発明・ざ・あなざーわーるど!


1 :雨やかん :2007/05/28(月) 13:43:17 ID:VJsFrctD

中間テストなんて嫌いだあああああああああああ!!

皆様、こんにちは。今日も今日とて、中間テストから逃避気味にここへとやってきた雨やかんです。冒頭の叫びは気にしないでください。大きいほうの意味で、中間テストが終わったがゆえの叫びですから。

さて、発明シリーズも前回の『ちゃいるどっ!?』で4作目を終えました。本来なら、ここで最終章を皆様にお届けするのが正しいのでしょうが…

日ごろから読んでいただいている読者の方々と数名の話し合いの結果、4名の方々のお話(もしくはキャラだけ)とこの発明シリーズをクロスオーバーさせていただけることになりました。

つまり、今回は『番外編』です。4つの異なる世界の住人達と我らが主人公レイ・キルトハーツがお送りする物語が、この『あなざーわーるど…?』です。

本編とは時間軸がムチャクチャになっておりますので、是非ともその辺りは適当にスルーしてください。『これって、本編のいつごろの話だ?』なんていう疑問は作者も浮かびましたが無視しています。皆様もそうしてください(笑)

今回は番外編ということで、各キャラが非常にのびのびしています。本編では味わえないレイ・キルトハーツの雄姿………いや、不幸っぷり………?

と、ともかく!彼が送る笑い有り、笑い有り!笑いあり!のお話をどうぞ、よろしくお願いします!(…あれ、笑いだけ?)


2 :雨やかん :2007/05/28(月) 13:44:18 ID:VJsFrctD

あなざーでいず!

これは俺、レイ・キルトハーツのある日常で起こった、ありふれ―――てはいない、というかありふれてほしくない日々の話。

全ての始まりは、俺にとってもはや隣にいることが当たり前となってしまった少女の一言だった。

「そういえば、もうすぐ誕生日でした。」

その言葉に、いつものように繁盛していた店を終え、もはや片づけと明日の準備も終わりかかって一息ついた俺達は一斉にその声の主を振り返る。

「誕生日って…誰のだ?」
「お父様です。」

そう言って、忘れていたことを恥じる素振りなど見せる様子もなく―――少しだけ、顔見知りの彼女の父親を哀れに思った―――彼女はいつも通りの魅力的な笑顔でそう告げた。

「そっか。もうそんな時期なのね。」
「去年までのあたし達には関係なかったことだけど…今年はそうも言ってられないよねぇ。」
「そうね。同僚の保護者ってだけじゃなくて…」

そこで4対8個の色違いの瞳が俺に集中する。その顔に浮かんでいるのは、どれもこれも笑顔。ただし、苦笑の上に諦めを混ぜて、少々怒りが含まれる…はい、すいません。王族の誕生日という、準備やら何やらに困る行事に巻き込んだのは俺ですとも。俺自身も曖昧な笑みを返すことしか出来ない。

「何か、以前みたいな舞踏会をするのか?」
「そうかと思います。と言っても、今回も身内と特別な関係者だけのささやかなものとなるのでしょうけど。」
「その特別な関係者の中に俺達は…」
「…あの人だしねぇ。」
「まあ、入っていると考えていいんじゃない?」
「と言うか、おそらくレイ様に至っては…身内扱いかと…」

黒と見間違うほどの紺の髪と相対するかのように頬を朱に染めた女性、リリアは照れながらもどこか嬉しそうにそんなことを言う。
まあ、リリアがそんなささやかなことで喜んでくれるのは男として嬉しい…けど、それを認めないというか認めたら負けと考える人がこの場には3人ほどいるのが現実である。世の中ってなかなか上手くいかないなぁ…

「リリア。レイは、ちゃんと‘リリアが働いているお店の同僚’として参加するわよ?あたしと一緒にね。」

笑顔のはずなのに、まるで月光を思わせるほどに静かに輝く黄金の髪がどこか逆立っているようにすら感じさせるのはキララ。
嫉妬の炎がバーニング?いや、正しくはBurning。発音は正しくしっかりと。まあ、一応、5ヶ国語はちゃんと喋れるけど…いや、そんな現実逃避だってしたくなりますとも。怖いから。しかも、原因が俺だから。悪くないはずなのに…

「そうそう。そして、前回は2人に譲ったけれど今回はあたしがレイ君と踊っちゃうもんね♪あたし踊るの上手なんだよ、レイ君。」

そうやって、元気ハツラツといった表情でわずかにカールしている漆黒の髪を揺らして薄い―――いや、控えめな胸を張っているフォルトさん。
はっはっはー。そう言えば前回はダンスの後に陛下や他の大臣含む大勢の方々に結構追いかけられたりしたな。今となっては良い思い出…いや、無理だ。あれをいい思い出として片付けるには、余りに…はぁ…

「何を言ってるのよ、3人とも。お城では、あの事件のおかげでレイは私の彼氏ってことにしておかないと駄目じゃないの。ねえ、レイ?」

腕を組んで、フォルトさんとは比べるまでもない―――こほん。そのある意味じゃ兵器になりうる部分を抱き、肩まで届く薄紫の髪を指先で遊んでいるのはマリス。
事件?…ああ、そう言えばあの時は仕方なくとはいえマリスの彼氏役を務めていたんだっけ。まさか、こんなことに発展するとは思わなかったよ。そして、こんなところでそれを持ち出されるとも思ってませんでしたよ。

‘バチバチバチバチバチ…’
何だろうね、この音は?この世界では電気はまだ一般化どころか発見すらされてないはずなんだけど。こんな音がするはずないですよ。うん。まして人と人との間からなんてするはずがないんだ。

「…舞踏会、だったかしら?」
「ええ、そのようです。」
「私達は4人だけど、レイは1人なのよね。」
「誰がレイ君の相手をするかってことだよねえ?」

こっそりと、足音どころか心音すら止めてるんじゃないかというぐらいの静けさを持って、俺は戦線を離脱することに。名づけるならば【第24次レイの隣奪取戦線】といったところか。24という字は適当。
…だって、20を超えた辺りから、数えるのが面倒になったんだよ。

俺が店を出てしばらくして、背後から想像するのも困難なほどの叫びと破砕音が…いや、気のせいだ。そんなことあるはずがない。うん、幻聴。あれは幻聴。『命(たま)殺ったらー!』なんて聞こえませんよー。


3 :雨やかん :2007/05/30(水) 11:15:50 ID:VJsFrctD

うああっ!女神様!?


「レイさん。今から私が言うお願いを、絶対に断らないで聞いてくれますか?」

超笑顔のミリアさんがいる。それはもう、まさに女神の微笑みと呼ぶ名にふさわしいもので、この笑顔を見せられれば100年もの間宗教戦争で対立していた国家だろうが、すぐに手を取り合ってこの女神を称えるための親統合国へと成り代わるだろうってぐらいの笑顔。
で、そんな笑顔を至近距離で見せられた俺はと言うと。

「あなたがそんなことを言うときは、絶対にろくでもないことが起こるので嫌です!」

そんな捨て台詞を吐いて回れ右。脱兎のごとく駆け出───
‘ガッ……ビターン!!’
───そうとした瞬間に、いまどき3流漫画でも使わないような効果音とともに派手に顔面から地面へと倒れこんだ。正直、かなり痛い。やはり、自分のパワーがそのまま帰ってきたようなものなので引力5倍とかは関係ないようだ。痛すぎて声も出ねえ…!

「ご、おぉっ…!」

あ、出た。いや、そうじゃなくて。

「まあ、レイさん。大丈夫ですか…?すごい音がしましたよ…ああ。ひどい、こんなに赤くなって。今、傷の手当をしますからね。」
「え、あ、ありがとうございます…」
「すぐに終わりますよ。えい。」

それだけ言うとミリアさん。手を俺の額にかざす。それだけで俺の体からは痛みが引いていった。おお、これはゲームでお馴染み回復魔法ってやつか、ミリアさんってこんな力まで使えたんだなぁ。

「もう大丈夫ですよ。」
「そうみたいですね。重ねてありがとうございます。」
「いえいえ。良いんですよお礼なんて。」
「そうですか。それじゃあ───」
「え?それじゃあ気がすまないですって?嫌ですね、レイさん。私とレイさんの間じゃないですか。」
「…あれ?」
「あらあらあら。レイさんったら、お礼に何かお手伝いをしたいだなんて、なんて紳士なんでしょうか。」
「言ってませんよー!?」
「そんな、悪いですよ。え?あなたのために何かしたい?もう、レイさんったら段々といい男になってますね。」
「うおーい!?」
「駄目ですよ、そんな…私にはクリューガーがいるんですから。それにキララだってレイさんを…」
「人の話を聞いちゃくれませんかねえ!?ってか、あなたの脳内の俺は何を言ってますか!」
「そこまで言われてしまえば、断るのも失礼というものですね。」
「まさか、転んだのもあなたの仕業ですか!恩を売ってこの流れに持っていくために俺を転ばせたんですか!」
「分かりました。レイさんに頼みごとなんて心苦しいのですが…」
「じゃあ、しないでくれると俺も嬉しいですが!」
「まあ、将来の息子にそんな気遣いは無用だなんて。」
「さり気に問題発言をしないでー!?」
「では、レイさん。こちらの3人をしばらく預かってもらえますか?」
「俺の話を聞いてー…って、え…?」

相変わらず女神の笑顔全開のミリアさん。
そんなミリアさんの後ろ。いつからいたのか。間違いなく初めは誰もいなかったはずの…いや、初めどころか数瞬前まで誰もいなかったはずの空間に、まばたきをした一瞬の間に現れた3つの影があった。

「な、え…まさか…?」

こんな事例はミリアさんしか起こせない。いや、実際はこの女神の友神さん達なら起こせるだろうが、それでも人間の力の及ぶところではないはずだ。
そして、ミリアさんが力を使うということはこの3人は…!!

「つい先ほど。ある世界でレーベンの量が限界へと達する事態が生じました。しかし、一方でそれに連動するかのように24時間後には逆にレーベンが不足する未来が視えています。」
「そんなこと、起こりうるものなんですか…?」
「極稀にですが、ね。そこで一時的に、その世界から3人のレーベンの多い者達の魂を移動させました。私はこの後、その世界を監視しなければなりません…と、いうわけでレイさん。後はお願いします。」
「へ?いや、ちょ────」

再度まばたきをした瞬間、ミリアさんはその姿を消していた。もちろん、残ったのは3人の異世界の人間。ただし…

「…美女が3人ってところに、あの人の悪戯心を感じるのは何故かなぁ…?」

そう呟いてみても、どうやら俺の不幸の連鎖は止めることが出来ないようだった。
そして、これがレイ・キルトハーツの生涯の中で、ある意味では最も不幸に富んだ時間の始まりだったとも言える。


4 :雨やかん :2007/06/01(金) 12:00:34 ID:VJsFrctD

ぼーい・みーつ・がーるず ぷらす ろぼ


「シエル・スバーキンです。」
「ヴェアル・ガラン!23歳、独身!よろしくっ!」
「…初動系・零。製造年月XXX年YRT月と零は答えます。」
「は?製造って…?」
「作られてからの年数で言うならば、3年と7ヶ月。ロボット、オートマタ、機械人形と認識していただければ問題ないと零は思考します。」

とりあえず、自己紹介をしてもらおうと思っったのだが…さすがミリアさん。ロボットっていうのは予想できなかったよ、さすがの俺も…
それにしても…黒髪のシエルさん、銀髪のヴェアルさん、白髪の零さん…3人とも見た目は非常に綺麗な大人の女性だ。シエルさんはゴーグルで顔が結構隠れているが、それでもわずかに見える場所からでも、その美しさが見て取れる。ロボットという零さんですらも傍目には完全に人間。この世界になんら違和感など無い。
…顔立ちなら。

「とりあえず…服を買いにいきましょう。」
「え?何故?」
「あたしら、今はもちあわせがねーぞ?」
「事情説明、必要かと零は提起します。」
「そんなもん周囲の奇異の視線から判断してください!」

ヴェアルさんは問題ない。トレンチコートという、この世界ではあまり見ない服装だが、それゆえに逆に旅人として誤魔化せる。零さんもいいだろう。機械であることすら疑うほどに人間のような彼女はローブを着ている。これも旅人で済ませられないこともない。
シエルさん。彼女が大問題だ。
白衣。これだけなら大丈夫。先日、ミリアさんの迷惑友神が送ってきた萌え服の中にもあった。だが、血まみれ。そう、何故か血まみれ。医術をかじっている俺には分かる。あれはケチャップだとかトマトジュースだとか、そんな生易しいもんじゃない。間違いなく血だ。しかも、あの血痕の付着の仕方が明らかにヤバイ。
法医学をやったわけではないが、血というものは実に様々な情報を与えてくれる。血痕の形からはどのようにして血が飛び散ったのか。とかである。たとえば、地面に落ちた血痕を見ると、ある方向は丸く、逆方向は飛び散ったような形が多い。これは、その飛び散った方向に、そのけが人が進んだという証拠だ。
そして、彼女の白衣についた血の付着の仕方は、ずばり‘至近距離から、それこそ零距離から噴出した血を浴びた’場合。
それはつまり、彼女がこんな綺麗な顔でありながら───

「…ひょ、ひょっとして、あたしらの服はここじゃ時代遅れなのか!?」
「それは駄目ね。まだそんなものを気にしないような年じゃないもの。」
「日常行動に支障がない、24時間というリミット、そのようなものを気にする明確な理由が無い。以上の点から、金銭の無駄であると零は判断します。」

────こんな、どこか俺の身近にいる妙な思考回路の連中を思わせるやり取りをしているのだが…多分、彼女達は多くの命を奪っている。多くの。俺が想像しているよりも、多くの命を。
それをとやかく言うことは出来ない。彼女達の世界がどんな世界なのか、彼女達のいる立場がどんなものなのか知らない俺には、それについて何か言うことは許されない。
だから────…

「この世界で流行最先端の服を買ってあげますから…後、零さん。女性がそんなものを気にしないのは駄目です。」
「私は護衛機と言ったはずです、と零は確認します。」
「護衛機だとか、ロボットだとか、そんなもんの以前にあなたは性別女ですよね?」
「確かに、零の人格プログラムとボディは女性という固体に沿って作られています、と零は肯定します。」
「だったら、綺麗な格好したっていいでしょう。」
「…あなたの発言は、いまいち理解できない、と零は疑問を呈します。」
「別に無理に理解してもらえなくてもいいですけど…」
「ですが…不思議と、嫌な気分では無い。そう零は解答します。」

それは無自覚なのかもしれない。
けれど、そういって微笑んだ零さんの顔は…なんていうか、綺麗だった。うん。これから先に起こる波乱なんて目じゃないぐらい。


5 :雨やかん :2007/06/04(月) 12:45:16 ID:VJsFrctD

桃色思考は一方通行

「第1陣…前へ。」

俺の前にいるのは4大親衛隊の奴らだ。ただ、その目はいつも以上に暗く、鈍い光で満たされている。そりゃあもう、俺の精神をげんなりさせるぐらいに。

「さて、レイ・キルトハーツよ…我らの質問に答えてもらおうか!」
「…嫌だと言っても、腕づくだろうが…」
「我らがキララちゃん!リリィちゃん!マリスちゃん!フォルトちゃん!彼女達の寵愛を一身に受け、なおかつこの町の女の憧れも独り占めしている貴様が…何故!」

ビシリ!そんな音が聞こえるような勢いで、親衛隊の一人は俺の方を…正確には、俺の右隣、左隣、後ろにいる3人の美女を指し示す。

「何故今!また、そのような嬉し恥ずかし羨ましの3段構えの状況を作り上げているというのだああああああああ!?」
「うるさいわ!俺が知りたい!」
「またか!またお前なのか!」
「何故天はこの男に幸福しか与えぬのだ!?」
「しかも旅人だと!?その白衣についた赤は何だ!調味料か!?料理を運んでる途中に転んだのか!?」
「ドジっ娘か!」
「自分で転んで汚れて、笑顔で『失敗しちゃったー♪』とか言うのか!?」
「そんな男の野望をいつの間に手に入れたのだ貴様は!」
「萌えか!萌えているのか、貴様ぁっ!」
「お前ら、とっとと前に出てこい!世のために、その桃色思考回路を詰め込んだ頭を殴り倒してくれるわ!」
「貴様こそ、世のために男の野望が少しでも多人数に行き渡るように成敗してくれりゅああああああああ!」

そうして、いつものように(噛んだけど)突っ込んできた親衛隊に、とりあえず怒りと恨みと八つ当たりを込めた睨みを利かせる。最近、親衛隊との戦闘は面倒ではあるものの、一種のストレス解消になっている気がする…いや、この戦闘もストレスの一つだけどさ。

「くたばれ、レイイイイイイイイイいいいいい!」
「かかってこ────って、なぁぁつ!?」

俺と親衛隊がまさにぶつかりあう直前、その間に入ってきたのは他ならぬ零さん。いや、俺の後ろにいたはずでは!?何で!?親衛隊も慌てた様子でブレーキをかける。
まあ、確かに気持ちは分かる。この町ではいつからか『俺と親衛隊との争いには関係ない人は不干渉』なんて、ありがたいんだか良く分からない暗黙の了解が出来ているのだ。それが今、破られた。しかも、見た目美人の女性によって…ロボだけどね。

「あ、あの…零さん?」
「すいませんが、その、そこをどいてください…」
「俺達は、後ろの男に用があるんですけど。」
「彼は私達の協力者であるがため、彼の敵は私の敵である、と零は判断します。」

‘ガシュッ!’
そんな音がして、親衛隊からは目に見えない部分、そして零さんを背中から見ている俺にはっきりと見えたのは…零さんの腕から飛び出してくる、ナイフ───って、おーい!?
護衛機って、そんなレベルですか!守護用って言うよりは戦闘用だったんですか!?

「切り刻みます、と零は宣言し───」
「しなくていいですからっ!」

自分に持てる全力で、俺は零さんに近づいてナイフを掴んだ手を止める。そのまま全力で腕を固定しようとする。しかし、これで大丈夫か?なにせ相手はロボットだ。この世界の俺より力があってもなんら不思議じゃない。せめて、動きを鈍らせるぐらいは!

「…異常な負荷がかかっている、と零は批判します。」
「おお、止めれた…じゃなくて!駄目!こんな武器を使っちゃ駄目だから!」
「ならば大剣使用の許可がほしい、と零は要求します。」
「ほしいと要求は同じ意味だ!いや、そうじゃなくて!威力上がってるよ!」
「分かりました、と零は理解します。」
「…そう?なら、いいんだけど…」
「一瞬で殲滅する、と零は宣言───」
「切り刻むより悲惨になってる!」
「マシンガンの使用を選択します、と零は───」
「武器を使うなって言ってるんですよ!」
「ならば徒手空拳で戦闘行動に移る、と零は───」
「戦うという選択肢から離れてー!?」
「そうだぜ、零。」

ようやく、後ろからヴェアルさんとシエルさんが近づいてきてくれる。どうやら止めるのを手伝ってくれるようで…良かった、ロボット相手にツッコミ一人は大変すぎる。

「あなたが素手で戦ったら、回りに迷惑でしょう。3キロ先の鉄板が手刀で切り裂けるんだから。」
「って、そんな理由か!しかも、スペック高すぎません!?何処が護衛機ですか!」
「こいつらはあたし達に任せとけって。」
「あなたよりは周囲に迷惑をかけずに済むから。」
「だから、戦うという選択肢を捨てて!?」

突っ込む相手が3人に増えました。ちょっとピンチですか?このままだと、本格的に戦闘開始ですか!?いやいやいや!やばいから!こんな街中で血を見るのはゴメンだから!加えて言うならば、もしも彼女達を止められなかった場合、俺は間違いなくミリアさんに怒られる!爽やかな笑顔で『お仕置きです♪』とか言われて、キララと一緒に恥ずかしいことをさせられかねない!
…まさか、それが狙いか!?この3人を俺に預けていったのは、俺にペナルティーを与えるキッカケを作るためだったりするのか!?

「よし!暴れるぜ!」
「レイ君はゆっくりと見ててね。」
「172秒で戦闘終了可能、と零は予測してみます。」
「考え事してる暇すらねえ!?こ、う、なりゃあああああ!」

今まで抑えていた零さんから手を離し、呆然と立ち尽くしている親衛隊に肉薄する。そのまま先頭の一人に手加減気味に掌底。後ろに吹き飛んだ彼は、数人を巻き込みながら地面に転倒。そのまま昏倒。
奴らがひるんだその隙に、俺はふところから───ミリアさんに呼ばれたときに、念のためを考えて持ってきた───いくつもの小型花火、目にしみる煙が少々出るものを投げつけた。具体的にはとうがらしのような刺激物を粉状にしたもの。

‘パンパンパンパン…!’
「ぐええええ!?」
「痛い!?目、目に染みっ…!」
「辛っ!痛辛っ!?」
「ひ、卑怯だぞ!レイ・キルトハーツ!?」
「一人相手に多人数が当然なお前らにだけには言われたくねえよ!」

それだけ叫び、進路変更。俺の背中でファイティングポーズをとっていたシエルさん、ヴェアルさんをそれぞれ両脇に抱える。ロマンがないとか言ってる場合ではない。さらに、零さんには一声。

「俺についてきてください!」
「退却のため、協力者であるレイさんに追従する、と零は了解します。」

俺の全速力。それに平然とついて来る辺り、さすがはロボットというべきか。
ため息をつきながら俺が思ったことは、そういえば初めて名前を呼んでもらったなぁということだった。


6 :雨やかん :2007/06/06(水) 09:52:56 ID:ocsFkLtD

酔いどれ街道美女同伴


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ…」
「発汗率、体温、ともに上昇が見られるので、適度な休憩を取られては?と零は上辺だけでも優しさをもって勧めてみます。」
「あなたのせいですけどね!?後、上辺だけですか!」
「まあまあ、無事だったからいいじゃねえかよ。」
「一歩間違えれば血の雨が降ってましたから!俺の日常を壊す気ですかあなた達は!?」
「…なあ、レイ。」
「何ですか…?」
「あの変な女神さんから聞いた話だと、今の出来事もお前の日常とあまり変化ねえだろ?」
「そんな切なくなるようなこと言うのは止めて!?」

確かに、変化ないかもしれないけどね!ああ、そうさ!別にあそこにシエルさん達がいなくても、俺はいつも親衛隊とあんな戦闘してるし!命こそかかってないとはいえ、流血(親衛隊が)なんてしょっちゅうですとも!
けど、認めたら何か負けな気がするから認めたくない。絶対に認めない。こんなことが、すっかり俺の日常化してるなんて、認めてたまるか。
…現実逃避っぽいけど。

「駄目よ、ヴェアル。あまりレイさんを困らせたりしちゃ。」
「シエルさん…」
「これをどうぞ。のどが渇いたでしょう?」

そう言って、どこからともなく飲み物を持ち出してくれる微笑を浮かべたシエルさん…なんて優しい人だ。もう、さっきの出来事とかどうでもいいよ。うん。この優しさがあれば、俺は頑張ってこの人たちの面倒を見ていける。間違いない。

「ありがとうございます。」
「いえ。面倒を見てもらってるのですから、これぐらいは。」

ああ、もう本当にいい人だ。血痕がこびりついた白衣だけがミスマッチだけど、そんなのどうでもいいよ。女性の価値は優しさだと言った昔の偉い誰かに、今なら激しく賛同できる。
うん、このシエルさんの優しさで半分が構成されているだろう水で気力を回復させよう。そーれ、全回ふ─────

「…ぶーっ!?」
「うお!?汚っ!」
「食事中のマナーとして、一度口にしたものは出してはいけない、と零は注意します。」
「げっ、ほっ…べっ…な、こ、これ…!?」

ヴェアルさん達の言葉なんざ気にしてる場合じゃねえ…俺の感覚が確かなら、この独特の舌触り、喉から浮かんでくる熱い何か、そしてわずかな量で俺の思考に亀裂を入れるこの味は…!

「さ、酒じゃないですか!これ!?」
「そうだぜ?」
「昼間からなんてものを飲ませるんですか!いや、夜でも飲みたくなんかありませんけど!」
「…それは心外です、と零は抗議します。」
「そうそう。お前が好きだって聞いたから、わざわざ手土産に持ってきたんだぞ?」
「…イマナントイイマシタカ?」
「発音に若干の異常が認められます、と零は心配してみます。」
「それはいいですから!誰が俺はお酒が好きだなんてデマを吹き込んだんですか!」
「あの妙な女神。」

俺の脳裏に、まさに神クラスの親ばかである一人の女性が浮かんだ。
笑顔だ。
全ての生命を魅了するような、完璧な笑顔だ。
その微笑を浮かべていた口が、ゆっくりと開いた気がする。

『ふふふふ…レイさん、まだまだですね?』

「あ、の人はああああああああああ!?」
「人じゃなくて神という存在、と零は訂正を求めます。」
「楽しいのか!俺をいじめてそんなに楽しいのかな、あの人はさあ!?」
「お前、何だか苦労してんだな…」
「そんなシミジミと呟かれても困るっていうか、余計に悲しくなるんですけどね!?」
「うーん。」
「もう、何だってあのお方は俺に試練を与えたがるのかなあ!?キララ達を相手にするだけじゃ飽き足りませんか!?そうなんですか!?」
「うるさーい。」
「叫ばなきゃやってられるかああああああ───…って、え?」

よく考えたら、今の声は変じゃなかったか?シエルさんの声だ。間違いない。けど、何だか先ほどまでの優しさとかが感じられませんが?

「…シエル、さん?」
「なーにぃ?」
「何か、顔が赤いんですが。」
「発汗、血管の膨張、思考回転率、などのいくつかより計算された答えがありますが───」
「結果は?」
「酔っていると判断可能、と零は報告します。」
「そうかもー…」
「呑まれるのが分かってんのに、昔からシエルは飲むよな。」
「分かってて飲んでるのか、この人!?」
「過去、5回ほど飲酒により行動不能に陥ったことがある、と零は証言します。」
「嫌なタイプだな、おい!?」
「水割りー…」
「そんな都合のいいものありませんから!後、水割りでもお酒ですからね!?」

と、何やらシエルさん微妙に顔が歪んでますが?泣きそうな…って、まさか泣くの?よ、良く視たら瞳とか潤んでますか!?マジでやばかったりするのか!?

「うわああああ!?な、泣かないでください!ほら!その辺に行けばお水とかありますから!ね?」
「ううっ…」
「あーあ。レイが女の子泣かせた。」
「女の子って年ですか!」
「うぐぅ…」
「うわあああああ!?すいません、女の子ですよね!女性は年齢じゃないですよね!そう!女性の本当の年齢は精神で決まりますからね!」
「言い方が不自然なことから、この場を逃れるための口八丁、と零は看破します。」
「お願いだから黙っててくれませんか!?」
「ぐ、う、う…」
「あ、いや、だから!な、泣かないでください!」

シエルさんは口を横一文字にしっかりと閉じて、俺の潤んだ目で見つめながら…両手は俺を責めるようにしっかりと袖を掴んでいる。明らかにやばい。決壊まではもう少し!?
とか考えてる間に、その口が開かれて────

「…きぼちわるー…」
「…は?」
「…吐くー…」
「ぅおーい!?」
「…うー…」
「嫌あああああ!?止めて!?離して!?ってか、力強っ!?何なんだよこの展開!?」
「骨は拾ってやるぜー。」
「あなたの尊い犠牲は忘れません、と零は実際にはあり得ないけれど使い古されたセリフを並べてみます。」
「さり気なく後方に退避してんじゃねえええええええ!?」
「ぐぅ…」
「ぎゃああああああああああああああ!?」


結局、俺はギリギリで近くの家に駆け込んで拝借した水をほとんど無理やり飲ませることで回避に成功した。
…やべえ…今日ほど人生に疲れたと感じる日はなかった…


7 :雨やかん :2007/06/08(金) 16:39:31 ID:onQHPnn4

もう会うことも無いでしょう。私も会いたくありません。


「ごめんなさいね。お酒が前にあると、どうしても飲みたくなっちゃって。」
「まあ、短い時間だったけど楽しかったぜ。」
「私を女性として扱ってくれたあなたの優しさは嬉しかった、と零は最後くらいに素直な感想を漏らしてみます。」
「…こんなときに言うことではないですが、出来れば二度と会いたくないです…」

疲れきった俺の前では、笑顔で並んでいる3人の異世界からの来訪者と、それを迎えに来た諸悪の根源たる神様が一人。

「レイさんってば、そんなことを言う子に育てた覚えはありませんよ?」
「あなたに育ててもらった覚えもありませんが!?」
「つれないですね、レイさん。」

そりゃあもう、あなたのせいで今日は散々でしたから。

「お、そうだレイ。これ、やるよ。」
「…さっきの酒ですか。」
「お前が飲めなくても、他の知り合いなら飲めるだろ。異世界の酒なんだ、ありがたく頂戴しとけ。」
「…なるほど…それは、そうですね。ありがとうございます。」

お酒が入ったビンを受け取り、俺は素直にお礼を言う。そして、それが別れの合図だったかのように3人の姿はゆっくりとミリアさんが生み出した光の中に消えていく。

「じゃあな、レイ。」
「色々とご迷惑をおかけしました。」
「グッバイ、と零は別れを惜しみながら手を振ってみます。」
「…運命と偶然が交差するときがあれば、また。」

そして、3人とミリアさんは光の中へと消えていった。

…それにしても、本当に疲れた…
以前の異世界の半神といい、今回の3人組といい、俺はどうやら異世界と関わるといい目に遭えないのかもしれない…そういや、この世界も俺からしてみれば異世界だったな。うん。証拠も何もないけど、当たってるかも…

けれど…

「異世界の、料理か…」

考えてみれば、いいかもしれない。
陛下の誕生パーティー。いつものように俺が作った料理を陛下に食べてもらおうかとも思っていたけど、そのメニューがいつもと違い‘この世界でも俺の世界でもない料理’なら最高のプレゼントになるんじゃないか?
うん。我ながら、いいアイディアだ。

そうと決まればやることは────…

「見つけたぞ、レイ!」
「さあ!先ほどの新しき我らの女神たちの名前を答えるがいい!」
「そしてその女神の名の下に倒れふすのだ!」
「今日より、我らは4大親衛隊より、7大親衛隊へと昇華する!」

────やることは、このどうしようもない連中を黙らせることに違いない。


8 :雨やかん :2007/06/11(月) 10:31:25 ID:ocsFkLtD

女性の敵は今も昔もこれから先も変わらず常に腹回り


「で、暇をもらいた───」
「いいわよ。」

…即決…嬉しいけど、何か少し寂しい…
俺って結構ワガママだったんだな。あっさりと、俺が旅に出ることを承諾されるのが、不満に感じるなんて。

「…はぁ。」
「って、何で許可をあげたのにため息ついてるのよ。」
「いや、うん。ありがとう…ちょっと、自分が嫌になっただけだ。気にするな。」
「どのぐらい出かけられるのですか?」

と、思いついたように聞いてくるのはリリア。どのぐらいか…
料理の候補としては肉料理か、デザートか…いつもデザートが多いから、たまには本格的な高級料理っぽいのに手を出してみたいな…いや、でも大作デザートも捨てがたいし…
やっぱり、ここは両方の素材を集めてみて、その上で決めるのが一番かな。それに、他の世界との時間の流れの違いもあるだろうし…

「うーん…一週間ぐらいかな。」
「「「「一週間!?」」」
「ぅお!?」

綺麗に声が揃った4人…っていうか、何故にそんなに驚いてるんですか。キララに至っては立ち上がってますが。え?だって暇をもらえるって話だったよな…?

「そ、そんなに長く出るの!?」
「いや、そんなに長いということもないと思うけど…」
「長いです!一週間もレイ様に会えないのですか!?」
「何処まで行く気なの、レイ…」
「え…国外まで。」

正確には、国外どころか異世界まで行くつもりだったり。

「国外っ!?」
「遠い!遠すぎるよ、レイ君!」
「だって新作料理を作るんなら、国外の方がいいだろ?」
「それは、そうだけれど…」
「一週間もレイ様に会えなければ、私干からびてしまいます!」
「干からびるの!?」
「レイ分欠乏症です!」
「何その新しい病名!後、レイ分って何!?」
「レイ分とは、文字通り日ごろからレイ様と触れ合ったり話したりすることで私の体の中に溜められていく‘レイ様養分’の略です。」
「で、レイ分欠乏症っていうのは、レイ君と会えなかったり話せなかったりすることで起こる禁断症状のこと。」
「具体的には、レイの部屋にこっそり入ってみたり、レイが褒めてくれたことを思い出して寂しさを紛らわせたり、レイを心配して部屋をうろうろ歩き回るのよ。」
「対処法はレイと関わるしかないのよね。」
「何だ、その具体的すぎる病気は!」

すげえな!症状、原因、治療法まで確立されてるよ!でも、それって4人限定の病気だし!後、実際問題、それは病気とは言わねえ!いや、ある意味では病気か?恋わずらい。お医者様でも草津の湯でも…じゃなくて!

「って言うか、俺の部屋に勝手に入るな!」
「キララなんて、たまに寝台でお昼寝してるわよ?」
「最近、布団からキララの香りがしたのはそれか!」
「ちょ!マリス!?あなただって、レイの洗濯物を抱きしめて皺だらけにしてたじゃないの!何回2度洗いしてると思ってるの!?」
「どうりで、洗濯物が乾かないなと思ったよ!」
「リリアなんて、この前机で昼寝してるレイ君の手を握って悦に入ってたよね。」
「あの時か!リリアがやたらと手を擦ってたのはそれが理由!?」
「フォルトさんもですよ?レイ様の絵を描いて、それを部屋に貼ってますよね?」
「昨日、部屋に行ったときに枕とか投げられた原因判明した!って…もう、4人とも全員この場に座ってお説教させてー!?」

────…ガミガミガミガミガミ…────

────…ガミガミガミガミガミ…────

────…ガミガミガミガミガミ…────

「───…以上、分かった!?」
「「「「え〜…」」」」
「説得は無意味なのかよ!」
「レイがいれば問題ないのよ。」
「そうですね。」
「ということで、レイ君が一週間不在ってのは長いと思う。」
「そうね。ちょっと耐えられないかもしれないわ…」
「ここに駄目人間が4人いますよー!?しかも、一人は王女だし!」
「王女である前に女ですから。」
「いい言葉のはずなのに、納得したくねえ!?」
「愛されてる証拠ですよ、レイさん。」
「こんな証明のされ方は勘弁して下さい!後、いつからそこにいたんですか!?」

振り返ってビシリと指を突きつけた先にいるのは、笑顔で俺をよくはめてくださる親バカの神様、ミリアさん。正直、見るもの全てを癒すはずのこの女神の微笑みは、俺にとって恐怖の対象になりかかっている今日この頃。

「お話は聞いてましたよ?最初から。」
「じゃあ、是非とも手助けが欲しかったですがねえ!」
「布団についてるキララの匂いを少しでも多く残すのは大変でした。」
「あなたも共犯ですか!」
「まあ、それはともかく…レイさん、手助けが欲しかったんですか?」
「…ええ、まあ一応…」
「そうですね。手助けになるかどうかは分かりませんが…4人とも、少しいいかしら?」

ミリアさんの言葉に微妙に警戒心を高めながら、俺の休暇を一週間から3日に変更させようとしていたキララ達は顔を上げる…いや、3日でも何とかならないことは無いですけどね…?出来れば両方ともやりたいんですよ。分かってください。

「どうしたの、お母さん?」
「お城でのお祝い…きっと、また舞踏会かと思うのだけど、どうかしらリリアちゃん?」
「そうですね。その可能性は高いかと思われます。」
「ねえキララ…舞踏会、レイさんと踊りたいわよね?」
「そりゃあ、まあ…」

キララだけでなく、他の3人も頬を染めてチラリとこちらを見る。ああもう、どうしてこの4人は積極的だったり、いじらしかったりと、男心をくすぐるかなあ!?

「けどね、キララ…今のままだと障害があるわよ?」
「障害?」
「キララさん、何かなされましたか?」
「キララだけじゃなくて、リリアちゃん達もじゃないかと思うけど…」

そうして、おもむろにミリアさんは右手を伸ばしてキララの服の中へと手を滑り込ませ───って、ぅおう!?

「わ!?お、お母さん!?な、何!?」
「…キララ。」
「だから何なのよぉ!?」
「…‘つまめる’わよ。」

‘──────……パシィィィィン!!’

何だか、ガラスが割れるような音が聞こえた気がしなくもない。

「な、あ…なっ…!」
「ああいった場所での服って、体の線がしっかりと出るのが多いのよ?」
「ひっ!」
「もちろん、我が家にある服もその型なのは…知ってるわよね?」
「あう…」
「最近、レイさんにねだって甘いものばかり食べていたものねぇ…4人とも。」
「「「「っっっっ!?」」」」

そういや、最近は少し暑い日が続いていたから、キララ達のおねだりというか脅迫に負けて何度かパフェとかアイスとかを作ってた記憶があるなあ。あまり気には止めてなかったけど、確かにあれだけ食べれば────

「…付いてほしくないものも付くよなぁ…」
「嫌ああああああああ!?」
「そ、そんな…まさか、こんな…」
「私は、そんなこと…な、い…はず…だったの、に…」
「つ、つまめる…つまめる…つまめる…はううう!?体中つまめるようになってる!?」

すげえ…先ほどまでのテンションが一気に下がった。危ないぐらいまでに。しかも、4人とも本当にヤバイぐらいに顔が真っ青だよ…何処の世界でも、女の敵は皮下脂肪だな。

「みなさん、楽しみですね…舞踏会。」
「「「「っ!」」」」
「何の話ですか。」
「綺麗な会場、輝く光、笑いあう紳士淑女の方々…」
「「「「ううっ!」」」」
「ええ、まあそんな感じでしょうね。」
「そこに立つ、格好良い服に身を包み、しゃんと立つレイさん。」
「「「「う…」」」」
「俺ですか。」
「「「「そんなレイさんを誘おうとする多くの美しい女性達。」」」」
「「「「くぅっ…!」」」」
「おい。嫉妬の黒い炎が見えてるぞ。」
「そして、そこから少し離れた場所に立っている皆さん。」
「「「「ぐう…」」」」
「何故ですか。」
「その…お腹。」
「「「「〜〜〜〜〜〜!?!?」」」」
「声なき声!?」
「いい感じに膨らんでいそうですね。」
「「「「ひいっ!?」」」」
「嫌な未来を見せ始めた!」
「色んな人から尋ねられるかもしれません…『おめでたですか?」と。」
「「「「ひいいっ!?」」」」
「拷問のような質問が!」
「すると、皆さんは答えなければいけません…『元からですよ』と。」
「「「「嫌あああああああああ!?」」」」
「傷口に塩を塗りこんだ!?」
「レイさんと踊って、腰に回された手に伝わる感触…ぷにょん、か、ぶよん、か…」
「「「「きゃああああああああ!?」」」」
「さらに突き落とした!」
「…楽しみですね。舞踏会。」

ミリアさんの言葉に、4人は床に倒れこむようにぐったりしている。つくづく、このお方は容赦ないな…しかも、今回は実の娘が相手だというのに…鬼だ…鬼神がいる…

「キララー…無事かー…?」

返事が無い。ただの屍のようだ。

「さて、突然ですがレイさん。ちょっとお聞きしたいのですが。」
「実の娘まで放置ですか?」
「私にお肉の娘はいません。」
「今、本当にひどいこと言ったよ、この人!?」
「冗談ですよ。それで…レイさんは‘一週間で痩せる方法’ってご存知ではありませんか?」

俺の背後で、屍と化していた4人がびくりと動いた気がした…怖い。

「な、何故、そのようなことを…?」
「レイさん、医術を学んでますから。それに、私、最近すこし二の腕にお肉がついたみたいなんですよ。どうですか?」
「…まあ、絶対ではないですけど…医学的観点からの方法は多少…」

全く動かない4人の気配が大きくなっていく。下手なことを言うと、俺は死ぬかもしれない…やべえ、尋常じゃないプレッシャーが…

「ああ、でもレイさんがいる場所ではしにくいですね。」
「まあ…痩せる努力をしてるのを、男性に見られるのはキツイですね。」
「レイさんが一週間ほどいなければ、その間はお店を休んででもやれるのですけどね…」
「あー…そういう流れに持っていくんですか。何だか脅迫っぽいですね。」
「何のことですか?ただ私は‘レイさんは一週間で痩せる方法を知っている’ことと‘それをしているのを殿方に見られたら女性として恥ずかしいかな’ってことを考えただけですよ。」

その2つに‘一週間で何としても痩せたい女性がいる’という点を加えれば、それはもう立派な脅迫になると思うんですが…言っても無駄なんだろうな、この女神様には。

「それじゃあ、この話は無かったことで。」
「ええ、そうですね。それじゃあ俺は仕事に戻────」

‘グワシ…’

何か、4つの手が俺の首やら肩やらを力の限りお掴みになられてます…沙羅、このままだとお前のいる場所に行けそうな気がしてきたよ。
何か、背中から殺気がビシビシと伝わってきます。具体的には『痩せる方法を教えないとこのまま絞め殺す!』といった感じの殺気が…

「レイ…お望みどおり、一週間の暇をあげるわ…」
「わーい、嬉しいー…」
「その代わり…何をしなければいけないか分かってるわね…?」

ギリッ…と、微妙に俺にかかる圧力が増してきた。それぞれの手は、確実に鎖骨や動脈やらにセットされているため、力が弱くても間違いなく俺は新しい世界へと旅立てるだろう。
ってか、何で料理人とウェイトレスと王女様が殺人術を知ってるのかお聞きしたい。

なるほど、ミリアさん。あなたはこの4人を脅迫なんてしなかった。
脅迫されるのは、他でもないこの俺でしたね…


9 :雨やかん :2007/06/14(木) 16:29:30 ID:VJsFrctD

子供と俺とで切る斬るKILL!?

お店を出てから2時間。

ミリアさんの協力の下、『世界』を出てから1時間。

はっきり言おう。俺は甘かった。

「っ、あああああああ!?」
「くそっ…逃がすものか!」

間一髪で右に跳び退いた俺の隣を、白銀の閃光がヒュンとすがすがしいまでの音を立てて通っていく。そのまま強引に軌道を変えられた銀閃は、今度は最も的としては大きい俺の腹に向かってきた。

「の、お、りゃぁっ!?」

再度跳躍。
今度は相手の頭上を越えるように跳んで、地面に着地と同時に離れるように転がって距離をとった。

「くっ…しぶとい…」
「おい!俺の話を聞いてくれ!」
「黙れ!」

『人の話を聞きなさい』
そう小学校の通信簿に書かれていたのを思い出しました。なるほど、先生。あなたの忠告は正しかった。人の話は聞かないだけでこんなにも恐ろしいことに発展するんですね…

具体的には…レイ・キルトハーツ、現在1人の人間から殺されそうになっています。

ことの開始は、『この世界』にやって来たことからだった。

「はい、到着しましたよ、レイさん。」
「ありがとうございます…すいません、無茶を聞いてもらって。」
「いいんですよ。」

そう言って、俺を連れて‘異世界転移’という、まさに神業をやってくれた存在、ミリア・ランクフォードは笑顔で俺を見つめる。

「しかし、突然レイさんが『異世界に行きたいんです』なんて言ったときは驚きでした。」
「ははははは…それで、ミリアさん。ここは…?」
「はい。ここは、私が知る世界の一つです。今は色々と問題が起こっているようなのですけど…ここから離れた村に、美味しいお肉があるとのことです。他の神が教えてくれました。」
「ステーキ用ですか?」
「そこはレイさん次第ではないでしょうか。」

俺がまず最初に手にいれようとしたのは…メインディッシュを張れるステーキ用の肉。それを、この世界の野菜で作ったソースを添えて、後は細かな味付けの代わりもやっぱりこの世界のものを使って…うん。いい感じだ。

「それでは、レイさん…5時間です。」
「はい。」
「この世界の時間の流れは、今までいた世界と比べて少し早いです。5時間後、レイさんがいる場所に行きますので…それでは私は一旦戻ります。」

俺を心配そうに見つめて、ミリアさんはヒュンと音を立ててその場から消えた。それを確認してから、俺もいざ目的の村へ歩き出した───…


…───のが、30分ほど前のこと。
問題は、村へ続くであろう道を発見したときに起こったのだ。

「…あ、見つけた。これを…あっちか。」

どんな村だろうか、どんな肉があるんだろうか、ミリアさんに言葉が通じるようにしてもらってるし、お金もちゃっかり頂いたから、少しぐらい値下げしてもらえないか…

そんな平和なことを考えていた。

そんな平和な世界だと思っていた。

そんな平和な考えは────…一瞬で消えた。

「グルルルロオォォォ…」
「…は?」

何かのうなり声に反応し、本当に何の警戒も無く、俺はひょいと背後を振り返った。

‘明らかに人間でも獣でもない何かがそこにいた’


「…は、ぁあ?」
「グエアァウゥウ!!」
「う、おおおおおおおお!?」

馬鹿みたいな言葉を言いながら、俺は地面に伏せるように倒れこむ。その上を飛んでいった何か…っていうか、ほとんどゲームに出てくるようなゴリラのような‘モンスター’。
そう。あれは、モンスターだ。人間じゃない、人間の敵。知識なんて無くても分かる。あれは、人の、命を、喰らうための、存在だ。

「うそ、だ、ろおおおおおお!?」
「ボウオウゥォオオ!」
「っ…ら、あああ!」

再度突っ込んでくるモンスターの頭上を飛び越えて、伏せたときに拾っていた拳大の石を思い切り投げつける。この世界でも俺の力は通常の5倍。全力で投げた石は、間違いなく命を奪う凶器だ。
‘ドボン…!!’
とてつもなく嫌な音が響いた気がする。おそらくは、俺の投げた石がモンスターの頭を直撃したために、頭蓋骨が陥没した音。もしくは、中の脳が押しつぶされた音だろう。

「グゥギュエェエェエ…!?」

断末魔の悲鳴を上げて、撃沈するモンスター。
戦闘時間はほんの数秒。遭遇して、しゃがんで、跳んで、石をぶつけて、終了。親衛隊なんかよりも体力的にははるかに楽な作業だ…が、俺の背中には依然として冷たい汗が流れ落ちていた。

ミリアさん…こんな世界に連れてくることは無いでしょう!?ここまで命の危機に肉薄すなんて、イモルキ王国との戦闘でも無かったのに、これは…やばい。急いで村に行こう。そして、ミリアさんが来るまで息を潜めて過ごすしか────

‘ガサガサガサガサ…バキッ、パキキ…’

「っ!?」

ま、まだいるのか!?くそ…そりゃあ、確かに戦闘なんて慣れてはいるけど、それでも喧嘩の域を出ないんだ。こんな、殺し合いなんて俺の範囲じゃない!三十六計逃げるにしかず、とも言うし、現れた相手に不意打ちをしてダッシュ…これだ!
‘…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…’
早鐘のようになる心臓を押さえつけるように胸に手を当て、俺は茂みの中をじっと見据える。低木が揺れる。枝草を踏みしめる音が大きくなる。そして、俺の前の小木が開かれて────

一人の小さい子供が現れた。


10 :雨やかん :2007/06/15(金) 11:00:38 ID:VJsFrctD

あいつは可愛い、年しーたの女の子…え、違う?

「…へ?」
「ん?あんた、誰?いや、それは良いか…それより、こっちに化け物が来なかったか?」

手には一本の剣を持った子供。年のころは…10歳ぐらいか。肩には妙に懐いている小鳥が乗っている。少なくとも、さっきのようなモンスターじゃない。正真正銘の人間の子供だ。

「…何だ…子供かぁ…」
「な…!しょ、初対面でガキ、扱い、しなくて…いいですよ…?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと緊張してたから…こんなところでどうしたんだ?迷子か?」
「だから、ガキ扱いしないでくれるか?」

いや、だって…俺、16歳。相手10歳ぐらい…別に当然の対応だと思う。ってか、あんなモンスターがいる場所に、子供が一人は間違いなく迷子だろ。
それに────

「子供扱いっていうか、女の子を雑には扱えないって。」
「な───!」
「変に気を張らなくて良いよ。さっきも言ったけど、俺もちょっと緊張してるしね。だから、そんな風に警戒しなくても大丈夫だって。」

もう少し年があればハッキリと体つきに丸みを帯びるんだろうけど、男にしては背が低いし、顔立ちも女性寄りな気がする。筋肉が付いてるのは、多分それなりに苦労してるから、かな?

「折角だから、近くの村まで一緒に行こうか。」
「────…だ。」
「俺もそこに用があるし。君の両親もそこに向かってるかもしれないよ。」
「────…こだ。」
「ほら、一緒に…って、何か言った?」

顔をうつむかせ、今まで震えていた女の子。心細さからか、それとも恐怖からか…そんな考えが頭をよぎった瞬間。
握られていた剣が持ち上げられ、その腹をかぶせるように俺に頭に振り下ろされる!

「お、れ、は…‘男’だああああああああああああ!!」
「へ────…ってぶべっ!?」

ぐおおおおおおおお!?痛え!?さすがに油断してたせいと、金属を重いきり振り下ろされたせいとで地味に痛え!?ってか、頭を強打って!

「殺す気か!」
「うるさい!ガキ扱いだけでなく、女呼ばわりしたくせに!温厚なオレだって怒るぞ!?」
「…え。女の子じゃないの?」
「男だ!正真正銘性別男だよ!」
「…ごめん。何歳?」
「12!文句でもあるのか!」

12…12歳…俺の世界では翌年には中学校に入るだろう年齢だけど…けど、目の前の男の子は、明らかに────

「…ちっさ…」
「喧嘩売ってるのか、あんたは!?」
「え、あ、い、いや、ごめん!こぢんまりしてる…」
「意味に変化ないぞ!人が気にしてることを!ちょっとばかり背が高いからっていい気になるな!これから伸びるから良いんだよ!」
「あー…うん、そうだと良いね…」
「目をそらしながら励まされても腹立つだけなんだけど!?」

いや、医学的見地から言わせてもらえば…成長期に入っても、多分だけど君の身長ではやはり一般男性の平均身長には届かないと判断できるぞ…残念ながら。

「くそ…妙な体力を使った…とりあえず、何処かに隠れた方がいいよ。さっき、この辺りに魔───いや、化け物が出てるからな。」
「あー…その化け物って、あれか?」
「は?…あ、ああ?」

俺が指差した方向にあるのは、ついさっきまで俺を襲っていたモンスター。もちろん、絶命済み。さっきは気付かなかったけど、何だか顔のいろんなところから血みたいなものが流れ出してきてる。血の色は、赤。

「とりあえず、倒せたからよかったよ。」
「な、倒したって…あんたが!?」
「え?う、うん、まあ一応。」
「…オレしか、魔が倒せないわけじゃないけど…あっさり…」

何だか呆然とした顔で呟き始めた!あれ?ひょっとして、何かヤバイこと言いましたか、俺?ちょっと落ち込んでる?ひょっとして、俺って余計なことしてしまった?この子の親の仇でしたとか、そんなオチ?

「あの…元気だして、な?あ、飴玉いるか?」
「だから、ガキ扱いをするなと────…え?」

不意に。
本当に不意に少女…じゃなくて、少年の顔つきが変わった。今までの年相応のあどけなさが消え、真剣な…どこか、緊張と恐怖が混ざった表情。

「…なんだって…?」
「え?あの、キミ…大丈夫?」
「…それ本当か、ラキャラ…?」

何か目に見えない何かに語りだしましたよ!?怖っ!オカルトか!?私、普通の人には聞こえない声が聞こえるんです、とか言い出すのか!?

「…じゃあ、こいつも…『アガバン』の…?」
「あがばん?」
「おい!あんた、アガバンの人間なのか!?あいつと…クーヴァと同じなのか!?」
「は、はあ?突然、何を言ってるんだよ?」
「ああ、もう!だから、あんたも‘異世界’の人間なのか!?」

─────…ドクン…─────


11 :雨やかん :2007/06/18(月) 13:19:21 ID:VJsFrctD

真剣と書いてマジと読む!

落ち着け。
落ち着くんだ。
この少年の口調から、別に俺が異世界の人間だと確信を持っているわけじゃないのは分かる。けど、何故俺が異世界から来たなんて判断できた?
そもそも、この少年の言い方からすると、他にもこの世界に別の世界から渡った人間がいるってことか?ミリアさんに感知されずに?俺以外の世界移動は、全てあの人の管理の下で行われているんだから、そのクーヴァという人もミリアさんに連れて行かれたのか?

「一体、何を言ってるんだ…?」
「…オレ、剣術を習ってたから…分かることがあるんだ…」
「俺が異世界から来たとかいうことも…?」
「…異世界って言葉を出した瞬間から、あんたが必要以上に警戒して体の筋肉を固めたこととか、なっ!!」

失敗した───そう感じる前に、俺は少年が振り下ろした剣を避けていた。けれど、早い!四聖騎士よりも明らかに早いぞ?こんな子供が!?
まさか…この異世界じゃ、俺の能力は5倍だけど、ここで生きてる人達の能力も、地球の人間の2、3倍はあるのか!?だとすると、ヤバイ!

「く…ま、待て!いきなり何のつもりだ!」
「アガバンから来たとは違う…そして、ラキャラが感じた異常な気配…あんた、魔の仲間か!」
「だから、その魔って一体───」
「あの女のことを吐いてもらうぞ!」
「何のことだ!?」

────…なんてことがあって、少年と俺とのマジ戦闘が始まったわけだ。
いや、もう…人の話を聞くって大切なんですね先生…


振り下ろされた剣をかろうじて避ける。が、その剣は途中で軌道を変更して俺の腹へと向かってくる。それを跳躍しながら回転することでかわし、再び地面に着地。その後、もう一度相手の方へと走りこむ。
狙いは、相手の剣を奪うこと。どういうわけだか分からないが、ともかく今回相手は俺を傷つけることに何の躊躇もないらしい。と言うか、明らかに『殺してもオッケー』ぐらいの感覚のようだ。
あいにく、俺は異世界の人間に殺されかねない恨みを売った覚えは無い。この世界への旅行なんて今回が初めてなんだからなおのこと。

「俺は、その魔とかいうのとは関係ないぞ!」
「黙れ!村を襲ったのはお前の仲間だろう!言え!蟲を使う女がいるはずだ!」

…え、何?村のみんなは魔に殺されたとか、そういうヘビーな話?

「くっ…いい加減にしろ!ちょっと手荒にいかせてもらうぞ!」
「来い!」

少年が横なぎに払った剣を飛び越えて、そのまま彼の背後に回りこむ。もちろん、空中でも相手から視線を外さないことは忘れないし、降りてからすぐに行動に移せるようにひねりを入れて反転、着地した瞬間には少年の方を向いている。
そのまま一気に近づく。少年が背後の俺の足音か何かに気がついたらしく振り返るが────

「遅いっ!」
「う、わ、あああああああああああ!?」

振り返ったその胸倉を片手で掴み、回転しながらそれに巻き込むような形で放り投げる!
‘ドォウゥン……!’
狙い通り、近くの着にぶち当たって動きを止めることに成功した。

「っ…か、はっ…!?」

あの剣を右手のスタンガンで弾いて懐にもぐりこむ。そして、左手で剣を持った右手を押さえて、そのまま皮膚が露出している首に電撃!怪我をさせずに相手を無力化するには上等の手段のはずだ。
考えをまとめた次の瞬間。俺は少し離れた位置から足に力を込める。全身を使ってタメを作り、それを一気に足へと収束させる。地面を足の裏で蹴って第一の加速。地面から離れきる前に指の付け根でもう一度蹴って第二の加速。さらに足の指で地面を弾いて第三の加速。それを、あの少年までの距離を片足で一度ずつ!計6回の加速だ。
自分の体が重力の枷を外し、一瞬とはいえ人間の限界をはるかに超えた…音速とまではいかないものの、高速道路を全力で走る車を軽々と追い抜く速度まで達した俺の姿はこの距離では人間の目で追えるものじゃないはずだ。追えたとしても、体が反応できるはずがない!

‘ドウゥンッ!!’

俺の足元───いや、俺の後方で地面が砕ける音がした。加速に成功。予想通り、少年は呆然とした表情で俺が‘いるはずの場所’を見ている。そして、実際の俺はすでに彼の懐まであと1メートルの距離だ。まずは剣を払って────

‘バサバサバサバサ…!’

「っ、な!?」

視界が無くなった。
いや、無くなったわけじゃない。わずかな隙間から光が漏れて───隙間?おい、何だ隙間って?誰が、高速で動いた俺を捕らえることが出来たんだ!?何が、俺の視界をふさいでいるんだ!?

「っ…ラキャラ!」

ラキャラ…?
先ほどから何度か少年が口にしていた言葉だ。名前のようだとは思ってたけど…この俺の視界を奪ったのがラキャラ?って、それにしたってどうやったら俺の高速に人間がついていけ────

そういや、この子…肩に小鳥を乗せていた?
小鳥とはいえ、高速で飛び回る鳥…たとえばツバメなんて時速200キロを超えるときすらある。そんな鳥から視れば、俺の高速なんて…自分が飛ぶ速度の何分の1だ?
仮に、人語を理解できる鳥がいたとしよう。
仮に、言語を特定の人間だけに理解させられる鳥がいたとしよう。

‘人間’には付いていけない速度も、宙を舞う‘鳥’ならば…!?

「う、おおおおおおおおおおっ!」

や、ば─────!?

‘ザグシュ………’

熱い痛みが、俺の腹に響いた。


12 :雨やかん :2007/06/20(水) 15:55:27 ID:VJsFrctD

昨日の敵を今日の友に変えてみよう


「はあっ!はあっ!はあっ…!」
「く、つっ…う…」
「た、助かったよっ、ラキャラ…」

痛みに霞みそうになる俺の視界の端で、少年の肩へと小鳥がゆっくりと舞い戻っていく。
ってことは、俺の推論は見事に当たりかよ…!俺が、異世界の人間だと見破ったのもあの鳥───っ痛…!

「あ、ぐ…うくっ…」
「浅かった、か…?」

当たり前だ…ギリギリで何とか体は捻った。本当なら両断コースを、何とか肉を切らせた程度で止めたんだ…けど、やばい…!このままだと、本気で‘殺される’…!

「はあっ…はぁ…教えろ…お前らは、一体…何者だ…」
「くうっ…だ、から…本当に、俺には何のこと、だか…ぐ…分から、ない…」
「じゃあ、何で…ラキャラがお前に、この世界の人間とは微妙に違う気配を感じた…?」

相手はだんだんと呼吸を整えていく…くそっ…こっちは、地面に膝をついたまま、斬られた部分を手で無理やり閉じるのがやっとなのに…出血がひどいわけじゃないが、これは、簡単には止まらないぞ…!どうする…!?

「お、れは…確か、に、異世界の、人間だ…けど…君の、言ってる、奴らとは、全く、無関係だ…!」
「そんなこと信じられるか!」
「くっ…お前…」

なんて…なんて、この少年は…この子は…

「…辛いこと、が…あった、んだ、な…?」
「なっ…!?」
「一人で…人を、疑わなきゃ…いけな、いって…思って…他、人を…信じられ、な、い…ぐらいのこ、とが…」
「お…お前らが!お前らがそうしたんだろう!?村を…村長をっ!」
「…そ、っか…た、い切な、人…を…亡くした、んだ、な…誰か、の、ために…」

俺が、沙羅を失ったように。
この少年も、12歳にしてどんな存在を失ったのか…
その魔という存在により、何を失うことを恐れているのか…
俺には分からない…分かることは、きっと無いだろう…けど…

「…信じ、るんだ…」
「だ、誰が、あんたなんか…!」
「お、れじゃ…ない…君、の…世界の、人を…信じ、て…世、界は…君、が、思って、る、より…信じ、られる、存在、で…溢れて、る…」

この少年は…‘なんて寂しいんだろう’…
最初は、俺をただの人だと思っていたから、俺の安全を確保するような言葉をかけてくれるぐらい優しい子だったのに。
敵と思ってしまった。思い込んだ。それだけで、こうまで人を傷つける。これじゃ駄目なんだ…敵だと思った人を傷つけるだけじゃ…世界は、成り立たない…

「信じ、ろ…人を…君の、見てる、世界を…もっと…」

あ…やばい…ちょっと目が霞む…これでこの少年に襲われたら…絶対に死────

‘ガサガサガサガサ…!’

微妙に聞こえた音に反応して、そっちに視線を向けてみる。霞んだ視界に立つのは、どこか微妙に歪んだ形の巨大な影…って、いうか…獣?
まさか…こんなときに、さっきのモンスター…!?しかも…デカい!?

「な…こ、これも魔なのか!?」
「知る、か…っ…!」

俺の血に反応したのか…?だとすると、獣の本能に従ってると仮定したら…‘弱った獲物’を狙うに決まってる、か…
気だるげっていうか、力が入らない体に鞭打って立ち上がる。もちろん、視界は霞んだままで息も荒い。

「狙い、は…俺、だよな…!」
「な…なんであんたなんだよ!?」
「どっかの、人の、話を聞かない、子供が…大量に、血、流させた、からじゃ、ねえか…?」
「あ───…あんた、本当に、魔と…関係、無い…のか?」
「…言った、ろ…もう、少し…世界、を、信じろ、って…さ…」
「あ…あ…お、俺…!」
「自分を、責めて、る、暇…無いぞ!」

俺は少年を突き飛ばし、その反動を利用するように反対側へと飛びのく。
そうして左右に分かれた俺たちの間を、巨大な獣が嫌な匂いを引っさげて飛んできた。あの匂いは…うっわ…血の匂いだ…しかも、人間の…

「く、そおおおおおおおお!!」

‘ギイイィィィン!’
少年が剣でモンスターの背後から切りつける。素早く反転したモンスターは、その爪で剣を受け止める…って、どんな硬度を持ってるんだ、その爪は…!
しかも、見かけによらず動きも速い…!あの少年の剣さばきにちゃんと対応してる…あの少年が奥義とか必殺技とか持っててくれると嬉しいけど…

「うおおおおお!」
‘ギュルグゥオウオオ!’

‘ギィン…ガイィン…キィン…ギャリイィン…’
持ってない…か。そりゃ、漫画みたいには、いかない…よな…なら、考えろ…今の、俺に出来ること…あの、モンスターを観察して、頭を回せ…!勝率を、上げろ…!

あの獣は、少年の剣を弾いた…つまり、剣を脅威とみなしているってことだ。それは、やつの体は刃を通すという証明にもなる。なら、あの少年がモンスターを斬れば勝負はつく。
そのためには…まだ、まだ観察しろ…
やつの体、瞳の付き方、リーチ、俊敏の限界、息遣いも────…‘息’?
息をするってことは…やつは呼吸をしてるのか?俺も呼吸してるこの世界で?つまり、この世界には‘酸素’がある。だったら────!

作戦を展開。
最初に結果。
結果を導く過程を仮定。
仮定を選択、削除、補正、修正。
作戦の決定から─────────実行!


13 :雨やかん :2007/06/25(月) 12:00:29 ID:VJsFrctD

みんなみんな生きているんだ、酸素がいるな〜♪

ギリギリの体を動かして、俺はもう一度先ほどの三段加速を使う。突っ込む先は、少年だ。
その、年齢にしては小さな…いや、こぢんまりした体を抱えて、モンスターから離れる。

「な!お、おい!?」
「君、今更だけど…名前は?」
「え?あ?り、陸だ…」
「よし、陸!俺はレイだ。とりあえず手伝ってくれ…あの化け物を、倒すぞ…」
「ど、どうやってだ!?」
「俺があれの動きを止める。その隙にやれ!」
「動きを止めるって…それもどうやって!?」
「それは、見てのお楽しみだ…あの、大きな木の上にいろ!俺が合図したら躊躇せずに行け!絶対に俺が止めてやる!」
「う…」
「俺を信じろ!陸!」
「…分かった…あんたを信じる…レイ。」

俺は陸を放し、そのままその木の近くで立ち止まる。陸がざざざっと木を上っていくことからわずかに遅れて、モンスターもやって来た。

「雨じゃなくて、助かったよ…」

こっちに突進してくるモンスターを見ながら、俺はバックパックから花火モドキを取り出す。モドキである理由は…完全な失敗作だからだ。
この花火は、まず非常に小型。おそらく、爆発の半径は30センチ程度だろう。元々はキララ達と店先で遊ぶために作ったものだしな。さらに失敗した理由は、これは色が付きすぎる。
花火の色は炎色反応。花火の中に含まれた金属が高温で爆発する火薬によって燃やされ、リチウムの赤、銅の緑、カリウムの紫などの色を生み出すのが花火のメカニズムだ。
つまり、この花火は金属が入り過ぎている…ただでさえ燃えにくい金属を一気に燃やすために、火薬などの調合をいじった結果できた究極の失敗作は、まさしく凶器だ。

物体が燃焼するのに必要なものは…酸素。
生物が呼吸するのに必要なものは…酸素。

「その体に炎が直接通じるかはともかく…」

放電。

「‘呼吸のための酸素が無くなれば’…」

着火。

「‘生物’である以上は止まるしかないよな?」

投球。

‘ゴウッ!!’

爆発!

一瞬で周囲どころか体内、しかも頭部の辺りで炸裂した炎は容赦なく脳からも酸素を一瞬で奪いつくす。酸素を周囲から消すのは一瞬だが、肺の中から酸素を奪われ、一時的とはいえ脳が酸欠になればあらゆる生物は停止する!

「りいいいいいいいいいいいいくっ!」
「う、おおおおおおっ!!」

上から飛び降りてきた陸が、真下に刃を向ける。
その切っ先が、モンスターの頭蓋に突き刺さり、脳を貫いて、顔面を縦に裂きながら、顎から抜け出る!

それが、この戦いの終焉だった。


14 :雨やかん :2007/06/28(木) 13:02:27 ID:VJsFrctD

俺の世界と彼の世界が混ざったその一瞬


「本当にすいませんでした。」
「いや、大したことがなくてよかったよ…」
「全くですよ、レイさん。迎えに来てみたらいきなり死にかかっているんですから。」

ミリアさんの不満顔も甘んじて受け止めるしかない。
あの後、意識を失う前に急いで簡単な処置をして止血した俺は、そのまま横になって休むことにした。出血のせいもあってかぐっすり眠った俺を起こしたのは、陸ではなく迎えに来たミリアさんだった。そのときの顔といったら…正直、ミリアさんの泣き顔を拝むのは二度とごめんだと思う。

「あの…この女性、何…?ラキャラも、何だから意味不明って言ってるんだけど…」
「異世界に渡れる存在。」
「じゃ、じゃあ!アガバンにも行けるのか!?」
「それは出来ません。あなたの言う世界は、この世界の裏の世界であって異世界ではないんです。異世界の移動は出来ますが、裏への移動はまた別の手段となりますから。あなたが立っているのは紙の上。私達が来たのは別の紙。あなたが言うのは紙の裏。つながった紙の表面を行き来することが出来ても、どうして裏へと行けましょう。裏に行くことは超えることではありません。破ることです。穴を開けることです。通ることです。それは、私の身では行えません。行きたいと願うのならば、この世界で、その世界へと通じる穴を探すか、作ることです。」

神様として、世界の真実をとつとつと語るミリアさんだが…正直、俺にはいまいち理解できない。けれど、陸には何か分かっているようだ。裏の世界…か。異世界でない世界。それは、一体どんな姿をしているんだろう…そして、その世界と陸の関わりって…?
そもそも、陸のいう魔って何だ?何故、陸は旅をしているんだ?何に導かれて…?

「…レイ。」
「ん?」
「その…ありがとう…オレ、もう少し…信じてみるよ…人を…世界を…」
「…ああ、頑張ってな。」

…難しい考えなんて、いらないか…
俺はこの世界を去る存在。
陸はこの世界で生きる存在。
交わらない点で交わった、運命と偶然が交差しただけの出会い。
これ以上、俺が彼の物語に関わることは許されないよな。

「それじゃ、陸…じゃあな。」
「ああ。またな。」
「あ、そうそう。最後に一つだけ忠告だ。」
「え?」
「…一般に、背が伸びると言われて飲むミルクだが…あれは、実際はいくら飲んでも身長の成長とは無縁だ。」
「な───!?」
「好きな飲み物がミルクと言うなら…そのことを覚えておくと良いぞ。後で、騙されたということの無いように。」
「よ、余計なお世話だ!これから伸びるんだよ!これから!」
「…叶うといいな、その夢が。」
「爽やかな笑顔がすごくむかつくな、おい!」

こんな別れ方でいいんだろう。
きっと、彼はこの世界で生きていく。俺はそう信じる。だから、さよなら。








この世界は、新小説広場で連載されている【星のかなた】とのクロスオーバーです。
レイと関わった陸君の冒険を読まれたいかたは、ぜひそちらへお向かいください。


15 :雨やかん :2007/07/03(火) 16:27:14 ID:VJsFrctD

ぼーいずらぶは女子の文化だと、偉い誰かが言いました

○月×日 晴れ
今日もいい天気だ。そして、そんないい天気の中俺は────


追われています。


「待ってくれえええええええええ!!」
「止まってくださああああああい!」

背後からは人の大きな叫び声。しかし、待てと言われて待つものか。止まれと言われて止まれるか。
だって、背後の声は‘野太く熱っぽい’のだから。

「萌えええええええええ!」
「こ、このネコ耳を付けてくれええええ!」
「踏んで!そして罵って!」
「あなたの綺麗な瞳で僕を射抜いてください!」

怖い。
心底怖い。
数時間前までの少年剣士、ならびにモンスターとの死闘とは違う、けれど負けずとも劣らないほどの恐怖が背後から迫ってくる。しかも、多数。
何故こんなことになったのか。
どうして俺はこんな‘姿’をしているのか。
そもそも、俺はここに何をしにきたんだ。
間違っても、こんなことをするためにこの世界に来たわけじゃないはずなのに…
ことの始まりは今から1時間ほど前にさかのぼる…



「今度は、モンスターなんていませんよね?」
「ええ。ここはレイさんの故郷の世界と文明レベルは同じですから。もっとも、全く同じような発展をしているわけではないでしょうけど。」
「そうですか…良かった。」
「本当に先ほどはすみません。あの世界、以前はあのような場所ではなかったはずなのですが…」
「ミリアさんも世界の全てを把握しているわけではないんですね。」
「把握しようと思えばできるのですが、そうするとキララとの記憶を消しかねませんので…クリューガーと会う前の私には、戻れませんから。」
「なるほど…まあ、目的のものは手に入りましたし、良しとしましょう。」

一つ目の異世界で、命の危機に立たされながらも上等の肉とそれを味付けるものを手に入れた俺は、ミリアさんの協力の下、再度異世界を渡ることにした。
そしてついた世界が────

「この世界に美味しいケーキ屋があるんですよね?」
「はい。ケーキ屋というよりは、美味しいケーキを作る人がいるんですよ。以前、偶然ですが食べにきたときに頬が落ちそうになりました。」
「よし…とりあえず、その人のところに…」
「買いに行くんですね?」
「いえ、作り方を盗みに行きます。」

ミリアさんが珍しく硬直した。

「…レイさんが、悪い子に育ってしまいました…」
「いや、そこで泣き崩れなくても。」
「あなた…やはり母親一人じゃうまく育てられません…無力な私を許して…」
「俺があなたの子だとすると、キララとは兄妹となるので結婚できませんが。」
「レイさん、私の老後の楽しみを奪う気ですか!?」
「ならば、妄想を止めてください。後、数少ないミリアさんの叫びがそんなのだと
少し泣けてきます。」
「…レイさんのツッコミの腕が上達してしまいました。」
「日頃からボケ担当に囲まれて生きてますから。人間の適応能力って素晴らしいですね、ミリアさん。」
「まあ、それでもキララ達の世界に戻れば、回りのボケのレベルも上がってるので、レイさんはやはり大変なんですけどね。」
「目をそらしたい事実を言わないでください!?」

思わず叫んだ。
あ。何だか、珍しくミリアさんが勝ち誇ったような顔をしている…うわ、予想以上に悔しいぞ、これ。

「まだまだですね。」
「何の勝負だったんですか!」
「そんなのでは青が…じゃなくて、ヴェロンティエの柱にはなれませんよ?」
「テニスの○子様!?」
「美形の男の子を大目に出しておけば、女の子受けはバッチリなんですよ。」
「何の話ですか!」
「学園もので重要なのは、BLに持っていけるかどうかですよね。」
「BLて!神様がそんなの読まないでください!」
「キララの箪笥の中にも隠してありますよ?」
「知りたくなかった!」
「フォルトちゃんも本棚が一列それで占領されていますし。」
「多っ!?」
「マリスちゃんは買ってませんけど、古くのお友達にレイさんと四聖騎士の3人との漫画を頼んでました。」
「まりいいいいいいいいいいいいいいす!?」
「ちなみに、リリアちゃんには私からこっそり渡しておきましたのでご心配なく。」
「最後の砦も陥落していた!」
「この一週間の旅行の間に、四人ともBLから抜け出せなくなるはずです。」
「ひょっとして、俺が店を離れるのに協力的だった理由はそれですか!?」

途方も無く恐るべき計画が判明した。

「ってか、何が理由でそんなことを!?」
「レイさんと仲良しの男性にも嫉妬するようになれば、レイさんへのボケのバリエーションも広がるかと。」
「って、話題を最初に戻した上に本当にろくでもない計画ですね!?」

時々、この女神様さえいなくなれば俺の周りは格段に平和になると思ってしまうのは俺だけだろうか…


16 :雨やかん :2007/07/05(木) 13:53:57 ID:VJsFrctD

レイとレイと少年と

「はぁ、はぁ、はぁ…」
「もう、レイさんってば、あんなに激しく…まあ、私は激しいの嫌いじゃないんですけど。」
「誤解を招くような言い方は止めて!?」
「それでは、レイさんで遊…いえ、レイさんと遊ぶのはここまでにして…」
「今、すっげえ不吉なセリフが聞こえたのはわざとですか?」
「ケーキ職人さんですが、現在の時間はあちらの学校におられるはずです。」

俺の言葉を華麗にスルーしたミリアさんが指したのは、大きくその姿をさらしている建物だった。
学校らしいが…以前の調理学校のときのように、何やらひと悶着あると俺の直感が告げている。出来ることなら入りたくない。
よく考えたら、俺ってどうしてあの陛下のためにここまでしてるんだろ…ここまでするほど、あの人に何かしてもらったか?いや、むしろ俺がいつも疲れてるんだし、何もプレゼントとかいらなくね?

「うわあ…すげえやる気が無くなっていく…」
「円滑な人間関係を作るには手土産は必須ですよ?」
「多分、俺はリリアとのことが無ければ、あの人とのつながりなんて喜んでぶった切ってます。」
「悪い子ですね。」
「はぁ…まあ、ここまで来たわけですし…お店にもプラスになると信じて行ってきます。」
「はい、いってらっしゃいレイさん。」

そうして早速一歩踏み出─────


「うひゃああああああああ!?」
「うわあああああああああ!?」
「…は?」

‘……ドゲシッ!’

「ぐあっ!?」
「痛たたた…全く、何をしてるんだよ…」
「ごめんな〜?けど、目的は果たしたし、結果オーライや。」
「…おい…」
「過程も大事だって教わらなかったのか?」
「ええやん。こうして葵がかばうてくれたんやし。うちは役得や♪」
「…おい…」
「はぁ…ほら、とりあえず学校に行くぞ。始業まであと少しなんだから。」
「ん〜、葵ぃー、今日は学校休まへん?」
「…おい…」
「駄目だって。ほら、行くぞ。」
「嫌やぁ…、うち今日は葵と一緒にいるんやー♪」
「…おい…」
「全く…いい加減にしろよ‘レイ’。」
「ぶーぶー。」

─────……ぶち。

「お、ま、え、ら、が…いい加減にせんかああああああああああああ!!」
「うおあっ!?」
「ひゃぁっ!?」
「いつまで人の上に乗ってんだ!しかも、そのままバカップル会話を続けてるんじゃねえ!挙句の果てに初対面の他人に呼び捨てで窘められることなど何一つとしてやってねえぞ!」

はあ…はあ…はあ…
なるほど…周囲の目をはばからずにいちゃつくというのは、こんなにも他者に不快感を与えるものだったのか。親衛隊の気持ちが少しわかったよ。今度、店で何かおごってあげよう。謝罪代わりに。

「え、あ!ご、ごめんなさい!」
「す、すいません!う、うちら気付かへんで!」
「嘘付けぇ!お前、今明らかに俺の名前を呼んでただろうが!」

しかもいい加減にしろとか言われたしね!もう、この男は親衛隊レベルで張り倒しても大丈夫かな!?

「…葵、知り合いやったん?」
「…いや?」
「…そういや、何で君は俺の名前を知ってるんだ?」

何故、俺はそこに気付かなかったか…よく考えたら、この彼が俺の名前を知ってるとかあり得なくないか?初対面だし。そもそも、あの会話の流れで俺を呼ぶのっておかしいよな…あれ?

「…ごめん、自己紹介して。」
「人の名前を聞くときは自分からやろ?」
「いや、今回はこっちに非があるんだから大人しく従うぞ‘レイ’。」

…うわぁ…まさか、そう来るかぁ…

「えっと、杉村 葵です…高1。」
「レイ=アイチュラや〜。年は葵と同じやで。」
「…レイ・キルトハーツ…君らと同い年。」

あー…そういうことか。この黒髪お団子の美少女さんは、つまり俺と同じ名前なわけね…
…何か、早くも不幸のスパイラルに足を踏み入れかけてる感覚に襲われているのは気のせいだと信じたい。

…無駄だろうけどさ…


17 :雨やかん :2007/07/09(月) 12:23:26 ID:VJsFrctD

見慣れぬ世界の見慣れたヤツら


「ふ〜ん、つまりレイ君はこっちに美味しいケーキを求めて旅してきたん?」
「ああ。何でも、この学校にとてつもなく美味しいケーキを作る職人がいるって聞いたから。」
「あ〜、きっとそれって────もがっ?」
「見つかるといいですね、その人。」
「全くだ。正直、何事も無く見つかればそれに越したことはないよ。」

優しい葵君の言葉に励まされながら、俺は軽く肩をすくめて学校へと向かう。
そういえば、誰かとこうやって話しながら学校に向かうなんて随分と久しぶりだな…何だか、懐かしくて心地いい。

「それで、心当たりってないか?この学校にケーキを上手に作れる先生の。」
「うん、多分やけどそれってあ───もが?」
「いや、そんな先生はいなかったと思うけど。」
「そっか…だとすると、生徒の家族かも…この辺に美味しいケーキ屋があるとか聞いたことないかな?」
「それなら当然あお───もぎゃ?」
「うん、そんなのも聞いたこと無いな。」
「…さっきから何をしてるんだ…?」

俺が見ている前で、レイさんは何度も葵君に口を塞がれては不満気に彼を見ている。その瞳には疑問とか色々なものが混ざっているんだけど…

「いや、レイは魂が口から出ることがあるからこうやって塞がないといけないんだ。」
「うち、そんな病気持ってないで!?」
「そっか、大変なんだな。」
「哀れむような視線は止めて!葵の嘘やから!」
「キルトハーツ。俺を信じてくれ。」
「了解。」
「葵が意地悪や!こうなったら、全部言うたる!あのな、葵は────」

レイさんが怒ったような表情で、それを言おうとした瞬間─────

「貴様!今日も我らがレイちゃんと登校しおってからにいいいいいいいいいいいい!」

…何故だろう。唐突に、キララ達の世界にいるはずの因縁深い彼らを思い出した。

「しかも、増えてる!?」
「誰だ、その抜け駆け野郎は!?ええ!?」
「ぶったおせー!」
「はったおせー!」

…何と言うか、非常に聞き覚えのあるセリフと同時に登場してくれたのは、何故か非常に感じ慣れたプレッシャーを振りまいている男子集団。

「…葵君、一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「…ひょっとして、この学校にはレイちゃんファンクラブでもあったりするのか?」
「よく分かったな。」

…ビンゴ…
やはり、俺と異世界という組み合わせは不幸のスパイラルから逃れられないらしいな…


18 :雨やかん :2007/07/11(水) 11:03:59 ID:VJsFrctD

魂の同士と魂のシャウト!

「ぜえ…ぜえ…ぜえ…」
「葵っ…は、早すぎるわぁ…はひぃ…」
「お疲れ様、2人とも。」

息を切らしている2人と、平然としている俺。
あれからファンクラブ、もとい親衛隊を振り切って逃げてきた俺達はどうにか人気の無い場所までたどり着いた。

「な…何か、レイ君…随分と、平然としとるなぁ…?」
「鍛えられてるからな。あの手の連中には…」

思い出すのは、ヴェロンティエ応援団こと親衛隊の彼ら。身体能力では圧倒的に叶わない俺に必死に戦いを挑んでくる連中。
投げても投げてもゴキブリのような生命力と俊敏さで俺を襲う…うん、先ほどの彼らと何一つとして変わらない。

「美女と付き合ってくって大変なんだよ…」
「…キルトハーツ…まさか、お前もか…?」
「そのセリフ…ひょっとして、毎日あんなことしてるのか?」
「頻度は高いな…学校という閉鎖空間だから…」

…おお!何か、異世界に来て同士を見つけた!?

「分かる!分かるよ、その苦労!」
「だよな!あんなのに追い立てられてもきついよな!?」
「ってか、別に俺が誰と一緒にいてもいいだろう!って話じゃね!?」
「偶然、仲良くなったのが美女ってだけだし!」
「答えは保留とはいえ、惚れられただけだぞ!?」
「別に付き合ってなのに何故!?」
「単なる嫉妬だよな、あれ!?」
「俺達、悪いことなんて何一つとしてしてないのにな!」
「あいつらの理論だと、美女は世界の財産だとかだぞ!?」
「だから独占は禁止とか言うんだよ!」


互いに、初めて思いを同じくできる存在に出会った俺達は、固くお互いの手を握りしめてシャウト。

「「俺達が何をしたんだ!?」」

やべえ…感動した…

「キルトハーツ…俺、お前に会えてよかったよ…」
「水臭いな、レイって…あ、そっか。かぶっちゃうもんな。ゼロって呼んでくれ。諸事情により、そっちも俺の名前なんだ。」
「ゼロ…ああ、最初に疑ってたんだよ。お前が親衛隊の仲間で、俺を狙って近づいてきたんじゃないかって。すまない…」
「気にするなよ。誰だって、あんな連中を敵に回してれば男に対して不信感が先に立つさ…」
「ゼロ…お前だけだよ、分かってくれるのは…」
「俺も、こんなことに共感してくれるのなんて誰もいないんだ…」
「周囲はまともな人間少ないし…」
「好意は嬉しいけど、それによる被害が半端じゃなく巨大だし…」
「隊員は増えていくし。」
「身内ですらも傍観者だし。」
「ゼロ…!」
「葵…!」

‘ガシッ…!’
魂の抱擁。以前、どこぞの番組で見たときは男同士で抱擁って、暑苦しくないかと思っていたが…ああ、俺は何て浅ましかったんだ!男同士の魂の抱擁はこんなにも素晴らしいものだったとは!

「是非とも同じ場所に生まれたかった…!」
「ってか、もうお前こっちに引っ越してきてくれ…味方が欲しい…」
「それ、かなり心揺さぶられる選択だよ…」
「…あのー…うちのこと、忘れてへん?」
「ん。ああ、悪い。」
「すまん、ちょっと取り乱した。」

レイさんの声でようやく抱擁を解いて落ち着く俺達。
いや、だって仕方ないよな。これほど俺の辛さを理解してもらえる人って他にいないし。

「なんか、葵が背徳的な世界に行ってもうたかと思うたわ…」
「いや、さすがにそれは無い。」
「それにしても学校内とは大変だな…逃げ場が少ない…」
「ゼロは違うのか?」
「俺の場合は特殊でな。職場だし、相手も律儀に店内では襲ってこないから。」
「いい奴らだな。」
「店外は別だ。集団で襲ってくる。」
「それは───」
「ちなみに、親衛隊の数は4つだ。」
「…うわ。」
「モテモテやなぁ、ゼロ君…」
「町内規模で年齢問わず増加中でな…」
「規模デカっ!?」
「おまけに、4人のうち2人は親が結婚を日ごとに勧めてくるんだよ…片方は政治上のお偉いさんの娘で、跡継ぎ確定しかけてる。」
「すまん…一瞬でも、俺の方が楽かと思ったことを許してくれ…」
「気にするなよ…似たり寄ったりなんだから…」
「だから、男同士で禁断の世界に行かんといて…」

いや、全くだ…何ていうか、このままだと居心地が良すぎるここから動けない。マジで。

「そうだった。本題に移らないと…ケーキの天才職人を探さなきゃ…」
「そのことやけど…葵、もうええんちゃう?」
「ああ。そうだな。すまない、ゼロ。俺は嘘をついてた。」
「嘘って…ひょっとして、知ってるのか?」
「ああ。」
「誰だ?っていうか、何処だ?」
「ゼロ君の目の前や〜♪」
「…は?」
「俺だよ。俺が、多分ゼロが探している天才ケーキ職人だ…まあ、俺自身はケーキ好きじゃないけど。」

うわあ…灯台下暗しって、まさにこれか…


19 :雨やかん :2007/07/13(金) 08:22:30 ID:VJsFrctD

爆誕!史上最強の美女?

親衛隊から逃れるため、変装しようというレイさんの考えには同意した。

出来るだけ意外性を持った風体のほうがいいかと聞かれて、それにも同意した。

「って、だからってこれかよ!」
「何故、これなんだ、レイ!?」
「葵がこの格好してんの、一度でええから見てみたかったねん。」
「最悪だああああああ!?」
「じゃあ、俺は勘弁してもらう方向で。」
「逃すかあ!ゼロ、一蓮托生だあ!」

先ほどまでの友情は一瞬で霧散した。ってか、この格好をするぐらいなら一時的とはいえほぼ全ての人間との絆を叩き斬ってもいいと思う。

「ごちゃごちゃ言わんの。ほーら、服剥ぎ取ったるでー♪」
「止めろ、こら!?」
「何か、妙に手馴れてるし!ってか、力強っ!?人間か君は!?」
「ちゃうよー。」
「違うのかよ!」
「そこは秘密やー♪ほらほら、脱いだ脱いだー♪」
「「いやああああああああ!?」」


数十分後、渡り廊下。


「お、おい、あれ。」
「ん?…って、おぉ…!」
「美しい…」
「可憐だ…」
「あ、あの右の黒髪の女の子が素敵すぎるっ…!」
「いや、俺としてはレイちゃんの左の金髪の女性も捨てがたい!」
「身長高ーい…モデルさんかな?」
「‘美人三人’そろい踏みっていいわね…」
「世界三大美女ならぬ、校内三大美女と言って良いかも。」

もう、いっそ殺してくれ…
レイさんが持ってきた変装道具…まあ、つまりは‘女装道具’なわけだが…どこから持ってきたんだろ?サイズもぴったりって。
ちなみに、俺の今の格好はロングの金髪ウィッグにロングスカート。上は女性物ではあるが、俺の男としてのラインを目立たなくしてくれるタイプのもの。
もう一度言う。いっそ殺してくれ…

「葵…人生って、どうしてこんな辛いんだろうな…」
「そうだな…神も仏もあるものか…」
「神様はいても役に立たないがな…いや、本当に。」
「似合っとるからええやん、2人とも。うちは女としてショックやで…」
「似合いたくなかったよ…」
「くそぉ…俺って、女顔だったのか…」

そう。そらに悪いことに、俺も葵も意外に女装がぴったりはまってしまったのだ。鏡を見て、自分でも誰だこれは!と思ったしね。正直、美人かもしれん。
けど、自分が男だって時点でもう最悪だ…こんなところキララ達に見られたら、もう生きていけない…

「さっさと用事を終わらせようか…」
「ああ、全くだ。家庭科室ってどこだ?」
「こっちやー。」

先導するレイさんについていくのだが…うう、恥ずかしい…人の視線があまりに痛すぎる!

「あの角を曲がった突き当たりや。」
「よし、このまま何事も───」
「す、すいません!」

声をかけられた。
明らかに男の声。
しかも野太い。
どうやら、俺の運勢は今日も絶不調で回っているらしい。

「ん〜?どないしたん?」
「あ、いえ。今日はレイさんではなく…あ、あの!そちらの方っ!」

どう贔屓目に見ても、葵でなく俺の方を直視していた。
真っ直ぐに、熱い視線だ。
見覚えがあるぞ、この視線は…そう、確か初めてリリアに告白されたときにこんな視線を向けられたなぁ…今回、男だけど。

「…な、何でしょうか?」

とりあえず、男だとバレないように裏声をフル活用してみた。横のほうで葵が気の毒そうに、前のほうでレイさんが楽しそうに見ている。うん、俺もとってもヤバイ気がしてきましたよ。

「お、俺!2年の塚原って言います!お名前を教えてください!」
「え、名前、ですか…?」(考えながらも裏声)
「はい!」
「…っ、あ、えっと…き、キララ・キルトハーツです♪」(可愛らしく裏声)

遠くに離れた恋人候補の名前を借りた。頬がひくひくしているのが自分でも分かるが、それでも必死に笑顔を作る。多分、今の姿をキララに見られたら、俺は自ら沙羅の後を追うだろう。
ってか、ごめんキララ…マジでごめん。帰ったら、何かさせてもらおう…

「キララさん…あなたを一目見た瞬間に、俺の頭に稲妻が落ちました!」
「頭に!?」
「それ、危険すぎやん…」
「一目ぼれです!好きです!愛してます!あなたしか見えません!どうか、俺とお友達から始めてください!」
「ごめんなさい。」(きっぱりと、でも裏声)

最後の『い』の発音にかぶせるぐらい即答した。するしかなかった。もう、一時とてこの人の前に立てなかった。
ってか、怖ええええええええ!?き、キララ達は毎度毎度こんな連中に迫られてんのか!?親衛隊、帰ったら念入りにボコる!もう、しばらく動けなくなるまでボコる!

「うわああああああ!」
「泣くな!お前は良くやった!」
「後は俺に任せろ!」
「何の、今度は俺があちらの女性にアタックだ!」
「て前ぇ!抜け駆けすんじゃねえ!」

…なんだろう…ちょっと周囲の温度が2、3度上がった気がする…

「ぜ、ゼロ…やばいぞ…」
「分かってる…早く家庭科室へ行こう!」
「待ってください!俺の想いを受け止めてくれええええ!」
「一緒に夜明けのコーヒー牛乳を!」
「いや、俺と夕日を見ながらチャリでドライブに!」
「あなたと一夜を過ごしたあああああい!」

で、回想前のようになるわけで…

お願いします。
もう、あの神様はあてにならないんで、極悪人でも悪魔でも冥界の王でもいいからこの状況をどうにかしてください…


20 :雨やかん :2007/07/19(木) 13:59:39 ID:VJsFrctD

天才と天才の邂逅


逃げ切れなかった。
現在、家庭科室は本来の定員をはるかに超える(入場員150パーセントぐらい)の状態になっている。これでもあまり暑くないのは、この学校の空調設備がすごいからか…それとも…

‘そんなことも気にならないほど、俺が今興奮しているからか’。

「そっちのボウルを取って。」
「はい。このクリーム、これでいいのか?」
「いや、それじゃなくてもう少し塩を。」
「塩?」
「数粒だけな。」
「細かいんだな…」
「まあな。」

俺は、自分が天才だということを自覚している。天才の中において、さらに天才と呼ばれるだろうことも理解している。
その最大の理由は‘やれば大抵のことはこなせるから’に他ならない。けれど、それはそれぞれの分野のプロフェッショナルにの模倣に近い。もちろん、その模倣の技術がほぼ本人と同レベルだが。
けれど今、俺は初めて目の前にしている。

‘俺をはるかに超えた領域にいる’たった一つの分野を極めた天才という存在を。

その名前は、杉村 葵。

「こうか?」
「違う。もう少し腕を立てて。後、4度ぐらい。」
「な、よ、4度…?」
「その角度が一番ふんわり出来るんだよ。理由は分からないけど。」
「こう、か…?」
「そうそう。あ、そっちのあめ細工は…いや、ナイフじゃ駄目だし。」
「竹包丁でも使えと?」
「それじゃ、竹の匂いが付くだろ。手でやるんだよ。」
「指紋とか、手の匂いとかは?」
「匂いはそれはさっきの作業で取れてる。指紋は、上手く利用して逆に自然な感じを出す模様にするんだよ。」

理論じゃない。
理屈じゃない。
ただ、葵の経験が知っているようだった。どうすれば美味しく、美しく、よりよい物が作れるのか。
ハッキリ言おう。
俺は
初めて
同年代で
自分以上の
天才に
出会った。

「最後にそこでひねって…そう。これで完成だ。」
「お、終わり…やっと…つ…疲れたぁ…」
「お疲れ様。って言うか、すごいなゼロ…俺の注文に完全について来たの、ゼロが初めてだぞ。」
「いや、俺もただ単に模倣するだけなのにこんなに大変だったのはほとんど前例が無いよ…今でも、手が疲れで震えてるし…」
「今更だけど、ゼロって天才だな。」
「葵がそれを言うのか…」

全くもってすごい…紛れも無く、葵は天才だ。俺が見てきた人間の中でもここまで俺を凌駕していたのは親父と母さんぐらいかも…うっわぁ、何だか料理の才能を疑いたくなってきたぞ!?

「いやいや…自信を持て、俺…大丈夫、大丈夫…」
「ゼロ?」
「ああ、気にするな。ちょっと自己暗示をな…ありがとう、葵。とても助かったよ。」
「こちらこそ。久しぶりに全力でとばせたからな。」
「ん…さて、それじゃ────」
「あ、準備できたん?」

俺と葵がひとしきり息を整えていたところにやって来たのは…なんか、プラカードを背負ったレイさんだった。
『先着40名様、美女の手作りケーキご試食決定!一皿500円!』

「…葵、女性に手を上げても許されるかな?」
「奇遇だな。俺も今同じことを考えてた。」
「あ、あれ?なんや、2人とも目が怖いで?ほ、ほ〜ら、スマイル、スマイルや♪…な?」
「一度やってみたかったんだよな。テレビとかでよくやる、パイを人の顔面にぶつけるあれ。」
「今回はケーキだけど、きっと気分爽快だろうな…」
「うわ!2人とも目がマジや!かくなる上は…でりゃああああああああ!」

俺と葵がケーキをオーバースローで振りかぶった瞬間、レイさんは調理場を仕切っていたついたて(カーテン状のあれ)を容赦なく引き開いた。


21 :雨やかん :2007/07/23(月) 12:05:49 ID:VJsFrctD

逆ハーレムを男が体験してみたら?

「待ってましたあああああ!」
「キララさーん!あなたのケーキをくださーい!」
「ぶつけて!俺にぶつけて罵って!」
「そ、そちらの方!お名前を教えてください!」
「キララちゃんのケーキのために、授業をサボってきましたー!」
「『あーん♪』って言ってください!」

酒池肉林(男のみ)状態だった。

「「ひぃ!?」」
「ふっふっふ…ここで下手なことしたら、男やてバレるで…?」
「脅迫!?」
「レイ…な、何故ここまで…」
「2万で欲しいバッグがあんねん。」
「バッグで売られた!?」
「俺の価値はレイにとって2万なのか!?」
「ほらほら〜♪笑顔をふりまかんと、バレるで?」
「「っ!?」」

何か、もうその場にいる全ての男性(俺と葵以外)が熱い視線と野太い声援を俺達に送っていた。

「う…あ、く…み、みなさーん、お待たせしましたー♪」(超裏声)
「わ、私達のケーキ、是非とも食べていってくださいね?」(裏声全開)
「「「「いいともー!」」」」
「ほいほーい、お金を持って並んでやー。」
「俺が!俺が先だああああああ!」
「ふざけんじゃねえ!俺に決まってんだろうがあああああ!」
「俺の前に立つんじゃねええええ!」

もう嫌だ…早く…一刻も早く、元の世界に帰りたい…

「押さないでくださーい♪」(いつもより3割増の裏声)
「あ、握手してもらっていいですか!?」
「は、はい…」(戸惑いながらも必死に裏声)
「うおおおおおおお!もう、この手は洗わねえ!」
「め、メアド教えてください!」
「え、っと…その、ごめんなさい。私、携帯持ってないんです。」(泣きそうになっても裏声)
「ならば、住所を!文通から始めて下さい!」
「え、えっと…き、禁則事項です♪」(意識が飛びそうになっても裏声)
「ちくしょおおおおおおおおおお!」
「けど、可愛い!」
「萌え!萌ええええええ!」

今、ここにいるのは俺じゃない。絶対に俺じゃない!
もう、自分でもこんな風に女を演じることが出来るとか意外すぎる。けど、嫌すぎる…!

「今、好きな男はいるんですか!?」
「いません。」

いてたまるか。

「好みの男性のタイプを教えてもらえませんか!」
「そんなの言えません。」

言えるわけがねえ。

「将来を誓い合った彼はいますか!?」
「いません。」

誓いたくねえ。

「女装が趣味だったんですね。」
「そんなことありませんよ。」

あるわけがね────…あ、れ?
待って。何、今の質問。ってか、何、今のめちゃめちゃ聞き覚えのある声。
いやいやいや。ありえないから。そんな、まさか、だって、ここに、なんで────!?
おそるおそる、顔を上げてみる。

「…迎えに来ましたよ、‘キララ’?」

何か、もうこれ以上無いってぐらいに満面の笑顔を浮かべた女神様がおられた。

「…あ、の…これは、です…ね?」(無駄と知っても裏声)
「どうしたの、キララ?」
「うあ。」(うめいても裏声)
「あらあら。少し見ないうちに、随分と女らしくなったのね?」
「うあぁ…」(倒れ伏しても裏声)
「お母さん、鼻が高いわ。こ〜んな美人の娘を持って♪」
「うあぁぁぁ…」(吐血せんばかりに裏声)

死んだ。
俺は、たった今死んだ。
もう机に突っ伏して身動きを取らない。ってか、とりたくない。生きる気力が無い…
そんなことを考えながら…俺は初めて、物理的衝撃以外で意識を手放すことに成功した。


22 :雨やかん :2007/07/25(水) 09:07:22 ID:VJsFrctD

別れたくない別れと出会いたくない出会い

「それじゃ…葵…」
「ああ…ごめんな、こんなことに巻き込んで…」
「いいんだ。元々、俺の方が巻き込んだわけだしさ…ふふふふふ…」
「ははははは…」

燃えた。燃え尽きたよ。真っ白に…
夕暮れの学校。俺と葵は乾いた笑いを浮かべながら、校門で最後の別れを交わしていた。

「葵が変な世界にまた行っとる…」
「レイ…お前、しばらくご飯抜きな。」
「ひどい!?」
「え、何?レイさんのご飯って葵が作ってんの?」
「あー…俺のご飯っていうか、俺がご飯っていうか…」
「は…?」
「詳しくは、まあ秘密だ…俺と、レイのな。」

なんとなく。
そう言った葵の目は…俺を見ているはずなのに、レイさんに向けられているように感じた。

「…了解。」
「ゼロ。また、会ったら愚痴を言い合おうな。」
「ああ。絶対にな。」

『絶対にまた会って話そう』ではない。
『会うことができたなら絶対に話そう』だ。
それは、決して叶うはずのない約束だ。葵とレイさんがこの世界にいて、俺があの世界にいる限りは、きっと。
…まあ、俺と似たような人間がいるって、知ってること。そしてその人物と交わした約束があるってことは、きっと俺の未来の支えの一つになってくれると、そう信じてる。

「それじゃ、葵。レイさんとお幸せに。」
「色々と引っかかる言い方だな。まあ、素直に受け取っておくよ。」
「うちと葵はいつでもラブラブやー♪」
「さよなら、葵。」
「じゃあな、ゼロ。」
「ほな、さいなら。」

お互いに背を向けて、反対方向へと歩き出す。振り返ることは、無い。しない。

「お疲れ様でした、レイさん。」
「ええ。まったく…本当に、疲れました。」
「…レイさん。」
「…なんです。」
「似合ってましたよ。」
「お願いですから忘れてください!」
「『キララ・ランクフォードです♪』」
「そこから見てたんですか!?」
「『みなさーん、お待たせしましたー♪』」
「振り付けまで再現しないでください!」
「『禁則事項です♪』」
「俺、そんな人差し指を唇に当てるとかしましたっけ!?」
「してましたよ。無意識ってことは…レイさん、やはり密かに女装願望が!?」
「ありません!」

もう駄目だ…きっと、これから一生俺はこのネタで遊ばれるに違いない。しかも、何故か写真まで撮影してたし…ああ、もう間違いなく最大級の不幸だ…!

「さてと…レイさんと遊ぶのはまた今度にして。」
「次があるんですね…やっぱり。」
「レイさん。実は少しばかり問題が発生しまして。」
「問題、ですか?」
「はい。少し他の世界のレーベンの調節に行かないといけなくなったんです。申し訳ありませんが、先に帰っててもらえますか?」
「…俺、異世界に渡る道具は持ってませんよ?」
「大丈夫です。ちゃんと‘足’は用意しましたから。」
「足…?」

足って…つまり、異世界に渡る手段?ミリアさんの力と、親父の発明以外に?そんなもん持ってるのは、俺の記憶上には────
…いた、なあ…一人だけ。
あの、笑顔で俺の日常に破壊を振りまいていったお方がおられたなぁ…

「…まさか…」
「ああ、噂をすれば、ですね。」

ミリアさんが微笑みながら示した先を、もう半分ぐらい諦めを混ぜた目で、眺める。

「レイさーん、久しぶりー♪」
「む。彼が、本物のヒーローであるか。」
「きっとレッドの器なのです。」

ほらね。来たよ。かつて、一日とはいえ俺の日常をフルブレイクした半神様が。
何か、お供の2人を連れてますが。あれですか?俺の日常破壊率3倍ですか?

「…お久しぶりです…リンネさん…」


23 :雨やかん :2007/07/28(土) 12:05:11 ID:VJsFrctD

俺が不幸を呼ぶのか、不幸が俺に来るのかどっち?

ミリアさんが俺をリンネさんに押し付け、姿を消した直後。

「紹介するね。このイケメン君が以前に言ってた天才天然女殺しのレイ・キルトハーツさん。」
「何、その紹介!?」
「うむ。我輩は古柳 冬至。レイ殿と同じ高1である。」

そう言って握手を求めてきたのは、白衣に黒縁メガネの男性。白衣を見ると、少し前のあのお騒がせトリオの一人を思い出すなぁ。
後、我輩って…レイ殿って…本当に高1ですか…?
俺の疑問の解決を待たずに、今度はその隣に立っていた素朴な雰囲気の可愛い女の子が頭を下げてきた。何処となく雰囲気が沙羅に似てるかも…

「…2つ下の深川 知広なのです。」
「えっと…トージとチヒロ、だな?色々と聞きたいことはあるんだけど…何故にここに?」
「それは異世界にという意味であるか?」
「うん、そう。だって、普通は異世界とか軽々しく来ないだろ…?」
「…リンネに『面白いほど不幸な人がいるから、会いに行こう』と言って、無理やり連れて来られたのです。」
「リンネさん。グーでいっていいですか?」

拳を固めて迷惑街道全速力の半神様を見てみれば、相変わらずの笑顔で後方退避していた。くそ、さすがに今の装備で神様には勝てないか…

「レイさん、罪を憎んで人を憎まずって言葉って素晴らしいよね!」
「あなたは人間じゃないので、適用外です。」
「うぬっ!?揚げ足取りをっ!」
「落ち着くのだ、レイ殿。リンネにも悪気があるわけではないのだから。」
「そうなのです。ただ『どうせやるならみんなで楽しく』が信条なだけなのです。」
「それ、この場合には悪気の塊じゃね!?」

ああ、もう…なんで帰るだけのはずなのにこんなに疲れないといけないんだ?早いところ帰りたいんだよ。そして、あのダイエットが成功したかどうかを確かめないと。
…今更だけど、失敗してたら俺殺される…?

「…いや、とりあえず帰らないことにはな…うん。」
「何か、レイさん悲壮な決意を固めてない?」
「悲壮とか言わないでください。それより…リンネさんが送ってくれるんですか?」
「うん。ちょっと待っててね?」

そう言った瞬間。リンネさんの体が見る間にピカーっと光る。
ああ、これで帰れるのか。ミリアさんのときみたいに、この光が消えてしまったらきっとそこには────

─────何か、巨大な龍がいた。

「レイ殿。何故に地面に倒れこんでいるのだ?」
「だって、何故に龍!?これ、リンネさんだよな!?」
『正確には極神龍っていうんだよー。』
「落ち込まないし、理解が早いのはさすがなのです。」
「ああ!慣れてきたからね、こういう不条理!嫌な慣れだけどさぁ!?後、変身するなら言ってくださいよ!」
「うむ。やはり変身前には決めポーズと一緒に『変身!』の掛け声を───」
「そこじゃねえ!どこの日曜早朝のヒーローだ!後、ドラゴンに変身するヒーローなんて聞いたことないよ!」
「いや、仮面ラ○ダー○王は、乗り物が────」
「それ以上は色々と問題があるから黙ってくれませんか!?」
「そんなことより、早く乗らないと帰れないのです。」
『ほらほらー、早く乗ってー。』
「…ああ、もう…俺の人生どこで間違ったのかなぁ…?」
『多分、ミリアさんと関わったあたりからじゃないかなー?』
「…否定する材料が見つからねえ…」

何か既にぐったり。お盆などで帰省した人たちが帰りの新幹線でぐったりしている気持ちを理解したよ…新幹線じゃなくて龍だけど。長い乗り物という点では一緒だよな…と、軽く現実逃避だってするさ。

「それでは出発なのです。」
「うむ。レイ殿の世界が楽しみであるな。」
『お客様ー、座席に座り、シートベルトをお閉めくださーい。』
「そんなもの無いよね!?」
「む。心配いらぬぞ、レイ殿。」

そういって、冬至は白衣のすそから腕を…って、何か俺のつけてるスタンガンみたいな手甲が…?いや、手甲っていうよりは何かのコンピューター…?
それを何やらぽちぽちと入力。すると───

‘ヴン…!’

何か、いきなり座席が3つ出てきた。しかも、シートベルト付き。

「…その、機械が出したのか…?」
「うむ。これが我輩たちの世界の技術の一つ。入力した情報を一時的に物質化することができるクリエートである。」
「CREATE…『創造』、ね…電気信号を物質化、か…存在する大気中の分子を電子を用いて陽子レベルで分解、再構成して組み立て…?構成中の原子の動きに指向性を持たせる手段まで確立してるのか?」
「いや、レイ殿と世界の物理法則とは少し違った方向性を用いて────」
『難しい話は良いから、行くよー。』
「え、ちょ、ま────!?」

専門方向に飛んでいた思考を引き戻し、急いで座席に座る…と、同時にリンネさんは天空に向かって飛び出した。

「今更だけど、このまま戻ったら大事になるだろ!?」
『ちゃんと理想術使うから大丈夫だってばー。』
「理想術とは、魔法のようなものと理解してもらえれば結構なのである。」
「ああ、もう現代科学の先端にいた俺が、何故にファンタジー街道まっしぐら!?」
「…けど、リンネ。大丈夫なのですか?」
『何がー?』
「…確か、極神龍のときは、認識妨害が出来ないと聞いていた覚えがあるのです。」
『ちゃんと準備しとけば大丈夫だよー。』
「してるのですか?」
『…あ。』

…『あ。』?今、『あ。』って言ったか、このドラゴン娘?言ったよね?言いましたよねえ!?

『やっばーい!?』
「嘘だろ!?」

次の瞬間。俺達は光に包まれて──────


24 :雨やかん :2007/07/30(月) 11:35:08 ID:VJsFrctD

ドラゴン討伐に必要なものは?愛?勇気?いやいや、もっと重要なのがあるよね


─────次の瞬間、目に入ったのは見慣れた風景…の、鳥観図(鳥の目からの視点)。つまりは、超高度からのラズウェールの風景で…最悪だ…

「リンネさん!元に戻って!」
『う、うん!』

次の瞬間、俺達が乗っていた巨大なドラゴンはヒュンと掻き消える。視界の端っこに人間状態のリンネさん、ならびに冬至に抱えられた知広さんを捕らえたまま、俺はそのまま重力に引かれ落下し始めた。

「こ、の…!?」
「リンネ!宝玉鱗を!」
「おまかせー!」

冬至の言葉と同時、リンネさんの背後に多数の何か光る物体が出現した。それは旋回するように俺達の下方に並ぶと、それぞれが光線でつながれる。

「レイさん、あの面に着地できるから!」
「分かった!そのまま急いで下降してくれ!」
「今、向こうのほうに兵隊らしき人間が見えたのである!」
「…結構、直視してたのです。」
「くっ…!」

妙な光の面に着地したまま、俺達はゆっくりと地面に降りていった。

で、今度こそ大地に帰還…したわけですが…はぁ…

「見られた…よなぁ…」
「…多分、間違いなく見られたのです。」
「衛兵は2人程度ではあったのだが…極神龍の状態では、もう少し大勢に見られたやもしれぬな。」
「い、一応…1、2秒くらいで認識妨害はしたよ?」
「数秒でもあの姿は十分な脅威ですよ!しかも国家レベルで!」

考えて欲しい。一瞬とはいえ、自分達住んでる国に現れた巨大ドラゴン。見た目、明らかに友好的とは程遠い姿。
ヤバイ。究極にヤバイ。なまじ、あの状態のリンネさんは威圧感と神々しさがあっただけに白昼夢で済ませられそうも無い。
…俺の親父達なら、『シェ○ロンだ!ドラ○ンボールを集めに行くぞ!』とウキウキしそうな気もするが…あれはどう考えても全世界的に少数派だ…

「…ど、○ラゴンボールで呼び出されたシェンロ○ってことで…」
「発想が俺の親父と同じですか!後、この世界では通じません!」
「仮面ラ○ダー龍○の契約モンスターというのはどうであろうか?」
「レベル一緒だよ!通じねえってば!」
「…あれは、遊戯○がオシ○スの天空龍を召喚したソリッドビジ○ンなのです。」
「ここに海○コーポレーションは存在しない!」

今、『どうして全部知ってるんだ?』というツッコミが天空から聞こえたが無視しよう。そんな場合じゃない。いや、マジで。

「と、とりあえずお城に行って状況を把握しねえと…陛下と王妃様に会って、どうなってるか聞かなきゃ…」
「何て言うか…レイさん帰って早々、不幸のスパイラルに飲まれてるね…」
「あなたのせいですけどね!?」
「なるほど。以前、リンネの言っていたレイ殿の姿がようやく理解できてきたのである。」
「…噂に違わず、不幸人なのです。」
「お願いだから、ちょっと黙ってて!?」

異世界の人間にまで知れ渡ってる俺の不幸っぷりってどんだけだよ…?

「ああ、もう…そういや俺って特務騎士だし、駆り出されるのかなぁ…ドラゴン討伐。」
「討伐軍に必要なものはー!」
「ヒーローと仲間達と必殺武器で決まりである。」
「…愛と勇気と希望も必要なのです。」
「一番必要なのは討伐されるべきドラゴンでしょうが!」
「え!?私、討伐される対象!?悪いことしてないのに!濡れ衣だっ!」
「ドラゴン本体が何を言うかな!?」

ああ、もう…お城に行って、陛下達をどうにかなだめて事情を説明して…なんとか錯覚とか蜃気楼とか、そういった方向に持っていくしかないか?

「うむ。ならばレイ殿。」
「ん?」
「我輩もリンネ討伐に協力しようではないか。」
「…冬至がするなら、私も手伝うのです。」
「私も手伝うよ!」

…今のセリフは『魔王討伐の心強い味方として、魔王が仲間になります』っていうのと同義では…?

「こういうのは、本末転倒とは言わないよな…」
「やだなあ、レイさん。何か勘違いしてる?」
「え?」
「私が私を討伐するなんて出来ないからね…‘私が討伐されてあげる’よ。」

この半神の言ってることが理解できないのは俺だけかなあ…?


25 :雨やかん :2007/08/02(木) 11:11:39 ID:VJsFrctD

第一話。閃光の戦士の目覚め…と、いう名の羞恥プレイ

「全員!くれぐれも今言ったことを忘れないように!怪しい者を見つけてもうかつな行動はするな!また、単独行動も厳禁!各自、当てられた班で身長に行動するように!それでは、捜索開始だ!」

四聖騎士アインの命令が、並び立つ騎士、衛兵さん達に行き渡る。

「レイ殿?どうかしたのであるか?」
「ん…まあ、な。俺、なんで勇者みたいなことしてんのかなーって…」
「…勇者とは、常に問題に巻き込まれている、ある意味では不幸生産機なのです。」
「レイ殿は素質たっぷりということで───」
「そんな素質いらねえ…!」

そんな会話をしている俺達は、とてつもなく高い木の上で下方の騎士達の動きを眺めていた。

「…さすがに捜索だけだから、そこまで多人数は裂けていないようなのです。」
「知広。詳しい人数は?」
「…騎士が6人。衛兵がそれぞれの騎士に5人の合計30人なのです。」
「1チーム6人の組み合わせか…出来るだけ、被害は出したくないし…」
「あの、アインとかいう者が最も強そうなのである。」
「四聖騎士はアインしかいないからな…じゃあ、アインのチームに攻撃をしかけるということで…リンネさん、お願いできますか?」
『おーう、任せたまえー!』

そんな声が、俺が持っているトランシーバーの向こうから聞こえてくる。ちなみに、何故にトランシーバーという電波状況次第では役に立ちにくいものかといえば…『ヒーローは携帯なんて最新機器は持ってはいけないのである!』という冬至君の一言…何故?

「で、リンネさんがアイン達を襲ってしばらくしたら────」
「レイ殿が我輩の作った武器でリンネに戦いを挑み────」
「…殺るのです。」
「違う!適度に戦ってリンネさんを倒したようにみせかけるだけ!」
「…レイさんは、冗談に対するツッコミが厳しすぎると思うのです。」
「うむ。ヒーローたるもの、真面目だけではなれぬのだ。最近は天然なヒーローも着々と増えてきて────」
「そんなヒーローなりたくねえ…」

騎士団と衛兵による討伐。
そんな情報を仕入れてくれた知広さん(元の世界ではかなりの情報通だったらしい)の話を利用し、俺達はオペレーション3Rを遂行することにした。ちなみに3Rとは…『リンネさん を リアルバトル で リタイア させちゃおう』の略らしい。誰が名づけたかは思い出せない。いつの間にかそう決まっていた。

「む。そうである、レイ殿これを。」
「え…これ、ファントムの仮面!?何で冬至が持って…いや、何で知ってるんだ?」
「以前、リンネが教えてくれたのである。」
「…衛兵さん達に、レイさんとバレたらまずいかと思うのです。」
「なるほど…ついでに、マントとかも出せるか?どうせなら体も隠したいんだけど。」
「問題ないのである。その仮面はただの仮面でなく、つけることで自動的にあらかじめ入力していた服を装着主にまとわせる機能付きなのである。」
「…さらに、マントとかの服の素材は、リンネの攻撃に耐えられるよう特殊素材を使っているのです。レイさんなら、きっとリンネとガチンコできるのです。」
「ガチンコ!?」
「我輩達は、異世界の住人である以上、不用意に姿をさらせないのである。」
「…武器も、マントに収納しているから大丈夫なのです。」
「腕についている無線で、使い方を教えることも可能であるから、安心して親玉と一騎打ち。ヒーローの王道を。」
「納得できるけど、したくねぇ…まあ、ありがとな…それじゃ早速。」

俺は仮面を付けて服を────…あれ?変化なし?

「あれ?」
「何をしているのであるか。ただ付けて変身できるわけがないのである。」
「え?ああ、解除コードとかあるのか。どうすればいいんだ?」
「…レイさん。ファイトなのです。」
「は?」

突如、俺を微妙に哀れむかのような視線で眺めだした知広さん。いや、確かにこれからリンネさんとのガチバトルは頑張りますけど、何故に哀れみ?

「簡単である。レイ殿の脚力で、‘上空高く舞い上がりながら白鳥のように両手を広げ、敵を見据えた状態で最高地点で『フラッシュパワー・フルチャージ!』と叫んだ後に右手で仮面を付け、左手は高々と上げて『イグニッション!』と叫ぶ’だけである。」

…へい、今何と言いやがったこの異世界人?

「なお、もちろん飛び上がったときに逆光状態は絶対、声の音量はある一定レベルを超えないと失敗することに────」
「色んな意味で出来るかああああああああああ!」

そんな恥ずかしさ全開のセリフとポーズをやりながら変身するぐらいなら、生身で戦った方がはるかにましだ!そこまでして変身したくねえ!ってか、知り合いに見られたら確実に俺の明日が終わる!?

「こうしなければ変身できないのである!」
「いらねーよ、こんな仮面!したくねーよ、そんな変身!ってか、長えよセリフ!」
「…けど、変身しないと、生身では極神龍の攻撃はかすっただけでも魂ごと消されるのです。」
「手加減無しか、あの半女神様は!」

‘チュドォォォォン…’
‘くっ…て、てめえが!?’
‘ここでまとめて葬ってくれるよー!’
‘ボゴオォォン…’

「…始まったのです。」
「レイ殿、迷っている時間はないのである!変身を!」
「ぐ…あう…ぐ…」

一生ものの恥か。
魂ごとの消滅か。

考えるだけでもイタイ変身か。
前に立つだけでも死ぬ戦闘か。

「う…うぅ…うわああああああああああああん!」

結局、俺は全脚力を使って舞い上がった。逆光で、遠くにいるリンネさんを見ながら。

「フラッシュパワー・フルチャアアアアアアアアジッ!!イグニッショォォォォン!!(半泣き)」


26 :雨やかん :2007/08/06(月) 10:06:18 ID:VJsFrctD

第二話、怒りと涙の拳…という名の八つ当たり

加速する。
加速する。
こちらにようやく気付いた人間状態(でも、背中には何か鱗のようなものがいくつか浮かんでいる)リンネさんが、驚いたような顔をする。
そして、怪我こそしていないものの疲弊しきっているアインもまた。

「レ───いや、ファントム!?」
「…ふっふっふ…今更増援が来ようともっ!」

ノリノリのリンネさんがいる。駄々をこねていた割には、悪役に結構なりきっているようだった。そんなニヤニヤ顔が…非常にムカツクんですよ…今は…

「…アイン…下がってろ…」
「ば、馬鹿言うな!お前でもあんなの無理だ、ファントム!」
「そうそう。私は───…って、あれ?」
「…ナックル・オン…」

その言葉を解除コードとして、マントの中に隠れていた腕に無骨なガントレットが装着される。もちろん、これも冬至の技術だ。

「…へぇ…冬至君の…じゃ、ちょっとマジでもいいかな?手始めに…撃てっ!」

リンネさんの背中に浮かんでいた矢じり形の鱗のようなものの先端がこちらを向き、一斉いビームのようなものを放ってくる。その数は12。対して俺は、腰に装備していた花火爆弾を一斉にばら撒く。
‘キュドドドドドドド……’
俺に到達する前に、レーザーは花火爆弾に当たって止まる。もちろん、爆発で煙が生じた隙に俺は一気に間合いをつめる。

「さっすがあ♪」
「ファースト・ブースト…」

ガントレット肘の部分から炎が出現、それを推進力として加速した拳をリンネさんに叩きつけ────
‘ガイィィィン…’
この世界に戻ってきたときの、鱗をビームでつないで作った面の壁を盾にされた。

「さて…レイさん、こっからなんだけど───」
「リンネさん…予定変更です…」
「私が────…へ?」
「とりあえず一発殴らせてもらいます!セカンド・バーストォッ!」
「えええええええ!?」

もう一段階の噴出!それで、今度は盾ごとリンネさんを空中に殴り上げる。もちろん、その瞬間にリンネさんより高く飛んで鱗の盾のない背中にまわることを忘れない!

「あなたさえっ…あなたさえいなければあああああああああ!」
「ちょっ…どうしてマジギレ!?」
「冬至の馬ッ鹿やろおおおおおおおおおおお!ラスト・ブラストォォォォッ!」
「私、八つ当たりされ───みぎゃああああああああああ!?」

三度目の、最も強力な推進力を、俺は落下速度も合わせてリンネさんの背に叩き込んだ。
‘ボゴォォォン…!’
そのまま、地面に叩きつけられたリンネさんを見て…正直、ちょっとスッキリ。あの恥ずかしい変身の恨みが少し晴れた。けど、まだ足りん!

「立てぇ!まだ…まだ、あなたがやったことが(失敗→後始末→変身)これで済むと思うな!」
「ファントム…お前、俺達のためにっ…!」

何か、後ろのほうでアインが勝手に勘違いして感動しているが…まあ、わざわざ美談を壊す必要もあるまい。うん。

「痛たたた…ちょ、あ、あんまりじゃない!?」
「うるさい!あなたが悪い!」
「何か、予想とは違うキレ方してる!」
「もういっちょおおおおおおお!」
「わ、わ…しっ、森羅万象虚無となせ!『神技・終焉の業火』ぁっ!」

高熱のあまり、炎という形すらとらないプラズマ化した、まさにエネルギー体とも呼べるそれが俺に迫る…が。

「チャージアップ!スキル!スカイ・ゼロ!」

やはり冬至作の解除コードと同時、俺が突き出した右手の前に、真空の壁が生み出され、そこにぶつかった炎はあっさりと霧散した。

「嘘ぉ!?手を抜いてるからって、そんなのあり!?」
「俺の怒りを受け取れえええええええええ!フル・ブレット・ナッコオォォォォッ!」

足の裏、背中、色んなところから放出されたブーストの勢いをそのまま拳に乗せ、驚いて硬直していたリンネさんに突き出す。リンネさんは、急いでかき集めた先ほどの盾で俺を攻撃を受け止めようとする。
‘ギィィィィィン…!!’
ぶつかり合った瞬間、閃光が当たりを多い尽くし─────

────止んだとき、空には巨大な極神龍と化したリンネさんが浮かんでいた。


27 :雨やかん :2007/08/08(水) 19:23:50 ID:onQHPnn4

第三話、終末を告げる光…と、いう名のやけっぱち

『ここまで私を追い詰めるとは…さすが、英雄だね…』
「な、あっ…こいつ、さっきの女なのかっ…!?」
「アイン、下がれ!」
『手始めに…これなら、どう!?』

リンネさんの口が開かれると同時、お約束といわんばかりにそこから極大炎が放出された。
対して、俺はアインと衛兵達をそれぞれ急いで後方へと投げ飛ばし、その炎に向かって左手を突き出す。

「くっ…カウンター・フレアッ!」
『無駄無駄無駄ああああああ!』

俺が左手から、つまり迎え火の形で放出した炎はリンネさんの放った炎にあっさりと飲み込まれる。俺も、自分が飲み込まれる直前に横っ飛びに避けて炎の着弾地点から距離を取った。
ってか、リンネさん…えらくノリノリですねぇ?楽しんでるかーい!?
とりあえず、極神龍に戻ったなら長々とここにいてもらうわけにはいかん。早いところケリをつけるためには…冬至に聞いてみよう。

「くっ…おい、冬至、何か強力な武器を教えてくれ。」
『レイ殿。巨大怪獣に対抗するには、レイ殿の強化も必要なのである!』
『…ものすごい存在、さらなる高みに到達した人になるのです。』
『そう!つまり究極人間!英語で言うならウルトラマ────』
「それ以上は言うなあああああああああ!ってか、恥ずかし変身の次は巨大化か!」
『ちなみに、変身の方法は‘グラスアウト!と叫ぶと腰からメガネが飛び出てくるので、それを右手で目の部分にかざし、左手は高々と空に拳をにぎって突き上げ、右足を上げて、左足でジャンプする’と成功するような設定に────』
「変身方法が完全なパクリだな!?後、巨大化なんぞした日には、俺はこの世界で生活できんわあああああああああ!」
『…心配ないのです。ちゃんとお約束通り時間制限ありなのです。』
『ちなみに1分47秒である。』
「中途半端!?しかもカップラーメンより短っ!」
『…つまり、変身したらカップ麺の方が先輩なのです。』
『レイ殿、変身後はカップ麺に敬語を使うべきかと。』
「もう意味分かんねーよ!」
『はっはっはっはー!どうした英雄!打つ手無しかー!?』

相変わらずノリノリの状態で、今度は目から電撃なんぞ撃ってくれました。とっさに目の前に金属の破片を放り投げてやり、そっちに流して事なきを得る。

『往生際が悪いぞー!』
「だああああああ!もう、あの人本当に容赦ねえ!?」
『仕方ない、レイ殿。もう一つ、秘密兵器があるのである。』
「どこだ!どうやったら出てくるんだ!?」
『両手を天にかざし、『世界よ!俺に力を貸してくれ!』と言うのである。』
『…もちろん、声高に叫ぶのです。』
「予想してたけど、そんなんばっか!ええい!世界よ!俺に力を貸してくれえええええええええ!」

瞬間、俺の頭上に光が終結し、それをゆっくりと形を取って俺の掲げた両手へと降りてきた。光が止んだとき、俺の手の中にあったのは─────

─────ごっついキャノン砲。しかも、装飾がめちゃめちゃ派手。俺に力を貸してくれたのは一体どんな世界なのかと問いかけたい。

「…何か、ガキのころに日曜朝のテレビで見たことある武器だな…」
『モデルは今より10年前の────』
「いや、それはいいから!どうやったら撃てる!?まさか、ここまで来て5人の力を一つに合わせるとか言うなよ!?」
『うむ。そうしたかったのだが、残念なことにそれは一人用である。』
『…予算が足りなかったのですか?』
『実は…先の知広の誕生日プレゼントのために金欠に。』
『…あれ、とても大切にしてるのです。』
「いい雰囲気作ってないで使い方教えて!?」

他人の惚気とか聞いてたら、俺死にますよ?何か、段々とリンネさんも楽しくなってきたみたいで次第に攻撃が連続、巨大化してきてますんでね!ってか、本来の目的忘れてないかこの半神様はさ!?

『撃ち方は簡単である。今までのように解除コードを叫びながらトリガーを引けばいいだけ。』
「じゃあ教えろ!もう、今なら何だって叫んでやるさ!」
『…説明書によると、『勇気という名の力を持って、愛という名の支えを守り、希望という名の明日へと向かう。今、闇を貫く一条の光あれ。ソウルストライカー。』が解除コードなのです。』
「説明書あるんだ!?と、とりあえず…勇気という名の────」
『それを、誰か守るべき人を背中にして叫ぶのである!』

…………は?

「…え?」
『…つまり、その辺りにいる衛兵さんを背中に守りながら、撃つのです。』
『ヒーローは絶体絶命のピンチ、友を助ける瞬間にこそ最大の力を出すのである!』
「嘘だろおおおおお!?おまっ、今のセリフを人前で言うのか!?マジで!?」
『ほら、都合よく背後に誰かいるのである!』
「ファントム!無事か!?」
「よりにもよってお前か!」

何か、ぼろぼろになりながらも槍を杖代わりにして俺の元へと駆けつけてくれた、本来なら感動ものの行動のアインがいた。ただ、厄介なことに…アインは‘レイ=ファントム’の図式を知っているんですが?

『ほらほら!リンネが攻撃態勢に入ったのである!』
『…その武器で迎撃しないと、2人まとめて終わりなのです。』
「う…ううっ…」
「ファントム!お前だけでも逃げるんだ!俺が盾になってやる!」
『おお!ヒーローっぽいシチュエーションである!』
『…さあさあ、なのです。』
「ち、ちくしょおおおおおおおお!勇気という名の力を持って!愛という名の支えを守り!希望という名の明日へと向かう!今っ!闇を貫く一条の光あれええええええ!ソウルッ─────」

ぽかんとしているアインを押しのけ前に出る。抱えたキャノン砲の銃口をリンネさんに向け、俺はほとんど半泣きでトリガーを引いた。

「ス、ト…ライッカアアアアアアアアアアアアアッ!(泣)」

放たれた巨大な閃光は、リンネさんが吐いたプラズマを打ち消し、そのままリンネさんの巨体を飲み込んだ。


28 :雨やかん :2007/08/10(金) 19:39:14 ID:onQHPnn4

才能を使う場所

「いやー、楽しかったよ、レイさん。」
「あのまま消えればいいのに。」
「ぅわ…レイさんがグレた…」
「そうだよ…ミリアさんに頼んで、この迷惑半神様は、社会的弱者にでも転生させてもらえば…」
「レイ殿。気をしっかり持つのである。」
「冬至なんて、ヒーローと一生縁のない、文明機器のない世界の一般人にでもなってしまえ。」
「…冬至がいないと、私は寂しいのです。」
「じゃあ、知広さんも幼馴染にでもなればいいよ…2人で甘いギャルゲー展開でも突入していればいいさ…」

あの後。
空へと消えていった(ように見せかけた)リンネさんを確認して、俺はさっさとその場を‘逃げ出した’。もう、何ていうか、アインの視線に耐えられなかったのだ。言葉を交わさなくても分かる。視線が伝えてくれる。
『…お前、そんな趣味があったんだな…いや、人の趣味ってひとそれぞれだもんな。俺は気にしないよ。安心しろ。』
いつもは乱暴口調のアインの、あの優しい生暖かい視線。あの視線を思い出すだけで、5回は精神が壊れそうになる。

「えっと、その…レイさん、ゴメンね?」
「…本当に反省してますか?」
「してる、してる。」
「すまぬ。今回は、本当に我輩たちのミスであった。」
「…レイさんに、あまりに多大な迷惑をかけてしまったのです…この世界の人にも。」
「はぁ…分かりました…今回だけは、許します。」
「ありがとう、レイさん!その寛大さにしびれるぅ!憧れるぅ!」
「やっぱ殴っていいですか?」

女性は殴るなという本能がささやき、理性は彼女は半神だからオッケーとゴーサインを出す。

「じょ、冗談だよ、じょーだん。」
「まったく…もう嫌だ…どんな顔してアインに会おう…」
「…ファイトなのです。」
「それにしてもレイ殿。初めてなのに、我輩の抗魔装甲をあれだけ扱えたのは、何か理由が?」
「は?」
「普通、相手がリンネクラスの者ともなれば、前に立つだけで萎縮する上に音声入力だけとはいえ、的確に抗魔装甲の機能を使い分けるのは至難の業である。」
「…レイさんには、きっと才能があるのです。」
「知広。それは今更だと思うよ?」

リンネさんはそう言って俺の近くにまで歩み寄ると、頭に手を載せて目を閉じる。

「あの、何か…?」
「ん。ちょっと頭の中を覗いてる。」
「ぅおーい!?」
「あ、大丈夫。記憶とかそういったのは見ないから。」
「で、どうなのであるか?レイ殿の力は。」
「うーん、ハッキリ言うと…異質だね。ここまでくると。」
「異質って…」
「いやいや。結構本気で言ってるよ、私は?普通、天才って呼ばれている者の定義は‘何か一つの能力に異常なまでに突出している’人間なのは分かるでしょ?」
「はぁ…」
「…レイさんは、違うのですか?」
「違うようで、同じ…かな?レイさんが突出しているのは‘あらゆる才能を突出させる能力’とでも言うかも。」
「…どういうことであるか?」
「環境次第では、どんな存在にもなれるの。勉学に励み続ければ世界最高の頭脳を持てるかもしれない。戦うことを選択すれば、世界最強になれるかもしれない。盗みの技術と学べば世紀の大怪盗。魔法を学べば大魔導士。そんなレベル。」
「…つまり、天才になれる天才ということですか?」
「ん。そんなとこ。」

いや、そんな壮大なことを言われてもピンと来ないけどさ…俺って、一体何なのさ?

「ふむ…レイ殿。」
「何?」
「駄目元で聞いてみるのだが…我輩たちの世界に来ぬか?」
「…は?」
「まあ、確かにレイさんがこっちに来てくれると色んなことが助かりそうだよね。」
「…歓迎するのです。」
「あー…ごめん。お誘いはありがたいし、俺のことを認めてくれるのは嬉しいけど…やっぱ、この世界が好きだし。」

天才になれる才能だとか、そんなもんがあろうがなかろうかかまわない。
ただ、そのおかげで俺はキララ、リリア、マリス、フォルト、ミリアさん、陛下、王妃様、騎士にみんな、町の人達に、笑顔を作ってあげられるのなら…

「…その天才になれる才能っての、もう使い道が決まってるからさ。」
「なるほど。それは仕方ないであるな。」
「そうだね。んじゃ、そろそろおいとましよっか?」
「…予想より、はるかに長くこちらにいすぎたのです。」
「え…ヴェロンティエには寄っていかないんですか?」
「うん。残念だけど、またの機会に。」
「そうであるな。またいつか、時間があるときに。」
「…今度は、料理を楽しみにしてるのです。」
「分かった。それじゃあ、また────って、また来るのか!?」

すでに3人はゆっくりと光の中へと溶けるように消え始めていた。

「ちょ、待て!頼むから極神龍では来るなよ!?」
「じゃあ、もうちょっと多人数で来るねー。」
「不幸の種を増やすのはやめて!?」
「レイ殿。今度、レイ殿の戦闘を編集したDVDを送るのである!」
「編集とかすんな!ってか、撮影してたのかよ!?」
「…最後に、一つ言うことがあるのです。」
「何さ!?」
「…衛兵さんの話によると、お姫様にはちゃんとレイさんが戦ったことが報告されているらしいのです。」
「…は、い?」
「…多分、戦闘の詳細もアインさんとやらが報告しているはずなので…頑張るのです。」
「知られたの!?あれをリリアに知られたの!?」
「それじゃー、またねー!」
「冬至いいいいっ!次に会ったら覚悟しとけやぁっ!いや、もう二度と来んなあっ!」

俺の絶叫も虚しく、リンネさん達は虚空へと消えていった。ってか、リリアに知られた…これから舞踏会なのに…知られた…

3人娘のお守り。
魔獣と少年との殺し合い。
女装。
ヒーローショー。

俺をこんな目に合わせた方々に一言物申したい…もう、勘弁してください。


29 :雨やかん :2007/08/14(火) 19:07:45 ID:onQHPnn4

帰ってきた勇者はHPがイエロー

「ただいまー…」

精根尽き果て、今なら某ボクサーのごとく真っ白に灰化した状態にもなれるだろう疲労具合のまま、俺はようやくヴェロンティエへと戻ることに成功した。
ってか、俺にとっては一日ぐらいのはずなのにもう何日も働いたようなこの感覚は何だろう…本当に、疲れた…

「はぁ…キララー?マリスー?フォルトさーん?」

…出かけてる、のか?人の気配がしないけど…いや、鍵は開いてたんだからいるはずだよな?とりあえず、部屋の方にでも顔を出してみるか。店のほうにはいないだろう。ダイエットのために閉店して────そういや、成功したのかな?一応、母さんが医学的見地から作ったプランだから問題ないはずだけど。

「キララー?どこに────うおあっ!?」

いきなりの大声。
それは何故かといえば…なんか屍と化している3人の美女が原因だった。

「ちょ、え?な、何してんの3人とも!?」
「…うぅ…幻聴が聞こえるわ…」
「やりすぎは毒って言われたのに…マリスのせいだかんねぇ…」
「あなただって…張り合ってたじゃないのよ…」
「張り合って…?って、まさか俺の立てた計画を過剰にこなしたのか!?」
「…マリスが、最初に2割増しとかやるからだよぉ…」
「そ、そっちこそ…増やしたじゃないの…」

何てことを!?あのプランは結構精密なのに、それを過剰にやったと!?馬鹿ですかこのお嬢さん達はっ!?いや、ダイエットに賭ける女の執念を読み切れなかった俺のミスなんですか!?

「大丈夫なのかよ、3人とも!?」
「幻聴が止まないぃ…」
「いい加減、レイ分が足りなくなってきたわね…」
「まだ言ってるのか、それ!?」
「本物のレイ君に会いたいよぉ…幻じゃやだぁ…」
「泣かせてくれる台詞なのに、感動できないのは何故でしょうかねえ!?」
「…ん?」
「ひょっとして…レイ…?」
「へ…レイ、君…?」
「はい、ただいま。ってか、ちょっと待ってろ。今すぐ疲労回復の薬か飯を作って───」

‘ぐわしっ…’

…さっきまで机に突っ伏していたはずの屍の手が、何故に今は俺の手と腰と肩を握り締めているんでしょうか?

「本物!」
「レイ、ちょっと動かないでちょうだいね…」
「レイ分補給ぅ…はぁ、癒されるぅ…」
「離してくれませんか!?ってか、補給とか言うな!」
「言ったじゃないの。欠乏症なのよ、あたし達…」
「ついで、今は禁断症状が出ているのよ。」
「どんだけ駄目人間だ3人とも!」
「レイ君がいるなら駄目人間でもいいもん…レイ君に面倒見られながら生きるから…」
「寄生虫みたいなこと言うな!」
「レイ君になら寄生したいぃ…」
「ああ、分かる気がするわ。」
「あたしは共生を希望したいところね。」
「だから、そういう会話は止めて!?後、段々と密着度を高めるな!拗ねても駄目!上目遣いも止めろ!胸を押し付けんなああああああああ!」

──────15分後。

「ふう、補給完了。」
「余は満足じゃ。」
「ということで、お帰りなさい、レイ。」

…え…何で俺ようやく帰宅したのにさらにHP減らされてんの…?イエローだった体力ゲージがもはや真っ赤に点滅中ですが?RPG風に言うなら、宿屋に入って店の主人にケンカ売られた感じ?

「ここは、もう俺の家じゃない…」
「そこは悪かったわよ…その、久しぶりだったから仕方ないじゃない…」
「うんうん。レイ君と一週間も会えないというのは、予想以上だったもん。」
「体重減らすより辛かったわね。」
「愛されてる感謝よりも、疲労を増やされた怒りが先立つとは俺も予想外だ。」
「だから悪かったって言ってるじゃない!」
「逆ギレか!」
「まあまあ。レイ、大目に見てあげて。キララも苦労したんだから。」
「そりゃあ、痩せたいんだから苦労しただろうけどさ…」
「それもあるのだけど、ね。」

マリスは意味深な笑みを浮かべながら、キララを半分楽しそうに、半分哀れんだ目で見つめていた。それを受け、キララはキララで何やら悔しそうな表情を浮かべ、その後に俺を睨み付ける。

「え?何?何か、俺の立てた計画に問題があったとか?」
「問題…?ええ、あったと言えばあったわよ…」
「ふ…レイ君、これはあたし達への宣戦布告だよね…あの計画は、あたし達への嫌がらせだよね…!」
「は?何で、フォルトさんまで…マリスは?」
「私は特に。」

何だろう…失敗したというわけじゃないみたいだし…

「ん?…痩せたんだよな?」
「痩せたわよ…ええ、痩せましたとも…」
「お腹回りにも余裕が出てきたわ。けど、ね…」
「…削れなくていい場所まで削れたっていうのは、どういうことかなレイ君?」
「ごめん。もう少し分かりやすく頼む。」
「…レイ。ここよ。こ・こ。」

そういってマリスが指差したのは─────首から下、お腹より上の平均よりも大きく突き出た一部分。
あ〜…なるほど…そこが削れたかぁ…しまった。それは、考えてなかったなぁ…

「あ〜…その、ごめんな?」
「「謝られると余計に虚しい!」」

そんな二人の絶叫を聞きながら、俺はようやく帰るべき場所に帰ってきたことに改めて気づいていた。


30 :雨やかん :2007/08/15(水) 19:30:20 ID:onQHPnn4

姫は勇者が大っキライ!?


「えっと。それで舞踏会っていつ?」
「明日の夜よ。」
「ちゃんとレイ君の招待状も預かってるからね。」
「そっか。リリアはどうしてる?」
「さすがに、舞踏会の準備があるとかでここ4日は会えなかったわね。まあ、こればっかりは仕方ないわ。」
「今更だけど、こういうことがないとリリアが王族だって実感できないわね。」
「普段はレイ君を巡るライバル兼親友ってイメージしかないもん。」

だから、そういう会話は俺がいないところでやってくれ…恥ずかしいんだから。
それにしても、会いたいような会いたくないような…本当、さっきの事件が無ければ今すぐにでも行きたいんだけど…リリアにまであの生暖かい視線を向けられたら…

「…やべえ…立ち直れねぇ…」
「ん?何が?」
「あ、いや、こっちの話だ…忘れてくれ。俺も忘れたい…」
「…レイったら、一週間の間にまた何か新しい心の傷でも負ったの?」
「またとか言うな!」
「それで、レイ。リリアに会いにいかないの?」
「あー…多分、リリア本人は俺が帰ってきてること知ってるはずだけど。やっぱり、会いに行くべきだよなぁ…」
「そりゃあ、リリアだってレイ君の帰りをきっと待ってるよ。」
「私たちと同じく、レイ分欠乏症になってるでしょうしね。」
「だから、その病名を言うな。」
「今頃、レイが使ってる湯飲みを手にして眺めながらため息をついてるわよ。」
「…妙に実感がこもってるのは、キララも同じことをしたからか?」
「あたしじゃなくてマリスよ。」
「キララは洋服。」
「ちなみにフォルトは制服。」
「駄目人間!?」


──────…で、数十分後。
生暖かい視線を覚悟して、リリアの部屋へと直行した俺は…現在リリアの窓の前で最後の緊張を味わっていたりする。

「う〜…はぁ…」

いや、だって考えてほしい。自分がものすごい醜態をさらした直後に、自分に想いを寄せてくれて、なおかつ自分自身も悪く思ってない相手に平然と会えるか?
ここでうなっていても仕方ないとはいえ、それでも後一歩が踏み出せずにいるのはそんな理由から。ああ…本当に厄介だ…大丈夫かなぁ…会いたいんだけど、会いたくない…話したいけど、話したくない…何だこのツンデレ思考。
ええい!当たって砕け───…当たってヒビ入るぐらいの覚悟でGO!

‘ガチャン…’

「り、リリアー…?」
「あら、いらっしゃい。レイ君。」
「あ、ご無沙汰してます…て、お、王妃様っ!?」
「あなたが私のところに来るなんて…はっ!だ、駄目よ、レイ君!私には主人が!」
「何ですか、その台詞!?」
「いやね、レイ君。そこは『す、すいませんお義母さん。俺、もう…』って言わないと。」
「冗談でも言えません!」
「そういうちょっぴり危ない橋を渡ってみたりとかって燃えるって聞いたけど…」
「危ない橋は常日頃から渡ってますが、燃えたことは一度も無いですね!」
「そうなの。残念ね。レイ君は義母には興味なし、と…」
「何を手帳に書き連ねてますか!?」
「冗談よ、冗談。」
「性質が悪すぎます…もう、本当に勘弁してください。ただでさえ疲れてるんですから。」

HPはすでに赤の点滅の感覚が早くなってきてるぐらいだ。このままだとリリアと会う前に力尽きかねないんですが。

「ああ、そういえば…さっきは本当にありがとう。また国を救ってもらったみたいね。」
「いえ…別に、大したことじゃないですから。」

元凶の一部が俺って言うか、俺がそもそも異世界に行きたいとか言い出さないとあんなことにならなかった以上、むしろ元凶が俺?

「そのことに関してのお礼───と、言いたいのだけど…」
「別に何もいりませんよ?」
「いえ、そうではなくて…その、ね…」
「…何かあったんですか?」
「それをアインから報告してもらったのは、予想できるわよね?」

ま、まさか!アインから俺の恥ずかしい台詞と恥ずかしいポーズを全部聞いてしまって、そのために何か俺のことを笑わずにはいられないとかですか!?そんな!あんまりですよ王妃様!?い、一応、俺も頑張りましたよ!被害者ですよ、俺!?

「その後なんだけど…えっと、レイ君。」
「は、はい。」
「多分、本心からじゃないのよ?あの子にとってレイ君がどれだけ大切かは知ってるし、あの子がレイ君をどれだけ愛してるかも分かってるの。だから、あの子の言ったことは一時的な感情の暴発っていうか、ただ単に拗ねてるだけだと思うの。」
「…あの、もう少し分かりやすくお願いできますか?」

あの子って言うのは、リリアのことだと思うけど…何?リリアが何を言ったの?

「…落ちついて聞いてね?」
「はい。」
「アインが先ほどの事件の報告をしてくれたとき、あの子も当然ながら王族としてそれを聞いていたのだけれど…話のくだりが、あなたのことに入ってから取り乱して、その後、あなたが事件を解決してくれたことまで報告が終わったら…」

そこで王妃様は憂鬱な顔で、気の毒そうに俺に告げた。



「…『レイ様なんて…大っ嫌いです!もう知りません!』…って。」



──────…大嫌いですか…──────

「それでしばらく、自分の部屋には戻らないって。あなたに会いたくないって言って…あの、レイ君。聞いてる?」
「え、あ、はい…聞いてますよ…はははっ…それなら、仕方ないですよね…」
「レイ君、落ち着いて!?」
「やだなあ、王妃様。俺は落ち着いてますよ?それなら、俺がここにいても仕方ないですね。とりあえず、今日は戻ります。」
「あなた、絶対に落ち着いてないでしょう…?血の気が引いてるわよ?」
「あははは…すいません…泣きそうなんで帰ります…」
「気をつけてね?あの、あまり気を落とさないで…」
「無理です…今日は帰って寝ます。」
「舞踏会には来てね?そのころには、あの子も落ち着いてるだろうから。」
「あ、はい…失礼します…」

レイ・キルトハーツの残りHP0。レイは瀕死状態になった。


31 :雨やかん :2007/08/16(木) 20:15:58 ID:onQHPnn4

知らない彼と踊る姫と、知らない彼女と踊る英雄

リリアに嫌われてから数日後。

「…えっと、レイ君。あれはどういうことかな?」
「さあ?俺に言われても。」
「お城から戻ってきたレイの様子がおかしかったことと何か関係あるの?」
「だから知らないって。」
「…レイ。じゃあ、どうしてリリアの方を見ないようにしてるわけ?」
「…別に。」

会場に響いているのは陛下の誕生日を祝う人々の笑い声、そして彼らの足をダンスステップへと運びゆく音楽。すでにパートナーを見つけた人々は踊り始めている。広大なホールの中心は、すでに何組もの人々の踊りが円を描くように動いている。

そしてその円の中心に、リリアがいた。

俺の知らない、別の誰かを連れて。

「誰、あれ?」
「姫様が踊られているのは、国務大臣のお孫様の一人。アクロス様だ。」
「わ。アインさん、いつの間に?」
「今だよ。お前らの姿を見かけたんでな。…ところで、レイ。」
「何だよ?」
「あれはどういうことだよ?お前と踊るもんだと思ってたら、姫様は真っ先に手を差し出したあの男に手を重ねちまったんだ。陛下も王妃様も、俺達だって唖然としちまったぞ?」

そんなこと言われても、俺だってもう訳が分からない。
数日前、突然嫌いだと言われて。
今日、わずかな希望を胸に来てみたらリリアは別の誰かと踊ってて。
何でこうなったのか、俺だって知りたいさ。さっきなんて、リリアに近づこうかとしたら……

『あの…リリア?』
『すいません。今、私のお相手はこちらの方ですので。』
『そういうわけだ。悪いが、お前の出る幕じゃないぜ、レイ・キルトハーツ君。』
『あ、え…』

もう、完全敗北。リリアに拒絶された時点で、あのアクロスとかいう男との勝負に参加することすら許されなかった。
ってか、もう何故!?俺って何をしたの!?リリアにここまで嫌われるようなことって何だよ!こんな目にあうなら、生暖かい視線で見られるほうが数百倍マシだ!

「…はぁ…すまん。しばらく放っておいてくれ…」
「おい、レイ!」

逃げるように、というかまさしく俺はその場から逃げ出した。もう、正直なところリリアが知らない男と一緒に踊ってる姿を見たくなかった。

「あ、あの!レイさん!」
「…ん?」
「わ、私!レムムって言います!よ、よろしければ私と踊ってください!」
「あー…いいよ、別に。」
「え!?うそ!?やった!?」

そう喜んで俺の手をとった女性に引っ張られ、俺はリリアを中心として回る円の外側にひっそりと並んだ。一瞬だけ、リリアと視線が交錯した気もしたが、お互いすぐに視線をそらすことしかできなかった。

で、そんなほとんど何を踊ったのか、誰と踊ったのかもはっきりとは覚えてないような時間はあっという間に過ぎ去ってしまって────…

「で?いい加減、何があったのか話しなさい、レイ。」
「キララ?」

すでに舞踏会は終わり、後片付けが始まったお城のテラス。そこでぼーっとしていた俺に話しかけてきたのは、片付けの手伝いをするという名目で残っていたキララ達だった。

「いや、本当に何も───」
「じゃあ、帰ってくる前にレイが何をしたのかを話しなさい。」
「リリアがあそこまで怒るなんてよっぽどよ?」
「レイ君は妙なところで鈍いからね。さあさあ、ちゃっちゃっと話してもらおうか?」
「と言われても、この町に戻ってきてすぐ───……」

とりあえず、俺は隠したい事実は伏せて(変身とか掛け声とか)、俺がやったことについて簡単に説明した。その間、キララ達はじっと真剣に聞いてくれている。

「───…で、後はそのままヴェロンティエに戻ってきたんだけど…何か、リリアが怒るようなことあるか?」
「…レイ。」
「レイ。」
「レイ君。」
「何?」

3人はにっこりとした笑顔のまま────

「「「とりあえず、殴らせて。」」」

────なんか、物騒なことをおっしゃいました。

「何故に!?」
「レイっ…あんたねえ!何をしてるわけ!?あんた、あたし達のとこに帰ってくる直前にそんなことしてたの!?」
「怒るなですって?レイ、あなた自分が何をしてたのか分かってるの?自分がしたことが、何を引き起こすか考えなかったのっ…!?」
「リリアが怒るのも当たり前だね!ってか、あたし達だって今のはさすがに怒るに決まってるよ!」
「え、え…あ?」
「レイ…分からないなら、はっきりと言ってあげるわ!」

ずかずかと俺の前まで歩み寄り、胸倉につかみかかってキララは憤怒の表情を俺に向けながら、その目に‘涙’を浮かべて俺をにらみつけた。

「巨大な化物との戦いに!レイが参加して!あまつさえ、最前線で一人で戦ったですって!?一歩間違えれば死んでたのよ!?あたし達の知らないところでレイが死ぬなんて!それがどれだけ絶望的なことか分からないわけ!?」
「あ───」
「笑えないわよ!二度と笑えないわよ!?そんなことになったら、あたし達、絶対に笑えなくなるわよ!?特にリリア!リリアは王女なのよ!?自分の国を守るために、自分の一番大切な人を戦わせなきゃいけなかったなんて!苦しいに決まってるじゃない!レイに一番参加して欲しくなかった戦いに、あんた乱入したのよ!?怒るわよ!怒って当たり前じゃないの!」

そうだ…そうだよ…リリアが…あの誰よりも優しいお姫様が、俺が戦いに参加することを肯定できるわけが無い。自分にとって一番大切な人が、巨大な龍に立ち向かったなんて聞いて、落ち着いていられるわけが無い。
俺への怒り───…どうして、死にに行くようなことをしたんだと。
そして何より、リリアのことだ。自分自身にすらも───…大切な人に、戦ってもらわなければいけなかった自分への怒りもあるに違いない。

なんで───…なんで、俺はそんなことも考え付かなかった…!?

「行きなさい…!」
「え…」
「さっさと行って!リリアに謝ってきなさいって言ってるのよ!許してもらえるまで帰ってくるんじゃないわよ!」
「あ、ああ!ごめん、キララ!マリス!フォルトさん!帰ったら、思い切り怒ってくれ!」
「当たり前のこと言ってんじゃないわよ!いいから行ってきなさい、この馬鹿レイィィィ!」

キララの怒声、けれどその中に確かに隠されている優しさに押されるようにして、俺はテラスから飛び上がり、壁を駆け上り始めた。



─────残された彼女達の会話─────

「まったく…本当に馬鹿なのよ、レイは…!」
「本当ね。そもそも、キララも謝ってもらうべきなんじゃないの?」
「当たり前で───」
「そっちじゃなくて。折角綺麗な服を着て、お城の舞踏会まで来たのにレイ君以外の誰とも踊る気無かったでしょ?誘われたのに、全部断っちゃったじゃない。」
「私も、フォルトも誰かと踊ってたのにね。」
「…いいわよ、別に。あんなリリアのことばっかり考えてるレイと踊っても仕方ないじゃない。」
「それは言えてるわね。加えて、レイ以上の男は見当たらなかったもの。」
「あたし、良いかなって思った人に誘われて一緒に踊ってたら…男装した女性だった。」
「それはご愁傷様。…はぁ…さ、あたし達も帰るわよ。戻ってきたレイにしてもらう埋め合わせでも考えなきゃ。」

─────それは、誰も聞いていなかった3つの声─────


32 :雨やかん :2007/08/18(土) 18:22:42 ID:onQHPnn4

月下で踊る姫と騎士

リリアの部屋の窓。
先日。この窓をくぐったときにはそこにリリアはおらず、王妃様にショックなことを教えられてすごすごと退散していった。そして今日は────

「…リリア…」
「…お久しぶりです、レイ様。」
「ついさっき、会ったぞ?」
「あれは、会っていて会っていないようなものでしたから…」

会話をしながらも、リリアはどこか冷たい眼差し。さっきまでならここで落ち込んで、さようならだが…今は引けない。ここで引いたら、リリアと仲直りできない。それは、嫌だ。

「あー…その、リリア…」
「何でしょうか。」
「…ごめん。」
「っ───!…どう、して…レイ様が、謝るのですか…?」
「リリアを、不安にさせた。リリアのために、死ぬかもしれない行動をとったから…だから、ごめん。」

頭を下げる。深く下げる。リリアの顔は見えなくなったが、そんなことを気にしている場合じゃない。たとえ、相変わらず冷たい視線を向けられてるとしても、俺は今すべきことをするしかない。

「許して、ほしいです…リリアに嫌われたままは嫌だから。リリアと仲違いしたままじゃ、俺の人生灰色決定なんで…ごめんなさいっ!」
「…分かりますか…?」
「え?」
「顔を上げないでください!」
「は、はい!」
「分かりますか!?私の気持ちが!レイ様のしていたことを聞かされた私の気持ちが!分かりますか!?考えましたか!?」
「…ごめん。…考えてなかった…」
「何でそんなところにいたんですか!?そんな危険な戦いで!レイ様がおられれば絶対に王族として出陣を命じる必要があったことも分かっていて!だからこそレイ様がこの国におられないと思って本当に私は安堵しました!国が危険な目にあう恐怖よりも!レイ様が危険な目にあわない歓喜の方が大きかったんですよ!?なのに、アインが!『レイがやって来て自分から魔女を遠ざけました。』なんて言い出して!」

リリアの顔は、依然として見る事はできない。けれど、投げつけられるようなリリアの声は段々と大きくなっていくのは良く分かった。

「頭の中が真っ白になりました!その後のアインの説明を聞いて!ただでさえ恐ろしい内容なのに、レイ様がたった一人でどのように戦ったか!どんな攻撃を受けていたのか!そんなことまで克明に聞かされて!生きた心地がしなかったんですよ!?無事にレイ様が勝ったと聞かされても震えが止まらなかったんです!」

床しか見えなかった視界にリリアの足先が見えた。かと思えば、次の瞬間にはリリアが俺の肩を掴んで無理やり姿勢を元に戻す。俺は流されるままに、起き上がってリリアの顔を見た。

リリアは、泣いていた。
大粒の涙を双眸から流しながら、それでもはっきりと分かる怒りの感情を込めて俺を睨み付けていた。

「レイ様は英雄です!英雄なんですよ!?けれど、英雄にだって心配してくれる人がいるじゃないですか!戦って欲しくないって思う人がいるじゃないですか!傍にいて欲しいって思う人がいるじゃないですか!その人の気持ちぐらい考えてください!レイ様ほどの頭脳をお持ちなら!私の気持ちぐらい考えてください!」

叫ぶ一言ごとに、その小さな拳が俺の胸を叩いた。何度も。何度も。その力は弱くなっていったけど、心に響き続ける痛みだった。

「考えてっ、ください…!そうでなければ…怒るしか、ないじゃないですかっ…!レイ様が無事でいてくれて、嬉しいのにっ…やっと、帰ってきてくれてっ…ひぅっ…本当はっ…抱きしめたいぐらいっ…嬉しかったはずなのにっ…!」
「うん…ごめん…俺が、全部悪かった…」
「折角の、舞踏会がっ…私っ、何も覚えてないんですよっ…ひっく…レイ様と、踊りたかったのにっ!レイ様の顔を見てもっ、嬉しさがあって…ひんっ…けど、怒っててっ…もう、ぐちゃぐちゃでっ…!うぅっ…ひぐっ…」
「あぅ…」

ま、また泣かせてしまった…本当に、俺ってリリアを泣かせすぎでは…

「ほんと、ごめん…」
「本当にっ…悪いって、思ってっ…ひっく…ます、かっ?」
「うん…リリアを、泣かせて…それで、キララ達にも怒られて…本当に、ごめん…」
「ではっ…私の、言うことっ…一つ、聞いてくださいっ…それで、許して、あげます…」
「何でも聞きます。それで、許してもらえるなら。」
「…今から、もう一度っ…私と踊って、下さい…」

無言で一歩だけ下がり、俺は跪くようにしてリリアの右手を自分の手で取った。

「…無礼な振る舞いのお詫びとして、私との踊りを受けて頂けませんか?我が愛しの姫君。」
「…ぷっ…」
「笑われた!?」
「で、ですがっ…ふふっ…レイ様、本の読み過ぎですよ…」
「ひどっ!?格好付けたのに!?」
「ふふふっ…けど、レイ様の口から言って頂くのは心地良いですね…」

ようやく浮かべてくれた笑顔のまま、スカートの裾を少しだけつまんだリリアは俺に一歩近づいてくれた。

「…今夜は、私を離さないで下さいね…私の…私だけの、いとおしい英雄様。」
「…願い事、二つ目?」
「はい。」

オーケストラによる音楽の代わりに、夜を伝える鳥と虫の歌声。
きらびやかなライトの代わりに、そっと俺達を照らす月光。
それだけで、俺達がそっとステップの第一歩を踏み始めるには充分だった。


……数時間後。
どういうわけだかベッドに倒れこむことになっていた。何というか、シチュエーションだけ見るとこれから何かをいたすという光景。ひょっとすると、リリアは最初からこれを狙っていたんだろうか…

「リリア…実は策士だよな…」
「レイ様を手に入れるためなら、何でもします。」
「…その服もか?」
「お母様が仰るには、これこそレイ様の好みに違いないと。」
「…一度、あの人とはじっくり話し合った方がいいに違いない。」

リリアさんが着ているのは…このお城のメイド服。清楚なリリアが着ると似合いすぎて怖い。

「お母様が言うには、これで少し長い耳なら言うことなしだそうですが…」
「エルフ耳を何故に王妃様が知ってるのかな!?」
「えるふみみ…?あ、そういえばお母様がこの姿のときの決まりがあると。」
「決まりごと?何さ?」
「えっと、レイ様を上目遣いで、ご主じ…むぐ。」
「それ以上は止めてください!?」

王妃様とは話し合いの余地もなさそうだ。今度会ったら、あの人の日記(ミリアさんが何処からか取ってきた)の朗読会で徹底抗戦の姿勢をとっていこう。

まあ、何はともあれ。俺の感覚ではたった2、3日のはずなのに、やたらと長く感じた出来事はこうして終わりを告げた。

そう。これは俺、レイ・キルトハーツのありふれてほしくはない日常の一つ。


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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