一場面集


1 :森谷 空 :2011/10/09(日) 15:54:07 ID:ncPinitk

文章練習を始めました。
気持ちの維持につながると思い、こちらを使わせていただきます。
一場面で書きたい中心点を書くというやり方です。
広がっていけたら、と思っています。

よろしくお願いします。


2 :森谷 空 :2011/10/09(日) 16:06:29 ID:ncPinitkoe

きらめき

「一年七組、掛川めぐみ! やるからには一番を目指します! よろしくお願いしますっ!」
 彼女は前をまっすぐ見つめ、勢いよく頭を下げる。後ろで結った髪が頭にかかった。
 智也を含めた陸上部はグラウンドにいた。部長である智也は、女子部の部長と一緒に脇に出て進行を務めている。新入部員の挨拶を行っていた。ほかの運動部の掛け声や音が聞こえてくる。最後の掛川めぐみが智也には印象的だった。まっすぐな言葉に感じるものがあった。 
 挨拶や一通りの説明を終えると柔軟体操や腿の引き上げなど基本的な動きを行った。ほかの部員が話しかけてくるのを適当に返しながら体をほぐす。智也の目は自然と掛川を見つけていた。新しい赤いジャージで一生懸命体を動かしている。
 その後、軽い走り込みをすることになった。新入部員を測るためのものだった。毎年やっているものだ。グラウンドに引かれている白線に沿って走れるだけ走るというものだ。部長二人も一緒に走る。
 二十周目も過ぎるとたいてい何人かが根を上げてくる。智也は体がほどよく温まってきた頃だった。気持ち良い熱と鼓動を全身に感じる。自然と足が交互に運ばれる。掛川はぎこちないながらも、肩で呼吸をし、前へ前へと進んでいた。
 他の部員が全員走り終えてもまだ掛川はグラウンドにいた。速度が遅いため周回数は少ないとは言え、ここまで残っている新入生は稀だった。顔が上へと上がり、足ももう上がっていない。だが大きな目は生きていた。智也は彼女に並走しながら気づかった。
「あまり無理はしないでいい。これは軽い測定だから」
 声をかけると、少しして智也を横目で見る。
 するとぽきりと枝が折れるように膝から崩れたので慌てて智也は支えた。
 抱えた体は細く軽かった。全身で呼吸を繰り返している。支える智也の手にも掛川の脈動が伝わってくる。なぜこんなにも一生懸命なのだろう。智也は汗で顔に髪の毛がくっついている彼女の小さな顔を見て、走ったのとは別の、温かさを胸に感じていた。
 掛川の背後に伸ばそうとした手を、すんでのところで気がついて止めた。無意識に彼女を包み込もうとしていたらしい。そんな自分に智也は苦笑した。ほかの部員も様子を見にきて囲む中、掛川が怪訝そうな顔をしていたが適当にごまかしておいた。

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 テーマは【惚れる】です。惚れるお話を書こうと思って書きました。
 まっすぐな子には力があるよな、というのも書きたかったところです。
 字数は960字です。


3 :森谷 空 :2011/10/11(火) 23:20:01 ID:ncPinitkoe

意識

 春平は自室の床に座ってマンガを読んでいた。彼の隣では、まどかが雑誌を静かにめくっている。
 毎週日曜日になると隣に住むまどかがやってくる。彼女が六歳のときから九年になる。今では当たり前になっていた。
 室内では扇風機が回っている。
「聞いたことなかったけど」
 春平がおもむろに顔をまどかに向ける。
「ん、なに?」
 まどかの小さな顔がゆっくりと彼に向く。
「どう? 俺とこうしていて」
「え、どうしたの急にしゅんくん。どうって――なんかいいなって感じだけど」
 彼女は考えながら言う。
「なんかいい?」
「うん、なんていうのかな、一緒にいて気持ちがいいっていうか、そう、心地いいんだ、そうだそうだ」
 顔の前で両手をぽんと合わせ、まどかは一人で納得している。
「心地いい、か」
 春平は前を向いてマンガを閉じる。
「なんかあったの?」
 まどかが下から彼をのぞき込む。ほんのりと茶色い髪が下へ流れ落ちている。
「友達に言われたことを思いだしてさ。まどかが俺の部屋にくることになんの疑問もなかったから。不思議がられたんだ」
 彼女はちょこんと首を傾ける。春平は笑う。飲みものを持ってくると言い、立ち上がろうとする。
 ところが少しバランスを崩してしまう。踏んでいた座布団が床を滑ったのだ。
 慌てて床に手をつくが、まどかに覆いかぶさる体勢になってしまった。幸いにもまどかは頭を打たなかった。
 春平のわずか数センチ前に小さな顔があった。大きな目を広げてぱちくりしていた。
 すぐに謝ってどこうとする。けれど何かが押しとどめた。無意識にまどかの上を視線が走っていく。
 見慣れたと思っていた小ぶりな顔。大きい目を縁どる長いまつ毛。形のよい小さい鼻。すっきりと細いあごのライン。ずれたワンピースの肩のところに白い下着がわずかに見える。甘い匂いが感じられる気がした。
 どくんと心臓が大きく脈打った。
 春平は自分の中の異変に戸惑う。
 まどかの上から大きく飛びのいた。ベッドに背中をぶつけて大きな音が鳴ったが気にならない。
 綺麗だと思った。
 まどかは綺麗だった。
 そばにいるのが当たり前すぎてわからなかったのだろうか。
 春平の耳の中が心臓の音で埋まる。異様に暑い。自分の手が胸にあった。
 ぽかんとしたまどかが彼の視界に映っていた。心配そうに声をかけてくるが耳には入らない。
 後ろに倒れこんだ姿勢のまま春平は動けなかった。
 扇風機がゆっくりと回っていた。


 字数:999字 ここまで設定込みで13時間くらいです。


4 :森谷 空 :2011/10/18(火) 01:22:54 ID:ncPinitkoe

つなぐ

 暗い家路を歩きながら梨絵は、気持ちがそわそわしていた。
 ぽつぽつと街灯が灯る路地を、梨絵は大地と並んで歩いていた。
 デートの帰りだった。先ほどまで大変知名度のあるネズミがいる夢の国で遊んでいたのだ。けれど、楽しかった気持ちも、今はもやもやが覆い隠していた。
 付き合ってから一ヵ月。もう少し変化があってもよさそうなのに、と彼女は思っていた。もう少し時間をかけるものなのだろうか。
 はやる気持ちとは裏腹に、家までの道はとても静かで、二人の足音がゆっくりと夜に染み込んでいく。
 ちらと横目でうかがう大地の顔は、いつものように何も浮かんではいない。
 梨絵の手の指がぎこちなく微妙に動く。すぐ隣にあるのんびりとした大きな手へ近づこうとしては戻る。
 彼に聞こえないように梨絵は小さな溜息をついた。
 あと数メートルも歩けば彼女の住む実家に着いてしまう。……しょうがない。次だ次、と梨絵は気持ちを切り換えようと口の端に力を入れる。
 その直後、びくっと梨絵は反射的に気持ちをすくませた。違和感のもと、自分の左手をすぐに見た。
 大きな手が頼りなげに梨絵の手を握っていた。
 じんわりと彼のぬくもりが伝わってくる。徐々に心まで温かく感じてくる。
 隣をうかがうと、すぐ上に照れくさそうな顔があった。あいてる手でひとさし指を立ててしぃーと言っている。誰に内緒にするというのだ。それを見た梨絵はなんだかおかしくなってきて思わず声を出して笑ってしまう。さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに吹き飛んでいた。
 手をつなげたのは残りの短い距離だったが、梨絵はとても満足だった。

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 920字 合計5時間ほど
 単純な話を書きたかったんです。どうなんでしょう。


5 :森谷 空 :2011/10/19(水) 16:02:03 ID:ncPinitkoe

熱くなるのは勝手だが

 薄暗くなってきた河原に、激しく動き回る音とうめき声が響く。
 二人の詰襟姿が慌ただしく交錯していた。一人は細く長い体型。もう一人は四角くどっ
しりとしていた。
 細い男が顔をそらし、鈍重な相手の拳をよける。風を切る大きな音が耳元を通り過ぎて
いく。よけた勢いを殺さず回転を利用して右ひじを突き出す。すぐに鈍い感触をひじはとらえ、相手のくぐもった声が聞こえてきた。
 角ばった男は腹を押さえながら背中から倒れ込んだ。砂利が蹴散らされる。
「あぁ……! くそっ。オレの負けだ。とどめを刺せ」
「……いつの時代だ、あんた。人殺しはしねえよ」
 細い男は不機嫌そうに制服に着いた土ぼこりや汚れをはたていく。川に目を投げると何
かを思い出したように顔をしかめた。
「それじゃオレの気がすまねえ。ケジメがつかねえ!」
「今度はケジメときたか」
 やれやれというように細い男は首を振り、額に手をあてる。そこで何かに気づいたよう
な顔になる。
「いいぞ」
「は?」
「あんた、今、ケジメがどうとか言ったろ。それだ」
「どうすりゃあいい?」
 のそりと顔をしかめながら四角い男が上体を起こす。
 細い男は先ほどまでの殴り合いを感じさせない、平然とした態度で四角い男へ手を差し
出した。
「しめて一万円くらいか。出してくれたらそれでいい。俺のカバンどこに投げたか忘れて
ないよな」
 ぽかんとした傷だらけの男の前で、細い男は金を出すまで動かなかった。

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 合計約2時間
 960字
 当初書こうとしていたもの:男同士の認め合い
 今回挙がったもの    :ケンカの末、弁償費用を請求する男


6 :森谷 空 :2011/10/19(水) 19:24:55 ID:ncPinitkoe

イヌとぼく

 ある雨の下校時、翔太は子犬を見つけた。
 小さな柴犬だった。ふやけたダンボールに入れられており、彼の下校路から少しはずれた道端にひっそりと置かれていた。黒い目を濡らし、寂しそうな声を曇り空へあげいる子犬を見て、翔太は放っておけない気持ちになった。
 それからの翔太は、給食のパンや牛乳を残しては帰りに子犬へあげていた。本当は家につれて帰りたかったのだが、両親は彼の言うことを聞き入れてはくれないだろう。その思いをまぎらわすように翔太は、いつも一人で子犬のまえに座っていた。
  来る日も来る日も、彼は犬と時間を過ごした。
 見つけてから十日ほど過ぎた日曜日、子犬が箱の中からいなくなっていた。いつも喜び勇んで会いに来ているだけにショックは大きかった。そうだよなと翔太は拳を握る。もともと捨てられていた犬。誰がつれて行ってもおかしくはない。毎日会っていたから当たりまえに思えていただけだった。
 箱の前で翔太は立ち尽くしていた。
 家に帰るといつもと違う雰囲気を感じた。玄関を見ると見慣れない黒い靴が置いてある。笑い声に混じって時折何かの鳴き声のようなものが聞こえてきた。翔太の胸がざわつく。
 落ち着かない気持ちで居間に入ると両親と笑顔の叔父がいた。そしてその胸に抱かれている子犬を見つけて翔太は目を疑った。
 彼が毎日会っていた子犬だった。
 思わず駆け寄った。子犬をやさしくなでると胸が温かくなり、目にこみ上げてくるものがあった。
 翔太が子犬を可愛がってるのを見つけて叔父がつれ帰ったのだという。これからは叔父が飼うことになると聞いて翔太は安心した。毎日とはいかないが、叔父の家に会いにいけることが嬉しかった。

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920字 約2時間
救われる話を書きたかった。


7 :森谷 空 :2011/10/20(木) 15:32:16 ID:ncPinitkoe

体温

 日比野夏美はうきうきしていた。
 今日は楽しみにしていた新刊が図書館に入る日だ。思わずにひひと笑いたくなってしまう。彼女はアルバイトをしていないので図書館がありがたかった。週に二度は通っていた。
 図書館に入るとすぐに目当てのコーナーに進む。背の高い本棚を曲がろうとしたところで、たくさんの本を抱えた人に気づいて「わっ」と驚いたが遅かった。
 どしゃっとばらまかれた本を「すいません、すいませんっ」と言いながら夏美は慌てて拾う。ああ、なにやってるんだわたしは。相手の顔を見る余裕もなくわさわさと手を動かす。
 ちらばった本の中に、夏美の目指していた黄色い装丁を見つけて「あ」と声に出した。あちゃあ、もう先がいたかと大きく溜息をつく。がっかりしつつも、拾うためにその本に手を伸ばす。
 すると向かいから細い手が伸びてきて夏美はその手にぴとと触れた。指先がほのかに体温を感じている間に本がさらわれ、「よかったら先にどうぞ」というやわらかい声が聞こえてきた。
 夏美が前を見ると、こちらに黄色い本を差し出している男の子がいた。目の大きい、笑顔の若者だ。「これ、読みたいんでしょ? 俺、あとでいいから」
 ハッとした。その段になって夏美は、この人とぶつかったんだとやっと気づき、ぶんぶん手を振った。「いえいえいえ、そういうわけには!」
 遠慮する夏美の手をとり、若者はうむを言わせず本を渡してくる。
「本を拾ってくれたお礼と思って。ね? 俺も不注意だったし」
 そうにっこり言うと敬礼のポーズをとって去っていく。
 夏美はぼう然としてへたり込んだままだった。
 振り返ると彼がカウンターで手続きを終えて出て行くところだった。
 ほのかに残る手の体温を夏美は確かめる。
 彼はここによく来るのだろうか。

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 1000字 
 約3時間

 物体の移動を切り替えで書いてみたかった。できてるでしょうか。
 予想外のできごとに、心がそっちへわしづかみな流れも書きたかった。


8 :森谷 空 :2011/10/22(土) 01:28:01 ID:ncPinitkoe

120円の幸せ

 かたかたかたと、西沢知樹はキーボードを打つ。パソコンのうなる音がよく聞こえる。
 知樹は次々と同僚が帰りの挨拶をしていく中、自分の席で書類を作成していた。事務所内にある時計を見ると九時半を過ぎていた。腕や肩、腰がどんよりしている。手を止め、目を指でほぐす。
 自分の周り以外、薄暗く静かな社内で足音がすぐそばで止まった。
 見ると眉間にシワを寄せた不機嫌そうな上司が知樹を睨み下ろしていた。
「まだ終わらないのか」
 声が重く、とげとげしい。
「……はい。すみません。もう少しやってから帰ります」
 圧迫感に押されないよう言葉を返す。
 聞き終わるかどうかというタイミングで上司は、知樹の後ろを大きな足音で過ぎ去り、これ見よがしな舌打ちをして出て行った。
 知樹は重い息を吐き出した。
 自分でも要領が悪いことはわかっている。自分なりにも改善している。だが目立った成果が上がらないのが現実だった。やりきれない気持ち悪さが胸や胃にくすぶっている。
 仕事を終え、出てきた社外は暗く寒かった。知樹は温もりを逃がさないように、マフラーに顔をうずめて歩いていく。気温の変化で時間が過ぎ去っているのを意識する。
 駅までの途中、毎日お世話になっている自動販売機で缶コーヒーを買う。まぶしい光の中、ガタンと落ちてきた小さくも温かい缶を取り出し、両手で包み込む。冷えた手にじんわりと温かみが染み通る。コーヒーを口に含むと、熱い中にも苦味と甘味が広がり、のど、胃へと徐々に流れ落ちていく。温度が全身に広がっていくのを感じる。
 大きく息をつく。脱力している自分を知樹は感じ、小さく笑う。これがあるから生きていられる、そう思っている。知樹はこの時間が何よりありがたかった。
 飲み終えた缶に感謝をして自動販売機の横のゴミ箱へ入れる。その頃には「よしっ」と、また明日も頑張ろう、と足取りに力のある知樹になっていた。
 
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 1000字
 約合計2時間半
 ささやかなことにも幸せってあるよなあって思いまして、書きたくなりました。書けてるかなあ。


9 :森谷 空 :2011/10/24(月) 02:37:25 ID:ncPinitkoe

本当の自分

 またお客さんにウソをついてしまったと、哲夫はカウンターの内側でしょんぼりうつむいていた。
 彼は喫茶店を経営している。一日に数人しか来ない大切な客と会話をすることが、哲夫の唯一の楽しみだった。その中で個人的に突っ込まれた質問もあり、彼は事実でない返答をしてしまっていた。「妻はおります」などと。見栄だとはわかっているがついやってしまう。先ほどの客にもウソをついてしまった。
 気がつくと、コップを拭く手が止まっていた。溜息をつく。
 見栄は先行きの見えない状況が原因だろう。ずっと客の入りは思わしくない。ただ、生活していけないほどではないため、新しく何かをする気力のない哲夫は店を閉めるということもできないでいた。
 からん、とドアについているベルの音と、木のきしむ音が聞こえた。
 顔を上げると、紺色のブレザーを着た女の子が入ってきたところだった。最近よく来る女子高校生だった。
「こんにちはー」彼女は元気に笑みを浮かべた。
「はい。いらっしゃいませ」哲夫はにっこりと笑顔で迎える。
 彼女は作家志望だということだった。だからか、哲夫の店に来るときはいつもノートとペンを持ってきていて、彼と話しながら何かをしきりと書いていた。哲夫は特に気になることもなかったのだが、注文されたコーヒーやサンドイッチを運ぶと彼女はすかさず隠していた。
 またいつものように会話をいくつか交わし、コーヒーを飲み終わった頃になると彼女がおもむろに切り出した。
「結論からいうと、マスターの話す内容にウソがまざってると思います」
 どきりとした。思わず食器を下げる手を止めて哲夫は彼女を見つめる。彼女はペンの尻で鼻をつつきながら、横目で彼を見る。
 直後、にやりと笑うと「だってつじつまが合わないんだもん」と今まで隠してきたノートを開いて見せてきた。
 今まで店で書いていたのは哲夫との会話の記録だったのだ。まさか自分との会話を目の前で書いているとは思わなかったので苦笑いして「参ったなあ」と頭をぽりぽりと掻くしかなかった。自分でも話が整合するようにはしていたのだ。
 その後の彼女とのやりとりで、哲夫は次々に白状していくことになり、最後には降参をしたのだった。彼女はなんとも得意げな顔をしていたが最後に「わたしはこのお店とマスターが好きです」と言った。哲夫は胸が震え、視界がにじんだ。
 以来、哲夫は事実だけを言うようになった。彼の心は晴れ晴れとしていた。今までがウソだったかのように、彼は生き生きと元気に店をきりもりしていた。

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約5時間半
1360字
今回はちょっと難産でした。げふ。強引かなあ。字数も溢れたし。


10 :森谷 空 :2011/10/25(火) 01:50:26 ID:ncPinitkoe

確かな一歩

「ほらほら、どうした、もうへばってきたかーっ」
 隣を走る弥生が元気よく勇気に声をかけてきた。勇気は幼い顔をゆがませ、上向き加減で大きく呼吸を繰り返している。足は鈍く重く、上がらなくなってきていた。
「……くそっ」
 初夏の陽射しの中、二人は海岸線の近くにある、運動用の道路を並んで走っていた。勇気のトレーニングのためだった。彼は体育の授業で最下位になったのがよほど悔しかったのだ。それでクラスメイトであり、陸上部にいる弥生に思い切って頼み込んだのだ。面倒くさがりで人に頭をさげるのが嫌いな勇気には大きな決断だった。
 二キロほど走った頃になると、勇気はへたり込む寸前だった。足の感覚はほとんどなくなっていた。次々と自転車やジョギングの人に抜かれていくのが見える。頭がぼんやりしてくる。弥生が心配そうな顔で口を開いているがよく聞こえなかった。
 気がつくと勇気は地面に倒れこんでいた。鋭い痛みと熱を膝と手のひらに感じ始める。皮膚がアスファルトに擦りつけられ傷になったらしいことを知る。
 手をきつく握りしめ、力なく眉をさげる。もうやめてしまおうかと勇気は思い始める。こんな思いをしてまでやる必要はないのではないかと。閉じたまぶたに力を込める。
「ここでやめるの?」とはっきりとした声が降ってきた。横目で見上げると真剣な顔をした弥生が勇気をのぞき込んでいた。その目はまだ勇気が走れると語っていた。信じてくれている目だった。勇気の胸が熱くなる。さっき自分は何を考えていたんだと自分を奮い立たせる。
 歯を食いしばって膝に手をつき立ち上がる。膝と手のひらが擦りむけて血が出ていたが、走れないことはないと勇気は確認する。ぎこちないながらもまた走り始める。一歩また一歩と。
 よたよたと走り始めると背中を強く叩かれた。横を見ると嬉しそうに笑顔を浮かべている弥生がいた。親指を立て、「よく立ち上がった」と勇気を褒めた。勇気は自然と頬が緩んでいた。自分の中で、確かな一歩を踏み出せた感触があった。

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1000字
合計約4時間
イメージにはあるのに、文字にするのが難しいと感じました。


11 :森谷 空 :2011/10/25(火) 17:05:03 ID:ncPinitkoe

確かな一歩(一人称)

 暑い陽射しの中、オレは海に近い運動用の道を走っていた。ふっふっと規則正しい呼吸を意識する。地面を蹴る足はまだ痛くない。楽勝かも?
「なにニヤついてんだ勇気ー。まだ走りだしたばっかで調子こいてんじゃねえぞー」
 楽々と並走する弥生が睨んできた。
「うっせ」ふんと鼻を鳴らしてやる。
 この間の体育で徒競争をやったとき、オレは最下位になっちまった。今まで足の遅かったやつもオレより速くなっててびっくりした。だからクラスメイトで陸上部の弥生に悩んだすえ頭を下げたんだ。
「おめえなんか、すぐぬいてやるからな」
「はいはい、そりゃ楽しみだー」弥生は呼吸も乱さず、にやにやと笑っている。こいつに言われるとなんだか悔しい。が、オレは拳を握って我慢する。いまのうちにほえてろ。
 ほどなく、オレは息をするのも大変で、足も痛くてしょうがなくなっていた。
「さっきの強気はどしたー。まだ二十分くらいだぞ。へばったかー」
 弥生は変わらぬ平然とした表情でオレを見ている。オレの頭はぼんやりとしてきて、足の裏がざざっとこすれる音が多くなっていた。
 と、つま先が引っかかったと思ったときには、膝と体前面に強い衝撃を感じた。こすれたところが熱い。次第に痛んできて自分がこけたことを知る。
「はあ、はあ、……くそ。いってえ」手のひらと膝がじんじんと痛む。血がにじんでいた。顔がゆがむのを感じる。
「どうした? やめるか?」腰に手をあてた弥生がオレを見下ろしていた。つめてえなと反射的に思ったが、見返すと弥生の目には強い力があることに気づく。オレは奥歯を噛みしめた。
「なめんなよ、オレはこんなんじゃへこたれねえっ」
「よく言った」
 ぎこちなく足を運ぶオレの背中を、弥生が強くはたいてきた。その表情は自分のことように嬉しそうで、オレも悪い気はしなかった。「へっ、いまに見てろ」

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1040字
これを書くだけで3時間くらい。ぶへえ。
前回のやつにもやついてたので、書き直してみました。リテイクでごめんなさい。


12 :森谷 空 :2011/10/26(水) 13:35:54 ID:ncPinitkoe

迷子の子猫

 相沢友春は、ワイシャツの首もとを少しだけ緩めながら階段を上ると、アパートの部屋の前に女の人が座っているのを見つけた。お尻をコンクリートの地面につけ、膝を抱えて髪を垂らしている。外にいるには薄着だった。頭上の電灯がわずかに照らしている。
 一瞬ためらったが、彼女の向こう側に自分の部屋があるため、友春は視界の端で気にしながらゆっくりと通り過ぎようとする。革靴の硬い音が薄暗い廊下に響く。
 ドアの前に来たところで、「……あの」と柔らかい声が聞こえた。
 座り込んだ彼女が顔を上げ、友春を見ていた。幼い顔をしていた。切実そうな雰囲気の、綺麗な瞳だと思った。その瞳が頼りなく泳ぐ。「あの……」
「……僕に、何か用ですか?」
 少し待ってみても彼女が続きを言わないので友春は聞いてみた。けれど彼女はまた自分の膝を見つめたまま動かなくなってしまった。抱え込んだ白いひじを微かにさすっている。じじじと頭上の電灯が鳴る。冷たい空気が耳をかすめていく。
 友春は首をかしげる。ドアに鍵を差し込み、回す。がちゃん、と開いた音が夜のアパートに響く。ドアのハンドルに手をかけ、回そうとしたとき、また「あの」と声がかかった。先ほどより張りのある声だった。
 彼女は力のこもった瞳で友春を見上げていた。決意した顔で彼女は口を開く。
「一緒に住ませてもらえませんか」
 耳を疑った。友春はわずかに目を開く。この子、今なんて言ったんだ?
「……え。いまなんて? 住ませてって……」友春は思わず聞き返していた。
「はい。住ませていただけたらって」彼女は頷く。
 友春はドアのハンドルを握り、彼女を見つめたまま固まっていた。ハンドルのひんやりとした冷たさも、ぬるくなり、湿り気を帯び始めていた。
 彼女が言った言葉を理解するのに時間がかかった。疲れて帰ってきたらいきなり座っていて、住ませてくれなんて……。めちゃくちゃじゃないか。
 もしかしたら頭のおかしい子なのかもしれないと思い、無視をしてそのままドアの内側へ入ろうとしたが、依然として彼女が友春をしっかりと捉えていたので動作が止まった。
 まっすぐに見つめる目に嘘は感じなかった。声に込められた雰囲気も、顔の表情も、体全体が発している雰囲気も、心根の悪い人間のものではなかった。そういうものは隠し切れない。それにもう外は寒い。いつからここにいるのか、なぜ友春なのかはわからないが部屋に入って話を聞くくらいはしてもバチは当たらないだろうと、軽く溜息をついた。
 よし、と友春は口もとを緩める。「じゃあ、とりあえず部屋に入って。話を聞かせてくれないかな」と彼女に言った。彼女は目を少し広げると、安堵の表情を見せ、「はい」と言った。

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1320文字
わりとスムーズに書けたと思いました。

3時間くらい。


13 :森谷 空 :2011/10/27(木) 15:23:04 ID:ncPinitkoe

ごほうび

 何でオレがこんなことしなきゃいかんのだ。壮太は下唇をつき出していた。
 所は学校の屋上。やっと授業が全部終わって遊ぶぞーってときにアイツがオレを引っぱって台無しにしやがった。冷たい首筋をとおり、ぶるっと体がふるえる。冷えた土を触る手が痛い。
「ちょっと、曲がってるっ。花がかわいそうだよ!」
 ゲっと壮太が思ったのもつかの間、どんと体当たりを受け、右へ体勢を崩した。
「ってえな、何すんだよ沙耶香」
「壮太がへたくそだからだよっ」
 キッとひと睨みし、先ほどまで壮太が植えていた黄色い花を綺麗に植えなおす。白い指先が汚れるのもかまわず、沙耶香は丁寧に花を土を扱っている。
 環境美化委員会。沙耶香はそこに入っていて、今はほかのメンバーもいる。屋上のフェンスに沿って花壇があり、それぞれの位置で作業をしている。ただ、男手もほしいということで壮太は無理やりに連れてこられたのだった。
 どうもオレは沙耶香が苦手だ。壮太は小さく溜息をついた。
 思ったことをまっすぐに言い、行動する。それでいて嫌みを感じない。壮太はいつも翻弄されていた。
「ほらできたっ。こうやってやるんだよ」
 土のついた手で顔をぬぐう。満足げに口もと緩める沙耶香。横からの日差しもあって、その笑顔が不意にいつもより綺麗に見えた。沙耶香が不思議そうな目をした。気づいて壮太は慌てて目をそらし、「お、おう」と上ずった声で応えた。自分の心臓が不必要に鼓動を打っていることに壮太は戸惑う。
「じゃ、また様子見にくるから。いまやったみたいにやっといて」
 立ち上がり、沙耶香は自分の持ち場へ帰っていく。歩く動きに合わせてひらひらと揺れるスカートが遠ざかろうとする。
 と、数歩歩いたところで沙耶香はつまづき、べちゃと倒れこんだ。慌てて壮太が駆け寄ろうとすると、強めの風が吹きつけ、沙耶香のスカート大きくまくり上げて抜けていく。
 しっかりと見てしまった。
 水色の、横に伸びたつぶれたクマの絵を。
 ほかのメンバーが助け起こす中、壮太は動けないでいた。
 そしてこうも思っていた。
 こいつに振り回されるのもわるくないな、と。
 気がつくとすぐ目の前に顔を赤くした沙耶香がいて、「見たでしょっ!」と詰め寄っていた。
「み、見てねーよ。見るわけねーだろ!」
「ぜっっったいに見た! 見たっていうまでゆるさない!」
「だから見てねーってばっ」
 皆が見る中、二人は長いこと言い張っていた。今日も二人の元気な声が学校に響く。

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 1480文字
 約5時間
 いいことあるよってことです(笑)。ぷぷって笑っていただけたら嬉しいです。


14 :森谷 空 :2011/10/29(土) 15:23:15 ID:ncPinitkoe

目覚める

「ねえちょっと、そこのあなた」
 東堂千晴はぼさぼさ頭の少年の背をつついた。入学式後、教室でのホームルームが終わり、廊下に皆が流れ出ているところだった。千晴と彼――高杉は同じクラスだ。
 気だるい調子で高杉は振り返る。
「……なに」
「なにって。わたしが気にならない? あなた、入学式からわたしを見てないけど」
 千晴は髪をかき上げて耳にかけ、不敵に微笑む。廊下にいる生徒は彼女を見ている。
「なんか変?」
 少女を見下ろし、高杉はぽりぽりと頬を掻いている。
 千晴は目を開く。
「え? この人たちみたいにわたしに魅力を感じない?」
「……そういやそうだな。俺はよくわからない。それがどうかした?」
 あくまでも高杉の返事はは千晴に興味を持っていない。千晴はぐっと奥歯を噛みしめ、顔を赤くした。自分に興味を持たない男がいることが気に入らなかった。 
 感情的になるあまり、口をついて出てしまう。
「あんたなんか大嫌い!」
 廊下に響き渡る高い声。皆、びっくりして彼女を見ている。
 千晴はハッとした。手を口の前に持ってきて目を泳がせる。こんなこと言うつもりはなかった。高杉は大きく目を見開いたあと、呻き声を上げ、体を折り曲げていた。
 悔やんでも遅い。自分に興味を持たない男が初めてで取り乱してしまった。
 そこに、「……もっと言ってくれ」というぼそぼそとした声が聞こえてきた。高杉が顔を上げて口を開いていた。
 千晴だけでなく、様子を見守っていた生徒たちも驚いている。高杉のみ恍惚とした表情を浮かべ、千晴を見つめていた。
「もっと大嫌いって言ってくれっ。なんか俺、そう言われると気持ちいい!」
 にじり寄る高杉から数歩下がる千晴。皆は散り散りに逃げていく。傷つけるどころか、変なものを目覚めさせてしまった。千晴は引きつった笑いを浮かべていた。

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 設定からここまで、4時間くらい。
 1080文字
 自然な流れになったかどうか。思わぬ展開を書きたかったんです。


15 :森谷 空 :2011/10/30(日) 02:32:09 ID:ncPinitkoe

秘めごと

 普段は人気のない体育館裏に、今は一組の男女がいた。
 日差しの届かない、蒸した空気の漂う中で、二人は抱き合っていた。今は昼休み。生徒たちのはしゃぐ声は遠くくぐもって聞こえる。そばにある塀の向こうから生えた木が、葉を落とし、かさかさと音をさせる。蝉がどこかで鳴いている。
 男が体育館の壁を背にし、女が男の胸に顔を、体を預けていた。男は優しく肩から垂れている女の髪を指ですき、もう片方の手で女の頭を撫でている。その様子からは二人の仲睦まじさを感じさせる。言葉はなくても構わないのだろう。二人は共にブレザーを身に着け、清潔感のある着こなしをしていた。
 風が吹き、かさかさと地面で葉が舞う。
 女がゆっくりと顔を上げ、男を見上げる。男は手を止めず、女の視線を受け止める。何秒か見つめ合っていると、女の意が伝わったのか、男がほのかに笑みを浮かべ、微かにあごを引く。女はわずかに目元を緩ませると、男の背に回していた手を引き、今度は彼の首に回した。それに合わせて男も手を彼女の背に回し、軽く抱え込むようにする。
 準備は完了したとばかりに、二人の顔は少しずつ近づいていく。男が少し顔を傾け、女も男とは反対側へ角度をつけて迫っていく。
 お互いに接触させようとしているのは、唇と唇だ。
 徐々に徐々に二人の唇が近づいていく。熱い吐息を十分に感じる距離。
 お互いの、柔らかい唇の感触を、体温を、そして漏れ出す唾液を体感する未来を頭に描いたとき。
 突如、がさがさっと乱暴に葉を踏む音が聞こえた。次いであっ、という驚く小さな声と、息を飲む空気。
 二人が反射的に顔を離し、音のした方へ顔を向けると、手を繋いだ制服姿の男女が陰から二人を見ていた。彼らも二人と同じ目的でここへ来たのだとすぐにわかる。やってきた二人は戸惑った様子で慌てて来た道へと戻っていった。
 再び二人のいる空間に静けさが戻り、蒸し暑い空気を思い出す。蝉がどこかで鳴いている。
 二人は少しの間、今起きたできごとに呆けていたが、目線を合わせるとどちらともなく笑い出した。そして女の側から軽く、男の唇へ、ちょこんと口づけをすると、二人は体を離し、何事もなかったかのように手を繋いで体育館裏から自分たちが過ごす日常へと戻っていく。
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 設定から合わせて、2時間15分くらいです。
 1200文字
 こそこそいちゃいちゃしてる二人を書いてみたくて書きました。こそこそ感が出ていればいいです。


16 :森谷 空 :2011/10/30(日) 14:59:23 ID:ncPinitkoe

取引

 事務所がある。そこに不穏な空気が漂っていた。
 低いテーブルを挟んで男が二人、向かい合ってソファに座っていた。両方とも黒いサングラスをかけ、上等そうなスーツに派手なシャツとネクタイという格好だった。腕には金色の腕時計があり、窓からの光を反射していた。
 ドアを背にした男が客人だろう。対面に座る男の右手には煙草が挟まれ、天井に気だるい煙が伸びている。
 両者共に真剣な表情を浮かべている。ぼんやりとした電灯が薄暗い室内を照らし出す中、ぴりぴりとした空気の音が聞こえてきそうだ。
「例の物は準備できたんだろうな」
 低い声を発したのは煙草の男だ。口から煙を輪にしながら吐き出す。男の体からはみ出している威圧感が場の空気を張り詰めさせる。
「おう、兄貴。そりゃあもちろん」
 しゃがれた声で問われた男が陽気に答える。口もとにはにやついた笑みが浮かんでいる。返事を聞いた男は気だるそうに右手を伸ばし、煙草の灰を、とんとんと落とす。「そうか」と静かに応じる。
 下座の男は、脇に置いていたアタッシュケースを低いテーブルに置き、番号式のロックを外すために合わせていく。数字を合わせ終えると、両側についている突起に親指をかけ、左右同時に端へずらす。たたん、という鍵の外れた音が室内に響き、ケースは事務所の主へと向けられる。あとはその銀色に鈍く光るケースの口を開くだけだった。
 下座の男は立ち上がり、ケースに手をかけ、にやりと笑う。「兄貴、開けますぜ」
 煙草をくゆらせている男は重々しく顎を引く。
 ケースが口を開いていく。荘厳な宝箱でも開く瞬間のような輝きを幻視してしまいそうになる。縁から金色の輝きが漏れてくるようだ。
 ケースが完全に開かれると煙草の男はがばっと身を乗り出し、俊敏に煙草を灰皿に押しつけた。男の口は大きく開かれ、目はサングラスで見えないが見開いていることがうかがえる。
「おお……! おお……っ!」
「どうですか。兄貴」
 兄貴と呼ばれた男はケースの縁をがっちりと握り、丹念に中身を見回している。
「最高だ。よくやった」
 賛辞の言葉を受け、下座の男は安堵したのか溜息をついた。
 ケースの中には、隙間なく、びっしりと成年向け雑誌が並んでいた。中にはもう手に入りにくい物もある。大のエロ漫画好きの兄貴のために、下座の男は力を尽くしたのだった。
 というのも、この男にも見返りがあるからで、決して無償ではない。
「こっちも用意はできている。そら」
 兄貴は背後から大きな袋を引き上げると、とすんとテーブルに置いた。下座の男が中身を急いで出すと、男の要望通りの、可愛らしいアニメキャラのフィギュアであった。箱には限定版と書いてある。
「ありがとうございます、兄貴っ!」
「いやいや、お互い様だ。はははは」
 二人の大の男は、薄暗い事務所の中で、笑い合っていた。

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 設定が約40分。
 本文が約40分。
 約1時間30分です。

 1720文字
 シュールなものを書きたいと思いました。


17 :森谷 空 :2011/10/31(月) 15:03:59 ID:ncPinitkoe

約束の時間

 玉崎友哉は部屋のインターフォンを押した。小さく音が聞こえる。
 約束の二時に合わせて来たので迷惑にはなっていないはずだ。恭一のアパートは真新しく、つやがあった。
 少し待っても反応がないので友哉はもう一度インターフォンを押して待つ。聞こえるのは周囲を走る車の音だけ。
 友哉は腕時計の文字盤を確認し、二時を三分過ぎたのを確認する。ドアの脇にある窓から中を覗き込もうとするが、曇りガラスで中が見えない。依然として物音が聞こえない。もしかして出掛けているのだろうか。友哉は少し不安になるが、とりあえずドアを引いてみた。ハンドルを引くとかちゃりという音がし、やや重く緩やかにドアが開いた。
「物騒だな」
 眉を少し寄せつつ、部屋の中を軽く覗き込む。
 中は暗く空気が澱んでいた。短い通路の先に、ドアが一枚見え、わずかに開いている。
「恭一、いるのか?」
 声が薄暗い室内に吸い込まれる。ドアの先からだろうか、かすかに機械のうなる音が聞こえる。
 少ししてどさどさっと何かが落ちる音がし、がしゃんばたばたと何かを倒したような音と、足音が聞こえてきた。
「あたたた。友哉か。ごめんごめん、ちょっと熱中しちゃってて」
 奥のドアから小柄な恭一がのそのそと出てきた。ぼさぼさ頭に眠そうな目。可愛らしい外見に似合わない姿であわわわとあくびをしている。暗くてもわかる白い腹をぼりぼり掻く。
 友哉は恭一のその格好を見て思わず笑った。恭一らしいかなと思った。
「今の音、大丈夫?」
「ああ、本を倒しちゃっただけだから平気平気」
「小説はできた?」
「んー、まだまだだね。どうもうまくない」
 言いながら友哉は部屋の中に上がり、玄関のドアを閉めていく。

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 本文だけで、50分かな。
 設定が60分。
 約1時間50分。
 1080文字。
 たまには男二人もいいかなと。可愛らしい男にふふふとなっていただければ。


18 :森谷 空 :2011/10/31(月) 22:15:03 ID:ncPinitkoe

届いてほしい

 校門の前。柏木紗枝は下校する人波に視線を投げては外していた。
「まだ来てない、よね」
 頼りなげに紗枝は視線をうろうろさせる。目当ては一つ歳下の少年だった。普段の自分ではない体感に紗枝は落ち着かない。握り締めた手に汗が滲む。
 少しして真新しいブレザーに身を包んだ、松島勇一の小柄な姿が出てきた。紗枝の体が一気に熱くなる。友達と楽しそうにしている姿を見ただけ満足してしまいそうになる。だが、それではいけない。
「あのっ、松島くんっ」
 無事に声が届き、勇一が振り返った。少し目を見開いている。
「はい?」
 その黒目がちのくりっとした目に見つめられるとつらい。
「は、話したいことがあって、その」
「え。なんでしょう」
 勇一はやや眉を寄せ、困惑の表情を浮かべている。
 そうだよね。先輩に声をかけられたらびっくりするよね。でも今日はあたしは言うと決めたんだ。ここまで来て引くわけにはいかない。紗枝は震える体を必死に抑えて声を絞り出す。
「あた、あた、あたしと、その、つつ、つ、つき……」
 続きの言葉が出てこない。その先を言ってしまえば決定的になってしまう。歯を食いしばる。悔しさに手が震える。
 紗枝は力なく笑った。
「……ごめん。なんでもない。引き止めてごめんね」
 喉が震えてきた。目に抑えがたい衝動が駆けあがってきたので、紗枝は顔をそむけるとそのまま早足で立ち去ろうとする。そのときになって、勇一の友達やほかの生徒が自分たちを見ていたと知る。すべてを振り切る勢いで歩き出した。
 けれど、紗枝の右手に強い反発がかかり、体が引き戻された。涙に濡れた目で紗枝が振り返ると勇一が手首を掴んでいた。力強い目をしている。
「それでいいんですか」
「え……」
「やめちゃっていいんですか」
 勇一の声は真剣だった。可愛らしい顔と、小さい体から発せられてるとは思えない力を感じる。紗枝は何も言えずに勇一を見ているしかなかった。
「今度、二人で話す機会をつくりましょう」
 聞こえてきた言葉を理解するのに時間がかかった。勇一は優しい笑みを浮かべていて、「そのときに続きを聞かせてもらえますか?」と紗枝にハンカチを渡してきた。紗枝はなんとか「はい」と応え、気の緩んだ笑みを勇一に返した。

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 本文は2時間。
 設定は1時間。
 約3時間。
 1440文字


19 :森谷 空 :2011/11/01(火) 15:07:03 ID:ncPinitkoe

あんたなんか

 天上静馬は溜息をついた。
「何なんだほんと、お前」
「こっちが何なんだって言いたいわよ。何がしたいわけ?」
 静馬の席の前に座っているのは同じクラスの倉茂友香だった。前の席の椅子を後ろに向けて静馬と向かい合っている。窓の外から野球部の掛け声が聞こえてくる。薄暗い室内に窓際にだけ光がわずかに差し込んでいる。
 静馬は椅子にだらしなくもたれかかっていた。目はいつも眠そうだ。
「別に何もしたくない」
「なら何であたしがこの前、がらの悪い連中に言いがかりつけられてるとき助けてくれたり、体育で怪我したとき介抱してくれたの?」
「あれは、別に、偶然通りかかっただけで」
「自転車置き場で自転車が倒れてるのも勝手に直してるし」
「あ、いやまあ」
「学校内にいついてる猫といつもじゃれ合って、エサあげたりしてるし」
「それは別にいいじゃねえか」
「なのに、何でそんなだらしない態度なわけ? 不良気取り? やるなら本気でやりなさいよ」
「お前に言われることじゃねえよ。これが俺のスタイルなんだ」
「中途半端なのよ、あんた。見ててイライラしてくる」
「あ、そうですか」
「なんであんたなんか――。どうしてあんたなんかを――」
「……何? 俺がどしたって?」
「いい。気にしないで、いまの」
「ん。ああ。そうか」
「どうかしてたわ、まったく」
「そうか、どうかしてたんだな、お前」
「あんたに言われたくないわよっ!」
「ってえな、殴ることね……って、殴って帰るってありかよ! 待てって」
 何だかふて腐れてツンとした表情のまま、慌てて友香が帰ろうとするので、静馬も立ち上がって後を追いかけていった。

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1200文字

設定1時間
本文1時間
合計2時間


20 :森谷 空 :2011/11/02(水) 16:29:48 ID:ncPinitkoe

大切なもの

「……まさかな」
 放課後、駅周辺にいた唐沢博志は、自分が今見たものを疑っていた。見間違えでなければクラスメイトの桜井ほのかだった。携帯を取り出し、どうするべきか迷う。こうしている間にも、路地の奥で彼女がひどい目に遭う。小さく悲鳴のような声が聞こえる。
「……ああっくそ! どうとでもなれっ!」
 待ち合わせをしていた孝介に心の中でごめんと言うと、震える足に力を込めて雑然とした路地を進む。
 奥では予想通り、頭の色が派手な男三人が制服姿の女の子を囲んでいた。一人が女の子の口を手で押さえている。彼らの背中越しに見える顔はやはり桜井だった。博志の足音が路地裏に響き、彼らが振り返る。
「何だテメエは」
 金色に染めた長髪の男が博志を睨みつけてくる。
 拳を握りこんで震えを抑える。
「やめてくださいっ」
 男たちは一瞬、呆けたような表情をした後、大げさに笑い出した。
「おめえにカンケーねーだろ。坊やはさっさと家に帰れ」
 話は終わったとばかりに男たちは怯える桜井に体を戻していく。彼女は必死にもがいている。
 気がつけば、博志は彼らと桜井の間に体を割って入っていた。自分でもどうやったのかわからなかった。両手を広げて立ちふさがる。
「ってめえ、やろうってのかっ!」
 彼らはあっけにとられていたが、すぐに気勢をあげ、博志に拳を振り下ろしてくる。
 何度も骨と骨がぶつかる鈍い音が薄暗い路地に響き、博志の口から赤い血が飛び散る。体中が痛い。目は腫れて見えにくい。それでも博志はぎしぎしする膝で立ち上がった。
「……何なんだ、おめえ」
 男たちは戸惑いの表情を浮かべていた。何度殴っても蹴っても立ち上がってくる博志が理解できないのだ。長髪の男が赤く染まった拳をもう一度振りかぶったとき、慌ただしい声と足音が聞こえてきた。警察官が駆けつけたのだ。後ろの方から孝介がのそりとやってきて、博志に肩を貸してくれた。
「ありがとう。助かった」なんとかそう言葉にした。
「すまん、遅くなって。大丈夫か?」
「いちち、まあ、なんとか。それより桜井が」
 彼女は警察官に保護されて連れて行かれるところだった。彼女は疲れた表情で博志を見つけると、すれ違いざまに「ありがとう」と小さく言った。
 博志はほっと胸を撫で下ろした。本当によかった。
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 本文、約2時間30分。
 設定23分。
 合計3時間。
 1400字


21 :森谷 空 :2011/11/03(木) 15:13:54 ID:ncPinitkoe

待ち合わせ

 十分ほど前から男はそこにいた。
 少しだけ開けた駅の前。わずかにスペースが作られて、木が植えられ、近くにベンチが置かれている。そのすぐそばに、道路との境目に設置されている膝より高い突起物がある。彼はそこに腰掛けてスラっとした足を投げ出していた。首だけを右へ左へ動かし、道路を行き交う車や人々を眺めている。彼も含めて皆、厚手の洋服を着ていた。
 少しして彼は右腕を上げ、視線を落とした。腕時計を確認したのだろう。すぐに手を戻し、人が吐き出されてくる駅への入口に視線を投げる。誰かと待ち合わせをしている様子だ。彼女だろうか。特別、落ち着かない様子はなく、また先ほどまでの街の鑑賞に戻る。彼女への信頼をうかがわせた。彼の性格もあるかもしれない。
 またいくらか時間が過ぎた頃、彼はさすがに気にし始めたのか、駅の改札口付近を体ごとひねって見ていた。彼がそこに来てから三十分は過ぎていた。待ち合わせ時間を過ぎているのだろう。次々と人間が流れ出てくる中に、一向に目当ての姿が見つからないのか、男はしばらく首を伸ばした姿勢でいた。少しだけ立ち上がりそばにも寄ってみる。が、またすぐにもとの位置へと帰ってくる。再び腕時計へ視線を落とす男。口からほのかに白い息が上がったように見えた。溜息をついたのかもしれない。
 耐えかねたのか男はベージュ色のズボンに手を入れ、携帯電話を取り出した。少し操作をした後、耳に当て、じっと待つ。周囲は相変わらず足音を響かせ、車は走り去っている。
 何回コールしたのだろう。十回は鳴らしたであろう頃、彼の後ろからひょこっと影が突然現れた。すぐさま男の目を後ろから隠したのだろう、白い指が彼の目を覆っている。後ろから顔を出し女性が楽しそうに口を開いている。最初はうろたえたような態度を取っていた男も、後ろから目を隠して、声をかけてきた女性が誰だかわかったようで何事かを言い、ゆっくりと彼女の手を目から外した。男が振り向くと、女性は両手を合わせて申し訳なさそうにした。きっと目隠しをした行動から察するに、自分が遅れてきたら彼がどう反応するか見ていたのだろう。意地悪な気もしたが、お互いに相手を信頼し気心が知れているからこそできることなのかもしれない。
 ほどなく男と女は、何もなかったように手を取り合い、身を寄せ合って街の中へと歩いていった。
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本文:40分
設定:30分
合計約1時間10分
1120字
遠くから見たものを書いてみたくて書きました。


22 :森谷 空 :2011/11/05(土) 01:57:03 ID:ncPinitkoe

メデューサ先輩

「今日も綺麗だったなあ、メデューサ先輩」
「だよな、もう見るたびにきゅんきゅんだよ、俺」
 下駄箱で、スニーカーへ履き替えている渉の横を話しながら通っていく少年たちがいた。表情はどこか上せていた。渉は出入口のドアを押しながら、「まただ」と思った。
 授業が終わり、それぞれが思い思いの方向へ散る。渉は帰路へつくため葉っぱを時折踏みながら校門へ歩いていく。
 メデューサ先輩のことは入学してすぐに聞こえてきた。その先輩と目を合わせると硬直してしまうのだという。外見が美しいからだという話だが、渉にはいまいちぴんと来なかった。そんなことってあるだろうかと。
 やっと通り慣れてきた門が見えてくると、右手の道から歩いてくる女の子が二人いた。一人が楽しそうに話し、もう一人の子が静かに合いの手を打っている。二人の胸元に揺れる緑リボンは二年生のものだ。渉の目は自然と静かな彼女へと吸いつけられた。
 綺麗な黒い髪がまっすぐ胸元まで下りている。顔は白く、その中で唇のほのかな赤が目立つ。目は大きくて柔らかい雰囲気だ。微笑んだ時に下がる目元が心を引きつける。全体的に細く、姿勢がいい。やや斜め後ろを歩いてみてわかるが、渉よりも背が高い。
 不意に彼女の首が回り、渉の方へ顔を向けた。慌てて「あっ」と声を漏らし、何気ないふりをしようとしたが、もう遅い。どくんと胸の音がした。
 彼女と目が合っていた。
 透きとおった印象の、綺麗な目だ。その目を見つめていると自分の体がそこから消えてなくなってしまったように感じられてくる。周囲がやけに静かで、反面、体全体が脈動を激しくし、力が入らない。自分が息をしているかもわからなかった。この人がメデューサ先輩かと渉は気づいた。
 彼女が隣の女の子へ視線をずらすと、渉は勢いよく息を吸い込み、大きく吐いた。不自然なほど呼吸が乱れている。鼓動がうるさい。
「ね、あたしの言ったとおりでしょ、この子可愛いー」と聞こえてくる。
 彼女の隣の女の子が口を開いているから彼女の声だろう。メデューサ先輩は「うん、ほんとだった」とどこか嬉しそうに返事をしている。
 渉は胸に手をあてたまま、しばらく動けなかった。顔も体もやたらと熱かった。あの噂は本当だったなと実感した渉だった。
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 本文60分。
 設定40分。
 合計約1時間40分。
 1160字。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.