入っていく。
「どうも!」
 霞が元気よく言うと、職員室で仕事をしていた教員たちの視線が集まった。その中の一人が、立ち上がって霞の姿をまじまじと見つめた。
「お前、五樹か?」
「おお、その角刈りにジャージ姿の厳ついいでたちは、まさしくゴリ先!」 
「担任に向かって何だその呼び方は!?」
「ごめんごめん、懐かしくてつい」
「何でこんな所に来たんだ?」
「ちょっと聞きたいことがあってさ」
「そうか、じゃあついでにお茶でも飲んでいけ」
 那々たちは隣の客間に案内され、三人がふかふかのソファーに座ると、その前にあるテーブルに、ジャージ姿の教師がお茶を出してくれた。彼は那々たちの対面に座った。そのタイミングで霞が言った。
「この人は五年と六年の時に担任だった小早川先生だよ。見ての通りだからゴリ先」
「その呼び名はやめんか!」
「那々です。よろしくお願いします、ゴリ先生」
 那々が言うと、小早川は苦笑いを浮かべる。純真無垢な少女の前に、反論など出来なかった。さらにマリエットの頭の上でクーちゃんがしきりに囀るので、気になって仕方がない。
「この子達は、わたしの後輩だよ」
「スイーパー五樹の後輩にしては、可愛らしいな」
「ちょ、ちょっと、今更そんな渾名を…」
「何ですか、スイーパー五樹って!?」
 すかさず那々が食いついてくると、小早川は遠い目をして語り始める。
「こいつは数々の伝説をこの学校に残しているんだ。小学三年生の頃は、いじめっ子十人と対決して、一瞬で全員の眉間を鉄砲で撃って泣かせたとかな」
「ええぇっ!? 鉄砲で!?」
 那々は覆わず立ち上がると、急に悲しげな顔になって言った。
「そんな、先輩が小学生の頃に、人を殺めていたなんて……」
「哀愁を漂わせて何を言ってる!? 殺めてないよ、このお馬鹿! エアガンに決まってるでしょ!」
「本当の鉄砲で頭を撃たれたら、泣くぐらいでは済みませんよ」
 マリエットの冷静な突っ込みで、那々はほっと胸をなでおろした。
「言われてみれば、そーですね。那々、びっくりしちゃいました」
「言われなくても分かれよ!!」
「はは、面白い冗談を言う子だね」
「先生、この子は本気で言ってますから」
 それを聞いて反応に困った小早川は、そう言えばと話題を変えた。
「俺に用があるんじゃなかったのか?」
「そうそう、最近噂になってるトイレの花子さんの事だよ」
「ああ、本当にトイレに閉じ込められた生徒がいるっていう話だな」
「やっぱりそうなのか。それでさ、随分前にも同じ様な噂が流れたことがあったじゃない」
「ああ、よく覚えているよ。俺が新任の頃の話だ。あの時は閉じ込められたら殺されるっていう噂だったよな」
「そう、そこだよ。何で殺されるとか、悪人の前にだけ現れるだとか、今にはない噂があったのか調べているんだ」
「そりゃ、多分あの事件のせいだろう」
「あの事件って?」
「世間で大騒ぎされた事件だぞ。五樹は小学生だったから、興味は無かっただろうがな。かなり奇妙な殺人事件でな、男が便器の中に頭突っ込んで死んでたって話だ」
「十年前にそんな事件があったんだね!?」
「ああ、あまりに酷い事件だったんで、ワイドショーなんかでは放送禁止になってな。まあ、そんな事件だったから、新しい花子さんなんてのが生まれたんだろう」
「先生ありがと! わたし急ぐから!」
「あ、待って下さい、せんぱーい!」
 少女達が忙しく出て行った後、小早川は首をかしげた。
「一体なんだっていうんだ?」

 三人が妖命社に戻ると、杷月は奥にある客間でソファーに座って何かの資料を見ていた。ここは普段は客を迎える為の部屋だが、あまり使われる事はなかった。
「杷月さん、ただいま!」
「おかえり、何か手がかりはあった?」
「それがさ、十年前にもトイレで殺された男がいたって話を聞いたよ」
「わたしも丁度その事件のファイルを見ているわ」
「なんだい、もう分かってたのか」
「いえ、これは警察から送ってきたものよ。当時この事件は謎が多すぎて、迷宮入りになっているわ」
「これも花子さんの仕業なの?」
「ええ、間違いないわね」
「噂の出所は分かったわけですね。後は事件との関連性です」
「マリエットの言う通りね。まず、十年前に殺された男の名は田村哲二(たむらてつじ)、殺人未遂と殺傷事件の前科があるわ」
「なるほど、それで悪人が狙われるっていう噂も付いてきたのか」
 霞が言うと、杷月は資料を見ながら、少しばかりずれた眼鏡をかけなおして言った。
「那由多町のトイレの花子さんに関する四つの噂は、ただの噂ではないわ。実体のある悪霊が関わっている以上は、噂にもそれなりの信憑性があると考えていいと思う。まずは一番目の噂について調べてみましょう」
「花子さんが現れる時は、必ず美しい歌が聞こえるってやつね」
「歌が好きなんて、陽気な幽霊さんですねぇ」
 那々が言うと、霞がその額を指で小突いて言った。
「あんたねぇ、実際に人が二人も殺されてるのよ。よくそんな暢気(のんき)な事が言えるわね」
 那々は拗ねたように右と左の人差し指を合わせ、控えめに言った。
「でもぉ、人を殺すような幽霊さんが、きれーな歌なんて歌えるんでしょうか?」
「那々の言う事にも一理あるわね。そこはわたしも引っかかっているの。霊は死んだときの状況を体現した姿で現れるわ。人を殺すほどの怨念と美しい歌、この二つはどうにも結びつかないのよね」
 杷月は警察から来た資料をテーブルの上に投げる。何度見ても得られる情報はなさそうだった。
「ともかく、歌についての調査を進めましょう」


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