龍は語る。


1 :夕咲 紅 :2007/07/20(金) 08:58:14 ID:PmQHsJxJ

 夕咲の作品、ドラゴン・プリンセスの外伝に当たる物語です。
 旧広場からの移行として投稿していきます。本編より先に移行作業に入ったのは、時間軸上でこちらの方が先の物語だから……なんですが、まあおいおい本編も改筆しつつ移行作業に入りたいと思っています。
 それでは、ドラゴン・プリンセス外伝 龍は語る。を宜しくお願いします。


2 :夕咲 紅 :2007/07/20(金) 08:59:03 ID:PmQHsJxJ

 名もない世界。
 神に見捨てられ、しかしなおその力≠フ残滓に躍らせれる世界。
 魔法
 かつて神が振るった力
 不可能を可能にする力
 奇跡を起こす力

 世界には、魔法≠フ軌跡が残されている。
 誰しもがそれを欲し、跡を追う。
 生物は争いを重ねる。
 そんな時が過ぎ去り――

 いつの日か魔法≠フ存在は忘れられ、世界には魔術≠ニ呼ばれる術が浸透していた。
 魔力を操り、世界に嘘をつきつける術。魔法≠模した力≠ゥら派生した術。

 今から語るのは、その魔術を扱う一人の人間の旅の記録だ。
 私の知る限りで、最もその力に長けた男の物語。

 だがその前に、私のことを説明しておこう。
 私の名はディオーネ。龍≠ニ呼ばれる存在だ。

 それでは始めようか。
 名もない世界で、魔法≠ヨと近付いた男の物語を……


3 :夕咲 紅 :2007/07/20(金) 09:03:54 ID:PmQHsJxJ

序章 出会い

 世界と、魔力の壁によって隔絶された空間。
 何もない、ただ造られた空間が広がっている。

 世界との接触を断って、どれ程の時が過ぎただろうか。
 私には、寿命というものがない。故に、時の流れをこの身で感じたことなどなく、その必要もない。だが、だがしかし――
 何者とも触れず、無為に時を重ね続けることに、嫌気を覚えることもある。
 それでも、私の力≠ヘ絶大だ。神の無き今、私の力≠ノ抗えるモノなど皆無に等しい。故に、私の力≠世界と接触させるのは好ましくない。だからこそ、こうして私は眠りに着くことを選んだのだ。
 一時の後悔など、再び眠れば忘れられるだろう。
 だが、私は今目を覚ましている。おそらく、孤独という感情を抱いてしまっている。
 だが、どうしようもないのだ。
 魔力の壁は、内側からは壊せない。全ての力≠流し通す様に造られている。
 外から、私の力≠上回る力≠ぶつけぬ限り、この壁は壊れはしないのだから……

 そう思いうな垂れ、再び眠りに着こうと身を丸める。
 それ以外に、できることなどありはしない。
 そう、思っていた――
「噂の結界も、大したことなかったな」
 そんな声が聞こえてきた。
 まだ若い、男の声――
 人間。その言語から、それが判断できた。
 人間? 人間だと……?
 自分の紡いだ思考に、疑惑が浮かぶ。
 ありえない。たかが人間が、私の造った壁を壊せるわけがない。
「さてさて。ここにいらっしゃるのは、一体どんな化け物さんなんだい?」
 軽い、どこまでも軽い口調。まるで、この場に私という強大な相手がいると知っているかの様な言葉。
 男の声からは、何が起こっても――何が待っていたとしても、自分なら対処できるという自信が感じられる。
 私は閉じていた目を開き、声の聞こえてくる方へと視線を向けた。
 そこには、声の張りから想像した通りの若い男が立っていた。白を基調とした絹製の服をまとった、短髪と表現するに相応しい程度に短い金髪。一見優男の様なイメージを受けそうだが、その目つきはキツク、まるで全身から強者≠ナあると物語る様なオーラを発している。
 男と、視線がぶつかる――
「おいおい……龍ときたか。さすがに、予想外だな」
 男が、少なからず驚きの声を発した。いや、漏らしたと言うべきか。しかし、恐れた様子などは微塵もない。
 男の呟きの通り、私は龍と呼ばれる存在だ。
 魔法≠ニ似て非なる力を振るう種とされ、あらゆる生物から畏怖されている。
 その私を見て――龍だと判断したにも関わらず、先ほどまでの余裕さは失われていない。どこまでも、過大な自信を持つ男だ。
『人間』
 私は、目の前に立つ男にそう呼びかけた。
 声をかけられた男は、少しだけ驚いた様子で応える。
「へぇ、喋れるんだな。いや、違うな……これは、直接頭に声が響いてる」
『その通りだ。これが我ら龍の会話を成す為の手段。いや、そんなことはどうでもいい。一体、何をしに来た? それより、どうやって壁を壊した?』
「壁? ああ、外にあった結界のことか? そんなもん、力で壊したに決まってるだろ。魔力で造られた結界なんざ、それを越える魔力をぶつけてやれば自然と倒壊するんだからな」
『そんなことはわかっている。いくら年月が経っているとは言え、あの壁は私が造ったものだ。人間如き魔力で破壊できるものではない』
「それは驕りってもんだぜ? まあ、単純にお互いが持つ魔力の総量なら龍に敵うわけなんかないだろうけどな。人間だってバカじゃない。色々進歩してるんだよ」
 その術を語るつもりはないのだろう。男はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべただけで、それ以上言葉を続けようとはしない。
 正直、その術は気になるが……
『ならば、何の為にここへ来た?』
 先の問いを繰り返した。
「まあ、遺物巡りっていうのが簡単な説明か。そうだな……何なら、オレに着いてくるか? 口で説明するよりも、その方がわかりやすいだろ」
 それは、とても魅力的な言葉に聞こえた。
 孤独に苛まれていた時に、孤独から開放される機会を与えられた。
 私の力は、世界に良い影響を与えない。しかし、今の世を見てみるのも悪くはない。
 そう、考えてしまう。
「もっとも、お前の力を借りるつもりなんてこれっぽっちもないからな。オレは、オレの力を信じてるんだ」
 なるほど。ただ、見聞の為だけに外に出る。それならば、問題ないかもしれない。力を振るうことだけが、外に出るということではないのだ。
『……いいだろう。お前の生き様、見せてもらおう』
「何か大きな話になってないか? まあいいけど。それじゃあ行くか。えっと――?」
『ディオーネ。それが、私の名だ』
 紫龍ディオーネ。それが、かつて外の世界で呼ばれていた私の名。
「ディオーネか――オレはアトラス。アトラス=ミリオム。よろしくな」


 それが、彼――アトラスと、私――ディオーネの出会いだった……


4 :夕咲 紅 :2007/08/24(金) 06:59:53 ID:PmQHsJxG

第一章 遺跡の街


 全身、白を基調とした服をまとった男が一人、道なき道を歩いている。
 まだ若い、成人を迎えて何年も経っていないだろう。その瞳は強い意志を感じさせ、鋭い目つきで前方を見据えている。まるで、自分は何者よりも強い。とでも言っているかの様なオーラを発しており、とても丸腰の男とは思えぬ程に自信を感じさせる。
 男の名はアトラス=ミリオム。
 先日聞いたばかりのその名を、私は忘れる事などないと思っている。
 人間――脆弱な生物として認知しているその存在にして、龍≠ニ呼ばれる特殊な存在である私の魔力を打ち破った男の名を、そう簡単に忘れるわけがない。
 私の魔力によって歪められた世界は今、私を認知する事ができなくなっている。誰の目にも留まる事はなく、触れる事もかなわない。もっとも、鳥でさえ羽ばたく事が困難であろう地上から遥か上空を飛んでいるのだから、わざわざ力を使う必要もないかもしれないが。
 それとは別に、もう一つ魔力を行使している。光の屈折を操り、遥か眼下を歩いているアトラスの様子をまるで間近で見ているかの様に近く映している。
 私からは関与しない。ただ、アトラスの行動を――その行く末を見守る。それがアトラスと私の交わした言葉であり、私が自身の造った殻から出た理由だ。
 道なき道――そう表した森の中を、一切迷う様子もなくただ前進している。普通なら、真っ直ぐ歩くだけでも困難であろう森の中だ。一体、何を目印に進んでいるのだろうか……
 そんな事を考えていると、アトラスがふと足を止めた。今までの様子から、今更迷ったという事はないだろう。さすがに、疲労が溜まってきたのだろうか。
「聞こえるよな?」
 上空――おそらく、私に視線を向けて、アトラスがそう言った。
『ああ』
「一つだけ、頼んでおきたい事がある」
 アトラスと出会ってまだ半日と経っていないが、それでも真剣な声音で話すアトラスを意外に感じた自分に驚きを覚えつつ、彼の言葉に耳を傾ける。
「いつか、いつかだけど……オレが死んだら、オレの死を伝えて欲しいんだ」
 初めて聞く、アトラスの弱気な言葉。声音だけではなく、その言葉そのものまで弱々しい。信じられない。だが、実際に今のアトラスは弱気に見える。たとえ人間離れした魔力を持っていようと、アトラスも人間という事か……
『いいだろう。しかし、誰に?』
「故郷に残した、妹に……」
『…………』
 家族。そういう意味では、その相手に納得がいった。しかし、恋人というわけではなく、また親というわけでもない。もしかしたら伝えるべき家族がその妹だけなのかもしれないが、アトラスの親族関係など知りはしないのだからその答えを私は持っていない。何にせよ、その言葉が何となくだが腑に落ちない。
「見れば、きっと直ぐわかるからさ。頼んだぜ」
『……わかった』
 とりあえず頷いておく。
 彼の旅に関与するわけではないし、断る理由はない。
 それからのアトラスは、今の話をする以前のものに戻り、一切弱々しい雰囲気など持っていなかった。
 やがて森を抜け、アトラスの前に一つの街が見えてきた。
 後に知る事なるその街の名を、バースと言う。
 蛮勇の王国『バース』の首都。アトラスは、その街に足を踏み入れた……



 蛮勇の王国『バース』。
 今でこそ国という体系をとっているが、建国当時は国とは呼べぬ様な街だった。
 この地域に住むいくつかの蛮族が集まり国を創ったのが始まり。初めはただの無法地帯の様に荒れていたが、当時最も力を持っていた部族の長が王という立場に就き、一応はまとまりを見せる様になった。その頃はまだ国の名など決まってはいなかったのだが……
 遥か地上から得られる情報を整理してみれば、このバースが今は立派に一国である事が伺えた。
 現国王はそれなりに器のある人間らしく、善政とはいかないまでもそれなりの政を行っている様だ。街そのものも、活気に溢れている。昔の名残なのか、少々気性が荒い連中が多い様だが。
 木造の建物が並ぶ街中を、アトラスがゆっくりと歩いている。
 以前にもこの街に来た事があるのだろう、森の中を歩いていた時同様に、一切の迷いなくその歩を進める。
 やがて宿に辿り着き、アトラスはその建物の中へと入って行った。
 少し、力の使い方を変える必要が出てきた。
 魔力を同調させる事により可能とする思念会話。その応用で、私の視線をアトラスのソレと合わせる――
「ふむ……」
 既に泊まる部屋に着いていたらしい。視線の端に映る木造の壁、そして窓とその横にあるベッド。だが、アトラスの視線はそんな物には向けられていない。おそらく、部屋の中央から少しだけ出入り口に近い方に、建物同様の木製のテーブルがある。その上に広げられた一枚の古い地図。その地図に、アトラスは視線を向けている。
 懐からもう一枚紙を取り出す。それも地図の様だが、眼下にある様な古い物でなくまだ新しいと言えるものだ。その地図を古地図の隣りに広げ、見比べる様に視線を動かす。
 新しい地図は、バースを中心にその周囲を記載した地図。そして古い地図は、おおまかだが世界地図と呼べる様な代物だ。その古地図ではバースの位置は世界の西側。その周囲に、いくつかのバツ印が付けられている。
「遺跡の街とは良く言ったものだな」
 その声に、特に感情らしいものは感じられなかった。淡々とした、呟き。
 遺跡の街――このバースの別名の様だ。周囲に小さな遺跡が多く残されている事から、そう呼ばれているのだろう。
 私の眠っていた場所も、ここからそう遠くない場所にある。古地図を見れば、その場所にもバツ印が付いている。どうやら、バツ印は遺跡等の箇所を表している様だ。
 アトラスは腕を組み、何かを考え込む。今にも唸り声が聞こえてきそうだが、アトラスの心情までの理解できるわけではない。思考の時の癖なのか、アトラスが目を閉じた。その為、私の視界も閉ざされる。アトラスが目を開くのを待ってもいいのだが、彼の様子は大体わかった。私は同調を止め、自身の視界へと意識を戻す。バース上空に停滞している為、相変わらず遥か地上にはその街並が広がっている。ちょうど、円の様な形をした国だ。
 ふと、先ほど見た古地図を思い出し、バースの周囲にも意識を向けてみる。
 バツ印のあった場所。遺跡――
 いくつか、思い当たる場所もあった……



「情報は確かなんだろうな?」
 夜も更け始めた頃、闇夜にその身を紛らせる男の姿が二つ。
 漆黒の衣を全身にまとい、建物と建物の間に身を滑り込ませ、細々と会話を成している。
「ああ。噂の遺跡荒らしさ。間違いない」
 一人は、背丈の低い男。一人は、背丈の高い男。小男の自信に溢れた返答を聞いた大男が、小さく頷いた。とほぼ同時に、顎をしゃくって真横にある建物を指した。
 二人の男は同時に駆け出し、建物の隙間から出る。自分たちの真横にあった建物――アトラスの泊まる宿の中へと入り込んだ。


『アトラス』
「ああ」
 外の不穏な動きを察した私の呼びかけに、アトラスは閉じていた瞼を開きながら応えた。アトラスも気が付いたのだろう。ベッドに仰向けに寝転がっていたいた身体を起こし、部屋の出入り口へと視線を向ける。これから寝ようとしていた者の目などではない、はっきりと意識を保っている者の目だ。
 辺りが、シンと静まり返る。
 部屋の中の魔力の流れが、変化を現す。アトラスの魔術。それは理解できた。しかし、それが何を成すモノなのかまではわからない。
 足音一つ聞こえない。しかし、それでも確かに部屋へと近付いて来る気配がある。押し殺そうとする余り、不自然に溢れ出た感情の一端。普通の人間ならば気が付かない様な、微かな気配――
「唸れ、水流の調べ――水撃の流線(アクア・ライン)
 小さな声。しかし、静まり返っていた部屋の中には、それでも十分な程に声が届いた。
 その声が聞こえた直後、部屋の扉に穴が開いた。大の男の拳一つ分程度の大きさの丸い穴。穴――そう表現したが、それは正確ではない。扉に穴は開いた。だが、その穴がぽっかりと開いているわけではない。穴を貫通している、一筋の線――水で構成された、鞭の様にしなやかに動く流水がある。
 流水は何かを探すかの様な動きを一瞬見せ、無軌道にアトラスへと襲いかかった。その動きを捉えるのは困難だ。だと言うのにも関わらず、アトラスは全く慌てた様子もなくその動きを眺めている。そう、眺めているだけなのだ。特に動く気配もなく、まるで自身に直撃するのを待っているかの様に思えてくる。だが、その流水がアトラスに直撃する事はなかった。アトラスの目の前で、流水が弾けたのだ。
 だが、襲撃者の奇襲はそれだけでは終わらない。流水が弾けたのを機に、扉を蹴破り部屋の中へと侵入してくる襲撃者。その姿は二つ。おそらく一般男性の平均値程であろうアトラスよりも頭二つ分は高い背丈の男と、その男のせいで余計に背丈が低く感じる小男。一見、デコボコなコンビに見える。
「獲物へと喰らいつく大蛇の如く。唸れ、水流の調べ――水撃の流線(アクア・ライン)
 再び紡がれた魔術発現の為の言葉――呪文や唄とも呼ばれるソレを詠唱したのは、大男の方だった。大男の詠唱と同時に、小男が懐から数本のナイフを取り出した。投擲用の小ぶりのナイフで、刃渡りは人の中指程しかない。そんなナイフを構えながら、小男が床を蹴った。その瞬間には大男の魔術が発現し、先程と同様の流水がうねっていた。アトラスは一瞬流水に目を向けたが、直ぐに小男へと視線を移す。小男は指と指の間に挟んだナイフを腕の振りだけで飛ばす。それは牽制のつもりだったらしく、ナイフを投げたと同時に床に足を着き、一度動きを止めた。アトラスはナイフを余裕でかわしたが、そこに流水が襲いかかる。だが――
「!?」
 大男が驚愕の表情を浮かべた。先程と同様に、流水はアトラスの眼前で弾けたのだ。その様子を見た小男も、慌ててアトラスと距離をとる。
「お前らが何者かは知らないが……そこらの魔術師如きに負けるつもりはないぜ?」
 それは挑発なのだろう。小さく唇の端を吊り上げ、相手を嘲るかの様に鼻で笑ったアトラスは、今度は自分からだ。とでも言わんばかりに仰々しく腕を振り上げる。
「警告だ。今すぐこの部屋を出れば、まだお前らに勝機はあるかもしれない。留まれば、お前らの負けは確定する。さあ、どうする?」
 男達にそう問いかけるアトラスだったが、勿論襲撃者たる二人がそう簡単に引き下がるわけもない。小男は再びナイフを構え、大男は魔術の詠唱に入る。
「残念。タイムアウトだ」
 アトラスがそう呟いた刹那、小男の顔前で小さな爆発が起こった。小さいと言っても、小男を仰け反らせる程度の威力はあったらしく、衝撃でバランスを崩した小男はそのまま床へと倒れた。見れば、その目は白目をむき出しにしており、意識がないのは一目瞭然だ。顔面の肌が軽く焼け爛れた様になっているのは、爆発時の熱を直に受けたからだろう。
 大男はそれでも詠唱を止めず、魔術の構成が終わる。
水撃の流線(アクア・ライン)!」
魔術式(マグス・グラフ)
 大男の叫びと同時に右腕を正面へと突き出し、アトラスは小さく呟いた。
 刹那、冷気が部屋中に充満し、三度現れた流水が凍りついた。それどころか、大男を足元から凍りつかせていく。
「なっ!?」
 再度驚愕の表情を浮かべる大男。しかし、最早その魔術から逃れる事は出来ない。
「終わりだな」
 アトラスのそんな呟きが吐かれたと同時に、大男は全身が氷付けになったいた。即死という事はないだろうが、このまま放置すれば大して時間が経たなくとも大男の生命活動は停止するだろう。
「とは言え、このままコレを置いとくわけにもいかないしな……」
 しょうがない。そう言わんばかりに大きく溜息を吐き、アトラスは大男を凍りつかせている氷塊の首から上の部分だけを熔かした。これもアトラスの魔術によるモノなのだろうが、アトラスの使う魔術は私の知る魔術の範疇を明らかに越えている。
 魔術とは、妖精や人間といった魔力に乏しい生物が、その僅かな魔力を使って世界に嘘を教え込ませる事によって様々な奇跡≠発現させる術だ。世界に嘘を教え込ませるという事は、例えそれが一時的なものだとしてもかなりの魔力を要する。人間程度の脆弱な種が世界に干渉すれば、本来ならばその身の方が持たずに朽ち果てる事になるのだろうが、生物としての生存本能がそうさせるのか、自然とリミッターが掛けられる。それが、血液による魔術の記憶だ。様々な奇跡≠起こす事は出来なくとも、たった一つ――それも、自らの魔力が血液と相まって記憶した奇跡≠起こすだけなら、身体への負担は少なくなる。その代わり、魔力の消耗が激しくなるわけだが……
 先程のアトラスの魔術。まずは他者の魔術を消失させ、爆発を起こし、そして冷気を生んだ。更には、熱までも生じさせる事が出来る。人間が世界にそれだけの干渉をして、その身が無事である事そのものが奇跡と呼べる。
「さて、せっかくだし尋問でもしてみるか」
 アトラスのそんな言葉で、私の思考はアトラスの元へと戻された。
「お前ら、何者だ?」
 単刀直入な問いかけ。しかし、それだけに相手へのプレッシャーは相当のものの様だ。
 大男は首さえも動かせないこの状況で、それでも尚堅い意志を持っているらしく口を開こうともしない。
「まあ、別に言わなくてもいいさ。ただ、これ以上雑魚の相手をしたくないもんでね。オレの事は、諦めてくれないか?」
「…………」
 諦めろ。そう言われて、命まで狙いに来ている相手を諦めるわけがない。大男は無言のまま、ただアトラスを睨みつけている。
「お前を殺すのは簡単だ。だけど、無闇な殺生は嫌いでね。お前らがオレを狙うのを止めるって言うんだったら、このまま逃がしてやってもいい。言ってる意味、わかるよな?」
 それは、完全な脅しだ。だが、それでも大男は何も応えない。
 アトラスは大男の様子に呆れ、小さく溜息を吐いた。そして何か考え込む様に腕を組み、軽く俯く。
「……よし。とりあえず、お前らここに放置な。オレは宿を出るわ。その氷は自然に熔けるし、あいつもそのうち目を覚ますだろう。まあ、その後は好きにしな」
 そう言って踵を返し、荷物をまとめ始めるアトラス。だが、背後を見せるのを待っていたかの様に、大男は口を開く。
水撃の流線(アクア・ライン)!」
 大男の頭上に水の塊が発現し、そこから真っ直ぐにアトラスへと流水が伸びる。が、それすらもアトラスに当たる直前で弾けて消えた。
「無駄だって。お前程度の魔術じゃあ、オレに傷を付ける事なんて出来やしないさ」
 そう言って不適な笑みを浮かべ、アトラスは荷物をその背に背負う。
「それじゃあな」
 そう言って後ろ手に右手を挙げ、アトラスは宿の一室を後にした。
 宿泊費は前払いしてあるので、何も言わずにそのまま宿を出る。
 そのままアトラスが向かうべく歩を進めたのは、古地図に載っていたバツ印の一つと同じ方向だった……



 宿を出てアトラスが向かった先。それは例のバツ印のあった場所ではなく、街の郊外にある小さな宿だった。否、正確には宿と呼べる様な場所ではない。おそらく、日の光を浴びる事を赦されぬ者達が泊まる様な、ただ寝床として使われる場所だ。勿論泊まるからには金銭を払う必要はあり、アトラスは店主に言われた金額を払っていた。しかし、通されたのは先述した通り宿とは呼べぬ様な部屋。明かりも何もない、暗闇が広がる――と言うには狭すぎる、暗闇に包まれた部屋。部屋の隅には、木製のベッドが一つ置いてあるだけ。そのベッドも、相当傷んでいるらしく、アトラスが身を乗せた瞬間ギシッと音が鳴った。
 しかしアトラスは気に留めた様子もなく、そのまま眠りに着こうと横になり、目を閉じた。
 仕方なく、この宿にいる他の人間へと注意を向ける。
 意識だけを飛ばし、触れたモノから情報を得る。
 ――ここの様な宿を、闇宿と呼ぶらしい。普通の宿よりも多少値が張るのが相場で、その代わり宿泊客の情報等は一切外には漏れない。否、漏らさないというのがルールとなっている様だ。
 なるほど。アトラスが直ぐに眠りに着こうとしたのは、それなりにこの闇宿を信用しているという事なのだろう。
 どちらにせよ……
 これ以上、私が関与する必要はない。いや、そもそも気に留める必要などないのだ。
 私も眠りに着こう。
 眠る必要など、本来ならばない。しかし、意識を途絶えさせる事によって、消費した魔力を多少だが補う事が出来る。今日使った分の魔力程度なら、直ぐに補えるだろう。
 遥か大空に浮かんだまま、私も目を閉じ、眠りに着く事にした……


5 :夕咲 紅 :2007/10/04(木) 08:29:57 ID:PmQHsJxn

 私の目覚めは、アトラスが闇宿を出たと同時に訪れた。
 人間の様に、寝起きで頭が回らない。などいう事はない。目覚めた瞬間から、通常の思考を巡らせる事が出来る。
 覚醒した意識の中、アトラスの動向を捕捉するべく魔力を行使する。アトラスの魔力が闇宿から出た事で意識が覚めたのだから、既に外を歩いている事はわかっている。魔力によって歪められた光の先にある空が、まるで直ぐ目の前にその地があるかの様に地上を映し出す。昨夜見た闇宿を出て西に向かった場所に、アトラスは立っていた。立ち止まって、あの古地図を開き見つめている。
 遺跡巡り。それがアトラスの行っているものだ。その理由はわからないが、アトラスの求める場所がこの街の周囲には幾つか存在するわけだが……
『どこに向かうのか決めていないのか?』
 思わず、そう尋ねてしまった。いや、悪い事ではないだろう。
「まあな。最終的には全部回るつもりだけど、どこから行くべきか……一応、二箇所にまで絞ってはあるんだ」
 そう応えながらも、古地図から目を離さない。
 それ以上言葉を続けず、一人で行き先を悩むアトラス。アトラスの考えに介入するつもりはないが、何も知らぬままというのも悔しい。アトラスの魔力と同調をし、その視線を合わせる。瞬時に、私の視線はアトラスの視線と重なった。
 古地図に印された太いバツ印。ここ、バースの周囲には五つのバツ印があり、私が眠っていた地はバースの北にある森を抜けた先。そして、バースから西に向かった山岳地帯に一つ。少し遠い様だが南に二つ、東に一つ遺跡がある様だ。
 二箇所に絞った。と言うからには、南のどちらかなのだろうか? しかし、今アトラスはバースの西よりにいる。という事は、西に向かう可能性の方が高い気もする。
「よし、決めた」
 そう言って古地図を丸め、懐にしまい込むアトラス。そのまま西へと足を向け、歩き出した。西か東かで迷っていたのだろうか。否、最早そんな事はどうでもいい。アトラスが足を向けた山岳地帯。そこは昔、魔物の存在していた場所だ。殆どの魔物が勢力を失っているらしき現在。まさか、その場所に未だ魔物がいるとは考え難いのだが……
 どうしても不安が拭えない。嫌な予感ばかりが頭を掠める。
 ……私がアトラスの身を案じる必要などない。ないのだが……

 魔物の気配。それを感じずにはいられなかった……


 蛮勇の王国『バース』。その国を象る唯一の街にして王都であるバースから西に向かうと、直ぐに山岳地帯へと入る。
 コワルド山岳と呼ばれるその場所は、かつて魔物が生息していた地でもあり、その名残なのか近寄る者は少ない。しかし、山岳の名からそのまま付けられたコワルド遺跡の存在が、ごく少数だが人間が訪れる理由になっている様だ。ごく少数――とは言っても、それは限られたある種の人間だけの様だ。
 コワルド遺跡――その場所こそが、かつて魔物が棲みついていた場所で、現在はある組織によって管理されている遺跡なのだ。その組織の人間が、遺跡を守る為に交代で見張りをしている。というのが現状なのだろう。
 ――遠目に遺跡の入り口に立つ男を見据えながら、アトラスは小さく溜息を漏らした。
「やっぱり、街で仕入れた情報は正しかったか」
 溜息を漏らしたものの、その呟きは後悔の言葉には聞こえなかった。むしろ、その情報とやらが正しかった事が嬉しくてたまらない。そんな風に聞こえた。
 私の知る限り、街で情報収集をしていたという事はない。おそらく、私と会う前にでも仕入れた情報なのだろう。
 そんなどうでもいい事を考えている内に、岩場に隠れていたアトラスが立ち上がった。音を立てない様に、ゆっくりと岩場を上手く進み、見張りの男に見つからない様にその距離を詰める。
 ――詰める。
 まだ見つからない。否、アトラスは見つかる気などないのだろう。
 ――詰める。
 まだ見つからない。
 ――詰める。
 まだ――
「誰だ?」
 見張りの男は、静かに問いかけてきた。その距離、ほんの10メートル程。
 アトラスはその動きを止め、岩場から出る。
「なるほどな――遺跡の入り口に張られた結界がやけに大きいと思ったら、探知の結界を隠す為だったわけか」
 確かに、遺跡には魔力による結界が張ってある。それも、魔力を扱う者なら誰でも直ぐに気付く様な代物が。
 そしてその周囲には、侵入者を探知する為の結界が張ってある。とても弱いモノだが、それ故に大きな結界によって上手く隠蔽されている。その探知に引っかかるまで、アトラスは気が付きもしなかった様だ。
「何者だ?」
 アトラスを睨みつけながら、見張りは問いかけてくる。アトラスは小さく笑みを漏らし、その問いに応えるべく口を開いた。
「オレの名前はアトラス。聞いた事くらいあるだろう? 遺跡荒らし。お前らの組織に、そう呼ばれてるくらいだからな」
「遺跡荒らし……成る程。今度は、このコワルド遺跡を標的にしたか」
 男の目つきが変わった。ただの侵入者を見据える目から、敵≠睨む目へと。
 男は駆け出し、常人では考えられない勢いで最高速へと入る。人間にしてはなかなかの速さだ。
 アトラスの眼前まで迫った男は、右腕を振りかぶり、真っ直ぐに突き出す。アトラスは両腕を交差させ、男の攻撃を防ごうとする。が――アトラスが防御態勢をとった瞬間に拳は止まり、男は再加速した。アトラスの右脇を抜ける様に背後へと回り、再びその右腕を突き出す。一瞬反応が遅れたアトラスだったが、身を捻らせ男が突き出した拳をかわす。そのまま振り返ったアトラスは、男を見据えながら魔力を一つの形に象る。それは、前に見た構成とは僅かに違うモノだった。殆ど同じ、しかし確かに別のモノ。
魔術式(マグス・グラフ)
 アトラスと男の間に、炎が発現した。爆ぜる勢いで発現した炎は、ただそこに現れただけで周囲に高熱を振りまく。
 男は拳を突き出した態勢のまま、地を蹴り後方へと跳ぶ。その脚力だけで無理矢理跳んだ為、態勢を崩し着地の際に片膝を着く。そこに再度、アトラスが炎を放つ。男は後退――するかと思ったのだが、逆に前方へと跳んだ。アトラスとの距離を詰め、左の拳を突き出した。アトラスは右腕だけでそれを防ぎ、左手の先で魔力を操る。だがその形を形成しきる前に、男の後ろ回し蹴りが襲いかかる。今度はアトラスが後方へと跳ぶ。その頃には魔力の構成が終わっている。また、僅かに構成が違う。
 風が渦巻く――アトラスの左手の先で渦巻いた風が、一筋の線を象る。高密度の線となった風は、凄まじい切れ味の刃となる。その風の刃を、男へと放るアトラス。本来ならば目で捉える事の叶わぬ風。しかし密集した風の刃は、肉眼で捉える事が可能だ。薄い白色に彩られた刃。ハッキリと見えるわけではないが、肉眼で捉えられない程ではなくなっている。男はその風の刃に気が付き、慌ててしゃがみ込んだ。風の刃は、男の短い髪を数本切ると、少し飛んで行った先で掻き消えた。
 アトラスは追撃をかけるべく、新たに構成を編む。否――既に構成そのものは幾つも編んである。そこに、つぎ足すかの様に魔力を流し込む。それだけで、魔力の構成は変化を現す。
 それは、私も一度見た覚えのある構成。昨夜、襲撃者を凍らせた時の構成だ。
 アトラスはその魔術を発現させる。私の記憶と違わず、発現したその魔術は周囲の熱を奪う。瞬時に冷気へと変化した空気が、男の足元を凍らせていく。男はそれに気が付いた様だが、膝を立たせるだけで跳躍するまでは叶わなかった。
「っ――」
 表情を歪め、男は舌打ちをした。だが、まだ諦めたわけではない様だ。男の周囲に、魔力の変化を感じた。
「お? ようやく魔術を使う気になったか?」
 そう言うアトラスの口調からは、余裕が感じられた。それは、自身に対する自信の表れなのだろう。
「反連軍の人間が、魔術を使わずに負ける――なんて、あったらいけないよなぁ?」
 それは挑発なのだろう。だが、男はそれに乗らない。それどころか、冷静さを増した様だ。その目つきが変わった事から、その様子が伺えた。
 反連軍――おそらく、その言葉が男の反応した言葉だろう。男の所属する組織の名前なのだろうが、生憎と私には聞き覚えのない名前だった。
 気が付けば、男の全身を魔力が覆っていた。
「武装型の魔術か?」
 アトラスのその呟きが意味している事を、私は理解する事が出来ない。一度見た魔力の構成なら、その構成が意味する内容を理解する事は出来るが、魔術体系そのものは私の知る所ではないからだ。だが、その言葉の意味から予想は着く。
魔導手甲(アドヴァン)
 男が放った言葉――アドヴァン――それは、私の知る言葉――否、名前だった。男が自身の魔術に名づけたその名は、かつて英雄と呼ばれた戦士の名だ。アドヴァン=ハルバート。私が眠りに着く前に起こったこの地域の紛争で、最も活躍した戦士――
 一度全身を覆った魔力だったが、足元の氷を粉砕させた後、男の両腕へと集中していた。まるで本当に手甲を身に着けているかの様に、魔力が男の腕で一定の形を象った。ただのエネルギーである魔力が物質化したソレは、おそらく相当の破壊力を持っているのだろう。
「魔術――って言うよりは、魔力そのものを武器にした感じだな。何か、秘密がありそうだが……」
「さて、な――」
 アトラスの言葉に律儀に応えつつも、ハッキリとした答えを述べるわけもなく男は跳躍した。
 魔力を帯びている以上、その攻撃を素手で受けるのは危険だろう。そして、男の攻撃も両腕に拠るモノに偏ってくるはずだ。そう思った。だが、この男は私の予想を裏切るのが得意らしい。アトラスの眼前へと迫った男の初撃は右足による上段蹴り。アトラスも私と同じ考えだったらしく、またも反応が遅れた。かろうじて左腕を上げ蹴りを防いだが、その勢いに押され身体が傾いた。そこに、男の左手が襲いかかる。突き出された左腕には魔力の手甲――その先端には拳を覆う魔力の塊。
 その拳は、確かにアトラスの腹部を捉えていた。だが、アトラスも負けてはいない。自身の周囲に幾つも編まれた魔力構成の一つを使い、氷の盾を中空に発現させる。男の拳は氷の盾によって阻まれ、アトラスへは届かない。だが、盾には亀裂が入り、直ぐに砕け散った。男もアトラスも、その様子など気にも留めていない。二人は視線を交差させ、互いに距離を取るべく後方へと跳んだ。
「…………」
「…………」
 緊張しているのか、二人共言葉を発しない。適度な緊張は、集中力を高める。先に動くのは――
魔術式(マグス・グラフ)!」
 アトラスが叫んだ。その刹那炎が発現し、男へと襲いかかる。と同時にアトラスは駆け出し、次の構成を編む。
 魔術を行使しては構成を編む。一度に幾つかの構成を編み、常に隙無く魔術を使用出来る状況を作り出す。余裕があれば再び構成を編む。その繰り返し――
 アトラスの発現させる魔術の一つ一つは、大して威力のあるものではない。自然を超越した現象を起こしているわけでもない。しかしだからこそ、隙も少なく術者への負担も少ない。合理的な魔術、戦法。それが、アトラスの自信へと繋がっているのだろう。
 男は左腕で炎を振り払い、その動作を利用して迫るアトラスへと左の拳を突き出す。だが、アトラスはその動きを予想していたらしく中空へ跳躍。常人と然程変わらないアトラスの運動神経では、男を飛び越える事すら出来ないだろう。だが、魔術を行使する事に長けたアトラスならでは方法で男を飛び越える。風を密集させ、中空に足場を作ったのだ。
 男の背後に着地すると同時に、風の刃を発現させる。そこに炎を織り交ぜ――
「!?」
 身の危険を感じたのか、男は振り返りもせずに前方――アトラスとは反対方向へと跳んだ。男と背を合わせる形になっていたアトラスの、振り返り様の斬撃。それが普通の刃ならば、男の回避行動は十分なものだっただろう。だが、アトラスのソレは魔術で発現した風の刃。炎を纏った風の刃は、先程アトラスが放った時同様に飛び、男へと襲いかかる。着地際に地を蹴り反転した男の眼前に、再度迫る風の刃。初めにアトラスがとった防御態勢と同じく、両腕を交差させ刃を防ぐ男。本来ならば、男の腕を切断するだけの威力を持っていたであろう刃だったが、魔導手甲に阻まれその威力を発揮する事はなかった。
「魔術式――炎封陣!」
 二人のいるコワルド遺跡入り口周辺。この場所には、アトラスの編んだ魔力構成があちらこちらに点在していた。宿での襲撃時も、前持って編んだ構成を利用しての戦闘だったのだろう。しかし、今はそれ以上の密度だ。男の周囲に満ちた炎を発現させる構成を、いっせいに発現。男を囲う様に発現した炎は、男を中心にして球体を象る。大きさは人間の身の丈の十倍程だろうか。直接男の身を焼くわけではないが、球の中は相当の熱気を生んでいるはずだ。発火。そして呼吸。密閉された炎の中では、当然酸素が減っていく。それに連れ、球が小さくなっていく。だが、その形を崩す事はない。ただその大きさだけが小さくなり、やがては男の身を焼く炎と化すのだろう。
「…………」
 無言で炎の球を見つめるアトラス。まだ、決着の時ではないと思っているのだろう。その瞳は真剣そのものだ。
 いよいよ炎の球は人一人分程度の大きさになり、球の形ですらなくなった。勢いのない炎。しかし確かに高熱を孕む炎は、男の身を焼く。その命を奪う程ではないが、全身に火傷を負わすだけの火力は有していた。
 酸素が足りなくなったせいか、男は意識を失っている。例え意識があったとしても、まともに身体を動かす事は叶わないだろうが……
「終わったな」
 そんな呟きを漏らすと同時に、アトラスはコワルド遺跡へとその視線を向けた。


『アトラス』
「ん?」
 遺跡の入り口に張られた結界を打ち破り、遺跡内部へと足を踏み入れたアトラス。私はそんなアトラスと視線を同調させながら、静かに呼びかけた。
『一つ聞きたいのだが、反連軍とは何だ?』
「何だ、知らないのか? って、考えてみれば当然か。お前が眠っている間に出来た組織だろうからな」
 そう言って笑みを漏らし、アトラスは言葉を続ける。
「反連軍――正式名称は、対魔術師反連軍って言うんだが、10年前くらい前に出来た魔術師ギルドに連なる組織だ。と――魔術師ギルドはわかるか?」
『ああ。今と全く同じという事はないだろうが、私が眠りに着く前にもギルドは存在していたからな』
 ギルド――私の知る限りは傭兵、魔術師、盗賊の三種のギルドが在り、それぞれの統制を図る組織だ。細かい働き等は変化しているだろうが、そう大きくは変わらないだろう。主に依頼者とギルドに連なる者との仲介をその役割とし、依頼者とギルド員の両方に一定の保障をする――という仕組みが成り立っているはずだ。
「なら話は早い。まあ一応簡単に言うなら、魔術師が魔術師として活動するに当たって属さなければならない組織だな。ギルドに属さない、又はギルドに逆らう魔術師はハグレと呼ばれ、魔術師として名を語る事が許されていない」
『と言う事は、アトラスはハグレという事か?』
 そんな呼び名が出来ていたとは知らなかった。いや、知らない事の方が多いのだろうな……
「まあそうなるな。ただ、世間一般では魔術を扱える人間の事を魔術師と呼ぶ。つまり、呼称としての魔術師と、職としての魔術師があるわけだ。ギルドに名を連ねる事で、魔術師という職に就く事が出来るわけだ。そうすれば、ギルドから依頼が降りる事だってあるし、その腕を売りに護衛やら何やらと働く事も出来る。まあ、自分の腕を売る。って行為は、ハグレでも名さえ広まっていれば難しくはないけどな。後は、弟子を取ったりとかもだな。ギルドに属さないだけならともかく、属す事なくそうした行為を繰り返す事によって、ギルドから目をつけられるわけだ。違法行為。そう言われ、取り締まられる。その取り締まりを行うのが――」
『対魔術師反連軍。というわけか』
「そういう事」
 どことなく得意そうな口調で応えたアトラスが、壁に突き当たり足を止めた。進むべき道は左右に分かれており、アトラスはその視線を首ごと振り左右を見回す。
 左手を見た先は、アトラスの視界に見える範囲では直線が続いている。右手の先は、なだらかに左に向かって曲線を描いている。
『どちらに進む?』
 特に他意はなく、そう尋ねた。先程の会話から、何となく干渉してしまう癖がつきはじめた気がする。
「とりあえず左。人間心理に則って進め、って奴だな」
 そんな事を言いながら、左手に足を向けアトラスは歩き始めた。
『……もう一つ、いいか?』
「ん? 別に構わないけど、何だかこんなに話しかけられるのも違和感があるな」
 それはそうだろう。私はアトラスと共にいるわけではなく、遥か上空にいるのだから。
「で、何だよ?」
『対魔術師反連軍。その名の由来なりを知っておきたい』
「何でまた――って、知的好奇心ってやつか?」
『まあそんな所だ』
 私自身、知りたいという欲求に理由を付けたりはしない。おそらく、アトラスの言葉は間違いではないだろう。
「そうだな……まず、対魔術師って呼ばれる連中がいるんだけどな」
『対魔術師?』
「ああ。魔術に対する抵抗力がえらく高くて、且つ自身が魔術師である連中を、俺達は対魔術師って呼んでる。反連軍に属しているのは、全てその対魔術師って話だ。それが由来の一つ。それと、反連軍――つまりギルドに逆らう者に対抗する為の軍。ってのだな。主に魔術師相手にってのも関係してるかもしれないが……その辺りは、対魔術師と魔術師を掛けてあるのかもしれないな」
 そう言って、はっはっと大きく笑い声を上げるアトラス。
 ふむ……
 何となく、どんな組織なのかはわかってきた気がする。
『しかしそうなると、この遺跡を管理しているのは魔術師ギルドという事になるのだろう?』
「そうなるな」
『大丈夫なのか?』
「愚問だな。オレは既に結構な数の遺跡を巡ってきたし、その中には勿論ギルドの管理する遺跡もあった。もうとっくに目はつけられてるよ。だからこそ遺跡荒らし≠フ名を付けられたんだからな」
 そう言ったアトラスからは、苦笑が漏れていた。しかし、そこに不快感などはらしい。今の状況でさえ、楽しいと感じている様にさえも思える。
 まったく、どこまでも自尊心の強い男だ。
「お?」
 アトラスの目つきが変わった。どうやら、暗闇の先に続く道に変化が訪れたらしい。私もアトラスの視線に意識を集中させ、その目に映る光景を見る。
 歩く速度を少しだけ上げたのか、視界が動く早さも増している。
 じょじょに見えてくる暗闇の先――
「あー……」
 その声は、落胆の声。
 アトラスの辿り着いた場所は、壁が崩れ先に進む事の叶わない行き止まりだったのだ。
「壁みたいな色が見えたと思ったら、本当に壁だったか……もっとも、今は残骸だけどな」
『残骸を壊してみれば、先に進めるかもしれんぞ?』
「いや、この先には進まない。ギルドが介入しているのに、先まで調査されてないなんて事はないだろうからな。それなのにこうして放置してあるって事は、この先には何もなかったか、今は何もないって事だ」
『なるほど。一理あるな』
「つーわけで、引き返すか。こっちは外れだったみたいだからな」
 そう言って踵を返し、アトラスは来た道を戻り始めた。


 最初の分岐点まで戻り、そのまま直進。
 ゆるやかに曲線を描く道を、身体を僅かに傾けながら左に曲がっていくアトラス。どうやら、進む方向に身体を傾ける癖がある様だ。とは言っても、本当に僅かな傾きでしかない。私自身の視点と、アトラスの視点にズレが生じたからこそ気が付いたに過ぎない。
 曲線を描く道は、その角度よりも更にゆるやかに、下り道へと変わる。そう言えば、特に気に留めていなかったが、遺跡内部には明かりがある。光源としては乏しく、かろうじて数歩先が見える程度だが、壁そのものに魔力が付加されているらしくほんのりと淡く光っている。元からそうなのか、それとも魔術師ギルドの人間が魔力を付加させたのかはわからないが、少なくとも今ある魔力はギルドの人間のものだろう。
 魔力というのは、一つの方向性を持った時点で浪費されるものだ。魔力は有機物、無機物、更には空気中にさえ備わっており、ただ存在するだけなら永久的に存在する。しかし、私の扱う力≠笆op、結界などにしても、一度行使した魔力はその効果を発現・継続させる為に浪費される。だからこそ、魔力の乏しい人間は知恵を絞り、多彩な術を持とうとするのだろう。
「また結界か……」
 いつの間にか曲がり道ではなくなり、下り道でもなくなっていた。アトラスの目の前には木製の扉があり、行く手を阻んでいる。その扉には、アトラスの漏らした言葉の通り結界が張られている。その結界は、入り口に張ってあったものよりも強力なものだ。
「いくら反連軍の監視下にあるとは言え、まさか中にまで結界があるとはな……中身はお宝か、それとも危険なものか……」
 不適な笑みを浮かべながら、アトラスは結界を打ち破るべく魔力を右手に集める。
 魔術を使うのではなく、魔力そのものを凝縮、固定させる。魔力の動きは入り口にいた男の魔術に近いが、発現する効果は全く違う。物理的干渉を可能とする魔術と違い、今アトラス右手に集まっている魔力の塊は、同じ魔力体にしかその効果を発しない。入り口の結界も、この手で破壊していた。そしておそらく、私の創った結界もこの手で破壊したのだろう。
 アトラスの右手に集まった魔力が、拳二個分程の大きさの球体を象る。右腕を振りかぶり、アトラスは魔力球を扉へと投げつけた。
 ピシッ。
 そんな擬音が実際に聞こえてきた。結界にヒビが入り、次の瞬間には目の前の結界は粉々に砕け散っていた。
「それじゃあ、ご対面といきますか」
 どことなく嬉しそうな表情を浮かべながら、アトラスは扉に手をかけ、ゆっくりと開く――
「!」
 その目に映ったのは、壁中が真っ白な部屋。むしろ、空間とさえ表現出来る。だだっ広いとでも表現しておけば適切だろう。ほぼ正方形に思えるその部屋は、見るからに異様。そして何よりも、部屋の奥に見えるモノが異様な雰囲気を醸し出している。
 部屋の奥の天井、壁、床から伸びる銀色の鎖。おそらく、その鎖にも魔力が付加されている。
 その鎖に両の手足を繋がれ、天井から壁に斜めに伸びる別の鎖が、目を開けない様に閉じた瞼の上で交差している。
 白い部屋にある、白ではないモノ。鎖と、鎖に繋がれたナニカ。茶色い肌をしている、ごつごつとした、岩の様な肌。ところどころに突起物があり、それがまるで角の様に見える。特徴的なのは、人の2倍近い腕の長さだろうか。
 魔物――
 かつて存在した、人類や弱き生物達の天敵。ただ壊す、殺す為だけに存在した悪意の塊。種としては、我ら龍に近いかもしれない。
 やはり、いたか……
「龍の次は魔物か。何だか、運が良いんだか悪いんだかわからねーな」
 そんな風に言っているが、相変わらずその声には喜びしか感じられない。
「まあ、封印されちまってるみたいだが……ああ、反連軍に良い様に使われてるんだろうな。研究対象とか何とかで」
 そう言いながら頭を掻き、一歩魔物へと近付くアトラス。その歩が一歩で留まるなどという事は勿論なく、ゆっくりと魔物へと近付いていく。そう、思っていた。
 だが、アトラスは途中でその歩みを止めた。私もまた、その理由に直ぐに思い至った。
 部屋全体が真っ白だと思っていた。否、確かに全体が白かったのだ。しかし、じょじょに――アトラスが歩くよりも随分と遅くだが、部屋の入り口部分から白色が消えてきている。この場所の本来の壁であろう、岩の連なる姿が見えてくる。
「なるほど。この部屋全体が、一つの結界に覆われてたわけか。それにあの鎖、ただの鎖じゃないな」
 鎖そのものから発せられる魔力を感じ取り、アトラスは漏らす様に呟いた。
 あの鎖――ただ魔力が付加された程度の物ではないな。相当な魔力が込められている――否、そうじゃない。あの鎖を繋ぐ輪一つ一つに、力≠発現する式が埋め込まれている。人間、それに私にさえあんな式を組む事は出来ない。つまり、あの鎖は……
「神剣、か……」
 まるで私の思考を読んだかの様なアトラスの呟き。一瞬驚いたが、それはアトラスの知識から弾き出された答えなのだと直ぐに思い至った。
 神剣――神が、この世界を去る前に残した遺物。剣と称されてはいるが、その形は多種多様。名の通り剣の形をしているモノもあれば、今アトラスの目の前にあるモノの様に鎖形のモノもある。現在世界に存在する如何なる者にも創り出す事の出来ぬ魔法具。それが、神剣と呼ばれるモノだ。
 神剣の存在に驚いているうちに、白い壁の残りは僅かになっていた。直に、神剣の伸びる天井や床に届く。
 どうやら、入り口に張られていた結界は、この部屋の中にまで繋がっていた様だ。アトラスがその一部を破壊した事により、倒壊しかけているのが現状なのだろう。
 やがて神剣を吊るしている天井も床もなくなり、鎖が音を立て本来あるべき姿を取り戻した地面へと落ちた。と同時に、鎖によって立たされていただけの魔物の地面へと倒れ込んだ。
 神剣に捕らわれていた魔物。未だに神剣に繋がれているとは言え、その動きを邪魔するモノはもう何もない。否……
 腕や足に巻きついていた鎖が、自然と解けた。魔物は完全に自由を取り戻したのだ。しかし、動かない。
「死んではいないと思うんだがな……」
 気楽な口調。だが、そう呟くアトラスの目は真剣そのものだ。自身の周囲に幾つもの魔力を構成し、臨戦態勢を取っている。
 そしてゆっくりと、本当にゆっくりと――
 魔物が、立ち上がった。
 アトラスは魔物を真っ直ぐに見据える。魔物もまた、閉じていた眼を開いた。まるで顔全体がそのものであるかの様な、大きな一眼。その眼に見つめられるだけで、まるで魔力に当てられているかの様な感覚に陥る。
「コレは……!?」
 急に慌てた素振りで、アトラスは魔物の視線から逃れようと移動し始めた。だが、魔物はその動きに合わせ首を動かす。
 そこで、私も気が付いた。先程感じた魔力。それは、ただの感覚などではなかった。魔物の視線の先――おそらくはその視界に映るアトラスの、そして空気中に存在する魔力が、魔物の眼へと吸い込まれる様に流れ込んでいる。
 魔力を、奪っている……?
「ちっ」
 アトラスは舌打ちをし、展開していた魔力構成を発現させる。それは炎を成して魔物へと襲いかかるが、魔物を焼くには至らない。アトラスの魔術は元より威力の高いものではないが、炎を構成する魔力そのものを吸収されてしまった為、いつも以上に勢いのない炎になってしまった様だ。再び舌打ちをしながら、アトラスは魔物の視界に留まらない様に動き回る。
魔術式(マグス・グラフ)
 新たな魔力を構成、瞬時に展開。魔力を吸収される前に、その力を発現させる。
 アトラスと魔物の間にある空気が圧縮され、一筋の刃を成す。魔力を操作し、その刃を魔物へと飛ばす。魔物はそれを避けようとはせず、ただその長い腕で振り払おうと右腕を振った。空気の刃は魔物の腕を切断し、そこでその効力を失い掻き消えた。アトラスはそれを機と言わんばかりに攻めに出る。
(眼から逃げるんじゃなくて、眼を潰す!)
 再び炎を発現させ、魔物の視界を覆わす。アトラスはそのまま魔物の右手に回り込み、新たな魔力を編む。アトラスの右手に魔力が集まり、直ぐに氷の刃と成る。その刃を魔物の眼へと向けて放とうとした刹那、魔物の腕がアトラスの横腹を薙いだ。
「なっ!?」
 壁に衝突する寸前に地面に手を着き態勢を整えたアトラスが、魔物を見ながら驚愕の声を上げた。
 その視線を重ねる私も、その理由が同時に理解できた。切断したはずの右腕が、きちんと魔物にはあるのだ。
 地面に切り落とした右腕が転がっていることから、その腕が再生してきたものだと察しがついた。
 アトラスは落としてしまった氷の刃を一瞥し、直ぐに駆け出した。留まっていれば、魔力を吸われる。常人と比べれば魔力を多く備えるアトラスだが、既に遺跡入り口での戦闘でそれなりの魔力を消費している。まだ戦闘を行うには十分な魔力を残してはいるが、ただその視界に入るだけで魔力を吸われるともなれば、その対処の仕方は限られてくる。
 どう攻めるべきか。それを考えるアトラスに向けて、魔物がついに攻勢に出た。身体を捻り、その長い右腕を鞭の様に振るう。先程アトラスの横薙ぎにしたのと似た軌道を描き、魔物の腕がアトラスへと迫る。アトラスはその軌道をしっかりと見据え、しゃがむ事で魔物の腕をかわした。直ぐに立ち上がり、魔物との距離を詰める。駆けながら右手に魔力を集め、氷の刃を生成する。その刃を魔物の眼へと向けて放ると同時に、左に跳ぶ。その着地場所には、先程落とした氷の刃。アトラスはそれを拾い、魔物へと投げる。今度は眼を狙ったのではなく、ただ当たればいいという具合の投げ方だった。
 先に投げた氷の刃は魔物の左肩に刺さったらしく、魔物は身体を揺らしそれを振り落とそうとしている。どうやら深く刺さったわけではなかった様だ。直ぐに氷の刃は落ち、魔物は振り返る。そこに二本目の刃が襲いかかるが、ただ放っただけの勢いのない刃は、魔物の身体に突き刺さる事なく弾かれ落ちた。
魔術式(マグス・グラフ)!」
 魔物がアトラスへと向かい、その足を踏み出そうとした瞬間、アトラスが魔術を構成・展開した。力の入ったその魔術は、心なしか今までよりも早く発現したかの様に思えた。魔物の動きを止めるかの様に、その足元が凍る。いや、それだけでアトラスの魔術は終わらない。足元からじょじょに、その足全体を凍らせていく。
 魔物は思う様に足を動かせぬ事に苛立ったのか、長い爪を立て、自らの脚を切断した。この魔物に血は通っていないらしく、切断面から血が飛び散るなどという事はなかった。魔物の身体がこれ以上凍る事はなくなったが、これでは本末転倒だ。しかし、魔物は自身の能力をしっかりと把握しているのだろう。直ぐに切断した脚を再生させる。まるで、切断面から新しい脚が生えてくるかの様な光景。そんな不気味にさえ見える光景を目にしながらも、アトラスは追撃をかけるべき魔力を編む。
 魔物の再生には魔力を使う。魔物の魔力残量の変化からそれが推測出来る。おそらく、アトラスも気が付いているのだろう。
 アトラスは空気を圧縮させ、刃を成す。その刃を掲げながら魔物へと駆け寄る。魔物は立ち上がり、アトラスへと向き直る。だが、そこに空気の刃が襲いかかる。今度は、その眼を顔ごと切断しようと言うのだ。だが……
 今までの緩慢な動きが嘘だったかの様に、魔物の動きが俊敏なものに変わった。空気の刃を避け、瞬時にアトラスとの距離を詰める。
 鞭の様にしなっていた長い腕が、均等の取れた長さに変わっている。その変化に気が付いたのは、魔物が目の前まで距離を詰め切ってからだった。否、魔物の腕が眼前に迫ってからだった。
 後一瞬動きが遅れていたら、魔物ではなくアトラスの目が潰されていただろう。アトラスは反射的にその身を屈め、魔物の爪から逃れたのだ。だが、魔物もそれだけでは攻撃の手を休めたりはしない。突き出していた右腕を、今度はそのまま振り下ろす。虚を突かれ動揺していたアトラスだったが、二撃目は落ち着いてその動きを捉えていた。その腕が振り下ろされた時には既に後退し、魔術を発動させていた。
 弱々しいが、それでも爆発と呼べるだけの衝撃を生み出し、魔物を仰け反らせる。そこに追い討ちをかけるかの様に、空気の刃を再度構成。
「くらえ!」
 刃を放つ。と同時に、更なる魔術の構成を編むアトラス。魔物はその身を仰け反らせたまま刃をかわし、すぐさま態勢を整える。
「今のは……」
 刃の軌道を、その眼で捉えてはいなかった。それでもそれをかわす事が出来たのだ。つまり――
(魔力の動きを感じ取っているみたいだな)
 魔力を探知する事が出来る。
「なら、避けられない様に仕掛けるだけだ!」
 おそらくは、私が知る限り最も激しく感情を昂ぶらせているアトラスが、魔力をその両の手に集める。左手に集めた魔力で、炎を発現させる。同時に右手の魔力で空気の流れを操り、風を生む。炎は渦巻き、魔物へと向かって迸る。螺旋を描きながら炎は魔物へと向かう。その勢いは、私が見たアトラスの魔術の中で一、二を争う威力を持っていた。魔物は炎を避けようとするが、その動きに合わせ風を操り、炎の動きを変える。今度は直線的な動きで、それはまるで風を切って飛ぶ矛の様に――
 アトラスの炎が、魔物の身体を貫いた。と同時に、その身体を炎上させる。
「はぁ、はぁ……」
 アトラスはやけに息苦しそうにしている。それは疲労の為ではない様に思えた。
「やっぱ、室内で炎を使うものじゃないな」
 それは、熱がこもるという事ではない様だ。別段、暑そうな素振りは見せていない。という事は――
 アトラスの魔術は、空気中の酸素を用いて炎を発現させているという事だ。おそらくは、あの氷も空気中の水分を利用して発現させている。空気の圧縮などは尚の事奇跡≠ニは程遠い。つまり、理に反さない魔術。それは奇跡≠ニは呼べず、決して強い力ではない。だが……
 だからこそ、理に反さない範囲で自由が利く。又、様々な力を発現させる事が出来る。自然の力を利用する為、術者への負担も少ない。
 魔術式――そう、式と呼ぶに相応しい魔力の構成だ。
 魔物を焼く炎は消え、魔物はバタリと音を立て倒れた。再生はしない。魔力が切れたわけではなく、焼け焦げた肉体を再生する術そのものがないのだろう。
「終わったな」
 流石に安堵の声を漏らし、アトラスは全身から力を抜いた。
 尚も魔物が立ち上がる。などという事はなかった……


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produced by COLUN.