飛行艇エクスキャリバー


1 :つきしろけいや :2008/09/12(金) 16:18:09 ID:onQHLcVA

ひさびさに作品をアップします。
今回も不得意なファンタジーという分野で…

何年か前に書き進めていたものをちょっとずつ直して打っているので不自然さが目立つ作品です。
おかしいところがあれば、感想室のほうへお願いします。


2 :つきしろけいや :2008/09/12(金) 16:24:27 ID:onQHLcVA

act.0  アムネジア

 神々のすむ世界では、長いあいだ大きな戦争が続いていました。
 長い長い、けして終わることのない争いでした。

 ある日、ひとりの神の子は戦場跡でひと振りの剣と出逢いました。
 その剣は意志を持った剣でした。
 己の役目を果たし捨てられていたその剣は、彼女の剣になることを望みました。

 ――我のすべてを、あなたに委ねよう

 低く、すきとおった声で、剣はそう言いました。
 その剣の名は、アムネジアといいました。

 あまりにも大きくそして強すぎるその威力ゆえ、持ち手の精神を蝕むと恐れられ、忌み嫌われていたアムネジアを、彼女はなんの躊躇いもなく受け入れました。


 「わたしを護ってくれるなら、それでも構わない」


 彼女とアムネジアは、争いを終わらせるために長いあいだ旅をしました。
 長い長い、けれどとうとうその終わりを迎えられないまま断ち切られてしまった旅でした。

 まだ争いが治まりそうにないある日、彼らの前に立ち塞がったひとりの神がありました。
 彼は全てを壊したいと願う神でした。

 もっと争え。
 もっと傷つけ。
 そして血を流せ。

 その神の妨害から感じられる悪意は凄まじいものでした。
 アムネジアは自らが楯となることで、身を呈して彼女を守りました。
 柄が欠けて破損し、刃は折れて粉々に砕け散りました。
 自我のいれものを失い意識だけになったアムネジアは、理不尽な神に向けて怒りを解き放ちました。

 激しい憎悪の波にすべてのものが共鳴しました。

 そして始まったのです。崩壊という共鳴現象が。

 世界のすべてがかたちを成さない砂粒になって消えてゆきました。

 長いあいだ続いた争いは、とうとう終わりを迎えられないまま世界の終焉に飲み込まれていったのです。







 気が付いたときには、彼女は知らない街に立っていました。
 みたことのない街でした。
 どうやらここは、彼女が足を踏み入れたことのない別の世界のようでした。

 彼女はふと自分の手を眺めました。
 自分を守ってくれたアムネジアはもういません。
 彼女には、もう何も残されてはいませんでした。
 希望も、
 選択肢も、
 記憶でさえも世界は彼女から奪っていったのです。


 はるか頭上の青空を、真っ赤な飛行艇が飛んでいきました。


 すべてを壊せ。
 すべてを失え。
 それが、彼女が最後に聞いた声でした。


3 :つきしろけいや :2008/09/19(金) 16:26:17 ID:mmVcoLkk

prologue

 レイは顔を上げた。
 耳の下辺りで不揃いに切られた色素の薄い髪と、その隙間からこちらを油断無く伺っている強い光をたたえた眼が、数メートル先にあった。
 「レイ? どうかしたか?」
 その人物に急に話し掛けられて慌てて返事をする。
 「いいえっ。別に何も」
 「そう、それならいいけど」
 声の主の興味対象が自分から他のものに移ったのを確認して、レイは溜めていた呼吸を一気に吐き出した。いつまでたっても、この人の目は苦手だ。
 レイは無理に話題を捻り出した。
 「ヴァンは、今日は仕事行かなくて良いんですか?」
 「僕は無駄な事はしない主義だって言わなかったっけ?」
 声の主が座っていた椅子ごと回転してこちらを向く。
 「行っても、今日は店閉まってるよ」
 極端に色素の薄い瞳が、レイを捉えた。

 ここは西の国メイスティアの国境近くの小さな街、シオン。一年を通して温暖な気候が続き、人口の割には広い土地と豊かな自然に恵まれた街である。
 メイスティアの民は大半が同じ人種で、そのために髪や瞳や肌の色も国全体である程度統一されている。ほとんど黒と言っていいダークブラウンの髪、それよりは幾らか明るさを増した瞳、透き通るような白い肌というのが一般的なものである。
 (だから、この人みたいのは物凄く目立つんだよなぁ……)
 レイは心の中でそう呟き、その人≠フ方をちらと横目で見た。
 その人=\―ヴァンは勢い良く椅子から立ち上がると、大きく伸びをした。
 
 ヴァン・アタクト・ライオット。身長165センチで細身だが痩せているといった印象は与えられない。通称ヴァンと呼ばれている彼はれっきとしたメイスティアの民であるにも関わらず、普通では有り得無い髪と瞳の色を持ち合わせていた。
 彼の髪はまるで脱色でもしたように色が薄く、光をうけると角度によっては銀色に見えることもある。それほど無色に近いのだ。そしてその瞳は濃い藍色をしている。一般的なメイスティアの民と同じことと言えば、肌の色ぐらいしかない。
 また彼は、たぐい稀なる整った容姿と完璧な絶対音感も持ち合わせている。その絶対音感を武器に今は楽器店でピアノの調律師をしていて、その仕事だけで二人が生活していけるのだから、一体彼が幾ら貰っているのかレイには到底分からなかった。
 レイは本名をレイナードという。姓は無い。戦乱で孤児になり、ストリートチルドレンをしていたところをヴァンに拾われたのだ。ヴァンと違って彼にはこれといった特技や技能は無いが、11歳になった今はとりあえずヴァンのアシストとして働いている。メイスティアの民に何とか溶け込める程度は暗いブラウンの柔らかい髪は、他の人々よりは幾分明るいので人混みでは少し目立つ。瞳は他の民と全く同じ、明るい茶色。もちろん肌は白いが、その顔立ちから遠い異国の血が混じっているようにも見える。
 拾われてからはや数年が経つが、レイはいつまで経ってもヴァンの視線に慣れることが出来ないでいるのだ。その理由は、ヴァンの目つきが悪いというのもあるだろうが、レイが極度の人見知りで、今まで極力人との接触を避けていたことが理由の大半を占めていた。
 「さっ、起きた起きた。天気いいから散歩でも行くか」
 今の今まであくびをしていたのはヴァンであってレイではないのだが、ヴァンは底抜けに明るい声でそういうと、窓を開け放った。
 今日もメイスティアの空は晴れ渡っていた。


4 :つきしろけいや :2008/09/24(水) 13:44:31 ID:onQHLcVA

act.1 訪問者

 さて散歩に行こうと仕度を済ませてレイがドアノブに手を掛けた瞬間、部屋の外側からドアがノックされた。
 「せっかく散歩行こうと思ったのに」
 レイは落胆して呟き、ドアをあけても良いかとヴァンに同意を求めた。
 「いいよ。お通しして」
 一度かぶった帽子をまた椅子の背に掛け直して、彼は部屋の中央に設置されている事務机に腰掛けた。
 「机は座るものじゃないって言ってるのにー」
 レイのお小言を軽く聞き流して、ヴァンは「どうぞ」と良く通る声で言った。
 遠慮がちに入ってきたのは、軽くウェーブのかかった髪を腰の辺りまで伸ばし、長身をふわりとした服で包んでいる二十代前半と思えるメイスティアの女性だった。
 「今日は。どんなご用件ですか?」
 微笑をたたえてヴァンが女性に訊ねた。女性は軽く頭を下げ、口を開いた。
 「……調査を依頼したいのですが、Mr.ライオットはいらっしゃられますか?」
 「……」
 いつもの通りちょっと拗ねた様な顔をして、ヴァンがボソッと言う。
 「ライオットは僕です」

 探偵としてある程度有名なMr.ライオットがこんな少年だとは、ほとんどの人は思ってくれない。それでいつも、彼は気を悪くするのだ。
 「まぁ。あなたが……Mr.ライオット?」
 女性は目を白黒させた。
 「はい・僕・が、ヴァン・アタクト・ライオット、です」
 一語一語、区切って話すヴァン。そして、関係の無いレイを会話に巻き込んだ。
 「僕ってそんなに信用が無さそうに見えるのかなぁ? なぁレイ、僕何歳ぐらいに見える?」
 「えっ……」
 いっぺんに二人分の視線を受けて、レイはすっかり固まってしまった。そのまま、視線を避けるように身を縮める。
 「そんな、俺、わからないです」
 「私には、15歳そこそこといった風に見えますけど」
 依頼人が口を挟んだ。
 「15歳かー、へぇ、そのくらいに見えるんだ」
 「……では、違うのですか?」
 「ま、そういうことにしといてください」
 さらりと言って、ヴァンはその話題を強引に終わらせた。
 『知らない人からの視線』という自分にとって最も嫌な呪縛からやっと逃れたレイは、すぐに物陰へと引っ込んで二人の前から姿を消した。
 「それで、調査……というのは?」
 机からぴょんととび降りて、依頼人の横を通ってキッチンに立ったヴァンは、「レモンで良いですか」と依頼人に言った。頷いた依頼人は、ポシェットから一冊の手帳を取り出して開き、そこに貼られていた写真を示した。
 「私の弟が、いなくなってしまったのです……」
 そこには優しげな顔をした少年が微笑んでいた。

 「二週間前――私達はラグからシオンへ引っ越してきました」
 低い机を挟んで、依頼人とヴァンがソファに座った状態で向かい合う。依頼人の前にはレモンティーが湯気を立てていた。
 「私達兄弟には両親がいなくて……、今まで親戚の家においてもらっていたのですけれど、あの子が、叔父と大喧嘩をして、それで叔父が怒って、お前達も一人で食って行けるだろう、と、二人なんですけどね、とうとう追い出されてしまったのです」
 その女性の話は並行上にあっちこっちに飛んでわかりにくかったが、ヴァンは精一杯彼女の話を整理した。
 「ちょっと待ってください。えーっと、あなたの名前はスィルツ――スィルツ・キャナロイド。弟さんの名前は」
 「ルカ・キャナロイドです」
 ルカ――天使の名。先程の少年の風貌にふさわしい名だ。
 「弟さんの名前はルカ、と。あなた方は、親戚と喧嘩をして居候していた家を追い出されてしまったんですね」
 スィルツが顔をしかめる。
 「失礼、居候という言葉が悪かったようです」
 彼女はにっこりと微笑んだ。わかりやすい人だなぁと隠れて見聞きしていたレイは思った。
 「それで二週間前に親戚のいるラグからここにある両親の別荘へ越してきた。ここまでは合ってますね?」
 頷くスィルツ。ヴァンは続けた。
 「ところが六日前、ルカ――年齢は?」
 「来週で17歳です」
 「じゃあ僕より年上だ。六日前、外出から帰ってくると別荘からMr.ルカが失踪していた、彼が失踪前に何処かへ行くと言っていたことは?」
 哀しそうにうつむくスィルツ。
 「ありませんわ」
 「では今までに彼が家出などをしたことはありますか?」
 「いいえ。あの子は本当に、まだ何も出来ないのです」
 ソファの陰で聞いていたレイは額にしわを寄せた。自分だってお茶を入れるくらいのことは出来る。
 「何も、といいますと?」
 スィルツが顔を上げる。肩にかかっていた長い髪が垂れた。
 「あの子の小さい時から、私はあの子の親代わりでした。だから何でも私がしてやって……。あの子が無知だと言うのではないのです。ただあの子は、……あの子は」
 わっとスィルツが泣き崩れた。どう対応したら良いものかと、女性の扱いに不慣れなヴァンはとりあえずソファから立ち上がり、おろおろと彼女の側に回った。
 「……あの子はまだ……お茶も一人で入れられないのよ……私が、私がいてやらないと……」
 レイは眼をまるくした。本当にお茶も入れることが出来ないとは!
 「わかりました。それではMr.ルカ――弟さんは、何らかの事故あるいは事件によって失踪した可能性が高いですね」
 彼女の肩を軽く叩きながらヴァンは結論を出した。
 「それでは、現場検証を。別荘のカギはお持ちですか?」
 泣きながらポシェットを探り、カギを取り出すスィルツ。テーブルの上にカギが置かれた。
 「場所は?」
 「干潟(ラグーナ)の辺りにぽつんと、一軒だけ立っているからすぐにわかりますわ」
 しゃくり上げ、切れ切れにそれだけ言ったスィルツはテーブルに突っ伏してまた泣き出してしまった。
 「大丈夫ですか? 今から僕たちはこの別荘へ行きますけど、あなたはここでゆっくりされていては?」
 「! 俺も行きます」
 ずっと盗み聞きをしていたレイが、ソファの後ろから勢い良く飛び出した。知らない人間と同じ空間に二人きりにされるなんて真っ平御免である。
 「なんだ、そんなところにいたのか」
 身をひるがえし、椅子に掛けてあった帽子を被ったヴァンが机の上のカギをポケットに滑り込ませた。そのままドアへと向かう。
 「ヴァン! 俺を置いて行く気ですか?」
 レイは慌てて彼の後を追った。


5 :つきしろけいや :2008/10/02(木) 16:22:26 ID:onQHLcVA

act.2 海の見える家

 「ここが別荘」
 真昼の太陽に照らされてヴァンが短く呟く。彼の前にはどこかの宮殿のような作りの白い屋敷が経っていた。
 「この広ぉぉーいのが、別荘! 良いなぁ、僕もこんなとこに住みたいよ」
 彼は別荘の玄関前にある大理石の床の上でくるりと回った。その子供っぽさに呆れるレイ。
 「そんなこと良いから、早く開けて下さい……って、あれ?」
 ヴァンを凝視して、レイは目をぱちくりさせた。
 「何だよ」
 「え……っと、ヴァンが違う……ヴァンじゃない」
 「? ああ、これか」
 ヴァンは目の近くに垂れていたダークブラウンの髪の毛をつまんだ。はっきり言って全く似合っていない。
 「元の色だと目立つからね、染めたんだ。おかしい?」
 「はい」
 即答したレイは、次の瞬間にはヴァンのとび蹴りををくらっていた。
 「……訊くから答えたのに」
 「そういう答えは、少しためらってから言うのが礼儀というもんだ」
 ヴァンは物凄い目付きで床にへばっているレイを見下ろした。カラーコンタクトでも入れているのだろうか、その瞳もいつもの青色とは違ってブラウンに近い。
 「もういい。行くぞ」
 カギを開けると、彼は頭を抱えてうずくまっている助手をほったらかして別荘へと足を踏み入れた。

 乾いた音がして、彼らを乗せた床が数ミリ沈む。
 「わっ」
 慌てて飛びのくレイ。しかし床はそれ以上動こうとはせず、レイの体重分だけ元の位置に戻る。
 「そんなにびっくりしなくても。ろくに手入れもせずに潮風にさらされてたら、どんなに立派な別荘でもちょっとは痛むよ」
 だからたいしたことは無い、とレイに言い、ヴァンは別荘の中を進んだ。
 「……暗いですね」
 「電気どこかわかるか?」
 「探してきます」
 軽やかな足音とともにレイが暗闇の中を走ってゆく。そしてしばらくして電気が付いた。そんな事をせずともヴァンの眼は暗闇では良く利くのだが、レイが何かにつまづきかねないと判断して電気を付けさせたのだ。
 「サンキュな」
 小走りに戻って来たレイに声を掛け、頭を撫でてやる。レイは眼を細め、得意げに笑って頬を赤らめた。

 「んー……手がかりになるような物はなにも……」
 「そうだなー……」
 十数分後――別荘の中を一通り調査し終えた二人は、テラスのデッキにもたれ掛かってガックリと首を落とした。
 レイがふと思いついたように顔を上げる。
 「ねぇヴァン。ひょっとして、手掛かり探すより直接ルカ本人探した方が速いんじゃないですか?」
 首を上げるヴァン。
 「! それもそうだな! お前、たまーにいいこと言うよなー!」
 ヴァンがレイの背中をバシバシと叩く。
 「たまーに、は余計……」
 「よっし! それじゃー早速家に戻ってっ……」
 急にギョッとしてヴァンが自分の頭を抑えた。
 「レイ!」
 「はい」
 「僕っ……()出てる(・・・)?」
 先程教えられたようにしばらくためらってから、レイはその答えを口にした。
 「はい。出てます」
 そう。ヴァンの長い指の間から覗いているのは――それは紛れも無く、獣の耳だった。
 「やっぱり……」
 自分の耳(・・・・)を引っ張って、ヴァンは忌々しげに呟いた。

 彼は人間ではない。より正確に言えば、『普通の』人間ではない。
 ヴァン・アタクト・ライオットは『亜種族』と呼ばれる存在の現在では数少ない生き残りで、その為彼には普通の人間には無い筈の狼の耳があり、狼の牙があり、その他にも狼の尾や気質なども持ち合わせている。従って、先程レイがくらったとび蹴りも、並の威力ではない。普通の人間のそれとはスピードが二倍、威力は三倍ぐらい違うだろう。
 『亜種族』の歴史は、遥か昔に遡る。犯した罪のため天から堕ろされ人間としての扱いを受けるようになった一部の神々の末裔を『亜種族』といい、『亜種族』の者たちには、翼のあるものや、人間とは異なった外見や身体能力を持つものなど様々な者がいる。そのどれもに共通して言える事は、『普通人とは外見の成長速度が異なること』と『普段は亜種族の特徴を隠せること』、それに『普通人には使い得ない能力を使用できること』――幾分その威力やスケールは劣るが、神々の使っていた力を発揮できること、である。
 レイが始めてヴァンと出逢ったとき、彼は亜種の特徴を隠そうとしなかった。
 『僕の思い違いで無ければ、多分君も何か隠しているんだろうね?』
 ヴァンはそう言って笑った。そして、能力を使った。両眼を金色に輝かせ、レイの心を覗き、彼が隠している事をそのまま読み取り、そして――

 「なーんで出てきちゃうかなー隠そうと思って努力してるのになー」
 妙に間の抜けた、投げやりな大声でレイは我に帰った。
 「……そうですね」
 普通は亜種族の者は亜種としての自分の特徴を隠していられるのが普通である。だがしかし、何故かヴァンは時々それが出来なくなるのだ。
 亜種族の存在を知るのはごく一部の人間だけだが、その一部の人間がほとんど悪意を持って亜種族を利用しようと考えてしまう人間である上に、亜種族同士も個体数が極端に少なく、己の持つ特徴のため人との接触を避けたがる傾向にあるので出会うことはごく稀で、亜種特徴を隠せないと色々とややこしいことになるのだ。ただし、ヴァンに限っては人との接触を避けたがると言う事はない。むしろ厄介ごとや面倒に自分から飛び込んでゆく傾向がある。
 そんなことを考えながら、レイはある事を思いついた。
 「……ヴァンって、飛行艇の話になると耳出ちゃいますよね?」
 「! それだ!」
 ヴァンがポンと手を打つ。
 「なんかこう、自分の興味のある話になると、その話を少しも漏らさず聞きたくなって無意識に耳が……って、あぁ!? 」
 ヴァンの鋭い視線がレイを射すくめる。レイは短い悲鳴を上げて物陰に隠れた。
 「ひっ、ごめんなさい!」
 「レイ、何でお前、僕の飛行艇の事知ってんだ?」
 「へっ?」
 物陰から出てきて、レイは頭を掻いた。
 「だって……ヴァンいつか言ってなかったっけ? 僕の飛行艇がナンとかカンとかって」
 「言ってない」
 「言いましたよ!」
 でなければ何故、自分はヴァンが飛行艇を持っていることなど知っているのか。「探す」と聞いた時、当然飛行艇に乗って空から探すのだと思い込んだのだ。きっとヴァンも、飛行艇の話になると思って耳が出たのだろう。
 「何でどうでも良いことは完璧に覚えてるのに、そういうことは覚えてないんですか?」
 「なんでだろうな。」
 棒読み口調で言いながらヴァンは舌で自分の歯をなぞり、即座に口元を手でおおった。
 「げ、牙も出てるっ」
 彼の口からは鋭く尖った狼特有の牙が覗いていた。あれでどうして口に穴が開かないのかがレイには不思議である。


6 :つきしろけいや :2008/10/02(木) 16:22:34 ID:onQHLcVA

act.2 海の見える家

 「ここが別荘」
 真昼の太陽に照らされてヴァンが短く呟く。彼の前にはどこかの宮殿のような作りの白い屋敷が経っていた。
 「この広ぉぉーいのが、別荘! 良いなぁ、僕もこんなとこに住みたいよ」
 彼は別荘の玄関前にある大理石の床の上でくるりと回った。その子供っぽさに呆れるレイ。
 「そんなこと良いから、早く開けて下さい……って、あれ?」
 ヴァンを凝視して、レイは目をぱちくりさせた。
 「何だよ」
 「え……っと、ヴァンが違う……ヴァンじゃない」
 「? ああ、これか」
 ヴァンは目の近くに垂れていたダークブラウンの髪の毛をつまんだ。はっきり言って全く似合っていない。
 「元の色だと目立つからね、染めたんだ。おかしい?」
 「はい」
 即答したレイは、次の瞬間にはヴァンのとび蹴りををくらっていた。
 「……訊くから答えたのに」
 「そういう答えは、少しためらってから言うのが礼儀というもんだ」
 ヴァンは物凄い目付きで床にへばっているレイを見下ろした。カラーコンタクトでも入れているのだろうか、その瞳もいつもの青色とは違ってブラウンに近い。
 「もういい。行くぞ」
 カギを開けると、彼は頭を抱えてうずくまっている助手をほったらかして別荘へと足を踏み入れた。

 乾いた音がして、彼らを乗せた床が数ミリ沈む。
 「わっ」
 慌てて飛びのくレイ。しかし床はそれ以上動こうとはせず、レイの体重分だけ元の位置に戻る。
 「そんなにびっくりしなくても。ろくに手入れもせずに潮風にさらされてたら、どんなに立派な別荘でもちょっとは痛むよ」
 だからたいしたことは無い、とレイに言い、ヴァンは別荘の中を進んだ。
 「……暗いですね」
 「電気どこかわかるか?」
 「探してきます」
 軽やかな足音とともにレイが暗闇の中を走ってゆく。そしてしばらくして電気が付いた。そんな事をせずともヴァンの眼は暗闇では良く利くのだが、レイが何かにつまづきかねないと判断して電気を付けさせたのだ。
 「サンキュな」
 小走りに戻って来たレイに声を掛け、頭を撫でてやる。レイは眼を細め、得意げに笑って頬を赤らめた。

 「んー……手がかりになるような物はなにも……」
 「そうだなー……」
 十数分後――別荘の中を一通り調査し終えた二人は、テラスのデッキにもたれ掛かってガックリと首を落とした。
 レイがふと思いついたように顔を上げる。
 「ねぇヴァン。ひょっとして、手掛かり探すより直接ルカ本人探した方が速いんじゃないですか?」
 首を上げるヴァン。
 「! それもそうだな! お前、たまーにいいこと言うよなー!」
 ヴァンがレイの背中をバシバシと叩く。
 「たまーに、は余計……」
 「よっし! それじゃー早速家に戻ってっ……」
 急にギョッとしてヴァンが自分の頭を抑えた。
 「レイ!」
 「はい」
 「僕っ……()出てる(・・・)?」
 先程教えられたようにしばらくためらってから、レイはその答えを口にした。
 「はい。出てます」
 そう。ヴァンの長い指の間から覗いているのは――それは紛れも無く、獣の耳だった。
 「やっぱり……」
 自分の耳(・・・・)を引っ張って、ヴァンは忌々しげに呟いた。

 彼は人間ではない。より正確に言えば、『普通の』人間ではない。
 ヴァン・アタクト・ライオットは『亜種族』と呼ばれる存在の現在では数少ない生き残りで、その為彼には普通の人間には無い筈の狼の耳があり、狼の牙があり、その他にも狼の尾や気質なども持ち合わせている。従って、先程レイがくらったとび蹴りも、並の威力ではない。普通の人間のそれとはスピードが二倍、威力は三倍ぐらい違うだろう。
 『亜種族』の歴史は、遥か昔に遡る。犯した罪のため天から堕ろされ人間としての扱いを受けるようになった一部の神々の末裔を『亜種族』といい、『亜種族』の者たちには、翼のあるものや、人間とは異なった外見や身体能力を持つものなど様々な者がいる。そのどれもに共通して言える事は、『普通人とは外見の成長速度が異なること』と『普段は亜種族の特徴を隠せること』、それに『普通人には使い得ない能力を使用できること』――幾分その威力やスケールは劣るが、神々の使っていた力を発揮できること、である。
 レイが始めてヴァンと出逢ったとき、彼は亜種の特徴を隠そうとしなかった。
 『僕の思い違いで無ければ、多分君も何か隠しているんだろうね?』
 ヴァンはそう言って笑った。そして、能力を使った。両眼を金色に輝かせ、レイの心を覗き、彼が隠している事をそのまま読み取り、そして――

 「なーんで出てきちゃうかなー隠そうと思って努力してるのになー」
 妙に間の抜けた、投げやりな大声でレイは我に帰った。
 「……そうですね」
 普通は亜種族の者は亜種としての自分の特徴を隠していられるのが普通である。だがしかし、何故かヴァンは時々それが出来なくなるのだ。
 亜種族の存在を知るのはごく一部の人間だけだが、その一部の人間がほとんど悪意を持って亜種族を利用しようと考えてしまう人間である上に、亜種族同士も個体数が極端に少なく、己の持つ特徴のため人との接触を避けたがる傾向にあるので出会うことはごく稀で、亜種特徴を隠せないと色々とややこしいことになるのだ。ただし、ヴァンに限っては人との接触を避けたがると言う事はない。むしろ厄介ごとや面倒に自分から飛び込んでゆく傾向がある。
 そんなことを考えながら、レイはある事を思いついた。
 「……ヴァンって、飛行艇の話になると耳出ちゃいますよね?」
 「! それだ!」
 ヴァンがポンと手を打つ。
 「なんかこう、自分の興味のある話になると、その話を少しも漏らさず聞きたくなって無意識に耳が……って、あぁ!? 」
 ヴァンの鋭い視線がレイを射すくめる。レイは短い悲鳴を上げて物陰に隠れた。
 「ひっ、ごめんなさい!」
 「レイ、何でお前、僕の飛行艇の事知ってんだ?」
 「へっ?」
 物陰から出てきて、レイは頭を掻いた。
 「だって……ヴァンいつか言ってなかったっけ? 僕の飛行艇がナンとかカンとかって」
 「言ってない」
 「言いましたよ!」
 でなければ何故、自分はヴァンが飛行艇を持っていることなど知っているのか。「探す」と聞いた時、当然飛行艇に乗って空から探すのだと思い込んだのだ。きっとヴァンも、飛行艇の話になると思って耳が出たのだろう。
 「何でどうでも良いことは完璧に覚えてるのに、そういうことは覚えてないんですか?」
 「なんでだろうな。」
 棒読み口調で言いながらヴァンは舌で自分の歯をなぞり、即座に口元を手でおおった。
 「げ、牙も出てるっ」
 彼の口からは鋭く尖った狼特有の牙が覗いていた。あれでどうして口に穴が開かないのかがレイには不思議である。


7 :つきしろけいや :2008/10/02(木) 16:22:45 ID:onQHLcVA

act.2 海の見える家

 「ここが別荘」
 真昼の太陽に照らされてヴァンが短く呟く。彼の前にはどこかの宮殿のような作りの白い屋敷が経っていた。
 「この広ぉぉーいのが、別荘! 良いなぁ、僕もこんなとこに住みたいよ」
 彼は別荘の玄関前にある大理石の床の上でくるりと回った。その子供っぽさに呆れるレイ。
 「そんなこと良いから、早く開けて下さい……って、あれ?」
 ヴァンを凝視して、レイは目をぱちくりさせた。
 「何だよ」
 「え……っと、ヴァンが違う……ヴァンじゃない」
 「? ああ、これか」
 ヴァンは目の近くに垂れていたダークブラウンの髪の毛をつまんだ。はっきり言って全く似合っていない。
 「元の色だと目立つからね、染めたんだ。おかしい?」
 「はい」
 即答したレイは、次の瞬間にはヴァンのとび蹴りををくらっていた。
 「……訊くから答えたのに」
 「そういう答えは、少しためらってから言うのが礼儀というもんだ」
 ヴァンは物凄い目付きで床にへばっているレイを見下ろした。カラーコンタクトでも入れているのだろうか、その瞳もいつもの青色とは違ってブラウンに近い。
 「もういい。行くぞ」
 カギを開けると、彼は頭を抱えてうずくまっている助手をほったらかして別荘へと足を踏み入れた。

 乾いた音がして、彼らを乗せた床が数ミリ沈む。
 「わっ」
 慌てて飛びのくレイ。しかし床はそれ以上動こうとはせず、レイの体重分だけ元の位置に戻る。
 「そんなにびっくりしなくても。ろくに手入れもせずに潮風にさらされてたら、どんなに立派な別荘でもちょっとは痛むよ」
 だからたいしたことは無い、とレイに言い、ヴァンは別荘の中を進んだ。
 「……暗いですね」
 「電気どこかわかるか?」
 「探してきます」
 軽やかな足音とともにレイが暗闇の中を走ってゆく。そしてしばらくして電気が付いた。そんな事をせずともヴァンの眼は暗闇では良く利くのだが、レイが何かにつまづきかねないと判断して電気を付けさせたのだ。
 「サンキュな」
 小走りに戻って来たレイに声を掛け、頭を撫でてやる。レイは眼を細め、得意げに笑って頬を赤らめた。

 「んー……手がかりになるような物はなにも……」
 「そうだなー……」
 十数分後――別荘の中を一通り調査し終えた二人は、テラスのデッキにもたれ掛かってガックリと首を落とした。
 レイがふと思いついたように顔を上げる。
 「ねぇヴァン。ひょっとして、手掛かり探すより直接ルカ本人探した方が速いんじゃないですか?」
 首を上げるヴァン。
 「! それもそうだな! お前、たまーにいいこと言うよなー!」
 ヴァンがレイの背中をバシバシと叩く。
 「たまーに、は余計……」
 「よっし! それじゃー早速家に戻ってっ……」
 急にギョッとしてヴァンが自分の頭を抑えた。
 「レイ!」
 「はい」
 「僕っ……()出てる(・・・)?」
 先程教えられたようにしばらくためらってから、レイはその答えを口にした。
 「はい。出てます」
 そう。ヴァンの長い指の間から覗いているのは――それは紛れも無く、獣の耳だった。
 「やっぱり……」
 自分の耳(・・・・)を引っ張って、ヴァンは忌々しげに呟いた。

 彼は人間ではない。より正確に言えば、『普通の』人間ではない。
 ヴァン・アタクト・ライオットは『亜種族』と呼ばれる存在の現在では数少ない生き残りで、その為彼には普通の人間には無い筈の狼の耳があり、狼の牙があり、その他にも狼の尾や気質なども持ち合わせている。従って、先程レイがくらったとび蹴りも、並の威力ではない。普通の人間のそれとはスピードが二倍、威力は三倍ぐらい違うだろう。
 『亜種族』の歴史は、遥か昔に遡る。犯した罪のため天から堕ろされ人間としての扱いを受けるようになった一部の神々の末裔を『亜種族』といい、『亜種族』の者たちには、翼のあるものや、人間とは異なった外見や身体能力を持つものなど様々な者がいる。そのどれもに共通して言える事は、『普通人とは外見の成長速度が異なること』と『普段は亜種族の特徴を隠せること』、それに『普通人には使い得ない能力を使用できること』――幾分その威力やスケールは劣るが、神々の使っていた力を発揮できること、である。
 レイが始めてヴァンと出逢ったとき、彼は亜種の特徴を隠そうとしなかった。
 『僕の思い違いで無ければ、多分君も何か隠しているんだろうね?』
 ヴァンはそう言って笑った。そして、能力を使った。両眼を金色に輝かせ、レイの心を覗き、彼が隠している事をそのまま読み取り、そして――

 「なーんで出てきちゃうかなー隠そうと思って努力してるのになー」
 妙に間の抜けた、投げやりな大声でレイは我に帰った。
 「……そうですね」
 普通は亜種族の者は亜種としての自分の特徴を隠していられるのが普通である。だがしかし、何故かヴァンは時々それが出来なくなるのだ。
 亜種族の存在を知るのはごく一部の人間だけだが、その一部の人間がほとんど悪意を持って亜種族を利用しようと考えてしまう人間である上に、亜種族同士も個体数が極端に少なく、己の持つ特徴のため人との接触を避けたがる傾向にあるので出会うことはごく稀で、亜種特徴を隠せないと色々とややこしいことになるのだ。ただし、ヴァンに限っては人との接触を避けたがると言う事はない。むしろ厄介ごとや面倒に自分から飛び込んでゆく傾向がある。
 そんなことを考えながら、レイはある事を思いついた。
 「……ヴァンって、飛行艇の話になると耳出ちゃいますよね?」
 「! それだ!」
 ヴァンがポンと手を打つ。
 「なんかこう、自分の興味のある話になると、その話を少しも漏らさず聞きたくなって無意識に耳が……って、あぁ!? 」
 ヴァンの鋭い視線がレイを射すくめる。レイは短い悲鳴を上げて物陰に隠れた。
 「ひっ、ごめんなさい!」
 「レイ、何でお前、僕の飛行艇の事知ってんだ?」
 「へっ?」
 物陰から出てきて、レイは頭を掻いた。
 「だって……ヴァンいつか言ってなかったっけ? 僕の飛行艇がナンとかカンとかって」
 「言ってない」
 「言いましたよ!」
 でなければ何故、自分はヴァンが飛行艇を持っていることなど知っているのか。「探す」と聞いた時、当然飛行艇に乗って空から探すのだと思い込んだのだ。きっとヴァンも、飛行艇の話になると思って耳が出たのだろう。
 「何でどうでも良いことは完璧に覚えてるのに、そういうことは覚えてないんですか?」
 「なんでだろうな。」
 棒読み口調で言いながらヴァンは舌で自分の歯をなぞり、即座に口元を手でおおった。
 「げ、牙も出てるっ」
 彼の口からは鋭く尖った狼特有の牙が覗いていた。あれでどうして口に穴が開かないのかがレイには不思議である。


8 :つきしろけいや :2008/10/14(火) 15:11:56 ID:ommLQ3Ye

act.3 飛行艇、発進!

 バァン、大きな音を立てて部屋のドアが内側に開いた。
 「準備完了ッ! ほら、行くぞレイ!」
 開いたドアから元気な声とともにヴァンが飛び込んでくる。あれからどうやっても隠しきれなくなった耳をキャスケットを深く被ることで誤魔化し、動きやすい迷彩柄の作業服に着替えた彼は、身長の割には大き過ぎる程の歩幅で移動し、ソファに腰掛けていたレイの後ろに立った。
 「ほ〜ぉ? 短時間でずいぶんと打ち解けてるじゃないか、めずらしい」
 「ヴァン。この人優しいんですよ。俺この人となら仲良くなっても良いです」
 「この人じゃなくてキャナロイドさんだろうが」
 「あら。別に良いんですのよ」
 スィルツがふんわりと微笑む。ヴァンがすねたように口をひん曲げた。
 「で、準備できましたか。飛行艇?」
 「ああ、そうだったそうだった。……えーと、なんだけどねー……」
 ヴァンはキャスケットの中に長い指を入れ、既に色を落としてある髪を引っ張った――ように見えるが、実際は隠し切れていない耳を引っ張った。
 「僕の持ってる飛行艇は二人乗り艇なんですよね。だからキャナロイドさんにはメイスティアに残っていただかないと、」
 「! メイスティアに、って言いましたね?」
 スィルツが勢い良く立ち上がる。
 「ルカは、ルカはメイスティアにはいないんですの!?」
 「んーと、はい――いいえ、でも色々な所を探し回りますから、メイスティア上空から軌道外れる時があるかもしれないし、いったん空に上がったらいつ地上に降りられるか良く分からないし――」
 「もう一艇予備の飛行艇はないですし、ねぇ」
 頷き合うヴァンとレイ。ヴァンは立つ位置を少し変えると、申し訳無さそうにスィルツに言った。
 「っというわけで、すいませんがメイスティアに残っていて下さいね。僕達の留守の間はカギを預けておきますから、自由に出入りして頂いて結構です」
 「……どうしても、私は同行出来ないんですの? わ、私はっ」
 スィルツがヴァンの肩をつかんで激しく揺さぶった。帽子がずれないようにしっかりと両手で押さえるヴァン。
 「はい。どうしても無理です。もう一人分乗せる場所が開いていませんので」
 「だったらあの子の代わりに、」
 スィルツがレイを指差した。
 「私を乗せていってください! これでも地図の読みは得意ですし、艇の整備だって少しだけならやったことあります。こんな小さな子よりかは私の方が役に立ちます――」
 「キャナロイドさん」
 ヴァンがやんわりと肩に掛かっているスィルツの腕を外した。
 「レイナードの整備は、一流整備士の腕前と言っても過言ではありません。それ程正確で、整備スピードも充分合格の域に達していますからね」
 まだまだ速くなるけどな、といってヴァンはいつの間にかすぐ側まで来ていたレイの肩に手を乗せた。眼を細めるレイ。
 「だから、こいつは僕のアシストから外す事は出来ません。そして僕が乗らなければ――あなたでは艇の操縦までは無理でしょう。艇はいつまで経っても発進することはありませんよ」
 今までの柔らかな物腰とは裏腹に、刺すように鋭い眼光をたたえてヴァンはスィルツを軽く睨んだ。

 飛行艇のエンジンから発生する風圧と轟音が、倉庫の空気をふるわせる。エンジンのすぐ真横に立っていたヴァンは、帽子が飛んでしまわないように両手で帽子を引っ張り目の下まで深く被っていた。これでは何も見えないだろうと思わせる格好である。
 倉庫の中央に停めてある飛行艇のボディはメイスティアの青空によく映えるであろう、目が覚めるような真っ赤なペンキで塗装が施してあり、白抜き文字で『EXCALIBUR』と入っている。カーチス製の飛行艇には珍しい、やや小型の戦闘艇である。
 「エンジン可動部のチェック終了しました!」
 飛行艇エンジン部分のボディが開き、中からススで青い作業服と顔を真っ黒けにしたレイが這い出てきた。大笑いしながら自分の首に掛けていたタオルをレイに渡すヴァン。
 「分かったから顔拭け。そのままだとクマと間違えられるぞ?」
 「! クマ!」
 レイはひどく情けないような顔をして、ヴァンから渡されたタオルで顔をごしごしと擦った。
 「出発するぞ」
 「Yes(はい)skipper(艇長).」
 昔の癖でヴァンのことを『艇長』と呼んだレイは、飛行艇によじのぼって後部席にすべりこんだ。

 二人が出会ってすぐ、ロクにものも知らないうちにレイは飛行艇、それも戦闘艇にアシストとして乗せられた。その時に、艇の整備の仕方と一緒にヴァンから『飛行艇に乗っている時は、僕の事を艇長(スキパー)と呼べ!』と叩き込まれたのだった。

 ヴァンが飛行ゴーグルを下ろし、ゴーグルのベルトに挟まれてぴょんと跳ねていた髪をちょっと引っ張って直した。そして後ろを振り向いてレイが乗っているのを確認し、上機嫌で叫んだとき、
 「よーし! 飛行艇エクスキャリバー発進っ!」
 「待ってください!」
 倉庫の入り口からスィルツが駆け込んできて、飛行艇の進路を塞いだ。
 「なにするんですか! 危ないでしょ!」
 血相を変えてヴァンが叫ぶ。離陸時の飛行艇の勢いというのは馬鹿に出来ないのだ。
 「これを……!」
 飛行艇の操縦席に投げ上げられたのは一冊の手帳。スィルツが訊ねてきたときに開いて見せた手帳である。
 「その中に、……らの……かりが……す!」
 「聞こえないよ!」
 レイが操縦席のヴァンに向かって「エンジンを落としてください!」と叫ぶ。
 「必要ない。キャナロイドさん! 危ないからそこどいて!」
 「……にか……!」
 何かを叫び続けるスィルツに構わず、ヴァンがほんの数十センチだけ機体を前進させて声を荒げた。
 「どいて下さいってば!」
 慌てて飛びのくスィルツ。
 飛行艇は倉庫から物凄い勢いで飛び出て、メイスティアの上空へと飛びたった。


9 :つきしろけいや :2008/10/27(月) 14:57:20 ID:mmVcoLkL

act.4 戦闘開始!

 「ヴァン〜」
 レイが身体を前後にゆする。機体が激しく揺れ、飛行艇乗りのくせに高所恐怖症のヴァンは操縦桿にしがみついた。
 「うわっ怖い。やめてくれ! お前僕に何の恨みがあってっ!」
 「な〜んでスィルツさんの話を最後まで聞かないんですかぁ〜」
 「聞かなくったって分かるよそれくらい。この手帳の中に、」
 片手で手帳を掲げてみせる。
 「弟からのメッセージが記されてたんだろう?」
 そのまま手帳をぱたぱた振ってみせるヴァン。レイが顔を引きつらせた。
 「いいぃぃ、やめてください。落とします!」
 「だぁーいじょぶだいじょぶ」
 しばらくレイのやや(かなり)過剰すぎる反応で遊んでからヴァンは手帳を下ろし、左手で操縦桿を握りながら反対の手で手帳をめくりはじめた。目を近付けて何かを読んでいる。
 「ん? ……せいの……と?」
 なにやら地名を呟き、どこだどこだと耳に挟んでいた地図を広げ始めるヴァン。既に両手とも操縦桿から離してしまっている。それを見てレイが泣き出した。
 「ヴァン! いい加減にして下さいぃ! 落っこっちゃいますよう!」
 ヴァンは完全無視の態勢を取っている。
 「だーからぁ大丈夫だって」
 何が大丈夫なもんかと思ってレイが操縦席の方を見やると、ちゃんと自動操縦になっていた。いつまで経ってもこうやって人で遊ぶのが好きなのだ、この人は。
 「おぉーあったあったあった。あったぞぉー」
 飛行艇がレウルート海の上空に差し掛かった頃、ヴァンが喜んで地図を振り回した。地図が風になびいてばさばさと音を立てる。
 「あったって、何がですか?」
 「――北の国リュアルの北東に位置する砂丘の中央部に建っている『創世の塔』は、今から約474年前に建築が開始され、――あ、直後に落雷で一回壊れてるな。その後順調に建築は進められたが188年前に何らかの理由で建築が中断されて放棄された。でもこの頃、また建てはじめようって運動が各地で起こってるみたいだ。設計者は亜種族だと言う噂があり――」
 アシストの言葉など全く聞いていない。ヴァンは一通りブツブツと呟いてから顔を上げた。
 「んじゃーその『創世の塔』に向かうか!」
 「……ヴァン」
 「何だ?」
 「そんなノンキな事言ってられなくなりましたよ……」
 レイが指差す方向を見ると、合計で七機の戦闘艇が隊列を組んでいた。全て迷彩柄で統一されていて、一目で空賊の飛行艇だと分かる。
 「ゲーッ、面倒くさーっ」
 ヴァンは全然面倒くさく無さそうに、というかむしろ楽しそうに、嬉々とした表情でそう叫ぶと機体を反転させた。即座に七機の戦闘艇が同じ動きで後を追う。更に彼は反転させた機体を立て直すことなく逆さを向いたまま加速した。
 逆さになったヴァンのキャスケットとゴーグルの間からこぼれた銀髪がなびいた。彼はあくまで楽しそうである。
 「着いて来れるモンなら着いて来いよー」
 (こんな無茶な運転してまで着いて来る空賊いません!)
 レイが心の中で叫ぶと同時に、空賊が機体を立て直して追ってきた。相手の方もなかなか腕のいい操縦士である。
 「なっレイ。金賭けよう。どっちが勝つか。な?」
 ヴァンが操縦席から首を突き出し冗談めかして言うと同時に、エクスキャリバーに向かって何かが凄いスピードで発射された。「何か」は低い唸りをあげて、丁度レイが座っている辺りのボディ側面に打ち込まれた。エクスキャリバーの装甲に強くこすったような傷がつく。何だ何だ? と身を乗り出したレイは、機体に傷をつけた原因を一目見るや凍りついた。
 破壊力の強い散弾型の弾丸だった。
 「わひゃああぁぁぁぁぁぁぁ!」
 情けない悲鳴を上げて頭を引っ込めたレイ。そのまま後部席の下の方でうずくまって震えだしたレイを見て、これはふざけている場合ではないなとヴァンが舌を出した。
 「怪我してないな?」
 はい、とレイが返事する前にヴァンが機体を反転させる。さっきから使用している、この機体の反転を主とした操縦方法はヴァンが最も得意とする飛行である。敵機に狙いを定められにくいうえに相手の後ろに付く事も出来るので使い勝手の良いこの技は、相当な運動神経と経験が必要とされるが、それを彼は難無く使いこなしていた。
 「こっちが戦闘艇に見えないからってバカにしてやがる!」
 ヴァンがそう叫んで操縦桿を叩いた。エクスキャリバーはそのボディの色とサイズから間違っても戦闘艇には見えないのだ。
 「ひどくても観光客止まりかおまえらっ」
 七機の戦闘艇から一斉に弾丸が連射される。それをヴァンは、洗練された無駄の無い動きと反転で全てかわしていく。そろそろ相手の弾が尽きてきた頃か。
 「急いでんだからさー燃料も無駄だからさーもうやめましょうよー」
 ヴァンは口ではこんな事を言っているが、頭の中では米のカスほどもこんな事は思っていないに違いない。
 一発の弾丸がヴァンのキャスケットを吹き飛ばした。キャスケットが取り去られた瞬間にあふれて宙を泳いだヴァンの髪が日光を受けて銀色に輝き、そしてその間から見え隠れする黒色系の狼の耳が――
 空賊達の顔が一瞬引きつる。ゴーグル越しでもそれがわかるのだから、その引きつりようといったらなかったのだろう。
 「あ、バレた。……しょーがねーなぁ」
 ヴァンが蒼い瞳をらんらんと輝かせ、顔の前に垂れた銀髪を右手でかきあげる。そのまま左手だけで操縦桿をあやつり、無謀にも(本人はそうは思っていないようだ)空賊達の中へと飛び込んでいった。
 パニックを起こして散り散りばらばらになる空賊達。てんで勝手な方向へ逃げ惑うので、今や隊列は完全に崩れてしまっている。
 「亜種族ヴァン・アタクト・ライオット様のお通りだ!」
 ヴァン・アタクト・ライオット。『暴動の前衛または先導者』を意味する名。この人にはこういう事態が合っているな、と今更ながらレイは思った。
 乱戦の中、相手は三機にまで減っていた。残りは燃料が切れたか逃げ出したかのどちらかだろうか。
 敵機が滅多やたらに撃ちまくったライフル弾がエクスキャリバーのエンジン部に直撃した。激しい衝撃と共に黒煙が立ち昇る。
 「チッ。ヤバいな」
 ヴァンが舌打ちをして操縦桿を倒すが、エクスキャリバーはだんだんと失速する。海面に向かって落ちていくエクスキャリバーを三機の戦闘機が執拗に追う。
 ヴァンがくるりとこちらを向いて訊ねた。その瞳が金色を帯びて光っている。
 「ちから……使ってもいいよな?」
 はいともいいえとも答える前に、ヴァンは眼を強くつむってその髪を一瞬逆立たせた。彼の周りに凄まじい風が渦を巻く。そして彼は詠唱を始めた。
 「(いにしえ)の神々よ、我に力を、我は力有る神々の末裔ライオット、さあ来たれ(そら)と大地を統べし天空神グラーシャ・ボラス! 」
 眼を閉じて詠唱を続ける彼の前方に、何かが現れた。それは巨大な鳥のようでもあり、狼のようにも見え、大きな翼を羽ばたかせていた。
 ヴァンが眼を開ける。その瞬間、ヴァンの口元が確かに笑っているのをレイは見た。
 「cleave(切り開け)!」
 天空神グラーシャ・ボラス――ヴァンによって呼び出された翼を持つ狼が、両方の翼をひときわ大きくはばたかせ、大きく跳躍したかと思うと次の瞬間には鋭い牙を空賊達に向かって振るった。
 大きな衝撃音が辺りの空気を震わせる。
 エクスキャリバーを追ってきていた三機の戦闘機が全て、煙を吐きながら遥か遠くの海面に叩きつけられた。それを確認するが早いか、ヴァンは操縦桿を握りなおして思い切り強く引いたが、機首は全く上がらない。
 操縦不能。
 エクスキャリバーは黒煙の尾を引きながら海面に向かって落ちていった。


10 :つきしろけいや :2008/11/10(月) 16:39:55 ID:onQHLcVA

act.5 船上にて

 レイは海面に叩きつけられた飛行艇から身体が飛び上がるのを感じた。そのまま宙に浮き、後部席から放り出されそうになる――
 「何でベルト締めてないんだバカ」
 腰がシートから離れた瞬間、そんな声と共にヴァンが手を伸ばし、レイの服のフードを掴んだ。シートの上で宙吊りになったレイは、キャスケットの飛ばされてボサボサになったヴァンの銀髪を凝視しながら言った。
 「……こんな猫を移動させるみたいなやり方の他には、もうちょっとマシな助け方を思いついてくれなかったんですか?」
 「ベルトも締めてなくて助けてもらった分際でそんな偉そうな口を利くな」
 波の動きに従って前後に大きく揺れるエクスキャリバー。レイはやっと後部席に下ろしてもらいホッとした。
 「締めてなかったんじゃなくて、今壊れたんです。じゃなきゃ、さっきの宙返りで俺はとっくに落ちてます」
 ヴァンがまっぷたつに割れたベルトリングを拾い上げて目を丸くした。
 「ホントだ」
 「……で、どうするんですかこの故障」
 頭をかきむしるヴァン。
 「いちおうこれも飛行艇だから、水に浸かっても大丈夫な筈だけど……エンジンと羽根がやられてなかったらなんとかして飛べるは飛べるんだけどな――これじゃあちょっと無傷というわけにはいかないだろうしなあ」
 彼の視線の先にはもくもくと煙を上げている破損箇所。不幸な事にちょうどエンジンの辺りだ。レイが素早くボディを上げてエンジンを覗き込んだ。
 「あ、これじゃあ飛ぶどころかエンジンそのものが掛かりませんね」
 エンジンは原型がわからないほどにひどく焼け焦げていた。

 どれくらい経っただろうか、
 ぼんやりと海面を眺めていたレイが何十回目かに波が立つのを見ていた時、広げた地図を顔に乗せて上向いてピクリとも動かなかったヴァンが、唐突に身体を起こした。
 「船の汽笛」
 そう呟き終わらないうちに、彼はエクスキャリバーの上に仁王立ちになった。
 大きく傾く飛行艇。レイが慌てて浮かんでいる飛行艇のバランスを取りながらヴァンの向いたほうを見ると、太陽の見える方向に一隻の大きな船があった。

 「助かったぁ……」
 レイが船のデッキにしがみ付いた。側では彼とあまり年の変わらないボーイが心配そうにレイを見守っている。
 大型客船リヴァイアサンのサンデッキには、紺色の小型戦闘艇が停められていた。操縦席に乗っているのはなんとか耳を隠しているヴァンだ。彼の整った容姿と巧妙な話のすり替えに釣られて集まってきた数人の船員と一緒にああでもないこうでもないとエクスキャリバーの内部をいじっては首を捻っている。
 レイが辺りを見回すと、飛行艇見たさにサンデッキに集まってきた乗客がヴァン達の周りに人垣を作っていた。レイにとっては苦痛以外の何者でもない。だいいちボーイがひとり横にいるのだってあまり良い気分ではないのだ。
 「おーい! レイ! ちょっと来い!」
 ヴァンが手をぶんぶん振ってレイを呼んでいる。
 なにか自分に出来る事がある。レイは側のボーイを放ったらかして、飛行艇の方へ駆け寄った。

 「これは……無理ですねー」
 エンジンルームからくぐもった子供の声が聞こえる。無論、レイの声だ。
 「エンジン本体を取り替えるだけじゃ無理か?」
 「はい。部品を交換しないと、これは俺では直せません」
 なにかぶつけたらしい金属音が響き、それに続いて「あっ、落とした」とレイの呟く声がした。すかさずヴァンが脅しをかける。
 「こらぁレイっ。なんか忘れてきたら蹴り倒すぞぉっ」
 「ひえぇぇぇごめんなさぁぁいっ」
 青いゴムまりのようにエンジンルームから飛び出してくるレイ。手にはしっかりと落としたスパナを握っている。
 二人の会話が聞こえる位置についていた船員は首をひねった。
 どうしてこんな小さな男の子が戦闘艇の整備をしているのだろう?
 それから「蹴り倒す」と銀髪の少年は言ったが、顔に似合わず恐ろしい事を言う少年だ――などなど。
 どこに行っても、亜種族とその同伴者は実態を明かさない限り訝しがられる。それは、レイがヴァンと暮らしてきて何年目かにたどり着いた結論だった。

 飛行艇の修理が一段落したのか、ヴァンは他の船員に引っ付いてどこかへ行ってしまった。
 心配だから側にいると言い張るボーイをやっとの事で船内へと追い返し、レイはデッキから身を乗り出して波を眺めていた。
 揺れる、進む。砕ける、跳ね返る、揺れる――
 ずっと見ていると船ではなく水の方が移動しているような錯覚を起こしそうになったので、レイは海を見るのをやめてデッキにもたれ掛かった。
 彼から五メートル程離れた場所にも、ポケットに手を突っ込んでデッキにもたれている者がいた。ダークブルーの燕尾服に革靴。からりと晴れ渡った空とレウルートの海に、それは全く溶け込んでいない。
 「君も亜種族?」
 さっきの飛行艇騒ぎをどこかで見ていたのだろう、ゆっくりと長身をデッキから起こしてその男はレイに尋ねた。短めに刈った髪の色は不自然な黒。おまけに瞳の色は灰色と、豪快に色が合っていないから染めているのかもしれない。男はゆっくりとレイに近付きながら首を傾げた。警戒心を剥き出しにしてレイは答える。
 「違いますよ」
 「では何故、亜種の者と行動を共にする?」
 答えたくない。何故だか咄嗟にそう思った。それは男の口調がなにかを詮索するようだった為か。
 「女の子があんなのと一緒にいるとロクな事無いぞ」
 「……俺は女の子なんかじゃないですっ」
 口調がどこかヴァンに似ている。男は腹を立てたレイを無視して続けた。
 「だってあんな奴といたら、隠し事のひとつも出来ないだろう?」
 「隠す事なんか無いから別にい――」
 最後まで言い終わる前に、男が色素の薄い両眼を大きくしてこちらを見る。それと同時に強くハッカが匂った。
 「今の言葉は強がりと受け取っていいよな」
 負けじとレイもそいつを睨みつけた。なんだこいつ、急に出てきてヴァンのことを散々悪いように言いやがって。
 「強がりじゃない!」

 「……うちの整備士に可笑しなことを吹き込まないで欲しいんだけど」
 
 振り向くと、デッキを横切って歩いてくるヴァンがいた。だいぶ不機嫌そうだ。
 レイのほうを向いたまま、男が首だけ曲げてヴァンを見た。
 「整備士だって? おいおい、それならせめてこの子にもう少しマシな服を着せてマシな髪形にしてやったらどうだ? これじゃあだいぶこき使ってるみたいに見えるぞ?」
 「あいにくレイはそういったものにはぜんぜん興味が無いみたいでね」
 おいで、レイ、とヴァンが言った。確かに今のレイは薄汚れた作業着と適当に短く切ったボサボサの髪をしてはいるが、この男にそんなことを言われる筋合いは無い。レイはすぐにヴァンの指示に従った。数メートル先をこちらに向かって歩いてくるヴァンに駆け寄り、その上着の裾を掴んだ時に足元がもつれた。ヴァンが咄嗟に抱える。 
 「大丈夫か?」
 「はいっ」
 燕尾服の男がこちらに向き直った。
 「まぁせいぜい、余計(・・)な事に首を突っ込まないようにな」
 「余計(・・)なお世話だ」
 ヴァンが腕の中のレイにしか聞こえないように呟いてベロを出した。レイがクスリと笑う。
 「行こう」
 レイを半分腕の中に抱えたまま、ヴァンは船室の方に歩き出す。
 「ヴァン、俺だってひとりで歩けます」
 「あっ、ゴメンゴメン。悪かった」
 忘れてた、と頭をかきながらレイを解放して、ふたりはまた歩き始めた。寄り添うようにして歩くその後ろ姿には、操縦士と整備士のパートナーシップ以上のものが伺える。

 そんな他愛の無いやりとりを男はふたりが船内に入るまで眺めていたが、やがてくるりと船室に背を向け、おもむろに姿を消した。

 そう――文字通り、消えた。

 大型客船リヴァイアサンは、次の停泊港であるメイスティアの聖都・アースクレイに向かっていた。


11 :つきしろけいや :2008/12/08(月) 16:49:13 ID:onQHLcVA

act.6 聖都アースクレイ

 入港してくる大型客船。そのサンデッキに乗せられている飛行艇を見たとき、アースクレイの人々はどう思った事だろう。更に、その飛行艇から眼も覚めるような整った顔立ちの少年と、10歳前後と見える男の子が港に降りてきたら――
 大抵の者が、これは一体どういうことだと首を捻らずにはおれないだろう。亜種族とその同伴者は、どこへ行ってもやはり奇異な目で見られるのだ。レイの推測通りである。

 「えーっと、じゃあ次にここに泊まるまで一週間と結構日数ありますんで、次の入港までに間に合うように部品探して、あの飛行機直せるように準備しといてください。一週間後にまたこの港に寄ります。みっつ先の港までは飛行機載せてられるんで。あ、料金はそこに着いたらお願いしますね」
 リヴァイアサンで何やかやとレイの世話をしていたボーイが船長から預かったらしいメモを読み上げた。
 「飛行機じゃねェ、飛行艇だッ」
 ヴァンが仏頂面でボーイからメモを取り上げて、くしゃくしゃに丸めてその襟首に突っ込んだ。
 「うわっ」
 「帰ってきたときにちょっとでも傷付いてたら許さねーからな」
 ヴァンが港を離れて街の方へ歩き出したので、レイも後を追いかけ、数歩離れたところで立ち止まった。襟首のメモを必死になって取ろうとしているボーイの方を見る。
 随分一方的ではあったけれど、このボーイにはいろいろ世話を焼いてもらった。人付き合いが苦手で身勝手な自分の世話は、さぞかし大変だっただろう。お礼のひとつぐらい言った方が良いかもしれない。
 「……ボーイさん」
 はい? と彼が顔を上げた。襟首には依然丸めたメモが挟まっている。
 「いろいろありがとう。俺の世話なんて大変だったでしょ」
 「いえ、全然大変なんかじゃ無いですよ?」
 人懐っこそうな笑顔を作るボーイ。
 「仕事で慣れましたからね。中にはもっとひどいのもいるんです」
 後半部分の声量を落として、ボーイはレイに言った。
 「レイ何やってんだぁー」
 人混みの中からヴァンが大声で呼びかけている。レイはヴァンのほうをちらと振り返った。
 「直ぐ行きますよー!」
 そしてもう一度、ボーイの顔を正面から見た。
 「とりあえず、ありがとうね」
 「ええ」
 「じゃあ一週間後」
 「はい」
 レイはボーイの襟首に挟まっている丸めたメモを指で摘まんで取った。紙が擦れてカサカサと音を立てる。
 そのままメモを渡し、小走りで人混みに向かいながらレイは手を振った。
 「バイバイ!」
 振り返そうと手をあげかけたボーイが視界の端に一瞬映り、直ぐに彼の姿は行き交う人々で見えなくなった。

 「なんだか楽しそうだな」
 「はいっ」
 ヴァンが不思議そうにレイの顔を覗き込む。レイの顔には珍しい程満面の笑みが浮かんでいた。
 「なんか良い事でもあったか?」
 「そうなんですよ。やっと俺にも友達が出来たんです!」
 途端にヴァンが素っ頓狂な声を上げた。
 「やっとって、僕の事は友達だと思ってなかったのか!」
 「そんな怖い眼でひとの顔を睨むような人は、友達じゃないですよーだ」
 レイが笑いながらそう言った。
 戦闘艇の操縦士と整備士は、街の中央部にあるパーツ店へと向かっていた。

 ヴァンがパーツ店の入り口をくぐった。木造の扉はメイスティアには珍しい両開きで、扉に取り付けられていたベルが軽い音を立てた。
 「すみませーん」
 顔に合う優しげな声で店の奥に向かって呼びかけるヴァン。段ボール箱と本棚がところ狭しと並んでいる店の奥から、作業帽を目深に被った店員が出てきた。
 「何でしょうか」
 やっとの事で店先まで出てくるなり無愛想に訊ねる店員。向かい合うとヴァンより数センチ背が高い。
 「あの……スクーターの部品って置いてますか? ちょっと事故っちゃって」
 思い切り猫を被った状態で、ヴァンが愛想笑いした。にこりともせずに店員が「ありますよ」と奥へ引っ込む。帽子を被った店員に猫を被ったヴァンか、とレイは心の中で笑い出した。
 幾らも経たないうちに、店員が大きな段ボール箱をみっつ重ねて持ってきて、ヴァンの前にどん! と置いた。埃が盛大に舞い上がる。箱の前で背中を丸めて咳き込むヴァンを押しのけて、レイは首を伸ばして箱の中を覗き込んだ。
 「レイ、使えそうなものあるか」
 機械類に全く疎いヴァンはそう訊ねるしかない。
 「うわぁ、いっぱいあります。これとこれとこれと」
 レイが夢中になって箱をあさり始めた。両手に抱えきれるだけ部品を持って箱から顔を上げる。
 「これ全部下さいっ」
 嬉しそうにそう叫ぶレイの側では、愛想の無い店員が口をぽかんと開けて固まっていた。

 「さーてと、これから一週間暇だなー」
 肩から大きな麻袋を提げたヴァンが大欠伸をした。無論麻袋の中身はさっき買った部品である。
 「修理なんか5分で済みますもんねー」
 レイも両手で大きな箱を抱えている。この中身も、部品。
 「どっか泊まるとこ探さないとダメだな。出来るだけ港から遠いとこ」
 ん? レイは首を傾げた。何でだ?
 「港から遠いとこ? 不便じゃないですかそんなの」
 「馬鹿。よく考えろ。港には毎日船が泊まる。それだけ沢山の人がこのアースクレイを訪れるんだ。万が一、僕達の噂が広がったときに困るだろうが」
 ナルホド。レイは納得して口を閉じた。

 結局、ヴァン達はアースクレイのほぼ最北端と言っていい場所にある小さなペンションに泊まる事になった。アースクレイはシオンと同じように半島にあるので、ヴァン達の泊まっている部屋からはちょうど海岸を見る事が出来た。
 「……こーやって海見てるとスィルツさんを思い出しますねー」
 「……今頃何やってるかな」
 窓際で頬杖をついているレイと備え付けのソファに身体を投げ出してうとうとしているヴァン。彼らは同時にため息をついた。
 「これから一週間、暇な代わりに捜査も足止めですね……」
 「まったくだ」
 こうしている間にも、ルカはメイスティアからどんどん離れていくかも知れないのだ。レイはリヴァイアサンのぼんくら船長にちょっと腹を立てた。
 「僕、ちょっとそこらへん散歩してくる」
 「あ、俺も行きますっ」
 立ち上がろうとしたレイを、ヴァンはいつに無く尖った声で制した。
 「お前はここにいろ」
 「なんで?」
 聞こえたのか聞こえていないのか、その呼びかけに答えることなくヴァンは上着を羽織ってペンションを後にした。
 開いたドアが外側から勢い良く叩きつけられる。


 沈黙。


 「……なんで?」
 ヴァンが何に対して苛立っていたのか。レイには全く心当たりが無かった。
 今までは一緒に行きたいと言えば、どこへでも連れて行ってくれたのに。自分はなにか、ヴァンを怒らせる事を言っただろうか。
 まるで操縦士のいない、行き先もわからないエクスキャリバーに独りで乗せられているような、淋しい気持ちになった。
 こんな空虚な感情は要らない。欲しいのはヴァンと一緒にいる時間だけだ。
 レイは、叩きつけられた反動でまた開いたドアをぼんやりと眺めていた。


12 :つきしろけいや :2009/05/25(月) 14:44:03 ID:mmVcons4

act.7 ファウスト

 淋しいまま自分ひとりには広すぎるダブルベッドに潜り込み、頭から羽根布団をかぶってくるりと丸まったレイは、昼間の疲れもあってか、それから数秒も経たないうちに眠り込んでしまった。

 ペンションから数メートル離れた海岸でレイの心を「読んでいた」ヴァンは、今の今まではっきりしていたレイの思考が急速に薄くなっていくのを感知し、ああこれは寝たな、と思って金色に光らせていた両眼を通常の色に戻した。
 さっきはわざと自分に付いて来させない為に乱暴な振るまいをしたが、そのショックはあの子には相当大きいものだったらしい。かわいそうなことをした。帰ったら充分甘えさせてやろう。そんなことを考えながら、ヴァンは歩き出した。
 あの子にはまだ、こんな旅は早過ぎたかもしれない。普通ならまだ友達と走り回って親に甘えたい盛りの年齢だ。なのに自分は、あの子が特別だという理由だけでまだ小さいうちからあちこち連れ回している。飛行艇に乗せるのは慣れているから別として、あの子を連れてシオンを離れたのは失敗だったか。
 これ以上は危険だ。リヴァイアサンの上でも、自分からレイを引き離そうとする者がいた。――いや、レイから自分を、と言った方がいいか。
 あの子は絶えず危険にさらされている。
 あの子は絶えず誰かに狙われている。
 にもかかわらず、シオンを出てメイスティア中をうろついている自分ははっきり言って馬鹿だ。これなら己の持つ能力を知らずとも本能的に他人と関わりを持たなかったあの子の方が遥かに正しい。
 今からでも遅くない筈だ。あの子の外部との接触をできるだけ避けてやらなければ。
 護ってやらないと、きっとあの子は自分で身を護ることなどできない。弱くて、脆くて、だからすぐに崩れてしまうだろう。だがその脆さゆえに、今のあの子が安全を保障されているのも事実だった。
 「……なんで亜種族なんか」
 思わず罵倒の言葉が口を衝いて出た。
 神々の一部が罪を犯して天から降ろされさえしなければ、こんなことにはなり得なかった筈なのだ。もしそうならば、自分のような亜種の者達やあの子は何の妨げもなく平穏に生きられたのだ。
 全ての罪は天にある。自分達のモトとなった神々を強制的に地上へと降ろし、降ろされたその神々が過ちを犯す原因を創りだした天に。
 だからヴァンは、神の存在そのものを忌み嫌い、否定している。その存在の否定は神から創られた自己の存在の否定にも繋がるが、そんなことは構わない。それであの子が残酷な運命から救われると言うのなら――ヴァンは自分の存在などひたすら否定し続けるだろう。

 「いーつまで寝てんだよーいい加減起きないと頭から根ーっこが生えてくるぞーそれでもいいのかぁー」
 脳天気な声。銀の頭髪から黒い狼の耳を生やしたヴァンがこっちを見下ろしていた。その声には怒りなど微塵も含まれていない。
 「ヴァン」
 「何だ?」
 「怒ってない」
 ベッドの上に仰向けに寝転がったままぱちぱちと瞬きを繰り返すレイを見て、ヴァンが可笑しくてたまらないと言うように笑い出す。
 「当たり前だろ。そんなに何時間も怒ってられるか」
 そしてレイの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 「ただいま。さっきはごめんな」

 レイのすぐ側で小さな男の子がつまづいて倒れた。後から走ってきた女の子が男の子を助け起こし、顔を見合わせて笑った二人は手を繋いで人混みの中へと走っていく。
 それを見送ってから、レイは顔を上げて正面の建物を見上げた。
 ゴシック式の建物。外壁は暗いベージュで、中央に六角錐の尖塔が高くそびえ立っている。その全ての面には広い窓と十字型のステンドグラスがとってあり、ちょっと見ただけではどこかの教会か礼拝堂に見えなくもない。中央の尖塔の両側には左右対称にふたつずつ低い塔がある。
 しばらくその建物を見上げていたレイは、手の中に視線を落とした。今日上演される戯曲「ファウスト」のチケットが一枚。ヴァンが「見に行け」と押し付けたのだ。
 「ヴァンは?」
 そう訊ねると、彼はニッと笑ってこう言った。
 「僕は後から行く」
 というわけで、レイはひとりでチケットの裏に記された場所に来た。
 セント・フェレシア大聖堂。
 いままでヴァンなしでどこかへ行ったことなど数える程しかないが、これも徐々に慣れていったほうが良いだろう。
 チケットを握り締めると、レイは大聖堂に足を踏み入れた。

 上演が始まって十分ほど経ったが、一向にヴァンが来る様子はない。もしかすると、レイのいる場所が分からないのか。
 とうとうヴァンを探しに行こうとレイが腰を浮かした瞬間、舞台が暗転した。びっくりして前列の椅子の背に足をぶつけるレイ。
 どうやら場面が変わったらしい。ファウスト役の男性が舞台袖に引っ込む。
 代わって出てきたのはローブをまとった細身の少年。髪の毛は脱色でもしたのだろうか色が薄い。少年は、長いローブの裾を引きずるようにして舞台の中央へ進んだ。

 そのどこかで見たことのある風貌にレイが首を傾げて舞台に目を凝らしていると、少年は良く通る声でセリフを言い始めた。大聖堂の最後列にまで、それは高らかに響き渡る。メフィストフェレスという、ファウストと契約を結びその魂を手に入れる代わりに彼に仕えることになった堕天使、つまり悪魔についてのセリフである。どうやら少年は、そのメフィストフェレス役らしかった。

 メフィストフェレス役の少年が出てきてから、レイは舞台に釘付けになった。その少年の、あまりに見事な感情表現の技術にすっかり魅了され、ただただ舞台に見入っていた。
 ローブにすっぽりと包まれた両腕を高々とかざし、一度もつっかえることもなくセリフを言い終わったその少年は、舞台袖に入る寸前に、レイの方を見てウィンクをした。
 (ヴァン!)
 口を半分開けたまま、レイはヴァンの消えた舞台袖を見て固まっていた。

 出番の終わったらしいヴァンが、通路向こうから走ってきてレイの隣に腰を下ろした。
 「どうだった? 上手だった?」
 「……役は完璧でしたけど、それ以前に」
 なんでヴァンが舞台に立ってるんですか、とレイは訊ねた。
 「ああ、この前怒って出かけた時な、たまたまここの前通ったらひとりメフィストフェレス役の奴が急にいなくなったって、監督らしきひとに代わりに出てくれないかって頼まれたんだ。それでついつい好奇心に駆られて」
 出演してしまったというわけだ。たしかに彼の記憶力は完璧だから台本もすぐに覚えられただろうし、感情移入もお手の物だ。またなかなか整った顔立ちでもあるからそれが監督(らしきひと)のお眼鏡にかなったのだろう。出演料も貰えることだし、とにかく何かと得をする人物なのだ。
 「楽しく、なかったか?」
 それまで楽しそうに舞台裏の話をしていたヴァンが、唐突に肩を落としてレイの顔を覗き込んだ。そのいかにも悲しそうな表情に、慌ててレイは首を振る。
 「いいえっ。めちゃくちゃ楽しかったです」
 事実だ。するとヴァンは直ぐにいつもの笑顔に戻った。
 「そうかそうか。良かった良かった」

 上演が終わった後、そいじゃ僕は後片付けあるからもうちょっと残るな、先帰っててな、と言い残してヴァンは再び舞台裏に戻ったのでレイは来たときと同様ひとりで帰ることになった。
 アースクレイに来てからはひとりでいることが多く、だんだん自分だけで行動するというのに慣れてきている。レイは来たときよりかはお気楽な気分でアースクレイ郊外のペンションへと向かった。
 両側に屋台が並んでただでさえ狭い石畳の通路の、その向こう側から観光客の団体が歩いてくる。レイは無理に通り抜けようとその中を強引に突き進んだ。こういうときに身体が小さいと得をする。
 人の流れに押されながら、やっと人混みを抜けようかというときに、後ろから服を掴んで引っ張られた。身体が引き戻される。
 「わっ?」
 服を引っ張った手はレイのポケットに何かねじ込むと、また人混みの中に戻っていった。遠ざかっていく観光客達。
 「……?」
 なんだろうと思ってポケットにねじ込まれたそれを取り出した。ヴァンが港でボーイの首に突っ込んだようなくしゃくしゃに丸められたメモ用紙。メモ用紙はきつくきつく丸められていて、開けるのにだいぶ手間取った。そしてそのメモ用紙に癖のある文字で記されていたのは――
 「……『午後11時 セント・フェレシア大聖堂舞台上』?」


 メモ用紙からは微かに、ハッカに近いにおいがした。


13 :つきしろけいや :2010/06/28(月) 16:50:16 ID:onQHLcVAxF

act.8 知らされなかった事実

 当たり前だが、閉館時間のとっくに過ぎた舞台の上にはレイのほか誰もいない。ただ濃い闇がまわりのすべてを溶かしている。
 自慢ではないがレイはこういうお化けの出そうな場所ははっきり言って苦手――というか嫌い――要するに暗闇が怖いのだ。待ち合わせ相手が早めに来てくれないと困る。
 布のこすれる音。続いて押し殺してはいるが脳天気な声が大聖堂に反響した。
 「――来てるかぁ?」
 聞き間違えるわけがない。この声はリヴァイアサンでヴァンを悪く言ったあの人物だ。
塗り込められた黒の中からその男が姿を現した。相変わらずダークブルーのスーツに染めた黒髪という出で立ちで、灰色のガラスのような瞳と、額から首筋にかけてがステンドグラスからのわずかな光を受けてくっきり浮き上がって見える。レイの姿を認めると、男は「よっ」と右手を上げた。
 「お、ちゃんと来たな。レイちゃんはひとりで怖くなかったのか」
 「だから俺は女の子じゃないってば」
 こんな奴に敬語を使う気はとっくに失せている。
 「今度は何の用なの」
 「用っつーか、ちょっと教えときたいことがあってね」
 筆跡と同様、喋り方にも妙な癖のある男は舞台の上から客席を見下ろした。
 「座らないか」

 「さてと。レイちゃんは――」
 「次にそれ言ったら帰るよ、俺ッ」
 わかったもう言わない、と男は大袈裟に首をすくめて見せた。
 「きみは、多分亜種の神々が何故地上に降ろされたかについては既に知ってるね?」
 「ヴァンから聞いたことある」
 「情報源はそれだけ?」
 「本も読んだよ。天上にいる時に何か悪いことしたんでしょ」
 それが何だ、と攻撃的な視線を男に向けるレイ。男は続けた。
 「では犯した罪の内容については?」
 レイは首を振った。どれだけヴァンに訊ねても彼は教えてはくれなかったし、どれだけ資料を読みあさっても、亜種族についての詳しいことは記されていなかった。
 「それが何故だかわかるか? 表に出すにはあまりにも教会側に不利で、矛盾している内容だったからだよ」
 闇と同化した男のシルエット。その中で瞳だけが銀色に光っている。
 (ヴァンと、同じだ)
 「おいおい、それはアレか、あいつのことを考えてる顔だな。やめてくれよ」
 レイの表情を読み取った男が顔をしかめた。
 「教会に不利で矛盾って?」
 「まず説明がいるな。罪を犯して地上に降りた神は6人いて、そのうちのひとりがライオットの種族の狼神フレイアルだ。フレイアルは天上の神々の中でもある程度高い位についていて、破壊と覚醒の神として知られていた。この狼神はひとの心を読む術にたけていて、よくすれ違いざまにひとの考えていることを言い当てては遊んでいた」
 「それで?」
 「その天で犯した罪ってのが、フレイアルを中心として6人が地上と天上を統一しようと試みたことだったんだな。
 その頃天では地上は汚れた場所だという扱いになっててだな、そりゃまあ天界には病気とかもないしそれに比べれば汚れてたんだろうけど、とにかくそんな汚れた地上の命と同じ場所に神聖な神々が一緒に住むなんて何を考えてんだ貴様らはァ、と最高神の怒りに触れた6人は罰として直ちに地上に降ろされてしまいましたとさ。でもさ、結局その追い出されたのも神聖な神々≠フ一部なんだから、これは矛盾してるワケだ? 『最高神は自らの意思で汚れた地上に神々を住まわせた』ってな。そう語り継がれたら偉いことになるから天上に残った神はそれに関する一切の記録を消した。同じように天界の神を信仰する教会も神に矛盾があってはならないからと亜種族に対する文書や資料などを全て燃やしてしまった、と」
 言葉を切って男はポケットから煙草を取り出し、慣れた手つきでライターを操って先端に火をつけそれを唇に挟んだ。煙に混じってハッカの匂いが鼻をつく。レイは煙を吸い込んでしまって、二、三度咳き込んだ。
 「大丈夫か?」
 「……全然」
 心配してくれたくせにちっとも煙草を消そうとするそぶりを見せない男は、口から細長く白煙を吐きながら、長い脚を組み直して続けた。
 「それでそのフレイアルの血のことなんだけどな、ライオットにはそれが最低限しか流れてないんだ」
 「……最低限」
 それはどういう意味だ。
 「あいつの親をずーっとたどっていくと、必ずどっちかが正真正銘の地上人なんだよ。しかも亜種同士の子供が生まれたことはなし。つまり血はだんだん半分ずつ薄くなっていって、今のあいつには何百分の一しかフレイアルの血は流れてないってことになる。あいつは、自分で言ってるほど神に近くないんだよ」
 確かにヴァンはいささか自分のことを高く言う癖がある。この前も「亜種族ヴァン様のお通りだ!」と公言してはばからなかったことがあった。
 男は眼を細めてレイを眺めた。
 「だからあいつよりきみの方が」
 「……俺?」
 突然男の口から発せられた言葉の、その意味が理解できなかった。
 「何で? 俺も亜種族なの?」
 「ああ」
 ライオットに教えてもらわなかったのか? と男はわざとらしく首を傾げて見せた。口元に歪んだ笑みをたたえて。まだ大して短くもなっていない煙草を大聖堂の床に投げ捨て、踵で踏みつぶす。
 「正確には『亜種』よりも『神』に近い……かな。きみの血は地上に降りてからあんまり時が経ってないから、まだそんなに薄まってないんだな」
 「俺が……亜種?」
 言葉が乾いた喉に張り付いてうまく出てこない。
 自分が普通の人間ではない?
 今まで誰かに、自分が亜種かどうかと訊ねたことはなかった。それは自分は亜種ではないという絶対的な確信があったからであって、もしそれが本当だとすれば、なにより何年も行動を共にしてきたヴァンがそのことを自分に告げてくれなかったことがショックだった。知っていたのなら、解っていたのなら、初めて出会ったあの時に全て話してくれればよかったのに。
 「……どうして……そうだって言い切れるわけ」
 声がかすれる。
 「髪の色と顔立ちが、メイスティアの民のものじゃない。もちろん北のディアヘイトにも東のレウルートにもこのアースクレイにも、そんな髪の色や顔立ちをした民はいない」
銀色の瞳がサーチライトのようにレイを照らす。
 「それにリヴァイアサンの上で見たぜ、きみの整備の正確さ。スピードもかなりのものだったけど、あんな短時間でかつ正確な整備をする整備士を俺は見たことがない」
 「それが何。ひょっとしてひがんでんの?」
 「まさか。きみがあの並外れた速度と精度で整備をできるのには訳がある。きみに神の血が流れてるからだ」
 大聖堂の外を誰かが走って行き、その足音が舞台に反響した。
 反響が消えた頃、男は再び口を開いた。
 「亜種もそうだけど、神の血が流れる者にはまぁ不思議な性質があってな。血が濃いほど強い性質だ、一度見たモノを瞬時に記憶し、それを忘れない。ずっと頭で覚えてるって訳じゃないけど、思い出そうとすれば必ず、細部までもはっきり思い出せる筈だぜ」
 「それで、俺の整備スピードが並外れて速いと?」
 「その通り。きみは手元で今行ってる作業のことは一切考えずに、次の手順を思い描いてるから作業が速いんだ。例えばこの前壊れたエンジン部分、全ての部品を記憶しているきみはいちいち工具箱から探さずとも必要なものをすぐに見つける。ひとつづつ、トラブルが起きた場合の対処法を全て頭に入れてあるから手が止まることはない。手は感覚で作業を覚えこんでるから、そこに意識を置かずに二段階ぐらいは先のことを考えるのが可能だ」
 そんなことをレイは今まで考えたこともなかった。部品を記憶しているのは自分の努力、手が覚えこんだ手順通りに動くのは自分の経験、先へ先へと意識を進めることができるのは自分の数少ない特技ぐらいにしか思っていなかった。それらが全て、神の血の性質だったなんて。とても信じることなどできない。
 「きみは神の末裔、それも最高神の子だ」
 男の口から発せられる言葉がそのまま素通りしてゆく。
 「これはまだ知ってる人間は少ないけど、天界は十数年前に崩壊したんだ。その時に最高神は、まだ幼い我が子を崩壊に巻き込まれないように地上――メイスティアに降ろした。それがきみ」
 「……嘘だ」
 「嘘じゃない。だからライオットなんかよりよっぽど位も高い。あいつはただの亜種の者、いうなれば追放者。それに比べてきみは」
 「嫌だ!」
 この男が言う「亜種の者」とは、「亜種族」よりも彼らを見下して言う表現なのだろうか。
 「俺の下においで。きみの位に相応しい待遇を――これ以上堕ちるのは嫌だろう?」
 レイにはそもそも「堕ちる」の意味することがよくわからなかった。いや、目の前の男の言っている意味が全く理解できないでいた。だから激しく首を振って、自分とヴァンを引き離そうとする目の前の男を全身で拒んだ。
 「なんでもいい。俺はヴァンと一緒にいる」
 さげすむような目つき。男は憐れみを込めた声で言った。
 「……本当に何も知らないんだな」


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.