昔、誰かが言っていた。
人は本当の闇を手にした時、全てが視界から消えるんだ。
「ねぇ?」
僕の声に、隣にいた貴方は足を止めて答えてくれた。
貴方の左手を握っていた僕も必然的に立ち止まる。
優しい風がした。心がくすぐられるような、思わず笑みを浮かべてしまうような。
「僕は、眼を閉じているの?」
一瞬。貴方は静を感じてから、余韻を残すようにNOと言った。
にやりと僕は笑ってから、ズレた眼鏡を中指で押し上げた。
「見えないんだ」
何故かその言葉が笑えた。何故だろう、面白い。滑稽だ。
思わず声に出して笑ったら、貴方は怪訝そうな顔をした。
それぐらいのことは顔を見なくても判った。だって貴方だもの。
「何も見えない。光を手放したからかな?」
何時手放したのですか?、と貴方は問う。
ふと表情を変えると、少しだけ考えるような仕草をした。
「何時だろう。もしかしたら、僕は最初から光なんて持ってなかったりして」
あぁ、怒らないでよ。
「誰に助けを求めていいか判らない。誰に跪けば助かるのか、判らない」
「――……そうですね。では私に跪いて下さい」
『そしたら、貴方を日の当たる場所へ攫って行くことが出来る』
そう言って貴方は微笑んだ。つられて僕も笑った。
そして片足を地面について頭をさげた。
以前、貴方が僕の前でしたように。
「僕を連れ攫って行ってはくれませんか?」
二人分の笑い声だけが響いた。
また歩き出す。貴方の手を握って。
いつの日かに僕が出会った、
ある世界ある場所ある人の話。