或る科学者の恋


1 :つきしろけいや :2010/06/28(月) 16:41:46 ID:onQHLcVA

お久しぶりです。
どんな心境の変化か再び投稿をしはじめたつきしろです。
今回も例によって色々決まりを無視した小説になってますが悪しからず。


2 :つきしろけいや :2010/06/28(月) 16:43:39 ID:onQHLcVAxF

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 私に銃の扱いを教えてくれたのは彼だった。
 彼と初めて出会ったのは一年前。国境から防衛線を死守して帰ってきた義勇軍の小部隊が、食料物資の調達と休憩のためにこの研究所に立ち寄った日だ。
 上司に言われて水を運んでいった私はたちまち義勇兵たちの無骨な視線にさらされた。観賞。値踏み。敵意のこもったまなざし。おもしろいものを見る目つき。
 ちょうど成人したばかりで、大勢の人の前に通された経験などなかった私は、すっかり萎縮してその部屋を出ることもままならなかった。
 そんな私をさりげなく部屋から追い出してくれたのが、一年前の彼だった。
 彼は大声をあげながら部屋の中央で水筒をひっくりかえして水浸しになり、くしゃみを何度もした。
 慌ててタオルを取りに走った私が彼の厚意に気付いたのは、部屋を出てからしばらく後のことである。
 やがて彼らが王都に向け出発したときも、何故だか彼は、わざわざ引き返してきて研究室のガラスを叩き、手を振ってから大急ぎで隊列に駆け戻っていった。

 そうして彼は、いつのまにか毎日のように私のところへやってくるようになった。

 彼が訪ねてきても、私は上層部へ提出する報告書や論文に熱中していて気が付かないことが常だった。
 いつも彼は私の机の前に陣取って床に座り込み、私の集中が切れるのをじっと待った。しばらくして私がふと顔を上げると、彼はそれをずっと待っていたかのように嬉しそうに、銃の撃ち方を練習しよう、と私を研究室から引っ張り出すのだ。こんな天気のいい日にずっと部屋に閉じこもっているのはよくない、と言って。
 使うのは彼の銃だった。練習場は研究所の庭だった。庭の中央にそびえる巨木の幹にはいつしか小さなトンネルができていた。彼が毎日、まったく同じ場所へ何度も弾丸を撃ち込んだ結果である。
 「こら、最初は安全装置の解除」
 彼は口を尖らせて私の手から銃をひったくる。そのたびに私はむきになってその銃を取り返し、安全装置を回して解除する。
 「外したな? 外したら、スライドを引く」
 「わかった」
 力任せにスライドを引ききると、彼は「音を立てるな」とまた銃を取り上げようとする。
 「んで、弾丸が薬室に送られたのを確認する、これ鉄則。空撃ちイコール自分の負けだから覚えとけ」
 彼は私を茶化したり脅したりしながら、軍で教わった射撃のフォームを、上官が新兵を指導するように細かく丁寧に私に教える。
 「軸がぶれないように気をつけながらトリガーに指を掛ける」
 「腕はまっすぐ伸ばして、肩との角度は45度」
 「狙いを定めたら……躊躇せず撃つ」
 パン!
 乾いた音がして、反動が腕を跳ね上げる。
 そのしびれるような独特の感覚に心が躍るようになるまで、あまり時間はかからなかった。

 ちょうど戦争の最中だったから、弾薬代だってバカにならなかったはずだけど、その銃に込められている弾はいつだって実弾だった。十回に一回だって的に当てられない私に、彼はわざわざ暴発の危険がある安い弾ではなく、軍隊から支給されるような上等の弾で撃たせてくれた。
 珍しく彼の姿が部屋の中に見えないときは、緩やかなカーブを描いたガラス張りの壁から外の庭を見ればよかった。大抵の時間、およそ戦争とはかけ離れた、どこまでも澄みわたる青空の下で、彼はそこで木に狙いを定めていたからだ。
 奇跡的なまでに彼は射撃がうまかった。的にする木からどれだけ離れていても、彼の撃った弾は吸い込まれるようにその一点しか穿たない。同じ所に二度続けて当たったためしがない私から見れば、それは本当に奇跡としか言いようがなかった。


3 :つきしろけいや :2011/01/26(水) 21:05:42 ID:sGsFVcVFkA

A

 彼は射撃の練習に誘ってくれるだけでなく、私の私生活にいろいろと口出しをしてきた。
 寝癖がある。指が荒れている。君は危険な薬品を扱いすぎだ。睡眠はちゃんと取れているのか――射撃の姿勢を教えている最中も、彼はしょっちゅうそんなことを言い出して顔をしかめた。
 もっと身だしなみに気を使えというので、一度、
「そういう研究の邪魔になるようなことはしたくないんだよね」
と口応えしてみると、案の定彼はひどく眉を寄せ、それでも笑いながら私の頭をがしがし撫でた。
「君はもうちょっと穏やかな物腰の言葉を覚えるべきだな」
 二十年慣れ親しんできた少年のような無愛想な口調をいきなり女性のそれに変えるのは容易なことではなかった。彼はしばらくすると私の口調を直すのを諦めた。

 そんな具合に、彼とはいろんな話をした。
 嫌いな上司の話。戦争や政治についての話。互いの趣味に関する話。
 この研究機関で積めるだけ経験を積んで、一人前の科学者になったら、小さくてもいいから自分だけの研究所を持って誰にも邪魔されずに好きな実験をしたいだけするのだと、彼にせがまれてそんな未来の夢を語ったことも少なからずあった。
 そんなとき、彼は決まってこう言うのだ。
「応援しないぞ。君がここからいなくなったら射撃を教える相手に困る」と。












 けれどそんな会話も、会話の相手も……









 もう私の前から、姿を消してしまった。


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