いただかれます!


1 :まる :2007/02/05(月) 23:48:02 ID:PmQHk3Pm

 まると申します。
 この作品は旧小説倉庫に掲載したのですが、こちらにも掲載して今後同時に更新しようかと思います。
 移動するにあたり、今までの更新した分の誤字誤植や細かなミス等を修正してあります。
 お目汚しかと思いますが、これからよろしく…

 では、登場人物のご紹介をば致しましょう。

 テオ・ブロマ・ネクター:主人公で16歳の少年。
 栗色の髪に透き通るような碧い瞳の穏やかな顔立ち。
 今で言う癒し系。やや背は高め。
 荒ぶる神を鎮める、『鎮め人』と呼ばれる一族の一人。

 ギョウ:テオの相棒の魔法具。形状は義眼で、今はテオの右目の代わりを務めている。。
 意思を持ちテオにだけ聞こえる心の声で会話する。
 知識量は豊富で物知りだが、現在の事件や情報には疎い。
 その力を発揮する時、深紅に光り輝く。このとき、自身を振動させる事で『声』を発声できる。

 ミアン:テオと契約を交わすラミア(下半身が大蛇の美女)
 人の生き血を吸い生き長らえる魔獣だが基本は善良。
 大蛇の下半身を人のものに変えることが出来、毒牙から幾種類もの効果をもつ毒を使い分ける事も出来る。
 実はかなりの大喰いであったりする。
 港湾都市メナスで夜鷹の姿を隠れ蓑に、若い男の血を吸ってきた。

 彼らの奇妙な旅がこれから始まります。
 皆様、最後までお付き合いいただけたら幸いです。


2 :まる :2007/02/05(月) 23:50:18 ID:PmQHk3Pm

いただかれます 序章 −テオ−

 甘い香りを感じた瞬間、小さな痛みが僕の首筋に走った。
 同時に何かが流れ込んで来る感覚。

「ごめんなさいね? でも貴方も悪いのよ…こんなにも美味しそうだなんて」

 そう囁かれる頃には、僕の身体は全く力が入らなくなっていた。
 その代わりに、全ての感覚が鋭くなっているのがわかる。
 辛うじて動くいくつかの部分…その一つ、目。
 視力も鋭くなっているのか、暗闇に沈んだはずの部屋の様子も良くわかる。
 同時に、『彼女』の姿も。
 彼女…ミアンって言ってたっけ?
 一言でいえば、絶世の美女だ…僕を抱きとめる上半身だけは。
 さっきまでは闇を思わせる深い色合の漆黒だった髪が、今は暗闇を照らす月のように銀色の輝きを帯びている。
 透き通るような白い肌に、血に濡れたような唇…あ、そうか。赤く見えるのは僕の血か。
 さっきまで穏やかに微笑んでいたその端正な顔は、今は興奮したように上気して…うん、綺麗だ。
 でも下半身は…先刻までしなやかな脚だった其処は、七色に輝く鱗に覆われた大蛇のそれに変わっている。

『この姿、やはりラミアか。声をかけてきた時から怪しいとは思っていたがな』

 無責任な声が、動けない僕の頭の中で響く。

(怪しいと思ったなら、少しくらい忠告してくれてもいいと思うんだけど…)

 僕は思わず『その声』に不満をぶつけてしまう。

『そうは言うが、ラミアは比較的無害な存在だ。特にお前にとってはな。第一、いい女に声をかけられて、のこのこついて行ったお前が悪い』
(だって、困っていたのは本当だったでしょ? …大見得切って『地図はしっかり覚えてる』なんて言ったのは誰なんだか)
『それを言うな。以前この町に来た時よりも、町そのものが大きくなりすぎていたのだから』
(『以前』が何十年前かは聞かないで居てあげるよ…迷子になったのは僕も悪いし。それよりも、この状況はもしかして…)
『ああ、血を吸われるな…何の問題もあるまい?』
「…大有り、だよ…」
「あら、まだ喋れるの? 凄いわね」

 あれ? 声に出てた?
 僕を見つめる彼女…ミアンさんが軽く驚いてる。

「私の毒を流し込まれても意識があって、まだ話せるなんて…貴方凄いのね」
「動け…無いけどね…ミ、ミアンさん。僕を、どうするの?」
「大丈夫、安心して。コレは夢。明日になれば貴方は今夜の事を忘れるわ」
『ふむ、先だっての毒は記憶も曖昧にする効果もあるようだな。便利なものだ。それに今の言葉も嘘は言っておらんだろう』
(僕の命までは望んでいないって事?)
『うむ、ラミアは人の生き血を吸って生きている。それは人が居なければ、生きて行けないのと同義だ。見たところこの娘、人として正体を隠して暮らしている様だから、下手な人死は好まないのだろう』
「…そんな人なら、尚更…だよ」
「あら、何の事?」

 う、また声に出てたや。でも、此処でミアンさんを止めないと大変な事になる。

「僕の血を…吸うんですよね? 止めたほうが…いいと思います」
「そうね、血を吸われるのはイヤよね…でも、私も生きて行きたいの。大丈夫よ、明日すこし疲れた感じがする位しか吸わないから」
「それは、嬉しいですけど…だからこそ、なんです…」

 そう、僕の血を吸う、それ自体が問題なのに…

「…良くは判らないけど…貴方がもう何を言っても手遅れよ」

 長い舌で唇を濡らすミアンさん。あ、もしかして…

「香りからして美味しそうだったのに…実際貴方の血を味わったらもうダメ。こんなに美味しいなんて…」

 首筋を噛まれて毒を流しこまれた時、もう味を知られちゃってたのかぁ…
 あ、もう完全に陶酔してる。肌なんて上気して桃色に染まってるし、息は荒いし…

『確かに手遅れだな。あの娘、完全にお前の血で酔っている。このままだと、勢いに任されて全身の血を吸い尽くされるぞ』
(…そうみたいだね。ギョウ、その時はよろしく) 
『ああ、任せろ』

 そう心の中で言い合って(?) いる間に、ミアンさんは再び僕を抱きしめ首筋に顔をうずめた。
 再び感じる痛み…同時に急激に首筋から命そのものが抜け落ちていく感覚。

「あ…美味しい、美味しいのっ! ダメ! 止められないわ!」

 ミアンさんはまるで砂漠を旅した後の旅人のように、一心不乱に僕の血で喉を潤してる。
 さっきの毒の効果の所為か、痛みよりも心地よさすら感じるけど、同時に手足の先の方から熱が抜け落ちていく。
 意識も…もう長く持たなだろう…な。

「…ミ、ミアンさん…」

 僕は最後に何とか伝えようと彼女に声をかける。
 無論、乳飲み子のような無垢な表情さえ浮かべ、僕の血を求める彼女には…届かないだろうけど。

「…ご…めん…な、さい…」

 そういい終えた瞬間、僕の意識は闇に包まれた。
 何も知らずに僕の血を飲んでしまったミアンさんの『これから』を案じながら。

 そして、僕の命は…尽きた。


3 :まる :2007/02/05(月) 23:51:17 ID:PmQHk3Pm

いただかれます 序章 −ミアン−

 我に返ると、全てが手遅れになっていた。

「…なんて事したの…私…こんな…」

 私の腕の中で、眠っているように目を閉じる彼…たしか、テオって言ったかしら。
 一目見たときから、可愛くて美味しそうな子だと思ってた。
 困った顔して道に迷ってるみたいだったから、案内する代わりに一口血を分けてもらおうって思った。
 この子の目的地が案外遠いから、一晩私の家に泊めて…ほんの少し味見しようって。
 でも、その目はもう開かない。
 明るく柔らかく微笑んでたその顔は、今では蝋人形のように白く血の気を失って…
 いつの間にか私を抱きしめるように回されていたその手も、今は力なく垂れ下がり揺れてる。
 私が全ての血を吸い尽くしたから…

「…だって、仕方ないじゃない…あんなに美味しいなんて。今まで飲んだことないくらい、貴方の血は美味しかったの…」

 そう、この子の血は本当に美味しかった。まるで最高級のお酒か、もっと凄いものみたいに。
 毒で身体の自由を奪った時、舌先に感じたあの蕩ける様な甘さ。それで、もう私は自分を止められなくなっていた。
 無我夢中でこの子の首筋に牙を埋め、無心でその血を貪って…
 そう、私はこの子の血に酔っていたのだと思う。

「…そういえば、この子何か言ってたわよね…こうなる事、わかってたの?」

 問いかけても、もうこの子は何も答えない。私に、殺されたって言うのに…まるで本当に眠っているように。

「…どうしよう…」

 私は途方にくれる。
 人を殺したのは初めてだった。
 今までは私の毒で記憶を曖昧にして、ほんの少しづつ血を分けて貰うだけで済んでいた。
 この町は大きいから人も多いし、一人から大量に吸う必要もなかったし、何より殺すほど吸ってしまえば、その後が大変だから。
 でも、私はこの子を殺してしまった。
 多分、死体を何処かに隠すなりしないといけないのだと思う。
 できるだけ誰にも見つからないように…全身の血を失った死体なんて見つかったら、只では済まないはず。
 きっと大騒ぎになって、モンスター狩りなんて事が起きるに違いない。
 そうなれば…私は直ぐに殺される。
 戦ったことなんてないし、モンスター狩りをするのは、きっと手練れの騎士みたいな人達だから。

「…どうしよう…」

 もう一度呟く。何かしないといけない、それは分かってるのに、何も出来ない。
 人を殺した…その事が私を押し潰しそう。ただ、微かに震えるこの子を抱きしめる事しか…

「…え? 震える?」
『どうした、随分と切羽詰っているみたいだな』
「!!?」

 え? 話してる? 死体が!? …いえ、この子は震えて…でも、この子は冷たいままだし…でも今確かに声が。
 混乱し、思考がまとまらない私。抱きしめる彼を穴が開くほど見つめることしか出来ない。
 そのとき、『彼』が開かないはずの目を見開いた。
 血を吸い、殺してしまう前には透き通る紺碧だった瞳…今は深紅に輝く右目だけを。

『その怯え様、人を殺すのは初めてか? …案外若いラミアの様だな。』
「ひ…!」
『おっと、テオは抱きとめておけよ? 今話されて床に落ちて頭でも打ったら、こいつを癒す時間が長引いてしまう』

 それは確かに声だった。右目だけ見開いた彼の…口は開いていないし息もしていないのに。
 それに癒すって…そこまで考えて、この子…テオの身体の震えの元が、この深紅の瞳だと言う事に気がついた。
 同時に、『声』が響くたび、瞳が細かく揺れている事にも。

「…あ、貴方…何? この子の目だけ別物なの? …義眼…魔法具?」
『おや、案外目ざといな。まぁ、そんな所だ。先に自己紹介しておこう…俺はギョウ。こいつ…テオの相棒だ』
「相棒って…それよりも、癒すって…」
『細かい話は、こいつが目覚めてからにしよう…もう少し待て。あと少しで目覚めるはずだ』

 言われてみて気づく。抱いてるこの子に身体が、少しずつ温もりを取り戻している事に。
 同時に、ただ右目の振動で震えているだけだった身体が、微かに身動ぎする…止まっていた呼吸も、いつしか始まってる。
 復活…したの?

「ん……寒い…」
「!!」

 ゆっくりと、閉じられていた左目が開いて…彼と私は見つめあう。

「…あ、ミアンさん…」

 …なによ、その困ったような顔。私のほうが困ってるわよ。何が何だか分からないわよ!
 色んな事が同時に起こりすぎて混乱する私。

「ごめんなさい」

 謝るのも私のほうよ!
 真っ先に謝られた私は、混乱したままの頭の中で叫んでいた。

 …でも、多分正しかったのだ。
 彼が謝る理由、そして私自身のこれから。

 私はまだ、何も知らなかった。
 自分の運命が大きく回りだしたことに。


4 :まる :2007/02/05(月) 23:52:09 ID:PmQHk3Pm

いただかれます 序章 −ギョウ−

 さて、いきなりだが自己紹介させてもらおう。
 俺はギョウ。簡単に言えば魔力を帯びた道具…魔法具だ。
 こうして思考を巡らせている事でわかるように、意思を持っている。
 外見は…簡単に言えば、目…義眼だな。
 俺を『使う』には、自分の目の変わりに俺を埋め込む必要がある。
 元々事故で失ったりしたならいいが、両目そろった奴が俺を使おうとすると、自分の目を抉り出す事になるな…俺の相棒のように。

 俺の相棒で思い出した。…先刻相棒はめでたく死んだ。
 だが、気にする事は無い。俺の持ち主は、幾ら死のうとも俺が秘めた力の一つ、『復元』で元の通り疵一つ無い身体に戻れるのだから。
 それで、俺が今何をしているかと言うと…状況を楽しんでいる。

「つまり、もうどうしようもないのね…」
「はい…手遅れです」

 ふむ、一通り説明を終えたようだな。
 ついでに説明すると、何故か向かい合って通夜のような雰囲気をかもし出しているのが、今さっき殺されて俺に復元されたテオと、殺した間抜けなラミア、ミアンだ。
 間抜けなラミアは自分がどんな相手の血を飲んだのか完全に理解したようだし、相棒の方も沈痛な表情だ。

 そうだ、どうしてヤツラがあんなに沈み込んでるのか、説明する為にも俺の相棒の事も紹介しておこう。
 俺の相棒テオは、名をテオ・ブロマ・ネクターという。
 こいつは少々厄介な身体を持ってる。
 簡単に言えば、こいつの身体は…供物だ。それも最上級の。
 代々生贄に奉げられる為だけに育てられ、更なる霊的価値を高める為血の純化を続けた結果なのだが、お陰でこいつの身体は神や魔にとって最上の食物であり、美酒になった。
 味も秘めた霊力も桁違いの…だが、それ故に問題も起こる。

「もう、貴方の血しか受け付けない身体になったなんて…」

 そう、あまりに美味すぎるのだ。
 上位はともかく、下級の神魔がこいつの血肉を一度味わえば、その味に魅了され、他の者は一切摂取できなくなる。
 例え無理に食べようとしても、もう他は異臭を放つ汚物に等しい代物になりはてる。
 つまり、この一心不乱に俺の相棒の血を飲み尽くしたラミアは、もう俺の相棒の傍を離れられなくなったと言う事だ。
 このラミアが先刻も言っていたが、生きる為には相棒の血を飲み続けるしかない。

「…それで、私はどうしたらいいのかしら? 貴方の下僕にでもなればいいの? それとも、貴方を此処で飼い殺せばいいのかしら?」
「僕としては、どちらも好ましくないのですけど…」

 正確には、どちらも不可能だ。

 相棒は元々気性が大人しく、頭ごなしの命令など出来ない性分だ。
 …意思を持つとはいえ魔法具の俺が、相棒と呼ぶのは…テオがそう望んだからだ。
 本来ならば、俺はこいつに忠誠を誓う身だ。俺もそれに異存は無い。
 だが、俺を初めて『身につけた』テオは俺を友と呼び、相棒となりたいと願った。
 だから俺はテオの相棒になった。そんなこいつが、下僕なんて存在を望むはずも無い。
 そして…

『俺の相棒を飼い殺しなどさせぬ。そもそも、お前自身もそんな事は不可能と思っているのではないか?』

 そう、このラミアも此処まで見たところ根が善良のようだ。
 相棒を監禁し生餌に出来るようには到底見えない。

「ギョウ…だっけ、その義眼…随分偉そうな事言うのね…でも、その通りよ。だから困っているんじゃない」
「なら…ミアンさん、僕の友達として僕と一緒に暮らしませんか?」

 ああ、そう言うと思っていたよ、相棒。

「どう言う事?」
「下僕というのは…嫌いです。僕は命令とか出来ませんし…でも、友達にならなれると思うんです。すこし僕の仕事を手伝って貰うかも知れませんけど…」

 全く、なんて酷い提案をする奴だ。相棒、自分の言っていることの意味を判ってるのか?
 お前の『仕事』がどれほど厄介か…
 まぁ、仕方ないか。こいつにとって、これは初めての『契約』だ。

「それなら…いいけど。そろそろこの町を離れて…違う町で暮らそうと思ってたのは確かだもの」

 おやおや、コレで契約成立だ…このラミア…ミアンも自分がどういう選択をしたのか、直ぐに思い知るだろう。
 もっとも、これは相棒にとっていい経験になるだろう。
 コレからが楽しみだ。


5 :まる :2007/02/05(月) 23:53:01 ID:PmQHk3Pm

メナスにて・・・ −01−

 港湾都市メナスは、大陸西部における貿易の中継地として発展した、大陸でも五指に入る大都市である。
 外洋と内海を結ぶ海峡に程近いこの地は、ゲラール山脈を越える陸路の出発点でもあり、交通の要所でもある。
 元は小さな漁村に過ぎなかったが、古アベニア王国の賢王、ジルベルト三世の改革の折、その立地条件から海洋貿易の中継地としての役を任じられた時から一気に発展する。
 そして、黒狼王ガイゼル一世がこの地を首都と定めアベニア新王国の建国を宣言した時、この地の長き発展は決定的となった。
 漁村であった頃は近辺に沼地の多い住みにくい地であったが、長年の埋め立て工事により広大な平地を得、今ではその殆どが都市へと姿を変えていた。
 無論今もなお発展を続けており、アベニア新王国が滅び歴史の中に消えてもこの町は発展を続けている。

 そう、発展を続けているのだ。

『だから、俺が以前来た時と完全に町並みが変わっていても不思議ではないと言う事だ!』
(うん? 自己弁護の時間は終わった? じゃぁ、この状況をどうにかしようよ)

 自己弁護を続ける魔法具のギョウに、テオは内心で現実に戻るよう促した。
 もっとも、その表情は硬い。本来なら、ギョウと一緒に逃避行動でも取りたい所だからだ。
 そんな一人と一個(?)を横目に、この町の住人だったミアンが観光案内人のように一人で話し続けている。

「メナスって、王城トライドホーンと最近出来たネスリム大聖堂、それに大闘技場が有名よね? 特に闘技場は他にも大小幾つもあって、ここはその一つよ…どうしたの?」
「ミアンさん…本当に此処がそうなの?」
「此処に碑文があるでしょ? 『ガルメンティア神殿跡地』って。でも、最近元在った古い神殿を取り壊して、この新しい闘技場が出来たの」
「も、元の神殿は?」
「古い神殿だったし、壊されたんじゃないかしら? 何の神様を祭ってたかも判らなかったらしいし・・・って、テオ!? どうしたの?」

 がっくりと膝をつくテオと驚くミアン。

(流石にコレは予想外だったよ…ギョウ、神殿がなくなった場合って…僕はどうしたらいいの?)
『この地に眠るアレは神殿が失われた所で消滅はせんよ。だがお前の役目を果たすには、アレを起こす必要がある…まずは祭壇を探すべきだろうな』
(祭壇?)
『神殿には、神に供物を奉げる為の祭壇があったはずだ。それさえ在れば、ヤツの眠る霊域に呼びかけが出来るだろう』
「そうか…ねぇ、ミアンさん」
「何?」

 不意に顔を上げたテオに、ミアンはいぶかしげに答える。

「此処にあった神殿って、ただ壊されたの? 資材とか、中にあった…祭壇とかってどうなったの?」
「え? …そんなの無かったはずよ?」
「ふぇ!?」『何!?』

 見開いたテオの右目が一瞬深紅に染まり、普段は聞こえないギョウの驚きの声がミアンにまで届く。

「ちょ…ビックリするじゃない! なによ、そんなに驚く事?」
「だって、祭壇が無いって…」
「仕方ないわよ。私がこの町に来た時には、もう荒らされた後だったらしいし…取り壊されたのも、何の神様を祭って他のか判らなくなったのもその所為って話よ」
「荒らされた? …誰に?」
「知らないわよ! 私、歴史学者じゃないんだから! 第一、何でそんなこと聞くの? まだ教えてもらってないけど、テオの言う仕事に関係でもあるの?」
『大有りだ…』

 再び深紅に染まったテオの右目と同時に、ギョウが話し始める。

『テオの言う仕事…それは、此処にあった神殿と深いかかわりがある…いや、祭られていた神そのものにな』
「どういう事よ?」
「…ミアンさんも気付いているんでしょう? 僕の身体の事、説明してあげましたし」

 ミアンとて愚かではない。テオの血の味を魂に刻み込むほどに覚えたが故に、答えは簡単だ。

「じゃぁ…やっぱりそうなの?」

「はい…僕の仕事は、生贄になる事です」


6 :まる :2007/02/05(月) 23:53:53 ID:PmQHk3Pm

メナスにて・・・ −02−

「もっと詳しく言えば、失われた神や魔を慰めるのが僕の家系の役割なんです」

 あの後、詳しい話は食事をしながら…との提案で、テオ達は件の闘技場の近辺にある料理店へと場所を移していた。
 時刻はちょうど昼食時期の混雑が収まる頃。人々の活気の余韻が残る中、テオはミアンに自身の『仕事』について話している。
 未だ残る人々の雑談に、二人の会話は自然と溶け込んでいた。

「慰める? 失われた神?」 
「はい、少し長くなるのですけど…神族魔族というのは、霊的力をその存在の根源にしています。例えば神族なら信仰心という形、魔族なら手にかけた相手の精神や、捕食した肉に宿る霊力そのものを吸収するといった形で…それらが多く得られる存在は力を増していきますし…得られない存在は、次第に力を失って、最後には消滅してしまうことになります」
「…それは判るわ。私だって血に宿る霊力を力にしてるもの」

 運ばれてきた海草サラダをつつきながら、ミアンは頷く。
 ラミアは魔獣と賢者達が分類するように魔の側に近い存在である。
 現界に生きる存在は、身体がある分それを維持する栄養も必要になるが、魔に近い分霊力を何らかの形で補給する必要がある。それが…吸血。
 無論、身体を維持するための栄養も必要になるが、それは普通に食事を取ることでも補える。

「…って、私このサラダ頼んじゃったけど…食べても大丈夫なの!? こんな所で戻すなんて嫌よ」
「吸血は僕の血からしか…という意味です。例えば…」

 ちょうど運ばれてきたパスタと水を示しテオは続ける。

「ミアンさんの場合、このパスタが普段の食事、この水が血だとします。今まではこの二つとも何の問題もなく食べて来ました。でも…この水が実はワインで、ミアンさんは一滴もお酒が飲めない人だったら?」
「それは…」
「飲めませんよね? つまり、今のミアンさんはお酒の呑めない身体、そして僕以外の血は皆お酒です。飲んでも口に含めはするでしょうけど、飲み込めば…受け付けずに吐き出してしまうと思います」
「そういう事ね…じゃ、コレも安心して食べられるわね」

 一通りの説明に納得したのか、安心してサラダを食べ始めるミアン。実は好物だったのだ。
 美貌とは裏腹のすさまじい勢いで海草サラダを胃に送り込む。

『この娘、意外と…案外お前が吸い尽くされたのは、この娘が大喰いだったからではないのか?』

 あっけにとられたギョウが内心で呟くのを無視し、テオは極力目前の惨状を視界から外しつつ話を続ける。

「えっと…話を戻していいですか? それで、力を失った神族魔族ですけど…彼らも、存在するために霊的力を求めます。僕達でも空腹になれば食事を取るように…でも、『飢えた』彼らは危険なんです…神族であっても『捕食』といった手段で力を求めかねない…」

 ちょうど、今のミアンさんの様に…と付け加えないだけの分別はテオにもある。
 いつの間にか追加でサラダが運ばれてきている…大皿だ。
 話は一応聞いているようだが…

「そこで、彼らが『飢える』前に力を送る、それが僕の一族が代々行ってきたことなんです。さっきの神殿なんですけど、信仰が失われてかなりの年月がたっているようで…そこで僕の身を捧げて力をつけてもらう…予定でした」
「…ん〜、でもそんな事したらその神様もテオしか食べられなくなるんじゃない?」
「『神』として霊格を上げた存在なら、僕の血肉にも溺れないですよ。純粋に力を得るだけです」
「ふ〜ん…ところで生贄になるって事は、テオ…」
「また命を落とします。でも大丈夫ですよ。ギョウが居ますし」
『ふん、当然だ』
(とはいえ…)

 会話とともに自身もパスタをつつきながら…テオは内心で頭を抱える。
 実際、神殿その物が失われたのは痛手だ。前回この地に眠る神に血肉をささげたのは彼の祖父…それからかなりの時間が流れ、この地に眠る神はそろそろ目覚めるはず。
 この地に眠る神は、元々かなりの力を持っていた。それが信仰という力を得る手段を失い、飢えに苦しむとなると…もとの強大な力を取り戻すまで『捕食』という名の殺戮を繰り返すことになるだろう。
 それは…この大陸有数の港湾都市の破滅を意味しかねない。

「まったく、どこの誰なんだろ…あの神殿を荒らすなんて事したのは」
『ちなみに、お前の目の前には、お前の財布を荒らす不届き者がいるわけだが』
(え?)

 ギョウの内心の声につられ、視界を真正面に戻すと…

「お姉さん、サラダもう一皿おねがいします〜!」

 甘えた声で店の女将に料理の追加をねだる(今は人型の) ラミアの姿。
 既にありえない量の空の皿が左右に積まれている。

「おやまぁ、若いのによく食べるね!」
「だって、ここのお店の海草サラダ美味しいんだもの〜♪」
「おや、嬉しい事言ってくれるじゃないか! これはオマケだよ!」
「あ〜ん、女将さんステキ!」

 いつの間にか仲良くなったらしい女将とミアンは、目の前の少年の視線に気付かないかの様に朗らかな空間を作り上げている。
 ちなみに、ここの払いはテオ持ちだ。(自分から言い出した)

『…持ってきた金はどれくらいだ?』
(とりあえず、まだ持つよ…でも、これからの事を考えると…)
『いっそ、これからは食事を全部お前の血で済まさせるか? そのほうが安上がりだ』
(復活するからって、それはないよ!?)
『冗談だ…だが、厄介なモノを仲間に持ったな』
「おや、そこの弟さんも、もっと食べなきゃダメだよ!」

 他者には聞こえない会話で葛藤するテオとギョウ。そこに先ほどの女将が寄ってくる。
 いつの間にか弟にされたらしい。
 ちなみにミアンは、いつの間にか店の大食い記録に挑戦し始めていた。

「あ・・・でも・・・・」
「なんだい! 男の子はもっと元気よくなくっちゃ! お姉さんを見習いなよ!」
「…いま、食欲がなくて…」
『…まぁ、アレを見習っていたら、食費だけで一族郎党の資産を食い潰すだろうな』
「そんなことじゃいけないよ! …それともイヤな事でもあったのかい? 考え込むと食欲がなくなるっていうしねぇ」
「イヤな事は目の前で今起きている様な気がしますけど……そうだ、女将さん」

 目の前の現実に目をそむけつつ(ちなみに、何故かミアンの傍にはギャラリーが大量に集まっている)、問いかけたそれはただの思い付きだった。

「あの闘技場が建つ前にあった神殿の事、何か知ってますか?」

 ヒント程度が得られればと…

「おや、それならウチのお隣さんが詳しいよ? 何しろ、あそこで管理人してたらしいからねぇ」
「…ふぇ!?」

 道標は思いも寄らぬところに転がっていたのだった。


7 :まる :2007/02/05(月) 23:54:51 ID:PmQHk3Pm

メナスにて・・・ −03−

『神殿を荒らした奴等? そりゃ、ゲーレウスの連中さ』

 食事後、訪ねた先で知ったのは、より状況が悪化したと言う事実だった。
 ゲーレウス教…この地より北方のゲラール山脈の山神、ゲラールの堕ちた眷属をあがめる一派である。
 ゲーレウスは大地深く流れる溶岩を神格化した存在であり、一度荒れ狂えばその炎で国を一つ焼き尽くす狂神として伝えられる。
 ゲーレウスを崇める者は、その領域へ少しでも近づこうと地下深くに神殿を作り上げ、時折地上に出ては狂気の略奪を繰り広げる…押し寄せる溶岩のように。
 かつてこの地では北の山脈から多くのゲーレウス教信者が押し寄せ、幾度と無くメナスを襲ったと言う事実がある。
 だが、かの黒狼王ガイゼル一世の遠征軍によりその殆どは討たれ、今はゲラール山脈の奥深くに僅かな集落を残すのみ…と言うのは昔の話だ。

『ゲーレウスの連中は元から地べたの下に住んでるようなヤツラだからな。何時の間にか随分と数を増やしてたらしくてよぉ。20年位前に連中がメナスを襲ってきたのさ』

 管理人をしていたと言う初老の男は、そういって肩を落としていた。
 何でも、ガイゼル一世の討伐以前の勢力を盛り返したゲーレウス教徒は、かの黒狼王が首都と定めたこの都市を目の敵にするかのようだったと言う。
 押し寄せたゲーレウス教徒は略奪の限りを尽くし、一時はメナスの三分の一がその勢力下に置かれたと言われる。
 一時、今この地を治めるグライセン・アベニア連合王国の存続すら危ぶまれたこの事態。
 だが、そのゲーレウス教徒を打ち破った者達が居る。

 闘技場の闘技者達だ。

 彼らは武器や魔法、その他の競技において一対一の戦いを、時にはその命をかけて挑む。
 そしてこの地の闘技者には、俗に言う闘技奴隷は存在しない。それはメナス初の闘技場建設者でもあるガイゼル一世の意向によるものだ。
 自らも無双の剣士であり、勇猛さを伝えられるかの王は、闘技場で戦う者は、自らの意思によってのみ其処に立たねばならない、との言葉を残している。
 それに彼は奴隷という階級その物を毛嫌いした節があり、当地地域の全ての奴隷を解放しようと尽力したと歴史には記されている。
 無論、それは完全には達成されず、今もなおこの地でも奴隷の売買は行われているようだが…。
 ともかく、この地の闘技者達は、己の力を以って名声と富、栄光を目指しそれを誇りにしてきた。
 そして、このメナスの危機において彼らは立ち上がったのだ。
 彼らはゲーレウス教を討伐し、闘技場をこの地にもたらしたガイゼル一世の旗をかかげ、略奪後のうかれたゲーレウス教徒に襲い掛かった。
 無数の試合で研ぎ澄まされ、磨き上げtられた彼らの技量は実戦でも存分に発揮され、不意をつかれ動揺するゲーレウス信者に痛打を与えた。
 おりしも、連合王国の騎士団の反撃も重なり、ゲーレウス教徒を撃退、闘技者達は救国の英雄としてたたえられる事になるのだが…それは余談だ。
 無論、この略奪による傷跡は大きかった。
 かの神殿もその大きな被害を受けた施設の内一つ。

『それまでは、古めかしいが由緒ある神殿だからって町のモンが皆して掃除やらしてたんだがなぁ…石造りの神殿そのものが崩されちまって・・・オイラも逃げるのに精一杯でなぁ』

 ゲーレウス教徒は、神殿を徹底的に破壊したらしい。
 元々彼らは排他的であり、他の神々をゲーレウスの奴隷程度にしか思っていないだけに、これは別段不思議とはいえない。
 だが…

『あ? 祭壇? そういや、石造りの台やら石像やらもその時になくなったな。今思い出しても大層な彫刻がされてたんだがなぁ』

「おかしいです…」
『ああ、無くなっていた、と言うのは有り得ないはずだ』
「どういう事?」

 薄暗い部屋の中、テオの右目が深紅に輝く。
 眉根を寄せるテオに温茶を渡し、自身も腰掛けるミアン。
 一通り話を聞き終えたテオらは、一度ミアンの住む部屋に戻ってきていた。
 今後どう行動するか、ゆっくり考える必要があると判断したからだ。
 此処ならば人目が無い為だろうか、ギョウもミアンに聞こえるように『声』を出している。

「ゲーレウス教徒は、他の神々の神殿や縁の品は『壊す』はずなんです」
『略奪するのは、ゲーレウス神に奉げるため。一度他の神に奉げられた物は、『奴隷が使うもの』として侮蔑し、神聖な奉げ物には用いないのがやつらの流儀』
「ゲーレウス神に奉げられた後は彼ら教徒が好きにするのですけど…奉げ物に出来ない物は、神への祈りと言う名の破壊行為に使われます」
『だが、あの男の話では、『なくなった』だ。つまり、ゲーレウス神に奉げる供物でもなく、破壊もしない…別の何かの目的を持って奪ったとしか考えられん』
「でも、立派な彫刻が彫られたって言うし、騒ぎにまぎれて何処かの誰かが盗んだとかじゃないの?」
『…俺はその台座…祭壇を見たことがある。大人が数人で抱えて運べるかどうかの代物だ。普通は持ち運べんよ…それにな、ゲーレウス教徒のやつら、略奪しやすいようにかは知らんが、怪力を手に入れられる』
「つまり、ゲーレウス教徒が『奪った』と見るのが一番妥当なんです」

 ため息混じりにテオが告げる。
 困った事になった。正直な感想だ。
 ゲーレウス教徒の目的がわからない。

 何故奪った?
 何故破壊しなかった?
 彼らが使う為?
 それとも誰か別の者が使う?
 だとしたら何のために?
 そもそも、排他的なゲーレウス教徒が他者と取引などするか?
 ならば…

「はぁ、考えがまとまらないです…」
『落ち着け。あせった所でどうにもならん』

 ぐったりと肩を落とし、温茶をあおるテオ。
 ほのかな甘みが疲れた心をほぐすようだ。

「…あ…美味しいです、ミアンさん」
「そ? ありがと」

 微笑むミアンの横顔をテオは見つめる。

「そういえば、ミアンさん…すごいですね」
「あら、なにが?」

 流し目を送ってくる端正な顔立ちに引き込まれそうになりながら。

「だって、あの元管理人の人を…」
「ああ、あれ?」

 実は、元管理人はなかなか偏屈で、テオが一人赴いた際には中々話そうとはしなかったのだ。
 もっとも一人だったのは、料理店で前代未聞の大食い記録を樹立したミアンが店でなにやらセレモニーをしていた所為なのだが。
 それが終わって、ミアンが頼むと、元管理人は見事なまでにスラスラと知っている事を話し出した。

『まぁ、この大飯喰らいの食べる様を見なければ、普通に男が気を許すぐらいのイイ女だからだろう』
「…それ、褒めてるの? 貶してるの?」
『言われて判らんのか? 判らぬとなると、貶さなければならん部分に頭の中身を加えねばならんが』
「アンタ、一度きっちり話をしないといけない気がするわ…」
「ちょちょっと、ミアンさん、ギョウ」
『そもそも、男を騙す手練はラミアだからというだけでは在るまい? テオを誑かした様子から察するに、男を騙す女詐欺師だったのだろう』
「何よ失礼ね! 詐欺師ってなによ! そんな怪しい手口私には必要ないわよ! みてなさいな!」
「え? ミ、ミアン…さん?」

 二人(?)の言い合いに板ばさみになっていたテオは、不意に妖艶な微笑を浮かべたミアンに戸惑いの声を上げる。

「動かないで…テオ…」

 妖しくにじり寄るミアンに、テオは蛇に睨まれた蛙の…いや、それとは微妙に違うなにかの気分を感じる。
 恐怖…じゃない、これは…
 まだ歳若いテオでは判別のつかない感情。それが彼の身体を縛り付ける。
 そっと差し伸べられる手…近づく唇から甘い香りを感じたと思った瞬間。

『其処までにしろ。実験にテオを使うな』

 テオの右目が一段と強い光を発し、周囲を漂っていた甘い空気を振り払った。

「え…? な、なに?」

 只一人混乱するテオをよそに、ギョウは幾分腹立たしげに光る…ミアンは残念そうに苦笑しているが。

『毒、か。今のは媚薬か惚れ薬の類の毒だな?』
「そうよ。テオに私を好きになってもらおうと思ったんだけど…邪魔されちゃった」
『それをあの男にも使ったのだな』
「そんなに効果は強くないのよ? ちょっと仲良く位の…でもこれ使うと血を吸う相手探すのに便利だったの」
『他にも種類はあるようだが…なるほど、息に含ませ相手に吹きかけるのか。咬む必要が無いのは便利だな』
「直接咬む方が効果あるんだけど…話を聞くくらいなら、遠くから吹き掛けるだけで十分よ」
『ふむ、只の無駄飯喰らいでは無かったか。良かったな、褒める所が増えたぞ』
「・・・一々つっかかってくるわねぇ〜! 何? アンタ、テオが私が好きになるのそんなにイヤなの?」
『誰がそんな事を…!』
「何よ第一・・・!」

 当事者のテオをよそに口論を始める二人(?)
 テオはついていけずに、もう一度温茶を口に含んだ。

 …すっかり冷めていた。

 ギョウが大声で話すと、頭が揺す振られて目眩がするんだけどなぁ…

 諦めの境地でつぶやいた声は、口論と言う名の喧騒に…あっさりとかき消されて、消えた。


8 :まる :2007/02/05(月) 23:55:49 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その1 −テオ−

 暗闇の中、僕は目を覚ました。

「あれ?」

 何時の間に眠っていたんだろう?
 遠く聞こえていた繁華街の人の声も今は聞こえなくなっている。
 メナスくらいの大都市になれば、かなりの深夜まで繁華街を賑わしていてもおかしくないはずだけど…

「もう、そんな遅い時間なのかな…?」

 よくわからない。
 そういえば、何時の間にベッドに?
 たしか…ギョウとミアンさんが言い合いを始めて、それでギョウが段々大きな声を出すようになって…あぁ、そうか。
 頭揺らされて気持ち悪くなったから、ベッドに横になって…そのまま寝ちゃったんだ。

 そこまで思い出して、自分が何に悩んでいたのかも思い出した。
 本当に、どうしよう…ゲーレウス教に20年も前に祭壇を奪われたなら、祭壇を使う以外の方法であの神様に呼びかなければいけないかも…
 それとも、やっぱり北の山脈に向かわないといけないのかな。
 それにしても手がかりが…『今』の僕にはゲーレウス教徒を相手取るなんて無理だし、それに…
 
 僕は、ミアンさんの綺麗な顔を思い浮かべる。

 北の山脈に向かうなら…ミアンさんには、僕の故郷に行って貰わないといけない。
 ゲーレウス教徒は息を吸うように略奪をする人達…幾ら毒を駆使できると言っても、ミアンさんみたいな綺麗な人が向かうには危険すぎる。
 僕の故郷に行けば、血の事は何とかできるはずだし…って、そういえば。

「ミアンさん…どこ?」

 薄暗い部屋の中、ミアンさんを探す。何処に居るんだろう?

「どうしたの?」
「ふわぁ!」

 耳元で囁かれた声に慌てて飛び起きる。
 見れば、僕はミアンさんと一緒に寝ていた。まるで恋人みたいに。

「ど、どどどっど、どどど…」
「ドレミファソラシド?」
「違います! ど、どうして一緒に寝てるんですかっ?」
「あら、そんな事言うの?」

 ミアンさんも身体を起こす…見れば、薄い肌着しか着ていない…うぅ、目の毒だよう。

「私とテオの仲じゃない…って、そんなに混乱した顔しないでよ。本当は…寝顔が可愛かったから、かな?」
「うう、可愛い、ですか…」

 それってあんまり嬉しくない褒め言葉なんだけどなぁ
 って、それよりも。

「そ、そんな事よりも…ミアンさん、お腹へって居ませんか?」

 そう、『今日』はまだ血をあげてない。
 昼間アレだけ普通の食事を取っていても、ラミアである以上は…

「ん〜…無理しなくてもいいわよ? …また、貴方を死なせるくらいに吸ってしまいそうだし…」
「ダメです」
「昼間アレだけ私が食べてたの見たでしょう? アレだけ食べれば…」
「普段の食事と血は別物だって言ったじゃないですか。自分だって判ってるはずです」

 何を言ってるんだか。今こうして見てもミアンさんが無理してるのがわかる。
 当然だよ。お腹減ってる所に、最高の料理を目の前に置かれたのと同じなんだから。

「ちゃんと食べるものは食べなきゃダメです。ほら…無理しないでください」

 僕は首筋を露にして戸惑ったようなミアンさんを抱き寄せる。彼女の口元が僕の首筋に当たるように…
 多分、僕はまた命を落とすだろうけど…ミアンさんをそんな身体にしたのは僕だ。責任は取らないといけない。
 そして、再び感じる小さな痛み。でも、直ぐに痛みは引いて、甘い香りが漂ってくる。
 多分、痛みを消す毒を使ってくれてる…のかな…
 二度目になる意識が次第に薄れてゆく感覚。そんな中、ミアンさんがなにか呟いた気がしたけど…

 僕はそれを聞き取れず、意識を闇に沈めていった。


9 :まる :2007/02/05(月) 23:56:41 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その1 −ミアン−

 私は、隣で眠る寝顔を見つめる…私が殺して、私の全てを手にしたこの子を。
 不思議な子…始めて見た時から可愛い子だと思ったけど、今はそれ以上のものを感じている。

『何を考えている?』

 え? 起きた? …って、右目だけ…
 うるさい奴がまたでしゃばってきたわね。
 ほんと、この小うるさい『目玉』さえなければ、この子は本当に私の…って、それはダメね。
 この小うるさい目が居るから、私は…この子と一緒に居られるから。

「不思議な子…ってね。どうして自分を殺した相手にこうも心を許せるのかしら?」
『…別に殺されても蘇るから、と言うわけではない。テオは昔からそうだ…お前の媚毒も、俺が防いでるから効果は無いからな』
「…もうあんな真似しないわよ」

 全く失礼な目玉ね。さっきはちょっとからかっただけよ。
 まぁ、この子が私を好きになって欲しい…そう思ったのは確かだけど。

「あれ?」

 あら? 起こしちゃったかしら?
 気がつくと右目が普通の色に戻ってる…逃げたわね、あいつ。

「もう、そんな遅い時間なのかな…」

 テオはぼうっと真上を見上げてる。
 …綺麗な目。
 透き通ってて、碧い宝石みたい。
 今は朦朧としてる所為かしら?硝子の方が近いみたいだけど…
 昨日、この子に声をかけたのは多分その目に魅入られたからかもしれない。
 でも、この子は今までの私を知ったら、どう思うんだろう?
 さっき目玉が言ったように、私は…

「ミアンさん…どこ?」

 え? 私を探してるの?
 ふふっ、じゃぁ答えてあげないと…

「どうしたの?」
「ふわぁ!」

 あら、耳元で囁いたらそんなにびっくりして。
 それに『ふわぁ』って…ホント、可愛いわ。

「ど、どどどっど、どどど…」
「ドレミファソラシド?」
「違います! ど、どうして一緒に寝てるんですかっ?」
「あら、そんな事言うの?」

 …って、もしかしてこの子鈍いのかしら?
 頭も良く回るみたいだし、そんなことはないと思うけど…

「私とテオの仲じゃない…って、そんなに混乱した顔しないでよ。本当は…寝顔が可愛かったから、かな?」
「うう、可愛い、ですか…」

 ううん、嘆き顔も可愛いわ。ホント、食べちゃいたいくらい…

「そ、そんな事よりも…ミアンさん、お腹へって居ませんか?」

 意味が違うわよ! 本当にこの子は…
 でも、言われるまでもなく、そう。
 しばらく前から、私はのどが渇いてる。
 この子の血を…あの芳醇な香りと蕩けるような味を思い出すと…私は私じゃなくなる。
 吸いたい、今すぐに! すぐにでもこのこの首筋に牙を埋めて、溢れる血で喉を潤したい!!
 でも…

「ん〜…無理しなくてもいいわよ? …また、貴方を死なせるくらいに吸ってしまいそうだし…」

 ダメよ。もう…
 私はこの子を殺して思い知った。
 この子は忘れているかもしれないけど…
 私がこの子の血を貪ってる時、この子が何をしてくれたか…思い出すと、胸が締め付けられる。
 どうして、自分が死ぬのに私が殺したのに…あんなにも優しくその私を抱きしめられるの?
 幾ら蘇るからって…あんなに私を優しく抱く人を…殺せるわけ無いじゃない!
 あんなに優しくされたのは初めてだった! 私をあんなふうに受け止めてくれたのはテオ、貴方が初めてだったの!
 …でも、テオは言うの。

「ダメです」

 ほらね?
 ずるいわよ…あの時、私を包んでくれた腕と同じくらい…優しい顔で言うなんて。

「昼間アレだけ私が食べてたの見たでしょう? アレだけ食べれば…」
「普段の食事と血は別物だって言ったじゃないですか。自分だって判ってるはずです」

 ええ、全部判ってるわ。でも、昼間の食事で我慢できればいいと思ったのも本当。
 でも、この子にはお見通しなのね。

「ちゃんと食べるものは食べなきゃダメです。ほら…無理しないでください」

 テオは、私をあの時と同じように抱きしめた。
 包み込むように、労る様に…
 今から、私に殺されるのに。

 …なんて、残酷なの。

 私は、されるがまま、彼へ口付けした。首元へ、毒牙のキスを…眠りの毒を流し込みながら。 
 せめて、彼が苦しまないように。

「おやすみなさい…私の…全てになった人」

 せめて、私の溢れた想いが…届かないように。


10 :まる :2007/02/05(月) 23:58:07 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その1 −ギョウ−

 どうも様子がおかしい。
 日中から感じていた違和感が、今のこの娘の言葉で明確に形になってきた。

 (全てになった人、か。そう思うにはあまりにも早すぎるのではないか?)

 目の前のラミアに血を吸われ、半死半生の有様になった相棒を復元しながら、俺は一人考える。
 先刻の相棒とこの娘の会話と態度…相棒は初め契約した際に言ったように、友人としてみているようだが…このラミアはまるで恋する少女のそれだ。
 そもそも、日中の食事…正体がラミアとはいえ、あそこまでの食欲を発揮する事自体異常だ。
 この娘が喰らう姿…俺には途中から無理やりに食べていると見えた。

 そして、今夜だ。

 今夜の吸血…無論昨夜のように激しくはあったが、相棒は生きている。意識は無いが、これはこの娘の毒の所為だろう。
 本来、幾ら日中普通の食物を食べても、欲する血は変わらない。
 昨日が飢えていたと仮定しても、相棒の血は死に至るほどに吸われた筈だ。
 …どうも、腑に落ちないことが多すぎる。

『其処のラミア。聞きたい事がある』

 吸い終えても相棒の脈があることに安堵の息をついていた娘に、俺は切り出した。

「…何かしら? また憎まれ口でも言うの? 『今度は殺さなかったか、昼間アレだけ食えば腹も一杯になったか?』 とでも言うつもり?」
『そう言うセリフこそが憎まれ口と言うのだがな…まぁ、いい。重要な事だ、良く聞け』
「何よ」
『…お前、テオに惚れたのか?』

 口をつぐみ、答えに窮した姿。それだけで十分すぎる返答だな。

「……あんたに関係ないでしょ、この赤目玉」
『十分に関係がある。お前、もしそうなら早すぎると思わんのか?』
「…なによ、それ。早すぎるって…」
『それに、だ。お前、自分の身体をどう感じてる? テオの血を吸う前と、吸った後でだ』
「………何が言いたいのか、はっきり言いなさいよ」
『では、結論から言おう』

『実は判らんのだ』

 こ、こら! 俺をつつくな! よさんか! 無言でつつくな! 痛くは無いが疵がついたらどうする!

「あ、あんたの! 話を! まじめに! 聞こうとした! 私が! 馬鹿! だったわ!」
『お、落ち着け! 話を最後まで聞け!』
「一目ぼれだって良いじゃない! 私の勝手でしょ!」

 ぬぉ!? 泣き出しおった! 涙もろいのか、こやつ!

『落ち着けと言っておる! これからお前自身がどうなるのかが判らんのだ!』
「えっ!?」

 ふぅ、ようやく落ち着いたか…全くこの娘ときたら…

「それ…どう言う事?」
『話すとまた長くなるが…とりあえずゆっくり聞け。実はな、神の生贄になる話なんだが、テオはこれが始めての仕事だ』
「…そうなの?」
『ああ、先代が死んでな。鎮め人の里でもっとも美味なる血のテオが今代の鎮め人になった』
「鎮め人…そういえば、生贄になる為の一族みたいな事言っていたわね」
『その通りだ。そして、テオの血は…多分、今までのどの鎮め人の血よりも美味で、純度が高く、含まれる霊力も高い』
「・・・それが、私と何の関係があるのよ?」
『実は、だ。魔獣の類でも、お前ほどの下位の存在がテオの一族の…『鎮め人』の血を飲んだ例は一度も無い』
「…何、それ?」
『簡単に言うとだ、まず鎮め人は相応の力を持つ『神』と己の身体を奉げる事で契約し、守護を願うのだ。神との契約が果たされた後は、神の守護を持って身を守り鎮神の旅を成し遂げる事になる』
「……話が見えないんだけど…」
『判らんか? 本来神の守護があれば、お前などが血を吸う機会など本来訪れはしなったということだ』
「ちょっと…何言ってるのよ…」
『今まではそうやって下級の魔族からテオの一族は身を守ってきた。相応の守護無ければ下級の魔を次々魅入らせ、鎮め人は際限なくその身を貪られるのは明らかだ。そしてそれが故に、下級の魔はテオ達の血を味わった事は、無い』
「……話はわかったけど…だから、どうしてそれが私の…」
『まだ話は終わってはおらん。逆に言えば、上級の魔は、半ば神に近い者ばかり…その血には溺れはしない。力の絶対量が違うからな。故にこれまでは他の力を失った神と同じく飢えを満たせた。だが、お前は?」
「っ!?」
『元々霊的容量の多い上位魔族や神ならともかく、お前は? あの莫大な量の霊力を捕食し、只腹を満たしただけで済むのか? …巨大な霊力の反動…何らかの形で既に現れているのではないのか?』
「な、何を言ってるのよ…わ、私は…」

 ふむ、一気に話し過ぎたか…混乱しているな。
 確かに一目ぼれという可能性はあるだろう。
 だが、代々の『鎮め人』を見てきた中でも、テオの血は格段の力を持っている…
 些細な事象も、後の大きな変化の切っ掛けと成り得るだけに、留意は必要だろう。

『今直ぐにどうこうなるとも言えぬ。が、昨日よりも量の減った吸血、それにお前のテオへの思慕の念…無関係とも思えぬ。それだけだ』

 そういい残し、俺は魔力の放出を止めた。
 丁度テオを復元し終わった所だ。
 未だ考えるべき事象は多く、問題は山積みだ。
 そして…時間の猶予はあまり無い。
 ラミア一人にかまけている時間も、無い。

(守護をになう神…先にそれを探すべきかも知れぬな) 

 神殿が健在ならばこんな苦労はしなかったものを…そう思うと同時、俺は相棒とラミアの行く末を想った。


11 :まる :2007/02/05(月) 23:59:08 ID:PmQHk3Pm

狼神グラン −01−

 黒狼王ガイゼル一世といえば、このメナスで知らないものは居ない。
 彼はこの地から出でた英雄であり、無双の剣士であり、理想の王とされた。
 この地に生きる者達は、幼き日に彼の英雄譚で何度も胸を躍らせたはずだ。
 男子なら、その武勇と栄光に、女子ならその后となったセーナ王女との恋物語に。
 ただ、これほど有名な英雄のその幼年期は、ほとんど明らかになっていない。
 その足取りは、古アベニア王国末期、メナス北方のゲラール山脈に巣食う山賊、そのある一党をただの一人、それも齢15で壊滅させたところから追うことが出来る。

 既に陸海の貿易の重要拠点であったメナスは、同時に山賊海賊の被害に悩まされていた。
 それは同時に、貿易商達が賊達につける賞金目当ての賞金稼ぎが、この地に多く集まったと言う事でもある。
 ガイゼル一世(まだこの頃はただ、ガイゼルと名乗っていた)は、若いながらもメナスにやってきた賞金稼ぎの一人だったのだろう、というのが史学者の共通の認識だ。
 若者ガイゼルが壊滅させた山賊団は当時有数の規模であったらしく、それを打ち破った彼に商人達は注目した。
 かねてより、山賊討伐には何か求心的な存在が必要と考えていた商人たちは、彼を中心として、山賊討伐隊を結成させたのである。

 だが、討伐隊に参加した賞金稼ぎたちは、まだ年若いガイゼルをただの飾り程度にしか考えておらず、名声を手にした妬みもあり隊とは名ばかりの有様だったと伝えられる。
 当然ながら、そんな有様では狡猾な山賊達を討つなど難しく、初めの遠征で罠にかかり、絶体絶命の窮地に陥った。
 それを救ったのは、他ならぬガイゼルだった。彼は彼自身を囮に山賊たちを出し抜き、結果山賊たちの殆どを生け捕りにまでしてのけた。
 ここに来て賞金稼ぎ達は彼の実力を認め、討伐隊はガイゼルを隊長とした部隊として力を結集することになる。

 その後討伐隊は、続く山賊との、更には海賊との戦いを経てメナス護衛部隊へ、更にはギゼリア都市同盟との戦いを契機にメナス護衛騎士団と名を変えてゆく。
 遂には古アベニア王国の最後の王女、セーナ・ブランシェル・グリデ・アベニアをギゼリア都市同盟より奪還するに至り、その名声はアベニア全土に鳴り響いた。
 そして、恋に落ちた二人は結婚。同時に形骸化した古王国からの脱身を宣言しガイゼル一世として即位、アベニア新王国が誕生した。
 その後ガイゼル一世は、無理な領土拡大を良しとせず、貿易と内政に勤め、かつての賢王ジルベルト三世の治世にも劣らぬ繁栄を築き上げる。

 メナスの名物、闘技場が始めてこの地に建設されたのもこの頃だ。
 ガイゼル一世は、平和な時代が続くことを望んでいたが、同時に国を守る優秀な人材も常に必要とされると考えた。
 同時に、その両立が難しいことも理解していた彼は、平時でも常に実践に近い状態での戦闘を行い、技量を磨ける場所を作り上げたのだ。
 つまり闘技場は、一種の人材養成期間としての側面を当初から持っていたことになる。
 事実、闘技者達はその戦いを通じて実戦的かつ洗練され、優秀な者は度々メナスが誇る護衛騎士団への勧誘がされていた。
 こうしてメナスの闘技場は、名声と栄光が己の技量のみで手に入る地として、各国の優秀な戦士や術師が集うことになる。
 これは、忌わしきゲーレウス教徒の大略奪においても、闘技者達が重要な役割を果たしたことからもうかがい知れる。
 その他にも、王立魔道研究院やカルナッツ最高学府など、広く人材を集める政策をとったガイゼル一世は、今に至るメナスの基礎を作り上げたと言って良い。

 偉大なるガイゼル一世。その退位までメナスの繁栄に力を注いだ王は、四人の子と十三人の孫に囲まれ、穏やかな最後を迎えたと言う。
 その死後、遺骸は王本人の希望により王城トライドホーンの地下に埋葬され、今もなおメナスを見守っていると伝えられる。

 また、これほどの名声を伝えられる王だけに、その他真偽の判らぬ逸話が数多く残されている。

 曰く、実は酒に弱く酒乱。
 ある宴で誤って南方の強い酒を口にした王は、歌いながら服を脱ぎだし、グリナリア教国の女教皇に抱きついた…とか。
 曰く、金槌。
 海賊討伐の折、決して海に落ちないように自身をマストに縛り付けた…とか。
 曰く、料理が下手の横好き。
 時折思いついたように王宮の厨房に赴くと、本人以外は到底食せないひどい味の料理を作っては喜んでいた…とか。

 ある意味、これらはその人となりが完全無欠などではなく、親しみやすい物だった事をうかがわせる。
 だが、その逸話で最も有名なものは、少々毛色が違う。

 黒狼王…その異名の由来となった、二匹の巨狼にまつわる物語である。


『ガイゼル一世は特に山賊征伐が有名だ。だが、その偉業は実はただ一人で成し得た訳ではない。金狼、銀狼…そう呼ばれた二匹の巨狼が力を貸したのだ』

 一夜明けて…寝起きで意識を朦朧とさせるテオとミアンに、ギョウはガイゼル一世の伝承の真実の一端を話していた。
 巨狼…ギガントウルフとは、この大陸の山間部で生息する大型の狼の事だ。その体躯は軍馬と等しく、群れ成せば竜族をも倒し得ると言われる山の王だ。
 元々単独で活動することが多く、その数も多くは無い為、人が遭遇することは極めて稀。
 しかしその獲物は大型の魔獣などであるため、山間部では時折山の神として信仰を集める存在でもある。

『ガイゼル一世は幼少の頃、ある一匹の巨狼に育てられた。そしてその巨狼の子こそが金狼、銀狼…その名の如く金と銀の毛皮を持つ巨狼だ』

 恐らくは口減らしのため山に捨てられたであろう赤子を、一匹の巨狼は我が子と共に育てあげ、成人するまで見守ったという。
 その後若者ガイゼルが世に出てからは、兄弟の如く育った二匹の巨狼が常に共にあり、その偉業の助けをしたと。

『黒狼王の名は、その髪が漆黒でありそして金銀の巨狼を連れていたことから、彼自身の若い頃の異名が黒狼であったことに由来するのだ』

 ガイゼル一世のその旗印は三匹の狼…漆黒と金と銀…三色の巨狼を模した意匠となっている。
 この二匹は、王の数々の戦いに共に戦い、護衛騎士団にとっては守護神のように慕われ、遂には信仰の対象になった。
 王城トライドホーンの一角には、今も二匹が住処とした庭園が残り、その遺骸は生前と同じく、ガイゼル一世と共に王宮の地下で眠りについているという。

 ここまで聞いたミアンは、疲れたようにため息をついた。

「…長い話ね…それで、何が言いたいのよ? 赤目玉」
『うむ、実はこの二柱にテオの守護神になってもらおうと思ってな』
「ふぇ? …で、でも…それって、出来るの? …それに祭壇を先に…」
『奪われた祭壇を探すのにも、守護神無しではもう無理があるだろう? とりあえずは、あっちは後回しだ』
「…それもそうだけど…上手く行くのかな?」
「そうよ、それに、契約っていうのは、話に聞いてると神殿や祭壇で結ぶんでしょ? そんな神様の神殿なんて知らないわよ、私」
『何を言う。神殿はもう目にしているぞ』
「…何ですって?」
「ふぇ?」

 確信を持って断言するギョウにテオとミアンは訝しげに目を見張る。
 二人の様子に満足したのか、ギョウは謡うようにその地を告げた。

『闘技場だ。ガイゼル一世がこの地にもたらした闘技場こそが、戦いの熱気を、意思を捧げる神殿そのものなのだ』


12 :まる :2007/02/07(水) 21:34:31 ID:PmQHk3Pm

狼神グラン −02−

 メナスにおける初の闘技場は、王宮の程近くに今もなおその姿を残している。
 長らくメナスの闘技場の最高峰として君臨したこの闘技場は、最高の闘技者達が名誉と栄光を求め、至高の戦いを繰り広げる舞台となった。
 だが老朽化や観客の増加その他諸事情により王立大闘技場へその座を渡し、今は国の重要保護建築としてメナスと闘技場の歴史を残す博物館として静かな時をすごしている。
 かつては喧騒と熱気に満たされたその地は、今は程よい静謐さ荘厳さを湛えてテオ達をその内へと迎えていた。

「…始めて見たけど…すごいや」

 数百年の時を刻み、数々の熱戦と激闘を生み出した闘技場…展示される数々の武具や歴代のチャンピオン達の肖像画は、まだ年若いテオを圧倒するには十分過ぎた。

「私も初めて来たけど、確かにすごいわね…ねぇ、テオ、これ見て。ほらほら、変な形の武器ね」
「本当だ…こんなの、どうやって使うんだろう?」
『ふむ、大陸東方の武器だな。大陸各国から闘技者達は集まったのだ。このような武器を扱うものが居ても不思議ではあるまい』
「ふ〜ん…そうなんだ…それじゃ、これもそうかな?」
『それは確かナガール首長国の砂漠の民がつかう隠し武器だ。主に暗殺者等が愛用したはずだが…」
「…武器の見本市だね…」
「ねぇ、もしかして…赤目玉って解説してるの? 普段声が聞こえないのも微妙に不便ね…」
「仕方ないですよ。人目がある所だと…突然右目だけ赤く光っても不気味でしょう?」
『両目が赤く光っても不気味だろうな』
「…それもそうだよねぇ」
「ねぇ、また赤目玉がなにか言ったの? テオ、私にも教えて欲しいな…私の悪口とか言ってない?」

 大国であるグライセン・アベニア連合王国でも、この元闘技場現博物館は有名であり、数は少なくとも人目はあちこちにある。
 テオの言うとおり、ギョウが『声』を出すには少々状況が許さないようだ。
 テオとギョウはともかく、ミアンは確かに不便なのだが…

『ふむ、大喰いのラミアに武器の解説などしても意味は無かろう…いや、教えた方が良いか? アレだけ食べるのだ。武器の一つの扱いでも覚えて身体を動かさねば、蛇女が樽女になりかねん』
「ギョ、ギョウ…それは言い過ぎじゃあ…」
「テオ…? 赤目玉……やっぱり私の事なにか言ってるのね? 言ってるんでしょ?」
『それとも食べた分が全部あの胸の脂肪溜りに向かっているのかも知れぬな。頭の中に半分でも向かえば多少は役に立ちそうなものを」
「ミアンさんの事、もしかして嫌いなの !?」
「……テオ、ちょっとだけ動かないでね…何を言われてるのか判らないけど、何かしないといけない気がするの…」
「ミ、ミアンさん!? どうしてそんなに怖い顔に…目、目はちょっと怖いです! つつかないで! って、ふわぁ!?」

 聞こえていても、聞こえなくとも結果はあまり変わらないのかもしれない。
 ともかく、一通り展示品を見て回ったテオ達は、博物館の順路の最後…闘技場の中心、幾多の戦いが繰り広げられた闘場へと足を踏み入れていた。


「ここが…」
「客席から見るのとは、また違って見えるわね…」

 四方を囲む観客席。迫ってくるような迫力は、その地に立った者達が皆感じたものなのだろうか?
 足元に敷き詰められた砂は、どれ程の血と汗を吸ってきたのだろうか?
 過去に遠く思いをはせるテオとミアン。

『…さて、そろそろ目的を果たすか。神域への扉を開くぞ』

 二人を我にかえしたのは、ギョウの『声』だった。

「赤目玉!? どうして…」
「ギョ、ギョウ!? まだ人目が…あれ?」

 驚く二人が周囲を見渡せば、日中に関らず人の姿が周囲になくなっている。
 いや、そもそも周囲の様子がおかしい。日中に関らず、空が赤く染まって見える。
 未だ太陽は中天に輝いているにもかかわらず、だ。

『人払いの結界を展示室に居る間に施しておいた。これで暫くは闘場には誰も近寄れんよ』
「何時の間に…?」
『お前たちが逢引気分で展示物を暢気に眺めていた時だ』
「解説しながら? …気付かなかったよ」
「逢引だなんて…イヤン」
『赤くなって悶えるな、蛇女。そもそも何故此処に来たと思っている』
「そうだね…ギョウ、ここから神域へ行けるの?」
『うむ、闘技場が狼神の神殿でもあるだという事は今朝教えたな? 見ろ四方のあの像を』

 促されるままに見れば、闘場を囲むように4体の狼の像が配置されている。
 その4対の瞳は、闘場で行われる戦いを一瞬たりとも見逃さないように見えた。

『あの像は先に話した金狼銀狼、更にはガイゼル一世を異名である黒い狼を意味し…そしてあのひときわ大きい像が、狼神グランを意味している』
「グラン…ガイゼル一世を幼少の頃、母代わりに育てたという、雌巨狼の事だね」
『うむ、金狼と銀狼はその眷属だ。ガイゼル一世はグランと金狼銀狼、その眷属達が長く力を得られるようにも闘技場を作り上げたのだ。闘場での戦いや観客の熱気は、霊的力としても敬虔な信仰に匹敵するのだからな』
「つまり、ここは供物を奉げる祭壇そのものって事だね?」
「そういえば、他の闘技場にも狼の像は必ずあるって話を聞いた事があるわ…そういう理由だったのね」
『その通りだ。故に神域への扉になりえる…この闘技場、今は使われていないが、ガイゼル一世が建造しただけに、神殿としても理想の配置だ』
「そうか…じゃぁ、ギョウ。早速お願いするよ」
『そうしよう…と、言いたい所だが、その前に…蛇女』

 急に話をふられ目を瞬かせるミアン。

「な、なによ。赤目玉」
『お前はここに残れ』
「な、何でよ!?」
「あ……そうか」

 ミアンは突如の宣告に不満の声を上げるが、逆にテオは納得の表情だ。

「どうして、私がここに残らないといけないの!? 私も行くわ!」
「…いえ、ミアンさんは此処に居てください。直ぐに帰ってきますから」
「テオまで!? どうしてよ…何故私はダメなの?」
『お前の事を考えての事だ…お前、これからテオが『どうなる』と思っている?」
「……? ……っ!? まさか!」
「狼神に僕を奉げる…少し、見た目に刺激が強すぎますから。ミアンさん…今回は我慢してください」
『同時に、共に行けばお前も供物と見られるやもしれぬ。俺が復元できるのは、俺の相棒だけだ。安心しろ、テオは無事に戻ってくる。俺が居るのだからな。だから、大人しく其処で待っていろ』

 ギョウとテオの説得に、ミアンは頷くしかなかった。
 暫く後…赤い光に包まれた闘場に光る扉が現れ、消えた。

 テオの身を案じるミアンを残して…


13 :まる :2007/02/08(木) 20:30:11 ID:PmQHk3Pm

狼神グラン −03−

 そこは光り輝く森だった。
 一瞬前まで闘技場に立っていたテオは、石造りの建造物から深い森へと姿を変えた景色に目を瞬かせる。

「ギョウ、これは?」
『狼神グランは、元々ゲラール山脈の森林部で天然の霊気を浴び神格をあげた自然神でもある。その神域が森を象っても不思議ではあるまい? それに、だ。良く周囲を見るといい』
「……? ……え、これって…」

 言われるがままに四方を見回すテオ。すると自身の立つ場所が何なのかが見えてくる。

「これ、闘技場!? 木立の立ち方がまるで…」

 そう、そこは確かに闘技場だった。石造りの壁に変わり、光り輝く木々がとりまいて、足元は敷き詰められた砂から短い草に覆われているが…その形状は確かに先刻まで居た闘技場そのもの。

「そうか…山と森に棲む狼神としての相と、闘技場とメナスの守護神の相…ここは両方持っているって事だね」
『無論、あの狼の像もある。いや…像ではなく、神々そのものがな』
「そのもの…っ!?」

 『それ』は、確かにそこに居た。
 只気付かなかっただけだ。
 …だが、そんなことがあるのだろうか?
 ともすれば、軍馬どころか小さな小屋ほどもある体躯をもった、輝く金銀の巨狼に気付かないなど。

『驚くには値しないと思うがな。狼なのだぞ? 気配を消す事など造作もあるまい…同時に、ここはあれらの『領域』なのだから』

 驚くテオにギョウが囁く。言われてみれば、確かにそうだ。同時に、周りの光る森が目を眩ませていた所為でもあるのだろう。
 納得したテオ。そこへ二匹の巨狼が近づいてくる。
 大きい…近くで見ると、尚更その巨大さに目を見張る。

『久しいな、ギョウ=ガン。かの戦以来か』
『その童子が今代の鎮め人かえ? おお、アンブロジアに良う似ておる…懐かしいのう』

 金銀の狼の『声』が響く。その恐ろしげな体躯に関らず、柔らかく穏やかな声が。
 向けられる視線も、知性と英知に満ちている…流石に、『神』の域まで霊格を高めた存在だ。
 とはいえ、テオにしてみれば恐怖まで至らぬにしても、その身体の大きさに圧倒されてしまう。

「あ…その…は、はじめまして。テオ・ブロム・ネクターです」
『ははは、恐れる事は無い。そなたの一族と我らは浅からぬ仲。気を楽に持つと良い』
『無茶を言うな金狼よ。お主らの無駄に大きな体躯が無駄に威圧的なのだ。戸惑うは当然だと判らんか?』
『…相変わらず口が悪いのう。まぁ、確かにこの姿では落ち着いて話せぬかもしれぬ』

 そう言うと、金銀の巨狼は一層強く輝き…一瞬の後、一組の男女へと姿を変えた。
 金髪の美丈夫と銀髪の妙齢の美女に。伝承では双子だと伝えられるこの二匹の巨狼…確かに男女の違いは在るが顔立ちは良く似ていた。

「ふぇぇ…すごいや…」
「やはり人と話すならこの姿だ。この姿もかの戦以来…ふむ、悪くない」
「ふふっ、それにしても、ギョウ=ガンがそこまで過保護に主と接しておるとは…余程入れ込んでいるのかのう?」
『銀狼、下らぬ事を言うな……それよりも、だ。お主らに頼みがあってここに来た』

 改まって言うギョウに、いまは人としての姿をとったに二匹の巨狼が続きを促す。

『ならば…金狼、銀狼よ。このテオの守護を担ってはくれぬか?』
「……ふむ? テオと言ったか…そなた、未だ守護神を持たぬのか?」
「は、はい…少し手違いがあって…実は…」
『波濤神ゼルシルト。そうですね?』

 かいつまんで話そうとするテオを更なる声が遮った。
 深い、全てを包み込むような声…二匹の巨狼も威厳があったが、今の声はそれ以上の何かを含んでいる。

「「母上…」」
「えっ!? えっ!?」
『久方ぶりだ。そして…その通りだ、グランよ』

 『彼女』は、そこに現れた。
 一見人の良い老女に見えるその姿。だが、その姿は仮初。
 その背後には、城砦さえも飲み込みそうな巨大な獣の姿の幻が浮かぶ。

『お久しぶりね。ギョウ…そして、はじめまして、テオ』
「あなたが…グラン…」
『テオ、貴方にはまず謝らなければならないわね。波濤神の神殿が失われたのは私達の責任でもあるのだから』

 狼神グラン…大地母神としての相さえもつ女神は、深い哀しみと共にテオに微笑みかけた。


14 :まる :2007/02/09(金) 23:32:35 ID:PmQHk3Pm

狼神グラン −04−

 女神グランの出現に驚くテオに、女神は更に混乱を呼ぶ言葉を投げかけた。

『あなた達の事情は全て知っています。でも、御免なさい、今ロムとレムをあなたの守護者にはできないの』
「ふぇ!? ど、どうしてですか?」
『何故だグランよ。何か理由があるのか? ゼルシルトの神殿についてもそうだが…どういう事だ?』

 投げ掛けられる問いに、女神の眼差しに含まれた憂いが一層色濃くなる。

『その答えを詳しく語るには、今は時が許しません。ですから、必要な事だけお話しましょう。そして…続きはこの子にお聞きなさい』

 促されるように老女の背後から現れたのは、燃えるような赤毛をたなびかせた巨狼…ここに居た三柱の神からすれば随分と小柄に見えるが、それでも成人男子に匹敵する体躯の持ち主だ。
 まだ年若いのか、落ち着き無くテオの様子を伺っているようにも見える。
 その視線に敵意にも近いものを感じ、テオはそっと背を振るわせる。

『…む? その巨狼は?』
『私の末の娘に当たります。名はレグナ…この子にテオ、あなたの守護を任せたいと思うの』
「ふぇ? それって…」
『……待て、グランよ。一体何が起こっている? 20年前の略奪に波濤神の神殿の崩壊…そなたが居ながらそのような事態に行き着くなど…このメナスに何が起こっているのだ?』
「ちょ、ちょっとギョウ、落ち着いて…」
『これが落ち着いてなど居られるものか。そもそも、金狼銀狼が守護神となれぬのは何故だ? 鎮め人の役がどれ程過酷か…そのような小娘に守護が勤まると思うのか!?』
『それは…』

 立て続けに問いかけるギョウに憂いを深くするグラン。答えようと口を開いて

『黙れ! 母上にそれ以上無礼な口を利くな! それに、誰が小娘だ!』

 それまで黙っていた赤毛の巨狼…レグナが吼えた。

『ぬ?』
『お、おい、レグナ』
『…若気の至りよのう…』

 金銀の巨狼の化身が止める間もなく、テオの目前までレグナが詰め寄る。今にも喰らいつきそうな勢いだ。

『母上の苦悩を、憂いを、このメナスに迫る脅威を知らずによくもぬけぬけと! 誰が貴様などを守護するものか!』
「ふ、ふぇ!? …脅威?」
『おやめなさい、レグナ。それに、この子を守護するのは、あなたにとっても必要なことなのですよ?』
『それが納得いかぬのです! 何故私に地蟲どもの征伐をお命じにならないのですか!? 命ぜられれば、直ぐにでも地下の地蟲どもを打ち倒しますのに!』

 振り向き女神に訴える姿…テオはそれが幼子が泣いているように見えた。
 猛獣と言って差し支えのない体躯も、今は恐怖を駆られる事はない。
 仮にも神の眷属のはずの存在に、テオは何処か違和感を感じ始めていた。
 その間にも、赤毛の巨狼の訴えは続いている。

『母上! 何故この頼りない、何処の馬の骨とも判らぬ者にメナスの未来を賭けるのです!?』
『それをここで話すにも時間が足りないのは判っているはずですよ? レグナ…これは必要な事なのです』
『…グランよ、先から聞こえるが、時間が無いとはどういう事だ? それにメナスの未来だと?』
『ええ…その通りです。ギョウ…テオ。私の知る限り、あなた達にしか…もう、メナスは救えないのです』
『母上……』

 …女神の言葉に、遂に口をつぐむレグナ。
 説得は無理だと察したのだろうか? 代わりにテオへと燃えるような視線を向けた。
 そして、告げられるのは…

『……三日後の深夜、メナスは猛る波濤と灼熱の溶岩を似て、滅びます』

 あまりにも、重い未来だった。

「メナスが…滅ぶ?」
『ええ、ゲーレウス教徒の手によって…』

 女神が告げた名に、テオとギョウの『目』が見開かれる。

『ぬ! やつら、それが目的で祭壇と神像を奪ったか!』
「…そういう事なの? って…もしかして、20年前の略奪って……初めから神殿が目的だったんじゃ…!」
『その通りです。そして、あの日より20年…ゲーレウス教の教主は、試行錯誤の末、波濤神ゼルシルトを目覚めさせる一歩手前まで来ているのです』
『それでか…確かに、これはテオの…鎮め人の力を以ってせねば収められぬ事態と言えるな』

 納得するテオとギョウに、レグナは訝しむ。

『お前…なぜ奴らの事を知っている? それに鎮め人とは何だ? なぜさっきから、一人で二人居るかのように話している?』
『…グランよ。この娘、テオが何なのか知らぬのか? 説明はしたのだろうな?』
『それを言うな、ギョウ=ガン。この娘は一月ほど前母上に魂を受けとめてもらったばかりなのだぞ?』
『我らの眷属として転生して、およそ20日。己に起こった事を含め、メナスの現状を知りえたのが今朝がたの事。知らぬ事が多くて当然であろう?』

 神の眷属である以上、自分達の事もある程度は知っているだろう…そう考えていたギョウは、赤毛の巨狼の言葉と、続く金銀の巨狼の声にあっけに取られた。

『何だと! それではまだ神にもなっておらんではないか! グランよ、役立たずを押し付け何を考えている!?』
『…誰が…誰が役立たずだ! さっきから聞いていれば…っ!』
「ふぇ!? ふわぁ!」

 瞬間、赤い閃光がテオに襲い掛かった。
 怒り心頭に達したレグナだ。
 三柱の神が止める間もなく、光の筋としか認識できないような速さで牙が疾る。
 そして…

「……う…っ……くぅっ!」
『…ふん、口ほどにもない……だが、味は中々だ』

 神域に濃厚な血臭が広がった。
 倒れ伏すテオは力なく呻く…その左腕は根元から食いちぎられ、今も鮮血を溢れさせている。
 圧し掛かる赤毛の巨狼は口元を血に濡らし、抉るようにテオの鳩尾を押さえつけていた。
 勝ち誇るように女神を振り返るレグナ。

『母上、このような輩、やはり役に立ちませぬ。やはり私が……母上?』
『……闘技場で戦っていた頃は、もう少し分別があるように見えたのだけど……見込み違いだったかしら?』

 だが、女神は動じた様子も無く深いため息をつくばかりだ。
 金銀の巨狼の化身も、何か哀れむようにレグナを見て首を振る。
 流石に様子がおかしいと首を傾げようとした時、異変は起こった。

『は、母う…え? ……ん? あ…な、なんだ?』
『やれやれ、身の程を知らぬとはこの事だな』
『な、何だと?』

 奇妙な振動と、思いもよらぬ位置からの声。耳元で囁かれたようなそれに驚き振り返ると…

『…な、何だ!? 目? …な、何故腕がある!?』

 そこには、宙に浮かび深紅に輝く眼球と、未だ倒れながらも、確かめるように左手を…失われたはずの腕を動かすテオの姿。同時に…

『いい加減に、テオの上からどかんか、馬鹿者!』

 怒声と同時に叩き付けられた衝撃が、赤毛の巨狼の意識を根本から吹き飛ばした。

「あぁ、やりすぎだよ、ギョウ〜」

 意識が奈落に落ちる直前に聞いたのは、何とも力の抜けるそんな声だった。


15 :まる :2007/02/12(月) 12:03:09 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その2 −テオ−

 急がないと!
 女神グランから…そしてレグナさんから聞いた話が、僕を焦らせていた。
 僕とミアンさんを乗せた金毛の巨狼が、神域をどれほど速く駆け抜けているとしても、この焦りは収まる事がない。
 三日後の満月の夜、メナスがいかにして滅ぶのか…そして、女神グランほどの力を持った神が、なぜゲーレウス教徒の蛮行を止められないのか…
 知れば知るほどに、女神が初めに見せた憂いの意味を噛み締めてしまう。

(本当に、僕達だけで…出来るのかな?)

 僕達…風より速く、光り輝く森を駆け抜ける金銀の巨狼…その背に乗った僕達3人とギョウだけで。
 僕とミアンさんと、もう一人…銀の巨狼の背に乗った赤毛の女剣士…狼の姿から、人へと転じたレグナさんの3人で。


『メナスに迫る脅威は、ゲーレウス教の者達だけではないのです』

 偉大な女神はそう言っていた。
 更なる脅威が迫っていて、そちらを押さえるだけで…狼神グランとその殆どの眷属が手一杯になるって。
 だから、今の時点じゃこの金銀の巨狼に、それどころか殆どの眷属に『守護者』として力を貸してもらうことが出来ない…

 只一人、レグナさんを除いて。

『この子は、元は闘技場で戦う剣闘士でした。ですが、先月試合中の事故で命を落としたのです。闘技場は私の守護領域…そこで失われた命は、私の導きの元転生の道筋を辿るのですけど…この子は私の眷属になる事を選んだの』

 元、剣闘士かぁ…さっきも軽く手合わせしてみたけど、確かに凄い技の切れだった。
 確かに、まだ神の眷属としての力は弱いみたいだけど、頼りになる人だと思う。

『本当にそう思うのか? お前に勝てぬようでは護衛もおぼつかぬと思うが』
(あ、ギョウ…さっきのは運が良かっただけだよ)
『…お前はもう少し自分に自信を持った方が良いな。あの娘…神の眷属としての力は未熟だ。今のままでは只の話す狼に過ぎん。お前の血肉を食べてようやく人の姿を取れるようになった程度しかな。ゲーレウス神より真に力を授けられた輩と戦うには荷が重いと思うがな』
(それは…きっと女神も何か意図があるんだよ)
『…ふん、どうだか。そもそももう一つの脅威とやらに対するには、あの小娘狼では全く役に立たぬらしいではないか? それに、だ。あの蛇女まで一緒に付いて来させるとは…グランめ、何を考えている』

 それは僕も疑問に思っていた。


『ゲーレウス教徒の暴虐を止めるためには、テオ…貴方とギョウにお願いするよりないのです。そしてこの子レグナと、もう一人…あのミアンという子の力があなたの助けになるでしょう』

 メナスの危機を聞いて、ミアンさんには一時僕の故郷へ避難してもらうつもりで居た。
 でも女神グランの言葉は、ミアンさんの助けがないとメナスを救えないと伝えていた。
 …たしかに、ミアンさんの無数の効果を持った毒の息は役に立つかもしれないけど…ゲーレウス教徒の神殿なんて危険だらけの場所へミアンさんを連れて行くなんて!

『とはいえ、女神の言葉も一理あるか。未だ守護神を持たないお前では、せめて護衛の数でもそろえねば話にならん』

 …うん、判ってる。僕だけじゃメナスを救うなんて出来ない事。
 きっとレグナさんやミアンさんの力がないと、地下深くにある神殿にすらたどり着けないって事も。

『確かにあの蛇女、誘眠や催眠の毒を使えるだけに、何処かに忍び込むにはうってつけだ。いっそ、あの小娘狼よりは役に立つかも知れんな』
(本当は…僕はミアンさんに危険な想いはして欲しくないよ。ミアンさんには安全な場所で待っていて欲しかったな…)
『本人も付いて行きたいと言ったのだ。仕方あるまい? どの道、メナスが滅びるとなれば連合王国は大混乱だ。安全な場所など失われるだろう。ならばいっそ付いて来させた方がましかも知れんぞ?』

 ギョウの言葉に僕は何も言えなくなる。
 それに、もう引き返せないところまで来ていると思う。
 元々時間はすくなかったし…輝く木々の合間から見える空は、赤みを増してきてる。
 もう、日が暮れるんだ。
 三日後の満月の夜…どんどん迫ってくる。

(……ねぇ、ギョウ。僕達…メナスを救えるかな?)
『…『救う』のだろう? お前がそう聞く時は、もう決意した後なのが殆どだからな』
(…うん。頼りにしてるよ、ギョウ) 

 ギョウは照れたのか何も言わなくなちゃった。
 僕も、疾風のように神域を駆け抜ける金色の狼の背中にしがみつく。

 ゲーレウス教徒の神殿はゲラール山脈の地下奥深くに在る。
 グランは山地の神でもあるけど、地下はその領域外…付近までは神域を通じて送ってもらえるけど、その後は…
 次第に大きくなるゲラール山脈の白峰に、僕は気を引き締めた。

 待ち受ける脅威に負けないように。


16 :まる :2007/02/13(火) 19:48:50 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その2 −レグナ−

 気がつくと、目の前に空があった。

 負けたのか

 自然とそう思った。
 闘技場で戦っていれば、何時の間にか負けているなんて事はざらだったし、こんな風に気がつくと空を見上げてるというのも、幾らでもあった。
 自分が一体何をされたのか、はっきりとは思い出せない。
 それでも、身体に痛みなんて無くても、自分が負けた事は何となく判っていた。

「あの…大丈夫ですか?」

 目の前の空をさえぎって、私を倒したあの人が声をかけてくる。
 そうだ、この人に負けたのだ。
 母上が、私よりも信を置くこの人に。
 私に、人の身体を再びくれたこの人に。
 未だ心配そうに私を見つめるこの人…テオ様の視線を感じながら、私は今の戦いを…気を失ってからの事を思い出す。



「……つ…ぅ? は、母上!?」

 突然の衝撃から気がつくと、母上が私を抱きとめていた。
 憂いの消えないそのお顔で私の様子を伺うよう…

『気がつきましたか、レグナ。あなたを無茶をしますね…』

 母上の言葉で、気を失う前の光景を思い出す。
 そうだ、あの男…奇怪な術を! 目だけ浮遊させたり、腕を再生させるなど…人の技か!?
 思わず身を起こそうとして…

「…!? な、何!? 私の…あれ?」

 自分の身体の違和感に気付く。
 この感覚…なんて懐かしい。
 闘技場で命を落として、母上に救われて以来の…これは前脚じゃない、腕の感覚。
 驚き自分の身体を見回す。
 これは…あの時、私が『死んだ』時と同じ…闘場で戦ったあの日と同じ姿。

『驚くのは無理もありません。が、これは必然なのですよ。彼の血肉をあなたは食した…知らずとは言え、それがあなたに力を与えたの。人としての姿を取れるくらいに…』

 母上の言葉に、私はさっきの男…テオと名乗った男を捜す。
 …居た。
 よりにも因って母上の隣で私を見下ろしている。ふん! そのような顔をしても騙されんぞ!
 …いや、待て。今母上はなんと言った? この男の血肉を食らったから私が人の姿を取り戻せた?
 
 どういう事だ?

『まだ混乱しているようだな』
「な、なんだ!!」

 再び聞こえた声に振り向くと、先と同じく浮遊する赤い眼球が、値踏みでもするかのように、私の真上で輝いている。

「お、おま…なんだ貴様は!?」
『…その問いに答えてやる。だから、そのまま大人しくしていろ。さもなければもう一度吹き飛ばす』
『レグナ。いうことを聞きなさい』

 母上に言われれば、私これ以上何も言えない。
 ただ、この怪しげな目とこの情けない男を睨み続けるのは止める気にはならないが。
 そんな私の姿に、母上はため息をつき、赤い目は気にした様子も無く語り始めた。
 そこで、私はこの『二人』が何者かをようやく知ったのだ。

「つまり、ログ様、レグ様も…この方のご先祖の力を借りて人に変わるだけの力を得た…と?」
『ええ、ガイゼルもこの子の先祖…アンブロジアには何度もお世話になったわ。私も度々大きな力を分けてもらったの』

 語られた事実は、私の背を凍らせるには十分だった。
 この方…鎮め人の一族の歴史と力、そして私達狼神の眷属との関り…到底、眷属になったばかりの私が、無礼を働いていいわけが無い!

「も、申し訳御座いません、テオ様がそのような方とは露知らず…」
「あ、あの…気にしていませんから。それに、僕も新米ですし…そもそもギョウの口が悪いのが原因だったし…」
『うむ、反省しろよ、小娘狼。己が程を知るのは常に大切だ』
「ギョウ! ギョウこそ口の悪さを何とかしないと!」

 テオ様と宙に浮かぶ目・・・ギョウ様の『お二人』が何か言い争っているが、私はそれ所じゃない。
 半ば硬直しながら先の無礼を許し請うしか出来ない。

「レグナさん、顔を上げてください。僕はもう大丈夫ですし…それに、時間が無いのでしょう?」

 テオ様の声に我に返る。
 そ、そうだ! こうしている間にも、地下の地蟲どもがレナスを!

『そう、そうです。今すぐにでも地蟲どもの討伐を!』
『ええ、でも出発の前に…テオ、レグナ』
「ふぇ?」
「は、はい、母上」

 名を呼ばれかしこまる私達。
 な、なんだろうか?

『共に旅をするならお互いのことを知るべきでしょう? そこで…試合をしてみなさい』
「ふ、ふえ? 試合ですか?」
『そう。互いに何が出来るのか、知っておく方がいいと思うの。それには模擬戦が丁度いいと思うの』
『…グランよ。それは闘技場の守護者として、ただ戦いが見たいだけではないのか?』
「…ギョウ様、幾らなんでも母上に失礼です…」

 …た、確かに今の母上は先刻までの憂いが綺麗さっぱり消えて、期待に満ちてはいるが…そ、そんなことは無い、はずだ。

『それに、レグナ。あなたは人の身体は久しぶりでしょう? 少しでも慣れたほうがいいわ』
「それは…そうかもしれませんが…」
『…まぁ、いいか。どの道、力の程を知る必要はある。テオ、やってしまえ!』
「ふぇぇ!?」

 …実を言えば、私も鎮め人という存在の実力…私も確かめたい。
 私が怒りに任せて飛び掛った時、目指したのは喉笛だった。
 それが、私が噛み付いたのは左肩。それも、今冷静になって思い返すと…最低限の動作で喉を守ったように思う。
 更に言えば、避けようと思えば完全に避けえたものをあえて受けて見せられたようにも…
 そう考えると、元剣闘士としては実力を測りたくなる。
 狼の身体では出来なかったことも今なら…磨いた技も久々に振るえる。
 考えれば考えるほどに、戦いたくなってきた。

「テオ様。母上の命ゆえ、ご容赦を。尋常に勝負をお願いいたします」
「そ、そんなぁ……はぁ…時間も無い事ですし、少しだけですよ?」

 一礼して身構える私に、テオ様は何か色々諦めたかのような表情で私に正対した。
 …それだけで、私は動けなくなっていた。
 なんだ? 何故こうも隙だらけの構えで…

『準備は出来たようね。では、始め!』

 混乱する私を追い討ちするかのように母上の試合開始の声が響く。
 次の瞬間、テオ様の姿が掻き消え

「ごめんなさい」
「っ!?」

 一瞬で目の前に現れたテオ様の顔。息が届きそうなほど。
 とっさに振るった剣が届く間もなく、手首に絡みつく何か。
 手?
 引かれて
 脚、払われ
 回転する視界
 衝撃……暗転


 思い出そうとしても、断片的にしか思い出せない。
 恐らく投げられたのだろう事はわかっても、それ以上のことが理解できなかった。
 そして、私はこうして天を見上げ仰向けに横たわっている。

「大丈夫ですか? 久々だったから勢いをつけすぎちゃったかも…」

 手を伸ばせば、届きそうな所に、栗色の髪。
 ああ、この人がそうなのか…
 私の身を案じるテオ様を安心させえるよう、私は身を起こし…片膝をついた。
 仕えるべき方に臣下の礼を。

「テオ様…私は、貴方を守る盾となります」

 多分、母上はこうなる事をわかっていたのだろう。だから、旅の前に試合をさせたのだと思う
 狼は群れのボスに忠誠を誓う…私もそうだ。
 自分より強く、信頼できる方に忠誠を誓う。
 そして私は今、強く信の置ける方に、出会った。

「ふ、ふぇぇ!?」

 混乱するテオ様の声。それが何処か心地よい。
 この方と共にメナスを救おう。
 そして、この先ずっとこの優しい声を守っていこう。

『…あら、少し上手く行き過ぎたかしら?』

 心に誓う中、そんな母上の声が聞こえたような気がした。


17 :まる :2007/02/15(木) 22:42:18 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その2 −ミアン−

 男漁りのミアン。
 私はそう呼ばれてた。

 かあさんにつれられて、このメナスにやってきたのは、10年ほど前だった。
 それまで私達は、長く旅芸人の一座と共に長い長い旅を続けていた。
 元々私達ラミアは、一つの場所に長くとどまらない。
 それは人間よりも長い寿命の所為でもあるし、生き血を吸うという秘密を隠す手段の一つでもあった。
 一所に留まれば、幾ら若作りとごまかしても年を取らないことは判ってしまうし、そうなれば人以外の何かとなれば…素性を詮索される。
 でも、メナスほどの大都市なら、人の多さで紛れ込む事が出来る。
 そう考えて、私達母子はメナスにやってきた。

 かあさんは、旅の占い師を表の顔にした、娼婦だった。
 私達ラミアは人の生き血を吸わなければ生きていけない。
 その事実を隠して、なおかつ誰にも怪しまれないように生き血を求めるには、娼婦という職業は恰好のものだったから。
 密室に男女二人っきり…そこで何があっても、他人は詮索しようとしない。
 それに、私達親子はいくつかの毒を使い分ける事が出来た。
 その一つの記憶をあやふやにする毒で、私達にとって都合のいい記憶を…吸血の記憶を消して、ただ睦み合っていた記憶を、獲物になった人たちに植えつける事が出来た。
 だから、今まで誰にも怪しまれず、母子二人で生きてきた。
 …10年前までは。

 今にして思うと、かあさんは疲れ切っていたように思う。
 私は、父親の顔を知らない。
 かあさんは私に何も言わなかったし、私も聞かなかったけど…幾つかの遺品を胸に、かあさんが密かに泣いている姿なら何度も見た。
 それは決まって『お客』を取った次の日の事で…多分、かあさんは娼婦である事が辛くて仕方なかったのだろう。
 実際に交わらなくても、私の父親以外の相手と寝室を共にするのが、たまらなく…
 だから、このメナスに住んでから暫くして、かあさんが病に倒れても…私は驚かなかった。

「ごめんね、ミアン…あなただけ残す事になって」

 今わの際、かあさんはそういって涙を流した。
 私と並べば姉妹で通るほど若く綺麗だったかあさんは、病の床で見るも無残にやせ細っていった。
 たった一週間で、別人のようにやつれた姿…人よりも何倍も生きるはずのラミアなのに。

「でも、私はもう、生きて居たくないの…あの人の居ない世界に、居たくない」

 そのとき初めて、私はかあさんが弱い人だったと気付かされた。
 多分私の父親が死んでから、私が一人で生きていけるまではと辛うじて気を持たせていたのだろう。
 そして…私が成長して、毒も自在に操れるようになって…安心したのだと思う。
 だから、もう…生きる気力を持たせられなくなったのだと。
 そして、此処メナスに私を連れてきた。
 これから一人で生きていくのに住みやすそうなこの町へ。

 それから…私のメナスでの生活が始まった。
 かあさんと同じ、表の顔は占い師の…娼婦として。
 かあさんのやり方を真似をすれば、血を吸うには困らなかった。
 身体を許さずに、ただ記憶を操って血をすする…
 でも…それだけに心を許せる相手は一人も居なかった。
 男は毒で記憶を操り、血を吸うだけの存在…そう割り切るうちに、『飢え』と言えるような渇きが私を満たしていった。
 そのせいか、求める血の量はどんどん増えて…いつしか、一晩に何人もの男を客としなければいけないほど、血に飢えるようになっていった。

 その頃からだと思う。
 同じ娼婦達から男漁りなどとあだ名されるようになったのは。
 でも、私はそんなことどうでも良かった。
 ただひたすらに、血だけを求めてた。

 テオに会うまでは。


「大丈夫ですか? ミアンさん、もうすぐ着くみたいですから、もう少し頑張ってください」

 輝く森を駆け抜ける金色の毛を持った狼の背で、私はテオにしがみつく。
 長い間私を満たしていた『飢え』は、テオに触れているだけで満たされていく。
 聞こえる柔らかな声。耳元で鳴り響く風の音の中でも、聞き逃したりしたくない声。

「えぇ…大丈夫よ」

 そう、もう私は大丈夫。
 テオ…貴方を殺した私に、貴方はずっと一緒に暮さないかと言ってくれた。
 拒絶も、私を隷属させる事も出来た貴方は、私を友達にするといってくれた。
 傍から見たら、ただの偽善かもしれない。
 でも、それが私を満たしてくれた。
 あの時、テオの優しさに触れた時から…私は一人じゃなくなったから。
 だから、ずっとテオについていく。
 例えどんな危険がまっている所でも、あの寂しさに比べたら何でもないから。

(この気持ちがテオの血を飲んだ所為? …違うわよ、赤目玉。血を吸わなくなったのも、この気持ちも…テオが、くれたものよ。血なんて関係ないわ) 

 心の中でそう呟く。
 同時に、テオに一層しがみつく。
 あの時…テオが私を優しく抱きしめてくれたように、心を込めて…


18 :まる :2007/02/17(土) 02:25:42 ID:PmQHk3Pm

いんたぁみっしょん その2 −ギョウ−

(……ねぇ、ギョウ。僕達…メナスを救えるかな?)
『…『救う』のだろう? お前がそう聞く時は、もう決意した後なのが殆どだからな』
(…うん。頼りにしてるよ、ギョウ)

 俺は思いを素直に伝えるテオの心の声に、思わず照れてしまった。
 …テオは相変わらずだな。
 今も金狼ロムの背につかまるテオは、どうも押しが弱いところはあるが、芯には強いものを持っている。
 だからこそ、自分の身を奉げて荒ぶる神を鎮めるなどという真似が出来るのだろうが…それにしても、まだ新米なのは確かだ。
 いきなりメナスを迫る危機から救うなどと言う試練を果たして乗り越えられるのか…
 幼い頃からテオを見てきた俺としては、可能だと確信してもいるし、その身を案じてもいる。
 せめて、力の有る神が守護神についていれば、不安など無くなるのだが…全く、グランも厄介な試練を加えてくれる。


(ギョウ……ギョウ=ガン……私の声が聞こえますか?)

 そんな声が心に響いたのは、昨日の夜…テオの吸血の傷も癒し終えて暫くした頃の事だ。

(グランか…久しいな。こんな夜更けになんのようだ?)

 狼神の念話であるとは直ぐにわかった。
 このメナスの守護神でもあり、テオの一族とは長い付き合いの女神だ。
 テオがこの地に来た事は承知であろうし、語りかけてくるのもなんら不思議ではない。
 だが、何故今なのだ?

(あなた達が困っているみたいだから、ね。もっともそれは私も同じなのだけど)
(要領を得ないな。何が言いたい)
(…そうね、単刀直入に言うわ。あなたたちの力を借りたいの)

 この言葉には流石の俺も驚いた。
 女神グランは大陸西側では有数の力を持つ神だ。幾らテオの一族が特殊な力を持つとはいえ、力を借りたいとは…

(ふむ? 女神グランが今更霊力が不足しているわけでもあるまい? まぁ、テオの霊力の『味』を見て見たいという気持ちはわからないでもないが…)

 一族の血肉は、神の食物にして神の酒だ。その味はまさしく天上の味…酒で言うなら、最高の美酒と歌われる産地の銘柄といった所か。
 無論、一族にも『味』の出来不出来はある。テオは新米だけに、ヌーヴォーを試飲し、味の具合を確かめたいという気持ちを女神が持ったとしても不思議ではない。
 だが、俺の予想はあっさりと裏切られる。

(そう言う訳ではないの。いえ、もしかするとその子…テオの味を見ることにはなるでしょうけどね)
(なんだと? どういう事だ?)
(その子の守護神…私の眷属が担ってもいいかしら?)

 それは渡りに船だった。
 グランの眷属…その中には、契約を結ぶはずだった波濤神ゼルシルトには劣るものの、強力な力を持った者達が何柱も居る。
 特に金銀の巨狼は戦神としての相さえ持っている。
 守護神にはもってこいだ。
 …だが、俺は安易には喜べない。

(それはいいが、力を借りたいのではなかったのか? グランよ…その眷属が守護神となるのは、明らかにこちらが力を借りる事だ)
(ええ、判っています…守護神の話は代価。力を借りる事へのね。でも…そこ件についての詳しい話は、明日その子達とも交えて話をしたいの。ギョウ、その子達を、私の神域へつれてきてくれないかしら?)
(…良かろう)
(待っているわ)

 それが理由で、テオ達をグランの神域へと導いたのだ。


 だが…
 俺は、銀狼レムの背にのる狼娘を思い出す。
 あれが、この試練に見合う眷属か?
 俺は心底ため息をつきたい気分になった。
 こんな姿になってからはそれもかなわないが、かつて…一人の人間として生きていた頃ならば、旨い酒でも飲んで気を紛らわせなければ到底いられない状況だ。
 俺と相棒、それに蛇女と狼娘…これだけの戦力で、地下深くのゲーレウス神の神殿へ忍び込み、波濤神を鎮めねばならんとは…
 幾らテオの血肉が今までの鎮め人には無いほどの力を持っているとしても、一筋縄にはいかぬ難物だぞ、これは。
 グランめ…やはり問いただした方がよさそうだ。

(そろそろ真意を聞かせてもらいたいものだな、グランよ)
(そうね…どこから聞きたいのかしら?)

 心の声を飛ばした途端、すぐさま女神の答えが返ってきた。
 やはりな。先の話…全てを語っていた訳ではなかったな。

(まずは、だ。メナスの危機、これは確かなのか?)
(ええ、ゲーレウス教徒がゼルシルトの祭壇を奪ったのは確かよ。それにその狂乱の目覚めを目論んでいるのもね。三日後の満月にその儀式が完成するのも…)
(だが、お前ほどの力を持つ神なら、20年もの歳月の間になにか対策が出来たはずだろう? 俺には意図的に何もしなかったとしか思えぬ)
(山の民、それも地下に住まうゲーレウス信徒だもの、海の神であるゼルシルトを目覚めさせるには無理があるわ。それで、今までは手を出さなかったの)
(だが、現にこうして危機が訪れて居るではないか)
(…それには理由があるの…彼ら、海の民とも手を結んだの)
(海の民? …海賊か!)
(ええ、彼らは場所こそ違え略奪する者…共通の獲物であるメナスを狙うために手を組んだの。…でもそれだけじゃないわ。本来山の民であるゲーレウス教徒と海賊とは、本来接点がないはずよ。つまり…)
(…間に立つもの、か?)
(それがもう一つの脅威…東の帝国よ)

 その名を聞き、俺は今度こそ戦慄した。
 メナスがある連合王国…その東には、新興の軍事国家、神聖バスティヌス帝国が急激に勢力を拡大している。
 神聖とは名ばかりの侵略国家でもある帝国は、周辺各国を打ち倒し、大陸西部を統一を目指していると聞く。
 なるほど…グランの眷属が総動員で当たらねばならぬ訳だ。
 そして、あの狼娘では、戦力にならぬのも納得がいく。

(帝国の魔導師がゲーレウス教徒の教主と内海の海賊達…ゼルシルトの堕ちた信者達とをむすびつけたの。儀式が完了して波濤神が目覚めれば、メナスは壊滅…首都を失った連合王国は帝国の侵攻に抵抗できないでしょう)
(そして、波濤神を狂乱ではなく純粋な海洋神として鎮められるのは、テオ…鎮め人の力が必要か。なるほど、筋は通るな)
(何より、既に帝国は動き出しているの。国境線に軍勢が集結しつつあるわ。私の眷属たちも影なり日向なりに連合王国に力を貸しているけど、それだけに身動きは取れないわ)
(…今こうして金狼銀狼の背に乗っていられるのも、最大限の協力なのかも知れぬな)
(この子たちなら、今ここに居ても、国境線で何かあり次第すぐに急行できるから…私も、メナス自体の守護を維持して、最悪の時に被害を最低限に抑えなければいけないわ。だから…)
(今、は守護が出来ない、か)
(ええ…その代わり、事が収まれば私を初めとする眷族全てが、この子…テオの守護を担わせてもらうつもりよ)

 なるほど。成功報酬は豪勢だな。
 もっとも、それに見合う試練ともいえるだろうが…
 …とはいえ、テオは完全に事情を知らないながらもやる気になっている。
 外からは判らない芯の強さで、メナスを救う覚悟を。
 ならば、相棒たる俺は全力でテオを助けるだけだ。 

(よかろう。まだ色々聞きたい事は在るが…今聞きたい話は聞いた。あとは、追々聞かせてもらおう)

 俺はそう伝えると、意識を閉じた。
 理由はわかった。後は行動だ。

 二匹の巨狼が速度を緩めはじめたのを感じながら、俺ははやくも、厳しい戦いになるであろうこの先を思っていた。


19 :まる :2007/02/21(水) 13:43:01 ID:xmoJQ4s3

暗闇に潜むモノ -01-

 ゲーレウス山は、広大なゲラール山脈の中にあって唯一の火山である。
 今も度々噴火を起こす活火山でもあり、白き雪に年中覆われた他の山々とは違い、その地熱は高地に降る雪を溶かし、常に荒々しい山肌をさらす。
 噴火の際は風向きによりメナスまで火山灰が降ることもあるが、これは不吉な予兆としてメナスでは伝えられている。
 それは、ゲーレウス山の神が荒ぶる狂神であり、その信徒がほぼ山賊に…いや、それ以上に凶悪な存在である事に由来する。
 ゲーレウス教徒はゲーレウス山の噴火はゲーレウス神の怒りの象徴であり、その怒りを和らげるためには供物をささげねばならないと信じている。
 そして、その供物は…略奪によってのみ、用意されるものだからだ。
 故に、火山の噴火はゲーレウス信徒の暴虐の始まり、その噴出す火山灰が届くということは、近く大規模な略奪が起こるという事…
 そして今、ゲーレウス山はその山頂から黒煙を立ち昇らせていた。
 闇のごとき黒煙を…


 ゲーレウス山の広大な山裾は、幾度となく繰り返された噴火と押し寄せる溶岩により作られたものだ。
 近辺は元々広大な森林だったのだが押し寄せる溶岩に焼かれ、今は荒涼とした黒い荒地となっている。
 その地下には溶岩に焼かれた木々が作り出した空洞が各所にあり、また地下水の浸食による洞穴が地下深くまで続いている。
 そんな火山が作り出した地下世界に、ゲーレウス教徒は潜んでいる。

『とはいえ、地下にはこういう相手も居ることを忘れていたな』
「のんびり話している場合ですかっ!? あぁっ! また新手が来ました!」
「あ、あたしの毒が効かないんだけど!? 全然寝ないの!」
「多分、相手が一応昆虫の所為だとおもうよ。神経構造が少し僕たちとは違うんだろうね…体も大きいし」
「だから、のんびり話している場合ではっ!」

 淡い赤光に照らされた天然の地下道を、テオ達は全力で走り抜けていた。
 背後に迫るのはギチギチと顎を嫌な音を立てて動かすジャイアントアントの群れ。
 大の大人に匹敵する体躯をもったアリ達は、彼らの領域に迷い込んでしまったテオたちを執拗に追いかけていた。

 地下の世界に足を踏み入れてから丸一日。
 テオ達は広大な地下の洞窟網を時折迷いながら、奥へ奥へと進み続けている。


「よ、ようやく振り切りましたね…」

 レグナが荒い息で通路の奥をうかがう。
 ゲーレウス神の神殿へと向かうため、山の裾野の、ある風洞から地下へともぐりこんだ一行は、広大な地下洞窟網をさまよううちに、ジャイアントアントの巣へと入り込んでしまったのだ。
 さらにどうも格好の餌と思われたらしい。
 次々現れる働きアリの群に戦うことさえ諦め、先ほどまで地下の曲がりくねった道を逃げ回っていた。
 とはいえ、巣からかなり離れたおかげか、それとも何か別の理由があってのことか、アリをようやく引き離し一息ついているところである。
 とんだ道草だったと言う他無い。

『巣の傍でジャイアントアントと戦う愚は避けられたな…下手に戦えば数百匹は下らぬ数のアリどもの相手をする所だった』
「……それも、元はといえばギョウが近道だって言う方向に行ったからだよ」
『テオ、細かいことは気にしてはいかんな。お前はもっと、大らかであるべきだ』
「赤目玉…あんたって…」
『…一応、アリどもから逃げてきたこの道は反応へと近づく方向だ。問題は無い』
「…ギョウ様、ならば先にその道を選んで下されば良かったかと…」

 ちょっとした部屋ほどもある円形の洞窟。休むにはちょうどいい部屋だ。
 テオの右目から溢れる赤い光が、一行を照らしている。

「…まぁ、いいけど。それで、ギョウ…神殿までは後どれくらいかかりそう?」
『……神殿らしい強い霊反応までは…普通に進んで後一日…ゲーレウス教徒やその他の要因のことを考えるとさらに時間がかかる思ったほうがいい』
「そうだね…まだゲーレウス教徒は姿を見せていないけど…これから先はいつ現れても不思議じゃないね」

 この先を思い、テオは暗い洞窟の先を見据える。
 時間的な余裕はあまり無い。今こうしている間にも、波濤神の荒ぶる目覚めは近づいている。
 普段は穏やかなテオの表情も、やや厳しいものへと変わっている。

「テオ様、お疲れではありませんか? 保存食ならまだあります。少し食事を取られた方が…」

 そのテオを案じたのか、レグナが背負った荷物からいくらかの食料を取り出す。
 さすがに手ぶらでは何日も地下では過ごせないため、グランが用意してくれたらしい品のひとつだ。
 どうも試合の一件からレグナは完全にテオを主と見なしたらしく、かいがいしく世話を焼こうとする。
 赤毛の気の強そうなややきつめの美貌からは想像できないほどの姿だ。
 だが、その様子を面白く思わないものが居る。

「あら、私も保存食は用意してるわよ? ねぇ、テオ…こっちも食べて元気になってね?」

 ミアンだ。
 右から保存食を差し出すレグナに対抗するように、左から同様に軽食を差し出す。

「おや、何の真似だ? テオ様はこの栄養満点の保存食で疲れを癒すのだ。そんな料理では栄養が足らん」
「あら? 何の事? そんな味気ない保存食より、私の手料理の方が美味しいわよ」

 視線を交わす美女の二人の間で、火花が飛び散る。
 この二人は、初対面からこんな感じだ。
 どうもお互いテオにとっての一番重要な存在だと自負しているらしい。
 だが…

「ん? どうしたの? 二人とも」

 テオ自身は気づいていないようだ。
 瞬く間に二人の料理を食べ終え、二人の様子を不思議そうにしている。
 
「それよりも、二人とも…そろそろ血が必要でしょ? この先も長いからちゃんと力をつけないと…」

 思い出したかのようにテオは二人を自分の肩口に抱き寄せた。
 自分を食べさせるためだ。
 ミアンが血を必要とするのは当然だが、レグナもまだ人の姿を保つにはまだテオの血肉から霊力を得る必要がある。
 そのため、日に一度テオは二人に自身の血を飲ませていた。

「は、はい…テオ様…申し訳ありません。では…失礼いたします」
「テオ…いつも御免ね…」

 レグナ、ミアン二人の牙がテオの首筋と肩口に突き刺さる。
 同時に、レグナの牙がテオの肩の肉を食いちぎり、ミアンは陶酔したようにあふれる血潮で喉を潤す。
 ギョウの放つ赤い光が照らす中、三人の姿はまるで睦み合っているかのようにひとつに重なる。
 壁に映る影だけが、蛇の体に絡みつかれ、狼に貪られる少年の姿を教えていた。


20 :まる :2007/02/23(金) 17:52:27 ID:o3teQJrD

暗闇に潜むモノ -01-

 『それ』は、芳醇な香りで目を覚ました。
 光など一切差さない深遠の奥深く、誰に知られることなく身をよじる。
 『それ』が動くことはめったにないし、目覚めることも稀だった。
 元々動く必要のない場合も多い事もあいまって、獲物に乏しい地下世界では、『それ』は必用な時のみ動き、無駄な消耗を抑えていた。
 今も、本来ならば…香りの元へは遠すぎて、動くべきではない所だ。
 だが、本能が告げていた。
 香りの元…獲物は、消耗してでも捕らえるべき存在だと。
 だから、『それ』は動き出した。
 闇が蠢く様に。
 芳醇な香り…天上の美酒にも匹敵する血の香りの元へと。


 一方そのころ。

「ん…えっと…あの…」

 テオは硬直していた。
 右にレグナ、左にミアン。
 どちらも、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。
 …それだけなら問題はなかったのだが。

(動けないなぁ…これ) 

 二人とも半ばテオに覆いかぶさる形で眠っている。

(zzz…ギリギリ…zzz)

 レグナはテオの服に齧りついている…噛み癖があるらしい。おかげでテオの服はれぐな側の肩口が涎だらけだ。
 人の姿を得たといっても、まだまだ巨狼に転生した影響はぬぐえない様子。
 レグナが腰に挿した長剣も、身じろぎすると腰や腿辺りに柄が当たり微妙に邪魔だっりする。
 これで、レグナが金属の鎧でも身に着けていればさすがにテオも拒否の悲鳴を上げられるだろう。
 だが、残念ながら狼娘が身に着けているのは軽装の皮鎧だ。当たっても痛くはない。
 おかげで、苦痛の声もあげられず、ただひたすら服を噛まれるに任せている。

(すぅ…すぅ……ぁ…ん……)

 ミアンはといえば、その手足を完全にテオの身体に絡みつかせ、身動きをとらせない…人の身体のときでも蛇のように何かを巻き取りたくなるのだろうか?
 こちらはこちらで妙に艶かしい柔らかな肌の感触が、まだ少年といえる年齢のテオには少々毒だ。
 もしかして、時折耳元に息が吹きかかるのは意図したものではないだろうか?
 こちらもこちらで、テオの安眠には向かない状況だ。

『災難だな、テオ。まったく、こいつらと来たら…』

 テオの目覚めに気づいたギョウも、この状況には苦笑するしかない。
 皮肉を言っても、今二人は一応眠っている事になっている…表向き意味が無い。
 精々テオへ心の声で語りかけるくらいだ。

(…ギョウ、いつの間にこんな事になってたの?)
『お前が貧血で気を失っている間にな。まぁ、休息も必要だ。これから先のことを考えればな』

 そう、丸一日かけて地底を進んだが、これからが本番だ。
 かの神殿まで、距離的にはまだ余裕があっても…この先にはゲーレウス教徒が待ち構えている。そして…

(うん、そうだね……ところで) 

 テオは見えないはずの暗闇の先をじっと見つめる。

(この先…何か居るね) 
『ああ、大アリがこの近辺に近寄らなかったのはそれが原因だろう。何者だろうな』
(ギョウでもわからないの?)
『俺も万能ではないからな…『見る』のにも限界はある。『見える』範疇にはまだ何も見えないが…』

 テオの右目の深紅の輝きがいっそう強まる…その目は、鍾乳洞と化した洞窟の壁のその先を見据えているかのようだ。

『…地下には時折厄介なモノが眠っていることも在る。地の竜やら、大地の凶霊とかがな。警戒はしてはいるが…』
(……迂回できそう?)
『無理だろうな。『見た』所、この辺りは洞穴も通れる部分は限られているようだ。後戻りすれば、さっきのアリの大群が出迎えてくれるだろう。それと、だ』
(何?)
『この先、かなり広大な空洞がある様だ。恐らくは…地底湖か、これは。『何か』はここに潜んでいるんだろう』
(地底湖…そういえば、この辺りも水気を感じるけど…)
『この地底湖を迂回は無理だ。大きすぎる』
(………時間も限られているし、進むしかなさそうだね…もう少し休んだら出発しようか)

 覚悟を決めたようにため息をつくテオ。
 大地の狂神の神殿へとたどり着く前に、イヤな予感がよぎる。
 そして、それは正しかった。
 先に進み、広大な空間に出たテオたちが見たのは、風の無い地底ではありえないはずの、荒く波打つ水面。
 

 同時刻。
 テオ達の目指す先、ゲーレウス山地下深く、溶岩流の赤き光に照らされた其処は、狂的な祈りに満ちていた。
 明らかに通常使われるべき言語とは逸脱したそれは、人が辛うじて発音できるかどうかといった奇怪な声で延々と詠唱されている。
 それは打ち寄せる波の様であり、深海から浮かび来る泡のようであり、渦巻く海流の様でもあった。
 堕ちし山神の神殿…砕いた岩をそのまま身につけたかの様な鎧を身にまとい、燃え上がる炎の剣を携えた略奪者達の聖地。
 そこで、本来ありえないはずの海の祈りが流れている。
 祈るのは、鱗に覆われた海のモノども。
 一心不乱に目の前の岩…いや、精緻な波状のミゾを掘り込まれた祭壇へ、人ならぬ声でその神を讃える言葉を連ねる。
 岩を削り上げた壁に反響する海の祈りの中、不意に祈り以外の声があった。

『…『全てを呑み込む者』が目覚めた』

 地鳴りのような低く、重く、内にあふれる力を押し殺すような声だ。
 だが、その姿は溶岩流の光に照らされること無く、闇に沈んでいる。
 …祈りが途切れた。

『彼奴がか? 何故だ?』

 答える声は、祈り捧げていた物と同じだった。
 こちらも姿は闇に沈んでいる…ただ、その鱗は闇の中でさえ、時折妖しくぬめる。

『判らぬ。あれは前触れも無く目覚める』
『何者かが近づいてくるのではないのか?』

 鱗を持つ影は闇の中で突き出た目を蠢かせた。

『今わが主の目覚め、邪魔される訳には行かぬ』
『判っている。わが手勢を向かわせる。何も無ければよし、あれば対処させよう』

 地鳴りのような声の持ち主の声と同時に、控えていた岩鎧の戦士たちが走り去る。主の命を果たす為に。
 足音が遠ざかり、再びの静寂。

『対処、か。あれに食らわせ、鎮めるか』
『それも我等が大願の為なれば』

 姿を闇に潜ませた地鳴りの如き声の持ち主は、岩の祭壇の奥、巨大な像を見上げる。
 それは炎に包まれた大槌を振り上げる巨人の姿。

『わが神…ゲーレウス神に至上の供物を…』

 地鳴りの如き声の主…ゲーレウス教教主。
 そして、鱗を持つ影…波濤神ゼルシルトの堕ちた信者どもの長。
 メナスに滅びをもたらす影二つ。

 そして再び祈りが再開される。


 メナス崩壊まで…後二日。


21 :まる :2007/02/24(土) 17:45:01 ID:PmQHk3Pm

暗闇に潜むモノ -03-

『馬鹿な! 何故地底湖でこのような波が立つ!?』

 ギョウの叫びが広大な空間の闇に呑まれ、消える。
 テオのも意義目から発せられる光…ギョウの深紅の光は、強風下でしか有り得ないような荒れ狂う水面を映し出している。
 通常、地底湖と言うものは程度の差はあれ、穏やかな水面をしているものだ。
 それは、波というものが概ね風により作り出される事に拠る。
 無論、水流でも波は起こりうるが、荒れ狂う時化の海の如き荒波にはなりはしない。
 ましてや、地価のこの空間には、テオ達が感じるような風は一切吹いていないのだ。

「これは…やっぱり遠回りしてでも迂回するべきだったかな?」

 テオも顔色が悪い。
 もし仮に、この波が先に危惧していた『何か』が引き起こしているのだとしたら、現状の自身達の力では手に余る。
 また、この先に進むにはこの地底湖を渡らなければならないようだ。

「…あなた、泳げる?」
「…お前はどうなのだ?」
「私は大丈夫、もとの身体になれば…知ってる? 蛇って泳げるのよ?」
「私も大丈夫だ。そういう訓練もしていたからな」
「…犬掻きの?」
「喧嘩を売っているのか貴様っ!」
「…二人とも…この波じゃ、そもそも泳ぐのは無理だと思うよ…」

 じゃれ合いの様なミアンとレグナの言い合いだが、この場合は恐らく現実逃避の意味も大いに込められているだろう。
 こんな波の湖を泳いで渡るなど論外だ。蘇生が可能なテオはともかく、普通に泳げる程度のミアンとレグナでは波に翻弄され、溺れるのが目に見えている。

「それに、この波を起こしてる張本人が、素直にこの湖を渡してくれるかどうか…」

 テオは、荒れる水面に近寄る。
 地底湖の縁に打ち寄せる波も、荒く岩の壁を削っているかのようだ。
 これを、水中に潜む『何か』が引き起こしているとしたら…やはり迂回すべきだったかもしれない。
 そうテオが一人呟いた…その時。

『っ!? いかんっ! テオ、離れろ!」

 ギョウの怒声がテオを突き動かした。
 同時に、『それ』が一瞬前までテオの立っていた場所へ殺到する。
 とっさに身を翻し避けたたテオは、自分を襲ってきた『物』を見て声を失う。

「これ…水、じゃ…無い!?」

 『ソレ』は湖から伸ばされた、腕とも言うべきものだった。
 透明な液状の何かで出来た一抱えほどの太さの在る腕…いや、こうしてみると蛇が鎌首をもたげているようにも見える。
 そしてようやく、鼻腔へと届く異臭。

『これは…酸か! とするとこやつは…』
「スライム系統の魔物の一種…かな」

 続き振るわれた横薙ぎの水の蛇の襲撃をかわしながら、テオが距離をとる。
 その間も、自らを襲った存在の正体を探ろうと目を光らせる。

『恐らくはな…だが、だとしたら厄介だぞ。水中に潜むほぼ透明な液状のモンスターを相手にするなど…』
「違うよ、ギョウ。そうじゃない、潜んでなんて居なかったんだ。擬態はしていたみたいだけどね。襲ってくるまで臭いまで偽っていたみたい…すごいね」
『何だと!? むっ!』

 会話している間も、水の蛇の襲撃は続いている。
 そこへ、テオに駆け寄ろうとする二人。

「テオ!」
「テオ様! 今行きます!」
「来るなっ!」

 だが、聞いた事の無い、テオの荒い声に止められる。
 間髪おかず、新たな水の蛇が湖から伸び、二人の一歩手前に押し寄せた。
 あわてて飛びのく二人…見れば、水の蛇が触れた場所は、既に強力な酸で腐食し始めている。
 そして…地底湖をみれば、同様の水の蛇が無数に鎌首をもたげていた。

「っ!! まだ居たのか!?」
「ひ…な、何匹居るのよ!?」
「違うよ…みんな、そうじゃない」
『…テオ? 何を言っている』

 混乱する一行の中、無数に増えた水の蛇…その襲撃を何とか避けるテオだけは、襲い来る存在がなんであるか、正確に見抜いていた。
 同時にレグナとの試合で見せた体術…一瞬で間合いを詰めてのけたあの技術で、高速のムチのような水の蛇の動きに対処する。
 やがて、何とか隙を見つけたテオは、ようやく湖の縁から飛びのきミアンとレグナの元へと戻ってきた。

「っ…はぁ…何とか…凌げたけど…」
「テオ、無事? こ、ここ酸の飛沫で焼かれてる…」
「…これでは、湖を渡るなど無理ですね」
『全くだ…やはり、時間はかかるが迂回するしかないか…残り二日でたどり着くか、賭けになるが…」

 後ずさる一行だが、テオは湖を見据えたまま動かない。

『テオ? 何をしている? 引くぞ』
「違うよ、みんな…襲ってきているのは、一匹だよ。そもそも、これは湖なんかじゃなかったんだ」
「何を言って…」

 テオはゆっくりと、地底湖を…いや、地底湖に見えていたモノを指差す。
 つられ視線を向けた一同は、言葉を失った。

『馬鹿な…アレは……
「湖が…立ち…上がった?」
「津波…まるで津波よ…こ、こんなの…」
「あれは、あの湖に見えた水全部が、多分一つの生き物なんだよ…ジャイアントアントも近寄らないわけだよ…あんなのがいるんじゃ、逃げたくもなるね」

 そこには…地底湖に擬態していた、巨大な液状生物…『全てを呑み込む者』が、姿を現していた。
 一見すると半球状の液体の塊…だが、その規模は一つの村を飲み込みそうなほどだ。

『どうする…逃げるか?』
「無理だろうね…多分、身体を水みたいに動かせると思う。それに、僕を獲物に決めたんじゃないかな? もうすぐ、あの体全部で押し寄せてくるよ、きっと」
『………テオ、何を考えている?』
「また、ギョウにお願いする事になるな…って」
『…そうか、判った。後のことは任せろ』

 そう言うと、テオはレグナに振り返った。

「レグナさん。その剣、貸してくれないかな?」
「テオ様? え、ええ…構いませんが」

 戸惑いながら、剣を抜き、テオに預ける…だが、視線はその先、全てを呑み込む者から目を離せない。

 だから、止められなかった。

「テオ!? 何をしてるの!? テオ!! 止めてぇ!!」

 ミアンの声に驚いた先で見たものは…自らので深紅に染まったテオの姿。

 テオは、レグナの剣で自分の首を跳ね飛ばしたのだ。


22 :まる :2007/02/26(月) 21:53:16 ID:PmQHk3Pm

暗闇に潜むモノ -04-

 緩やかな放物線を、ソレは描いた。
 時の流れが異様にゆっくりと流れているかのようだ。
 自らの手で跳ね飛ばされたソレ・・・テオの首は、緩やかに宙を舞い、軽い水音を立て岩場へと落ちた。
 一瞬遅れ、吹き上がる鮮血。
 己の血を暫く浴び続けた首の無いテオは、レグナの剣を手にしたまま、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

「な…なん…で?」
「嘘よ…そんな…」

 言葉にならないのは残された二人だ。
 目の前で起きた事態が理解できない。

 …無理も無い。
 共に形は違っても、この栗色の髪の少年を慕っていた二人だ。
 その対象が突然命を自ら散らせば、呆然としないほうがどうかしている。
 だが、残念ながら、二人が慕っていたのは普通とは言いがたい存在だ。
 二人ともソレを失念していた。

『何をしている! 蛇娘! テオの首を持って逃げろ! 狼娘! お前も剣を持って逃げろ! 何の為にテオがこんな真似をしでかしたと思っている!』

 ギョウの声に、二人は我に帰った。
 見れば、岩場に落ちたテオの右目だけが見開かれ、今までにないほどの光を…今までの深紅ではなく、黄金色にそまった輝きを放っていた。
 そして思い出す。テオがこれまで見せてきた姿を…何度と無く傷を癒す…時には死の闇からも蘇った事に。

「あ、赤目玉!? …! も、もしかしてテオをまた癒せるの?」
「このような状態からでも甦りうると言うのですか!?」

 とっさに言われるまま、テオの生首を抱え、走り出すミアン。尋ねながらレグナも後を追う。

『無論だ。だが時間はかかる…身体をみなヤツにくれてやるのだからな』

 ギョウの言葉の意味を理解すると同時、二人は走りながら振り向いた。
 そこには、濁流の如く押し寄せた『全てを呑み込む者』に、文字通り全身を呑み込まれた首の無いテオの姿…
 強酸性の粘液に包まれたテオは、一瞬にして皮膚を融かされ、己の血で赤く染まっていた全身の色を一層濃くする。
 それに伴い無色透明だった『全てを呑み込む者』の身体はテオの流した鮮血でゆっくりと染まって行く。
 それは見る者の背を凍らせるには十分な光景だった。

『見ろ、奴は喜んでいる…もう我らには見向きもしないほどにな。あれほどの勢いで押し寄せたはずが、この洞穴に全く入り込まないのは、あそこでテオの血肉を貪るだけで十分すぎるほどの喜びを感じているからだ』

 ギョウの言葉も二人に届いているかどうか。
 あまりの光景にミアンとレグナは逃げる事も忘れ、テオが『貪られる』様から目を離せない。
 既に肉も半ば溶け崩れ、白い骨まで見え隠れしている…が、それも失われるまでそう時間はかからないだろう。
 相手は岩さえも腐食させ、溶かしていた存在なのだ。

『今アレは、お前達がテオの血肉に溺れたのと同じような至上の幸福を感じているはずだ。お前たちなら解るだろう? テオを食らった後には、他の物など食べる気がしない事を…だから、テオは自ら餌になったのだ』
「で、でも…何も首なんて跳ねずに…ううん、もっと早くそれを教えてくれたら、こんなに驚かなかったのに」
「そ、そうです! 幾らなんでも…」
『時間が無かったからな。先のあの魔物の姿、まさしく津波のように押し寄せる一歩手前だった。悠長に説明など出来なかっただろう』

 その魔物は、いつしか巨大だった『身体』が、テオの立っていた場所を中心にして縮んできている。
 どうやら、あの巨大さも擬態の一つだったと見える。
 それとも、『消化』するため酸の濃度を上げようとでも言うのだろうか?
 透明だった身体はテオの流した『赤』で桃色に染まり、小屋ほどもある肉の塊と化していた。

『首を跳ねたのは、血の臭いであの無駄に巨大な粘液の化物の気をテオだけに集中される為…同時に、テオを再生させる俺までアレに呑まれない様にした訳だ。とはいえ…俺から見ても無茶だったのは確かだな』

 そういい終えると、ギョウは金色の輝きを閃光と言えるほどに強めた。
 悲鳴を上げそうになるミアンとレグナ。
 しかし、それは一瞬で消え…

「え…!? うそ……テオの…首……は?」

 後に残ったのは、普段のテオの瞳と同じ紺碧の輝きを放つ眼球だけ。

「な? 一体何処に!?」
『案じるな。テオの身体の再生には時間がかかる。再生しつつあるテオの身体を抱えて動き回るのは得策ではあるまい? あの輝きの中に再生中の身体を収めたのだ』

 眼球…ギョウが震えながら声を響かせる。
 その様子に、ミアンとレグナはようやく胸をなでおろす。
 少なくとも、テオが無事復活するとわかれば、安堵できると言うものだ。
 だが、ギョウは二人のそんな心を更に追い立てる。

『…安心している場合か。この先、当面はお前たち二人だけで進むのに等しいのだぞ? テオの再生は一日以上…下手をすると神殿にたどり着くまではかかるかもしれぬ。俺もこれからテオの再生に殆どの魔力を費やさねばならん。その意味が解るか?』
「そ…そんな!?」
「私達だけでですか?」

 驚き、顔を見合わせる二人。
 お互い、まだなじんでいるとは言えず、接点と言えばテオだけだった状態だ。
 そんな二人だけで、この先ゲーレウス教徒の妨害も予想される道のりを進まなければいけないと言うのか。

『…それがテオの選択だ。あのまま引き返してあの化物を迂回していては、波濤神の暴走を止められなかっただろう…故に、テオは最短で神殿へと向かいうるよう、自分を捨石にした。残されたお前達が神殿へとたどり着くと信じてな』

 ミアンとレグナはもう一度テオを呑み込んだ、粘液の塊を見る。
 いつしか人一人ほどの大きさになったそれは、『満足』したのかテオの立っていた場所で粘液の柱と化していた。
 もはや活動も静まったのか、ミアン達に向かうでもなくその場で静かにゆれるばかり。
 肉の色さえしていなければ、これがテオを呑み込みつくし解かしきった恐るべき存在とは到底見えないだろう。
 その背後には、地底湖だった場所が広大な空間を広げている…奥へ、奥へと。
 その先に、向かうべき場所は、ある。

「…ならば私は、テオ様の信に答えて見せます」

 先にギョウの声に答えたのはレグナだ。
 テオの血を吸った自身の長剣を鞘に収めると、決然とかすかな光に照らされた闇を見据える。

「テオ様が己を捨て示して下さった道、先に何が待とうと踏破して見せます」
「わ、私もよ! 私もテオの望んだ事、果たしてあげたい…!」

 微かな光を放つ眼球…ギョウを手に、ミアンもレグナに並ぶ。
 視線を交し合う二人…そして二人は地底湖だった場所が擬態の為溶かした広大な空間へと足を踏み出した。
 迷うことなく。

 そして明かりと足音が遠ざかり…後に残されたのは、無限の暗黒と肉の塊となった『全てを呑み込む者』のみ。
 故に…

「……ニ……ク………」

 その声を聞いた者は誰も居なかった。

 …ただの一人を除いては。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.