Cross Story


1 :小豆 :2007/03/11(日) 22:59:53 ID:PmQHuDse


生きる意味を見失った、愚かな若者達がいる。

その為に、不毛な戦いに巻き込まれた、哀れな若者達がいる。





「……何これ? なんで、私の顔に……」


「俺は、生きようと思う。たくさんの、出逢いがあるはずだから……」


「……一度は、諦めてしもうた。せやからもう、逃げたくないんや」


「あたしは……もうあんな事はしないよ。だって、生きてもいいかなって、今なら思えるから」


「生きる気? そんなの、僕にはさらさらないよ」


「死ぬのか。生きるのか。まだ決められない私はきっと、みんなの中で1番愚か者ね」





さぁ、始めようか。

死へと急ぐ、愚かな若者達の物語を。

もう1人の自分との、殺し合いを。

本物と偽物。

最後に生き残るのは、どっちかな?


2 :小豆 :2007/03/14(水) 13:16:24 ID:xmoJQiPH



 あの声が聞こえてきた、あの日から。

 忌まわしきあの印を押された、あの時から。

 生きる意味を見失った、あの瞬間から。

 私の生きる世界は、歪み始めた。





――――――――――――――――――――――――――――――第1話「契り、そして刻印」




 騒がしい教室。HR開始を告げるチャイム。さっさと座れと怒鳴る教師。
 今日も、ありきたりでつまらない、一日が始まった。
「出席をとるぞー」
 担任の数学教師が、騒いでいる生徒達よりも大きな声で言った。それでも、騒ぐことを止めないクラスメイト達。それを、冷めた目で眺める1人の女生徒。肩より少し長いストレートの黒髪に、少し淀んだ黒い瞳。
 (……くだらない)
 家と学校を往復して、気が付けば一日が終わってゆく日々。
 最近、自分がよくわからない。なんで、こうも変化のない毎日を、淡々と生きているのだろう。
 もう、何もかもがどうでもよくなってしまった。……あいつが、死んでから。
「和泉聖羅ー」
「……はい」
 こんな、生きてるのか死んでるのか、わからないような人間にも、ちゃんと名前はある。そんなことを考えて、思わず自嘲を浮かべてしまった。
 和泉(いずみ)聖羅(せいら)。それが、私の名前。それだけが唯一、私が生きている証のような気がする。
 最近よく、“聖羅、変わったね”と言われる。当たり前だ。大切な人を喪って、変わらない人の方がおかしいと思う。
 (なんかもう、死んじゃっても良いかも……)
 思わず、こんな考えが浮かぶ。その瞬間。
 ――――死にたいの?
「…………え?」
 “誰?”なんて疑問をもったのは、最初の一瞬だけで。すぐに、何も違和感など感じなくなった。気が付くと、辺りは闇だった。さっきまでいた、HR中の教室ではない。ただの、暗闇。
 ――――それとも、死ねないの?
 また、聞こえてきた。その声も、この空間も、何故だか懐かしく感じる。恐れなど、全くなく。聖羅はその声の主に、応えていた。
「……そうかもしれない」
 なんとなくだけれど、その声の主は“にやり”と笑った気がした。そして、少しだけ楽しそうに言った。
 ――――だったら私が、殺してあげる。
 その言葉は、ゆっくりと、頭の芯に染み渡っていった。普通なら、“嫌だ”と否定するのだろう。だけど聖羅は、何かの麻薬に犯されてしまったかのように。全てが、麻痺してしまっていた。思ったことと、別の言葉を口走る。あるいはそれが、聖羅の本心なのかも知れない。まともな人間の、当たり前の回答ではなく。聖羅の奥底に潜む、黒い自分の本音。
「…………いいよ。そうしてくれも。何故生きるのか、なんて。私には分からないから」
 (私は今、何を言った……?)
 自分が分からなくなる感覚に、聖羅は襲われる。
 (私は、死ぬことを、殺されることを望んでいる?)
 ――――ふふっ。…………あはははは!
「……何がおかしいの?」
 突然笑い出したその声に、聖羅は不機嫌に聞いた。
 ――――何が、だって? それはね……。あなたがあまりにも、愚かだから。…………契約成立。
 (契約……?)
 疑問しか浮かんでこない。一体、何だというのだろう。
「……和泉。おい、和泉!」
 突然、名前を呼ばれた。周りを見渡すと、そこは教室。いつの間にか、1時間目が始まっていたようだ。すぐ近くに、担任の先生が立っている。
「あ……はい」
 まだあまりはっきりとしない意識の中、聖羅はとりあえず返事をする。
「ぼうっとするな! 今は授業中だぞ。ほら、次の問題解いて」
 叱られてしまった。その上、黒板に書かれている数学の問題を解かされる羽目に。聖羅は、黒板まで行く為に立ち上がる。しかし。
「痛っ!!」
 すさまじい頭痛が、聖羅を襲った。なんだか足下もおぼつかない。クラクラする。吐き気もしてきた。頭痛は治まるどころか、どんどん酷くなっていく。
「ん? どうした、和泉」
 担任が顔を覗き込んできた。
 意識が保てたのは、そこまでだった。聖羅はそのまま、教室の床に倒れてしまったのだった。


3 :小豆 :2007/03/15(木) 20:14:00 ID:xmoJQiPH

 次に気がついたとき、聖羅が最初に見たのは、保健室の天井だった。
「あら? 起きたのね」
 保健室の先生が、聖羅の顔を覗き込む。眼鏡の奥の瞳が、優しげな光を湛えていた。
「……あの、私は一体?」
 聖羅は起きあがりながら、保険医に問う。記憶が曖昧で、よく覚えていない。変な声が聞こえてきて、暗闇にいたことは、なんとなくだが覚えている。
「覚えてないの? あなた、授業中に倒れたのよ」
「……あぁ」
 思い出した。暗闇が消え、その後立ち上がったら頭痛がしたのだった。
 ふと、あることに聖羅は気づいた。左の頬に、湿布が貼ってある。聖羅が不思議そうに湿布に触れていると、保険医はベッドの横にある椅子に座りながら説明してくれた。
「あ、それね。赤く腫れていたから……。倒れたときに机にでもぶつけたんじゃないかしら?」
 聖羅は軽く左の頬を押してみる。ぶつけたのなら、押せば痛むはずだ。しかし、全く痛みは感じなかった。
「…………?」
 何かがおかしい。しかし、考えてもわかるはずはなかった。
「……もう大丈夫そうね。顔色も良いし。あなた、運ばれてきたとき真っ青な顔してたわよ。ちゃんと睡眠時間とってる?」
「ええ、まぁ……」
 曖昧な返事をする。実は昨夜は、2時くらいまで眠れなかったのだ。
「若いうちはちゃんと寝なくちゃ駄目よ」
 見抜かれてしまったようだ。この先生は、何かと鋭かったりする。仕方なく、聖羅は頷く。
「……あの、今何時ですか? 私はどれくらい寝て……」
「もう学校終わったわよ。本当によく寝ていたわね。……1人で帰れるかしら?」
「あ、はい。大丈夫です……」
 そんなに長時間寝ていた自分が、少しだけ情けなく思えた。乱れた制服と髪を直し、聖羅は立ち上がった。まだ少しふらつきはするが、歩いて帰ることくらいはできるだろう。
「……お世話になりました」
 引き戸の前で振り返り、軽くお辞儀する。
「いえいえ。また何かあったらいらっしゃい」
 先生は笑顔を見せた。


4 :小豆 :2007/03/18(日) 09:06:30 ID:ncPikAs7

 帰り道。聖羅は1人で帰路を急ぎながら、考え事をする。
 (あれは……あの声は、あの暗闇は、何だったのかな……?)
 不意に、左の頬が疼いた。そっと触ってみるが、やはり打撲独特の痛みは返ってこない。
「はぁ……」
 思わず溜息が漏れる。
 突然、背後に誰かが立つ気配がした。そのすぐ後には、背中に何か細い物を当てられる。
 (さっきまで誰もいなかったはずなのに……)
 思いながら、聖羅は振り向こうとする。しかし。
「ストップ。動かないで。こっち向いたら、殺すからね」
 息が止まりそうになる。背後に立った人物の台詞にも驚いたが、それ以上に……。その声が、暗闇の中で聞いた、あの声そっくりだったことに聖羅は驚愕した。
「……誰? どうして私を……?」
 相手を刺激しないよう、注意を払いながら聖羅は聞く。背中に当てられている物が何かは分からないが、自分の身が危険なことだけはわかった。背後の人物は、その問いに対して笑う。
「ふふっ。どうして? そんなの決まってるよね。……契約したから」
 “契約”。その言葉を聞き、聖羅は確信した。
 (あいつだ……。あの声の人だ)
 たったひとつがわかっただけで、疑問は増えてゆくばかり。
「……契約って何? 一体、何が目的なの?」
「あれ? もう忘れちゃったの? 私が“殺してあげる”って言ったら、あなたは“いいよ”って言ったじゃない。……契りを交わしたじゃない。だからこうして、殺しに来たの」
 すらすらと、何でもないことのようにしてそいつは言った。
 聖羅は、自分の血の気が引いていくのを感じた。
「あぁ……。それから目的ね? 何故私がこんなことをするのか。それは、いずれわかる。まぁ、それが分かる頃には……。あなたは死んでいるでしょうけどね」
 そいつは、楽しそうに笑う。嫌な笑い方だ。
 聖羅はいよいよ、恐ろしさに震えてきた。しかしふと、考える。
 (……殺される。それも、いいのかも知れない。死ねば、あいつに逢えるかも知れないし……)
 危険な考えだと、おかしな考えだと、わかっている。だが、聖羅はやはり、歪んでいた。
「お話はもういい? 最後だし、訊きたいことがあったら答えてあげるよ?」
 優しいフリをしている。そんなことは、聖羅にでも分かることだった。
 (こいつ、偽善者だ……)
 そう思った後、聖羅は首を横に振ろうとした。訊きたいことなどない、と。だが、ある疑問が浮かぶ。
 (これだけは、訊いておくべきかも知れない……)
 意を決し、聖羅はそいつに問うた。
「私が、死んだら……」
 言いかけて、聖羅は口をつぐんだ。目を閉じ、深呼吸する。目をゆっくりと開き、言い直した。
「……私が殺されたら、死んでしまった人に逢えるの?」
 そいつは、背後で少し身を引いた。意外な質問だったのだろうか。そんなことは、聖羅にわかるはずもなく。ただ、質問に対する答えを待った。
「……知らない。運がよければ、逢えるんじゃないの?」
「そう……」
 (あいつに逢えるなら、死んでも良かったんだけど……。運次第……か)
 落胆、諦め、希望、期待……。色んな感情が入り交じる。
「もういい? 早く終わらせたいんだけど」
 そいつは聖羅を急かすように言った。聖羅は、静かに頷く。
 (もう、どうでもいい。きっと、生きる意味がわからない私だから、こんな奴に殺されるんだ)
 覚悟にも似た、諦め。
 聖羅はゆっくりと、目を閉じた。
 背中に当てられた物が、左上に動いていく。そして、心臓の上で、ピタリと止まった。
「ふふ……。さようなら、和泉聖羅さん……」
 ドンッ!
 地を振るわすような、そんな音がした。しかし、何も衝撃など伝わってこなかった。その上、背後の気配も消えている。
 (…………何?)
 聖羅は目を開けた。緩慢な動作で、辺りを見回す。
 最初に視界に入ってきたのは、聖羅から見て右の方向、20メートルほど離れた場所に立つ、1人の青年だった。彼は、何か黒い物を持ち、それをこちらに向けて構えていた。映画なんかで見たことのあるそれは。
 (拳銃……?)
 聖羅には、そう見えた。
「和泉聖羅! 伏せろ!!」
 その青年は、こちらに向けて叫ぶ。咄嗟に、聖羅は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 もう一度、あの衝撃音が聞こえてくる。そのすぐ後に。
「……ちっ。逃げたか……」
 その青年の声が聞こえてきた。聖羅の視界の中、彼は先ほどまで持っていた黒い物を懐にしまいながら、こちらに歩いて来る。
 何故だかとても、嫌な感じがした。
 (一体、何だっていうの……)
 殺されそうになった時よりも大きな恐怖が、聖羅を襲う。
 青年は聖羅のすぐ近くまで来ると、手を差し出してきた。
「立てるか?」
 笑顔で訊いてくる。少し迷った後、聖羅はその手を取った。引き上げてもらい、立ち上がる。落としてしまった鞄を拾い上げ、制服についたほこりを払う。
 そして、青年をまっすぐに見据えた。彼も、こちらを見ている。
「……あなたは誰? どうして私の名前を知っているの?」
 とりあえず、疑問をぶつけてみる。
「あぁ、悪い。突然で驚いたよな……。俺は桜庭(さくらば)志留人(しると)。お前を迎えに来た」
 志留人は、そう言って笑った。聖羅と同じ黒い瞳に、短い黒髪。前髪は、ちょっと長めだ。
「……私を?」
「そう。とりあえず一緒に来てくれるかな? 今日起こった様々な不思議な現象も、俺と一緒に来てくれれば説明する」
 (……この人は、何か知っている。私に起こった、不思議なことの数々について……)
 聖羅は疑いの眼差しを向けつつも、今はこの人に頼るしかないと感じていた。しかし、のこのこ着いて行ったとして、何をされるかなど分かったものではない。
 (どうしよう……)
 と、ここで聖羅はあることに気が付き、苦笑を漏らした。今自分は、身の危険を案じ、この人に着いて行くかどうか迷っている。馬鹿だな。と思った。
 (……この人に着いて行って、もし殺されても、どうせ一度捨てた命だし、構わないか)
 自分はもう、正常な感覚を失ってしまったようだ。そう思いながらも、聖羅は頷いた。
「……わかった」
 短く応える。その返事に、志留人は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、案内しようか。……本部へと」


5 :小豆 :2007/03/20(火) 20:25:40 ID:ncPikAs7

 3階建ての、どこにでもあるような普通のビル。その3階の一室に、3人の人影があった。
 そのうちのひとつ、ボーイッシュな感じの女の子が、ソファーに座り、足をばたつかせて言った。
「ねぇ〜。あたしも新人さんのトコ行きたい〜!」
 それに応えるのは、大人っぽい女性。否、まだ女の子と言うべき年齢だろう。彼女は、たしなめるような口調で言った。
「駄目よ。恩さんにも行っちゃ駄目って、言われたんでしょう? 志留人に任せとけば大丈夫よ」
「なんで志留人だけなの〜? あたしも新人さん見たいもん!」
 更にだだをこねる彼女に釘を差したのは、もうひとつの人影、こちらは少年だ。
「……お前が行くと話がややこしゅうなるわ」
「酷い〜!」
「はいはい。もう少しで帰ってくるはずだから、おとなしく待ってましょうね」
 と、そこで部屋に誰か入ってきた。その人物は、部屋の一番奥にある机に向かいつつ、笑みを含んだ口調で言った。
「なんだ? 千遼はまたワガママ言ってんのか?」
「だってぇ……」
 急にしゅんとなる女の子。
「……それより、来たみたいだぞ」
 部屋に入ってきた人物は、にやりと笑う。他の3人は表情が鋭くなった。


6 :小豆 :2007/03/26(月) 09:55:17 ID:PmQHsHuF

「ここ……?」
 聖羅が志留人に連れられてやって来たのは、ただのビルだった。3階建てのそれを、聖羅は見上げる。時刻は7時を廻っていた。
「ま、いいからついて来いよ」
 志留人に言われ、聖羅は彼の後をてくてくと歩いて行く。正面の扉から入り、奥の階段へとまっすぐ歩いていく。
 階段は薄暗く、ちょっと不気味だ。そこを、慣れた様子で志留人は上がっていく。聖羅も後に続いた。
 そして、あっという間に3階に着く。3階には、部屋はひとつしかなかった。その扉の前に立ち、志留人は一度聖羅の方へ振り向いた。しかし何も言わず、また前を向く。
 コンコン。
 志留人が扉をノックし、返事が返ってくる前に部屋に入った。聖羅は戸惑いつつも、志留人に手招きされ、入室。
 それなりに広い部屋だった。一番奥に机があり、そこに一人の女性が座っていた。その手前に、ソファーとテーブルがある。ソファーには一人の女の子が座り、その周りに2人が立っていた。
 いずれも、若い人ばかりだ。
「何? ここ……」
 聖羅は、とりあえず疑問を口にする。
「……おい、志留人。もしかして何も説明してないのか?」
 机に座る女性が、その容姿とは不釣り合いな男らしい口調で言った。
「恩さんに任せようと思って」
「……はぁ。相変わらず、お前は嫌な性格してるな」
「はは。それはどうも……」
 志留人は、曖昧な笑みを浮かべた。
 その女性、恩は、聖羅を睨み付けるようにして見る。聖羅は、わずかに身を引いた。そして恩は、不意に笑顔を見せる。笑うととても美人だ。
「……ようこそ。我らがチャーチへ」
 よく通る声で、恩は言った。
「チャーチ……って、教会?」
「そう。教会は英語でチャーチ。故に、ここを教会と呼ぶ人間もいる。……そして私は、チャーチの纏め役をしている、湊谷(みなとや)(めぐみ)だ」
 恩は、何かを説明するような口調で言った。彼女は、綺麗な茶色の目を、楽しそうに細めた。ポニーテールにされている長い黒髪が、彼女の動きにあわせて揺れる。恩が着ているのは女物のスーツだが、だらしなく着崩されていた。
「あの……恩さん? 私は何故、ここに連れてこられたのでしょうか?」
 なんとなく敬語になる聖羅。その問いに、恩は少しだけめんどくさそうに答えた。
「だからある程度説明しといて欲しかったんだよ……。和泉聖羅。お前は今日、セイントとなった」
「セイント……? って、今度は聖者?」
 聖羅はもう、何がなんだかわからないといった感じだ。それに対し、恩は丁寧に説明してくれる。
「その通り。お前、英語得意なのか? セイント、直訳すると聖人だな」
「あの……私仏教なんですけど?」
 聖人やら教会やら。まるでキリスト教だ。一体自分に、何の関係があるというのだろう。
「宗教とかどうでもいいんだよ。……百聞は一見に如かず。お前ら、自己紹介がてら見せてやれ」
 恩がそう言うと、他の4人は頷いた。
「はいは〜い! じゃ、まずはあたしから!」
 そう言って立ち上がったのは、千遼と呼ばれたボーイッシュな女の子。明らかに男物のタンクトップと、その上からシャツを羽織るという軽装。
 千遼は、突然シャツを脱ぐと、左の二の腕を聖羅に見せた。そこには。
「……タトゥー?」
 漆黒の、十字架がそこにはあった。
「あたしの名前は鳥羽(とば)千遼(ちはる)! 15歳の、高校1年生だよ。よろしくね!!」
 千遼は、肩にギリギリかかるくらいの茶髪を揺らし、笑顔を見せた。黒色の瞳が細められる。
 次に、志留人が右手の甲を見せてきた。そこにも、十字架がある。しかしそれは、千遼のそれとは違い、深紅だった。
「さっき自己紹介したとおり、俺は桜庭志留人。18歳、高3」
 少し素っ気なく言う。彼は、どこかの高校の制服を着ていた。
 そして、すっと、静かな動作で前に出てきたのは、大人っぽい女の子。肩下10pはあろう綺麗な黒髪を、右手で掻き上げた。普段はその髪で隠れている右側の鎖骨があらわになる。そこに、深紅の十字架があった。綺麗な黒目はこちらを優しく見据えている。
「私は、鳴海(なるみ)歌音(かのん)。志留人と同じ18歳。大学1年生よ。よろしくね、聖羅」
「……ほな、俺も」
 そう言いながら、1番年下であろう男の子が、まるで左眼を隠すようにして巻いていた包帯を解いた。短い黒髪が、包帯が巻かれていた部分だけ、押さえつけられたようになっている。
 そして、左眼を見せた。その瞳、右目と同じ黒目であるはずのそれには、漆黒の十字架が。
皐野(こうの)(かい)。14歳の中2や。よろしゅうに」
 そしてまた、包帯を慣れた手つきで巻き直す。彼も、制服だった。
「ほら、聖羅。お前も自己紹介しろ」
 恩に言われ、聖羅は慌てた様子で言った。
「和泉聖羅。16歳の高校2年生。よろしく。……あの、なんでみんな同じタトゥーを?」
「これは、タトゥーなんかじゃねぇ。……刻印だ」
「……刻印?」
 恩は、深く頷く。
「お前にもあるはずだ。たぶん、その左頬じゃねぇか? そこに鏡がある、見てみな」
「え……? 私にも?」
 聖羅は恩が指さした方向、自分の左側を見る。確かに、大きな姿見があった。そこに映るのは、左の頬に湿布を貼り、見慣れた制服を着た自分の姿。ゆっくり、彼女は鏡に近づく。
 そして、左頬に貼られた湿布を一気にはがした。そこにあるのは、みんなと同じ形の、漆黒の十字架。昨日まで、いや、今日の朝まではなかった物だ。
「……何これ? なんで、私の顔に……」
 聖羅はただ、呆然とする。その疑問に応えたのは、恩だった。
「それはクロス。直訳して十字架だから、ま、そのまんまだな。その刻印は、本物である証。又は、偽物と区別する為の物と言った方がわかりやすいか……」
「偽物……?」
 鏡から目を離し、恩を振り返る。
「今日、お前も遭遇しただろ? お前を殺そうとした人物。アレが偽物だ。お前は見てなかったからわからなかっただろうが、偽物の容姿は、本物とほぼ同じだ。ただひとつの違いは、そのクロス」
「……クロス」
 言いながら、聖羅は左手のひとさし指で自らのクロスをなぞった。
「ここにいる、クロスを持つ者達。すなわち、セイントと呼ばれる者達は、闇の中で、偽物の声の誘惑に負け、契りを交わした者達だ。偽物は本物を殺し、本物に成ることを目的としている。そして、偽物を自らの手で殺さない限り、そのクロスが消えることはない。言うなれば、呪いの刻印だ」
「なんで……。なんで、私がそんな呪いを受けるの?」
 聖羅は、信じられないという思いを込め、言った。そんな彼女に対し恩は、極めて冷徹に、言い放つ。
「……お前が、生きる意味を見失ったからだ。偽物に付け入られるのは、生きる意味、理由を見失った若者達だけだ。……かつては私も、そうだった。だが、私は偽物に勝利し、今はクロスが消えている。ここにいる4人と、それからもう1人。今はいないが、近いうちに紹介する。そして、お前。この6人が、現存するセイント達だ。理由は様々だが、皆同様に生きる意味を見失った、愚かな若者達だ。……ようこそ、チャーチへ。私達と共に、生きる意味を探そうじゃないか」
 一気に喋った後、恩は笑顔を見せた。何故だか、逆らうことのできない、そんな笑みを。
 聖羅は、深く頷いた。
 (探してみるのも、いいかも知れない。もしかしたら、あいつ以外の、新たな生きる意味を見付けられるかも知れない……)
 淡くて、脆くて、幼い期待だった。だが今は、それを、このチャーチを、信じることしかできなかった。
「……私は、もう一度探します。見付けられるかどうかなんて、分からないけれど。……よろしくお願いします」
 そして聖羅は、深く一礼をしたのだった。
 それはきっと、この刻印と共に、生きる意味を探してゆくことを決意した瞬間だった。


7 :小豆 :2007/04/02(月) 00:29:55 ID:ommLQAmc

 気が付くと、もう朝だった。聖羅は起きあがり、ベットの上で伸びをした。すぐ横にあるカーテンを開けると、眩しい朝日が差し込んできた。その光に目を細めながら、聖羅は立ち上がった。とりあえず顔を洗う為に洗面所へ。そこで、洗面台の上にはめ込まれている鏡を覗き込んでみた。
「……やっぱ、消えてない」
 自分の左頬には、昨日と同じ、漆黒のクロスがあった。昨日のことを、聖羅は思い出す。そして、帰る直前に恩に言われたことを思い出した。
 “明日の土曜日、チャーチの残りのメンバーを紹介するから、午前中にここに来い”
 聖羅は時計を見る。午前8時を廻ったばかりだった。昨日はなかなか眠れなかったので、いつもより起きる時間が遅い。着替えたらすぐに出発しようと決め、聖羅は顔を洗う。
 (それにしても……)
 聖羅はここまで思い、続きは口にした。
「どうやって、この十字架隠そう……?」
 歌音みたいに、髪の毛で隠すわけにもいかないし、千遼のように、服で隠すわけにもいかない。塊を見習って、包帯で隠すのが1番自然だろうが、なにせ頬である。ここを包帯で隠そうとしたら、顔のほとんどが包帯で隠れてしまうだろう。
「なんでこんな隠しづらい場所に……」
 聖羅は思わず、溜息が出てしまうのだった。


8 :小豆 :2007/04/08(日) 00:05:52 ID:PmQHsHuF

「あら、おはよう、聖羅。今日は遅かったのね」
「……おはよう」
 階段を下りる途中で、母とすれ違った。そのまま通り過ぎようとしたが、母に呼び止められる。
「聖羅。ほっぺ、まだ腫れてるの?」
 自分の左頬を指さし、首を傾げて聞いてくる母。仕草が可愛い。
「うん……まぁね」
「もう、ドジっ子なんだから……。気をつけなくちゃ駄目よ。女の子が顔に傷なんてできたら……」
 そう言いながら、母は2階へと上がっていってしまった。結局、昨日と同じように湿布を貼ってクロスを隠すことにした聖羅。確かにこれが1番怪しまれない方法だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。そのうち、解決策を考えなければ……。
 そう思考しつつ、聖羅は一階に下りると、キッチンへと向かう。
 テーブルには、すでに朝食が用意されていた。それを一瞥し、しかし、なんとなく食べる気がしなかった。最近、極端に食が細くなっているような気がする。
 聖羅はテーブルの横を通り過ぎると、冷蔵庫に手を掛けた。牛乳を取り出し、コップに注ぐと、一気にそれを飲み干す。
「母さん、ちょっと出掛けてくるから」
 階段の前で立ち止まり、2階の母に向かって声を掛ける。すぐに大きな声が返ってきた。
「気をつけて行ってくるのよ〜。お昼には帰ってくる?」
「わかんない。電話する」
 それだけ言うと、聖羅はさっさと出て行ってしまった。扉が閉まる直前、母が大きな声で呼びかける。
「行ってらっしゃい!」
 その後、聖羅の母は一階に下り、キッチンへと直行。全く手のつけられていない朝食を見て、悲しそうに溜息をついた。
「あの子……。いつまで、あの人の死を引きずるつもりなのかしら……」
 困ったように呟き、我が子の為に用意した朝食を片づけるのであった。


9 :小豆 :2007/04/21(土) 00:14:08 ID:PmQHuDse

 聖羅は昨日と同じように、3階建てのどこにでもあるようなビルを見上げた。おそらくこの先、自分が深く関わることになる、チャーチという組織。このビルは、その本部。
「……私、どうなっちゃうんだろ?」
 あまり独り言など言わない聖羅だが、今はあえて言葉にした。
 一度深呼吸する。午前中のすがすがしい空気が、肺を満たした。
 そして聖羅は、正面の玄関から入っていく。昨日志留人の後をついて昇った階段を、今日は一人で一段一段踏みしめて行く。
 あっという間に3階だ。ひとつしかない扉の前に立ち。聖羅は目を閉じる。
 (ここから……。新しい生きる意味を探す日々が、始まる気がする……)
 コンコン。
「どうぞー」
 千遼らしき声が聞こえてきた。聖羅は扉を開け、中に入る。
 昨日はいなかった人が、3人いた。1人は中学生か小学生くらいの男の子。1人は恩と同じくらいの年齢の男性。もう1人は、中老の男性だ。
「よぉ、聖羅。もうみんな来てるぞ。とりあえず残りの3人を紹介するからな」
 相変わらず男らしい口調で、恩が言った。そして、3人にあごで合図する。まず最初に、男の子が長い前髪を掻き上げ、右側の額を見せてきた。ちょうど右目の上らへんに、深紅のクロスがある。黒色の瞳を、いたずらっぽい色に染め、彼は言った。
「僕が、最後のセイント、真柴(ましば)静思(せいし)だよっ! 12歳の中学一年生で、みんなの中で1番若いの〜。よろしくね!!」
 可愛らしい口調で言った静思は、短い黒髪を揺らし、元気な笑顔を見せた。休日だというのに、彼は制服を着ている。
 (この子も……生きる意味を見失ったっていうの……?)
 信じられないという思いを抱きながらも、聖羅はよろしく、と返す。
 次に、純白の白衣を纏った若い方の男性が、一歩前に出て笑顔で言った。
「初めまして、和泉聖羅さん。私はこのチャーチで医者をしている、湊谷(みなとや)(ひらく)です。29歳。医師免許は持っていますが、どこかで働いているわけではありません。チャーチ専属の医者、とでも言っておきましょうか……。怪我をしたらとりあえず、私を頼ってください」
 とても丁寧で、流暢なしゃべり方だ。恩とよく似た茶色の目が、とても綺麗な光を放っている。髪は、短い黒髪だ。
「あ、はい。よろしくお願いします。……あの、湊谷って、もしかして?」
 先ほどの自己紹介で、気になった点を問うてみる。湊谷、と言えば、恩と同じ名字だ。
「ええ。私は、恩の双子の兄ですよ。……それはさておき、和泉聖羅さん。あなたのことは、何とお呼びしたら宜しいでしょうか?」
 とりあえず新事実がふたつ。恩と啓は双子。そして、恩の年齢は29歳。しかしどう見ても、20代前半だ。と言うか、なんて対照的な双子なのだろう。
「えっと……好きなように呼んでください」
 こう呼んで欲しい。などと、すぐに思いつくはずもなく、聖羅は啓に任せることにした。その判断に、横から塊が口を挟む。
「ええんか〜? こいつ、変なあだ名つけよるで?」
「……え? 変なあだ名?」
(さつき)くん、変なあだ名は酷いですよ。そうですね……。(せい)ちゃんとお呼びしましょうか」
 どうやら塊は、皐野の皐をとって、“皐くん”と呼ばれているらしい。
「あ〜。なんで聖羅だけ割と普通の呼び方なの!? ずるーい!!」
「……私としては、みんな普通の呼び名なんですけど……」
 苦笑いを漏らしつつ、啓は言う。それに冷静につっこむのは、恩の役目だ。
「啓、あんたは基本的にどっかずれてんだよ。……明哲、あんたも自己紹介」
 それまで黙っていた、明らかに1人だけ年齢層が違う男性が、一歩前に出た。短い黒髪に、深い黒色の目をした彼は、笑顔を浮かべるわけでもなく、きつい口調で言う。
「……宝来(ほうらい)明哲(めいてつ)。46歳。俺はこのチャーチに、財力的援助をしている。基本的にここには来ねぇが……とりあえず顔と名前くらいは覚えとけ」
「はい。よろしくお願いします」
 なんとなく恐ろしいオーラを持つ彼の逆鱗に触れたりしないよう気をつけながら、聖羅は言った。
 明哲の自己紹介が終わり、恩は一度頷いた。そして、聖羅をまっすぐに見据え、口を開く。
「……以上8名が、チャーチのメンバーだ」
「はーい! 訂正がありまーす。今日から、聖羅も入れて9人でーす!」
 千遼が右手を挙手して言った。その言葉に、恩は深く頷く。
「千遼の言うとおりだな……。言い直そう。お前を含めて9名が、チャーチのメンバーだ。この少人数で、なんとか運営している。……改めてようこそ、チャーチへ。共に探そう、生きる意味を。共に戦おう、もう1人の自分と。この戦いが終わるとき、私達が生き残ることを願おう。……和泉聖羅。お前は今日から、私達の仲間だ」
 聖羅はどうしていいか分からなかったが、とりあえず深く頷いた。
 その反応に、みんなは満足そうな笑みを返したのだった。



 始まった、始まった。

 愚かな若者達の。

 哀れな若者達の。

 殺し合いの物語が。

 忌まわしき十字架をその身に背負い。

 もう少しだけ、生きてみようじゃないか。

 一度捨てた命だけど。

 あと少しだけ、足掻いてみようじゃないか。











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 ○次回予告○

新たな仲間。
新たな意味探し。
全てが新鮮で、まるで生まれ変わったみたいだった。
一度命を捨てたのだから、本当にそうなのかもしれないけれど。
そして、戦闘が始まる。
もう1人の、自分との。
さぁ、最初の戦いに選ばれるのは、誰だろう?
全ては、始まったばかりで。
全ては、歪み出したばかりで。

次回、Cross Story。第2話「生死、そして初戦」(変更あり)


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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