暗殺者プロトタイプ Endless Conversation


1 :清水光 :2008/01/04(金) 16:06:12 ID:o3teWLuG

 七年前のことだ。郊外の或る住宅街で、七つの死体が発見された。祖父、父、母、長男、長女、次男、次女。彼らはいずれも胸の中心に穴を開けられ、心臓を握りつぶされていた。その殺害方法の異常さとはうらはらに、現場に残された痕跡は少なく、捜査はすぐに息詰まった。なおその家族にはもう一人、三才になったばかりの末娘がいるはずだった。記録の上からも、周辺住民の証言からも、その存在は確認されていた。けれども事件現場に少女の姿は見つからず、生死すらも不明なまま少女は以後一切の消息を絶った。時を経るにつれ、記憶はうすれぼやけていくものだ。今となってはその少女の名前など、誰一人として覚えてはいない。


2 :清水光 :2008/01/04(金) 16:06:50 ID:o3teWLuG

 風が吹いた。真夜中、門前に立つ二人の男は、次の瞬間、崩れ落ちた。青い服を着た警備員は、うつぶせに倒れ完全に絶命している。おそらく彼らには自らが死んだことにすら気づく時間はなかっただろう。すべては一瞬のうちに終わってしまった。
 豪奢なつくりの門の傍に、少女が一人立ち尽くしている。年齢は十才前後といったところ。黒い髪に、黒い瞳、黒いワンピースに黒いニーソックス、黒いブーツ。その姿は闇に溶ける。右手に握るナイフから滴る血だけが、唯一少女のまとった色だった。
 深く息を吸い込むと、助走もつけずに、少女は跳びあがった。その身長の倍はあろうかという高い門を、少女の体は軽々と越えてゆく。石畳の上に着地した。敷地に広がる森の中を、石でできた道は門から館へつづいている。巨大な洋館の二階にこそ、少女が暗殺すべき目標は存在する。
 少女はまた走り始めた。闇の中を静かに移動する。道の途中、円形の広場の中心にぽつんと一本、電灯は立っていた。一個の視線が少女の動きをとめる。電灯の上には細い影が一つあった。男の両手には長大な錐がそれぞれ握られていた。
 右手のナイフを少女は放つ。迫り来るそれを男は錐で叩き落す。つづけて男は体を小さく縮めて、そして跳ね上がった。光の届く範囲からその姿は消える。少女は横にステップを刻む。落下する男の構える先端は、少女の残像と地面を穿つに終わった。
 少女は森の中へ逃げ込んだ。男はそれを追いかける。少女の背後からは何本もの錐が飛来する。男が草木を踏みつける音、錐が枝葉を散り乱す音。それらを頼りに少女は錐を回避した。聴覚のみによって男の動きを正確に捉えることすらできた。
 木々の陰を伝って、少女は男の死角へと侵入する。ナイフは男の首を後から切り裂いた。一斉に血液は噴き出して、少女の身に降りかかる。顔についたものだけを袖でぬぐうと、少女はまた走り出した。
 森を抜け、離れ屋の近くに出てくる。外壁の凹凸を利用して、二階の窓まで駆け上がった。ナイフの柄でガラスを割る。館の中へと潜入する。絨毯の上を少女はまた走った。いくつかの角を曲がると、長い廊下にたどりつく。右手には窓ガラスがつらなり、広大な森の姿を見せる。左手には壁がつづき、真ん中に一つだけ、観音開きの扉があった。その向うに目標はいる。
 扉の前には体格のいい男が一人座っていた。傍らに置いていたマシンガンを持って立ち上がる。銃口を少女に向けた。轟音とともに弾丸は発射される。少女の背後にあった壁を一瞬にして吹き飛ばす。破片が空気中に舞い上がった。
 少女は床を蹴って、左手にある壁へと飛んでいた。連続する銃弾はその姿を追う。深い傷痕を壁に刻む。少女はすでにその反対側の窓へと跳躍する。たてつづけにガラス板は砕け散った。夜の森へと透明な欠片は降り注ぐ。一個の銃弾も少女に当たることはなかった。
 最後とばかりに少女は天井を蹴り上げた。すれ違いざまに男の喉にナイフを突き立てる。マシンガンが、ついで男の巨体が床に落ちた。夜に静寂は帰ってくる。けれどそれはほんの束の間のことにすぎなかった。
 カチリと少女の背後で何かのギミックが作動した。首筋に冷たく硬いものが押し当てられる。低い男声が響いた。
「動くな」
 言われるまでもない。
 護衛屋はまだ残っていた。後ろから少女に拳銃を向けている。割れた窓ガラスから冷たい風が吹き込んできた。少女の視界の端に白いコートがはためくのが映った。
「何が目的だ?」
「この館の主人を暗殺することです」
「なぜ?」
「知りません。私は一個の機械にすぎませんから」
 男の声が途切れる。少女は自発的に言葉を発することをしない。じっと拳銃は少女の背に張りついている。夜風はなおも少女の体を冷たくする。
 男はまた口を開いた。
「名前は?」
「ありません」
「嫌いなものは?」
「雨です」
 いきなり少女の体は抱き上げられた。間近で見た男の瞳は薄い灰色をしていた。遠くに焦点を結んでいる。
 見た目から推測するに、彼の年齢は二十歳をいくつか過ぎたところだった。体格は表面上、大きいようには見えない。それはしっかりと筋肉が引き締まっているせいだと、触れている少女にはわかった。
 男は少女を抱いたまま、夜へと飛び出した。森を抜け門を越え、さらに町の中を走った。背の高い建物が多くなり、植物が少なくなってゆく。がらんとしたビルの一室へとたどり着いた。
 部屋の中には机と椅子が事務的に並ぶ。ソファーの上に少女は下ろされた。男は近くに立って、少しの間少女を見下ろしていた。それからぽつりと言葉をこぼした。
「数字の零に十字架の架、零架。今日からお前は零架だ」
 何を言っているのか、少女は初め理解できなかった。レイカ、レイカ……数度、口に出して呟いてみるうちに、それが自分に与えられた名だと気づいた。
「あなたの、名前は?」
「え、俺?」
 男は驚いたように自分の顔を指差す。少女はそれに頷いた。
「葬式の葬に数字の一で、葬一。村雨葬一。それが俺の名前だ」
 男はそれだけ言うと踵を返し、背を向けた。今度はソウイチ、ソウイチと少女は繰り返してみる。少しずつその言葉と彼の姿とが重なっていくのがわかった。
 窓の外には細い月が耀いている。少女はそのまま眠りに落ちていった。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.