祈りの大地〜静かなる世界〜


1 :夕咲 紅 :2007/06/15(金) 10:13:41 ID:PmQHsJzL

 皆さんこんにちわ。夕咲 紅です。
 この作品は、10年くらい前に書きかけていた作品です。過去を振り返り、それを今ならどの程度の作品に推敲出来るのか。というお題目の元書き始めました。
 勿論書くからには完結させつつもりで書きますが、おそらく内容としては半端な所で終わる事になると思います。当時のプロットによるとかなりの長編となるので…
 今回のお題目は「推敲」の技術を高める事にありますので、昔書いていた範囲+aが結末となると思います。
 そんな作品ですが、感想・御指摘等頂けたら幸いです。


2 :夕咲 紅 :2007/06/15(金) 10:20:28 ID:PmQHsJzL

序章 時代

「太古の昔に失われた力。火、水、風、そして土」
 小さな村の、小さな酒場。ここで、一人の吟遊詩人が唄を奏でていた。日に煌めけばさぞかし映えるであろう短く揃えられた金髪。今は閉じられている為に見えないが、見つめられれば吸い込まれそうな程に澄んだ蒼い瞳。どこかの貴族ではないかと思える程の整った顔立ち、そして佇まい。だと言うのにも関わらず、服装は至って地味。辺境の村人が着ている様な布地の服に、お世辞にも綺麗とは言えない白いローブを纏っている。彼の持つ小振りの弦楽器も、どこかパッとしない。ただ、その奏でられる音は澄んだ音色だ。聞く者の心に安らぎを与える様だと、そんな風にさえ思える。
「昔の人々は、これら元素の力を自在に使い生活していた。人々はその力を学問や娯楽など、あらゆる物事に使ってきた。世界は発展し、繁栄した。しかし……栄華は長くは続かなかった。一部の強欲な人間が、私利私欲の為に力を濫用した結果、いつしか自然界のバランスは崩れ、世界は一度滅亡してしまった。その世界の名前を、ソセアルアノルと言う――時代は流れ、そこには新たな世界が誕生した。新世界は、始まりの地から創られていった。始まりの地――またの名を世界の果て。太古の人間の、生き残りの住んでいた所。そして、その新世界の地の土は……」
 突然、吟遊詩人は唄を止め、入り口に目を向けた。そこからは誰かが入ってくる気配はない。だが、吟遊詩人は視線を外さない。
「どうしたんだい?」
 吟遊詩人の唄を聞いていた男の一人が、不思議そうに尋ねた。
「すいません、今日はもう……」
 入り口から視線を外した吟遊詩人が、そう言いながら腰を上げた。刹那、酒場の扉が開かれ、全身を黒いローブで覆った男が入ってきた。背格好は、吟遊詩人と良く似ている。その髪と瞳は黒く、目つきが多少鋭い。落ち着いた雰囲気の吟遊詩人とは違い、どこか野性的に見える。だが、決して粗暴というわけではない。吟遊詩人同様、どこか貴族めいた佇まいをしている。
「その地の土は、強い熱を持ち、赤く視える。だろう? 遊夜」
 男はそんな言葉を紡ぎながら、吟遊詩人に近づく。その目の前まで着いたかと思うと、直ぐに踵を返した。
「着いてきな、遊夜」
 そう背中越しに、吟遊詩人――遊夜に向かって言うと、男はその返事を確かめもせずにスタスタと酒場から出て行ってしまった。仕方なく、遊夜は男の後を追う。
 お互い無言で歩く二人だったが、家屋から離れた人気のない辺りで、遊夜は男が話し出すよりも早く口を開いた。
「一体何の用だ? 武玄」
 武玄と呼ばれた黒いローブの男は、足を止めて振り返ると、ゆっくりと話し出した。
「時代は……歴史は、繰り返される。それを知っているのは、俺とお前だけだ」
「それがどうした」
「お前は知っているはずだ。次の、最後の日を」
 その瞳は真剣そのもの。もし周囲に人がいても、何の話をしているのか理解できないだろう。だが、その内容が決して明るい内容ではないのは二人の空気から察することができるだろう。
「単刀直入に聞く。次の最後の日は、いつだ?」
「それを、俺が答えるとでも思っているのか?」
 酒場にいた時とは違い、穏やかではない雰囲気で、遊夜は睨む様な目つきを向けそう返した。そんな返答を予測していたのだろう。武玄は取り乱すことなく言葉を続ける。
「思ってないさ。だが、このままじゃまた同じことが繰り返されるだけなんだぞ?」
「……そんなこと、わかっている」
「だったら! 教えてくれっ。次の最後の日はいつなんだ?」
 今にも跳びかかるんじゃないと思えるくらいの勢いで、武玄は遊夜に問い詰める。だが、遊夜は無言で首を横に振り、再び静かに口を開く。
「仮にそれを知ったところで、お前のやるべきことは変わらないだろう? なのになぜ、そんなに最後の日を知ろうとする?」
「そうだな……確かに、期限を知っていようが知るまいが、俺のやることは変わらないさ。だけどな、少しでもいいんだ。この悪夢から逃れられる可能性が上がるなら、俺はそれを知りたいんだよ」
「無駄だよ。それを知ったところで、今の状況から逃れることなんて出来やしない。これは、運命なんだからな」
「そんなことはない! お前はいつもそうだ。そうやって運命の一言で片付けるのは止めろ! <あの方>に与えられた使命さえ果たせば、俺たちは解放されるんだ!」
 今まで必死に抑えていた感情の昂りを、武玄は抑えきれなくなり爆発させる様に叫んだ。そんな武玄の様子を見て、遊夜の気持ちを一層冷める。
「忘れたのか? 俺の使命は、お前とは正反対だと言うことを」
「忘れるわけがないだろう。俺を手伝えば、お前自身の使命を放棄することになる……それはわかってるんだ。だけど! お前の使命は、まっとうする限り永遠に終わらない。そうだろう?」
「……終わらせて見せるさ。俺は、俺のやり方でな」
「遊夜……」
「失せろ、武玄。これ以上無駄話をするつもりなら、力づくで追い払うぞ?」
「わかった……今日のところは退こう。だが、次こそは……」
 殺意を込めた瞳を向けてくる遊夜に、武玄はそんな言葉を残し去って行った。遊夜は武玄が去って行った方向とは逆方向に足を向け、ゆっくりと歩き出す。
「今は、鬼の月か……」
 空を見上げながら、小さく呟く。暦の進行を表す月という単位。1年を12に分けたうちの一つ、鬼の月。それは、火のマナが多くなる月だ。
 遊夜は何を思い、何を成そうとしているのか……
 それを知っているのは、遊夜ただ一人。その足は村の宿へと向いている。今はそう、その身を休める時なのだろう。その足取りは重く、これから先の不安を感じさせていた……



「吟遊詩人さん、今日は唄わないの?」
 遊夜が武玄と会った翌日、一人楽器を奏でるでもなく村の中を歩いていた遊夜に、村の子供たちが集まり声をかけてきた。あまり気分は乗っていなかったが、子供たちを幻滅させるわけにもいかないと思い、遊夜は小さく笑みを浮かべながら答える。
「唄うよ。でも、君たちを酒場に連れていくわけにもいかないから、今日は広場の噴水前で唄おう」
「わーーーーい!」
 遊夜の言葉に、子供たちははしゃぐ。そんな子供たちの様子を見て、遊夜は微笑ましく思いながら広場へと向かう。そんな遊夜に先導して広場に向かう子供もいれば、遊夜の後を追う様にくっついてくる子供もいる。武玄との会話で殺伐としていた思考が和らいでいくのを感じ、遊夜はどこか安堵に似た感情を覚えた。
 元々広場の近くにいた為、直ぐに遊夜たちは広場に辿り着いた。子供たちはまだかまだかと遊夜の唄を待ち侘びている。瞳を輝かせて待ち侘びる子供たちの姿を見て、一瞬焦らしてみようかとも思った遊夜だったが、噴水の縁に腰かけ、肩に背負っている弦楽器を下ろし、直ぐに唄の準備に入った。
 スゥーーっと息を吸い込み、ゆっくりと吐く。遊夜は目を瞑り、弦楽器に手を添える。
「遥かなる昔、ここには今とは違う世界があった……その世界の名前は、ソセアルアノル。元素を操る術を持つ人々が栄えた世界……人々が扱えたのは、火、水、風、そして土の、四大元素と呼ばれるもの。その力はあらゆることに使われ、人々は豊かな生活を送っていた。そして、それが永遠に続くものだと思っていた……」
 子供向けに言葉を変えているのだろう。昨日とはやや違った言い回しで、遊夜が唄を奏でていく。少し前までは騒いでいた子供たちも、遊夜の唄をしっかりと聞こうと耳を澄ましている。
「だけど、そうじゃなかった。一部の欲深な人間が、自分の為にその力を際限なく使った。その結果、いつしか自然界のバランスが崩れ、世界は終わりを迎えてしまった……それから幾つもの時が流れ、新たな世界が産まれた。新世界は始まりの地から創られた。世界の果てとも呼ばれる始まりの地は、旧世界において唯一滅亡を免れた場所だった。その場所に住んでいた人々は助かり、新たな世界の誕生を目にしてきた。だが、その様子を見て彼らは驚きを隠せなかった。新世界の地の土は、燃え上がる様な真っ赤な色をしていたのだ。実際に触れてみれば、その土は熱かった。そうして、彼らは気づく。今まで当たり前に感じていたはずの、風が吹いていないことに。そう思ったのも束の間、新世界にも風が吹いた。彼らは喜びの声を上げたが、直ぐに沈黙してしまう。風によって擦れた土が、本当に燃え上がったのだ。赤い土は全てが燃え、火の海となった。やがて大気中より水滴が生まれ、その全てが蒸発する。さらに時を重ね、やがて雨が降り始めた。その雨は、火の海を消す為に、大地に恵みをもたらす為に。長きに渡って降り続いた。そうしてじょじょに熱を失った土は、今の様な土になったのだ……」
 そこまで唄うと、遊夜は一度大きく息を吐き、子供たちに向かって声をかける。
「一度休憩。そろそろお昼だし、みんなごはんを食べておいで」
 その一言で、子供たちは各々が返事をしいっせいに散って行った。その様子を見ながら、今度は小さく溜息を吐く遊夜。
「そろそろ、か……」



 ――その頃――

「見つけたぞ。力の剣を持つ者よ」
 全身に黒いローブを纏った男――武玄が、山道を歩く一人の男に向かってそう声をかけた。
 男の背には、一振りの長剣が提げられている。それ以外は、どこにでもいそうな少しだけ強面な男だ。
「誰だ?」
 ゆっくりと振り返り、男は武玄を睨みつける。だが、まったく怯む様子もなく武玄は答える。
「俺の名は武玄。貴様の力≠狩る者だ」
 そう名乗ると同時に、武玄は地を蹴り男へと跳躍した。相手は剣を持っているが、自分は丸腰。抜かせる前に片を付けるつもりなのだろう。だが、男の反応速度は武玄の予想を上回っていた。背後に飛びのきながら、男は背中の剣を抜く。武玄は軽く舌打ちをするも、動きを変えるつもりはないらしく真っ直ぐに突っ込む。
「何者かは知らんが、返り討ちにしてくれるっ。風切の太刀」
 男が剣を振るった瞬間、正に風を切り裂くかの如く真空波が一筋の線状に武玄へと襲いかかった。武玄は寸でのところでそれをかわしたが、そこに第二波が襲いかかる。またも舌打ちする武玄だったが、今度は多少の余裕がある。
「剣よ――闇を越え、我が元に来い」
 武玄のそんな言葉に応じ、空間に闇が生じた。そこから一振りの剣が現れ、武玄の手に収まった。剣の刀身は黒く、だがしかし澄んだ色をしている様に思える。禍々しさのない、純粋な漆黒。武玄はその剣で真空波を横薙ぎに切り払った。もしもその剣が普通の剣だったなら、真空波は刀身を折り武玄の身体を切り裂いていただろう。だが、その剣は普通の剣ではなかった。
「まさか……貴様も魔剣使いか……」
 驚愕の表情を浮かべ、しかし警戒を解かずに距離を置く男。武玄はそんな男の言葉を聞き、嘲笑を浮かべた。
「魔剣使い、ね……確かに、お前らにとってはそうなのかもしれないな。だが……俺の剣はお前らの剣とはちょっとばかし性能が違ってね。お前がその剣の力に頼ってる限り、絶対に勝てない様になってるのさ。もっとも、力の剣無くして、力の剣を持つ者に勝つことも不可能だろうけどな」
「私の剣が、貴様の剣に劣っていると……? なら、そうではないことを証明してやるまでだ!」
「ふんっ。大した自信だな? なら、その自信を踏み潰してやるよ!」
 叫び声を上げると同時に真空波を放つ男に対し、武玄はそれをかわす様に右回りに男との距離を詰める。男は武玄を追う様に何度も真空波を放つが、そのすべてをかわすか弾くかしつつ、じょじょにその距離を縮める。
「疾風の太刀!」
 武玄が男の間合いに入った刹那、男は真空波とは違う風を生んだ。否、風の力を得た剣が、人知を超えた速度で振るわれた。だが、それすらも武玄の切り上げた剣戟によって弾かれた。
「ばかなっ!」
「甘いな」
 驚愕する男に対し、武玄はどこまでも冷静に状況を把握している。振り下ろされた剣を弾かれ、隙が生まれた男。だが、態勢が崩れたという程ではない。意識さえしっかりと持てば、瞬時に迎撃態勢を取れる。ならば、さらなる隙を突けばいい。武玄は剣を弾いた態勢のまま男の背後へと回りこみ、男の態勢が整うまでの時間を僅かにでも延ばす。ほんの数秒の差だろう。だが、武玄にとってはそれで十分だった。
「闇よりも深き漆黒よ……力を欲せ。力を求めよ」
 それは、呟く様に漏らした言葉。しかしそれは、力を具現化させる為の言霊。ブラックホール――規模は小さいが、そう表現するに値する漆黒の穴が中空に現れた。それは、力の剣とその力を封印する為の異空間へと繋がる穴。力の剣を吸い込む吸引力を持つ穴だ。
「終わりだな」
 もはや男が力を具現化させることは出来ず、男が持つ力の剣は成す術なくブラックホールに吸い込まれていった。
「そ、そんなばかな……」
「それじゃあな」
 驚愕。そして脱力する男を他所に、武玄は踵を返し何処かへとその姿を消した。
 その場には、地面に膝を付き、うなだれる元魔剣士の姿がしばしの間残されていた……



 この世界には、力の剣≠ニ呼ばれる剣がある。世界は幾度となくその姿、その名を変え存在しているが、いつの時代にも、その剣の存在が世界の存続を左右してきた。力≠人々へと撒き、世界を破滅へと導く者。そして、力≠人々から奪い、世界を存続させようとする者。時代は巡る。幾つもの時を越えて……

 やがて終の月が訪れる。ハルリラスト――そう呼ばれている世界が、幕を閉じる……
 いつしか、終わらぬ時代を求めて……


3 :夕咲 紅 :2008/04/21(月) 14:01:19 ID:PmQHsJxL

第一章 魔導師を名乗る者

 ハルリラストと言う名の世界があった。世界は繰り返される破滅の運命を辿り、その歴史の幕を閉じた。
 世界滅亡から十年後――唯一滅亡を免れる運命にあった始まりの地より新たな地が広がり、世界を形成していった。
 世界を維持する者、世界を破壊する者。それぞれそう呼ばれる二人の青年が、唯一内容を同じくする使命がある。それは、新世界の住人を選定すること。そうして集められた十数名の男女を始祖として、新世界は世界として確立していく。それから更に十年程の時が経ち、やがて世界には名前がつけられた。この世界の名は、ニトラルハノス――



 ニトラルハノス歴152年 虎の月


「この世界も、それなりにちゃんとした形になったな」
 短く切り揃えられた黒髪、意思の強そうな多少鋭い黒い瞳。どこか野性的に見える。だが、決して粗暴というわけではない、心なしか貴族の様に優雅な雰囲気を持つ青年――武玄がそんな言葉を漏らした。青空が広がる草原に寝そべりながら漏らしたその言葉は、少し離れた所に立っている金髪蒼瞳の青年――遊夜に向けられたものだ。遊夜は武玄と良く似た背格好をしているが、その瞳の鋭さは大きく違う。武玄と比べると、遥かに柔らかい雰囲気がある。
「そうだな」
 が、見た目とは裏腹に、遊夜から発せられた声は冷ややかなものだ。武玄を良く思っていないのだと伺える。
「まだ、協力する気にはならないのか?」
 それは、武玄が今までに何度も繰り返した問いかけ。しかし、遊夜の返答はいつも変わらない。
「何度聞かれても答えは同じだ。俺には俺のやり方がある。ただ――ここでの生活は、気に入っているけどな」
「だったら! 尚更協力する気になったっていいじゃないか」
 いつもとは少しだけ違った答えに、武玄は息を荒げて言う。だが、遊夜はゆっくりと頭を振り、静かに言葉を返す。
「それとこれとは別の話だ。この場所が脅威に晒されるなら、何度だって守ってみせる。だが、世界が崩れるのはまた別な話だ」
 遊夜のそんな言葉で、武玄は口を噤んだ。これ以上何を言ったところで無駄だと、そう悟ってしまったからだ。
「救ー世ー主様ー!」
 二人のそんな沈黙を破るかの様に、二人に駆け寄りながら叫ぶ少女の声が辺りに響いた。
「エルトじゃないか。どうかしたのか?」
 二人の元に辿り着くと、肩で息をしながら呼吸を整える少女に向かって遊夜がそう声をかけた。
 肩程で切り揃えた、薄い緑がかった髪が特徴的な少女だが、その透き通ったイメージを与える髪とは逆に活発なイメージを与える爛漫そうな瞳。しかしながら華奢なイメージさえ与える少女然とした小柄な体系。整っていると言えなくもない顔立ち。世間一般からすれば十分に可愛いと評される部類の少女である。
「相変わらずバカでかい声だな、エルト。もっと小さい声で喋れないのか? お前の声は頭に響くんだよ」
「二日酔いですかー? ムゲン様」
 遊夜の問いに答える前に割って入った武玄の言葉に、エルトと呼ばれた少女はいつもは使わない敬語をわざとらしく使い武玄に聞き返した。
「だ・か・ら! 声がでかいんだよ、お前は! だいいち、俺は酒なんて飲んでねーよ」
「救世主様はどう思います? 声、もっと小さくした方がいいですか?」
 文句を言う武玄を他所に、エルトは遊夜に向かって小首を傾げながらそう問いかけた。その問いに何と答えていいものか多少悩みながらも、遊夜は苦笑を浮かべながら口を開いた。
「まあ、そうだね。元気なのはいいけど、エルトはちょっと抑えてみた方がいいかもしれないな」
「そう、ですか……」
 自分の返答に珍しく落ち込んだ様子のエルトを見て、慌てて弁解を入れる遊夜。
「あっ。でも、そこがエルトの良い所でもあるから。ダメってわけじゃないし、そんなに気にしなくてもいいさ」
「そうですよねっ!」
 一転して目を輝かせたエルトに、遊夜は内心ホッと胸を撫で下ろした。だが……
「長所は短所って言うけどな」
「なっ!?」
 武玄の言葉にエルトは怒りで言葉を失いかけたが、その怒りが爆発する前に遊夜がエルトの肩に手を置いてなだめた。
「武玄は、短所は長所って言いたいんだよ」
「えっ?」
「そっ、そんなんじゃねーよ!」
 遊夜の妙なフォローを、武玄は慌てた様に否定する。その一瞬、エルトの表情が翳ったが、二人はまったく気づきもしなかった。
「それで、結局お前は何しに来たんだよ?」
「あ! そうそう、おじいちゃ――長老が呼んでるの」
 武玄の言葉に当初の目的を思い出したらしく、エルトはその用件を二人に伝えた。それだけの言葉を伝えるのに随分と前置きが長かったのはご愛嬌だろう。
「そういうことはもっと早く言えよな」
「うるさいわねー。ムゲンが余計なこと言ってきたせいでしょ?」
「まあいいじゃないか。とにかく行ってみよう」
 またも口論を始めそうになった二人をなだめ、遊夜は長老も元へ行くことを促した。
「そうだな」
 武玄は頷き、エルトたちの住む村へと向かって歩き出した。



 始まりの地を世界の中心と考えた時に、ニトラルハノスの中心からやや東にずれた位置に小さな村がある。村の名はラース。人口20名程の本当に小さな村だ。何もない場所故に、危険に晒されることなどなかった。しかし、1年前に盗賊団を名乗る小規模の小悪党共がこの村を襲った。そこにたまたま訪れていた武玄と遊夜は盗賊団を退治し、二人は村の人々に救世主とまで呼ばれる様になった。本来二人には使命があり、世界中を旅して回っているのが常なのだが、今はこうして腰を落ち着かせている。勿論、それには訳があるのだが……
「よく来てくれました」
 長老のそんな言葉に出迎えられ、遊夜は一礼、武玄は軽く会釈だけをし話を聞く態勢を取る。
「どうかしたんですか?」
 そう切り出したのは遊夜だ。長老に何かを頼まれるのは日常茶飯事で、こうして呼ばれたのも初めてのことではない。余計な会話などせずに直ぐに本題に入ったのは、そうした背景と手っ取り早く問題を解決したいという遊夜の内心もあってのことだろう。
「実は、お二人に相談したいことがあるのです」
「相談ねぇ。改まってどうしたんだよ?」
 何を頼まれるのかはわからないが、小さな村に起こる出来事で、自分たちに解決できないことなどそうはないと高をくくっている武玄は、軽い笑みを浮かべながら聞き返した。
「先程、この村に魔導師を名乗る男がやってきまして……」
「魔導師だって!?」
 思いがけない長老の言葉に、武玄は思わず大きく声を上げてしまった。魔導師という職が先の時代にあったわけではないが、その言葉が差す意味はいつの時代も変わらない。魔法という術を操る者。魔法とは、常人では扱うことの出来ぬ術。単純に言葉の意味そのものなら、遊夜も武玄も魔導師ということになるのだが、武玄の驚きは別の所にあった。魔法とは、原初の時代にあった今は失われた力だ。今それを使う為には、とある媒体が必要となる。
「力の剣、か……」
 力の剣――魔法の力を封じ、その力を引き出し行使することの出来る剣。あたかも、その剣を持つ者が魔法を使えるかの様に……
「多分そうだろ。やっと、目的が近づいてきたな」
 遊夜の呟きに言葉を続け、武玄は笑みを浮かべた。武玄の使命は、魔法という術を封印することだ。かつて原初の世界を破滅へと追いやったその力を封じ、かつての過ちを繰り返さない為に。剣が人の手に渡っているのならば、武玄はそれを回収に当たる。だが、遊夜の使命はそれとは逆だ。魔法という術を人に与え、世界に可能性を与えることが使命なのだ。たとえそれが、世界を破滅へと導くことになったとしても……
「既に人の手に渡っているなら、俺の出る幕はないんだが……」
「まあそう言うなって。回収は俺一人でするから、お前はここにいればいいだろ? むしろお前としては仕事が減って良かったじゃないか。わざわざ探し出して誰かに渡すって手間が省けたんだからよ」
「まあそうなんだが……」
 どこか腑に落ちないものを感じながらも、遊夜は長老へと向き直った。それを見た武玄が、長老に続きを促す。
「それで長老、その魔導師とやらがどうかしたのか?」
「この村に自衛の手段がないことを深くお気になさってくださいまして……少し考えた節の後、提案があるとこう告げたのです。
 ――あの二人は、長老のお孫さんですかな? あの二人には、魔導師としての資質がある様だ。どうでしょう? 私に預けてみては。きっと素晴らしい術を持ち、この村の守り手となってくれるはずです――
 と……もしその気があるなら、二人を北の塔に連れてきなさい。と言葉を残し、魔導師様は村を去っていきました。お二人から見て、孫たちはどうなのでしょうか? 魔導師としての資質などあるのでしょうか?」
 長老には双子の孫がいる。遊夜と武玄を呼びに来たエルトと、その姉であるラルトだ。魔導師を名乗る男がやってきた時には家の中にいたのだろう。その時の様子、そして孫のことを思い浮かべながら長老は不安そうに武玄たちに尋ねた。
「そんなもんわかるわけがねーよ。魔導師なんて、この世界に存在するわけがないんだからな」
「しかし、偽者だと言い切れない何かをあの男から感じたのです。得体の知れない力を……」
 それは長老の勘でしかないのだろう。しかし、それはおそらく間違いではない。もし男が力の剣を持っているのならば、確かに男は異質な力を有していることになるのだから。
「ま、いいさ。真偽は俺が確かめてくる。北の塔だったよな?」
「ええ。しかし、武玄様お一人で大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。それに、もしもの為に一人はここを守ってた方がいいだろうしな。頼んだぜ、遊夜」
「ああ」
 そんな短い返事でも、それが信用に足る言葉だという事を武玄は理解している。だからこそそれ以上何も言わず、武玄は踵を返し長老宅を後にした。
 そんな武玄の背中を見送った遊夜が、長老に対しゆっくりと口を開く。
「一応聞いておきますが、その男……剣を持っていませんでしたか?」
「ええ、持っていたはずです。魔導師という名にそぐわない長剣でした。私も不思議に思い尋ねたのですが、儀式用だとお答えになりましたよ」
「なるほど。なら、それが力の剣なのは確実っぽいな……ともあれ、俺は村の警護に当たっていますね」
「はい。いつもありがとうございます」
 遊夜の言葉に頭を下げた長老に対し、遊夜は「気にしないで下さい」とだけ答え、武玄と同じ様に長老宅を後にした……



 ラースを出て北上すること小一時間。
 どこか険しい表情を浮かべる武玄が、眼前に聳える塔を見上げ深く息を吐いた。
「魔導師、ね……」
 力の剣を持っているであろうその男のことを考え、否――男の目的を推測し、思い至った答えに苛立ちを覚える。
(エルトとラルトを来させようとしたんだ。何をするつもりだったかは分からないが、痛い目に合わせてやらないとな)
 外見や口調、普段の態度から武玄は粗暴な感じがするものの、生き物に対してはどちらかと言えば甘い節があり、普段は温厚そうな遊夜の方が残忍な一面を持っていたりする。とは言え、短絡的な思考の持ち主でもある武玄だ。気に入らないことがあれば怒りを覚えるのも当然である。
「ま、ここにいたってしょうがないな。行くか」
 そんな呟きを漏らし、武玄はゆっくりと塔の扉を開く。
 扉を開いた先は薄暗い通路があり、武玄はその中へと足を踏み入れる。それなりに大きな塔ではあるが、端から端までの距離なら歩いて十数分程度のものだろう。
 通路を一分も歩かない内に、入り口と比べれば随分と小さな――人一人が通れるくらいの扉に差し掛かった。
 尚も無言のまま武玄はその扉も開く。
 その先は、それなりに広い空間へと続いていた。空間の中央――おそらくは塔の中心でもあるその場所には一本の柱があり、その周りに螺旋状の階段が作られている。武玄が入ってきた以外の扉はない。
 だが、武玄はそれらの事実を認識してはいない。視界には入っている。しかしそれ以上に、武玄の視線は階段の前に立つ男に向けられていた。
 肩の先まで伸ばした黒髪、自分以外の者を見下しているかの様に自信に溢れた黒い瞳。優男――見た目だけならそう取れるが、男の纏う雰囲気はどちらかと言えば周囲の者に不快感を与える様な質を含んでいる。
 武玄の向ける視線は険しい。だが、男は一切怯む様子もない。それだけ自分に自信があるのだろう。
「あんたが、魔導師様かい?」
「そう言う貴方は、確か以前ラースの村を救ったとか言う方ですかね?」
 お互い、その問いには答えない。いや、答えるまでもないとお互いに理解しているのだ。
「長老のお孫さんはどうしたんですか?」
「ここには来ねーよ。俺が来たんだ。それくらい分かるだろ?」
「…………」
 挑発するかの様な武玄の物言いに、男は一瞬険しい表情を浮かべたものの直ぐに先程まの冷静さを取り戻した。
「私に何か用でもおありですか?」
「なーに。ちょっと悪戯が過ぎる自信家にお灸を据えに来ただけだよ」
「ふっ……なかなか面白いことを言う方だ」
 そんな風に答えながら、男は腰に提げた剣を抜く。儀式用――ラースの長老にはそう告げていた剣を……
「とても、これから死ぬ方の言葉とは思えませんね!」
 突如表情を一変させ、狂喜しているかの様な笑みを浮かべながら男は剣を振るった。剣の先から、間違いなく炎が放たれた。
「な!?」
 その有り得ない出来事に武玄は驚きを隠せず、本来ならば回避と同時に反撃に移るだけの余裕があったその攻撃を寸での所でかわすだけで精一杯だった。
(四大元素の力――それも炎の力を宿す剣が現われるはずがない……とは言え、奴が炎を放ってきたのは事実。いや、待てよ……)
 武玄は思考を巡らせながらも何度も放たれる炎をかわし続ける。その様子を見て男は得意気な表情を浮かべる。
「避けることしか出来ないのですか? まあ、無理もないですがね」
 そう声を張り上げる男の目は、明らかに武玄を見下している。普段の武玄ならばその視線に苛立ちを覚えていたかもしれないが、今は気にも留めない。
(そう言えば、以前回収した剣に風を操る剣があったな。まあ、実際の風の剣には及ばない劣化版だったが……と言うことは、奴の持つ剣も炎の剣の劣化版。と言うのが答えっぽいな)
「そろそろトドメといきましょうか!」
 そう叫ぶと同時に男は剣を振り上げ、一瞬瞳を閉じる。それはおそらく剣に力を溜める為に集中しているのだろうが、自分の中で一つの答えに辿り着いた武玄がいつまでも逃げているだけと言うわけがなかった。
「剣よ――闇を越え、我が元に来い」
 男の掲げる剣の周囲には、先程まで放っていたものよりも断然巨大な――人一人軽く飲み込んでしまいそうな程巨大な炎の玉が出来上がっている。
 武玄の手元にはその声に答え黒い剣身の剣――闇の剣が握られている。いかに武玄と言えどあれだけの炎を直にくらえばダメージを負うだろうが、他の力の剣によって現われる力、そして力の剣そのものを封じる能力を持つ闇の剣を手にした武玄にとって、既に相対する男は脅威足り得ない存在となっていた。
 何か叫び声を上げながら炎の玉を放つ男だったが、武玄が振るう闇の剣によって創られた漆黒の穴に炎の玉は飲み込まれていく。
「そんなバカなっ!?」
 その様を見て、今度は男が驚きの声を上げた。しかし武玄にとってその結果は当然のものであり、こうして男に隙が生まれることも十分予測出来た。そして、その隙は武玄にとって必殺の一撃を放つのに足り得るものでも――
「黒刃……」
 そんな呟きと同時に武玄が剣を振るうと、その軌道に沿って紡いだ言葉の通り漆黒の刃が現われた。曲刀を彷彿とさせるその刃が、驚きの表情を浮かべている男に向かって真っ直ぐと飛んでいく。
 男は武玄からの攻撃が繰り出されたことに気がつき、迎撃するべく再び剣を振るう。力を込めるなくただ無闇に放ったその炎では黒刃を止めることなど出来るわけもなく、その刃は男の身体に吸い込まれる様に姿を消した。
 一瞬、何が起きたのか理解出来ずに疑問符を浮かべた男だったが、直ぐに訪れた激痛で膝を着く。
「がぁっ」
 そんな汚い嗚咽と共に血を吐き出す男。そんな様子を見て、武玄は冷たく言い放つ。
「安心しな、死にはしない」
 男に外傷はない。刃に触れたと言うよりは、その刃が身体の中に入り込んだのだから当然とも言える。
「まあ、しばらくはそうやって苦しむとは思うけどな」
 嘲笑と共にそんな言葉を男に放ち、武玄は再び――今度は小さめのブラックホールを作り出し、その中に男が先程まで持っていた紅い剣身の剣を放り込んだ。
「これで、勝ったと思わないことですね……」
 ブラックホールが消える前に闇の剣もその中に放り込んだ武玄の背に、再び血を吐きながらも男がそんな言葉を紡いだ。
「なんだ、意外としぶといんだな。てっきり気を失うかと思ってたんだが」
「あの村には、既に私の仲間たちが向かっているんですよ」
「ほぅ。で?」
「娘二人がここに来るならそれでよし。そうでなくとも、結局は村を襲って娘を手に入れれば済む。そういう算段だったんです。つまり、今ここにいる貴方にはもうどうすることも出来ない。いや、仮に間に合ったとしても、貴方一人で太刀打ち出来る人数ではありませんからね」
「長々と説明どうも。大体予想通りではあるけどな……とりあえず勘違いしてるみたいだから教えといてやるよ。結果から言えば、お前らの思う通りには一切ならない。確かに俺が今からラースに戻ったところで、お前の仲間たちの強襲には間に合わないだろう。だが、村には俺の他にももう一人、救世主って呼ばれてる奴がいる。勿論、実力は俺とほぼ互角。で、お前の一番の勘違いだが……あいつ一人いれば、お前ら程度の相手が何人いようと目じゃねーってことだ」
「そんなバカなことが……」
「ま、信じる信じないはお前の勝手だ。じゃあな」
 いまだに床に這いつくばることくらいしか出来ない男は、そう言って踵を返す武玄を見送ることしか出来なかった……



 ラースのほぼ中央にある広場のさらに中心。注意深く意識すれば村のどの方向でも人の気配を察することの出来るその場所で、遊夜は一人佇んでいた。勿論それは村が脅威に晒される可能性を考えての警戒ではあったが、それを知っているのは長老だけだ。だからこそ、村の者たちは遊夜が何をしているのか理解出来ず、又その普段と違って刺々しい雰囲気の遊夜に話しかける者はいなかった。
「ユウヤ様」
 だが、こうして声をかける者が現われた。いや、少し前から近くにはいたのだ。近くにはいたが、他の者たちと同じ様に声をかけるには至っていなかった。それでも小さな勇気を振り絞って遊夜に声をかけたのは、大人しい雰囲気の少女だった。
 キラキラと沈みかけの日に反射して輝く薄い緑色の髪は、少女の腰近くまで伸ばされている。特別――と言う程ではないが、それでもそれなりに整った顔立ちをしており、少女の持つ柔らかな雰囲気の為か見た目以上に目を惹く。
 そんな少女が、やや上擦った声で遊夜に声をかけたのだ。
「ラルトか……どうかしたのか?」
「それは私のセリフです。今日の……お爺様に呼ばれてからのユウヤ様はどこか変ですよ?」
 ラルトと呼ばれた少女が、藍色の瞳を悲しげに潤ませながら言葉を紡いだ。
「そうかな? まあ、ここ最近は平和だったからね。ちょっと戦闘態勢に入ったくらいで雰囲気を保てないなんて……自分で思っていたよりも感覚が鈍っているのかもしれないな」
「どういうことですか?」
「……ラルト」
 ラルトの問いかけには答えず、遊夜は真剣な面持ちでラルトに語りかける。
「今すぐ自分の家に戻って鍵をかけるんだ」
「え?」
「どうやら、もうあまり余裕がないらしい。まったく、本当に鈍ってる……」
 そう言って村の西側へと視線を向け、直ぐに足を動かし始める。
「ユウヤ様?」
「いいから家に戻るんだ。俺か武玄が行くまで、絶対に家を出るなよ」
 いつもよりも幾分か強い口調でそう言い放ち、遊夜は西へと向かって駆け出した。
 ラルトはそれ以上何も言うことが出来ず、遊夜の言った通り自分の家に戻ることにした。



「全員家の中に隠れてろ!」
 そんな言葉を大声で発しながら西へと走る遊夜の姿を見て、誰もが何も問うことなくその言葉に従った。
 何かが起こる。それを村人たちは理解したのだろう。次々と家の中に入っていく村人たちの姿を見て安堵し、遊夜はよりいっそうその足を速める。
 直ぐに、村の端まで辿り着いた。
「さて……久々に暴れるかな」
 目の前に現われた十数人の男たちの姿を冷たい視線で捉え、遊夜はぼそりとそんな言葉を呟いた……



「白き力よ、我が元に来たれ」
 右腕を天高く掲げた遊夜がそんな言葉を紡ぐと同時に、その手の先で一瞬強い輝きが生まれた。光りが止んだその手の中には、一振りの剣が握られていた。
 一見それは普通の剣にしか見えない。特別な形をしているわけでもなく、特別な装飾が施されているわけでもない。ただ一つ普通じゃないとするならば、この世界に存在するどんな金属でも放つことの叶わない輝きを放つ白銀の剣身と言う点だろう。もっとも、その剣が持つ力は特別などと言う言葉では言い表せない程のものだが。
 剣を持った遊夜の前には、十数人の男たちがいる。それぞれの手には多種多様の武器が握られているが、それは全て遊夜にとって脅威にはならない得物でしかない。
「いや、力を使うまでもないか……」
 そんな呟きを漏らすと同時に、遊夜は地を蹴っていた。
 男たちは仮にも救世主と呼ばれている者が目の前にいる男だと知っている。だからこそどう攻めるか決め兼ねていた。しかし、遊夜には考えることも躊躇することもない。そして何よりも、その身体能力に差があり過ぎた。
 遊夜の跳躍に反応出来た者はいない。そして並の人間では到底敵わぬ身体能力を持つ遊夜の跳躍は、数秒も置くことなく男たちとの距離をゼロにする。
 ふっ。と息を吐くと同時に遊夜は剣を突き出し、男の一人の心臓を突き刺した。突き刺された本人が――いや、その場にいた誰もがそれを理解するよりも早く遊夜は突き刺した剣を抜き、次に近くにいる男に向かっていく。
 その接近に気がついた男が、武器を構え迎撃態勢を取る。否、取ろうとすることしか出来なかった。その男の持つ得物――手斧を構えた瞬間には、遊夜はその男の喉元を一突きに貫いていた。
 ドサリ。
 遊夜が喉元から剣を抜くと同時に、そんな音を立て心臓を貫かれた男が地に倒れた。
 そこでようやく男たちは事態を把握し、全員がいっせいに武器を構える。
「まあ、少しは抵抗して貰わないとな」
 冷たくそんな言葉を漏らしながら、遊夜は次の標的を定め再び地を蹴った。
 男たちも近くにいた数人がいっせいに遊夜へと向かい始めるが、男たちの理解の範疇を超えた動きをする遊夜を視界に収めることすら出来ない。
 一番近くにいた剣を持つ男の手首を斬り落とし、そこからまた一番近くにいる男の喉を斬り裂く遊夜。
 ようやく遊夜へと迫ることのできた男の一人が、その手に持つ剣を振り下ろす。
「死ね!」
「――甘いな」
 渾身の一撃を放つ男だったが、背後からの一撃であったにも関わらず遊夜は悠然とその一撃をかわした。
 男が再び武器を構え直すよりも早く、遊夜はその男の心臓を突き刺した。
「さて、次はどいつだ?」
 そう言って剣に付いた血を振り払う遊夜の瞳は、普段は温厚な雰囲気を纏っているのが偽りであるかと思う程冷酷なものだった。
 自分の守るべきものには優しく、敵にはどこまでも冷徹。それが遊夜と言う男なのだろう。しかし男たちにとっては今の遊夜が救世主と呼ばれる男の全てであり、もはや恐怖の対象でしかなかった。
「くそが!」
 それでも、逃げるという選択肢を選ぶことは彼らの小さなプライドが許さなかった。残った全員がいっせいに遊夜との距離を詰めるべく駆け出す。
 まったく統制の取れていない男たちの動きに辟易としながらも、遊夜は瞬時に自分がどう動けば効率良く相手を倒せるかを判断する。とほぼ同時に身体を動かし、導き出した通りに男たちを斬り伏せていく。
 一人、また一人とその数を減らす男たち。
 ものの数分で、この場に立っている者は遊夜の他には一人だけと言う状況になっていた。
「お前で最後だな」
 それは軽く脅しを込めた言葉。たった一人で、それも一切傷を負うことなく十人以上の相手を斬り伏せた遊夜の言葉は、些細な脅しの言葉でも十二分に効果を発揮する。
 仲間もいなくなり、軽いプライドを守る為に戦おうなどとは最早思えなくなった男は、それが死を意味するとも理解出来ずに踵を返した。遊夜から全速力で逃げる為に背を向けたのだ。逃げられるわけがない。そう頭のどこかで理解していたにも関わらず――
「終わりだ」
 そんな呟きを漏らした瞬間には、遊夜は逃げ出す男との距離を詰め背後から心臓を一突きにしていた。
 男は血を吐き、遊夜が剣を抜くと同時に前のめりに地面に倒れた。
 ドサリ。そんな音を立てた時にはもう、男の命は尽きていた……



「本当に行かれるのですか?」
 魔導師騒動から数日後の早朝、ラースの南側から村を出ようとする遊夜に対し長老がそんな言葉を紡いだ。
「はい。俺にはやるべきことが……やらなければならないことがあるので。元々、本当はこんなに長居するつもりはなかったんです」
「そうですか……仕方ありませんな。気をつけてくだされ」
 今までさんざん遊夜に頼ってきた長老だったが、その歩みを止めるつもりは最初からなかった。むしろ、いつかはラースを発つのだろうと確信すら持っていた。だからこそ、引止めたりはせずに遊夜を見送る。
「待って下さい!」
 はぁはぁ、と息を切らせながら、薄緑色の長い髪をなびかせながらラルトが村の中から駆けてきた。
「ユウヤ様、私を連れて行って下さいませんか?」
 遊夜たちの元へ辿り着いたラルトは何度か深呼吸をして息を整えた後、真剣な面持ちでそんな言葉を放った。
「なっ、何を言っておるんじゃ?」
 慌てた様子でそんな風に言う長老。問われた遊夜は呆然と立ち尽くしている。
「許可出来ん! それにユウヤ様だってお困りだろう?」
「そんなことは分かってます!」
 怒鳴る長老に向かって、珍しく大きな声を上げて反論するラルト。
「それでも! 一緒に行きたいんです!」
「ラルト!」
 今まで一度もわがままを言ったことのないラルトだったが、それでもそのわがままを許すことは長老には出来なかった。
「ユウヤ様……ダメ、でしょうか?」
 上目遣いにそんな風に問われ、思わず遊夜はたじろいでしまう。
 戦闘時の様に円滑にはいかないが、それでも瞬時に思考を巡らせる遊夜。
「……まあ、俺は別に構わないよ」
「本当ですか!?」
「あ、ああ」
 嬉しそうに大声を上げるラルトに少しだけ驚きながらも、しっかりと遊夜は頷いた。
「しかしユウヤ様……」
「お爺様。ユウヤ様が良いって仰ってくれたんですよ。それとも、お爺様はユウヤ様のことを信用出来ないとでも言うんですか?」
「そう言うわけではないが……」
 いつになく強気な物言いをするラルトに、思わず長老は語気を弱める。
 そうして思案すること十数秒。真っ直ぐに自分を見つめてくるラルトを見て長老は深く溜息を吐いた。
「……わかった。どうやら意志は固い様じゃし、認める他なさそうじゃな」
「それじゃあ……」
「ああ、行ってきなさい。ただし、ユウヤ様に迷惑をかけるでないぞ?」
「はい!」
 ――こうして、遊夜とラルトは共にラースを旅立つことになった。
 一度旅支度を整える為に長老宅にまで戻り、ラルトの準備が出来次第二人はラースを発った……



「何だって?」
 既に日が人々の頭上高くまで昇りきった頃、つい先程目を覚ました武玄が間借りしている部屋でそんな声を上げた。
「本当なのか?」
「嘘なんてつかないわよ」
 疑わしげに紡いだ武玄の言葉に答えたのは、薄緑色の綺麗な髪を短く切り揃えた少女――エルトだった。
「私も少し前まで寝てたから、詳しいことは分からないんだけど……やっぱり、ユウヤ様とラルトが一緒に村を出たのは事実みたい」
 双子であるラルトがいなくなったことを寂しく感じているのか、伏し目がちに漏らす様に呟くエルト。
「遊夜がここを出たってことは、もう終わりが近づいてるってことか……? いや、まだ早過ぎる。でも、可能性がないわけじゃいか……」
「ムゲン?」
 普段とは打って変わって真面目な顔つきの武玄を不思議に思い、エルトがその名を呼んだ。
「いや、何でもない。それより、どこに向かったのかとかは聞いてるか?」
「明確な場所までは聞いてないけど、どうやら南に向かったらしいわ」
「南、ね……と言うことは、ウィンノウ辺りに向かったっぽいな」
「ウィンノウって、あのすごく大きい国でしょ? あの国に何かあるの?」
 ニトラルハノスの南方に位置する大国、ウィンノウ――万年溶けることのない雪に覆われた大地にあるその国は、過酷とも言える環境にあるにも関わらず大国と呼ぶに相応しいだけの人間が住んでいる。
「まあな……何にせよ、そういうことなら俺もこの村を出る」
「え!?」
 突然の武玄の言葉に、エルトは信じられないものを見たと言わんばかりに驚きの声を上げた。
「何言ってるの?」
「だから、俺もこの村を出るって言ったんだよ。元々、あいつも俺もこの村に長居するつもりじゃなかったのは事実だしな」
「…………」
「まあ、一応長老には一言言って行くか」
 そんな呟きを漏らし、武玄は出かける準備をする。
「ムゲン!」
 突然大声を上げるエルト。その声に武玄は多少驚き、それでもそれを表に出すことなく振り返った。
「何だよ?」
「私も連れて行って」
「はぁ? 冗談だろ?」
「私は本気よ」
 真剣な面持ちのエルト。そしてそれを見据える武玄。しばしの沈黙を経て、武玄が小さくを溜息を吐いた。
「はぁ……わかった。勝手にしな。ただし、長老は自分で説得しろよ?」
「――うん!」
 それから武玄は長老に旅立つことを告げ、エルトはエルトで長老を無理矢理説得し――
 武玄とエルトの二人は、遊夜とラルトの後を追う様に南へと向かってラースを後にした……


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甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.