一場面集


18 :森谷 空 :2011/10/31(月) 22:15:03 ID:ncPinitkoe

届いてほしい

 校門の前。柏木紗枝は下校する人波に視線を投げては外していた。
「まだ来てない、よね」
 頼りなげに紗枝は視線をうろうろさせる。目当ては一つ歳下の少年だった。普段の自分ではない体感に紗枝は落ち着かない。握り締めた手に汗が滲む。
 少しして真新しいブレザーに身を包んだ、松島勇一の小柄な姿が出てきた。紗枝の体が一気に熱くなる。友達と楽しそうにしている姿を見ただけ満足してしまいそうになる。だが、それではいけない。
「あのっ、松島くんっ」
 無事に声が届き、勇一が振り返った。少し目を見開いている。
「はい?」
 その黒目がちのくりっとした目に見つめられるとつらい。
「は、話したいことがあって、その」
「え。なんでしょう」
 勇一はやや眉を寄せ、困惑の表情を浮かべている。
 そうだよね。先輩に声をかけられたらびっくりするよね。でも今日はあたしは言うと決めたんだ。ここまで来て引くわけにはいかない。紗枝は震える体を必死に抑えて声を絞り出す。
「あた、あた、あたしと、その、つつ、つ、つき……」
 続きの言葉が出てこない。その先を言ってしまえば決定的になってしまう。歯を食いしばる。悔しさに手が震える。
 紗枝は力なく笑った。
「……ごめん。なんでもない。引き止めてごめんね」
 喉が震えてきた。目に抑えがたい衝動が駆けあがってきたので、紗枝は顔をそむけるとそのまま早足で立ち去ろうとする。そのときになって、勇一の友達やほかの生徒が自分たちを見ていたと知る。すべてを振り切る勢いで歩き出した。
 けれど、紗枝の右手に強い反発がかかり、体が引き戻された。涙に濡れた目で紗枝が振り返ると勇一が手首を掴んでいた。力強い目をしている。
「それでいいんですか」
「え……」
「やめちゃっていいんですか」
 勇一の声は真剣だった。可愛らしい顔と、小さい体から発せられてるとは思えない力を感じる。紗枝は何も言えずに勇一を見ているしかなかった。
「今度、二人で話す機会をつくりましょう」
 聞こえてきた言葉を理解するのに時間がかかった。勇一は優しい笑みを浮かべていて、「そのときに続きを聞かせてもらえますか?」と紗枝にハンカチを渡してきた。紗枝はなんとか「はい」と応え、気の緩んだ笑みを勇一に返した。

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 本文は2時間。
 設定は1時間。
 約3時間。
 1440文字


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