誰でも書き込める創作日記


1 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/04/30(月) 03:55:38 ID:QmuDsJYm

 この日記は 【現在GAIAで連載している、もしくはしていた方なら誰でも書き込める日記】 です。
 この日記の目的は、初心者、もしくは初級者の作者が、書き慣れている作者、いわゆる中級者以上
の方がどのような考え方で文章を書いているかを公表する、または読者にどんなテクニックで物語を
作成しているのか種明かしする場です。このキャラはこう言った感じで生まれましたなどの製作秘話
を語ってもOKです。
 GAIAの一部ではプロを目指して編集社に投稿している方も作者として書き込まれています。是非、
そのテクニックをパクって、自分の為のより良い文章への糧にしましょう。私共も後から走ってくる
人間に負けないようにピッチを上げようと感じられ、双方のより良い効果が現れると思います。

 日記に要望がある場合「キャラクターはどうやって書いていますか?」や「どうしたらストーリー
をまとめられますか?」などを【この日記の感想室】に書き込んでみてください。もちろん、
GAIAで連載している【個人の作者を指名しても書き込ませても構いません】(笑)。

 この日記が百個以上溜まったくらいには一旦内容をまとめてGAIAのTOPページのWikiにまとめると思い
ます。

 それでは拝読よろしくお願いします。

 最新の日記を読みたい際にはここをクリック→>>l1


2 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/04/30(月) 03:57:04 ID:QmuDsJYm

邦訳:英文学で習った文章作成テクニック


 授業で習ったテキストを英語から日本語に訳してみました。

 英語は日本語に比べて主語と述語の関係を明確にする(言い換えるならは何が言いたいのかはっきり
と書く)事を重視した言語だと私は感じます。つまり、文章全体が何を言いたいのかをはっきりと
書くのに向いた言語であると思われます。そのため、その言語の作法が文の書き方自体に反映されています。
 例えば、義務教育で使われる日本語の起承転結の文章に対して、英文では始めに主題と結論となる文章を
置き、それからその結論となる文章をそれぞれ理由付け、最後に全体をまとめる形を取ります。
 つまり、【日本語が結果を導く文章なのに対し、英語は結果を説明する文章】が主だと言えるでしょう。
 今回はその文章の書き方、ALL Write(Greate Source Education Group, Inc. U.S.A. 1998)を参考
に私が受講した英文学の教授 Mrs.Hutcher が作成した分かりやすい文章の書き方を日本語訳して公開して
みます。英作文の授業だとこんな事学ぶのかーくらいの気持ちで読んで頂いて構いません。
 ちなみに教授に直接了解はとってませんがたぶん個人的に仲がいいので許してくれると思います(笑)。


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 効率的作文の文体

 問い:いかにして良き書き手となれるか?
 一度は学生作者は基本的論文、支持文、問題提起を習得し、同時に正しい用法の域に達すると、
効率的な作文の文体と言う問題に気付くだろう。

問い:【文体・表現形式】とは何を意味するか?
 文体・表現形式とは作者による独特な言語処理の方式と定義される。その方式には単語の選択、
文の構成や長さ、言葉の順序、丁寧さ、調子、その他の事柄を含む。

 作者達はそれぞれの文体の表現を持つ。例え、あなた自身の事柄でも、周辺環境の違いによって
違いが表れることがある。あなたは軽めの、話し言葉形式の文をメモに綴って友達に対して使うこと
が出来る。あなたは定式の用法で大学での学期末レポートではより品位ある使い方が出来るだろう。
どちらの作者もその他大勢の人々の表現や実生活とは違った形を持っているのである。

 服装や音楽が変わるように時と共に文体も変わっている。米国式英語の作文では次のことが質として好まれる。

1、【論理・表現の明快さ】(正確な単語選び)
2、【単純さ】(難解では無い文の構成、自然さ、通例の言語)
3、【率直さ】(要点を得たもの)
4、【簡潔さ】(不必要な単語を使わない、見解の繰り返しをしない)
5、【丁寧さの中間水準】(高慢な言葉で読み手に印象つけない、『賢そうな聞こえ』を硬い文章で多用しない、
今日の読み手は不自然な文章に感銘は受けない)
6、【優雅で調和の取れた書き方を心掛ける】(文の構成の類似状態を心掛ける。最も重要な見解を直接的な表現で
整った文で最初に強調する。非関係代名詞の中間に最重要な考えをおく。最重要意見を複合文の最後におく)

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 以上で文章は終わりです。
 日本語訳の際に、英語の文体のままをなるべく意識したため全体として硬い文章かもしれません。
 もし、もっと分かりやすく書いて欲しいとの要望がある際には感想室に御一報ください。


3 :八針北夏 :2007/04/30(月) 11:43:33 ID:nmz3m4kJ

参考にならない物語の発送方法

 異龍闇先生が頑張って書いてらっしゃるし、援護射撃しよう。
 というわけで、八針北夏です。

 自分の場合において、作品を書く手段としては、まずシーンありきです。

 まず、自分が書きたい魅力的なシーンを思い浮かべてください。
 そこから連想して話の設定を膨らませていくのです。かつて以前ここで一瞬掲載していた『覇道鋼鉄テッカイオー』という作品がありましたが、この作品のネタを考えた際、まず最初に出てきたシーンは。

『頭部が大気圏を脱出する敵の超超巨大ロボのパンチを受け止める主人公ロボ』という図でした。

 はい、実に頭が悪いですね。(汗)
 で、まずここから逆算していくわけですね。
 
 まず、こんなにすごい必殺技を使う敵なんだからこれは最終ボスにしないとどうしようもない。
 地球にそんなデカ物が存在していたら天変地異が起こるので、普段は普通サイズ。
 では、どうやって巨大化する? 物凄い圧倒的な闘気が物質化しているということにしよう。ということはこれは武術が絡んでくる。
 普通の武術ではない、気とかが絡む格闘ロボで行こう。

 というわけで、気とかチャクラが絡む巨大ロボット小説の骨格が出来ました。

 作るやり方としては、元来あるものを連想して行くという手もあります。ヤマグチノボル先生の『ゼロの使い魔』の発想の出発点はそもそも『三銃士』だったそうですし。
 
 それから物語を作るうえで重要なのは、引き出しを多く持っておくことでしょうか。
 たとえ面白そうだけども使い辛そうなネタは宝物です。そっと大事にしまっておいてください。そうして作ったネタと他のネタが科学融合を起こして面白い話に変化する場合は多々あります。

 それから自分が物語を書く際に良くやる事は、他の人の話を読んで『これは面白い』と感じた要素を引っ張って、そこから連想しています。
 ZIGZAGノベルズに掲載させていただいていた『カヴァーレディ・ワークスボーイ』は、元来氷室冴子先生の『ざ・ちぇんじ!』を読んでいた際、綺羅小将の弟君の綺羅姫様がひどい目に会うとぶっ倒れてしまうという人物という設定で個人的にかなり受けました。
 では、その綺羅姫様みたいな人をファンタジーでやってみたらどうなるのかな? と言うのがそもそもの発想の原点です。

 もう一個例を挙げておくと、中国武侠小説の勇、倚天屠龍記では主人公の青年張無忌は、幼少の頃に自分の父母を邪教と正教との争いで殺され、自分自身も深い内傷を負ってしまいます。
 で、ですね。ここで主人公の張無忌は『陰毒』に侵され、おそらく成人を向かえる前に死ぬであろうという事だったのですが。
 そも、陰毒って何だろう。
 陰ってことはマイナスだよな、じゃ、そのままじゃマイナスに殺されるけど、むっちゃ強い親父に陽気を注ぎ込まれ一時的に持ち直し、その際に強力な陰の内力を持つようになったって事にしとけ。
 というわけで、結果、なんか立つだけで周囲をシベリアブリザードのようにしてしまう主人公が完成しました。(笑)
 
 ここまで上げた発想法は、あくまで自分が物語を書いていくうちに自然と身についたやり方です。正直他の方もこのやり方で物語ががんがん思い浮かぶぜーって事は無いでしょう。せいぜいちょっと参考になる程度ですが、貴方の発想の手助けになれば幸いです。
 
 そんなこんなな八針北夏でした。さいでは、これで。

 
 


4 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/05/01(火) 02:42:49 ID:QmuDsJYm

映画のカメラ視点から流用する創作技法


 八針北夏せんせ(敬称)から援護戴いた異龍闇です。現在日記を読んでいる読者の皆さんも
作者として意見がありましたら物怖じするする事なく書き込んでみてください。
 むしろ私個人としては、皆さんがどんな事を考えて物語を書いているのか気になりますので。

 さて、今回は他の創作物についてです。

 映画などを見てみれば分かりますが、普通のドラマとは違った形で視聴者の見ている画面が動く事が
あるかと思います。
 例えば、物凄い、登場人物の眼の虹彩まで映るようなアップから、フォレスト・ガンプ 一期一会の
ように冒頭から羽の動きだけを執拗に追いかけたり、スターウォーズのように前作から状況を伝えるように
説明文がズラズラと出てくる事もあります。
 個人でこれらを映像で表現をするとなると非常に困難だと思われます(資金面や撮影技術などで)。しかし、
我々のように筆で創作する者には、文字で書かれると言う制限以外には表現に対する規制の枠は少ないように
感じます。
 更に文章で創作を表現する際に優れた点があります。それは、読者に対して『その場の心を読者に合わせて』
一文で表現出来ると言う点です。

 例えば、

『見上げた空から降り頻る雨は、私の涙と同じ色をしていた』

 と言う文章が有ったとします。
 これが文章なら読者それぞれが『自分が涙を流した時と同じ気持ちを持って』文章中の空と心の様子を想像して、
そしてその色を脳内で創造して読む事が出来ると思います。
 それに対し映画では、映像であるが故に『誰が見ても涙を流したような撮り方』をしなければならないので、
文章よりもその表現はハードになるかと思います。
 読者の持つ感じ方に作者の頭の中での想像を明け渡す事で新たな表現を獲得する、と言う事ですね。

 是非、作者の皆さんも映画や他の創作物(漫画でも何でも)を見た時に、「あ、私ならこう文章で表現
するな〜」と言った感じ書いてみたり、ここは「つべこべ言わずに読者に任せよう」ってな感じで
実際の自分の作品に反映させてみてください。


5 :異龍闇◆AsVGmnGH :2007/05/05(土) 05:39:46 ID:QmuDsJYm

アクションシーンの書き方について


 感想室での酋長さんからの要望によりアクションについて筆を取ってみようと思います。
 今回は細切れのシーンだけでなく、私がアクションを組み立てる際の総合的な視点から語りたいと思います。
 少し長いですが、お付き合い戴けるとありがたいです。

 まず、これは私の考えですがアクションには色々と下準備が要ります。

【構成把握】
 自分の作品に対してそのアクションが本当に必要なのか考える事から始めます。こと作品によっては
アクションを昔の皇帝ばりに「来た、見た、勝った」で済ましても問題ないものがあります。言わば、何処に
重点を置くのかを見極める事です。作品の中でそこが見せ場となったり、主題となるならキチンと書き込むべき
だと私は感じます。純文学ではちょろっと喧嘩が有ったくらいで終わる表現も、アクションを主題にするなら
そこだけが回想シーンに入ることもままありますね。私自身、生かしきれないアクションであるなら無くした方が
作者のためになると感じることがあります。やはりアクションは様々な描写を入れるために読者の理解を促すのが
難しく、的確に描写したつもりでも読者の知識では理解出来ないものもあると思います。ですから、アクション苦手
だなー、と思うのでしたらスッパ切ってサラッと流すのもありだと私は感じます(むろん挑戦するのは多いにあり
でしょう。限界は誰も定めてません)。


【分析】
 で、作品にアクションが必要だと感じたら、次は自身が既に作ったキャラクターの分析で、そのキャラが生かせる
アクションを見つけます。
 私がよくやるのはテーブルトークRPGなどのキャラクター作成を基準にしています。これを採用するのは既に
ゲーム化、システム化されているのでキャラ同士の比較が簡単だからです。
 例えば私の場合はGURPSを基準にしてますので、

能力:
 体力(筋力と疲労の総合値)
 敏捷性(運動能力)
 知力(知識量と創造力を含んだ頭の良さ)
 生命力(傷に耐えられる度合いや死ににくさも含む)
特徴:
 反射神経や我慢強さなど、特定の恐怖症や痛みに弱いなどのゲームの特殊な状況での有利不利を表す、魔法の基礎レベルなども含む
技能:
 例えば剣、短剣など武器ごとに分けた技術の上手さ、鍛冶技術や物理など、熟練度や知識量も扱う

 と言った形でキャラクターの中身を詳しく読み込みます。
 例えば、能力によって違った戦い方が出来ると思います。体力と生命力があれば重戦士のように敵を蹴散らし、
攻撃を受けながらも闘うスタイルでしょうし、敏捷性と知力が高ければ、いわゆる盗賊タイプの暗殺的な戦いとなるでしょうし、
また特徴で魔法や超能力、気功などが使えるのでしたら、それを基準にした戦略を立てる事となるでしょう。
 魔法の傾向によっても違うでしょうから、それも考えるのは作者の楽しみかもしれませんね。
 技能は、例えば、能力も低く、有利な特徴(関節外せるほど柔軟だとか)がなくても、帳消しにしてしまう事があります。
 言わば、見た目ヨボヨボの爺さんが陳式太極拳や楊式太極拳や武式太極拳や簡化二十四式太極拳とか二十六式六合太極拳とかで
黄色い嘴の若造の奴らをブッ倒すカタルシスを味わうのがこれですね。
 大抵(GURPSの場合は)、技能は敏捷力や知力を元にしますので、ある程度の技能があるなら、元になる能力は高いと思います。
ですが、「昔から才能が無かったからこれしかなかった」と言う説得力を数値で示し、小説で書き起こすのも私はありだと思います。
(むしろ【燃え】ますね!)
 上記に加えて、性格的な傾向を加えるのもありかもしれませんね。最後は必ず足技で決めるとか、スロースターターだけど
スイッチが入れば徐々に敵を圧倒していくなんて感じですね。

 むろん、上記の分析の手法は私個人のやり方なのでドラクエ方式が良いとか言うのは作者のご自由にしてください。

 また、そう言った場合には技能にたいする知識がある程度必要ですので、あまり知らない場合にはぼんやりと、抽象的に
書く方がよろしいかと思います。例えば、商業で出ている作品でボクシングのスエーとダッキングを間違えていたりとかある
みたいです。この話の意味が分からなかったら、少なくとも『すぐに』ボクシングの話を書くのは止めた方がいいですね。
下調べなどは重要です。


【状況作成】
 敵味方双方のパラメーターが作成された時には次に戦う状況をします。
 まずは、私の場合には戦闘の世界観、世界全体の大枠から決定します。
 例えば魔法が一般的で無い世界で、味方が使えて敵が使えない時には、時には大軍を引っ繰り返す事になるかもしれません。
 一般的であれば初っ端から火力に任せての打ち合いになるか、必殺技として温存しておく事があるかもしれませんね。
 また世界観では戦闘のリアルさも付け加えます。
 相手が二人以上ならかなりの戦闘技術を持っていても確実に苦戦するのか? それともドラゴンボールみたく戦う人間が常人を
遥かに超えた戦い方をするのか? この辺りをイマイチ記述しきれないと、読者が頭の中で想像出来ずに『?』が付くでしょう。
その中間だとしても、空を自由自在に飛ぶのか、壁を足場にして走る程度なのか、自転車にやっと追いつけるくらいは普通に走れる
のかでもイメージは違ってくるでしょう。その辺りを始めに記述しておけば、例えば、主人公が滅茶苦茶足が速くても、空中から攻撃
する敵に苦戦するといった状況を作ることが出来ます。

 私が個人の小説を見てたまに思うのが「結構主人公とかスンナリ勝っているな」って印象ですね。本当に十派一絡げの雑魚なら
まだしも、特撮で言うなら怪人クラスの敵に作戦も勝機も理由も無く勝つのは私個人としては納得いきません。地形、隠し武器、
仲間からの支援、敵の弱点、それらをついてようやく勝てるくらいでもおつりが出ると思います。
 むろん、主人公が圧倒的に強いと言う設定であれば良いでしょうが、多少は変動がつまらないでしょう。
 まぁ、沈黙シリーズのスティーブン・セガールやリベリオンのジョン・プレストンのように絶対に負けないと言う、ある種ギャグの
領域まで高めるのもある意味ありだとは思いますが、それもサジ加減次第ですね。

 あとは世界観が出来たら戦う状況です。
 制限時間はないのか? 人質や何かの要素で能力を不利に制限されていないか? 戦う人物はその戦闘の中でパワーアップ
とかするのか? 本当に戦いに勝つことで勝利は得られるのか? 主人公や相手はどんな戦い方を好むのか?
お互い能力をどの程度知り合っているのか? 罠や他の隠された要素は無いのか? 戦っている場所は平面か? それとも空か、
建設中のビルの鉄骨の上か?

 そんな感じで状況を決めたら、世界観に合わせた戦い方です。
 リアルなら現実的に先に殴った方が勝ちでしょうし、漫画的なら先に必殺技を出した方が逆に死亡フラグです(笑)

 こんな感じで役者(キャラクター)の次に舞台(世界観や状況)を整えて、ようやく書き始めます。
 むろん、長ったらしく書いていますが、私も一から十まで細かくはしていない時もあります。ですが、出来るだけ細かい方が作品
を続ける際に後々矛盾も少なく困らないので最初はちょっとだけ頑張ります。
 キャラクターの絵を描いてー、と言うのもありますが、大いに結構だと思います。ただ自分で描いて満足するだけでそれを文章
で表現し切れていないのはよくあると思いますので、色々と注意すべきでしょうね。



【文章作成】
 これら上記によって、酋長さんの一番知りたいと仰る戦闘の【テンポ】や【リズム】は変わってくると私は感じます。
 【テンポ】が文の長さなら【リズム】は展開のタイミングでしょうか?
 実際の武術などでも重視される通り、音楽と戦いは似通っています。
 黒人のダンスから生まれたカポエラなどでは音楽に合わせて蹴りあいをする事がありますし、古来から日本の武道者は
能を好みました(庶民は歌舞伎でしたが)。

 よってドラゴンボールライクのざっくばらんな戦いなら、敵の殲滅こそが第一目的でしょうし、かめはめ波が出るまでをじっくりと、
しかしスピーディに書くべきでしょう。むろん、対戦者同士がボコスカ殴りあってもすぐに死ぬ事はないのですので、殴り合い
でのテンポが作れます。ある意味、音楽で言うならロックやフルメタル調の展開が予想されるでしょう。テンポが早く、リズムが
一定のものでしょうか?
 逆に人間同士の、時代劇のようなシビアな対戦なら、刀をいつ抜くのかようなジワジワと心理戦を繰り広げるので、多少は助長
でも、雰囲気を盛り上げるなら一文が長いのもありだと考えます。ただ、殺られる時は一刀の元に終わるので長く停滞した時間と
緊迫した瞬間、つまり緩急を意識すると良いでしょう。個人的に言うとたそがれ清兵衛のような息遣いが音楽となるような張り詰めた、
しかし、緊迫の中に膨大な感情や戦闘に関する情報が含まれた戦い方となるでしょう。テンポはゆっくり目でも、突然リズムの
拍子がガラリと変わるものですね。


 私がお勧めするのは戦闘シーンのイメージとなる音楽を聴きながら書いてみる事です。
 私自身は普段の描写を書く時には使いませんが、戦闘を書く時だけはテンション自体も上がりますし、リズムを意識出来るので
音楽を聴きながら書いています。むろん、集中するために聞かない事もありますので一概に言えません。ですが、音楽が文全体の
リズムを合わせてくれるので利用するのはお薦めです。

 リズムが取れれば、省いても良い描写、アレンジ出来る描写がジャズのように出てくると思います。これによっているかいらないか
の動作の取捨選択がやりやすくなると思います。
 雑魚ならサラッと流し、中ボス辺りでじっくり、一度目のラスボスの登場と負けでテンポダウン、不死鳥のように復活して
後はボスを倒せるノリまでに主人公達が漕ぎ着けるって感じですね。
 わざとリズムを崩して、中だるみを防いだりと出来ますので、戦闘を音楽と対比させるのは非常に良いと思います。

 ちなみに最近、私自身は逆に無テンポ、拙著で一撃で終わるようなリアルな形で書いています。今までドラゴンボールライクな
モノが多かったので、ちょっと意識して書いてます。実際の戦闘もそれなりに技量があれば三発以内で終わるのは普通です。
それ以上の殴り合いは野良犬の喧嘩だと、某中国拳法の老師は言っていたりしてます(まぁ、人の何処を殴るかやグローブの有無
でも変わりますのでK-1などは参考にし過ぎないのが宜しいでしょう)。


【文章見直し】
 見直しをする時は作品全体のテンポからも見てます。緩急がきつ過ぎれば面白い描写でも削りますし(文章自体は使うかもしれない
のでコピーして取って置きますが)、逆に必要なら脇役の戦いにもクローズアップして、周りを固める事があります。
 こんな感じで全体のバランスを取ればOKだと思います。

 それに読者の読める能力にある程度合わせるのも重要かもしれません。例えば、達人は地面を蹴らずに超高速の
股関節前後の支点移動で身体を浮かせて動きますが、そんな事を言っても普通の人はそんな感覚無いので分からんでしょうし、
それを上手く言い換えるのも【テンポ】を制御するのに重要だと感じますね。長くダラダラ語るより上手い比喩表現でズバッと
解決するのが良いかと思います。
 比喩表現は実際のアクションを外から見る事が無ければ難しいでしょうし、スポーツ番組などを見て上手い比喩を模索してみる
のもいいでしょう。
 酋長さんが動作を捉えきれないのは頭の中でイメージが出来ておらず、それに対する的確な比喩か描写がまだ上手く固まってない
からかもしれませんね。
 他にも戦闘が上手い人(個人的には夢枕獏先生とか)の作品を参考にしてみるのもいいかもしれませんね。ただ、自分の【リズム】
や【テンポ】が見つからないうちは他の文体に引き摺られるかもしれないので、注意した方がいいかもしれませんね(私もその辺り
悩んでます)。


 以上で、私がアクションで意識する事です。他にも考えている事がありますが、あとは蛇足的なものです。
 皆さんの参考になれば幸いです。アクションに関して拙著で感想や批評を戴ければ励みになりますので宜しくお願いします。


6 :八針北夏 :2007/05/07(月) 11:30:17 ID:nmz3m4kJ

ロボットアクションの書き方

 こんばんわ、呼ばれていないのに出てくる八針北夏です。
 うっふーん。GAIAではかなり希少なロボット書きとして今回書き込ませていただきませう。

 二足歩行のロボットはまだ書きやすいです。
 何故かというと、二足歩行のロボットは基本的に人間の動作を流用する事ができるから、という利点があるからです。

 問題は戦闘機などの描写。
 戦闘機は基本的に前進しかしません。まれにクルビット機動やテールスライドなどイカレ機動を行うやつも存在していますが、そんなのはこの際考えなくて良いでしょう。ま、それはおいておいて。


 まず視点をどうするかです。
 まあ、普通に考えれば、ロボットものは大別して二つ。
 主人公が視覚感覚を共有する戦闘ロボット、なのか、主人公が乗り込むロボットなのかの二つに区分されると思います。

 前者であれば、巨人を書く。
 後者であれば、操縦席を書く。

 結局のところ、この二つになるんじゃないかと思います。
 
 今回は主に後者を考えて行こうかなと。
 すなわち戦闘ロボットの操縦席を書くべきであると。

 では、まず戦闘ロボットの操縦席とはどういうものがおいてあるかを考えて見ましょう。
 主に前方に広がるスクリーン。
 感覚的に機体を操るための操縦桿。
 レーダー。
 仲間の顔とか通信が表示される通信画面。
 機体のダメージ状態を表示するステータス画面。
 各種データを表示する計器類。
 細かいスイッチ類。
 後、恋人の写真とか。

 大まかに言ってこの辺じゃないかと思います。
 表示される技術は変われど、せいぜいこの辺がロボットの操縦席の必須アイテムであるはず。
 基本的に主人公はロボットを通して戦場を見るのです。内装は大事。
 
 さて。ロボットなどの作品などでできれば使用したいのが各種専門用語です。
 これを使えばぐっと格好良さが変わるはず。しかし、専門用語というだけ合ってこれらは種類も意味も多く、使いこなすにはやはり一定の知識が必要です。この辺がロボットものの敷居を高くしている一番の原因だとは思うのですが。

 さて。
 次は状況の設定。

 味方はいるのか、敵は何機だ。敵の武装は何だ、こちらの武装はなんだ。
 敵は人質を取っているのか、守るべき民間機はあるのか、後ろのうるさい政府高官は誤射して良いのか。
 何より、俺はリアルロボットが書きたいのかスーパーロボットが書きたいのか。
 ガン○ムのように戦場の人間ドラマを書くのか、ZOEのように単独で戦局を変えうる超兵器のカタルシスを書きたいのか。
 
 主人公ロボットの戦闘力と敵ロボットの戦闘力の対比を考えてみてください。
 バッフ○ランは銀河広域を支配する強力な組織ですが、伝説巨人イデ○ンはそのバッ○クランと結構いい喧嘩ができる単体の機動兵器です。
 ガン○ムは強力なエース用の機体ですが、単独で戦局をひっくり返すというわけでもありません。それゆえに絆が必要です。
 
 ロボットものは単独の機体に極端なパワーバランスを詰め込むことができます。
 
 さてと。今回はここまでにしておこう。
 次は実際の戦闘シーンでも書いて見ませう。八針北夏でした。


7 :片桐 継◆otukWsrP :2007/06/03(日) 23:52:32 ID:n3oJmkuJ

最初に書き始めるとき脳内では何処までストーリーが出来ているか

書き始める時、これは連載開始時、なんでしょうか?
そうなのであれば……ですけれども。

片桐的結論:【結末まで出来てます】

 脳内で起承転結の流れを作り、メモなりテキストなりでプロットを組みあげていく過程で、結末がない=未完成、ということ。つまり、連載させる以前の問題、と私は考えます。

思いつきで張った伏線、回収できますか? 
思いつきで作った設定、生かしきれますか? 
思いつきでつなげた話、矛盾なく進められますか?

 「全部おっけーっ!俺はできるぜ!」という方なら、そのまま行っちゃえるんでしょう、結末まで。

 片桐はそんな凄い脳をもっていないので、アイデア収集→プロット・設定・キャラクター・背景作成検証→草稿、があってはじめて、連載開始、後は推敲→更新→推敲→更新のローテーションになり、完結へと進めています。推敲→更新の頻度は作品の長さによって決まりますけれど、どの作品でもだいたい同じです。

つまり、連載開始時にはプロットは完成、草稿も約半分は終わってる状態になりますから【結末は準備済】というわけです。

「じゃ、一気にのせろよ」と言われても無理。推敲は一度や二度ではないですし、それこそ更新直前まで、更新しおわったはずの場所でさえも、今だ推敲推敲の連続です。けれど結末がすでにあり、そのプロットがブレないからこそ、思い切った改訂もするし、細かな部分を調整しやすかったりします。

書き始める時、脳内(メモ・プロット)で完結まで出来ていれば、書きながらストーリーを考えなくてはならない集中力を、文章と表現と描写に使うことができますしね。


8 :雨やかん :2007/06/25(月) 12:50:19 ID:VJsFrctD

発明シリーズの実態って意外と情けない…

こんにちは。このGAIA小説広場では、すでにかなりの古株になりかけている雨やかんです。
先日、異龍闇さんにこちらに書き込んでもらえないかというお話を受けたので参上などしてみました。

先に断らせていただきます。この書き方は、筆者個人の創作生活によって培われたものです。ゆえに、このやり方が正しいとは思わないでください。ただ、『あー、そんなやり方もあるんだなー』って程度に受けてめていただくのがもっともだと思っています。


『舞台とキャラの相関』

発明シリーズは、実は本来はファンタジーバトルの予定でした。ゲームでいうと戦国無○をイメージしていただくといいですね。主人公がたった一人で大軍に挑んでいく、あんなイメージです。

そんな舞台をイメージしながら書いていったとき、出来上がったキャラが今の主人公。あらゆる状況で勝ち抜くことができる戦闘能力、思考回路を持った『究極の天才』のレイです。知力体力パーフェクト、容姿端麗、性格良しという、ある意味人間じゃない彼ですね。

その次に、そんな天才の隣に立てる人間ってどんなだろう?という疑問が出来ました。生半可な人間では彼の隣にいても色褪せる。目立たない。脇役Aとして埋もれる。もう、その相手も人間を超越してるぐらいの何かを持ってないと…って、いっそ人間じゃなくても良くないか?という発想の元に生まれたのが神様と人間の子供であるキララです。考えるときには、思い切りが重要ですよね。

そこでもう一つ思い立ったことが…天才、人外、がメインに立っていると凡人の立つ瀬が無い!?といったもので。かといって、やはり普通の存在ではかすむ。埋もれる。消えていく。そこで、何があっても絶対に前線から離れられない立場ならいいのかと考えて、生まれたのが王女であるリリアです。

上で挙げたように、キャラを構成するものとして、自分はいくつかの要素を決めています。

『性別』…これ、意外と重要です。自分が作ったキャラの性別を反転させるだけで物語は急激に変化します。

『種族』…舞台次第では、人にこだわるのも考えものです。人外っていうのは存在自体が人の常識を超えるために話を面白くしてくれます。

『立場』…上の種族と対応するものですよね。人間で人外に対抗する立場の作成のためには最も手っ取り早いです。

『口調』…これも、性格を考えたりするついでに考えられたりしてますが、意外とここから入ると面白いキャラが出来上がります。‘わたくし’‘わい’‘オレ様’。この3つだけでも何かしら面白そうなキャラが出来ますよね。ちなみに、最近考え付いたのは‘関西弁の秋田人’でした。

さて。ここで2人のヒロインが確定し、主人公もこんなもんかなーと考えて書き出した瞬間…作者がちょうど目に留めた本があったのです。ちなみに、ギャルゲの本です。おい!?って感じですが(笑)

それを読んだ瞬間、ハマりました。なるほどと思いました。こんな面白さもあるんだと思ってしまいました。
それを読んだ以上は、もう俺も書かなきゃ!?こういった話を俺も書かなきゃ駄目だ!という、ある意味今までの苦労を投げ捨てるかのような発想をしてしまったのです。

けど、これって意外と面白いのです。

本来は別のストーリーのために作っていたキャラを、別のジャンルに持ってくる。これはかなり創作意欲が刺激されます。何せ、今まではシリアスだったキャラの世界が急激にコメディになったんですから。もう、今までは思いつかなかったストーリーがどんどん出てきました。

そんなことをやった結果…もう、これは世界から変えるしか!という結論に至ったりしたわけですね。

こうしてアクションファンタジーだった『発明・ざ・わーるど!』は、急展開してラブコメ路線に突入したわけです。


結論!

舞台を作って、キャラを作る。これは多分どの作者さんもやっているかと思います。けれど…その最初に決めたものにこだわりすぎてはいけません。日ごろから読んでいる本などで、面白いなとあなたが思ったものはどんどん取り入れていくべきです。
そうすれば、きっとあなたの今までの考え方が急激に広がっていきます。そしてそれが、新しい面白さへとつながっていくはずですから。


…機会があったら、また次回m〔--〕m


9 :海月 :2007/08/28(火) 02:10:38 ID:kmnkt3rF

読ませる技術について

 小説を書くというのはどういうことか?
 自分の思考や思想をカタチにする、というのもありますが、他人様の目に晒すとなると、いかにして読ませるか、というのが重要になります。
 ここは一応、小説の第一目標は「他人に読んで貰うこと」にしてしまうとしましょう。
 読んで貰う相手、というのはモチロン「読者」のことです。
 何らかの懸賞に応募する時も、これは同じ事であって、例えそれを選別するのが出版社の編集者や選考委員の文筆家であれ、筆者というのはそれらの向こう側にある「一般読者」を意識して書くように心がけなければなりません。
 そこで「読ませる技術」というのが重要になってくるのです。
 そういうわけで、読ませる技術についていくつか簡単なアドバイスをしようと思います。

其の一「冒頭で読者の心を掴め」
 これはもう、作家に否定する人はいないだろうと思えるほどの常識です。
 たとえば、その作品が現代の都市に現れた異形の怪物を倒していく伝奇物であったとすれば、取り敢えず月並みですが、いきなり主人公が怪物に襲われたり追跡されたりする息詰まるシーンを冒頭に持ってくるのが相応しく、逆に良い感じの喫茶店でアンニュイにコーヒーなんぞを啜るシーンはあまり相応しくない、と言えます。
 冒頭に何の変哲も無い日常シーンを持ってくることで、後々の波瀾万丈の展開とのギャップを作れる、と思う人が意外と多いものです。が、大方の読者はそんなシーンを読んだ所で面白くとも何とも感じず、読むのを投げ出してしまうことが多いものです。
 冒頭にストーリー上重要なシーンを持ってくることで、ネタバレになってしまうかもしれないと恐怖を感じている人もいるかもしれませんが、その程度で面白みが失われてしまうようなストーリーやアイデアは、たとえ冒頭から隠したところで面白くなるとは到底思えません。
 小説を執筆する上で大切なことの一つに「大胆且つ繊細」というのもありますが、冒頭では思い切って大胆に書き出した方が読者の目に留まりやすく、また読み進めてくれる可能性も高まるというものです。
 何も小説というのは大胆なスタートが必要である、と言っているのではありません。小説は他の種類の文芸に比べれば制約がもっとも少ない類になりますから、本当なら冒頭はどんなカタチでも構わないのです。
 ただ、冒頭で読者にインパクトを与える手法は非情に有効なので、みすみす逃す手はない、と言っているだけです。
 自分のやりかたを固持することで、読者を逃してしまうと言うのも馬鹿馬鹿しいこととは思いませんか?

其の二「筆者は自分が親馬鹿であることを自覚せよ」
 フラフラになるまで脳味噌を絞って刻みつけた文章にただならぬ愛着を持つのは筆者として当然のことです。
 しかしながら、読者というのは筆者が文章を書き記すプロセスなどというものに、さほどの配慮も理解も持つことはありません。
 つまり、筆者がその文章にどれほどの想いを抱いていようとも、それが作品に付加される価値に影響を及ぼすことは無い、ということでもあります。
 何が言いたいのか。
 それは「読むのに邪魔になる文章、無関係なシーンや展開などは思い切って削除してしまえ」ということ。
 これは先ほどの冒頭云々と通じるところもあります。
 冒頭のシーンで読者にインパクトを与え、そこでは一旦成功したと言えるかもしれませんが、その後のストーリーに無駄が多ければ、せっかくの冒頭も水の泡です。
 つまりは、冒頭でインパクトを与えて、次の展開に興味を抱かせたならば、次の展開でもその次に興味を抱かせるような書き方をしなかればいけないのです。
 極端に言えば、段落ごとに興味を抱かせるような要素を織り込み、次の段落へと読者の目を向かわせる、ということです。
 冒頭のシーンで敵から追われ、なんとか逃げ切ったとして、その次のシーンが日当たりの良いベランダの安楽椅子に座りながら本を読む優雅な一時、だったりすると、読者の熱は一気に冷めてしまうものです。しかしその優雅なシーンにストーリーに大いに関わる要素が含まれているというのであれば、話は別です。(ただ、筆者がそう思い込んでいるだけで、読者には理解してもらえない、ということも多々あるということを知っておくべきです)
 つまりここで言いたいのは、極限まで推敲せよ、ということなのです。
 最初の第一稿は思うまま気のままありのままに書き綴ってもいいのですが、それはダイアモンドで言えば、周囲を無骨な石によって包まれた、本来の輝きにはほど遠い原石の状態と同じ事です。
 読ませる、というのは、宝石を見て貰い、その質を確かめて貰い、そして買って貰う、というのと同じであり、そこに至るまでには原石を砕いて宝石本体を取り出し、カッティングし、研磨しなければなりません。
 文章で言えば、余分な文章を削り、文章の本質を明確にするために文体を調整する、ということになります。
 また、余分なのは文章に限ったことではありません。
 時によっては――というより大概の場合は、読者の熱に冷や水を浴びせてしまうようなシーンもあります。
 そう言うときは、どれだけ身を削ったシーンであっても、非情になって削除することをお薦めします。
 これは農業にも通じるところがあり、畑に蒔いた種が発芽したとしても、他の苗の発育を阻害してしまう可能性があれば、間引きしなければなりません。小説も、他の文章やシーンの効果を阻害してしまう可能性のある文章・シーンは削除してしまった方が、より作品全体にメリハリをもたらすことが出来るのです。
 ここまで削除することについて述べてきましたが、逆に付け加えるという行為はどうなのか、と言いますと、物書きにすればこれほどのタブーというのはありません。
 ただでさえ間延びしがちな文章に、さらに文章を付け加えてしまう、というのがどれほど愚かしいことなのか、ということは多少の執筆歴がある人ならば理解できると思います。
 文章というのはおかしいもので、削除することで整合が保てることはあっても、付け加えることで保てるという事例はほとんどありません。
 仮に新たな文章を付け加えなければ成り立たない文章が存在するのであれば、それはおそらく不必要だと思います。そう言うときは思い切ってその文章自体を削除してしまった方がむしろスッキリするものですよ。
 もしも何らかの懸賞に応募するのであれば、これらの作業は必要不可欠なものになります。
 昨今の作家になりたいという熱によって、以前に増して出版社に押し寄せる原稿は半端無い量になっているようです。
 ネット上で第一審査(ほとんどの場合は下読みの段階)で蹴落とされた作品が公開されていることがありますが、実際に読んでみてさもありなんと思うのが99%です。
 不必要な語句・文章・シーンがあまりにも多く、そこには推敲した痕跡は一つも見ることが出来ません。
 もしその作品が推敲されているのだとしたら、一つだけ断言できます。
 推敲不足である、と。
 推敲というのは、誤字脱字を修正したり、言い回しの間違った文章を直したりするだけのことではないのですよ、と。
 時によっては、一つの短いシーンを三十回、四十回と見直し、手を入れ、時には丸ごと削除する、ということもあります。
 文章は磨くことによって損をするということは絶対にあり得ませんし、磨く回数を増すごとにより完成に向かうということを否定する人などいません。
 後半は懸賞向け、作家向けになってしまいましたが、あくまでアマチュア指向だったり、趣味の範疇であったりする人にも有効です。
 アマチュアであれプロであれ、読んで貰いたいという気持ちに違いは無く、その為にすべきことにも違いはないからです。
 実際に上記に示したことをやってみようと思う人がいましたら、もっとも効果的な方法があります。
 それは文字数を制限する、ということです。
 ネットで探してみても、千文字、五百文字に限定した小説を投稿するサイトは数多くあります。
 そこに投稿されている作品を読んでみて、そして実際に書いてみると、文章にどれだけ無駄な贅肉がついているかを実感できるはずです。
 実際、千文字縛りの小説を書いみて、結果は三千文字以上になり、それを三分の一に削るということをしましたけれど、その行為は試合前のボクサーの減量に酷似しているということに気付きました。
 そして、減量をしないボクサーというのは勝敗を決する以前に、試合に出場することすら叶わないのです。
 小説も然り。


10 :hgustslckjz@gmail.com :2013/04/09(火) 12:59:33 ID:zcQHz7r7zD

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