崩壊の歯車。


1 :小豆 :2007/04/06(金) 22:17:30 ID:PmQHsHuF





 “セカイホウカイノハグルマハ、マワリハジメタ”





 西暦3249年。

 その年、20歳になった者達。

 その中に、たったの10人だけ。

 選ばれた人間がいる。




「おめでとう。そして……お気の毒に。

 君は、選ばれた人間だ。

 さぁ。世界の為に、人々の為に、私の為に。

 そして何より、君自身の為に。

 人生をもう一度、やり直そうじゃないか。

 出逢うべき人に、逢いにいこうじゃないか」




 すべてを捨て、あなたは出逢う為の旅に出掛けますか?

 選択肢は2つだけ。


  Yes or No.


 “No”を選べば、後30年ですべてが終わる。

 “Yes”を選べば……、戦いに巻き込まれる。

 あなたは、どちらを選びますか?

 そして、出逢うべき人を、信じることができますか?


2 :小豆 :2007/06/03(日) 20:55:37 ID:ncPikAsD




  ……樋詰総長。明日、一善様が藍沢様の高校へ転校、
  及び孤児院に移られることが確認されました。いかが致しましょうか?


     迎えを送ってあげなさい。


  かしこまりました……。


     ……やっと。これでやっと、10人が。……いや、“5組”がそろう。
     ふふ……。15年間も待ってあげたんだから、頑張って働いてもらわないとね。




―――――――――――――――――――――――――第1楽章『奏でられるは始まりの旋律』




 西暦3264年。
 世界は物で溢れかえり、それでいて人の心は廃れていた。
 発展しすぎた科学がもたらしたモノは、虚無。
 ただ、それだけ。
 その時代の中、豊かな心を持つ人間は、ほんの僅かだった。
 それでも……。

 世界を壊したくはないと、願う者がいた。

 世界を、愛している者がいた。

 誰かを、護りたいと祈る者が、いた――――。







「HR始めるから静かにしろー。今日は珍しく大事な話があるから、よく聞いとけよー」
 担任がもったいつけるようにして言ったが、教室はあまり静かにはならなかった。
 ここは南坂中学校、通称南中の3年4組の教室。あまり広くはないそこには、40人ほどの生徒がいた。ほとんどが担任の話を聞いておらず、寝たり喋ったりゲームをしたりと、好き勝手やっている。
 しかし担任は、慣れているのか気にする様子もなく、淡々と話を続けた。
「……実は明日、うちのクラスに転校生がやって来る」
 この言葉に、教室は更にざわついた。
 だが、そんな中ひとりだけ、我関せずといった感じで、黙って窓の外を眺めている生徒がいた。窓際の席に座る彼は、黒っぽい赤色の髪をしていた。黒ずんだというよりも、透き通るような輝きを放つそれは、今の時代でもそれなりに珍しい色である。少し淀んだその眼も、同じ色だった。
「ま、そういう訳だからお前らもそのつもりで。以上、解散。気をつけて帰れよー」
 さようならー。と、各地でわずかに挨拶が返り、担任は教室を出て行った。
「……亮。おい、亮!」
 名前を呼ばれて振り返ったのは、あの赤い髪の男子生徒だった。
「何だよ、陸也」
 そっけなく応えた彼の名前は、藍沢(あいざわ)(たすく)。成績はごくごく普通の、どこにでもいる中学生だ。
 対する陸也は、黒髪に黒目という、日本では一番ありふれた色組み。成績は下の下。運動だけがとりえのスポーツマンだ。
「転校生って、この時期に珍しくねぇ? もうすぐ2学期も終わるぜ?」
 陸也は頭の上にはてなマークを浮かべて言った。彼は亮の隣の席であり、亮ともそれなりに仲がいい。
「そんなこと俺が知るかよ。まぁ、家の事情ってヤツだろ」
 やはりそっけない亮。それに対し陸也は、虚空を見つめ、夢見るように言った。
「可愛い子だといいなぁ〜……」
「……男かもっていう考えははなからなし?」
 冷静につっこむ亮。陸也は視線を亮に戻した。
「だって亮、世界の人口は男より女の方が多いんだぜ?」
「……なんでお前は頭悪いくせに、そういうことだけは知ってるんだ?」
「うわ! 亮ヒドッ! ……まぁ俺は、例え男でも可愛かったら全然OKだけどな〜。ノーマルの亮には分かんねぇだろうけど」
 彼の言う通り、この時代では同性愛が認められている。男性同士でも、女性同士でも、2人の遺伝子を足して2で割ることによって、子孫を残すことができるからだ。科学の進歩というのは、恐ろしいモノである。
「まぁ、明日になれば分かるだろ」
 言いながら、亮は鞄を持って立ち上がった。そんな亮を見て、陸也は少し慌てたように言う。
「え? 亮もう帰んの?」
「そうだけど」
「えー。遊び行こうぜー」
 まるで子供のように足をバタつかせて陸也は言った。亮はちょっと困ったように笑う。
「悪い。今日は早く帰らないといけないんだ。明日から俺と同室になる奴がいるから、部屋の片付けしないと……」
 その言葉に陸也は足をバタつかせるのを止め、ちょっとだけ真面目そうに言った。
「……そういえばお前、2人部屋なのにずっと1人だったもんな……。ま、ルームメイト見つかってよかったじゃん」
「まぁな……。じゃ、また明日。遅刻するなよ」
「はは。できるだけ努力するわ。またな〜」
 陸也の声を背中で受け止めつつ、亮は学校を後にした。


3 :小豆 :2007/06/22(金) 21:07:30 ID:ncPikAsA

 帰り道。亮はひとりで足早に歩いていた。こちらの方角に帰る生徒は少なく、今は周りに誰もいない。真逆の方向に住宅街が密集しているからだ。
 人通りの少ない道路の上、亮はぼんやりと、考え事をしていた。
 何か……。何かを俺は、ずっと忘れているような気がする……。そしてそれは、すごく大切な事なはず……。
 この想いは、いつからか亮の中に現れ、それ以来長い間、亮を悩ませている違和感だった。答えは見つからず、ましてやただの思い過ごしで、答えなどないのかも知れない。しかし、確信にも似たような真実味がそれにはあり、どうにも無視はできない。
「はぁ……」
 思わず深い溜め息をついてしまう。
 ふと、何かを思いついように亮は立ち止まり、襟元から何かを引っ張り出した。
 それは、シンプルなシルバーの指輪だった。エンゲージリングにも見えなくはないそれは、ボールチェーンが通され、首にかけられるようになっていた。普段は服の下に隠しているそれを、亮は目の高さまで掲げてみる。その表面には規則性のない、不思議な形の模様が彫られており、内側には亮のイニシャルであるT・Aの文字が彫られていた。
「……これに関係してるのか…………?」
 誰に言うでもなく、亮はひとり呟いた。
 そして指輪を服の下にしまうと、再び歩き始めたのだった。



「あ! 亮兄ちゃんだ!! お帰りー!」
 亮が“そこ”に帰り着いてすぐ、小さな5歳くらいの男の子が彼に走り寄ってきた。男の子は、綺麗な黄色の髪と眼をしている。ただの黄色ならまだよかったのだが、少し緑がかったのその色は、まるで自ら光を放っているようだ。そして、儚さも漂わせている。とても異質な色だ。
「ただいま。(けい)
 亮はしゃがみ込み、蛍と目線を合わせて言った。
「あら、お帰りなさい、亮君。今日は早いのね」
 そう言いながら亮達に近づいてきたのは、エプロンをつけた若い女性だった。亮の母親にしては若すぎる。
「……先生が早く帰って来いって言ったんじゃないですか」
 亮は立ち上がりながら、女性に応えた。
 そう、彼女は亮の母親ではない。ここは孤児院なのだ。
 亮には両親がいない。彼は孤児院の前に捨てられていた。そして、捨てられた彼が唯一持っていた物が、あの指輪。まだ赤ん坊だというのに、亮は小さな右手で、それを堅く堅く握りしめていたそうだ。
「そうだったかしら? とにかく、新しく入る子に呆れられない程度には片付けておいてね」
「分かってますよ。……まぁ、もともと俺の部屋は綺麗だけど」
 最後は女性に聞こえないように、小さな声で呟いた。亮の返事に満足したのか、女性はひとつ頷くとどこかへ行ってしまった。恐らく、夕飯の支度だろう。
「ねぇねぇ亮兄ちゃん! おそうじ終わったら僕と遊んで?」
 蛍が亮にじゃれつく。
 亮は普段あまり見せない素直な笑みを浮かべ、蛍の頭に手をのせて言った。
「分かった。すぐ終わるから、それまで舞憂(まゆ)にでも遊んでもらってな」
「うん! 約束だよ、亮兄ちゃんっ」
 蛍は満面の笑みで言うと、向こうに駆けて行った。
 それを見届けてから、亮は自室へと帰っていったのだった。



 1時間ほどで部屋の片付けを終え、亮は遊戯室に向かった。空は夜空に変わりつつあり、流石に蛍も外にはいないだろうと判断したからだ。
 遊戯室の中には、10人ほどの子供たちがいた。そして、部屋の端のほうに、黄色と黒がいた。黄色は蛍、黒は舞憂である。
 舞憂は長い黒髪と黒目をもつ、亮と同い年の女の子だ。背が低く、実年齢の15歳より幼く見える。しかし実際は、しっかり者のお姉さん気質であった。
「……悪い。遅くなった」
 亮が2人に話しかけると、舞憂は亮に視線を移し、ちょっと不機嫌そうに言った。
「遅いよ、亮。どんだけ丁寧に掃除してたの?」
「はは……。そんなに怒るなよ」
 亮は苦笑を漏らす。と、静かな寝息が聞こえてきた。こちらに振り向いた体勢の舞憂の向こう側、そこには蛍がいる。そして彼は、眠っていた。
「……蛍、待ちくたびれて眠っちゃった」
 舞憂は蛍の綺麗な黄色の髪をなでてやる。亮は2人のそばに座った。
「寝顔……。穏やかだな」
 亮が彼の顔を覗き込みつつ、笑顔で言う。それに対し、舞憂は、少し悲しそうに頷いた。
 蛍がここに来たばかりの頃、彼は毎夜のように悪夢を見て、その度に泣いていた。その悪夢とは、もちろん捨てられたときのこと。この孤児院の子供たちは、みんな深い傷を背負っているのだ。
「……あそ、ぼ……。たすく、にぃちゃ…………」
 蛍が寝言を言う。その様子に、亮と舞憂は顔を見合わせて笑うのだった。


4 :小豆 :2007/07/11(水) 22:25:05 ID:ommLQAmD




 あっという間に次の日。蛍は朝っぱらから、「亮兄ちゃんと遊べなかった……」と、ちょっとふてくされていた。
 そんなこんなで、亮や舞憂はそれぞれの中学に登校。この孤児院はちょうど学区の境辺りにあるので、通う中学はまちまちなのだ。
「はよ……」
 亮は一応あいさつしながら教室に入る。数人から「おはよー」と返事が返ってきた。
 そして彼は自分の席に直行。と、いすに座る直前、となりから声が聞こえてきた。
「おはよ、亮!」
 陸也だ。彼は珍しく亮よりも早く来ていた。そしていつも通りテンションは無駄に高い。
「……なんで俺より早く来てるんだ?」
 信じられないものを見るような目で亮は言った。よっぽど珍しいことなのだろう。
「だって今日は転校生が来るんだぜ!? 遅刻なんかしてらんねぇよ!」
「あぁ、そう……」
 自分で聞いておいて、興味なさそうに返す亮。陸也が何か言い返そうとした瞬間、チャイムが鳴り響いた。
「席に着けー」
 だるそうに言いながら、担任が教室に入ってきた。仕方なく陸也は引き下がり、自分の席に座る。亮も着席し、また、いつものように窓の外を眺め始めた。
 全員がとりあえず席に着いたのを確認してから、担任は言った。
「じゃあ、出席とる前に転校生紹介するぞー。入りなさい」
 ガラガラ……。
 みんなが……、否、亮以外のみんなが扉に注目する。
 てこてこと中に入ってきたのは、背の低い男子生徒だった。穏やかな感じの、どちらかというとかわいい系の顔。そして特筆すべきは、その稀な色組だ。うっすら青がかった白色の短い髪に、空色の眼。そのどちらも、透明感溢れる色だった。
 彼は黒板の前まで来ると、チョークを手に取り、黒板に「一善慈穏」と、どこか丸みの帯びたかわいらしい字で書いた。そしてみんなの方を振り返り、ぺこりとお辞儀する。
「初めまして。大阪から転校してきた、一善(いちぜん)慈穏(じおん)です。みなさん、仲良くしてくださいね」
 まったく邪気のない、子供のような笑顔を浮かべる慈穏。名前のとおり、穏やかな空気を纏っていた。教室内も、なんとなく和やかな雰囲気になる。
「……と、いうわけだ。みんな仲良くしてやれよー。一善の席は……、藍沢の後ろが空いてるな」
 自分の名前が出てきたことにより、亮は前を向いた。そして、慈穏と目が合う。
 刹那。亮の心を、一筋の風が駆け抜けた。
 亮は慈穏から、目が離せなくなる。対する慈穏も、驚いたような顔をしたまま、亮から目が離せずにいた。
「……藍沢? 問題ないよな?」
 固まってしまった彼らに遠慮するように、担任は言った。この言葉に、2人は我に返る。
「は、はい……」
 曖昧な返事をしつつ、亮はまた窓の外に視線を向けた。しかし、外の景色などまるで視覚に入ってこず、脳裏に焼きついた慈穏の空色の眼ばかりが心に浮かんだ。
 なんなんだ……あいつ。一体、なんだっていうんだ……。
 亮はただ、困惑する。




 ずっとずっと忘れていた、大切なこと。

 忘れないと誓った、あいつのこと。

 もう少しで、全部分かるのに。

 分かりたくないと思うのは、どうしてだろう?

 思い出すのを拒むのは、どうしてだろう?




 結局亮は、後ろの慈穏が気になって、ろくに授業に集中できなかった。ちなみに慈穏は、その可愛らしい容姿や、性格のよさもあって、男女ともに友達がたくさんできたようだ。陸也も彼を気に入ったらしく、「やべぇ……。あれはやべぇよ」と、しきりに亮に言っていた。
 そして今は、放課後。帰り支度をしていた亮に、慈穏がにこにこと話しかけてきた。
「亮さんは、どの方面に帰るんですか?」
 恐らく陸也と話しているのを聞かれたのだろう、彼は亮の名前を知っていた。多少戸惑いつつも、亮は答える。
「西坂の方だけど……」
 と、慈穏の表情がぱぁっと輝いた。
「一緒に帰ってもいいですか? 僕も同じ方向なんです!」
 嬉しそうに言う慈穏。西坂方面に帰る人は少ない、このクラスでは亮だけだろう。
「いいけど……」
 特に深く考えることもなく、亮は応えた。
 そして、2人で帰ることとなったのだった。


5 :小豆 :2007/07/16(月) 22:15:21 ID:ncPik7Qc

「亮さんのお家は、どの辺りなんですか?」
 てくてくと亮の隣を歩きながら、慈穏は少し首を傾げて言った。
 こうして並ぶと、亮の方が慈穏より頭ひとつ分背が高い。いや、亮は平均的なのだ。つまり、慈穏が小さいのである。まぁ、彼の性格とマッチしていると言えばそうなのだが。
「………………お前は?」
 亮は慈穏の質問に答えることなく、聞き返す。彼にとって、あまり訊かれたくないことだったからだ。
「僕ですか? ……ここですよ」
 突然、慈穏が足を止めた。いや、亮も同時に足を止めていた。2人が立ち止まった場所、それは亮の孤児院だった。
「…………は?」



 簡潔にさらっと言ってしまおう。
 慈穏は、孤児だった。今までお世話になっていた施設が火事になり、亮の孤児院へと移って来たのだ。まぁ、これでだいたい予想はつくと思うが、亮の新しいルームメイトとは、ずばり慈穏だったわけだ。
「……えへへ。よろしくです」
 今2人がいるのは、2人の自室。慈穏は曖昧な笑みを浮かべていた。対する亮は、苦笑しながら。
「あぁ」
 ただ一言、そう応えた。
「えと……亮さんは……」
「亮でいい。敬語も使わなくていいぞ」
 めげずに話しかけてくる慈穏の言葉を遮り、亮が言った。言い方は少々きつめだったが、彼なりに友好を深めようとしているのだろう。
「あ、敬語は地なんです。……と言いますか、方言隠しと言いますか…………」
 最後の方はあまりに小さい声だったので、亮には聞き取れなかった。と、慈穏がぱっと顔を上げ、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、亮って呼ばせてもらいます。僕のことも、呼び捨てで呼んでください」
 まったく邪気の無い、爽やかな笑顔でこう言われれば、たいていの人は逆らえないだろう。亮ももちろん、逆らうことはできず。また、逆らう気もなく。
「……分かった。よろしくな、慈穏」
 すっと、実に自然な動作で手を差し出した。それを見て、慈穏は満面の笑みを浮かべる。
「はい!」
 そして、少々ぎこちなくではあったが、握手が交わされたのだった。
 この時彼は、彼と目が合った瞬間の違和感など、忘れ去っていた。
 そう、2人とも、が。


6 :小豆 :2007/07/25(水) 21:55:39 ID:ncPikAsF

 亮は、夢をみていた。ふわふわとした視界の中、何もかもがあやふやだ。
 ふと、彼はあることに気づいた。
 ……どこか。どこか遠くから、声が聞こえてくる。
 それはまるで、詩の一編のように。
 誰かが、芝居がかった口調で語っている。




  “駒〔ギア〕”は少しずつ、少しずつ増えてゆき。

  互いに絡まり合い、次第に廻るスピードは速くなる。

  そしてついには、巨大な崩壊の戯曲が完成する。



  それを操るのはただひとり。

  “仕掛人〔トリッカー〕”と、呼ばれる者。



  そして、それを阻止するのは……。

  “破壊者〔アレスト〕”である、選ばれた子供達。



  さぁ、奏でましょう。

  奏でましょう。



  駒と、仕掛人と、破壊者の戯曲を。


7 :小豆 :2007/08/17(金) 19:20:21 ID:ncPik7QD

 声が黙り込んだ瞬間、意識が急激に覚醒していく感覚に亮は襲われた。
 ゆっくりと目を開けてみる。先ほどよりも意識がはっきりとしていた。だが、そこは現実ではなく、夢の中。
 亮の視界は、宙からどこかの部屋の中を見下ろすような格好だ。その部屋の中に見えたのは、ひとりの男性。それは……。
 俺……?
 そう、亮本人だった。しかし、亮の容姿は現実とは違った。髪と眼は、異端な赤色ではなく、ありきたりな黒。身長も高い。それほどまでに違うのに、それなのに亮は、それが自分自身だと確信していた。
 ……これは、何だ? ただの夢じゃ……、ない。
 亮は心の中で呟く。しかし、心の片隅では気付いていた。これが、自分の過去の記憶だということに。見たことも無い場所なのに、現実とはまったく違う姿なのに、それは確かに亮の中にある過去だった。
「……お前は誰だ。俺に何の用がある」
 誰かの声がした。亮はそれが“自分”のモノだと気付く。目の前にいる“自分”は、ただただ、過去の動きを繰り返すだけ。まるで、ビデオに録られた映像を、再生するかのように。
「……とりあえず落ち着いてくれるかな、藍沢亮君。私は君に危害を加えるつもりはない」
 突然、過去の“自分”以外の誰かが言った。その声を聞いて、初めて亮は“自分”以外にも誰かがいることに気付く。
 その誰かが視界に入った瞬間、亮の目は釘付けになった。その、鮮やかに美しくも毒々しい、真紅に。その誰かは、紅い髪と眼をもつ男だった。亮の髪と眼が黒がかっているのに対し、こちらはとても鮮やかな真紅だ。
 そしてその美しい色に、亮は懐かしさを覚える。……否、嫌悪に似た感情だろうか。色々な気持ちが渦巻き、濃くなっていく。
 不意に、男はわざとらしい笑顔を浮かべた。
「おめでとう。そして……お気の毒に。君は、選ばれた人間だ。さぁ。世界の為に、人々の為に、私の為に。そして何より、君自身の為に。人生をもう一度、やり直そうじゃないか。出逢うべき人に、逢いにいこうじゃないか」
 男は、つらつらと芝居がかったような口調で語る。
 ……この口調、この声は、どこかで聞いたことがある気がする…………。
 亮はそう思考したが、それがいつ、どこでだったのか、思い出すことはできなかった。
 “自分”が呆然としている間に、どこからか女性の声が聞こえてきた。その声は、少し呆れたような口調で言う。
「……樋詰総長。いきなりそんなことを仰っては、藍沢様が困惑なさいます。きちんと、自己紹介からなさって下さい」
 とても丁寧な口調で言ったその人は、肩に付くくらいの長さのグレーの髪に、白の眼をしていた。かなり珍しい容姿である。特に眼鏡の奥の白い眼は、不思議な輝きを湛えていた。
「ふふ、そうだね。10回目ともなると、自己紹介をするのも煩わしくてね……」
 少し困ったような顔で言ったのは、樋詰総長と呼ばれたその男。くるくると表情が変わるが、そのどれもはわざとらしく、意図的につくっているようだった。
「……何故、俺の名前を知っている。10回目とはどういうことだ」
 また、“自分”が問う。そんな彼に対し、そいつはわずかな微笑を浮かべた。
「それはいずれ、君にも分かる。まずは、自己紹介をさせてくれるかな?」
 “自分”は黙り込み、ただ訝しそうな表情をそいつに向けた。彼の答えを待たず、そいつは勝手に喋りだす。
「……初めまして、藍沢亮君。私は樋詰(ひづめ)愁耶(しゅうや)。“(あか)綴閃(てっせん)”の総長をしている。そしてこっちは……」
「樋詰総長の秘書をしております、柚木(ゆき)虹翔(にじか)です」
「私の右腕的存在だよ」
 にこにこしている愁耶に対し、虹翔はきりりとした表情をしていた。もともと真面目な人なのだろう。
「紅の……綴閃?」
 先程の自己紹介で、ただひとつ分からなかった言葉を“自分”は口にする。
「私たちが作り上げた組織の名前だよ。由来は、私の髪と眼が紅いから。まぁ、紅の綴閃について説明する前に、君がここに連れて来られた理由を教えてあげるべきだね」
 そこで愁耶は、一度言葉を切った。そしてまた、笑顔を作る。
「さっき言った通り、君は選ばれた人間だよ。今年……つまり西暦3249年に、20歳になった人間の中から10人だけ、こちらで選ばせてもらった。君は、その中のひとりだ。そして、私がこの説明をするのは、君で10回目。つまり、残りの9人には、すでに説明済みなんだよ」
 愁耶の言葉に、亮は疑問を抱く。
 この夢は、3249年の時の、俺の記憶……? でも、そんなはずが……。
 そう、矛盾しているのだ。3249年といえば、亮が生まれた年である。しかし今、亮の目の前に広がる光景は、20歳の“自分”と謎の男の会話。まぁ、“自分”の容姿からして、矛盾だらけなのだが。
 そしてビデオは、流れ続ける。“自分”は、また疑問を口にした。
「選ばれた……? この、俺が?」
「そう、君は選ばれた。これは喜ぶべきことであり、悲しむべきことだ。……そして君には、全てを捨ててもらうよ。出逢うべき人に、出逢う為に、ね……」
 愁耶は、目を閉じた。そして、ゆっくりと語り始める。
 まるでそれは、流れる音楽のように。旋律は、奏でられる。完成された音楽に無駄などひとつもないように、その語りは耳に心地いいほどだった。




 出逢うべき2人が、出逢わなかった為に、世界が壊れかけているんだ。

 出逢わなければならないと定められたのは、5ペア……つまり10人だね。

 君は、相手を信じ、人生をもう一度やり直すことができるかい?

 全ての記憶、今までを捨て、世界を救う為に戦ってくれるかい?


       Yes or  No.


 君に用意された選択肢は、ふたつだけだよ。

 そして、君に与えられた時間は、80年だ。

 人間の寿命としては、これが妥当だからね。

 でも……。タイムミリットは、30年。

 そして、君が足掻くことができるのは、たったの15年間だけ。

 ……何故かって? 理由は簡単だよ。

 まず、世界が崩壊するまで、あと30年しかない。

 もう、奴らは動き出しているからね。

 これはもう、どうしようもない事実。

 そのどうしようもない事実を、君が……否、君を含める10人が、覆すんだ。

 君が出逢うべき人と出逢うのは、君が人生をやり直し始めて、15年経ったとき。

 つまり、15歳で出逢うんだよ。

 この時点で、崩壊までの時間が残り15年間ということになる。

 ただこれは、相手も“Yes”を選んでくれた場合だけどね……。

 例えば君が“Yes”を選び、人生をやり直したとする。

 だけど相手は、“No”を選んだ……。

 そうなると、君は出逢おうにも、出逢えない。

 だって出逢うべき相手が、いなくなってしまうのだから。

 つまり、全てが無駄に終わるわけだ。

 2人ともが“Yes”を選んで初めて、君は参戦することができる。

 ……私は、“全ての記憶は消される”と言ったね。

 だけど、出逢った瞬間、ここに来なければならないことは思い出すよ。

 そして、その他の記憶も、少しずつ戻ってくる。

 だから一度失っても、記憶は取り戻せる。

 容姿は変わってしまうし、家族も失うことになるけどね。

 君が0歳からやり直すなんて、説明するわけにもいかない。

 そして、代わりの親など用意することもできない。

 まぁ、全くの別人に生まれ変わると思ってくれればいい。

 ……そして、最後にひとつ。

 君は今、20歳だね?

 君に与えられた時間は80年だ。

 だけど……人生をやり直した場合、君がすでに生きた20年は差し引かれる。

 つまり、生まれ変わった君の余命は60年。

 まぁ、世界が救えたらの話だけどね。

 救えなかったら、30年で終わってしまうのだから。
  
 ……さぁ、君は、どっちを選ぶ?


       Yes  or  No.


8 :小豆 :2007/09/11(火) 19:19:23 ID:ncPikAsD

 奏でられた旋律は終わりを告げ、辺りには沈黙の闇が降りる。
 愁耶は目を開き、まっすぐに“自分”を見据えた。その、恐ろしいまでに紅い眼が、“自分”に突き刺さる。“自分”は思わず後ずさりしてしまいそうだったが、それでも気丈に振舞った。
「……“Yes”と答える奴なんて、いるわけ無いだろ」
 当然といえば、当然の答え。そう、一体誰が自分の今までを捨ててまで、その、“出逢うべき人”に出逢いにいくというのだろうか。そして、世界の為に戦うというのだろうか。
 だが愁耶は、この答えを予想していたのだろう。特に慌てもせず、それどころか不敵な笑みを浮かべた。
「それが、君は“Yes”と答えなければならないんだよ」
 ふふっと、嫌な笑い声をあげる。“自分”はそんな彼を強く睨みつけた。
「……何故だ」
 その問いに、虹翔は目をわずかに伏せ、そして愁耶は笑うのをやめた。いつも、意図的につくられた表情が貼り付けられるその顔には、何の色も浮かばず。ただ、無表情に、冷酷に。
「……君には、大切な人がいるはずだ。確か……ふたつ年下の彼女が」
「ッ!」
 “自分”は一瞬驚いたような表情を浮かべ、そしてそれはすぐに嫌悪の表情に変わる。先程以上の迫力で、愁耶を睨みつけた。
「あいつには……手を出すな」
 恐ろしいほどの低音。だが愁耶は、まったく恐れることなどなく、また、笑顔を作った。
「まさか。私たちはそんなえげつないことはしないよ。……ただ、このまま放っておけば、あと30年で世界は滅ぶ。つまり、30年後にみんな死んでしまうんだ。君も、君の彼女も、例外ではない。君は、それでもいいのかい?」
 “自分”はうつむき、下唇をかみ締めた。
 あいつを、死なせたくない。
 ただ、それだけを思って。
 突然、彼はふっと、笑った。顔をあげ、そして。
「…………世界のことなんてどうでもいいが、あいつを死なせるわけにはいかない。いいだろう、戦ってやるよ。出逢う為の旅とやらに、旅立ってやるよ! 答えは“Yes”だ!!」
 そう、言った。愁耶は満足そうな笑みを浮かべる。
「ありがとう」
 亮は何故だか、その笑顔だけは、作り物ではなく本物のような気がした。
 そして今度は、穏やかな笑みに変わる。
「亮君……。君の、名前だけはもっていきなさい。君を巻き込んだ、せめてもの償いとして。名前だけは、残してあげるから」
 それと、もうひとつだけ……残してあげるよ。
 その言葉は、口には出さず、心の中だけで呟いた。
「ああ……。ありがたくもっていくよ」
 と、視界がわずかに歪みだした。どうやら、夢の……いや、ビデオの終わりらしい。
「……最後にひとつ、教えてあげるよ。君と出逢う、その人の名は――――」
 視界が渦巻き、そこで映像は途絶えた。



 亮はガバッと、飛び起きる。嫌な汗をかいていた。
「……ゆ、き…………」
 ただ、呆然として彼は呟く。自分の本来の目的を思い出した、彼は呟く。
 寝ている時でさえ首にかけているあの指輪を、服の上から硬く握り締めた。
 少し淀んでいたその眼は、まっすぐな光を湛え。まるで、別人のようだった。強い眼差しをもつ彼は、夢の中の“亮”だった。
「亮……」
 2段ベットの上の段から、慈穏がひょっこり顔を覗かせた。彼も大量の汗をかいている。さらさらの白い髪が、額に張り付いていた。どうやら、“あの夢”を見たらしい。
 何も言葉は交わさず、2人は無言で頷き合う。時計を見ると、時刻は午前零時を廻っていた。
 世界は寝静まり、まるで生き物など存在しないかのようだった。
 その静寂の中、2人は孤児院を抜け出した。そう、“あの場所”に、もう一度行く為に。


9 :小豆 :2007/09/29(土) 20:19:38 ID:xmoJm4QJ


 少しだけの荷物を持ち、亮と慈穏は孤児院の玄関までたどり着いた。先生や他の子供たちにバレないよう、細心の注意を払わなければならなかった為、時間がかかってしまった。
「とりあえず、バレずに抜け出せましたけど……これからどうしますか?」
 慈穏が困惑の表情を浮かべて言う。
 “あの場所”、つまり紅の綴閃への行き方を、ふたりは知らない。15年前、彼らが20歳だった時、紅の綴閃へは半ば誘拐といった形で連れて来られた。そしてそのまま、人生をやり直したのである。一度もその道中を目にしていないのだ。分かるはずもない。……だが。
「……心配はいらない。どうやら、奴は俺らの動向を把握しているらしい」
 亮はふっと笑うと、あごで道の向こう側をしゃくった。慈穏はその方向を見遣る。黒塗りの外車が一台、停まっていた。そばには、黒いスーツを着た男がひとり。
 彼は、こちらにゆっくりと近づいてきた。慈穏は思わず、亮の後ろに隠れる。それに対し亮は、平然としていた。
 その男はふたりの間近まで来ると、丁寧にお辞儀をした。そして。
「…………藍沢亮様に、一善慈穏様ですね? 私は紅の綴閃の遣いの者です。……お迎えに上がりました」
 静かな口調で、そう言ったのだ。亮と慈穏は、一瞬だけ目を合わせる。そしてまた、無言のまま頷いた。
 ふたりはその車に乗り込んだ。全く、ためらうことなく。
 そして車は、深夜の闇の中を、走り去っていった。









 ……最後にひとつ、教えてあげるよ。君と出逢う、その人の名は、一善慈穏。


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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