ドラゴン・プリンセス


1 :夕咲 紅 :2007/10/05(金) 17:55:35 ID:PmQHsJWk


 かつて世界には神≠ェいた。
 神≠ヘ魔法≠操り、さまざまな奇跡を起こしてきた。
 人々は魔法≠フ力を欲し、貪欲な人々に呆れ果てた神≠ヘ、魔法≠ニ共に姿を消した……


 時は流れ、やがて人々の記憶から神≠フ存在は消えていった。
 しかし、魔法≠彷彿させる力、それに似た力を振るう生物も存在した。
 龍
 太古より存在し、そう呼ばれる獣。
 人の何倍もの巨体を持ち、尚且つ人の数倍の知能を持つ生物。
 時に人に牙を向き、時に人の助けとなる龍

 そして更に時は流れ……

 龍≠フ存在さえ、人々の記憶から消えつつあった。
 それは伝説の生物となり、人々に語り継がれてきた。
 
 しかし、龍≠ヘ確かに存在している。
 その数を減らしながらも、永遠に近い生命を持つ彼らは、確かに存在している……

 ある国に、龍≠ヘ存在している。
 物語は、その国から始まる。

 龍≠ニ心を通わす一人の少女と、その龍≠フ物語が……


 --Dragon Princess--
 ――第一部 連なる記憶の物語――


2 :夕咲 紅 :2007/10/05(金) 18:14:29 ID:PmQHsJWk

プロローグ 白龍の住む森

 森が広がっている。
 広大――と言う程ではないが、それでも広いと表現するには十分な広さ。
 空気は良い。自然地帯なのだから当然だろう。だが、この森に生物の気配は感じられない。植物の類なら存在するが、動物と呼べる種は存在していないのだ。
 そのせいか、森の中は常時静寂に包まれている。勿論、生物が足を踏み入れた瞬間、その静寂は破られるものではあるが……
 そもそも、なぜ生物がいないのか――
 その理由は、遥か昔にある。まだ、世界に魔物≠ニ呼ばれる凶悪な種が存在していた頃、この森は彼らの住処だった。魔≠フモノと称されるだけあって、彼らの多くはその身に瘴気を纏っていた。その瘴気が、他の生物の存在を許さなかったのだ。瘴気は空気中を伝い、他の生物の生命そのものを弱らせる特性を持つ。その為、この森にいた動植物は、一度絶滅してしまったのだ。残ったのは、枯れ果てた木々と魔物の存在だけ……
 最も、それは全て過去の話。
 今では魔物そのものの種が絶滅しており、この森も森≠ニ呼べるまでに回復している。ただ――昔の名残なのか、動物の類がこの森に生息する事がない。
 霊邪の森――この森がそう名づけられたのも、魔物の住処だった頃の名残からきたものだ。その霊邪の森を今、一人の少女が歩いている。まだ幼い、小さな女の子……
 腰程まで伸ばした金色の髪。深い碧色の瞳。年相応と呼べる、爛々と輝く表情。その顔立ちは整っていて、見る者全てが『可愛い』と声をあげる程だ。そして、その容姿に見合った血筋……
 獣森の王国『クーズベルク』。少女は、そう呼ばれる国の正当な王家の血をひいている。クーズベルクの王女、シャルネア=マーツ=ミリオム。それが、この少女の名前だ。
 シャルネアは、一昨日8歳の誕生日を迎えたばかり。少々お転婆が過ぎる年頃なのか、それとも元からの性分なのか――
 シャルネアは、お忍びと言うには危険が過ぎる、一人での外出を試みている最中なのだ。何度か城を抜け出した事のあるシャルネアだったが、こうして城下町以外の場所に足を踏み入れるのは初めてだった。その為か、心臓の高鳴りは止まる事を知らず、それどころか加速していくばかり。シャルネア自身は、そんな風に感じている。
 霊邪の森は、クーズベルク城の背後に広がる森だ。自分の家の真後ろにある森などと言えば、小さな子供にとっては恰好の遊び場。好奇心旺盛なシャルネアが、いつまでもそんな場所に行かないわけがない。城の住人達は、シャルネアの好奇心をきちんと把握しきれていなかったのだ。だからこそこうして、シャルネアは悠々と森の中を歩いているのだ。
「うん。くうきがきれいだね」
 にこにこと笑顔で、誰に対してでもない呟きを漏らすシャルネア。
 一度足を止めて、きれい≠セと自らが言った空気を胸一杯に吸い込み――吐く。
 そんな深呼吸を何度かした後に、止めていた足を動かし始めた。目的地があるわけではない。何せ、ここはシャルネアにとって初めて訪れた場所。どこをどう進めば、どこに着く。などと、ハッキリとした事など何一つとして知りはしないのだ。だから、ただ真っ直ぐ。城から離れる様に進む。変に曲がったりしない限り、迷う事もないはず。そんな考えの元、こうしてひたすら直進している。
 それでも、見えてくるのは何ら変わり映えのしない景色。森の中など、どこでもそんなものなのだろうが……
 最初はそれでも楽しかったシャルネアだが、同じ風景がずっと続いていれば飽きもくるというもの。三十分程歩いた辺りで、飽きと同時に疲れも感じていた。子供の足では、それでも城が見えなくなる程の距離ではない。疲れから再び足を止めたシャルネアが、振り返った先に見えるクーズベルク城を見て溜息を吐いた。
「そろそろ、みんなきがついたころかな」
 ほんの少しだけ遠目に見える様になった城を見つめながら、自分に良くしてくれている人物達の事を考える。しかし、まだ戻る気はない。
 何か、小さくても変化が訪れるまでは……
「よしっ。もう少しすすんでみようっ」
 自分自身を奮い起たせ、再び足を動かし始める。さっきまでと同じ様に、城から離れる様に、真っ直ぐと歩く。
 あともう少し。
 あともう少し。
 そう何度も考えながら、少しずつ――だけど確実に、その歩を進めていく。
 もう三十分程歩いた頃だろうか……
 シャルネアの視界に映る森が、その姿をわずかに変えた。
 シャルネアはその変化を敏感に感じ取り――嬉しさからか、心なしか弱々しくなっていた歩調を強め、変化点≠ヨと向かって駆け出した。
 直ぐにその変化点≠ヨと辿り着く。木々に囲まれた森≠ニいう空間から一転。視界が開けた――そう表現するのに相応しい、まさしく木々の開けた空間へと辿り着いた。
 ――その景色を視界に収めた瞬間、シャルネアは思わず言葉を失ってしまった。
 辿り着いた場所は、小さな草原の様にも見えた。クーズベルク城の庭園の、数倍はあろうかという広さ。大人の足でも、端から端まで歩くには一時間あっても足りないかもしれない。反対側の端から先には、今までシャルネアが歩いてきた場所と同じ様に森が広がっている。ただ、草原と表現したこの空間のほぼ中心に、巨大な岩がある。いや、ただの岩ではない……
 近付けばハッキリと分かるであろう、穴≠ェ開いている。巨大な――まるで、人間の何倍もの大きさの獣が通る為にある様な、巨大な穴が……
 その巨大な穴≠ノ、シャルネアは確かに恐怖を感じていた。しかし、それ以上に好奇心を抱いてしまった。だから、シャルネアは進む。穴=\―岩の洞窟の中へと向かって、ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで。その先に何が待ち受けているのかも知らずに、あまり日の差し込まない洞窟の中へと入って行った。


 洞窟に入ったシャルネアの目に入ってきたのは、幻想的――とまでは言わないまでも、無骨ながら目を奪われる様な光景だった。
 外観からは暗闇が待っているとしか思えなかった洞窟内部だったが、いたる所に外と繋がる穴が空いているらしく、その穴から太陽の光りが差し込んできている。その光りが中空で交差し、不規則に天然のスポットライトが出来ている。そのライトの場所も、陽の傾きによって変わっていくのだろう。
 暗闇に目が慣れるまでは……
 そんな風に思っていたシャルネアにとって、その事実は軽く肩透かしを受けると共に、嬉しい誤算でもあった。もっとも、シャルネア自身は、そこまで難しく考えてなどいないのだろうが……
 いくら光りが差し込んでいるとは言え、洞窟内部全体が明るいわけではない。シャルネアは慎重に、少しずつ奥へと進む。時には壁伝いに手をつきながら、時には光りを頼りに。そうして歩く事十分程。ほとんど真っ直ぐに進んだ先に、完全な空洞が存在していた。広さは、クーズベルク城の中庭程度だろうか。天井も高く、その距離は二十メートル程だろうか。大体クーズベルク城の見張り塔程の高さである。
 上部には例の穴も開いているらしく、光りが横向きに差し込んでいるのだが――足元までその光りは届いていない。その為、目の前に何があるのか判断出来ないシャルネアは、暗闇に目を鳴らす為にぎゅっと目を瞑る。天井を見上げていた首を正面に戻し、ゆっくりと目を開ける。
 何がある――何かがある。と理解していたわけではないが、ただ何かが在る気がして……
 シャルネアは、少しだけ暗闇に慣れた目を凝らした。
「!」
 そして、気付いてしまった。そこに、在るはずのないモノがいた事に。ただ、直ぐにソレが何なのかは気付かなかった。とにかく、大きな獣がいる。それが、シャルネアが感じた正直な感想。
 巨大な獣がうずくまっている。眠っているらしく、シャルネアの存在には気付いていない様だ。だと言うのにも関わらず、シャルネアは向けられてもいない獣の意志に萎縮してしまっている。固唾を呑み、言葉を失っている。
 獣が、ゆっくりとその身を動かす。もぞもぞ。と、そんな擬音が聞こえてきそうな動きだが、実際にはズルズルと何かを引きずるかの様な音が聞こえただけだ。
 獣の眼が、ゆっくりと開かれ――その視線の先には、シャルネアがいた……
『人間か……』
 その顎を――口を動かす事なく、獣が言葉≠発した。否――発したとは言えない。その言葉≠ヘ、シャルネアの脳に直接語りかけたものなのだから。
「えっ? え?」
 何が起きているのか理解出来ず、シャルネアは狼狽するあまりキョロキョロと辺りを見回す。勿論、声を発する者は自分だけ。周囲に、自分と獣以外に生物は存在しない。
 つい一瞬前までは萎縮していたシャルネアだったが、脳内に響くその声≠フ優しさ――そして、開かれた獣の優しい瞳に、その強張った身体を完全にリラックスさせていた。
『それも、子供か』
 何を考えているのか、そんな言葉を呟き漏らした獣。心なしか、溜息を吐いた様にも思える。
「もしかして、あなたがしゃべっているの?」
『その通りだ』
 シャルネアの問いに対して、律儀に、しかし即答する獣。
 それでも一度消えた恐怖は戻る事なく、シャルネアは臆す事なく獣に対して言葉を向ける。
「すごい! ことばを話せる動物なんて、はじめて見た!」
『言葉を話しているわけではないのだが……』
「うぅん! ほんとにすごいよ! ねぇ、あなたの名前は?」
 獣の言葉を遮る様に、根拠も、理にも適っていない叫び声をあげるシャルネア。
 その後に続いた問いかけに対し、獣は困った様な表情を浮かべた。しかし、シャルネアはその変化に気付かず、獣の返事を待っている。
『――――』
「あ、そうか。ごめんなさい。先にじこしょうかいしないとだめだよね。わたしは、シャルネア。シャルネア=マーツ=ミリオム。お父さまやみんなは、わたしのことをシャルって呼ぶわ」
『ふぅ。僕の名前はシリウス。龍≠ニ呼ばれる存在さ』
 何かを諦めた様に、今までまとっていた堅い雰囲気とは違う口調で、獣――シリウスと名乗った龍≠ヘ応えた――


 それが、シャルネアとシリウスの初めての出会い。
 正に運命≠ニ呼ぶに相応しい、必然的な出会いだった……


3 :夕咲 紅 :2007/10/09(火) 21:55:37 ID:P3x7YnVL

第一章 旅のお供に龍の子一匹。

 木々の隙間から陽の光が差し込む森の中を、一人の少女が駆けている。
 腰程まで伸ばした金色の髪は陽光に反射しキラキラと輝いている。その髪が今は己の生み出す風で宙を舞っているかの様になびいている。息を荒げて走るその表情は、本来は愛らしいであろうその顔を多少は歪ませている。それでも尚、彼女から伺える気品は損なわれていない。少女の名はシャルネア=マーツ=ミリオム。獣森の王国と呼ばれる国、クーズベルクの王女と言うのが彼女の肩書きだ。
 今年14歳になったばかりのシャルネアの顔つきはまだ幼い。深い碧色の瞳からも、彼女の愛らしさを強調するだけで王族という威厳は感じられない。それでも彼女は間違いなくこの国の王女であり、本来ならば、国領内とは言え決して一人で森の中を駆け抜けていられる立場ではない。
 それでもシャルネアは走る。向かうその先に待つ、シリウスと言う名の龍≠フ元へ……


 ――シャルネアとシリウスが出会ってから、6年の月日が経った。
 最初の出会いから、何度も一人で城を抜け出してはシリウスに会いに行っていたシャルネアだったが、未だに龍≠ニいう存在については良くわかっていない。調べようにも、立場上表立ってそんな事は調べられない上に、龍≠フ存在自体今では希薄なモノなのだ。専門的に歴史や生物学を学んでいる者ならいざ知らず、王族としての勉学を学んできただけの少女が、ソレを調べようという事にそもそも無理があるのだ。
「おじいちゃんっ」
 霊邪の森の奥。シリウスの住処である洞窟へとやってきたシャルネアが、元気良く声を発した。本来なら洞窟の奥まで届く様な声ではないのだが、龍≠ナあるシリウスにはその声を聞き取る事が出来た。
 洞窟の奥からシリウスが向かって来ているらしく、初めは小さく聞こえてきた足音が、じょじょに大きなモノに変わってきた。
 ドシンッ。
 ドシンッ。
 と、そんな擬音がぴったりと合う様な足音。
 少しして、洞窟の入り口からシリウスが顔を――そしてその巨体を現した。シャルネアが初めてシリウスと会った時は、シリウスが寝そべっていた為にその巨体がどれ程のモノかわからなかったが、きちんと立ち上がっている今、その巨体がハッキリと伺える。体長は10メートル程だろうか。明るい所に出た事によって、その身が真っ白い毛並みに覆われている事がわかる。二足歩行種らしく、後足はその巨体を支えるに相応しい太い足をしている。前足は後足と比べるとかなり細く、長さもあまりない。そして、何よりも目立つのが、その巨体を空へと羽ばたかせる為にある翼。背に生えた翼は美しく、その巨体を浮かす浮力を生めるとは思えない。それでも、龍≠ヘ紛れもなく空を飛べる。その事実を、シャルネアは既にこの6年の間に理解している。
『シャル。良く来たね』
「うん。おじいちゃんに会いたかったから」
 初めはただの好奇心だった。しかし、何度かこの場所に訪れ、シリウスと話している内に、シャルネアの中で変化が起こった。もっとシリウスの事を知りたい。シリウスと話したい。そんな感情を抱く様になり、頻繁に足を運ぶ様になった。
 それからというもの、シャルネアの自由に過ごせる時間のほとんどが、シリウスとの会話へと変わった。
『それは嬉しいけど、あまり頻繁にここへ来てはいけない。と、前にも言ったろう?』
 長い間独り≠ナ過ごしてきたシリウスにとって、シャルネア≠ニいう少女は――会話を出来る相手というのは、心を潤す事の出来る存在となった。シリウスの紛れもない本心として、シャルネアの来訪を喜んでいる。しかしそれ以上に、シャルネアの身に危険が及ぶ事を危惧しているのだ。
 例え森そのものに危険がなくとも、城を一歩出れば、そこには何が待っているかわからないのだから。
「大丈夫っ」
 何の根拠もないハズのシャルネアの言葉。それでも、シリウスは何故かその言葉を信じてしまう。頭ではハッキリと否定しているはずなのに、気持ちが否定しない。だから、シリウスは溜息を吐く。気持ちのもやもやを吐き出す為に。
『そうだね。初めて会った頃の様な子供じゃないんだ。多少は危険も少ないのかもしれないね』
 そんな言葉で、理屈的に自分を納得させようとする。そのおかげか、シリウスはそれ以上追求する気にならなかった。
『それはそうと……いい加減、そのおじいちゃん≠チていうの、止めてくれないかな?』
「どうして?」
『どうしてって――僕はまだ、そんな歳じゃない』
「でも、おじいちゃんはもう100年以上生きているんでしょう? それなら、おじいちゃんは立派なおじいちゃんだと思うの」
『あのね、シャル。僕は龍≠セ。人間とは違う。確かに、僕は100年以上――正確には、246年生きてる。だけど、人間と龍≠ニじゃ成長のサイクルが違うんだよ。僕は、人間で言えばまだ24、5歳なんだ。おじいちゃんって歳じゃない。分かるだろう?』
「うーん……でも、やっぱり長生きは長生きだと思うんだけど……」
『僕がこんなにお願いしてるのに、シャルは聞いてくれないのかい?』
「そんなことないよ! わかった。おじいちゃんがそう言うなら、今度から気をつけてみる」
『うん。ありがとう、シャル。おいで』
「うんっ」
 シリウスの招きに応えて、シャルネアはシリウスに駆け寄った。
 自分の身の何倍もの大きさであるシリウスに、完全に抱き着く事は出来ない。だから、シャルネアはその太い足に抱き着いた。それでも小柄なシャルネアの身では、後ろ足を囲う事は出来ない。ただ、それだけでシャルネアは満足だった。ただ、シリウスと触れ合える事。それが、嬉しくて仕方ないのだ。
 満面の笑みを浮かべるシャルネアを見て、シリウスの表情も和らぐ。お互いが、お互いの心の支えになれる。そんな関係――
 何かに導かれる様に惹かれ合い、お互いがお互いを必要と思う。それは、ある意味恋人同士の様な関係。異なっているのは、互いの種≠サのもの。そして、お互いが想い合う感情が、愛や恋などではなく、信頼≠ニいう言葉で繋がれているという事。
 本来、人間≠ニは滅多に関わらない龍≠ェ、こうして人間と戯れている奇跡。そんな奇跡を、シャルネアとシリウスは何の疑いもなしに体現している。それが、さも当然の関係の様に。
「おじいちゃ――じゃなかった。えっと……」
『呼び捨てにしてくれて構わないよ』
 しばらくシリウスの後ろ足に抱きついていたシャルネアが、ふと顔を上げて漏らした言葉に、シリウスはそう応えた。シャルネアは笑顔で頷き、頭上高くにあるシリウスの眼と視線を合わせようと精一杯に顔を上げる。
「シリウス。また、シリウスの昔の話を聞かせてよ」
 初めは自分の話をしていたシャルネアだったが、ここ最近はやたらとシリウスの過去の話を聞く様になっていた。それは、単純にシリウスと話したかった最初の頃から、シリウス――しいては龍≠ニいう存在について知りたいという欲求に駆られる様になったからだ。
『別に構わないけど……何を話す?』
「うーん……シリウスの他にも、龍っているの?」
『ああ。もちろんさ。ただ、僕も他の龍がどこに住んでいるのかなんて知らないし、向こうも僕がここにいる事なんか知りもしないだろうけどね。基本的に、僕らは干渉しあわない風習なんだ』
 例外はあるけどね。と付け足し、特に意味を含まさず短く息を吐くシリウス。誰かの事を思い出したのだろうか、どこか遠い目をしている。
『後どれだけの龍が残っているのかはわからないけど――僕が知る限りは、僕を含めて5匹の龍がいるはずだよ。僕らは皮膚や毛の色で呼ばれていて、僕が白龍。そして黒龍、緑龍、青龍、赤龍がいるんだ』
「へぇ〜」
『もっとも、既に消滅してしまった龍もいるかもしれないし、僕の知らない龍がどこかにいるかもしれない。今挙げた龍にしたって、ただ存在している事を知っているだけで、直接干渉した事があるのなんて黒龍くらいだしね』
「……どうして、シリウス達はみんなで会ったりしないの? 風習って言ったって、皆同じ仲間でしょう?」
『仲間、ね……そういうわけじゃないんだよ。確かに、種としては同種かもしれない。だけど、僕らは決して仲間ではないんだよ。それぞれが固体として存在しているだけなんだ』
「さみしく、ないの?」
『……寂しくない。って事はないよ。少なくとも、僕はね。だからこそ、こうしてシャルと話せる事が嬉しくてたまらないんだから。だけど、他の龍がどう考えてるからはわからない。何せ、会った事もない奴ばかりだからね』
「それなら、今度会いに行ってみようよ!」
 まるで名案が浮かんだかの様な歓喜の表情を浮かべ、シャルネアは叫ぶ様に声をあげた。シリウスはそんなシャルネアを見て、小さく溜息を吐き、シャルネアを諭す様に言葉を紡ぐ。
『それは難しいな。さっきも言ったけど、どこにいるかなんて、知りもしないんだから』
「私が探してあげる! きっと、みんながさみしい思いをしてるはずだからっ。私が、みんなを会わせてあげる!」
 それは、ある意味決意表明。シリウスに確認する為ではなく、シャルネアがそうすると決めた、誓いの言葉。
「だから、楽しみに待っててね!」
 そんな言葉を、満面の笑顔でシリウスに向けるシャルネア。いつになるのかわからない――そもそも、果たされる可能性が限りなく低い約束。それでも、シリウスは頷いた。シャルネアを信じたかったからかもしれない。自身も、どこかでそれを望んでいたからかもしれない。何が自身を頷かせたのかはっきりとはわからぬままに。
『ああ。楽しみに待ってるよ』
 シリウスは、柔らかな笑みを浮かべながら応えた。


4 :夕咲 紅 :2007/10/14(日) 15:13:09 ID:P3x7YnV7

 自然に溢れ、周囲に森林を多く保有する国、獣森の王国『クーズベルク』。
 豊かな国で、大きな犯罪も起きない。そんなクーズベルクの人々は、それなりに幸せに暮らしている。
 日常的な生活が繰り返される中、クーズベルク城に忍び寄る不穏な影があった。
 全身を黒い装束に包まれた男が、眼前に聳える城を見据えている。
「…………」
 無言。男は何も口にする事がない。まるで、言葉を――声そのものを失くしてしまったかの様だ。
 男が周囲に視線を配ると、そこには同じ様に黒尽くめの男達が数十人もいた。
 いつの間にか、城を囲う様に男達が陣形を組んでいる。だが、今は何もしない。何の動きも見せず、ただ各々が城を見据えているだけ。
 それが何を意味しているのか、当人達以外には知る術はない。いや、見ればわかる人種もいる。男達が、ただそこに立っているわけではなく、魔術≠構成しているのだという事に……


「シャルネアは、また城を抜け出したのか……?」
 黒髪黒瞳の、威厳を漂わせた男――アラダブル=ミリオムが、眼前で片膝を着いている男に尋ねた。
「はっ。おそらくは……現在、念の為城内を探索中ですが」
 かしこまった様に、男はそう答えた。男の目の前にいるアラダブルこそ、この城の主――つまり、クーズベルクの王なのである。
 男の名はテルス=サランド。この国の近衛隊長である。
「城内はもういい。直ぐに城下を探させろ」
「かしこまりました。ですが……」
 アラダブルの命に応えるテルスだったが、言い難そうに言葉を続ける。
「ここ最近は、城下でも見つける事が出来ません。もしかしたら、町に出ているわけではないのかもしれません……」
「うむ……」
 眉をひそめながら、アラダブルは何かを考え込む。
「おそらく、またあの場所に行かれたのかと思いますが」
「やはり、そう思うか?」
 さも当然の事の様に、二人は会話を続ける。どうやら、心当たりがある様だ。
「全く。森には行くなとあれ程言い聞かせたのにな……仕方ない。テルス。向かってくれるか?」
「はっ」
 アラダブルの言葉に応え、テルスは謁見の間を出て行った。
 アラダブルが言った森――霊邪の森へと向かう為に。
「ふぅ……」
 謁見の間で一人になったアラダブルが、深く溜息を吐いた。
 国は平和だ。それ程大きな問題など抱えていない。犯罪が皆無なわけではなく、全く問題がないわけではないが、それでも深く頭を悩ませる程の事件はない。しかし――
「シャルネアのお転婆も、もう少し何とかならないものか……」
 それは、密かな王の悩み。早くに妃を亡くし、母の温もりを知らずに育ったシャルネア。代わりとなる者はいた。アラダブル自身も、シャルネアに対しては気を遣ってきたつもりだ。それなのに――
「子は、親の望む通りには育ってくれぬものだな」
 そんな呟きを漏らした後、アラダブルは立ち上がった。
 ゆっくりと踵を返し、謁見の間の奥にある扉を潜り――自身の部屋へと戻って行った。


(それにしても……シャルネア様は、なぜ森に行こうとするのだろうか)
 城の廊下を歩きながら、テルスはそんな事を考えていた。
 父親であるアラダブルから、耳にタコが出来る程「森へは行くな」と言われたにも関わらず、シャルネアは何度も森に足を運んでいる。それはシリウスに会いに行く為なのだが、それを知る者は城の中にはいない。テルスも例外ではなく、シャルネアが町ではなく、何もないはずの森に足を運ぶ理由を考えていた。しかし、その答えはいくら思考を巡らせても出て来ない。
 廊下を進むと、階段へと差し掛かる。緩やかにカーブを描く階下へと伸びる階段。それなりに急な螺旋を描く階上へ伸びる階段がある。この場所は廊下の突き当たりで、それぞれ1階と3階に繋がっている。テルスが先程までいた謁見の間が、城の2階にある事が伺える。
 テルスは階下へと伸びる階段へと歩を進め、ゆっくりと階段を降りる。
「テルス様!」
 途中、階下から部下が駆け寄ってきて、テルスは足を止めた。
「どうした?」
「やはり、城内にはいない様です」
 それは予想していた答えだった為、「そうか」と短く応えただけで、テルスは特に部下を叱責するつもりはなかった。しかし、仕事をこなせなかったと思ったのか、当の部下はどこか弱々しい態度だ。テルスは小さく溜息を吐くと、新たな命を下す為に口を開く。
「お前は一度皆を集めろ。一班には城下を、ニ班は通常通り城内の警備を続ける様に伝えろ。それからC班は森だ。私もこれから森に向かう。その後に続く様に伝えるんだ」
「は、はい! かしこまりました!」
 部下は緊張を隠せずに、しかしハッキリと応え、再び階下を走って行った。
 テルスの部下――つまり、クーズベルク近衛兵は15人いる。それぞれ5人ずつ班分けされており、一班・ニ班・三班と分かれている。ただ無作為に班分けされているわけではなく、そこにはテルスなりの考えがあるのだろう。
 先程の部下が他の部下達に声をかけ終えるまで、少しばかり時間がかかるだろうと踏んだテルスだったが、それを待つつもりはなかった。止めていた足を動かし始め、1階へと降りた足でそのまま城門へと向かう。廊下を歩くテルスの足音だけが、周囲に響いている。
 そこで、テルスは不自然さを覚えた。
(静か過ぎる)
 それが、テルスが抱いた感覚。
 普段なら、見張りの兵や侍女などの声が喧騒となって城内を包んでいるはず。だと言うのにも関わらず、それ程足音を立てずに歩いているはずの自分の足音が響いている事実。何か嫌な予感を覚え、テルスは軽く身構える。身構えながらも、歩は進める。周囲の気配を探りながら、ゆっくりと。
 城門を潜り、外に出た。広く、それなりに空気の循環がされているとは言え、室内は室内。そんな城内から外に出た為、軽く開放感を覚えながら、小さく呼吸を繰り返す。意識を研ぎ澄ませる様に、深呼吸をする。
(静か過ぎる)
 再び感じた感想。もっとざわついているのが当然のはずなのに、不自然な程静かな周囲。それを確かに感じているにも関わらず、テルスは辺りを見回しはしない。ただ、その場で足を止めただけだ。目を瞑り、更に意識を研ぎ澄ませる。
「…………」
 そして、気が付いた。カッと目を見開き、腰に吊るしている剣を引き抜いた。視線を左右に動かし、より自分に近い位置にある気配を探る。
 瞬時に右側の気配が動いた事を察し、その気配に向かって地を蹴った。
 城壁沿いにある草むらに飛び込んだ瞬間、ぐにゃりと景色が歪んだ。しかしそれは一瞬の事で、直ぐに元の景色に戻る。否――そここそが本来の景色。事実を歪められた偽りの景色から、本来の景色の中へと飛び込んだのだ。
 テルスの目に映ったのは、城壁を囲う様に集まった何十人もの黒尽くめの男達。何の為に、その集団がこの場所に集まっているのか……
「貴様等、何者だ?」
 一番近くにいた男に対し、テルスは低く問いを放った。しかし、男は応えない。それどころか、男達の誰しもがテルスに視線を向けもしない。ただ、何かの作業に没頭している様に見える。
「答えぬのなら、力付くで答えさせるまでだ」
 言葉を放った瞬間、テルスは再び地を蹴った。一番近くにいた男に向かって、剣を向けながら。が――
 突如剣先に熱が溜まり、瞬時に炎が上がった。テルスは身を止め、剣先を地面に突き刺し炎の進行を食い止める。勢いのついていた身を急に止めた為、地面を軽く抉ってしまったが、今はそんな事を気にしている余裕はない。テルスは瞬時にそう判断し、一歩、もう一歩だけ下がり、態勢を立て直した。
(こいつら、何者なんだ? 妙な術を使う様だが……)
 魔術について何の知識もないテルスには、男達の周囲に魔術が構成されている事に気付けない。しかし、そこに何かが存在している事だけはハッキリと知覚出来た。だからこそ、無闇に飛び込むような真似を、二度は出来ない。
 地面に突き刺したままだった剣を抜き、再度構える。今も、男達に動きはない。隙だらけのはずの相手に、手を出せないもどかしさ。そんなものを感じながら、テルスはゴクリと唾を飲み込んだ。ただその視線の先に、謎の集団を見据えながら。
 数瞬の間を置いて、男達がいっせいに両腕を上げ、城壁へと向けた。大勢の人間が同時に同じ動きをする――そんな異様な光景を目の当たりにし、テルスは息を飲み込んだ。思わず、剣を握る手に力がこもる。
 城壁に向けられた男達の手が、淡く光りを放ち始める。男達の構成する魔術が、第2段階へと移行したのだ。これだけの人数で、一つの魔術を完成させようとしている。この魔術が、いかに大掛かりなモノなのかが伺える。
『集いし魂達よ』
 今まで沈黙も守っていた男達の一人が、不意に口を開いた。
 否――
 男達全員が、同時に口を開いたのだ。まるで、一人の人間が口を開いたかの如く、寸分のズレもなく。
『集いし魂達よ。我らの声に応え賜え――彼の地はそなたの世界也。そなたは燃やす者。そなたの世界は、炎の世界――火炎地獄(フレイム・ワールド)
 刹那、世界≠ェざわついた。城壁から爆発が起こり、それどころか城内からも火の手が上がる。
 先程までの静けさが嘘だったかの様に、城内から悲鳴が響き渡る。テルスがその悲鳴に気を取られた一瞬で、男達は一斉に散った。男達が向かう先は、城内……
「待て!」
 テルスが後を追おうとした目の前に、男の一人が立ちはだかった。テルスがそう認識した瞬間には、背後から別の男が襲いかかってきていた。
 寸での所でその襲撃に気が付いたテルスは、何とかその攻撃をかわす。
「…………」
「…………」
 相変わらずの無言で、男二人がテルスと対峙している。
 侵入者が現れた以上、援軍は期待出来ない。相手が二人である事をせめてもの救いとし、テルスは軽く舌打ちしながらも剣を構えなおした。
 相手は理解の範疇を超えた術を用いる。それが二人……
 眼前で大した構えも取らずに佇む二人の男を見据えながら、テルスはどうやって敵を打ち倒すかを思案する。しかし、思考を巡らせる時間を与えてくれる程、相手は甘くはなかった。男の一人が、アサシンナイフと呼ばれる短刀を振るい、テルスへと襲いかかってきたのだ。テルスは半歩後ろに下がりながら、剣でナイフを弾く。ナイフを弾かれた男が右に跳んだと思った瞬間には、その先にいたはずのもう一人の男がテルスの眼前にまで迫ってきていた。その男の手にも、アサシンナイフが握られている。
「――っ――」
 声にならない叫びをあげながら、テルスは無理矢理更に後方に跳ぶ。
 ナイフの軌道は空を切ったものの、それだけでは安心は出来ない。先に横に跳んだ男が、再びテルスに迫っていた。それを予測していたテルスは、左腕の篭手でナイフの攻撃を防いだ。そのまま押し返し、男のバランスを崩す。と同時に、剣を突きつけようとする。が――
 その隙を拭う様に、もう一人の男がナイフで突きを放ってきた。追い討ちを諦め、テルスは再び後ろに跳んだ。
 二人交互の攻勢。隙を隙としない、絶妙なコンビネーション。統率の取れた、完璧な動き――
(まるで人形だな)
 そんな感想を抱きながらも、隙を作らぬ様に構えを崩さない。
 男達も、テルスが一筋縄ではいかない相手と認識したのか、一度動きを止める。お互いがお互いの動きを牽制し合いながら、隙を伺う。空気が緊張し、まるでその空間だけ時間が止まってしまったかの様な錯覚さえ覚える。しかし、それも一瞬の事だった。テルスが身体を後ろに傾かせた瞬間、男達が左右に同時に跳躍した。テルスにとって同時攻撃は予想外の事だったが、わざと作った隙に食いついてきた事自体は、予想通りの結果だった。後ろに傾けかけた身体を瞬時に元に戻し、そのまま右側から攻め来る男に向かって跳んだ。同時攻撃は、むしろ好都合。そんな表情を浮かべ、テルスは男の脇腹を切り裂いた。暗殺者めいた格好の男達は軽装だ。防具と呼べる様な物は殆どなかった為、一撃で致命傷を与えるのはテルスにとって容易な事だった。
 男の脇腹からは鮮血が流れ出ている。男が片手を当てているが、その隙間から零れ落ちていく。このまま放置すれば、出血多量で間違いなく死に至る。テルスは脇腹を押さえうずくまる男から視線を外し、反対に跳んだ男にその視線を向ける。
「!?」
 驚きで男が足を止めたと思っていたテルスは、男が眼前にまで迫ってきていた事実に驚きを隠せなかった。仲間がやられたというのにも関わらず、何の感情も抱いていない。そんな男に恐怖と怒りを覚え、テルスは力任せに男のナイフを弾く。振り払った直後に、剣を袈裟斬りに振り下ろした。何とか勢いを殺し、後方に跳んでかわそうとしたらしく、テルスの一撃は深く入らず、男の肩口から胸を浅く傷付けただけだった。しかし、テルスはそのまま間を置かずに第二撃を放つ。今度は横薙ぎに、男の胴を切り裂いた。その追撃の早さに、男は回避行動を取る事が出来ず、骨の一歩手前まで肉が切り裂かれた。先の男よりも、明らかに重傷と呼べる傷。どちらも、もう助からないだろう。
 テルスは肩で息をしながらも、その荒くなった呼吸を整える。もう男達が立ち上がる気配がない事を確認し、侵入者達を排除するべく城内へと向かった……


5 :夕咲 紅 :2007/10/27(土) 02:02:24 ID:PmQHsJzD

「それで、龍の血は手に入りそうなのか?」
 漆黒の闇に包まれた部屋――互いの顔はおろか、その距離や位置すらも判別の効かない部屋の中で、やや高めだが男のものらしき声が響いた。
「まだ何とも……しかし、おそらくは城のどこかに封印されているのではないかと踏んでおります故、下手に結界を探すよりも城ごと破壊してしまえと命じてあります」
 それに答えたのは、やや野太い、おそらくは歳の頃が初老と思しき年代の男の声。
「……国ごと滅ぼすつもりか?」
「心をお痛めですかな?」
「いや。目的の為ならば手段は選ばない。それに、そんなことで心を痛めるのも今更というものだ」
「左様でございますか。では、結果が出次第ご報告に参ります」
「ああ。頼んだぞ」
「御意に」
 二人の男の会話は、その言葉を最後にプツリと途切れ、その部屋にはただ静寂だけが残った……


 シリウスの住処――洞窟前で、暖かい日差しに包まれ、シャルネアはいつの間にか眠ってしまっていた。シリウスは自身の身体に身を委ねているシャルネアを起こさぬ様に、じっとその身を止めている。格好から言えば、シリウスも眠りに着く時の様に寝そべっているのだから、それ程辛い態勢というわけでもない。この時、この場の空気は紛れもなく平和で暖かなモノだった。
 しかし……
『!?』
 異変を感じ取ったシリウスが、シャルネアが起きてしまう事も厭わずにその上半身を起こした。シャルネアはシリウスの動きに気付き、ゆっくりと瞼を開いた。
「どうしたの?」
『……城に、何かあったみたいだ』
「え?」
 シリウスが何を言っているのか、シャルネアは理解出来ていなかった。ただ、首を傾げる事しか出来ずにいる。
 シリウスが感じたモノ。それは、確かに魔術≠ェ発現した時に起こる波動に違いなかった。それも、大掛かりなモノの。ただ、シリウスの知り得る魔術≠フ構成とは異なる波動だった為、それが何を成しているのかはわからなかったが。
『城が危ないかもしれない』
「どういうこと?」
『きっと、何者かに攻め込まれている。だから……』
 その先に続く言葉を、シリウスは紡がない。シャルネアならどうするかわかりきっているからこそ、シャルネアの言葉を待つ。
「行こう!」
 着いてきてくれるよね?
 そんな視線を向けられ、シリウスは正直迷った。本来、人間という種と関わりを持つべきではないと考えていたのだから、それは仕方のない事なのかもしれない。それでも、シリウスはしっかりと頷いた。シャルネアの為に。ただ、そう心に誓って。
『さあ、おいで』
 シャルネアをその背に、腕を器用に使って乗せる。
『しっかりつかまっているんだよ』
「うんっ!」
 シャルネアの声に応える様に、シリウスはその翼を羽ばたかせ――
 大空へと、飛翔した。
 向かう先は、クーズベルク城。シャルネアを振り落とさない様に細心の注意を払いながら、シリウスは飛んだ。
 シリウスの住処からクーズベルク城までは、それ程の距離があるわけではない。勿論歩けばそれなりに時間はかかるが、何の障害もなく、真っ直ぐに空を飛べば、それこそものの数分で着く。だからこそ、城の様子を見たシリウスは信じられなかった。眼下に映ったクーズベルク城の惨状が、数瞬もかからぬ内にもたらされた事が。
「シリウス……」
『尋常じゃないね……』
 外壁は至る所が剥がれ落ち、城の中が伺える。その隙間から、人の倒れている姿も見える。おそらく、壁が残ったその中にも、同じ様に人が倒れているのだろう。生きているのか、死んでいるのか――それは、シリウスやシャルネアの位置からは確認出来ない。
 炎が上がっている場所もある。その火の手を沈火させようと翻弄する者の姿も見える。まだ、全ての人間が死したわけではない。それがわかっただけでも安堵し、シャルネアはホッと胸を撫で下ろした。
 シリウスは降りれる場所を探すが、辺りにちょうど良い場所はない。そもそも城の外に降りた所で意味はないのだ。それでは、シャルネアを一人にする事になる。とは言え、城に降りられるわけもなく――
『どうやら、降りれない事もなかったみたいだね』
「え?」
『急いだ方が良さそうだ。説明は後。行くよ』
 そう言って、シリウスはその身体を傾けた。城のほぼ中央。そう――天井の崩れた、謁見の間へと向かって……


「貴様……何者だ?」
 突然の爆発音。そして、窓から見える炎と黒煙。何が起こったのかはわからない。しかし、何かが起こった事だけは確信し、アラダブルは謁見の間へと戻ってきた。それと同時に、謁見の間の扉が開かれ――
 漆黒のローブを纏った、全身黒尽くめの一人の男がアラダブルの前へと現れた。男は何も言わず、視線さえ向けては来ない。覆面をしている為、表情までは伺えない。それでも、純粋な殺意だけは剥き出しでいる――
 そんな男に向けた言葉。それが、今のアラダブルの言葉だ。
「龍は、何処にいる?」
「龍、だと?」
 男の発した言葉に、アラダブルは眉をひそめる。龍という存在を知らぬわけではない。クーズベルクの伝承の多くには、龍が出てくる。しかし、龍という存在が現存するなど、アラダブルは聞いた事もなかった。
「言わぬのなら、殺す」
「……知らん。一体、何が目的だ?」
「二度は言わぬ。死ね」
 アラダブルの問いなど一切聞く耳を持たず、しかし男は未だに視線を向けはしない。それどころか、動こうともしない。ただ、視線だけは動く。アラダブルに向けてではなく、その上――天井へと。
 刹那、天井で炎が踊る。一部を溶かし、消失させながらも、それでも確実に瓦礫を残す形で――天井が、崩れた。
 アラダブルは直ぐに天井の異変に気付き、崩れ落ちて来る瓦礫を避ける。後方には避けるスペースがなかった為、前方へと。
 だが、それは精一杯の行為。それ以上、アラダブルに周囲を伺う余裕などなかった。男がアラダブルへと跳躍し、腰に差していたアサシンナイフを抜く。何とか瓦礫を避け、膝をついているアラダブル。男の接近には気付いたものの、それを避ける事など出来るハズもなく――
 男のナイフが、アラダブルの心臓に突き刺さった。ブスゥッ。と、嫌な音が聞こえた。アラダブルはその音を聞きつつも、何が起こったのか瞬時には理解出来ずにいた。
 男がナイフを突き出した瞬間、下降してきたシリウスが、謁見の間へとその足を着けていた。男はその存在に気が付いていたが、勿論その手を止めるはずもなかった。だから、シャルネアは見てしまった。背後からとは言え、何が起こったのかは理解出来た。自分の父に迫るナイフを持った男。そして、それをただ見つめるしか出来ない父と自分――
「お父さまーーーーーーー!」
 絶叫。シャルネアは、ただ叫ぶ事しか出来なかった。シリウスの背から降ろしてもらったシャルネアは、床に倒れ込んだ父の元へ駆け寄ろうとした。
『シャル。待って!』
 しかし、それはシリウスによって制された。その制止を振り払いたい気持ちで一杯になりつつも、シャルネアはシリウスの言葉だから。と、何とか足を止めた。
 倒れたアラダブルの直ぐ前には、黒尽くめの男が一人。その男はアラダブルを刺した張本人で、そんな男に近寄ろうものなら何をされるかわかったものではない。少なくとも、何も抵抗する術を持たないシャルネアが近付くのは危険過ぎるのだ。
「お父様……」
 抱き寄せる事も、ましてや近寄る事さえ出来ず……
 シャルネアは、父が死に逝く姿を遠目に見る事しか出来なかった。ただ、涙が流れる。哀しみ。喪失感。全てが織り交ざり一つの感情となって――
 シャルネアは、ただ涙を流す……
『お前……一体何をしたのか、わかっているのか?』
 睨む様に、男に問うシリウス。シャルネアを哀しませた。ただその事実が、シリウスの怒りとなる。
「…………」
 男は黙ったままシリウスを見据える。巨大な獣を目の当たりにしても、全く怖気づく事なく。まるで、シリウスが現れるのを待っていたかの様に……
 シリウスの問いに答えるはずもなく、男は瞬時に跳躍した。その先は、勿論シリウス。
 スゥゥゥッ。
 白銀の一線が、シリウスを襲った。
 たかが人間の持つ武器。そうたかをくくっていたシリウスの腕に、傷が入った。
『!?』
 本来、龍は人間の扱う武器程度では傷を負わない。それは龍の皮膚が特殊なものであり、又普段から自分の身を守る魔力を纏っているからだ。しかし、今シリウスは傷を負った。それは、生まれて初めて受けた傷。
『一体、何を……』
 驚愕しつつも、男の様子を探るシリウス。
 そんなシリウスの様子など意に介した様子もなく、男は再びその刃を振るった。だが、シリウスはその巨体を器用に動かしそれをかわす。
『何だかわからないけど、何度も当たるつもりはない』
「…………」
 男は黙ったまま、シリウスに傷を負わせた刃を掲げる。それは、白銀の刃……
『!』
 ふと、シリウスの頭に何かが浮かんだ。それは、龍≠殺す為の武器の存在。この世に三種存在する<龍殺し>の一つが、白銀を使って作られた刃だという事……
『<龍殺の刃>……』
 シリウスの言葉に、男が、冷笑した。いや、シリウスの目に、そう映っただけかもしれない。
 シリウスには間違いなく動揺が走り、隙を生んだ。男はその隙を見逃さず、追撃をかける。
 スゥゥゥッ。
『ぐっ……』
 その一線は右前足をかすめ、シリウスは呻いた。だが、それだけでは終わらない。男は更に追撃をかけてくる。
「シリウスーーー!」
 シャルネアが絶叫する。
 だが、その思いも空しく、男の一撃はシリウスの右前足を完全に捉えていた。
『っ』
 シリウスは声にならない呻きをあげるが、男はそれでも止まらない。
 何とか致命傷だけは負わない様にと、シリウスは懸命に男の攻撃から逃れようとするが、足に傷を負った今、それも上手くいくはずもなかった。じょじょに傷は増え、動く事すらままならなくなってきた。その時……
 シャルネアが、再度絶叫した。その叫びは声にはなっておらず、不気味な静寂が謁見の間を支配する。
 男の刃が、シリウスの心臓を貫いていた。
 シリウスはその巨体をどさりと倒し、床に伏せってしまう。
「しり、うす……?」
 ゆっくりとシリウスに近寄り、シャルネアは呟く。
「シリウスーーーー!」
 今度は、しっかりと声に出し叫ぶ。そんなシャルネアに、男が一歩ずつ近寄る。
「…………」
 男は、刃を振り上げ――
 そして、そっと降ろした。
 男の視線の先には、泣きじゃくるシャルネアの姿が映っている。その姿は、本当にただの子供の様で……ひとかけらも、王女である事を感じさせない。
 男は踵を返し、静かに歩み始めた。今シャルネアの頭の中に、この男の存在はない。相手を憎む事よりも、失った事の悲しみが先行しているのだ。
 やがて男は消え失せ、その場にはシャルネアだけが残された。
 父親と親友を、一度に失った少女がどうなってしまうのか、それを見届ける者さえ、今この場にはいない。
「シリウス……」
 ただただ、少女の嗚咽と呻き声が、その場に四散するだけだった……


6 :夕咲 紅 :2007/10/30(火) 16:52:03 ID:PmQHsJzH

 謁見の間にテルスが駆けつけたのは、国王アラダブルとシリウスが命を失ってから、十分程経ってからだった。その間、シャルネアはずっとその場にしゃがみ込んでいた。泣きじゃくりながら、しかし、何か重大な事を考えながら。
「シャルネア様!」
 謁見の間へ駆け入ったテルスの視界には、うずくまるシャルネアの姿と、横たわる国王の姿が入った。テルスはその名を叫び、床にうずくまっているシャルネアに駆け寄る。
「シャルネア様……」
「……て、るす……?」
 消えてなくなりそうなか細い声で、シャルネアは顔を上げた。
「はい」
「お父様が……シリウスが……!」
 一度は止まりかけていた涙を、再び溢れさせながら、シャルネアがぼやく。
「……国王――アラダブル様は、亡くなられたのですね?」
 謁見の間へ入ったと同時に視界に入った、床に倒れたアラダブルの身体。テルスは、それが死体だと瞬時に理解していた。それでも、その場にいる者に確認を取る必要がある。実の父親を失ったばかりの少女に、その父親の死を確認する――何と酷な事なのだろう。そう思うが、テルスは自分を戒めながらでも、必要な事はする人間なのだ。
「…………」
 シャルネアは直ぐには答えなかったが、やがて黙ったまま頷いた。
「それと、シリウスと言いましたが……誰です?」
 そう聞かれたシャルネアは、ゆっくりと、震えながらも、シリウスを指差した。その先には、巨大な身体を持つ龍が横たわっている。
「あっ、アレは……」
 テルスは絶句した。龍が、目の前にいるのだ。しかし、シャルネアの言葉から察するに、既に事切れているのだろうが……
 テルスはそんな事を考えながら、シリウスに近付く。この国では龍≠ェただの伝説ではないと言っても、やはり身近なものではない。
(もしや……)
 そこで、テルスはある事に気が付いた。シャルネアが、森に足を運んでいた理由――
(あの龍に、会いに行っていたのか?)
 今となってはもうどうでもいい事だとは思ったが、テルスは何故か詮索する事にした。
「シャルネア様。霊邪の森に行っていたのは、あの龍に――」
 途中で言葉を止めたが、シャルネアはテルスの言わんとする事を察したのだろう。黙って頷いた後、ゆっくりと立ち上がった。
「シャルネア様……」
 足取りのおぼつかないシャルネアの様子を見て、テルスが言う。
「早く脱出して下さい。敵は退いた様ですが、ここもいつ崩れるか分かりません」
「……まだ、もう少し……」
「なりません。貴女は、この国を支えていかなければならない人間なのですよ」
「…………」
 そう言われたシャルネアは、がらっと雰囲気を変えて言う。
「テルスは、父の遺体を運んで下さい。あと、城の中に人が残っていないかどうか確かめて下さい。たぶん、避難してくれているとは思いますけど……」
 そう言ったシャルネアの顔は、まさしく国を治める者の顔だった。シリウスと話していた時の幼さもなく、その年代特有の雰囲気さえ、最早残ってはいない。これが、本当に14歳の少女なのだろうか。
 そんなシャルネアを見て、テルスは驚きを隠せずにいた。無理もないだろう。あのシャルネアが、こんな物言いをするのだから。
「お願いします」
 そう言うと、シャルネアはゆっくりとシリウスの元へと歩き出した。
 暗黙の了解とでも言うべきか、テルスはそれ以上何も言う事が出来ずに、黙ってシャルネアの言葉に従った……
「シリウス……」
 誰もいなくなった謁見の間で、シリウスに抱きつきながらシャルネアは呟いた。
『シャル……』
 シャルネアは、シリウスがそう応えてくれた様な気がした。
 否。それは気のせいなんかじゃなくて、確かな応え。
『シャル――心配しなくていい。僕達の種族には、死≠ニいう概念がない。肉体の死が訪れても、また一から始まるだけなんだよ』
 そんな声が聞こえてかと思うと、シリウスの身体が眩いばかりの光に包まれた。
「シリウス!」
『始まった……これが、再生――龍≠フ、生まれる瞬間……』
 そう聞こえると、シリウスの言葉が聞こえるという感覚は薄れ、ソレを目の当たりにした。龍≠ェ、誕生する瞬間を……


「それじゃあ、行ってきますっ」
 先頭に立つテルス。そして、この国を想う人々……
 彼らに笑顔でそう言い、シャルネアは踵を返そうとする。
「シャルネア様……本当に、行くのですね?」
 シャルネアは動きを止め、テルスと向き合う。
「うん。お城の修復とか、国の事とか任せっきりになっちゃうけど……」
「構いません。貴女が戻って来られるまでに、必ずこの国を復興させておきます。せめて、形の上だけでも……」
 もう説得は諦めたのだろう。テルスは、そう言って微笑んだ。
「うんっ。それじゃあ行こう、シリウス」
 シャルネアの呼びかけに応え、一匹の獣が嬉しそうにシャルネアの頭の上に乗る。
「重いよ?」
 ちょっとだけ嫌そうに、しかし本気で嫌がってる様子ではないシャルネア。
 シャルネアの頭に乗った獣小さな獣が、一鳴きあげた。それを見たシャルネアは微笑み、そして歩き出した。


 今、一人の少女と、一匹の小さな龍の旅が始まろうとしていた。
 
 今、一人の少女が、己の運命を見出し、その道を歩み出そうとしていた。
 
 少女の名前は、シャルネア=マーツ=ミリオム。ある国の王女である。

 その国の名を、獣森の王国『クーズベルク』と言った。
 
 シャルネアは、一匹の子龍と旅に出る。

 王女シャルネアと、龍――シリウスの、自国救済の為の旅が。

 そう。物語は、今始まったのだ……


7 :夕咲 紅 :2007/11/10(土) 08:36:06 ID:PmQHsJzi

第二章 エルフの国の王女様。

 チュンチュンチュンチュン。
「ねえ、ディザード」
 小鳥達の囀りを聞きながら、その少女は呟いた。
「エルフって、どんな人達なのかな? 楽しみだね?」
 深々と木々が生い茂る森の中を歩く少女の足が、この先に待つものを待ちきれない。とでも言うかの様に早まる。
『人間の約十倍の寿命と成長速度。極めて高い魔力を誇り、排他的な種族。比較的人間よりも整った容姿をしている種でにある。そんな所か』
「へー、そうなんだ。なら、余計に受け入れてはくれなさそうだね……」
 どこか翳りを帯びた表情と声音で、少女はそんな言葉を漏らした。
 カサカサカサカサ。
 小動物達が、自分達の縄張りを示す様に、他者――少女への威嚇を行う。しかし……
 所詮は小さな命。彼らでは、そこを通る者の注意を惹く事すら出来なかった。
 絶対生存者――そう呼ばれる少女が、ここにいた……


 ザアァァァァァァッ。
 その日、この森には雨が降っていた。その事事態には意味がない。例え雨が降っていようとなかろうと、彼女はこの道を通る必要があるのだから。
 エルフの国イーストハーブ。世界に点在するエルフの集落や里の中で、唯一国のカタチを取る場所。その国へ行く為に、少女はこの森を歩いている。
 自国救済。その目的を果たす為、彼女は例え困難な道であっても進む必要があるのだ。
 少女の名は、シャルネア=マーツ=ミリオム。獣森の王国・クーズベルクの王女にして、その後継者である。
 事実上、シャルネアはいつでも王位を継ぐ事が出来る状況にある。しかしそれをしないのは、自分なりにやらなければならない事を見出したからだ。
 それは、王と城を失い、崩壊へと傾いてしまった自国を救済する事。その為に、他国へ援助を頼みに出ているのだ。
 ザアァァァァァァァァァッ。
「雨、止まないね」
 自国にいた時の様なドレス姿ではなく、それなりに機能性を重視した服――とは言っても、それでも十分に高価な生地を使った旅衣装に身を包んでいるシャルネア。深々と草木の生い茂る森の中を歩いている為、傘を使えずに歩いている。そのせいで、小さな背に背負った旅布(りょふ)と呼ばれる旅人がよく使う布製の袋も、そしてシャルネア自身も雨に濡れてしまっている。とは言っても、豪雨という程の雨でもなく、草木がある程度は雨を防いでくれている。その為、歩けなくなる程にびしょ濡れになっているわけでもない。
 そんな中、自分の後をトコトコと着いて来る小さな獣に、シャルネアはそう語りかけた。
 その獣は、本来真っ白な毛並みを持っている。しかし、泥濘の中を歩くうちに、その白い毛並みは見る影もなく汚れてしまっていた。
 背には小さな翼を生やし、人語を理解する伝説の獣……
 龍
 それが、この小さな獣の正体である。とは言っても、この龍は誕生したばかりで、まだほんの赤ん坊。しかし、それでも既に人間の子供並の知能は得ている。
「ピキィィィッ」
 シャルネアの言葉に、元気良く応える龍。
「はぁ……シリウスは、雨好きなのかな?」
 シリウス。それが、この龍の名前である。
 呆れた様に、多少なりに雨を吸って重たくなった服の端を絞りながら呟いた。しかし、シリウスは首を傾げただけだ。
 再び歩き出したシャルネアだが、先程絞ったばかりの服は、既に水を一杯に吸っていた。
(早く着かないかな……)
 広大な森の中央に位置する国であるイーストハーブに行くには、必ずこの実りの森を通らなければならない。エルフの国だからなのか、この森には道がない。下手をすれば人間では迷いかねない様な森である。
 そもそも、エルフは人間の事を良く思ってはいない。自然に近い存在であるエルフは、自然を壊す代表とも言える人間を嫌う傾向にあるのだ。それでもシャルネアがイーストハーブに向かうのは、イーストハーブがクーズベルクから最も近い隣国であるからだ。それに何より、森はシャルネアにとって、居心地の良い場所だから……
 シャルネアは歩く。自分の方向感覚がおかしくない事を祈りながら、エルフの住む国へと向かって……


「ミスティン様っ、いい加減にして下さいっ!」
 エルフの国の城に仕えるメイドの一人が、自分の仕えるべき相手の一人――目の前にいる少女に向かってそう叫んだ。
「いいじゃないデスカ? アイは楽しいデスヨ?」
 足元まで伸びた長い金髪に、黒いマントを羽織った少女――それが、ミスティンと呼ばれた少女だ。
 髪は先で結ばれているものの、振り回せばそれは凶器にすらなりそうな――いや、地面に擦れてしまいそうな程である。それでも少女は、その髪を切ろうとはしない。それどころか、邪魔に感じた事すらないと言う。
「スウィーダは、楽しくないデスカ?」
 哀しそうに、俯きそう呟くミスティン。
「え? あ、あの……」
 思わぬミスティンの反応に、スウィーダと呼ばれたメイドは困惑してしまう。
 自分は、城内の廊下を走り回り、尚且つすれ違う者全員に悪戯をしかけて回るミスティンを注意しただけなのに。と――
 それでも、
(いつもなら、もっとじゃれてくるのに……)
 そんな事を考えたところで、現状は変わらない。
 ちなみにアイ≠ニいうのは、ミスティンが自分の事を差す時に使う言葉である。あくまでのミスティンの一人称であって、エルフの言葉ではない。もっとも、なぜミスティンがそんな一人称を使うのかは不明だが……
「ごめんデス……アイは、自分の部屋に戻るデスヨ」
 そう言って、ミスティンがとぼとぼと歩いて行く。
「あっ……」
 スウィーダは、去って行くミスティンに何も言う事が出来なかった。
 困惑していたせいもあった。しかし、ミスティンとの間に、何らかの壁がある様な気がしたのだ。だから、何も言えなかった。
「ミスティン様……」
 その場には、スウィーダの呟きだけが取り残されていた……


「それじゃあ、シャルネア様の事は任せたぞ」
 所変わって、クーズベルク城下の入り口。目の前で敬礼の姿勢のまま立っている青年に向かって、近衛隊長であるテルス=サランドはそう言った。
「はい」
 新米近衛騎士である青年――ファイ=ルークは、相も変わらずビシッとした姿勢のまま答えた。
「シャルネア様は、隣国であるイーストハーブに向かわれた。おそらく、向こうで合流は出来るだろう」
「そうですね」
「イーストハーブのある実りの森は、エルフ達の結界によって守られている。危険はないはずだ。急ぎシャルネア様に追いつき、イーストハーブ以降に降りかかる出あろう危険からお守りするのだ」
「はい! ファイ=ルーク、この命に代えてもシャルネア様をお守りします!」
 再度姿勢を直し、しっかりと敬礼をするファイ。テルスの「行け」という言葉に応え、踵を返す。ファイもまた、こうしてイーストハーブへと向かった。
 シャルネアがクーズベルクを発った、翌朝の出来事だった……


8 :夕咲 紅 :2007/11/21(水) 13:32:45 ID:P3x7YnV7

(つまらないデス……)
 スウィーダと別れたミスティンは、自分の部屋に戻る事なく城内をうろついていた。
 スウィーダの事が好きで、一緒に遊んでいられるだけで楽しい。そう思っていたのに、スウィーダはそうではなかった。それが哀しくて、ミスティンは気が沈んでいた。
 ただ構って欲しくて、ただ無邪気に相手にじゃれつく行為。それが、許されぬと言うのなら、年端も行かぬミスティンは、誰に甘えれば良いと言うのだろうか。
 父親は職務に追われ、多くのメイド達はミスティンと対等であろうなどとは端から思ってはいない。既に王位を退いた祖父と、ミスティン付きにして教育係でもあるスウィーダだけは、王女という立場の者を相手にしるのではなく、ミスティンという人物を相手にしてくれる。それがわかっているからこそ、ミスティンはスウィーダに甘えていたのだ。それなのに――
(スウィーダは、アイのことキライなのかもしれないデス……)
 ふと、そんな風に考えるミスティン。一度浮かんでしまった思考が直ぐに消せるはずもなく、ミスティンはますます落ち込んでしまう。
「やっぱり、部屋に戻るデス」
 ただ闇雲に歩いていたって何かが解決するわけもなく、ミスティンはそんな呟きを漏らし、自分の部屋へと向かった。一晩寝て、起きれば――いつか感じていた、幸せな日常が戻ってくると。どこかでそう、信じて……
 寝るにはまだ早い。それでも――
 ミスティンは部屋に着くなり、そのまま眠りに着いた……


「ここが、新緑の王国・イーストハーブ……」
 クーズベルクを発ってから二日目の朝。ようやく目的地に到着し、シャルネアは感慨に耽っていた。
「ピィィッ」
 それに応じる様に、シリウスが一鳴きあげる。
 夜が明ける前に雨は上がっていたが、シャルネアもシリウスもびしょびしょに濡れている。
「宿、空いてるかな……?」
 どこか論点のずれた心配をするシャルネア。しかし、宿に着く前に正しい反応があった。
「人間だ……」
「人間だぞ」
「人間が来た……」
 小声ではあるものの、その囁きは十分シャルネアの耳に届いていた。
(そう言えば、エルフって人間嫌いなんだっけ……)
 そんな事を、冷静に思う。
 しかし、ここはマシな方だ。人間の文化を受け入れ、人間そのものを否定する事を止めたエルフ達によって作られたのがこのイーストハーブだからだ。未だに人間を否定し続けているエルフ達は、ごく少数で隠れ里などに住んでいる。人間との接触そのものを断ち続けているのだ。
 しかし……やはりこの国でも、エルフにとって人間はあまり良い対象ではない様だ。
「あの……」
 シャルネアが、見物人として集まってきた青年の一人に声をかけた。すると、
「!」
 刹那、その青年は警戒して一歩後ずさった。
「……あの、そんなに堅くならなくても……」
 自分は、そんなに嫌われているのだろうか……そんな事を、つい考えてしまう。
「宿は、どこにありますか?」
 続けて、本題に入る。だが、返事はない。
「?」
 不思議に思い、青年の顔を覗き込んでみると、なぜか青年は失神していた。
 答えは簡単。シリウスが噛み付いたのだ。
 幼いとは言え、シリウスは龍。その龍に噛み付かれれば、その痛みはそれなりのもの。それに加えて龍に噛まれたという精神的なショックを受けたせいだろう。
 なぜシリウスが青年を噛んだかと言えば……それは、シャルネアに不安を抱かせた事を察したから。というわけではなく、ただ単に、何となく。である。あえて理由をつけるのならば、エルフという種に興味を覚えたのだろう。
「シリウスぅ?」
 シリウスの行動を察したシャルネアが、睨む様にシリウスを見据える。
「ピキィィ?」
 しかし、シリウスは全く理解していない。子供故の純心な行動。それが、今の行為なのだろう。
「…………」
「…………」
 今度はいっせいに黙るエルフ達。シャルネアは疑問に思い、辺りを見回す。しかし、誰一人として黙ったまま何も言わない。いや、呆然としている。と言った方が正しいだろう。
「守神だ……」
 誰かが、そう呟いた。
「龍だ……」
 他の誰かが、そう呟いた。どうやら、シリウスを見て驚いたらしい。
(守神って何だろう?)
 そう考えるが、聞いたわけでもなく、答えは返ってこない。もっとも、聞いたところで、おそらく返答はなかっただろうが……
「人間と龍が、一緒にいるなんて……」
「そんなバカな……」
「一体どうなってるんだ……」
 次々と、驚嘆の声が聞こえてくる。
「あっ!」
 その時、誰かがそんな声をあげた。その場にいた全員が、声のした方へ目を向ける。
 そこには、地面に着きそうな程伸びた金髪に、黒いマント。そんな格好の、小さな少女が一人、立っていた……


 ――時は少し遡り――
 目を覚ましたミスティンは、いつも通り着替えを済ませ、いつでも外に出れる様に身支度を整えた。
 いつ何が起こっても対応出来る様にしておく。それが、ミスティンが自ら導き出した処世術の一つだ。
 スウィーダではないメイドが朝食を持ってきた。その事に安堵を覚えながらも、どこか哀しみに似た感情も同時に抱き――ミスティンは、眠る前と何も変わっていない事を痛感した。
 朝食を終え、ミスティンは考える。城の中にいては、その内スウィーダと会うのは間違いない。自分の中で何も答えが出ていない今、スウィーダとは会えない。そんな答えを導き出し、ミスティンは深く頷いた。何かを決意し、ミスティンは部屋を出る。廊下を進み、どこかへと向かう。その向かう先は――


「ミスティン様っ」
 誰かが、そう叫んだ。
「ミスティン……?」
 人垣に遮られ、シャルネアの位置からその少女の姿は見えない。
「リュウがいるデスカ?」
 確認する様に、そう言う。少し間を置いて、少女は人垣を掻き分けながら姿を現した。
 ようやくシャルネアにも少女の姿が見え、その服装に違和感を覚えた。とは言え、その格好を不思議に思いこそするが、なぜそんな格好をしているのかとは聞かない。シャルネアにとってエルフとは未知の存在であり、その格好にも何か意味があるのかもしれない。そう考えたのだ。
「アイはミスティン。あなたはだれデスカ?」
 突拍子もなく自己紹介をし、そう尋ねるミスティン。
「わたしは、シャルネア」
 と、生真面目に答えるシャルネア。
「シャルネア……シャルって呼んでいいデスカ?」
「え? うん、いいけど」
 ミスティンの周囲を気にも留めない会話のテンポに、やや圧倒されながらもシャルネアは頷いた。
「良かったデス。アイのことは、ティンって呼んで欲しいデス」
「ティン……うん、よろしくね」
 シャルネアは笑顔で、手を差し出す。
「よろしくデス」
 シャルネアにつられたわけではないだろうが、ミスティンも笑顔で頷いた。
「アイは、シャルを待ってた気がするデス」
 交わしていた手を離すと、ミスティンがふとそんな事を呟いた。
「わたしを、待ってた……?」
「龍≠ニ共に生きる者……守神の使者。この地に現れ、森を守護せん……そう、我々の間に伝わっておるのじゃよ」
 二人の間に割って入る様に、一人の老エルフが現れた。
 好々爺然とした表情。それでいて、しっかりと意志を強く持っている事が伺える瞳をしている。
「アイのおじいちゃんデス」
 怪訝そうな表情を浮かべるシャルネアに対し、ミスティンが老エルフをそう紹介した。
「あなたは……?」
「わしの名はマスカル=コーネット。この国の、前国王じゃよ」
「前国王様……?」
「うむ。今は、隠居の身じゃが……やはり、この国を左右する存在には、興味があるのじゃよ。いや……注目せずには、いられぬのかのぅ……」
 老エルフ――マスカルは、静かにそう言った。
 マスカルが前国王で、その孫がミスティンという事は、ミスティンはこの国の王女という事になる。そんな事を考えながら、シャルネアはマスカルに向き直った。
「ようこそ、守神の使者よ。城へは、わしが案内しよう」
「でも……」
 正直、願ったり叶ったりの申し出だった。しかし、それを素直に受け入れられる程シャルネアは大人ではなかった。
「気にする事はない。部屋も用意するし、食事も出そう。それと、替えの服も用意した方が良さそうじゃな」
 苦笑混じりに、そんな事を言うマスカル。言われて、シャルネアは自分がびしょ濡れだった事を思い出した。
(今まで忘れてた……)
 と、頬を赤らめる。少し恥ずかしかった様だ。
「とにかく、ここで話していたら風邪をひいてしまうじゃろう?」
「そ、そうですね……わかりました。お願いします」
 そう答えて、シャルネアはこの国の城へと招かれ、足を運ぶ事になった……


9 :夕咲 紅 :2007/12/04(火) 11:45:28 ID:PmQHsJWk

「アイもシャルとお話したいデス!」
 謁見の間の間近の廊下。数人のメイド達を前に、ミスティンがそうわめき散らしていた。メイド達は、困惑しながらも懸命にミスティンをなだめようとしている。
「ミスティン様。シャルネア様は今、国王様と大事なお話の途中なのですよ」
「お父サマは、アイがお話に交ざるのをゆるしてくれるデス!」
「何を根拠に……」
「アイは行くデス! 誰が何と言おうと行くデス!」
 そう叫ぶと同時に、ミスティンはメイド達の間を潜り駆けて行く。
「あっ!」
 メイドの誰かが声をあげるが、ミスティンの動きを捉えられる者はいない。
 が――
 そんなミスティンの動きを予測していた者が、一人だけいた。
「ミスティン様。皆を困らせてはなりませんよ」
 ミスティンの前に立ちはだかったのは、ミスティンの世話役でもあるスウィーダである。彼女だけが、ミスティンの動きをしっかりと把握していた。
「スウィーダ……」
「お願いですから、部屋に戻って下さい……私のお願い、聞いて貰えませんか?」
 しゃがみ込み、ミスティンと視線を合わせるスウィーダ。哀しみに彩られ、その目が少し潤んでいる様に見える。
「……わかったデス」
 そんなスウィーダの様子を見て、ミスティンは小さく頷いた。
 ミスティンはスウィーダの事が好きで、哀しませたくないのだ。
「それじゃあ、部屋に戻りましょう」
 そう言って、踵を返すスウィーダ。ミスティンが逃げないと、信頼しているのだろう。
 ミスティンはしょぼしょぼと、スウィーダの後に続く。
「ミスティン様、ちゃんと部屋にいて下さいね」
 部屋に着くと、スウィーダは念をおしてそう言った。
「わかったデス。でも……」
「何ですか?」
「いつになったら、アイのことティンって呼んでくれるデスカ?」
 寂しそうな表情を浮かべ、そう尋ねるミスティン。
 それは、ずっとミスティンが言い続けている言葉。そして、スウィーダの気持ちが分からなくなってしまったミスティンが、その答えとして求めるモノ。
「ミスティン様。私は貴女に仕える身なのですよ。例え貴女が望もうとも、軽々しく愛称で呼ぶわけにはいきません」
「…………」
「おわかり下さい、ミスティン様」
「……スウィーダ……」
「それでは、私は行きますよ」
 そう言って去って行くスウィーダに、ミスティンは何も言う事が出来なかった。
「アイは、さみしいデス……」
 俯き、呟くミスティン。だが、すぐに顔を上げる。
「やっぱり、アイはシャルとお話したいデス! だから……」
 ミスティンはそう意気込み、部屋から出る。ただし、普通の出入り口からではなく、俗に隠し通路と呼ばれる、小さな出入り口から……


 替えの服を用意してもらい、少し休んだ後、シャルネアは謁見の間へと通された。
 今この部屋にいるのは、シャルネアとシリウス。そしてイーストハーブ現国王・ハスベル=コーネットと、前国王・マスカル=コーネットだけである。
「守神の使者よ、良く来て下さった」
 ハスベルのそんな言葉で迎えられ、シャルネアは困惑してしまう。マスカルから伝説の話は聞いたものの、自分がそんな大層な存在だとはどうしても思えないのだ。どこかこそばゆい様な感覚に陥りながらも、シャルネアは出来る限り毅然とした態度を取ろうとする。
(ここには、国の代表として来てるんだから)
 そう自分を奮い立たせ、ハスベルに視線を向ける。
「本日は、お城へのお招きありがとうございます。お招きしていただいた理由とは全く関係ないのですが――今日は、ハスベル様にお願いがあってやってきました」
「お願い? 人間の貴女が我々エルフにお願いとは……興味はあるな。聞こう」
「はい。わたしはシャルネア=マーツ=ミリオム。クーズベルク――隣りの国の王女です」
 まずは自分の身分を明かす。そうしなければ、話を切り出す事も出来ないのだ。
「クーズベルクの……? その王女が、一体どんなお願いなどと言うのですかな?」
 シャルネアの言葉を疑ってはいないのだろう。真剣な面持ちで、ハスベルは問う。
 それに対し、シャルネアは答える。自分の国に起こった悲劇を。現状を。そして、自分の目的を。
 ハスベルはその言葉を真摯に受け止める。だが……
「なるほど。貴女のお願いは分かりました。しかし……我々は、基本的に人間に手を貸さない。それはご存知でしょう?」
「はい。しかし、利害に一致する点があれば、手を貸していただけると聞いたことがあります」
 ハスベルのあまり友好的ではない反応に、シャルネアはそう切り返した。あくまでも、一国の王女として。
「なるほど。確かに、我々も国を預かる身。利益をもたらしてくれのであれば、それに応じた協力はするつもりでいる。して、貴女は我々に何をもたらしてくれるのですかな?」
 挑戦的なハスベルの物言いに、シャルネアは一瞬身をたじろぐが、すぐに背筋を伸ばし、ハスベルへと改めて向き直った。
「わたしの国には、豊かな自然があります。農作物には特産品もいくつかあります。そうした自然による産物で成り立ってきました。しかし、いくらかの森や畑は焼かれ、今わたしの国は危機にさらされています。そこで、あなた達にはその自然の修復を手伝って欲しいんです。見返りは、その自然によって得られる収穫の3割を謙譲すること。どうですか?」
 エルフは自然と共に生きる者。その性質を知った上での交渉である。シャルネア自身はあまり良い気はしないが、それでも上手く協力を得る為には必要だと、無理にでも割り切っている。
「……いいでしょう。我々は貴女に手を貸します。ただし」
「ただし……?」
「こちらからも一つ、お願いしたい事があります」
「お願いしたこと? 何ですか?」
「私の娘、ミスティンとはもう会ったと聞きましたが……どうでしたか?」
「どういう意味ですか?」
 ハスベルの言葉の真意を理解出来ず、そう聞き返すシャルネア。
「深い意味はありません。ただ、会った時にどう感じたか。それを聞いているのですよ」
「そう、ですね……どこか、懐かしい感じがしました。それと、わたしと近い存在の様な……そんな感じです」
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
「?」
 結局、シャルネアはハスベルの真意を理解出来ずじまいだった。
「それで、お願いしたい事と言うのがですね、ミスティンの事なのです」
「どういうことですか?」
「ミスティンを、貴女の旅に連れて行ってもらいたいのです」
 一瞬、シャルネアはその言葉を理解出来なかった。しかし、直ぐに我に返る。
「なぜですか?」
「ミスティンは、魔女になろうとしているのです」
「魔女?」
「ええ、魔女です。我々エルフにとっては、敵以外の何者でもない、魔女に……」
 畏怖の念を感じさせる口調で、ハスベルは魔女≠ニいう言葉を発する。
「どうして、ティンは魔女になろうとしているんですか?」
「我が国にも、龍がいるのですよ。ただし、封印されていますが……」
「…………」
 質問の答えとは取れない言葉だったが、おそらくは繋がりがあるのだろうと判断し、シャルネアは黙ってハスベルが続けるのを待つ。
「かつて……この国は、一人の魔女と一匹の龍によって滅ぼされようとしていました。しかし、同じく龍と共に現れた旅人が、魔女と龍と戦い、封印する事に成功したのです。それはそのまま伝説となり、今もなお語り継がれています。龍と共に生きる者……守神の使者、この地に現れ、森を守護せん……そんな、伝説が……」
 そこまで言って、一度息を吐くハスベル。
「ミスティンは、龍の封印を解こうとしているのです。しかし、龍の封印を解けるのは魔女のみ」
「だから、ティンは魔女に……?」
「ええ。なぜミスティンがそこまで龍にこだわっているのかは分かりません。しかし、ミスティンには間違いなくその資質があります」
「なぜ、そう言い切れるんですか?」
「龍の封印に、ミスティンが近付いた事がありましてね……その時、封印の中の龍と共鳴の様な現象が起こったのです。それ以来です。ミスティンが、龍の封印を解こうとし始めたのは」
「それで、それを防ぐために、ティンをこの国から遠ざけようとしているんですか? だったら、わたしはそのお願いは聞けません」
 睨む様に、ハスベルへと鋭い視線を向けるシャルネア。とは言っても、まだ幼いと言っても過言ではないシャルネアに睨まれた所で、長寿たるエルフの大人が怯むわけもない。慌てた様子もなく、ハスベルは首を横に振る。
「違いますよ。私とて、大事な一人娘を外の世界に出させたくはないのです。しかし、このままでは間違いなく中途半端に龍の封印を解いてしまう。ならばいっそ、龍を抑える術を身につけてもらいたいのですよ。その為には、いつまでもここにいさせるわけにはいきません」
 外に出て、色々な知識を得て、それなりの力を持たせる。自分の娘を旅に出そうという父親は、それが目的だと言う。
「そういうことなら……わかりました。ティンのことは、わたしに任せてください」
 胸を張る。という程ではないが、シャルネアは何となく自信を感じていた。その理由は、シャルネア自身も分からない。いや、その自信に何の疑問も抱いてはいないのだ。
「それでは、今日は城で休んでいくといい。部屋は、既に用意させてありますので」
「はい、ありがとうございます」
 そう応えて、シャルネアは一礼した後謁見の間を出た。するとメイドの一人が近付いてきて、部屋へと案内してくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ」
 シャルネアの言葉に笑顔で応じ、メイドは部屋を出て行った。
 重要な用事を済ませたシャルネアは、緊張の糸が途切れたのか、そのまま直ぐに眠りについてしまった……


10 :夕咲 紅 :2007/12/11(火) 02:57:29 ID:PmQHsJWk

 元々は、非常時の脱出用に作られた隠し通路。いくつかの部屋から、避難所としての役割を持たせた小さな部屋へと繋がっている。その部屋に辿り着いたミスティンは、部屋の中央にある円柱型の台座の上に視線を向けた。
「アリエル、起きるデス。アイと一緒に行くデス」
 ミスティンは、台座の上にちょこんと丸まっている小さな生物に対し、そう声をかけた。
「アリエルも、リュウ見たいはずデス」
 龍。その言葉に反応したのか、アリエルと呼ばれたその生物は、ゆっくりと身を起こした。
 爬虫類特有の緑色の肌に、ちょこんと生えた小さな翼。ミスティンにアリエルと呼ばれたその生物は、間違いなく龍≠ニ呼ばれる生物の一種だった。
 小さな身体を浮かび上がらせ、ゆっくりとその身をミスティンに近付ける。
「アリエル、アイの帽子返すデス」
 そう言って、なぜかアリエルがかぶっていた黒いとんがり帽子を手に取り、自分の頭にのせる。
「行くデス!」
 そう叫んで、ミスティンは自分の部屋へと繋がる通路に引き返した。ミスティンの部屋に戻り切る前に、城の廊下へと繋がる小道があるのだ。慌てた様子もなく後に続くアリエルを視認し、ミスティンはその小道に入る。その向かう先は、シャルネアとシリウスがいる部屋。その部屋がどこにあるのは知らないはずだ。しかし――
「こっちデス」
 廊下に出たミスティンは、何の迷いもなく向かう方向を定めた。それは、何の根拠もない自信。しかし、ミスティンの向かう先には間違いなくシャルネア達のいる部屋がある。まるで、ミスティンに何か特別な力が働いている。そうとしか思えない。しかし、この場にそれを不思議に思う者は、誰一人としていない。ミスティンは駆ける。シャルネアと、もう一匹の龍――シリウスに会う為に。
 シリウスがシャルネアになつく様に、アリエルはミスティンになついている。それがこの国では何を意味しているのかを、この時シャルネアは聞かされ、ちょうど部屋に案内された所だった……


「…………」
 ベッドの上で、シャルネアは考え事をしていた。一度眠りにはついたものの、それ程時間が経つ事なく目が覚めてしまったのだ。
 考える事は、ミスティンの事。それから、この国の伝説の事だ。
 魔女
 龍
 そして、守神という言葉。龍をそう呼び崇めながらも、龍は魔女の使いであるとし、封印をしている。
 長寿のエルフと言えど、既にこの伝説の真実を知る者は残っていない。伝説に出てくる魔女≠ェ何者なのか、そして、龍≠ニは一体何なのか……
 シャルネアは、自分の横で気持ち良さそうに眠っているシリウスに目を向ける。幸せそうなシリウスを見て、思い悩む自分が、何だかバカバカしく思えてくる。
(……寝よっ)
 頭を振り、そう割り切って眠る事にした。だが、廊下からパタパタと駆け音が聞こえ、身を起こす。
 足音はシャルネアの部屋の前で止まり、少し間が空く。
「シャル。アイが遊びにきたデス」
「ティン?」
「そうデス。入っていいデスカ?」
 そう聞かれ、一瞬悩んだものの、直ぐに頷く。
「どうぞ」
 シャルネアの招きを受け、部屋に入ってくるミスティン。
「どうしたの?」
 ミスティンを自分の横に座らせ、シャルネアはそう尋ねた。
「シャルに、アリエルを見せたかったデス」
 そう答えて、ミスティンは部屋の天井を指差した。シャルネアは疑問に思いつつも、ミスティンの指に沿って天井を見上げる。
 そこには、緑色の肌を持つ生物が浮かんでいた。
「……龍?」
「そうデス。アリエルって言うデス」
 嬉しそうに、その名を告げるミスティン。
「アリエル?」
「アリエルは、アイのお友達なんデスヨ」
「その子……」
「アリエルは、アイがお城で初めて会ったときは、まゆの中で眠っていたんデスヨ。でも、1年くらい前に、アイが起こしてあげたんデス」
 その時の事を思い出しているかの様に、遠くを見つめるミスティン。その表情は、どこか嬉しそうでもある。
(と、いうことは……ティンは、すでに魔女になっていたってこと……?)
 そう考えるが、格好以外に魔女の様な所はない。
 不思議に思い、思考を巡らせるが、シャルネアは答えを導き出す事が出来なかった。
 気を改め、アリエルと向き直る。
「よろしくね、アリエル」
 そう言って、アリエルへと微笑むシャルネア。しかし、アリエルはじーっとシャルネアを見据えているだけだ。
 そこに、眠っていたはずのシリウスが飛び出してきた。
「ピキィィィッ」
「キュルル」
 シリウスの鳴き声に反応し、アリエルも一鳴きあげる。
「一度会ってると思うけど、この子がシリウス。わたしの親友」
「よろしくデス!」
 シリウスに満面の笑顔を向けるミスティン。シリウスはそれに頷く様に一鳴きあげると、アリエルとじゃれる様に部屋の中を飛び回り始める。
「えっと……」
 何を言おうかと悩むが、言葉は出て来ない。
「……ティンは、ここの生活好き?」
 ようやく発したその言葉に、ミスティンは即答する。
「好きデスヨ」
「ここから、離れたくない?」
「?」
 質問の意味を理解しかねたらしく、疑問符を浮かべるミスティン。
「それじゃあ、他の国に行ってみたいって思ったことはある?」
「うーん、あるデス」
 少しだけ考えて、ミスティンはそう答えた。
「なら――わたしと、一緒に行く?」
「えっ?」
 思いも寄らないシャルネアの言葉に、ミスティンは言葉を失ってしまった。嬉しい気持ちはある。しかし――
「アイは……」
「いい、ティン? わたしはね、あなたをここから連れて行かなければいけないの」
「どうしてデスカ?」
「ティンが、アリエルとずっと一緒にいられる様になるため」
「? アイは、ずっとアリエルと一緒デス」
「でも、それは周りが許さないの。今のままじゃ、決して……」
 悲しそうに、シャルネアが言った。ミスティンはその意味がわからず、首を傾げる。
「ティン。アリエルと一緒でいいの。だから、わたしと一緒に行きましょう?」
「……アイは、シャルが好きデスヨ。でも――お父サマも、お母サマも、スウィーダも、町のみんなも好きデス。だから、アイは……」
 その言葉を聞いて、シャルネアはハッと我に返った。自分は、今まで何をしようとしていたのだろうか。幼い少女を、自国の利益の為に、生まれ育った町から無理矢理連れ出そうとしていたのだ。自己嫌悪する。
「ごめんね、ティン……ごめん……」
「シャルは何も悪いことしてないデス。なのに、何であやまるデスカ?」
「いいの。あやまらせて……」
「わかったデス」
 ティンの言葉を聞き、シャルネアは神に懺悔した。
 十数分後。ミスティンは、シャルネアに抱かれる様に眠っていた。14歳のシャルネアに対し、ミスティンは人間の歳なら10歳。大差のない歳ではあるが、シャルネアにとって、ミスティンは母性の対象となっていた。それが、本当の自分の気持ちではないとしても……


11 :夕咲 紅 :2007/12/15(土) 19:33:20 ID:PmQHsJWH

 絶対生存者――
 時に魔女と呼ばれ、あらゆる人物から寵愛されるであろう人物。他者の保護を無条件で受け、自らの生命を消失の危機に晒す事のない者。その能力には初めは自覚がなく、生まれながらに持っているわけでもない。いつという事もなく、突如覚醒する能力。
 それは、本人に自覚が現れるまで、誰にも知られる事はない。
 かつて、その者は言った。
「私は、死にたい……」
 魔女が死ぬ事はない。絶対生存者は、死ぬ事はない。ナニモノにも、命を奪われない。それは、寿命さえも例外ではなかった。
 他人の生命を吸い取り、生きる事を強要される。それが絶対生存者なのだ。
 かつて、魔女は言った。
「人から憎まれれば、この呪いは消えるかもしれない」
 しかし、魔女の願いは叶わなかった。魔女は死ぬ事なく、今もこの国のどこかに封印されている。この、イーストハーブのどこかに……
 死を許されぬ者。それが、絶対生存者である……


 実りの森の最奥部。
 この場所に、一つの石碑がある。封印の地。石碑には、そう刻まれている。
『…………』
 その封印の中で、何者かが息衝いている。
『…………』
 ソレは、今にも石碑を壊し、外に飛び出そうとしている。だが、封印を破るまでには至らない。しかし――
『感じる……』
 小さく漏れる、ソレの呟き。
『力が、漲る……』
 言葉と同時に、身体を動かす。先程までは、それすらも適わなかったというのに……
 ソレは、その背に生やした翼を広げる。
 到底言葉≠ニは言えない叫び声を上げ、羽ばたこうとする。刹那、石碑が砕け散り、眩いばかりの光が辺りを覆う。
 石碑のあった場所には、黒い大きな影。直ぐに光は晴れ、ソレの姿が露になる。
 漆黒を思わせる毛並みと眼。そして、翼。狂気を纏った、怒れる成龍。
 封印は、今解かれたのだ……


「今の、光は――まさか、封印が……」
「解けた様じゃな……」
「ハスベル、どうする?」
 隠居の身となったマスカルが、現国王であるハスベルに問う。
「父上……我が国随一の知識を持つと言われる貴方の意見を、聞かせて頂きたい」
「黒龍ディザード――魔女の使いは、我らに牙を剥く。それは間違いない。ならば、我らに出来る事と言えば――伝説の通りに、動く事だけ……」
「あの少女の力を借りる、と?」
「その通りじゃ」
「しかし、あの少女にその様な力は……それに、あの龍とてまだ子供。本当に、任せても大丈夫なのだろうか……」
「どちらにせよ、我々では黒龍には対抗出来ん。あの娘が敗れるのならば、それもまた運命……」
「……他に手もない、か……父上の案で行こう」
 弱く、しかしやがてはハッキリと、国王として、ハスベルは意思を示した。


 夜も更けたという頃。それなのに、エルフの国は騒がしく、まるで眠る者がいないかの様だ。そんな騒然とした空気の中で、シャルネアは目を覚ました。
「シャル?」
「ティン――起きちゃった?」
 ミスティンは頷き、ベッドから出る。
「どうしたの?」
「行くデス」
 いつの間にか、アリエルとシリウスも宙に浮き、外に出ようとしている。
「…………」
 シャルネアは一瞬考え込むものの、直ぐに答えを出す。
「行きましょう」
 外へ。何かが起きている。そんな予感はあった。それが、自分達に関する事はのではないか――そんな予感も。
 ミスティンは再び頷くと、トタトタと駆け出した。シャルネアはその後に続く様に部屋を後にする。何も声をかける必要もなく、小さな子龍達もその後に続く。
 さすがは自分の住んでいる場所。と言うべきなのか、ミスティンは外に出る為の最短ルートを通っている。シャルネア達はそれに続くだけなので、その道程が最短ルートである事は知らないが。
 ――程なくして、シャルネア達は外へと到着した。そんな二人と二匹の目に飛び込んできたのは、小さな城程はあろうかと言う巨大な龍。漆黒の毛並みに包まれた、世界最強の獣。その肌、又は毛の色によって種族分けされる獣、龍――
 黒龍ディザード。かつて魔女と呼ばれた少女に、その全てを捧げた知能高き龍。その性格は、獰猛かつ凶暴と言われているが、それは魔女の為に演じた偽りの性格に過ぎない。シリウス同様――否、本来龍は獰猛な性格などではないのだ。高い知能を持つ生物が、本能を抑えられぬわけがない。龍は、決して獰猛などではない。
「……あれは、龍」
 黒き龍の姿を見た瞬間に、言葉を失ってしまっていたシャルネアだったが、やっとの思いでそんな言葉を漏らす様に呟いた。
『エルフ達よ……我は、貴様らを許すわけにはいかない。我は、我が主の為に貴様らを滅ぼす』
 淡々と、ただ真実を告げる様にディザードは言った。他者の脳に直接言葉≠伝えるその口調には、エルフ達が恐れている様な怒りは感じられない。
「あのリュウ、しゃべったデスヨ!?」
「そっか、ティンは知らないんだね。もともと、龍はわたし達なんかよりずっと頭がいいの。だから、人間の言葉だって喋れるし、他の動物の言葉だって喋れるの」
 驚きの声をあげたミスティンに、シャルネアがそう説明してやる。
「でも、アリエルは喋れないデスヨ?」
「うん。シリウスも、今は喋れない。シリウスもアリエルも、まだ子供だから」
「それじゃあ、アリエルが大きくなったら、アイとお話しできるデスカ?」
「ええ。でも、あの龍みたいに大きくなっちゃうけどね」
 苦笑混じりに、そんな事を言うシャルネア。やけにのほほんとしている。
「おいっ、そこの二人! って、あ! ミスティン様!」
 何かを注意しようとしたエルフの青年が、ミスティンに気が付きそう叫んだ。
「あの龍は、一体何なんですか?」
 そんな青年の様子を気にせず、シャルネアは重要な事を尋ねた。シャルネアは、ディザードの事を何も知らないのだ。
「あいつは――」
 青年が何かを応えようとした刹那、ディザードが再び口を開いた。
『我の名はディザード。我の願いは我が主の解放……だが、貴様らが我の要求に応えるつもりはないのだろう』
 その声≠ヘ、この国にいる全ての者に届いている。その言葉は正確には言葉≠ナはなく、思念≠ニいった類のもので、龍が他の生物と話す時に用いるモノだ。その応用で、思念を拡張、拡散させる事で、広範囲に渡りその声≠届けているのだ。
『もしも我の要求に応えるつもりがあるのなら、その者は名乗りを挙げろ。その者だけは助けてやろう。だが……それ以外の者は全て滅ぼす』
 そう言葉を続けるディザード。切実に自分の主の解放を願い、主を封じた者達への復讐を果たそうとしている。だが、そんな言葉に応える者などいるはずもない。殺されるとわかっていたとしても、誇り高きエルフ達は黒龍に屈服したりはしない。
 主の事を思う度に当時の怒りを思い出し、荒れ狂う寸前とまでは言わないまでも怒りを露わにしてきたディザードを前にし、シャルネアはやけに落ち着いていた。なぜこれ程までに自分が冷静でいられるのか、理解はしていない。
(よしっ。説得してみよう)
 なぜか、そんな考えが浮かんだ。普通に考えれば、それは余りにも無謀な考えだ。しかし、シャルネアにその考えを否定する思慮は一切なく、説得出来るとどこかで信じ切っている。だから、それは実行に移される。
「ディザード! あなたと話がしたいの!」
 巨大な龍に向かって、その声が届く様に腹から声を出す。直ぐに反応がなかった為、シャルネアは聞こえなかったのかと思ったが、数瞬の間を置いて、ディザードは眼下にいるシャルネアへと眼を向けた。
『――主――』
 シャルネアを見て、ディザードはそんな言葉を漏らした……


 かつて魔女は、こう言った。
「私は死にたい。でも、それは赦されない。でも、みんなに嫌われていたならどうだろう? 絶対生存者としての力は、失くならないにしても、弱まるんじゃないかな?」
 まだまだ成長途上である、その黒き龍は頷いた。
 そして、魔女は言う。
「ごめんね、ディザード。あなたにまで、悪役を押し付けちゃって」
 黒き龍は、首を横に振って応えた。
 これは、遥か昔の話……


「え?」
 ディザードの言葉に、シャルネアは呆然と声をあげてしまった。
(わたしが、主……?)
 違う。そう否定しようとするが、なぜか言葉が出ない。
『いや――似ているが、違う。貴様は、誰だ?』
 一言一言区切る様に、ディザードが尋ねてくる。
「わたしは、シャルネア」
 そう、名乗るだけで精一杯だった。それ以上に、言葉を続けられない。
『シャルネア、か……貴様は、人間だな。なぜ、人間がエルフの国にいる?』
「わたしにも、色々と理由があるのよ」
 ディザードの圧倒的な気配に負けない様に、精一杯の気勢を張って答えるシャルネア。そんなシャルネアを励ます様に、シリウスが一鳴きした。
『白龍? なぜ、こんな所に……』
「この子はシリウス。わたしの友達よ」
『シリウスだと? まさか、再生の時が訪れたのか――』
 驚いた様に呟くディザード。だが、シャルネアはその言葉の意味を理解出来ず、首を傾げる事しか出来ない。
「あなたは、シリウスの事を知っているの?」
『知っているとも。我が封じられる前に、何度も会った事がある。その時が、今の姿と同じくらいだったがな』
 昔を懐かしむ様な口振りだ。幾分か怒りが収まってきたらしく、どこか穏やかな口調にさえ思える。
「キュルルルッ」
 突然、自己主張するかの様にアリエルも鳴いた。
『――まさか、緑龍までいるとはな』
「アリエルはアイのお友達デス!」
『エルフ……それに、この感じは――否、ここで我が口を挟む問題ではないな』
 ミスティンを視界に入れた途端、ディザードは何か考え込む様に呟き、空を仰ぐ。
『何にせよ、我のすべき事はわかった』
「どういう事?」
『それは言えぬ。主よ、まだ主の願いは叶えられそうにない。しかし――』
 そんな言葉を呟きながら、ディザードはその翼を広げる。
「!?」
『安心するがいい。我は、まだエルフ達を滅ぼさない。しばらくは、な……この先どうするかは、そこのエルフ次第だ』
「アイ、デスカ?」
 何となく差された気がして、場違いな口調でミスティンがぼやいた。
『また会おう、シャルネア。そして、エルフの少女よ。その緑龍を、大切にしてやってくれ』
 そう告げると、ディザードは翼を羽ばたかせ、中空へ浮かび上がる。
「待って! まだ聞きたい事があるの!」
『さらばだ』
 シャルネアの叫び声には応えず、ディザードは空の彼方へと飛翔して行ってしまった。
 シャルネアは勿論、黒龍の突然の心変わりに国中の誰もがしばしの間呆然としていた……


12 :夕咲 紅 :2008/01/12(土) 03:30:22 ID:PmQHsJxD

 ディザードが去り、城の中へと戻ったシャルネアは謁見の間へと呼ばれ、シリウスと共にやってきた。
 謁見の間には、ハスベルが待っていた。ハスベルはシャルネアの姿を視認すると、頭を下げた。
「シャルネア殿。どうやら、我々は貴女に助けられたらしい。ありがとう」
「いいえ。わたしは何もしてませんよ。あの龍――ディザードが、自分で決めた事です」
 ただ真実を告げる様に、シャルネアは応えた。
「それより、やっぱり魔女の封印を解くわけにはいきませんよね?」
「当然です。それだけは、出来ません」
 暗い表情で、ハスベルは答えた。ハスベルは知らない。魔女と呼ばれるモノの正体を。ただ、それを世に放ってはいけないと、そう教えられてきただけなのだ。
「何にしても、今回の事は本当に感謝しています。ミスティンが違う龍を復活させていたとは、全く知りませんでしたが」
 ディザードと対峙するシャルネア達の様子を見ていたハスベルは、アリエルの事を思い出しそんな言葉を漏らした。
 そんなハスベルの反応を踏まえた上で、シャルネアは口を開く。
「結局、ティンをどうするつもりですか?」
「…………」
 シャルネアの問いに、ハスベルは黙ってしまう。そんなハスベルを見て、シャルネアは息を漏らしてから喋り始める。
「龍は、魔女だから――とか、そんな理由で人の言う事を聞いているわけではありませんよ。守神として龍を奉っているのなら、それはわかっているでしょう?」
「ええ」
 弱々しく頷くハスベル。シャルネアはそれ以上言及せず、ハスベルの言葉を待つ。
 やがて意を決したのか、ハスベルが口を開いた。
「ミスティンの事は、本人の意思に任せる事にします。一応、貴女と共に行く事を勧めてはみます。貴女と共にいれば、勉強になる事も多いでしょうし……何より、あの子は貴女に懐いている。メイドのスウィーダ以来ですよ。ミスティンがそこまで懐く相手は」
 苦笑混じりに、そんな事を言う。
「そうですか」
 何かに安堵した様な――いや、単に今まで入っていた力が抜けた様な感覚で、シャルネアは小さくそう答えた……


「やっと着いた……」
 黒く短い髪。意志の強そうな瞳。しかし、その瞳も今は少しばかり弱り気味だ。
 ファイ=ルーク。この青年の名前だ。獣森の王国・クーズベルクの新米近衛騎士にして、旅立ったシャルネアの護衛役として任命された人物だ。
 城が崩壊し、国を統治する者を失ったクーズベルク。一時的な統治者として選ばれたのが、近衛隊長のテルス=サランドだった。宰相という役職がないクーズベルクでは、近衛隊長には国王の補佐官という意味合いもあった。だからこその人選である。とは言え……
 国を建て直す為、そして国を守る為には、いくら王女の護衛と言えど多人数を割くわけにはいかない。そもそも、多人数を護衛につければ、それだけ目立つ事になる。それを恐れたテルスは、悩んだ挙句に一人だけ護衛をつける事にしたのだ。そこで選ばれたのが、ファイだ。
 新米とは言え、近衛騎士に選ばれるだけの実力を持っている。それは、ファイを近衛騎士として認めたテルス自身が一番良く知っている。その、人となりも。
「実力はある。だけど、経験不足。か……」
 自分が選出された理由。それを聞いた時のテルスの回答を思い返し、ファイは空を見上げる。道中雨に打たれたものの、雨が上がると同時に着替えを済ませた為、今ではきちんとした身なりをしている。
 今回の旅で経験を積め。そう言われたものの、それ程身に感じてはいない。世界は概ね平和に満ちており、おいそれと命を狙われる事もない。野生動物などの危険程度ならば、自分の経験として然程プラスになるとも思わない。
 それでも――
「重要な任務だしな。気を引き締めないと」
 そう呟いて、自分の頬を叩くファイ。
 もう一度空を見上げる。まだ明け方には早い。それでも、少しだけ明るくなった空。朝が近付いている。
 ファイは、とりあえず宿に向かおうと街中を進んだ。
 シャルネアとは合流出来ず、行き違いになるなどとは、露にも思わずに……


 夜が明けた。夜中の騒動など嘘だったかの様に、エルフの民は普段と何も変わらぬ生活を送っている。ただ、一部の者達を除いて。
「行ってきますデス!」
 城門前に人が集まる中、ミスティンは自分を見送るメイド達にそう叫んだ。
 昨夜のうちに、ミスティンは自分で答えを出していた。最初にシャルネアに質問された時から、ずっと考えていた様だ。
「行ってらっしゃい、ミスティン様」
 誰もが、寂しそうに別れを告げる。
 そんな中、ただ一人何も言わぬメイドがいた。
 何も言わぬメイド――スウィーダを見つめ、ミスティンは呟いた。
 スウィーダはずっと下げていた顔を上げ、声を張り上げる。
「みんなっ。今生の別れってわけじゃないのよ! そんなに哀しそうな顔してたら、ティン様が行かれ難いでしょう? ねぇ、ティン様?」
 スウィーダは目に涙を浮かべながらも、笑顔でそう言った。
「スウィーダ。今、アイのこと……」
「ええ。ティン様、行ってらっしゃい。元気でいて下さいね」
「はいデス!」
 スウィーダに初めて愛称で呼ばれ、ミスティンは満面の笑みを浮かべて応えた。
 こうして、シャルネアはエルフの国を後にした。ミスティン、そしてアリエルといった仲間を加え、シャルネアは次の目的地へと向かって森を歩き出した……


 龍と共に生きる者――守神の使者。この地に現れ、森を守護せん。

 森の使い、黒き龍――闇より現れし邪悪なるモノを払い、守神の使者と共に……

 魔の者。龍と使者によりて、その存在を消す……

 龍と共に生きる者――守神の使者。この地を去り、森は安泰す。

 龍は眠り、森を育む。

 守神。その力を失い、眠りに着く……


 それが、イーストハーブに伝わる本当の伝説。
 魔女と呼ばれた少女の存在。そして、その使いと言われた黒き龍。
 その二者によって、エルフ達の伝説は歪んでしまったのだ。
 魔の者など、この森には存在していない。そう、それは本当にただの伝説。
 事実ではなく、言い伝えられただけの物語……
 
 エルフ――知識ある者達。
 悲しき人種。それが、エルフ……


 新緑の王国・イーストハーブ。
 エルフ達の住まう国。
 魔女が訪れ、龍の眠っていた地。
 その地に、新たな風が吹いた。かつて魔女と呼ばれた存在と似た容姿を持つ少女。そして、魔女を目指す少女……
 二人の少女と、二匹の龍。
 シャルネア=マーツ=ミリオムとシリウス。そして、ミスティン=コーネットとアリエル。
 時の止まっていたその国は、再びその時を刻み始めたのだ。新しい時代へと向かって、ほんの小さな一歩を。しかし、確かな一歩を……


13 :夕咲 紅 :2008/01/18(金) 06:00:23 ID:PmQHsJWG

第三章 皇子様と白銀の女帝。

 エルフの国イーストハーブを発ったシャルネア達は、一番近いと思われる国、タスカントードへと向かった。
 イーストハーブを発ってから二日。シャルネア達は、風光の王国と呼ばれるこのタスカントードへと到着した。道中は、実りの森を歩いていた為、エルフの結界のおかげで危険はなかった様だ。
「すごいデス! アイ、こんなの見たのはじめてデス!」
 ミスティンが見上げる先。頭上をまたぎ、遥か先にまで続いているとさえ思えるレールとそれを包み込む半透明の筒状の壁。壁には視認する事の出来ない幾重もの魔術式が描かれている。そしてその中を凄まじい速度で移動する楕円型の何か――風車(かざぐるま)と呼ばれる乗り物を見て、エルフの国の王女――ミスティンは、はしゃぐ様に叫んだ。
「わたしも、あんなのはじめて見た……」
 普段から気丈に振舞おうとしているシャルネアだが、やはりまだまだ子供。初めて見る風車が、物珍しくて仕方ないのだろう。呆然とソレを眺めている。
「ピキィィィ」
「キュルルル」
 真っ白な毛の龍――シリウスと、緑色の爬虫類の様な肌を持つ龍――アリエルが、同時に鳴き声をあげた。この二匹の小さな龍も、珍しがっているのだろう。
 風車――この世界に存在する二つの技術。魔術と機械の融合物で、魔術機関と呼ばれる力で動く乗り物である。街の中央から四方に伸びる放物線。その線をレールとし、それに沿って人々や荷物を運ぶのが風車の役目である。
 この国――しいては、世界全体の文明を大きく進展させた風車の存在は、シャルネア達の心を奪うには十分過ぎるモノだった。
「乗ってみたいとは思うけど、今は乗る理由もないし……残念だけど、とりあえずあれに乗るのはおあずけね」
「ざんねんデス……」
 シャルネアの言葉に、心底残念そうにうなだれるミスティン。
 そんなミスティンを見て、内心「ごめんね」と呟くシャルネア。実は乗り方を知らないなどとは、言い出せないシャルネアだった。
「とりあえず、宿を探しましょう」
「はいデス」
 こうして、シャルネア達は宿を探して街中を歩き始めた。


「まさか、入れ違いになるなんて……」
 はぁぁ。と大きく溜息を吐きながらも、ファイは森の中を進んでいた。
 早朝にイーストハーブに着いたファイは、そのまま宿に直行。一応休息を入れながらとは言え、それでもシャルネアに追いつくべく大した休みを挟まずに歩いた。そのせいか、宿に着いた途端爆睡する羽目になり――ファイが目を覚ましたのは、太陽が人々の真上に差し掛かった頃だった。
 ファイは街中で聞き込みをしながら、城へと向かった。途中、エルフ達がやけに親切なものだから、本当にエルフの国にいるのか不思議に思った程だ。それでもその場で追求はせず、城に辿り着き――
 ファイは、シャルネアがエルフの国を救った形になった事を聞いた。エルフ達の改まった態度には納得出来たものの、シャルネアと合流するという目的を達成出来なかった事を悔やみつつも、直ぐに荷物をまとめに宿に戻りイーストハーブを発った。
 そして、現在に至るわけだ。
「もう直ぐ、森を抜けられそうだな」
 遠くに見える白い放物線を視界に収め、ファイは小さく呟いた。
 実りの森を抜ければ、殆ど時をかけずにタスカントードに辿り着く。
「やっぱり、休みなしっていうのはキツイな……今度は、少しは長居してくれる事を祈ろう……」
 そんな呟きを漏らしながらも、ファイは気合を入れ直し、しっかりと地を踏み出す。
 この頃、シャルネア達はちょうどタスカントードに到着した頃だった――


 タスカントードという国は、単純に領土面積で言えばクーズベルクと大差はない。ただし、クーズベルクの面積の多くは森であり、人が住んでいるのは、国の名前でもあり王城の存在するクーズベルクの街と、森の中に幾つか点在している村だけだ。しかしタスカントードは違う。たった一つの大きな街。タスカントードの名で呼ばれるその街だけが、風光の王国・タスカントードの全てなのだ。とは言え、その領地は決して狭いものではない。風車から伸びる4本のメインラインによって、この国は分割されている。四つに分かれたこの国は、それぞれが一つの街として機能しており、それぞれ違う発展の仕方をしている。四つの街を内包する国。そんな異名まである程だ。
 それだけ巨大な規模の街だからなのか、至る所に宿が点在する。だからこそ、シャルネア達はそれ程時間をかける事なく宿を見つける事が出来た。
「シャル。ここ、どんなトコなんデスカ?」
 宿の一室をとり、一息吐く間、ミスティンがそんな問いを投げかけた。
「ごめんね、ティン。わたしも、この国についてはそんなに知らないの」
 ミスティンに街の事を聞かれ、シャルネアは正直にそう答えた。
 この国の広さ、そして多様性故に、この国の全てを熟知している者はいない。ちなみに、今シャルネア達がいる地区を、カズウェルと言う。練金都市の名でも呼ばれる、錬金術を振興している地区だ。タスカントードの南部に位置するこの地区から右回りに、西地区を魔術都市ハーウェル。北地区を工業都市シルス。東地区を鋼鉄都市オーカスと言う。
 これらは、貿易国家であるタスカントードが国営している出版社の、タスカントード案内誌≠ニいうパンフレットに記されている。
「この国の事を知らないといけないわ。だから……」
 そのパンフレットを片手に、シャルネアが真剣な面持ちで言った。が――
「でもその前に、とりあえず街に遊びに行きましょうっ」
 勿論、それには街並を観察するという意図もあるのだろうが……
「さんせいデスっ」
 お気楽な二人であった……


「今わたし達がいる場所が、練金都市カズウェル。他には、鋼鉄都市オーカス。工業都市シルス。それと、魔術都市ハーウェルっていう四つの街に分かれているらしいわ」
 パンフレットとにらめっこをしながら、次々と四つの都市の名前を挙げたシャルネア。それを聞いていたミスティンは、シャルネアが最後に口にしたハーウェルの、魔術都市≠ニいう言葉に反応した。
「アイ、ハーウェルにいきたいデス!」
「魔術都市、ね……」
 ミスティンは魔女を目指している。魔術という言葉に反応した理由を察し、シャルネアは少し考える。
「ミスティンが魔術に興味があるのはわかるけど、とりあえずこの地区を先に見ましょう?」
 いくらハーウェルがカズウェルの隣りにあると言っても、その広さは子供が歩いて容易に移動出来る距離ではない。シャルネアは、自身とミスティンの身体の事を考え、そう提案した。
「むぅぅ。わかったデス」
 ミスティンが渋々そう答えた次の瞬間、風が吹きぬけた――
「風車……」
「シャル。あれはどこに行くデスカ?」
「ん? どこだろうね?」
「あんたら、そんな事も知らないのか?」
 ミスティンの問いにシャルネアが答えると、一人の青年がそう口を挟んできた。いかにも活発そうな格好をしており、又、まるで物事全てを軽く見ているのではないかと言う程に自信に溢れた瞳をしている。
 一瞬、そんな青年の外見に嫌悪感を抱いたシャルネアだったが、直ぐに思いなおす。
(見かけで判断しちゃ悪いよね)
「知らないデス」
 青年に応えたミスティンを見て、シャルネアもその言葉に賛同する様に頷いた。
「なら、オレが教えてやるよ。そこのパブにでも入らないか?」
「パブ?」
「何だ、パブも知らないのか?」
 シャルネアの言葉に、青年は微笑を漏らす。シャルネアはそんな青年の微笑を嘲笑と受け取り、少しむすっとした表情を浮かべた。そんなシャルネアの思考を見透かしたかの様に、青年は慌てて口を開く。
「おいおい。バカになんてしてないぜ? パブってのは、まあ一言で言えば酒場の事だ。っても、パブにも色々ある。夜しか営業してないイカガワシイ店もあれば、昼間は飯屋として営業して、夜は普通の酒場になる店とかもある。ああ、後は宿と兼業してる店とかもあるな。あ、言っておくけどあそこは健全な店だぞ?」
 名誉挽回を図った言葉なのだろうが、余計な言葉が混じってしまった事に気がつかない青年。
 それでも、気持ちの上では落ち着きを取り戻し、そのまま言葉を続ける。
「それで、オレにこの街のエスコートをさせてくれる気になったかい? お嬢ちゃん?」
(お嬢ちゃん、ね……まあ、間違ってはいないけど……)
 苦笑混じりに、そんな事を考えるシャルネア。
「いいわ。エスコートさせてあげる」
「よし、決まりだな。それじゃあ、そこの店に入ろうぜ」
 そう言って歩き出す青年に、二人と二匹の龍は着いて行った。


14 :夕咲 紅 :2008/02/16(土) 07:56:39 ID:P3x7YnVH

 パブに入った3人は、各々に飲み物を注文した。シャルネアはシリウスとアリエルの分も注文しようとしたのだが、シリウス達自身が身振りでそれを拒んだ。
 飲み物だけの注文だからなのか、殆ど待たずに全ての注文が揃い、青年が口を開いた。
「まず言っておくと、この街――というか国全体を案内する事は出来ない。オレが直接案内出来るのは、ここカズウェルと、ハーウェルの2ヶ所だけだ。まあ、とは言え本当に案内するには広すぎるから、今はこの国について説明だけするとしようか」
 シャルネア達が座っているのは3人席で、青年の左手にシャルネア。右手にミスティンが座っている。シリウスは青年とシャルネアの間、アリエルは青年とミスティンの間の床にちょこんと佇んでいる。
 そんな一同を見回す様に視線を向け、青年は言葉を続けた。
「この国一番のシンボルと言えば、風車なのは知ってると思う。それと、その4つのラインによってこの国が分割されているのも。とは言っても、本当にラインの真下で街が変わったりしてるわけじゃない。正確には、ラインはそれぞれの街のほぼ西端にある。あくまでも、一応の目印として見られているに過ぎないわけだ」
「そうだったんだ……」
「そうだったんだよ。んで、ここカズウェルにあるラインを、カズウェルラインって呼ぶ。他のラインも同様に、ラインの前に街の名前が付いてるわけだ。さて。ここでさっきの君らの疑問に答えようじゃないか」
「え?」
「カズウェルラインは、再生の王国リレイムに続いている。そんな風に、それぞれが違う国に繋がっているのさ。これは俗称だが――この4つのラインを、メインラインって呼んでる」
「どうしてデスカ?」
「初めはこの4本しかなかったから、そんな風には呼ばれてなかったんだけどな。この4本の他にも、違う国から風車のラインが伸びているんだ。そんなラインをコピーラインって呼んでる。つまり、オリジナルである所のこの国から伸びているラインと、そうじゃないラインを区別する為に付けられた俗称ってわけだ」
 長々と説明を口にする青年に、シャルネアもミスティンも然程口を挟まずに首を縦に振るばかりだ。
「とは言っても、今あるコピーラインは2本。マーズトーンから伸びているものだけだ。噂によると、リレイムでもコピーラインの建設が予定されてるらしいぞ」
「そうなの?」
「ああ。まあ、あくまでも予定だけどな。風車にはそれなりのコストがかかるから……」
「え?」
「いや、何でもない。それより、君らの連れてる動物――もしかしなくても、龍だよな?」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
「いや、やけに平然と連れてるから、あまり気にしなかったんだが……文献でしか見た事なかったけど、本当にいるんだな」
「うん。この子はシリウスって言うの」
「この子はアリエルデスっ」
 シリウスを紹介するシャルネアに間を置く事なく続いて、ミスティンがアリエルを指した。二人の言葉に応えるかの様に、シリウスとアリエルが順に一鳴きあげた。
「一応言っておくけど、そいつらを連れてシルスやオーカスには行かない方がいい」
「どうして?」
「あそこの連中は、魔術や錬金術をあまり良く思っていないんだ。ましてや、魔法を操ると言われている龍なんて存在、そう簡単には受け入れてくれないだろうからな」
「そうなんだ……今まで、そういうことあまり気にしてなかったな……」
「まあ、そもそも龍を一目見ただけで龍≠セって判別出来る奴なんて、そうはいないだろうさ。オレだって、文献で見た事があるからわかっただけだしな。ともあれ、少しは気を付けた方がいいかもな」
「そうね……」
 青年の言葉を真剣に受け止め、シャルネアが頷いた刹那、パブの前の通りから騒音が響いてきた。その激しい音に、パブにいた全員がいっせいに外に視線を向ける。とは言っても、木製の壁があるだけで外の様子が見えるわけではないのだが……
「何かあったのかな?」
 シャルネアが呟く様にそんな言葉を漏らした。その次の瞬間、入り口の扉を突き破って、大きな黒い塊がパブの中に転がり込んできた。塊は床にぶつかり、転がりながらその勢いを弱める。その動きが緩慢になるに連れて、その塊が人間である事が伺える様になった。
 転がり込んできたのは、一人の女だった。黒い装束を身に纏い、顔も覆面で覆っている。黒衣越しに伺える身体のラインから、その人物が女であるという事が直ぐにわかる。女はゆっくりと立ち上がり、自分が突き破り、今は外が丸見えになっているパブの入り口に視線を向けた。
 その場にいる者の殆どは、呆気に取られている。しかし、シャルネアは違った。女の格好を見て、つい数日前の出来事を思い出していた。全身に黒い装束を纏い、覆面で顔を覆った人物。父――アラダブルの敵と似た格好……
 クーズベルクを襲ったのは男だった。同じ人物ではない。それはわかっている。しかし、どうしても無関係とは思えず、シャルネアはつい敵意を持った視線を女に向けてしまう。女はその視線に気付いた様子もなく、入り口を注視したままだ。
『もう逃げぬのか?』
 外――パブの入り口付近から、そんな声がした。シャルネアは視線を女から入り口に移し、声の主を視界に収めようとしたが、簡単に目に付くはずの声の主を視認する事が出来なかった。
「?」
 疑問に思うが、姿が見えないまま声だけは聞こえてくる。
『もっとも、逃げようとした所で、逃がすつもりもないがな』
 否……黒い影の様な人形をしたモノが、声と共にゆっくりとパブの中に入り込んで来る。
「…………」
 女は声には応えず、懐から何かを取り出す。
 シャルネアの位置からそれを確認する事は出来なかったが、次の瞬間には女は一振りの剣を構えていた。どこから、いつの間に取り出したのか理解しかねる程大きな剣。柄から刃が広がっていき、先端近くで狭まっていく、ブロードソードと呼ばれる大剣だ。
 女が剣を構えた事により、今まで呆然と成り行きを眺めていただけの客達が、身の危険を感じたのか息を呑んだ。その音が聞こえてくる程に、今パブの中は静まり返っている。
『それが貴様の答えか』
 そんな言葉を発した声≠ェ、動いた。ハッキリとした姿はない。それでも、影の様なモノが動くのと同時にその気配が動くのを感じた。
 外から差し込む陽の光り、そして店内の灯りによって影は薄れて見難くなっている。それでも女はその気配の接近に気が付き、一歩後ろに退がりながら剣を振るった。横薙ぎに払った剣の一撃は、空しく中を切っただけだったが、少なくとも牽制にはなったはずだと、女は崩しかけていた態勢を立て直す。
「ピキィィィィッ!」
「キュルルルッ!」
 声≠ェ再び動こうとした刹那、二匹の龍が声≠ノ向かって威嚇の鳴き声をあげた。
『!?』
 驚嘆する声≠ニ女。
「あれは……?」
 驚きはしたものの、それが何か理解出来なかったらしく、女は疑問符を浮かべた。
 その隙をつき、シャルネアは立ち上がり、女と声≠フ間に入った。心の葛藤は続いている。しかし、それに勝る感情を優先する事にしたのだ。
「あなたが何者かは知りません。けど……わたしの目の前で、人殺しは許しません!」
 声≠フ殺意を感じ取ったのだろう。シャルネアは、真剣な面持ちで、声≠ノ向けて言い放った。
「アイも相手になるデス!」
 ミスティンも立ち上がり、声≠ェいるらしく場所に向かって言葉を発した。シャルネアとミスティンを応援するかの様に、二匹の龍が再び威嚇の鳴き声をあげた。
「ちっ……」
 面倒臭そうに立ち上がり、青年もゆっくりと間に入っていく。
「大体の予想はつくが……ここはオレに免じて、退いてくれないか?」
 声≠ノ向かって、そんな事を言う青年。
『貴方は……仕方あるまい。了解した』
 青年を見たであろう声≠ェ、渋々ながら了承の意を発し、そのまま消えた。
「あなた、一体何者……?」
 青年の言葉に従って消えた声=Bシャルネアは、青年に対し新たな疑惑を覚え、それを口にした。
「はぁ……もう少し遊んでいたかったんだけどな。まあ仕方ないか」
 青年は嘆息を漏らし、咳払いを一つ。姿勢を但し、シャルネアへと向き直った。
「君を迎えに来たんだよ。オレは」
「どういうこと……?」
「ちょっと待ってくれ」
 青年はシャルネアを制し、立ち去ろうとしていた女に向かって声をかけた。
「まだオレから離れない方がいい。また、影に狙われるぜ」
「…………」
 そう言われて、女は黙って青年に従った。
「さて。それじゃあ自己紹介といこうか。オレの名前はカーディス。カーディス=オリオベル。タスカントードの皇子。それが、オレの肩書きだ」
 その場の空気が、一瞬凍りついた。
 誰もが、言葉を失ってしまった。いや、いつの間にか剣をしまっている女だけは知っていたらしく、何の感情も感じさせない目をしていたが。
「ま、そういうわけだから。改めてよろしくな。クーズベルクの王女様」
 青年――カーディスの言葉で、再びその場にいた全員が絶句してしまった……


15 :夕咲 紅 :2008/02/24(日) 15:49:01 ID:PmQHsJWH

 クーズベルクは、どちらかと言えばそれ程大きな国ではない。
 とは言え、名前くらいは近隣の国にも広がっている。それは、ここタスカントードとて例外ではい。むしろ、近隣国という事もありそれなりに交流もある。
 今、シャルネア達はタスカントードの王城にいる。カーディスと名乗った青年の肩書きが事実であった証拠だ。
 シャルネアは、自分の用件を済ます為に国王への謁見を希望し、結果から言えばそれは直ぐに叶った。その間、ミスティンと子龍二匹、そしてカーディスが匿う形となった黒衣の女は、謁見の間と廊下の間にある待合室で待機する事になった。
 後ろ目にミスティン達を見つめ、視線が絡まり、シャルネアは笑顔を浮かべる。ミスティンもそれに応え、その性格が伺える様な元気な笑顔を浮かべた。
 待合室と謁見の間の間にも、廊下と呼ぶには短すぎる空間があり、カーディスはそこで立ち止まった。
「この先が謁見の間だ。オレはここで待ってるから、先に進むといい」
「ありがとう」
 シャルネアはカーディスの言葉に頷き、謁見の間の扉を開いた。
 重く、頑丈そうに見える扉だったが、シャルネアの腕の力でも苦なく開ける事が出来た。
「失礼します」
 扉を閉め、シャルネアは玉座に座る初老の男へと頭を下げた。直ぐに顔を上げたりはせず、男の言葉を待つ。
「そう堅くなる必要はない。顔を上げなさい」
「ありがとうございます」
 シャルネアは顔を上げ、玉座まで少し近付く。定位置というものはないが、王と謁見者はそれなりの距離を取るべきだと言われている。シャルネアはそれに倣い、玉座の手前で足を止めた。
「クーズベルクより参りました、シャルネア=マーツ=ミリオムです」
「うむ。私はコーウディス=オリオベル。この国の王という事になっている」
 なっている――そんな物言いに、シャルネアは違和感を覚えた。しかしそれを疑問という形にする前に、コーウディスが言葉を続けた。
「それにしても……小さかった君が、これ程可憐な少女になるとは……月日が経つのは、早いものだ」
「え?」
「君は覚えていないかもしれんが、君は昔ここに来た事があるのだよ」
「そうなんですか? 全然覚えてないです……」
「それはそうだろう。あの頃の君は、まだようやく一人で歩ける様になったくらいだったからな」
 記憶を思い起こし、懐かしむ様に目を細めるコーウディス。その視線はシャルネアから外れ、どこか遠くを見つめているかの様だ。
「そう言えば、お父上は元気かね?」
 それは、コーウディスにしてみれば何気ない言葉だった。しかし、シャルネアの表情に隠せぬ翳りが入る。それを見て、コーウディスは何かがあったのだと悟った。
 しかしそれを言葉にはせず、シャルネアから切り出すのを待つ。
「……お父様は、死にました」
 何の飾りもない言葉。まるでシャルネアの心情を表すかの様に、冷たく、それ故に分かり易い言葉。その言葉を紡いだシャルネアの表情は、どこまでも暗い。その瞬間を思い出しているのか、哀しみと同時に怒りを帯びた瞳をしている。
「殺されたんです。何者かはわかりません。ただ、わたしは何もできなかった……」
 14歳の少女が背負うには、重すぎる感情。それでも、シャルネアはその感情を背負っている。その重みに負けない様に、一つの目的を持って。これは、その為の旅だ。シャルネアはその事を思い出し、下がり気味だった顔を上げる。さっきまでの様な暗い瞳ではなく、いつもの様に明るく、強い意志を込めた瞳をコーウディスに向ける。
「今、クーズベルクは荒れています。国そのものはそうでもありません。けれど、城は崩れかけ、城下に住む者も不安は感じているはずです。そんな状況を何とかする為に、多くの者は国の復旧作業に追われています。わたしは、少しでも早く国を復旧させる為に、こうして旅に出ました。周囲の国の助力を得る為に」
「なるほど……ここにも、その為にやってきたというわけか」
「はい」
「うむ――事情は分かった。出来る限り手を貸そう」
「ありがとうございます!」
 歓喜の余り大声になってしまったが、それでも深々と頭を下げ、シャルネアは礼を言った。
「頭を下げる必要はない。元々、クーズベルクとは友好関係にあるのだしな」
「ありがとうございます」
 優しげな笑みを浮かべるコーウディスに向かって、もう一度礼の言葉を言うシャルネア。先の感情に流されてしまったかの様な声ではなく、きちんと形式取った態度で。
「一つ、聞きたいことがあるんですけど……」
「何だね?」
「カーディス様は、わたしを迎えに来たと言っていました。どうして、わたしがこの国に来るってわかったんですか?」
 カーディス様――そんな呼び方が自分の口から出た事に何となく違和感を覚えながらも、シャルネアはそんな疑問を投げかけた。
「何、簡単な事だ――愚息が、自分の力で見つけたのだよ」
「?」
 コーウディスの言葉の意味を理解出来ず、シャルネアは首を傾げた。そんなシャルネアの様子を見て苦笑を浮かべ、コーウディスは言葉を続ける。
「私の息子は、魔術に長けているのだよ。私は魔術に詳しくはないから、理屈はわからないのだがね……魔術の力で、君が来る事を察知したらしい」
 無論、シャルネアにも魔術の知識などあるはずもなく、結局シャルネアの抱いた疑問が解消される事はなかった。
「ところで――こちらからも、頼みたい事があるのだが……」
「はい。なんでも言って下さい。わたしたちとしても、できる限りのお礼はしたいですから」
 コーウディスの言葉に、シャルネアは笑顔でそう答えた……


 コーウディスの頼みというのは、クーズベルクに風車のラインを伸ばさせて欲しい。というものだった。シャルネアにとってその頼みは、むしろ願ってもいない事だった。ラインが通れば、人が訪れる様になる。人が訪れれば、国の再興は勿論、発展にも繋がる。その頼みの内容を聞いたシャルネアは、二つ返事でその頼みを快諾した。
「話は終わったみたいだな」
 謁見の間を出たシャルネアを、黒髪黒瞳のやや軽薄そうな雰囲気の青年――カーディスがそう言いながら出迎えた。
 シャルネアが謁見の間にいる間に一度着替えに戻ったのか、今のカーディスの格好は正装――皇族服だ。
「えぇ」
「そうか。それで、オレの事は思い出してくれたかい?」
「思い出すって言われても……わたし、全然ここに来た時の記憶なんてないし……」
「まあ、あの時の君はまだ小さかったしな。あの時は可愛かったぞ。おにいちゃーんっ。って、オレに懐いてくれてたしな」
「なっ……」
 カーディスの小ばかにする様な言葉に、シャルネアは思わず赤面してしまう。
「オレは、一目見て直ぐに君だとわかったのに…・・当人は、オレを見ても何も思い出しもしない。いやー、悲しいねぇ」
「…………」
 いくらカーディスの口調が人をからかうかの様な口調とは言え、その内容に流石に罪悪感が芽生え始め、何も言い返せないシャルネアは俯いてしまう。
「――冗談だよ。別に責めるつもりはないし、覚えてないのだって仕方ないくらいの歳だったんだ。でも――ちょっとくらいは、期待してたんだぜ?」
 カーディスのそんな言葉に、なぜか益々赤面してしまうシャルネア。今度は罪悪感からではなく、恥ずかしさから俯く。
 それ以上何も言ってこないカーディスを、上目遣いに見やる。
(こういう格好をしてれば、ちゃんと皇子様なのに……なんで、この人はあんな風にしてるんだろう?)
 自分の中に芽生えた微かな感情を掻き消すかの様に、そんな事を考える。
「人は見かけによらないって、本当なのね」
「ん? 何か言ったか?」
 小さく呟いた言葉だったが、カーディスに僅かながらも聞こえたらしく、そんな風に尋ねてきた。
「なんでもない」
「……まあいいけど。それより、連れの嬢ちゃん達が待ってるぜ?」
 そう言って歩き出したカーディスの後に、シャルネアは続いた。


16 :夕咲 紅 :2008/03/18(火) 15:13:17 ID:PmQHsJxD

「シャル! お帰りデス!」
 待合室に入ってきたシャルネアの姿を視認したミスティンが、嬉しそうに声をあげた。その後に続き、シリウスも一鳴きあげる。アリエルと黒衣の女は、我関せずと言った感じでそっぽを向いている。
「ただいま」
 そう応えて、シャルネアはミスティンに微笑みかけた。
 どことなく和んだ空気になる待合室の一角を余所に、壁に寄りかかり、事の成り行きに身を任せているかの様な黒衣の女。いや、そもそもシャルネア達に関心などないのだろう。今までずっと向けていた床から視線を上げ、カーディスへと視線を向けたが、直ぐに床へと視線を戻した。
 その視線に気が付いたカーディスが、苦笑を浮かべる。女の目的は知らない。その素性もわからない。だというのにも関わらず、城の中まで連れてきている。浮かべた苦笑は、自身の愚かさに向けたものなのか、それとも何かもっと別のものに向けたものなのか……
「さて、これからどうするつもりなんだ?」
 シャルネア達に向き直り、カーディスはそう問いかけた。
 その口調に、さっきまでの堅さはない。
「アイは、ハーウェルに行きたいデス!」
 魔術都市――そう呼ばれる街の名前を、ミスティンは興奮気味に口にした。
「アイは、一人前の魔女になるデスヨ」
「魔女?」
「そうデス。アイは魔女みならいなのデス」
 えっへん。と、ミスティンは胸を張った。
 その仕種の、カーディスは微笑ましさを覚え笑みを零す。シャルネアも同じ感情を抱いたらしく、小さく微笑みを浮かべている。
「魔女、ね……でも、残念ながら、ハーウェルは魔術師の管理する街であって、魔女はいないんだよ」 
「一人前には、なれないデスカ?」
「うっ、まあ……でも、魔術師としては最高級の力の持ち主ならいるけどな」
 沈みかけていたミスティンに、慌てた様子でカーディスは言った。
「そうだっ。あなたも魔術師なんでしょう?」
「ほんとうデスカッ?」
 シャルネアの言葉に、食いつく様にカーディスに詰め寄るミスティン。
「ああ、本当だよ。魔術、見てみるかい?」
「見たいデス!」
 いつも通りの――否、いつも以上の元気さで、ミスティンが声をあげた。
「よし。それじゃあ見せてあげようじゃないか。でも、ガッカリしないでくれよ。魔術ってのは、決して魔法じゃない」
「?」
「?」
 シャルネアとミスティンが同時に疑問符を浮かべた。その疑問に答えるべく、カーディスは言葉を続ける。
「魔術ってのは、個人技能なんだよ。世界に、同じ能力を持つ魔術師はいない」
「どういうこと?」
「魔術師は、たった一つの能力しか使えないって事さ。開花したその力は、他の誰にも使う事が出来ない。それで――」
 そう言ったカーディスの背後に、銀色に輝く人影が現れる。その輝きが薄れるに連れ、その輪郭がはっきりとしてくる。
 人影は地面から少しだけ浮いており、まるでカーディスを守っているかの様に見える。
(女の人……?)
白銀の女帝(シルバー・エンプレス)。これが、オレの魔術だ」
「きれいデス……」
「…………」
 感嘆の声を漏らすミスティン。そして、言葉を失ってしまったシャルネア。反応はそれぞれ違うが、二人共初めて目にする魔術≠ニいう存在に驚いているのは確かだった。
「触ってみるかい?」
「いいデスカ?」
「ああ」
 カーディスが頷くと、ミスティンはゆっくりと白銀の女帝に近付く。
 恐る恐る、そっと手を伸ばし、白銀の女帝の腹部に触れるミスティン。
「あったかいデス」
「今は、な……そうだ。君も触れてみるかい?」
 そう言って、部屋の隅にいる黒衣の女に目を向けるカーディス。女はカーディスを一瞥しただけで視線を外し、「遠慮しておこう」と一言だけ呟いた。
 そんな反応に苦笑を漏らし、カーディスは女へと向き直った。
「そう言うなって」
 そう言いながら女へと近付くカーディス。白銀の女帝もまた、当然の如くその後に続く。
 女の目の前で止まり、白銀の女帝がカーディスの前へと出る。その腕をゆっくりと伸ばし、女に触れようとする。女も、それを拒まない。カーディスと白銀の女帝に、殺意がない事を察したからだろう。
「…………」
 頬を触れられながらも、女は何も言わない。
 それで満足したのか、カーディスは振り返り、今度はシャルネアへとその視線を向ける。
「シャルネアもどうだい?」
「え? あ、うん」
 しどろもどろに応えて、シャルネアは白銀の女帝に近付く。その動きに合わせる様に、白銀の女帝からもシャルネアへと近寄っていく。その距離は直ぐにつまり、シャルネアと白銀の女帝は、その視線を絡ませ――
 シャルネアは、白銀の女帝へと腕を伸ばした。ミスティンと同じ様に、その腹部へと触れる。
(これが、魔術……)
 人――生物ではないが、確かに存在するモノ――
 シャルネアは、何か不思議な感覚を覚えていた。それが何なのかはわからなかったが……
「さて」
 カーディスがそんな言葉を発すると同時に、白銀の女帝が姿を消した。
「ハーウェルに行くんだったな。オレが案内してやるよ」
「本当? 助かるわ」
「君も来るだろ?」
 黒衣の女に、そう質問を投げかけるカーディス。
「――イオ」
「?」
「イオ。ワタシの名だ」
 どこか不機嫌そうに、黒衣の女――イオは名乗った。カーディスはその様子にどこか満足そうに頷く。
「そうか。それじゃあ、行こうか?」
 カーディスのその言葉に、部屋にいる全員が頷いた。


17 :夕咲 紅 :2008/04/13(日) 09:03:47 ID:PmQHsJWJ

「ここから先が、魔術都市ハーウェルだ」
 タスカントードのほぼ中央――正確に示すならば、カズウェルの中にある王城を出た一行は、ミスティンの希望でもあるハーウェル方面へと向かって歩いていた。扇状に広がる4つの街。ほぼ国の中央にある城からは、それぞれの街へと直ぐに入る事が出来る。
「見た感じ、カズウェルとそんなに変わらないのね」
「まあな。そもそも、魔術と錬金術は親戚に当たるんだ。その為か、それらを振興する者達の文化や風習は似てるのさ。ま、全てが同じってわけじゃないが」
「へぇ〜」
 そんな会話をしながら、一向はハーウェルへと足を踏み入れる。
 街並みは煉瓦造りの建物が多く、それなりに活気に溢れている。魔術という言葉が与える陰気なイメージとは違い、それなりに人の姿も見られる。
「そう言えば、皇子はどうしてわたしがここに来たことを知ってたの?」
 コーウディスに尋ね、明確な答えが返ってこなかった問い。それを、今度は当人に尋ねるシャルネア。
「ああ……それはな、この街――いや、国の周囲には、魔術結界が張られているんだ。全ての生物には少なからず魔力が備わっていて、結界はその魔力を感知するのさ。まあ、その結果を管理する所があるわけだ」
「それで、その中からわたしの魔力を見つけたってわけ?」
「まあそんな所だな」
 それ以上は機密だ。という風に、カーディスは話を変える。
「さて。せっかく女の子をエスコートする事になったんだ。気合入れていくかな」
 一瞬前までの表情から一変し、明るく軽い口調で、カーディスが言葉を続ける。
「ここハーウェルは、キイスタン=コネルードっていう魔術師が治めている街だ。住人全てが魔術師というわけじゃないけど、まあ少なくとも魔術に関する職に就いている者や、その関係者が住んでいる。ちなみに、キイスタンはオレの魔術師としての師匠でもある」
「そうなんだ。てっきり、住人みんなが魔術師なのかと思ってた……」
「まあ、他から来た人間は大体そう思うみたいだからな。先に言ったんだ」
「うん。それで、キイスタンっていう人は?」
「さっき城で言った、最高級の力を持つ魔術師さ。何でも、昔は世界中を旅して周ってたらしくてさ、世界的にも有名な魔術師なんだけど……知らないのか?」
「わたし、魔術とか興味なかったし」
「興味がないって……魔術について、勉強とかさせられなかったのか?」
「勉強って言ったら、経済関係とか、そういう方面しか……」
「そうか、まあいいさ。とにかく、オレのお師匠は凄い人なんだよ」
 どことなく嬉しそうに言うカーディスを見て、シャルネアはカーディスをからかいたい衝動に駆られた。
「尊敬、してるんだ?」
「尊敬? まあ、魔術師としてはしてるさ。でも、個人として見れば好きじゃないな。ただのクソジジイだ」
「そうなんだ」
 何となく微笑ましい気分になり、シャルネアは小さく笑みを浮かべた。
「何だよ?」
「なんでもない」
 軽くむくれるカーディスの表情を見て、更に楽しくなるシャルネア。大した事ではない。それでも優位に立てた事が嬉しくて、ついその足取りも軽くなる。
「まあいいんだけどさ」
 そんな言葉を呟きながら、カーディスは歩調を速めたシャルネアの後に続いた。
「あ、待つデス〜」
「ピキィィ」
「キュルル」
 ミスティンと子龍二匹も、慌ててその後に続いた。イオだけは変わらずのペースだったが……


 一度は先を行ったシャルネアだったが、結局はカーディスが先頭を歩く事になったのは当然の事で、そのカーディスの案内の元、一行はハーウェルの街中を歩き回った。魔女に関する事柄は何もなかったものの、それでもミスティンは見た事もない魔術の存在に触れ、終始楽しそうにしていた。勿論、シャルネアも楽しんでいたし、2匹の子龍も出歩く事自体が面白かったのか、何度もその小さな鳴き声をあげていた。
「それじゃあ、そろそろお開きにするか」
 陽が傾き、空がオレンジ色に染まった頃、カーディスが一息吐いた後にそう言った。
「今日はありがとう、皇子」
 カーディスの言葉に一度頷き、そう続けるシャルネア。そんなシャルネアの言葉に釈然としないモノを覚え、カーディスは片手で後頭を掻きながら口を開く。
「カーディスでいい。それとも、お兄ちゃんとか呼んでくれるか?」
「なっ、なにを言って――」
 顔を真っ赤にして、そのまま口を噤んでしまうシャルネア。そんな様子を見て、カーディスは微笑を浮かべながら「冗談だよ」と続けた。
 さっきまでの恥ずかしがった様な表情とは打って変わり、今度はむすっとした表情を浮かべるシャルネア。ころころと表情を変えるシャルネアを見て、カーディスは心が暖まるのを感じた。
「泊まる所が決まってないんだったら、城に泊めてやれるけど……どうする?」
「大丈夫。もう宿はとってあるから」
「そうか。なら大丈夫だな」
「うん。ありがとう、カーディス」
 そう言って笑顔を浮かべるシャルネア。カーディスはそんなシャルネアの微笑みに、一瞬心を奪われてしまったかの様に言葉を失い――
「どうしたの?」
「いや、何でもない。それじゃあ、気をつけろよ」
「うんっ」
 シャルネアは気付いていなかった。カーディスに向ける自分の口調が、最初の頃の様に堅いモノではなくなっている事に。カーディス=オリオベルという個人に対して、心を許しているという事に……
「行こう? ティン」
「はいデス! カーディス、ありがとうデス!」
 シャルネアの言葉に頷き、ミスティンは元気良くカーディスへと手を振った。
 シャルネアの先導の元、ミスティンと子龍2匹は、カズウェルにとった宿へと向かった……


 シャルネア達を見送り、その姿が見えなくなった頃合。カーディスは今までまとっていた明るい雰囲気を一変させ、真剣な面持ちでイオへと振り返った。
 そこには、カーディスと同等か、それ以上に真剣な――否、殺意を込めた瞳でカーディスを見据える、イオの姿がある。その殺気に気付いて振り返ったのか、それとも別の理由があるのか……
「君の目的は、最初からオレだったのか?」
「答えてやる義理はないわね」
「まあそうだろうな。でも、少なくとも目的の一つではある。そうだろう?」
 イオの冷たい口調の言葉に苦笑を漏らしながらも、尚問いかけるカーディス。その表情や態度には、何の不安も感じられない。
 しかし、パブの時同様に、イオはいつ、どこから出したのかわからぬ大剣を握っていた。イオは、間違いなくその腕に自信を持っている。それに対し、カーディスが持っているのは細身の剣が1本。腰に吊るしているその剣は、数える程度しか抜いた事がない。
「…………」
 これ以上の詮索は無駄。とでも言うかの様に、イオはしっかりと口を結び、大剣を正眼に構えた。
「話し合いで解決する――なんて事はないよな。しゃあない。相手になってやるよ」
 そう言いながら、カーディスは腰の剣を抜き放った。右手に持ったその剣を、構えると呼ぶには相応しくない様で下段に運ぶ。そのゆっくりとした動きには、どこか気品さえ感じる。
「皇族剣技か? そんなものが、ワタシに対して役に立つと思っているのか?」
「思ってないさ。でも、君に負けるとも思ってないけどな」
 ふっ。と小さく笑みを零すと同時に、カーディスは後ろに跳んだ。イオは攻めてくると思っていたカーディスが後退した事に一瞬驚き、直ぐに動く事が出来なかった。だが、カーディスは逃げる為に後ろに跳んだわけではない。それは、言うなれば時間稼ぎ……
「夢見るは冷徹の世界。此に住まう者、我が刃、我が盾とならん――白銀の女帝(シルバー・エンプレス)!」
 それは、一度見たはずの魔術。発動と同時に、術者の背後に発現する人型の魔術。イオは、そう思い込んでいた。だからこそ、カーディスが詠唱を始めた瞬間我に返り、それに備えようと態勢を整えた。が――
 白銀の女帝の姿は現れず、イオは思わず気を逸らしてしまった。その一瞬の隙で、全てが決するとも知らずに。
「!?」
 白銀の女帝は現れなかったわけではない。ただ、イオの予想とは違う場所に現れただけだった。イオの背後という、死角に。
 白銀の女帝の右手が鋭い刃物の様な形状を取っており、抱き着く様な形でイオの首に当てられている。
(冷たい……)
 イオは、そんな事を考える。前に触れた時の感覚とは真逆。だが、それでも殺意だけは感じられない。
「オレは君を殺す気はない。ただし――この国から出て行く。ってのが条件に付くけどな」
「…………」
「オレの白銀の女帝は、一瞬で君の喉元を切り裂く事が出来る。さあ、どうする?」
 イオにとって、今遂行しようとしている任務はそれ程重要なものではなかった。この国の皇子の抹殺。それは、同時に侵入した仲間の任務を隠蔽する為の任務の一つに過ぎないからだ。
(潮時か……)
 そんな答えを導き出し、イオは黙ったまま頷いた。
 イオの言葉を信じたカーディスが、白銀の女帝を消す。それを確認したイオも大剣をしまい、踵を返した。そのままタスカントードの外へと向かって駆け始め、その姿は直ぐに見えなくなった。
「……戻るかな」
 そう呟いて、カーディスは城へと向かって歩き出した……


18 :夕咲 紅 :2008/05/04(日) 18:37:04 ID:WmknkmLA

「ふぅ……やっと解放された」
 魔力審査――タスカントードに到着するなり、そう呼ばれる入国審査に引っかかったと街中で言われ、ファイは衛兵駐屯所に拘留され尋問を受けていた。
 魔力審査とは、タスカントードの周囲に張られた結界魔術による魔術探知の結界を利用したもので、結界内に入った者の魔力を探知し、その情報をある一点に転送する。その情報は全て管理されており、一度もタスカントードに足を踏み入れた事のない者が入国した場合、直ちに衛兵が駆けつける仕組みになっている。その際受ける尋問で認められれば、それ以降の出国・入国には一切関与されない。ただし、入国している間はその所在を探知されるが……
 この結界魔術は、生物の持つ魔力が固有のモノで、似た魔力を持つモノはいても、全く同じ魔力を持つモノはいないという事実によって成り立っている。
 ただ魔力を感知・探知するだけの魔術。とは言え、その範囲は国一つという広大さ、そして常時その能力を展開している。とてもじゃないが、一人で扱える魔術ではない。それを可能にしているのが、多人数による同魔術の展開だ。本来固有の能力であるはずの魔術を、他者の魔力を共有する事によって、より高度な魔術へと転化させる技術がある。それを、このタスカントードでは魔協魔術≠ニ呼んでいる。
「もう日暮れじゃないか……」
 どうしたものか。と、腕を組み思考を巡らせるファイ。普通ならば、宿を探すべきだ。しかし、ファイの目的はシャルネアと合流する事だ。イーストハーブでの失敗を繰り返さない為にも、直ぐにシャルネアを捜した方が良いのかもしれない。そんな風に考えながら、ファイは止めていた足を動かし始めた。
 今ファイがいる場所は、カズウェルのほぼ中央。駐屯所からは少し離れた所にいる。街の入り口から駐屯所までは連れて来られただけ。そして、初めてこの国に来たファイにとって、一人の少女を捜すにはこの街は余りにも広すぎる。
「それでも、捜すしかないんだよな……」
 途方にくれながらも、自分の使命を思い返し自身の心に渇を入れる。
(普通に考えれば、もう宿をとっていてもおかしくない時間だ。つまり、しらみつぶしにあたっていけば、そのうち見つかるはずだ)
 そんな考えを浮かべ、ファイは周囲を見回す。直ぐ近くに宿があるのを見つけ、早速そこに向かった。結局、その日もシャルネアを見つける事が出来ないなどとは、露とも思わずに……


 ――翌朝――

 その輝かしくも見える白いフォルム。しなやかに描いた曲線。横に長い楕円を想像してもらえればわかりやすいだろうか。全体に魔術文字≠ニ呼ばれる記号の様な文字が刻まれており、その文字が魔術の発動を促す。風を操る魔術によって、加速・減速を行い、高速で人や物を運ぶ運行用の魔術機関――風車(かざぐるま)
「これが風車かぁ……」
 初めて、それも目の前で見る風車に、感嘆の声を漏らすシャルネア。
 今シャルネア達がいる所は、風車のメインライン中枢。
「こいつに乗れば、一日とかからずにリレイムに着く」
 見送りにきたカーディスが、未だに興奮の冷め止まぬシャルネアに向かってそう言った。
「本当にありがとう。風車のチケットまで用意してもらっちゃって……」
「気にすんなって」
「うん――ラインの件については、テルスに言ってくれればいいから」
「それはもう聞いた。手紙も送ってあるんだろう? だったら、後はオレが気にする事はないさ」
「そう?」
「ああ」
「…………」
「…………」
 沈黙する二人。ほのかに頬を赤く染め、しばし見つめ合い――
「なにしてるデスカ?」
 ミスティンのそんな言葉で、慌てふためくシャルネアとカーディス。
「なんでもないっ――ね?」
「あ、ああ……」
 シャルネアは単純に照れ隠しに矢継ぎ早に言葉を紡いだだけだが、その必死の否定に少なからずショックを受けたカーディスは僅かに――誰にも気付かれない程度に表情を一瞬翳らせ、それでもシャルネアの言葉に頷いた。
「それより、行きましょうか?」
「はいデス」
「ピキィィィッ」
「キュルルル」
 シャルネアの言葉に、ミスティンと二匹の子龍が同時に応えた。
「元気でな」
 気持ちを切替え、笑顔でシャルネアにそんな言葉を向けるカーディス。
「そっちこそ」
 シャルネアも笑顔でそんな風に返した。
 その会話を最後に、シャルネアは風車へと乗り込んだ。ミスティン達も直ぐに続く。
 扉が閉まり、魔術文字が淡く輝きを放ち始める。次第にその光が強くなり、車体の周囲に風が巻き起こる。風車の車体が浮かび上がり、ゆっくりと前進を始めた。少し経てば、その長いとも短いとも言い難い車体が完全に駅≠ゥら抜け出て行く。
「またな」
 去って行く風車の尾に向かって、カーディスは小さく呟いた。
 そんな呟きも風に流れ、風車はスピードに乗る。その行く先は、再生の王国リレイム。
 全ての生物の始まりの地とも呼ばれている場所。
「シャルネア……君は何を見つめ、何を思うんだろうな……」
 そんな言葉さえ風に消え、カーディスは風車の駅を去った……


 朝目が覚め、身支度を整えたファイは、シャルネアの主目的であろう王城へと向かった。
 直ぐに謁見の間へと通され、国王コーウディスと話す事が出来た。
「彼女なら、今頃風車に乗っている頃だと思うぞ」
 そんなコーウディスの言葉を思い返しながら、ファイは王城を後にした。
 目的地は、再生の王国リレイム。それも聞いたが、風車に乗った以上、直ぐに追いかける事は出来ない。風車はライン1本につき一つの車体しかないからだ。
「今後も風車を活用しようとするなら、一度ここにここに戻ってくる事になるな……」
 下手に追いかけて行き違いになるよりも、可能性の高い待ち≠取る事にし、ファイは昨夜泊まった宿と同じ宿に向かった……


 風車が翔ける。その車体同様に、内側に魔術文字が刻まれたラインの中を。
 風車には窓の類がない。車体の外は360度ラインによって覆われているのだから無意味な物であり、車体とラインに刻まれた魔術文字を上手く作用させる為でもある。
 陽が天高くに昇り、そして沈む。やがて夜を迎え――
 風車は失速を始め、動き始めた時と同じくらいのスピードまで落ちる。
 こうして、シャルネア達を乗せた風車が、再生の王国へと辿り着く……


19 :夕咲 紅 :2008/06/06(金) 12:05:18 ID:PmQHsJWk

第四章 黒龍の涙と想い。

 アマルティアと言う名の少女がいた。少女は、獣森の王国と呼ばれる国クーズベルクの生まれだった。
 アマルティアと言う名の少女がいた。少女は、ある森で龍と出会った。黒い毛並みの、まだ成長途中の青年龍。その龍の名を、ディザードと言った。
 アマルティアと言う名の少女がいた。少女は、龍と共に旅に出た。少女と龍は、共に歩む事を決めたのだ。少女と龍は、心を許し合える仲になった。
 アマルティアと言う名の少女がいた。少女は、ある日その力に覚醒した。絶対生存者≠ニ呼ばれる、特殊異能者になったのだ。少女は、その力の意味も知らずに喜んだ。しかし、いつしかその意味を知った。少女は嘆いた。こんな力、いらない。と……
 アマルティアと言う名の少女がいた。少女は、その力故、人々から魔女と呼ばれた。黒龍ディザードが、魔女の下僕と呼ばれる様になるのは、これから少し経ってからの事だ。

 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女は黒き龍を操り、人々を苦しめた。それは、ただの伝説でしかない。しかし、少なからず真実を含んだ伝説。

 龍は知る。魔女の本当の願いを……
 龍は知る。魔女の本当の想いを……
 龍は鳴く。自らの友の幸せを願って……


 風光の王国タスカントードは、風車(かざぐるま)と呼ばれる乗り物を有しており、それらは他国への道となっている。その一つ、錬金都市カズウェルから伸びるカズウェルラインは、再生の王国リレイムへと続いている。
 白く曲線を描いた車体を持つ風車が、ゆっくりとリレイムの駅へと入って行く。やがてその動きを完全に止め、車体の横にいくつかある扉が一斉に開いた。その一つ――中央付近の扉から、長い金髪の少女が一人降りた。少女の名前はシャルネア=マーツ=ミリオム。獣森の王国クーズベルクの王女で、崩れかけている自国を救済する為に旅に出ている。
 風車によって起こされ、未だ完全には吹き止まぬ風に髪をさらわれそうになり、それを懸命に手で止めるシャルネア。シャルネアは、その碧色の瞳を背後にいる人物に向けて言葉を紡ぐ。
「気をつけてね、ティン。ちょっと、風が強いから」
「はいデス!」
 シャルネアの言葉に元気良く頷いたのは、ミスティン=コーネット。シャルネアと同じく金髪。但し、シャルネアが腰程までの長さであるのに対し、ミスティンは足元――地面すれすれまで伸ばしている。その髪を束ね、大きな三つ編を1本作っている。その頭には黒いトンガリ帽子を被っており、帽子と同じく黒いマントを羽織っている。彼女の中で魔女≠イメージした格好であるが、当のミスティンはエルフという種族。それも、一国の王女である。
 シャルネアの後に続き、ミスティンも風車を降りる。更にその後に続く様に、ひょこひょこと二匹の小さな獣が風車から降りた。一匹は白い毛並みをしており、もう一匹は緑色の爬虫類の様な肌をしている獣。どちらも龍と呼ばれる種で、伝説上の生物とされている。その存在を認知している者は少なく、龍についての知識を持たぬ者は、変わった動物だな。程度にしか思わないのだろう。殆どその存在によって騒ぎが起こる事はない。
「それにしても、本当に一日もかからずに着いたわね」
 カーディスの一日もかからない。という言葉の通り、風車はタスカントードを早朝に発ってから、その日の夜遅くにリレイムへと到着した。
「どうするデスカ?」
「今日はもう遅いし、とりあえず宿を探しましょう」
 シャルネアの意見に反対する要素など一つもなく、ミスティンは頷いた。
 探す。そう言ったものの、探すまでもなく宿の場所を知る事が出来た。風車の駅には、宿までの案内板が設置されていたのだ。
 シャルネア達はその案内に従い、駅を出て宿のある場所へと向かった。
 殆ど迷わずに宿へと辿り着き、シャルネア達は一晩明かす事になった……


「おはよう、ティン」
「おはようデスっ」
 清々しい。まさにそう表現するのが相応しい朝を迎え、シャルネアとミスティンは挨拶を交わした。自分達を忘れるな。と自己主張するかの様に、シリウスとアリエルが一鳴きあげる。
「おはよう、シリウス。それにアリエル」
「おはようデス。アリエル、シリウス」
 二人が二匹の鳴き声に応えると、二匹は満足そうに頷いた。
「今日はどうするデスカ?」
 アリエルに向けた視線をシャルネアに戻し、ミスティンは素直に思い浮かんだ疑問を投げかけた。
「本当は、直ぐにでも最深の森に行ってみたいんだけど……」
「森デスカ? 森ならアイも行きたいデス!」
 この世界で、最も古く、最も広大と言われている森――最深の森の存在を知らずに、ミスティンはただ森というだけではしゃぐ。エルフという、森に住む種の性がそうさせているのだろうか。
「でも、やるべきことはやってからじゃないとねっ。そういうわけで、わたしはお城に行かなくちゃいけないの。ティンは、ここで待っててくれる?」
「アイも行っちゃだめデスカ?」
「うーん、絶対にダメっていうわけじゃないけど……」
 自分よりも少しだけ低い身長。本当に少しだけだが、その低い位置から上目遣いに尋ねられ、シャルネアは思わずたじろいでしまった。しかし、口に出した言葉は嘘ではないものの、やはり城へは一人で赴くべきだ。そう考えるシャルネアは、ただ困った表情を浮かべる事しか出来ない。
「シャル……ごめんデス」
 そんなシャルネアの様子を見て、ミスティンが哀しげな瞳で謝った。その態度に、シャルネアは首を傾げる。
「どうして謝るの?」
「だって、シャル困った顔してたデス」
「ティン……ごめんね。でも、ありがとう」
「?」
「うぅん、気にしなくていいの。それじゃあ、お留守番してもらってていい?」
「はいデス」
「ありがとう、ティン。それじゃあ、シリウスはミスティンと遊んであげててね」
「ピキィィ」
 シャルネアの言葉に頷いたのか、それともただ名前を呼ばれ応えただけなのか、白い毛並みの龍――シリウスは一鳴きあげた。
 シャルネアはそんなシリウスを見て、了承してくれたのだと思い込み、城へと向かって宿を出た。
「それじゃあ、アイたちも行くデスヨ!」
「ピキィィ?」
「キュルル?」
 シャルネアを見送って数瞬。ミスティンが突然発したそんな言葉に、シリウスともう一匹の龍――アリエルは同時に首を傾げた。
「ぼさっとしてないでついて来るデス。街の中を歩いてまわるデスヨ」
 満面の笑顔を浮かべ、そう言いながら扉を開けるミスティン。
 やれやれ。まるで、そんな風にぼやいている様に首を横に振り、シリウスとアリエルはミスティンに続いて宿を出た……


 再生の王国。そう呼ばれているだけあって、リレイムは緑豊かな国だ。とは言え、街の造りはそれ程自然に近いわけではない。建物は全てレンガ造り。一見したイメージでは、自然とはかけ離れた栄えた国だ。街には活気もある。
 そんな街の中を、街の中心に見える城へと向かって歩くシャルネア。
(なんだか、一人で歩くのが久し振りな気がする)
 クーズベルクを発ってからはシリウスと、そしてミスティンと出会ってからはミスティンと殆ど共に過ごしてきた。こうして街中を歩くともなれば、尚更に。
 シャルネアは意味もなく感慨に耽りながら、ゆっくりと城へと向かう。急いで主用を済ませたい。そう思っていたはずなのに、今はこの緩やかな時間を少しでも長く感じていたい。心のどこかで、そう感じ始めていた。
 しかし、いくら歩調を緩めても、その足を動かし続ける限りいつかは目的地へと辿り着く。例外はなく、勿論、シャルネアも。
(着いちゃった……)
 何となく残念な気持ちを覚えつつも、首をぶんぶんと振ってそれを振り払い、シャルネアはリレイムの王城へと足を踏み入れた。


 リレイム王城・フレインの謁見の間――
 フレインへの入城そのものは一般開放されている上、城に仕えるメイドの一人が案内してくれた為、何の苦もなく謁見の間までやってくる事が出来た。眼前の玉座に座る、老人と言っても差し支えのない男に、シャルネアは自身の身分を明かし、直ぐに本題へと入っていた。
「なるほど、了解した。じゃが、条件がある」
「なんでしょうか?」
「あまり表立った行動はないのじゃが……実は、この国では内乱が起きておってな」
「え!?」
「驚くのも無理はない。一見、街は平和そのものじゃからな。しかし、事実なのじゃよ。じゃから……」
「もしもの時は、わたしたちに力を貸せ。ということですね?」
「うむ。その通りじゃ」
「わかりました。お願いしますね」
「こちらこそ、宜しく頼む」
 シャルネアとリレイム王は握手を交わし、そしてシャルネアが一歩下がる。
「これから、どうするつもりなんじゃ?」
「少しの間は、この国にいようと思っています。最深の森など、とても興味があるので」
「そうか。うむ、ならそうするといい。ここを出る時は、わしに声をかけなさい。出来る限り、力を貸そう」
「はい。ありがとうございます」
 そう言って一礼し、シャルネアは謁見の間を後にした。
 謁見の間を出ると、行きに通った時と同じ様に廊下が左右に伸びている。当然、廊下の模様が突然変わるわけもないのだが、シャルネアは不思議な感覚に捕らわれる。
(なに、これ――?)
 身体が動かない。まるで、自分の身体ではなくなったかの様な感覚。しかし、それでもシャルネアは必死に自身を保とうとする。
「シャルネア様。どうかなされましたか?」
 謁見の間まで案内してくれたメイドがやってきて、立ちすくむシャルネアにそう声をかけてきた。そのおかげか、シャルネアはかろうじて自分の身体のコントロールを取り戻した。
「な、何でもありません……それでは、失礼しますね」
 そう言って一礼し、シャルネアはその場から立ち去る。
 大丈夫。もう何ともない。そう思い込もうとしながら、長い廊下を歩く。しかし、
(!?)
 突如、急激な眩暈に襲われた。先程の違和感などとは比べ物にならない程の感覚。吐き気と眩暈に襲われながらも、必死に意識だけは保とうとする。しかし、その限界は直ぐにやってきた。シャルネアの意識は深いまどろみの中へと落ちていき、その場に倒れ込んでしまった……


20 :夕咲 紅 :2008/06/24(火) 06:05:27 ID:P3x7YnV7

『アマルティア、どうしたんだい?』
 目覚めかけたぼんやりとした意識の中、シャルネアはそんな声≠聞いた。頭の中に直接響く、いつか聞いた龍の扱う言葉≠聞いて、そこにシリウスがいるのだと、なぜだか思い込む。
「――シリウス?」
 口に出したその名前は、殆ど掠れ切っていた。どうやら声の主にその言葉は届かなかったらしく、声は一人で言葉を続ける。
『あ、ごめん。ティアって呼べって言われてたっけ……それでティア、どうしたんだい?』
 再度問いかけてくる声が、いつか聞いたシリウスの声とは違う事に思い至り、仰向けに横たわっていた身体を起こしながら閉じていた目を開く。
 目の前には、漆黒の毛並みに覆われた巨大な獣――龍が佇んでいた。大きさや、その身に纏う雰囲気が違うものの、シャルネアはその龍を知っている。と言うより、会った事がある事に直ぐに思い至った。
(ディザード……)
 黒龍ディザード。シャルネアの知る龍の中で一番の巨躯を持ち、エルフの国イーストハーブに封印されていた龍。同じくイーストハーブに封印されている自らの主の解放を切に願っている、哀しき運命を背負う龍。
『無視しないでくれよ。ボクはいつだって君の味方だ。唯一の友なんだよ』
 黙ったままのシャルネアに、返事があるまで続けるであろう呼びかけを再び投げかけるディザード。しかし、シャルネアは違和感を覚え、それに困惑する余り返事を返す余裕などない。
『いい加減、機嫌を直してくれよ。確かに、あの人間を殺したのはまずかったと思ってるんだ。ねぇ、ティア』
 シャルネアは、ふと違和感の一つに思い当たる。ディザードの身体が、自分の知る大きさよりも二回り程小さいのだ。その答えに辿り着いた途端、次々と違和感の正体に思い至っていく。
 城の中で倒れたはずなのに、シャルネアが今いる場所は繁々と緑が広がる森の中。その開けた場所に、ディザードと自分だけがいる。空を見上げれば、城に向かったのが朝だったのにも関わらず、既に陽は頭上高くに昇り切り、沈む行く方向に傾いている。まだ空は青く、日暮れには遠いが。
(それに、ディザードがわたしに語りかけている? 違う。彼は、アマルティアって呼んだ……)
 そんな事を思い浮かべ、アマルティアという名前に聞き覚えがある事に気付く。
(アマルティア――確か、魔女の名前が……)
『ティア?』
 空を見上げたり、周囲を見回すシャルネアに対し、ディザードは不思議そうにそんな言葉を投げかけてきた。
 そして思い至る。目の前の龍が、自分に対し語りかけているのだと。
「わたしは――」
『ん?』
「わたしは、アマルティアじゃない」
 前にも一度、自分の事をアマルティアと見間違われた事を思い出し、シャルネアははっきりとそう言った。しかし、前は直ぐにそれが間違いだと気が付いたと言うのにも関わらず、ディザードはその言葉を否定する。
『何を言っているんだい? ティアはティアじゃないか』
「だから、わたしは違うの」
『どこからどう見たってティアだよ。本当に、どうかしちゃったのかい?』
 必死に人違いだと伝えようとするシャルネアだったが、ディザードはそれを頑なに信じようとしない。
 シャルネアは小さく溜息を吐き、ディザードに理解してもらう事を諦めた。
「ここはどこ?」
 もう一度辺りを見回しながら、シャルネアはそう尋ねた。
『そっか。ティアは寝てたんだっけ……ここはリレイムの直ぐ近く、最深の森だよ』
(最深の森……ここが、そうなんだ)
『それで、これからどうするんだい?』
 これからどうする。そう問われ、シャルネアは思考を巡らせる。自分がなぜこの場所にいるのか。なぜディザードと共にいるのか。何も分かってはいない。
 とにかく、ここにいても何も分からない。そんな答えを導き出し――
「街に行くわ」
『駄目だよ! 街の人間達は、ティアの事を魔女だって言って嫌ってるんだから!』
 さっきまでの弱々しい、シャルネアの機嫌を伺う様な口調から一変して、本気で止めようとしているのが伝わってくる口調で叫ぶディザード。だが、語気を荒げた事、その言葉そのものがアマルティア≠貶めていると気付き――
『ごめん……』
 しゅんとなり、ディザードはわずかにうな垂れながら呟いた。
「気にしないで。とにかく、わたしは街に行く」
 街へ行かなければならない。そうとさえ思えて、シャルネアは固い決意を示す様に強い口調で言った。
『そうか……ティアがそこまで言うなら、もう止めないよ。ボクは街の上空にいるから、何かあったら直ぐに呼んでよ』
 そう言うと、ディザードはその翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がって行った。その様子をしばらくぼ〜っと眺めていたシャルネアだったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。と思い至り、意識をハッキリさせる為に頭をぶんぶんと横に振った。
(どうして、ディザードはわたしのことをアマルティアって呼ぶんだろう?)
 容姿が似ている。おそらく、そうなのだろう。しかし、きっとそれだけではないはずだ。初めて会った時には直ぐに気付いた。それなのに、今は気付かない。いや、信じようとしていないだけなのか――
(とにかく、こうしててもしょうがないし……とりあえず、街に行こう。そうすれば、何かわかるかもしれない)
 そんな事を考えながら、シャルネアは街へと向かって歩き出した。
 その時、自分が知りもしないはずの街の方向へ、一切迷う事なく進んでいる事実を、シャルネアは気にも留めていなかった……


 街に辿り着いたシャルネアは、まずその風景に疑問を感じた。それが何かはわからない。しかし、自分が知っている街並とは、確かに何かが違う――
「貴様……」
 近くで、誰かが漏らす様な声を発し、シャルネアは振り返った。そこには、見知らぬ青年が一人。シャルネアをキツイ目つきで睨んでいる。
「あなたは……?」
「俺が誰だって関係ないだろ。それより……魔女アマルティア。何をしにここへ戻ってきた? また、誰かを殺そうって言うのか?」
 ディザードだけでなく、目の前の男までもが自分の事をアマルティアと呼ぶ。
 自分とアマルティアがそれ程に似ているのだろうか? などと疑問に思いながらも、しっかりと否定の言葉を口にする。
「わたしは、アマルティアじゃない」
「白々しい嘘を……まあいい。とっととこの街から――いや、この国から出て行ってくれ」
「でも……」
「俺はな。あんたが魔女だろうがそうじゃなかろうがどうでもいいんだよ」
「え?」
「問題なのは、あんたが確かに龍を飼っていて、その龍がここの人間を殺したって事実だ。たとえ、あんた自身にその気がなかったとしてもな」
 そう言う青年を見て、シャルネアは思う。
(この人は、いい人なんだろうな)
「あんたがここから出て行く事で、ここの人間は安心出来るんだよ」
「……わかったわ。でも、一つだけお願いがあるの」
「聞こう」
「この街に、ミスティンって娘がいると思うの。その娘に伝えて。わたしは森にいるって」
「……わかった」
 青年が応えたのを確認して、シャルネアは小さく微笑んだ。それ以上は何も言わずに踵を返し、シャルネアは森へと戻る事にした……


『ねえ、ティア』
 森に戻ると、ディザードが遥か上空から降りてきてそう声をかけてきた。
「なに?」
『ミスティンって、誰?』
 本来ならば聞こえるはずのない場所にいたディザードだが、龍の特殊な五感のおかげか、それとも別の理由があるのか――何にせよ、青年との会話を聞いていた様だ。
「わたしの友達」
『僕と出会う前の?』
「そうね。でも、今でも友達」
『その娘は、君を魔女と罵らないの?』
「ええ」
『ふーん……』
 自分から尋ねておいて、あまり関心なさそうに応えるディザード。しかし、その心中は穏やかではなかった。自分の友達が普通に扱われるのは嬉しい。しかし、自分以外の何者かと仲が良いのは面白くないのだ。
「ディザード」
『何だい?』
 シャルネアの言葉に、ディザードが応える。それは、ディザードにとっていつもと変わらない光景。だが、シャルネアにとっては違う。そして、シャルネアはある一つの推論を立てていた。
「わたしを、覚えていてね」
『どういう意味……?』
 言葉の意味を理解出来ずに、疑問符を浮かべたディザード。しかし、それは無理もない事だろう。いつも一緒にいた相手から、覚えていてと言われる筋合はないのだから。だが、シャルネアは構わずに言葉を続ける。彼女の推論が正しければ、いや――その身に感じる感覚が、今≠ニいうまやかしが終わりに近付いていると告げているからこそだ。
「シャルネア。それが、わたしの名前」
『シャルネア?』
「そう」
『わからないよ、ティア』
「いつかわかるわ。わたしが、今どういう状況に置かれているか解ったように」
『ティア?』
「さようなら、ディザード。でも、あなたがここにいるのなら、きっとまた会えるわ」
『ティア……』
「さようなら……」
 シャルネアがそう呟くとほぼ同時に、その身体が薄れ始めた。
『ティア!』
「さようなら……」
 もう一度呟いた、小さく漏らした様な言葉。その言葉が風に消えると同時に、シャルネアの姿は完全に消え去った。
『アマルティアァァァァ!!』
 若き黒龍の悲痛の叫びだけが、森の中に響き渡っていた……


21 :夕咲 紅 :2008/08/08(金) 15:22:24 ID:PmQHsJxn

「大丈夫デスカ?」
 シャルネアが目を覚ますと、覗き込む様に心配そうな顔を近付けるミスティンの姿が映ってきた。
 視界の隅には、シリウスとアリエルの姿もあった。
「ティン……?」
「そうデス」
「わたし、どうして……」
 色々と考える事、確認したい事があったが、それを尋ねる前にミスティンが話を始める。
「シリウスが、急にお城に向かって飛んで行っちゃったデス。アイ、ひっしにそれをおいかけたデスヨ。そしたら、中でシャルがたおれたって聞いて……」
「そうなんだ……心配かけてごめんね」
 心配そうな表情を浮かべ俯くミスティンを見て、シャルネアはすまなさそうにそう言った。
「いいデス。シャルが元気なら、それでいいデス」
「うん。ありがとう、ティン」
 そう言いながら小さく微笑みを浮かべ、シャルネアは今いるのが城の中だという事に気がついた。
 見知らぬ部屋。城の廊下で気を失ったのは覚えている。つまり――
(あのメイドさんが運んでくれたのかな?)
 その考えは正しかったが、この時シャルネアはそれを確認する事は出来ない。
 その場にメイドの姿はなく、今はそれよりも優先すべき事があるからだ。
「ティン」
「なんデスカ?」
 呟く様なシャルネアの呼びかけに、それでもしっかりと応えるミスティン。そんなミスティンの変わらぬ様子に、シャルネアはなぜか安堵を覚えた。
 それは、魔女≠ニいう存在への不安――その裏返しなのだろう。
「森、行こうか?」
「森デスカ? 行きたいデス。でも……シャルは、平気デスカ?」
「うん。それに、わたしも森にいた方が落ち着くと思うし……だから、行こう?」
 メイドや、城の人間への礼はまた今度にすればいい。シャルネアはそう意を決し、ミスティンの返事を待つ。否、その答えがどんなものであろうと、自分の取る行動は変わらない。そう思うだけの意志があった。
「わかったデス」
 ミスティンの答えを聞き、シャルネアは一度笑みを浮かべた。そしてゆっくりと寝かされていたベッドから起き上がる。
(確かめなきゃ……)
 その想いだけを強く抱き、シャルネアは歩き出す。
「行こう?」
「はいデス」
 ミスティンの頷きと同時に、部屋の扉に手をかける。
 シャルネアの動作と同様に、ゆっくりと開かれる扉。
(黒龍ディザード……きっと、あの場所にいるっ)
 シャルネアは真っ直ぐに城の外へと向かう。その後を、ミスティンと二匹の子龍も続く。
 大した時間をかける事なく、シャルネア達は外に着いた。
「あっ――」
 シャルネアは、夢≠フ中で感じた違和感の正体に気が付いた。
 突然声をあげたシャルネアを不思議に思い、ミスティンが声をかける。
「どうしたデスカ?」
「うぅん、何でもない……」
 そう応えながらも、シャルネアは自分の心の中で納得していた。
(そっか……さっき見たこの街には、≪風車≫がなかったんだ……)
 だから、違和感があった。疑問を感じた。シャルネアは、そう理解した。そして、さっきまで見聞きしていたモノが、本当の世界ではなかった事も……


『…………』
 最深の森の開けた地。黒い毛並みの巨大な龍――ディザードは目を覚ました。
『夢……』
 そんなものを見るのは、いつ以来だろうか? そんな事を考えるが、答えは出てこない。
『ティア』
 久し振りに見た自分の主――いや、友達の姿を思い浮かべ、ディザードは涙を流す。
『逢いたい。ティア、なぜ君は……』
 そこまで言って、その思考を閉ざす。
「やっぱり、ここにいたのね」
 そう言いながら、誰かが現れたからだ。
『…………』
「確信があったわけじゃないけど、ここにいると思ったわ」
『貴様は、確か――』
「シャルネア。それが、わたしの名前。前にも一度――いいえ。二度名乗っているはずよ。一度目は、イーストハーブで。二度目は……」
『そうか。あれは、過去の出来事ではない。我にあの様な記憶はないからな』
「?」
『我の夢に、介入してきたか。どうやった?』
「そう、あれはあなたの夢だったのね……」
『質問に答えろ』
「わからない」
『何だと?』
「わからないって言ったの。突然意識が途切れたと思ったら、あそこにいたんだから」
『どういう事だ……?』
「そんなの、わたしが聞きたいくらいよ」
 嘆息を漏らしながら、シャルネアはディザードの自問に口を挟んだ。勿論、その言葉に反応があるわけもなく、ディザードは自身の中で一つの答えを導き出す。
『貴様が主に似ているという事は、もしかしたら血縁者なのかもしれんな』
「どういう事?」
『知らぬのか? ここは始まりの地だ。そして、生物の――己の過去を教えてくれる地でもある』
「自分の、過去……?」
『我は、主と共に過ごした頃の夢を見る。しかし、人は違う。我ら龍とは違い、再生がない。だから……』
「昔そのものを見る、というわけね?」
『その通りだ。主も良く、自分の兄の夢を見ると言っていた。貴様の場合は、ここの力が強く発動したのだろう』
「そっか……それじゃあ、わたしも魔女なのかな?」
『そうではあるまい。貴様からは、その匂いがせぬ』
「匂い?」
『そうだ。魔女と呼ばれる存在からは、ある特定の匂いがする』
「それじゃあ……」
 そう言って、シャルネアはミスティンを見やる。
『そのエルフからも、匂いはする……その娘が、ミスティンなのだな』
「そうだよ」
 ディザードの前でも、だんだんと飾りをつけなくなってきたシャルネアだが、その事に本人は気付いていない。
「それにしても、さ……今と昔、しゃべり方全然違うよね?」
『…………』
「昔は、僕≠チて言ってたんでしょ?」
 からかう様に微笑みを浮かべながら、シャルネアはそう言った。
『これは、主との約束だ』
 不貞腐れた様な口調で答えるディザード。しかし、シャルネアの攻撃(?)は止まらない。
「ほら、それも」
『?』
「主って呼び方。ティア――って呼んでたじゃない。それも、彼女にそう呼べって言われて」
『これも、約束だ。人前で邪悪な使役龍を演じる為のな』
「そっか……でも、もうそんなものを演じる必要はないよね? だって、あなたは決して悪い龍なんかじゃない。それどころか、とても優しい龍なんだから」
『…………』
 黙ってはいるが、ディザードは内心喜んでいた。夢の中で、そして現実でも友達≠ニ逢えた事に。
「なんで泣いてるの?」
 シャルネアが聞く。そう、ディザードは涙を流していた。その、喜びに。
「ディザード……」
『気にするな。それより、後ろでおどおどしているその娘を何とかしてやれ』
「え? あっ、ごめんねティン」
 ディザードの言葉にハッとし、シャルネアは慌てて後ろにいるミスティンに声をかけた。
「いいデスヨ。それより、そのおっきいリュウはお友達デスカ?」
「うん」
『おい』
 即答するシャルネアに、ディザードが文句有り気に声をかけてきた。
『友達になった覚えは……』
 そう言いかけたディザードを制し、シャルネアがゆっくりと口を開く。
「あなたにもアマルティアにも、友達は一人だけじゃない。わたしも、ティンも。それに、シリウスとアリエルだって、みんな友達。だから、あなたはこれ以上人を苦しめる必要はないし、あなた自身も苦しむ必要はないわ。それにね、ティンがもう少し成長したら、きっとアマルティアの封印だって解いてあげられると思うの。だって、この娘は『イーストハーブ』の王女様なんだから」
『…………』
「ねっ?」
『……わかった』
 そう言って、ディザードは翼を広げる。
『ありがとう、シャルネア。君は、僕の恩人かもしれない』
「シャルでいいよ。それと、恩人とかはなし。だって、友達でしょ?」
『ありがとう』
 もう一度そう言って、ディザードはゆっくりと中空へと浮かぶ。
『また会おう、シャル。僕は、しばらく身を隠す。この身体は、目立つからね』
「ディザード……」
 シャルネアの呟く様な呼び声に、ディザードは笑みを零した。それが笑みだとは、一見してわかりはしないが、確かにそれは笑みだった。
 ディザードは空高くへと舞い上がり、どこか――その身を隠せる場所を求めて――
 飛んで行った……


22 :夕咲 紅 :2008/09/10(水) 00:28:16 ID:WmknkmLA

 日が傾きかけていが、まだ空はほんのりと明るい。もう少しすれば日は沈み、やがては夜となる。それでも今は、まだ夕刻と呼ぶには少しばかり早い時間。
 再生の王国。そう呼ばれる国の王城。その一室。そこは国の執政に関わる者だけが入室する事を許される会議室。その部屋に今、二人の男が佇んでいる。一人は、この国の大臣。もう一人は、城内に居つくには相応しくない格好――黒尽くめの男。どちらも多数用意されている椅子の座るでもなく、机越しに立っている。睨んでいるわけではない。だが、その表情は互いに真剣そのものだ。
「邪魔は入らないのだろうな?」
「当然だ。今この部屋を使う者はいない。それに、鍵も閉めてある」
 黒尽くめの男の言葉に、大臣であるデムラス=デードはそう答えた。その口調は冷淡なもので、男に対し何の敬意も払ってはいない。むしろ、見下しているかの様な口調。だが、男もそれを気にする様子はない。
「計画は?」
「何の不備もない。予定通り決行出来る」
「そうか。ならいい。だが、もう一度だけ確認しておくぞ?」
 デムラスの言葉に、男が黙って頷く。
「あくまでも、この国の中心になるのは私だ。決して、貴様等ではない」
「ああ。そういう契約だ」
 それならば、いい。そうとだけ言うと、デムラスは踵を返し出口へと向かう。
「計画の最終確認をするのではなかったのか?」
「必要ない。それくらいには、貴様等を信用している。あくまでも、その実力を。だがな」
 そうとだけ答え、デムラスはかけていた鍵を開ける。男もそれ以上は何も言わない。それをどう受け止めのかは判断はつけ難かったが、それでもデムラスはそれ以上何も言わず会議室を後にした。
 その場に残された黒尽くめの男。その全身を覆うかの様な漆黒のローブ。そして、顔を隠すかの様に深々と被ったローブと一体のフード。
 その格好は、クーズベルクを襲った者達と同じモノだった……


 シャルネア達は、しばらく森の中でぼんやりとしていた。何をするわけでもなく、その場に佇むだけ。それでも、満足していたのだろう。しばしの沈黙を破る様に、シャルネアがゆっくりと口を開いた。
「帰ろうか?」
 その声は、とても満足気で――ミスティンは、黙ったまま頷いた。
 それから街へと戻り、今は宿の部屋にいる。部屋に着く頃には日は完全に落ち、空には月以外に光源がない。
 それでも街の中には街灯もあれば、家々から漏れる明かりもある為それ程暗くはない。
「これからどうするデスカ?」
「一度、タスカントードに戻ろうと思ってるの」
 ミスティンの質問に、シャルネアはそう答えた。
「風車は、ここからは戻ることしかできないからね。だったら、一度戻って違う場所に向かった方がいいかなって」
「ここから歩いたりはしないデスカ?」
「うーん……それでもいいけど、ここからだと、一番近い国でも歩いて一週間以上かかっちゃうの。だから、一回戻って風車で違う国に向かった方が早いと思ったんだけど……ティンは、歩いて移動したいの?」
「そういうわけじゃないデス。ただ、あれに乗ってるあいだは景色が楽しめないから、あんまり好きじゃないだけデス」
「そっか、ごめんね?」
「別にいいデスヨ。アリエルも、そう思ってるはずデス」
「キュルルル」
 まるでミスティンの言葉を肯定するかの様に、アリエルは小さく鳴いた。
「シリウスは?」
 そんなミスティン達の様子を見て、今度はシャルネアはシリウスに聞いた。
「ピキィィ」
 反論はない。とでも言うかの様に鳴くシリウス。何となく、どちらの子龍も感情を表に出すのが得意なのだと思える。
「それじゃあ決まりね。明日の朝一で風車に乗りましょう」
「はいデス!」
「ピキィィィィッ」
「キュルルルルッ」
 シャルネアの言葉に、ミスティン達が同時に応えた。
 それから、宿の一階にある食堂で夕食を済ませ、湯浴みを済ます。
 しばしの歓談。そして、夜は静かに更けてゆく。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみデス」
 シャルネア達は眠りに着く。
 これから起こる、一つの悲劇を予想だにせずに……


 夜の色は黒。そして、黒は闇の色。
 しかし、闇は決して邪悪ではない。
 黒き龍は闇を司る。
 しかし、黒き龍は邪悪ではない。
 闇は安息。
 黒き龍は守神……
 エルフに伝わる伝説の一つ、守神は、本来ならば黒き龍の事だ。
 アマルティアの件がなければ、その伝説は歪む事なく正確に伝えられていただろう。しかし、ディザードはアマルティアを選んだ。
 何よりも、そして全てを優先して――
『ティア……』
 黒き龍は、過去を思い出す。それはまだ、友が隣りにいた時の思い出。
 それはまだ、自らを偽る必要のなかった頃の思い出。
 黒き龍は、闇に紛れながら、そっと涙を流した……


 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女は儚く、そして清楚……
 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女は可憐で、そして儚い……
 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女は死を望み、そして生きた……
 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女はか弱く、龍は強く……
 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女は優しく、龍を諭した……
 アマルティアと言う名の魔女がいた。魔女は消え、龍は泣いた……

 龍は飛び、魔女は謡う。
 世界は廻り、魔女は謡う。
 魔女は嘆き、龍は鳴く。
 『絶対生存者』と呼ばれる者がいた。
 他者に守られ、他者を糧に生きる者――
 他者の命を奪い、不死を得る者――
 人はその異能者を、魔女≠ニ呼ぶ。
 アマルティアと言う名の、少女がいた。
 そして今、ミスティンと言う魔女がいる。
 『絶対生存者』は、この世に二人いない。
 唯一であって絶対なのだ。唯一でなければ、それは絶対とは言えない。
 アマルティアと言う名の少女がいた。
 彼女はおそらく、既に魔女ではない。
 アマルティアと言う名の魔女がいた。
 死を望み、人に嫌われようとした少女。

 アマルティアと言う名の、魔女がいた……


23 :夕咲 紅 :2009/10/29(木) 18:45:20 ID:PmQHsJWi

第五章 渦巻く野望とその結末。

 再生の王国リレイム。
 世界最古の森と言われている世界で最も広大な森、最深の森を有する国。
 その自然の広大さとは裏腹に、それなりに人の手の加わった街並み。一見ちぐはぐなイメージを受けがちだが、決して自然を乱す様な構造はしていない。広大な森の側面に沿って造られた街。それが、ここリレイムの始まりだ。
 初めは小さな村だった。それがやがては街となり、国となった。今では再生の王国という二つ名を持ち、貿易国家であるタスカントードから伸びる風車の発着場を有している。それだけで人々の入りは増え、国が栄える為の理由となる。今現在のリレイムは発展途上。それ故に危うい面もあり、それは内乱という形となって国を蝕んでいる。
 現国家を保とうとする国王派。そして、それを打ち破り新たな国造りを求める反国派。その二つの派閥が小競り合いを続けているのが、今のリレイムなのだ。
 国王派を束ねているのは、勿論現国王でるあるルーブル=リレイム=アッセン。最早歳老いた事実を隠せぬ程の御歳で、その王の片腕として執政しているのが大臣のデムラス=デードである。この二人の知恵を合わせる事によって、反国派を抑え続けていられる。そういう系図が出来上がっているのだ。そう、形の上では……
「王よ」
「どうしたのじゃ?」
「そろそろ休まれてはどうですかな? 貴方ももう若くはない。この様な夜更けまで頭を絞るのは辛いでしょう」
 リレイムの執政に関わる者だけが入室を許される王城フレインの会議室。その部屋の中に、今はリレイム王とデムラスの二人きり。既に日は落ち、完全な夜。それも、かなり時が更けている。子供や老人は、とうに眠っている時刻だ。
 デムラスの言葉に棘はない。だが、それはまさしく彼の本音であった。身を案じているかの様な台詞。しかし、その実王の威厳を下げる発言でもある。
「大丈夫じゃよ。確かに身体は老いたが、頭はまだまだ働かせる」
 それは、決して強がりなどではない。王は実に頭が切れる。デムラスの真意など見透かしているし、その上で彼を大臣という立場から遠ざけようとはしない。それは、一番近い場所にいた方が動向が掴めるからに他ならない。
 また、デムラスも決して頭の回転が悪い方ではない。むしろ、リレイム王にも劣らぬ賢人でさえある。つまりは、お互いに腹の探り合いをしているわけだ。最も、近き立場で。
「そうですか。ならばこれ以上は何も言いませぬ。しかし、私は先に休ませていただきますよ?」
 一応は自らの主である国王よりも先に休む。その様な発言は、本来ならば許されはしない。しかし、この二人は協力関係にある。それは、リレイム王がデムラスを大臣にと声をかけた時の契約だ。つまりは、元よりデムラスは王に仕えているわけではないのだ。
「うむ。わしももう少ししたら休もう」
「では、お先に失礼致します」
 そう言って、デムラスは会議室を後にした。
 デムラスの背中を見送ったリレイム王は、一人小さく息を漏らす。それは、張り詰めていた緊張感を解く為の吐息。だが、直ぐにその表情を引き締める。
 近い内に、大きな内乱が起きる。リレイム王は、そう予感していた。いや、確信と言っても過言ではない程の感覚。デムラスの態度。そしてその言動から、それが近いと判断したのだ。
「国が、揺れる……これも運命か……」
 リレイム王は天井を仰ぎ、静かに目を閉じた。その瞼の裏に浮かんだのは、どんな未来だったのだろうか……


「リレイムからの連絡が来ない?」
 風車の運行を担う一人が、タスカントードの発着場でそんな声を上げた。
 その男は風車の発車、着駅を確認する係りであり、連絡がない事実を伝えたのはその補佐をする係りの男だ。
「はい。もうこちらに向かってきてもいいはずの時間なんですが……」
「そんな事はわかってる。向こうから発車の連絡がない。そういう事なんだな?」
 わざわざ同じ事を聞いたのは、それだけ事態を信じたくなかったからだろう。男は腕を組み、首を捻る。
「連絡ミスならいい。だが、そうじゃなかったとしたら……」
 風車に何か事故が起こったのか、それとも……
「とにかく、一度上の指示を仰ごう」
 男はそう意を決して、風車と同じ技術を使った風話を手に取った。
「もしもし。こちら風車発着場の――」


 その日の朝は、決して目覚めの良い朝ではなかった。むしろ、最悪に近い目覚めと言える。
 外が騒がしい。その喧騒に、無理矢理起こされた様なものだ。
 そんな不愉快な思いを頭の中でイメージとして思い浮かべながら、シャルネアは目をこする。朝――そう呼ぶには少しばかり遅い時間。とは言え、まだまだ昼には遠い。
 ああ、寝過ごしたんだな。そんは事実をまるで他人事の様に思い浮かべながらも、シャルネアは隣りで眠っているはずのミスティンへと視線を移す。そこには、いると思い込んでいたエルフの少女はいなかった。
「ティン?」
 そこで、ぼんやりとしていた思考がハッキリとした輪郭を持つ。覚醒した意識の中で、直ぐにミスティンの行方を考える。普通に考えれば、一人で朝食を取りに行ったか、もしくはお手洗い。といった所だろう。しかし、ミスティンがそんな普通≠ニいう枠組みで括れるとはシャルネアは思っていなかった。
「まさか、一人で出かけた?」
 まず思い浮かんだのは、そんな事だった。そしてその考えは正しかった。
 シャルネアは部屋の中を見回し、子龍達を探す。だが、アリエルはおろかシリウスまでもいない。何かあったのか……今更ながら、そう考える。しかし、ただ部屋の中で考えていた所で答えなど出るわけもない。シャルネアは着替えを済ませ、部屋を出る。宿は2階が宿泊部屋、1階が食堂という造りになっている。シャルネア達が泊まっていたのは階段から一番近い部屋で、1階に降りるまでに然程の時間もかからなかった。
「?」
 そして、シャルネアは異変に気が付く。
 宿の中が、静か過ぎる。相変わらず、外は喧騒に包まれているにも関わらず、だ。
 念の為食堂を覗くシャルネアだったが、ミスティンどころか他の客の姿も、そして宿の人間すら見当たらない。
 シャルネアは意を決し、外へと出る。そこには、特に変わった風景が待っていたという事もなく、昨日までと変わらぬ街並が広がっていた。ただし、その道々に人の姿が広がっているのは、ある種奇妙な光景ではあったが。
「なにかあったんですか?」
 一番近くにいた中年の男に、一体何事かと質問をぶつけたシャルネア。そんなシャルネアに見向きをせずに、しかし男は返事だけはしてくれた。
「風車が爆撃されたらしい。一体、誰がそんな事を……」
 男は、おそらくタスカントードからやってきた旅人か何かなのだろう。手軽に帰る為の手段を失い、途方に暮れている様だ。だが、それはシャルネアとて同じ事だ。風車の事も心配だ。しかしそれ以上に、今はミスティン達の事が気にかかっていた。
 明日の朝一で風車に乗る。そう言った自分の言葉で、もしかしたら風車の発着場へと向かってしまったのではないだろうか。そう、考えてしまったのだ。
「ティン……」
 思わず、シャルネアは駆け出していた。昨日通ったばかりの、風車発着場への道のりを。人波が邪魔で、うま前進する事が叶わない。しかし、それでもミスティンの事が心配で、焦らずにはいられないのだろう。
 しばしの時をかけて、シャルネアは発着場付近まで辿り着いた。途中から見えていた煙。そして、未だに鎮火しきれていない炎上中の風車。それらがハッキリと視界に入り、余計に気が逸る。シャルネアは周囲を見渡し、近くにミスティン達がいないかどうか探す。だが、その姿を見つける事は出来ない。
 シャルネアは踵を返し、一度宿に戻ろうと歩を進めた。刹那――
「ピキィィィッ!」
 聞きなれた鳴き声が耳に届いた。シャルネアは足を止め、鳴き声のした方へと視線を向ける。そこには、白い毛並みの小さな龍が、人々の頭よりも少しだけ高い位置に浮かんでいた。
「シリウス!」
 シャルネアはシリウスの元へ、そしてシリウスはシャルネアの元へと移動する。人波があるとは言え、それはシリウスには関係のない事。シャルネアはあまり進む事が出来なかったが、直ぐに一人と一匹の距離は縮まった。飛び込んでくるシリウスをその胸で抱きしめ、シャルネアはシリウスのふさふさな身体へと頬擦りをした。無意識の内に、一人でいる事に不安を覚えていたのだろう。シャルネアの表情は今までと一変して穏やかなものへと変わっていた。
「そうだ! シリウス、ティンとアリエルは?」
 緩みきった笑顔から一変。再び険しい顔つきになりながら、シャルネアは言葉の話せぬシリウスへと尋ねた。
 シリウスは小さく一鳴きだけ上げて、ある方向へとその顔を向けた。
「あっちにいるのね?」
「ピキィィ」
 シャルネアの言葉を肯定するかの様に頷き、シリウスはシャルネアの腕から再び中空へと戻った。自らの指した方向へと、シャルネアを連れて行くかの様にゆっくりと飛行する。シャルネアもシリウスの意図を汲み取り、その後を追う様に歩き出した。
 シリウスに案内され辿り着いたのは、発着場を挟んだ反対側の道だった。シャルネアもミスティンも、お互いの姿を視認するなり両者に向かって駆け出した。先程シャルネアがいた側の道よりも、こちら側の方が人波が少ない。二人が走るスペースくらいは十分にある。
「ティン!」
「シャル!」
 抱擁。とまではいかないが、それでもシャルネアはミスティンの手を取り、その温もりが失われていなかった事に安堵した。だが、そんなシャルネアの気も知らずに、ミスティンは元気一杯の笑顔を浮かべ口を開く。
「シャル、おはようデス」
 そんなミスティンの言葉に多少頭痛を感じながらも、シャルネアは「おはよう」と微笑み返した。
「ティン、どうして勝手にこんなところまで来たの?」
「ここに、こなきゃいけない気がしたデス」
 少しだけ叱る様な口調のシャルネアに、微塵も臆した様子もなくミスティンは答えた。心配をかけたとは思っていない。ただ、自らの感じるままに行動するミスティンらしい反応とも言える。
 シャルネアは嘆息を漏らすが、それでも無事でいてくれた事の安堵感の方が強く、それ以上追求する気にはならなかった。
「それで、今どうなってるかわか――」
『聞こえるか?』
 わかる? シャルネアがそう聞こうとした刹那、拡声器でも使ったかの様な大きな声が辺りに響き渡った。そして、その声は周囲の反応などお構いなしに続く。
『聞こえぬわけもないな。民衆よ。この地とタスカントードを繋ぐ風車は我々が破壊した。これは、我々反国派が事を有利に運ぶ為に行った行為である。決して、民々を慄かせる為の行為ではない。それを理解して欲しい。そして国王派の諸君。我々は、これからフレインを攻め落とす。いや、既に仲間が城へと攻め込んでいるだろう。ここで我々と戦うか、直ぐに城へと向かうか選ぶが良い!』
 反国派による声明。集まった街の住人達は、その内容に何を思うのか……
 少なくとも、自分には危害はない。そう理解した住人達の大半は、それぞれの住まう場所へと戻って行った。もしかしたら戦場になるかもしれない場所に、いつまでも居残る必要などない。そう判断したのだろう。
『さて……それじゃあ、戦いの始まりといこうか』
 その声は、低く、とても冷たい声だった…… 


24 :夕咲 紅 :2010/01/11(月) 15:50:29 ID:PmQHsJxnLD

 結果から言えば、リレイムの街中が戦場になる事はなかった。
 街の東西には詰め所があるが、一般の民が攻撃の対象にならない以上街を守る必要はない。それが分かっているからこそ、詰め所にいる兵士達は真っ先に城へと向かった。
 そうしてフレインは戦場と化す運びとなった。
 が、その戦力差は圧倒的だった。リレイムは元々大きな兵力を持つ国ではない。兵士の殆どは実戦経験などなく、日夜訓練を積んでいるとは言え一般人よりも多少優れた戦闘能力を持つ程度だ。対して反国派の人員は、リレイムの住人ですらない。反国派の首謀者であるデムラスが雇った戦かう事を生業とする連中だ。一騎当千――とまではいかないまでも、反国派の兵である黒尽くめの男一人に対し最低でも3人は同時に当たらなければ足を止めさせる事すら出来ていないのが現状だった。
「さて、国王よ。そろそろ諦めはつきましたかな?」
 そんな最中、謁見の間で玉座に座る国王に向かって、デムラスは自分が首謀者である事を隠す事なくそう尋ねた。
「諦める? わしがか? 残念じゃが、諦めるのはお前さんの方じゃな」
「ほぅ……面白い事を言いますな国王よ。まだ前線は遠い様ですが、聞こえてくるのはリレイムの兵士達の断末魔ばかり。反国派の兵がここまで押し入るのは時間の問題ですぞ?」
 実際に断末魔が誰のものかなど判断は出来ないのだが、それでもデムラスは確信を持ってそんな言葉を口にした。
 リレイム王はそんなデムラスを見て、わざとらしく溜息を吐く。
「わしが、お主が反国派の首謀者である事を見抜いている事はお主も分かっておったろう? ならば、わしが何の手も打っていないとでも思っておるのか?」
「あなたに打てる手など高が知れている」
 リレイム王の言葉に冷笑を浮かべながら答えるデムラスだったが、内心は僅かに焦りと不安を覚えていた。勿論、リレイム王が何の手も打っていないとは思っていなかったが、これ程までに自信溢れる手を打っているとは思っていなかったのだ。
(だが、実際に現状を打破出来る手立てがあるとは思えん……)
 そう考えて、僅かに芽生えた不安を押し込める。
「そうじゃな……直に分かる」
 リレイム王のそんな言葉を最後に、謁見の間に沈黙が訪れた。


 金色の髪を風になびかせながら、シャルネアはフレインへと向かって走っていた。
 風車付近での反国派による声明を聞いた後、シャルネアはミスティンに宿に戻る様に言い聞かせると、そのまま王城へと向かったのだ。
 懸命に走るシャルネアの後を、これまた懸命に追うシリウス。
 シャルネアが城に向かった所で何の役に立つ訳でもない。それでも、昨日リレイム王と交わした約束を守る為にシャルネアは走っていた。
 そうして走り続け、ようやく城に辿り着いた頃には兵士達が何人も倒れていた。生きているのか死んでいるのか、それを確かめる勇気はシャルネアにはなかった。
(生きているなら助けたい。でも……)
 シャルネアは頭を振って、兵士達の姿を視界から外し城の中へと入って行く。
 謁見の間までの道程は覚えている。その記憶を呼び起こしながら城の中を進む。
「あ――」
 シャルネアは思わずそんな声を上げた。角を曲がった瞬間、その先で行われている戦闘を目の辺りにし――否、リレイム兵と戦う相手の姿を見て、シャルネアはその身を硬直させた。
 全身黒尽くめの男。その姿は正に、自身の国を襲った者達を同じ姿だった。
 シャルネアが感じたものは恐怖なのか、その場に蹲り振るえながら頭を抱える。思い起こされる、父の殺された瞬間――
「ピキィィ!」
 シリウスの慌てた様な鳴き声を聞いて我に返り、シャルネアは顔を上げる。そこには自分へと迫る黒尽くめの男の姿があった。
「!?」
 男の手には一振りのナイフ。その切っ先からは血が滴り落ちている。おそらくはつい先ほどまで戦っていた兵士の血なのだろう。シャルネアはやけに冷静にそんな事を考えていた。しかし次の瞬間には男は目の前まで迫り、血の滴ったナイフを振り上げ――
絶対審判(クリティカル・ジャッジ)
 静かな、それでいてしっかりとした声。その声がした刹那、黒尽くめの男は何かに突き飛ばされたかの様に吹き飛ばされた。
 何が起きたのか理解出来ず、しかし直面していた危機がとりあえずは去ったのだと判断したシャルネアは、声のした背後へと視線を向けた。
 そこには、一人の青年が立っていた。シャルネア同様の、しかし短く切り揃えた金色の髪。やや幼くも見えるが整った顔立ち。そして青く澄んだ瞳。どちらかと言えば細身だが、それでいてしっかりとした身体つきをしている。白を基調とした服を纏っているが、それとは正反対の黒いマントを羽織っている。シャルネアは知らぬ事だが、青年の服装は魔術師ギルドに属する組織――対魔術師反連軍の正装である。
 廊下の奥へと吹き飛ばされた男がよろりと立ち上がり、再びナイフを構える。だが――
「まだ立ち上がれるのか……だが、次で終わりだ」
 青年のそんな言葉など元より聞くつもりなどないのだろう。男は床を蹴り青年との距離を詰める。
「絶対審判」
 そのたった一言で、男は再び何らかの衝撃を受け吹き飛ばされた。外傷はない様だが、それでも男が再び立ち上がる事はなかった。
「大丈夫かい?」
 青年はシャルネアへと向き直ると、優しげな笑みを浮かべそう尋ねた。
「……はい。ありがとうございました」
 自分は助けられたのだと理解し、シャルネアは座り込んだまま頭を下げる。そんな様子を見て、青年はシャルネアへと手を差し出した。頭を上げたシャルネアはそれを見て少しだけ恥ずかしそうに手を取り立ち上がる。
「ありがとうございます」
 そしてもう一度頭を下げ、青年に対し礼の言葉を送る。
「気にしないでくれ。それよりもここは戦場だ。早く避難して方が良い」
「それは出来ません。わたしには、やるべきことがありますから」
 青年の言葉に、今だ震える身体を自身の腕で抱いて押さえ込みながら答えるシャルネア。その表情は真剣そのもので、いくら青年に何と言われようと曲げるつもりなど毛頭ない事が窺えた。
「……なるほど。それで、君の目的は?」
「え?」
 青年がなぜそんな事を聞いてきたのか理解出来なかったのだろう。シャルネアはきょとんとした表情を浮かべた。
「俺が何を言っても聞かないつもりだろう? ならせめて、俺の出来る範囲で君を助けてあげようと思ってさ。大きなお世話だったかな?」
「いいえ! 助かります! けど、良いんですか? あなただって何かやる事があるんじゃ……」
「だから、出来る限りって言ったのさ。それに、もしかしたら目的地が一緒かもしれないし」
「本当にありがとうございます。わたし、謁見の間に向かってる途中だったんです」
「謁見の間、ね。まさか本当に同じ目的地だったとはね。もしかして、どこかのお姫様だったりするのかな?」
「……秘密です」
「そうか。まあ、もし本当にお姫様だったとしても、簡単に本当の事は言えないか……まあ君の正体は置いておくとして、そろそろ行こう。余りのんびりとしていられないしね」
「そうですね。行きましょう」
 そんな会話を交わし、二人は謁見の間へと向かって走り始めた。


「予備の風車は用意出来たか?」
 リレイム側の発着場と連絡が取れず、又折り返してくるはずの風車が戻って来ない事を耳にしたカーディスは、直ぐに予備の風車を用意する様指示を出していた。各ラインに一機ずつしか存在しない風車だが、メンテナンスを行う際の為に一機だけ予備が作られている。将来的にはその数を増やす予定ではあるが、予算などの都合がつかない為にそれはまだ叶っていない。
「一応は……しかし、向こうの発着場がどんな状況か分からない以上、風車を動かすのは危険です」
 風車に乗ってリレイムに向かおうと言うカーディスを心配してか、発着場の責任者であるその男はそう言った。
「分かってる。だからこそオレが行くんだ。風車を内部から操作出来るのは師匠かオレくらいだからな」
「ですが……」
「心配するな。仮にオレの身に何かあったとしてもお前には責任がかからない様にしてある」
「そう言う事ではありません! 皇子はもう少しご自分の立場を考えるべきです!」
「……分かってる。だけど、嫌な予感がするんだ。今リレイムに向かわないと、きっと後悔する事になる。そんな気がするんだよ」
「……分かりました。ですが、十分に気をつけて下さい」
「分かってる。ありがとう」
 男の言葉にカーディスはそう答え、用意された風車に乗り込む。扉が完全に閉まった事を確認すると、男は風車のシステムを起動させる。風車はゆっくりと動き出し、徐々にそのスピードを上げていく。
 風車は本来、魔術機関によって制御されている為発車作業以外は自動で行われる。しかし停止する側に何か問題があった時の為に、風車本体から停止作業を行う事が出来る様になっている。とは言え、風車には窓がない。外の様子を確認する事は出来ない。ならばどうやって判断するのかと言えば、それは魔術機関から発せられる緊急信号で判断する事が出来る。風車を受け止める側に問題がある場合、風車本体内に赤い魔術文字が浮かび上がる。そこに魔力が流し込む事で停止信号を送る事が出来るのだが、その際に送り込む魔力の量やタイミングが難しい。急に大量の魔力を送り込めば急停止してしまい、量が少なく送り込む速さも遅ければ止まるまでの時間がかかってしまう。その目安は浮かび上がる緊急信号の強弱で判断出来るのだが、それでも適度な魔力を送り込める者は殆どいない。
「無事でいてくれよ……」
 リレイムへと向かう風車の中で、カーディスはそんな呟きを漏らした……


25 :夕咲 紅 :2010/04/18(日) 00:40:10 ID:P3x7YnVHsm

 名前も知らぬ青年と共に謁見の間へと向かったシャルネアは、一切戦闘に巻き込まれる事なく目的の場所へと辿り着いた。謁見の間の扉を青年が開け、中に入るのに続きシャルネアとシリウスも謁見の間へと入る。その場所には、リレイム王と大臣であるデムラスの姿があるだけだ。
「反連軍……?」
 青年の姿を見たデムラスが、そんな呟きを漏らす。
「待っておったぞ。そこの男――デムラス=デードが魔術師協定の違反者じゃ」
 静かにそう言いながら、デムラスを指差すリレイム王。その言葉に驚愕し、思わず言葉を失うデムラス。
 青年の所属する対魔術師反連軍とは、魔術師ギルドの定めた協定に違反した者を取り締まる組織だ。本来ならばギルドが独自に捜査をし違反者の取り締まりを行うのだが、稀に今回の様に第三者からの情報を得て動く事もある。今回に限って言えば更に特殊な状況で、一国の主からの直々の依頼でもある。反逆者にして違反者、デムラスを討ってくれと。
「言いがかりだ! そもそも私は魔術師ですらない!」
「言い逃れが出来ると思うな、デムラス=デード」
 慌てた様子で反論を叫ぶデムラスだったが、青年はそれを一言で一蹴した。
「神剣の違法所持。反連軍相手に隠し通せるとでも思っているのか?」
 神剣とは、遥か昔神々が残したと言われる道具の事だ。魔法の力を宿すそれらは剣と呼ばれているもののその形は様々で、当然その能力も神剣の数だけ存在する。神剣はいずれも人の身に余る能力を有しており、それを所有する事そのものが魔術師協定で禁止されている。
 神剣は特殊な魔力を常に発しており、反連軍に所属する者は僅かにだかその魔力を感知する事が出来る。
「外の連中は俺の仲間が相手をしている。それに所詮は雇われの身だろう? 貴様を抑えれば奴等は撤退するかもしれないな」
「くっ……」
 デムラスは忌々しげな表情で青年を見据え、そして右腕を掲げる。右手の中指には紅い宝石のはまった指輪をしており、その宝石が輝き出す。
「紅鋼呪よ、その力を示せ!」
 紅鋼呪――デムラスの指にはめられた指輪こそがその名で呼ばれる神剣だ。発動と同時に装着者を囲う様に紅い色をした鋼鉄の柱が五本現われ、宙に浮かんだまま静止したそれらが装着者の周囲をゆっくりと回り出す。
「防壁型の神剣か……?」
 だとすると厄介だな。と青年は小さく呟くも、余り困った様子は見受けられない。
「神剣を目の前にしてその余裕、流石は反連軍と言った所か? だがな、紅鋼呪の前にはどんな魔術も――否、物理的な攻撃さえも無意味だ!」
 高笑いを上げながらデムラスは叫ぶが、青年はその様子を冷たい視線で眺め、デムラスの高笑いが終わると同時に口を開く。
「絶対審判」
 刹那、光の粒子が現われデムラスへと飛ぶ。しかしデムラスの周囲を回る柱を通過しようとした瞬間に柱と柱の間に炎が上がり、青年の放った粒子は掻き消されてしまった。
「――ふっ……ふははは! だから言ったろう! 紅鋼呪の前ではどんな魔術も無駄だと!」
 内心では不安も残っていたのだろう。たらりと額から汗を流しながら、デムラスは興奮した様に叫ぶ。対魔術師反連軍と言えば魔術師の中でも最高の力を持つ者達の集まりだ。その一人を前にしても絶対的な防御能力を見せた己の持つ神剣の力。その力に酔い痴れるかの様に高笑いを上げる。
「なるほど……だがおそらくその神剣、効果を現している間移動出来ないんじゃないか?」
「何を持ってそう判断したのかは知らないが、残念ながら神剣の力を甘く見ているんじゃないか?」
 そう答え、デムラスはゆっくりと歩き出す。その動きに合わせデムラスの周囲を回る紅柱も動く。デムラスがゆっくりと歩いているのは自信の表れなどではなく、ある程度の速さで移動した場合紅鋼呪の効果が薄れてしまうからだ。それは神剣の能力の限界ではなく、使用者であるデムラスの魔力の限界によるものだ。しかしその事実を悟られまいと高笑いをあげながら悠然と部屋を出て行こうとする。
 その様子を見ながら、青年は小さく息を吐いた。それを見てデムラスは青年が諦めたと思ったらしく、再び高笑いを上げ部屋の外に出る。紅柱は物理的な存在ではなく、壁をすり抜けデムラスと共に廊下へと出た。青年はその後をゆっくりと追い廊下へと出る。
 青年はデムラスの余裕振った歩行が必然だったと判断し、その後を追う事にしたのだ。
「さて、デムラス=デード。どこに案内してくれるんだ?」
「なっ!? 貴様……」
「神剣を発動させたまま移動出来ないと思った考えは、完全な間違いと言う訳じゃなかった様だな。最も、使用者がもっと魔力のある人間だったなら話は違ったかもしれないが……」
 今までにも神剣と対峙した事のある青年の読みは、殆ど正解と言える。それは青年の経験と観察眼から導かれた推察にしか過ぎないのだが、デムラスは目の前の青年に全てを見透かされた様な気がして仕方なかった。冷や汗が止まらず、動悸も激しくなっていく。
「一度神剣を解くか? そうすれば逃げられるかもしれないな。だが、もう一度神剣を発動する暇があると思うなよ? 俺の魔術を発動するまでの速さは反連軍の中でも随一だ」
 神剣を解かなければ逃げられず、神剣を解けば殺される。そんな状況に追いやられ、デムラスは焦りながらも思考を巡らせる。腐ってもリレイムを支えてきた重役の一人だ。そう簡単に諦める様な男ではない。
(奴等と合流すれば、こいつの相手をさせる事が出来る。そうすれば逃げられるはずだ……)
「ああ、そうだ。まだ試していない事があったな」
「何だと?」
 余りに静かな、それでいて平坦な声に驚き、デムラスは足を止め振り返った。だが、それで全てが決した。
「絶対審判」
 青年の冷徹な声が廊下に響く。決して大きな声ではない。周囲が静まり返っている訳でもない。戦いはまだ続いており、周囲は騒音で包まれている。それでも、青年の声はその場に響いた。少なくとも、デムラスにはそう聞こえた。
 今までと同じならば、青年の周囲に現われて光の粒子――その粒子が現われたのはデムラスの眼前。紅柱を隔てる事のない、言葉の通り目の前だった。
 デムラスの目が驚愕によって見開かれる。何かをする間もなく粒子はデムラスと貫き、物理的にではなく精神に傷を負わす。それでも衝撃は伴い、デムラスはその場に膝を着く。
「い、今のは……」
「神剣の限界か、それとも貴様の限界か……それは分からないが、どうやら魔術の発生場所を変えれば問題ない様だな」
「そ、そんなバカな……」
「これが最初で最後の勧告だ。大人しく投降すれば、命までは取らない。神剣を解いて渡すんだ」
「……ふっ……どうやら、私の野望もここまの様だ……」
 最早どうしようもないのだと悟り、デムラスは神剣を解く。そして指から神剣たる指輪を外した刹那――
「がはっ!」
 デムラスの心臓を、何かが貫いていた。青年はその存在に気付きはしたが、デムラスの身体が壁となっていたせいか反応する事は出来なかった。否、デムラスの背後には誰もいない。しかし、おそらくは遠くから放たれたそれは魔術。魔術によって背後から心臓を貫かれ、デムラスは完全に倒れ込んだ。即死ではないが、僅かの間に地獄の様な苦しみを味わい、直ぐに死に至るだろう。それが分かったからこそ、青年はデムラスを助ける気を起こさなかった。否、正確に言えば余裕がないと言うべきだろう。次に襲い来る可能性を考慮して青年は身構える。予想通り、再び魔術によって生み出された何かが飛来する。それを避けようと身を捻らせる青年だったが、その行為は何の意味も成していなかった。
「しまった!」
 飛来した何かは空中を舞い落下し始めていた紅鋼呪に当たり、その瞬間に共に姿を消したのだ。
「狙いは神剣だったのか……」
 既に用済みと化したデムラスと屠り、神剣を回収するのが目的だったのだろう。既に気配の欠片も感じず、青年は構えを解くと同時に一息吐いた。
「……リレイム王に報告しに戻ろう」
 そんな呟きを漏らし、青年は踵を返した。
「あ!」
 青年が戻ってきたのを見て、シャルネアがそんな声を上げた。
「……デムラスは?」
「……死にました。おそらくは口封じの為でしょう。投降に応じようとした瞬間、何者かの手によって……」
「なるほど……」
 デムラスの死に思う所があるのだろう。リレイム王はしばし口を閉ざす。
「神剣も奪われました」
 ほんの僅かな間を置いて、青年がそう言葉を続ける。
「そうか……元よりあの神剣はこの国の物ではない。気にする事はない」
「貴方にとってはそうかもしれませんね。我々の任務は神剣を回収する事だったんですが……」
「……そうじゃったな。すまぬ。何にしても、お主達のおかげで助かった。礼を言う」
「お気になさらずに。我々は我々の任務の為にやってきただけですから」
「それでも、じゃよ」
「……では、そのお言葉は受け取っておきます。おそらく雇われ者は直ぐに撤退するでしょうが、一応残党の類いは処理していきますので御安心を」
「うむ。ありがとう」
「……では、失礼します」
「あの!」
 そう言って踵を返し謁見の間を出ようとする青年に、シャルネアは思わず声をかけた。
「あなたは、一体……」
「……俺の名はクィリアス――クィリアス=ルネートン。君とは、またどこかで会う気がする。だから、覚えておいてくれると助かるかな」
「――はい! 私はシャルネアです。さっきは本当にありがとうございました!」
「気にする事はないさ。それじゃあ、またどこかで」
 そう言った青年――クィリアスは、今度こそ謁見の間から去って行った……


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