あなたの隣で


1 :空宮 彼方 :2008/02/23(土) 19:36:07 ID:onQHtFrH

異世界を題材にした恋愛もの・・・のつもりです。
あまり得意ではないので、ところどころ恋愛じゃないかもです(泣)

たまに血なまぐさい表現が出てくるかもしれません。
苦手な方はご遠慮ください。


2 :空宮 彼方 :2008/02/23(土) 19:38:39 ID:onQHtFrH

いつからだろう。
泣かなくなったのは。
怒らなくなったのは。
感情を表さなくなったのは。
このアカに、何の感情も持たなくなったのは。

こんな。
人形のように生きるようになったのは、いつからだっただろう。
・・・もう、おぼえていない。


3 :空宮 彼方 :2008/02/23(土) 20:57:44 ID:onQHtFrH

すう、と目が細まる。
深く深呼吸すると、体中の感覚が鋭敏になり、周囲の細かな異常も余すことなく伝えてきた。
この感覚に戸惑っていたのはもう随分昔のこと。今ではすっかり馴染みとなっている。

「・・・行くか」

誰に聞かせるでも無く、ただポツリ、と声を出した宵夜は、音も無く今まで自分がいた木の枝を蹴り、闇へと身を躍らせた。

漆黒の衣を翻して駆ける彼の後に残るのは、蒼と銀とが混ざった、不思議な色彩の髪の軌道だけだった。


「また出たぞ!”シャドウ”だ!!」
その声につられ、大きな屋敷に居た警護の者たちが顔を上げると、屋根の上に、月明かりを背に立つ蒼銀の髪の者が居た。

魔法と呼ばれる力が当たり前に存在している国、「レギス」。
今その国を騒がせているのが、神出鬼没の怪盗、「シャドウ」だ。
「シャドウ」の名は、市民の1人がそう呼び出し、いつの間にか定着していた名である。
由来は、「まるで影のようにその実体を悟らせないのにそこに存在しているから」らしい。

「シャドウ」が現れ始めてから、既に3年を数えるにも拘らず、彼に関しての情報は限りなく少ない。
わかっているのは、彼が男らしいこと。
髪が蒼銀であること。
そして、魔力の宿った危険といわれているものしか盗まないこと。

その正体に関しては全くといっていいほど、わかっていなかった。

彼は魔法を使わないため、只の一般人なのか、魔法を使っていないだけで実は魔術師なのかもわからない。
蒼銀の髪も、様々な色彩の髪や瞳の存在するこの国では、多少珍しいにしても絞り込めるほど少人数しかいないわけではない。
声を発することも無く、全く尻尾をつかませる事が無かったのだ。

「・・・逃げたぞ、追えー!」
まんまと獲物であるらしい剣を盗み、悠々と闇夜へ駆けてゆくシャドウ。
その後を大勢の警護の者達が走ってゆくが、彼は既に闇夜にその姿を消した後だった。

さて、それから数刻ほど経った後、シーンと寝静まった夜の街を、1人の少年が歩いていた。
年のころは16〜18程度。蒼銀の長い髪を高い位置で結び、無造作に背に流している。
顔立ちは整っているが、そこに少年特有の無邪気さは無く、どこか悟ったような静けさがあった。
瞳は、黒曜石のようにつるりとした漆黒だった。

「・・・やれやれ」
ふ・・・と少年はため息をついた。
そう、この少年、宵夜こそ、今世間を騒がせている怪盗、シャドウ。

神出鬼没といわれている、蒼銀の髪の怪盗なのだ。


4 :空宮 彼方 :2008/02/25(月) 16:02:05 ID:onQHtFrH

いつものように仕事を終え、自宅へと向かう宵夜。
だが、普段と同じ道のはずなのに、元々鋭かった上にこんな仕事をしているせいで更に鋭敏になった感覚が、首筋にチリチリと何かを訴えかけてきた。

何かが、違う。
何かが、起こる。

直感とも言うべきこの感覚は、いつも宵夜を助けてきた。
まだ若い宵夜がこんな仕事をしてきて未だ無事なのは、一重にこの感覚と、必死に身につけた自らの技術力に他ならない。

この勘が何かを訴えてくるときは、大抵が自分の身に危険が迫っているとき。
このときも、その例に漏れることは無かった。

チリチリとした感覚が最高潮に達したとき、背後から異なる二つの気配を感じた宵夜は、持ち前の運動能力と瞬発力で、すぐさま近くの塀の後ろに音も無く身を潜めた。

なにが起こっているのか最初は全く分からなかったが、耳に僅かに聞こえてきた金属同士がぶつかり合うような音と、何かを唱えるようなぶつぶつという小さな声に事の次第を悟った。

誰かが、魔法を使って戦闘をしている。

別に、あり得ないことではない。
魔法には攻撃のためのものもいくつか存在するし、多少物騒な世の中でもあるのだ。
誰でも自衛のための魔法の一つや二つ、覚えているのである。

だが、今回は違った。
感じる魔力の余波や金属音のスピード、何より、この場に充満している殺気から見て、かなりの実力者同士―宵夜のように、裏の世界で生きているような―の戦闘であるらしい。

裏の世界には、戦闘を職業にしている者も多々いる。
ボディーガードのようなことをしている者もいるし、宵夜のように何かを盗むことを仕事としている者もいる。
そして、人を殺す、暗殺者のようなことをしている者も。

自分と同業ならまだしも、もし暗殺者だったらこちらが危ない。

そう思い、隙を見て逃げ出すため、宵夜はそっと戦闘をのぞき見る。
そして、息を呑んだ。

片方はちょうど暗がりにいて、簡単なシルエットしかわからない。
夜目が利く宵夜には、それが20〜30程度の男に見えた。

そして、その男と対峙しているのは。
自分と同年代であろう、少女。

月明かりに照らされ、映し出された少女は漆黒の服を纏っていた。
黒の袖なしタンクトップに、同じく黒のズボン。
顔つきはこちらに背を向けていて分からないが、後ろで一つに纏めてある、背まである長い髪も漆黒。
本当にこんな少女に戦闘などできるのかと疑ってしまうほど、華奢な体だった。

だが、その手には銀に光る鋭利なナイフが握られている。
紛れも無く、この少女が戦闘をしていたのだ。

しかも、月の光でぼんやりと浮かび上がった相手の男の体は傷だらけで、所々血が滲み出ており、息も荒い。
対して少女の方は傷一つ負っておらず、息にも微かな乱れすら見られない。

少女が、この戦闘を圧倒していた。

宵夜が息を詰めて見つめている中、相手の男がとうとう痺れを切らしたのか、手に持ったナイフで襲い掛かっていく。
それを少女は悠然と立ったまま迎え、そして、男が後5mというところまで来たとき、唐突に動いた。

銀色の閃光が閃いた。

何も出来ぬまま、男は崩れ落ちた。
その首からは、どくどくと赤い血が流れている。

だが、それよりも。
男の方を振り向くことで、ようやく見えた少女を、宵夜は驚きと共に見詰めていた。

少女の顔は、ひどく整っていた。
端正なその顔立ちは、ひどく冷たい印象を与え、まるで彼女が手にしているナイフのようでもある。
その瞳は、まるでルビーであるかのような、彼女がたった今流させた血のような、深紅。

暗く、闇のような裏の世界に生きているとは思えないような、どこか世離れしている印象を与える少女だった。

そのまま彼女は一振りでナイフについた血を払うと、何かを小さく呟く。

すると、急に男の体が紫の炎に包まれ、ほんの30秒ほどで完全に消滅してしまった。

驚きのまま固まっていた宵夜は、そのまま立ち去っていく少女の姿を見、ほっと息をついた。
彼女は、強い。
しかも、外見からは想像つかないが、あの行動の滑らかさからいって、暗殺者として生きている類の人間らしい。
怪盗なんていうものをやっており、多少は腕に自信がある宵夜でも、ほぼ確実に適わないであろう。

気配を消していたためか、少女は宵夜に気づかなかったらしい。
それは、不幸中の幸いというべきだろう。

(このまま、そっと逃げるべきか)

そう思い、そっと身を翻そうとした宵夜の耳をついたのは、透き通っている氷を連想させる声。

「生きていたいのなら、今見たこと、口外しないことをお勧めするよ。シャドウさん」

身が凍る思いをした。
気づかれていないどころか、相手はこちらが誰であるかまで把握していたというのか。

「標的以外を殺す気はないから。あなたが賢明であることを祈ってるよ」

そう言い、少女は音も無く立ち去った。
だが宵夜は、その場から動くことが出来なかった。

体中を冷や汗が流れ落ちる。
彼女は一切殺気などは放たなかった。
だが、その気配から、凄まじい威圧感を感じた。
絶対的な強者に感じるそれと似たものを。

だが同時に、疑問にも思った。
宵夜は職業柄、この国の情報を網羅していた。
もちろん、表も裏も。
だが、あれほどの腕を持った者など聞いたことも無い。
彼女は一体、何者なのか。

元来宵夜は知的好奇心が強い。
この世界に入ったのも、それが原因となっているくらいだ。

そんな宵夜にとって、彼女の存在は何よりも興味をそそられる。
危険である、手を出さない方がいいと勘が訴えてくるのならば手を出すことさえしないが、それも無い。
それはつまり、彼女のことを調べても、その情報を広めなければ問題は無いということ。

「・・・しばらくは、怪盗はなしだな」

口元に微かな笑みを浮かべ、宵夜は歩き出した。
頭の中に、数十の情報ルートを思い浮かべながら。


5 :空宮 彼方 :2008/03/01(土) 22:27:07 ID:onQHtFrH

宵夜が暗殺者の少女と邂逅してから、3日。
宵夜は自宅のパソコンの前で頭を抱えていた。

「・・・見つからない」

自分の持つ情報網をフルに使ったにもかかわらず、あの少女の情報は欠片たりとも見つかりはしなかった。
自分で言うのもなんだが、宵夜の情報網は国内でも五指には入る広さと深さを持っている。
その彼の情報網に引っかからないというのは、はっきり言って異常としか思えない。

宵夜は記憶に何か手がかりになるようなものは無いか、頭の中の情報をひっくり返していた。
だが、やはりというかなんというか、糸口になりそうなものすら見つからない。

「・・・おかしい。あまりに情報が無さ過ぎる」

この世界に生きている以上、その情報が全く無いというのははっきり言ってあり得ない。
生活していれば必ずそこに痕跡が残り、仕事をすれば必ずそこにその証拠が残る。
例え今は生きていない者でさえも、その情報は表裏関わらず残っているはずなのだ。
ここまで情報が無いなんて、まるで最初から存在していないかのようである。
そこまで考えたとき、宵夜の頭の中に閃光が閃いた。

「存在して、ないのか?」

通常ならあり得ないその事態。だが宵夜は、それに該当するケースを一つだけ知っていた。
それは宵夜の情報網に、いや、例え世界一の情報屋にだって情報が無いという、殆ど唯一のケース。

「まさか、”例外”か?」

『例外』
それは、宵夜たち裏の世界に住むものたちの中でも、更に特殊なケースの人間の事を指す。

このレギスという国は、「中央府」と呼ばれる機関が管理、行政を行っている。
言わば、表の世界に住む人間は皆この府に従って生きているといってもようなものだ。
だが、それはあくまで「表の世界」の話。
裏の世界では全く事情が違うのだ。

裏の世界では、住人達がそれぞれ集まって「組織」として活動をしている。
こちらでは「『組織』に所属して生きる人間」と「どこにも所属しない『フリー』の人間」に分かれているのだ。(ちなみに宵夜は後者の部類である)

そしてその「組織」の中には、「国を混乱に巻き込んでやろう」だとか、「自分達がこの国を支配してやる」だとかの思想を持って活動している奴らが掃いて捨てるほどいる。
「フリー」の人間にも、「ただ殺すことが快感である」やら「表の人間だろうが平気で巻き込む」やらの危険な奴が多い。

そういった奴らに対抗するため、中央府が管理するお抱えの集団が「例外」と呼ばれる人間達だ。

「例外」たちは、「中央府の敵」もしくは「国を著しく乱すもの」と認定されたものたちへの刺客として放たれることが多い。
それだけでなく、中央府の依頼に応じて様々な仕事をこなすこともあるという噂だ。

そうやって中央府の手先となり活動する代わり、報酬と中央府からの保護を受ける。
中央府も、自分達に都合のいい存在は隠しておきたいからその情報を隠す。

だから、「例外」たちはその存在を知るものたちから「存在しないもの」という認識を受けていた。


あのまだ幼い(といっても自分と同い年程度だろうが)少女が「例外」だとはにわかには信じがたかったが、そう考えれば納得いくことも多い。

少女の情報を追っている過程で分かったことだが、昨晩殺された男は常日頃から「中央府の崩壊」を野望としている組織の幹部だったらしい。
また、その組織の場所や内部情報が中央府へ漏れ、今朝一網打尽にされてしまっている。

だが、その組織は全てのことに関して周到な手段を用いることで有名で、裏世界の人間もなかなか手出しが出来なかった組織の一つなのだ。
その組織が「中央府への情報流出」などと言う失態を犯すものだろうか?

だが、そこであの少女が登場することで、一気に情勢が変わる。
あの少女が組織の情報を盗み出し、また幹部の人間を殺すことで戦力を削ぐ。
そうすれば中央府は一気に組織を畳み掛けることが出来る。

あの少女が「例外」であるというカードを出した途端、あり得ないように思われた出来事が急に現実味を帯びて目の前に鎮座するのだ。


6 :空宮 彼方 :2008/05/19(月) 15:46:24 ID:onQHtFrH

SIDE〜ANOTHER〜

ふう・・・とため息をつく。
身体中から血の臭いがするような気がする。
昨日は返り血など浴びずに「仕事」を終えたのだから、本来ならば血の臭いなどするはずも無い。
だが、こんな、ただ人を殺していく殺戮人形のような生活を続けて、もう6年は経つ。
体に落ちないくらいの血の臭いが染み付いていても、おかしくは無いなと少女―暁(アキ)は思った。

仕事について考えていたためか、連動して、昨日見た蒼銀を思い出した。
中央府の崩壊だとかを企むという組織の幹部との交戦の最中。
ナイフ戦で立ち位置が変わった為にチラリと見えた、美しい蒼銀。
正直言って、驚いた。暗殺者なんてものをやっている自分は、かなり気配には敏感になっている。
交戦中とはいえ、いや、交戦中だからこそ余計に鋭敏になっている感覚に、その蒼銀は引っかかりもしていなかった。

驚愕から冷めやらぬ思考で、あの蒼銀の候補をいくつかはじき出す。殆ど無意識な行動だった。
その中で引っかかったのは、今話題の怪盗、シャドウ。

そこまで予想し終わったとき、相手がこちらに向かってきた。
殆ど反射的にナイフを翻し、相手の首筋に一閃させる。

ほぼ無意識に殺してしまった相手を何の感情も込めずに見詰めた。
そのまま意識のみを蒼銀の方へと向けると、まだそこにいた。固まって動けないわけでもあるまいに、殆ど場所が移動していない。

普段なら、「仕事」を見られてしまったら目撃者を殺さなくてはならない。
表どころか、裏の世界にすら属していない己が身を見られるわけには行かないからだ。
だが、なぜか、殺したくないと思った。
その感情のまま、ただ声をかけて忠告をするのみに留め、その場から去ってきた。
蒼銀には、手出し一つするでなく。

「らしくないこと、したな・・・」


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