the Tale of King DUKE


1 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:44:29 ID:onQHLcVA

滅びようとしている小国ティアス。

これは、ティアス国の次期王位継承者――デュークの物語。


2 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:47:50 ID:onQHLcVA

数時間前まで彼は

「・・・アーキス? アーキス・・・どこ?」
少年――いや、まだ男の子と呼ぶに相応しい年齢か――は、崩壊した城の瓦礫の上をふらふらとさまよっていた。
「アーキス・・・?」
男の子の首にはペンダント。ティアス国の王位継承者に代々与えられるものである。
この男の子は次期王位継承者――デューク・レイザード・ティアス・キング。ティアス姓を名乗るという事は、ティアス国の王となるはずだった人物である。
そう。「なるはずだった」。
少なくとも数時間前までは・・・。

膝の上で不安そうに震える男の子の肩を、ひとりの若い男が優しく抱く。
「大丈夫です。この『騎士の間』まで敵が来る事は滅多にありません」
男の子が顔を上げ、半分叫ぶように言った。胸元のペンダントが揺れる。
「ぜったい? ぜったいこない?」
男は一瞬、判断に迷った。
この小さな男の子から不安を取り除いてやるべきか、それとも。
王位継承者に本当のことを伝えるべきか。
数秒のち彼は、ゆっくりと言った。
「ええ。来ません」
男の膝に抱かれている男の子――デュークは安心したようににっこりと笑った。それを見て男の良心が痛む。
いくらこの城が見晴らしの良い台地に建てられていても、今自分達のいる『騎士の間』が城の最深部にあるといっても、既に三方を敵に囲まれている。唯一残されているのは高い崖に面した箇所だけである。
あと数時間で確実に城は敵の手に落ちるだろう。そうなるよりも前にこの子を安全なところまで非難させないと。
と、突然目の前の扉が開いてひとりの兵士が飛び込んできた。
「アーキス様! 既に敵は城内へ――」
みなまで言わせず、兵士の後ろから飛んできた槍がその身体を貫いた。
アーキスと呼ばれた騎士は、幼い子供にその光景を見せまいとしてその子の視界を自らが盾になることで遮った。兵士の倒れる音。
ここにいては危険だ。はやくこの場を離れないとこの子の身に危険が及ぶ。
このとき騎士の心にあったのは次期王位継承者デュークを護る事ではなく、ひとりの男の子としてのデュークを護る事だった。
「行きましょう」
アーキスはひょいとデュークを抱き上げると、危険地帯、つまり敵の手に落ちていまや敵陣まっただなかも同然の城内から脱出するために扉を蹴り破った。


3 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:48:56 ID:onQHLcVA

彼等は逃れる為に

隠し通路を全速力で駆け抜けるアーキス。
背後から「騎士の間」に突入したらしい敵兵の声が追ってくる。
「アーキスのウソつき、きちゃったじゃないか!」
背中でデュークが叫ぶ。アーキスはそれには応えずただ石畳の通路を走った。
デュークが泣き出す。無理も無い、この子は自分が敵の手に落ちたが最後、どんな扱いを受けるかがはっきりと判っているのだ。この年齢でこれほどまでに理解力や思考力が発達している子供を、デュークのほかにアーキスはひとりも知らない。
通路を駆ける彼らの前に、前方から来た敵の兵士が立ち塞がった。
「そろそろ貴様の強運も尽きたようだな、アルファー」
そういって剣を構える。
アーキスは溜め息をついた。これまで巧みに隠しとおせていた自分の素性と王位継承者の側近であるという事実が一体どこから漏れ出したのか。ここ数ヶ月訝しく思っていたのだがやはり間諜か――
奇声と共に敵兵が斬りかかってきた。素早い動きでそれを回避し、デュークを壁際に降ろしたアーキスは背中に担いだ大きな鞘から剣を抜いた。刃の長さも幅も人の脚ほどありそうな猛々しい両手剣が、寸分の狂いもなく敵兵に狙いを定める。
これが手に馴染んだ自分の剣では無く少し扱いづらいのが残念だったが、城内での帯剣許可がおりていて幸いだった。部屋を出るときに手近に置いてあったものを持ってきたのだ。何も無いよりはいい。
「下がってろ」
デュークの地位を敵にさとられぬようわざと乱暴な口調でそう命じ、アーキスは敵兵から一歩後退した。それと同時に剣を大きく振り上げる兵士。
がらあきになった敵の胴めがけてアーキスの両手剣が――いや、その柄が容赦なく叩き込まれる。
兵士は音も無く崩れ落ちた。
壁際で一部始終を見ていたデュークがほっとしたのもつかの間、前方からは兵士達が次々とこちらに向かってくる。これはまずいことになった。
「ペンダントを」
頷くデューク。
アーキスは王位継承者の証であるペンダントをデュークから預かり、自身の袖口に滑り込ませた。
さて、アーキス達の周りをばらばらと駆けてきた敵兵が取り囲んだ。
「貴様、継承者の側近か?」
これで間諜の存在がはっきりした。自分の顔は間違い無く、経歴ともども敵全体に知れ渡っている事だろう。
幸いにも肝心の継承者の顔はまだ伝わっていないらしく、兵士達はデュークを見て目を細めた。
「何だこのチビ?」
危ないからあっちへ行ってろと親切にもアーキスに背を向けてデュークの背中を押してやった兵士に、アーキスは迷う事無く斬りかかった。
巨大な両手剣がうなりをあげて兵士を襲う。その一撃が兵士にヒットするや否やアーキスは横に跳躍し、デュークの腕を掴んで引き寄せた。
兵士たちの間に恐ろしい濃度の恐怖が迸る。人間離れしたその反応速度に、彼らの思考は一瞬停止する。
彼らが我に返ったのは、アーキスが敵兵の懐に飛び込んでふたり目と3人目に蹴りを撃ち込んだときだった。
それぞれ剣を抜き、あるいは槍を構えアーキスに向けた。
デュークは壁際でじっとしている。彼はこの状況下での自分の役割をすでに理解していた。デュークの役割、つまり戦闘の邪魔にならないように、かつ敵の攻撃範囲に入ってしまわないように逃げ回る事、簡単に言えば彼の役割は出来るだけ目立たないようにしている事だった。
アーキスは右へ左へと軽やかなステップを踏んで、敵兵の間を縫うように動いている。その動きは風のように速く、とても防具プラス両手剣の重さが感じられるものではない。
「とっ!」
首筋めがけて流れてきた敵の一撃を剣の柄で受け、弾き返す。そのまま一連の動作で身体を半回転させて、背後にまわっていた兵士を3人まとめて横薙ぎにした。吹き飛ばされた兵士達は壁にブチ当たるが速いか応援を呼びに通路を駆けていった。
何故両手剣でまともに切りつけられたにも関わらず、そんな事が出来るのか? ――答えは簡単、アーキスがわざと敵にダメージを与えないように攻撃しているのである。最初にやられた兵士だって、斬られたのではない、剣の腹で叩かれたのだ。
なんとか敵兵を蹴散らしたアーキスは、再びデュークを背負おうとした――が、少なからず彼も傷を負っていた。デュークの軽い身体さえも支えきれず、二、三歩よろめく。
その様子を見てデュークがおずおずと口を開いた。
「――ぼく、はしろうか?」
「・・・走れますか?」
うん、と力強く頷くデューク。
・・・今の私になら、この子の足でも楽に付いて来れるな。
心の中で苦笑いをして、アーキスはデュークの手を取って走り出した。


4 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:51:21 ID:onQHLcVA

彼を求めて追う者

隠し通路は城の地下大聖堂まで続いている。
アーキス達が大聖堂まであと数メートルの階段へ辿り着いた時、それまで一生懸命走っていたデュークが足を止めた。
「どうしました?」
アーキスの問いかけには応えず、ただ怯えたように大聖堂の奥を凝視している。何があるのかとアーキスは大聖堂の奥に目を凝らしたが、そこには薄闇に紛れて祭壇とステンドグラスがあるだけで、変わった事は何も無い。それなのにこの怯えようはなんだ。
「デューク様?」
「・・・アーキス・・・」
震える声で彼の名を呼び、その腕にしがみつくデュークを見てアーキスは思った。
この子は、常人とは異なる何かを秘めている。自分達には見えないものを見、聞こえないものを聞き、感じない何かを確かに感じていると。
だが今はそんな事は関係ない。
王位継承者を安全地帯へと避難させるべく、アーキスは大聖堂へと足を踏み入れた。

さて、ここからどう城外へ出るかだ。大聖堂の壁にもたれたアーキスは頭を抱え込んだ。
もともとこの通路は一時避難のために設計されたものであり、この城自体がこのような非常時に対応できるようには建てられていない。
祭壇に立てかけてあった金属製の十字架を見上げていたデュークがふと顔を上げた。
「アーキス? これもけんになる?」
「剣――ですか?」
アーキスは今までの思考を中断し、首を傾げた。
「さあ・・・もういちど溶かして造り直せば剣にもなると思いますよ」
デュークの背丈と同じくらいの大きさの十字架。デュークはひやりと熱を奪うその表面にぺたぺたと触れて、面白そうに言った。
「アーキス、ぼくが大きくなったら、いっしょにけんのれんしゅうしてくれる?」
アーキスの頬が自然とほころぶ。
「ええ。一緒に、ね」
「やくそくだよ?」
無邪気な声に頷き、アーキスは表情を引き締めた。
そのためにも、今ここで敵の手に落ちるわけにはいかない。

ティアスの神に詫びてからステンドグラスを割り、そこからアーキスは聖堂の外に出た。ひとりではステンドグラスを乗り越えられないデュークに外側から手を貸す。
「だいじょうぶだよね」
デュークが心配そうな顔で訊いた。
「大丈夫ですよ。必ず出れます」
必ず、に力を入れて断言したアーキスに、デュークは違う違うと首を振る。
「けが。アーキスの」
ああ、そんなことかと思い出したのは良いが、アーキスの傷は「そんなこと」ではちょっと済まないような状態になっていた。ただし本人はあまり痛みを感じていないようで、けろりとしながら頷いた。
「大丈夫です。たかがこんな傷では死にません」
良かった――とデュークが言いかけ、その言葉を遮るように、大聖堂の内側から大声が響いた。
「アルファー!」


5 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:53:07 ID:onQHLcVA

護るために彼は

瞬時にアーキスは大聖堂の中に戻っていた。声の主の顔を見るなり苦々しく言い放つ。
「お前か」
「俺で悪かったな。デュークはどこだ」
抑揚が無く、男にしては細く高い声。
「もう出て行ったよ」
嘘ではない。既にデュークは大聖堂の外にいて、この会話を息を潜めて聞いている。
「呼び戻せ」
「私の言う事など聞きはしないさ」
これは嘘だ。
「では連れ戻せ」
「嫌だね」
「殺すぞ」
す、と相手が動いた。咄嗟にアーキスは両手剣が盾になるよう構える。
予想通り、相手の手から放たれた斬撃が両手剣に弾かれた。「それ」は両手剣の側面に小さな傷を付け、虚ろな音を響かせて床に落ちた。
「それ」――通常より少し、ほんの少し大型のダガーだった。ダガーに目をやったアーキスは首を傾げた。
「確か・・・お前はソードマンじゃなかったか?」
「そう。最強のヘルバ・ソードマンだ」
では何故、攻撃に剣ではなくダガーを用いるのか。そうアーキスに訊ねられた相手は、ゆっくりと前進しながら答えた。
「今のが攻撃? アルファー、俺をバカにしてるのか」
闇から浮かび上がるように、相手の姿が現れた。アーキスの身長には劣るが長身痩躯の体にぴったりとした動きやすそうな黒い服、腰の左右には双剣の鞘が一本ずつ固定されていて、頬や首にかかるやや長めの髪はスピット・カール。
異質なのは、その背中にもうひと振りの剣を背負っていることだった。
双剣使い、というのなら聞いたことはあるが、ひとりで三本も剣を使うなど通常では有り得ない。だいいち手が足りない。必ず一本が余り、無駄な動きを生み出しそれが敗因になる。
肩越しに背中へと手を回し、無造作に剣を抜いた相手はそれを構えもせずにアーキスとの間合いを一気に詰めた。
「攻撃ってのはな? こう、やるんだよ!」
横方向に走る剣の軌道。アーキスは避けずに両手剣で受け止めた。そこから体勢を立て直す間も無く、左の鞘から抜いた別な剣による一撃がアーキスに向かって放たれる。
これだから双剣使いは面倒なのだ。
特にこちらの武器が反動の大きい両手剣などの場合は、とアーキスは付け加えた。
攻撃の反動を喰らう間に、もう一本の剣で攻撃が出来る。単純に考えてもそのタイムロスは通常の2分の1だ。しかも両手剣はかなり大きく振りかぶらないと攻撃できないという欠点がある。これがいつもの、使い慣れた自分の剣だったら、と今更ながら思ったが時すでに遅し。
耳障りな音と共に、両手剣の先端が派手に折れる。
「使えないな」
ものを斬ることの出来なくなった剣を見、相手がバカにしたようにそう言った。だがアーキスは少しも表情を崩さない。
両手剣は「斬る」ことを目的に造られた剣ではない。たとえその先端が無くなったとしても、仮に何十年も手入れをせず刃がこぼれてボロボロになっていたとしてもだ、その重量と使い手のパワーさえあればこの剣は役目を果たすことが出来る。
アーキスは無言で、剣の腹を横殴りに振った。
鈍い音がして相手の気配がかなり遠くに飛ばされる。どうやらうまくヒットしたらしい。アーキスは戦闘を切り上げる為に倒れた男に呼びかけた。
「ソルダート、お前もういい加減にしたらどうだ」
「・・・そんな重いモン振り回したって疲れるだけだろ?」
シュバリエ・ソルダートは、飛ばされて床に背中を打ち付けた状態からゆっくり上体を起こし、負け惜しみのように呟いた。
「俺はティアスの味方にはならない。ずっと、ソードマンのままで居続けるんだ」
アーキスは顔をしかめる。この男がそこまでヘルバのソードマンにこだわる理由がわからないのだ。
大して強い訳でもない。規模もそんなに大きくはない。それなのに何故、「ヘルバ・ソードマン」にそんなに肩入れするのか。
「・・・判らんな」
「判らなくても良い。っていうかもともとお前なんかに判って欲しくないねっ」
言うなりソルダートは長い脚で反動をつけて一気に飛び起き、床に落ちていた自分の剣を再び握る。
「ただしデュークは置いていってもらう」
本人がすぐ側にいるとはつゆ知らず。ソルダートは右と左、両腕に剣を構えた。
アーキスはちらりとデュークの方を見た。デュークは聖堂の中に戻ってきて、祭壇の後ろで縮こまっている。
ソルダートから視線を外した隙に、前方からの攻撃がアーキスを捉えた。
避けきれず、肩口を剣先が擦った。
「――っ!」
体勢が崩れる。追い討ちをかけるように上方向から降り注ぐ、ふたつの剣から生じる軌跡。
かろうじて両手剣で防ぐが、そろそろこの剣も役に立たなくなってきた。
なにも、剣が悪いのではない。さっきまでは自在に操れていたこの重量、それを支える力が今の自分には既に残されていないことをアーキスは知っていた・・・


6 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:54:56 ID:onQHLcVA

彼にも戦う意志がある

強力な斬り攻撃に押されて、アーキスの身体はずるずると後退する。
踵が聖堂の壁に触れた、その瞬間。
途切れる事無く双剣での攻撃を行っていたソルダートの動きが、ぴたりと止まった。その目は祭壇の向こう――デュークの立っている位置に向けられていた。
デュークの周りに白く発光する魔法陣が描かれている。その中央でデュークは髪を逆立て、凄まじいエネルギーを辺りに放出していた。
ソルダートは忘れていた。ティアス国の王位継承者は、今では数えるほどしかいない魔法詠唱を行える人物なのだという事を。
そしてソルダートは悟った。自分の目の前にいる、今詠唱を行っているこの人物こそ、王位継承者のデュークであるのだという事実を。
魔法陣は更に光度を増して――
『――ホーリーランス!』
デュークの口から放たれた言葉に魔法陣から昇華した意思が宿る。
ソルダートの真上から、槍の形を成した光が彼を貫いた。
続いて前方から、
後方から、
斜め横から、
そしてもう一度上空から高く、
合計六本の槍がソルダートの動きを封じる。
続いて別の攻撃詠唱に移ろうとしたデュークを、アーキスが止めた。
「今の目的は、ここから脱出する事です!」
魔法陣の中央から抱え上げられて、我に返ったデュークは詠唱をやめた。
再びステンドグラスの割れ目から二人は外に出ようとしたが、背後から飛んだ剣がそれを制した。
「まだ・・・俺は戦える・・・」
ソルダートが残った気力を振り絞り、魔法抗力によって捕らえられている身体を無理に動かそうとしている。その動きの遅さと異常な腕の曲がり方からかなりの負荷が彼の身体にかかっている事が伺えるが、ソルダートは動きを止めない。
「バカ! 動くな!」
アーキスが叫ぶが、それはもはや彼の耳には届いていない。ソルダートはまるで痛みを感じていないかのように、自らの身体が悲鳴を上げるのを無視し続けて懸命に動く。
「デューク・・・王位・・・、王位継承者を・・・ッ」
逃すか、とソルダートは唸り、腕の骨がボキリと鳴るのも構わず左手に握っていた剣を壁の一点に突き立てた。
渾身の力を込めて。
その瞬間――聖堂の周りで地響きが起こった。
「は・・・、ははは・・・っ」
毀れたように哄笑をあげるソルダート。それを見てアーキスの背筋が凍りついた。
「まさか――」
そのまさか、だった。
ソルダートは聖堂の最も脆い一点にエネルギーを加えたのだ。
聖堂が崩壊する一点に。
この地下大聖堂が崩れれば、上に建っている城はもちろんこの辺り一帯の土地は陥没してしまう。
「デューク様!」
アーキスは持っていたペンダントを再びデュークに渡した。デュークがそれを首に掛けると同時にアーキスはその身体を持ち上げ、聖堂の外へ、出来るだけ上へと放り投げた。
とっさのことに驚いているデュークの顔がちらりと見え――
そして、聖堂の天上部分がアーキスと、動けないソルダートを襲った。


7 :つきしろけいや :2008/07/07(月) 16:57:32 ID:onQHLcVA

そうして彼は歌を詠む

「・・・アーキスぅ・・・」
瓦礫の上――かつて聖堂があった場所に座り込んで、男の子は泣く。ペンダントが音をたてる。
大聖堂が崩壊したおかげで、敵兵は全滅した。しかし味方においてもそれは同じ事が言えるだろう。

おもむろに立ち上がった男の子は、何を思ったか自分の周りの瓦礫をどけ始めた。
もうその目に涙は無い。
幾分片付いた小さな円陣が出来上がると、男の子は大きく息を吸い込んで、その中央に立った。
魔法詠唱を始める気なのか――
彼の周りの地面に光の線が走り、それは凄まじい速度で魔法陣を描く。魔法陣は男の子が唱える言葉に備えて待機している。
しかし彼は詠唱を口にしようとはしなかった。その代わり――
「・・・ぼくは、ここにいるよ・・・」
今頃は戦場で指揮をとっている筈の父親である国王に、自分は顔を知らない母親である王妃に、いつも自分の周りにいた人達に、騎士達に、そしてアーキスに向けて、デュークはシグナルを送った。
エネルギーが尽きて魔法陣が薄れ消えるまで――デュークはシグナルを送り続けた。


8 :つきしろけいや :2008/07/25(金) 16:22:00 ID:mmVcons3

彼は過去を想う

 「・・・様、デューク様」
 自分の名を呼ぶ声に、デュークは薄く眼を開ける。
 青空を背景に、自分を見下ろすみっつの影。
 「良かった・・・」
 安堵の声を上げ、自分を抱き起こし次いで抱きしめたのは小間使いのクレア。彼女の柔らかい栗色の髪が鼻をくすぐり、デュークは小さくくしゃみをする。
 「お怪我は?」
 自分の顔を覗き込むようにしてそう尋ねたのは見習い騎士のソルウィン。そう尋ねる彼の顔にもこすった傷が見受けられる。
 そしてなにも言わずに少し離れた所から自分を見守っている、この人は――
 
 自分はこのひとを知っている。
 城内のどこかで見たことがある。
 あれは舞踏会をこっそり抜け出し、アーキスを連れて城の中を探検していたときだ。
 そう、たしかこのひとは、城の地下鍛冶場でいつも武器をあつらえていた――

 そこで、記憶は途切れる。


9 :つきしろけいや :2008/07/28(月) 15:25:44 ID:mmVcomkL

彼と彼の記憶

 「どうかされましたか」
 はっと我に返った。
 目を瞬けば、そこには見慣れた木製の壁。自分達が一週間ほど滞在している宿屋の壁だ。
 「……何でもないよ」
 「そうですか」
 それ以上その男は深追いをしてこない。
 「デューク様、そろそろこの宿も離れたほうがいいのでは」
 「そうだね」
 ふたりは最小限事務的な会話に抑えている。理由はただひとつ、自分達の素性を周りの人間に悟られないようにするためだ。
 「では行きましょう」
 背の高い自分の行動が周囲の目を引いてしまうということを十分承知してか、男は努めて目立たぬよう椅子から立ち上がり、宿の主人のほうへと歩いていく。
 男が宿賃を支払っている間にデュークは傍らに立てかけておいた大きなケースを肩に担ぎ宿を出た。扉を出たところでいったん重いケースを地面に下ろし、担ぎなおす。丈夫な 革製のそれはデュークの身長よりも大きい。
 中身は大剣である。
 2年前に自分の側近であるアーキスと交わした会話。
 それは望まないかたちで実現した。

 「お待たせ致しました」
 宿の出口から男が姿を現す。
 「行こうか」
 短く言って、デュークは男に背を向けた。


10 :つきしろけいや :2008/07/30(水) 12:51:37 ID:PmQHQAoc

成長しない彼の身体と

 11歳程のまだ年端もいかぬ男の子と、長身で優しそうに整った容貌の若者の二人連れ。
 男の子のほうは背中に身長よりも大きな武器を背負っており、若者はどこかの騎士のような身なりをしているとあれば往来を行く人々の目を引くのは誰が聞いても必然といえることだった。
 
 「……しかし、伸びませんねえ」
 背後から男がデュークに話しかける。
 「あれからもう2年も経ちますよ」
 「……もういいよ、慣れた」
 投げ遣りに言い、デュークは左足を軸にしてくるりと体を回し男に向き直る。後ろ向けに歩きながら、それでも視線は男の顔を外さない。
 「ちゃんと前を見て歩いてください。どうもあなたのする事はいちいち危なっかしくて見ていられない」
 「大丈夫だってば」
 心配そうな男の助言を聞かずにデュークはそのまま歩き続けている。ふむ、と男は唸ってあごに手をやった。
 「何故でしょうね」
 「後ろ向けに歩くの得意なんだ僕」
 「ではなくて、あなたの身体的成長の話です」
 へ? とデュークが足を止める。
 「もうその話終わったんじゃなかったの?」
 「まだ終わりません」
 やれやれと溜め息をつく男をデュークは見上げる。
 「あなたにも年相応の落ち着きと洞察力をつけて貰いたいものですね」
 「どうせ、僕はもう15歳だよ」
 ぷうっと頬を膨らませるその動作に15歳などという面影は微塵も見当たらない。
 「いつからでしたか。あなたの成長が止まり始めたのは……」
 「8歳頃から大きくなるのがほかの子より遅くなった」
 「それから?」
 「それでもちょっとずつは大きくなってるんだよ、僕。10歳になったあたりから急に背が伸びなくなって……だんだん大きくなるのがゆっくりになってきてる」
 「それで今を迎えたという訳ですか」
 その原因を、男は知らない。
 いや、本人であるデュークでさえも――

 ティアス国の空は今日も晴れ渡っていた。


11 :つきしろけいや :2008/08/08(金) 15:23:25 ID:mmVcokQJ

すべては彼の為に

 「……あんなところにいた♪」
 建物と建物の影、細い路地の壁にもたれた男は嬉しそうに笑う。
 黒い服に黒いズボンに黒い靴、髪の毛まで暗い焦げ茶色という全身黒ずくめの姿に、往来を行き来する人々よりも頭ひとつぶん背が高くすらりとしている。
 彼の視線の先には、背中に大剣を背負った小さな男の子。そばにはブロンドの髪をした品の良さそうな若い男が付き添っている。
 「ずいぶん探しましたよっ……と、あーやっと見つけた」
 嬉しくてたまらない、といった表情を作る。
 「待っ・て・て・ね。次期、王位、継承者サマ」
 そして男は路地の奥の暗闇へと溶け込み、姿を消した。
 男の名は――シュヴァリエ・ソルダート。

 高く澄み渡った青空に、金属が金属を弾く音が響き、吸い込まれていく。
 「やった!」
 デュークが顔中輝かせて嬉しそうに叫んだ。
 「アーキスに勝った! やったぁ!」
 そして地に片膝をついて俯き、肩で息をしているアーキスに駆け寄る。
 「強くなっただろ、僕?」
 最後にひとつ、大きく息をしてアーキスは苦笑する。
 「そ……ですね。前よりは……随分、」
 最後まで言い終わらないうちにアーキスの騎士剣がデューク目がけて奔った。
 「ひぅっ」
 妙な声を上げ剣の軌道から横にそれるデューク。次の瞬間にはアーキスは元通り、片手に剣を持ち体勢を立て直している。
 「甘いですねデューク様」
 不敵に笑うアーキス。
 「剣の柄が持ち手から離れるまでは勝敗はついていない、前にもそう教えた筈ですよ」
 「ん゛〜」
 面白くなさそうにデュークが唸る。
 さあ、とアーキスはデュークを元気づけるように声を上げた。
 「あともうひと勝負したら休みましょう」
 「よし!」
 デュークは再び剣を握り、よいしょ、と剣先を地面に引きずって持ち直した。
 そんな微笑ましい光景に、アーキスは思わず顔をほころばせる。
 そう、デューク様。
 すべてはあなたの為に。


12 :つきしろけいや :2008/09/24(水) 14:05:12 ID:onQHLcVA

Knight - Flale - Sonia


 小さな男の子とその保護者である騎士のふたり連れが泊まっている宿屋はどこか。
 そう訊いて回った少年がいた。

 黄ばんだ紙の切れ端に再度目を落とし、目の前の、押せば倒れそうな安宿の外壁を見上げる。
 「ここか……」
 やっと。

 いらっしゃい、と愛想の良い宿の主人に迎えられ、少年はこう尋ねた。
 「たいそうな武器を持った男の子と騎士がここに泊まりませんでしたか?」
 望みどおりの答えを主人から受け取り満足したその少年は、うっかりすると踏み抜いてしまいそうな古い階段を昇りはじめた。
 何年探したことか。
 喜びを、踏みしめる一歩毎に改めて感じる。
 「デューク様……」
 階段を昇りきった少年は、主人から告げられた部屋の戸を軽く叩いた。

 「――はい」

 蝶番の外れそうになっている外開きの戸を開けたのは、立派な身なりをしたひとりの騎士。
 やっと会える。
 少年は大きく息を吸い込み、

 「僕の剣と道具箱を返してください」
 「は?」

 言葉の意味を汲み取れず、状況も呑み込めていない騎士を押しのけて、少年は無理やり室内に押し入った。
 「こら! ちょっとキミ!」
 慌てる騎士には目もくれず、部屋の中をぐるりと見回す。窓際に、眼をまん丸にしてこちらを見つめている男の子。
 やっと見つけた。
 「デューク様!」
 大きく叫び、少年は窓際の男の子――デュークの傍に駆け寄る。デュークが何か思い出したらしく、あっと声を上げて駆け寄ってくる少年を指さし、
 「……ナイト!?」
 「そうです! ナイトです! 僕の剣と道具箱を返してください!」
 大声で騒ぎ始めたその少年、ナイト・フレイル・ソニアに、デュークとアーキスは顔を見合わせた。


13 :つきしろけいや :2008/10/08(水) 15:02:00 ID:mmVcoLki

彼の義務とその責任

 まあこれでも飲んでおちついてとアーキスが淹れた紅茶のカップを両手でくるみながら、今まで大騒ぎをしていたのが嘘のように大人しくなったナイトは一応説明(らしきもの)を泣きながらふたりに話した。
 「……」
 「……そういう事情ですか」
 ナイトの話は所々飛んで解りにくかったが、どうやらデューク達ふたりが黙って城を出て行ったときに彼の持ち物も持っていってしまったのだということらしかった。
 城の地下からアーキスが見習いの鞄を持ってきたのには少なからず訳があった。これから先、武具が痛んだときにすぐに処置できるようにと、工具が全て揃った道具箱が必要だったのだ。
 デュークが頭を下げながら鞄に入れた道具箱をナイトに差し出した。
 「ごめん。君のだって、知らなかった。返すね」
 「……」
 赤い目をしてナイトは鞄をひったくった。
 「しかし変ですね。私は、たしかに鞄はくすねてはきましたが、無断で剣まで持ち出した覚えなど無いのですが」
 アーキスがデュークに話を振る。
 「覚え、ありますか?」
 「あるわけないだろう」
 そもそも僕が手にしたことのある剣はこの剣だけなんだから、とデュークはベッドに立て掛けていた愛用の両手剣を見やり、その持ち手の線をゆっくりと指でなぞった。
 「他の剣なんて、アーキスのにしか触ったことも……」
 「だからっ、返してください!」
 呟くデュークの声にかぶせるように、ナイトが大声を張り上げた。
 「って言われても……」
 「持ってないんですよね、このふたつ以外は」
 念を押すようにアーキスがデュークに訊ねた。
 「……それ」
 ナイトが俯き指差したのは、デュークが手を触れていた両手剣。取られては大変とデュークは慌ててその大きな剣を引き寄せる。
 「だから、僕の剣。それです」
 ぽかんと口をあけるデューク。
 「僕のだよ」
 ナイトは大きく首を振ってみせた。
 「……城を出ていくときに、作業台の横に立て掛けてあったのを持っていったでしょう?」
 その通りだ、と、アーキスが小さく頷く。地下作業場にはいったときに最初に目につく場所にあったことと、微塵も刃こぼれしていないその見事な外見と傷ひとつ付いていないそこから伺える強度に惹かれ、これを選んだ。
 「それ、まだ造りかけなんです。出来てないんです。作品が完成するまでは誰が何と言おうと僕のものです。だから僕、責任持ってそれを仕上げないと」
 だから刃こぼれひとつしていなかったのか。強度が伺えたのはまだ未使用の武具だったからだ。
 「僕には城の武器職人として、最後まで作品を完成させる義務があるんです。わかってください」
 「……作品、ね」
 自分の造ったものをその職の立場から『作品』としか称しない目の前の少年に、アーキスは思わず言葉を詰まらせた。この子はその『作品』を使用する人の立場にはとうてい立てそうにない。
 デュークはなんとかナイトを説得しようと頑張っている。
 「でもさナイト、これ今持ってかれちゃうとあとあと僕が困るんだよ」
 「わかってます。僕の仕事は『作品を完成させること』までです」
 完成すればまた今の持ち主であるデュークに返すと言っているのか。
 「二日で仕上げます。だからそれまで待ってください」
 「そのくらいだったら構わないよ。ねえアーキス?」
 「……ええ、そうですね」
 渋々アーキスはそれを了承した。予定を大幅に遅らせているのに、また余計な足止めを喰らうことになってしまった。しかしデュークの命令は絶対だ。騎士という身分でそれに背くことは出来ない。
 ナイトは先程とはうってかわって、まるで何かついていたものが落ちたみたいに嬉しそうな顔をした。
 「良かった。正直僕、追い返されたらどうしようかってヒヤヒヤしてたんです」
 追い返してやればよかったのだ。アーキスは小さく嘆息した。


14 :つきしろけいや :2008/10/29(水) 16:42:29 ID:onQHLcVA

彼を見守るように

 先頭をデューク。それより数歩後ろにアーキス。そしてそのすぐ後をちょこちょことナイトがついて歩く。
 場所は交易の街アルハの港裏通り。ひとが3人並んで歩くにはやや狭い道の右側にはずらりと立ち並ぶ小綺麗な店、左側には建物のあいまから途切れ途切れにだが大きな港に停泊している立派な貿易船と深く青い色――海が見える。
 「いい加減前歩いて頂けませんか」
 アーキスが首だけ後ろを向いてうんざりとナイトを見下ろした。
 「うっとうしくて歩きにくいのですが」
 しぶしぶナイトは歩調を速めて先頭のデュークに追いつくが、彼に体力がなさすぎるのかデュークに有り余っている元気のせいか、いくらもしないうちに疲れてずるずると後退し、数分後にはやはりアーキスのすぐ後ろあたりを歩く羽目になってしまう。
 「……だから」
 アーキスが渋面を作る。
 「あなたは前をですねっ」
 「すいません……」
 すっかりしょげかえって頭を下げるナイト。
 「私が先に行きますからデューク様とあとから付いてきてください。あなたの歩調に合わさせます」
 「何か言った?」
 地獄耳(デューク)がこちらを振り返った。

 港を見ていきたいとデュークが言ったので、アーキスは行き先を町境の桟橋から港方面へと変更して歩き始めた。後ろから、要望が通ったので大喜びのデュークと相変わらず息を切らせてついてくるナイト。デュークが顔中を輝かせて尋ねる。
 「海、海! アーキス、まだ?」
 「もう少しですよ」
 「ねえアーキス。海って大きい?」
 それにしても、この子は海を見たことがなかったのだろうか。
 「ええ。なんでも大きすぎて、岸の向こう側が見えないと聞いたことがあります」
 楽しみですね、とアーキスはじゃれつくように跳ね回るデュークに笑顔を向けてみせた。実際にはデュークが生まれる前から何度も遠征に行かされて海など飽きるほど見ていたのだが。
 「へえ、それも昔の騎士団のひとに聞いたの?」
 「よくご存じですね」
 3人の前方に、細く狭い裏通りから港の表通りに出る道が見えてきた。港に近く交通の便が良いということで土地が高いのか、所狭しと(というか無理矢理)立ち並んだ背の高い建物に遮られ、ほとんど直接太陽の光が差し込まないこの裏通り。それに紙一枚隔てたように、表通りはそろそろ傾き始めた明るい日の光に満ちあふれている。そしてその先にきらきらと光って見えるのは――
 デュークがいっそう顔を輝かせて、たたっと駆けだした。「海!」


 そのとき、デュークの鼻先をかすめて何かが軽い音を立て着地した。


15 :つきしろけいや :2008/12/01(月) 16:15:19 ID:onQHLcVA

彼を慕い続けるもの

 「やあ、久しぶりだねアーキス。それにデューク」
 地に音立てて着地したその人物が地面についた片膝を伸ばし立ち上がった。おそらく通り沿いに連なる建物の屋根の上からつけてきて飛び降りたのだろう。着地時の衝撃やダメージといったものは微塵も見受けられない。
 表通りからの強い光で影になって顔は解らないはずだが、そのいたって普通の口調で話しているにも関わらず聞いている者を苛立たせるという特徴ある声に聞き覚えがあったのだろうアーキスの表情が凍りつく。
 「……貴様、」
 「気のせいかな。王位継承者の背丈が何年か前から変わってないように思えるんだけどな。そういや初めて会ったときからちっちゃかったねその子? ちゃんと食わないと大きくならないぞ」
 ぺらぺらと軽口を叩くその人影に、アーキスはもの凄く苦い顔をして吐き捨てた。
 「今更何の用だ貴様、この期に及んで私の顔に泥を塗るつもりか」
 「せぇ〜いかい☆ そろそろ今の仕事にも飽きたのでまたまたアーキス殿のお顔に泥でも塗ろーかなと思ってやってきましたっ」
 「……よくもまあ回る口だなシュヴァリエ」
 アーキスは両の腕でデューク達を後ろに庇い、左腕はその状態のまま右の手で腰から騎士剣を抜いた。そのまま体の中心線に持っていき、ぴたりと構える。
 「余計な怪我をしたくなければとっととうせろ」
 「余計な怪我?」
 じりっと焼け付くような笑みを片頬に貼り付けて、シュヴァリエ・ソルダートは大股でアーキスに近付いていき、立ち止まる。近すぎる。これでは剣を振ることも、鞘から抜くことすら出来ない。無理にでも抜こうとすればまともに相手を剣の腹で叩きつけるかたちになる。額でも付き合わせて今にも食ってかかりそうな位置に立ったシュヴァリエにアーキスは剣の間合いを取ろうと半歩下がった。
 「それはこっちのセリフ」
 ほぼゼロ距離から、シュヴァリエの手が両腰に伸びる。その手の先には、2年前と同じ――

 「デューク様から離れろ」

 対峙していたふたりがふたりとも、眼光のみで相手を睨みつけたまま一切の動きを止めた。
 その言葉を口にしたのは、
 「離れろ」

 「――ナイト?」

 両脚を肩幅に開き腰を落として、ナイトが戦闘態勢を取っている。逆手に丸めた左手の親指と人差し指を右肩あたりにぴたりと付け、その指にしっかりと握られているのは切っ先をシュヴァリエに向けられた小振りの短剣(ダガー)だ。幼少の頃、城の地下部屋に入り浸り始めてからろくに外にも出ず――従って城下町になど行ったこともないし、城に敵兵が攻めてきた時以外ろくに戦闘経験のないはずのこの少年が、どうしてこんなにも戦い慣れた手つきで武器を扱えるのだろう。
 「下がっててください危ないですから!」
 アーキスが困惑顔でナイトを見やるも、ナイトは聞くそぶりを見せない。
 シュヴァリエが少し笑って両腰から2本のレイピアを抜き放った。その圧倒的な抜剣の速度。速い。目で刃先を追うこともままならない。視覚に一瞬遅れて、裏通りに反響した耳障りな金属音が意識に浸透してゆく。脚が石畳の地面を蹴り、地を滑るように驚異的な速さでナイトに迫る。速い――
 「下がって!」
 「――近付くなッ!」
 ぶん、とナイトがダガーを振った。幸運にも直撃コースをたどった刃に、シュヴァリエは今のスピードが嘘のように軽い横ステップで回避し、ひらりと屋根の上に飛び乗る。あまりにも軽すぎる身のこなしといい、薄く笑ったその表情といい、いっとき前まで身体中を駆け巡り彼を支配していた筈の勢いはどこにも見受けられない。シュヴァリエは光を浴びて白い影を落とす屋根の上から、光が遮られて日に陰を曝す裏通りの底で自分を見上げて(ただしアーキスは渾身の力で睨みつけて)いる三人を見下ろした。
 「ああそんな物騒なモン振り回しちゃ駄目だろ? 素人が扱い慣れてない刃物なんか使うもんじゃない」
 「やかましい、さっさと失せろ」
 「やだ」
 そして第二波。彼の耳元で鋭く切り裂かれた風が悲鳴を上げる。燕が宙を舞うように、建物の壁と地面すれすれの位置を滑るように奔った黒い影が上方向のナイトに絡みつく。悲鳴を上げる間もなくナイトの手から短剣が飛び、熱い鮮血がその後を追うように飛沫を上げた。ナイトの体重ではその勢いを相殺しきれないまま、アーキスの立つ位置へと弾き飛ばされる。
 「なんだ失敗か」
 アーキスの胸に背中から倒れ込んだナイトをアーキスが支え起こす。アーキスに背中を預け、強張っていたナイトの身体が一切の力を入れることを拒み、それからやっと両手首に開いた深い創傷に痛みの意識が回ったのか掠れた悲鳴を上げて大きく顔を歪めた。一瞬それに目をやってから、2本の剣の中腹――鋼の白刃がむき出しになっている部分をそれぞれ右と左の手で無造作に握り、てのひらが刃先の鋭さを豪快に受け止めきれていないのにも構わず指の色が変わるぐらいにまで強く握りしめた双剣を身体の前で交差させていたシュヴァリエが構えを解く。
 「うまくいったら軽く手首から先ぐらいはなくなってた筈なのになあ」
 両の手に提げ持たれた双剣。刃の表面がナイトの鮮やかな紅血を弾き鈍色に光を放っている。
 目の前で繰り広げられる今まで目にしたことのない景に立ちつくしていたデュークが、我に返って背中の鞘から大剣を抜いた。心なしか顔色が紙のように真っ白だ。そして柄の根元近くを握った手が小刻みに震えだす。震えるその手に、シュヴァリエが侮蔑する眼つきでデュークを見下ろした。
 「怪我人がまたひとり増えるだけだよ王様」
 目視できるスピードを余裕で超えてデュークの剣が叩き落とされる。
 すでに彼の顔に笑顔の面影は見当たらない。
 あるのはただひたすら純粋にすべての破砕を願う感情のみ。
 「大丈夫ですか!」
 呼びかけるアーキスの声にかぶせるように、両手を身体の中心に抱えこむように押さえつけて小さく悲鳴を上げ続けるナイトがいる。すぐ傍にいるふたりの声が、膜で覆われているように遠く聞こえていた。
 シュヴァリエがかがみこんで地面に落ちた両手剣を慣れない手つきで拾い上げる。長身のシュヴァリエにも剣は大きくて、刃先を地面に擦らせて、逆手でぶらさげるように地面から持ち上げた。
 「使えないだろう、こんな重いの」
 風が粗い砂を動かす音がして、デュークがひととき瞬いた次にはもう既にデュークの正面、靴が触れるか触れないかという距離に移動したシュヴァリエが立っていた。そのあまりの速さはデュークの思考に住み着く常識を軽く凌駕し、デュークはただ呆然と目の前のシュヴァリエを見上げることしか出来ない。
 ナイトを壁にもたせかけるように座らせていたアーキスが、ふたりの位置関係をひとめ見るや危険を察して叫ぶ。
 ふたりにその声は――届かない。
 「バイバイ、王様」
 乾いた地面に落ちる大きな影とちいさな影が揺らいだ。
 重い剣がデュークに向かって振り下ろされた。


16 :つきしろけいや :2009/05/25(月) 16:38:36 ID:mmVcons4

対峙、そして彼は覚醒する

 シュヴァリエが動きを止めた。
 陽の傾き始めた地面に影が満ちる。
 鋭い大剣を力任せに振り下ろしたままの形で携えている大きな影と、

 ちいさな影がふたつ。

 カランと金属質の音がして、ちいさな影の足元に短剣が落ちた。
 それを追いかけるようにぱたぱたと真新しい血が滴る。
 動くこともできずにただシュヴァリエを見上げることしかできないでいたデュークを庇うようなかたちで、ナイトがデュークとシュヴァリエの間に立っていた。
 その左手はシュヴァリエの振り下ろした剣に深々と貫かれ、

 その右手は、二本目の短剣をぴたりとシュヴァリエの首筋に正確に突きつけていた。

 「――な……」
 何を――、と口を開こうとしたシュヴァリエの咽元に、更に強く短剣の先が押し付けられる。
 「っつ」
 シュヴァリエが顔を歪める。
 「……僕はお前に言ったはずだよ。――デューク様から離れろと」
 細い髪が血と汚れでほつれて顔を覆い、そのせいでナイトの表情はわからない。
 「警告済みだ」
 ただナイトは淡々と言葉を紡ぐ。
 「だから――」
 ナイトが顔を上げた。

 静かな笑みを浮かべて。

 その笑顔にシュヴァリエの大剣を持つ手が一瞬緩んだ瞬間、ナイトは左腕もろとも大剣を勢いよく跳ね上げてシュヴァリエを弾き飛ばした。
 「悪いけど腕の一本や二本なくなっても」
 自らも後方へ跳びながらナイトは叫んだ。
 「――自己責任なんだから仕方ないよねっ!!」
 そのまま地を這うように距離を詰め、その勢いのまま短剣をシュヴァリエに叩きつける。すんでのところで剣先の軌道をかわしたシュヴァリエが体勢を立て直したときには既に、ナイトは取り落とした短剣を拾い、双剣の目標をシュヴァリエにあわせ終えていた。
 シュヴァリエの足元に視線を落としたまま静かに問いかけるナイト。
 「……まだ無益な戦いを続ける?」
 「黙れ」
 不機嫌そうな顔をしてシュヴァリエがぼそりと呟き二本のレイピアを地面に振り下ろした。
 ざくり、と地が裂ける音。

 ――違った。
 「黙れって言いたいのは僕」
 ナイトが再び逆手で持った短剣をシュヴァリエに向けていた。
 先程と違うのは、その剣先がシュヴァリエの肩口を裂いていたことだ。
 まっすぐ彼の顔を見据えた表情にはすでに微笑みなど欠片もない。
 「黙るのはそっちだよ」


 ――なんなんだこのガキ。


 ちっと大きく舌打ちをし、シュヴァリエは肩に深く突き刺さる短剣を無視して無理やり身体を引いた。そのまま障害物をすり抜ける要領で壁際から逃走しやすい道の中央へと移動する。このくらいの傷ならば自分のスピードに大した影響は出ないとたかを括っていたが、ふと後方に目をやったシュヴァリエは思わず言葉を失くした。
 ナイトがぴたりとついてきている。それも自分と同等のスピードでだ。
 「ウソ、だ、ろっ」
 シュヴァリエは右手に提げ持ったレイピアを振った。ナイトはその斬撃波までも余裕でかわし、逆にシュヴァリエの真後ろの死角に入った。
 それなら、とシュヴァリエがレイピアを握り直した。
 叩き落としてやる。
 シュヴァリエが振り返り、レイピアを槍のように突き出す。避けきれずにナイトの体勢が傾いだ。
 「じゃあな? 恨むなよ?」
背筋を焦がす嫌な笑みを貼り付けてシュヴァリエはもう片方のレイピアにナイトを地面に振り落とすべく反動を付け――
 ナイトが無表情で、背後に引いたシュヴァリエの腕を掴んだ。
 無表情。
 「誰が恨むか」
 一瞬の出来事だった。
 ナイトは捉えた腕を軸に飛び上がると宙返りざまに蹴りを放った。鋭い蹴りがシュヴァリエの顔面にクリーンヒットし、着地したときには、ナイトは元通り安定しきった構えで短剣を握っていた。
 負傷しているとは思えない身の軽さだった。
 これは普通に戦りあったんじゃ勝ち目がない。
 シュヴァリエはナイトを一睨みして裏通りから屋根に飛び上がると、忌々しそうに舌打ちをして表通りの雑踏に紛れこみ姿を消した。

 「ナイト!」
 金縛りが解けたようにアーキスとデュークがナイトに駆け寄る。
 「大丈夫?」
 デュークの問いかけにも答えず、エネルギーを使い果たしたのか、ナイトはその場にへたへた〜と座り込んだ。


 「本当に大丈夫なんですか? うわーもうこんな無茶を」
 アーキスが、まるで自分が治療されているような声を出してナイトを覗き込んだ。日当りのいい表街道にはこちらも自分の怪我のようにそわそわと落ち着かないデュークと大人しく治療薬を塗られているナイトが並んで座っている。
 「うわ、うわあ、あいたたたた」
 先程からずっと悲鳴を上げ通しなのは大怪我をした本人よりももっぱらアーキスのほうで、ナイトの開いた傷口に沁みそうな色の薬がぺたぺた塗られるのを見ては顔をそむけている。
 「もう! あんたは黙ってな、気が散る」
 挙句の果てにナイトの治療にあたってくれていた通りすがりの女性にそう言われて追い払われる始末だ。
 シュヴァリエが去った後、表通りで待ち伏せているのではないかとも考えないではなかったが、とにかく傷の手当てができる宿屋を探そうということになり、ナイトを背負って表通りへ出たところを、万全の用意を持ったこの女性が目ざとく見つけて介抱してくれたのだ。
 「びっくりしたわ、全身血だらけの子供が担ぎ出されてきたんだもん」
 ナイトの腕に包帯を巻きながら女性は「なにしたらこんな怪我になるのよ」と首を傾げ、ポンと包帯の巻かれた腕をはたいた。
 「はい、治療終わり」
 「ありがとうございます」
 追い払われて役に立たないアーキスの代わりにデュークが礼を言った。当のナイトはまだ出血のショックから抜け出せないでいるらしく、声が出せない。
 「どういたしまして」
 静かに笑ってみせた若い女性が、立ちあがろうとしたデュークの腕を掴んだ。
 「じゃ、治療代ね」
 「ええええええええ!?」
 大声を上げたのはデュークだが、ナイトもそんな馬鹿な話があるか! と目を丸くした。
 「どうかしましたか?」
 悲鳴を聞きつけたアーキスが飛んでくる。デュークとナイトは揃って女性を指差した。
 「ふふ、冗談に決まってるでしょ? こんな立派な御身分の御一行から料金なんて取り立てるわけないじゃない」
 「はい?」
 状況が飲み込めずにその場で首をひねるアーキスの横をすり抜け、女性はデューク達に手を振った。
 「じゃあね! ちっちゃな騎士さんたち!」

 その直後に、アーキスの所持金からきっちり包帯ひと巻き分の代金がなくなっていたのは無関係ではない。


17 :つきしろけいや :2009/07/04(土) 23:50:25 ID:WcuDu4QF

彼に呼びかける声は冷たく、そして鋭く

道の中央で、年頃の若い女性がぼんやりと宙を見上げている。
「うわ」
毎度のことで、いつものようにろくに前を見ずに歩いていたデュークは空に顔を向けていた女性とぶつかりそうになり、すんでのところで身をよけた。
「ごめんなさい」
女性の顔を見ながら謝って――その目を覗き込んだデュークは凍りついた。
晴天の太陽の下で暗闇をいっぱいに注いだグラスの淵のように、暗くて明るくて、禍々しく深い青の瞳。
深遠の淵のような鋭い目をしたその女性は、ゆっくりと視線を空からデューク達に移し、しばらくの間デュークを見、それからようやく口を開いた。
「――あなたたちもこの街に滞在するの?」
「はい。そのつもりですが……何か?」
女性が放っている攻撃的な雰囲気に警戒心をあらわにしたアーキスが一歩踏み出す。自我の強そうな整った顔立ちのその女性はアーキスをじっと凝視し、フンと鼻で笑った。
「召し使いに返答を求めた覚えはないわ。私はその子に聞いてるのよ」
そして傍らで所在なさげにしているナイトに一瞥をくれてからデュークを見下ろし、いささか機嫌を直した様子で言葉を続けた。
「……まあいいわ。頭の回転の遅い従者にいくら話したって無駄だろうから。あなたたち、ここで過ごすなら気をつけたほうがいいわよ」
「失礼ですが、どちらさまですか」
頭の回転が遅い召し使いなどと言われてはさすがのアーキスも黙ってはおれない。ナイトとデュークをひとまとめにして道の端へ追いやり、女性の正面に立って真っ向から睨みつけた。長身のアーキスと並んでも女性は割に背が高く、アーキスとの身長差をあまり感じさせない。そして、彼女は素晴らしく美しかった。
「私が今この場で姓名を名乗ったとして、あなたたちになにか利益があるわけ?」
真冬の雹にだってきっと劣らないであろう冷たい目つきをアーキスに投げかけ、女性は急に興味が失せたとでも言いたげにくるりとアーキスに背を向けて立ち去ろうとした。
「時間の無駄ね」
「ちょっと!」
アーキスが女性の肩に手を掛けて引き止める。女性は肩越しにデューク達に敵意の篭った視線をよこし、

……斜め左後ろに気をつけなさい。

「え?」
そんな冷たい声が背後から聞こえた気がして、デュークは声を上げて振り返る。
「どうなさいましたか?」
アーキスが注意を女性からデュークに戻して訊ねた。
「……んん、なんでもないみたい」
気のせいだよね、と苦笑しながらアーキスのほうを向いてみせたデュークは、今度は本当にあれっと声を上げた。
「あの人は?」
アーキスが目を離した一瞬の隙に、女性は姿をくらましていた。


novel plaza system
甘辛流小説家ギルドGAIA
produced by COLUN.