CATCH!!


1 : :2007/08/17(金) 14:32:03 ID:nmz3oAQ7

蒼衣は、俺の球なんかに興味ない。

―…欲しいのは、久藤さんの豪速球だ。


1.白球が行く道

夏。いつものネクタイは紺色なのに、今日は一段と深い色に見えた。
日差しが強い。
目を眩ませた先に、蒼衣が立っている。ぼんやりと見えただけなのに、真斗衣は彼の視線がはっきりと自分に向かっていると思った。

「蒼衣、こんなトコで何してんだよ」

陽がめらめらと照るグラウンドで、彼は制服姿で立っていた。
答えを待たずに、真斗衣は話し続ける。

「こんなトコに居たら、練習前にヘばるぞ」

「久藤さん、待ってんだ」

真斗衣の言葉を無視して、蒼衣は遅い答えを出した。視線は真っすぐに校門に向かっていて、その目は呆れるほど真剣だ。息をひとつ吐いて、忠告するように言ってみる。

「だからって、こんな炎天下の中で待ってなくてもいいだろ。日陰に行った方がいいって…」

「ここがいいんだよ」

蒼衣は怒鳴るように言葉を発す。真斗衣は少し開けていた口を閉じて、あっそ、と吐き捨てるように言った。

「マジでへばっても、助けてやんねーから」

「お前に助けられるほどヘタレじゃねーよ」

「…しらねえぞ」

真斗衣は脅すようにいった。しかし蒼衣は動揺などするはずがない。ただひたすら門を見つめ、お目当ての先輩、久藤琢磨を待つだけ。
真斗衣は、足元の石を順番に蹴り飛ばした。

―…俺は、久藤さんの正捕手になるんだ。

昔…といっても、三年前の中学一年生のときから蒼衣の口から幾度となく零れ落ちた言葉。家にいるときも、練習中にも、真斗衣や同学年の部員達の前で笑みを見せて言う。
その時の蒼衣の顔と言葉を真斗衣は嫌っている。

あいつが欲しいのは、久藤琢磨の速球。

そんな分かりきったことを、いつまでも悔やむ俺は馬鹿だ…真斗衣はいつもそう思うけれど、どうしても蒼衣のミットが欲しいのだった。

「真斗衣、どーしたその顔は」

「また兄貴から聞いたのか?蒼衣も懲りねえ奴」

一年生は、体育館の傍の階段のところで着替えることになっている。真斗衣がその場所に行くと、すでに何人かの部員達がいた。

「蒼衣、久藤さん待ってんだって」

「…ふーん。まだ久藤さん来てないんだ」

「久藤さんて言えばさ、俺のクラスの女子がカッコイーって超騒いでた」

「あー俺も聞いたことある」

「カッコイイし、モテるし…その上球速いなんてずるいよなぁ」

「…野球にカッコイイのなんて関係ないだろ」

「真斗衣。お前そんなに蒼衣がいいのか?」

「いくら双子とはいえ、バッテリーになるとは限らないしな…」

わかってる。“双子”なんて理由で、蒼衣とバッテリーになれるとは思っていない。真斗衣は、制服を脱いで練習用のユニフォームに着替えた。
相模台高校の野球部に入部して早4ヶ月。
蒼衣が久藤を追いかけて入学すると言っために、真斗衣も受験した。母親にも親戚にも『同じ学校なんだろう?』と言われて都合よく蒼衣と同じ所に入れたのだから、少し感謝している。

「蒼衣はいーよなぁ。レギュラー確実だもん」

「久藤さんの球受けてんだから、そりゃレギュラーだよな」

「…で、真斗衣も中盤からピッチャーやるよな?」

「どーだか」

「えっ、何で?炎天下んなかで久藤さん一人じゃムリだろ…」

「んなこと知らねえよ」

「何だよ、まだ怒ってんの?」

「ムカつくんだよ。結局捕手ってヤツはコントロールより速球を選ぶんだ。ありえねー。速くてもさ、そんなにコントロールよくねえじゃん」

「うるせえよ、真斗衣」

「…蒼衣」

後ろを振り返ってみた。蒼衣がものすごい目で睨んでいる。その視線から逃れようと、目をつぶってかぶりを振った。

「久藤さんを馬鹿にするヤツは許さねぇ。って顔だな」

真斗衣がそういうと、蒼衣は荷物を置いて着替え始めた。

…シカトかよ。

あの表情、態度に苛立ちを覚える。蒼衣の頭に久藤がいるからだ。
いつからだろう…蒼衣が久藤に夢中になったのは。
あれは、まだ真斗衣が夢を見られていた頃の暖かい季節だった。



「蒼衣、中学の先輩に、俺以上のコントロール持ってる人いるかな?」

「いないよ。だってお前のコントロールは高校生並だもん」

「ホントに?」

「マジだよ」

あれは、真斗衣が夢を見ていた暖かい季節のことだった。蒼衣と二人で、グラウンドの野球部に薄っぺらい紙に名前を書いて持っていったときのこと。部活見学が盛んに行われていて、野球部は早くから紅白戦を繰り広げていた。

そのときだ。

見た感じでは、いかにも雰囲気のある一人の男がマウンドに上がった。男は足元を少し均し、息をひとつ吐く。そして、振りかぶった。
蒼衣が虜にされたのは、このときかもしれない。手から白球が放たれると一瞬のうちにミットが音を立てた。おそらく、バットを振るひまもなかっただろう。
その後も、白球は気持ち良くミットの音を響かせた。目を奪われていると近くにいた監督が言った。

「すごいだろう?あいつの速度は軽く130`を超えてるぞ」

「…130`?」

「140`近く出るときもあるんだ」

隣で蒼衣がみたこともない表情を浮かべた。このとき、初めて同じ顔をした蒼衣に対する違和感を持った。

「真斗衣、俺、あの人の球…捕ってみたい」

「…は?」

「あんなの、初めて見た。俺、絶対あの人のキャッチになる」

「…何言ってんだよ、蒼衣」

そのまま蒼衣は黙ってマウンドを見ていた。真斗衣は初めて、嫌な予感を持った。

見学が終わると同時に、野球部は休憩となった。その瞬間、蒼衣は駆け出したのだ。

「…蒼衣!どこ行くんだよっ!」

蒼衣が向かった先は、マウンドの速球男のところだった。

「…あのっ!」

「え?…俺?何?あ、もしかして一年生?入部する?」

「はいっ!」

「おー元気いいな。名前なんてゆーの?」

「一條蒼衣です!キャッチャー志望です!」

「あおい?珍しい名前だな。つーかお前、キャッチやってたんだ。俺ピッチャーだよ。久藤琢磨ってゆーんだ。久しい藤に切磋琢磨の琢磨。そんで俺ね……」

「琢磨、休憩終わりだぞ!早くこい!」

「あ、ハイッ!わり、練習だからまた明日会おうな」

「…はい!」

「じゃーね」

蒼衣はその日の夜、その時の会話を狂ったように口にしていた。今でも鮮明に覚えている。

あの人、久藤さんて言うんだ。また明日会おうっていってくれた。

嬉しそうな顔が鮮明に浮かぶ。その時、聞こえないように舌打ちしたのさえもだ。それから蒼衣の頭の中に、久藤琢磨が居座った。


「真斗衣」

「久藤さん…」

思い出していると、久藤が笑って真斗衣の前にきた。何となく…でもないが、表情を曇らせてしまう。すると、真斗衣よりも頭ひとつ分大きい久藤は更に笑みを見せて見下ろしてきた。

「そんな顔すんなよ。マジ悲しくなる」

「…すいません」

「いや、いーけど」

どっちだ。出来れば、このままの表情で久藤を困らせてもいい…真斗衣の頭の中に一瞬、そんな想いがよぎった。久藤は少し苦笑ぎみになる。
真斗衣の表情を伺っている様子だ。

「悪いな…俺、蒼衣のこと、とっちまったみたいでさ…お前、嫌だろ?」

「別にいーすよ。てゆーか久藤さん、とったとか言わないで下さいよ。蒼衣は物じゃないっすよ」

「ごめん。なぁ真斗衣、俺…お前のことスキだよ」

「…く、久藤さん?スキってなんすか!」

「あ、今ヘンな想像したろう?真斗衣はいー子だって思うんだよ」

どういうことですか。
そう言おうとした半開きの口を結んだ。久藤の顔がグラウンドに向いた。

「お前も蒼衣も…似てるな」

「…似てないと思いますけど」

「似てるさ。ひたむきなトコが特に」

「…ひたむき?」

「おぉ」

グラウンドにはすでに、蒼衣や中西、隆平、島岸たちが整備を始めている。久藤の視線が、真斗衣に戻ってきた。優しい笑顔には、正直戸惑う。

「お前の球、俺はすっげえ魅力あると思う」

唐突に久藤が口を開いた。笑みは消えて、マウンドに立つ球児の顔になる。久藤はいつも、野球の話をするときにはこんな表情を見せる。部員の前でも、監督の前でも、蒼衣そして真斗衣の前でもだ。

「正直に言う…内緒だぞ?真斗衣は俺よりいー投手だ」

「…嘘っすよそんなの」

「嘘じゃねぇよ。マジだって」

「ありえないでしょ…」

「マジだよ!なぁ真斗衣お前自分のコントロール分かってんだろ?俺みたいなただ球の速い投手は上じゃ使えねんだ。だから……」

「久藤さん」

風が吹いた。体育館のそばの階段は丁度日陰になっていて、南風は涼しく感じる。
真斗衣は視線を真っすぐ久藤に向けた。木々の間から差し込むわずかな光が、久藤を照らしている

「蒼衣を…お願いします」

「真斗衣、誤魔化すなよ」

「久藤さん…」

俺は…

「お前が必要なんだよ」

「久藤!監督呼んでる」

「…今いく!」

木々が、久藤を照らす。それは夜の球場のライトに照らされたようだった。

「…真斗衣、ごめんな。つまんねー話して。グラ整いって」

「…はい」

俺は…久藤さんが嫌いだ。

真斗衣は、グラウンドに走っていく久藤の後ろ姿を見つめた。
部の中で二番目に高い身長で、広い肩幅。その体に身につけるユニフォームも、スパイクも、短髪の頭にかぶる野球帽さえも、久藤は自分で、自分の物として手入れをしているらしい。根っからの高校球児だ。
威力のある速球を投げられて、格好良くて、モテて…何より蒼衣が選んだ男。
久藤は、蒼衣に選ばれた。それが嫌なのだ。

…でも、それだけか?

「真斗衣ー!グラ整手伝えよー!」

蒼衣に選ばれたから、真斗衣でなく久藤が選ばれたから…か?
頭に浮かぶ疑問。

違う。違うだろ。

「お前、グラ整サボる気かよ!マジずりぃー!俺ずっとやってんだぞ」

「ごめん!代わる!」

違うんだ。

久藤は蒼衣に好かれている。それだけなら、何も思うことはない。しかしそれ以上に、久藤は真斗衣の投球を偽りなく好む。

…お前が必要なんだよ。

自分の球を過剰するわけでもなく、純粋に真斗衣の球を見て必要だと言う。だから嫌だ。
その偽りない笑みで、真斗衣に何度も喰らいついてくる。
真斗衣を、認めている。

「真ー斗ー衣!」

「あっ…わりぃ…」

「何ぼーっとしてんの?蒼衣のこと考えてた?」

「うるせえな…ちげーよ」

「んな怒んなって。真斗衣には冷めた顔、にあわねーぞ」

「…ごめん」

「何だよ。怒ったり謝ったり…よくわかんねぇなお前」

「俺だって…よくわかんねぇよ…」

自分が何を考え、思い、能に収めているか…自分自身がわからない。とても恐ろしいことだ。

「…大丈夫か?」

目の前にいる男、高峰隆平は相模台高で出会った。いつも周りのことに気を使える、とっても優しい奴、だと真斗衣は思う。

「あんま深く考えない方がいーと思うけど。蒼衣だって真斗衣のこと嫌いじゃねーし、久藤さんだっていー人じゃんか」

「いい人だから困ってんだろ…」

「え?」

そうさ。俺のことを嫌ってくれれば、何も困ることはない。蒼衣だけを見て、蒼衣のミットだけに向かって、俺の球なんかに魅力を感じなくてもいいんだ。

ところが、そうはいかない。それが一番嫌な理由だ。

「真斗衣、練習始まるぜ。行こう」

「…おぅ」

久藤が集合をかけた。監督と、キャプテンの元に走りだす。

「今日は監督が出張に言ってしまうため、軽いアップから紅白戦を行う」

「…紅白戦だってよ、真斗衣」

「あぁ…」

隆平が耳元で囁く。それに小さく相槌をうった。

「メンバー表はここに貼っておくから、各自見るように!」

久藤の声を合図に、全員がメンバー表に向かって動きだした。真斗衣も背伸びして、何とか見た。

「…何だこれ?」

思わずそんな言葉が出たメンバー表には、
紅・投:久藤
    捕:坂部
    :
    :

白・投:一條(真
    捕:一條(蒼
    :
    :
と書いてある。

「久藤さん!」

後ろで蒼衣の声がした。真斗衣は振り返って、二人を見た。

「何で…俺、久藤さんとじゃないんすか?真斗衣とって…」

「何だよ。真斗衣とじゃ嫌か?」

「嫌って…久藤さんの捕手は…」

「たまにはいいだろ?」

「そんな…」

蒼衣が久藤の袖を掴む。久藤は、かぶりを振った。

「俺の速球じゃなくて、真斗衣の変化球受けてみろ」

「何で…」

「…息抜きだよ」

真斗衣は一歩、足を進ませた。隆平が、おい、と声をかけてきたが、構わず進む。

「お前、ずっと怖い顔してんだもん。ここらで息抜きしとけ。今週の試合に影響するからさ」

「蒼衣」

真斗衣は、蒼衣の腕を掴んだ。夏を迎えて一気についた腕の筋肉を押し潰すように、強く掴む。

「…いてぇよ、真斗衣」

「行くぞ」

久藤に一礼すると、そのまま蒼衣の腕を引っ張った。後ろで何か文句を言っているが、真斗衣は気にせず用具室の前に連れていった。

「放せよ」

立ち止まり振り返ると、蒼衣の腕が手からすり抜けた。真斗衣は視線を真っすぐ蒼衣に向ける。同じ顔をした彼は、納得のいかない表情を見せて睨んでいる。

「勝手なことすんなよ。俺は久藤さんの球を受けるんだ」

「しょうがないだろ」

「何でだよ!俺は久藤さんがいいんだ!お前の球なんか…」

「興味ないんだろ。分かってるさ」

「…真斗衣」

太陽が、二人を照らす。今年の夏は例年より遥かに気温が高いとテレビが伝えていた。暑いはずなのに…身体が冷たく感じる。さっき掴んだ蒼衣の腕も冷たかった。

「俺の球なんて、受けたくないよな。速球のが気持ちいいし…」

「真斗衣…違っ…」

「何言ったって同じだよ…だからさ、蒼衣」

遠くで整列の声が聞こえた。蒼衣の目を真っすぐ見る。

「俺の球と…俺と勝負しようぜ」


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.