遠谷希生のお仕事


1 :akiyuki :2006/07/31(月) 18:21:58 ID:VJsFrmQG


 数年前にGAIAさんにデビューした時から書いている月シリーズ。
 リメイク(というか誤字脱字の訂正)していきます。

 


2 :akiyuki :2006/07/31(月) 18:23:56 ID:VJsFrmQG



    遠谷(えんたに)希生(きお)のお仕事 
                   



 


3 :akiyuki :2006/07/31(月) 18:27:19 ID:VJsFrmQG

   

 どこまでも遠く どこまでも白い月の下
 群雲が月の光を遮り、明かりの無いそこは闇に包まれる。
 風に揺れる、錆びたブランコの軋み。その響きを邪魔するものは何もなく、静けさはより演出される。
 どこか遠くの喧騒。遠ざかるエンジン音。再び静寂。
 どこかの町、その街のどこか。
 昼と夜で大きく性格を変える場所のひとつ……公園。
 丸い月が、雲の合間から顔を出す時、影が二つ映し出された。
 
 
 一人の彼が立っていた。
 シルクハットに一枚歯のゲタ、その背中には大きな刃物(それは鎌とでも言う様な)、そしてカッターシャツの上に黒い半纏。常人のセンスではないアンバランスな装いで彼がそこにいた。


 一匹のケモノがそこにいた。
 鋭い眼光、むき出しの牙、そこだけが闇の中でも輝く歯。
灰色の体毛、凶暴の象徴、狼と呼ばれるそれがいた。
 
 対峙。
 彼とそのケモノはこの時、ここで相対していた。
「ここまでですよ。」
 均衡を崩す言葉を彼は言う。
 しかしケモノは(彼の言葉を識別できるが)応じようとせず、ただにらみつける。
 人と獣でありながら、一人と一匹の関係は、何かが奇妙で、けれど普通の会話をしているようにも受け取れる。
「ここまでですよ」
 彼はふたたび宣告する。 
 そこからは、一瞬だった。
 何かを決心したかのように、ケモノは突然反対方向、この場合は背後のマンション群に向かい地を蹴った。
 それはばらしい速度であった。
 生物の、本当の狼には出せるスピードではないほどに。
 何者も追いつけるはずのない速度ではあった。
 ただの人間にはもちろん。
 しかし対峙していた相手はそんなことでは対抗できるものではない。
 彼も、地を蹴る。
 その足で、跳躍し、高く高く、跳んだ。
 風のようなケモノのそれを雷光の速さで追い抜くと彼は  
      
 ひゅん

 ……と、風を切る音を残しケモノに手を伸ばす。
 音に反応して後ろを見やるケモノ。目に映ったのは、はるか後方に置いて来たはずの彼がすぐ後ろにいるという驚愕。

 がっし

 と音がした気がした。細身の彼からは想像できないようなとてつもない力がケモノの首根っこを押さえる。
 激しく暴れる。が扱いなれた彼の手つきに、徒労に終わる。
「さあ戻りなさい。」
 静かに、そして非常に重い音質の声。
 どれくらいの時が流れたか、計るものを持たない彼もケモノも知らない。
 そのうち抵抗はやんだ。
 ……すると、どうしたことか。
 ケモノのうなだれる鳴き声と共にその太い足は細くなり爪はちぢみ、指が五つに分かれ体毛は消え、鼻は後退し耳が顔の横まで大きくズレ、とがりを失う。
 
 ……そして人が二人となる。




 彼が質問する。
「君、免許証は? 満月の夜しか変身できないの知ってますよね。」
 ケモノ、だった彼が受け応える。
「え、今日満月じゃないんスか」
「はいとぼけない、まだ二日ありますね。…ん、それにあなた未成年じゃないですか?君 幾つ?十八歳未満の狼男は変身が禁止されてるの知らないわけないでしょう。」
「あ、はい、その、えっ…と。」
「あなた学生? 学校は? え、結構なところに進んでるじゃないですか、やめなさいやめな さい、こういう小さなことから歯止めが利かなくなって百鬼夜行に参加したりするんで すよ。…いえ、だめです親御さんにもきちんと連絡しないと。」
 しきりに頭を下げる彼と日本妖怪のなんたるかをえんえんと語るもう一人の彼はしばらくの間、そこにいた。
 十分後、親が迎えにきた狼男の少年ははこうして補導され、黒い半纏の彼は、公園を後にする。
 

 どこまでも遠く どこまでも白い月の下
 夜はまだ終わりそうもなく、彼は歩き続けている。
 アンバランスな装いの、人外を探す彼。
 名は死神、遠谷(えんたに)希生(きお).
 階級は巡査。


4 :akiyuki :2006/07/31(月) 18:28:52 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠く どこまでも白い月の下
 暴走族と分類される人間が、珍妙な形の機械にまたがり誰も彼もが去った後の国道を走り抜ける。残念ながらその音源を邪魔するものは何もなく、結果。近所迷惑加減が増されることとなる。
 喧騒が目の前を横切る公園。
 夜になると、もう一つの顔をのぞかせる場所。
 わずかに灯る電灯の真下のベンチに
 
 一人の男が座っていた。
 
 その頬に刻まれた皺は実年齢以上に老いて見せ、輝きない眼が彼の疲れを物語る。肩を落としうなだれてそして、それを超えて悲惨な外見。ところどころ破れた薄いグレーの服、ぼさぼさの髪、転げまわったような様子。ため息をつき、何かを待っている様子でたまに辺りを見回す。
 
    かつん     かつん

 明かりない闇のほうから拍子木を敲くような足音が続く。
 
    ざっ       ざっ

 砂を擦り合わせるような音がその彼がアスファルト道路の上から公園の敷地の土の上に移動してきたのを教える。砂を踏む音に男は顔を上げる。
 一人の彼が歩いてきた。
 シルクハットに一枚歯のゲタ、その背中には大きな刃物(それは鎌とでも言う様な)、そしてカッターシャツの上に黒い半纏。常人のセンスではないアンバランスな装いで彼がそこにいた。
 遠谷希生は全国チェーンのコンビニ、『道尊』のビニール袋を片手にそこにやって来た。
「お待たせしました、はい、どうぞ」
 彼は男に袋の中から温かい缶コーヒーを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
 力の無い声で男は答えうけとった。
 彼は自分用の冷たいお茶を取り出した。
 二人がそれぞれの飲み物に口をつけて三十秒、
「あのすいません、危ないところを助けていただき」
 男はそう言って隣に腰掛けた彼に頭を下げた。
 彼は軽く微笑み、
「いえ、これが仕事ですので」
 と答え、
「それよりどうしてこんな時間にこんなところに」
 と尋ねる。
 男はゆっくり語りす。
「あ、はい。実は、私はカラス天狗なんです。以前あちらの御山で働いておりました」
 名刺を渡された死神は驚いた。
「え、ここって確かかなりの霊山でしたよね」
 一流企業じゃないですか、という彼に乾いた笑い声の後、続けた。
「それが、そこもついに開発の手がすすみ、我々山の精霊も削減が決まりまして」
「それじゃ、もしかして……リストラ」
「ええ」
 一流企業も人間様にはかないませんね、と皮肉った口調の哀愁漂う二百四十歳の男のかげりに、二十六の死神は何も言えなかった。
「その後何とかこの近くのカラス達の世話役に再就職できまして、なんとか食いつないでいたのですが、帰り道に…先ほどの若者たちに…。本当にあなたが来て下さらなければ私はどうなっていたか……」
「いえ、それが仕事ですから。それにしてもひどい奴らですね、人間の真似して親父狩りだなんて。不良妖怪の風上にも置けない奴らですよ、ほんと」
 彼の憤りに呼応して男も続ける。
「ええ、本当に。私の若い頃はバットや鉄パイプなんてなくてもその爪で人間だろうが妖怪だろうが一振りで八つ裂きでしたのに…。昔の若い奴らはよかった。必ず敵には例え親でもとどめを刺す非道者ばかりだった。しかし今の若い奴ときたら凶器を使ってもこんな老いぼれ一匹つぶせないとは、……情けない限りです」
「……」
 昔を懐かしむ自分に苦い顔を向けている彼に気付いた。
「どうかしましたか?」
「いえ。…ほんとどうなるんでしょうね。さて、本官は警邏の続きがありますので。」
「そうですか。これ、ありがとうございました。わざわざ飲み物までいただいて。では、私も明日は早いので行きますね。なにしろ生ごみの日ですから」
 そういうと立ち上がった男の背中から突風と共に巨大な翼が現れた。

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下、小さな公園に一人たたずむ彼。どこか遠くで何かの遠吠えを聞く。
「やれやれ、どこかで狼男が騒いでるんでしょうかねえ。」
 アンバランスな装いの魔物を捌く彼。
 遠谷希生は歩きだした。

 軋むブランコ。その下にはカラスのそれのような、黒い羽根が落ちていた。


5 :akiyuki :2006/07/31(月) 18:31:06 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠く どこまでも白い月の下
 
 街に人が群がる。人の群がりが街を作る。 
 繁華街と呼ぶには盛り上がりに欠け、
 夜の街と呼ぶには華やかさのの足りない、
 そんな通りに、彼はいた。
 そこに一人の彼がいて、そして一人の彼女がいた。
 彼は洋装に下駄、その上に黒い半纏を羽織り、背には人界のものとは思えぬ巨大な刃物を携えていた。
 少しはなれたところから彼女を観察するように立っていた。
人々の流れは彼を避けるように流れる。とても自然に。
流れる川が水面に突き出た岩を避けるように。
 彼女は彼女で萌黄色のジーンズに蜥蜴の印刷されたシャツ。黒塗りの骸骨ストラップのついた携帯電話をいじり、そんな彼の事など、まわりのすべてになど、気付くことなく地べたに座り込んでいる。
 そんな彼女の姿、そして手元にある一枚の写真を見て何かを確信するようにうなずき、彼は歩き始める。人々の隙間をぬうように、形を万変して流れる水のように、込み入った街を誰にもぶつからずに通り抜け、

 ぬるり

 まるで妖怪のように、彼女の前に現れた。
 誰かの目の前に立ち止まることに彼女は気付く。
 そのあまりにちぐはぐな装いの彼は彼女に視線を合わせ、言った。
「こんばんは」
 笑顔で語りかける彼。
「おっさん何か用?っていうか誰?」
 嫌なものでも見るように誰何する。
「私まだおっさんな年でもないんですけどね」
「いや、だから誰よ、おにーさん?」
 彼は表情を変えずに、言った。
九月散花(くがつちるはな)さんですね?」
 それを聞いた彼女の表情が疑問から驚愕に変わる。彼女のその名を知るものはこの町にはいないはずなのに。             
「そうだけど」
 ならお前は誰だ? 彼女の、反応はそういっていた。
「あ、申し遅れましたね、私は日本国冥府所属 死神公社交通三課 遠谷希生巡査です」
 彼がすべてを言い終わり規定通りに証明書を取り出し見せる前に、彼女は立ち上がり、回れ右、一目散に駆け出した。
 見つかった、
 捕まる、
 逃げなくては。
 だから、彼女は走って、走って、走った。
「あ、逃げないで下さい」
 そしてその言葉が終わらないうちに彼は
 彼女の目の前に立っていた。
 驚く彼女を尻目に、笑う彼。
「これでも足の速さには自信が有るんですよ」
 彼女は、それでもどうにか逃げ出したかった。
 今、捕まるわけには行かないのだ。

 けれど、この目の前のニコニコしている彼から逃げる事が出来ない事は納得できた。
「はあ」
 どうにもならない現実を呪い、彼女はため息をつく。
「九月散花さん。土地神様より捜索願が出されています」
「はあ」
 もう一度、つく。



 風が吹き、錆びのひどいブランコはぎぃ、ぎぃ、と悲鳴をあげる。
 誰も彼もの気配ない公園。か細く照らす外灯に群がる蛾が一、二匹。
 そのベンチに二つの影が映る。
「私さ、将来は自分で考えた道を選びたいんだ。今どうしてもやりたい仕事があってさ。わがまま言ってるのはわかるよ?そりゃあ家業継いで家守ることも大事かもしれないけどさ。伝統を受け継ぐことが日本妖怪のどうこう…って親父も言うし。でも、なんかこう、無理やり人生決められるのって……嫌なんだよね」
 彼女の隣に座る彼は、ほんの少し考えて、言った。
「私はどうこう言える立場じゃないですけど、あなたのお父様のであらせられる家神様の気持ちもわかります。あなたは過疎化の激しい鎮宮村の大事な跡取り娘なんですから」
「私その言われ方がイヤで家飛び出したんだけどなあ」
 軽く笑う。
「それだけじゃなく、貴方の眷族郎党みな、心配されてましたよ。これは私心ですが、家族を大事にしないものは、ダメです」
 妙に力のこもった発言だった。 
「やっぱり?」
「ええ、経験者が言うんです。間違いありません。一度帰ってじっくり話し合ってみてください。喧嘩別れした次に出会うのが死別だなんて、一生後悔しますよ」
「それも経験者の言?」
「ええ」
 しっかりと頷く。
「大変だね、おっさんも」
「いや、私まだ二十六ですよ」
 彼女は、少し呆けて、
「嘘お? 私より年下!」
 叫んだ。
 
 どこまでも白く どこまでも遠い月の下

 名は死神、遠谷希生。階級は巡査。
 齢三百。名は座敷童子、九月散花。   
 彼女の家に帰った話。


6 :akiyuki :2007/05/25(金) 00:02:04 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 風のない夜だった。
 山あいの高速道路。一台の車が闇の中を駆け抜ける。
 黒く血塗られた死者を導く車。それは俗称、霊柩車。
 一人の彼が運転していた。黒い半纏にシルクハット。助手席にはおかしな大きさの大鎌がたてかけられている。
 彼は目を細め、先に広がる夜を見つめる。そしてそこに誰かを見る。
 誰かいた。
 車は確かに動き、確かに計器は時速百二十キロを示す。しかし、その機械をして追いつけない速度で、それは走っていた。
 車の中はまるで警察車両のと呼ぶにふさわしい装備が並び、その中の一つ、マイクのようなものを取り、彼は口に近づける。そして、目の前にいるはずの誰かに、発声する。
『そこの人、止まりなさい』
 スピーカーから拡声された警句が確かに何者も通らぬ道路に透るが、しかし、闇中のそれは止まらない。
 輪郭が駆け抜ける。
 うまくライトが当たるよう車を傾ける。そして、その姿ははっきりと、見えた。それは赤いちゃんちゃんこをきて、彼は七十過ぎの顔をして、それは車のライトに照らされて、彼は明確な意思を持って逃走していた。
 老人が、走っていた。
 彼は手元に目をやる。計器は時速百四十キロを示す。ふと、通信を示す赤いランプの発光を見つける。
 ボタンを押すとどこかに取り付けられた通信機から、声がした。
『状況確認』
「はい、こちら遠谷巡査」
『現在地は』
 先輩死神は無駄を一切省く質問をした。
「現在高速道路○○方面にでます…というより何なんですかあの人、あのご老体にどうして追いつけないんですか」
 彼はライトに背を照らされる老人をみながら尋ねる。
『彼はマッハじじいだ』
「…はい?」
『二年前検挙された妖怪、百キロばばあの連れ合いで妖怪の公道使用権利を奪い返す会とかの代表だ』
「げ、またそんな過激派の有名人がなんでこんな田舎に」
『なんでも四国に収監されている法規速度違反妖怪の釈放を要求しているらしい。それ が認められぬ限り高速道路での暴走をやめないそうだ』
「そんな滅茶苦茶な。まあ気持ちはわからんでもないですけど」
『遠谷。同情しても仕方ない。これが私達の仕事だ』
「わかってますよ」
 その言葉とともにアクセルを強く踏み込む。
 風のような速さで走る翁を追いかける死神の駆る霊柩車。シュールである。
 が、追いつけない。逆にどんどん放される。あわてて無線機を取り上げ、
「ちょっ、先輩、そのマッハじじいって何キロで走れるんですか」
『そりゃあ、マッハじじいなのだから、マッハ一だろう』
「………無理です無理。交通忌動隊の管轄じゃないですかそんな速度、いち交通課のひら死神にどうこうできる相手じゃないでしょう」
『まあ、頑張れ』
「いや、応援は? 二年前に百キロばばあ捕まえた方はどうされたのです? というか、こういう時こそ宗我部(そかべ)警視、あなたのの出番ではないのですか?」
『萩本巡査部長はたった今、育児休暇願いを出した。おかげで今指揮所につめてるのは私だけでな、動けんのだ』
「…萩本さん、お子さん産まれたんですね。ご出産おめでとうございますとでも言っておいてください」
『了解』 
 嘆息する。
 
 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
  
 名は死神、遠谷希生。
 彼の追跡は終わらない。


7 :akiyuki :2007/05/26(土) 01:36:36 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。
 
 風が吹く。そして 
 突然彼女はそこにいた。
 それは誰も見る事は無かったが何人そこに人がいても誰もわからないだろうと想像できるほどに突然、闇から融け出るようにして彼女はいた。真紅のライダースーツ、その上に羽織る黒い半纏がなでるような微風にたなびく。その右手には不似合いなほど大きい散弾銃。その全てが彼女にふさわしい雰囲気をかもしだしている。年は二十代後半、美女と呼ばれる生物である。彼女の気配は、その、彼女が現れた場所でも納得させてしまうものがある。 
 加工された玄武岩が立ち並ぶ広い土地。
 墓場を彼女は練り歩く。
 
 彼女の姿は時と場所に全く似つかわしくなく、なにより、その気楽な、どこか笑ってもいそうなその表情は、死者の聖域を尋ねる者とも思えない。なにか、実体のある誰かを探すように練り歩き、そして、一角に発見した。 
 彼がいた。彼もまた、シルクハットに下駄というおかしな格好に黒い半纏を羽織っていた。その表情は重く沈み、その異端な外見もそれはなぜか、まるでこの世のものでないような印象を与える。今、彼によって供えられたばかりの二輪の花が風に揺れる。
 二人の、彼と彼女の身分をあらわす黒い半纏が、揺らめく。

「こんな夜中に墓参り?」
 彼女の問いに背を向けたまま彼は返す。
「警部補こそ、どうしたんですか?」
「遠谷〜。私達同期の中じゃないの、ためぐちでいいよ」
「まあまあ、私はそういうところはけじめをつけたい人間でして、上司には敬語を使わせてください」
「むー、まあいいけどさあ」
 死神、紅月(あかつき)初女(はじめ)はその外見に合わないほどの軽い口調で言葉を返す。
「ところで警部補はどうしたんですか?もしかして今日があの人の命日だって覚えていらしたのですか?」
「んーん。私ら生粋の死神は死者を何かの形で残す風習無いからねえ。ま、でもあの人はちゃんと墓があるみたいだし人間の作法に則ってみようと思ってさ」
 そういうと彼女の左手にはいつのまにか赤い花束が握られている。彼は立ち上がり彼女に位置を譲る。そして彼女は二歩前に進み、墓前に花をそえ、手をあわせ、石に向かって話しかける。
「悠楽先輩、元気か?私は元気だよ。んー、このごろ肩こりがひどいんだよねえ、なんかいい治療法とかない?先輩ってそういうどうでもいい知識ばっかりもってたよねえ。しかも全然うそんくさいくせにたまにホントに効くのが有るからタチ悪いよねー。…で、何しにきたかって?そうそう。今日ね、私昇進したんだ。警部だよ警部。もうスピード出世ってやつ。まあ私天才だからね。もしかしたら先輩と同じ部署に配属される日も近いんじゃないかなあ。なんてさ。……でもさあ、一番ほめて欲しいときにいないなんてやっぱ先輩は間が悪い人だよね……」
 その後ろで大鎌を背負う男は、何も言えず、何も言えなかった。
「先輩が死んだのは三年前だから、私が十九のときだったかな」
「二十四ですよ、…って痛!なんで叩くんですか」
「女の年をそんなはっきり言うもんじゃないよ」
「……同い年なのにごまかしようが無いでしょう?」
「そりゃそだね。…さて、じゃあ私行くね」
「はい、それでは…」
「そうそう、このまえ未成年妖怪窃盗団を捕まえたそうじゃん、おめでと」
「ありがとうございます。警部こそ、昇進おめでとうございます」
「ありがと。……ねえ、ところでさ、やっぱり交通課より葬査一課に戻る気ない?」
「それは出来ません」
 きっぱりと答える。
「遠谷〜」
「はい?」
 そこで、彼女の表情が少し、よく見知った人間で無いと解からない程度に、曇る。
「先輩が死んだの。自分のせいだとか思わないほうがいいよ」
「…………」
「気にするなってのは無理なのわかってるけどさ。あんたが前線から退いたのってそんなに意味あるとは思わんもの。あっこの課長だってほんとは遠谷が戻るの待ってんだよ」
「……」
「ま、わたしがいうようなことじゃないけどね。あと、やめようとか思っても死神簡単にやめんなよ?」
「はい」
 ありがとうございます。と男は頭を下げ、いいよ、と彼女は笑って手を振る。
「本当はそれ言いにきたんだ。じゃ、ばいなら」
  そして、風が吹く。それに乗っていくように去ろうとする彼女に
「…………警部」
  声をかける。
「ん?」
「……警部は、死神やめたいって思った時ありますか?」
「あるよー」
 即答だった。
「意外です」
「旦那が泣いてそんな危険な仕事はやめてくれって言った時は考えたけどね」

 びゅう

  また、風が吹いた。
 気がつけば、そこには彼一人が立っていた。
 闇から融け出てきたようにあらわれた彼女は闇に融けるように消えていった。

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。 
 
 名は死神、遠谷希生。階級は巡査。其の男はただ、そこに立っていた。
 風が吹く。
「寒いですね」
 独りごちる。
 返事は返ってこない。


8 :akiyuki :2007/07/16(月) 01:55:56 ID:VJsFrmQG



 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
 
  【工事中】
 通行禁止を知らせる普通の看板。
 どこにでもあるような、けれどなかなか見つからない、普通な夜道。
 その先には何者も無く誰もいない。
 深夜、決して何物も通らないアスファルトの道路。

  金属音

 火花が散る。 散らせるのは二つの影。
 黒い半纏をたなびかせ、ゲタにシルクハット、そして大鎌。その姿は、死神。
 巨大な黒馬、錆び色の甲冑、鉄兜。そして大槍。その姿は、騎士。
 それは人々の寝静まる現世に打ち合う死神と騎士。
 死神の振るう極限の速度の斬撃は 騎士の尋常ならざる見切りにかわされる。
 そして、反撃。

 鎌と剣のこすれる音。

 鍔迫り合いに押し負ける死神。受身をとりながらも衝撃をころしきれずに倒れる。
「ッ痛」
 慌てて取り落とした鎌を探す。
「大丈夫かあ?」
 気がつけばまるで闇から融け出てきたかのように彼女が一人いた。
 その右手には散弾銃。左手には彼の落とした大鎌が握られている。紅月初女。礼を言って彼女から鎌を受け取る。
「紅月警部。何なんですかあの……、騎士様は」
 彼女はその向こう側に立つそれを見据えて言う。
「ああ、なんでも三十年前に盗まれた絵画に封じられていた怨念らしいよ、不法越境による拘縛要請が出ている」
「不法入国者ってことですか。日本冥府だって戸籍くらい作ってあげればいいのに」
「まあたしかにそういう案もでたんだっけどさあ。ほらいま西洋の亡霊と日本妖怪との 折り合いが悪いじゃない、ほら外来種の影響で地元の精霊が減ってるって話。ブラックバスみたいに」
「魚と呪いを一緒にしないで下さいよ」
「ははー。それに盗難品って実は国際的に有名な一品で持ってたのが日本人だったから さあ。この一件をもみ消したいわけよ」
「それで捕まえて送り返すってわけですか。まったく人間も呪いぐらい自分で管理して 欲しいものです。とくにこの国の人は珍しいものに飛びつく癖がありますからね」
「っで、さめるのも早いって?」
「ええ、そんな国の汚点になるようなもの露見する前に闇に葬るくらいの心構えは持っ てもらわないと」
「…それもどうかなー」
「まあ、なんにせよ彼を何とかしないと」
 彼は馬上の騎士に目を向ける。
 上司と話している間、立ち上がり武器を構えるのを待っている。律儀なものだ。
 とても何かを傷つけるために存在するとは思えないほどに。
「ほんとに武人なんですね…。警部。手は出さないで下さい」
 銃を構える後ろの彼女に言う。
「そういうの好きだねえ」
 軽口が返ってくる。しかし背後で銃口がおりた。
「好きにすれば?ほらくるよ」
 月の夜の下、硬い土の上、死神の鎌が再びきらめく。

 地面に伏せる形で落ちている一枚の絵。
 その絵を守り続けるという呪いが生み出した騎士。それに再び相対する人外。
「全く。労災降りますかね?」
 刃がきらめく。
                     
 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
 死神は再び駆け出でる。

 


9 :akiyuki :2007/07/16(月) 02:14:54 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

「家庭内暴力、ですか」
「はい、お恥ずかしながら」
 昼に生きる人々の眠る時刻。夜闇が支配する公園、彼はそこにいた。シルクハットに下駄。闇に同化してしまいそうな黒のみで染め上げられた半纏を着て、その背には武器でも凶器でも調理器でもない一振りの大鎌がくくりつけられている。
  国家公務員、死神。階級は巡査。
  そして、その隣には一人の女性が座っていた。落ち着いた色のブラウス、地味と言うより清楚な感のロングスカート、その顔には化粧はされていないが、する必要がないほどの何かはある。最も笑顔がふさわしい顔立ちの年若い彼女。そこにあるのはどこか疲れた、どこか諦めた、どこかやつれた、どこか耐えかねたようなあまりに似つかわしくない表情。

「殴るんです」
 突然の告白だった。
 彼は眼を見開き、彼女の顔を見る。
「頬をたたいたりとか、突き飛ばしたりとか、そういうものじゃないんです。殺意のこもった目で睨んで、硬く握り締めた拳で殴りつけて、…血が出るまで…血が出ても…骨が折れる感触がしても殴り続けるんです」
 彼女は右手で二の腕を掴む。手が震えていた。
「………」
「抵抗は出来ないんです。その時は、もう人間じゃなくなっているから……、出来るだけ動かないようにして、波が引くように落ち着くまで、暴力を受け入れるしかないんです」
「どうして…」
「夫は普段はとてもいい人です。もちろん愛しています。今も…。でも、だめなんです。夜になると、…まるで変わってしまうんです。きっと夜には力が抑えられなくなってしまうんですね」
 寂しく、自嘲的に笑う。
「鬼の、血のせいでしょうか」
 彼女の問いに、彼は正解をいえない。いえるはずがない。
「聞いています。鬼の一族のなかでも、特に金色の目をしたものはそのあまりの力から兇暴を抑えきることができない。ゆえに、孤独に生きるしかない法。と言う事」
「しかし貴女たちは」
「ええ、お互いを好きになり、…結ばれました。子供も二人います」
「お子さんたちは、どうなのですか?」
「子供達は、…知りません。多分…。でも、いつかは気付くと思います」
「という事は、いってないのですか」
「……言えるはず、あるわけありませんよ」
 彼女は月を見上げる。
「私達のときも、結婚の直前まで、そんな事言われた事さえなかったんです。…よく考えれば、あんなに反対される理由…あるわけなかったのに。どうしてきがつかなかったんでしょう」
 彼は、唾を飲み込み、何かを言おうとする。
「このままじゃ、いつか死んでしまいますね」
「こんなことを言うのは失礼かも知れませんが、それでも一緒に暮らしているのですか」
彼の問いは、彼女を固まらせた。
 数秒、そして、うつむく。
「……んです」
「え?」
「愛しているんです。それでも」
 彼女は顔を隠す。涙に濡れた顔を人に見せるのには抵抗がある。
「申し訳ございません」

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

「ただ、一番怖いのは子供の事です。もし子供にその現場を見られたら、それだけじゃなく、殺意の衝動があの子達に向かっていったら…」
「…」
彼女は、その眼で、あふれる涙を払いながら、わずかな月光にも反射し怪しく光る『金色』の瞳で彼を見つめ、言う。
「このままでは私、夫を殺してしまいます。…でも、一体どうすればいいんですか」
「それは…」
美鬼(みき)!」
 何かを言いかける彼を遮り、叫びが聞こえた。
 二人の人外は、声のほうを向く。そして、そこに一人の男を見る。
 地味な柄のワイシャツ、動きやすいズボンにスニーカー。もし、ベンチに座る彼女と並べば、さぞかし似合うであろう、優しげな、必死の形相の男。
「…あなた」
 彼女は口に手をやる。
「探したぞ、どこに行ってたんだ。…」
 急いで走りよりながら、妻の隣に座る怪人に気付く。
「失礼ですが…」
 何方ですか?と言い終わる前に答える。
「死神です」
「っ! ……聞いています。たしか、妻のような、その……人と違う人を助ける仕事とか」
「はい」
「あなた、どうして」
「美鬼、帰ろう」
「駄目よ、私、またあなたを殴るわ、ううん、きっともっとひどい事になる」
「帰ろう…」
「……駄目よ、だって…私、あなたを…」
「君のせいじゃない、病気のようなものじゃないか」
 そう言って手を差し出す男の右腕。包帯が巻かれている。
 それを見て、彼女の貌に苦渋が見えた。
「私、鬼なのよ…」
「知ってるさ…子供達も心配してる。さあ」
 そしてその手で彼女の手を掴む。
 彼女にはその手を振り放すことは出来ない。




「それでは、ご迷惑おかけしました。…彼女を引き止めていただき有難うございました」
 男は礼を述べて、帰ろうとする。彼女もあわせて頭を下げ、夫婦は帰ろうとする。
「ちょっとお待ちを」
 彼は声をかけた。二人は止まる。
「ここから三十キロさきの鎮宮村というところの診療所に鬼の研究をされている先生がいます。金色鬼に対する抑制剤の、開発をしているそうです」
 二人の、男と鬼女の顔色が変わった。
「ただ、治療には時間がかかります。…もし、そこへいくと言うのなら……お子さんたちにも、話さねばなりませんよ」
「 」
「 」
 二人は顔を見合わせる。
「これから先は、お二人で決めてください」
 二人は振り返る。

 そこにはもう、誰もいなかった。










「ん?あれ?どったの遠谷」
「こんばんは、紅月警部」
「今日はもう終わり?」
「はい、これから帰って寝ます」
「ん、お疲れ、私は今からなんだよねー」
「…………」
「おいおい、なんでそんな落ち込みムード?」
「警部、警部は人と鬼の結婚ってどう思いますか?」
「絶対反対だね」
「……即答ですね」
「そりゃね、個人的に鬼は嫌いだし、それに客観的に言ってもそのカップルがうまくいったためしはない」
「ありませんか」
「ないよー」
「やはり、そういうものなんでしょうか」
「そだよ。最悪どっちかが死んで終わり。…でもそりゃあさ、」
「そりゃあ?」
「そういう現実があっても好きなもん同士がくっつくのを、応援はしたいよねえ」
「経験者の言と言う奴ですか」
「さあ?遠谷も早く結婚したらー?」
「さあ?」


10 :akiyuki :2007/07/16(月) 02:24:42 ID:VJsFrmQG

番外編・零



 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 彼女と向かい合った時、まず心臓の鼓動を聞いた。
「さて、私に何のようなのかな?死神さん」
 彼女は自信たっぷりに言った。いや、それは自信どころか、確信とでもいうような、絶対的な眼力を秘めた目をして…。
 見た目は二十代後半、痩せた外見を包む灰色に黒の縞の入った地味なスーツ。二百数十年の時を刻む肉体と精神。この世の全てにそぐわぬ雰囲気のみがそこにあり、窓際に立つその姿、妖しさは人外のそれである。左手は軽く腰に当てられそして、右手には……、メスが握られていた。
 それは正しく命ある物体の体を切り刻み、救うための刃でありながら、ナイフよりも軽く、大鎌よりも鋭く、散弾銃よりも残酷に終わりを告げる凶器でもあった。
「妖怪画の若き巨星、陸奥六子(みちのくむつこ)、いえ、本名双葉宮咲貴(ふたばみやさき)、第準一級禁止薬、魔薬エリキシー不法所持及び乱用。死神公社の名の下逮捕する」
 彼はその目に何の感情も見せないように、ただ事実と目的のみを告げる。
 まだ年若い青年は闇にそのまま融けていってしまうような黒のみが在る喪服、そしてその背をさらに黒い半纏で包み、その左手に一振りの日本刀を下げ、右手には証明書を掲げる。
『日本国冥府 死神 葬査一課 遠谷希生警部補』
 そう書かれていた。
 それをしまい、彼女に近づく。

 その場所はそう珍しい場所ではなかった。地方都市のど真ん中にそびえるひとつのマンション。その一室の事だった。
 部屋の中に絵があった。人狼、鴉天狗、座敷童子、亡霊、鬼、……様々な絵が彼女に近づくたびに目に次々と飛び込んでくる。彼と彼女の間に道を作るように並ぶ様々な絵画。そこにある共通点は唯二つ。この世ならざる人外どもであることと、それらがみな共通して苦痛に満ちた表情をしている事にある。これらはすべて部屋の主の作である。まるで主を守る騎士たちのように、彼を威嚇するような表情を向ける。
 妖怪画。
 彼女が陸奥六子の名で世に出した作品はそう呼ばれる。

 その悪趣味なアーチを抜け彼は彼女にたどり着く。
 おそらくは生命活動を行う彼の心臓は。激しく脈打つ。
 彼女は微動だにしない。空いている右手で、彼女の右手を掴む。妙にひんやりとしていた。
『遠谷君、よく手の冷たい人というのは代わりに心が温かく逆に心の冷たい人はあったかい手をしているなどと言うよね。僕はそういうくだらない話が好きでねえ』
 あの人の言葉を、ふと思い出した。
 掴みながら、彼の手は震えていた。
 彼女はそんな彼を見ていた。むしろ、それは観察とでもいうような目でみて、そして、急に口を開く。
「なるほど、死神は死を齎かす存在、いかなる時も冷静さえも装うものなのだな」
「……何を言っている?」
 拍動は高まり続ける。
「君こそ何をそんなに震えている?」
「震えてなど…ない」
 彼女の口がいやらしく曲がる。新しいおもちゃを与えられた子供のように、望んだ結果を得られた研究者のように。素敵な獲物を見つけた犯罪者のように。
「心配なら心配と言いたまえ」
 彼は、動けなかった、喋れなかった、視線を合わせられなかった、そして、知りたくなかった。
「知りたいのだろう? 君より先にこの部屋に来た彼のことが」
『君はここにいなさい。決して来てはならない』
「……先輩はどこだ」
「先輩? ああ、やはり彼は君の上司か。そういえば言っていたよ。私が帰らなければ優秀な私の部下が応援を呼びに逃げる。そうなれば貴様も終わりだ。…とね」
『もし私が戻らなければ応援を呼びに一度公社本部に戻りなさい』
「どこだ」
「彼は私が見てきた死神の中で最も変わっていたよ。シルクハットに下駄というアンバランスなファッションという基本は抑えていたし、あんな大きな処刑鎌を扱う死神も見たことはなかった。だからこそ、残念だよ」
「国軋警視は、どこだ、言ってくれ」
 右手に力が入る。彼女の華奢な腕では何時折れるやも知れないほどの力で。
「彼は知りすぎたのだよ。あまりに多くをね。彼さえいなければ、私の正体も知られる事はなかっただろうし」
「警視はどこだと!聞いている!」
 彼女はやめない。そして彼は、激昂する。
「彼もあんなむごたらしい終わり方をせずに………」
「警視はどこにいるのかと聞いているんだ!!」

『死神要綱、その三十二。死神は決して寡黙である事。言葉は敵との接点になり、弱点となる。過敏な反応、過剰な行動は自らを危険にさらすものなり。だそうだよ気をつけたまえ、そうだ、君も私のように自分のことは『私』と言ってはどうかな?どうも俺と言う響きは攻撃的な気がするよ』

 あの人の言葉を、思い出す。
「そんなに攻撃的になるものじゃないよ」
 彼の叫びにさえ、彼女はただ事実のみを告げる。まるで、ただ彼がどの程度で心を乱すのかを観察しているかのように。
「あなた、なんなんだ」
 彼にとってその日はいつもと同じ夜のはずだった。いつものように人と人ならざるものを分かつ法に従い悪を狩る。それだけのはずだった。そして、彼はあの人とともに帰路についてわけのわからない薀蓄をいやいや、そしてほんの少し心を落ち着けて聞くだけだった。彼女だって、単なる違法な薬によって寿命を延ばしている人間なはずなのだ。あの、最高の死神、国軋悠楽(くにぎしゆうらく)がどうにかなってしまう理由がどこにある?なぜこうも動悸が激しくなる必要がある。なぜ、彼女の右手に握られるメスが赤く染まっている事実がある?

 彼女は、彼の苦悩にきづいてか、気づかずか、おそらくは彼女ほどの人物ならあえて承知で……言い放つ。
「君は私のどこまで知っている?」
「は?」
「私がかの禁術によって二百以上の春と冬を越してきた事は?ただ『智』のみをもとめ生物としての法を破り続けてきた事は?そして人ならざるものを支配する君たち死神に興味を持っている事は?」
 手が汗ばむ。
「君たちの仲間を捕らえ虐殺し、それのスケッチこそが私の作品だということは?その被害者の中にはもちろん死神も含まれていることは?君たちの基準で言えば即刻斬殺命令がでるほどの重犯罪者であることは?」
 放す。そして構える。
「命あるものは生きるために他人から奪い、命なきものは己の無への帰還を畏れ人にしがみつき、そのどちらでもない私はただ己のために、己の頭脳にあらんかぎりの知識と経験を詰め込むために命をもてあそぶ事は?」
 彼女はなぜこうも恐れないのか?しかし、彼にはもうどうでもよくなった。
「君の尊敬する国軋悠楽警視はすでに私によって魂ごと穢されていることは?」

『君はその冷え性の手に比べて随分と熱い心を持っているからね。怒りに任せて相手を殺そうとしかねない。そんなのは、死神っぽくないからね』

 ただ、死神としての本懐を忘れる事にした。
「貴様ああああああああああ」
 左手に握る凶器は、右手で抜き放たれた。
 簡単だった。彼女の服の襟を掴み、床に叩きつける。そして、後は首筋に刃物をそえるだけである。
「嘘だと言え! 先輩がおまえなんかに殺されるはずがない!」
「やれやれ、君はとんだ駄作だな、解剖する気にもならないよ」
「先輩はどこだ!」
「………」
 彼は気づかなかったが、その時一瞬、彼女は悲しいような、うらやましいような、そんな表情をした。
「何なのだろうね、その感情は。自分以外のものにたいする執着心なのだろうが、理屈を必要としない感覚というものは。……わからない。人外の極みたる君たちがなぜ揃いも揃ってそんな顔をするのだ。それでは、まるで人間のようではないか」
 彼は薄ら寒さを感じた。
 絞殺の最中にさえ考察し、刺殺されても思察するであろう、このどす黒い女の精神に。
「さて、君に私が止められるかね。尤ももし、出来ないのであれば君もまた他の死神同様、私の検体となるだけだがね」
「この状態で逃げ切る気か?」
「その国軋悠楽を殺したのは誰だと思うのかね?」
やはり、彼女はこともなげに事実を述べるだけである。
「…あんた、人間でしょう、なんでそんなことできるんだよ」
「君は死神の存在理由が妖怪から人間を守ることだと思っているのかな?おろかな。それほど人間は、弱くもないし、やさしくもないのだよ」
「じゃあ、なんで死神がいるんだよ!」
「私もそれが知りたい。だから、君たちを調べているのだからな」
 もう、聞きたくなかった。




 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
 そこは画家 陸奥六子の住むマンションの屋上だった。
 一人の彼が立っていた。
 喪服に身を包む彼の手には刀と、返り血に濡れたこれまた黒い半纏が抱えられていた。
「遠谷」
 赤いライダースーツに黒い半纏。死神、紅月初女警部補は闇から融け出てきたかのように、誰にも悟られることなく彼の背後に現れた。
「あ、……初女」
 彼女の目はその名のとうり、紅く染まっていた。いまやっと、泣き止んだような、それであった。
「言わなくちゃいけないことがある。病院に搬送された悠楽先輩が…」
「死んだんだろ、知ってる」
「な、」
「手遅れなのは発見した時からわかってたよ。最後を看取ったのは俺だ」
「…行ってやんなくていいの?」
「いい、それより署に連絡して欲しい。遠谷希生警部補は国軋悠楽警視の命令に背き突入。被疑者、双葉宮咲貴を悪意を以って殺害。処罰されたし」
「…長年の友人にそんなことやらせる?」
「頼む」
「……馬鹿」

 屋上。強い風が体に叩きつく。
 ただ、空を見上げ続ける彼の足元で、赤い彼女は足を宙に投げ出し、夜の街を見下ろしていた。
「すまん……俺は…悠楽先輩を……守れなかった・」
「……馬鹿、そんな言い方すんなよ」
「俺、なんで死神になったんだろう……」
「泣くなよ…馬鹿」


「なあ、俺、…いや、私は、あの大鎌を貰ってもいいと思いますか?」
「な、何、突然変な言葉遣いして………。あの、先輩の使ってたの?」


 次の日、遠谷希生警部補は自ら願い出て降格。

 交通課に転属となる。
 


 三年前の今日のことであった。


 


11 :akiyuki :2007/07/19(木) 01:54:39 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 何物かが息を潜めているような、しかし何者も現れぬ夜闇が目の前に広がっていた。
 振り返る。
 何もない闇だけがあった。
 或る仕事からの帰り道、その彼女は足を速めていた。

 かつ、かつ、かつ、かつ…

 彼女の足裏は緩やかに加速してアスファルトを叩く。
 
 かつ、かつ、かつ、かつこん、かつ、かつ、かつ、こんかつ…

 ………一定の歩行を行う自分の足音に、確かに重なって誰かの、足音が。聞こえた。

 かつ、かつ、かつ、かつこん、かつ、かつ… 

 停止。

 ………こん
 
 果たしてどういうことか?自分の歩行に合わせて歩く何者かの音跡。そして、自分の停止に一歩遅れて消えるそれ…。 

 後ろを振り向く。
 何物かが息を潜めているような、しかし何者も現れぬ夜闇が目の前に広がっていた。
 安堵し、前を見ようとした。が、やめる。展開上振り返った目の前に怪しい男が突然現れるだなんてお約束がないとは言い切れない。
 いや、しかし、まさかそんな、だが…
 結局そのまま停止していても家には着かない。前を向く。
 そして何の問題もなく何者かがいるようで何物も現れない暗黒が、目の前に

 いた。

 目の前四十センチ、至近距離に必殺的に怪しいその男はいた。深黒のスーツ、髑髏模様のネクタイをキメて金色の髪が肩口に垂れる。明らかに日本人でない事だけがわかる長身の、職業なんだと思います?と聞かれたらモデルですか?と答えてしまいそうな、はっきりくっきり美形な男が、どこか妖しげな眼で、目の前に突然出てきた。
 そして、彼女はまず、恐怖した。
 当然の反応である。まず、その怪しい男の登場だけで悲鳴をあげてもおかしくなかった。しかし彼女は騒がない。いるはずのない位置にまで近寄られた事への、つまり虚を突かれた状態は彼女から声を奪っていた。
 
 こん

 それは彼が彼女にもう一歩近づいた事を示す足音だった。
 そして、もう一つ。
 彼女を悩ませていたあの音跡とその音は、同一だった。 

 それらが示す事象は一つしかない。

 アドレナリン全開。彼女はあらん限りの大声を上げようとして…
「アー、ドーモスンマヘン、オキキシテヨロシイデショカ?」
「………はい?」
「コーノヘンデ、カドーアキムネ、イウシトスンデマセンカ」
「え……と…あっちです」
 質問に答えた。
 一応は知っている。この辺りで一番大きな屋敷に住んでいるご老人である。
「あっちのほう……です」
 そこまで言って見ず知らずの人の家を見ず知らずの怪しい男に教えてもどうか、と思い直したが。遅かった。
『イヤー、ソウデッカ。タスカリマシタ、ミナサンワタシミタダケデニゲテクノデコマッテタデース』
 男は、さっきまでの緊張感を皆無にしてしまう喋りの後、
『アリガトゴザイマー』
 そのルックスとファッションを軽く凌駕する日本語で礼を言い、立ち去ろうとして、思い出したように振り返る。
「アー、クライヨミチダイジョブデッカ?ブッソーナヨノナカデッカラ、ヨロシカタラヲタクマデオクリマショウカ?」
「いえ、結構です」
 お断りしたあと、思った。
 何なんだこの男?
 もちろん夜中に女性に背後から近づくなどというのは不作法だが、勝手に怖がってたのは彼女で、なんだか、あっけない、まるでお話みたいなその展開は、どうにもこうにも彼女を混乱させた。
 だから、こんな時間にこんな場所にいるということへの疑問が浮かぶのが、ワンテンポ遅れてしまった。

 そうして固まっている。完璧に。彼は一向に出発しようとせず、彼女もうごこうとしない。ふと、なんだか見つめられていることに照れている。上目遣いに、彼を見やる。その、あまりに心を取り込もうとする笑顔に、彼女は少し頬が赤くなるのがわかった。

 こつ

 彼は近づいてくる。動けなかった。しかし、それは先ほどまでの恐怖ではなく、もっと積極的な気持ちで…
『トコロデ……あなた、お綺麗ですね」
途中で、ところで、の先から別の言語に変わった。さっきまでのあほキャラから、急に、映画スターのえんじるような、艶のある、もともとこっちが素なのじゃないかというような、そんな笑みを携えて…
 ただほめられているのはわかり…






「はい、そこまで」
 突然第三者が登場した。その邪魔に我に戻り、金髪の彼は声の主を探す。その声で我に返った彼女は声の主を探す。
 そして彼はいた。
 下駄にシルクハット。黒い半纏を背負い、背中にはなにやら物騒な凶器を背負っている。
 第二の危機到来のような気がしてきた。
 彼の格好は、先ほどからいるその男とは非で似なる匂いがする。

『何のようだい? 死神』
 英語で、答えた。いきなり今までのあほキャラからその外見に当てはまりすぎるシリアスな、甘い声がその口から紡がれる。
『今、何をしていましたか?』
 その黒い男も流暢な同一言語で応答する。
『何もしてはいないよ、ただ道を聞いていただけじゃないか』
『三時間もストーキングをして、あまつさえ催眠眼までかけようとして、ですか?』
『いい女を見つけると体が勝手に反応してしまうものさ』
『別に吸血鬼の性癖なんて知りませんよ。それより、この国のルールを忘れてもらっては困ります。あなた方貴族であろうと、我々死神公社の勢力圏においては』
『君も連れない人だなあ、わかってるよ。日本は国際吸血族連盟の狩猟禁止区画、わざわざ法を破ってまで血を頂くほど欲物的ではないつもりだよ』
『だからって夜に女の人追い掛け回す趣味は悪すぎるでしょう』
『君も文句が多いね、全く、いいじゃないか。人間の一人や二人からかったって。別にとって喰おうというわけじゃないのだから、人だってバードウォッチングくらいするだろう』
 その発言にシルクハットの彼は嘆息する。べつに金髪の彼が特別人間に対して非友好というのではなく、彼らのような存在にとっては、それは社会通念とでも言うべき常識なのだ。
『とにかく、ホテルに戻ってください。チャールズ・ダルカヌン社長』
『おや、私のことを知っているのかい』
『今朝新聞に載っていましたから』
 そこで彼は話の脇のやられた彼女のことを思い出す。
「あ、どうもすみません、この人が迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いえ、そんなこと、ないですけど…」
「いきなり何が起きているのかわからないでしょうが、どうぞ忘れてください」
「えぇ?」
 いきなりはしょられた。
 彼女の目はなんだか疑惑に満ちていたが、早々に話を切り上げシルクハットの男は金髪の彼をつれて帰ろうとする。
『死神、我々を見られておきながら彼女を帰すのかい?』
『当たり前です。私達死神は、人を守るために違法者を狩るのですから』
 すると、金髪の男はにぃと微笑み
『しかし、我々の記憶を消しておくことくらいは初歩じゃないのかい?』
 そう言って、彼女の瞳の奥を覗きこんだ。








 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。


 或る仕事からの帰り道。彼女は我が家を目指し歩いている。
 明日も早い。
 なにしろ彼女は職業が通訳で七ヶ国語に精通し、明日の大手電気機器販売会社、嘉堂電気社長、嘉堂秋宗(かどうあきむね)氏とアメリカの新鋭、ラッズ・カンパニー代表取締役、チャールズ・ダルカヌン社長の商談のに同席しようというのだから。


 まだテレビで見たことしかないが、とても美しい男性のようであり、とても楽しみだ。
「早く、会ってみたいなあ」
 彼女は少し胸を躍らせながら、家路を目指した。


 


12 :akiyuki :2007/07/21(土) 17:04:48 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 夜道と言うにはまだ早い、夕暮れというには少し遅い、
 月の光だけがぼんやりと控えめに世界に自己表明する。夜。そして、虫声。

 夏。
 
 学校の帰り道に普通に田んぼが沿うような田舎町。あぜ道を二人の影が揺らいでいた。
「勘ちゃん、いつも送ってもらってごめんね」
 彼女は隣に歩く男に言った。
「いえ…」
 男は曖昧に彼女に答えた。
 見るからに純な学生風な少女の隣を、その男は歩いていた。
 着ている制服のおかげでようやく学生に見える男に彼女は寄り添っていた。
 誰も通らぬ夜道を二人の友人が歩いていた。

「もうすぐお祭りだねえ」
「ええ」
「一緒に行けるといいね」
「ええ…」
「お父さんとお母さんのお墓参り、また一緒に行ってくれる?」
「……」
「どうしたの?元気ないよー」
 彼女はいつものように男に声をかける。けれど、男はいつものように声を返せない。
「ほんとどうしたの?なんかあるんだったら言っていいよ」
 男は立ち止まる。彼女はつられて三歩先で止まる。
「紫織さん、お別れを言わねばなりません」

 言った

「………え?」
「僕は今日、ここから遠く離れた町へ引っ越します」
 信じられない、といった風な顔をしながら、彼女は顔を前に向ける。つまり、男にみえないようにする。
「……そっか」

 静寂。虫の声、……夏。
「どうして言ってくれなかったの」
「すみません。急な事でしたので」
「花火大会…いけないね」
「すみません」
「いいよ…」

 彼女は歩き出す。男はあわてて追いかけようとして

「私、また一人ぼっちだ」

 その言葉に足が止まる。
 けれど、彼女を追って、また歩く。


 二人はいつもの分かれ道まで歩いてきた。いつものように、別れの言葉。

「それじゃあ、……ばいばい、……手紙とか、出してね」
「ええ、さようなら」 
「さよならじゃないよ……」
「え?」
「『またね』にしよ?」
 彼は、もう彼女の顔を見れない。

 ええ……また、いつか。

 

 彼女は夜の中へと消えていった。
 それを見送り、それを見尽くし、それを見計らい、彼は背後に向かって言う。
「もう、構いませんよ」
 その言葉を言うか言わないかの内に、彼はいた。

 シルクハットに下駄。黒い半纏の上に巨大な刃物。最初からそこにいた。透明だった姿が突然彩られた。そうでも形容するしかない瞬間で、彼はいた。

「今のが、心残りですか?」
 彼はまず質問した。
「これを聞くのは失礼な事かもしれませんが、なぜ逃げようとしなかったのですか?あなた、指名手配犯なのに」
 男は、躊躇いなく、後悔なく答えた。
「恩返しです」
「恩返し?」
「ええ、恩返し。私は紫織さんに助けられたのです。今から十年前、人を喰らい、死神に追われ大怪我をしていた山の中で、偶然やってきた、まだ五歳だった紫織さんが、怖がる事も恐れることもせず、傷の手当てをしてくださいました。震える体と意識の中、彼女のぬくもりだけを覚えて私は生き延びました。彼女は覚えていないでしょうが、私は覚えておりました。それは私の全てになるほどに。傷が癒えたころ、死神の追撃が緩んできたころ、それより私は紫織さんに一目逢ってご恩をお返ししたい。そう思うようになりました。死神の追跡を振り切りながらそれから六年。やっと、やっと探し当てた時、紫織さんは笑顔を失くされておりました。調べると、十年前、ご両親が尋常ならざる死に方をして、孤独に生きていることを知りました。私は愕然としました。彼女の両親こそ、私が喰らい殺した人間だったのです。私は、自分のしたことに、気が狂いそうになりました。生きるために私は彼女の家族を殺しました。なのに、あの人に生かされました。あの時の、威嚇する私に微笑みながら近づきそっとなでてくれた紫織さんに。……私は決めたのです。紫織さんの笑顔を、もう一度紫織さんに笑っていただこう。と」
 男は空を見上げる。
「あとはあなたが調べられたように、文書を偽造し、人間に化け、いろいろと、まあ細工をして紫織さんに近づいていったのです。彼女の友達となり、彼女を守り、彼女に笑顔でいていただけるように……。そして、彼女が立ち直った今、覚悟も、出来ております」
 男は微動だにしない。
 静寂。虫のさえずり、……夏。
 男の背後、黒い半纏の彼は、その背をにらみたっぷり三十秒。呼吸して、宣告した。
太田貫勘助(おおたぬきかんすけ)、殺人、食人、公務執行妨害、公文書偽造、及び人界における過度介入の罪にて処刑します」
 死神の手には光る白刃が握られる。


 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 一人の死神がそこにいた。名は遠谷希生、階級は巡査。
 一匹の大狸がそこにいた。人間並みの体躯の、真白な毛並みをしていた。

「よかったのですか?」
「はい?」
「彼女の笑顔を、取り戻せたのですか?」
「はい、彼女は笑ってくれるようになりました。これで、これでいいのです」
「……あなたがいなくなったら、彼女は悲しくないのですか?」
「……きっと忘れてくれます。人は忘却の生き物です」
「誰の言葉です」
「さあ、もう覚えておりません。それより、なぜ私が人でないと解かったのですか?」
「葉っぱのお金ならぬ、葉っぱの住民票。人には効いても我々には効きませんよ」
 笑った。
 笑った。
 首が切り落とされた。
 泣いた。

 静寂、虫のざわめき、……夏。


 


13 :akiyuki :2007/07/24(火) 19:44:53 ID:VJsFrmQG



 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 昼も夜も変わりなく、絶えず水が流れゆく河川。
 一人、二人、流れに沿って歩く人影。すれ違い、一瞬の出会い。そして去ってゆく。
 密集するススキが揺れ、擦れ、音を鳴らす。
 完璧な和が広がるその情景に、彼は現れた。
 洋装に黒い半纏をまとい、その背には人の世にあるまじき巨大な鎌。
 その奇妙ないでたちの彼が、ゆらりと揺れる。半纏が右から左に揺れ、頭上に乗るシルクハットが右から左に大きく揺れ、白刃が月光を反射し、

 数瞬

 ……ざり

 砂利を踏み鳴らし、彼は川原のふもとまでおりていた。
 彼はゆっくりと河川に向かい歩き始める。

「いい夜ですね」
 言った。
 そこには、自然しかなかった。
 草、石、水、川、砂利、ススキ、風、花、人、魔物、…
 自然だった。

 水面のすぐ前に行き着く。
 彼は何の気もなしにふと、膝を折り、川面を眺める。
 澄んだ水は彼の顔と月光を映す。
 そして心をその流水に移す。


 す、と差し込まれる手。指先に当たる曲水は、冷たかった。

 
 そんな彼の背後に、男がいた。
「そんなところで何しとん?」
 それは彼への誰何だった。
 彼は顔を上げる。
 背後。いた。
 
 その者を一言で表すなら、緑だった。
 上下を緑色の作業着で、深緑色の長靴を履き、緑色の作業帽。髪までもが緑色に染められている。そしてなにより、その瞳が、その頬が、その腕が、その皮膚が緑だった。
「…にーちゃんそんなところで何しとん?って聞いとんやけど?」
 彼は立ち上がり、緑の男に向き、応答する。
「こんばんは」
「……ああ、挨拶しとらんかったね、こんばんは…ってちゃうわ」
 つっこんだ。
「名前聞いとんねん」
「申し遅れました、私は、日本国冥府所属、死神公社交通三課遠た……」
「なんやあんた死神かい」
「…できれば最後まで名のらせて欲しかったですね…」
 そういいながら証明書をしまう死神に…
「で、何しよったん?」
 ふたたび詰問。
「私はパトロールです」
「なんや、極悪妖怪でも追跡中かと思いよったんやけど」
「そんな簡単に事件はおきませんよ、人界では人間の犯罪のほうが多いくらいなんですよ」
「ふーん」
それをきくと緑の男は川のほうを向き、

ふわ

跳ぶ。

ざぼん

川が揺れた。
「ところで私も同じこと聞きたかったんですが…」
「ん?ああ、オイラ?オイラは…」
男はおもむろに川に手を突っ込み、
「よっと」
何かを拾い上げた。空き缶だった。
「……ごみですか?」
「ごみやね。まあ、簡単にいうとオイラはこの川の水元責任者やってる河童なんよ」
そういいながら、またビニール袋を拾い上げる。
「清掃ですか?」
「ん?まあね」
「手伝いましょうか?」
「ええよ、にーちゃんは自分の仕事の続き行きな?」
「そうですか、それでは…」
 失礼します
 そんな声が聞こえて、緑の男、六蛟が振り返った時、そこには誰もいなかった。
「………、ま、さて、仕事仕事」
 そうぼやき、河童は一人、流水に手を差し込む。

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 揺れる水面、澱む川底、空を見上げる人外一人。それだけだった。


14 :akiyuki :2007/07/24(火) 19:48:09 ID:VJsFrmQG

十一



 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 荒れ狂うように吹き荒れる大気の奔流。
 強風どころか凶風。街のすべてを飲み込みながら風は駆け抜ける。

 風は山から下り川を越え道路へ届き路地を抜け、彼女の髪をなでる。
 繁華街と呼ぶには盛り上がりに欠け、
 夜の街と呼ぶには華やかさのの足りない
 そんなはずだった街並が恐ろしいまでに変容する。
 人、ひと、ヒト。どこからか湧いてきた生物群体。
 黒、茶、赤、金、人々の髪の色が織りなす色彩。
 いつもよりも華やかに飾りつけられる通りを……、
 一人の彼女が観察していた。
 襟や袖が緑に染められたセーラー服。もちろん水兵さん御用達の品などでなく純然女子高校生用の衣服。原色の赤と緑のチェックのスカート。膝上まである黒のハイソックスに使い込んだ感のスニーカー。非常に前髪が長く顔面の左半分が隠される。そのくせ後ろ髪はほぼ無いに等しい、前後のバランスの取れてない髪型。それでもどこにでもいそうではないがどこかにはいそうな彼女の外見を、大きく奇妙な方向に振り切らせる黒い半纏。そして右手にしっかりと握られる五寸釘。

 奇怪な彼女は電燈の上という奇妙な場所から人々を見下ろしていた。

 台風の近づく季節。本来なら最も人が見えなくなるはずの街路にさらに増えてゆく頭の数。

「九派警視」
 誰かの声が聞こえた。
 まず辺りを見回す。しかし彼女はいま地上八メートルの位置にいる。誰かがいるはずない。次いで下を見る。

 いた。

 真下に、いた。シルクハットに下駄。その背に大鎌を背負い、そして彼女と同じ黒い半纏。彼女は彼を知っている。
「、ひさしぶりだな。遠谷」
そして、膝を少し曲げ、

 ぴょんと、前にとんだ。

 
 慣性の法則に則らず、彼女はゆっくりと彼の目の前に降りた。
「ん、まさか女子高生のスカートの中を覗くようになっていたとはな」
 ひとり肯く。
「……意地悪しないでくださいよ」

 風が流れ人々が流れる横で。二人の、死神が、再会した。

「お久しぶりです。九派警視」
「ん。うん。国軋の、三回忌以来だな」
「はい………」
「ん、そういえばこの前私の追っていたマッハじじい柴司井端車(しつがいはぐるま)を検挙したらしいな、おめでとう」
「ありがとうございます……ってなんだかこのごろほめられてばかりです」
「ん、安心しろ、今だけだ」
「……いまなにかすごく不吉なこと言いませんでしたか?」
「ん。ああ、なんでもこの先のホールでロックバンドグループのコンサートがあってな」
「話そらさないでくださいよ。…会場でパニックが起こらないように警備とかですか?それってすくなくとも人間の管轄ですよね、なんで九派警視がいらっしゃってるんですか」
「ん。それは私の科白だ。君こそなぜここにいる?」
「ええ、なんでも若者に人気のグループらしいのですが此所らへんの学校は七時以降の外出が禁止されていまして、違反する妖怪の高校生の補導に狩り出されているんです」
「ん。ほう、大変だな、いまどきの高校生は」
「九派警視自分の格好を見てからそういうことは言って下さい」
「ん、私のはコスプレだ」
「せめて潜入葬査と言いましょうよ」

 どこまでも遠くどこまでも白い月の下

 たなびく二枚の黒い布。

 名は死神遠谷希生、階級は巡査。
 名は死神宗我部九派(そかべここのは)、階級は警視。

 世界は、少なくともこの二人の死神のいる街は、平和だった。

「で、警視はなんでここにいるんですか?」
「ん、……わたしもファンなのでね」
「……警視が潜り込んでる高校も、夜間外出禁止では…?」
「ん。遠谷。法は破られるためにあるのだよ」
「それ国家公務員の言の葉じゃありませんね」


15 :akiyuki :2007/07/24(火) 19:50:47 ID:VJsFrmQG

十二

十二

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 とある世界の一国。
 とある日本の街並。
 とある都市の建物。
 とある学校の二階。
 とある二階の教室。
 
 とある教室の情景。

 窓から差し込む満月は一切の灯火ない教室をほのかに照らす。
 その光は影を造るには充分な量を物体に与える。
 だから、二つの影がそこにあった。
 その影と月光に挟まれて、少女と彼がいた。

 どこにでも売っていそうでどこにも在庫がなさそうな、蒼い沙羅双樹のプリントされたTシャツに体にぴったりと張り付くサイズの一つ小さいジーンズ。その足には足先に鉄板が差し込まれた業務用安全靴。そして、フードのついた、防寒具とはおもえない黒いマントを頭から被っている。背は余り大きくなく、そのフードに隠された顔面はいまだ幼い。その服装、その時間帯、その情況すべてが少女にそぐわない。しかし彼女はここにいる。その秘めた魔性を隠して………魔女はいた。

 その足元には巨大な円が描かれている。材質のわからない塗料で床に塗られた三重円の間間に見たことのない文字らしき模様が流暢に書かれ、その中心には闇が広がる。
この世ではないどこかにつながる穴のように、そこにあるはずの床も床下も地面もなく、ただ闇があった。少女と、それは魔方陣とでも呼ぶべき円をはさみ相対する彼がいる。
 
 どこにでも売っていそうで普通は誰もしないシルクハット。着るものは標準的なカッターシャツにスラックス。それを無視した一枚歯の下駄。そして全ての光から身を隠さんためとばかりに羽織る黒く艶のある半纏。何よりその右手にはその服装、その時間帯、その状況すべてに当てはまる大鎌を携える。そして彼は此所にいる。その絶対の存在を示して………死神はいた。

「なに悪魔召喚しようとしてるんですか!」
 彼は怒鳴る。
「未成年の、高校生がこんなことしていいと思っているんですか」
 少女は悪びれて答える。
「べ、別にいいじゃん冴えない万年ヒラの悪魔と契約してあげるだけなんだし」
「そんな一種の援助交際、死神が黙っているわけにはいかないでしょう。悪魔と契約して魔力を手に入れるつもりだったのかもしれませんけど、まだ君のような子には早すぎます」
「なによ!私の体なんだから私が勝手にしたっていいでしょ」
 その発言に彼は突然止まる。
「……」
「……なによ」
「この前も、そういって一人魔法使いが堕落したばかりなんですよ、君と同じ位の若い娘が…人生を棒に振るような真似はしていいんですか?」
「なにそれ?泣き落とし?いまどき流行んないよそんなの」
「親御さんを悲しませるような真似はしないで下さい」
 真摯な言葉、静寂、そして…真摯な反応。
「だって、大人はわかってくれないじゃない」
 どこかあっけらかんに、どこか少し湿った声が返ってきた。
「私の両親、共働きで、二人とも仕事優先で…もうずっと会話なんてしてないし、わたしのことなんて、見てくれない…多分私が魔術使えることにもきづいてないし別に身を崩しても……なんとも思わないよ……」
「そんなこ…」
 言いかけて、遮られる。
『そんなことはないぞ』
 どこからか声が響く。彼も彼女も辺りを見回す。そして少女が先に気づく。三重円の中心から聞こえるその声に……
 思わず応える。
「おとうさん…」

 闇から突風が吹く。

 そして、風と共に浮き出た黒い影。
 彼も、少女も口がふさがらず、男が完全に姿を現すのを見届けるだけであった。
 そして、黒い、黒い黒ずくめの男が、まだ未熟な魔女の前に現れた。
『成長したな。よもや私を召喚できるようになっていたとは』
 どこか誇らしげなこの世の底から響いてくるような声。
「な、なによ何しに来たわけ?」
 死神さえも恐れる、頭に大がつくほどの悪魔は、何も言わず、頭を下げる。
『すまなかった』
「……え…」
『悪魔という職業柄家族にも非情でなければならずおまえにも辛い思いをさせてきてしまったようだ。…その気持ちに気づいてやれず…』
「やめてよ、おとうさん大悪魔なんでしょ、頭なんて下げないでよ…仕事急がしかったんでしょ」

 ……………。

 それを見ていた死神。それから先の、その親子の情景に、彼は不要だった。

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 名は死神、遠谷希生。階級、巡査。
 彼は今夜も夜の世界を歩く。


16 :akiyuki :2007/07/24(火) 19:54:05 ID:VJsFrmQG

十三



 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
 どこまでも赤く、どこまでも眩しい日の下。
 いまだ地の淵に沈まぬ太陽と、白く霞む月の下。
 二つの空主がある

  
 夕方。
 

 学校の帰り道、一人で帰る一人の少年。
 小さな世界を赤く赤く染める夕日を背中にかの少年は歩き続ける。

 少年の帰り道、一人で立つ一人の彼女。
 群青の袴に真白の稽古着。その額には赤く赤いハチマキが結ばれる。
 そして、驚くべきは、その背に、白い、鳥のような、否、天使のような巨大な翼が生えている。

 少年は気づいていない。たったさっきまで何もいなかった場所に、空からでも降ってきたように現れた彼女の姿を。彼女の左手に構えられる一張の弓、右手に握られる二本の矢。それらが自分を射抜くために準備されたものであることも、彼女が少年を射抜こうとしていることも。

 りん

 なにも音のない空間に、鈴の音が響いた。
 矢をつがえ、引き絞る。
 そこで動きが固まる。
 その形は美しく、その姿は凛々しい。
 距離、三十メートル。
 集中。
 ………。
 少年は歩く。
 ……。
 緊張の糸もが張り詰める。
 …。
 力を込めた指先が、わずかに開く。 


 しゅばっ

 そして
 矢は、風を一瞬斬り、二瞬目を待たず、貫いた。

 
 突然の非日常が彼を襲った。
 誰が予期しよう、突然、背中に羽根の生えた道着の女性に矢で射抜かれるなど。





 少年は気付かない。矢は、少年の学生服ごと破りぬけんばかりの勢いで陥没したが、何事もなかったように歩き続ける。背に刺さった矢も、いつの間にか消えている。少年はいつもと変わりない一日の終焉とともに去っていった。

 見えなくなるまで硬直していた彼女の、張り詰めた緊張の糸がはじけるように、息を大きく吐き、弓道者は右手に余る一本の矢をみつめ、呟く。
「よし、後はこっちの矢を……」




「あの、すみません」


 突然、完全に、そこにいた。シルクハット、下駄、黒い半纏、大鎌。
 赤い光に照らされて怪人は突然彼女の背後にいた。
 振り返った彼女に
「こんにちは」
 と彼は言う。
「こんにちは」
 彼女は普通に返した。
「申し遅れました、日本国冥府所属死神公社交通三課遠谷希生巡査といいます。えーと。職務質問させてもらってよろしいですか?」
「あ、はいはい」
 そこで彼女は構えた弓矢をおろす。
「何してたんですか?」
 その問いを待っていたかのようににっこりと笑う。
「至極当然お仕事です」

 そして彼女は懐から名刺を取り出した。

 天空公社 天使  営業十七課  結城願恵( ゆうきねがえ)

「天使?」
「申し遅れました、わたくし 日本国冥府所属天空公社営業十七課、結城願恵と申します。天界により運命られた男女をこの二本の愛の天使の矢で打ち抜き結びつき仲むつまじき生活をおくれるように見守るのが職務です」
「変わったお仕事ですね」
「あら、死神というのもなかなかに結構に変わっていませんか?」
「それは、……そうですね」
 そうして談笑する二つの影があった。


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 夜が始まる少し前の時間帯。


17 :akiyuki :2007/07/24(火) 19:54:22 ID:VJsFrmQG




  暗転




 


18 :akiyuki :2007/08/09(木) 00:56:39 ID:VJsFrmQG

十四・序



 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。
 
 とある日のとある夜。
 とある町のとある街。
 窓から差し込む白い光に照らされる一枚の絵があった。
 森の中を描いたそれは、まるでその向こう側にもう一つの世界があるように見せる技術と、魔力があった。
 そして、その森林の中心にそれは創られていた。
 黒く大きい。
 それ以外の表現を一切受け付けない肉の塊があった。
 林野を駆け巡るその者の、哀れな末路が、それのみが描かれていた。
 それの雄姿も、青春も、誕生も、躍動も、生命も、何もなかった。
 
 死。
 
 それだけが生命感あふれる森の絵の中心にあった。
 それは屍体の画だった。
 骨格から四足動物である事がわかる。しかしどの様な動物とも形を似さない異形の生物。体を覆う体毛が黒く血塗れる。その虚ろな瞳は正面観覧者を嫉むように見つめる。
 今、たった今命が切れた瞬間を描写したかのような、その画の題名は

『覚ったものの末路』

「さて、眠木廻(ねむりぎめぐり)
 彼女は突然、絵に向かって話しかけた。正確には、その絵に描かれた生物だったものの画に、語りかけた。
「君は確か、『サトリ』という妖怪だったね」
 画は、答えない。
「そう、人の心を見て、人の想いを聞く。山に住み人を喰らい生きる純然たる異形中の異形。……そして言うならば君はその中の異形だった。かな?」
 彼女は自信たっぷりに言った。いや、それは自信どころか、確信とでもいうような、絶対的な眼力を秘めた目をして…。
 見た目は二十代後半、痩せた外見を包む灰色に黒の縞の入った地味なスーツ。二百数十年の時を刻む肉体と精神。この世の全てにそぐわぬ雰囲気のみがそこにあり、窓際に立つその姿、妖しさは人外のそれである。左手を腰にあて右手には、メスが握られていた。
「君は生まれつき話すことが出来ない障害を持っていたせいで精神の語り部たる存在にはなれなかった。そのせいで仲間たちからははじきものにされ、人々にはその奇蹟を誇示する事もできず、ただひっそりと、ただ怠惰に人生を送ってきた。……いや、別に君の苦しみが無駄だったといっているのではない。ただ私は結果の出ない行動に意義を見出せない人間でね………」
 彼女の右手に握られた薄い刃物は、赤く染まっていた。
「さて、そこで君の人生に転機が訪れる。そう、私との出会いだ。私は君に言った。君にはまだ表現の方法はいくらでもある。その爪、その牙、その身体。うなり声すら必要ない。他人の心を感じる必要は無い。君の心を人にわからせてやれ。と。……そして君はそれまでの心の苦しさを吐き出し全てに怒りを撒き散らす『人狩り』になり、……三十九人を殺したところで、死神に殺された」
 窓の外からの光と、絵の中の木漏れ日、双方に照らされ眠木廻だったものの画は、その声に耳を傾ける。
「……過去三度の邂逅で、君はいつも何かに自分を刻んでいた。私は、その生きる姿を観察させてもらったよ。結局君は寿命以前に死んでしまったが、私は満足しているよ。礼を言わせて貰う」

 ありがとう。

 彼女は、子供のように、研究者のように、犯罪者のように、笑った。
「ここで疑問がある」
 いつかのように、廻は答える事はない。
「君は私と出会ったことで間違いなく不幸になった。それは断言する。ならば、しかし、私と出会わなければ、君は果たして幸福になれたのだろうか?」
 誰も何も答えない。
「生き延びることが幸福の前提なら君は幸せに単なる生物としてそれなりの幸せを得ていたはずだ。しかし、それはあくまで前提であり、君が幸せになりえたかと言えば…」
 彼女は、子供のように、研究者のように、犯罪者のように、笑った。
「君は不幸になっていた。間違いなくね。私と君が出会わなければなどという仮定法は存在しない」
 彼女は続ける。
「聞いてくれるかい?私は、何年も、何十年も、百何十年も、二百何十年も生きておきながら、確信できた事は唯の二つだ。それはね、『人は出会う』『死ぬ時は死ぬ』それだけなんだよ。結局のところ、そう思えるだけで何の根拠もない、ただそれだけの事しかわからない……いやはや、全てを知るには、人の世は短すぎる」
 そう、それだけだ。
 それは自嘲と呼ぶにも冷静すぎる客観的な物言いで。

「……此所で一人の少年が登場する。彼は普通のどこにでもはそういない優しい少年だった。どこにでもはそういない強さもあった。そしてそのせいで死を迎えていた。……、しかしここで、私は彼と出会った。死を迎えつつある彼を見て、私はふと思った。このまま死なせるのももったいない。……そして私は好奇心で、いたずら心で、死神から彼を取り上げた。……結果、彼は今も予定にない人生を生きている。そう、死んでいるのに、生きている人間を、この愚人は作り上げたのだよ。全く、偶院兄弟以来の大傑作だ」
 
 
 すると、彼女は、そこで諦めにも近い表情を作る
「しかし、彼もやはり、私の確信どうり、死ぬのだろう。きっと、彼らに出会うのだから」

 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。
 そこには、絵画が列を作って並んでいた。ありとあらゆる妖怪が苦悶の表情を並べ、彼女を囲む。眠木廻しかり、その他百数多の異形どもが口を歪めて、蠢く。
 妖怪画。
 彼女の作品はそう呼ばれる。




 彼女は、その月読の命のおわす土地を見上げ、自分に向かい呟く。
「死ぬべきものは、死神に出会う」


 そして、彼女の背後、玄関に、一人の彼が立っていた。
 まだ年若い青年は闇にそのまま融けていってしまうような黒のみが在る喪服、そしてその背をさらに黒い半纏で包み、その左手に一振りの日本刀を下げ、右手には証明書を掲げる。
『日本国冥府 死神 葬査一課 遠谷希生警部補』
 そう書かれていた。

 彼女の名は、陸奥六子という。

 


19 :akiyuki :2007/08/09(木) 01:03:40 ID:VJsFrmQG

十四・中



 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。



 いつからだろう?
『人狩り』は考える。
 自分が殺人を犯し始めたのは?
 しかし思い出せないので考えるのをやめた。

 
 なぜだろう。
『人狩り』は考える。
 なぜ意味もなく僕は人を傷つけるのか?
 しかし最初から意味がない事を思い出したので考えるのをやめた。


 呻く。
『人狩り』は思い出そうとする。
 自分が自分で亡くなってしまった日を。
 初めて殺人を、この世でもっとも憎むべきと思っていた殺人者になった夜を。
 しかし、その辺りの記憶は、もうぼやけていた。
 自分から、忘れようとしたのかもしれない。


 足元には人が一人倒れている。。
 彼の足元に倒れるそれは、なぜ自分がこんなところにいるのかもわかることなく寝息をたてて眠り続く。


 歯をくいしばる。
『人狩り』は想い出す
 なぜ僕は死ななかったんだ。
 こうなってしまう前に。



「ん……」
 彼女は目を覚ます。
 そして今その少女は自分が見知らぬ土地、それも人気も皆無な採石場のような砂原にいる事を知り、よく見知った『彼』が自分を見下ろしていることに気付く
「あれ?真藤く…」
 彼女が全てを発声し終えることはなかった。
 発声器官たる喉をあまりにも強力に掴まれていた。

「う…や、やめ…」
 少女は混乱する。学校からの帰り道。突然意識を失い、気がつけば知らない場所で首を絞められている。しかもその相手が自分が知る中でもっともそんなことをするはずがないと思っていた平和主義者…


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。
 月の光が『彼』を照らす。


 どこにでもある学生服。そして、どこにもない真黒の半纏。
 しかし、『彼』は『彼』ではなかった。人でもないし死神でもない。
 ただの、『人狩り』


「………」
 その手は、確実に命を奪う強さで暴力を働きながら、その手は、躊躇し、拒絶するように震えてもいた




 やめてくれ。
 『人狩り』は叫ぶ。自分自身に。
 僕は誰も殺したくなんかない。
 しかし彼の身体は、もう彼のものではない。


 もう、『彼』が『彼』である時間は終わっていた。


 そして、『人狩り』が、『人狩り』を開始した。




「気付いているかな?君はもう死んでいる。………そう、ここで君は終わりだ。…君の魂はここで朽ち果て、君の全ては消失する。……ん、何をそんなに恐れている?君は死ぬのがイヤなのかい?……そうか、ならば力を貸してあげよう。『これ』は…君にならば、上手く同化してくれる事だろう。死に限りなく近付き、死を垣間見た君にならば。…光栄に思うがいい。君は、選ばれたのだ。人と言う本質は失なうことになるが、元々死に行く運命だった君にとって瑣末な事だろ?変わりに私に君の必死に生きる、生きている瞬間を見せてくれ。・・・私の予想が正しければ、君はこれから先、幾度となく死を体現する事になるだろう。君自身が、望まなくともそれは確実にやって来る。そして、君になら見える筈だ、理解出来る筈だ。その死の先にある物が何なのかを。君には、素質がある。…『彼ら』に対抗できる素質が。願わくば、私の実験が上手く行く事を祈っている。今度、出会う時を楽しみに…」


 かつて誰かが自分に言った言葉。……しかし、もう誰だったかも思い出せない。
 死の体現は行われる。


「いやああああああああああああ」










 彼は涙を流しながら人を喰らう。
 生きるものを取り込まねば保てぬその形。
 あの日、友達を庇い死んでしまった自分の前に現れたスーツ姿の女性。
 彼女は自分に『何か』をした。それが何かは思い出せない。しかし、ふたたび目覚めた時、彼は人を襲い喰らわなければ生きられぬ存在となっていた。
 夜毎で歩いては、人を連れ去り、殺し、喰う。

 なぜなのだろう。
 わからない。どうしても憎くて、憎くて、殺したくて、それだけでも足りなくて……。
 

 

 どこまでも遠くどこまでも白い月の下
 月の光は再び『人狩り』を照らす。
 上半身を返り血に濡らし、口に臓物を咥え、その表情中に涙を垂らす一匹の魔物を。
 人害と化した人外。

 彼には名がある。真藤夏彦という彼のための名が。
 彼には家族がある。母と妹、飼っている犬。父は早くに死んだ。
 彼には住む家がある。町外れの郊外にある小さなアパート。
 彼には戸籍がある。この街の住人である。
 彼には着る制服がある。夜間外出禁止で、誰もそんな校則を守ってない高校の。
 彼には通う学校がある。全校生徒千二百四十二人
 彼には隣の席の友がいる。宗我部さんという転校生の女の子。とても可愛い。
 彼には育てている花がある。園芸部に所属している。
 彼には呼吸がある。肺にたまる酸素を吸い、二酸化炭素を排出する。
 彼には拍動がある。その心臓は他の誰よりも力強く収縮する。
 彼には血液がある。赤く赤い、赤色の液体が。
 彼には感情がある。誰よりも優しく、誰よりも強く。

 そして彼には………、生命がない。



 しかし、
『人狩り』は知っている。
 彼の背後、シルクハットに下駄。今の彼と同じ黒い半纏を背負いその手には人界ならざる大鎌を携える彼のことを。
 『人狩り』を狩る彼らのことを。
 生命なき者をも殺す者。

 いつの日か、目の前で友達を殺したあいつらを。





 死ぬべき者の前に、死神は現れる。

 

 その死神の名は遠谷希生、階級は巡査
 その魔物の名は真藤夏彦(しんどうなつひこ)という。


20 :akiyuki :2007/08/09(木) 01:10:05 ID:VJsFrmQG

十四・前


 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 つい、三時間前のことだった。
「ん。じゃあ、真藤君は進学はしないのかい?」
 彼女はその独特な一呼吸おいての喋り方で、彼に聞いた。
「う、うん。そうなんだ」
 真藤夏彦は奇妙に詰まりながら、何とか答える。
「僕、父さんが早くに死んで、これまでずっと母さんに苦労させてきてさ、…妹がこれから高校に入って僕も大学にいくのは…きびしいから、」
 二人はゆっくりと歩きながら、若者のような会話をする。実際彼らの容姿はそれに合う。
 裾や襟が緑色のセーラー服に身を包んだ前髪の異様に長い、後ろ髪の奇妙に短い彼女。
 これ以上特徴は見つけようがない一般的な詰襟の少年。

 彼女は再び質問する。
「ん、経済面の問題なら奨学金という手もあると思うけど…」
「僕そんなに頭良くないから…」
 まだ、夕方。
「……それに母さんに楽して欲しいし…」
「ん。そうか」
 彼女はうつむく。
 少年は慌てて、
「あ、ごめんね。つまらない話して」
 彼女は突然顔を上げる。
「ん、つまらなくはないよ」
 目が合う。
 同じ十八歳とは思えぬほどに大人びた彼女の顔。
 それに見つめられ思わず顔を背ける。
「……どうかしたかい?」
「い、いや…」
「ん、真藤君」
「は、はい」
 彼女は顔をしかめて
「……君は私と顔を合わせるのが嫌いなのかい?」
 少年は慌てて否定する。
「ん、しかし顔をあわせるたびに君は顔色を変える」
 ある意味正解。
「ん、言ってくれればもう君に話しかけたりしないしもし君が学級委員の義務として友達になってくれているのなら…かまわないのだよ?」
「そ、そんなことないよ」
 一生懸命に否定してくれる彼を見て、少し嬉しそうに
「ん。……そうか、ありがとう。ここに転校して一番良かったのは君とであったことだよ」
 臆面もなく言う。
 少年は、赤面し、そして、時間に気付き慌てて駆け出す。
「じゃ、じゃあ、僕バイトがあるから…宗我部さん、また明日!」
 彼は走って言った。
 それを見送りながら彼の、そして彼女の通う高校がバイト禁止なのを思い出し、忘れることにした。
 彼が見えなくなり、見上げると空には満月が見え始めていた。



 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。
 
 つい、二時間前のことだった。
 制服姿の彼女は、彼女の通う学校の屋上にいた。
 屋上の、国旗と校旗を吊るす柱の上に、町中を見下ろすように立っていた。
赤と緑のチェックのスカート。緑を基調としたセーラー。そして……先ほどまで、何も知らないクラスメイトと『帰るふり』をしていた時にはしていなかった鞄に隠していた黒い半纏。
 そして右手には五寸釘を握っていた。


「警視」
 一人の彼がそこにいた。
 シルクハットに下駄の、そして黒い半纏をした一人の彼が彼女の後方二十メートルのところに浮いていた。

「ん。その声は、遠谷か?」
「他にいますか?」
 そして、二人は、床に下りた。

 彼女と彼は屋上で向かい合う。

「ん、たしか今は『人狩り』を追っているんだったかな?」
「はい、四年前の眠木廻事件の時と状況が似ていますし、被害人数の数が尋常じゃありません。第一『人食い』はあんな食い散らかし方はしないはずです」
「ん。……サトリの廻か…」
「……そういえばあの時の『人狩り』を斬ったのは警視でしたね」
「ん、うん。そんなこともあったな。で、首尾は?」
 首を振る。
「駄目です。見つかりません」
「……かつての葬査一課期待の新星の力をもってしても見つからないとなると…今回の犯人はかなりやっかいなようだな。」
「警視、その言い方恥ずかしいですからやめてくださいよ」
「ん…不満か?」
「いや、不満って言うか…私の力なんて知れたものです…双葉宮咲貴を捕まえたのだって、悠楽先輩みたいなものですし………」
 この季節に、四年前にあの男が死んだこの季節に、彼はよくその話をした。
「……遠谷。もうそれを気にするのはやめたほうがいい。過去に囚われるのは楽かも知れない。だが、国軋はそれを嫌っただろうし、わたしも見ていて悲しい」
「……申し訳ありません」
「それにもし君がいなかったらあの悪党は今もどこかで何かをやらかしていたに違いない。君はアイツの正体を知っているかい?」
「え?知ってらっしゃるんですか?あれだけ秘密裏にされてたのに」
 話をそらすのは、彼女の特技の一つである。
「ん、彼女はな、人間だ」
「……」
「……」
「……え?その続きは?」
「ん、ない」
「ちょっと、待ってくださいよ、なんでただの人間が二百年も生きたり死神を殺せたりするんですか」
「ん、わからない。ほんとうのところ、あの女は正体がわからない。一番古い記録では二百十九年前、群馬の山村で疫病にかかった人々を助けた仙人として残っている。しかしその病を流行らせたのも彼女らしいがな。そのあと世界中を歩き回っている。革命を起こさせたり悲劇にハッピーエンドを用意したり死体をつなぎ合わせ人造人間をも作り上げたという噂だ。つい最近ではマンハッタン計画に参加していたとも言われ、かの偶院兄弟を養子にして育ててもいたらしい」
「偶院って、あの『二人テロ集団』をですか?」
 それまでの経歴もなかなかだが、その情報はもっとも驚愕にふさわしい。
 殺人鬼 偶院刹那(ぐういんせつな) 殺神鬼 偶院永久(ぐういんえいきゅう)
 この二人を知らない死神はいない。
「そして四年前まで陸奥六子の名で画家として社会に紛れ込んでいた」
「とんでもないやつですね、本当に人間ですか?」
「ん。それが人間なんだ。第一級の魔女であることはわかるがどうやってあれだけの力を手に入れたのかはわからない。なぜ彼女はそうまで逸脱していたのか?死神公社、天空公社、それに怪人同盟、AGI、国連特捜室、あらゆる機関が調べてはいるがその素性、目的、さっぱりわからない」
 首を傾げる彼女をみながら、彼は思いを巡らせる。
 彼は、遠谷希生は知っている。あの女は言った。
『命あるものは生きるために他人から奪い、命なきものは己の無への帰還を畏れ人にしがみつき、そのどちらでもない私はただ己のために、己の頭脳にあらんかぎりの知識と経験を詰め込むために命をもてあそぶ』と。彼女は何かを知っていた。きっと、誰も想像すらしない生命の禁忌について、そして、それを掴みかけていたからこそ、死神の絶命さえ可能だったのでは?









 彼には知りたくもない事ではあるが。


「ん。で、私達は今双葉宮咲貴の遺産ともいえる実験体の処理を行っているわけだな」
 そういうことである。家宅捜索の末、彼女はここ十年で人に対して人体実験を行っていた事がわかった。そしてその成功例ともいえる怪人と化した人々は今も日本のどこかに潜伏しているらしい。
「ん、この学校の生徒に、その双葉宮に接触をもった人間がいるらしい」
「潜入葬査ですか」
「残念ながら葬査一課で高校生にみえるほど低年齢なのは私だけでな」
「……う〜〜〜ん」
「ん、そのそれでも無理がありますね、といった表情はなにかな?」
「いえ」


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 つい一時間前のことだった。
 それから一時間が経過した今も、彼女と彼はそこにいた。
「ん。それで、真藤君という友達ができたが、彼は進学をしないんだ。先生からも勧められるだけの学力はあるのだが、どうもまるで自分は進学してはいけない、というような感で拒むのが気になってな。さっきまで話を聞いていた」
「どうなりました?」
「ん、はぐらかされた」
「警視を口でまるめこむなんて、その方もなかなかにやりますね」
「そうか、君は私が普段から私が舌先三寸で人と接していると思っていたのか」
「いじめないでくださいよ。さて、ではそろそろ行きます」
「ん、気をつけてな」
「お互いに」

 彼は黒い半纏を翻し、屋上から、飛び降りた。
 見送り、彼女は学校で眠る。
 星を見上げ、そういえば、なぜ彼が来たのか? に思いを張り巡らせた。



 後悔は、後からやってくる。







 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 つい、三分前のことだった。
 砂浜に彼女はいた。緑色の服の上に黒い半纏を背負い、その右手には数多の人外どもを滅してきた釘が一本。スナに埋め尽くされた地面に踏み込めば、音が変わる。

 ずさ、ずさ、

 足音を隠すことなく彼女は近づく。

 一人の彼が立っていた。
 赤く赤い、斑点の黒い半纏。
 その足元には彼の、そして殉職した彼の先輩のトレードマークだったシルクハットが落ちている。
 そして、彼の目線と思われる位置に、彼女と同じ制服を着た少女が腹に空洞を開けて落ちていた。
「ん。……君は嘘をついていたんだな」
 彼は答えない。
 彼は答えない。
 彼女は、見た。いつも見かける大鎌が、柄を真っ二つに折られ、今彼女のいる位置に転がっている。
「ん。本当は、私に援軍を頼みに来たのだろう? 『人狩り』が、私の追う双葉宮咲貴の残党と同一人物だという事を知って…」
 その横には、遠谷希生の左腕が落ちていた。
「ん、しかし、『人狩り』が私の友人になった子だということを知って、私に気を遣ったのだな」
 彼は答えない。
 彼は動かない。
「ん。本当は知っていた。真藤君が話してくれたことがある。川でおぼれて死に掛けた時、誰かが助けてくれたという……ことを。そして、よくよく考えれば、私が、死神が見えるほどの霊力がある時点で、彼のことは疑っているべきだった……」
 彼は動かない。
 その黒い半纏は、腹に開いた空洞から流れ落ちる血液で赤く染まる。

 死神が、死んでいた。

 彼女は、呼吸を整える。
 怒るな、悲しむな、
 落ち着け、
 冷静になれ。

 …………。

 携帯電話を取り出す。

「、ん、香川君か。例の怪人が見つかった。『人狩り』だ。うん、交通課の追っていたのと同一犯だとわかった。死神一人を殺害して逃走。私もこれから追う。ここの現場の処理を頼む」


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。
 事務的な通話が終わると、彼女は走り始めた。
 

 彼女の名は、宗我部九派という。
 
 


21 :akiyuki :2007/08/09(木) 01:18:34 ID:VJsFrmQG

十四・後



 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 真藤夏彦は空を見上げた。
 ふと、昔を思い出す。 
 初めて出来た友達は誰にも見えなかった。そこにいるのに、そこに見えるのに、誰も彼も彼の妄言だと受け取った。
 まだ、自分に人に見えないものが見えることを知らなかったころの話だ。



 その友達はいつも何かに怯えていた。
 なにか判然としないものに恐怖していた。
 尋ねても曖昧な返事しか返ってこない。
 奴らが来る。それだけしかわからなかった。


 そして奴らは来た。それぞれ思い思いの服装の上に黒い、そこのない黒さの衣装を着たそいつらが。
 そして、奴らは友達を消した。


 それからも、彼は色々なものを見てきた、
 彼らは一つとして同じものはなく、闇に潜んでいる。人にまぎれて生きるもの、人と交わることなく生きるもの。そしてその中には人の存在を脅かそうとするものさえいた。
 しかし彼は知っていた。そこには何かしらのルールがあり、彼らは本能の限り暴れたりなどはしない。と。
 そして、しかしそれを守らぬもの、たとえば、彼の始めての友、そんなもの達の前には、奴らの姿があることを。
 
 法で裁けぬ者の前に、死神は現れる。

 そして、彼は、真藤夏彦は自分がそれであることくらいは知っていた。



 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

「ん、君ももう知っているように、私は君を狩りにきたんだ」
 今まで黙っていてすまないね。彼女はそう付け加えた。
 彼女は宗我部九派。今、彼、真藤夏彦の最も好きな女性。
 恐らく初めて恋というものを理解させてくれたひと。
 そして、その彼女を、今、彼は押し倒していた。

 彼の右手は彼女の武器らしき五寸釘をもつ左手を、彼の左手は彼女の額を掴み、めきめきと音をいわせている。警戒すべき彼女の利き腕の右手は先ほどの戦闘でずたずたになっているので気にはしていない。
 とある高層マンションの屋上。
 二つの人外の、廻り合った場所。


 初めて彼女に逢ったのは、三ヶ月前。一人校門前の広場でたたずむ彼女に声をかけた。
 彼女は最初声をかけられたことに驚いていた。
 当たり前の反応だったが、彼には違和感が感じられた。彼女は、声をかけられて驚いたのでなく、自分の存在に気付かれたことに驚いていたのだから。
 最初から彼女が普通の人間ではない事はわかっていた。………。
 なぜなら、その時の彼女は制服の上に黒い半纏をきて、その手には何故か、藁人形にでも打ち込むような長い釘と金槌を握っていたから。
 そう、自分の友を殺して消えたあの死神と同じような雰囲気で、座っていたから。
 遂にきた。自分を殺すものが、とめるものが。
 そう思った。
 しかし彼女はそうじゃなかった。結局、今日のさっきまで、彼は彼女に正体を本性を知られることはなかった。

 死ぬべき化け物の前に死神は現れた。友達として。

「うう、」
 彼は呻いた。いくら放そうとしても身体が言う事を利かない。まるで何者かに乗っ取られたかのように彼の身体は『人狩り』しか行わない。
「、ん、まさかこんなに強いとは思わなかったよ」
 彼女は平然と、身体の自由を奪われ頭を握り潰されかけているというのに、自分の手で覆い隠しているので見えないが、恐らくはいつものように淡々とした表情で言っているに違いないせりふを吐く。
「ん。君がさっきまで戦ってた相手は遠谷と言って私の知る死神の中でも随一の戦闘力を持っていてね、もともとが『人』だから情があることを差し引いても最強クラスの実力者なんだ。何しろかの悪賊偶院の末妹を仕留めた国軋悠楽の相棒まで勤めた男だ。………とはいっても君にはあまり関係のないエピソードかな?」
「宗我部さん。なんでそんなに冷静なの?」
 やっと声を搾り出す。これ異常ないほどに震える。
「そうだね。…私はそういう風にならなくちゃいけなかったからかな」
「……そういう?」
「ん、私はこの世の安定のために組織されたある団体の、特に犯罪妖怪を殲滅するために組織された部署にいてね、多くの人も、ヒトでない人も殺してきた。……きっと君よりも多くのヒトを殺してきたよ……その死神の名に恥じぬほどにね」
 簡単に、言ってのけた。
「君のことも殺すつもりで追ってきた。だから、殺されるかもしれないことも充分承知している」

『人狩り』は、真藤夏彦は考える。
 自分は彼女を殺すのか?
 答えは、考えるまでもない。

『人狩り』が殺さない。そんなことあるか?今まであったか?
 彼は思い出していた。自分が死んで自分じゃないものが身体の中に住み着いて以来、月とともに現れる怪物が何をしてきたのか。

 ついさっきも人を一人殺して自分を止めようとした謎の男性と戦ってきたところなのに。そして現れた彼女に話しかけるより先にその爪を体に食い込ませたのに。


 左手に入る力が増す。

「君はいつからそうなんだい?」
 彼女の問いが何を言いたいのかはよくわかった。何から言おう、そう考えて、こう切り出すのが一番わかりやすいような気がした。
「僕は死神に殺された事がある」
 彼女の身体が、ピクリとうごめき、初めて動揺したのがわかった。
「僕には友達がいた。初めて出来た、大事な友達。…妖怪だったけど、僕には優しかった。名前は、廻。…」
 彼女の身体が震えていた。
「なにか悪い事をして逃げているところで遭ったんだ。…廻は喋る事が出来なかったけど、僕には何を言いたいのかはよくわかった。…波長があったってことらしいけど」
「それで、死神って人たちがやってきて、廻は殺された。……目の前で」
 息を一息つく。
「庇おうとして、僕も殺された」
「……知っている」
「それで死に掛けてたら、スーツを着た女の人が、助けてくれた」
「……双葉宮咲貴か」

「そっか、そういえばそんな名前だった」
 思い出した。双葉宮咲貴だ。自分をこうしてしまった張本人。もう、それから一度も合いにはこない。もしかしたら、今の自分のように死神たちにねらわれたのかもしれない。

「……業か」
 彼女は泣いていた。
「どうしたの?」
「……眠木廻を斬ったのは私だ」
「……え?」
「あの時、君を斬ったのも私だ。当時『人狩り』には殲滅指令が出ていた。眷属郎党含めて、抹殺することを命じられていた」
「……そっか」
「……。君も斬ったはずなのに、双葉宮咲貴が君を持っていったのだな。だから私は、あの後どうしても斬った君を見つけられなくて、最初から斬ってなんていないのだと思うことにした」
「……そっか」
 不思議と怒りは浮かばなかった。
 そういうものなしで殺せる存在になっていたから……。
「……すまない」
「べつに怒ってないよ…それに謝るのは僕だ。…僕は君を殺すんだから…」
「ん、そうじゃない」
「え?……」
「私は、君に隠している事がある」
「なに?」
「君が私のことを好意的に思っていたこと、知っていた」
「な、何をいきな…」
 最後まで言う事は出来なかった。
 彼の脳天に、『それ』が突き刺さった。



 できれば、殺して欲しかった。
 自分で止めるほど、自殺するほどの勇気はなかったから
 誰かにとめて欲しかった。
 あのときの廻のように。自分を失って人を殺しまわっていた友のように、
 けれども、自分は結局死神を殺した。殺し返した。
 やっぱり、死にたくなかった。家族の事が目に浮かんだ。
 宗我部九派にあいたかった。
 まだ、人間として生きていられる時間があるから、生きていたかったから、逃げて、
そして、彼女が目の前に現れ、もう駄目なのだという事を悟った。


 そして、気がついたら、好きな人を殺す準備が終わっていた。後はこのまま頭を握りつぶしはらわたを引きずり出すだけでまた終わる…………………………。



 
















































































 はずなのに。



「真藤夏彦、殺人、食人、公務執行妨害の罪で処刑します」
 『彼』は、『人狩り』の頭に突き刺した柄の折れた鎌に力を込めた。 
 シルクハットも下駄もなかった。
 左腕も腎臓もない。腹に開いた空洞は、確かに存在した。
 しかし右手に刃を構え、彼はそこにいる。
「るううああらああああああああああああああああああああ」 

 『人狩り』の首が飛んだ。




 どこかの地方都市、そびえたつビルの屋上。一人の彼と一人の彼女がいた。お互いに血まみれで、死まみれで、彼は立って立ち尽くして地面を見下ろし彼女は座って座り込んで空を見上げていた。
 彼女は自分を起こしてくれた彼に向かいため息をつく。
「ん。まさか君が犯人を取り逃がすとは思いもしなかったよ」
「すみません。彼が、黒い半纏に身を包んでいるのに、一瞬惑わされたんです」
「ん、どうやら双葉宮咲貴め、人を死神にする技術を開発していたらしいな」
「……なんですか?それ」
「私と君を相手にここまでやりあう力。それにあの半纏。死神でなければなんだという?あいつに殺された死神は十二人いるが、少しずつ身体に足りない部分がある。おそらくは研究部の仮説どうり死神を人体に移植する実験をしていたのだろう」
「なんですかそれは?拒絶反応の問題でそれは不可能でしょ」
「ん。それが問題にならないほどに天才だったという事だろうな……それと、」
 彼女の聞きたい事は痛いくらいにわかった。
「……残念ながら葬査二課、藤邑巡査部長は、亡くなられました」
 彼女は思い出す。彼女の同行相手として派遣された新採用されたばかりの少女を。
 いつも彼女にくっついていた。
 遠谷が現れた時、すでに死んでいた、死神。
 きっと真藤、彼のことも少しも疑ってなかっただろうゆえに連れ去られ抵抗する間もなく喰われた新米刑事。
「、そうか」
 彼女はゆっくりと立ち上がり、
「ん、君の方こそ大丈夫か?」
「ん? ああ、腕斬られちゃいました。これ労災降りますかねえ?」
「ん、さあ、な」
 適当に答え足を引きずる。その視線の先には……彼女の友達だった、『人狩り』だった、一人の少年の首から上が落ちていた。
 首の前に座り込み、何とか石の利く左手で抱え上げる。
「……真藤君、すまない。私は、君がそうなってしまった原因を作ってしまった一人だ。なのに、私は君に殺されるわけにはいかないんだ。この世にいる人を喰らう事でしか生きられない者達は、殺さなければならない。それが大勢を生き残らせる方法だから。人を喰らう事態は多くの場所で行われている。……けれど、君はそれを大きく越えていたから、我々には、これ以外の方法がなかったから…。私は正義の味方でも法の番人でもないから…ただの、死神だから………」
 彼女は、真藤夏彦に語りかける。そう、それは真藤夏彦だ。『母さんに楽させてあげたい』。そういっていた真藤夏彦だ。名も家族も住む家も戸籍も制服も学校も友達も呼吸も拍動も血液も感情もあった、真藤夏彦だ。彼女が二度殺した真藤夏彦だ。
「………」
 彼女は沈黙する。
「警視……」
 彼も、沈痛な面持ちで、そこに立ち尽くす以外の術は、…知らない。


 彼女は、呼吸を整える。
 怒るな、悲しむな、
 落ち着け、
 冷静になれ。
「さあ、夜が終わる前に処理を済ませよう」
「もう今日は帰られたらいかがですか?」
「、ん、君はそんなことをいっていたら税金ドロと蔑まれるぞ」
 いつものように、彼女は人を食ったような喋り方をする。話をそぐらかすのは、彼女の得技だから。

「まだ、十一人、死神を移植された人間がいるということじゃないか。いますぐ交通忌動隊に連絡。早期殲滅を図る」
「……行くのですか?」
「、ん、それが私の仕事だ」

 死神に安息はない。 
 この世に生ある限り死も絶えることはないから。





 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。

 今日も死ぬべき者の前に死神は現れる。
 その死神の名は遠谷希生。階級は巡査。
 その死神の名は宗我部九派。階級は警視。


22 :akiyuki :2007/08/09(木) 19:54:28 ID:VJsFrmQG

十五・上


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 空が生み出す風のうねり。
 海が生み出す波のしぶき。
 人が生み出す偽のひかり。

 とある街のとある港。
 倉庫立ち並ぶ夜闇の住まう一画。

 人の気配は皆無。
 誰も彼もの侵入は許可されず、絶対的な硬直が支配する空間。


 誰かが、いる。
 誰か達が、いる。
 風が服の弛みを激しく打ち、波の破片が足元に飛び掛る。
 黒塗りの背景に一つ。頼りなく、しかしなによりも希望となる電燈の灯り。
 それが彼らを照らす。


 彼らが、いた。
 
 全員が全員、頭を剃り、口をへの字に結んでいる。
 全員が全員、深緑の和装に、夜だというのにサングラスを常備。
 全員が全員、屈強な体躯をし、その懐にはそれぞれの獲物を隠し持っている。
 全員が全員、目を凝らさねば見えない漆黒の半纏を背負い腕を組んで並ぶ。
 その数、五十。

 ……圧巻である。
 そのすさまじき外見、そしてそこからもれる威圧感。恐怖でなければなんだというのか?

 彼らは、その、対妖魔対危険因子殲滅戦隊『交通忌動隊』の名に恥じぬ圧倒的な存在を示して、海に向かって並んでいた。
 果たして彼らがこうも緊張して待つ相手は何なのか。



「あの、お尋ねしてよろしいでしょうか」

 突然、彼がいた。
 シルクハットに、下駄。そして、夜だというのにサングラス。その背には巨大な大鎌をのせ、やはり、彼らと同じく黒い半纏を背負う隻腕の奇人がいた。
「何者だ」
 突然尋ねられた和装の男の一人は、その洋装の男を一瞬いぶかしげに見て、そしてその男の正体を、彼自身がよく知っていることを知り、慌ててそれまでの硬直を振りほどき
「し、失礼しました」
 敬礼する。
「自分は交通忌動隊、第十七分隊所属、西条巡査部長であります。かの遠谷希生巡査殿とは知らず…」
「いや、別に構いませんよ。第一階級ではあなたのほうが偉いんですから」
「いえ、『死を裏切りし十二人』を発見、第一号を駆除した元葬査一課の遠谷希生巡査のことを尊敬しないものはいません」
「そうですか、ありがとうございます」
 ところで、そういって彼は首を伸ばし、巡査の後ろに並ぶ彼らを見やる。
「私、たったいま退院していきなり召集をかけられたんですが……。近辺の死神だけじゃなく忌動隊を三小隊も集めて、一体何があったんですか?」
「は、それは……」
 隊員は説明しようと息を吸い込み、


「ん、遠谷」
「お〜〜〜い、元気かーーー?ーーーー」
 遮られた。
 
 知っている声だった。
 彼と隊員は振り返る。

 薄明かりを背景に、
 真紅のライダースーツ。深緑のセーラー服。
 そして黒い半纏。
 紅月初女と、宗我部九派。
 彼女と彼女がそこにいた。

「あ、警部、それに警視。…お二人もいらしていたんですか」
「うわあ、遠谷。腕喰われたって噂ホントだったんだねえ」
「。ん、やっと退院か、実はあしたお見舞いに行こうと思っていたのだが、ほんとに先輩ともども間が悪いな」
 あまり心配してくれている感じではないが、長年の付き合いのある彼には、彼女たちがどちらかといえば彼の退院に安堵してくれている事がわかる。

「ところで何がおきているのですか?」
「え?うそ?知らない?遠谷新聞くらい読みなよ」
「、ん、紅月、新聞には載ってないよ。…なにしろ緊急来日だ。私も聞かされたのは三時間前だしな」
「誰かいらっしゃるんですか?」
「。ん。斉天大聖閣下が中国からいらっしゃるらしい」
「……マジですか」
「、ん、マジ」
「ねえ、遠谷、九っち。その斉天大聖ってどなた?」
「いや、中国古典に出てくる結構な有名人なんですけれどね。最近の人は知らないのでしょうか」
「ん、遠谷。君も最近の人だろう」
「まあ、それは置いといて。西条巡査部長」

「え? は、はい。なんでありましょうか」
 自分の役目は終わったと思っていた隊員は突然の質問に慌てた。
「中華人民崇神会のナンバー2が来るって割りに随分とお忍びですが…なにかあるんでしょうか?」
「申し訳ありませんが、自分にはその質問に答える事が出来ません」
「ま、そりゃそうですね。では私も自分の持ち場に付きます。話しかけたりしてこちらこそ申し訳ありませんでした」
「いえ、遠谷希生巡査は死神の鏡。お会いできて光栄です」
 そういって敬礼して見送る死神。

 彼を残し、三人の死神はそこから三百メートル離れた灯りのない暗い世界に移る。
「じゃあ、私は管轄違うんで向こう行きまーす。ばいびー」
「ん。紅月、二十七歳の喋り方じゃないぞそれ」
 紅い死神は無視して闇へと融けた。
「ん。遠谷」
 九派の声がした。
「はい?」
「紅月は行ったな?」
「ええ、気配も消えましたし、向こう側に行ったみたいですね」
「ん、いないな」
「ええ、どうかなさったんですか?」
 彼女の声が、いつもより、ほんの少し重くなる。
「……実は、斉天大聖閣下は、…命を狙われているらしいんだ」
「…なんですかそれ。そんな世界均衡を壊すようなことしようとしてんのは……」
「………」
 彼女は黙る。
 彼はそれを珍しい、と思った。彼の知る彼女は沈黙、などという反応は普通返さない人種だった。彼女が迷う、躊躇する。ということがないことは先の事件で立証済みだった。
 彼は、どういう反応をかえせばいいのか判らず、続きを待つ。
 数秒。
 彼女は言葉を継ぐため息を吸い込んだ。
「偶院永久が日本に戻ってきているらしい」
 告白。…数秒。
「あ、あの野郎がですか?」
 そして
「そ、それ紅月警部に言ったんですか?」
「、ん、言うわけないだろう。…だから紅月がいないか確認してもらったんじゃないか」
「……それもし警部が知ったら…」
「。ん、知らせるな。絶対に知らせるな。…紅月は娘の仇を目の前にして冷静でいられるほど出来ていない。何をするかわからん」
「…偶院は、なにか犯行声明文でも出したんですか」
「それは兄の趣味だ。弟はコトを起こしてから表明する」
「つまり我々はあれがコトを起こす前に捕まえるために集められたのですね」
「、ん、違う」
「はい?」
「。ん、我々、特に君と私は、紅月が偶院を先に見つけ殺すのを阻止するために呼ばれている」
「え?あいつ斬殺令状出てないんですか?」
「。人間には斬殺令状はだせないんだ。とりあえずは、まず紅月が彼の存在に気が付かないように探し出し、なおかつこちらが殺されないようにあの殺神鬼を逮捕し、最後には収容所に運ぶまでに情報を嗅ぎ付けた偶院刹那が弟を取り返しにきたら逆に捕まえる。というのが上の方々からのお達しだ」

「……無理難題だらけですね」
「、ん、仕方ない」

「それが我々の仕事」

二人は同時に同じ事を言った。


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 薄黒い空と闇色の海の間、その水平線に一隻の船影が浮かんだ。
 その一人の人物を運ぶ船が、ゆっくりと陸地に近づく。

 和装の男達、
 洋装の怪人、セーラー服の少女、ライダースーツの女。
 彼らがそれを迎え入れる準備に取り掛かったとき、
 彼らの目の前で、


 船は爆発した。


23 :akiyuki :2007/08/09(木) 20:00:59 ID:VJsFrmQG

十五・下


 紅月初女(あかつきはじめ)。この時点で二十七歳。女性。離婚歴あり。
 職業、死神。
 死神公社にて副総監直系の子孫。天才とよばれた逸材。とある複雑な事情により本家から離れ人界にて幼少を過ごす。そして、戦いの世界からは、逃れることのできた、幸せだったはずの子。
 その後同世代の人間と結婚、出産。おそらくは誰よりも目立たない、何の変化も起こりえない平凡で単調な幸せなときを過ごすはずだった。誰も彼女が死神の道を歩むなど考えなかった。

 長女、紅月旗女(あかつきはため)が殺害されるまで……。


 その直後彼女は甲種神級試験に合格、成績トップで死神公社に入社。
 交通一課に配属。通常銃器を持たない死神の歴史の中で『天才』たる犯人検挙率と『紅月』の家名の力でただ二人目、散弾銃の携帯を許可された赤い魔人。
 その幼い性格の内に秘める激情は紅く炎のように燃え盛る。
 紅月初女。
 ただ、娘の仇に出会うためだけに死神になった女。



 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
「ねえ遠谷。もし、もし四年前のあの日さ、私があの場所にいてさ、遠谷にむかってそんなことやめろって言ったらさ、……あんたやめてた?」
 彼女はいつもより、少し曇った口調で彼に質問する。
 真紅のライダースーツ。その上に羽織る黒い半纏。その右手に掲げられた散弾銃は標的に狙いを定めたまま少しも乱れない。彼女の背後にいる彼はあまりに断片的な詰問内容ながら、それが何を聞くのかよくわかる。

 四年前、上司を殺され激昂した彼は、犯人を殺した。
 彼女は聞く。もし、あの場所に、その時、彼が犯人を押さえつけその首筋に刃を添えた瞬間に、彼女がそこにいて、やめろとさけんだなら、……彼は、その行動をやめたか。
 
 それは…

「それは…」
「いいよ、答えなくて。やめられるはずが無い。……大切な人が殺されて、それも人間の一番最悪な奴に殺されて、黙っていられる奴なんかいないよ」
 どこか優しげな、そして彼女が普段みせない感情のこもった言葉だった。

「そこで、聞くけど」
 すなわち、殺意のこもった声が、宣告する。
「この私が、自分の娘殺されて、殺した奴が目の前にいるってのに…この引き金を引くのに躊躇うと思う?」

 だん………。

 銃弾は発射された。
 撒き散らされた銃弾は標的の胴体を打ち抜く。
「ッ?!」
 体の中に鉛弾を打ち込まれ『それ』は激しく暴れ狂い悶える。
 しかし、すでに喉を潰されている『それ』は叫ぶことが出来ない。
「もうやめるんです。紅月警部」
 彼は、代わりにとばかり叫んだ。
 シルクハットに一枚歯の下駄。黒い半纏をたなびかせその右腕に大鎌を構える。そしてそのきらめく刃は、彼女の首筋に添えられている。


 彼女の足元に転がる『それ』が、微動だにしても彼女は躊躇い無く撃った。命を奪わない程度にじわじわとなぶり続け、引き金を引く。もともと人型をしていたはずのその容姿は散々な銃撃によって原型をとどめているのは頭蓋と心肺のみ。それでも死なない『それ』に、彼女は一片の慈悲なしに次々と銃弾を放つ。いつ死んでもおかしくない。むしろ彼女は死なないように痛めつけているので、その気になれば『それ』はいつでもしんでおかしくない。
 『それ』の目の前にいるのは、死神なのだから。
「もうやめてください。そいつには逮捕令状しか出ていないんです」
 彼はなんとかして彼女を止めようとする。彼女が銃口を『それ』に向けるように彼もまたその大鎌を彼女の首に絡ませる。
 その腕を引きさえすれば彼女の首は飛ぶ。
 しかし、彼女にそれがどれほどの意味がある。

 この瞬間のために、彼女は生きてきたのだから…

「わかってるよ。こいつを殺しちゃだめなんだろ」
「ええ」
「そういう命令なんだよな」
「ええ」
「知ったことか!」
 さらに散弾は吐き出される。
「やめてください」
「やめない。やめさせたいなら私を殺しな」
「それこそこいつらの理論じゃないですか。死神が私心に駆られたら、一体誰が捌けると言うんです!?」
「そんなこと言える立場か」
 彼女は涙を流す。

 わかっている。
 自分が何をしているのか。
 
「なんで私にこいつが来ていること黙っていた」
「こうなることがわかってたからですよ」
「そりゃそうだろう…こいつは、みんな殺して殺したっていうのに、私達はこいつの命を保障しなけりゃならないんだぞ?そんな理不尽ないよ!遠谷、あんた我慢できた?」
 彼はできなかった。
 たしかに止める資格は無いのかもしれない。…………けれど、けれど。
「お前だってあの時思ったはずだ。殺したい。こいつは絶対に許せない。殺す。苦しめて殺してやるいや苦痛すらおこがましい一瞬で葬り去ってやる。そう思って双葉宮のこと斬ったんだろ!」
 さらに引き金は引かれようとして、



 


 止まる。


 いつの間にか、彼は彼女の背後から、目の前、彼女と、その殺神鬼の間に入るようにたっていた。そして、その右手に握られた大鎌を放し、銃身をがっしと掴む。
 シルクハットの彼は、その銃口を掴み、まっすぐ、自分の額に標準をむけた。
「放せよ…」
「……その前に聞いてくれますか?」

 ……沈黙が肯定を示す。

「警部。私はあの時確かにそう思いました。殺したくて殺したくて仕方ありませんでした。そうしたくて仕方がありませんでした。死神が守らなければいけない法を破ることに少しも罪悪感なんて感じませんでした。それほどに、それだけが私の心にありました」

「私はなぜ死神が存在するのか、それがわかりませんでした」

「でも今ならわかります」

 殺したい。なら、殺せ。

「負の感情は消せません」

 死神は死を齎す神。

「でも、それを吐き出すこと。他人に死を与えようとする者と、その思想と真っ向から対立するために、死を司るものがいるんです」

 死神は死と戦う神。

「私は死神です。……だから、放すわけにはいきません」
どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 それはどこともわからぬ森の中での出来事。
 肉片と隻腕の怪人、そして紅い女。
「斎条巡査部長ですか? 八十七番地区にて偶院永久らしき不審人物を拘束しました。今すぐ応援をよこしてください」

 『それ』は笑っていた。
 自分にとどめをさせない彼女のことを蔑むその笑いが、彼女には、もうどうでも良くなっていた。
 彼女の名は紅月旗女。階級は警部。

「斉天大聖孫悟空老師は無事だそうです……偶院。あなたの負けです」
 連絡を終えた彼はそう告げた。
『それ』はそれでもげひた笑いをやめなかった。
 彼は、もう視線を合わせようとはしなかった。


 彼の名は遠谷希生。階級は巡査。




 


24 :akiyuki :2007/08/09(木) 20:21:27 ID:VJsFrmQG


 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。


        一次会

 その小さな町の小さな路地の小さな居酒屋で、彼らは彼を待っていた。
「あいつまだ来ないのかよ」
 一人の彼が隣に座るスキンヘッドの彼に聞く。
 その彼もまた隣の彼に問う。
「二行。お前あいつとコンビだろ。どうしたんだよ」
 二行と呼ばれた壮年の男はオレンジジュースを一口飲み、
「ミーも知らない」
 そういって二口目に移行する。
「あ、二行、てめー乾杯の前に飲んでんじゃねー」
 自分はすでに顔を赤くする紫色のスーツの彼はふらついた足取りで和服の彼にくってかかる。
「そういうお主は何だ。……まあいい、」
 そして三口目。
 最初の彼に問われた丸頭の彼はその情景のあと、
「こういう感じで全然わかんね。あいつのことだから途中で未成年の補導でもやってんじゃねえのか?」
 最初の、金髪で耳に三つピアスを空けた彼は顔をしかめる。
「自分の昇進祝いと結婚祝いの夜にか?」
「そういう奴だ。とういうことで」
 そういって店の人間に向かい
「おねーさん、ビール二つ」
 愛想よく返事し奥へ入っていく若い娘を見送り、
「俺たちも飲もう」
 まったく、そう言って金髪の彼はその相棒の行動にため息を吐きながら、笑った。

    

       同時刻

「逮捕された、偶院永久についてだが」
 月の下。二人の女が歩いていた。
 一人は、緑に飾られた制服を着込む少女。
 もう一人は真紅のライダースーツに身を包む妙齢の女。
 二人は、同じように黒い半纏に身を包む。
 宗我部九派は紅月初女に語っていた。
「彼は、君の娘を殺した、というわけでもないようなんだよ」
「……は?」
「彼は、私達の仇敵、双葉宮咲貴によって改造された人間の一人でね。尋常ならざる力を与えられる代わりに、表現能力をほとんど奪われてしまったらしい」
「だから?」
「怒ったり、悲しんだり、何かを伝えようとしても、喋ろうとしても、すべて【笑う】という形でしか表現できなくなってしまっているという。君と出会った時、彼は何かを伝えたようとしたのかもしれない。しかし、彼は笑うことしかできない。泣いていたつもりなのかもしれない。なのに、いやらしく笑うことしかできないでいた」
「だから、可哀想だと思えっての? そいつに殺された私の娘は、可哀想じゃないわけかい?」
「そこから間違っている可能性もあるんだよ。偶院永久は、本当に君の娘を殺したのだろうか。私達は、彼が君の娘の死体を抱いて笑っていたところからしか目撃していないのだ。本当は、助けようと必死になっていたのかもしれない」
「だから、なんだっての? 私は容疑者を捕獲した。そして送検した! もう、それでいいじゃない……」
「ん、まあ彼には他にもテロリストとしての余罪がたっぷりとある。実刑は免れないさ。ただ、彼はね、抵抗を見せないそうだ。自分の罪を、認めているのだろう」
「だから、何なのさ」
「君は娘の仇を討ったんだ」
「……」
 そのときには、すでに元の表情に戻る彼女は、いつものように話をそぐらかす。
 そして、夜を見上げて、少女は言った。
「もう、幸せになってもいいと思うよ。これからは遠谷初女警部。いや、この前の独断専行で降格したから巡査部長」
「九っち、慰めにきたのかからかいに来たのかわかんないよ」
 二人の女は、どこか儚げに笑った。



      同時刻

 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
 群雲が、月の光を遮る。
 明かりの無いその場所は闇に包まれ、風に揺れる錆びたブランコの軋みのみが響くものはなにもなく静けさは終わらない。
 どこか遠くの喧騒。誰がのるのかやかましいエンジン音。
 そしてそのあとの静寂。
 どこかの町、その街のどこか。
 昼と夜で大きく性格を変える場所のひとつ、公園。
 再び現れる満月に二つの影が映し出された。
 一人の彼が立っていた。
 シルクハットに一枚歯のゲタ、その背中には日常生活では見られない大きさの刃物、そしてカッターシャツの上に黒い半纏。常人のセンスではないアンバランスな装いで彼がそこにいた。
 一匹のケモノがそこにいた。
 鋭い眼光、むき出しの牙、そこだけが闇の中でも輝く歯。灰色の体毛、凶暴の象徴、狼と呼ばれるそれがいた。
 対峙。
 彼とそのケモノはこの時、ここで相対している。

「あなた又ですか」
 彼はケモノに問う。
「え、と、ほら今日満月ですよ。それに俺もう免許もってるし」
 ケモノはたくみに日本語を操り弁明する。
「残念。ここ通行禁止です。あなた標識見ました?」
「え、どこっすか?」
「はい、とぼけない。教習所で習ったでしょう?それにここ近道だから皆さんこの公園横切りたがるんでいつも張ってるんですよ」
「うっそ、マジ」
「ホントでマジです、はい免許書みせて、…はい、名前は?楠崎剣吾さんでしたよね」
「勘弁してくださいっすよ、俺居酒屋のバイトに遅刻しそうなんっすよ」
「勘弁できないのが私の仕事で………」
 調書をとっていた彼はそこで固まる。
「い、ざかや………」
 聞き覚えのある単語であった。
「ああーーーーーーーーーーーー」
 思い出した。
「忘れてた。今日皆が結婚祝いしてくれてたんだ」
「え?お巡りさん、結婚したんすか、おめでとっす」
「ありがとうございます。じゃあ、今度から注意してくださいね」
 そういうや否や彼はいつかケモノを捕らえたときのような電光の速さでどこかへと跳んでいった。

 それを見終わり、ケモノもバイトがあるのを思い出して、どこかへと走っていった。


 そして、ケモノがバイト先にたどり着いた時、先ほどの彼が同僚にひっぱたかれているのを目撃した。
   





      二次会

「それでは、われらが遠谷希生巡査長の昇進と結婚を祝って再び」
『乾杯』
 異装の彼らはがいっせいに酒を高々く上げる。
 
 そして。飲む。飲む。飲む。

「それにしてもよお」
 金髪にピアス(警部)がシルクハットの彼に聞く。
「てめえのための飲み会を忘れてるってのはどうかねえ」
 すでに彼が到着した時に出来あがっていた同僚に苦笑いを向ける。
「ちくしょーてめー、一体どうやって初女ちゃん口説いたんだー」
 紫スーツ(巡査)が無理やり酒を進める。
「プロポーズはお主からか」
 一人シラフの壮年は酔った連中レベルの質問をする。
「答えろ」
「答えろ」
「答えろー」
 詰め寄られる。
「え、とですね。別に交際があったわけじゃなくて…ほら、この前の事件で彼女は落ち込んでて、それで、ちょっと飲みに誘って、愚痴を聞いてたり聞いてもらってたりしてたら…まあ、その時がその時で、彼女急に泣き出して」
 全員が息を呑んで話の続きを待つ。
「……気がついたらプロポーズされてました。酔った勢いだと思ってその日は帰ったんですけど……どうやら本気だったらしくて」
「それで」
「OK」
「した訳?」
 彼は少し考え、頷く。
 どっと笑った。

 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。

 一人、幸せな男がいて、それを喜ぶ同僚がいて、
 一人、幸せな女がいて、それを喜ぶ友人がいて、


「で、お楽しみ中悪いのだが」
 一人、携帯電話を耳に当てていた一人が全員に告げた。
「緊急事件発生。非番の死神にも招集がかかった」
 全員がざわめいた。わめいたりまじかよー、とかやすみねー、という言葉が巻き起こりあからさまに嫌そうな顔をするものもいる。
 そしてシルクハットの彼は、笑い
「ま、仕方ありませんよ。さあ、今夜もお仕事お仕事」
 そして彼らは渋々立ち上がり、思い思いのファッションの上に漆黒の半纏を背負う。

 



 空気が変わる。

 彼らはこの瞬間、死を齎すものへと変わった。
「皆さん。今日は私のためにありがとうございました。……あの、割り勘ですよね?」
 彼は散らばる宴会跡地をみて、とりあえず確認した。


 彼の名は死神、遠谷希生。


25 :akiyuki :2007/08/09(木) 20:24:54 ID:VJsFrmQG

あとがき


 この作品は今から四年前にGAIAさんの旧小説広場で書き上げた、僕のデビュー作品みたいなものでしょうか。
 当時はノリノリで書いていたのですが、今見ると結構古臭いなあ、なんて思いました。

 特に加筆はしていないのですが、削ったエピソードがあったり、ちょっと名前を変えてみたり、色々です。

 結構伏線放置している箇所があるのは、続編を構想していたことや、他のリンクする作品があるからだったりします(それがいわゆる【月シリーズ】)
 さて、僕の書いた月シリーズは全部で4つ。随時アップしていって、夏休みのお供になればいいのですが。

 ではでは、読んでいただいた方がいらっしゃるならば、どうぞ拙い物語にお付き合いくださりありがとうございました。


 


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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