一場面集


16 :森谷 空 :2011/10/30(日) 14:59:23 ID:ncPinitkoe

取引

 事務所がある。そこに不穏な空気が漂っていた。
 低いテーブルを挟んで男が二人、向かい合ってソファに座っていた。両方とも黒いサングラスをかけ、上等そうなスーツに派手なシャツとネクタイという格好だった。腕には金色の腕時計があり、窓からの光を反射していた。
 ドアを背にした男が客人だろう。対面に座る男の右手には煙草が挟まれ、天井に気だるい煙が伸びている。
 両者共に真剣な表情を浮かべている。ぼんやりとした電灯が薄暗い室内を照らし出す中、ぴりぴりとした空気の音が聞こえてきそうだ。
「例の物は準備できたんだろうな」
 低い声を発したのは煙草の男だ。口から煙を輪にしながら吐き出す。男の体からはみ出している威圧感が場の空気を張り詰めさせる。
「おう、兄貴。そりゃあもちろん」
 しゃがれた声で問われた男が陽気に答える。口もとにはにやついた笑みが浮かんでいる。返事を聞いた男は気だるそうに右手を伸ばし、煙草の灰を、とんとんと落とす。「そうか」と静かに応じる。
 下座の男は、脇に置いていたアタッシュケースを低いテーブルに置き、番号式のロックを外すために合わせていく。数字を合わせ終えると、両側についている突起に親指をかけ、左右同時に端へずらす。たたん、という鍵の外れた音が室内に響き、ケースは事務所の主へと向けられる。あとはその銀色に鈍く光るケースの口を開くだけだった。
 下座の男は立ち上がり、ケースに手をかけ、にやりと笑う。「兄貴、開けますぜ」
 煙草をくゆらせている男は重々しく顎を引く。
 ケースが口を開いていく。荘厳な宝箱でも開く瞬間のような輝きを幻視してしまいそうになる。縁から金色の輝きが漏れてくるようだ。
 ケースが完全に開かれると煙草の男はがばっと身を乗り出し、俊敏に煙草を灰皿に押しつけた。男の口は大きく開かれ、目はサングラスで見えないが見開いていることがうかがえる。
「おお……! おお……っ!」
「どうですか。兄貴」
 兄貴と呼ばれた男はケースの縁をがっちりと握り、丹念に中身を見回している。
「最高だ。よくやった」
 賛辞の言葉を受け、下座の男は安堵したのか溜息をついた。
 ケースの中には、隙間なく、びっしりと成年向け雑誌が並んでいた。中にはもう手に入りにくい物もある。大のエロ漫画好きの兄貴のために、下座の男は力を尽くしたのだった。
 というのも、この男にも見返りがあるからで、決して無償ではない。
「こっちも用意はできている。そら」
 兄貴は背後から大きな袋を引き上げると、とすんとテーブルに置いた。下座の男が中身を急いで出すと、男の要望通りの、可愛らしいアニメキャラのフィギュアであった。箱には限定版と書いてある。
「ありがとうございます、兄貴っ!」
「いやいや、お互い様だ。はははは」
 二人の大の男は、薄暗い事務所の中で、笑い合っていた。

---------------------------------------------------------
 設定が約40分。
 本文が約40分。
 約1時間30分です。

 1720文字
 シュールなものを書きたいと思いました。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.