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1 :明杏 :2006/10/22(日) 14:27:34 ID:nmz3miV4

−ヤバイ。
僕は時計を見て固まった。時計の時刻は、8:00を回っていた。

今日は大切な、取引先との会議があるんだ。遅刻なんか絶対許されない。

急いで服を、スーツに着替えネクタイを締めた。
それから洗面所に行って、急いで顔を洗い、歯を磨く。
寝癖は手ぐしでなんとかなりそうだ。

カバンを手にして、急いで部屋を出た。口には食パンが一枚。
僕は自転車出勤だ。会社には、どうがんばったって20分はかかる。
−何だって、こんな日に限って寝坊するかな。
連日の残業がたたったのであろうか。
自転車をこぎながら、そんなことを考えていた。


僕の名前は、藍川 圭(時々女と間違えられる)。歳は25。普通のサラリーマンだ。

今日はさわやかな朝だ!寒くもなく、暑くもない。5月の風はほんとうに心地よかった。どうやら雨も降らなさそうだ。これだから、自転車出勤は辞められない。

−チッ。信号か。
急いでいる時に限って、信号に引っかかるものだ。僕は仕方なく、自転車を止めて地面に足を着いた。
イラつきながらも、辺りに目をやった。小学生の列が通りすぎていく・・・。

ふと目についたバス停に、見たことの無い女性が立っていた。
身長は160センチ前後、割と細身で、茶色の美しい髪にはゆるやかなウエーブがかかっていた。
−けっこう美人じゃん。

歳は僕より少し下のような気がした。
肩には、少し大きめのトートバック。学生だろうか?

そのバス停にバスが止まった。彼女はそのバスに乗って、きっと、大学か専門学校にでも行くのだろう。
・・・しかし、その予想はハズれた。
彼女はバスに乗らなかったのである。

−おかしいな?バスを待ってたんじゃないのか?
疑問に思った。
−! 人を待ってるのかも。

「あのう」
ぼくは慌てて振り向いた。
僕の後ろにいたおばさんに声をかけられたのだ。
「はいっ。な、何ですか?」
驚いたせいで、声が裏返りそうになるのを必死でこらえて喋った。
「・・・渡らないんですか?」
「え・・・?」

信号はとっくに青だった。


2 :明杏 :2006/10/22(日) 15:15:53 ID:nmz3miV4

会社に着いたのは、9時10分前。どうやらギリギリ間に合ったらしい。
「よう、藍川!どうやら遅効はしなかったらしいな!」
声を掛けてきたのは、外村(とのむら)先輩だった。
「あ、おはようございます。・・・はぃ、まぁなんとか。」
「今日は大事な会議なんだからな、しっかりしろよ。先方は10時にお見えになるそうだ。」
「はいっ!分かりました。」
そう言って、デスクにつく。

パソコンをつけて、今日の会議の内容について、もう一度見直した。
僕の会社では幅広い事業を展開することを、今年度の最大の目標にしている。今は、主に食品が売り上げの大部分を占めているが、衣料、出版、さらには映画などの娯楽事業にまで、最終的には手をのばそうと考えていた。
その、初めの事業拡大に選ばれたのが、僕が入社当初から担当していた”衣料事業”だったのだ。
新しいブランドを作ろうと、僕たち営業5課は燃えていた。その第一歩が、今日のこの会議で決まるのだ。
会社の未来のためにぼ、僕の未来の為にも失敗するわけにはいかない。

11時。
会議室には、僕と、課長、外村先輩、さらには社長まで集まっていた。もちろん取引先のお偉いさん・・・大手デパートのやり手部長も。
「それでは始めます。」
僕は、これまで練ってきた、新ブランド設立について一通り説明をした。
価格のこと、デザインのこと、対象となる世代の話まで・・・。
一通り説明を終えた後で、取引先の意見の時間になった。
僕はまず一安心して席に着いた。
取引先も目立った、反対意見がないらしく、まだ意見を出さない。

僕はふと、朝の、あの女性の事が頭によぎった。
バス停の彼女である。
ーやっぱり、美人だったよなぁ・・・。俺にもああいう彼女がいればいいのに。
僕には彼女がいなかった。
ー明日もいるかなぁ。・・・虫が良すぎる願望かな?
苦笑した。
すると
「・・・川くん!藍川くん!」
外村先輩が僕をよんだ。
「はいっ!?」
「聞いているのかね。」
「はい!もちろん!」
僕は焦った。もちろん聞いてなどいない。
「つまりは・・・。」
取引先の部長さんが話していた。
「そちらの話は、こちらとしてもいいお話だと思います。ですから、私どものデパートで宣伝してはどうでしょう?」
「はいっ・・・?」
「まずはポスターや、広告で、消費者の関心を得るのです。」
「なるほど!」
外村先輩の顔が輝いている。
「そうですね・・・モデルとなる人・・・若い女性向けのブランドですから、若い女性をモデルにしてみるのも良いかと思います。」
「しかし・・・予算的にも、モデルを使うのは、ちょっと。」
僕は困った。
「分かってます。だから、一般の女性をモデルとすればいいのです。」
「なるほど!」
さすがやり手の部長だ、と思った。
「えっと・・・藍川くんと言ったね、君の知り合いで、美人な方に頼めばいい。」
「はい・・・?」
僕は顔が固まった。
「いるだろう、そういう人が。」
「そうですね!さすが部長!!」
外村先輩が、やり手部長をおだてた。
「じゃぁ、藍川頼むぞ!」
課長もその話にのったらしい。
「いや・・・ちょっと待っ」
「では、そういうことでお願いします。そのお話はまた後日。」
「はい、今日は本当にありがとうございました。タクシー呼びますよ、下までご一緒しましょう。」
そう言って、外村先輩、課長、やり手部長は会議室を後にした。


3 :明杏 :2006/10/22(日) 20:34:07 ID:nmz3m4mn

困った・・・。
僕にそんな女友達が居ただろうか?

会社から帰った、ベッドの上で仰向けになり、考えていた。

ーそうだ!アイツなら。

僕はテーブルの上に置いてあった携帯をつかんだ。
アドレス帳の中を、必死で探す。

河井ユキの名を。

彼女は僕が2年前に付き合っていた、元カノだった。
出会いは大学で。2年くらい付き合っていたことになるのだろうか。
ユキは、そこそこ評判の美人だったから、僕が付き合う事になった時、サークル仲間は信じてくれなかった。
彼女は確か今、どこかの外資系企業で働いているハズ・・・。


4 :明杏 :2006/10/25(水) 21:04:06 ID:o3teQJnD

僕は携帯の、アドレス帳を開いた。
彼女に電話をする・・・。

プルルル…プルルル・・・  呼び出し音が鳴る。

−まだ仕事中かな?
時間は8時半を過ぎていたけれど、彼女なら残業だってするだろう。―バリバリのキャリア・ウーマンなのだ。
そういえば、僕が彼女と連絡をとるのは、どれくらいぶりだろう?

6回目のコールで
「もしもし。」
という声が聞こえた。

「あ、俺・・・藍川だけど。」
「久しぶりね。」
少し間を置いた後、ユキは言った。
「それで、何の用なの?あなたは用がないのに電話してくるような人じゃないものね。」
少し痛いところを突かれた。
「あっと・・・今、何処?」
「今?自宅よ。」
「そうだったんだ・・・あのさ、話があるんだけど、今いいかな?」
「ええ。今から会わない?」
「え?」
「駅前のファミレスでいい?こんな時間だし。」
「・・・あぁ。いいよ。じゃぁ、また後で。」
そう言って電話を切った。

−どうしよう。
会うことになってしまった。
−この格好じゃ、マズイよな。
思いっきり、部屋着だった。
「彼女」ではないにしろ、ユキに恥をかかせるワケにはいかない。
タンスを開けて、まぁ、マシだと思われるジーンズと、グレーのシャツ、黒のジャケットを引っぱり出した。
急いでそれに着替えると、部屋を飛び出した。

駅前のファミレスまでは徒歩5分とかからないくらいだ。自転車にのらずに、歩いた。
夜風が肌にやさしく当たって、気持ちいい。

彼女は、あの頃と変わりないのだろうか?仕事はうまくいっているのか?・・・彼氏は?

もう、関係ナイはずなのに、気になるものである。

 
ファミレスの客は、まばらだった。
小さい子を連れた家族が二組と、学生風の男が一人。どうやら夕食時を少し越したらしい。

もう、彼女は来ていた。一番奥の、窓側の席に座っている。
僕に気付くと、手を軽く振った。
「遅〜い。」
「悪い悪い・・・って、お前の家はスグそこじゃん。」
僕は席についた。
「あら?覚えてたんだ?・・・そう言えば、待ち合わせはいつもあたしが先に来てたっけ?」
そうだった。彼女は必ず約束の時間より、早めに来るのが習慣だった。
それに比べて、僕はギリギリか、遅れるような性格だった。

僕は、店員にコーヒーをひとつ注文した。彼女はすでに、カフェオレを頼んでいた。
ユキは、あのころより、また一段と大人らしい女性になっていた。
腰まであった髪が、今では肩の長さになっていた。相変わらずキレイだった。
「それで」
僕はハッとなった。
「話って何?」
「あぁ、俺の仕事のことなんだ。」

僕は、会社でのこと、新しい事業のこと、モデルのこと・・・一通り彼女に説明した。
彼女はその間、ずっと黙って聞いていた。

「それで、君に、モデルをしてもらえないかと思って・・・。」
彼女はため息をついて言った。
「無理よ。」
僕はあまりに早い返答に、唖然とした。
「私の今の勤め先知ってる?」
「え?あの、外資系企業じゃ・・・」
「違うのよ、一年半前に辞めて、今の会社に就職したの。」
「今の会社って?」


5 :明杏 :2006/11/05(日) 08:16:15 ID:PmQHQ3L3

「FNブランドって知ってる?」
「…あぁ!あの、若い女の子に人気のブランドだろ?服だったり、バッグだったり…」
「そうよ。よく知ってるじゃない。…あたし今、そこで働いてるの。」
ユキは、コーヒーに目を落として言った。
「え…だって、あの外資系の会社は……?就職決まった時、嬉しそうだったじゃないか。」
僕は困惑気味だった。
「あの頃はね。」
ユキは下を向いたまま言った。
「だけど…合わなかったの。会社のやり方も、考え方も、上司も…。だから知り合いのツテで今の会社に…。」
「そうだったんだ。」
「だからごめんなさい、モデルの話…。ライバルとなりうる会社のイメキャラとか無理だもの。」
ユキは苦笑した。
「だな。」
僕も苦笑した。

何となく重い雰囲気になってしまった。
外は真っ暗で、ネオンが所々光っている。
カップルが手をつないで歩いて行くのが見えた。
「圭」
ユキがふと顔を上げた。「何?」
「飲み行こう。」


6 :明杏 :2006/11/05(日) 08:16:58 ID:PmQHQ3L3

ユキが僕を飲みに誘うのは珍しかった。ユキは決して、酒に強い方じゃなかったからだ。
いつも酔いつぶれるのはユキの方だった。

ユキはカクテルを一気飲みした。
「ハハ。いい飲みっぷりだ。」
僕が笑う。
「…やっと笑ってくれた。」
ユキが目を細めて僕を見た。
「ずっと圭の笑う顔が見たかった。」
「…。」
「私達、付き合ってた最後の方はケンカばっかりで笑うことなんて少なかったもの。」
ユキは言った。
「そうだな。」

僕は遠くを見た。

どうして人は、過去の幸せだった事を忘れてしまうんだろう。
取り返しがつかなくなる前に思い出せばいいのに。
ユキはウイスキーを飲んでいた。

僕らは今の自分たちの事を話した。
ユキは今の会社が気に入ってるらしい。もともとファッションには、彼女は長けていたからだろう。
今は仕事と平行して、独学でファッションの勉強をしているそうだ。

「もぉ〜無理よぉ〜。」
ユキの舌が回らなくなって来た。
見ると、ユキはいつの間にか顔は真っ赤で目もトロンとしていた。
「眠い〜寝る〜おやすみぃ。」
ユキは寝てしまった!
僕は固まった。
チラッとこの店のオーナーを見た。…いかにも迷惑そうな顔をしている。
僕はため息を着いた。

「会計、お願いします。」


7 :明杏 :2006/11/05(日) 08:17:29 ID:PmQHQ3L3

「はぁ〜。」
僕は玄関に座り込んだ。
ユキを僕のマンションまで運んで来たからだ。

彼女のマンションは場所は知ってるが部屋は知らないし、第一、セキリュティーに厳しい所で、暗証番号やらなんやらを入り口で入力しなければならなかった。ユキは到底、そんな事できる状態じゃなかった。

僕はユキをベッドに寝かせた。相変わらず、気持ちよさげに寝ている。
飲み足りなかった僕は、冷蔵庫からビールを出した。


8 :明杏 :2006/12/03(日) 14:23:13 ID:nmz3miV4

何となく夜風に当たりたくなって、ベランダの引き戸を開けた。

ーカシュッ。

ビール缶を開けると、小さな泡が出てきた。

街は思ったより静かだった。そういえば、久々にゆったりとした、夜の一時を過ごせている気がする。
最近は新しいプロジェクトのお陰で、会社か部屋に閉じ籠もりきりで、夜空を見ることは無かった。
ここは東京で、相変わらず星なんかチラホラ見えるだけだけど、ネオンが光って、それはそれで美しい。


ーガラッ

ふいに背後のドアが開く音がした。
見ると、ユキが立っていた。

「ごめん、起こした?」
僕はすまなさそうに言った。
「ううん。大分酔いもさめたし、気にしないで。」
ユキは僕の隣に立った。
「ごめんなさい。迷惑かけてるね、わたし。」
ユキは、夜の東京を見ながら言った。
「いいや。たまにはいいよ、こういうのも。」
僕も目を合わさずに言った。
ユキに、飲むか、と缶ビールを勧めたが、これ以上飲んだら明日会社に行けなくなっちゃう、と言って断った。

「ホントはね、」
ユキは夜空を見て言った。
「あなたが話があるって言った時、・・・少し期待したの。」
僕は困惑気味に、ユキの方を見た。

10秒くらい経って、やっとその意味が分かった。
「ハハハ・・・。」
僕は、引きつりながら小さく笑った。
『オレはまだユキを好きかも知れない。』
そんなこと言えるはずがないし、言うつもりも無かった。
そもそも、その気持ち自体、どこまで本気なのか、自分でも解らなかった。
僕は自分の気持ちが解らない。
なんだろう、このモヤモヤした気持ち。
普通ならこんなに迷惑かけられて、腹が立ってもいいはずなのに、そうじゃない。
でも、あの頃と同じようにユキのことを想ってるか、と聞かれたらそれも違う気がする。
いっそ、このままユキにヨリを戻そう、と言ったらこのモヤモヤ感はなくなるかもしれないが、僕のいい加減な気持ちでもう彼女を傷つけたくない。

「あたしは忘れられなかった、圭の事を。」

僕は目を丸くした。
―と、同時に、心臓がドクンと鳴ったのが分かった。

今頃になって気付いた。ユキが空を見上げているわけに。
ユキの目には、うっすら涙がたまっていた。
きっと彼女なりに、僕に涙を見せまいとしているのだろう。

今度は、僕の方をまっすぐ見つめて。ユキが言った。
「ふとしたときに思い出すのよ・・・あの頃を。
 幸せだった事も、悲しかった事も。」
ユキのほほを、キレイに涙が流れた。

僕はもう、堪らなかった。

ユキを抱きしめた。強く。
ユキの鼻をすする音が聞こえた。泣くことを我慢できなかったらしい。


9 :明杏 :2007/01/08(月) 15:26:48 ID:nmz3m4mG

僕はユキのほほに手をあてた。
ユキは静かに目を閉じる。

僕にも解っていたんだ。本当は、こういうのがいけない事。
気持ちがはっきりしていないのに、ズルズル落ちていくことは、お互いを傷つけるだけ。
     ガキ
僕だって、子供じゃない。解ってる。
でも、だけど・・・止められなかった。


・・・突然、ユキが僕を拒んだ。

僕にはワケが解らなかった。
ユキだって、その気だったはずだ。なのに・・・何故?

僕はとりあえず、
「ごめん。」
と、困惑したまま謝った。

すると、ユキは突然声をわぁんと上げて泣き出した!
僕は、ますますわけが解らなかった。パニック寸前だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。」
ユキはそう言いながら泣き叫んだ。
ごめん、というのは僕を拒んだ罪悪感からだろうか?

とりあえず、お隣さんの目も気になり、ユキを部屋の中へと促した。


10 :明杏 :2007/02/07(水) 16:03:16 ID:mcLmLiWH

どれくらい時間が経っただろうか?
ユキは落ち着きを取り戻した。
僕は、ユキに暖かいココアを差し出した。ユキはココアが好きだった。

「あのね。」
ユキは俯き加減で話し出した。
「その・・・実は。」
僕は黙って、ユキの言葉を待った。
ユキが深呼吸をして言った。
「前の会社を辞めた理由、ね。」
「うん・・・。」
僕は話の意図が見えなくて、不思議そうな顔をして、相槌を打った。
「それで?理由って??」
僕は待ちきれなくなって、彼女に尋ねた。

「上司のセクハラだったの。」
ユキはキッパリと言った。
「−・・・・・。」
僕は声も出なかった。
気の利いた言葉を発する余裕も、あるわけがない。

・・・なるほど、そうか。
五秒後に、その考えが浮かんだ。
彼女が僕を拒んだ理由がなんとなく解った。
「それから、あたし、男の人とか苦手で・・・。それで、今の会社を選んだの。若い女の子を狙いとした会社だから、職場にも女の人が多いし・・・。」
「そうだったんだ。」
「だから、その・・・別に悪気は無かったの。圭のこと、傷つけたよね、ごめんなさい。」
「いいや!僕のことは気にしないでいいよ。」
僕はなるべく優しく言った。
本当はショックだったんだけど。
「ありがとう。・・・圭は相変わらず優しいね。」
「え?」
「じゃぁ、私、そろそろ帰るわ。明日も仕事だし。」
「そうだね。送ろうか?」
「いや、大丈夫よ。タクシー拾うから。」
「気をつけてな。」

それから彼女は僕に「今日はありがとう。」と言って、去った。

僕はそれから風呂に入って、ベッドに寝転んだ。
彼女のことで頭がいっぱいだった。


次の日。
僕は目を覚ました。
適当に朝食を取って、着替えてドアを開ける。
いつものように家を出て、気付いた。

「自転車がない。」

昨日の記憶を辿った。
そうだ、昨日は自転車で飲み屋に行って、その後ユキ」が酔っ払ったから、タクシーで帰ってきたんだ!
つまり、自転車はまだ、バーに置いたまま。

「しかたない。今日はバスだな。」

空は今日もいい天気だ。

バス停につくと、昨日の女の子が居た。
ウエーブのかかった、茶色い髪の、大学生か専門学校生風の女の子。
今日もトートバックを持っている。
相変わらず美人だ。


11 :明杏 :2007/07/15(日) 14:31:38 ID:o3teQJVn

僕は彼女と2,3メートル離れて立った。


「あれ?」
彼女が僕の方を向いて言った。
「今日は自転車じゃないんですね?」
僕は突然のできごとに戸惑った。
「え?あ、ハイ。自転車を店に置いて来ちゃって・・・。」
「そうなんですか。昨日、とってもカコイイ自転車に乗ってらっしゃったんで、つい。」
そう。僕の自転車はマウンテンバイク。給料を溜めて買った、中々の品物だ。
「そうだったんですか・・・それはどうも・・・」

バスが、目の前で止まった。
僕は乗り込もうとした。
しかし彼女は立ち止まったまま。
「あのう。乗らないんですか?」
僕が彼女に尋ねた。
「えぇ。人を待ってるんです。」
「あぁ、なるほど・・・。じゃぁ、また。」
バスのドアが閉まる。
彼女が僕に手を振った。

「じゃぁ、また」・・・僕は彼女にそう言った。
何も意識せずに言ったのだが、「また」ってことは「また会おう」って意味になるのかもしれない。
彼女に変に思われなかっただろうか?別にそんな意味で言ったわけではないのに。


でも、これで昨日の謎が一つ解けた。
彼女はやっぱりあのバス停で人を待っていたのだ。


12 :明杏 :2007/07/15(日) 14:43:08 ID:o3teQJVn

会社に着いた僕は、自分のデスクに座って、パソコンを立ち上げた。

「おはよう!今日は早いな。」
「あ・・・外村先輩、おはようございます。今日はバスで来たんで。」
「え?今日は晴れてるのに、めずらしいな。」
「ええ、まぁ。」

僕は自転車のことを説明する気にはなれなかった。
外村先輩のことだ、ユキのこととか、アレコレ詮索してくるに違いない。

「それはそうと、藍川。昨日話してた、べっぴんのモデルは決まったか?」


「あ・・・。」



僕の頭は真っ白になった。
ユキのことで、それどころじゃなかった。



「スミマセン、忘れてました。」
「何ィッ!?オイオイ頼むよ。モデルが決まらんことには、宣伝が始められんだろうが!」
「そうですよね・・・」
僕は申し訳なさそうに言った。
「頼むよ。」
「先輩こそ、美人の女性は知り合いにいないんですか?」
「バカ、居たらとっくに結婚してるよ。」

・・・確かに。


「じゃぁ、藍川。明日までに探して来い。」
「明日!?」
「いいか、忘れてたお前が悪い。とびっきりの美人じゃないと承知しないからな!」

「ハイ・・・。」


僕はシュンとして答えた。


13 :明杏 :2007/09/23(日) 09:28:28 ID:o3teQJVm




仕事が終わって、昨日のバーに立ち寄った。
自転車を取りに行くためである。


自転車はオーナーが大切に保管していてくれた。
僕はお礼を述べて、自転車に乗り、帰路についた。

自転車に乗っている間、考えていたことがあった。

「・・・モデル、どうしよう・・・。」
外村先輩同様、僕にも美人の知り合いなどユキの他にいない。
そもそも、僕は昔からそんなに女性に縁のあるほうではなかった。


その時、ふとバス停が目に入った。

「そういえばいつものあの子・・・誰を待っているんだろう。」

考えても答えの出ない問題に、人はどうして労力をさいてしまうのだろう。


「あ!」
僕は頭の中に、しっかりと光が見えた。
「そうだ!彼女なら・・・!」

彼女は誰が見ても美人と言えるだろう。
そうだ、彼女にモデルを頼もう!




僕は翌日の朝、彼女にモデルの話をすることを決意した。


14 :明杏 :2007/09/27(木) 21:27:42 ID:o3teQJVm

次の日、僕は、いつもより30分も早く目が覚めてしまった。

ただ美女と話すというだけで、こんなにも緊張してしまう自分が、甚だ嫌になる。


鏡の前で、何度も身だしなみを整え、いつもの時間に家を出た。



外は今日も良い天気で、大好きな自転車に乗って、あのバス停に向かった。



だんだんバス停が近くなる。
次第に鼓動が速くなる。

「あ…」
あの子が目に入った瞬間、
僕は思わず、小さく声を上げてしまった。

彼女の今日の服装は、春らしいうすピンクのワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。





だんだん彼女が近くなる。
だんだん顔がほてってゆく。


15 :明杏 :2007/10/01(月) 21:17:42 ID:nmz3m4mF

僕は彼女の1mくらい前に自転車を止めた。

「あ、昨日の・・・。」
彼女は僕のことを覚えていてくれたらしい。
「オレ、藍川圭ってゆうんだ。」
名刺を渡しながら言った。
「あ、どうも・・・。」
彼女は少し困惑気味だった。
・・・当然だろう。

「あの、実は君に頼みがあるんだ。」
もう僕の頭の中は、喋ることでいっぱいいっぱいだった。
「なんでしょうか?」
彼女はキョトンとした顔で僕を見た。
「ここじゃ何だし・・・。」
僕は、側の喫茶店を指差して言った。

我ながらこの場面で、よくこうも気が利いたもんだ、と
自分を褒めてやりたかった。


16 :明杏 :2007/10/16(火) 16:04:15 ID:o3teQJu3


「オレはコーヒーで・・・君は?」
「あっ、ミルクティーを。」
ミルクティー・・・可愛いなぁ。
「それで、あのう・・・」
彼女は外をチラッと見て言った。
そうだった、彼女はいつも人を待っているんだった。
時間をかけるわけにはいかない。
「ごめんね、人を待っているんだよね?」
「あ、いえ。大丈夫です。」
彼女は出されたミルクティーを飲みながら恥ずかしそうに言った。
僕に気を使っているのだろう。

「早速、頼みっていうのはね・・・さっき渡した名刺にも書いてあったと思うんだけど、
オレ、JSコーポレーションの社員なんだ。」
「あぁ・・・JSCの事ですよね?」
「そう。知ってくれているとは嬉しいな。」

そして僕は、新しい事業のこと、
イメージガールのことについて彼女に話した。

「で、そのイメージガールを君にやってもらいたいんだ!」
「えぇっ!?」
彼女の目が丸くなった。
「いやっ・・・私にはできませんよ!そんな・・・」
「いや、難しく考えないで。イメギャルって言ったって、ポスターにでるくらいの、モデルのようなモノだから。」
「でも、あたしそんな経験ナイですし。」
彼女は困った顔をしている。
いや、それ以上に困っているのは僕の方だ。
彼女に断られると、もう後が無い。
「頼む!!!君しか居ないんだ。」
僕はテーブルに両手をつき、さらには頭をついてお願いした。
「そんな・・・・。」
彼女はもちろん当惑している。

そして、その数十秒後。

「分かりました。私でよければ、やってみます!」
彼女は力強い目をして僕に言ってくれた。
「あ・・・。」
僕は嬉しさのあまり言葉が出なかった。
まさに天に救われたような気分だ。
大げさに思われるかもしれないが、もしモデルが決まらなかったということになると、
あのヤリ手部長さんもへそを曲げかねない。
そうなると僕はクビだ。
本当に助かった。

「ありがとう!嬉しいよ!!えっと・・・」
「上園です。上園留衣。よく男の子と間違われるんですけど。」
「分かる!オレもたまに女性に間違われるから・・・。」
「ホントですか?結構困っちゃいますよね〜。」

共通点があったからか、その後は楽しいおしゃべりが続いた。



そして、僕はふと思い出した。
「上園さん、人を待ってるんじゃないの?まだいいの?」
「ええ。来てないみたいですから」
彼女は笑って言った。
きっと遅れているのだろう。

「あ!!!」
僕は慌てて時計を見る。
「どうしたんですか?」
「もう45分じゃん!」
気付けば9時まであと15分しかない。9時を過ぎると遅刻だ。
「ごめん、上園さん、オレ、遅れるから行くね。・・・っとその前に連絡先教えて!」
僕は彼女に電話番号を教えてもらった。
「ありがとう。勘定はオレが払っておくから、上園さんはゆっくりしてって。」
「あ、ありがとうございます。」
「じゃぁ、また連絡する。」
「ハイ、気をつけて。」

お金を払って、僕は店を飛び出した。


彼女に今日も「また」と言えた。
しかも、今回は昨日とは違う、確実な「また」だ。
それが何となく、嬉しかった。


17 :明杏 :2008/04/26(土) 23:25:54 ID:ocsFWnY3

「おはようございます!」
僕はいつもより大きな声で挨拶をしながら、オフィスのドアを開けた。
「おっ!その様子だと、モデル見つかったのか?」
外村先輩がニヤニヤしながら近づいてくる。
「ええ、まぁ。」
僕はニッコリ笑った。
「へぇ!で、どんな子なの?美人?」
「そりゃぁ、もう。」
「ほう。早く俺にも会わせろ!」
外村先輩が僕の首根っこをつかむ。
「辞めてくださいよぉ〜〜〜」



それから僕は、早速いつも仕事を頼んでいる、撮影スタジオに出向いた。
新プロジェクトの事を話し、ポスターの写真を撮って欲しいと頼んだ。

「そうね〜、やっぱその子に会ってみたいわ。その子の印象次第でセットも決まるし。」
そう話すのは、このスタジオのベテランカメラマン、SATOKOさん。
その子とは上園さんのことである。
「やっぱりそうですよね・・・分りました、今度その子連れてきます。詳しい打ち合わせはその時に。」
「ええ、いいわ。ヨロシク。」








その夜、僕は上園さんに電話した。
「あ、もしもし。上園さん?藍川だけど。」
「あ。こんばんは!モデルの事ですか。」
「そうなんだ。急で申し訳ないんだけど、明日の夕方、空いてるかな?」
「えぇ。大丈夫です。何時頃ですか?」
「そうだなぁ・・・5時に、例のカフェでどう?」
「あぁ、ハイ。大丈夫です。」
「そう、良かった。じゃぁ、また明日。」
「ハイ。おやすみなさい。」


・・・たった1分かそこらの電話なのに、何で僕はこんなに緊張するんだろう。
25にもなって、ホント情けないよ。





翌日、いつものようにバス停には彼女がいた。
「おはよう、上園さん。」
「おはようございます!今日、5時でしたよね?」
「ああ、忘れないでね。」
「はい、大丈夫です。」
彼女は柔らかに微笑んだ。
僕も思わず微笑み返してしまった。
「それじゃ、後で。」
「はい、お仕事頑張って下さい!」








仕事中、僕は何度も時計を見ていた。
早く5時に近づいてくれないかと、1日中、ソワソワしていた。

時計が4時40分を指したと同時に、
「ちょっと出てきます!」
と課長に告げて、足早に会社を出て行った。

最も、もう今日は会社に戻るつもりはなかったので、待ち合わせのカフェまでは自転車で行った。


カフェについたら、彼女は既に来ていた。
僕はまさか、またいつものクセで遅刻したのか、と一瞬思い、一応時計を見た。
まだ5時まで5分以上あった。

「ごめんね、待たせた?」
僕は彼女の向かいの席に座った。
「いいえ、私も今来たところなんですよ。」
彼女は微笑んで言った。


今日の彼女は昨日と少し感じが違って、ジーンズにパンプスだった。
トップスはフリルのついた、少し丈の長いパープルの洋服。水玉模様で、胸元には白い小さなリボンがついていた。



「で、これからどこか行くんですか?」
彼女はアイスココアを飲みながら言った。
「あぁ、会ってもらいたい人がいるんだ。」
「会ってもらいたい人・・・?」
彼女は不安そうに言った。
「大丈夫だよ。怖い人じゃないから。君を撮ってくれるカメラマンさ。」
「カメラマン・・・」
彼女の瞳が少し輝いた。
「じゃ、行こうか。」





彼女が徒歩だったので、僕も彼女と一緒に歩いて、スタジオまで行った。
さすがにこの格好(スーツ)で2人乗りなんかして、警察に見つかりもしたら僕は仕事が無くなる。


スタジオについて、SATOKOさんに彼女を紹介した。
「こちらが上園留衣さん。」
「よろしくお願いします。」
彼女は丁寧にお辞儀をした。
「まぁ〜・・・。とっても可愛い子じゃない!藍ちゃんによくもまぁこんな美人の知り合いがいたわね。」
SATOKOさんが目を丸くした。
まぁ、無理もない。
「そんな・・・・」
上園さんは照れて真っ赤になっている。

いちいち仕草がかわいい。




「ようし。じゃぁ早速撮影・・・と、その前に衣装に着替えなきゃね。」
僕は昨日スタジオに来た時に置いて帰った、一つのワンピースを取り出した。
淡いピンクの花柄ワンピース。
色がキツくないし、花模様も大きくないので、品があり、どこかキレイでかわいらしい感じがする。
それが、今度ぼくたちが立ち上げるブランドのテーマでもある。

「まぁ、藍ちゃんにしてはシュミがいいのチョイスしたわね。」
SATOKOさんにお褒めの言葉をいただいた。
・・・一言余計だが。

「かわいい〜!藍川さん、これが今度のブランドの服なんですか?」
「そうなんだ。イチオシだよ。どう?気に入ってくれた??」
「ハイ!!とっても!」
彼女は満足げに笑った。笑顔が輝いていた。

僕は今度の新作の中から、今日のために彼女に一番合う服を選んできたのだ。
どうやら成功したらしい。内心ホッとした。


18 :明杏 :2008/04/27(日) 10:31:27 ID:ocsFWnY3


40分後、彼女の着替えとメイクが終了し、いよいよ撮影へ入る。

SATOKOさんはバックカラーを何色にしようかしら、と機械を操作して、色を選んでいた。


上園さんはというとスタイリストさんに髪もセットしてもらったらしく、さらに髪に巻きが入っていた。





「じゃ、撮るわよ。」
SATOKOさんがファインダーを覗く。
「は、ハイッ!!」
上園さんは、どうやら緊張しているらしい。
「そんなに緊張しないで、リラックス〜。そうね、後ろで腕を組んでみる?」
「こ、こうですか?」
彼女は戸惑いながら言われるままにポージングした。
「ええ!じゃ、いくわね。笑って!」

カシャ

SATOKOさんがシャッターを切った。



その後も何十枚と写真が撮られ、
彼女もだんだん雰囲気に慣れたらしく、自然な笑顔がみられるようになった。



僕は、というと、
一段とキレイになった彼女に、ハッキリ言って見とれていた。

営業マンとして、一人の男として、それはよく分らない。
もしかしたらどちらもかもしれない。

でもとにかく、これで世の女性たちは彼女に魅かれるに違いない!
という確信があった。
どうやら、この起用は大成功のようだ。

・・・まだ気が早いけど。


19 :明杏 :2008/05/06(火) 16:09:31 ID:ocsFWnY3

「藍ちゃん!」

SATOKOさんに不意に声をかけられ、我に帰る。

「は、はい?」

「藍ちゃん、このブランドのイメージって何?」
「イメージ・・・ですか?」
「ええ。キャッチコピーっていうか、コンセプトみたいな・・・。」
「そうだな・・・」

僕は突然の質問に戸惑いながらもまさか「わかりません。」と答えるわけにもいかず、
彼女の顔を見ながら考えた。

上園さんはそんな僕の視線に気づいたらしく、照れてうつむいた。



「天使・・・」
数秒後、僕が出した答えがそれだった。
無理やり出したというより、むしろ自然に思いついた答えだった。
「え?天使?」
SATOKOさんが僕に聞き返した。
「はい。何ていうか、彼女を見てるとそんな感じがして・・・まるで天から降りてきたような、この世のものとは思えない、純粋なイメージ。」
僕は思ったとおりにSATOKOさんに話した。
「天使かぁ・・・。いいかもね!」
SATOKOさんが言った。
「ありがとうございます。」
僕はお礼を言った。
良かった、ダメ出しされなくて。
「藍ちゃんってそんなロマンチストだったのね?」
SATOKOさんがニヤっと笑った。
「ほっといて下さい。」
僕は真っ赤になってそっぽを向いた。

彼女はどう思ったのか、僕は確かめるように上園さんの顔を見た。

・・・青ざめている。

「気に入らなかった?」
僕は苦笑いで彼女に言った。
「あ、いいえ!!全然そんんことないです。」
「ほんと?無理しなくて良いって。」
「ただ、ちょっとびっくりしたんです。意外な答えで。」
「そう?」

上園さんはそう言ったけど、きっと四捨五入して30のオッサンがそんな事言ってキモイとか思われたんだ。

あぁ、後悔。


20 :明杏 :2008/05/24(土) 12:35:27 ID:ocsFWnY3

その後も撮影は順調に進んでいって、何十枚もの写真を撮った。

SATOKOさんは3日後までに現像を済ませ、何枚か僕の会社に送ってくれると約束してくれた。
そのできあがった写真を外村先輩と課長に見せて、モデルは上園さんでいいか了承をもらう。

いや、上園さんで了承されるに決まっている。彼女以外に適任はいない。






3日後。
約束通りSATOKOさんから1通の封筒が届いた。僕はてっきり普通の写真のサイズで送られてくると思っていたのに、A4サイズにまで写真が引き伸ばされていた。
普通、まだ正式に決定していないモデルの子の写真を、お金をかけてここまで大きく引き伸ばしたりはしない。きっと、SATOKOさんも上園さんのモデル起用を賛成してくれているのだろう。
ベテランのカメラマンのお墨付きということは、上司も納得するだろう。


早速、先輩と課長を呼んで、上園さんの写真を見せた。

「こちらが、モデルをお願いしている、上園留衣さんです。」
僕は写真を見せながら言った。
課長、外村先輩は写真を持ったまま固まっている。
「・・・ウソだろ!?」
先に口を開いたのは先輩だった。
「え?」
僕は意外な第一声にキョトンとした。
「藍川、お前こんな美人と知り合いだったのかよ!?俺に紹介しろよ〜・・・」
課長が白い目で先輩を見ている。
「オホン。すみません。」
先輩は下を向いた。
「藍川くん。」
「はい。」
「モデルはこの方で決定だ。よく彼女を抜擢してくれた!」
課長は笑顔で言った。
「ありがとうございます!」

僕の思ったとおりだった。
上園さんが反対されるわけがない。
その後、他の営業5課のみんなにも上園さんの写真を見せた。
みんな驚きと憧れの眼差しで写真を見ていた。
OLの子にも見せたが、反応は上々だった。やっぱり上園さんは同性からも好かれるらしい。


21 :明杏 :2008/07/05(土) 10:36:17 ID:ocsFWnY3

その後、上園さんのモデル採用が正式に決まったこともあって
いよいよ、本格的にプロジェクトの始動となった。

とりあえず、例のやり手部長のデパートにポスターを貼ってもらわなくてはならない。

そのためにポスター制作が先決となった。



今日は、そのポスターに使う写真を撮っている。
そう、SATOKOさんのスタジオだ。

「ごめんね、上園さん。せっかくの日曜なのに・・・」
「いいえ、全然良いですよ。」
今日も上園さんの笑顔は輝いている。
「いろいろ考えたんだけど、素人さんだから時給制にしたよ。1000円でどう?」
「え!?」
上園さんはものすごく驚いた顔をしている。
「不満だったかな・・・?」
と僕は言ったが、上園さんはそんな事を思ってないと分かっていた。
「いえ!そんなにいただいていいんですか!?」
やっぱり。
「あはは。いいよ。救世主だもんな、上園さんは。」
「そっ、そんなぁ・・・」
上園さんははにかんだ。

「おーい!そろそろ始めるよ!」
SATOKOさんが向こうで呼んでいる。
「はーい!」
僕らはハモって返事をした。


22 :明杏 :2008/11/16(日) 22:48:17 ID:ocsFWnY3

それからSATOKOさんは何十枚も写真を撮り、すべての撮影が終わったのは6時だった。

「上園さん、お疲れ!」
僕はかなり疲れていると思われる彼女に、話しかけた。
「あ、お疲れ様です。」
それでも彼女は僕に笑いかけてくれた。
「ねぇ、二人ともお腹空いてない?」
SATOKOさんが機材を片づけながら僕らに話しかけてくる。
「お腹すきました〜。もうペコペコですよぉ。」
上園さんが椅子にぐったりしていた。
「じゃぁ、みんなでこれから飲みに行かない?私、オゴるから。」
「え、いいんですか!?」
上園さんの目が輝いた。
「藍ちゃんも、どう?まだ仕事ある?」
「いえ、行きます。」
ぼくはサラっと言ったが、内心かなり嬉しかった。
上園さんとゴハンに行ける。
・・・まぁ二人きりではないのだけど。
もし仕事があったって行っている。

「何々?皆さん今から飯行くんスか?俺も連れてって下さいよ!」
そう話しかけてきたのは、今井純。
このスタジオで働いている、SATOKOさんのアシスタントの男の子である。
歳はたしか23で、長身でスラットしている体型。
髪は少し長めで、茶髪。かなりのイケメンくんである。
「しょうがないな〜、じゃぁ、早く片付けしなさい!」
「やったー!すぐに終わらせます!!」
そう言って、彼は走って行った。

正直、彼にはあまり来て欲しくなかった。
何故なら彼は男の僕から見てもかっこいい青年で、しかも僕より若い。
女性ならすぐに惚れてしまいそうだ。
こんなことを思ってしまう自分に自己嫌悪を覚えてしまうが、
それは誰でもそう思ってしまうのではないだろうか。

約15分後、純くんの片付けも終わり、4人で近くの居酒屋に行くことになった。


23 :明杏 :2009/01/30(金) 21:43:19 ID:ocsFWnY3

「よーし、じゃぁみんな、乾杯しようか?」
SATOKOさんがグラスを持つようにみんなに促した。
『かんぱーーーい!』

僕の向かいの席にはSATOKOさん、となりには純くんが座っている。

「留衣ちゃんは、いくつなの?」
純くんが上園さんに話しかけた。

・・・初対面に近いのに、いきなり「ちゃん」づけで呼んでいる。
しかも、純くんはそういうのを全く気にしていないようだ。
若いっていいよな・・・。

「あ。。。21です。こう見えても。」
上園さんは少し照れている。
「へー!学生さん?」
「はい、専門学校に通ってます。」
「あ、俺も専門卒なんだよ。カメラ関係の。留衣ちゃんは?」
「私は、絵の勉強を。イラストとか、そっちのほうです。」
「そうなんだ!じゃぁ芸術関係って意味では僕らの仲間ですね、SATOKOさん。」
「そうね。」

それにしても、よくしゃべるなぁ・・・純くん。

僕は少し嫉妬心を持ちながら、ビールを飲んでいた。

「ちょっと、藍川さん。飲みすぎじゃないっすか?」
純くんが、僕に話しかけた。
飲みだして、ちょうど小一時間が経った頃だった。
「そう?そんなことないよ。」
と言いつつ、頭がボーっとしてきた。
「なんか珍しいわね、藍ちゃんがそんな飲むなんて?」
「そりゃぁたまには僕だって・・・」
「大丈夫ですか?」
上園さんが心配そうに僕の顔を見ている。

「よし、そろそろお開きにしましょう。上園さんも、ご家族が心配されるわ。」
SATOKOさんが言った。
「あ、私は一人暮らしですけど。」
「あら、そうなの?それはますます物騒ね。藍ちゃん、送ってあげなさい。」
「・・・え?」
僕は飲みすぎているせいもあって、SATOKOさんのその声に、すぐに反応できなかった。
しかし、SATOKOさんの言葉を理解したとき、頭がいっきに冴えた。
「えっ、僕が!?」
「あら、イヤなの?」
「いや・・・」
「あ、いいですよ。私、ひとりで帰れますから・・・。」
上園さんが申し訳なさそうに言った。
「いや、上園さん。確かに危ないよ。僕でよかったら送って行くから。」
僕は心の中でSATOKOさんに感謝した。
「よしっ、じゃぁ純は私を送って行ってね☆」
「えー。」
「何よ?」
SATOKOさんが純くんの頭をポンと叩いた。
「いえ、何でもないっす!」
純くんがあわてている。
「じゃぁ、そういうことで、みんなお疲れ〜!」
そう言って、僕と上園さん、SATOKOさんと純くんは別々に帰路に就いた。

僕は自転車を押しながら、上園さんと並んで歩いた。


24 :明杏 :2012/03/09(金) 04:52:58 ID:sGsFLiz4nA

まさかの展開で、酔いは冷めたとばかり思っていたが、
こうして歩いてみると、完全に冷めていないのがよく解った。
足元がふらついている。

せっかく二人きりになれているというのに、情けない。


「藍川さん、大丈夫ですか?」

ふいに、上園さんが振り返って僕に言った。
並んで歩いていたはずの上園さんは、
僕の少しまえを歩いていた。

「あ、うん、平気。気にしないで」

平気じゃないのはバレバレである。ああ、かっこ悪。

みかねた上園さんが、
「あの、良かったら、少し休んで行きません?ほら、私も少し飲みすぎたみたいです」
と、ベンチを指差して言った。

「じゃぁ…」

上園さんは優しい。

僕はベンチに腰掛けた。


ベンチに腰掛けて夜風を頬で感じた。
火照った頬が冷やされて、気持ちよかった。

「あの、これ、どうぞ」
上園さんはミネラルウォーターが入ったペットボトルを僕に手渡した。
「え?貰っていいの?」
「はい、さっき、お店の前の自販機で買ったんです。良かったら…」
「いや、でも、やっぱり…」
「いいんですってば。私、お腹いっぱいで入らないから。」
上園さんはニコッと笑って言った。
「じゃぁ、お言葉に甘えて…」

くそう、何て優しいんだ。

これは、やばいなと、自分でも思った。
上園さんの良い一面を見る度に、どんどん彼女にハマっていく。
まるで引き寄せられる磁石のようだ。




何となく会話が途切れてしまった。
場をつながなきゃ、と思い、話題を探した。
よく考えたら、今日のお礼をちゃんと言ってなかった気がする。

「あのっ、上園さん!」
僕は声がうわずってしまった。情けない…
「はっ、はいっ!何でしょう?」
彼女も驚いて、声が裏返った。
「その、今日は本当にありがとう」
「あ、いえこちらこそ。貴重な体験をさせていただいて」
「それで、今日のお礼に、今度お食事でもいかがですか?」
彼女が続く言葉の、「ありがとうございました」を言い、お辞儀をするのと同時に、僕は言った。
いや、口走ったというのが正確な表現かもしれない。
「え?」
彼女は頭を上げ、予想もしなかったことを言われ、戸惑ってる様子だった。

僕自身、予想もしなかったことを言ったのだ。

しかし、本心だった。

酔いとは、恐ろしいものだ。

「あ…」

彼女が、僕に返事をしようとした瞬間、

「何してるの?こんなところで。」

僕の背後から、聞いたことがある声がして、僕は凍りついた。


25 :明杏 :2012/03/10(土) 05:01:14 ID:sGsFLiz4nn

河井ユキだ。
振り返らなくたって分かる。

そこでようやく、この公園は彼女のマンションの近くで、彼女は通勤でよく通っている場所だとい
うことに気付いた。

ーそう、考えてみれば、別にユキと付き合っているわけでも、上園さんと付き合っているわけでも
ないのだから、別に二人が出会ったところで、何も困ることはないのだが、…何故だろう。
上園さんに会わせたくなかった。

「ユキ。あぁ、ちょっと飲みすぎて、ここで休んでたんだ」
「そうなの?圭にしては珍しいじゃない」
頼むから、それ以上名前で呼ばないでくれ!

ユキは上園さんの方を見た。

「あなた、もしかして。この前、圭が言ってたプロジェクトのモデルさんかしら」

上園さんが慌てて、
「あ、はい。上園留衣といいます。」
「私は河井ユキ。よろしくね。それにしても、圭。こんな美人さん、どこで見つけてきたの!?私よ
り美人じゃない!」
「え…いえそんなことは……」
上園さんが否定する。
「あ、上園さんとはたまたまバス停で会って…」
「ふーん、良かったわね、代わりが見つかって」
「代わり…?」
上園さんの表情が曇る。
「そう。その話は、もともと私に持ちかけられたものだったの。聞いてない?」
「あ…はい。」
「ユキ!」
僕は、ユキの方を見て声を挙げた。
「何よ、本当のことじゃない。」
ユキは強気で僕の方を見た。
「いい加減にしろよ…」
僕はユキをにらみつけた。
ユキは青い顔をした。僕が本気で怒っているのが、彼女には解るからだ。
「わ、悪かったわよ。じゃぁね」
ユキは足早にその場を立ち去った。


再び、沈黙が流れた。

「ごっ、ゴメンね。嫌な思いをさせちゃったね」
先に口を開いたのは僕だった。
もう彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「あの人…」
上園さんが逃げるように立ち去る、ユキの小さな背中を見て言った。
「なっ、何?」
「藍川さんの何なんですか」
彼女はまっすぐ、僕の方を見て言った。
僕が返事に窮していると、
彼女はハッとしたような表現をして言った。
「なんて、私には関係ないですよね…何言ってるんだろ、私」
「元カノだよ」
僕はすぐに答えた。
彼女に関係ないわけない。
だって、僕は彼女が好きだから。

「そうなんですか…変なこと聞いてごめんなさい」
「いや…」
「でも、」
「…でも?」
上園さんは深呼吸をした。
「私、藍川さんのことが気になって気になって仕方ないんです。」
「え」
僕はそれ以上言葉が出なかった。
「あんな美人な人と、藍川さんがお付き合いしていると思ったら、私」
今にも泣きそうな上園さんを見た僕は、考えるより先に、彼女を抱きしめていた。

そう、強く。
まるで、子供が大好きなおもちゃを取られまいと、必死に離さないように。


「好きだよ」

上園さんは、多分泣いていた。


26 :明杏 :2013/08/18(日) 18:06:50 ID:n3oJY4V4uH



「いってぇー…」

朝、目覚めると同時に、僕はつい呟いてしまった。

頭が痛い。

どうやら、昨日のお酒のせいで二日酔いになってしまったらしい。

しかし、不思議といつものような何とも言えない後悔の念や不快感は、ない。





あの後。



僕らは一言も言葉を発することなく、ただ手をつないで歩いた。


言葉にしなくても、お互いの気持ちは解っていた。

いや、正確には、僕には言葉を発する余裕がなかった。

もう、目の前で起こったことが信じられなくて、でもうれしくて、けど、怖くて。
ただ、夢でないことをいのるばかりだったのだ。

つくづく情けないが、そんな自分を、今は嫌いにはなれなかった。


それから、僕はバスに乗って、上園さんをアパートの前まで送っていった。

恥ずかしそうに手を振る彼女が可愛らしくて堪らなかった。



その後、不安定な幸せを噛みしめながら、僕は帰路についた。




そして、今にいたる。



今日も仕事だ。

急いでシャワーを浴びた僕は、家を出る。


そうだ、今日も自転車が無い。


昨日、SATOKOさんのスタジオに置いてきたのだった。



ということは・・・今日もバス停で会えるのだろうか、彼女に。

あのままうやむやになってしまったデート(食事に行く誘いをしたのだった)の話もしたい。


僕は、ニヤケる顔を我慢するのに必死だったが到底無理だった。




いつもの時間にバス停に行くと、彼女はすでにそこにいた。
いつもと同じように。
今日の彼女は白を基調にした、レースのブラウスに、小さな花の模様が入った、うすピンクの膝丈スカート。「ひだ」が小刻みに入っていて、とても可愛らしい。
花柄のピンクのスカートを見ると、無意識に昨日の撮影を思い出してしまう・・・。

あの、天使のような透き通る肌。
優しい微笑。
眩しい姿。


「お、おはようございます!」
つい、ボーっと物思いにふけってしまった僕を見て、上園さんが話しかけた。
「あ、お、おはようございます!!」
お互いなんとなく深々と「礼」をする。
「あのさ、昨日の話なんだけど」
僕は普通を装っていたのだが、自分でも不自然だったように思う。
「はい」
「お礼の食事の話」
「あ・・・」
「どうかな?」
「は、はい。私でよければ」
彼女は照れながらうつむき加減に返事をしてくれた。
耳まで真っ赤にして・・・かわいい。

「今度の週末なんてどう?」
「大丈夫です」
「そう?じゃぁ、土曜日に」
「は、はい」
「上園さんは何が好きなの?」
「嫌いなものは特にないので、何でも食べれます」
「そう?了解」
「楽しみにしています」
彼女は軽く笑った。

うれしかった。


バスが来て、僕はじゃ、と上園さんに言い、バスの乗り込もうとした。
いつものように彼女はバスには乗らない。
その時ふと思った。

「そういえばさ・・・」
僕はバスの乗車口のステップに足を掛けたが、上園さんのほうを振りかえって言った。
「上園さんは、いつも誰を待ってるの?」
彼女は一瞬固まって、答えた。
「友人です。専門学校の」
「あぁ、そっか」
そう言うと、バスのドアが閉まった。

朝のバスというのはこんでいる。
立ったまま、バスは発車していく。
僕は窓ガラス越しに、彼女のほうを目で追ってしまった。



ーあの時。

僕は見逃さなかったのだ。


彼女の顔が確かに曇ったのを。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.