暗がりにともる機械的な光り。
光りの主は一人の少年の前に置かれた一台のパソコン。
ノート型の機械の画面を覗きこみながらそれは感嘆の声を上げた。
それのそばで一匹の猫が冷え切った視線を主人に向けた。
「おぉ・・・・人間ってのはすげーなぁ・・・・こんな薄いのに誰かいんのか?」
「・・・・・」
少年は本気半分冗談半分でそう呟く。
画面に映る文字を見ながら猫は小さく溜息をついた。
【悪人999人の魂と13の霊的物質を手に入れろ】
(上もずいぶんと無理な仕事をだしてきおった・・・・)
悪魔直属の使い魔である猫は自分の主人をちらりと盗み見てもう一度溜息をついた。
(罪人・ロキとその使い魔にそんなこと出きるはず無かろう・・・・)
罪人・ロキの使い魔、ネロは画面に映った文字を見てまたため息をついた。
(999人どころか町一つを消してしまうやもしれぬ・・・・)
しかしそんな使い魔の心配も知らず、主は楽しげに訊く。
「なぁネロ、いんたーねっとってどれだ?」
「・・・・・はぁ〜・・・・・・」
使い魔の溜息は高らかに高らかに・・・・・・
夜の神空町(かみくらまち)の騒音にすいこまれていった・・・・。
6畳分の広さがある布団とパソコン以外の家具が無い質素な部屋で小型の癖にやかましい目覚し時計が鳴り響く。
ついでに口うるさい姑のような感じで黒猫が布団の中で丸くなる主人に言った。
「朝ですよ、起きなさい。それでも上級悪魔ですか?」
「うっせぇな、俺は悪魔だから朝は嫌いなんだよ。だいたいなんでお前そんなにじりじりうるせぇんだよ・・・・」
「起きろ!!起きて自分で目覚まし時計止めろ!」
ちょっとキレ気味の使い魔・ネロの姿を確認せずに悪魔は腕だけを布団から出して音源のアラームをとめ、もう一度腕を布団の中に引っ込めた。
「・・・・・・・ぐぅ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・起きろこのボケぇ!!」
完全に起床した悪魔・ロキは等身大の鏡を使って自分の身だしなみを整えた。
鏡に映る高校の制服を着た少年。外見的には15、16程、身長は170前後だろう。日本人特有の丸みをおびた顔に日本人らしからぬ切り揃えられた白髪と血のように赤い目。
5秒間ほど目に右手を添えると、血のように赤い瞳は黒く染まった。
「ロキ様ぁ出来ましたかぁ〜」
「おう!っていうかなんで高校生なんだよ!?刑事とかの方が悪人と出会いやすいだろ!?」
「あなたはご自分の姿をもう一度良く見てから喋れ!」
使い魔は後ろ足で立ちあがって右前足のつめでロキを指差しながら突込みをいれた。
「あぁそういえば学校に居る時はこの首飾りをはずさないでくださいね?コレは貴方の身体能力をにんげんとおなじぐらいにするためのものなんですから」
そういって使い魔は十字架のついた首飾りを主に渡した。
(空が青い)
彼は頬杖をつきながらそう思った。
私立神成学園(しりつしんせいがくえん)に入学してから約一ヶ月、仕事の内容に当てはまるものはいまだに一つとして無い。はしゃぐ生徒の声、ピ、ぺちゃくちゃと遠くから聞こえる女子たちの話し声、ピピ、教室を走り回るムードメーカーたちの足音、ピピピ、廊下で駆けまわる生徒たちの足音、ピピピピピピピピ――――――
「うるせぇ!!」
隣から何度も聞こえる携帯電話のプッシュ音にキレる悪魔。
殺意に満ちた目を向けると、そこには軽薄そうな笑みの張りついた少年が居た。
学校指定の制服をだらしなくシャツを出しながら着ており、その首にはなにかの金細工のネックレスがかけられている。耳にピアスまでは無いがあきらかに今時の若者姿の少年、霧野 護(きりの まもる)は芝居のかかった驚きの声を上げた。
「うわぁ!なぁんだ生きてたんですかぁ?ロキぃ」
わざとだ。こいつわざとピッピやってやがったな!?などとかんがえながら、大野神 炉己(おおのがみ ロキ)は護に対しての殺意を深めた。
あらためてロキは自分のまわりを確認する。特に異変は無い。・・・・彼の五個後ろの席で二人の生徒が賭け事のチェスをしている以外は。
ロキの席は教卓の目の前にあり、授業中に居眠りは出来ない。
やっぱりさっき寝るんだったなぁと思っていたとき、担任がのそのそと入ってきて、皆は慌てて自分の席に戻った。
学園内に光りが差し込む。月の光りと街灯のあかりである。
学園内に人気は無く、教師さえもすでにいない。
どの教室にも電気はついておらず、そこは完全な「静寂」と薄い闇の世界だった。
そんな世界の中に在するこれまた人気の無い教室で一人の少年が机をベッド代わりにして眠っていた。そんな彼を一匹の黒猫がたしなめる。
「ロキ様、起きてください。そろそろ8時ですよ?まだ続けるのですか」
少年はあくびをしながら尻尾を振る猫に向かっていう。
「当たり前だろ。まだここに伝わる噂の怪人が現れてないんだからさぁ」
そういって少年は自分の隣に置いたノートパソコンの電源を入れる。
わざわざ家から持ってきたものである。
「でも噂といっても7不思議と似たようなものじゃないですか。夜現れる白衣の殺人鬼、0時ジャストに学園内を駆けまわる鎌を持った女、理科室から聞こえる謎のうめき声。絶対悪人とか霊的物質と関係ないただのうわさですよぉ」
カチカチというマウスのクリック音が響く。
「わかんねぇぞ?案外全部本物の悪人かもしんねぇぞ?」
カタカタというキーボードをたたく音が響く。
「でもですね、一応あなたは学生なんだから予習とか復習とか―」
突然、カタカタという音が止まった。
次の瞬間悪魔の声が猫の耳にとどいた。
「お前・・・・もしかして怖いのか?」
「・・・・・・」
「・・・・・使い魔なのに・・・・。仮にも悪魔の使い魔なのに・・・・・」
再びカタカタと音が響いた。
ちょうどその時、一人の少女ががらりと扉をあけて入ってきた。
「あら?こんな時間に人がいる・・・・」
少女はボーっとした感じでそう呟く。
背はロキより頭一つ分低く、顔立ちは幼い感じがするが、その目には力強い光りが・・・・宿っていない。なんともボーっとした印象を与えられる少女だ。
「お嬢さんこそこんな時間にどうしたんですかぁ?」
ロキはからからと笑いながら問い掛けた。
しかし少女はやさしくほほ笑んで訊き返す。
「あなたこそこんな時間になにしてるんですか?」
「え?俺はいいんだよ。悪魔だから」
そういったとき、使い魔が心に直接話しかけてきた。
―ロキ様!そう言うことを人間に言ってはいけません!―
ロキも心だけでかえす。
―いいんだよ。どうせ信じるわけねぇだろ。笑って済ますよ―
そして少女はやはり笑い出した。ただし、その次の言葉は悪魔たちの予期しないものだったのだが。そう、確かに普通の人間ならば笑って済ましたかもしれない。
「ふふふふ。悪魔なんですか?私は天使のレンゲっていいます」
だが、彼女は人間ではなく、正真正銘本物の天使、蓮華(れんげ)なのだった。
「へ、へぇー天使の蓮華ちゃんっていうんだぁ」
しかし悪魔は予想外の答えに驚きを隠せなかった。
声もわずかに裏返ってしまっている。
「俺はロキ。っていいます。ヨロシク。あとなにしていたのかは悪魔であるがゆえに秘密ということで・・・」
「じゃぁ私も天使だから秘密ですね?」
そう言って彼女は柔らかに笑った。
(あれ?どっかで見たような・・・・・気のせいかな?)
ロキはそう考えて少女の姿を改めて観察した。
腰までかかるほど長くて赤い髪、ボーとした感じの目、白い肌、服装は白いワンピースだ。
しかし約一分ほど観察したがよく分からず、気のせいだと思うことにした。
「あっ、かわいい猫・・・・」
そういって少女は黒猫をなでている。
(可愛いな・・・この子・・・)
などと悪魔が人間くさいことを考えた時、学園内に入学してから初めて聞く音が響き渡った。
キャァァァァァァァァァァァァァァァァ
その昔、世界を追放された者がいた。
神はその者が戻ってこないように扉に鍵をかけた。
7つの鍵を。
そしてこの日、さびついた鍵の一つが、あっさりと壊れた。
「なんだ、思ったより脆いな」
それはソウ言った。
夜の校舎に響く悲鳴。
人間以上に優れている聴力でロキは即座に音源をつきとめる。
「・・・一階か!?くそ!まさかホントに出るとは!!」
そう言いながらロキは首飾りをはずし、少女になでられている使い魔に声をかける。
「ネロ!次元に穴をあけろ!」
「えぇ!?ですがそんなことをしては・・・」
目の前に一般人がいることもわすれて黒猫が両目を大きく開けて返事を返す。
しかしそんな使い魔を叱りながらロキは目の前に手をかざした。
「うるさい!いいからはやくしろ!もしも罪の無い奴が俺の近くで死んだら俺の気分が悪いだろうが!」
「は、ハイ!“我、冥界との契約を結びし者なり”」
ロキの手をかざしている空間に亀裂が入る。
「悪魔の名において開け次元の穴!」
亀裂の入った空間が人一人分砕けた。
そこにネロが入っていき、ロキも入っていくが、完全に入る前に首だけ出してレンゲに向かって言う。
「あ、きみはここから動かないでね」
「はい。わかりましたロキさん」
その返事を聞いてロキは首を引っ込める。そしてそれと同時に穴がふさがっていき、やがて元に戻った。
静かになった教室で、残された少女が残されたパソコンを静かに覗きこむ。
「あら?このサイト・・・・・夢宇君と一緒ですね。この方」
少女は静かに笑う。
その笑い声は静寂の舞い降りた教室に静かに響いた。
暗い真っ暗な空間。
その中にぽつんと存在している地面。地面といっても石畳に近いのだが。
そこに一人と一匹が舞い降りる。
「相変わらず暗いとこですね、ロキさま」
「そうだな・・・・・。ってゆーか冥王もコレ絶対人選ミスじゃね?」
ロキはここが嫌いだった。
別にそれは暗いからとかそんな理由ではない。ここに住む者がウザイからである。
「ハハハハハハハハハ!!ァハハハハハハハハハハ、ッゲホゲホ!、ハハハハハハハ!!」
その空気を読まない声が聞こえ出したころ、ロキはほらきたと思いながら溜息をついた。
「バール・・・むせるならいいかげん笑うな」
ロキの目の前にはいつのまにかゲームなどによくでそうな馬鹿王子様風のカッコをした男が立っていた。ほら、ドラ○エとかに良くいるじゃん。ぼくの言うことをきけー!僕はえらいんだぞー!みたいなこと言いそうな奴。
「いやいやいやいやいやいや!コレを笑わずいつ笑うのかね!?我が親友が十年ぶりにここにきてくれたというのに!ところでどうかねロキ!?この気高くもすばらしい気品あふれるこの姿は」
「一体いつ俺がお前なんかと友になった。っていうか気品なんかね―よ。あるのはお前の馬鹿らしさだけだよ。つーか相変わらずウゼーよお前」
冷めきった目をしながら言うロキにバールは一歩近づきながら変わらぬ調子で言う。
「ふはははははいやいや本当に君は照れ屋だな。素直に誉めることも出来ないのかね?いいかげんに素直になりたまえ」
「・・・・」
ロキは再び溜息をついた。そんな様子にもきずかずバールはまた一歩ちかずづきながら言う。
「で、今日は何の用できたのかな、我が親友よ」
「・・・・・・・」
「あ、沙羅ならば現世に買出しに出ていていまはいないぞ?」
「・・・・・・・・・・・」
ちなみに沙羅というのはここの住民の一人であり、かわいらしいここにしては普通の女の子である。
「今すぐに俺をコード444113R15に送れ」
「いやはや最近は彼女にメイド服とやらを着せてみたいと・・・・ってなに!?私と一緒になんかアレてきな会話をしに来たのではないのか!?もしくは沙羅の可愛さを誉めにきたとかでは!?」
なにかをひたすら喋っていたらしいバールはかなり残念そうな顔でまた一歩近づいた。
「んなわけねーだろ。つーかなんだよアレてきな会話って。いやいい、説明すんなうぜーから。そして近づくな変態。お前はさっきのギリギリ顔が見えないぐらいの位置がいい」
なにかを説明しようと口を開いたバールに釘をさして黙らせ、そして徐々にちかづくあしにも釘を放っておく。
「・・・・まぁいいやどうせまた近いうちに来るんだろうからね」
そういってバールが指を鳴らすと、突然暗闇の中から巨大な門が出現した。
開かれた扉の中ではまぶしい光りが踊っている。
「・・・・多分もうこね―よ」
そういってロキは門の中へと駆けていった。使い魔と共に。
門がしまる直前に再び馬鹿な笑い声が響く。
「はははははは!いいや、きっとくるよお前は!お前はそういう男だ。次くるときは沙羅たちのいる時にこい!」
門が完全にしまったあと、いままでで一番静かな声でバールが呟いた
「待っているぞ、我が友よ。ふふふ、私からのささやかな贈り物だよロキ。お前の望んだ時間のはずだ・・・・・」
ロキが元の世界に戻って見たものは、想像を軽く超えるものだった。
向き合って対峙する見覚えのある少年と背の高いフードの男。そして少年の後ろで両ひざに両手をついて息を切らす少女。
「おやおや今夜はずいぶんとお客様が多いですね」
フードの男の周りには数人の生徒が倒れており、それらすべての生気が限りなくゼロに近いことをロキは一目見て気づくが、今はそれどころではない。
じっとこちらを見ている少年の後ろで息を切らしていた少女がロキを見ながら、
「あれ?ねぇ夢宇・・・。あれ大野神君じゃない?同じクラスの」
その一言に対して二人をよく見てみると、なるほど、二人は自分のクラスのクラスメイトだ。たしか名前は夢見 夢宇と秋乃風 華蓮だったはず。
「何者だよ、お前ら・・・。悪魔か?」
はい、そうですと思わず言いかけたロキだが、すんでのところでそれをのどもとでとめる。まずは状況を理解しようと無言で頭を動かすロキに対してフードの男はやんわりと首を振りながら否定をする。
「いいえ。私は悪魔ではありませんよ?神様」
そういいながら男は杖を持つ手を振る。とたんに夢見の足元がえぐれた。
「私はあなた方神によって存在を消されたもの」
もう一度振る。今度はロキの足元がえぐれた。
「そもそもあなたち天上人は人間にそっくりだ。自分たちにとって未知の存在は神である権限を駆使してこの世界から存在を消し去ろうとする。人間たちの魔女狩りとさほど違わない行為だ」
男は両手を広げて夢見に言った。
「私は【夢魔】。お前たち神によって存在を消されたもの」
次にロキのほうを向き、高らかに叫ぶ。
「良くきけ悪魔。私たち夢魔は貴様ら天上人に終りを宣言する!封印は残り五つ!それら全てが解けるのが先か貴様たちの意思が決まるのが先か!はははははは」
そして叫び終わると同時に闇の中へと消えた。狂った笑い声を残して。
笑い声がきえ、のこった沈黙。
そしてその沈黙を、遠慮がちなロキの声が破る。
「え〜と・・・・もしかして君は神様かな?俺は悪魔のロキ。とりあいず御互い状況を確認しない?」
神様の家って言うぐらいだからロキは巨大な神殿をイメージしていた。
まぁ今の日本の地理的状況から考えて東京都にそんなものがあるとは思えないが。
だが、いざ話をするために天使である華蓮(自分でそういっていた)に案内されたのは、拍子抜けするほどに普通の家だった。赤い屋根の二階建て。まぁどこにでもありそうな家だ。
華連は神に報告しにどこかへ行ってしまい、ロキは一人で家の中に上がることとなった。
「ネロ。上のほうにお前も報告に行ってきて」
「あ、はい」
というわけで使い魔の黒猫もいない。
夢宇の部屋は二階にあるらしく、夢宇はとたとたと上へあがっていた。ロキもそれに続く。
その時、ロキの目のはしになにかがうつった。
「・・・ん?」
首だけ動かしてそちらをみると、そこには背の低い少女がいた。中学生ぐらいだろう。
短くて薄い紫の色をした髪の毛だ。目は流石に黒だが。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
無言のにらめっこ。少女の目と顔には何の感情も無い。
だが、うえから夢宇がお客様だと告げると、即座に少女はその顔に表情を作り出した。
人のよさそうな笑みを。だが、上に上がりながらロキは気づいた。
―あれは、嘘だ。
目が、笑っていないから。
ロキは夢宇の運んできたグラスに入った黄土色のどろどろしたものを眺めながら夢宇に説明を始める。
「んじゃまずは俺ら悪魔のことを教えるな。おれたち悪魔はおまえたち神に人の命を奪うことを許されている。だから俺らの仕事は地獄の管理と罪を犯した者に罰を与えること。まぁ普通は手当たり次第に命を狩ることはないけどな。よっぽどおもい罪の奴だけさ」
まぁ実際は手当たり次第に命を狩っていては、地獄にも死者が増え自分達の仕事が増えるだけなのだからが主な理由の一つなのだが。
まぁそんなことはふせておきながらロキは軽い口調で言いながら足元に夢宇の机の上にあった地図を広げる。
それをのぞきこみながら夢宇に問いかける。
「そもそも封印って何だ?この町には俺ら以外のなにかがいるのか?いや、それ以前に俺らの“意思が決まる”ってどういうことだ?」
「・・・・・・・わからない」
だが、残念なことに目の前の時期神様の返答はそれだけだった。
そんな夢宇の様子に、ロキは深いため息をつきながら呟く。
「確かにこの町の“気”は強い。でもそんな何かが封印されているなんて話は上からも聞いていない。おまえもだろ?・・・・やっぱり。ってことはもしかしたら上の奴らも知らない可能性があるってこった」
結局二、三時間二人で考えたが、何一つ状況は変わらなかった。
「くっそぉ・・・・なんなんだ・・・あい・・・つ・・・。グー」
「親父のやつマジでしらねぇの・・・・か・・?。グー」
・・・・寝た。
二人の人ならず者の問題は消えず、時間だけが過ぎていった。
朝、ロキは身体の異変で目をさました。
左腕が焼けるように痛い。
そでを巻くって痛む箇所を見てみると、赤い逆さ十字の刺青が見えた。
じきに痛みは収まり、ロキの中に静かな沈黙を残した。
夢宇の部屋には時計がないので、何時なのかは分からない。
仕方がないので階段を降りていくと、誰かの話し声が聞こえた。
「私の名前は遥(ハルカ)。夢宇様の御父上に仕えておりますが、今回は夢宇様のサポート役として派遣されて参りました。本日より私は華蓮、蓮華と共に夢宇様をサポート致します」
まず知らない女性の声。
―っていうか蓮華サンのことを夢宇はしってんのか!?いや同じ名前なだけか?
「はぁ。それで?」
夢宇のやる気なさげな声が聞こえる。
「はい。今回御父上様から3つの伝言を受けたまっております。そのうち二つを」
遥の声につづいて、がしゃんと何かを振る音が聞こえた。
『夢魔は人の夢の中に入り込み、他者の精神を壊ため、昔全ての夢魔をある町に封印した。
七つの時計台、二つが消えた』
そう機械的な声が告げると、遥がいった。
「今現在それが天界からの言葉です」
その声をききながらロキはあるものをおもいうかべていた。
それはあの日あの男が言っていた言葉である。
「封印は残り五つ」
そしてもう一つ、この町の中に七つ存在していた銀の時計台である。
この街のシンボル的存在の銀時計は昨日すでに学校の敷地内にあるものは落雷によって破損している。
精神を破壊する存在がこの街に封じられているとしたら、それが開放されても、夢魔に力として吸収されてもやばい。
たまらずロキはおもわず話しかけていた。
「やべぇな。けっこー有名だからな、あれ。全部壊されんのに5日もかかんないんじゃないか?」
リビングには危機迫る顔をしている夢宇と自分の使い魔。そして見知らぬ美女がいた。
夢宇の顔をみるかぎり考えは一緒らしい。
―封印を守りきること―
「守れれば僕等の勝ち、壊されれば負けか」
「おもしれぇじゃん。時期神様と悪魔の力を思い知らせてやる」
二人はほぼ同時ににやりと笑った。
大蔵通りに面して存在する神社、大蔵神社にそれはあった。
おおきな銀色の柱。その上のほうに丸い個所があり、文字盤がついている。
「これか・・・」
ロキはそれを見上げながら呟いた。
ロキと夢宇の考えた作戦はこうだった。
まず華蓮を電話で呼び戻し、そのあと残る三つを手分けして守るという至極簡単なもの。
大蔵通りという大通りに面して存在している箇所をロキ・ネロが、同じく大通りである桐原通りに面している銀時計を華蓮・蓮華が(ちなみにこの時初めてロキは華蓮と蓮華が姉妹であることを知った)、そして街でもっとも大きな霊園内に存在している箇所を夢宇・遥が守るという手順である。
しかし、今現在ある不確定要素は、五つ残っているはずの封印が残り三つになっているということである。このことから遥は、敵は一人ではないかもしれないといっていた。
隣でネロが呟く。
「ロキ様・・・・私はこれに見覚えがありますよ」
ロキもすぐにそれにたどりつく。
「あぁ、これは地獄にもある」
「どういうことでしょうか?」
ネロの問いかけにロキはさぁねと肩をすくめ、妙な感覚を感じた。
振りむくが、何もいない。だが、空が黒に染まっている。
「ネロ、時計をまもれ・・」
そう呟きながらロキは前を凝視する。すると、突然彼の視界の中に一人の青年が現れた。
巨大な刀をもった黒いローブの緑色の髪の毛をした青年。
青年はにこやかにいう。
「はじめまして悪魔君。俺はザ―ド。夢魔だよ」
対するロキは首飾りをポケットに入れながら緊張した声でいう。
「知っての通り悪魔のロキだ。夢魔は何人いるだ?」
「三人だよー?俺と兄貴と弟の三人」
にこやかにそう言いながらザードは刀を片手で振り上げ、ふりおろす。
地面が裂け、ロキの横を衝撃が通った。
「ロキ君だっけ?ここはもう世界とは隔離された夢の世界だよ。だから安心して。今死んでも、君の死体はリアルな世界には残らないから。ここは夢の世界。そこでは死が僕等の栄養となる」
そういうと、ザードは突然走り出した。
ロキはそれをみて右手を前に出す。
一瞬右手が発光し、爆発した。
ザードが煙中から後ろへと跳んで出てくる。
「いやはやこわいなぁ〜。こわいからこうしちゃお♪」
少し離れた距離から、ザードは刀をふって衝撃波をとばしてきた。
ロキはそれを横にとんで避けると、ポケットから何かを取り出し、投げた。
それはザードの足元に転がると発光し、膨張し、破裂し、爆発した。
爆発によって起こった白い煙の中、使い魔たる猫、ネロは聞いた。主の声を。
「おい、ここは本当に別世界だと思うか?」
その言葉に、ネロは大気中の魔力粒子を調べる。
「はい。空気中の魔力粒子が人間界とも地獄とも天界ともちがいますから恐らくすでに放棄された世界の一つかと思います。夢魔はそこを夢と称して人間界に具現化させたのでしょう」
「そうか・・。じゃぁ、ここがどうなっても問題ないよな」
主たる存在、ロキの言葉にネロはイエスと返す。
「首飾りをこちらへ」
そういったネロの首に、十字架の首飾りがかけられた。
その直後、周囲の魔力粒子が急激に減る。
減り、またすぐに増える。それも、減る前より数倍は大きくなって。
煙が渦を巻き、空へと逃げる。その渦の中心。
そこには、一人の少年がいた。
その手に握られたのは一本の剣。柄には青く光りを放つ石がはまっており、剣としての形状は片手で扱える長剣。
少年はしばらくその剣を眺め、ふいにそれを夢魔に向けてふる。
刀身から放たれた衝撃はザードの横を通り、空間を切り裂いた。
「なっ!!」
振り向いたザードが見たものは、闇。黒い空の中にあいた闇の口。
その向こうからは全てを否定する闇と何かの気配を感じる。
「何をしたんだい!?」
ザ―ドの言葉にロキは衝撃で返す。
身を捻ってそれをかわし、背後にまた闇の口が開く。
「なんてことはない。ただ入り口を作ってるだけだ」
ロキはそういいつも剣を振る。
そして5目の入り口が出来たころ、突然それは起こった。
「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
闇の中から響いた声とは呼べぬ声。
みればロキの口元は笑っている。
危険を感じ、ザードは穴から離れる。
離れた直後、先ほどまでザードがいた位置を巨大な手が掴んでいた。
巨大な白い腕。
「なんだこれは!?」
ザードの叫びにロキが笑う。
「世界と世界の狭間に住む怪物さ」
そう言っている間に、闇の中からはもう一本の腕が生えていた。二本の腕は、砕かれていない空を掴み、左右にこじ開ける。
その結果、腕の持ち主の顔が見えた。
左目以外を白い包帯でまいており、良く見ると腕のほうも太い鎖で両腕が繋がっている。
唯一外部から見える左目は先ほどからぎょろぎょろと獲物を探しており、それは突然止まった。
次の瞬間ザードの身体は掴みあげられていた。
めきめきという音が巨人の手の中から響く。
「ぐぁぁぁ!!」
悲鳴を上げるザードを見下ろしながらも巨人はゆくっりと腕を上に上げる。
そんなザードに向かって、ロキはいう。
「おい、あの封印の正体が何なのか教えてくれたら助けることを考えてやるぞ」
「ま、魔力の結晶だ。全ての夢魔の命があつまっていて、持っているだけで魔力が大幅に増幅する!」
ザードの言葉にロキはしばらく考え、
「何の為にそんなものを必要としている?」
「兄貴は世界を無に返すって言ってた!多分上のやつらはラグナロクを起こすつもりなんだ!」
「ラグナロクだと?いまさら世界終末戦争を引き起こすつもりなのか。上の奴等とは?」
「し、知らない。本当だ!兄貴が何らかの組織と繋がってるんだ!ぐぅぁぁっぁ!」
巨人の手の中から破壊音が響く。
「頼む!もう全部話した!助けてくれ!」
ロキは仕方ないなァと呟きながら剣を振り上げ、自分の背後を砕いた。
そこから見えるのは闇ではなく、銀時計の置かれた神社。
「お、おい!何してんだ!俺を助けてくれよ!考えてやるっていったじゃないか!」
「ネロ、その時計壊しちゃって」
「宜しいのですか?」
ザードの叫びを無視しながらロキはうなづく。
銀時計が音をたてて崩れていくさまを見ながら、ロキはいう。
「考えたよ?考えた結果、助ける価値無しと判断したよ」
その言葉に、ザードの顔が青くなる。
「ふ、ふざけんな!こ、この悪魔野郎!嘘吐き!!」
ロキは背後に開いた穴をくぐりながら、ほほ笑む。その横をネロが通る。
「ありがとう。最高の誉め言葉だ」
ぐしゃりという音がして、ザードの首が地面に落ちた。
それを巨人の腕が押しつぶす。
その光景を最後に、ロキは人の世界へと戻っていった。
出た直後に裂け目を修復するのを忘れずに。
静寂が舞い降りた神社の境内の中で、猫は首飾りをつけて石の上に座っている少年に問い掛ける。
「何故あの時計を破壊したのですか?」
少年はその問いに足元に落ちていた石を拾いながら答える。
「俺は十三の霊的物質を手に入れなきゃならないからね。どうせ封印がとけたところでたいした力はないよ・・・」
「何故そう思うのですか?」
ロキは石を真上に投げ、落ちてきたものをキャッチする。
「霊的物質はもうほとんど力を持ってないから」
また投げ、言葉を続ける。
「1000年前にあいつがこの世にある霊的物質をほぼ全部使い切っちゃったから、さ」
「それが世界終末戦争が起こりかけた原因ですか?1000年前のあの日起こった現象」
キャッチし、また投げる。
「そう。あいつがなにしようとしたのか未だによくわかんないけど、確かにあいつはあの時全世界に存在する霊的物質を使ってアレを創った」
「それによってこの世の霊的物質は力を失ったというわけですか?」
「ちょっと違うかな?力を失ったわけじゃなくて力を封印しちゃってる」
「誰がです?そんなまね可能なのですか?」
またキャッチし、空へ返す。
「誰が、じゃない。霊的物質自体が、だよ。あれは皆微弱ながらも意思を持ってるからさ。さぁてこれ以上は推測してもあまり意味ないからね」
そういってロキは立ちあがり、空間を指で引き裂いた。
「一度戻るよ。地獄に。今ならまだ閻魔がいないし」
「ロ、ロキ様!?閻魔様ですよ!あの方を呼び捨てにするなんて!」
「やれやれ。何が恐いんだか・・・。あんな奴、あ、あんな奴・・・・やっぱり行くの止めない?」
「・・・ロキ様、いいから行きますよ」
猫はそういって避けた空間の中に入っていった。
重々しい鉄の門。かなり巨大なものだ。
それこそが地獄、それも閻魔の支配する領域に入る門だ。
少年は歩き出しながら黒猫に喋りかける。
「やれやれ・・。相変わらず人気ないなぁ・・・」
門のすぐそばには巨大な森が広がっており、その中へと道は続いてる。
「ロキ様、あなたにとってはそうでなくても普通の者はここにいるだけでかなりキツイのです」
苦しげに呼吸しながら、黒猫はいった。
「そんなにここの霊気濃いか?」
「濃度200%はけして薄くないと思いますが?」
ロキは笑いながらネロを抱き上げる。
「まぁそうかもな。俺もここでしか出来ないこといっぱいあるし」
そう言いながら、そこから風を残して消え、森の出口に再び現れた。
猫を地面に下ろす。
「ここなら霊気もそんなに濃くないだろう」
「ロキ様、100%は濃いの分類ですよ?」
先程よりも楽そうにネロは息をする。
そんな彼等の目の前にはまたしても鉄の扉がそびえていた。
ロキはそれに無言で近づき、門を開け、その表情を凍らせた。
ネロが何事かと門の向こうを見る。
そこには一人の少女がいた。
黒い着物に長い髪の清楚な感じのする少女だ。人間の15歳ほどの外見だ。
少女は鈴を思わせる声で挨拶をした。
「久しぶり、ロキ君」
ネロは疑問を顔に浮かべながら主人の顔をみた。その主人は顔にいやな汗をかいている。
(誰だ?知らぬ顔だ・・・・)
その疑問に答えるように、ロキがひきつった笑みで答えた。
「ひ、久しぶり。元気そうでないよりだ。閻魔」
「え、閻魔大王様!?どういうことですか!?私のお会いした閻魔様は大柄な男性でしたよ!?
どういうことですか!?ロキ様!」
「落ち着けネロ。確かにそれも閻魔だ。28代目のな。それであいつが―」
少女が答えを引き継いだ。
「30代目の閻魔です。といってもまだ父が29代目をやっていますからあと100年は姫ですけど」
閻魔はそう言いながら手を振り、ロキに向かって言う。
「それよりロキ?一応私は貴方よりも立場が上なんだけど、呼び捨て?」
「そ、そうですよロキ様!嘘でも言いから神族相手に敬語を使ってください!」
ネロの言葉に閻魔は笑いながら手を振る。
「あぁ・・敬語なんていいのよ。別に義務じゃないし。でもね、貴方昔私のこと、」
うつむき肩を震わせながら、
「下の名前で呼んでくれるっていったじゃない!」
目に涙を溜めながら叫んだ。
「言えるか!そもそもそれは俺がお前とのトランプでの罰ゲームだろうが!それならもう一回呼んだだろ!」
「ひどい!将来を約束しあった仲なのに!」
「毒薬を俺に飲ませて約束させたんだろうが!」
その二人の横でネロは大きくあくびをし、ロキにむかっていった。
「ロキ様、お二人が立場関係なく仲がいいのは分かりましたから先を急ぎましょう」
「そういえばどうして戻ってきたの?」
閻魔の言葉にロキはうなずく。
「ここにある記録を見にきたんだ。だいたい大洪水から現代までの記録を」
「大洪水?いまさらそんなものを?まぁ早くしたほうが良いわ。そろそろお父様が帰ってくるから」
ちょうどその時、疲れた顔の黒いスーツの青年が走ってきた。
「閻魔姫様!!閻魔大王様が戻るまでの書類を投げ出して何をなさっているんですか!!」
ネロは人目見た瞬間に気づいた。
(仲間だ!苦労人仲間だ!!)
おそらく向こうも同じことを考えたのだろう。目が少し潤んでいる。
だがしかし、感動に浸ることよりも彼は仕事を優先させた。
両手をたたき、地面から巨大な手を閻魔の下に出現させる。
「おや。ロキ様も戻ってきておられたのですか?まだ貴方様の名はこちらでは危険なものです。御気をつけください」
その言葉をいうと、黒服は閻魔を乗せた手を前進させ、自らも歩き出していった。
その光景が完全に見えなくなると、ロキは深いため息をついた。それも疲れたような。
「綺麗な方じゃないですか」
「ばーか。綺麗なものだからこそとげがあるんだよ」
ロキはそのまま閻魔とは違うほうへ歩き出していった。
地獄には城と呼ばれる物がいくつか存在する。
そのうちの一つ、閻魔の城の二階、『記録室』と黒く記された部屋の中にロキはいた。
そこには人間界と地獄、天界で起きた事を記録してあり、中には天井まで届くほどの棚がいくつも壁をおおってあり、それ以外にも置かれた棚によって細い通路が出来あがっていた。
そのうちの一つの棚にあるファイルを取り出し、ロキはめくる。
「ロキ様、我々は今霊的物質が何故力を無くしたかを調べているんですよね?」
足もとの猫の声にロキは答えた。
「そうだよ。あのときあいつが何をしようとしたのか。それを知りにきた」
ロキはそう言いながら近くにあったファイルをネロの前に置く。
ネロはそれを読みながら情報を整理した。
(第一世界終末戦争、一度目のラグナルク。世界をいくつも崩壊させ、現存する世界にも多大なダメージを追わせた事件。そして無事に残った人間界でおきた大洪水。何故その二つは起きたんだ?人間の持つ聖書が全ての真実を記しているとは思えぬ・・・。ならば何故だ)
「ロキ様、大洪水は本当に神々の怒りによって起きたのですか?」
「いや、違うよ。アレはあの世界に突然現れた強大な魔力にあの世界が耐え切れずあぁなった。つまり事故だよ」
「ほら」といいながらロキは手に持っていたファイルの中の一文を指差した。
そこには大洪水の原因が記してあった。
「その際に生まれた種族がいるのですか?」
そこにはそうかいてあった。
“大洪水の際に人でありながらも神と悪魔の力を持つ人間が生まれた。その名は―”
「ノア。おそらく今回の事件もあのノアが後ろにいると思う」
「ノアは人を救ったのでは?」
「方舟でか・・・。確かにすくったかもね。ノアの目的はね、世界のリセット、つまり世界の創りなおしだったんだよ。その際に人間も何人も死んでね。世界人口の半分を生きるという苦しみから救ったんだ」
するとふいにロキがファイルを閉じた。
ネロの前にあったものもしまい、急いで外に出る。
「ど、どうしたのですか!?」
だがしかしロキは走り出し答えない。
ネロの首を掴み、高速で移動する。
そしてあっという間にロキははじめにいた森に立っていた。
「ね、ネロ!急げ!早く戻るぞ!閻魔大王が帰ってきた!この魔力、間違いねェ!」
地獄から人間界に通じる鉄の門の前でロキは叫んだ。
「私がどうかしたか?」
そして、目の前からの声にロキは固まった。
鉄の門によりかかるように立っている長身白髪オールバックの黒いコートの男がロキに向かっていった。
「ロキ様、もしかしてこの方が29代目の―」
「あぁ。閻魔大王だ。よろしく。我が名はギルレイン。肩書きは閻魔大王だ」
ロキは知っていた。
悪魔と呼ばれる自分達よりも酷い存在がいると。
そして、その者の前では自分たちですらただの人と変わらぬということを。
悪魔は最初、人の皮を被って船に乗るということを。
ロキの目の前で、男が微笑みながら手を差し出した。
男の名はギルレイン。29代目の閻魔大王だ。
ロキはそのことを理解した上で、その手をとらない。隣で使い魔の黒猫が怪訝な顔をしているが気にしない。いや、気にしてられない。
「どうした?ロキ。顔色が悪いぞ?」
ギルレインのセリフを信じてはならない。
この男は閻魔大王に就任するまでの通り名が“魔術の嘘神”だった。
そしてその名は、この男の性格から来ているのだから。
「大丈夫か?やれやれ、仕方ない、少し城で休むといい」
ギルレインはそういいながらロキの肩に触れていた。
一瞬にして光景が変化して、ロキは先ほどまでいた城の入り口に立っていた。
「!」
ヤバイ。引き戻された。そうおもったが、同時に気づいた。
・・・・声が、出ない!?
「さぁ、少しここにある空き部屋で休んでいくといい(にぶいな。いまさら自分ののどが我の魔力で潰されたことに気づいたのか?)」
・・・あぁ・・・なんか声がダブって聞こえる・・。だがネロには聞こえていない。
「さぁ、ネロ君。君は少しここを見学してきたらどうだい?初めてなんだろう?」
「よ、よろしいのですか!?」
「あぁ。ロキもそう言っているよ」
心の中で首を横に振るが、ギルレインの魔力によって首は縦に動いた。
「では、すこしだけ・・・」
そう言い残しネロは角を曲がっていった。
誰もいなくなった入り口で、ギルレインが笑みの質を変える。
にこりからにやりに。
「さて、ロキ?少し遊ぼうか?なに、仕事のことなら我が優秀な部下や娘がしているから問題ない。ではまず、じゃんけんだ。もし我が負けたらお前を今すぐ人間の世界に戻してやろう」
無理に力をこめると、声が出た。だんだんと感覚が戻っていく。
「もし、俺が負けたら?」
「・・・・。では、はじめよう」
「俺が負けたらどうなるの!?」
「じゃんけん、ぽい」
ロキは慌ててグーをだす。
対してギルレインは、ロキのだしたグーを見てからパーを出した。
「ズルっ!」
「あとだし禁止といった覚えは無いぞ?」
そういいながらギルレインはロキの頭に手をおき、念をこめた。
同時にロキの身体に力が入らなくなる。
「な、何してやがる!」
叫ぶロキの目の前でギルレインは懐から小型の機械を取り出す。
「これはな、映像と音声を入れておけるものだ。そして今私はお前の記憶を映像化してこのなかにいれている」
つまりとまえおきして
「お前の今日までの記憶全てをここに保存して後で部下たちと見ようと思っているのだ」
「・・・・・」
「ついでに我の念をおまえの頭の中に残して時々音声を送ってやろう。たとえばこんな感じで」
突如、ロキの頭の中に武田鉄也の曲が流れ出した。
「はははは楽しみだなぁ。お前の淡い初恋の瞬間などをばっちりと記録して、それを皆で見れるのだから」
「大人げねェぞ!ギルレイン!」
「はははは我は心は少年のままなのだよ」
「それが閻魔大王の発言か!?」
それから十二時間後、精神的ダメージを持ったロキは人間界に返された。
学校。そのありふれた日常的世界にロキはいた。
地獄でトラウマを負ってからすでに数日がたった。
その間、ロキはいままで通り自分の住んでいたアパートで暮らしているが、いくつか生活に変化があった。
まず第一に、いつもまっすぐに家から学校まで来ていたが、最近は毎朝必ず夢見家に立ち寄るようになった。いや、現密にはそこから夢宇とともに蓮華に会うためである。
華蓮は夢宇の監視役らしく、そのため家が近い。っていうか隣。
会うたびに蓮華はかわいいが、その度に、地獄にいる閻魔の娘の姿が浮かんだ。
恐らくギルレインに何か脳をいじられたのだろう。
そして、少しずつだが、悪人に出会うようになってきた。
だが、なにぶんペースがおそい。
いっそ街ごと消してしまえば手っ取りばやいのだが、ロキはこの街が気に入っていた。
そのため街ごと消すことはできず、それにそんな事をしては時間が無くなってしまう。
この世界に残っていられる時間が。
そんなわけで、ロキはある計画を夢宇たちにはなしてみた。
「なぁ、いっそのことさぁ俺がお前の家に住み込んで店をやらない?」
「うわぉ、いきなり変な事を」
「あのね、ルナちゃんもいるのよ?そんなこと私たちの意見だけできめられないでしょう」
突然夢宇の携帯が鳴り響いた。ちなみに非通知。
「もしもし?」
『・・・もしもし』
電話からはルナの声が響いた。
「る、ルナ!?」
『私は別に家に居候が増えてもかまわないし、私にバイト代が出るなら店をしてもかまわない』
それだけいって、電話が切れた。
「・・・・なんで知ってんだろ?」
「さぁ・・・妹のすることは理解できない」
首をかしげる夢宇にロキはいう。
「まぁ何はともあれ許可はおりたね」
「・・・なにやんの?」
「うん。やっぱこう事件が多く集まるようなのをやりたい。その方が俺にも夢宇にもいいだろうし」
「そうだね。それに夢魔の件でわかったけどもっと強くならなきゃね」
「うーん・・・じゃぁ不思議な問題を取り扱う店として零々事務所っていうのは?」
夢宇の一言に、ロキと華連がうなずいた。