リーリアント 〜お節介な愛〜


1 :副島王姫 :2007/10/09(火) 11:48:27 ID:oJrGY3oG

  ―The another story of Leliant U―

 リーリアント 〜お節介な愛〜


序章――「L」

「何者だ!?」
 誰何の声に動じることもなく、彼女は佇んでいた。長い黒髪、黒い瞳。年のころは二十歳ほどか。普通の娘といういでたちなのだが、如何せん、身に纏う雰囲気が違う。
「ここが王族のプライベートルームということは知っているな? どうやって入った?」
「……さあ?」
 不敵に、艶然と微笑む彼女。
 ややあって、衛兵が入ってくる。
 取り囲まれ、銃口を突きつけられた状態で、彼女は余裕に満ちた様子で微笑んだ。
「ミルドレイン王女。面白い写真がありますが?」
 先程とは打って変わって、人懐っこい声だった。
「いらないんなら帰りますぅ」
「貴様……! 無礼にも……」
「待て」
 軍服に身を包んだ、二十代後半の女が衛兵を制し、
「投げろ」
 彼女は、懐から写真を一枚取り出し、彼女に放った。
「……! なるほど……」
 腰の剣を抜き、彼女に真直ぐ向ける。
「テロリストどもの一味か……。ティオをどうした?」
「あら? 私はティードリオス殿下の味方です」
 向けられた銃口も、突きつけられた剣も、気にした様子はなく、言う女。
「殿下を助けに行きませんか? 場所ならご案内しますよぉ?」
「貴様……何者だ」
「ハイ」
 再びの誰何の問いに、今度は彼女は答えた。
「Lとお呼び下さいな。王女殿下」
 人の良い笑顔と共に。

 新生フェルキンド王国。現在その国には、主だった王族は四人いた。
 現王と、無能と揶揄される第一王子の王太子。王太子に代わって国民の信望を集める第一王女ミルドレイン。そして、ミルドレインの十歳年下の弟・第二王子ティードリオス。
 その第二王子が、最近テロリストに捕まったというのは、極秘情報だった。もっとも、公表された声明もなく、ただ、前後の状況からの推察なのだが。王室は犯行グループの内定を極秘で進めていた。
「しかし、良いのですか? 殿下。あのような……」
「言うな。罠にしても、ティオの身柄を確保せねば……。こちらには何の情報もないのだ。
 おい! L!」
「ハイ?」
 無線から、明るい返事が返ってくる。
「いいかげんに詳しい情報を寄越せ」
「ダメです。私が先導します」
「ふざけるな」
「フザけてません」
 無線の切れる音。Lに任せた部隊は、そのまま進んでいる。
「仕方ない、追え!」
 暫く進むうちに、
「あの〜、殿下」
 気楽な声が、響いた。回線が繋がったようだ。
「何だ、都合のいいときだけ」
「ティオ殿下が撃たれたみたいです」
「なっ……!」
「だーいじょうぶですよ。命に別状はありませんから。
 突入します」
 ややあって、大きな銃声。彼女が、ミルドレインの下で動いているという証と、大きな音の銃が欲しいというので、彼女の紋章入りの銃を渡したのだが……その音らしい。
「映像は?」
「今入ります!」
 すぐに映ったのは、立ち塞がるLと、その後ろで腕から血を流し倒れている弟の姿。意識がないらしい。
「ティオ!」
「生きてますって。脳震盪ですよぉ。多分」
 Lの気楽な声と共に、大きな銃声が続いて響いた。

「……兄上」
 病室に向かう途中、ミルドレインは足を止めた。
「どうなさいました?」
「い、いやその……、ティオは……」
「負傷しましたが命に別状はありません。早く病室に行きましょう。午後には陛下もいらっしゃいます」
「あ、ああ……」
 これが兄かと舌打ちしながら、ミルドレインは病室の扉を開ける。
「ティオ……」
 だが、そこで絶句した。黒い長髪の女が、眠っている弟の顔を覗き込んでいる。無論、状況が状況だけに、警戒するように彼女自身が指示していた。
「L!」
「ハイ?」
「どうやってここに……! 何をしている?」
 銃を出して突きつけるが、やはり動じた様子はない。
「何って……ティオ殿下のお見舞いに。それと、そこから入りましたぁ」
 笑顔で、今しがたミルドレインたちが入ってきた扉を指す。
「殿下。お姉さまたちですよ」
 彼女がゆすると、呻き声。どうやら、意識を取り戻したらしい。
「ティオ、無事か?」
 Lに構わず押しのけて、ミルドレインが言う。
「………………
 ……姉上ですか」
 状況を理解すると、不服そうに彼は言う。
 いつもと変わらぬ弟の様子に安堵していると、聞きたくない明るい声。
「ティオ殿下。お目覚めはどうですかぁ?」
 少し考えて、ミルドレインは口を開いた。弟とLの間に入りながら、
「確かに、お前のおかげで助かった。望みの褒美を言え」
 つまりは、さっさと追い払おうという魂胆だ。
「ハイ」
だが、Lは、笑顔で、
「では、私をティオ殿下のお側に仕えさせて下さいな」
 言い放ち、次の瞬間時が止まった。
 有無を言わさずLがティードリオスに絡みつき、その唇を奪ったのだ。
「……な……」
 ティードリオスが何か言う前に、
「リリアとお呼び下さい。殿下」
 笑顔でLが言った。


2 :副島王姫 :2007/10/09(火) 14:11:59 ID:oJrGY3oG


第一章――ご先祖様

「ティオ? お前なんだその腕!」
 教室に入るなり、素っ頓狂な声に襲われた。クラスメイトも、その声を合図に注目する。
「テロリストに撃たれた」
「……はいはい」
 友人――スリーザーは鼻で笑い、
「学校一週間休んで、いきなりこれかよ。あ、物理のホートンの奴が怒ってたぜ。来たら、真っ先に職員室に引っ張って来いってよ。今から行くか?」
「いや、やめとく」
「行きなさい!」
 急に、机を叩かれる。見上げると、見知った顔。
「エリーティア」
「さぼるのが悪いんでしょ? 叱られるのが嫌なら、最初っから……」
「ほっといてくれ」
「何ですって!」
 エリーティアが更に近寄ってきた。と、そこでティオは慌てて後ずさる。
「……?
……どうしたのよ?」
「いや……その、あまり近づかないでくれ」
「お〜いおい」
 エリーティアを直視せず言ったティオに、スリーザーが絡みつき、
「何だ? エリーが気になるのか?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、エリーの目をはっきり見ろよ」
 言われ、まだ目を背けるティオ。
「ちょ、ちょっとティオ、やめてよ」
「別にお前じゃない!」
「ほう、」
 言ってからしまったと思ったが、気がついたときには後ろからスリーザーに羽交い絞めにされていた。
「お前じゃない、お前じゃない。
 じゃあ誰だ? 誰なんだ? 学校サボって誰とデートだ? 色男さんよ?」
「う、うるさい!」
「言えよ〜。俺とお前の仲だろ〜」
 沈黙が流れる。クラスメイトたちも、さっきから動向を見守ったままだ。
「……何でもないんだ。本当に」
 言って、終わらせようとしたティオに、スリーザーがなおも意地悪く、
「じゃあ、さっきからお前、何で口を押さえてんだよ?」
 ひくっ。ティオが硬直した。
「キスしたのか? え? キスでもしたか?」
 水を打ったように、沈黙が流れ――
 ざわざわざわっ!
 クラス中が騒ぎ出した。と、急に銃声がしてまた沈黙。
「ほっといてくれ」
 全てをうやむやにし、彼は紋章の入った銃を鞄にしまった。
「……ったく、こんなのが騎士様の家柄っつうんだから……」
 スリーザーのその呟きが最後だったが、確実に噂は流れた。
 そして、あんな方法で会話を終わらせた以上、ティオにできる言い訳はもうなかった。

「お帰りなさいませ。殿下」
 ティオが屋敷に戻ると、四十がらみの男が出迎えた。ティオが持っている銃と同じ紋章を身につけている。
「ミルドレイン様より、ご伝言です。お話があると……いつもの通りに?」
「……いや、ちょうどお話ししたいと思っていた」
「では、ホットラインを……」
「いや、城に戻る。車を出してくれ」
「は、はい……」
 珍しい彼の態度に戸惑いながら、男は去っていく。
 残ったティオは、また唇を押さえていた。

「ティオか。珍しいな。お前が来るとは」
 上機嫌な声で言うと、書類を脇に除けて、ミルドレインは彼を座らせる。
「またあの学校に行っていたのか? 危ないからやめろと――」
「いえ、行かせてください」
 そもそも、彼が一週間前にかどわかされたのも、学校周辺でのことだった。彼が身分を隠したがるため表立った警備ができず、後手にまわったのだ。
「……まあ、お前が望むならいい。
 それより、何の用だ? まさか、私が呼んだからではないだろう」
 ティオは、戸惑うように沈黙した後、
「あの、姉上……
 リリア……あの女ですが……」
 しどろもどろに、言う。
「ああ、あいつか」
 ミルドレインは、上機嫌さを消し、
「釈放した」
「……え?」
 肩をすくめてファイルを出し、
「フォーセット伯爵家の第五子だ」
「……は?」
「散々調べたが、データは確かだった。お前のように、表立って出ていなかったらしいな」
 と、ミルドレインは、弟の肩に手を置き、
「心配するな。お前には近づけさせん」
「……いえ……、会って話がしたいのですが……」
 彼のその言葉に、ミルドレインは目を瞬かせたが、
「……分かった。手配しよう」
 そう言って、部屋を出た。

「殿下。お呼び下さるなんて光栄ですわ」
 今度は貴族の服装で、正面からにこやかに現れたリリアを前に、
「姉上、すみませんが二人きりに」
 言われ、姉と衛兵が出た。
 二人だけになるなり、残った左手で銃を突きつけ、
「利き腕じゃないから、いつ手がすべるか分からんぞ」
 動じない彼女に、きっぱりと言う。
「質問に答えろ。お前は何だ」
「そんなもの出さなくたってお答えしますよぉ」
「撃つぞ」
 セーフティを解除する。
「お前は何だ?」
「あなたのファンです」
「ふざけるな」
「フザけてません」
「………………」
 ややあって、これ以上追求しても無駄だと思ったのか、
「なら、質問を変える。どうしてあんなことをした?」
「あんなこと?」
 リリアは、無邪気に首を傾げ、
「何のことですかぁ?」
 がうんっ!
 リリアの耳元を銃弾が掠めた。
「ティオ? どうした?」
「何でもありません。姉上」
 ミルドレインの声に短く答えてから、
「次は当てる」
 リリアに、再び照準を絞る。
「だから、何ですかぁ?」
 気楽に言うリリアに、彼は苛立たしげに、
「だから、あ――あれだ!」
「動揺なさってます?」
「うるさいっ!」
 二回目の銃声。
「お前が拘束された直前だ!」
 リリアは、暫く考えて、
「ああ、キスしたことですか?」
 やっと合点がいったというふうに、言う。
 瞬間、彼の顔が赤らむ。
「……何故、あんなことをした?」
「好きだからです」
「……す……?」
 きっぱりと言った彼女に、一瞬怯んでから、
「だからといって、いきなりあんな……!」
「あ? もしかしてファーストキスでしたぁ?」
 目を見開いた彼の顔を、リリアが覗き込む。
「可愛い。純情ですね」
 彼にしなだれかかると、
「ますます好きになっちゃいます」
「は――放せ!」
 彼女の手から逃れると、再び距離を取って銃を突きつけ、
「年下をからかうのが趣味か。大体お前、年はいくつだ?」
「ハイ、千五百六十三歳です」
「もういい。今後俺に近づくな」
 会話が無駄と悟ったか、それだけ言うと、部屋を出る。
 背が高く、細い体躯。短めの黒髪に翠の瞳。整った顔立ち。
 部屋では、一人残ったリリアが彼のそんな姿を記憶にとどめ、不敵な笑みを浮べていた。


3 :副島王姫 :2007/10/09(火) 16:59:10 ID:oJrGY3oG


 豊かな金髪の、艶やかな女が溜息をつく。年のころは二十代後半。
 彼女は、何も言わずにイヤホンを外した。
 悪いと思ったが、弟の会話を盗聴させた。様子がただならないが何も言わないので、盗聴の記録を聞いてみたのだが……。
 ややあって、決心すると、
「ティオを結婚させる。候補をリストアップしろ」
 側にいた部下に言う。
「陛下には私から言っておく」

「……政略結婚ですか」
 不満げな弟の声。
「所詮、俺も姉上の道具に過ぎないということですね」
「ティオ……気持ちは分かる」
「何がですか?」
 肩に手を置き、言うが、弟はそれを振り払う。
「もう学校にも行けません! ええ、姉上の言うとおりにするしかないでしょう! それでご満足ですか?」
 ティオは、もう学校に戻れなかった。授業中にいきなりミルドレインが訪れ、彼を王族の名で呼んだのだ。ティオ・リンデースとして築いた日々は瓦解した。友人も、もはや一人もいない。ティードリオス・デル・フェルキンド・オーヴェ・ファイクリッドとして生きるしかない。
「卒業するまでは自由にさせて下さると……そう言ったのは姉上ですよ?」
「ティオ。落ち着け」
 立ち上がった弟を、再び椅子に座らせ、
「まだ十六だ。結婚に早いのは分かっている。だが、リリアのこともある」
 ティオの目が、見開かれる。
 ミルドレインは、そっと、弟の頭を抱き締めながら、
「結婚すれば、あの女も寄り付けまい。大丈夫だ。形だけでいい」
「…………」
 姉の手を振り払って、ティオは部屋から出て行った。学生服のままだった。

 城の自室にて。
 彼は、携帯電話をいじっていた。アドレス帳の名前をなぞり、ただ黙り込む。
 誰も、出る筈はなかった。暫くして、電話を放り出し、ベッドに身を放る。
 ――何も、こんな形で……
 と、風が吹いた。顔を上げれば――
 ――来た。
「あれ? 元気ありませんねぇ」
 能天気な声。そちらには目もくれずに机に向かった。ふてぶてしく座ると、彼女に見えないようにホットラインのスイッチを入れ、
「何をしに来た? もう顔を見せるなと言ったが?」
 静かに、問うた。
「学校のこと、聞きましたわ」
「ついでに結婚の話もか?」
「あら? そんなお話が?」
 余裕たっぷりに微笑むリリアに、ティードリオスはわざと皮肉げに、
「元々、俺を好いているわけではあるまい。売国奴リュシオス王の王妃・リーリアント様?」
 彼女の笑みが、凍りついた。

「千五百六十三歳……そう言ったな? 調べたら、リリアというのは愛称だ」
 初めて余裕のない表情になったリリアを見据え、ティードリオスは続ける。
 手元のキーを左手で操作し、調べていた情報――歴史のデータベースを表示し、彼女に向けた。
「ちょうど、この国の祖先であるファイクリッド王国が滅んだ時期だ。その頃、ファイクリッド王国は滅び、代わりにこの国の前身であるフェルキンド・オーヴェルト公国が生まれた。ファイクリッドを裏切った、ファイクリッド最後の王族、リュシオス・ゼル・フェルキンド・オーヴェ・ファイクリッドの手によって、オーヴェルトの属国としてな。以後、二百年前の独立まで、フェルキンドはオーヴェルトの支配下だった。独立後も、ファイクリッドの名は王家に残るのみで、国の名には返り咲かなかった」
 もう一度キーを叩き、別のデータを表示させた。オーヴェルトのデータベースにあった、リュシオス王の肖像画だ。瞬間、リリアの目が変わる。
「そうだろう? ご先祖様?」


4 :副島王姫 :2007/10/09(火) 21:22:41 ID:oJrGY3oG


第二章――王妃の杖

「――そうだろう? ご先祖様?」
 リリアは何も言わない。ただ、ティードリオスが見せた、リュシオスの肖像画を、優しげな目で見つめている。
 扉が乱暴に開き、ミルドレインが駆け込んできた。インカムをつけている。続いて、近衛騎士。
「気持ち悪いほど似ているな。先祖返り……という奴か?」
 挑発するような口調で、ティードリオス。ディスプレイの肖像画は、彼によく似ていた。唯一違うのは、瞳の色か。
「光栄なことだ。売国奴のご先祖様と同じ顔とは」
 嘲る様なティードリオスの声に、リリアが動いた。
 強く彼の顔を打つと、
「言い訳はしないわ。でも、リュシーを悪く言わないで」
 先程とは明らかに違う口調で、きっぱりと言う。
「……本当に……リーリアント王妃……」
 ミルドレインがこぼした呟きに、リリアは振り向き、
「リーリアントじゃないわ。リリアよ。
 ……あたしは平民の出なのよ」
「……で? その平民出の王妃様が何の用だ?」
「別に」
 余裕を取り戻したのか、また微笑みながら、リリアは、
「あなたを迎えに来ただけ」
 その一言に、近衛騎士が動いたが、ティードリオスは冷静だった。
「嘘だな?」
「分かる?」
 暫く睨み合いが続く。だが――
「我が名、リリア・フェルキンド・ルーヴィ・ファイクリッドの名の下に命ずる。古よりの守護、王家への忠誠、今ここに」
 リリアが短く言うと、辺りの状況が一変した。
「……なっ! まさか……」
 その叫びを最後に、リリアとティードリオスが消えた部屋で、ミルドレインが呆然と呟いた。
「……王家の杖……?」

「状況からして、リーリアントは追い詰められていたわけではありません」
会議室で、ミルドレインが口を開く。
「明らかに、見せています」
 ディスプレイには、ティードリオスらが消えた直後の部屋の画像。
そこには、三人しかいなかった。現フェルキンド王、王太子、そしてミルドレイン。今は王族以外の立ち入りを禁止しており、第二王子ティードリオスは行方不明だ。
「ティオは、無事に帰ってくるとは思いますが……」
「し、しかし杖は2百年前に……! しかも、王妃では血の盟約が……」
「他に何か考えられますか? 兄上」
 ミルドレインの言葉に、王太子が黙る。
「……そもそも、杖は五百年前以降でないと……」
「千五百年前の人間だということは分かっています。
 しかし、それが今になって現れる理由は何です? どうやって?」
 なおも言いよどんだ王太子が、今度こそ沈黙する。
「陛下。陛下の杖は――」
 と、通信の音。
「報告します。ティードリオス殿下がお戻りになりました」
「無事か?」
「はい。心身ともに健康……なのですが……」
「どうした? はっきり言え」
「その……腕のお怪我が……治っています」
「分かった。すぐにここに連れて来い」
 別段驚いた様子も見せず、ミドルレインは通信を切ると、
「……何でもあり、か……」
 ぼそりと呟く。
 ややあって、扉が開き、ティードリオスが入ってきた。
「ティオ、大丈夫か? 何があった?」
「……別に。ちょっと……見せられただけです」
「何を?」
「……多分……記憶を。女の視点でしたので、いまいち実感が……」
 気分が悪そうに頭を振る。ミルドレインは、それ以上の追求はやめ、
「陛下の杖は、どうなっていますか?」
 先程の話題に戻す。
「強き杖は他の杖を呼び起こし――ですか?」
 話を察したティオの言葉に、ミルドレインは頷いた。

「強き杖は他の杖を呼び起こし、強き杖の崩壊は他の杖を滅ぼす」
 幼い頃に参考までに聞いていたその言葉を、ティオは思い出していた。
 国王の杖は、目覚めていないと言う。リリアの杖が王妃の杖ならば、フェルキンドの杖の筈。影響が現れるとしたら、国王の杖なのだが……。
 寝返りを打つ。まだ頭が落ち着かなかった。
 リリアの記憶を見せられた。彼女がリュシオスを愛していたこと、リュシオスが彼女を愛していたがために壊れたこと、色々分かった。――しかし。
 それは、彼女の記憶だった。彼女の視点だった。
 ――つまり……
 要らん記憶まで受けついだ。
 ティオ自身、女を抱いたことはない。だから、女と寝るというのがどういうことか分からない。だが。まさか、男に抱かれる記憶を受け継ごうとは。
 顔を引きつらせ、ベッドから出た。不快そのものという顔だ。
 夜着の上から上着を羽織り、バルコニーに行くと、先客がいた。
「どうした? 眠れないのか?」
「……姉上」
 ミルドレインは、そっとティオの肩を包み込むと、
「リリアのことか?」
「……はい」
「……言ってみろ」
 迷った後、ティオは、話した。
 笑われた。
「姉上!」
「すまんすまん。……そうか」
 ひとしきり笑った後、ミルドレインは、
「ティオも、女の子なら良かったな」
 彼の頭をぽんぽんと叩きながら、言う。
「からかわないで下さい!」
「まあ……どうあれ、誰かを好きになるというのは良いことだ」
 悲しみの宿る瞳で、弟を見ながら言う。
「お前もいつか分かる」
「……ガレーネル兄様のこと……ですか?」
 哀しげに微笑んだだけだった。
「そうそう、結婚の話は忘れてくれ」
 そう言い残すと、姉は消えた。ティオは、一人バルコニーに立っていた。
 ――リリアの記憶を受け継いだ。しかし、分からない。
 彼女は何故――自分に口付けたのか。
 リュシオスと同じ顔だから? 彼の代わりに?
 ――違う。
 唇を押さえ、彼は佇んでいた。


5 :副島王姫 :2007/10/10(水) 07:42:25 ID:oJrGY3oG


 ティードリオスは、不機嫌だった。姉に呼ばれて廊下を歩いている。
 十日後の十一月九日が、独立記念日だ。その日に、彼は初めて王族として皆の前に出ることになっていた。
 無論、それなりの教育は受けている。だが――そうなれば、もう後戻りはできない。
 足を止め、扉を叩く。声に促されるままに入った。
「……何の用ですか? 姉上」
 ふてぶてしく反目している弟の態度に、ミドルレインは表情を変えなかった。いつものことだ。寧ろ、ここ最近は彼らしくない面が多く、ほっとしていた。
「そう言うな。式典の打ち合わせだ。座れ」
 弟は、不承不承といった感じで腰を下ろした。

 ――独立記念日の前日。
 ティオは、一人で自室にいた。手には、携帯電話。
 沈黙が、流れる。
 暫くして、決心したように、キーを操作した。呼び出し音。
 ――五回。
 ――六回。
 ――十回。
「ただいま、電話に出ることができません。申し訳ありませんが発信音の後に……」
 溜息をつき、彼は電話を切った。
 もう、戻れない。戻れないのだ。
 そう自分に言い聞かせていると、また風が吹く。
 顔を上げると、やはり居た。
「……リリアか」
「ハイ」
 黒い髪が流れる。その黒い双眸は、余裕に満ちて輝いていた。

「この前は……悪かった」
「ハイ?」
 開口一番、ティオが沈みがちに言った言葉に、リリアが首を傾げる。
「その……リュシオス王を売国奴と……」
「ああ」
 気が抜ける程、明るい声で、
「気にしてませんよぉ」
「嘘だな」
「あ、分かります?」
 沈黙が、流れる。
 ややあって、
「訊かないんですね。今日は何も」
 溜息混じりにリリアが言った言葉に、ティオも嘆息し、
「訊いても無駄だろう。お前の場合」
 くすりと、笑い声。
「……迷ってますか? 王族として生きること」
「……え?……」
 リリアの声に、ティオが目を見開く。
「この際だからいっておきます。ティードリオス殿下、あなたは……」
 と、メールの着信音。この音は――
 慌てて携帯の画面を見ると、――スリーザー。画像添付あり。
 焦って開き、硬直した。ゆっくりと、瞳孔が開く。
 自分の動悸の音を聞きながら、ティオは駆け出していた。
「殿下! 罠です!」
 リリアの声を後ろに。
 短い文章。そして何より、添付された三枚の写真。
 ――彼には、それで充分だった。


第三章――道と意思と。

「貴様っ!」
 ミルドレインは、リリアの胸倉を掴んでいた。
「それを黙って行かせたか?」
 リリアは答えない。
「くそっ! 誰が……」
「東部の砂漠団」
 思わず洩らした呟きに、リリアが今度は答える。瞬間、ミルドレインが固まった。
「何故行かせた!?」
「…………」
「くっ! もういい!」
 身を翻し、側にいた将軍に向かって、
「全軍出撃準備! 諜報部を総動員しろ! 親衛隊、私と共に来い!」
「やっぱり、そうするんですね」
 リリアの声に、ミルドレインは金髪を振り乱した。
「当たり前だ! 声明が出れば遅い!
 ……何故ティオばかり……!」
「あなたがそんなだからですよ」
 冷たい、声。
「王太子に変わって国を支える勇猛果敢な無敵の第一王女。その唯一の弱点だからです。
 あなたはティオに何をしました? 王族としての教育はしても、その心構えは与えず、甘やかして。反抗的な態度を叱ることもせず。
 今もティオは、第二王子としてではなく、ただの十六歳の少年として――」
「黙れ!」
「そんな情に流され易くしたのは誰です? 情にもろいのは悪いことではありません。でも、情に流されるのは違います。それは弱さ。時には感情を抑える必要があることを、あなたは――」
「黙れと言っている!」
 リリアの黒い髪が数本、風に舞った。
 頬に赤い線をつけ、ミルドレインの剣を突きつけられた状態で、リリアはまた微笑んだ。
「――さて、殿下の居場所をお教えしましょう。私はティードリオス殿下の味方ですから」
 艶然と、余裕たっぷりに、人懐っこく。

 ――スリーザー……
 ――エリーティア……
 ――みんな……ごめん……
 朦朧とした意識の中、そんな言葉ばかりが浮かぶ。
 血が流れ過ぎたのだろう。かろうじて、痛みの感覚はあるが――。
 両足が、痛かった。何故、腕を撃たれていないのか……。
 と、髪を掴まれて持ち上げられる。
 ――みんな……そっちに行ったら……
 彼は、ただ、覚悟した。

「声明が出ました! 映像入ります!」
 空母ベリエットの司令室。ミルドレインは絶望に襲われた。
 リリアが示した拠点まで、あと三分以上かかる。
「ティオ! ティオー!!」
 映し出されたのは、磔にされた弟の姿。既に両足は撃ち抜かれている。
 リーダーらしき声がする中、三発目、四発目の銃弾が、ティードリオスの両手を撃つ。
 余裕も、演出もなかった。
 リーダーが歩み寄り、意識のないティオのこめかみに銃口を押し当てる。
 ミルドレインが、目を見開く。涙。
『これで、分かっていただけること祈ります。ミルドレイン王女』
「……仕方ありませんねぇ」
 声明――処刑宣言に、リリアの声が重なった。
 と、思えば、いきなり、大きすぎる銃声。
 瞬間、リーダーの銃が飛んだ。
 もう一度、大きな銃声がし、テロリストたちが構えていた銃が次々に飛ぶ。銃声は一発だったのだが。
 振り返れば、リリアは司令室にいなかった。

「だーいじょうぶですってぇ」
 王城の中庭で、リリアが気楽に言う。
「ただの脳震盪です」
「どこがだっ!」
 涙声だった。泣いていた。あの気丈な王女が。
 溜息をつき、
「お前の目的は知らないが、助かった。礼を言う」
「あら、お礼を言われる筋合いじゃありませんわ」
 ミルドレインはもう一度嘆息し、自分の銃をリリアに渡す。
「ハイ?」
 コインを一枚、宙に投げた。
「ハイ」
 頷くと、リリアは引き金を引いた。銃声が続いて響き、ミルドレインは中心に穴が一つ開いたコインを拾う。
「……まったく……当たったのは一発だと思いたいな」
 本当に千五百年前の人間か、と言い残し、ミルドレインは去っていく。
 リリアは、ミルドレインから受け取った銃を投げ、大きな銃声と共に打ち抜いた。

「……いき……てる……?」
 気がつくなり、彼はそう呟いた。
 身を起こそうとするが、身体は動かない。
 首だけを巡らせると、誰もいない――かと思えば、黒髪の人影。
「……お前がいるんじゃ、誰もいないか……」
「ハイ」
 ――思い出したらしい。一瞬、間をおいて、目を見開く。
「……みんな……」
「殺されちゃいました、ね」
 あっさりとリリアが言った言葉に、身体を奮わせた。
「……あ……ああ……」
 そのまま、泣き崩れる。
「……スリーザー……エリー……
 ……ごめん……ごめん……」
「どうにもなりませんでしたね。殿下が行っても」
 声が、違った。
「ただ、ミルドレイン様たちに心配ばかりかけて……死ぬところでしたよ」
「このまま死にたい!」
 ティオは、怒鳴っていた。
「俺が……俺は、みんなを巻き込んで……! 俺が……俺が……!
 みんなに会って謝りたい……どうせ、姉上さえいればこの国は……」
 リリアの手が、ティオの頬を打った。
 ただ、厳しい目で見下ろしながら、
「生まれながらの責務から逃げますか?」
 言い放つ。
「人は、自分の意思で道を選べます。でも、自分の責任から逃げることもできます。
 時々――その区別がつかなくなることがあるみたいですね」
「何を……! 知った風な……。
 大体、それを言うならリュシオス王も……!」
「そうです。リュシーは逃げました。自分の崩壊という詭弁に」
 あっさりと、言う彼女。
「リュシーが棄てたものは大きかった。結果、国は消えた。千三百年に渡る、服従の歴史です。
 でも……」
 と、彼女の目が優しくなる。
 ティオの顔に、手を当てながら、
「あなたはリュシーじゃない」
 その一言。まさか聞くとは思わなかった。
「見守ってくれる愛も、支えてくれる愛もある。大丈夫。立って生きなさい。
 何も、不安はありませんよ」
 と、彼女は身体を離した。
 窓へ歩いていく後姿に、
「……行くのか?」
「ハイ」
「ちょっと、こっちへ……」
 促されるままに、彼女は来た。再び彼の顔を覗き込む彼女に、ティオは、可能な限り身体を動かし、
 そっと、唇を重ねた。
「さよなら……ご先祖様」
「リュシーと同じ顔でキスされると……照れちゃうな……」
 笑顔で言うと、彼女の身体が浮いた。
 彼女の手の辺りに、握ってはいないがワンズが浮かぶ。見るのは二度目だ。
 ――リリアの、王妃の杖。
「ティオ!」
 ミルドレインが駆け込み、状況に唖然とした。
「さよなら……私の可愛いティオ……」
 その声を最後に、彼女の姿は光の粒子となって消えた。最後に、ワンズが消える。
 ――もう、会えないな……。
 そう思いつつ、ティオは口を開いた。
「姉上。ご自分が王位を継がれる御積りはないのですか?」
「なんだ、急に。
 ……私は王にはならないよ。兄上を補佐するがな。一生」
「なら俺……私は、姉上を支えます。姉上が私を守ってくれている、それに応えるために」
「……ああ。ありがとう」
 言い、ミルドレインは弟の頭を抱き、
「今日の式典は、お前抜きか……」
 ぽつりと、呟いた。
 窓からは、朝の陽射しが差し込んでいた。

 王家の杖。それは二百年前に滅んだ。世界最後の王の杖は、その崩壊と引き換えに、新生フェルキンド王国の礎になったと、そう言われている。


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甘辛流小説家ギルドGAIA
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