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1 :明杏 :2006/10/22(日) 14:27:34 ID:nmz3miV4

−ヤバイ。
僕は時計を見て固まった。時計の時刻は、8:00を回っていた。

今日は大切な、取引先との会議があるんだ。遅刻なんか絶対許されない。

急いで服を、スーツに着替えネクタイを締めた。
それから洗面所に行って、急いで顔を洗い、歯を磨く。
寝癖は手ぐしでなんとかなりそうだ。

カバンを手にして、急いで部屋を出た。口には食パンが一枚。
僕は自転車出勤だ。会社には、どうがんばったって20分はかかる。
−何だって、こんな日に限って寝坊するかな。
連日の残業がたたったのであろうか。
自転車をこぎながら、そんなことを考えていた。


僕の名前は、藍川 圭(時々女と間違えられる)。歳は25。普通のサラリーマンだ。

今日はさわやかな朝だ!寒くもなく、暑くもない。5月の風はほんとうに心地よかった。どうやら雨も降らなさそうだ。これだから、自転車出勤は辞められない。

−チッ。信号か。
急いでいる時に限って、信号に引っかかるものだ。僕は仕方なく、自転車を止めて地面に足を着いた。
イラつきながらも、辺りに目をやった。小学生の列が通りすぎていく・・・。

ふと目についたバス停に、見たことの無い女性が立っていた。
身長は160センチ前後、割と細身で、茶色の美しい髪にはゆるやかなウエーブがかかっていた。
−けっこう美人じゃん。

歳は僕より少し下のような気がした。
肩には、少し大きめのトートバック。学生だろうか?

そのバス停にバスが止まった。彼女はそのバスに乗って、きっと、大学か専門学校にでも行くのだろう。
・・・しかし、その予想はハズれた。
彼女はバスに乗らなかったのである。

−おかしいな?バスを待ってたんじゃないのか?
疑問に思った。
−! 人を待ってるのかも。

「あのう」
ぼくは慌てて振り向いた。
僕の後ろにいたおばさんに声をかけられたのだ。
「はいっ。な、何ですか?」
驚いたせいで、声が裏返りそうになるのを必死でこらえて喋った。
「・・・渡らないんですか?」
「え・・・?」

信号はとっくに青だった。


17 :明杏 :2008/04/26(土) 23:25:54 ID:ocsFWnY3

「おはようございます!」
僕はいつもより大きな声で挨拶をしながら、オフィスのドアを開けた。
「おっ!その様子だと、モデル見つかったのか?」
外村先輩がニヤニヤしながら近づいてくる。
「ええ、まぁ。」
僕はニッコリ笑った。
「へぇ!で、どんな子なの?美人?」
「そりゃぁ、もう。」
「ほう。早く俺にも会わせろ!」
外村先輩が僕の首根っこをつかむ。
「辞めてくださいよぉ〜〜〜」



それから僕は、早速いつも仕事を頼んでいる、撮影スタジオに出向いた。
新プロジェクトの事を話し、ポスターの写真を撮って欲しいと頼んだ。

「そうね〜、やっぱその子に会ってみたいわ。その子の印象次第でセットも決まるし。」
そう話すのは、このスタジオのベテランカメラマン、SATOKOさん。
その子とは上園さんのことである。
「やっぱりそうですよね・・・分りました、今度その子連れてきます。詳しい打ち合わせはその時に。」
「ええ、いいわ。ヨロシク。」








その夜、僕は上園さんに電話した。
「あ、もしもし。上園さん?藍川だけど。」
「あ。こんばんは!モデルの事ですか。」
「そうなんだ。急で申し訳ないんだけど、明日の夕方、空いてるかな?」
「えぇ。大丈夫です。何時頃ですか?」
「そうだなぁ・・・5時に、例のカフェでどう?」
「あぁ、ハイ。大丈夫です。」
「そう、良かった。じゃぁ、また明日。」
「ハイ。おやすみなさい。」


・・・たった1分かそこらの電話なのに、何で僕はこんなに緊張するんだろう。
25にもなって、ホント情けないよ。





翌日、いつものようにバス停には彼女がいた。
「おはよう、上園さん。」
「おはようございます!今日、5時でしたよね?」
「ああ、忘れないでね。」
「はい、大丈夫です。」
彼女は柔らかに微笑んだ。
僕も思わず微笑み返してしまった。
「それじゃ、後で。」
「はい、お仕事頑張って下さい!」








仕事中、僕は何度も時計を見ていた。
早く5時に近づいてくれないかと、1日中、ソワソワしていた。

時計が4時40分を指したと同時に、
「ちょっと出てきます!」
と課長に告げて、足早に会社を出て行った。

最も、もう今日は会社に戻るつもりはなかったので、待ち合わせのカフェまでは自転車で行った。


カフェについたら、彼女は既に来ていた。
僕はまさか、またいつものクセで遅刻したのか、と一瞬思い、一応時計を見た。
まだ5時まで5分以上あった。

「ごめんね、待たせた?」
僕は彼女の向かいの席に座った。
「いいえ、私も今来たところなんですよ。」
彼女は微笑んで言った。


今日の彼女は昨日と少し感じが違って、ジーンズにパンプスだった。
トップスはフリルのついた、少し丈の長いパープルの洋服。水玉模様で、胸元には白い小さなリボンがついていた。



「で、これからどこか行くんですか?」
彼女はアイスココアを飲みながら言った。
「あぁ、会ってもらいたい人がいるんだ。」
「会ってもらいたい人・・・?」
彼女は不安そうに言った。
「大丈夫だよ。怖い人じゃないから。君を撮ってくれるカメラマンさ。」
「カメラマン・・・」
彼女の瞳が少し輝いた。
「じゃ、行こうか。」





彼女が徒歩だったので、僕も彼女と一緒に歩いて、スタジオまで行った。
さすがにこの格好(スーツ)で2人乗りなんかして、警察に見つかりもしたら僕は仕事が無くなる。


スタジオについて、SATOKOさんに彼女を紹介した。
「こちらが上園留衣さん。」
「よろしくお願いします。」
彼女は丁寧にお辞儀をした。
「まぁ〜・・・。とっても可愛い子じゃない!藍ちゃんによくもまぁこんな美人の知り合いがいたわね。」
SATOKOさんが目を丸くした。
まぁ、無理もない。
「そんな・・・・」
上園さんは照れて真っ赤になっている。

いちいち仕草がかわいい。




「ようし。じゃぁ早速撮影・・・と、その前に衣装に着替えなきゃね。」
僕は昨日スタジオに来た時に置いて帰った、一つのワンピースを取り出した。
淡いピンクの花柄ワンピース。
色がキツくないし、花模様も大きくないので、品があり、どこかキレイでかわいらしい感じがする。
それが、今度ぼくたちが立ち上げるブランドのテーマでもある。

「まぁ、藍ちゃんにしてはシュミがいいのチョイスしたわね。」
SATOKOさんにお褒めの言葉をいただいた。
・・・一言余計だが。

「かわいい〜!藍川さん、これが今度のブランドの服なんですか?」
「そうなんだ。イチオシだよ。どう?気に入ってくれた??」
「ハイ!!とっても!」
彼女は満足げに笑った。笑顔が輝いていた。

僕は今度の新作の中から、今日のために彼女に一番合う服を選んできたのだ。
どうやら成功したらしい。内心ホッとした。


18 :明杏 :2008/04/27(日) 10:31:27 ID:ocsFWnY3


40分後、彼女の着替えとメイクが終了し、いよいよ撮影へ入る。

SATOKOさんはバックカラーを何色にしようかしら、と機械を操作して、色を選んでいた。


上園さんはというとスタイリストさんに髪もセットしてもらったらしく、さらに髪に巻きが入っていた。





「じゃ、撮るわよ。」
SATOKOさんがファインダーを覗く。
「は、ハイッ!!」
上園さんは、どうやら緊張しているらしい。
「そんなに緊張しないで、リラックス〜。そうね、後ろで腕を組んでみる?」
「こ、こうですか?」
彼女は戸惑いながら言われるままにポージングした。
「ええ!じゃ、いくわね。笑って!」

カシャ

SATOKOさんがシャッターを切った。



その後も何十枚と写真が撮られ、
彼女もだんだん雰囲気に慣れたらしく、自然な笑顔がみられるようになった。



僕は、というと、
一段とキレイになった彼女に、ハッキリ言って見とれていた。

営業マンとして、一人の男として、それはよく分らない。
もしかしたらどちらもかもしれない。

でもとにかく、これで世の女性たちは彼女に魅かれるに違いない!
という確信があった。
どうやら、この起用は大成功のようだ。

・・・まだ気が早いけど。


19 :明杏 :2008/05/06(火) 16:09:31 ID:ocsFWnY3

「藍ちゃん!」

SATOKOさんに不意に声をかけられ、我に帰る。

「は、はい?」

「藍ちゃん、このブランドのイメージって何?」
「イメージ・・・ですか?」
「ええ。キャッチコピーっていうか、コンセプトみたいな・・・。」
「そうだな・・・」

僕は突然の質問に戸惑いながらもまさか「わかりません。」と答えるわけにもいかず、
彼女の顔を見ながら考えた。

上園さんはそんな僕の視線に気づいたらしく、照れてうつむいた。



「天使・・・」
数秒後、僕が出した答えがそれだった。
無理やり出したというより、むしろ自然に思いついた答えだった。
「え?天使?」
SATOKOさんが僕に聞き返した。
「はい。何ていうか、彼女を見てるとそんな感じがして・・・まるで天から降りてきたような、この世のものとは思えない、純粋なイメージ。」
僕は思ったとおりにSATOKOさんに話した。
「天使かぁ・・・。いいかもね!」
SATOKOさんが言った。
「ありがとうございます。」
僕はお礼を言った。
良かった、ダメ出しされなくて。
「藍ちゃんってそんなロマンチストだったのね?」
SATOKOさんがニヤっと笑った。
「ほっといて下さい。」
僕は真っ赤になってそっぽを向いた。

彼女はどう思ったのか、僕は確かめるように上園さんの顔を見た。

・・・青ざめている。

「気に入らなかった?」
僕は苦笑いで彼女に言った。
「あ、いいえ!!全然そんんことないです。」
「ほんと?無理しなくて良いって。」
「ただ、ちょっとびっくりしたんです。意外な答えで。」
「そう?」

上園さんはそう言ったけど、きっと四捨五入して30のオッサンがそんな事言ってキモイとか思われたんだ。

あぁ、後悔。


20 :明杏 :2008/05/24(土) 12:35:27 ID:ocsFWnY3

その後も撮影は順調に進んでいって、何十枚もの写真を撮った。

SATOKOさんは3日後までに現像を済ませ、何枚か僕の会社に送ってくれると約束してくれた。
そのできあがった写真を外村先輩と課長に見せて、モデルは上園さんでいいか了承をもらう。

いや、上園さんで了承されるに決まっている。彼女以外に適任はいない。






3日後。
約束通りSATOKOさんから1通の封筒が届いた。僕はてっきり普通の写真のサイズで送られてくると思っていたのに、A4サイズにまで写真が引き伸ばされていた。
普通、まだ正式に決定していないモデルの子の写真を、お金をかけてここまで大きく引き伸ばしたりはしない。きっと、SATOKOさんも上園さんのモデル起用を賛成してくれているのだろう。
ベテランのカメラマンのお墨付きということは、上司も納得するだろう。


早速、先輩と課長を呼んで、上園さんの写真を見せた。

「こちらが、モデルをお願いしている、上園留衣さんです。」
僕は写真を見せながら言った。
課長、外村先輩は写真を持ったまま固まっている。
「・・・ウソだろ!?」
先に口を開いたのは先輩だった。
「え?」
僕は意外な第一声にキョトンとした。
「藍川、お前こんな美人と知り合いだったのかよ!?俺に紹介しろよ〜・・・」
課長が白い目で先輩を見ている。
「オホン。すみません。」
先輩は下を向いた。
「藍川くん。」
「はい。」
「モデルはこの方で決定だ。よく彼女を抜擢してくれた!」
課長は笑顔で言った。
「ありがとうございます!」

僕の思ったとおりだった。
上園さんが反対されるわけがない。
その後、他の営業5課のみんなにも上園さんの写真を見せた。
みんな驚きと憧れの眼差しで写真を見ていた。
OLの子にも見せたが、反応は上々だった。やっぱり上園さんは同性からも好かれるらしい。


21 :明杏 :2008/07/05(土) 10:36:17 ID:ocsFWnY3

その後、上園さんのモデル採用が正式に決まったこともあって
いよいよ、本格的にプロジェクトの始動となった。

とりあえず、例のやり手部長のデパートにポスターを貼ってもらわなくてはならない。

そのためにポスター制作が先決となった。



今日は、そのポスターに使う写真を撮っている。
そう、SATOKOさんのスタジオだ。

「ごめんね、上園さん。せっかくの日曜なのに・・・」
「いいえ、全然良いですよ。」
今日も上園さんの笑顔は輝いている。
「いろいろ考えたんだけど、素人さんだから時給制にしたよ。1000円でどう?」
「え!?」
上園さんはものすごく驚いた顔をしている。
「不満だったかな・・・?」
と僕は言ったが、上園さんはそんな事を思ってないと分かっていた。
「いえ!そんなにいただいていいんですか!?」
やっぱり。
「あはは。いいよ。救世主だもんな、上園さんは。」
「そっ、そんなぁ・・・」
上園さんははにかんだ。

「おーい!そろそろ始めるよ!」
SATOKOさんが向こうで呼んでいる。
「はーい!」
僕らはハモって返事をした。


22 :明杏 :2008/11/16(日) 22:48:17 ID:ocsFWnY3

それからSATOKOさんは何十枚も写真を撮り、すべての撮影が終わったのは6時だった。

「上園さん、お疲れ!」
僕はかなり疲れていると思われる彼女に、話しかけた。
「あ、お疲れ様です。」
それでも彼女は僕に笑いかけてくれた。
「ねぇ、二人ともお腹空いてない?」
SATOKOさんが機材を片づけながら僕らに話しかけてくる。
「お腹すきました〜。もうペコペコですよぉ。」
上園さんが椅子にぐったりしていた。
「じゃぁ、みんなでこれから飲みに行かない?私、オゴるから。」
「え、いいんですか!?」
上園さんの目が輝いた。
「藍ちゃんも、どう?まだ仕事ある?」
「いえ、行きます。」
ぼくはサラっと言ったが、内心かなり嬉しかった。
上園さんとゴハンに行ける。
・・・まぁ二人きりではないのだけど。
もし仕事があったって行っている。

「何々?皆さん今から飯行くんスか?俺も連れてって下さいよ!」
そう話しかけてきたのは、今井純。
このスタジオで働いている、SATOKOさんのアシスタントの男の子である。
歳はたしか23で、長身でスラットしている体型。
髪は少し長めで、茶髪。かなりのイケメンくんである。
「しょうがないな〜、じゃぁ、早く片付けしなさい!」
「やったー!すぐに終わらせます!!」
そう言って、彼は走って行った。

正直、彼にはあまり来て欲しくなかった。
何故なら彼は男の僕から見てもかっこいい青年で、しかも僕より若い。
女性ならすぐに惚れてしまいそうだ。
こんなことを思ってしまう自分に自己嫌悪を覚えてしまうが、
それは誰でもそう思ってしまうのではないだろうか。

約15分後、純くんの片付けも終わり、4人で近くの居酒屋に行くことになった。


23 :明杏 :2009/01/30(金) 21:43:19 ID:ocsFWnY3

「よーし、じゃぁみんな、乾杯しようか?」
SATOKOさんがグラスを持つようにみんなに促した。
『かんぱーーーい!』

僕の向かいの席にはSATOKOさん、となりには純くんが座っている。

「留衣ちゃんは、いくつなの?」
純くんが上園さんに話しかけた。

・・・初対面に近いのに、いきなり「ちゃん」づけで呼んでいる。
しかも、純くんはそういうのを全く気にしていないようだ。
若いっていいよな・・・。

「あ。。。21です。こう見えても。」
上園さんは少し照れている。
「へー!学生さん?」
「はい、専門学校に通ってます。」
「あ、俺も専門卒なんだよ。カメラ関係の。留衣ちゃんは?」
「私は、絵の勉強を。イラストとか、そっちのほうです。」
「そうなんだ!じゃぁ芸術関係って意味では僕らの仲間ですね、SATOKOさん。」
「そうね。」

それにしても、よくしゃべるなぁ・・・純くん。

僕は少し嫉妬心を持ちながら、ビールを飲んでいた。

「ちょっと、藍川さん。飲みすぎじゃないっすか?」
純くんが、僕に話しかけた。
飲みだして、ちょうど小一時間が経った頃だった。
「そう?そんなことないよ。」
と言いつつ、頭がボーっとしてきた。
「なんか珍しいわね、藍ちゃんがそんな飲むなんて?」
「そりゃぁたまには僕だって・・・」
「大丈夫ですか?」
上園さんが心配そうに僕の顔を見ている。

「よし、そろそろお開きにしましょう。上園さんも、ご家族が心配されるわ。」
SATOKOさんが言った。
「あ、私は一人暮らしですけど。」
「あら、そうなの?それはますます物騒ね。藍ちゃん、送ってあげなさい。」
「・・・え?」
僕は飲みすぎているせいもあって、SATOKOさんのその声に、すぐに反応できなかった。
しかし、SATOKOさんの言葉を理解したとき、頭がいっきに冴えた。
「えっ、僕が!?」
「あら、イヤなの?」
「いや・・・」
「あ、いいですよ。私、ひとりで帰れますから・・・。」
上園さんが申し訳なさそうに言った。
「いや、上園さん。確かに危ないよ。僕でよかったら送って行くから。」
僕は心の中でSATOKOさんに感謝した。
「よしっ、じゃぁ純は私を送って行ってね☆」
「えー。」
「何よ?」
SATOKOさんが純くんの頭をポンと叩いた。
「いえ、何でもないっす!」
純くんがあわてている。
「じゃぁ、そういうことで、みんなお疲れ〜!」
そう言って、僕と上園さん、SATOKOさんと純くんは別々に帰路に就いた。

僕は自転車を押しながら、上園さんと並んで歩いた。


24 :明杏 :2012/03/09(金) 04:52:58 ID:sGsFLiz4nA

まさかの展開で、酔いは冷めたとばかり思っていたが、
こうして歩いてみると、完全に冷めていないのがよく解った。
足元がふらついている。

せっかく二人きりになれているというのに、情けない。


「藍川さん、大丈夫ですか?」

ふいに、上園さんが振り返って僕に言った。
並んで歩いていたはずの上園さんは、
僕の少しまえを歩いていた。

「あ、うん、平気。気にしないで」

平気じゃないのはバレバレである。ああ、かっこ悪。

みかねた上園さんが、
「あの、良かったら、少し休んで行きません?ほら、私も少し飲みすぎたみたいです」
と、ベンチを指差して言った。

「じゃぁ…」

上園さんは優しい。

僕はベンチに腰掛けた。


ベンチに腰掛けて夜風を頬で感じた。
火照った頬が冷やされて、気持ちよかった。

「あの、これ、どうぞ」
上園さんはミネラルウォーターが入ったペットボトルを僕に手渡した。
「え?貰っていいの?」
「はい、さっき、お店の前の自販機で買ったんです。良かったら…」
「いや、でも、やっぱり…」
「いいんですってば。私、お腹いっぱいで入らないから。」
上園さんはニコッと笑って言った。
「じゃぁ、お言葉に甘えて…」

くそう、何て優しいんだ。

これは、やばいなと、自分でも思った。
上園さんの良い一面を見る度に、どんどん彼女にハマっていく。
まるで引き寄せられる磁石のようだ。




何となく会話が途切れてしまった。
場をつながなきゃ、と思い、話題を探した。
よく考えたら、今日のお礼をちゃんと言ってなかった気がする。

「あのっ、上園さん!」
僕は声がうわずってしまった。情けない…
「はっ、はいっ!何でしょう?」
彼女も驚いて、声が裏返った。
「その、今日は本当にありがとう」
「あ、いえこちらこそ。貴重な体験をさせていただいて」
「それで、今日のお礼に、今度お食事でもいかがですか?」
彼女が続く言葉の、「ありがとうございました」を言い、お辞儀をするのと同時に、僕は言った。
いや、口走ったというのが正確な表現かもしれない。
「え?」
彼女は頭を上げ、予想もしなかったことを言われ、戸惑ってる様子だった。

僕自身、予想もしなかったことを言ったのだ。

しかし、本心だった。

酔いとは、恐ろしいものだ。

「あ…」

彼女が、僕に返事をしようとした瞬間、

「何してるの?こんなところで。」

僕の背後から、聞いたことがある声がして、僕は凍りついた。


25 :明杏 :2012/03/10(土) 05:01:14 ID:sGsFLiz4nn

河井ユキだ。
振り返らなくたって分かる。

そこでようやく、この公園は彼女のマンションの近くで、彼女は通勤でよく通っている場所だとい
うことに気付いた。

ーそう、考えてみれば、別にユキと付き合っているわけでも、上園さんと付き合っているわけでも
ないのだから、別に二人が出会ったところで、何も困ることはないのだが、…何故だろう。
上園さんに会わせたくなかった。

「ユキ。あぁ、ちょっと飲みすぎて、ここで休んでたんだ」
「そうなの?圭にしては珍しいじゃない」
頼むから、それ以上名前で呼ばないでくれ!

ユキは上園さんの方を見た。

「あなた、もしかして。この前、圭が言ってたプロジェクトのモデルさんかしら」

上園さんが慌てて、
「あ、はい。上園留衣といいます。」
「私は河井ユキ。よろしくね。それにしても、圭。こんな美人さん、どこで見つけてきたの!?私よ
り美人じゃない!」
「え…いえそんなことは……」
上園さんが否定する。
「あ、上園さんとはたまたまバス停で会って…」
「ふーん、良かったわね、代わりが見つかって」
「代わり…?」
上園さんの表情が曇る。
「そう。その話は、もともと私に持ちかけられたものだったの。聞いてない?」
「あ…はい。」
「ユキ!」
僕は、ユキの方を見て声を挙げた。
「何よ、本当のことじゃない。」
ユキは強気で僕の方を見た。
「いい加減にしろよ…」
僕はユキをにらみつけた。
ユキは青い顔をした。僕が本気で怒っているのが、彼女には解るからだ。
「わ、悪かったわよ。じゃぁね」
ユキは足早にその場を立ち去った。


再び、沈黙が流れた。

「ごっ、ゴメンね。嫌な思いをさせちゃったね」
先に口を開いたのは僕だった。
もう彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「あの人…」
上園さんが逃げるように立ち去る、ユキの小さな背中を見て言った。
「なっ、何?」
「藍川さんの何なんですか」
彼女はまっすぐ、僕の方を見て言った。
僕が返事に窮していると、
彼女はハッとしたような表現をして言った。
「なんて、私には関係ないですよね…何言ってるんだろ、私」
「元カノだよ」
僕はすぐに答えた。
彼女に関係ないわけない。
だって、僕は彼女が好きだから。

「そうなんですか…変なこと聞いてごめんなさい」
「いや…」
「でも、」
「…でも?」
上園さんは深呼吸をした。
「私、藍川さんのことが気になって気になって仕方ないんです。」
「え」
僕はそれ以上言葉が出なかった。
「あんな美人な人と、藍川さんがお付き合いしていると思ったら、私」
今にも泣きそうな上園さんを見た僕は、考えるより先に、彼女を抱きしめていた。

そう、強く。
まるで、子供が大好きなおもちゃを取られまいと、必死に離さないように。


「好きだよ」

上園さんは、多分泣いていた。


26 :明杏 :2013/08/18(日) 18:06:50 ID:n3oJY4V4uH



「いってぇー…」

朝、目覚めると同時に、僕はつい呟いてしまった。

頭が痛い。

どうやら、昨日のお酒のせいで二日酔いになってしまったらしい。

しかし、不思議といつものような何とも言えない後悔の念や不快感は、ない。





あの後。



僕らは一言も言葉を発することなく、ただ手をつないで歩いた。


言葉にしなくても、お互いの気持ちは解っていた。

いや、正確には、僕には言葉を発する余裕がなかった。

もう、目の前で起こったことが信じられなくて、でもうれしくて、けど、怖くて。
ただ、夢でないことをいのるばかりだったのだ。

つくづく情けないが、そんな自分を、今は嫌いにはなれなかった。


それから、僕はバスに乗って、上園さんをアパートの前まで送っていった。

恥ずかしそうに手を振る彼女が可愛らしくて堪らなかった。



その後、不安定な幸せを噛みしめながら、僕は帰路についた。




そして、今にいたる。



今日も仕事だ。

急いでシャワーを浴びた僕は、家を出る。


そうだ、今日も自転車が無い。


昨日、SATOKOさんのスタジオに置いてきたのだった。



ということは・・・今日もバス停で会えるのだろうか、彼女に。

あのままうやむやになってしまったデート(食事に行く誘いをしたのだった)の話もしたい。


僕は、ニヤケる顔を我慢するのに必死だったが到底無理だった。




いつもの時間にバス停に行くと、彼女はすでにそこにいた。
いつもと同じように。
今日の彼女は白を基調にした、レースのブラウスに、小さな花の模様が入った、うすピンクの膝丈スカート。「ひだ」が小刻みに入っていて、とても可愛らしい。
花柄のピンクのスカートを見ると、無意識に昨日の撮影を思い出してしまう・・・。

あの、天使のような透き通る肌。
優しい微笑。
眩しい姿。


「お、おはようございます!」
つい、ボーっと物思いにふけってしまった僕を見て、上園さんが話しかけた。
「あ、お、おはようございます!!」
お互いなんとなく深々と「礼」をする。
「あのさ、昨日の話なんだけど」
僕は普通を装っていたのだが、自分でも不自然だったように思う。
「はい」
「お礼の食事の話」
「あ・・・」
「どうかな?」
「は、はい。私でよければ」
彼女は照れながらうつむき加減に返事をしてくれた。
耳まで真っ赤にして・・・かわいい。

「今度の週末なんてどう?」
「大丈夫です」
「そう?じゃぁ、土曜日に」
「は、はい」
「上園さんは何が好きなの?」
「嫌いなものは特にないので、何でも食べれます」
「そう?了解」
「楽しみにしています」
彼女は軽く笑った。

うれしかった。


バスが来て、僕はじゃ、と上園さんに言い、バスの乗り込もうとした。
いつものように彼女はバスには乗らない。
その時ふと思った。

「そういえばさ・・・」
僕はバスの乗車口のステップに足を掛けたが、上園さんのほうを振りかえって言った。
「上園さんは、いつも誰を待ってるの?」
彼女は一瞬固まって、答えた。
「友人です。専門学校の」
「あぁ、そっか」
そう言うと、バスのドアが閉まった。

朝のバスというのはこんでいる。
立ったまま、バスは発車していく。
僕は窓ガラス越しに、彼女のほうを目で追ってしまった。



ーあの時。

僕は見逃さなかったのだ。


彼女の顔が確かに曇ったのを。


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甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.